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2017-05-20

アンリミ作家から見た佐藤秀峰氏の訴訟について

ニュースピックスで話題になっていたのですが、みなさんのコメントを見ていると、これまでの経緯を知るものとしては違和感があったので、まとめます

https://newspicks.com/news/2254315

アンリミはもともと改廃がある

「途中で本が無くなったら嫌だな」というコメントがありましたが、もともとアンリミ出版社側が取り下げることもあるし、今回のようにAmazonが停止することもあるサービスです。

そのあたりは、電子書籍界隈で有名な鷹野さんが毎月タイトル数の変動レポートをしてくれています

http://www.wildhawkfield.com/2016/10/compared-with-2-month-ago-of-Kindle-Unlimited.html

そして、利用規約ももともと「指定されたタイトルリストから選び、何度でも読むことができます」とあり、つまり読み放題の本を自分が0円で好きに買えるのではなく、漫画喫茶のように無制限に読める権利を得ている、ということに過ぎません。

https://www.amazon.co.jp/gp/help/customer/display.html?nodeId=201556940

読み放題として読まれ書籍ロイヤリティは、さすがにAmazonでも無限にあるわけではありませんので、その原資は基金から支払われこれも変動します。

https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/help/topic/AI3QMVN4FMTXJ

そうすることで、読み放題が成り立っていてAmazonも作者さんに安定してロイヤリティを払えることが継続できています

ハックでAmazonから1億円以上も稼ぐ

佐藤氏はKindleプライスマッチという戦略を逆手にとって1億円以上もの印税を得たことがあります

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1605/27/news116.html

プライスマッチというのは、Kindle自主的に本を値下げして、他の電子書籍ストアで売られている同一作品の値段と価格を合わせることで、最安を維持する戦略です。いっぽうで、その差額はすべてAmazon持ちです。

まり佐藤氏ほどのブランド力を持つ作者が、大手Amazon11円という破格の値段であれば売れることは明白で、その戦術を逆手にとったハックとも言える手法大金を稼いでいます。じつは、楽天koboなどで自分プライスを下げてプライスマッチを狙うことが簡単にできるのです。

ももそ氏は、ブラよろ、かくえもん、というタイトルハックもわかっていて使うなど、以前から巧みな手法には明るいのです。※作品タイトルには著作権がないことを利用し、そのハロー効果を狙ったタイトル付け。そのことで注目される。

作品主人公と被る熱いけれど粘着な行動

佐藤氏はこれまでもさまざまな問題提起をすることで、注目を浴びる戦略をしばしとります。先日も驚いたのがこちらの件。

プレスリリース配信されていた画像ニュースサイトが使ったら指摘されたというもの。詳しい経緯は当人しかわかりませんが、それでもリリースに載っていたら使うのが一般的メディアでしょうし(配信した元にかみつくならまだしも、利用したメディアに食いついた、ほんとかわいそう)、それをいろいろというのも炎上マーケティングを狙ったと言われてもおかしくないかと思います

http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2017/04/11/25458

こういう経緯を知っているものからすると、ニュースピックスのコメントもっと本質的なところをついているのがホリエモンだと思います漫画に明るい堀江氏だからこその切り口だと思いますし、わたしも彼にもっと同意します。

ブラよろ著作権フリーとして広げつつも、たしかそのあと噛み付いた事例もあるくらいで、ほんとうに近寄りたくない人の1人です。近寄らないくらしか対応策がないというか。

佐藤氏の行動はときとして正義を貫くこともありますが、ときとして純粋残酷鋭利な刃を振りかざすことがあります。わざわざ炎上させずとも、穏便に済ませようと思えばすませられるトラブルもあったはずです。作品は好きなのですが、そういうところが残念に思います

アンリミ撤退したらそれこそいやだな

今回、これを書こうと思ったのも、そもそもそのアンリミが無くなってしまったら嫌だな、ということです。

じつは私も電子書籍を出していますが、アンリミが登場して電子書籍の売上は確実に減りました、わたしだけかもしれませんが。別にそれは仕方のないこととして受け入れています

いっぽうで、過去ほとんど読まれなくなった作品も読まれるようになりました。つまりわずかではありますが、利益を生み出してくれるようになったのです。

まりアンリミが作者にもたらしたことは「平準化」でした。これがないと瞬間風速だけで話題をもっていけるような消耗品としての本ばかりを書く前述をとらざるを得ません。

しかし、アンリミがあることで、今まで以上に、長く読まれるよう、作品自体をよくしようというモチベーションがわいたことも事実です。

ですからアンリミがなくなってしまうと、多くのアンリミ作家戦略に影響が出るだろうなと思うわけです。

勝っても負けても佐藤氏が勝つ

なので、あと危惧することは他の出版社追随すること。完全にAmazon悪者扱い。

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2017/05/19/kiji/20170519s00042000235000c.html

Webサービスをやっている自分としても、悪かったところはすぐに誤って正す、そういうことは普通だと思っていたのですが、ここまで荒立てるとは本当に近寄りたくない。

Amazonワールドワイドレギュレーションがあって、日本独自の、漫画がやたら読まれる、という事情考慮してそもそもローンチはできないですよ。

もちろんそれを、「あえてAmazonのために頑張って何日も苦労してゼロから作ったのに!」ということで憤慨するのであれば同情はしますよ、その場合Amazonひどい!です。

でも、今回は既存のもの配信するかしないか、という状況下で蓋を開けてみたら違っていたごめんなさい、という話ですよね。ちょっとそこまで言わなくてもいいんじゃないかなあというのが正直な実感。

契約にも、おそらく何かの際にはAmazon側に裁量権がある、というくだりはあると思うのですが、ただ訴訟佐藤氏が勝っても負けても、その秘密条項が陽の目に浴びるという点では、佐藤氏は得をするのですよね。

さて、今回の弁護士は、著作者隣接権に詳しい弁護士です。

http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1205/25/news007.html

マンガ図書館Z赤松さんも「TPPの知財関連よりヤバい。騒いでる漫画家殆どいないのもマズい」という権利で今回の訴訟でも武器にしてくるのかなと想像してしまます

・ ・ ・ ・ ・

今回、取り上げること自体炎上にのっかることなので、本当は書くことを迷ったのですが、あまりにもアマゾン酷いよねという論調が多いように思ったことと(佐藤氏が言うんだからとまで書く人もいるくらい、そりゃハックのほうにも明るいくらいですけど)、アンリミ佐藤氏のこれまでの経緯があまり認知されていないなあという印象から、少し公平じゃないよなと思いまとめました。

でも、作品は嫌いにならないでくださいね

https://www.amazon.co.jp/dp/B06XSCK3TG/

今ならアンリミで0円で新作1巻が読めます面白いですよ。

2017-05-19

Amazonもそろそろ焼きが回っていい時期か。

かつて、パソコンOSで栄華を極めたマイクロソフトも、さまざまなサービス(当時はソフトウェア)を Windows統合

そうしたサービスを独占的地位にある Windows の力を使って、圧倒的地位に就こうとしたことで

司法省から訴えられることとなり、マイクロソフトインターネットOSとして独占的な地位になることは阻まれた。

結果として、

Appleのような再起不能と思われた弱小パソコンメーカーが、いまや圧倒的なモバイル端末企業として再起を果たしたり

アンドロイドリナックスといった新しいOSにも十分なチャンスが与えられた。

Amazonもそれ自体は地上に存在しうる中で最も素晴らしいサービスだと思うし、これなしでは生活仕事が成り立たない人や企業さえいることだろう。

しかし、そのECサービス統合させる形で、電子コンテンツ配信も行われ、ECサービスの独占的な地位を利用して

電子コンテンツでも圧倒的な地位を得ようとしている。

のみならず、すでに支配的にある書籍取り扱いの地位を利用することで、電子コンテンツ事業者に抑圧的な契約やその運用

あったのだとしたら、それは公正に判断されてもいい時期だろう。

Amazon見ててさ

欲しい本の電子版と一般書籍が同じ値段だとげんなりするよね。

電子版はデフォルト2割くらい安くしてほしい。とてもじゃないけど電子書籍まらないよね。

校正の極意

昔、とある会社サイト掲載されていたのに知らない間にページが無くなっていた。

この極意を肝に銘じ仕事をしていたのに残念。

4,5,6条が素晴らしい。

【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

【第7条:文字パニックにご注意】

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

第9条:日々是情報収集

【第10条:校正の極意】

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【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

校正マンは何も信じてはいけません。一番信じてはいけないものは「自分」のこと。

校正には知識必要です。だから校正マンである自分仕事関係上、それなりに努力もしているので知識を持っていると思っている人が多いようです。そして自分知識に自信を持っている人も多い。そういう人は、校正マンとして不向き!

自分知識に間違いはないと信じて、いちいち調べて確認することを怠った者は、アシをすくわれてスッ転ぶだけ。知っていることも、いちいち確認するのは面倒な作業ですが、自分知識を信じることなく、確認する労力を惜しまない人が、確認作業プロフェッショナルなのです。

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

校正仕事は、常に「疑う目」で見ることが必要不可欠。まずは、第1条で述べた通り、自分自身を疑うべし。そして確認するための工程使用するアイテムも「疑う眼」で見なければなりません。国語辞典出版社によって、編纂者によって、辞典の大きさによって(小事典・中辞典・大辞典)も内容が違います。どれを使っても大同小異ほとんど同じだと思っている時点で確認プロフェッショナルではありません。同じ言葉でも辞書によって解釈が異なる場合があることを念頭においておかなければなりません。インターネットでの検索も「疑う眼」で確認すること。情報が多く便利なアイテムですが、情報が多すぎることが問題ひとつ。ふたつ目の問題は、間違った情報も多いという点。確かな情報源を手に入れるまでに、情報の海に溺れてしまう時もあります。常に「疑う眼」で見ることを忘れずに付き合っていると、情報の海で土左衛門になる前にインターネット情報の拠りどころとして使えるようになってきます。紙媒体インターネット等、拠りどころは多いにこしたことはない!数値のデータは、最新のデータの方が良いし、旬の時事ネタを調べる場合にも、印刷物書籍など)よりもインターネットの方が断然便利です。インターネット情報を得る場合には、必ず複数データ調査し、公式サイトなどのデータ確認します。校正大切なことは、信頼できる情報確認すること!疑わしい情報確認しても、それって確認作業にになってないし…(汗)。

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

職種によっては「慣れ」ることにでより技術に磨きがかかり熟練工としてして匠と称される場合も多々ありますが、校正プロフェッショナルとしては「慣れ」は大敵でもあります校正のコツを身につけ、経験を生かして間違いを予想して校正することもありますが、この場合細心の注意が必要です。「慣れ」は「思い込み」を生み出すきっかけとなるから…「思い込み」は校正マンの目を曇らせ、ミスを見落とすという最悪の結果を招きます。常に初心を忘れず「思い込み」を全て捨て去り“無心”の状態校正に挑むのが、確認作業プロフェッショナルとしての基本です。

「慣れ」と「思い込み」は命とり…これを肝に銘じて、集中力と根気をもって最初から最後まで校正することが何よりも大切です!

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

校正お仕事は、その結果100点満点が当たり前!満点をとっても誰にも褒められることはまずないという、ちょっぴり寂しいお仕事でもあります。全てのミスを見つけ出すことがお仕事なのですから、当然といえば当然です(…が、たまには褒めてもらえるとうれしいのです。ブタもおだてりゃ木に登るぅ~ってな感じで、次回の校正への励みになりますし…)。満点以外の校正は、言葉が悪くお下品ですが(詫)、“クソ”と同じ…そんな校正なら、しない方がマシ(!?)時間無駄使いをしてしまったと落ち込みます。致命的なミス発見できれば、少々の校正ミス(=モレ)があっても実質的な損害を与えることにはなりはしませんが、お客様からの信頼は確実に減少するのは免れることはできません。校正の精度が疑われるような校正結果では、お客様安心していただくことができません。皆さんも経験があると思いますが、試験100点をとるために何度も見直して「完璧!」と提出した答案が、返却された時の点数は98点…なんてことはザラにあります100点満点を目指すなら、200点目標確認作業をしてトントン校正マンは、200点を目指して、120点を目標として常に全力投球します。その結果の100点なので、満点で当たり前というわけです。

校正業務を開始する際に、体調などに左右されることも。なかなか集中できない場合もありますが〆切は待ってはくれません。どのような状況でも集中できる体制を即座に整えることができる…これがプロフェッショナルです。満点以外の校正はクソですが、集中力を欠いた校正作業はクソ以前の問題です…全身全霊をもって集中して校正に挑んでも、校正ミス可能性はなくならないのですから

校正作業完了し、全責任を担うべく校正紙にサインをした後は、ヘトヘトになり暫しの間放心状態になります校正は毎回が真剣勝負、全力投球ですから当然です…“この一球に悔いなし”!

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

自分のことを「賢い」と思っている人は、大バカ野郎!逆に、自分を「アホ」だと思っている人は、自分のことを「賢い」と思っている人に比べれば「賢い」人です。自分は「アホ」だから、間違うかもしれない!という思いを常に心の隅に常駐させつつ、そんな自分他人様の制作したものに対して間違いを探したり、ミスを指摘したりするなんて恐れ多いコト…と、謙虚姿勢校正に対するのが、確認作業プロフェッショナルです。その謙虚姿勢が、いちいち確認する面倒な作業を怠ることを防ぐための防波堤役割を担ってくれる上、確認する労力の源となるので、自らの間違いやミスの発生率が極端に減少するわけです。自分のことを「賢い」と驕っている校正マンは、いつか取り返しのつかないドツボに填まることになるので、今すぐに校正マン廃業した方が賢明(…!?)です。

なお、自分は「アホ」だという自覚を持っているのにもかかわらず“あほミス(注)”をしてしまったら、それは本当の「アホ」…目も当てられない状態です。そんな状態に陥った「アホ」は、即効で校正マン廃業すべし。

(注)あほミス…「アホちゃう!?」と叫びたくなるような“あほ”みたいなミスのこと。知識能力の不足ではなく、不注意による誤り。SETでは「あほミス」と言いますが、一般用語では「ケアレスミス」のことになりますかね。ちなみに「ケアレスミス」は、careless mistakeの略語です。

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

校正お仕事は、実に意地の悪いお仕事です。制作者もプライドを持って全力で業務に勤しんでいます。「完璧だっ!」と渾身の制作物を校正するのですから、その作品の粗探しをする校正マンは、疎ましい存在なのでは…(涙)。しかしながら、ミスや間違いを発見するのが校正マンの使命ですから、そこのところは一歩も譲ることな任務を全うすべし!粗探しという、一見、意地の悪い作業に誇りをもって、全力で挑まねば制作者に対しても失礼にあたります制作社は、作品ケチをつけられたらカチンときたり、ミスを指摘されたら「クソォ~」と悔しがるのが当たり前。そんな感情が湧かない方がおかしい…湧かない場合は、制作作業に対して手抜きしてるからでは?ミスの指摘を受けて悔しがらない制作者は、問題あり…なので、そんな場合には一言苦言申し奉ります。「ミス校正で見つけてもらったらいいや~」などという怠惰な態度は、校正マンに対する冒涜制作者も、常に100%の完成度と誇りをもって全力で校正マンに挑んでいただきたい。分野は違えど、制作校正プロフェッショナル同士の真剣勝負なのですから

【第7条:文字パニックにご注意】

校正(笑)一種に「文字パニック」という症状があります日常の全てにおいて目にする文字がすべて疑わしくなる病気(!?)です。校正業務ではない日常生活においても、辞書等で確認せずにはいられなくなる…それは読めない漢字意味がわからない用語でなく、通常に使用している簡単漢字であっても。その上、一度確認してもまた同じ文字が出てくるたびに辞書を引っぱり出している自分がいる。やめたいのにやめられない、辞書等で確認しないと落ち着かなくてパニくる…これが「文字パニック」。治療方法としては、休養することしかなく、目と体、そして心を休め落ち着いて回復を待つこと。あわてないことが重要で、確認作業プロフェッショナルなら一度はかかる通過儀礼のようなものなので、自覚症状があらわれた際には、校正マンとして一人前になったのかなぁ~と喜ぶべき病気(!?)ということで、お赤飯でも炊いてお祝いしてください(笑)

文字パニックとは別に校正マンがかかりやす病気として「本が読めなくなる病」もあります活字とにらめっこしている時間が多いため、もう活字は見たくないという原因をもつ場合と、本を読んでいても、無意識誤植を探していて内容を楽しむことができなくなる場合の2種類があり、この病にも特効薬はありません。本人の意思時間の経過により、体力と気力が回復すればそのうち治るでしょう。でも、貧乏ゆすりと同じでクセになってしまったら、なかなか治りません。私の場合子供学校からもらってきた学級便りやお知らせのプリントに朱入れしてしてしまう始末。町内の回覧板広報誌やフリーペーパー等々、印刷物を目にするとダメですね。インターネットの画面では今のところ症状は抑えられますが、サイト情報プリントアウトすると、誤植探しをし、数値を重複確認してしまっている自分に気付く今日この頃です(汗)。

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

何事にも興味を持ち、広く知識習得すべく心を開放しておくこと。自分には関係のない分野の話も、小耳にはさむ程度でもいいので気に留める寛容さが必要です。ひょんなことで、その知識が役立つことがあるからです。校正は、自分知識確認することはなく、調べて確認する作業です。この調べるという作業で、広く知識がある人とそうでない人との差があらわれます校正ではさまざまなジャンル文章校正するため、歴史社会自然科学技術産業芸術など広い分野の知識必要とされます。全ての分野で専門知識をもっているスーパーマンになることは、並大抵の努力では不可能です。用語の大よその意味理解できていたり、見当がついていれば、調べるときに大変助かります校正に費やせる時間無限ではありません。校正マンは、校正だけできればそれでよいというものではなく、定められた納期を守って校正できることもプロフェッショナルとして当然のビジネスマナーです。限られた時間で、どれだけ正しい情報にたどりつけるか…校正マンとしての力量が問われるところです。

第9条:日々是情報収集

前条と内容が重なりますが、ジャンルを問わず知識習得するための心得をもうひとつ友達との何気ない会話、家族との日常職場で流れているラジオテレビ番組CM…等々、日々の生活情報収集に事欠くことがありません。しかしながら、ただただ聞き流してしまうのか、ちょっと意識を持って聞いているかの違いで、情報収集の機会は雲泥の差を生み出してしまます。「さぁ~情報収集だっ!」と意気込んで調べものをすることもありですが、日々の生活でのチャンスを逃す手はありません!いちいちメモして資料を残すなんてことは大変ですので、少し意識を変えるだけで充分です。人間の脳ミソは全く知らないコトを思い出すことは不可能ですが、一度でも耳にしたことは思い出せる可能性が0%ではありません。また、必要に迫られた場合や、自分が興味のある事柄は自ら情報収集することができますが、自分の頭の片隅にもないような事柄についての情報収集することはできませんよね。不特定多数対象情報提供してくるラジオテレビ、街中での雑談や目にする様々な媒体ちょっと意識するだけで、情報収集きっかけは生まれるのです。

校正時での「疑問出し(注)」の巧拙に、期せずして校正マン能力があらわれてしまます。とんでもない見当違いの疑問出しをした場合校正マンは赤っ恥をかくだけでは済まされず、校正の精度そのものに疑いがかかり「この校正マン大丈夫?」という状況を引き起こししまうのです。「これで大丈夫ですか?」と指摘したのに、「オマエこそ大丈夫かい?」という展開に…(涙)そんな事態を招かないためにも、日々是情報収集は、プロフェッショナルとしての日常のあり方です。

(注)疑問出し…原稿の間違いや不備ではないかと考えられるが、調査してもはっきりとは間違いだと判断できない箇所を「これで大丈夫ですか?」と、制作者や先方様に確認するために校正紙に校正マン鉛筆で書き込んでおくこと。

【第10条:校正の極意】

校正に極意はありません。ただ「無心」で校正に対するのみ…

しかするとソレこそが、校正の極意なのかも!?

"

引用http://www.set-inter.com/creator/kotomi-t

2017-05-17

鉄道おじさん @greatchina2 は東京のじゃがつま男が叩かれている事を知ったほうがいい

SNSにおける迷惑問題と、動画界隈における迷惑問題性質が違う。どのみち迷惑をしたがる愚者はgreatchina2であり、やはり堕落者で愚者乞食根性で良い趣味もないのだ。しかしだからといって「鉄道おじさんはガイジだからしょうがないよね」で放置はいけない。鉄道おじさんの異常性を批判すべき。

私は声を大にして言いたいのだが、「どうせ俺様特別だ」と卑屈すぎるがゆえにyoutube鉄道おじさんと同じような事をしまくったのが東京のじゃがつま男。本当なんだからyoutuberの「俺は反省しないから」も反省していない証拠である

鉄道おじさんは「俺が一流」だと思い込んでいて、どこにでもその論理を持ちだす、でネットで「俺の意見賛同しない奴はどうでもいい」的に全方位煽りや車・バイクヘイトスピーチを膨らましたりするし、アフィサイト書籍へのリンクが成り立つ。

鉄道おじさんはまず東京のじゃがつま男の最期を見なさいよと。俺は本当に思う訳。こういうと「ネットヤンキーガー!ショミンガー!」とかいう単純すぎる単細胞理論が出てくるけど、俺は実は庶民ではないし、SNSyoutubeは異なるサイトで、肩を並べる別の存在なんですよ。

東京のじゃがつま男は今の鉄道おじさんを見なさいでもいいんだけど、そういうと意味合いちょっとわっちゃう。youtubeと言う「動画サイト」の性質と、サイト利用者層や運営会社は違いすぎるし…笑

後、当然だけどツイッターにもじゃがつま男並の行動をする奴は数多くいるし、アフィカス問題だってある。今だったら政治的正しさの関連で言えないようなツイートをこっそり見つけて読んだこともあるが、そのツイートの記録の中を読んでも、鉄道おじさんのそれらは根本的に違うようである

鉄道がディスられたからって脊髄反射で切れる人間がいたら、鉄道おじさんみたいな人間は成り立つ筈だし、鉄道おじさんの「車社会蔑視」もはむしろそういう事が可愛く見れる程の発言をしているのだね。

2017-05-16

元増田です。もう少し息子の状況を

たくさんのトラバコメントありがとうございます!全部拝見しております

http://anond.hatelabo.jp/20170515072109

息子の考えていることが見えてくるようで、読ませていただいていてワクワしました。

オススメ書籍情報とってもありがたいです。

私はドのつく文系なので、まったく未知の世界なんです(汗)


宿題に難色を示し、先生に「この宿題に取り組む目的は何か(すでに覚えている漢字をなぜ何度も書かせるのか?など)」を確認してきた実績の持ち主です(苦笑)。

「納得できれば取り組むので、面倒だとは思います説明してあげて欲しい」と、低学年で何度も先生にお電話した事を思い出します(最近はなくなりました)。

通級の時間では、少し上の学年のドリルに取り組ませていただいたり、他人感情言葉と表情が必ずしも一致しないことなど、学ばせていただいています

パソコンが得意なのでパワポプレゼン資料作成してみんなに発表させてもらう機会をいただいたり。


今一番楽しみにしているのが、プログラミング教室に参加することで、

情報処理系が専門の元大学教授や現役大学生や、地元IT企業の方々が教えてくださる非営利教室です。

非営利な分、そうそう開催されない(月に1〜2回程度)ので、質問したいことを専用ノートに書き留めては、教室でぶつけています

先生方に「それはい質問だね!」などと言われると、すごく嬉しそうにしています。(質問の内容は、私には理解できないのでここで書けないのですが)

一度、家の用事で予告なく(というか、していたつもりだった)1回お休みにしたら、ものすごくショックを受けていて泣いて怒られました。

「なぜお休みしないといけないのか、きちんと納得のいく説明を事前にしてほしい。当日いきなりではなく、もっと早く予告してほしい」ということを(毎度なのですが)くどくどといわれました(苦笑)

いろいろといただいたコメントなどを読んでいると、わずかな時間かもしれませんが、息子にとっては教室時間が本当に大切なんだろうな、と改めて感じました。

今年や来年は、少し遠方のロボカップ予選会などにも、エントリーしてみようかと思います


私は、息子に「納得がいくまで説明をする」こと自体にすでに慣れているので、よほどのことでない限り面倒だとは思わないのですが、対応くださる小学校先生方は「こんなこと疑問に思うの?」と、かなり対応が面倒な生徒だとは思います。(先生から理由なくやりなさい、と言われた事を、スグにはやらないので)

でも、息子の言うことはもっともな事も多く、私自はいつも話をしていて楽しいですよ。

今のところ、ですが、特別支援の通級担当先生や、担任先生にも、特徴を理解してくださって、うまく接してくださっているなぁ、と思います

また、書かせていただきますが、いったんここで。

http://anond.hatelabo.jp/20170512121010

元増田です。

今更ながら、言い訳を言いにきました。特に話題になったわけでもないので誰も興味ないと思うけど、自己満足です。

私の心が広いとかフラット目線を持っているとか言うつもりはなく、新興宗教のもの自体への疑念私自身もあります。どんな事件が起こったかも、一般教養レベルでは頭にあります。Aに「そう」だと言われたときにわかながらネットで調べたり関連書籍を読んだりもしました。

ただ、Aに関して言えば、信者であろうがなかろうが仲良くなれていたと思いますし、彼女自身も、新興宗教に対してネガティブイメージが強いことは認識しており、私たち友人に勧誘活動もせず、葬儀の際も「もしかしたらちょっと違和感があるかもしれない、ごめんね」と言ってくれていました。それでも、拒否反応が出てしまった友人(以下「B」といいます)の「今までどう接してたのかわかんなくなっちゃった」という言葉が悲しくなってしまったのです。Bはそれ以降、Aと2人で会うことを避けています(それまではよく2人で飲みに行っていました)。そうなってしまったきっかけが新興宗教であることが、私はどうしようもなく悲しい、という話です。

その後Bと話しましたが、「私は私で、なんでそんなに気にしないでいられるのかわからない」と言われ、また少し悲しくなりましたが、彼女もきっと悲しいはずです。悲しいって言い過ぎですね。

「そっか、Bはそう思うんだね~でも別にAはAのままだし、私も変わらないし、それでいいじゃん」と言ったところで、今回出来てしまった溝は、たぶん容易には埋められないと思います

>「新興宗教が悪い」のではなく、「悪い新興宗教が多い」のが問題で、それはそれとして私も増田の考え方に与しま

 その「悪い新興宗教」は何にあたるか、というのが人によって大きく違うというのを実感しました。

世間でよく知られてるわけでないマイナー宗教文化趣味性癖、性指向、に対してどういう態度をとるかという、多様性の話だな。同質性が高いと言われる日本はそういうの意識する機会少なそうだしな

 「宗教絡もうが、AはAだからね」とBと話していたこともあり、余計に今回のことが引っかかってしまったのだと思います多様性を受け入れるのは良いことですが、受け入れすぎるのも問題なのかな…。

自分達の価値観宗教観それから壺とか印鑑とか数珠他色々を押し付けたり、無理に買わせたり、選挙に出てきたりしなければ何の問題もない。

 そうですね、私もその認識です。

2017-05-14

今年は有名どころの「◯◯周年」が多すぎ

2017年の。



ほかにもまだありそう。

個人的には5年区切りでアニバーサるのは微妙だけどあえて入れた。

あと有名かどうかは個人主観

2017-05-13

文章とか、お金とか。人とか。

この長さの怪文書を投稿することにためらいはあるけれども。

偶には、言いたい事を思い切り言ってもいいかなと思う。

商品」としての文章

まず自分のことを書くと、稀にしか更新しない覚え書きのようなブログをやっている。あと好きな文章を書く人は結構な頻度でチェックしているくらい。

自分新参だけれど、新しいタイプブロガーの人が使う、押しが強めの手法がじゃっかん苦手である

新規ブログを始めた際、こちらのブログは全く読まずに(本人には割と分かるものです)、宣伝のためにスターを付けてくる人が一定数いる。まあ当然、興味を持たれる文章を書けないこちらに非があるわけですが、「貴方のことは気にならないけど私の書いた文章はぜひ読んでくれ」と受け取ることもできる。

露出を求めて「記事お題」を引用し、全く関係のないことを書く人も多い。例えば「雨の日グッズ」というお題を引用しておいて、いつもの調子日記を書く。露出したいのは分かるけれども、そのばあい読者が読みたいのは傘や長靴の話であって、職場愚痴とか趣味の紹介とかではない。

あと、リクルートの適職診断、またはリクナビNEXTのグッドポイント診断を薦めるエントリ。MIIDASの適正年収診断、dTVの紹介。日常会話みたいな感じでお勧めされるんだけれど、あれは紹介料が入るからやっているのだそうで。道理で数が多いと思った。…あれはステマにはあたらないのだろうか。「PR記事」とかの表記がない分、「選挙前にさりげなく電話をかけてくる友達」みたいな感じがして、個人的には警戒してしまう。

CGMは、そのコンテンツの持つ価値判断が難しい、とは思う。それは人によって違うし、ネットでの人気には「親しみ」も大きな要素である

ただ分かりやす基準として、例えば、寄稿出版の話が来る人にはそれだけの実力と、その人固有のブランドがあるわけで。

なので余計に、「とりあえず100記事書きましょう」「SEOを勉強しましょう」「PVを稼ぎましょう」と、クリックしてもらうことに血道を上げる風潮がどうもよくわからない。読み手客観的価値提供できているのかな?と、不安になることはないんだろうか、と。(言うまでもないことだけど、価値がある/ない、という話ではない。「価値のものさしはどこにあるのか」という話)

ここで、いやらしくも。商業文章出版物の話をする。

はてなの人なら、自分なんかよりよほど熟知されていることと思うけれど。執筆され、編集の手が入り、校正されてデータ印刷所に渡り、取次を経て本屋に巡ってきたり電子書籍になる、それだけの手がかかった、色々な「出版物」は本当に凄いなと思う。

個人がもっている「有益情報」には限界がある。取材して一次情報にあたるプロに、正確性や量で比肩するのは正直、むずかしいのではないだろうか。

比肩しなくてもいいけれど、そこから発生する「収益」は最大限にしたい、というなら、それはインターネットが役に立たなくなるわけだと思う。

媒体が紙でもネットでも同じことで、例えばキッコーマンサイトを見ると、料理の基本から旬の料理から詳しく載っている。歯の健康について知りたいときは、クリニカ辺りのサイトが役に立つ。商品の紹介記事しろエッセイしろ企業がやっている媒体掲載されている文章をみると、何歳ぐらいのどんな経歴の人が書いているんだろうと思う。

コード料理商品になるように、文章もまた商品として存在することは確かだ。ただ、コード個人お金にするにはそれなりの手順が必要だと思うけれど、文章はなぜか、個人ネットに上げるだけでも「儲かる」。

他にも、ネットにアップするだけで儲かるものは色々あるけれど、合法かつ元手がかからず、特に技術習得をしなくてもできる「稼ぎ方」として、「文章を書く」というのは確かに適しているのだろうとは思う。

個人メディア」ができること

ここまでを踏まえて。「商業クオリティ情報量には敵わないが(※ケースバイケース)、読んだ人に満足を与えるような文章を書き、お小遣い程度の利益を得られる、Win-Win取引(読者が読む時間によって「収益」を発生させるなら取引みたいなものではと思う)」を考えてみる。(ものすごく飛躍しているような気がするけど気にせず進めます

商業ではなく、市井個人が書くことに意味がある文章とは何か。

それは、「その人にしか書けない文章を書く」ということではないだろうか。

別に個人情報を晒せということではない。出身地職業家族構成は確かに、その人を知る大事情報だけれど、同じような属性を持った人が世の中にはごまんといる。

他者から客観的に見た自分」と、「自分演出したいキャラクター」には、往々にして懸隔がある場合が多いと思う。シニカルに渋く決めているかと思えば、愚痴悪口を書いてしまったり。写真にお洒落な加工をしていても、背景がどうも決まっていなかったり。「本当の自分らしさ」は、他者からの反応や自省によって得られるもので、見たくもない自分を見せられることも多いし、自分評価されたい項目と他者から評価される項目が違ったりもする。

それでも。「自分の良いところ、推せるところ」を見つけて、「それによって他の人を満足させ、楽しませる」ことが、「個人としてメディアをやること」の強みなのではと思う。

その人にしか言えない言葉、できない話。培ってきた価値観文章テンポ言い回し自分なりの軸による知見や考察。人によってはイラスト作品。例えブログ名や使っているテーマを変えても、文章ならば増田に書いても、「ああ、あの人だ」と分かってもらえるかどうか。

「その人にしか書けないブログ」こそが、個人ブログ存在意義なんじゃないだろうか、と。

商業に出来なくて個人ブログならできること」は多くある。言及合戦ボールの打ち合いもそうだし、商業の連載や肩書を背負ったブログと違って、思ったことを好きなように、題材も自由に書ける。

日記を見ると、今日したこと、最近興味のあること、生活感情の移り変わりを感じることができる。例えば料理写真ブログであっても、書いている人のキャラクターが違えば、受ける印象は全く違う。

「その人らしさ」が感じられるなら、面白くないブログなんてひとつもない。どんな個性でも、ネットに上げれば一人くらい、それを楽しんで、好きになってくれる人がいる。それがCGMの良いところで、インターネットが普及した利点であると思う。

さらに言えば。有名ブロガーの人たちを見ていると、やっぱり「読者を楽しませること」にとても力を入れているなと感じる。

スタイルは人によって様々だけれど、重い段落がつづくとその人のやり方で空きを入れたり、ボケてみる。自分の愛されている分野以外のことはあまり書かない。反応がよかったらまた掘り下げる。とか。(まあ、こうやって分析されるのも嬉しくないのかもしれないけれども。)

当たり前に、お互いがWinWinになっている関係で。それは愛されるよなあ、と感心したりする。

交流勢について

互助会」という言葉について書くにあたり、ブログをやっている人を便宜的にタイプに分けます

A)古参はてダ時代からやっているような人。総じて文章が上手い。更新頻度は低め。交流はあまりしない。

B)新参。好きなことを書いてあわよくば若干の収入を得たい感じ。更新頻度が高い。交流が好き。

C)アフィリエイター。以下のようなタイプがあるように見える。

ガチのアフィの人。それなりの戦略があるタイプ。「かわいい画像!」とか「速報・芸能ニュース」とかそういうやつ。よくダッシュボードの右に載っている。他にも色々やっていると思われる。

・何を考えているのかよく分からないタイプ。ほぼ中身のない記事にひたすら広告を貼る。偏狭そうな人が多い。

・「ブロガーとして」明確に互助を目指し、ブクマ不正している、らしい。偶に増田告発されているけど割とスルーされている印象(興味がないのでよく知らない)。

よく見かける「互助会」という言葉は、B)に向けて使われる。「お互いのブクマコメントブクマ数を稼いでいるんだろう!」というやつ。

でも、実際のところ。「当たり障りのない敬語コメント」は、「相手好意をもっていて話しかけたいから」「交流が楽しくて」やっているのだと思う。

その証拠に、「スターブクマフォローしたけど返してくれなかった!PVが伸びない!」なんて愚痴を書いている人は誰もいない。(このクラスタは素直な人が多いので、そういう気持ちがあったらたぶん正直にそういう記事が書かれ、誰かの目に留まるのではないかと思う)

ブクマしてほしい」という気持ちももちろん多分にあるだろうけれど、自分リアクションするにあたっては、利益を期待してやっているんじゃない、と思う。

嘘だと思ったらそのへんの、自分が「互助会」と呼んでいるブロガーに聞いてみたらいい。相手言葉をなげかけるのが楽しいから相手のことが好きだから。たぶん、思うより多くの人が、そう答えるのではないだろうか。

そうはいっても、はてブ的には馴れ合いコメントは確かに鬱陶しいだろうと思う。では、コメント欄を使えば解決する話ではないのか、とも。

そう考える人はもちろんブログを書いている側にもいて、読者に向けて「ブクマでなくコメントで交流しませんか」という提案をするブロガーもいる。読者が何百人レベルになってくると、はてブ側に気を遣ってのことだと思われる。

Twitterとの連動など、利点はあるようだれど。言葉をかけたいだけなら、ブロガー本人が「互助会」と叩かれるリスクをとる必要もないのではないかコメント欄もっと気軽に使っても良いように思う。

もうひとつ別にお互いに便宜を図っているわけでもないのに、「互助会」と呼ばれるのは何だかおかしい気がする。「交流会」「ひつじ会」とかのほうが実態を表しているのではないだろうか。(「ひよこ会」とかでもいい。何かかわいい名前がいい)

マネー勢について

で、じゃあ「スターブクマフォロー利益を得ることを目的とした行為」はないのか!というと、うんざりするほどある。

C)のアフィリエイター系。これが本当にしつこい。見るからに書いていて楽しくなさそうな、NAVERまとめ的なブログからリアクションがそこそこの頻度で来る。凄かったのは、同じ記事に2度3度つけてくる人。無言でそれをやられても、ただ気味が悪いだけで、何かを返したいとは思えないのだけれど。

相手の人格や思いを無視して、金銭のためにブクマをつけて何が楽しいのか、と。他人の顔が札束しか見えていないような、うわべだけの文章を読みたいとは個人的には思わない。まして広告クリックなんてしない。

これは自分に矛先が向くことを恐れているとか、好きな人擁護したいとかでもなく、単純にクラスタの分類として。交流勢よりも、こういった「機械的な無言のリアクションによって、露出や返報を期待する」アフィリエイター勢のほうが、真に「互助会」と呼ばれるに相応しいのではと思うのだけど、どうだろうか。

ネット上で、文章で稼ぎたいのは勿論、悪いことではない。でも、個人的に読みたいのは、誰でも書ける情報のまとめとかではない。

アフィリエイトをやっている人であれば、どうしてそれを始めたかとか。情報収集はどうやってしているかとか。ライバルはいるかとか、作業するときにかけている音楽とか。その人にしか言えない言葉面白い話。そういう文章が読んでみたい。

「読む側」としてのスタンス

はいえど。面白かったり為になる文章無料で読みたい、というのもある意味、何というか難しい話だとは思う。

医学辞典なんて手元にないかネットでいいや、とか。先述のように、企業宣伝のために作成しているページを利用する、とか。「ネット」と書いたけれど内訳は、キュレーションサイト個人がアフィ目的で作ったサイト質問投稿サイト個人ブログのどれかが引っかかることが多いのではないだろうか。

それが確実な情報源でないことは、もちろん周知の事実である。それでも取り敢えず適当情報がほしくて検索する人がいるから、それにあわせて少ない労力で情報を供給し、利益を得ようという流れが自然に出てくる。

「分かりやす出所の確実な情報」ならば、上述のように、出版業界商品に頼るのが却って近道ではないかと思うことが最近増えている。「集合知」は確かに無料だけれども、「文章」にクオリティを求めるならば、書籍を買うか図書館に行けばいい。紙が面倒ならデータの形で入手すればいい。

商業としての出版を信頼しているから、例えば某警察官やめたブログ暴露されていたように、CGMのふりをして売名する商業があるとしたら個人的には少し悲しい。プロとして作り上げたものプロモーションされたものに、正当な敬意を払いたい。

…ここまで書いてきて心配になったのだけれど、出版業界の回し者ではなく、ごく普通の読書好きのオタクが書いています。信じて欲しい、としか言えないけれども。

逆に言えば、ネットで、商業ではなく個人が発信するとき、それは受け取る側となんら変わらない、「普通の人」なわけで。文章を発信する側は全ての責任とリスクを負うべきで、受信側は何を言っても良い、ノーリスクハイリターンな立場である、とは自分には思えない。

ネットを使っている人であれば誰でも、ある程度の文章は書けると思う。たまには「発信側」になってみるのも、悪くはないんじゃないかと思ったりする。

同じ人間が一人としていないならば、誰にでも、「その人にしか書けない文章」があるはずで。私はそれが読みたい。

色々書いてきたけれども、これが正しい見方であるとは自分で思っていない。誤りや偏りの指摘も含めて、議論一助になればと思う。

英語勉強をはじめた

で、英語勉強法についてググってみたら、色々な本が紹介されてる。

いくつか買ってみた。

けど、勉強してみて感じるけど、英語勉強するなら断然iphoneアプリを使ったほうがいい気がする。

ネット上では英語勉強アナログ書籍ばっか紹介されてるけど、アプリだと何かだめなのかな。

2017-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20170511141323

つか業務が圧迫してメンバー負担が増えている状況で最初にやるべきは業務改善ではないだろう

最初にやるべきは業務自体の削減だよ

まりそのチームの業務を他の余裕のある部署に肩代わりしてもらうこと

メンバー負担を減らし、余剰リソースを確保しないかぎり「業務改善という名の新しい業務」にを増やすのはチームとしては自殺行為

…と、マネジメント関係書籍にはだいたいそう書いてあるはずなんだけど、元増田はそういうの一冊も読んだことないのかな?

http://anond.hatelabo.jp/20170512023346

もちろんそれが出来るのならそれに越したことはないけど、そもそも納期存在しないか交渉余地がない分野の部署である場合もあるし、元増田にそういった交渉は無理そうだしな

http://anond.hatelabo.jp/20170511105719

新聞を読め、というのはあくまでもインターネッツがなかった頃の風説なんだと思う。

確かにインターネッツがなかった頃はある程度速報性のある文字媒体新聞しかなかった。

速報性、との限定を付けたのは雑誌書籍との比較である

そうすると、インターネットが本格的に普及した2000年までの数十年間は、文字媒体新聞しかなかったのだ。

そうすると、元増田のあげる

1.「テレビ受動的に見てるだけ」

2.「新聞は嫌でも周りの記事が目に入る」

3.「ネット見出しザッピングし、気になる記事しか読まない」

4.「新聞なら読めない漢字文脈理解できる」

のうち、3はともかく、124はまあテレビに対する反駁としてはそれなりに成り立っている。

ということを考えると、問題なのはいつまでもインターネット存在を受け入れられない連中である

日本で語られるマネジメントでは欧米の例が度々引き合いに出されるが

欧米方式などが度々引用されることがあるが、首を切ることに関して言及されることがない。

それが前提で成り立っているのに、そこに関してはアンタッチャブルかのようにダンマリだ。

なんだかんだ、ダメな人もいるのは事実で、首を切るにしろ切らないにしろ、本当にどうしようもない場合にどうするか、

という部分に触れられることは非常に少なく、ドヤ顔理想論が語られるので、

"うまくいってればそれはそうなのだが、だがしかし・・・"、という部分が拭えない。

欧米場合は、ダメなら首切るでそこが担保されているわけだけど、日本だとそれがない。

ビジネス書の類を読んでいても、皆さん良い感じに書籍を書き上げてらっしゃるが、

このあたりの話に深く言及されることはあまりない様に見える。

日本場合法律的にも難しいところがあるので言及しづらいのだろうが、触れたら火傷する領域かのように、皆口をつぐむ。

そのため、何だか片手落ちな印象を受けることが多い・・・

2017-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20170509123237

kindle持ってるけど、書籍化タイミング不安定なのが嫌だ。

夢物語だが、全ての書籍が実/電子同時発売なら良いんだけど、実際は少ないしね。

技術書絵本は難しいかな?値段は同価格でも文句は無い

http://anond.hatelabo.jp/20170508211030

まあ人いないのが問題なんで需要文句を言うのはアレだと思うけど

電子組版対応してない時代書籍も多いのに(文庫化されてない昭和漫画とか)システム云々で説教垂れられる謂れはないよな。

2017-05-08

電子書籍しろとか言う奴

あなた方のせいで私は今日もおうちに帰れないのです

書籍電子化業務に携わったことがある者だけが紙の本に石を投げなさい

追記

量が多いです!量が!人たりない!

専門書はやってるめっちゃやってる!

専門書や古い印刷物地図はまだ誤認識あるからこわい!

チェックに神経使う!

チェックチェックチェック!

ちな出版業界じゃなくてIT業界

業者でやれ→その業者です末端です

先輩にバレてたああああああ会社悪口書いてなくてよかったあああ

セルクマしてなくてよかっ…た…

日本人出版に対する勝手な期待が大きすぎる

出版業及びその周辺業界ってそんなに大したもんじゃないぞ。正義を守る公務員じゃないし、ただの営利だし、業界全体を合わせても紅しょうが業界よりも規模小さいぞ? 日本人出版業に対する幻想が大きすぎだよ。アホみたいに膨大な品目の書籍をアホみたいに安くそのうえ長期所有可能なほど品質良く発売日厳守で全国同時展開しなきゃゆるさんとか。「電子書籍版を読む権利」とか、正直ちょっと引くくらい要求が過大だ。

はてブコメントつけてるのは全員モンスターユーザーなのかと思うんだが、割合日本の「読書家」とかいうのの大半がそうだったりする。

そんな要求すべてに応えられる体力は、もう、業界にはないんだよ。いま、年間に売れる書籍の数は、年間に図書館で貸し出される書籍の数よりも少ない。日本において、書籍はもはや買うものではなく借りるものになってしまった。

「俺はちゃんと買ってるよ」「出してくれれば買うのに」なんてコメントに全く意味はない。少量多品種商品極北である書籍は、インフラ構築や維持費用を全体で分散しているから、いままで多様な商品を出せていたんだ。「俺はちゃんと買ってるよ」と呟く増田の求める本が千円であるのは、別段増田が(そして他の誰もが)千円でその本を買う権利を持っているからではなく、その本の価値が千円だからでもなく、ただ単にインフラ負担費用生産量(=初期部数)の関係上その値段に落ち着いただけであって、そんなもの普遍保証しない。

少量多品種生産である書籍生産数が増えれば増えるほど加速度的に利益率が良くなっていく商品だ。つまり出版社利益の大部分は、ごく一部の大ベストセラーが稼ぎ出していて、その利益を利用して、少部数が予想される本や実験的な本の開発や生産をしている。そういった構造は、出版社目線で見れば利益部門利益を用いて将来を担う開発へと投資しているわけだから一般社会企業運営視点でも何ら問題はない。

しかし、書籍出版社だけで作っているわけではない。その大ベストセラー作家視点で見れば、本来自分が得られた利益契約によって出版社側が非常に有利に得ている構図になっている。特にすでに知名度もあって、巨大部数が想定できる作者であれば、出版社にみすみす売上の多くを渡す意味は薄くて、部数によってスライドする印税契約をするほうが経済合理性から見て当たり前だ。あるいはそれこそAmazonのような外資との間で特約を結び、出版社抜きで出版したほうがずっと儲かる。しかし知るかぎり、日本出版業界場合ベストセラー作家の人でさえ多くの場合そこまで自己利益を主張しない。出版業界の発展のため、今は売れていない無数の作者のために(かどうかは内心なので断言できないが)、変わらぬ印税率で執筆活動を続けている。

言葉は強いかもしれないが、日本出版業界がいまのようにバラエティ豊かなこんなに多くの書籍を出せているのは、彼らの「形を変えた寄付」があるからだ。当然ユーザーもその恩恵に預かっている。

電子書籍も一緒だ。いま電子書籍の売上が上がっていると言っているけれど、日本電子書籍の多くは物理書籍電子版であって、それはつまり書籍内容の開発費用(作者からみれば執筆費用であり出版社からみれば管理費用)を物理書籍側にタダ乗りをしているから、その前提で成長しているという点は否定できない。

重ねていうけれど、いまこんなに様々な種類の本が安くて早くて良い品質で生まれているのは、そうやって寄付してくれる人やインフラ負担をしてくれる母体が有るからだ。「俺は書店で買うけどね」「おれは電子書籍派だから関係ないけど」とかいうひとであっても、安くそれに乗っかって利益を得ている側なのだ

Amazonはたしかにすごい脅威で黒船だけれど、それだけではなく、今急速に「本を買う」っていう文化のものが縮小しつつある。人口だって減っていく。国際言語とはとても言えない日本語話者は、日本人口の影響をもろに被るからだ。そうなれば従来のインフラは支えきれないんだよ。

いまランチ1回分くらいの価格帯の本は、いずれ三割から二倍くらいまで値段が上がるだろう。少部数しか期待できない本は、そもそも出版されないか、受注生産じみた高額&個別配送商品になるだろうし、安価書籍雑誌コミックを含む)は実体書籍としての販売は見合わせになっていく可能性が高く、そもそも書籍として世に出るアイテム数はぐっと減ると思われる。そうなれば職業としての作家漫画家は食えるものではなくなり、兼業がふえて、一部の産業化した制作スタジオ以外ではいずれ作品クオリティも落ちていくだろう。

でもそれは異常なことではなくて、日本語話者の数(発売ターゲットの母数集団)と世界書籍事情をみれば、平均に近づいていくだけなんだ。世界の国々の多くは、すでにそういう状況下、もしくはもっと書籍事情的に貧困だ。

日本幸運なことに書籍大国読書大国だ。いまでもかろうじてそうだ。でもそれは、日本読書家が天の神様から与えられた絶対不可侵権利などではない。(もちろん文化振興などの努力はあったにせよ)いままではたまたま偶然そうだっただけなんだ。

Amazonの件も電子書籍絡みの件も、なんでかそういう当たり前のことを無視して、いまの恵まれ環境未来永劫続くと思い込み、それが揺らぎそうだと業界無能を責め立てるコメントが目について暗惨たる気分になる。

出版社がなんの努力もしない無能から」「取次が搾取をしてるから」そんなコメントが溢れているけれど、そんな無能と悪逆が支配する業界が、なんで世界有数(というかトップクラスの)商品バラエティーと低価格と高品質アイテムをわんさか出せているの? その資金的労力的な原資はどこから振ってきてると思ってるの? 別に取次や出版社を弁護するつもりもないけれど、「業界を責めればいまより良くなる」なんてのは無邪気を通り越して花畑だと思うよ。

ヤマト配送と一緒だ。コストで無理なもんは無理。いままでは恵まれてたけれど、これから国際標準に近づいて貧相になります。以上。

フリーブックス閉鎖

国内で発行された漫画書籍雑誌を著者や出版社許可を得ずに無料公開する

インターネット投稿サイトが5月初旬まで開設されていたことが8日、分かった。

現在は閉鎖されているが、無断公開された作品は数万点を超えるとみられる。

著作権法違反する可能性が高く、大手出版社警視庁相談するとともに、近く実態公表して被害を訴える方針だ。

 サイトには「新着タイトル」「一般コミック同人」「雑誌」などのカテゴリーごとに

投稿された書籍の表紙が表示されていた。表紙の1つを選ぶと投稿日や発売日、ページ数、投稿者名とともに閲覧ボタンが示され、クリックすれば作品カラー画像が閲覧できる仕組みだった。

 出版関係者によると、サイトは昨年末ごろには存在

無断で公開されたとみられる作品は今年3月時点で計3万5000点に上った。

ただ5月3日にサイトは閉鎖され、現在は閲覧できない状態になっている。

サイトに大量のデータを送り付けるサイバー攻撃を受けた可能性があるという。

 サイトには「著作権違反ファイルアップロードをしないでください」などの注意事項が記載されていたが、

誰でも匿名書籍データ投稿できる状態だった。

知的財産の取り扱い方針削除要請の受付フォームもあったが、運営会社名や所在地、連絡先の記載はなかった。

 被害を把握した大手出版社などはこれまでサイト側に作品の削除を複数回にわたって要請していた。

しかし削除されても再び掲載されるといった事態が続き、一部の出版社警視庁相談していた。

 文化庁著作権課によると、著作物著作権者許可なくネットに公開し、

誰もが見られる状態にする行為著作権法23条の公衆送信権侵害に当たる可能性がある。

違反した場合10年以下の懲役または1千万円以下の罰金が科せられる。

2017-05-07

アマゾンギフト券有効期限が10年間になったけど、そもそも10年後にアマゾンが存続しているかちょっとあやしく思えた。2027年・・・

というか僕はマンガ中心にKindle書籍1000冊以上60万ぐらい投資してきたけど、アマゾン倒産したり撤退したりしてこれらすべてがゴミバイナリになる日が来たらとかと思うとね・・・

たとえアマゾンダメになってもどっかが受け継ぐかオープンソースになるとかで(僕は著作権関係についてはよくしらないけど)解決しそうだけどさ

2017-05-06

http://anond.hatelabo.jp/20170506134837

紙の書籍は人に貸せる。その一点で有用

自分で使うだけなら本である必要すらないが、人に勉強させるなら本を貸すのが手っ取り早い。

借りているという感覚によってその本に向かわせる効果も多少なり期待できる。

そもそもIT系書籍って

買う意味ある?IT技術ネットで生まれるじゃん。公式HPリファレンスあるじゃん。それが難解なネットで探せばノウハウ見つかるじゃん。

本に書いてる情報はだいたいアップデートにより、出版する頃には古い情報となっていて、学習の前に最新版との対照確認必要になる。それって無駄じゃん。

本にしか有用情報がないっていうのはそれお前の検索能力が低いだけだろ。

だいたい中身も見てないのになぜ有用だと言えるのか。

お前ら実のところ、本を使うのは学習したいからじゃなくて、学習している自分を見て欲しいからなんだろ?

2017-05-04

リアル書店にまんがを買いにいった。4月下旬に出た新刊だが、どちらかというとマイナー作家作品だ。近所の蔦屋には入荷していなかった。仕方がないので新幹線が止まる駅前にあるジュンク堂まで行った。ここは無駄在庫がある。その作家の棚を見つけたのだが、新刊はなかった。せっかくなので、検索機に書名を入力して在庫確認してみる。1時間前には5冊あった模様。DBに記録されている棚にはなぜかなかった。店員さんを呼んで確認してみたが見つからないとのこと。その後、2店舗ほど回ってみたが結局在庫はなかった。4店まわって空振りとなるといろいろとリアル書店立場がないと思う。結局3時間以上を費やして在庫発見できないという徒労感。仕方がないので、帰ってからヨドバシ発注をかけることにした。

リアル書店の配本パターンは、取次の種類によるので、蔦屋はどこの店舗でも同じだ。ジュンク堂紀伊國屋書店規模だと在庫行方不明になっている可能性がある。結局のところオンラインによる注文と自宅までの配送にはかなわないのかもしれない。本を買う以外の目的や楽しみがあるのであれば、リアル店舗にも勝算があるようにも思える。ヨドバシレベル店舗別の在庫確認システムがないと商売にならないような気がした。

結局のところ、今ある既存施設やしがらみをなしにして、0ベース書店書籍流通システムを考えないといけないはずなんだろうけど、戦前から脈々と続く出版社・取次・書店という既存プレーヤーが変革できないまま、新規プレーヤー翻弄されまくっている状況なんだろうと思います。本の流通のしくみがない国で本を売ろうと考えたとき最初からアマゾンさんやヨドバシさん並みの流通パッケージを投入して顧客在庫確認ができて2日から3日で手元に届くようなシステムになるだろうと思うと日本はどんどん過去遺産に足を引っ張られて遅れていくのだろうとの考えに至ります

増田達はみんなビッグデータを手の上で転がしてるの?

http://anond.hatelabo.jp/20170503151008

Python関連に千のブクマが付き、R関連書籍本屋の一棚を占拠し、増田ビッグデータ日用品のように語る。

このご時世ビッグデータは扱えて当然なのだろうか。

微分積分ベクトルテンソル行列だって必要なら食らいついてやろうという気概は持っているが、数理統計学だけは大学教科書引っ張り出してきて見ただけで降伏する。

高校レベル知識じゃ駄目なんだよね?

2017-05-03

フリーブックス叩かれ過ぎじゃない?

フリーブックス登場以前も国立国会図書館に行けば全ての書籍無料で読み放題でしょ?

でも現実的には東京都民しか行けないわけじゃん。沖縄とか網走とかに住んでる奴は国立国会図書館には行けない。

それによって同じ日本なのに大きな情報格差が生じていたわけだけど、フリーブックスがそのような状況を是正している。

はてな都民が多いかフリーブックスが潰れても国立国会図書館に行けば良いが、それはあまりにも東京至上主義的な考えではないか

2017-05-02

http://anond.hatelabo.jp/20170502161603

先ずメール先程の内容はメールで来た。ちなみにお米と野菜を送ったーという内容の文末に書いてあっただけ。

なので、

・なんで今頃湯川?⇒どっかで聞いたか買ったんじゃない?ふーんって感じでメールみただけ。

・その本の題名は?⇒旅人

・本を読んでいたら著者が科学者という認識があるのになぜ作家と言った?⇒細かいこと気にしてないんじゃない?

母親は本を薦めるときに作者についての予備知識をなぜ書かなかった?⇒お米と野菜送ったというメールに予備知識書く??そんなこと言われても困る笑

・なぜダイナマイト賞とメールで聞いたときにそれはなにかと聞き返さなかった?⇒興味が無かったから。ふーんって感じ。

母親書籍を送ってくることなんか珍しくない?⇒お米と野菜送ってくる時は必ず何か入れてくる。こないだは松本清張だったな。


その点でリアリティーがないから作り話なのかなと思った⇒凄い普通の話だと個人的に思っているのだけど…

君は母が妙な間違えをしたりとか、母のオモシロエピソードひとつやふたつあるでしょうに。

猜疑心の塊か!笑

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