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はてなキーワード: 結論とは

2017-03-26

未来人権

いろいろ考えた結果、一人一票の原則や、基本的人権のあり方は今後変わっていくだろう、という結論に到達したので、その思考過程をここに書いておく。

さて、歴史を振り返ってみよう。

貴族時代軍人の育成には多大な時間お金がかかるため、ごく少数の貴族職業軍人がこれを担い、そのために平民納税を行うという構造があった。

この時代は、

軍事力時間によって育成された個人能力お金による兵装

それからときは経て、マスケット銃が登場する。

これにより、戦争貴族のものから民衆のモノへと変化した。

そしてフランス革命を経て、権力貴族から民衆に移り変わる。

基本的人権はこのときに生まれ、「民衆が力を持っている」ということを前提にしている。

この時代は、

軍事力徴兵された平民テクノロジーによる武装

である

その後、第一次世界大戦第二次世界大戦を経て、戦争工業力の戦いへと変化する。

軍事力徴兵された平民+優秀なマニュアル国内工業

である

加えて国内工業力も、実質的には国内工業労働人口依存するため、人口の持つ価値大衆が持つ価値、一人が持つ価値、というのは、この時代を通じてどんどん上がっていることになる。

冷戦を経てもこの構造は変わらず、人口国内工業力が軍事力を決定する時代は続く。

子供を持つのは正しいことである、という価値観も、人口と国力が結びついている時代の名残だと思う。

しかし、冷戦崩壊からこの状況は少しずつ変わってくる。

いわゆる大きな物語崩壊というやつだ。

グローバリゼーションの発達により、工業力は必ずしも国内にある必要はなくなってきた。

海外にある工場をうまく使えるものが勝つのである

加えて、戦争の高度化は、職業軍人の高度化を促し、徴兵では成立しなくなってくる。

すると、人口軍事力、国力が結びつかなくなってくる。

さらには、情報化時代の到来がこれに拍車をかける

工業化時代であれば、人間一人のパフォーマンスというのは倍も違わない。

しか情報化時代では、人間一人のパフォーマンスは、数万倍違うことが当たり前である

ビルゲイツスティーブジョブズマークザッカーバーグ、etcetc...

このような時代突入した現在人間権利というのは平等でよいのか。という疑問が生まれてくる。

人間平等であるのは、テクノロジーマスケット銃)による人間の性能の差の克服、という背景がある。

けれども現代におこっているのは、テクノロジーコンピュータ)による人間の性能の差の拡大だ。

平等であるための根拠が消えてしまっている。

雑に式にするとこんな感じだ。

性能=人間の性能+マスケット銃

性能=人間の性能×コンピュータの性能

コンピュータ効率的に使える人間と、使えない人間

AI効率的に使える人間と、使えない人間

脳を拡張した人間と、脳を拡張していない人間

意識アップロードした人間と、生身のままの人間

そういった形で、今後は人間一人が持つ性能の差はどんどん拡大していくだろう。

そういう時代において、一人一票の原則や、基本的人権って維持する必要はあるんだろうか?

どうしたもんかね

「○○と見られたがってる」と決めつけたり「どう見られるか意識しろ!」って言うタイプキモくて苦手

それって要は「わたしはいいかなる時もどう見られるか意識してる中ニレベルのイタくてキモくてどうしようもないゴキブリゴミクズカス虫で~す」

っていうただの自己紹介だよね?

それにプラスして「誠実な議論をしたい」だの「対等な立場だと思ってる」だの「君を信用してる」だの言ったところでさ、

前段の発言を加味すれば、誠実アピールしてるだけで実情はどうだろうがまったく興味ないゴキブリゴミクズカス虫なのですねという結論しかならないわけだが。

しかもこういうやつに限って、「自称サバサバ系は苦手~」「自称メンヘラダメだ~」とか言ってること多いけど、

おまえの自称誠実アピール自称サバサバ所詮同列のものしかないぞ。

結局は自分にここちよければなんでもいいクズなんですよね。

http://anond.hatelabo.jp/20170325230139

こればっかりは本人が何とかしたいと必死に思わないと、ただのおせっかいになってしまうので難しいよね。

私も以前工場派遣勤務を何年かしたけど、他の工員も危機感スキルもなくだらだらと過ごすぬるま湯だったので、

自分だけは違う、と思いつつもそこに染まってしまうんだよね。



結局、派遣先業務縮小で人があぶれて派遣会社町工場みたいな所に回されて、

このままでは自分人生が広がらない事を強く実感してからは、

自分の特技をかき集めて仕事スキルは無かったけど、アピールしてなんとか企業に入ることにしたのが20代後半だった。



仕事努力を通じての良い成功体験が無いと、スキルを付ける為にコツコツ続ける意思も育たないので、

危機感は持ちつつも自分の頭の出来が悪いと結論して人生を諦めてしまいがちなのかも。


サーバルちゃんじゃないけど、フレンズによって得意な事ちがうからそいつの何か「すごーい!」を見つけて

リスペクトしてやるのがいいんじゃないのかなぁ。



で、助けてほしいと言われた際に改めて、今まで言ったアドバイスをしてあげるのが良いのかも。

何歳になってから気付くかは本人次第だけど、遅すぎる事ってたぶんないか大丈夫だよ。

2017-03-25

子供ができると必ず夫婦愛は冷める

これは例外なく全ての人にやってくると思う。

もちろん、この危機回避して逆に上手くやれている夫婦もいるだろうけど、

そういう夫婦は、多大な理解努力、お互いのリスペクトがあって暮らせている尊敬すべき夫婦だと認識して欲しい。

ちなみ、増田男性です。

誤解してもらいたくないのは、子供をつくることが決して悪ではないということ。

子供は最高に可愛いいし、ホントけがえのないものだと心から思う。

じゃナゼ子供ができたら夫婦仲が冷めてしまうかというと、

まず大きな要因として、以下の3点があるかと思う。

1.これまで夫(彼氏)に注がれていた愛情が全て子供にいく

2.これまでお互い作れていた自分時間がなくなりストレスとなる

3.理想としていた子育て生活を維持できない(家事経済的な面を含めて)

要は、こんなはずじゃなかったって感じることがビックリするほど多くて、

それがポジティブなことであればいいが、基本ストレスとなることが多い。

もちろん最初のうちは、大きな環境な変化による"しょうがない"って気持ちはあるのだけど、

この変化が日常的になることで全ては始まる。

お腹子供がいるうちは、お互いの理想育児を、まるで海外旅行計画でもしているかのように話してたけど、

実際に行ってみたら、まるでは思ってたのとは違う場所だったかのように。

もう一度言うけど、子供を作ることや結婚が悪じゃない。

じゃ何が悪かって言うと、オレは・私はこんなにやっているのにという、

子育てや日々の生活タスク化してしまうことだと思う。

確かに、炊事洗濯やお着替えさせる、寝付かせるなどは日々のタスクなんだけど、

遊んであげる、絵本を読んであげるなど本来であれば是非やってあげたいことも、

タスクとしてこなしてしまいがちになる。

夫婦そろってニコニコ絵本読み聞かせいね

とか言ってたけど、現実絵本読み聞かせている間、次の日の保育園の準備をしないといけないし、

明日朝ごはんやお弁当の準備もしないといけないしでビックリするほど時間はない。

やっと子供が寝たら、洗濯物を干して、

子供が散らかしまくった部屋を片付けて・・・

それらが終わる頃には親も疲れて眠りたい、

これが毎日続く・・

こんなことが毎日つづくと、

相手に角があることを言ってしまったりする(キライな自分が出る)。

こんなのが続くとそりゃ夫婦愛も冷めますわ。

じゃ、どうすればいいのかなって真剣に考えた結果、

奥さんとSEXするってことだと思う。

夫婦SEXってエロいものじゃなくて(もちろんエロいけど)、

一旦、巣に戻ってくるみたいな(団欒)効果があると思う。

SEXが終わった後は本音で話ができるし。

結論SEXレスがいけないのかな?

いや、違うか。


まぁ、子供は最高ですよ、

夫婦仲が仲良ければ尚良。

音楽ネタはチョロい。はてな民に叩かれないし

楽してアクセス稼ぎたいなら。

楽してはてブ数を稼ぎたいなら。

音楽ネタ鉄板

前々から薄々気付いていたが。

今回の件で確信したわ。

ダフト・パンク楽曲サンプリング元ネタ特集した映像話題に - amass

http://amass.jp/86346/

記事として内容0でしょ。

タイトル2ちゃんまとめブログ風で雑。

動画内で紹介されている楽曲元ネタの一覧を書き出せばまだ最低限記事としての体裁は保てただろうに、それすらなし。

ブコメはamassの記事に対してではなく(まあ内容無いからね)、動画の内容に関してのものばかり。

なのに元の動画にはブクマなし。

何なのこれ?

普段はてなブログ漫画紹介した雑な記事は叩かれまくってるのに。

広告貼った商用サイトのamassが全く叩かれない理由は何なの?

動画を探し出す情報感度?アンテナの高さ?

こんなの海外音楽ニュースサイトいくつか廻ればすぐ見付かるじゃん。

この程度の文章添えて一丁上がりなら、記事翻訳する語学力すらいらない。

普段新しい音楽聞かない、知識音楽聞いてた高校20代前半あたりで止まってる大多数のはてな民にとっては有り難いネタなんすかね。

結論としては。

はてなブロガーさん達は音楽ネタを量産したら良いと思います

http://anond.hatelabo.jp/20170325050724

そういうのを社会学とか政治的には「分断」とか「断裂」って読んでいて、それこそ100年以上まえから様々な議論が行われてきたのだ。

彼らに話を聞いてもらおうと思うなら、まずは信頼関係を取り戻すことが第一で、それもないのに正しさだけ説いたって無意味じゃないだろうかと思う。

しかし、そもそものはなし、信頼関係というもの双方向のものだ。相手に話を聞いてもらうのは、両方の陣営がお互いにしあうべきもののはずだ。そして、話し合い(説得)という関係では、説得のための理屈が強度につながる。

そして現在格差的に上の側にいる層(現実世界に生きていて、収入資産がそれなりにあり、安全で豊かで幸福生活を送っていて、知的教育を受けていて、おおよそリベラル)はその戦場で、相対的に強力な武器を持っている。誤解を恐れずやや露悪的に云うならば、彼らは概ね正しいのだ。今しきりに批判されているグローバリズムですら、そのグローバリズム世界全体の格差は縮小し、餓死者は減り、疫病は随分少なくなった。もうそれだけで倫理的には正義だ(もちろんこれは相当強い表現なので、国内格差とか言い立てる人はいるかもしれないが、それは「一番弱い人を救わずに俺に金をよこせという意味?」という批判に耐えられないのだ)。

そういう状況で「互いに話し合うべき」というのであれば、格差上の側が下をフルボッコ試合終了だ(それがこの40年位の世界の動きだった)。

一方で「下が弱いので、上が一方的理解すべき、一方的に譲歩すべき」では、弱者居直り強盗だ。そんなものに付き合うバカは二種類しかいない。ひとつは付き合うふりしてバカ上前をはねようとする「下流の味方のふりをする上流」であり、もうひとつは後述する「暴力」に対してを憂える人だ。

そもそも、弱者知的訓練の不在の結果「適正な落としどころ」を見つけられないので、「ぱっと見得に見えるけれど実は損」のような強者のつくった商売に騙されて現在がある。税制から携帯の縛り契約ソシャゲまで、全部そんなもんだ。交渉面で弱者というのは、もう「損をする」か「得している気分で損をする」かの二つしかないのだ。それひとつじゃねえかというツッコミもできない。なぜならその二つが本当は「損する」という一種であることを見抜けないというのが、この話の本質からだ。

なので、結局交渉面での弱者は、暴力面で強者カウンターするしかない。革命だ。これまた露悪的に書くが、革命暴力必要なのだ交渉面での弱者強者牽制する方法って本質的にはこれ以外ないからだ。

日本はこの暴力に対する忌避感が強い。暴力良くない!って思ってる。それそのものは悪くないんだけど、それがあんまりにも広がって、自分暴力を奮ってることに気がついてないことさえある。暴力社会的に悪=僕は悪じゃない=暴力は奮ってない、みたいな理屈で。いいやとんでもない。暴力下流武器だし、日本人だって様々な暴力を奮ってる(なんせ一般的生活者権力者富裕層に反抗するためにはそれが必要なのだから)。「経済格差が広がると治安悪化ちゃうよ?」ってネットでよく見る言説なんだけど、あれは「これ以上俺が貧乏になるとお前らの家に火をかけるとか、襲撃して殺すぞ」という脅迫オブラートに包んだ、れっきとした暴力だってことを認識した方がいい。別に暴力からって責めてない。バランスを取るために必要武器からだ。でも、「それを暴力認識しないしたり顔で云う」のは危険から認識すべき、って話だ。

強者の側だって雇度留めとかお祈り手紙とか暴力奮ってるんだから、そういう意味で公平な社会なのだ

「互いに話し合うべき」なのはわかるんだが、それはせめて両者が、そういう自分暴力性に自覚持ってからじゃないとそれこそ話にならない。自分暴力奮ってる自覚のない人間集団結論する平和条約とか、怖くて仕方ないっしょ?

2017-03-23

オラオラしている男子と本気で向き合う

いわゆる『自称オラオラ系』を愛そうと試みて三ヶ月が経過した。

ちなみにこの自称スタンド使いとは以下と以下に近いの発言をする人々をやんわりと含む。

「裁くのは俺のスタンドだー」「やれやれだぜ」「間抜けは見つかったようだな」「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラー」

この手の発言をされると、そこそこ好印象を抱いていた人物に対しても熱がヒューっと下がるようにウンザリしてしまうので、

そっと距離感をとるように心がけて生きてきた。

何故なら、このセリフを吐く奴のスタンドは近距離パワー型だから

10代ならばこの発言を許そう。

だが20過ぎてこれを主張するのは、近距離パワー型のポジション自称して置くことで実は過剰なスタンドとしての性を意識している他ならず、

その過剰な自意識が見ていて痛々しい。何故そこまで、自分本質客観視できないんだ…。

で、かなりの高確率オラオラしてるやつは他人なり身内なりとすぐモメる。

で、「こんなおれにも はき気のする「悪」はわかる!!「悪」とは てめー自身のためだけに弱者を利用しふみつけるやつのことだ!!」とかいう。

吐き気のするって言ってるオメーが一番吐き気のする要因なんだよ、とは誰も言わない。みんな大人から

そうやって、自称スタンド使い自分さらスタンド使いだと盲信を深めていく。

だが、とある日ふっと

何故ここまで自分自称スタンド使いを憎んでしまうのか。

親の仇のごとく自称スタンド使いを蔑んでしまうのは、自分にも近い部分があるからではないのか。

自称スタンド使いによく分からない因縁つけられ絡まれたりした経験もあるからだと漠然と思っていたが、

しかしたら自分の中に『自称スタンド使い』と同じ魂というか、近い性質を抱いているので、

ここまで無邪気という名のアケスケの下に、スタンド使いを名乗れる彼等がどこかで羨ましいのではないか

彼等はある意味本物の〝天然〟だ。

全くオラオラなどしていない、むしろ花京院っこい性質全開なのに、自分合理的と称し得体が知れない「男脳」と名乗れるほど。そんな自分をつゆほども疑ってはいない。

ある意味「なりたい自分」になっている。自己申告で。

魂は限りなく自由だ。

そんな姿を見ていると、自分がもしかしたら…万が一その橋を渡って彼岸に行ってしまうのではないか…または既にそう他人から思われているのではないか…と恐れ、

身震いし、彼等を憎んで蔑んでしまうのではないだろうか。

一大決心をして、その手の人を憎むのをやめてみた。

たまたま仕事で知り合った自称スタンド使い海洋学者(同い年)と積極的距離を詰めてみた。

飲みにも行ってみた。

「酒飲めない女の子には、きつすぎるぜ」

みたいな痛々しい発言にも、穏やかに微笑んだ。

三ヶ月の検証結果を知りたいかい?

LINEブロックされたよ。

一緒にディオに挑んでボコボコに殴られた彼をとりあえず何とか救急車に押し込んだが、その後どうやら救急車内でディオの血をジョセフに輸血したらしい。

彼はスピードワゴン財団で身柄を確保され、超特急ホリィの元へ帰ることになる。

「てめーは俺を怒らせた」

が、自分LINEブロックされた理由だ。

でもLINEブロックしていただいて、むしろものすごくホッとしてる自分がいる。

人を愛しぬいて得た結論だ。

清々しい朝だ。




http://anond.hatelabo.jp/20170323153637

ひとくくり

年下の男から、今の若い人は仕事に対して向上心がない、指示を待つだけだという愚痴を聞かされた。

私が出した結論は「時代からしゃーない」

そしたら「(感覚が)若いね」って言われた。すっごい小馬鹿にされた感じ。

えーと、私だって社会に出た時は見て覚えろの時代でしたけども?一応10も年上ですし。

でもそれが許される環境なら、それが当たり前だと思うんですけど。そうじゃない人もいるし。

時代が変われば人は変わる。

私にも男性金持ち自慢、仕事出来る自慢を本気で「すごーい」って言ってた時代があった。

ほんとに凄いんだろうけど、ほんとに自分には関係ないんですよ。

あんたが自分の為にやったことを、どうして赤の他人賞賛されるべきだと思えるのか。

賞賛どころか神経を疑うようになったわ。お金払って聞いてくれる所でドヤ顔で語ってくれ。

老害って老いたから害になるわけじゃないんだな。時代適応できなかった人だけなんだな。

若い人、老いた人でくくるのはよくない。

サバサバしている女子と本気で向き合う

いわゆる『自称サバサバ系』を愛そうと試みて三ヶ月が経過した。

ちなみにこの自称鯖系とは以下と以下に近いの発言をする人々をやんわりと含む。



「私性格が男なんで」「男脳の持ち主です」「根はオヤジなんで」「黙ってればモテるっていつも言われる」



この手の発言をされると、そこそこ好印象を抱いていた人物に対しても熱がヒューっと下がるようにウンザリしてしまうので、

そっと距離をとるように心がけて生きてきた。

何故なら、このセリフを吐く奴らが超高確率地雷から

20代ならばこの発言を許そう。

だが30過ぎてこれを主張するのは、男性寄りに自分ポジション自称して置くことで実は過剰な女としての性を意識している他ならず、

その過剰な自意識が見ていて痛々しい。何故そこまで、自分本質客観視できないんだ…。

で、かなりの高確率サバサバしてるやつは他人なり身内なりとすぐモメる。

で、「本当、ドロドロしてるヤツってメンドくさい。自分サバサバしてるからそういうヤツってすぐ切っちゃう」とかいう。

メンドくさいって言ってるオメーが一番メンドくさい要因なんだよ、とは誰も言わない。みんな大人から

そうやって、自称鯖は自分さらに鯖だと盲信を深めていく。



だが、とある日ふっと

何故ここまで自分自称鯖を憎んでしまうのか。

親の仇のごとく自称鯖を蔑んでしまうのは、自分にも近い部分があるからではないのか。

自称鯖によく分からない因縁つけられ絡まれたりした経験もあるからだと漠然と思っていたが、

しかしたら自分の中に『自称鯖』と同じ魂というか、近い性質を抱いているので、

ここまで無邪気という名のアケスケの下に、サバサバを名乗れる彼女達がどこかで羨ましいのではないか

彼女達はある意味本物の〝天然〟だ。

全くサバサバなどしていない、むしろネチっこい性質全開なのに、自分合理的と称し得体が知れない「男脳」と名乗れるほど。そんな自分をつゆほども疑ってはいない。

ある意味「なりたい自分」になっている。自己申告で。

魂は限りなく自由だ。

そんな姿を見ていると、自分がもしかしたら…万が一その橋を渡って彼岸に行ってしまうのではないか…または既にそう他人から思われているのではないか…と恐れ、

身震いし、彼女らを憎んで蔑んでしまうのではないだろうか。



一大決心をして、その手の人を憎むのをやめてみた。

たまたま仕事で知り合った自称鯖のキャリアウーマン(同い年)と積極的距離を詰めてみた。

飲みにも行ってみた。

「酒飲めない女の子とはさ、結局本当の友達になれないよねー」

みたいな痛々しい発言にも、穏やかに微笑んだ。



三ヶ月の検証結果を知りたいかい?

LINEブロックされたよ。

一緒に飲んでてベロベロに酔っぱらった彼女をとりあえず何とかタクシーに押し込んだが、その後どうやらタクシー内で暴れた彼女を、運転手さんがすみやかに最寄りの警察連行したらしい。

彼女警察で身柄を確保され、警官監視下で一晩を明かすことになる。

友達なのに泥酔してる自分を見放して放置した。ひどすぎる」

が、自分LINEブロックされた理由だ。

でもLINEブロックしていただいて、むしろものすごくホッとしてる自分がいる。

人を愛しぬいて得た結論だ。

清々しい朝だ。

2017-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20170322212455

大体2スクロール必要になると長いと感じる。

ただ、結論が先にばちっと書いてあれば長くてもそれほど気にならない。

あと理屈がぶっ飛んでたりすると読む気が失せて長く感じる。

努力」と「根性」に関する最近話題について

結論から言えば、どちらも「適切な環境」で行われないと意味がないと言う事。


学問運動は才能の有無以外では「努力」と「根性である程度、実力を伸ばして行く事が出来た訳だが仕事となるとそうはいかないのが実情である

仕事場合は劣悪な環境下で行われる「努力」と「根性」は無意味な事が多い。




人手不足書類作成雑務を一気に新卒押し付けOJT機能しない「死ね」だの「クズ」だの言うパワハラが横行する会社

新卒が「努力」と「根性」で書類作成雑務が出来るようになる、しかしメインの仕事に関しては任せられるレベルでなく窓際に追いやられて辞める。

こんな会社新卒が実行した「努力」と「根性」に意味はあったのだろうか?ない。

さっさと辞めた方が彼は3年間を無駄にしなかっただろう。



会社の総務に10年以上勤めてあらゆる雑用押し付けられる中、なんとか「努力」して社内資格を取得をした女性産休申請を行った時に言われたことが

「うちに産休制度があるが今は取らせる余裕はない、紹介予定派遣も出来るから会社派遣社員として行くか自己都合で辞めるか決めてくれ」

次の日に10年以上勤めた会社彼女自己都合で退職した。こんな会社10年以上勤めて「努力」してあらゆる雑用を処理しつつ社内資格を取る意味はあったのか?ない。

彼女は社内制度が利用されることない絵に描いた餅状態であることに早くから気づき見切りを付けるべきだった。



以上の例はほんの一部ではあるが、そんな会社社会に混じっている世の中で「努力」と「根性」を振り回す人間がどれだけ愚かかわかるだろう。

私は「努力」と「根性」と言う言葉が嫌いだ、その2つを強調する会社に限ってろくでもない会社ばかりだからだ、本来であれば労働者が「努力」と「根性」なんて必要としない

労働環境を整えることが先だとは思う。

努力」と「根性」に関する最近話題について

結論から言えば、どちらも「適切な環境」で行われないと意味がないと言う事。


学問運動は才能の有無以外では「努力」と「根性である程度、実力を伸ばして行く事が出来た訳だが仕事となるとそうはいかないのが実情である

仕事場合は劣悪な環境下で行われる「努力」と「根性」は無意味な事が多い。




人手不足書類作成雑務を一気に新卒押し付けOJT機能しない「死ね」だの「クズ」だの言うパワハラが横行する会社

新卒が「努力」と「根性」で書類作成雑務が出来るようになる、しかしメインの仕事に関しては任せられるレベルでなく窓際に追いやられて辞める。

こんな会社新卒が実行した「努力」と「根性」に意味はあったのだろうか?ない。

さっさと辞めた方が彼は3年間を無駄にしなかっただろう。



会社の総務に10年以上勤めてあらゆる雑用押し付けられる中、なんとか「努力」して社内資格を取得をした女性産休申請を行った時に言われたことが

「うちに産休制度があるが今は取らせる余裕はない、紹介予定派遣も出来るから会社派遣社員として行くか自己都合で辞めるか決めてくれ」

次の日に10年以上勤めた会社彼女自己都合で退職した。こんな会社10年以上勤めて「努力」してあらゆる雑用を処理しつつ社内資格を取る意味はあったのか?ない。

彼女は社内制度が利用されることない絵に描いた餅状態であることに早くから気づき見切りを付けるべきだった。



以上の例はほんの一部ではあるが、そんな会社社会に混じっている世の中で「努力」と「根性」を振り回す人間がどれだけ愚かかわかるだろう。

私は「努力」と「根性」と言う言葉が嫌いだ、その2つを強調する会社に限ってろくでもない会社ばかりだからだ、本来であれば労働者が「努力」と「根性」なんて必要としない

労働環境を整えることが先だとは思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170322091222

コードはそれなりに書けるけどネットワークはさっぱりな旧世代なのでそういう結論に至る思考ルーチンがよくわからない。

ネットワークの方が物理的な不確定要素とかも多くて難しいと思うんだが。

http://anond.hatelabo.jp/20170320222848

ども。うつ病隠して製造業正社員やってます

先に結論言っちゃうけど、製造業のなかで生産技術とか品質保証とかの部署は、力仕事ほとんどない割に求めてくるスキル大したことないし、紹介予定派遣とかの門戸も広くてオススメだよ。カイゼンとかクレーム対応とか、超楽しいよ!(血涙



薬さえ飲めば大丈夫なら、「健康のものっス!」と嘘を付けば済む話なんじゃないかな。私は自立支援医療受給者証ってのを持ってるんだけど、会社に提出する必要いから露呈しないし、保険証会社のをそのまま使えるから楽チンだよ。

健康体を装えない類の病気なのかな?

物理的な管が身体の見えるとこに通ってるとか、日光ダメでいつも帽子被ってなきゃいけないとか、会社にいる時間にどうしても薬を飲まなきゃいけないとか、そんな感じ?

詳しく言わないってことは、それだけで個人特定されるくらい稀な病気なのかもしれないね。だとしたらゴメンね。



ともあれ、病気のこととか、どんな努力をしているのかをも少し具体的に書くと、アドバイス出来る人も増えてくるんじゃないかなぁ。

今のままじゃ、どうしても抽象的なアドバイスになりがちだからね。



800社受けたって簡単に言うけど、凄いことだよ。もはやステータスじゃないかな。頑張ってね!

2017-03-21

私と天空橋朋花と従者とプロデューサーと子豚ちゃんについて

アイドルマスターミリオンライブプロデューサーの皆様、まずは4thLIVEお疲れ様でした。3日間どの公演も本当に素晴らしいものでしたね。3日目の最後には嬉しい発表や一歩一歩進んだ先にあるものを期待させるようなPVの公開もあり、ミリオンライブのこの先への希望を与えてくれるライブだったと思います

私は運良く3日間全て現地でライブに参加することができました。そして演者である小岩井ことりさんの体現する天空橋朋花を観て、ライブ後に様々な朋花Pの方々のツイート等を拝見して、また自分の中の「天空橋朋花観」の大きな変化を感じたので、それをこの時の考えの記録として、はてな匿名ダイアリーという人の目に触れる形で文字に起こしたいと思いますチラシの裏にしない理由はこれを読んで皆様がどう思ったかURL付きツイートブクマコメなどを通して知りたいから、ツイッターにしない理由は直接繋がりのある方々に知られるとちょっと恥ずかしいからです。

まずプロデューサーと子豚ちゃんの話をします。以前の私は朋花の担当プロデューサーであることにこだわり、子豚ちゃんであることをよしとしていませんでした。ゲーム内でも朋花はプロデューサーに対して高い意識を求め、それに応えられなければ罰やお仕置きが仄めかされたり、応えられれば聖母に相応しい者として認めてくれたりする訳です。私はそんな朋花とプロデューサー信頼関係がとても好きで、そんな関係を築けるプロデューサーでありたいと思っています。それは今も変わりません。

ですが朋花の担当プロデューサーでなければ見られない朋花の姿があるのと同じくらい、子豚ちゃんでなければ見られないものもある、と思うようになりました。このような考えをもったのは、武道館天空橋朋花として聖母の愛を振りまく小岩井ことりさんを見てからです。正直一撃で子豚ちゃんになりました。以前小岩井ことりさんが最初挨拶で「子豚ちゃんたち」と呼びかけたことに少し思うところがあり、担当プロデューサーとして武道館に行こう、と決めていたのですが、サプライズとあまり天空橋朋花っぷりにやられてしまいました。ですがこの経験が、より様々な側面から天空橋朋花について考えてみるきっかけとなりました。

ここらへん本当にまとまりなくて何が言いたいのかよく分からないですね。要はこだわりを持つのもいいけど色んな視点から見てみると発見があって楽しいなぁってことに気づいたってだけです。当たり前のことですがこの時やっとこんなことに気づきました。

余談ですがそんなことがあっての二日目の最初挨拶プロデューサーでも子豚ちゃんでもいいからとにかくめいっぱい楽しもうと思って望んだら小岩井ことりさんと朋花に「プロデューサーさんと子豚ちゃんたち」と呼びかけられて死にそうになりました。小岩井ことりさんと天空橋朋花自分の考えを全て肯定されたような気分になりました。本当に余談ですね。

ここからプロデューサーと従者の話をします。先に断っておきますがこれらは全て私独自解釈で、ゲーム中ではプロデューサーという立場聖母という世界観の上で従者という言葉があてがわれている、という感じだと思います。(パっと見つかった「プロデューサーさん、従者以上の存在に〜」から考えていますが、他も大体そんな感じだったはずです)

以前私は、「より多くの人を子豚ちゃんにし、救済するという朋花の願いを叶えるために朋花を聖母として完成させる」というプロデュース方針を打ち出しました。これは彼女の中に聖母たろうとする朋花と、15歳ありのままの朋花が共存している、と仮定した上で、前者を推進していく、というものです。聖母になるという使命を完遂させることで、そこから解放してあげたい、という意図も多少は含まれていたと思います過去の私が決めたこの方針は「従者」としてのものであって「プロデューサー」的ではないなぁと最近思うようになりました。

では「プロデューサー」的なプロデュース方針とどのようなものでしょうか。私は「聖母としての朋花も、15歳の朋花も、丸ごとひっくるめて『アイドル天空橋朋花としてプロデュースする」ことだと考えます。先日ツイッターで「#天空橋朋花こんなところもあるんだ選手権」というタグを見かけました。もし私が天空橋朋花聖母としてプロデュースしていくとしたら、こんなにも沢山の天空橋朋花の魅力を取りこぼしてしまうのかと思い、それは天空橋朋花担当プロデューサーとして見過ごせないと思いました。

ですが、どちらの方針が正しいか、私は未だ結論が出せずにいます。朋花は聖母として子豚ちゃんの上に君臨するためにアイドルになっています。その一助となりたいという思いも私の中に確かにあります。子豚ちゃんの求める姿が理想聖母、というのは本人談ですが、15歳のありのままではしゃぎ、笑う彼女の姿を子豚ちゃんたちが求めているかは子豚ちゃんの視点を獲得したての私ではまだ判断ができません。朋花自身聖母として振る舞おうとする上でそういった姿を子豚ちゃんたちの前に出したがるかという疑問もあります。皆様はどうお考えでしょうか。皆様のプロデュース方針はどちらに近いものでしょうか。

以上で本文は終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました。この文章はまた朋花に関する文章を書きたいという衝動に駆られて勢いで書き殴ったものなので、誤字脱字や読みづらい部分などあったかと思いますが、これが今の私の考えです。

多くの方にこの文章を読んでもらい、意見感想を聞いてみたいので、よければURL付きツイートブクマコメ等していただけると嬉しいです。

散々以前とかまたとか言っているように過去にもはてな匿名ダイアリーで朋花について書いたことがあるのですが、恥ずかしくて自分では読み直せないような文章なのでリンクは乗せません。興味がおありでしたら適当検索すればヒットするかと思います

何かあったら追記します。ありがとうございました。

一目惚れした人とご飯を食べた

歩いている姿に一目惚れして、友達の協力があって知り合うことができた人とご飯を食べた。

少し前からSNSで会話したり偶然会った時に話したりってことはしてきたけど、ちゃんと約束してゆっくり話したのは初めてだった。


話してて気づいたのは、『私この人のこと思ってたより好きじゃないな』ってこと。

目が合っても逸らすことな普通に会話を続けたし、話していて特別キドキすることも無かった。

昔好きだった人とは目が合うだけでドキドキしたし話すたびに相手の反応に一喜一憂してた。少女漫画みたいに。だからそれが恋ってことだと思ってたし、それと対比して今回は『思ったより好きじゃないな』って感じた。


でも別れた後にいろいろ考えた結果、『思っていたより』って話であって、やっぱり好きであることには変わりないなって結論が出た。

思い返してみると、話している間ドキドキすることはなかったけど、不快に感じることも無かった。服装も、ご飯の食べ方も、会話の内容も、受け答えも、どれにも何一つ不満が無かった。

それって本当はすごく貴重なことだよなあって思う。長年一緒にいる家族友達にさえイライラすることはあるし、電車で隣に立っている人にさえ不快感を抱くこともある。

生きている中で出会う大半の人のどこかに、どうしても受け入れられないところが必ず存在する。それと折り合いをつけることが人付き合いってことだと思う。

その我慢をする必要がない存在って、気づきにくいけど貴重な存在になるんだろうなあって。

「完成は付加すべき何物もなくなった時ではなく、除去すべき何物もなくなった時に達せられるように思われる」ってまさにこのことだろうなあって思った。

anond:20170321160601

まさに底辺結論が見えているものを消費しているだけww


底辺にゴールなんてできるわけがない

なぜなら能力が低いので意味がないか

ビリギャルのような極稀オワ作られた都合のいい底辺感動消費に浸りたい教育者勝ち組現実から目をそらしてるだけ

可能性があるって素晴らしい!(そうすれば私の仕事はなくならない!アンド救わなくてもいい!)

2017-03-20

別にかまってちゃんでもいいと思うんだけど

皆が頭空っぽかまってちゃんになられると困る

頭が空っぽじゃない中身のある人が必要だけど

中身のある人がかまってちゃんだらけの場所で頑張ってくれる理由が何もないので

やっぱりかまってちゃんはだめだということにせざるをえない

あるいは中身のある人にはお金を払って頑張ってもらうしかない

結論としては世の中は金

金の流れる余地のない企てなど一切が不可能

http://anond.hatelabo.jp/20170320122851

少数カリスマの下でなんとかやりくりしてたけど、

カリスマ死ぬと同時に無能じわじわ増えて自滅した感じじゃないかな。

初期の金日成と今の金正恩みたいなもので。


少数の力に頼り続ける体制は、その少数が居なくなった時に大問題が発生する。

上手くやってた時期はあるかもしれないが、そもそも体制自体が悪かったという結論でいいと思う。

2017-03-19

自転車保険には入っておいて下さいという話

自宅からやや坂を上った所に、公園がある。

その公園に用があって、道路の右側を歩いていた。

そこそこ晴れた春の日の午後のことだ。


ゆるく右にカーブした上り坂にさしかかったところで、坂の上から下ってきたお爺さんの運転するママチャリにはねられた。

=====


自転車ハンドル自分の左腕にヒット、私はその場に倒れた。

お爺さんはママチャリから投げ出され、路面に右手と右側頭部を打ったらしい。



私は、お爺さんの様子を確認して警察を呼んだ。

現場検証が終わって、ほぼ 10:0 で自転車側に過失がある(私には過失がほぼない)という結論説明された。

警察の方が割合を明示したわけではないが、もし訴訟になった場合そういった割合になりそうという話)




それを受けて、一般的なケースを考えてみる。

自動車が人をはねたら、当然ドライバー責任が問われる。

バイクが人をはねても、ドライバー責任が問われる。

自転車が人をはねても、同じだろう。


状況は考慮されるが、車両運転する側の方が責任は重い。本件の交通弱者は私。

当然そんなことはお爺さんも承知しているだろうと、私は思った。



ならば・・・私は幸い打撲で済んでいる。失ったのは現場検証に費やした2時間だけだ。

謝ってもらって、お互い病院に行って、お互い不幸な事故だったと反省し、次に同じことをしないように気をつけていく。

それが妥当な落とし所だろうなと。



が、そうはうまく行かないものだ。お爺さんは警察と私と目撃者を前にして、また繰り替えし言うのだ。

自分ブレーキをかけたし悪くない。お前が道を塞ぐように歩いていたからぶつかったんだ」



事故直後にも同じことを言っていたので、パニック記憶が混乱しているのだと気にしなかったが、どうやら本気で言っているようだ。

人をはねたことを悪いと思っていないのか、「すみません」の一言もこれまで一切なかった

車両運転する人は『歩行者が気づいてないかもしれない。だからスピードをより落とそう』というように、『かもしれない運転』をしなければならないのですよ。教習所ではそう教わります」と説明する私。

教習所には行っていないから分からない」と突っぱねるお爺さん。



ああそうか・・・そういう人か。

日本語を話すことができても、日本語コミュニケーションできないのか。

私の倍は生きているのに、自分がしたことと責任を把握できないのか。

きな子供みたいなものか。そうかそうか。



その後、私は病院に行って診断書を書いてもらった。やはり左腕の打撲、全治10日程度。

ただ、交通事故のため健康保険が使えず、10負担になった。

地味に(金銭的にも)痛いが、考えようによってはこの程度で済んで良かった。



仮にだが、もし被害にあったのが他のお年寄りだったり妊婦の方だったりした場合想像すると、ゾッとする。

そして、そんな場合でもあの大きな子供は被害者相手に同じことを言っていたのではないか想像し、ゾッとする。

人をはねておいて謝りもしないこの人なら、やらないとは言い切れない。



私は今、加害者からの連絡を待っている。

自転車保険に入っているかどうか、確認して教えてください。自分で入った覚えがなくても、家族の誰かが手続きをしたかもしれないので」

そうお願いした。返事は

「考えさせてほしい」

何を考えることがあるのだろう?確認して私に電話する、ただそれだけなのに。

日本語なのに、理解できない。体は問題ないのに、胸がムカムカする。

どうか保険に入っていてくれますように。これ以上コミュニケーションをとれない人間相手をしたくない。

http://anond.hatelabo.jp/20170319194113

違わないだろ。

結局、俺が気に入らないから叩く、という話だよね。

そこが原点であり結論から、話の展開が分からない。「気に入らん」以上のものが見えない。

リーのここに至ってドライバー給料話題にされても困る。

整理して出直してこい。

http://anond.hatelabo.jp/20170319185254

どこをどう飛んでその結論に至ったのか、全然からない。

アホってことにしたいだけだろ?

http://anond.hatelabo.jp/20170319134719

その理屈だとヤマト従業員だって

仕事残ってても「今日はできませんでした明日やります」って言って帰ればいいわけ

なのになぜそうならないんだろうと思いを巡らせていたら

やっぱり競争社会ってクソだよなという結論に俺はたどり着いてしまった

はてなに限らず最近すごくどうでもいいことに関して議論しているのを見ることが多くていやだ

興味の違いとかそういうレベルじゃなくて

それについて議論して結論が出ても誰も得しないし

生産性改善したり面倒ごとの時間が短縮するわけでもないですよねっていうクソくだらないことについて

いちいちしつこく話し合ってなんの意味があるのかさっぱりわからない

http://anond.hatelabo.jp/20170319001531

話し手抽象論できない相手なら具体論を引き出して、こちらが具体例から結論を読み取る事が必要ではないだろうか。つまり、「つまり」を期待するのではなく「例えば」や「の場合には」を引き出して「つまり」は聞き手が推測するという作業コミュニケーションって面倒で骨折れる。

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