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はてなキーワード: 高度経済成長とは

2012-01-25

年金を確定拠出にしたら・・・


現在年金制度は、現役世代が老人を支える仕組み。

したがって、高齢化が進むにつれ、現役世代の負担は重くなっていく。



今の老人は、日本高度経済成長を支えてきたんだから、それに報いなくては、という

論調もあると思うけれど、国の借金現在価値で数百兆円も増やして、でしょ?

それだけあれば、ジンバブエでも先進国になるんじゃないかなぁ。

高度経済成長を支えた、どころか、将来を食いつぶしてきただけじゃない?

その報いは受けなくていいわけ



1970年代は1人の老人を10人の現役が支え、

2000年代は1人の老人を4人の現役が支え

2030年には1人の老人を1人の現役が支え・・・みたいな説明図を見たことがある(数字適当)。



でもそれって、現役の負担がどんなに重くなろうと、老人は20万/月もらう(繰り返すけど数字適当)みたいな

いわゆる確定給付の考え方だよね?また将来を食いつぶしてない?



んじゃ、確定給付にしてみたらどうよ?



仮に現役世代の負担を3万円/月とする。で、上の計算にある現役:老人比だとすると・・・

1970年代は、1人の老人に30万円/月支給される。

2000年代は、1人の老人に12万円/月支給される。

2030年代は、1人の老人に3万円/月支給される。



いくら老人とはいえ、3万円/月では生活できないかな。。。

でもさ、子供を作って増やすような「よのなか」を作ってこなかったんだからしょうがないんじゃない?



まぁいろいろと問題はあると思うよ。

生活保護が増えるだけとか、

人口が増えるのがそもそもいいことなのか、とか。



でも、少なくともいまの現役世代の一部が感じている不公平感は減ると思うよ。



人口的な、ってか選挙権的なマジョリティは老人世代、老人予備軍世代が握ってるからどうでもいいけどさ。

2012-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20120120190819

田舎的相互監視社会から逃れようとしたとたんに、無料結婚情報サービスという益も失ったわけか。

単に仕事がなくてみんな東京やその他都市部に出るようになって

高度経済成長バブル期は職に困るほど田舎は衰退していないが、

田舎の相互監視的拘束から逃れよう!都会で若者たちだけでつるんでファッショナブルな生活を送ろう!」という広告キャンペーンは大々的に行われていた。

都市部家賃収入増で不動産屋が儲かるし、消費意欲のある若者都市部に集めるとそれだけでビジネスチャンスを生んだ。

追い詰められて、泣く泣く故郷を離れ…ではなく、大半の若者はノリノリで都市部移住した。

都市に出れば異性の選択肢が増え、田舎に居残るより良い結婚が出来るという、夢いっぱいのもくろみがあったのだろう。

実際にそうだった(都会に出たことで価値が正しく評価され、田舎に残った場合よりもすばらしい結婚が出来た)人もいれば、

夢が破れた(都会に出たことで価値が正しく評価され、あぶれものになった)人も居るのだろう。

2012-01-13

違う水

最近興味本位FaceBookに登録してみた。

実名主義インターネットがどんなものなのか。自分の知りうるかぎりでは他に台頭しているSNSがないし、自分が普段覗いている匿名主義のインターネット世界とはまた違うのだろうという予想はあった。

そんなわけで自分の出身校も登録してみた。そんなことをしたのは初めてだ。mixiなどの国内SNSでは信用性がいまいち持てなかったから。

そこで出てきたのが、卒業してから今まではあまり付き合ってる友人がいなかった中学と高校のコミュニティだった。中高一貫でどちらもそこそこの私立の進学校だった。一人に見つかるとコミュニティ全体に見つかるのも時間の問題という状態で、あっという間に友人の数が増えていった。

そして自分は驚いた。そこにいたのはほとんどが大企業などに勤めているサラリーマン大黒柱におく家庭を持つ層のコミュニティだった。それは不況就職難や少子化などの不安日本社会を形成するニュースとはあまり関係ないように見える、豊かな家庭を形成するコミュニティだった。

だいたいの家庭が子どもを二人以上もうけ、家族海外旅行は年1回。持ち家を買い、人生を謳歌しているように見える人ばかりで形成されたそのコミュニティは、未だに高度経済成長期の頃の1億総中流家庭を彷彿とさせられた。

そして自分が普段見ているインターネット世界とは全く異なるもののように見えた。30代の年収が400万前後っていうデータはどこに行ったんだ?ワーキングプアは?若い人に金がないか子どもを作れないというニュースは?自分も含め、ニュースサイト等に溢れるあきらめと絶望の混じったコメントをしている輩はどこにいったんだろう?

そして驚きが収まると共に思い知った。自分が見ていた世界いかに狭いかということに。

そういう豊かな家庭を持つ層はわざわざネットに大量に時間を費やさないのだ。第一にそんな暇がない。だからそういう人たちの意見ネット世論として出てこない。TVだけしか見ない人とネットだけしか見ない人の間で世論が違うように、そこには住む水の違いのような温度差があった。うまくいっている人は豊かなコミュニティに残り続け、落ちこぼれた人はそのコミュニティから落ちこぼれていく。自分がそうだったように。

少なくとも日本にはまだまだ豊かさは残っていた。いつでも沈む時は底からなのだ

2012-01-04

生活保護受給者>9月は206万5896人 過去最多に

 厚生労働省は22日、9月時点の全国の生活保護受給者は206万5896人となり、過去最多を更新したと発表した。8月時点から6025人増え、初めて206万人を突破。60年ぶりに過去最多となった7月以降、連続して過去最多を更新している。高齢化不況で増加傾向は今後も続きそうだ。

 受給世帯過去最多を更新し、149万7329世帯世帯類型別では、高齢者世帯が63万3393世帯で最多。傷病者世帯は32万1230世帯。働ける年齢層を含むその他の世帯は25万3932世帯だった。東日本大震災被災地での失業給付が切れる来年1月以降は、さらに増える可能性がある。【石川隆宣】

毎日新聞 12月22日(木)1211分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111222-00000052-mai-soci

労働組合員数、1000万人割れ=47年ぶり―厚労省

 厚生労働省が22日発表した2011年労働組合基礎調査(6月末時点)によると、全国の組合員数は前年比9万3033人減の996万591人と2年連続マイナスだった。1000万人を下回るのは組合員数が増加途上だった高度経済成長期の1964年以来、47年ぶり。東日本大震災の影響に加え、近年の「労組離れ」が背景にあるとみられる。

 組合員数はピークだった94年の1269万8847人から2割以上も減少したことになる。また、労働組合数も2001年から毎年減少し、11年は2万6051組合となった。

 厚労省は「製造業から非製造業への産業構造の転換や、フルタイム労働からパートタイムなどへの移行がある」と指摘。非製造業非正規労働者組合組織率が低いことが、減少の要因とみている。 

時事通信 12月22日(木)18時15分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111222-00000142-jij-soci

2011-12-07

すき家で遭遇するクチャラーの9割以上が見た目50代のおっさん(ばばぁもいる)。

これはあれかね。高度経済成長期に一緒に成長期だった方々の育ちが悪かった(躾てもらえなかった)のかね。

2011-10-25

日本ITはなぜ終わったのか』を読んで

http://ascii.jp/elem/000/000/643/643497/index-2.html

↓はその通りだと思う。

 このような日本新陳代謝グローバル化の遅れの背景には、日本企業組織特性がある。日本製造業戦後、高度成長したときは、欧米技術をまねて、低賃金生産することができた。

ただ、↓と言ってしまうのは微妙に思える。

首相や閣僚に実質的な決定権がなく、官僚が「ボトムアップ」で決めたことを承認することしかできない。

首相決断」により郵政民営化も、原発の上からヘリで水を撒く事も出来た。首相レベルの決定権は今も強大なものが有ると思う。

官僚が優秀であるはいえ、ここを縦横無尽に使いこなせるような立場にある政治家など近頃では皆無に見えてしまう。




誤解を恐れずに言えば、なぜ決定権を持つ人間が決定できなくなってしまっているのかというのが、




現状の「女性の風潮」に逆らえない




からではないかと私は邪推している。

現状の女性からすれば負け犬にはなれないし、

婚活に勝ち残らなければならず、

村のようなコミュニティ破壊されたので一人で子育てせざるを得ず、

旦那給料を【未来永劫として確固としたもの】に仕上げさせなければならないプレッシャーが有り、

ご近所様からも【ちょっと上の立ち位置を築かなければならぬ】プレッシャーすら有る中で、

養育費、お受験代、年金、老後の資金を工面するために

旦那には【絶対に冒険してもらっては困る】のであって、

まだ高度経済成長期に築かれた【幻想成功神話】を再び旦那に具現してもらわなければ困るのであり、

ゆえに日本社会的に【挑戦】してもらっては困る世界が出来上がる。

(近所やら知り合いに偉そうに出来なくなるから




女性収入を得るとか、

女性同士で血みどろの自慢合戦を辞めるとか、

男性としてもそういった女性に騙されない方向へ進み

「寝た子を起こさない」発想から「協力」というコミュニケーションとして高い次元へ進まなければ

単なる中国属国になってしまいかねない。

今、勝ち組でも10年後に負け組と同一の立場に置かれてしまうかもしれないという算段を持って今後の方向を検討出来る場が欲しいと思う今日この頃でした。

今はもうグローバル経済戦争に負けちゃった、という認識で、

戦後焼け野原というゼロからスタートと割り切った感覚で進められないものでしょうかね・・甘いかな。

2011-10-03

ソーシャルゲームは、組織の成り立ちを学ぶのに意外と良いツールかもしれない

探検ドリランドしながらロングブレスダイエット」の続き。

1週間プレイしてみてゲームについては少し理解できた。




まず一人プレイの侘しさを振り返る

課金なしの場合、「完全に一本道」&「たたかう」しかコマンドがないドラクエという印象。

持ってるカードがすべてで戦略とか全くないから一人で黙々とプレイしているとすぐに詰まる。なにより全く面白くない。

自分一人ではまともに進まない。ボスと戦えない。

ボスに勝てないとろくなアイテムが手に入らない。

改めて思うけれど、ドラゴンクエスト1ってのは、一人旅であそこまで盛り上がるゲームを作れたという意味で神だと思う。

とにかく、一人プレイというのは、かなり知恵を使わないとすぐに行き詰まりになる。これがポイント




仲間プレイの楽しさを知る

仲間が増えると一人プレイでは考えられなかったくらいに可能性が広がる。

仲間がいれば強いボスでも何とか倒せる。

しかボスを倒せば、みんなで報酬を分け合える。

みんなで壁を乗り越えるという体験は相当気持ち良いものだろう。


幸いこのゲームの仲間集めは極めてストレスが少ない。

一人プレイの侘しさはプレイヤーがすぐ実感することになるし、後述するが仲間になるデメリットも無いので申請しやすい。

非コミュ死語)の方でも機械的に仲間を増やすことが可能だ。(この部分がドリランドが一番人気である理由だろう)


ちなみにネトゲだと仲間に手を貸すのは面倒だが、ソーシャルゲーム場合、仲間登録さえしていれば勝手に協力する。

協力しあうメリットけがあって、協力するための手間を削っているため、まずます協力し合うことが魅力的に見える。

さらに、リアルネトゲーと違ってみんなで分けると経験値が下がったりとか、一人あたりの取り分が減ったりということもない。

一人だと1000万円の会社しか作れないが、みんなで出資したら1億円の会社が作れて、しかもみんなが1億円分の持分があるみたいな不思議光景


他人の存在純粋プラスという、今時ポジティブ教でもここまで性善説に満ちた世界イメージできないよ、というくらいの仲間至上主義。

奪い合いは一切無し、仲間がいることのデメリット特に無し。

いやー仲間って本当にすばらしいもんですね。





仲間で助けあう楽しさを学んだら、組織を作ってさらにパイを大きくしていこう

キレイネトゲってこんな感じじゃないだろうか

・人が人を脅かしたりものを奪ったりは原理的に不可能。PKとかなにそれおいしいの?他人とは仲間として協力し合う以外の関わりを持たないよ。

世界リソース無限にある。協力しあって一人では倒せないボスを倒せればいくらでも手に入る。

・つまり、みんなで協力し合えばみんなハッピー


自己啓発セミナーで5時間くらいかけて語る「理想の世界」がこの世界では当たり前のように実現している。

何者にも脅かされない。ただ、勤労(目の前のボタンクリック)しているだけで友だちが増えて、みんなに認められて、世界が成長していく。

シンプルかつバラ色の未来

高度経済成長期の日本ってこのくらい幸せ世界観を持ってたのかもしれないなー、とか思ったり。



弱いやつからすれば、強い奴の仲間になってオコボレを頂きたい。

強い奴からしても、弱い奴でもいないよりはいたほうがいい。

そいつらが育ってくれて将来的に貢献してくれるなら、十分に元は取れる。幸い育てるのに大して手間はいらない。

かくして下っ端の間はみんなが自分を助けてくれる。引っ張り上げてくれる。

上の立場になっても成長していってる間はみんな自分尊敬してくれる。

勝利し続けている間はみんなが自分を慕ってくれて、自分のためにいろんな貢献をしてくれる。

このあたりはすごく楽しいと思う。

順調に成長している間は、チームとか組織って多分すごくキレイなんだと思う。(まぁ成長の段階で既に争いのタネがいっぱい出てくるわけだが)





組織を作ったら次は上下関係の中で生き残り合戦が発生する

まぁ実際はそれほど甘くはないですが。


このゲーム存在する制約は、仲間数制限。

ルーキーズ」がどんだけ仲間至上主義でも野球は9人しかスタメンになれないのと同じ。

このゲームも一番美味しいところにありつける(同時に最前線で戦う)スタメンは10人まで。


スタメン枠はできるだけ強いやつで固めたい。オコボレだけ欲しがってるような奴はいらない。

この世界には人間同士に「敵・味方」はいないけれど、「上・下」は厳然として存在する。

下のものは上のものに貢献できなければ切り捨てられてしまう。

上のものは上のもので、同レベルの仲間や下のものに十分な褒美をやらなければ見捨てられてしまう。

現実だったら、名誉とか称号とかいろんな方法ごまかせるが、

このゲームはとにかくカードしかいからその報奨を用意しなければいけない。

※このあたりから共和制ローマ」がいかにして出来上がったか、みたいな話をしようと思ったがさすがに説明が面倒なので省略




成長が止まるとそこから先は地獄の始まり・・・

しかし、上になればなるほど常に戦に勝って何かを獲得し、供給し続けなければいけない。常に成長し続けなければいけない。

ところが、十分成長した後は、課金なしだと敵だけどんどん強くなって、こちらのレベルも戦力もなかなか伸びなくなる。

・・・このあたりから多分なにか狂い始めるんだろうと思う。まだそこまでいってないかわからんけど。

こういうゲームにおけるレアカードはあくまで「借金」であって、依存すると危険な感じがする。

一度借金に頼り始めると、あとは地獄まで一直線みたいなやばげな匂いがプンプンするぜー。




成長が止まったゲーム組織)はどんどん放棄して次のゲーム組織)に乗り換えていく必要がある

ソーシャルゲームは1アイデアで極めてシンプルしか組織の人員の上限が決まっている。

当然そのポテンシャルまで育てきったら成長はストッします。

しかもそのポテンシャル上限はあっという間に到達するし、最初から目に見えています

そのあとは組織の衰退と、組織内での生き残りを欠けた内ゲバが待っている。

リアルであれば、日本大企業のように、

関連企業下請けからプラスの要素だけ吸い上げてマイナス押し付けるという

延命を図るための腐りきった仕組みも可能であるけれども、ゲームではそういうPKよりもえぐい行為は禁じられている。

故に、どこかで見切りをつけて次の舟に移る必要がある。

もっとも、ソーシャルゲーム場合GREE社長自らが言ったように他の船はどれもコピペみたいな内容で

どこに移ってもそう代わりはないので、一斉に反映して一斉に沈没すると思われる。

あの発言って生態系とか無視して自然破壊をする悪徳社長の発言だと思うんだけれどうわなにをすr





実はリアルより厳しい?ソーシャルゲーム

起業家とか、ネトゲギルマスとかの楽しさを苦しさを象徴的に理解するには良いゲームなんじゃないかと。

リアルの痛さもないし、あくまで象徴的な意味しかからないけれど、

ゲームだけに、人情とか付き合いといったごまかし一切抜きでみんなデジタルに行動するので  

むしろ百戦錬磨の実際の経営者とかがプレイした方がズシッと来るかもしれない。「リアルより難しい」とか唸ってしまいそう。


最終的には狭い選択肢と厳しい条件ではにっちもさっちもイカなくなることを学ぶゲームなのかもしれない。

あるいは「胴元」がいるゲームは絶対にプレイしてはいけない、ということを学べるかもしれない。

まり「このゲームを始めた時点で負けが確定していた」ということを痛感することになるだろう。

そして、いかにこういう「負け戦」に巻き込まれないように知恵を使うかとか、

打てる手の幅を広く確保することがいか重要か、とかも考えるようになるかもしれない。

他にも、複數のソーシャルゲームを回しているなら、「EXIT」をどこに設定するか、といった知恵も身につくかもしれない。



まとめ ソーシャルゲームからも学べることはあるような気はする

ソーシャルゲームから学ぶことなど何もない、という大人の声もあるが、

リスクを背負って起業させたりするよりは安全だし、

部活リーダーシップ発揮したり、バイト経験したことがない息子に社会を学ばせたりするならアリじゃないかと。

もっとも、リアル組織運営とかリーダーシップを行なっている人には全く不要であることは間違いない。





蛇足

タイトル修正しました。最初は「バッドエンドしか見えないゲーム」というタイトルでした。

これはやってて「Hunter×Hunter」というよりは「狂死郎2030」あたりと同じディストピア臭を感じたから。

洗脳された下層市民が嬉々として国家を崇め奉り、喜んで勤労奉仕に励み、

上級市民が下層市民の尻を叩いて積極的に上層部搾取助長し、下層民から搾取して国家を動かす上層部人間権力争いで汲々としている。

「狂死郎2030」の世界では、結局レジスタンスやらなんやらで国を変えていこうという試みはすべて失敗して、主人公とヒロインが逃げ出すのが精一杯だった。

自浄作用機能しない、自壊していくのを先延ばしにしてるだけのどうしようもない世界

誰も幸せそうでないあの世界。ある意味下層民がもっと幸せで、頑張って成長するとどうしようもなく行き詰った世界現実に気づくという構造

ここまで書くと言いすぎだと思ったから辞めたわけだけれど、まぁ蛇足からいいよね。

参考リンク

http://spa-game.com/?p=406

私がネトゲ理想としてるのは、こちら側の「ハンターハンター」的発想であって、

せめてドラゴンボール、せめてジョジョって気持ちがある中、まさかの「狂死郎2030」とは。

2011-09-06

Re:商社Aさん(42)「最近の若者は覇気も根性もない」

商社Aさん(42)「最近の若者は覇気も根性もない」 竹原「エラそうに言うなや」

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1661353.html

を見てインスパイアされたので書きました。


戦後日本は、アメリカ世界戦略にタダ乗りしただけの発展途上国

第二次世界大戦終結後の日本は目覚しい経済発展を遂げた。


しかし、それは日本民族(というものがあるのかわからないが)が優秀だったから実現したわけではない。

恵まれた環境、状況に住んでいたのがたまたま日本人だっただけに過ぎない。



 ⇒ だからわざわざ徴兵制を導入する必要がなく、軍事予算を多く負担する必要もなく、余った人口予算経済活動に投入できた



要するに、日本経済発展は日本人の実力ではない。



から利権を巡る椅子取りゲームで旨い汁を吸うことだけを目的に利害調整するしか能がない、

アフリカの中流国家並のレベル政治家しかいなくてもhttp://www.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2011/08/post-357.php

アメリカ日本の政策を決めてシナリオを書いてくれていたため、日本経済大国になれた。

首相がいなくても、日銀総裁がいなくてもこの国は問題なく動くし、実際動いていた。

日本を動かしてるのは日本人じゃないのだから。そんな能力なかったのだから



からアメリカでも対応出来ないような出来事、例えば東日本大震災のような事が起これば日本は軒並み機能不全に陥る。



口を開けていればお金が入ってくる高度経済成長期の記憶にしがみついているから、今の日本の多くの職場ブラック化しているのかもしれない。

頭で考えなくても”昔は”儲かったのだから考える必要がない。だから体系だったマネジメント知識よりも精神論が優先されて、

理屈で正しくても情緒的に受け入れられない判断をすると集中砲火を浴びる。現実を見ないと皆死んでしまうような状況でも。



先の世代を非難して、自分たちは悪くないと言い続けても誰も助けてくれない

戦後日本経済を支えてきた「元気よく大きな声で体を動かしてればいい仕事」は、人件費が安い国の外国人でも出来る。

これから日本では、そういう仕事外国人と同じぐらいの人件費で済む非正規雇用か、コストの安い外国人担当することになる。



これまでの世代の日本人はあまり頭を使わずに働いてればよかったけども、

これからは頭を使って働けるようにならないと正社員になれない。

正社員として、何十年も継続して働き続ける事ができない。



バブル世代以前の日本人が言うことは氷河期世代以降の日本人には役に立たないことがあるかもしれないけども、

人事権を握っているのはバブル世代以前の日本人なのだから、まずは彼らの要求に応えるしかない。

そして彼らの要求以上の事が出来るようになるためには、「頭を使った働き方」をしなければならない。

そのために、精神論大事だけど、社会の仕組みを勉強して知識をつける必要があると思う。




語学力IT税制金融経済法律コミュニケーション能力など、蓄積すべき知識と鍛えるべき能力は山ほどあるけど

自分に出来ることと適性を見極めて能力を特化したら、絶対にチャンスが来る。


周囲の人と和を保ちながら個としても強い人間になるために、私は今日勉強してチャンスを来るのを待っています

2011-08-28

http://anond.hatelabo.jp/20110828173405

別にエロに限定する必要もないと思うが?

高度経済成長で各家庭の財政事情改善され、それに伴って娯楽が多様化、高度化、低価格化が進んで犯罪に走る動機が薄れていってるってだけで、エロだけ切り取ってもあんまり意味無いと思う。

から仮にエロ媒体けがすっぽりと発達しない状態で歴史をやり直したとしても今と同じように性犯罪は減り続けていただろうし、後からエロが増えたり減ったりしたからといって性犯罪件数がそれに連動する事もなかったんじゃないかな。他の娯楽が潤沢にあるわけだから

2011-08-19

http://anond.hatelabo.jp/20110816220206

こんにちは絶望格差を書いたマスダです

思いのほか、反響が大きくて驚きました。ご質問やご意見に、反応と言うか、意見を書きたいと思います


[上から目線ではないか]

観察したり批評するという行為自体が、基本的に上から目線です。絶対そういうことを言われるだろうなと思ったのが自分ブログではなくマスダで書いた理由です。「天皇機関説」「産む機械」「暴力装置」等々、社会科学の文脈で語られた言葉でさえ優越感ゲームで処理されてしまう世の中です。こうした負の連鎖について、学校で教えればいいという意見もありましたが、絶対に無理だと思います当事者たちから感情的な反発が来て、社会的リンチにあうのが目に見えているのに誰が火中の栗を拾うでしょうか。お金のこと、キャリアのこと、仕事のこと、本当は中学までに教えておいた方がいいことがたくさんありますが、それがなされていないのにはそれなりの理由があります


[地主のことが書かれていない]

H町は地方であり郊外ではあっても農村ではないということです。一時的な土地バブルがあったとしても、その恩恵を被ることが出来るのは資産家だけです。農民は、フローは少なくてもストックは持っているので、都市郊外の開発初期には、バブル資産家が続出しました。しか郊外に住んでいる人はそうした人ばかりではありません。H町は、一度、農村から工業化の過程を経ているために、住民の大半はプロレタリアート層(あるいは下層ブルーカラー)でした。地方=貧困とじゅっぱひとからげで見るのが間違いであるように、主に都市プロレタリアートの人が言いがちな、地方資産家の構図も全体に敷衍するのは間違いです


[戦後にはそういうところから成り上がった人たちがたくさんいる/別にブルーカラーでも不幸とは言えない]

現在高度経済成長を経て、安定成長の時代も経て、デフレの時代です。そうしたチャンスの時代を経てなおかつ成り上がれなかった人たちが取り残されている問題なのです。「生きがい労働」がどうしたと散々不平不満を言っている今の世代が、ブルーカラーでもそれなりに幸せというのは偽善じゃないでしょうか。選んだ結果ならばともかく、それしか選べなかった、実質的には選ばされている状況で、人それぞれというのは気休めとしか言いようがありません。


[新住民も"上層"下層プロレタリアートに過ぎない]

これはある意味そう思います。元記事は、勉強という切り口から見たのですが、根本知的好奇心が欠けているのは新住民も原住民も大して変わりません。これは精神論の話をしているのではなくて、根本の欲求がない限り、勉強能力として身につかないという側面があるので、これは重要な問題です恐竜博士といわれるような小学生は興味があることについては専門家レベルの知識を持っています。そういう人に、興味もない人が付け焼刃で暗記したところで太刀打ちできません。メリットシステム上層部は、恐竜博士みたいな人ばかりなので、いずれ新住民も挫折を強いられることになります。それでも、下士官まりであっても日常的に殴られる二等兵よりはマシです。新住民はその程度のことは理解しています。彼らは将軍になるためではなく二等兵にならないために走っているのです


[金持ちを引きずり落とす必要がある]

金持ち貧乏にしたからと言って貧乏人が金持ちになるわけではない」と某女性が言いましたがこれは間違いです経済自体はプラスサムですが、経済構造にはゼロサムの部分があるからです。一番わかりやすい例は農地解放です。富の偏在の是正を比較的可能にした戦後日本と、戦後すぐには日本より豊かであったフィリピン現在の姿を比べれば一目瞭然ですメリットシステムの結果発生した富と、アリストクラシーの結果保持された富はまったく性質が異なります。前者はメリットシステムを強化し、後者メリットシステムを弱体化させます。少なくとも新住民に「努力報酬」を与え、原住民努力の動機を与えるためにはメリットシステムの強化は不可欠であり、そのためには既得権益層を弱体化させる必要があります


[アボリジニの盗まれた世代を肯定してしまうのではないか]

そういう極端な例を言うなら、逆のことも言えます。そういうことを言う人たちは家庭内の虐待助長しているのではないでしょうか。

家庭には子供を抑圧し、スポイルしてしまう面もあると指摘することが、アボリジニの盗まれた世代に直結するというならば、家庭の不可侵性をことさら言い募る人たちは、親が子供を所有物のように扱い、虐待することを是としているとも言えるのではないでしょうか。物事を多角的に見ずに、だから進歩主義ダメなんだみたいに言いたがる人には、おぞましいという感情しか持てません。

じゃあ、どうすればいいという具体的な解決案が私にあるわけではありません。あるというなら、あると言う人が提示してくれればいいと思います。分かり易い具体的な解決があるならすでに実行されているでしょう。問題だけ示して解決も出さないのが無責任と言われるなら、そう批判されてもしかたがないと思いますしかし問題があるものをないということは出来ません。


[原住民別に不満に思っていない]

不満に思っていない、と言い聞かせている、と私は思います。仮に宝くじにあたって、以前と同じライフスタイル、以前と同じ消費財で満足できるでしょうか。できるというなら、それはそれぞれの好みだと言えるでしょうが、実際にはそうではないわけです。選択可能性があって、初めて選べるのであって、選択可能性がないところで手に入れた物はあてがわれたものに過ぎません。努力をする人、特に自分子供努力をするのを引きずり落とそうとするのは自己欺瞞を突き付けられるからではないでしょうか。戦後の、教育熱心なお母さん(北野サキさんみたいな人)とそうした原住民の親の違いは自己欺瞞の自覚の有無だと思います

原住民友達の中にはマンガでさえ本というものは読まない子はたくさんいました。そういう子たちも中学の頃には「少女コミック」を熱心に読んでいました。素敵な彼とセックスしてしあわせ、みたいな話です。今にして思えば、小学館貧困ビジネスをしていたんだなと思います


[原住民にも向学心はある]

逆上がりができるようになって嬉しいくらいの向学心はあります小学生の時の「勉強ができない」は本当に簡単なところで理解がつまずいているのですから、少し整理してあげるとパッと分かって、魔法みたい、嬉しいということはありました。ただ、それが続かないのです。それを続かせてサポートする環境がないのです原住民の子でただひとりだけ、有名大学に進学した子(男の子)がいました。彼は頑張ってそうしたのではなくて、もともとの知的好奇心がある子だったので、勉強しないことの方が苦痛、という子でした。彼とは何でも話せる友達になりましたが、彼は少年時代ずっと、家族からさえ変人扱いされました。彼を励ましてサポートしたのは私と私の家族くらいだったと思います。彼の場合は、たとえ変人扱いされたとしても向学心の衝動があったので、どうしてもそうせざるを得ない結果、勉強したのであって、そういう生まれながらの衝動がない子ならば、そうじゃないならとっくに「かわいがられる方向」にシフトチェンジしただろうと思います。ちなみに彼は私の今の夫です

2011-08-16

ご質問への回答

文部科学省としてご質問に回答致しますと、全くその通りのご意見でありまして、従来の私どもの教育は場当たり的なパターン問題の処理能力の育成に偏重しており、これは高度経済成長期の工業数学重点主義が現在まで尾を引いているという背景がありますしかし時代が変わり、真の数学者を育成すべきという社会的要求も高まり、私どももそろそろ数学の英才教育および大学レベル数学考慮した根本的な数学カリキュラムを思案しているところであります。また、ご指摘のとおり、我が国の数学教育北朝鮮中国に後れをとっているのも事実であり、今後は中国の英才教育や特殊訓練などを参考にし、我が国の初等教育におきましても、従来のような欺瞞的な英才教育を廃止し、中国北朝鮮匹敵する英才教育を忌憚なく取り入れていく所存であります。貴重なご意見有難うございました。

2011-07-14

http://anond.hatelabo.jp/20110714202715

そこまでして入れる必要があるか?

高度経済成長期みたいに人手が足りないならまだしもいまはもうこれ以上いらないよ。

2011-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20110601210717

それは言い過ぎですけど。。。

ゆとり世代若者

「大人がなんとかしてくれるだろう」

と思ったらいけない世代になってきてるのに、親が高度経済成長の頃に青春を送って、

その頃の経験で物を喋ってるせいで、そういう危機感が全然足らないんだなこれが。


起業ベンチャーを安易に進めてる「大人」もいますけど、この経済状況で成功確率は低いっすよ。

「金を得る」のは大変なことなんだという、戦前日本や、途上国なら当たり前の感覚をもう一度取り戻さないと、まずいと思うんだよね。

就活ときで挫折する大学生なんか見てると。。。

大学卒業したホワイトカラー終身雇用年功序列賃金上昇って世界的・歴史的に見てもすごい待遇なのに。

2011-04-04

原発の正統なる後継者は、似たもの同士の自然エネルギーしかない

完全な妄想レベルで全く根拠はない与太話なのだがハイクに書こうと思ったらえらく長くなったので増田に書いてみる。

突っ込みどころは山ほどあると思うがまぁ与太話として聞いてくれ。

原発の現状と認識

今回大災害があった。さらに原子力災害が起きた。

様々議論はあるだろうが、今後国内では原発は向こう数十年は推進される事はなくなるのではないかと思う。少なくとも国政選挙が2回ぐらいは原発支持・不支持が論点になり、原発推進候補は勝てないだろう。当然ながらこの福島原発処理が終了するまでは先に進めないだろうし、毎年毎年、3月11日が来るたびに思い出され、忘れられずに残っていくだろう。あるいは残らなければならないと思う。

また、一緒にするなと言う話になるかもしれないが、スリーマイル島事故のあと米国は反原発に舵を切って長年原発を作ってこなかった。それが解除されたのはつい最近で、きっかけは確かカリフォルニアでの大規模停電だったように記憶しているが、そういった再び世論を動かす事故が起きなければ敢えて寝た子を起こすような政治家は出てこないと思う。(ただ…チェルノブイリ発電所2002年まで動いていたとか、そういうことを考えると残る可能性も十分あるし、今回の経験から日本原子力技術はさらに成熟されるだろうし、国際的にはどうだろとか、いろいろな議論はあるとおもうけど発散しちゃうのでここではこういう前提にする)

ただ、原子力によって叶えようとした

という夢は日本が今後成長していく上では捨ててはならない。捨てた瞬間日本経済は終わる、と言うレベルで捨ててはまずいと思う。エネルギーはすべての生産活動の基本なのでここが下がらないことにはコスト競争に勝てないからだ。

まずエネルギーコストがあがると、エネルギーコスト原材料費に占める割合が大きな産業からやられてくる。たとえば製鉄業などがこれに当たるが、実はすでに鉱石からアルミニウムの生成など一部の産業では国内企業エネルギーコストの上昇によって競争力を失っているものがある。(日本では独自に水力発電所を持っていてエネルギーを極端に安く入手できる企業しか残っていない。国内アルミニウム工業インゴットを輸入している。このためアルミニウム合金そのものについては国内より外国の方が進んでいる)これらの産業外国流出しても別にかまわないという考え方も十分あるが、これは全体的にコストの上昇を意味することとなる。

さらに、エネルギーを輸入に頼らなければならない日本では、エネルギーは即座に外国に金が流失する事を意味する。(国内エネルギー生産できる国はエネルギーコストが上がっても国内需要として残る)故にエネルギーコスト原材料費に占める割合が増えると産業競争力が落ちるばかりでなく、国内の金の巡りが悪くなり、経済はかなり厳しくなる事すら予想される。

全ての産業がこう言った事に追い込まれないためにも、永遠にエネルギーコストを削減していく技術は追い求めなければならない。

ただ、原発はもう少なくとも政治的・社会的にもう限界だし、コスト的にも議論はある。個人的にも消極的容認派から積極的収束派に意見が変わった。原子力推進でこの夢を追うのは無理だ。

では、どうするか。

原発で見た夢を継ぐ後継者自然エネルギー発電

原子力によって叶えようとした夢は、自然エネルギーが引き継ぎ、夢へと動くべきだと思う。自然エネルギー原子力と非常によく似ており、正統な後継者からだ。

「おい貴様何を言ってる水と油じゃないか」「かわいそうに、酸素欠乏症にかかって…」「ばーかばーか」等と言う声が聞こえてきそうだが、かなりマジである。原子力自然エネルギーは、少なくともチェルノブイリ以前の認識ではかなり共通点があったと思うんだ。

後ろの利権産業としての裾野の広がり、影響力)の話なんかも下手すりゃ同じである原子炉の仕組みが考え出された当時は火を燃やすよりずっと安全だと考えられており、今でも単純な死亡者の数では火力より安全だという議論すらあるくらいである。故に、今の自然エネルギーの一種のような認識だったのではないか。さらに言えば発明された当初は「こんなもの制限が多すぎて使い物にならない」と考えられていた…かもしれない。

原発というのはあくまでも手段であって目的はない。大規模な原子力災害が発生し、その他様々限界が見えてきた中で手段を変えるのはそんなに悪いことじゃない。目的が達成できればいのだから

故に、自然エネルギー原子力の正当なる後継者じゃないかと思う。だから原発は今後尻すぼみになるなら、同じ夢を追う自然エネルギー原発に振り向けていた投資のうち、維持費以外を振り向けて推進するべきだと思うんだ。原発反対の反動としての自然エネルギーはなく、原発の正当なる後継者としての自然エネルギーに。

自然エネルギー問題点

ただ、よく知られているように自然エネルギー

などなど、山ほど問題を抱えていて実際の所うまくいく保証はない。というか、代替エネルギーとして今すぐ原発の後を継げるような存在はないのは間違いない。今原子力の直近の代替エネルギーになり得るのは火力しかないと思っている。(夢は継げるかもしれないが。さらには原子力が火力を駆逐できなかったように、火力も依然として必要とされるだろう)ただ個人的にはそれぞれ、以下のようなブレイクスルーがあって、研究されさえすれば解決に進むのではないかと思っている。

最後送電網の組み替えだけは、物理的な問題があるのでブレイクスルーのような物はちょっと考えつかない。ただ、これはたとえ原発事故がなくても設備更新などは必要だったわけだし、おそらく原発がこのまま推進される事になってもこの流れは必要になってくると思われるので、と言う事にしておく。

また…。これは完全に不謹慎であるし、お怒りをいただいてもしょうがない思考ではあるのだが、怒られそうな事を敢えて言うと、今回の被災地は壊滅的な打撃を受けほとんど丸ごと町を作り直さなければならなくなってしまったところがかなりあり、政府はここに莫大な公金をつぎ込み新たな町を作り上げるつもりのようだが(そして世論もそれに賛成している)、これは新エネルギーのための町をある程度採算度外視で作る事ができる条件がそろっていることを意味している。

ご存じの方も多いと思うが都市計画は、再開発よりも一から作った方がよほど簡単なのである。たとえば中国では大規模造成によって作られているのはものすごいスピードで発展しているが、何もないところ(あるいは何もないに等しいところ)を造成しているから早いのである。(日本高度経済成長期のニュータウン造成も似たような話)一つずつ立ち退かせるところから始めなければならない再開発より早いのは当然である

から災害に遭ってまっさらになってしまったところがある、というのは、未来エネルギー産業を育てるためのモデル都市を作る事ができると言う事も意味する。きっかけは不幸な災害であったが、この災害を次へと繋げる事も可能になると言えるのだ。(ただ、外野からこういうことをいるのだ、とも言えるのであるが…うまくいけば世界に名だたるモデル都市になり、産業たり得るだろう)

技術はあっても実用化までに時間はかかるが、猶予はある。

前掲した以外にも様々な技術的な問題はある。これらの実現・解決にはかなりの時間がかかる。ではどうするか。個人的にはそれでもとりあえず問題はないのではないかと思っている。何故かと言えば、原発は今すぐ停止できる物ではなく、どちらかというと安楽死というか引退させると言った緩やかな停止になり、自然エネルギーの成長を待つだけの余裕は十分にあるのではないかと思うからだ。

今後、原子力は引退させようという動きになっていくと思うが、一部の過激派の言うように「今すぐ撤去せよ!」というのは暴論も暴論で、とても無理だと思う。確かにエネルギー問題を無視あるいは過激派の言うとおり節電などでやりくりすることが可能であれば、異常な状態である福島第一原発を除けば原発を今すぐ止めることは物理的には可能だろう。しかし停止状態になっているのに問題になっている、あるいは使用済み燃料であるにもかかわらずきちんと管理が必要なことを考えれば、いきなり停止させても自己満足以外の意味は、それほどないのではないか。むしろゆっくり運転させ経済的に重要である状況に置いておいた方が、追い込みすぎて安全対策にまで金が回らなくなることに比べればずいぶん安全かもしれない。

さらに、原発解体は年単位時間がかかるし、日本国内できちんとした技術確立されていないから、そこら辺の技術をきっちり固めてからはないと危険であるし不可能だ。

また解体した原発の放射性のゴミをどこに捨てるかという問題も当然発生するだろうが、場所はすぐに見つかる物でもないので(今でも地層処分の場所が見つからず難儀している)、そこも確保してから停止しなければならない。もちろん一度にたくさんの数の解体を進めることも、現実的ではない。すると、古い順番から廃炉へと動いていく事になって、原発の廃止にはどうやっても時間がかかる。自分は少なくともどんなに急いでも二十年はかかるとおもう。

からまさに原発から自然エネルギーへ夢を引き継いでいく素地は十分にあると思うのだがどうだろう。

最後に…

根拠らしい根拠はない。また「未来可能性は無限から何でもできます」みたい不毛な話なのも自覚している。今の短期的な電力不足技術課題が残るであろう中期的な問題を解決するような話ではない。

さらには原子力クリーンな夢のエネルギーとみられていた時代と同じで自然エネルギーも今後おそらく確実に様々な今知られていない問題も出てきて、場合によっては今回のような致命的な問題は出て来て頓挫するかもしれない。

また、設備以外にも、ライフスタイルは大幅に変えなければならないだろう。少なくとも

等は考えつくところだ。さらには原子力産業で食っていた人たちをどうするかと言う事もある。電力会社は徐々に電気を作って売る会社はなく、電力送電網を所有する企業へと変貌を迫られるだろう。末端の電力網を維持管理する作業者は技術的に大きな変更はなくあまり関係ないだろうが、そうでは無い電力会社本体の、発電に携わる今まで日本を支えてきた技術者の方々には削減の並が及んでしまうだろう。

しかし、原子力が数十年原子力産業日本を食わして来たように、数十年は日本を食わせてくれる原動力になるポテンシャルは十分にあると思うがどうだろうか?

また、困難であるため他者が参入してこないと言う状態であるならばより高い見返りを得る事ができるのではないか?うまくすれば、日本がはじめてエネルギー世界で優位に立つ事ができるようになるやもしれない。

今こんな事を言うと怒られるかもしれないが、原子力は敵、自然エネルギーは味方、あるいはその逆でも良いが、そういった思考では未来は開けない。

現実原子力の力によってできあがってきた社会直視し、原子力に携わる人々に「なんて物を作ってくれたんだ!」と言い放つのはなく「今までありがとう」と言い(これは無論原子力災害に見舞われている現地の方々ではなく、そのエネルギーを享受してきた我々の立場である原子力災害のただ中にいる人は怒っても良いし保証の話は別だ)原子力で見た夢は自然エネルギーが引き継ぎます、と告げ、方向転換を図る時だと思う。

2011-03-28

今朝中国人と殴り合ったわけだが

今、仕事上海に住んでいる。半年ほどになる。

日本ネット界隈の嫌中国報道は痛ましく思っている。思っていた。

椅子が爆発するだとか、米がプラだとか、ビルが倒壊するだとか、そんなことはどうでもいい。

僕がこの国に住んでみて感じた事はそんなことじゃない。

なぜ、そんぜそことが起こるのか、本質はなんなのか、僕の見た中国

それを書く。


この国は今、まさにバブルだ。

高度経済成長に乗っかって、金が乱れ飛び、バブル時代の象徴のようにデコラティブな超高層ビルが並び、地下鉄縦横無尽に市内を走る。

カルチャーを伴うようなものでもなければ、買えないものなんてほとんどない。

国が先進国の仲間入りを果たさんがために、成長にじゃぶじゃぶ金を使っている。

だが、人は違う。

ネット界隈の言葉を借りれば、民度

これが全く経済の成長に追いついてない。

地下鉄はあっても、地下鉄の乗り方がわかってない。

列に並ぶ、降りる人に道を譲る、前の人を押さない、脚を投げ出さない、弱者に席を譲る

こんなことも、本気でわからない。

音漏れとか電話とか化粧とかそんな次元じゃない。

高層ビルで働くホワイトカラーは、そのエレベーターの開くボタンを後から来る人の為に押しておくことを知らない。

どこの街角にもファミマセブンローソンがあるが、列に並ぶ、たったそれすらもわからない。

「なぜ?私いそいでるのよ?譲ってよ。当然でしょ?」

家の寝室のドアの立て付けが悪いと業者を呼べば、布団や家具カバーをかける事も無くいきなり大理石に電ノコを入れ始める。

終わった後にはうずたかく積もった砂埃の山に頭を抱える。

レストランで注文をする。

料理のあとにサラダを運んでくる。

厨房を除けばコックが蛇口で頭を洗っている。

運んで来ればまだましだ。3回に1回は必ず何か忘れる。

おもしろい話がある。

中国でオーダーしたものが出てこない時、「早くもってこい」といっても出てこない。

「もういらない」と言えばいい。5分で出てくる。


いちいちイライラさせる。

気が短いのは自覚している。けつの穴がちいさいことも。

もっと世界を知れば、そんなこと気にならないのかもしれない。

だが、それが毎日、あたりまえの日常としておこる。

これほど経済が成長した国だ、つい期待してしまう。

清潔(に見える)な新しい地下鉄に並ぶ時、誰が後ろから突き飛ばされることを予想できる?

それが貧民国の路上を土ぼこりをあげて走る機関車ならわかる。

舗装されて交通量の多い交差点をわたる時、誰が信号無視車両を予想できる?

それが中東の荒れ果てた信号もない交差点ならわかる。

誰がドアマンのいるレストランでコックが厨房シャンプーしてると想像できる?

それが人口3,000人くらいの農村ならわかる。

何もかも不釣り合いだ。

分不相応だ。

まだ、早い。おまえらにこの暮らしはまだ早いんだよ。

そう思ってる。

基本的に、他者を思いやる、想像する、ということができない。

そう感じる。


さて、釣りタイトルだが、今朝、例によって地下鉄に乗っていた。

上海の2号線は朝、ひどい混雑だ。乗車率で言えば東京山手線以上、田園都市線以下といったところか。

いつもは上のような理由でイライラするのが嫌で、タクシーで出社している。

自宅から会社まで日本円で250円くらいだから、その方が精神衛生にいい。

だが、今朝は早く目が覚めた。

早起きは3文の得。電車なら50円くらいで出社できる。

背中を押され、体をぶつけられ、眉をしかめながら電車に揺られていたわけだが、そのひどさといったら日本人には絶対理解できないだろう。

他人なんかどうでもいいんだ。自分の乗る場所を確保できればいい。そんな人間の集まりだ。

脚をふもうが、肩が女性のほほを擦ろうが、鞄が誰かの胸を圧迫してようが関係ない。

やっと車内のアナウンスが降車駅を告げた。

こっちの人間は、自分が降りるときは、列車がつく前にドアの前に移動しないと気が済まない。

日本人なら、どんなに混んでいても、並んで降りれば降りられないなんてことは無いと知っているのだけれど、そんなことは皆知らない。

これはマジだぞ?

もう少しも動くスペースがないのに、無理矢理肩をこじ入れてドアの前に行こうとする。

僕はその時目の前に数人の人がいたので、お行儀よく並んでいたのだが、後ろにいた中国人の目にはそれが「降りない」と映ったようだ。

僕を突き飛ばしながら肩をぶつけてきた。

頭にきて、眉をしかめながら振り向いて舌うちをした

すると、そいつ、「やんのかおい」と言わんばかりの顔で睨んできた。

笑える。

キレた。

たまりにたまった半年分の怒りだ。

振り返るや胸ぐら掴んで思いっきり殴ってやった。

嘘だ。そんなにうまくいかない。ただのサラリーマンだ。中学卓球部で高校は美術部だ。

胸ぐらつかんで列車に押しもどしてやったら、後ろからかに後頭部を殴られた。

一瞬、中国人日本人に対して集中攻撃を始めたのかと思ったが違った。

仲間だ。仲間がいた。向こうは2人だった。

後頭部をうしろからガンガン殴ってくる。それ自体は全然痛くない。拳なんかより頭蓋骨の方が固い。

だが眼鏡、おれの眼鏡はどこいった?

知らない、そんなことはどうでもいい、それよりこいつ、この今胸ぐらつかんでるこいつ、こいつは許せん。

そこで殴ろうとしてとうとう止められた。

駅員に。

冗談じゃない。おれはまだ殴ってない。

羽交い締めにされながら「てめーこっちこいこの野郎!」そんなことを喚いていた気がする。

内心ホッとしてたか?そこまでひ弱じゃない。

どんなにボコボコにされてもごめんなさいと言わせてやる電車に乗るマナーを教えてやる!

無理だった。

その後引き離されても挑発してくる。

上等だおい。

ジェットリーよろしく胸をはって薄ら笑いを浮かべて、手のひらを上に向けてクイクイっとしてやる。

こいよ。マジでぶっとばしてやる。


まぁ、そんなこんなで、僕は眼鏡を失った。

「秦八郎」という眼鏡職人の作ったお気に入り眼鏡だった。レンズも含めたら4万円はするだろう。

そのまま列車で運ばれたか、ホームに落ちたか

この国で落とし物が見つかる事は無い。

先ほど吉祥寺眼鏡屋に問い合わせたら秦八郎氏はもうそ眼鏡を作ってはいないそうだ。

無念。惜しい物を無くした

早起きは3文の得?

4万円の損失だ。


これから中国旅行に行ったり、赴任したりする人がもしかしたいるかもしれないので言っておく。

あいつらに他人は見えていない。

中国多いに結構。思う存分やってくれ。おれも嫌いだ。

今まで一生懸命好きになろうとしたがやっぱりダメだった。

飯もうまいと思おうとしたし、うまい飯を探した。あるわけがない。

いい人も沢山いる。ホントに親切だ。

だが、そんな人ですら、「列に並ぶ」ことができない。ドアを支えておくことが出来ない。

これが文化の壁だ。


日本はいい国だ。

最後になったが、地震被災者とその二次被害者に心からお悔やみを申し上げる。

それでも日本はま大丈夫だ。

救援物資を待つ長蛇の列をニュースで見ると、涙がでそうになる。

2011-03-24

要するにこの国は、戦後復興に失敗したんだ。

AKIRA』というアニメ映画を思い出す。ネオ東京を統べる大佐博士に問う。「その力は、本当にコントロールできるのか?」結果人間は“その力”をコントロールできずに、都市は飲み込まれてゆく。

福島第一原発が操業を開始したのは、1971年米国ではアポロが月に到達し、大阪万博特需を経た日本高度経済成長はピークに達していたころだ。家電がほぼ全世帯にいきわたり、産業は栄華を極め、必然的に電気が足りなくなったこの国はたいした議論も経ずに原子力発電をはじめた。経済の成長は国を豊かにし、日本は誇りを取り戻した

伸びきったゴム紐は決して元に戻らない。狭い本土に、雨後のたけのこのように原発が生えた。私はその、高度経済成長の潤いに鼻まで漬かって育った世代だ。だから、責めるつもりなんてぜんぜんないのだけれど。

やっぱり、ドーピングだったんだと思う。こうなってしまえば、原子力はやっぱり劇薬だったんだと思う。日本という名の競走選手は、記録にばかり目を奪われて、劇薬の処方と管理を誤ったのだと思う。

父よ、私たちの父よ。

もう認めてほしい

要するにこの国は、戦後復興に失敗したんだ。先行く何某に追いつこうと焦るあまり、足元を見失っていたのだ。私たちは、劇薬の力で宙に浮いていただけなんだ。そして今まさに、地面に叩きつけられようとしているんだ。

じっと歯を食いしばる。

2011-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20110214120459

渡っていけないのはそうじゃねーの。

親が子を捨てる為にそういう行為が行われているだけの話だし。

だがまあ高度経済成長期を経て、そういう人でも一般的な市民として暮らしているよね、というのが今じゃね。

いわゆる団塊の世代がまさにそんな感じだったんじゃねーの?

2011-02-13

「当たり前」を下げれば自由になる

新聞を読んでいると気持ちが暗くなる。日本はこれから経済的に悪くなるばかりだ。それにも関わらず、高度経済成長価値観を引きずり、多くを望むが故に不幸になってる人が多いように感じる。



当たり前のように百万以上する車を乗り回し、結婚式には三百万もかけ、子供には習い事や私立の学校に通わせ、休日には外食に行き、毎月数万も服を買い、エアコンは付けっぱなしにし、ミネラルウォーターを飲み、携帯代に1万も払い、30インチ以上あるテレビを買って、おまけに毎月10万ぐらい自宅購入にローンを組む。これが当たり前らしい



それを維持するために、毎日夜の22時まで働く。どんなにツラくても妻子やローンがあるから辞めることができない。バブルのころよりも人員が減り、仕事のキツさは倍増したのにもかかわらず、給料は据え置き、どころか下がることすらある。これじゃ奴隷だ。こんなに頑張らなきゃ「当たり前」は手に入らない。もう、以前のように働いただけ発展が望める社会じゃないんだよ。



もし「当たり前」の基準を下げて、もっと慎ましやかに生活すれば、こんなに働かなくてもいいんじゃないか? もっと自由になれるんじゃないか? そう思い私は某大手製造業技術者の職を捨てた。今は週に2~3日だけ働いて10万で暮らしている。

車を手放し、2万/月の家に住み、しまむらで買った服を着て、自炊して食費も1.5万/月にしている。でも、貯金もできている。空いた時間を本を読んだり、将来のために勉強に当てたりしている。自主的にやっているか楽しい



「そんな生活で惨めになりませんか?」と言われるが、会社に勤めて多くのお金をもらうのは、結局、見栄のためなの?と逆に問いたくなる。

結婚しなくていいんですか?」と言われるが、逆に何で結婚しなくちゃいけないの?と問いたい

お金がないと友達は減りませんか?」と言われるが、私が貧乏になっても、(苦笑いをすることはあるが)親しい連中は私のもとを離れては行っていない。多分、もともと贅沢を共にするような付き合いをしていなかったからだろうと思う。

私はこれでいい、と今は思える。

2011-01-28

http://anond.hatelabo.jp/20110128105921

理由?

ちょっと前までは、結婚できるだけの資産があることをアピールするためじゃなかったかな?



中途半端なものは相手はよくても相手の親が許さないとか、ふざけた書き込みとかあるし。

相手は今の経済情勢知ってるから良いんだろうが、

相手の親の時代は、高度経済成長期でバブルに向かってすっ飛んでた時代だろうから、何処まで見得はって高いもの買えるかってチキンレースの時代。

しょぼいの買ったら、そりゃ、いくらの指輪にするのか楽しみにしてる相手の親は良くは思わないぜ。



出来ちゃった婚たいな、なし崩し的な結婚の方が経済的負担が少なくてよいぜ、荒れに荒れるが。

もしくは、事実婚状態にして後でこっそり籍だけ入れるか。

2011-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20110112113422

バカ丸出し

高度経済成長期のような、底打ちから始まるアホみたいな成長幻想を捨てようと言う話と、

そもそも競争をやめようと言う話は別物。

株式市場たいな成長至上主義は、逆に害悪だ。

2011-01-04

かつての日本高度経済成長期くらいの時代であれば、受験勉強を勝ち抜いて大学に入るだけの能力があれば社会に入って活躍できた。

例えば東大法学部出身の官僚があらゆる省庁のトップでも、その能力があれば色々な事態に対処できた。

ゼネラリスト志向企業採用方法や、公務員試験人材を集めることが出来た。

一つ前の時代には、日本の平均的に高い水準を保つ教育制度が、研究学問はなくて経済成長という観点からみれば最も上手くいった。

けれど、より複雑化した現代社会にはそれでは対応できなくなってきた。

より専門的な人材が必要だから、国としては院卒を増やした

だけど、未だに採用制度ゼネラリスト志向から変わらないし、そもそも院卒の人を上手く使うような社会基盤が構築されていない。

欧米教育制度企業採用最初からスペシャリスト志向だったから今の時代に上手く適合しているのではないかな。


と、思ってみたりするわけですが、

日本研究者育成の問題とか、ポスドク問題とか、日本欧米大学院卒の扱いの違いとかを、社会制度のような観点から書いてあるような本ないですかね。

自分には上に書いたことを証明とかできないので。

2010-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20101227010513

戦後高度経済成長バブル自分たちの実力と勘違いして何もしなかったから。もともと力なんか無いです。

2010-12-17

http://anond.hatelabo.jp/20101217012556

ちびっ子が公務員もしくは大企業正社員になりたがるのは安定している(というイメージを持っている)からから

何で安定を求めるかというと、公務員大企業正社員以外の仕事に就いてる人間の生活が苦しいのを目の当たりにしているからだろう。

安定志向に走るのは、レールから外れた時のセーフティネットがないから。

起業を促してイノベーションを必要とするなら、失敗した時の受け皿をちゃんと用意すればいいだけのこと。

でも、そのような社会システムを構築するだけの頭と指導力がない。



共産主義国第三世界の政情不安に助けられた棚ボタ高度経済成長時代の感覚そのまんまで、

集まってくる金を割り振ってりゃよかったレベル政治家しかいないから、現代の国会議員って中卒でも出来る。

官僚が方向決めて、頭は足りないがコネ豊富世襲ボンボン官僚の書いたカンぺ読んで、

起立要員パフォーマンス要員のザコ議員世襲ボンボン同調するだけの簡単なお仕事です



頭使わず動いてりゃいい時代は終わって、ちゃんと学問知識を身につけて指導力がある政治家じゃないとうまく回らない時代に変わってるんだが

政治世界が世の中に追い付くにはあと2~30年かかりそうだな。

2010-12-16

から何度も言ってるのに。

日本不景気なのは当たり前だと。



高度経済成長期というのは、周辺諸国第三世界の政情不安ドタバタの中でもたらされた、棚からぼた餅というやつだ。

そりゃ馬鹿たいに体動かして働いてりゃ売上が上がったよ。企業は儲かったよ。

学校で真面目に勉強しないで人間力(笑)とやらを振りかざしてコネ経験論と精神論ゴリ押ししてても経済は大きくなったんだよ。

バブル時代までの日本を取り巻く環境下で経済発展出来てなかったら日本人は全員知障だよ。

あんだけお膳立てされてたら経済発展できて当たり前だ。



他の国が経済に専念出来るようになってから、あっという間に距離を縮められつつある。

そりゃそうだよな。他の国の人間は国の経済を発展させるために経済と金融の勉強しまくってるもの。

日本大学経済学部なんてナンパ合コン勉強する場だろ?

ジョゼフ・スティグリッツよりロンブー淳がリスペクトされてるんだろ?



ろくに経済学勉強しないでサークル合コンで磨いたコミュ力さえあれば何とかなったのはバブルまで。

つーか、お前ら大学出てる必要ないじゃん。大学入試合格したら速攻退学してSODに就職しとけばよかったんじゃね?

コミュ力経験論と精神論しか取り柄がない脳筋が「あでぇ~?何で元気よく汗かいて働いてるのに景気がよくならないのぉ~?」って言ってるのが今の日本

ちょっとは経済勉強して頭で経済を考える習慣つけろよボケが。

2010-12-13

ゆとり教育は素晴らしかたかもしれない

環境の力で下駄を履かせてもらえた程度の実力しかない人材が一気にボトムダウンしたから

街中に人間とは思えない下品で低脳な家畜たいな輩が跋扈しているけど、それは教育のせいではなく彼ら彼女らの真の姿。

これまでは公立の学校でもそれなりにしっかりしてた教育を施していたから、不良品クレームの出ない状態にして社会に出荷する事が出来た。

社会から製造物責任を問われないだけの品質管理が一応出来ていた。



長い間、馬鹿でも仕事にありつける時代が続いてた。

それは日本の実力じゃなく、ソ連中国共産主義だったおかげ。

朝鮮半島軍事的に緊張状態になって政情不安だったおかげ。

朝鮮半島戦争がおこって軍事部品需要が高まって朝鮮特需があったおかげ。

国防米国に外注して余った金を経済市場にぶっこんだおかげ。

日本国日本人が優秀だったわけじゃないんですよ?



ロシア中国韓国と他アジア諸国が経済発展してきて、

何のアドバンテージもない状態に置かれた現代の日本の姿が、日本の本当の実力なんです



時間過重労働して体育会系根性論で何とかしよう!って発想のブラック会社は、

日本周辺諸国世界各国がドタバタしてたおかげでもたらされた

高度経済成長期の、イージーモードな時代の感覚が当たり前と思ってるんですね。

そんな会社のトップが経団連だの業界団体だのメディアだのに居座って文句言ってるから

政府も30年前の労働から抜け出せません。異常なのは昔で今が正常なのに。

日本経営はイージーモード時代だから為せた代物で今後は永久に実現しませんよ。原資たる金がないもの



話がそれました


まぁ、馬鹿にも下駄を履かせてやった成果としての一億総中流が不景気と法制度改定で崩れて、

馬鹿がいる地域学校に金をまわせなくなったか教育環境が悪くなり、

街中に馬鹿が溢れかえるようになったのは必然ということ。



衣食足りて礼節を知るってある通り、人間モラル意識は金があるから高くなる。

金がなかったら、生活も意識も何もかも貧相になって人間言葉をとりあえずしゃべれるだけの家畜になる。

そして、私の生活がクズなのはお前らのせいだ、と考えるようになって、政治に対する関心が高くなる。



バブルで景気が良かった時と今とでは、政治家レベルは大して変ってないですよ?むしろ上がってんじゃないですか?

景気がよかった時代も、反日成りすまし外国人は沢山日本の政官財界に入り込んでいたし

北朝鮮拉致された人間もいたし、異常な殺人事件は今より多くて、ブラック会社は現代と変わらず存在しました



大きな社会問題はならなかったでしょ?

それは、景気がよくて、みんなお金持ってたからw 竹島付近で漁民が殺されようが、お金があったから誰も関心なんて持たなかったw

要するに政治に対する関心が高まってきたのは、現実生活がクソな人が増えたからなんですね。




でもね、あなたの生活がクソなのはあなたの実力なんですよ。



国も社会企業も個人も、メッキがはがれたのが現代という時代なんです

今の政府閣僚もメッキのおかげで生きてきたような人間ばかりじゃないですか?

皆つながってるんです



メッキをはがして地金をむき出しにして下駄を一切履かせない。


ゆとり教育はその意味で素晴らしかった。

環境がクソでも這い上がってきた奴はどこに行っても通用するけど

環境に恵まれて下駄を履かせてもらって能力を高める事が出来ただけのボンクラは使えないから。

日本社会家畜たいな奴がどんどん増えるといいね

- 転職ならen
- 派遣ならen
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