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はてなキーワード: 謙虚とは

2017-05-25

https://togetter.com/li/1111579

せっかく海外の正しい人の努力問題提起になってる素晴らしい芸術作品見世物じゃないとかトンチンカン文句つけたりあまつさえショウゾウケンガーとか言い出す始末。

どこまでアベの奴隷化が進んでるのこの国の豚どもって。コメント日本スゴイ教にあふれてて、ほんとネトウヨの主張する謙虚(笑)国民性とかなんなんでしょうねえ?w

2017-05-24

ドクハラは言い過ぎかもしれないけれど・・・

(続きです)

 

さて、私のとんでもない医者に当たった経験を一部お話ししてきた。

実はさらに続きがあって、別の患者さんが嫌がらせ(?)に合っているところを見てしまったりしている。

本当はもっと書きたいことがあるのだが、これ以上のお話はクリニックと医師特定につながる可能性があるので、時効が来るまでネタを温めておきたいと思う。

 

このシリーズを読んでくださった方からありがたくもコメントを頂戴した。「事前に電話してみたらいいよ」とのアドバイス

ありがとうございます。本当にその通り。

なぜ電話しなかったのかアホだな自分

 

実は、とある病院の評判やランキングを集計しているウェブサイトで事前に調べたところ、まあまあ良い評価がつけられていたか安心しきっていた、というのがある。

今考えたら、あんなの完全なサクラだ。

帰宅してから件のクリニック名を検索したところ・・・出るわ出るわ、被害の声。「よかった」という声は本当に聞こえてこない。

掲示板では、数年前の日付だったが被害者関係者が続々と集結していて、あたかも「プチ被害者の会」になっていた。

参加できないのが残念なくらいだ。

新聞社系の掲示板でもトピックになっているのを見つけた。

 

匿名掲示板情報は、誇張なしの実話だ・・・間違いない。

 

みんな勇気あるなぁ。

あの先生暇そうだしすっごく粘着から、見られてるかもしれないのに。

憂さ晴らしに書いたものもあるだろうけど、「嫌な目に合う人を増やさないように」と警告してくれていたのだ。

 

こちらから聞きたいことも質問できず、毎回顔色を窺っておべんちゃらを並べて、嫌々ながら通院するという選択肢もあったのかもしれない。

だが、あんな驕り高ぶった態度では、いつミスをされるとも限らない。

人間謙虚さを忘れている時が一番危ない。

そんな人間自分の体を預けるなんてまっぴらごめんだ!

 

急病なら致し方ない時もありますが、クリニック選びは慎重に。

 

その病気、その症状、本当にそこのクリニックでしか治療できませんか?

からいから、検索たまたま目についたから、という安直理由で選んでいませんか?

ウェブサイトなどで情報確認しまたか

「あれ?おかしいな?」と思うところが一つもありませんでしたか

事前の電話の受け答えは的確ですか?

辛い症状を抱える患者さんを思いやる気持ちが感じられましたか? 

 

皆さん、いいおお医者さんに出会ますように。

長々と全部読んでくださった方(何人くらいだろう)ありがとうございました。

貴方の周りに、お医者さん選びで困っている人がいたら、ぜひ伝えてあげてほしいです。

こんなヒドイ医者がいるということを。

2017-05-23

謙虚ゲシュタルト崩壊

あなたはあの時大勢の前で見せしめのように、わたしに「謙虚になれ」と怒鳴り散らしましたが、あの時あなたがどういうつもりで「謙虚」という言葉を使ったのか、わたしには分かりませんでした。そもそも謙虚」という言葉意味すら分からない年頃だったので、帰って辞書を引いてその意味を調べました。

『…控え目で、言葉や行動をつつしみ、すなおに相手意見などを受け入れる』人間が「謙虚」だということを知りました。

ならば、「謙虚じゃない」ということはどういうことなんだろう?対になる言葉を調べると、「傲慢」「高慢」「横柄」などの言葉が出てきましたが、ますますからなくなりました。

あの時の私はそんなに傲慢でしたか?横柄でしたか?今思い返しても腑に落ちません。

私がこの言葉を受け取ってから長い時間が経ちましたが、未だにあの言葉真意を汲み取ることができません。

ただ、当時の私は「出る杭は打たれる」とはこういうことなんだろうなと思いました。正直、今でもそうです。この言葉にずっと縛り付けられているとすら思います。こう思ってしまう私はきっとあなたの思う「謙虚」な人間として生きることはできていないのでしょう。

2017-05-21

自己評価が高い時に転職した時は、謙虚に。

私は2回転職をしているが、

もし自己評価がそこそこ高い時に転職すると、

次の職場での自分の振舞い方に

ひどくギャップを感じる事があって

転職先で苦しんで、精神的に参ってしまうか、

慣れるのに長時間かかってしまうから

注意した方が良いと思った。

かなり謙虚になるくらいが良いと思う。

  

そもそも転職する時と言うのは、

やむを得ない事情を除けば、

ある程度自分に自信がある状態である時の

方が多いのかもしれない。

少なくとも自分はそうだった。

他でもやっていけるかなと感じたか

転職する気になったと言うか。

  

しか転職をすると、当然周囲の評価

からの積み上げ直しになるから

今までそこそこ評価されていた場合は、

ギャップを感じて苦しんでしまう。

  

私はそれを2回も繰り返してしまたから、

転職活動中の人は、

同じ過ちを繰り返さないで欲しいと思った。

2017-05-20

リーダー候補技術者入社してきた

リーダー候補技術者入社するまでは、

リーダーというロールは存在しておらず6人くらいの技術者がで相互コミュニケーションをして助け合ってきた。

少なくとも自分は全員がリーダーという気持ちでいた。とは言え、めんどうな問題たらい回しにされ、経営から見て信頼して会話ができる人はいなかったし、経営は育成もしてこなかった。

経営リーダー採用で補おうとして数年が経っていた。(経営コミュニケーションができてないのに、経営は適正を見た上で判断していたのかもしれない。)

そんな混沌とした状況に、リーダー候補技術者入社した。

そのリーダー候補は、一通りの技術には精通しているという印象はあるのだが、

新入社員なのに新しいプロジェクトアサインされるし、リーダーになる準備のせいかすべての問題に一通り頭を突っ込んでくる。すでにいる自分からすると面白くはない。その人が行うすべての行動が鼻につくようになった。

謙虚で人を使うのが上手い人だったら心象が変わったのだろうと思うのだけど、自己顕示欲丸出しのリーダー候補にはそのような素養はないように見える。

ということで、人の育成を放棄する経営を呪って10年勤めた会社退職することにした。

2017-05-19

校正の極意

昔、とある会社サイト掲載されていたのに知らない間にページが無くなっていた。

この極意を肝に銘じ仕事をしていたのに残念。

4,5,6条が素晴らしい。

【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

【第7条:文字パニックにご注意】

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

第9条:日々是情報収集

【第10条:校正の極意】

"

【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

校正マンは何も信じてはいけません。一番信じてはいけないものは「自分」のこと。

校正には知識必要です。だから校正マンである自分仕事関係上、それなりに努力もしているので知識を持っていると思っている人が多いようです。そして自分知識に自信を持っている人も多い。そういう人は、校正マンとして不向き!

自分知識に間違いはないと信じて、いちいち調べて確認することを怠った者は、アシをすくわれてスッ転ぶだけ。知っていることも、いちいち確認するのは面倒な作業ですが、自分知識を信じることなく、確認する労力を惜しまない人が、確認作業プロフェッショナルなのです。

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

校正仕事は、常に「疑う目」で見ることが必要不可欠。まずは、第1条で述べた通り、自分自身を疑うべし。そして確認するための工程使用するアイテムも「疑う眼」で見なければなりません。国語辞典出版社によって、編纂者によって、辞典の大きさによって(小事典・中辞典・大辞典)も内容が違います。どれを使っても大同小異ほとんど同じだと思っている時点で確認プロフェッショナルではありません。同じ言葉でも辞書によって解釈が異なる場合があることを念頭においておかなければなりません。インターネットでの検索も「疑う眼」で確認すること。情報が多く便利なアイテムですが、情報が多すぎることが問題ひとつ。ふたつ目の問題は、間違った情報も多いという点。確かな情報源を手に入れるまでに、情報の海に溺れてしまう時もあります。常に「疑う眼」で見ることを忘れずに付き合っていると、情報の海で土左衛門になる前にインターネット情報の拠りどころとして使えるようになってきます。紙媒体インターネット等、拠りどころは多いにこしたことはない!数値のデータは、最新のデータの方が良いし、旬の時事ネタを調べる場合にも、印刷物書籍など)よりもインターネットの方が断然便利です。インターネット情報を得る場合には、必ず複数データ調査し、公式サイトなどのデータ確認します。校正大切なことは、信頼できる情報確認すること!疑わしい情報確認しても、それって確認作業にになってないし…(汗)。

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

職種によっては「慣れ」ることにでより技術に磨きがかかり熟練工としてして匠と称される場合も多々ありますが、校正プロフェッショナルとしては「慣れ」は大敵でもあります校正のコツを身につけ、経験を生かして間違いを予想して校正することもありますが、この場合細心の注意が必要です。「慣れ」は「思い込み」を生み出すきっかけとなるから…「思い込み」は校正マンの目を曇らせ、ミスを見落とすという最悪の結果を招きます。常に初心を忘れず「思い込み」を全て捨て去り“無心”の状態校正に挑むのが、確認作業プロフェッショナルとしての基本です。

「慣れ」と「思い込み」は命とり…これを肝に銘じて、集中力と根気をもって最初から最後まで校正することが何よりも大切です!

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

校正お仕事は、その結果100点満点が当たり前!満点をとっても誰にも褒められることはまずないという、ちょっぴり寂しいお仕事でもあります。全てのミスを見つけ出すことがお仕事なのですから、当然といえば当然です(…が、たまには褒めてもらえるとうれしいのです。ブタもおだてりゃ木に登るぅ~ってな感じで、次回の校正への励みになりますし…)。満点以外の校正は、言葉が悪くお下品ですが(詫)、“クソ”と同じ…そんな校正なら、しない方がマシ(!?)時間無駄使いをしてしまったと落ち込みます。致命的なミス発見できれば、少々の校正ミス(=モレ)があっても実質的な損害を与えることにはなりはしませんが、お客様からの信頼は確実に減少するのは免れることはできません。校正の精度が疑われるような校正結果では、お客様安心していただくことができません。皆さんも経験があると思いますが、試験100点をとるために何度も見直して「完璧!」と提出した答案が、返却された時の点数は98点…なんてことはザラにあります100点満点を目指すなら、200点目標確認作業をしてトントン校正マンは、200点を目指して、120点を目標として常に全力投球します。その結果の100点なので、満点で当たり前というわけです。

校正業務を開始する際に、体調などに左右されることも。なかなか集中できない場合もありますが〆切は待ってはくれません。どのような状況でも集中できる体制を即座に整えることができる…これがプロフェッショナルです。満点以外の校正はクソですが、集中力を欠いた校正作業はクソ以前の問題です…全身全霊をもって集中して校正に挑んでも、校正ミス可能性はなくならないのですから

校正作業完了し、全責任を担うべく校正紙にサインをした後は、ヘトヘトになり暫しの間放心状態になります校正は毎回が真剣勝負、全力投球ですから当然です…“この一球に悔いなし”!

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

自分のことを「賢い」と思っている人は、大バカ野郎!逆に、自分を「アホ」だと思っている人は、自分のことを「賢い」と思っている人に比べれば「賢い」人です。自分は「アホ」だから、間違うかもしれない!という思いを常に心の隅に常駐させつつ、そんな自分他人様の制作したものに対して間違いを探したり、ミスを指摘したりするなんて恐れ多いコト…と、謙虚姿勢校正に対するのが、確認作業プロフェッショナルです。その謙虚姿勢が、いちいち確認する面倒な作業を怠ることを防ぐための防波堤役割を担ってくれる上、確認する労力の源となるので、自らの間違いやミスの発生率が極端に減少するわけです。自分のことを「賢い」と驕っている校正マンは、いつか取り返しのつかないドツボに填まることになるので、今すぐに校正マン廃業した方が賢明(…!?)です。

なお、自分は「アホ」だという自覚を持っているのにもかかわらず“あほミス(注)”をしてしまったら、それは本当の「アホ」…目も当てられない状態です。そんな状態に陥った「アホ」は、即効で校正マン廃業すべし。

(注)あほミス…「アホちゃう!?」と叫びたくなるような“あほ”みたいなミスのこと。知識能力の不足ではなく、不注意による誤り。SETでは「あほミス」と言いますが、一般用語では「ケアレスミス」のことになりますかね。ちなみに「ケアレスミス」は、careless mistakeの略語です。

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

校正お仕事は、実に意地の悪いお仕事です。制作者もプライドを持って全力で業務に勤しんでいます。「完璧だっ!」と渾身の制作物を校正するのですから、その作品の粗探しをする校正マンは、疎ましい存在なのでは…(涙)。しかしながら、ミスや間違いを発見するのが校正マンの使命ですから、そこのところは一歩も譲ることな任務を全うすべし!粗探しという、一見、意地の悪い作業に誇りをもって、全力で挑まねば制作者に対しても失礼にあたります制作社は、作品ケチをつけられたらカチンときたり、ミスを指摘されたら「クソォ~」と悔しがるのが当たり前。そんな感情が湧かない方がおかしい…湧かない場合は、制作作業に対して手抜きしてるからでは?ミスの指摘を受けて悔しがらない制作者は、問題あり…なので、そんな場合には一言苦言申し奉ります。「ミス校正で見つけてもらったらいいや~」などという怠惰な態度は、校正マンに対する冒涜制作者も、常に100%の完成度と誇りをもって全力で校正マンに挑んでいただきたい。分野は違えど、制作校正プロフェッショナル同士の真剣勝負なのですから

【第7条:文字パニックにご注意】

校正(笑)一種に「文字パニック」という症状があります日常の全てにおいて目にする文字がすべて疑わしくなる病気(!?)です。校正業務ではない日常生活においても、辞書等で確認せずにはいられなくなる…それは読めない漢字意味がわからない用語でなく、通常に使用している簡単漢字であっても。その上、一度確認してもまた同じ文字が出てくるたびに辞書を引っぱり出している自分がいる。やめたいのにやめられない、辞書等で確認しないと落ち着かなくてパニくる…これが「文字パニック」。治療方法としては、休養することしかなく、目と体、そして心を休め落ち着いて回復を待つこと。あわてないことが重要で、確認作業プロフェッショナルなら一度はかかる通過儀礼のようなものなので、自覚症状があらわれた際には、校正マンとして一人前になったのかなぁ~と喜ぶべき病気(!?)ということで、お赤飯でも炊いてお祝いしてください(笑)

文字パニックとは別に校正マンがかかりやす病気として「本が読めなくなる病」もあります活字とにらめっこしている時間が多いため、もう活字は見たくないという原因をもつ場合と、本を読んでいても、無意識誤植を探していて内容を楽しむことができなくなる場合の2種類があり、この病にも特効薬はありません。本人の意思時間の経過により、体力と気力が回復すればそのうち治るでしょう。でも、貧乏ゆすりと同じでクセになってしまったら、なかなか治りません。私の場合子供学校からもらってきた学級便りやお知らせのプリントに朱入れしてしてしまう始末。町内の回覧板広報誌やフリーペーパー等々、印刷物を目にするとダメですね。インターネットの画面では今のところ症状は抑えられますが、サイト情報プリントアウトすると、誤植探しをし、数値を重複確認してしまっている自分に気付く今日この頃です(汗)。

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

何事にも興味を持ち、広く知識習得すべく心を開放しておくこと。自分には関係のない分野の話も、小耳にはさむ程度でもいいので気に留める寛容さが必要です。ひょんなことで、その知識が役立つことがあるからです。校正は、自分知識確認することはなく、調べて確認する作業です。この調べるという作業で、広く知識がある人とそうでない人との差があらわれます校正ではさまざまなジャンル文章校正するため、歴史社会自然科学技術産業芸術など広い分野の知識必要とされます。全ての分野で専門知識をもっているスーパーマンになることは、並大抵の努力では不可能です。用語の大よその意味理解できていたり、見当がついていれば、調べるときに大変助かります校正に費やせる時間無限ではありません。校正マンは、校正だけできればそれでよいというものではなく、定められた納期を守って校正できることもプロフェッショナルとして当然のビジネスマナーです。限られた時間で、どれだけ正しい情報にたどりつけるか…校正マンとしての力量が問われるところです。

第9条:日々是情報収集

前条と内容が重なりますが、ジャンルを問わず知識習得するための心得をもうひとつ友達との何気ない会話、家族との日常職場で流れているラジオテレビ番組CM…等々、日々の生活情報収集に事欠くことがありません。しかしながら、ただただ聞き流してしまうのか、ちょっと意識を持って聞いているかの違いで、情報収集の機会は雲泥の差を生み出してしまます。「さぁ~情報収集だっ!」と意気込んで調べものをすることもありですが、日々の生活でのチャンスを逃す手はありません!いちいちメモして資料を残すなんてことは大変ですので、少し意識を変えるだけで充分です。人間の脳ミソは全く知らないコトを思い出すことは不可能ですが、一度でも耳にしたことは思い出せる可能性が0%ではありません。また、必要に迫られた場合や、自分が興味のある事柄は自ら情報収集することができますが、自分の頭の片隅にもないような事柄についての情報収集することはできませんよね。不特定多数対象情報提供してくるラジオテレビ、街中での雑談や目にする様々な媒体ちょっと意識するだけで、情報収集きっかけは生まれるのです。

校正時での「疑問出し(注)」の巧拙に、期せずして校正マン能力があらわれてしまます。とんでもない見当違いの疑問出しをした場合校正マンは赤っ恥をかくだけでは済まされず、校正の精度そのものに疑いがかかり「この校正マン大丈夫?」という状況を引き起こししまうのです。「これで大丈夫ですか?」と指摘したのに、「オマエこそ大丈夫かい?」という展開に…(涙)そんな事態を招かないためにも、日々是情報収集は、プロフェッショナルとしての日常のあり方です。

(注)疑問出し…原稿の間違いや不備ではないかと考えられるが、調査してもはっきりとは間違いだと判断できない箇所を「これで大丈夫ですか?」と、制作者や先方様に確認するために校正紙に校正マン鉛筆で書き込んでおくこと。

【第10条:校正の極意】

校正に極意はありません。ただ「無心」で校正に対するのみ…

しかするとソレこそが、校正の極意なのかも!?

"

引用http://www.set-inter.com/creator/kotomi-t

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518100352

既に大多数のおかしい人が謙虚気持ちを抱いて普通の人に転向している。これ以上の成果を望むのは我儘というものだ。

ちょっとおかしい人やおかしい人ってなんであんなに自信満々なの

こういう人達が少しでも謙虚気持ちを持てば、

多少なりとも世の中が変わるのでは?

2017-05-17

就活ぐらいで折れてたら社会に出て行けないなんてわかってる

社会に出たら理不尽なことがもっとある。覚悟してる。嫌な取引先がいたり高圧的な上司がいるのも当然のことだと思っている。

実際にそういうのに遭遇したら感覚を鈍らせて対応しようと思っている。飲食バイト理不尽に客にブチ切れられたり塾講のバイトで長に労働時間外に延々と説教くらったりしたときも、ただただ頭を下げ、これからどう改善していけばいいのかと必死で頭を回らせた。

社会に出たらバイトの何百倍も責任は重くなるからもっと耐えなければいけないだろう。それも覚悟している。

私が疑問に思うのは理不尽なのが当たり前の社会にどうしてなってしまうのかということである。「社会は厳しいよ」とか「理不尽なことばかりだけど耐えなさい」とか言われるし、実際そうなので社会人としての処世術はきちんと身につけようと思う。しかし、どうしても避けられない理不尽以外に、人の傲慢で生み出されるしょーもない理不尽だって多いんじゃないのかな。社長必要以上に偉そうだとか、意味のないものじゃないか仕事ができない人が怒られるのは当たり前だけど、いじめられたりするってのはどうなんだ。

社会人として、学生気分は捨ててねって言われるけど、無駄に偉そうにしたり、人によって態度を変えたり、いじめたり、セクハラしたり、そんな大人大勢いるのを見てると、社会人らしくなんてしたくないと思ってしまう。

立派で謙虚大人もいると思う。でも自分傲慢なところを見て見ぬフリして覆い隠して立派に見せかける偽善者も多いと思う。私は自ら理不尽を生み出している偽善者社会は厳しいとか言われてもなんの説得力もないと思う(「社会は厳しいんだよ甘えんなとか言ってくる人たちはだいたいこれだと思っている」)。社会人になるにあたっての考えが甘いと言われるくらいなら私は野垂れ死ぬしかないみたいです

2017-05-13

極端な人間になってしまった。もう無理

甘えだと言われてしまうのはわかってる。現実から逃げてるのもわかってる。でももう生きていける気がしない。普通になれない。ボロボロで恥ずかしい。

中学とき、真面目すぎるあまり周りにドン引きされた。でもそれしか自分アイデンティティが無かったのでその努力評価して貰うために必要以上に頑張っては色んな意味ボロボロになるということを繰り返していた。体育祭ダンスで異常に張り切ったり合唱オーバーに歌ったりしていた。笑われてもなぜか手を抜くことなくやり通した。

高校では私を見かけるたびにみんなが笑っていた。クラスメイトはいつもニヤニヤしながら馬鹿にしたように私に話しかけてきた。高校では目立たないようにしていようと思っていたのに目立ってしまっていたようだった。中学からの癖もあっただろうし、世間知らずだったので女子高生にしては変な振る舞いをしていたと思う。さすがに辛かったので散々普通になろうと容姿やら挙動発言に気をつかっていたが最後まで普通の人とは見てもらえなかった。ストレスがかかりすぎて逆に感情がなくなっていた。

大学に入ってから人間関係で散々トラブった。私が我慢できないことが原因であることが多かった。まだ挙動おかしいのか後輩に笑われたりもした。何にも馴染めなかった。

他人に認めてもらえなかったか自己否定感と承認欲求が入りまじっていてどうしようもない。自分を守るために怯えたり自己顕示したりと極端なことしかできなくて結局何にも得られない。

人を信用できない。人が怖い。だから気に入られるように謙虚無難に接しようとするが、素の自分を認めてもらいたいという欲求が勝って嫌われてしまったりする。私はおかし人間だ、普通にならなきゃという気持ちと、どれだけ努力しても普通になんてなれなかったと投げやりになりありのまま認めてもらいたいという気持ちのせめぎ合いだ。

どうしたら認めてもらえるのか。病的なほどに人の顔色を伺って自分を抑えて周りに適応しようとしたけれど駄目だった私は、逸脱することでさらに認められることから遠ざかっていく。中学時代に逆戻りだ。あの頃は普通でいることに関心がなかったけれど今はもう普通に生きて認められたいという気持ちが大きいから前よりもっと苦しい。このままただでさえ異常な承認欲求肥大していけばもっともっと私はどうしようもなくなるだろう。私はどうすればいい。

2017-05-12

洗脳社会日本ホルホル戦略

思った以上に日本って洗脳社会だと思う。

日本人でよかったなんてポスター作ったり、

日本すげーなんてTV番組やったり、

クールJAPANだぞーと自画自賛したり、

おもてなしすげーって人に言われてなんぼのことを自らアピールしたり、

謙虚だぜーなんてこれも他人に思われてなんぼなことを声を大にしてアピールする。

(ここまでくるとガイジだと思うが。。。)

そんな日本も誇れる技術なんて何もなく、資源もなく、トップかと思われた分野も途上国に追いつかれ横並びか追い抜かれる有様。

高齢化社会で、もう日本人に将来の保障未来も何もないし、今の時代に子を持つことに疑問を持つ人もいると思う。

中国韓国は内部不満を反日という国民全体で共有できる敵を作ることで不満の矛先を変える。

日本ホルホルさせておき、不満を感じさせないようにする。

ホルホル戦略恐るべし。

http://anond.hatelabo.jp/20170512095004

レストランスマートお勧めを聞くクソリプ

まずは一通りメニュー対話する。

一番自分好みの料理を食べてやるんだと本気になって読み込む。

もしその対話に答えられないようなメニューのお店なら、その店は良いお店とは言えないかも知れない。

そもそも、この世界に一番美味しい料理なんてものはない。

あるのは自分が好きか嫌いかということだけ。

失敗したくないからって最も売れてる料理を食べるのは、他人人生を楽しもうとしていることと同じ。

異性も同様、相手がどんな人間かを知ることが大事

表面的な部分ばかり見るのではなく、相手じゃなくてはいけない理由をよく考る。


それでも決まらないなら、次は謙虚姿勢

「こちらのお店初めてで、どんな料理があるかお聞きしたいのですが。」

もしくは、「この料理が気になったのですが、どんな料理か教えて頂けますか?」

あ、そうなんですね。お店のこと知ってくれようとしているんですね。そしたら説明しますね。という気持ちに火がつく。

いきなりこちらからお勧めを聞くのではなく、まずはどんなお店なのかにしっかりと耳を傾ける。

異性相手に「あなたの魅力はなんですか?」なんてまず聞かない。

いいところを褒めて気になるところを質問してみるのが先。

「それ素敵ですね。」「これはどういうものですか?」

相手服装にも所持品にも沢山のヒントが用意されている。

その上で自分の好みを伝える。

普段なら和食が好きで、魚介とかあっさりしたものが好みです。」

「肉肉しいパンチの効いた料理が食べたいです。」

お腹が温まるような優しいものがあったらうれしいです。」

飲み物も同じ。

「いつもは日本酒なんですけど、香りの良いキレがあるお酒がが好みです。」

お酒感が強いものが苦手なので、フルーティーものがあったらお願いします。」

まずは先に自分趣味嗜好を伝える。

映画が好きです。写真が好きです。音楽洋楽をよく聞きます

趣味の合わない相手から、コソコソ隠れながら趣味を楽しむ人生苦痛

で、ここではじめて、「何かおすすめはありますか?」と聞く。

はじめに聞くのと一番の違いは、「こんな自分ですが」が省略されている。

教えてあげたくなる気持ちのお膳立てと、得られた具体的なヒントがあってはじめて、あなたあなただけの料理お勧めできる。

それで本当に好みの料理出会えたなら、そのお店は間違いなくいいお店。それで好みに合わなければ仕方なし。

それはお店の良し悪しではなくて、自分との相性が合わなかったと言うだけ。

ここまでしっかり対話してきたのに、空気読まない趣味とか押し付けられたらそんな異性と一緒になろうなんて思えないのと同じ。

自分趣味を受け止めてくれて、その上で一緒にこういうことができそうですね。とか提案してくる異性がいたら神。

まり大事なことは真剣に向かい合うということ。

自分真剣に向かい合ってはじめて相手真剣を引き出すことができるし、そもそも相手真剣かどうかを知ることができる。

相手理解しようと心がける。謙虚姿勢自分の好みを伝える。それではじめて相手から正しい情報を引き出すことができる。

それでも合わなければそれまで。無理して付き合ってもお金時間無駄

対話もなく突然お勧めを聞くことは、「美味しければなんでもいいです。」と言っているのと同じで、「異性なら誰でもいいです。」というのと同じ。

自分が言われたとき気持ちを考えてみればすぐに分かること。

欲求を満たしてくれるだけのサービスは、どちらにも沢山用意されている。

一番のNGは、常連でもないのに「今日お勧めは?」とか聞いてしまうこと。

それは相手とお互いの好みを知った仲になってはじめて使える言葉

ドヤ顔でそんなこと言った日には、一番利益率高い料理とか、お店にとって都合のいいものを掴まされるので本気で注意。

それをわかってないで誰にでもいい顔してしまうお店も多いけど、長続きした試しがない。

でもそういうお店のほうがいいお店だと思われてしまう世の中でもある。景気が悪い話だ。

そもそも大して面識もない相手から、いきなり大切なものを出してもらえるわけがない。

会っていきなり「今日勝負下着ですか?」とか聞かないし、例えそうだとして、「はいガチできました。」とか答えるわけがない。

いたら嬉しいけど、そんなフレンズばっかりなパークは嫌だ。

2017-05-10

私は特別だって信じたい

こんなに魅力的で面白くて謙虚で素敵な人間なんてほかには居ない私だけって信じたいだから私は私にとっての一番の大好きは心にとっておくのみんなの心の中のとっておきよりもわたしのとっておきはすごくて意外性に溢れていてわたしは、わたしは、特別

2017-05-08

現代の女

現代の女は不安に弱いらしい。

何をするにも億劫で自信がなく、周りと同じ髪型服装で仲間になれたと安心感を得るそうな。

なので励ましてくれる人は自信の根源になる為できるだけ近くにいたいみたい。

異性に対しても励ましてくれたり褒めたりしてくれる人に弱いんだって。自信がないから。

そりゃね、自信ある人って女性として強みのある人だわ。女性らしさ、なんて今言うと差別にあたるみたいだけど料理できたり家事に詳しい女性は強いわ。

それを面倒だから男性やらせるのも腕の一つだけど、その顔で何いっちゃってんの?

ブランド白人が綺麗に見えるように大体グローバルに美意識共感されるのにブスの多いアジアンから謙虚を失くしてどうするの?

美人ワガママな話は聞く価値があるけど、ブスのワガママとか身の程知らずだと思う。

自分美人だと思っている勘違いはまだ救えるけど、自分に自信がない女性大人しくメイク方法より謙虚気遣いを学んだ方が良いよ。

2017-05-03

http://anond.hatelabo.jp/20170503043747

回答

①私が当たるときランキングは4位くらい。

ただ総数でいくとおかしい人と謙虚な人は4対6くらいかも。

他の同僚やらはあまり当たらないみたいで。

たまたまなのかな?

②います別に仕事してても好きな人は好き。

私は趣味部分を都合よくしか見てなかったから、ノイローゼになった。

いまは仕事として好きっていう立ち位置

③知ってる。何も隠す必要ないし、後ろめたいこと過去にしたわけじゃないし。

鉄ヲタっていうのは若い方、マニアっていうのは歳いった先輩に多いかな。私の職場は。

http://anond.hatelabo.jp/20170503040457

本業の人なようなので興味本位で聞かせてもらおう。

①「相手発言ランキング」で「すいません」とか謙虚な人は何位くらい?

②同僚の中に撮り鉄多い?

③同僚に自分撮り鉄であることを伝えている?

マニアと言う言葉を使っているが、鉄道オタクという呼び方当事者間では使われない?(自嘲を除く)

撮り鉄迷惑行為にどれだけ無駄な労力かかってるか知ってる?

本題の前に筆者の話。

鉄道会社勤務、6年目、車両整備担当のぺーぺー、入社前は撮り鉄だったけど、今はカメラ旅行にいくときしか触らない。

私の職場車両基地という場所ゆえ、地元の方や、写真撮影の方、親子連れの人までさまざな方がまわりから見ていらっしゃる

そんななか、ずばぬけて、あきらかにマニアが面倒なことをする人が多い。

こっちは仕事だけど、でも昔撮り鉄やってたし鉄道が好きな気持ちはわからくない。好きなことがあるのはいいことだと思う。

たとえば私の仕事場なら、敷地に入らないでくれって看板あるの無視して、撮影する人の多いこと。

そのたびに手を止めて、言いに行かなきゃならない。

「あの~、申し訳ないんですけど、撮影敷地からお願いできません?」

いや、正論ぶっこんだら敷地不法侵入警察呼ぶのが正規です。

ただそんなことわざわざしてたらキリがないし、そんなことの対策に"わざわざ大げさに"お金かけてられない。

だいたいこの時の相手発言ランキング

「ほかの人もやってるじゃないか、なぜそいつに言わない」

ちょっとくらいやってもいいじゃないか

写真くらいとらせてくれないのかよケチ

たぶん、一般的教養常識がある人ならおかしいって思うはずだ。

これが自浄作用善悪判断を失った撮り鉄発言だ。ネタではなく、マジである。

ただ、すべての撮り鉄がすべてこんなのじゃないっていうのも合わせて付け加えておく。

ちゃんとやってはいけないことはもちろんわかってる撮り鉄もいる、それが普通なんだけどね。

だいたいニュースになる撮り鉄の行動・発言おかしレベルがずば抜けてる人たち。

自分欲求(撮りたい理想アングル)とやってはいけないこと(違法行為)だけは天秤にかけて、行動してもらいたいもの

なんで、そうなってるんだろう?って考えてほしいよ。

妄想臨時列車運用ダイヤとか自分のなかで○○所属車両が××所属かわらないかなぁ~とか、バカみたいな妄想想像話よりいま撮り鉄に対して向けられてることにしっかり目を向けてよ。

話は逸れたが、こんな対応をこまごましているうちに時間はもちろん過ぎてゆく。

規模や内容がひどいとき以外、いちいち上司呼んでられないし、上司時間割いてもらって下手にほかの作業指示遅れるなら私が対応したほうがまし。

でもどこかで無駄な労力はかかる。

そんな中、マニアが考えてやったことはなんだ?

自分がいいアングル、求めていた欲求を解消できるか、である

過去、停車中の貨物列車ブレーキかけて緩まなくして、列車はもちろん普通に走って、あとで怖くなって申告して逮捕された高校生の話。

貨物列車はどうやら貨車1両1両に駅で単独で停車するときにかけるブレーキシステムがあるみたいで、それを触ったのだとか。

同業他社の知り合いの知り合いからちらっと聞いた話だけど、列車は止められて、点検して、車輪がだめになってるから最寄りの駅で貨車を切り離して、代わりの貨車に付け替えて、だめになった貨車から付け替えた貨車に荷物載せなおしたりして、ダイヤ乱れて出てったって。

同じような業界からこそ、思ったのはたぶんいろんな社員さんが通常業務止めて、緊急対応で出動したり、対応に追われたんだろうなって話。

人身事故とか、不慮の事故とか、偶発的な車両故障とか、仕方ない件ならば、それも仕事なんだしやるんだけど。

他人様の、しか鉄道が好きって言う人間がやった不始末を後始末しなきゃならないのよ。

尽力された方々、さぞかし今一般人撮り鉄ウザイって思うよりもっとウザイって思っただろうね。

余計なことしたら、会社だってもうダマってない。

一人の撮り鉄だろうが、大勢撮り鉄だろうが、みんなお金払って駅などにいる人たちは、撮り鉄だろうが撮り鉄じゃなかろうが平等お客様

四季島とはいわず、みんな迷惑かけられたくないよ。

撮り鉄が金払って駅入ってもお客様やけど、同じお金払って乗ってるお客様迷惑かけたら、会社は手を打つよ。

最終的に鉄道会社は「安全」って文字意識するんや。

安全」をお金払って乗ってる人、すべて平等に「安全」なるようにしてるのよ。

さっきの私の仕事場の話ならば、移動してる車両の触車事故なんかされたらたまったもんじゃない。

鉄道は跳ねたらほぼ一発で死ぬことができる。私も移動する車両の横とかに立ってるだけでも怖いし危険

おわりに。

私も写真撮る機会あるし、撮影機材も写真知らない素人より全然わかる人だからトラバの内容わかるけど。

あなたの機材なんて知ったこっちゃないし、まずは社員仕事鉄道で移動してるお客様邪魔しないで。

別に写真撮るなって言わない。そら写りたくない人とかいたらそれは別だが撮るなと言わないよ、私は。

ただ、いまこの目を向けられてること、考えて。

意識ある人、良識のかけらが残ってる人、ちゃんとマナー常識ある撮り鉄ライフを送って。

「昔は良かったんだから良いだろ」とすぐ主張する人、現実見て。今は昔じゃない、今に適応して。脳みそ動かして。

撮り鉄って人々、ジャンル世間からの信頼がないのにさらに落ちてる。

やりたいなら謙虚、遠慮、譲歩のこころを持ってください。

とらば:http://anond.hatelabo.jp/20170502165004

2017-04-29

プレミアムフライデーGWラーメン

東京から数駅の某駅前にあるラーメン屋での出来事


この日はプレミアムフライデー

先月から当社にもこの謎システム名目上、導入された。

……とはいえ、超零細企業IT土方が15時になど帰れるはずも無く、しか今日GW前の月末金曜日

お仕事を頂けるありがたいクライアントの皆様に

GW明けに見せて頂ければ大丈夫です」

などと軽い気持ちでぶん投げらる数多の納期に追われて、この時期の社内は例年通り地獄絵図。

それでも平時の定時時間~2時間過ぎたぐらいには他の従業員もほぼ上がっていき、最後は俺1人。

プレミアムフライデー、もしかしたら根付くんじゃねえの?なんて思いつつ仕事をつづける。

そういえば最近入ったばっかりのデザイナー志望Sちゃんも16時退社してたな。

彼氏居るのか?デートなのか?まともに話したこともないけど彼氏居ないなら結婚したい!

……なんて妄想をいだきつつも、本題とは無関係なので割愛

ひと駅ちょっと歩けば帰れなくはない距離に住んでるのが幸か不幸か、

だらだらと日付けの変わる頃まで仕事しつつも、今週末は休めそうな目途がついたので事務所の鍵を閉め退社。

軽くラーメンと酒でも入れて帰りたいなーなんて歩いてたら、横浜家系ラーメン屋が開いていた。

平日は26時まで営業

残り1時間半はあるしちょうどいい頃合いかな、とお店に入る。

一応、家系をうたっているが、スタッフさんはいつも中国系の人だけ。

ランチタイムや夜の繁忙時間でも、半分埋まるのが珍しいような過疎店なのに、この日はなんだか結構お客さんがいる。

入り口付近レジ前のテーブルにはオタク系の恰好若者が2人。

その奥のテーブルにはアジア系旅行者らしき家族が4人。

更にその奥には随分と酔ってるおじさんが二人。

カウンターにも2,3人。

とりあえず、レジ&入口側のカウンター1番手前に座り、メニューを見る。

ホッピーつまみを頼んで、お酒が回ってきたらラーメンで〆かな~」なんて考えながら、オーダーをとりに来てくれるのを待っている段階で

店内にはスタッフが1人しか居ない事に気づく。

そしてその時点でカウンターの全員と、アジア系旅行者家族はまだ料理を待っている段階の様だ。

嫌な予感を少しだけ感じつつも、他のカウンターのお客さんにラーメンを持ってきたスタッフさんに声をかけるとオーダーを聞いてくれた。

ホッピーセットと、ネギチャーシュー小皿」と伝えたのだが、

「Bセットはラーメン餃子ビールでいいですか?」と返される。

いや、「ホッピーのセットと、ネギチャーシューです」と再度伝えるも

「セットはビールなんです」……と帰ってくる。

3度目にメニューの「ホッピーセット」を指さして音読するとやっと伝わったようだが、「何ラーメン?」とラーメンオーダーを催促される。

しかたがないので、「チャーシューごはん」という小フードを一緒に頼み、「あとでラーメン頼むかも。」と伝えると理解していただけたようだ。

入り口付近、俺の真後ろのオタク若者二人は何やら共通の知人をディスって盛り上がってるし、アジア系旅行者家族はにこやかに話している。酔っ払いおじさん二人は、何かスタッフ文句をいっていたが、あきらめて早々にお会計をして帰っていった。

ここまで10分位、俺のホッピーはまだ来ない。

カウンターの2人にもラーメンが運ばれてきてきた後、ホッピー登場。

ワンオペなのは見て分かるし、こっちも週末を気持ちよく迎えたいので笑顔でお礼を言って飲み始める。

カウンターの先客が二人とも食べ終わり会計をする度に、スタッフさんは厨房から入り口レジまで出て行き慣れない手つきで会計をする。

ネギチャーシューはまだ来ない。

アジア系旅行者家族ラーメンが出そろって、そろそろ落ち着くかな?という空気が漂い始めたころ、

新たにカウンターに3人程客が来る。

見るからに酔払いのおじさん、サラリーマン、そしてデブ。それぞれソロの様だ。

こんな日に(だから?)混んだもんだ。

ちなみに俺のネギチャーシューはまだ来ない。

スタッフさんがどうにか最初に来た酔払いおじさんと、次に来たリーマンのオーダーを聞き終った所で、入り口オタク若者二人が「お会計!!」と声をあげる。

スタッフさん、やはり手間取りながら会計をする。

その途中でカウンターデブ空気を読まず「注文と水!」と声を上げる。

スタッフさん謝りながら、オタク若者二人の会計後にデブのオーダーを取る……。

と、そのさな会計を済ませて店をでたオタク若者二人が、値段がおかしいと戻ってくる。

なんか暫く揉めてる。

俺のネギチャーシューはまだ来る様子が無いし、ホッピーの中もお代わりしたい頃合いになってきたが、

オタク若者二人と話がついた後、厨房に戻ろうとするスタッフさんを呼び止め損ねてしまった。

まあ、今日ゆっくりしよう……という気になって、

スマホニュースでも読みながら、ちびちびとホッピーを消費していた頃に、中年デブ夫妻が店に入ってくる。

旦那デブ上下スウェットごま塩頭に、薄く色の入った下品メガネを付けている。

一見してガラが悪いが、とはいヤクザでもチンピラでもなく、ただただ態度がでかい厄介タイプと言うと伝わるだろうか。

デブ旦那を超えるデブポニーテール。やたら声が高い。

このデブ夫妻が一番奥のテーブルに座った後、大声でメニューを物色し始める。

カウンター座席数とか適当だけどこのときの店内状況を図解するとこんな感じ

         →厨房入口
旦那デブ    酔払い
[テーブル]   ●│   │
[テーブル]    │   │
デブ妻    リーマン 
        ●│   │
アジア系     │   │
[テーブル]  単体デブ
[テーブル]   ●│   │
家族4名      │   │
         │   │
オタク二人   俺│   └─
[テーブル]   ●│
[テーブル]    └─────
の食器ママ       
      |入口|  ■レジ


厨房内でスタッフさんが作業をしている所に、デブ夫妻の妻が「すいませーーん!」と高い声で呼びつける。

居酒屋とか、牛丼屋とか定食屋が混んでる時に店内の空気読まないで呼びつけるのは大抵BBAデブだよな……なんて

思ってると、デブ夫が「ヒトを呼びつけるんじゃねえよ!忙しいの見て分かンだろ!」などとデブ妻をいさめる。

声はでかいし、言葉も身なりも下品だけど、もしかしていい奴?的な妄想を一瞬抱いた俺が居た。

店内の客もほぼ近い感想を抱いたんじゃないだろうか。

アジア系家族は全く無関係ニコニコ歓談している。

この辺りで、カウンター勢のラーメンが運ばれてくる。

俺のネギチャーシューも遅れて出てきた。

ラーメンと違って、手間がかかるメニューなのだろう。多分。きっと。

とは言え既にこの頃、俺は自分のオーダーはどうでもよくなってきて、

店内の煩雑っぷりとスタッフさんの奮闘を観察する事に意識を集中させはじめていた。

へんに催促して、更に混乱させても悪いし。

ここで更に、第3のデブソロ入店し、オタク二人組の食器が残ったままのテーブルに座る。

この第3のデブが実にタイミングが悪い事に、

デブ夫妻に水を出しに出たスタッフさんを呼びつけ、自分が座ったテーブルの片づけを命じる。

言われるままに机の食器を片した後、カウンターの単体デブラーメンを運んだ所で、

更に第3のデブが再度スタッフさんを呼び止め注文を言いつける……。

とその刹那デブ夫妻の旦那デブがキレる。

「こっちの方が先に来てんのに、なんでそっちの注文とってンだ!

忙しいとかじゃなくてわかンだろ!!!!!!!」

と、大声で。予想された展開だ。

スタッフさんは何度も謝り、デブ夫妻に注文を取りに行く。

レモンサワーラーメンふたつだ!」と大声でオーダーが聞こえてきた。

このとき、状況が一番読めないであろう第3のデブは目をくるくるさせていたし、

食べ終わったぽいリーマンはいつの間にか立ち上がり

レジの横で空気と見事に同化した俺の後ろに立っていた。

アジア系家族全然気にするそぶりなく笑顔でなんか話をしていたのが印象的だった。

その後数分の間に、

スタッフさんはまずレジ前のリーマン会計をすまし、

そのタイミングを見計らって立ち上がったカウンターデブ会計も始めたところで

デブ旦那はなんか奇声を上げてデブにぶつかりながら店の外に出て行く。

会計を済ませたカウンターデブも少し遅れて出ていく。

残されたデブ妻はその後しばらくして

ドリンクが出てきたタイミングだかでお金を払おうとするも

スタッフさんの固辞により結局そのまま店をでたようだ。

残ったのは酔払いおじさんと俺、アジア系家族。第3のデブ

色々あったが、とりあえずもう落ち着くだろう、と

チャーシューごはんキャンセルの旨と、

ラーメンは要らないです、ごめんね」と伝えると

スタッフさん何度も謝りつつ「ホッピー、中いりますか?」

と気の利いた事を言ってくるので、貰う事にした。

ホッピーの中が運ばれてくるのと前後してアジア系家族会計をした段階で、

酔払いおじさんが「ラーメンネギがきてないよ」とスタッフさんに告げるのが聞こえてきた。

とっくに食べ終わったであろう冷めたーラーメンドンブリを前に、俺より謙虚な酔払いおじさんだった。

スタッフさんは、何度も謝りつつ小皿ネギを持って出し、酔払いおじさんはそれをそのまま食べ、会計をして出て行った。

……と、そこで、なぜか俺の所にチャーシューごはんラーメンが運ばれてくる。

もう何も言う気にならないから、少しすすって残すことにした。

しかしたら精一杯のサービスかもしれないし。

つの間にか第3のデブも居なくなっていた。

会計をすると、きっかり全部で1880円取られた。

なんだかんだこのスタッフさん抜け目が無い。

出ると、時間は26時10分。

俺はこの内容をどこかに書き残したくなって、歩きながらスマホで下書きし、

家について、今、ここに記させていただきます

皆さんよいゴールデンウィークを。

Sちゃんかわいい

2017-04-26

先輩へ

いつも謙虚気遣いができて仕事もできる会社の先輩がいる。

でも挙動というか、所作?がどうしても許せない。

容姿端麗で憧れる部分の多い人だけど、一緒のプロジェクトが続くとストレスヤバい。つらい。


仕事の話をしていると、断りなく私の手からペンを取って勝手に私のノートに書き込む。

そのペンで机を叩いたり、顔にくっつけたり好き放題したあげく、持って行ってしまう。(でも後で返してくれる)

机の上の物や、カバンからはみ出している物を勝手に触る。

「ハサミある?」と言って勝手に引き出しを開ける。見られて困るような物は持って行ってないけどイヤ。

店員さんしか触らないようなお店の備品にもすぐ触るのでハラハラする。


二の腕がふれあう距離まで近づいてくる。

PCを覗き込んでいるときなんて、横向いたらキスしちゃいそうな距離

食後で恥ずかしいから…、といって身を引いても「平気だよ〜♡」と言ってますます近付いてくる。

まり不快で後ずさりしたり顔を背けてしまう。が、気に留めず。私が神経質なのか…?

話しながら肩に触る、肘置きをなでる、背もたれと背中の間に手を置いてくる。

夏は素肌と素肌が触れ合うこともあり、とにかく不快


他にも親密すぎるコミュニケーションの取り方が多くてきつい。

たまになら平気でも、毎日何回も人に至近距離に寄られたり持ち物を触られたりするとストレスを感じてしまう。

先輩は同性愛者ではないと思う。

上司相談したら、同性同士でセクハラパワハラとも言えないし、好かれてるんだから良かったじゃない、と取り合ってもらえず。

(前に先輩がすごく仕事で大変だった時に一生懸命サポートしたことがあって、それ以来距離感が異様に縮まっている気がする。)

近すぎます、触らないでください、って言っていいもんなんだろうか。

いや言えないよ、そんなしつけみたいなことやる筋合いないし。

嫌いじゃないし、これからも仲良くしてほしいし仕事も一緒にしていきたい、でも、距離感は改めてほしい。


はあ。

先輩、これ読んで気付いてください。

2017-04-25

ジジイ思考回路がわからない

毎日移動のときになんとなく聞いてるラジオがある。

パーソナリティはかなりのジジイらしく、「自然のままに生きるのが一番」とか「謙虚さを忘れてはいけない」とかその手のいかにも言ってる方が気持ちよくなるオナニー話を毎日かましてくれてる。

それだけならまあジジイの生ぬるい番組と思って聞けるんだけど、毎回冒頭に紹介するお便りでかならず「川村様、いつも楽しく拝聴しております。いつも素晴らしいお話ありがとうございます」的な言葉自分で読んでるのがかなりイタイ

常に自分の自慢話をちょいちょい挟んでいるのがまたイタイ

ジジイ世代にとっての「謙虚」の定義は、今の定義とは異なるんだろうかと思ってしまう。

2017-04-15

続・差別区別差別なのか?

http://anond.hatelabo.jp/20170414094139

増田でバズッたことは初めての経験なので、正直なところ驚いている。

まずは、前記事を読み、コメントして頂いた全ての方に感謝を申し上げたい。

しかし、読み返してみるとわかりにくい部分も多かったので、ここでは改めて論を整理したい。

まず、今回の最大の主張は、「妥当」「危害」「驚異」といった「基準」は時代文化によって大きく変わるので、その基準をたまに論じ、硬直せず前に進もうとする姿勢が最も重要である、ということである。ただし、2つの条件がある。


第1に、全てをグレーとする姿勢建設的な議論を阻害するので、あくまでも「たまに」、なぜこれはブラックで、これはホワイトなのかを振り返る姿勢が大切だ、ということだ。

なぜならば、「ブラック」「ホワイト」「妥当」という基準を「多数がそれを支持している」ということに求めてしまうと、それは少数派の迫害に繋がるからだ。

多数派多数派となるにあたり、もちろん多数派には妥当性が存在するはずだが、それは多数派に誤りが、少数派に見習うべき点が一切ない、ということではない。

見習うべき点は見習い、直すべき点は直すということをするには、可能な限りの言論の自由必要だ。

私も今回の一件で私の説明の下手さや、トイレを例として挙げることのまずさを学ぶことができた。

これは私が理解する、ミルの『自由論』の主張でもある。


第2に、議論は積み重なっていくことで進んでいくものであり、これまでの議論を踏まえることで、より先の思想に行き着くことができるという点は重要である

特に専門用語は真面目に説明すれぱ長くなる概念などを一言でまとめるために存在するので、これまでの議論を端的にまとめ、次に進むためには専門用語理解必要不可欠である

しかし、「それはn年前にとっくに議論されている」、あるいは「ググれカス」という姿勢は、ただ自らの優位性を守りたいだけか、あるいはただの知ったかぶりであり、後続が新しい視点でこれまでの議論を乗り越える可能性を阻害するだけである

もちろん、同じ説明を何度も繰り返すのは時間無駄であることは確かなので、先達はこれまでの議論をまとめる参考文献等を示すのが最も建設であると考える。

それができないのであれば、それは議論が足りず整理されていないことを意味するか、ただマウントしたいだけなのか、あるいはただの知ったかぶりである、ということである

そのような人達相手にするだけ無駄なので、後続は議論を続けるべきである


最後に、この話に関心を持って頂いた人のために参考文献を何冊か挙げたい。

まずは、J.S.ミルの『自由論』を挙げる。個人的には、光文社から出ている訳が一番読みやすい。

今回のような思想、あるいは制度に関する書籍は、基本的にそれが書かれた時代背景を踏まえるか、キリスト教を少しでも理解しないと、非常にうわべだけの理解に留まってしまう。従って、読む順序が存在するか、それに加えてキリスト教について学ぶ必要がある。

例えば、カントヘーゲルをいきなり読むのははっきり言って時間無駄であるし、キリスト教の克服という視点無視してニーチェを読むのも、ただのニヒリズムに陥る可能性がある

(余談だが、キリスト教何となく学ぶためには、まず『ふしぎなキリスト教』を読んで、一週間おいてから『ふしぎなふしぎなキリスト教』を読むことを強くお勧めする)。

その点、ミルの『自由論』はキリスト教に対する支持を前提としているが、話は100年以上前に書かれたものとは思えないほど、現代にも通用すると思われる。また、思い付くような反論に対し、本書中で既に再反論しているという点もお勧めだ。

ミルの『自由論』はおそらくいきなり読んでも大丈夫だと思われるが、できればプラトンの『ソクラテスの弁明』を先に一読することをお勧めしたい。

こちらは時代が違いすぎるのでいろいろと理解しがたいこともあるが、「ソクラテスというおじさんが、無知の知というものに目覚め、道行く人に片っ端から議論しかけ、「からの~?」「からの~?」と言っていたら捕まって死刑になった」という大筋さえ押さえておけば大丈夫だ。

無知の知とは知らないということを知っている、つまり、ある物事がなぜそうなっているのか、ということに対し知ったかぶることな謙虚姿勢思考議論をすべきだ、ということである



原発問題しろ民族問題しろ移民問題しろ、より良い方向に向かうということのためにはお互いを尊重した、建設議論必須である

建設的な議論には何が必要か、ということについてはまた論じたいところではあるが、それはまたの機会に。

2017-04-10

出世した

同期横並び数十人のうちから上位3人だけ昇任人事で管理職になった。

これまで謙虚なふりして出世なんて二の次ですよって取り繕ってたけど、出世して嬉しくないわけ無いだろまったく。

超嬉しいよ。メチャクチャ嬉しいよ。自分のやって来たいろんなことが認められた気がして絶頂に達しそうだよこの嬉しさを表に出さないようにするだけで精一杯だよ。

仕事でひどい目にあったことも投げ出したいと思ったことも他人の尻ぬぐいして逆恨みされたことも一瞬だけ良い思い出になりかけたよ。

なんと言っても昇任後、年上でありながら役職自分より下になった奴らの態度が面白いマンガみたいにあからさまに避ける奴、急に歩く方向かえんじゃねーよ。こっちきてすれ違いざまに会釈くらいしてみろよ。全部バレバレなんだからせめて堂々としてろよ。

出世は男の本懐っていうけどな、女にとっても本懐なんだよバーカバーカ。

貧乏人にはお高いレストランに行ってしまたか普段より気になるのであろう

普段謙虚でいい人だよきっと

2017-04-09

絵がド下手くそなのになぜかドヤる男

俺の趣味、絵を描くこと。

ドヤ顔で言うもんだから、さぞ上手いのかと思って見てみれば、大体が萌えキャラの生首。

めくってもめくっても全ページに似たような生首がひとつ

萌え〜記号を真似ただけなので個性くそもない。

‪え、お前、なんでドヤ顔なの、くっそ下手だからな、絵師とか自称すんの恥ずかしいからやめろ、くっっっそ下手だから???

‪褒められるところをいくら探しても見出せず、「下手ですね!!!!」という感想しか出てこないけど、そんなことは言えないから「スゴイデスネー!」って呪文唱える。

当たり前!みたいなドヤ顔やめろ。ちょっとは疑え。

絵が下手くそなのはいい。

だけどそれを自覚せず、恥じらいがない様子に一気にテンション下がる。

言っておくが私は、彼より千倍は絵が上手い。

同人やってる友達だって、彼より一万倍は上手いのに一億倍は謙虚で、かつ努力を怠らない。

このモヤモヤは、相手が男だから、女の自分が立ててやらないといけない理不尽さへの怒りなのか。

からない。

ただ、そんなカッコワルイ男は好きになれない。

2017-04-08

無知の知を知る方法

村上春樹新刊で40万人の南京大虐殺があったと書き、それを非難されると「歴史修正しようとする者たちとは戦っていかねばならない」と反論した。

村上春樹南京大虐殺についてどの位研究したのだろうか、少しでも研究調査すれば“あった”と言うには躊躇するような多くの矛盾が出てくるはずである

彼の南京大虐殺知識というのは我々一般人と同じで、ただ聞きかじった知識であろう。その聞きかじった知識で全世界に向かって南京では40万人が虐殺されたと喧伝したのだ、なんという無責任な奴であろうか。七十に近い男が言論には責任が伴うということが未だ分かっていない。

誰か村上春樹に対して言ってやればいいのだ「貴方は本当に南京大虐殺を信じて書いたのか?もし嘘だった場合、大変なことになるぞ、どう責任を取るつもりなのだ、命を賭けても40万人大虐殺はあったと言えるのか」と。

若いころ村上春樹の本を読もうとしたが「ノルウェイの森」というタイトルを見て、薄っぺら欺瞞的なものを感じて村上春樹を読むことをやめたが、あの時の直感は正しかったようだ。

私たち人間無意識的に“自分の考えていることは正しい”と信じ込む癖がある。それを改めようとしたのが、ソクラテス孔子釈迦言及している“無知の知”であろう。それは、つまり知識人たちはなんでも分かっていると考えているが、本当は何も分かっていない、また神の知恵に比べて我々人間の知恵など取るに足らないものから、我々は常に謙虚であるべきだというものであろう。

我々はソクラテスたちの時代から何も進歩していない、何千年たっても人類は“無知の知”を自分たちのものにできていない。現在においても我々は“自分の考えた事は正しい”と考え安易ネットなどに書き込んでいる。

私たちがもう少し謙虚自分たち無知であると知る為にはどうすれば良いのか。 自分意見・考えに対して“本当はどの位自信を持っているのか”がピタリと分かる方法がある。

それは自分の全財産の内どのくらいなら賭けられるだろうかと考えることである

例えば財産が一千万円あるとして、その内いくら位なら実際賭けられるだろうかと考える。数万円なら賭けられる、それでは数十万はどうだ、数百万では・・・と考えていけば、いくら位までなら賭けられるという金額が出てくる。その出てきた金額自分の考えに対する自信の程度を示している。自分の考えが絶対に正しいと考えていれば全財産どころか命だって賭けられるであろう。しかし数十万円しか賭けられないと思うならば、それはほとんど信じていないということになる。信じてもいない事をいかにも正しいかのように発言するのは詐欺師である

責任感をあまり感じないネット上で発言するにしても、責任が伴う事柄ならば、せめて全財産の半分ぐらいは賭けられるという自信ができて初めて発言すべきであろう。このように“実際いくら位なら賭けられるだろうか”と自問自答をしてみれば、多くの場合は“私はまだ本当には信じていないのだ、無責任発言すべきでない”と自分無知理解謙虚になることができる。

皆さんも「自分意見は正しい」と思った時には“自分は全財産の内どの位本気で賭けられるだろうか”と自問自答してみてください、そうすれば本心ではどのくらい自分の考えに自信を持っているのかがピタリと分かりますから

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