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はてなキーワード: いたことは

2016-05-25

京大出て主婦になった件についての批判がやたら多くて驚いている

まあ、僻みや妬みがでてくるのはわからんではないけど、

京大生への教育投資が!」的な声が多いのは正直よくわからん

  

んなもん職業選択の自由だろ。

国家問題どうこうを言う、おまえのほうが、憲法ないがしろにしてるだろ

京大文学部の四年間をすごすのに使われた税金なんかよりも、

個々人の人生自由が阻害されることのほうがよっぽど大変なことだよ

  

そもそも、京大東大を出た人間人生自由に選び取れるわけでもなし

おれだって大学出たあと半年ニートやってたしな。そのあとも、なんどか仕事やめたりしてる合間で合計で3年ぐらい無職だわ。

  

少なくとも、法や倫理問題として、職業選択の自由を論じるのはどうかと思う

経産省文科省的な、

頭脳流出やら、キャリアプランニングと教育関係をうまくまわすための政策課題として議論しましょうっていうのならわかるよ

  

まあ東大とか京大出た人が、みんな主婦ニートになったら困るから

そこは「なるべく、東大出た人はなるべく日本国内できちんとしたキャリアを歩んでもらえるといいね」っていうぐらいのことを

実現するために、それをサポートするための政策的とりくみをやりましょう、っていうぐらいの話は別にいいよ

それはやればいい。

  

でも、主婦やりたいって人はやればいいじゃん。無職になりたい人は無職になればいいじゃん。

  

なんで職業選択の自由問題と、政策課題みたいな話をごっちゃにして、偉そうな説教たれてる奴がこんなに湧くの?

  

我々ははした金のために、我々の自由を引き渡すようなことをするべきではないよ。

  

まったくもって、熟練ニート経験者たる俺がなぜ、こんな近代人めいたことを書いているのか

ゴミブログかどうか見分ける方法

バズった記事の後に、

「昨日バズりました!」「バズって気づいたこと!」「PVヤバイww」

とか書くブログ

二度とアクセスしなくていいよ。

あ、でも

「バズって考えさせられたこと」「各方面から反響に応えたいと思います」「様々な意見いただきました」

みたいなのは良いブログだよ。

2chやってたってことは反社会的人間と見なされても仕方がない

犯罪の温床、誹謗中傷の坩堝、そんなところで活動していた奴がまともなわけがない。

犯罪に片足突っ込んでたと言っても過言ではない。

2ch民と同様元2ch民絶対に許してはいけない。

そいつらは直接的、または間接的に加害者だ。

だれかの人権を踏みにじり、面白半分で人の人生破壊している。

2chと関わりを持っていたことがあると言う奴がいたら、縁を切るか二度と信用しないようにしよう。

犯罪者のたまり場となっている繁華街に入り浸っていたと自ら伝えてくる奴がいたらどう思うだろう?

現実では絶対距離を取るべきだし、それは2ch民、元2ch民でも同じだ。

そいつは裏で反社会的活動をしているし、誰かを傷つけて高笑いをするような奴らだ。

もしくは、いじめ傍観者みたいに、他人人権侵害されたり犯罪行為が行われているのを見てみぬふりしたことがある。

いじめ傍観者はいじめっ子理論と同じで、当然そいつらも反社会的に違いない。

さらに現役で2chを見ていると言ってる奴はもっと危険だ。

2chでは、某弁護士に対して暴力的なまでの人権侵害行為が横行しているのは知られていることだろう。

奴らは2chにいてそれを知らないわけがない。

しかし、見て見ぬ振りをしているのだ。

もしくは参加者かもしれない。

いじめ傍観者がどれだけ卑怯卑劣存在か皆さんご存知だと思うが、奴らも今2chで横行している暴力的人権侵害行為を黙認しているのだ。

これを加害者と言わずなんと言えばいいのだろう。

ネットヤクザに近づいてはいけない。

ヤクザ刺青を見せてカタギの人間を脅すのと同じように、奴らは2ch歴というネット刺青を見せて善良なネット民を威嚇している。

はてなでは人権派ぶっているかもしれないが、元2ch民だとなると裏では必ず誰かに加害行為を行っている。

気をつけろ。




http://anond.hatelabo.jp/20160525005632

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ツイッター字数制限を解除すると思いますか。

未来のことは誰にも分からないし、私は関係者でもないので断言は出来ない。

ただ、「するべきではない理由から推測して答えることは可能だ。

ではまず本質的なことからいうが、大衆ネットアウトプットする行為基本的に「つぶやきなのだよ。

考えてもみろ、不特定多数読み手存在する場所で、理想読み手を期待して書くことを。

というより、そもそも「理想読み手」なんてもの存在しないがな。

から、それは大体の人にとって孤独作業なのだよ。

まあ、仮に読み手に寄り添わないとしても、極端な話「壁にでも話している」としても本質的には同じことだが。

でも、そうやって「何かを特定場所で発露すること」が、多くの人にとって必要ことなのさ。

個人のリソースの割き具合によっては「承認欲求」だの「自己顕示欲」だのと表現しても良いが、その次元にすら達していない行為表現するのに「つぶやき」ほど適切なものはない。

これはネット一般層に普及するずっと前からビデオゲームにすらいわれていたことだ。

しばらくして、その行為に特化したコンテンツであるツイッター」が出て、普及するのは必然だったわけだ。

まりツイッター字数制限を広げるべきではない理由は、ウリを捨てる行為からさ。

ツイッターでは日々、様々な人が思い思いにアウトプットしているが、いずれにしろつぶやく」ことは本質的な、核となっている部分だ。

字数制限が上がっただけで、別に140字内で書いていた人はそのまま使えるし、連続して関連したツイートをしたい人にはそっちの方がいいと一見思えるかもしれない。

だが、短い字数の中で何かを書くことをいくら連続させたところで、それらをまとめて書くこととは似て非なるものだよ。

今回、学ぶべき教訓はこうだ。

「『1400』と、『140×10』を同じだと即答する人間に、ツイッターを使うことは難しい」

短歌だったり詩だったり小説だったりラノベだったり、雛形が変われば書きたいことは同じでも内容は変わってくるということさ。

もし君が変わらないタイプなら、それは個人にとって何かを発露するために適した雛形が他にあるということ。

現時点でのツイッターUI100%満足できるものだというつもりはない。

だが、人々が何かを発露する行為が「つぶやき」ではなくなるとかでもない限り、字数制限を広げるのは英断はいえないね

まり質問の答えはNOだ。

はいったものの、「なぜ発露するのか」を自分ですら良くわかっていない人が多いのが実情だから運営的な側面から見た場合は答えは変わってくるだろうがな。

……私か?

前に答えただろう。

教えてくれよー

そろそろ子供を産まなきゃならない年齢なんだけど、考えただけで憂鬱

世間妊婦に冷たいし、ネットにはひどい言葉が並んでる。

社会人であっても、専業主婦であっても、周りにひどい中傷をされる。

電車に乗ると邪魔者扱いだし、体調崩したら迷惑扱い。

気持ちいいことして孕んだんだから満員電車で座れないくらい我慢しろ」とか書いてる人もいて、絶句する。

経験談も、「産んだらバラ色と思ってたけど、子供が2歳になるまでは睡眠もろくに取れなくてボロボロ」とかばっかだし。

なんで産んだらバラ色だと思えるのか一切わかんないけど。

妊婦の時点でこんななのに、産んだ後も保活だの産後うつだのマタニティクライシスだの、楽しい要素はない。

本気でメリットが一個もないじゃん。

私は両親共すでに他界して、助けてくれる人もいないし。

あーあ、妊娠出産子育てもしたくなさすぎる。

でもしないならしないで、みんなが攻撃してくるんでしょ?

なんなんだろうね。

誰か出産関連の楽しい話を教えて。なんかあるの?

出産メリット母性が…とか、子供は可愛くて…とか、そういう曖昧な話しかいたことない気がする。

しかもそういうのも「子供を産んだら可愛いと思えず、夜泣きがひどくて鬱に」みたいな体験談が山ほど出てくるから一概に信じられないしね。

案ずるより産むが易しとか言うけど、産んだ結果苦しんでる人ばかりに見えるんだよなー。

やっぱり産まない方がいいのかな?

不妊でしたって言い張れば、産まない!って宣言するよりは攻撃されないと思うし。

でも、産まないと後悔するよ!とか、上の世代めっちゃ言ってくるやん?

それに愛する人の子供を産みたいとは思わなくもないから余計辛い。

あーあ、なんで出産ってこんな辛い感じなんだろう。これ、日本だけかな?ハワイで産んだ友人はめちゃめちゃ楽しそうなんだよなー

2016-05-24

幽霊を見たことがない

世の中には幽霊となった人が恋人危機を救うだとか素敵なメッセージを残していくだとかそういった話も多々あるようなので

そういう存在もいてもいいかなくらいには思うのだが、そういう世界の扉を開けたことは一度もない。

そういうものを見た、何かが写っていた、気持ち悪かった、などという話に聞くたびにいわゆる『霊界』『死後の世界』『あの世』などと呼ばれるものに疑問を挟んでしまいうまく信じることができない。

 

『死』を受け入れられないというわけではない。

私が死んでも世界は変わらんと思っている。私という存在が消え去るだけだ。

死んだという報せを聞けば何人か悲喜こもごもあるだろうが、それこそ49日ほど過ぎれば死んだことすらどこかへ行く。

たまに思い出されて、「ああいたなあそんなやつ」。そんな人たちもいなくなれば、完全に消滅だ。そういうもんだと思っている。

 

からこそ確認したいのだ。本当に死の向こうに、霊体だけが暮らす新世界があるのだろうか?

 

あらかじめ書きたいが、別にかの世界特定宗教等を否定したいわけではない。

○○は××だからwwwwwはい論破wwwwwww などとやる気は一切ない。むしろ逆だ。可能であれば完全に存在証明されて論破されたい。

これを見て、こういったモノに詳しい誰かが非の打ちどころのないコメントを残してくれるのを見たい。それを心待ちにしている。

 

 

(1)心霊写真ってどう思う?

昔々はちょっとしたブームになり、織田無道だとか宜保愛子だとかが毎週のようにTV番組に出てきていたこともあった。

今は「おわかりいただけただろうか」か。流行の強弱はあれ、ずっと続いている心霊写真ブーム

 

ところで、あの手の番組に出てくる写真動画、構図や被写体って似すぎてやしないだろうか。

人間の体は頭、胴体、両手両足、股間まわりと大まかに言ってもこれだけパーツがあるが、

心霊写真って、ぼやっと全身が写っているか部分的ものは頭と手ばかり写っているように思う。

「顔と手には思念が残りやすい」などという話を聞いたりもしたが、それならケツや乳に思念が残ったっていいじゃないかと思う。

短小をバカにされて自殺した童貞男の幽霊がいて、夜な夜な女の宿泊客の顔にBUKKAKEてくる……とかさ。逆にデスペニスでもいいよ。

 

もうひとつ言うと、人間が霊体を認知するのって圧倒的に視覚じゃないかと思う。

音は幽霊描写としてよく使われる手段ではあるけども、この音がするから幽霊だというのはイマイチ証拠に欠ける。

ラップ音の正体も温度差等による建物の軋みなんかの音だとか。

においというのはある種個性として認知されるものだが、『この建物はなんだか幽霊くさいぞ』とは聞いたことがない。なんせチョコボっぽいし。

 

 

(2)人間ばっかり出すぎ問題

いわゆる『向こうの世界からくるものが圧倒的に人間ばかりだと思う。人間すぎる。

旧日本軍兵隊や髪の長い細身の女性幽霊の話はごまんと聞くが、ヒグマサメ幽霊が暴れて人が死んだという怪談話稲川淳二がしたことがあるだろうか。

霊はこの世に未練があってなんちゃらかんちゃらと言うなら、人間さまのご都合で殺されまくった動物悪霊なんてアホほどいそうなもんである

忠犬ハチ公幽霊はご主人が帰るまで待ち続けたのだろうか?そんな話も一切知らない。

 

地獄という場所も圧倒的に(宗教的に)悪いことをした『人間』を懲らしめることに特化した施設のように思う。

今どきはペットだって洗礼を受けるし、葬儀だって開くわけだろう?

動物には動物天国地獄がある』と主張する人もいるようだが、その世界観が取り上げられたものはほぼないように思う。

どうすれば天国でどうすれば地獄か、どうすればより高次の生き物に輪廻転生できるか、などという判断人間さま向けの基準だ。

吸血や捕食を生業とする生き物に転生したら、殺したり奪ったりしないと生きられんわけで。

そんな生き物に転生させといて殺すな奪うなと言ってもじゃあどうすりゃいいんだよ……ってなもんじゃいか

 

 

(3)あの世パンは焼ける?

(2)ともちょっとリンクする部分があるが、見出しのままだ。あの世パンは焼けるだろうか?酒が作れるか?と言ってもいい。

例えばパン職人ひとすじでこの世を去った人がいたとしたら、天国でボサッと呆けてるとは思えない。そりゃ、いっちょ自慢のパンでも焼くかと思い立つだろう。

逆にパン職人だったお父さんを見送った遺族だって、「お父さんはきっと天国でもおいしいパンを焼いてるよ……」とか言うだろう?

お父さんの生き生き天国ライフをかなえるには穀物と菌の存在必要である。まあいい。生きたものあの世には行かれないだろうから生きてはいないはず。

つまるところ、『植物菌類幽霊』なるもの存在するかどうかだ。

 

存在するとして。

パンを作るためには穀物をすり潰して粉にしたものをアレコレしたあと菌によって発酵させて、焼くという工程必要だ。

工程最中穀物は当然として菌も死ぬよね。焼かれるわけだし。だとして、幽霊が死んだらどこへ行くんだ??

すぐに生き返って元に戻る、だとしたら最悪だ。イースト菌の霊からしたらなんべんも焼かれては生き返ってまた焼かれるわけだ。

ダンテ神曲に出てきた地獄の図とまったく同じことが天国にいながら天国に行ったパン職人によって引き起こされる。鬼かオヤジ

さらに死んだ者用のナニガシが存在するとなると、それは無間地獄である天国にいながら地獄という図は変わらないのではないか

 

存在しないとして。

パンはどうしたら作れるだろうか?

墓参りの時に、生前好きだったものを供える習慣がある。寺の坊主に言わせると、お供え物の霊的なナニガシだけを受け取るのだとかなんとか。

これを使えばイケそうな気もするが、毎日墓前に小麦粉イーストパウダーお供えする遺族なんて存在しないだろう。なんせ傍から見てどう考えてもおかしい。

せいぜい跡継ぎ息子が焼いたパンをお父さんもぜひ試食してくれ旨いだろうと供えられる程度である

お父さんも天国パンを焼きたいのだが、このままではこの世に未練が残ってしまいお父さんが化けて出てしまう。

 

 

焼くことが可能だとして、パンはどうなるのだろう?幽霊パンを食うだろうか?

死んでるんだから食わないというのなら、飢えに苛まれ地獄というのはよくわからない存在になりそうだ。

それに、そう、お供え物だ。我々が良かれと思って供える故人の好物や茶などは、実はありがた迷惑ということに……。それは悲しすぎる。

かと言って普通に食べるということにしてしまうとそれはそれで大変だ。これまでン万年の間に死んだ人間はそれこそ星の数ほどいるわけで。

食い物が、足りなさすぎる。

 

 

 

考えれば考えるほどよくわからなくなってくる大霊界丹波先生がご存命だったらズバリ回答いただけただろうか?

……そもそも丹波先生にお会いするのが大変か。

http://anond.hatelabo.jp/20160524045830

そういう馬鹿なこといってると優秀な人間海外に逃げるだけだろ

そもそも優秀な人間がこういった趣旨発言をしたという話を聞いたことがないあたりからしてもバカ妄言に違いないわ

教養」に遣うカネがあるなら「実学」に遣え

国費で音楽学専攻の学生を育てるくらいなら、その分医者看護師を増やした方が余程国の役に立つだろう。

それでも「教養」のために国費を遣う意味って何なんだろうか。

バブルの頃に企業が「メセナ事業」とかいって美術館を作りまくっていたことがあったが、それと同じようなものか。

ワキガ女性の近くにいると自分のせいにされる問題

男の自分のせいにされてる感なんなん?

学校集会隣の女子が屁こいたことを自分のせいにされて笑われ続けた過去を思い出して腹立つ

それうちの妻と同じだが

http://anond.hatelabo.jp/20160523220034

うちの妻は一度も泣いたことがない。

十数年一緒に暮らしていて単純に思うのは共感能力が著しく欠けているということだ。

良いとか悪いとかではなく、単にそういう脳の特性なんだと思う。

ただうちの妻は何の悪気もなく相手を傷つけることが多々ある。これも共感能力の無さが為せる業だと思う。

から親友と呼べる友達は一人もいない。

東大文学部卒おばさんが、何がもったいないのか解説するよ

http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352

東大文学部卒おばさんのレスポンスシリーズ第二弾

(読みたい方がいるかはわかりませんが東大文学部卒おばさんシリーズの第一弾はこちら http://anond.hatelabo.jp/20150309011809)。

私はあなた幸せも、それに自分幸せも、否定する気はまったくないんだけど、自分人生の何がもったいなかったかってことには答えを持ってる。

それは、東大卒という肩書きを持ちながら大企業就職しなかったことでも、大学院に進学して研究を続けなかったことでもない。

ただ、他人評価ばかりを気にしていたこと。それだけだ。

自分経験を参考までに書くので、よかったら読んでくださいね

東大卒なのに、なんで?」と聞かれるたび、理由を答えるのが辛い

ところで私は、あなたと専攻はかぎりなく近いが、べつに専業主婦ではない。

ただ、大学ストレートに4年で卒業して就職した会社は、大企業でもベンチャーでもない中途半端なところで、「なんでうちの会社に?(もったいない)」とすごく言われた。

もともと出版社就職したいなーぐらいの気持ち文学部を選んだのだけど、あなたもご存知のとおり、文学部を出て出版社マスコミ就職するような優秀なひとはほんの人握り。

東大文学部女子20%は進学、50%はそこその会社就職、残りは留年ニート結婚か、なにやってるかよくわからんひとたち(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/assets/files/student/HP_H27.pdf この統計文学部の中でもエリート社会学系を含むので、思想系なんてもっと悲惨)。

でも東大文学部なんてそんなもんだ、ていうのを、世間の人はあんまり知らない。

から「なんで?」と聞かれるたび、言い訳を強いられるのは、私もたしかにつらかった。

なぜかと言うと、その答えは、

「その研究を続けていくためには私には情熱も才能も欠けていたから」だし、

大学4年間で卒論を含めて特にこれといった何事もなしえなかったから」だし、

「てきとうに単位だけとって、さっさといい会社就職するような器でさえもなかったから」だ。

配属先の上司には「今まで挫折なんてしたことないんでしょ」とか言われたけど、

「この会社しか就職できなかったことそれ自体が私の一番の挫折ですよ!」と心の中では返していた。

だけれども、学費東京での生活費も全部出してくれた両親の手前、そんなことは言えない。

私はなんとかしてその「挫折」を隠し、自分は充実した大学生活を送り、充実した仕事を楽しんでいる、ということにしたかった。

「もったいなくなんかないですよ!!!」てことにしたかった。

一番もったいないのは自分気持ちに嘘をつくこと

そうして特に好きでもない会社毎日通う私はとにかく焦っていた。

大学院に進学した友達にも、留学を決めた友達にも、さっさと結婚して専業主婦になった友達にも負けたくない。

そのどの道も選べなかった私は、「これでよかったのだ」と思える何かをとにかく見つけたかった。

でもあるとき、私は私の目指しているもの空虚さにいきなり気づいた。

なんで私はキラキラしなくちゃいけないのだ、そのキラキラはいったい誰のためのものなのだ?と、本当にいきなり、気づいた。

それに気づくまでの20代10年間は、本当に無駄にしたと思う。

自分気持ち無視して、他人評価に合わせた人生を送ること、それほどもったいないことは、ない。

人生無駄遣いを楽しもう

ところで、いきなりこの前うちのおばあちゃんが言っていたことに話をうつす。(どちらかというとこっちが本題)

おばあちゃんの実家地元ではけっこう裕福なおうちで、おばあちゃんは同年代女性の中では最上学歴になるであろう、女専卒(今でいう大卒)の専業主婦である

おばあちゃんは、有名企業に入りたいわけでも、なにかやりたい研究があったわけでもなかった。

地元に女専ができるという話をきいたとき毎日家事手伝い」とは名ばかりで遊びまわってた娘を見かねたおばあちゃんのお父さん(私の曽祖父)が、

学校ほどお金のかからないところはない、学校に行け」と言って無理やり入れちゃった、というのである

そんな女専の思い出を、80を超えたいま、ただ楽しそうに孫に語って聞かせてくれた。

なんという素晴らしい無駄遣い。

大学4年間で私は、2年間授業そっちのけでサークル活動に明け暮れ、2年間、生まれてきてから今まで名前さえも知らなかったような学問ちょっとだけ触れて、東京のいろんな文化に触れた。それだけでべつに、十分だった。

いったい何に怯えていたんだろう?誰の許しがほしかったんだろう?

今は無駄にあがいていた20代自分でさえ、なんだか愛しく思える。

これからもどうでもいいことで悩んだり、ちょっとしたことで嬉しくなったりしながら生きていくんだろう。人間うそう変わったりしない。

人生無駄遣い、上等じゃないか。これからもどんどん無駄に遣ってやろうじゃないか

国の税金会社の経費も、使えるだけ無駄に使ってやろうじゃないか

私が言うまでもないかもしれないけど、あなたはべつにクリエイティブライフスタイルの充実した素晴らしい専業主婦ライフを送る必要なんてない。

ただ専業主婦特権を、自分人生を、楽しく使い倒してほしいと心から思っているよ。

2016-05-23

『レヴェナントテーマ解説(1)(イニャリトゥ監督テーマ編)

『レヴェナント』はめちゃくちゃ難解なんですが、ポイントを押さえれば、イニャリトゥ監督過去作品と大してテーマは変わんねぇことが分かります

ポイント1 テーマって何よ?

イニャリトゥ監督デビュー作『アモーレス・ペロスから前作『バードマン』までひたすら「親子」をテーマ映画を撮り続けてきた監督です。なので『レヴェナント』でもテーマは「親子」です(インタビューでもそう言っています)。もうちょい言うと、『レヴェナント』では「親の子に対する愛がいかに深いか」ということを描いてます

ポイント2 何でそうだと分かるの?

主人公グラス(ディカプリオ)の台詞ちょっと考えてみれば分かります

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

これはグラスが救出された後にヘンリーに語った言葉ですが、この2つの台詞から分かることは、①グラスにとって息子ホークは生きる意味のものであったこと、②グラスは物語のどっかで既に死んでいて、それにもかかわらず基地までたどり着いたということです。

ポイント3 え、グラス死んでなくね?

死んでます。具体的にはフィッツジェラルドにより埋葬された後、息子ホークの死亡を確認した時点で力尽きています。通常、熊に襲われて、内蔵が見えてしまっていて、脚は複雑骨折、その上発熱していて、ろくな治療を受けられないまま生き埋めにされたら(さらに生きがいであった息子が殺されたら)、それは死ぬだろ、と思いませんか。

ポイント4 は?じゃあその後立ち上がるのは何よ?

あれは肉体が死亡していながら精神の力(息子を愛する力)だけで動くゾンビみたいなもんです。ジョジョを読んでる人は、ボスにぶっ殺された後のブチャラティみたいなもんだと思ってください。

ポイント5 あまりにもオカルト解釈すぎない?

小難しい話になりますが、イニャリトゥ監督は前作『バードマン』で死と再生の話を描いていて、映画では好んで用いられるモチーフです(『鏡』、『8 1/2』など)。主人公が死んで復活するというのは映画では珍しい話ではありません。

加えて、本作のタイトルが"Revenant"(つまり「死から蘇った者」〔someone who has returned from the dead〕)であることもこの説を補強します。

ポイント6 するとあの超回復力は何?

解釈問題になりますが、海外サイトの中には、グラスは死にそうになるたびに、野生動物に生まれ変わった(死と再生)のだとする説がありました。

最初は熊です。これはグラスが熊の毛皮を着て、熊の爪のネックレスを身につけ、川で魚を手づかみにし(木彫りの熊ですね)、それを生のままかじり付いていた点に表れています

次は狼です。これはインディアンバッファローの肉を求める際、四つん這いに這いつくばって、人にへつらっていたことと、投げられた肉を生のまま貪りついていたこから分かります

その次は馬です。これは文字通り馬の腹から這い出てきたことから分かります

最後になんかの肉食獣です。これは最後の戦いでわざわざ銃を捨てて、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることから分かります

グラスはこれらの野生動物に生まれ変わる過程回復していったと見ることができます

ポイント7 何でそんなことができんの?

愛です。

ポイント8 まあ愛の力だとして、人間の姿に生まれ変わらなかったのはなぜ?

ここも解釈ですが、息子を失って生きる意味を失った以上、野生動物と同然の存在に成り下がったと見られるのではないでしょうか。

ポイント9 では、場面を移して、ラストバトルで言ってた「復讐神の手にある」って何なの?

グラスが一匹狼のインディアンから教わった言葉です。「神の手」というのが直接的には川下に居たインディアンリーさん)だったため、海外サイトではリーさんは神の復讐の代行者であると言う人が多かったです。「インディアンあんなに近くに居るのに川に流したら殺されるに決まってるだろ」と言う人も居ますが、個人的には死と再生を繰り返したグラスさんの聖人パワーでリーさんを引き寄せたと思っています。つまり愛の力です。

ポイント10 戦いを終えた後、グラスさんがこっちをじーっと見るけどあれは何?

あの表情には元ネタがありますタルコフスキーの『僕の村は戦場だった』のイワン君(12歳)の表情です(https://vimeo.com/153979733ラスト)。どういうときの表情かというと、まずイワン君はソ連少年兵なのですが、ナチスに母と妹を殺されています。そんで夜中に1人でナチス軍に対する戦いをシミュレーションしている最中にあの表情をします。つまり純粋さと愛にあふれた少年の心が、ナチスに対する復讐心で壊れかかっているときの表情です。これをグラスに類推するなら、あの表情は、復讐を終えたことで(生きる意味を再び失ったことで)グラスの精神が壊れかかっている(もしくは壊れてしまった)ことを意味しているのではないでしょうか。

ポイント11 エンドロールがはじまってもグラスの吐息の音が聞こえるんだけど、あれは何?

あの吐息音をめぐって、海外掲示板では「グラスは死んだのか否か」について熱い議論が交わされています。これは監督の前作『バードマン』でもあった論争で、そこでの論争が、主人公は生きているという決着で終わったため、今回もグラスは生きているだろうという説が有力です。ただ、私の考えとしては、グラスは精神力(愛の力)だけで動くゾンビ状態なので、その精神崩壊した以上、グラスは真の意味で死亡したと思っていますジョジョを読んでる人はシルバー・チャリオッツレクイエム出現後のブチャラティを(略

ポイント12 結局『レヴェナント』ってどういう話なの?

愛する息子を殺され、肉体的に死亡した主人公が、愛の力で死と再生を繰り返し、敵に神罰を与えて、やっと死ぬ話です。つまりテーマは親の子に対する深い愛です。

ポイント13 ごちゃごちゃ言ってるけどテーマとかどうでもよくて、ディカプリオにアカデミー賞取らせたかっただけなんじゃないの?

ちょっと違いますが、そういう側面があった可能性が高いです。というのは、イニャリトゥ監督が今回の撮影目標とした映画というのが、①黒澤明デルス・ウザーラ』、②コッポラ地獄の黙示録』、③タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』、④ヘルツォークフィッツカラルド』、⑤ヘルツォークアギーレ/神の怒り』だからです。映画ファンであればすぐ分かるのですが、これらは映画史上最も撮影が困難だった映画群です。例えば④の『フィッツカラルド』なんかは巨大な蒸気船を滑車を使って実際に山越えさせています。つまり監督映画史に残る過酷映画撮影がやりたかったところに、アカデミー賞がどうしても欲しかったディカプリオと利害が一致した、というのが真相なのではないかと思っています

ポイント14 大体分かったけど、残ってる謎とかあるの?

掘り起こそうと思えばたくさんあります。例えば『レヴェナント』では上記の表情以外にもタルコフスキー作品から引用が多い(「宙に浮く女性」、「貧しい人にご飯を分け与える姿」、「鳥」、「隕石」)のですが、それがただタルコフスキーの真似をしたかっただけなのか、意味があるのかがよく分かりません。それとフィッツジェラルドが神について2回話すシーンがあるのですが、その意味がよく分かりません。

それと、作中何度も繰り返される"As long as you can still grab a breath, you fight."という台詞意味が実はまだよく分かっていません。特にエンドロールが始まってからも聞こえる吐息音を考え合わせると、グラスが生きている説も導き出せるため、重要な要素である可能性があります。何か思いついたり新情報が出たらこっそりこの記事を訂正するかもしれません。





「『レヴェナントテーマ解説(2)(ディカプリオのテーマ編)」(http://anond.hatelabo.jp/20160524110234)に続く

増田見ててムカついたことは一度もないけど、ブコメ見てたら一日に一回以上は確実にムカついてるわ。

私は泣いたことが無い

小説漫画映画を見て感動しても泣いたことはない

卒業式で切なくても泣いたことはない

お葬式で悲しくても泣いたことはない

恋人と別れて寂しくても泣いたことはない

物心ついてから今までとにかく泣いたことがない

悔し泣きもない

嬉し泣きもない

人前で涙は見せないとかじゃなくて、とにかく泣いたことがない



これっていったいなんなんだろう?

ただ単に冷めてる奴って言われればそれまでだけどさ

よくテレビなんかでは人が泣いてる姿が映されるけど、ほんとにみんなそんなに泣くものなの?

『レヴェナント』のテーマ考察

『レヴェナント』を観た。

監督の前作『バードマン』に比べて難解で、現段階ではテーマがさっぱり分からないのだが、主に海外サイト議論を参考に、テーマ考察をまとめておくことにした(これを踏まえてオーディオコメンタリーインタビューが出るのを待つことにする)。

そこで以下、結論難解な理由、様々な視点から問題提起、現段階で考えられるテーマ妄想)の順に書いていくことにする。

1. 結論(先出し、めんどくさい人はここだけ読めばOK)

考えながら書いたので、思ったより文章が長くなってしまった。結論を先に書いておく。

(1) 『レヴェナント』はどういう物語

『レヴェナント』をそのテーマに基づいて要約すると次のようになる。

主人公グラスは、その人生の全てであった息子ホークを殺されたことで、生きる意味を見失い、死亡する。 しかし、息子を愛する気持ちにより、死と再生を繰り返し、野生動物に生まれ変わってまで生き残り、宿敵フィッツジェラルドのもとにたどり着く。

最後の戦いではフィッツジェラルド瀕死の重傷を負わせた末、神の代行者リーによる神罰を引き寄せ、息子の敵を討つ。 息子を失い、復讐という目的も失ったグラスの精神崩壊し、(ブチャラティ的な意味で生き延びていた)肉体もついに死を遂げる。

(2) 『レヴェナント』のテーマは何か

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

2. 難解な理由

(1) 単純なテーマに落とし込みづらい

『レヴェナント』のストーリーを単純に言えば、「復讐心に捕らわれた男が、大自然の中で死闘を繰り広げるが、最終的に復讐をやめる話」である(図式的に表現すれば、『大いなる勇者』+『デルス・ウザーラである)。

このストーリーを見たとき、すぐ連想するテーマは、①復讐のむなしさであったり、②大自然と対比された文明批判である

しかし、①復讐のむなしさがテーマだと言い張ることには疑問が多い。というのも、(後述するように)復讐をやめた後の主人公の表情は発狂寸前のそれである復讐を完遂して破滅するか、中止して救われるかの方がテーマとしては明確なはずである)し、監督自身インタビュー復讐物語を描くこと自体には興味がないと答えているからだ。

さらに、②文明批判テーマだと言うのも苦しい。というのも、この映画には文明に対する疑問が提示されることがないからだ(『デルス・ウザーラ』のデルス、『大いなる勇者』のジョンソンのように、文明対立する人物が出てこない)。

ということで、『レヴェナント』は単純なテーマ理解することが困難である

(2) 解釈に影響を与えそうな要素が満載

『レヴェナント』は昔の映画からたくさん引用をしている上、宗教的意味ありげな要素がたくさん散りばめられている。さら監督過去作品との整合性まで考慮に入れるとすると、どの要素にどの程度力点を置いて物語解釈すれば良いのか分からないという問題があり、これがテーマ理解の妨げとなっている。

(3) 特にタルコフスキー引用が難解

(2)と関連するが、『レヴェナント』ではタルコフスキーの諸作品(『僕の村は戦場だった』、『鏡』、『ノスタルジア』、『アンドレイ・ルブリョフ』)から引用が多数なされている(これを分かりやすくまとめた動画がある:https://vimeo.com/153979733)。

しかタルコフスキー作品と言えば、それ自体が難解映画の筆頭である。そこから引用となると、どういう意図なのか(タルコフスキー意図をそのまま継いでいるのか、ただタルコフスキー表現が気に入ってやりたかっただけなのか)が皆目検討がつかないのだ。

3. 様々な視点から問題提起

そういうわけで、『レヴェナント』は難解な映画なのだが、海外ファンサイトでいくつか有力な問題提起がなされていたこから、これをいくつかまとめておく。

(1) [視点Ⅰ] イニャリトゥ監督過去作品から見る

ア. うまくいかない親子の関係

まず、イニャリトゥ監督過去作品では、「うまくいかない親子の関係」が描かれることが多い。

監督の前作『バードマン』では、監督そっくりの父親が、娘に全く愛されず尊敬もされていないことに気が付き、悩む様が描かれる。また、デビュー作『アモーレス・ペロス』では、マルクスそっくりの元反政府活動家が、活動のために家族を捨てたことで愛する娘と会えず、悲しむ様が描かれている。

これらの作品に比べ、『レヴェナント』は異質である。というのも、主人公グラス(ディカプリオ)と息子ホークの関係は互いに愛し合っているからだ。

この点をどう評価するのかがまず1つの問題である問題点α)。

イ. 死と再生

前作『バードマン』で、主人公は、演技に悩んだ末、舞台拳銃自殺をする場面で、拳銃実弾を込めて自分のこめかみに発射する。その死を賭した演技が絶大な評価を受け、主人公は自らの弱さの象徴であるバードマンを打ち倒すことに成功する。

こうした死と再生イメージは、映画でよく用いられるモチーフである(『鏡』、『8 1/2』など)が、『レヴェナント』ではこれが3回(数え方によっては2回とも4回とも)も行われる。

① 熊に襲われ瀕死となり、フィッツジェラルドに埋葬されるが、立ち上がる。② インディアンに追われ、川に流されるが、生還する。③ 崖から落下したのち、馬の中に隠れ、回復する。

ではそれぞれ、何に生まれ変わったのだろうか。前作『バードマン』で主人公は、拳銃自殺ギリギリのことをすることで、弱さ(バードマン)を克服した強い人間に生まれ変わった。では本作ではどうか。

これについて、海外サイト面白い考察があった。グラスは死と再生を繰り返すたびに、野生動物に生まれ変わっているというのである

(ア) 熊

まず最初にグラスは熊に生まれ変わっている。その表れとして、グラスは熊の毛皮を着て、首に熊の爪のネックレスをしている。さらに川で魚を手づかみにし(木彫りの熊)、それを生のまま食べている。

(イ) 狼

次にグラスは狼に生まれ変わっている。その表れとして、インディアンバッファローの肉をもらう際、四つんばいになって人間にへつらっている。そしてインディアンが肉を投げると、これを貪るように食っている。

(ウ) 馬

さらに、グラスは馬に生まれ変わっている。これは冷たい夜を生き抜くために、馬の死体の中に隠れ、後に這い出ていることから明らかである

(エ) 謎の肉食獣

最後の戦いにおいて、グラスは牙と爪で戦う肉食獣に生まれ変わっている。これは、銃を放棄し、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることに表れている。

上記の見方はそれ自体面白い見方だと思うが、これによって何が言いたいのか、というのはまた1つの問題である問題点β)。

なお、グラスが当初の瀕死状態から山を走るところまで回復するのは、死と再生を何度も繰り返すからだという見方があった。

(2) [視点Ⅱ] タルコフスキー引用から見る

先に貼った動画https://vimeo.com/153979733から明らかなように、『レヴェナント』ではタルコフスキー作品から引用が非常に多い。

そのうちよく解釈に影響を与えそうなものとして挙げられるのは、「宙に浮く女性」、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」、「鳥」、「朽ち果て教会」、「隕石である

このうちここで取り上げたいのは、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」である。他の引用解説が面倒くさすぎるので各自ぐぐってほしい。

この表情の元ネタは、『僕の村は戦場だったである。この映画主人公イワンくんは、ソ連少年兵であるが、母と妹をナチスによって殺害されている。問題の表情は、そんなイワンくんがナチス相手戦闘を仕掛けるシミュレーションを1人でしていたときのものである

まり、この表情は、純粋で愛に満ち足りていた少年の心が、ナチスへの復讐心で歪み、壊れかかるときのものである

これをそのまま『レヴェナント』のグラスに類推するならば、グラスの心は最後の戦いの後、壊れかけていたことになる。

しかし、『僕の村は戦場だった』と違い、『レヴェナント』では復讐を止めた後にこの表情をしている。そのため、イワンくんの内心をそのままグラスに類推していいものか、グラスは最後にどういう心境だったのか、という問題が生じる(問題点γ)。

(3) [視点Ⅲ(おまけ)] 監督目標から見る

イニャリトゥ監督インタビューで、目指している映画として以下の5本を挙げている。

黒澤明デルス・ウザーラ』② コッポラ地獄の黙示録』③ タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』④ ヘルツォークフィッツカラルド』⑤ ヘルツォークアギーレ/神の怒り』

共通点は、いずれも撮影に困難が伴った映画であるということである

①『デルス・ウザーラ』では秋の風景を撮るはずが雪が降ってしまったためソ連軍を動員して人口葉を木に付けた、②『地獄の黙示録』では台風でセットが全て崩壊した、③『アンドレイ・ルブリョフ』ではソ連当局検閲が通らず製作から公開までに10年以上の歳月を要した、④『フィッツカラルド』では実際に巨大蒸気船を滑車を使って山越えさせた、⑤『アギーレ/神の怒り』では撮影過酷から引き上げようとした俳優を銃で脅した、などなどの多数のエピソードがある。

そうすると、「テーマとかどうでもよくて、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃ・・・」という疑念が湧いてくるのである問題点δ)。

(4) [視点Ⅳ] 「復讐神の手にある」の意味から見る

これはグラスが途中で出会った一匹狼のインディアン言葉だが、意味は正直言ってよく分からない。

ただ、ラストシーンでグラスが復讐を委ねた相手インディアンリー誘拐されたポワカの父親である。このことから海外サイトの中には「リー神の手、すなわち、神の復讐の代行者である」との解釈が多く見られた。

(5) [視点Ⅴ] グラスの生きる意味から見る

イニャリトゥ監督作品テーマはいずれも生きる意味にまつわるものであるが、この点に関してグラスが2つの重要言葉を残している。

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

息子が全てだったという台詞は、グラスの生きる意味が息子にあったことを示している。そしてこれは、デビューから親子の関係を描き続けてきた監督自身言葉でもあるだろう。

息子がフィッツジェラルドによって殺害されたことで、グラスは生きる意味を失う。代わりに「復讐」という意味見出したかのようにも見えるが、それによって再生した姿は上述したように、野生動物の姿である

このことからすると、私は既に死んでいるという台詞は、「生きる意味を失ったことで、人としては既に死んだ」ということを意味するのではないだろうか。

(6) [視点Ⅵ] グラスは死んだのか論争から見る

海外サイト掲示板などで最も熱く議論されている論点は、グラスは死んだのか?という点である

これが問題となる理由は、①復讐モノの物語復讐者の死で終わる場合が多いということと、②戦いに勝利したとはいえグラスも致命傷を負っていること、③スタッフロールが始まってもグラスの吐息が聞こえること、といった事情があるからである

さら映画外の理由であるが、④前作『バードマン』においても主人公最後に死んだのか死んでいないのかで論争があったこともこの議論に影響を与えている。

死んだ説に立つ人は①②の事情を挙げ、死んでないよ説に立つ人は③④の事情を挙げている状況にある。

しかし、これもテーマとの関係で考える必要がある(問題点ε)。

4. 現段階で考えられるテーマ妄想

これらを踏まえて、現時点で筆者なりに『レヴェナント』のテーマについて考察してみたいと思う。

(1) 問題点α:監督過去作と違い、『レヴェナント』では親子(グラスとホーク)が愛し合っている。これにより、監督連続して掲げてきた「親子」というテーマ消失・変容したか

結論

① 『レヴェナント』においても主要テーマは「親子」である

「親子」というテーマは『レヴェナント』においても依然として維持されている。

その根拠は、(a)グラスの息子ホークというキャラクター史実存在していないのにわざわざ登場させたこと、(b)監督インタビューに対して、息子を登場させたのは親子関係を題材にすることで物語がより複雑で充実したものになると考えたからだと答えていること、(c)デビューから前作まで延々親子関係テーマにしてきた監督が、ここに来て生涯のテーマを捨てたとは考えにくいこと、である

② しかし、「親子」というテーマに対する切り口が、前作までとは違う。

前作までの切り口は、分かり合えない親子の問題をどう解決するか、というものであった。『レヴェナント』はそうではなく、子供を生きる意味としてきた親が、子を喪失したとき、どうなってしまうのか、という切り口で「親子」というテーマに迫っている。

その根拠は、(a)グラスが息子ホークが人生の全てであったと言及していること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(2) 問題点β:グラスは死と再生を繰り返す過程野生動物に生まれ変わっているが、これは何を表現しているのか。

結論:息子ホークを失ったことで、グラスが生きる意味喪失し、結果、人間としては死んだということを表現している。

その根拠は、(a)野生動物へと生まれ変わるタイミングが、息子ホークを失ったことをグラスが認識した時点からであること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(3) 問題点γ:ラストシーンでのグラスの表情の意味は何か。

結論:グラスの精神が壊れ(かかっ)ていることを意味している。

その根拠は、(a)元ネタである僕の村は戦場だった』のイワン少年がやはり精神が壊れかかったときにこの表情をしたということ、(b)息子ホークという生きる意味に加え、復讐という一応の生きる目的さえ失ったグラスには、これから生きる意味が何もないこと、である

(4) 問題点ε:グラスは死んだのか。

結論:グラスは死んでいる。

この問題は前作『バードマン』で同様の問題が争われたときと同様、作品テーマから考えなければならない。

前作『バードマン』で主人公の生死について争いになったとき、生きている説が有力となった理由は、作品テーマが「『中年危機』を迎え、娘ともうまくいっていない父親が、この先どう生きていけばいいのか」というものであったという点にある。つまり主人公が死んでしまうとこのテーマとの整合性が取れないのだ。

しかし『レヴェナント』では、主人公は既に自分は既に死んでいる旨を明言し、生きる意味を新たに獲得した様子も認められず、その心は壊れかけている。

ここから解釈が分かれるところだが、『レヴェナント』のテーマは「親が子をいかに愛しているか」という点にあるのではないか

グラスは本人が言うように、息子ホークの死亡を確認した時点で、死んでいた。それにもかかわらず死と再生を繰り返し、フィッツジェラルドのもとにたどり着いたのは息子を愛する精神の力(つまりジョジョ5部のブチャラティ的な意味で生きていただけ)によるものではなかったか

フィッツジェラルドを打ち倒し、インディアンリーによる神罰を引き寄せた時点で、彼の精神崩壊し、肉体的にも精神的にも死亡したのではないだろうか。

(5) 問題点δ(おまけ):監督は、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃないの?

結論:それはインタビュー見てるとそうかもしれない・・・。

5. 結論(再掲)

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

少女漫画って種村有菜の影響で変わったの?

ふと気になったので。

自分りぼんを読みだした頃は、もう時空異邦人KYOKO〜満月をおしえての時代だったので、とっくにりぼん雑誌カラーが変わったとされる後だった。種村有菜のヒットで、少女漫画彼女に影響された、大きな瞳の絵柄が流行り、作風も変身もの子供けが多くなったと聞いたことがあるのだが、そんなにガラッと変わったのだろうか…と疑問に思ったのだ。確かに自分が読んでいた頃のりぼんは聖ドラゴンガールやGALSなど子供向けの話が多かった気はしないでもない。ちゃおもそんな感じだったような。

そうなると種村有菜以前の少女漫画りぼんりぼん以外も、みんな眼は小さくてストーリー大人向けで…そんな感じだったのだろうか?そして種村有菜の出現以後突然みんな眼を大きくしたのだろうか…ちょっと気になる。

でも今書いていて思ったけどCLAMPセーラームーンから少女漫画変革の予兆は感じられるような気がしないでもない

http://anond.hatelabo.jp/20160523190137

さすがにそれはないけど、スカーレットハンソンのことはスカーレットヨンハンソンと呼んでいるのを聞いたことはあります。やっぱり訂正はしてあげていません。

なんか一気に韓流みたいな名前になってました。

男が知らない(であろう)話でもしようか

別に男がこれを知っておけという話では無い。豆知識程度に受け取ればいい。



最近生理についての知識を災害時などの際に備えて、男も学んでおくべきだと言う話が出回っている。その通りだと思う。

女は男の勃起や朝だちについて特に面白くもなく下心もなく認識している(男女共通授業で普通にやるし)のに、男が生理について知らないのは不勉強だと思うからだ。

ただしこれは生理について最初に男女別の授業で行われる経緯もあるし、やっぱり自分経験しないことは気にするのは難しいだろう。



生理とは、女にとっても結構難しいものだ。大人になった今でも理解しきれていないと思う。

どういう症状が起きるのか。月に1週間弱(個人差あり)血液などが外に出る(出血量は個人差があり)。これくらいは誰もが知っているだろう。

それにともなって痛みが起きる。これも個人差があり、1日目に痛い人、3日目に痛い人、全然痛くない人、会社を休まなくてはならない人など様々だ。

生理痛の薬のCMをよく見るだろうから、これも良く分かっていると思う。ここまでが初級編。



ここから知らない人も居る中級編だ。

生理が始まって急に痛くなる人も居るが、多くの女性は「月経前症候群」というものに悩まされている。

よく「イライラしてるな。生理か?」といった無礼ネタを見かけるが、ああいうのって大体「イライラしてるな。生理前か?」が正しい使い方だと思うのだ。

これはPMSと呼ばれる症状なのだが、年配の方に聞いても「え?なにそれ?」と言われるかもしれない。この言葉認知されるようになったのも、最近の話だと思う。PMS和薬CMは本当に最近見かけるようになった。

これもよく言うのだが「生理中はおっぱいが張る」というよりは「生理からおっぱいが張りだす」場合が多いであろう。

あとは吐き気、食欲増進・減退。また生理時よりは軽いが、ほぼ同じような痛みが襲う場合もある。肌も荒れる。

何度も言うが、個人差はある。しかし実際気の置けない女子たちが集まれば、その悩み相談が始まるだろう。症状が無い人の方が少ない、と感じる。

(実際女子は、日常的にフラット生理についての話をしあう。女子高における会話の3割は生理の話だろう。アニメ可愛い仲良しな女の子たちもテレビ画面の外では生理の話をしあっている。)

ただこれは、自覚しにくい症状だ。

考えてもみてほしい。

だって、ムカつくことがあればイライラするだろう。なんだかお腹が痛いときもあれば、吐き気がする体調の悪いときもあるだろうし、肌が荒れるし、風邪をひくこともあるだろう。

現代日本ストレス社会イライラはつきものである

PMS自覚できるのは、比較精神が落ち着いてきて大人になってからだろう。1か月の身体リズムが完成し、その症状を自覚するのには、数か月~数年単位での自己検証必要だ。

個人的に、このPMSという言葉認識し、検証が終わってから、自らをコントロールできるようになった。「あのクソ上司のせいでイライラするんだ」じゃなく「生理前だからイライラしてるんだな」と理解できるようになった。人に当たらないで済む。本当に助かった。クソ上司はいつもクソ上司でそれが日常だ。

風邪をひく、と書いたが生理前・中は免疫力が下がるので風邪をひきやすくもなるのだ。ただでさえだるいのに、風邪コラボでもう最悪なのだが、これも理解していると少しぐらいの対処はできる(酒を飲まないとか、酒を飲まないとか)。

………と、まぁ。これは女の子にこそ知ってほしい話だ。知識があれば対処ができる。まず自分認識することが大切だろう。

女はこういうことと付き合ってる生き物だと、男はぼんやり認識してくれればいい。

ただ女は気分屋と分かった口を利く男にこそPMSを学んでほしいものだが。



で、PMSもそろそろ知られてて良い頃なので…。

排卵期という言葉を授業で聞いてことはあるだろうが、よくは知らないのではないだろうか。生理痛という言葉があるように、排卵痛という言葉もある。生理排卵は一緒では無い。女の身体は月に2度ほど、なにかが起こっているものだ。体温も上下大きく変化している。

それに、女はいろいろなものを使って、なんとか生きようとしているのだという豆知識を授けたいと思う。

「おりもの」聞いたことがあるだろう。女性の身体から出るのは生理期間中の血だけではなく、体内の分泌物が定期的に外にだされている。

汚いものではなく、男の精子卵子に届けるものなので大切なものだが、まぁこれも日常的には面倒なものである

災害時に「生理用品」と聞くと出血するから大変だ、その血を吸うもの必要だな……とはなるが、なかなかそっちまで気がまわってくれないかもしれない。通常のナプキン対応できないことも無いが、「おりものシート」なども生理用品のうちに含まれることを願う。

また、生理自分コントロールしようとも試みる。低用量ピルだ。修学旅行などのときに、初めてこれを使う子も居るのではないか。これは生理の症状やPMSを軽減する役割があるのだ。ただし服用中は妊娠しにくい身体になる。だるくなったり、つわりの症状が現れたりする。

早く生理を終わらせるために、膣内を洗っちゃえばいいじゃん、という発想もある。ビデだ。トイレについているやつじゃ無いぞ。直接膣内の血を洗い落すのだ。出血量の少なくなった生理後期に使うと、早めに終わらせることができる。生理終わりの時期に彼女が夜、謎の容器を使ってるのに偶然気付いてしまっても、詮索しないであげてほしい。君と清潔なセックスがしたいだけだ。



ここまで書いていても、多分まったく書ききれていない。

自らの知識が乏しいかである

こうしてまた、身体の探求をしに女は語り合いにいくのであった。

誠実であるということ

個人的に傍から見てうわぁといった人たちの集まりがあった。

やっぱり、やらかしてくれてて、ご丁寧に写真まであげてて、こりゃちょっとお仲間と思われたくない感じだったのだけれど。

何より引いたのが、あれだけ「行かない、大人数苦手、あれは多すぎる」って言ってたのに、手のひら返した人がいたこと。

行くのは自由だと思うし、私に断わり入れろとも言わない。

ただ、それなら私とそういう話題が出た時に同意しない方がよっぽどましだったんじゃないかな。

行きます?って聞いたときに「行こうと思ってるんです」とか「行けたら行くと思います」とか言えたのでは?

結局誰にでもいい顔してるんだろうな、悲しいけれど。

その場で話した色々(大したことではないが個人的な事)も、筒抜けてるんじゃないかって気すらしてくる。

やるのならこそっとばれないようにやってほしい。

あの調子でいくと私とそんな話をした、ということすら忘れているみたいだから

同人だけの知り合いから深い友人になるにはたくさんの壁があるんだってことは、知ってはいたけれどなお良くわかった。

心の壁は高く作っておかなければ。

生理といえば

野沢直子さん、顔色が悪いですね」

「げっけーーーーーい!」

ってギャグビートたけしさんが絶賛していたことを思い出す。

今盛り上がっているアイドル文化叩きを見てると

オタク叩きが無くならない理由がよくわかるよね。

事情を全く知らない奴の偏見に満ちた嫌悪感を発露しても誰もとがめるものはいないし、またそれが賞賛されたり支持を集める。

オタク叩きがなくなるってことは、今アイドル文化をよく知らないまま適当に叩いてるような奴らがいなくなるってことだ。

インターネットにはその分野ごとのオタク大勢いてそれぞれ小さな集団を作ってるけど、特にアニオタが最大派閥から、よくアニオタに対する雑な言及は咎められるけど、他の分野に対してはネットマジョリティは冷淡もいいところだ。

しろありえないほど雑に言及して、マジョリティ内での支持を集めて、マイノリティを叩き潰している。

全員がかなり高いリテラシー言論に対する謙虚さを持てば、こういう雑な叩きは無くなるけどさ。

それに言及出来るだけの知識と教養がまず前提にあって、同時にそのもの自体をよく理解してはじめて一定の水準を満たした言及ができるんだけど、

誰でも自由に思いついたことを無責任に書き込める今のネットでは不可能だし。

ブコメなんてスター偏見が増幅されるシステムだしなおさら酷い。

もしくは全員が口をつぐむか。でもそんなの無理だよね。




今回のようにある一件がきっかけで、アイドル文化に対してネットマジョリティ内でなんとなく感覚的で雑な偏見に満ちたヘイトが溜まってる様子が見られたけど、それはマジョリティに対してもそうだからな。

マイノリティ側はマジョリティに叩かれたことを忘れない。それが感覚的なヘイトへとつながっていく。ありがちな憎しみを連鎖だがそれが本質だ。

しかしたら緊張しないタイプなのかも

就活をやっていて気づいたこと。

自分コミュ障だし言葉がどもるしあがり症だし発表と名のつくものが嫌いで嫌いでいつも緊張して、逃げていた。

主にトイレとかにね。

はいえ、華の就活生。面接に逃げるわけにはいかない。

あいざと面接を受けているんだけど、何故か緊張しない。

いや、緊張はしている。うまくいかなかったらとドキドキして眠れないし、何度も何度も繰り返し練習しないと不安で死にたくなる。

でも実際面接室に入ると、いつもの自分になる。どもってしまうけど、「ああああ、あの、あの、そのぉ」みたいにはならない。

面接中は、私が自分を見下ろしているような感覚になる。もう一人の自分がなんか必死に回答していて、それを眺めている気分になる。

からなのかどの面接でも「落ち着いてるね」「やりやすいよ」と言われ通りやすい。

なんだろうこれ。

マスターキートン2-2. 狩人の季節→獲物の季節→収穫の季節

太一師匠であるプロフェッサーの話。

あと実はマスターキートンマスターと言うのはこのエピソードから来ている。

やめておけ。拳銃の方がないフリ早いと思っているんだろう長健二はデリケートな道具出玉が出ないかもしれないし思い通り的に当たるとは限らないおまけに健二は抜き構引き金を引く前に3動作いるその点ナイフはワンアクションで終わるこの距離なら絶対に俺が勝どうするそれでもやってみるかね?

やめておけ。拳銃の方がないフリ早いと思っているんだろう流健二はデリケートな道具出玉が出ないかもしれないし思い通り的に当たるとは限らないおまけに健二は抜き構引き金を引く前に3動作いるその点ナイフはワンアクションで終わるこの距離なら絶対に俺が勝どうするそれでもやってみるかね?

ウサギはすばしっこいくせにいきなり半田頭に入ってくるとすくんで動けなくなる。おれも詐欺と同じだいずれ駆られる。


お前は助かりたいのかほんとに助かりたいのか?だったら助けてやる。俺がこの町で最後仕事を済ませたら無事に連れ出してやる。嫁だけ言っておく。自分をしてるだと思ってそこから早かろうとするヤツほしきらとは言わない。それは人間だ。

これに似たようなセリフをまゆで聞いたことがあると思うんですけれどもまゆと違って良い方がかっこいいですよね。というかもう勇猛もしかしてここからインスピレーションを得てたのかもしんないね


ヘロインヨーロッパ密輸ルートアフガニスタンパキスタンです。そこで黒片を栽培製造しているのは現地のゲリラ達なんですよ。武器弾薬物々交換でね。元軍人は向きの闇ルートについてるから異変に気を冷めやすいってわけです。プロ編はトルコで生成されて拾いになる。ヒロイン国会を経由して市場シシリー20コスタの裏の手によってイタリアと運ばれます。外はブルガリアルーマニアを経てハンガリーポーランドに白い杖また和葉子オーストリアそして西ドイツいと流される。問題は我が英国ルートですが、こいつは、トルコから南フランスマルセイユを経ていると言われています。これはマフィアの手によってではなくて殺すの体によっているものイギリスヒロイン三井特殊でなんと貴族お金持ちの子がやっとで運ばれてるって言うんだから税関フリーパスのわけです。奴ら上了解株式市場のより麻薬投資している彼の姿なんです。


太一さんは、SNS時代ファイティング様神と言う2つ名をもらってたらしいちょっと恥ずかしい。


いか、1番からやすうさぎでさえ、追い詰められると料金を後ろ足で切り殺す。諦めてはいけない絶対に。


コルシカマフィアはいじりイタリアマフィア以上に厄介である。その成立は謎だが1節にはこれしかお潮の流れをくむ山宝館によって作られたと言われている。殺し方は複雑の人種政治状況にある現在フランスに属してるが200年前まではイタリアの1部だった。立石にも神の黒い機体アフリカ系でヨーロッパ人とは異なる。越川10発赤紅対物独立運動が絶えず多くの血が流された。その中で殺すは次第に犯罪シンジケートえと8成長していったのだ。反戦秘密マークとする身体組織の結束沈黙の掟は極めて硬くイタリアマフィア以上に世間の目に触れる事はなかった。しかし近年イタリア政府マフィア借りが本格化しイタリアシンジケートが力を小竹につれて、各国政府はコルシカマフィアの恐ろしさに改めて気づき始めたのだ。


スワンに捕らえられた女を助け出してやらなければならない初めての狩りの時のあの答えが出そうなんだよ。


右くれるものでは無い殺すはあんたを許さなあなたはまるでウサギあなた子供の頃気をつけたまま逃した尾崎そっくりだ。あなたには手当てが必要なんだ。

私顔詐欺だとユニークな発想だ君は実にユニークな男だユニークすぎるプロフェッサーにはなれないな戦闘プロとしては甘過ぎるせいぜいマスターまりだ。


実はこれがマスターキートンマスター意味の1つ。

ウサギは哀れな生き物ですよ1番駆られやすい。いえそんなことわないは先だって追い詰められると勇敢に戦うのよ。

2016-05-22

エリートにも一軍とそれ以外がいるという話

ダメアルゴリズムで書かれたコードは、いくらでも捨てて書き直せる。しかデータ構造問題があった場合プログラム全体の書き直しに発展してしまう」

これは開発経験者なら誰でも知っている話である

この話と微妙カブるようでカブっていないが、言い方だけ真似たものとして

「クソな下請けはいくらでも代わりを探せる。しか元請けの回し方がダメだったら全員でデスマ確定」

という話もある。これまた開発経験者ならよくご存知だろう。

すなわち、最低でも年収500以上は確実に貰っているであろう、エリート様揃いのITゼネコンの中にも、一握りの、まさに一軍というべきデキる人達と、そうじゃない人達がいると。

そして一軍と二軍以下では、マネージメントにおいて天国と地獄くらいの差が出るのだから恐ろしい。

というかなんでそれだけの年収に見合う学歴がある人達なのに、デキる人が一軍扱いされるほど少数なんだよ、意味わかんねえ。

学歴というのは、努力の仕方、効率の見極め方についての上手い下手の最も分かりやすい数値だと個人的には思っている。

そうなれば当然高学歴は、システム開発という極めつけの頭脳労働で、そのパフォーマンス遺憾なく発揮し、協力会社含めて皆をハッピーにするのだろう…そう、一軍ならね。って、全員じゃねーのかよ!


具体的にはこうだ。

良い方から説明すると、一軍のマネージメント要件定義から寸分の隙もない。

顧客経営戦略に基づいた要望を良く理解し、仕様に取り込んでいることは勿論、システム通信のような、後でとんでもない話が発覚して色々揉めそうな部分も、既にこの段階において顧客の協力を取り付け、キッチリまとめていたりする。

とにかく裏で細かく調査していたことが見て取れて、仕事したんだね~という感じである

それから設計に取り掛かるのだが、やはり要件定義の段階で「どうしても見えない部分」はあって、下請け以下が作業過程で洗い出した結果、それが時にはリスケを招く事故になることがある。

しかし一軍の人らは、本来最後の手段であるリスケにも比較的前向きで、それについての顧客説明もしっかりしているのだろう、大して揉めること無く妥当な落とし所にたどり着くのだ。

また、下請けグループ(≒サブシステム単位)に必ず1人以上プロパーを配置し、現場感の吸い上げと「同じ釜の飯を食ってる」感の醸成にも抜かりない。

それもあって、現場でよくありがちな「あの人ら(元請け)何も分かってない」という陰口は最小限になる。

強引にまとめるなら、リスクが常に頭にあって、かつその取り方について常に考えを巡らしている。「かもしれない」運転をしつつ、逃げ腰にならない姿勢は見事である


そして、二軍以下は上述の一軍の振る舞いが全くできない。本当に全部できていないのだ。

要件定義は客の要望を汲み取る所から既に漏れ漏れ、当然後ろの工程で揉めそうな部分は一切見ていない。

設計大元、ひいてはシステム大元になる部分がこれだけ不完全だと、その時点でデスマ化・炎上約束されたようなものである

その後に起こる事態は、もはやここに詳しく書くまでもない。

穴だらけの要件定義を、場当たり的に客に相談しながら埋めていく作業設計お仕事になり、それが相次ぐ仕様変更を呼ぶ。

結果どこまでExcelソースコードをいじっても作業量が減らない、いやむしろ増える。しか成果物が増えてくる各フェーズの終わりが近づくほど、「横展開」という名目作業量が爆発的に増大するのだから始末が悪い。

成果物を直しきれず「修正漏れ」という事故を仕込むことも頻発し、それに伴い品質も凄まじい勢いで低下する。

それでもケツは絶対に動かない。それどころか人員の追加すら出来ない元請けもいる。お前ら見積もりドンブリ過ぎだろ。

現場では脱落者が日常的に出る。でも下請けチームにプロパーが1人もおらず、そうした危機的な現場感が上に届かない。それも合わさって「あの人ら何も分かってない」という愚痴漏れ聞こえるようになるのだ。

こんな体たらくじゃテストに漕ぎ着けるなんて夢のまた夢だし、仮にどうにか辿り着いても、何がどう動けばいいの?ってレベルグダグダだったり。

いやもう、マジで元請けの人らは何やってんの?という感じ。優秀な人が何十人もいるのに機能していないとか、なんでそんなことになるんだか。


こうした現実を見るにつけ、もしかして日本人仕事の仕方と、コンピュータのものが相性悪いのかなーと感じてしまう。