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はてなキーワード: 教科書とは

2016-12-08

[]与謝野晶子金魚のお使」

あらすじ

新宿に住む太郎駿河台の菊雄さんちまでおつかいに行かないといけない

だがお手伝いさん病気で行けない

代わりにペット金魚3匹に行ってもらおう

金魚やる気まんまん

徒歩で新宿駅

駅員「金魚は手が無いか切符あげない」

金魚「わーわーわー」

駅員「やっぱ乗っていいよ」

金魚「車内に水を張ってくれ。死んじゃう」

車掌「他のお客さんの靴がぬれちゃう

金魚「苦しい~たすけて~」

車掌「金だらいに水を入れてやる」

御茶ノ水に到着。金だらいは御茶ノ水駅の駅員に預ける

駿河台まで歩いておつかい完了。菊雄「えらい。お駄賃そうめんあげる」

金魚「手が無いから持てない」

菊雄「あとで小包で送ってあげる」

御茶ノ水駅で金だらいを返してもらって帰りの電車

新宿駅太郎バケツに水を入れて迎えにきてくれた

いやー面白い

駅まで水なしでどうやって行ったんだ、とかいツッコミを吹き飛ばすテンポの良さ、

こんなシュールな話なのになぜかさわやかな読後感。

ただ、自分で読むというより子供たちに読み聞かせお話だね。

与謝野晶子といえば教科書バナナの人、というイメージしかなかったけどこの人いいわ

http://anond.hatelabo.jp/20161208072640

日本の下層社会』は教科書にも載っていて有名だが、『明治富豪史』というのがあるらしい。おもしろそうなので買う。

2016-12-06

○○の5つの共通点 ← 頭悪そう

歴史上の偉人の5つの共通点

 

1.目が二つある

2.言葉を話すことができる

3.友人がいた

4.教科書に載っている

5.全員が死んでいる

 

こういう因果関係も大して説明されていない質の悪い記事を伸ばしてる奴らって絶対頭悪いだろと思う

 

早まった一般化もするだろうし、物事認識するときによくない凝集(カテゴライズ)も行うだろう

当然ながら決めつけ的な言動が多くなるが、物事の真偽もわからないため改善も見られない

ネットでは攻撃的になるか卑屈になるかの二択しか無いのではないだろうか

単純な労働から脱することができず、結果また「○○のN個の共通点」を読み漁る

かわいそう

 

ちなみにそんな人には、より手続き型の情報を読み漁って欲しいと思う(手順、順序、起承転結がある情報小説でも良い)

あるいはどこまでも論理的分析している情報なんかもいいかもしれない(新書なんかのほうがまだいい)

とにかく「○○の共通点」はかなり頭弱い記事だと認識して欲しい

2016-12-05

ズートピアポリコレ娯楽。反ポリコレ娯楽はまだか?

ズートピアやらバイオショック3やら諸々。

あれは本当に良い作品なの?

反差別主義者自分の気にいるものだけ差別ダメだよ!と叫び

自分の気に入らないものガンガン差別する。


こういう女性像は素晴らしいが、それ以外は禁止ね!差別するよ!!とかな。


ポリコレ娯楽はまだなの?

もうトランプ大統領になり、イギリスドイツを儲けるためのEUを抜けて、

これからヨーロッパでどんどん選挙あるけどさ、時代反移民ポリコレになるのに、


文学も、映画も、ゲームも、アニメも、全くついてこれてないよね。

メディア現実を見ず、表現者は夢の世界にいきている時代として教科書に載るかもな。

その時代を写す娯楽以外は歴史的には価値はないんだよ。アカデミー賞だの何だの取ろうが関係ない。

2016-12-04

映画この世界の片隅に』を見た戦争経験者と非経験者の感想

を、ツイッターインタビュー取材新聞投稿記事で見てたんだけど

戦争経験者たちが「あの時代は、このままじゃったよ」的に語っているのに対し

戦争経験者が「この時代もっと悲惨だった。綺麗に描きすぎ」と言ってるみたいなんだよね

戦争経験者に聞いた子供が「親(祖父母、曾祖父母)から聞いた話と一緒」という声も結構多い

戦争経験者が言っていることも、過去資料教科書教師から伝えられたことが間違いではない、とすれば間違いではないんだろうけど

経験者が言ってることの方が説得力があるし、あの漫画映画だって資料をめちゃくちゃ調べて描いているわけで

じゃあ、なんで非経験者がそういう風に思うようになったんだろう?

これは揚げ足を取るわけではなく、いつどこで経験者(生存者)たちが語る戦争が失われて行ったんだろう?

きっと理由があるのだろうが、あまり考えたことも無いので難しい。

ただそれこそ思考停止状態で植え付けられた先入観というもの存在するんだろうな、と。



今まであまり無かった形で強烈な反戦メッセージを込めて作られている映画を見て

これまでどんな世界自分がいたのかと、考え込んでしまっている。

2016-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20161201133701

横浜都市扱いしてるデータなんかないぞ

川崎さいたま千葉相模原関東東京23区を除く全ての政令指定都市は夜間人口の方が多い

ちなみに東京23区は昼間人口が300万人以上増える

これが意味するところは関東で栄えている街は全て東京ベッドタウンって事だぞ

 

首都圏意味も知らなかったりと、キッズはとりあえずちゃんと教科書読むところから始めた方がいい

追記と返信

増田って投稿記事内に追記ってできないのかな?

この記事の追記と返信

逃げ切り? DeNAパクリサービスを生んだ土壌は、あの韓国企業の再挑戦

※追記:タイトル意図

WELQ問題とした方が話題性には合うが、酷いのはスパム化に邁進してるキュレーション()だと思い、「DeNAパクリサービス」とした。

そして「韓国企業」と書いた方。本文中の当事者達は意識してない気がするが、私個人意見として、やはり「韓国企業の再挑戦」が現在の土壌を作る要因の一つになっていると思う。本文に書いたように「自国以外の法や心情には無頓着サービス展開」した結果、日本特有キュレーション()という都合良い解釈が生まれしまったのではないかという、個人意見である

例えを出した方がわかりやすいだろうか? 例えば、パチンコ韓国では全面撤廃台湾では法律禁止されているのをご存知だろうか? 日本パチンコ経営者の9割が韓国朝鮮人と言われているにも関わらず。

参考:パチンコ@Wikipedia

韓国人パチンコ産業ポテンシャルも、中毒性も、危険性も、知っている。だからコントロールした。しかし、日本は野放しだ(パチンコ問題はややこしいので以上)。

またこんな例えはどうだろうか。日本ではある時期からうつ病」が急増した。これは、ある製薬会社好感度の高いタレントを使って大キャンペーンを行い、「うつ病マーケット」を作り出したと言われている。本当かどうかはわからないが、製薬会社が巨額の収益日本で生んでいるのは事実だろう。

参考:製薬会社が「病」をつくり出し治療薬を売りさばく

誤解されそうだが韓国がどうこうは関係なく、あくま外資が参入する時に起きる背景の一つのである。で、現在も酷いことをやってるのは DeNAパレット だと思う。


以下、返信。

id:motoho299 これにクラウドソーシングの隆盛と、Googleアルゴリズムの変遷があったら完璧教科書になる。

クラウドソーシング関連の役割も書きたいのだけど、延焼させると論点がぼけてしまいそうなので別の機会にでも。


id:hidea 感心するブコメもあるけど、ツリタイトルと冒頭にあったので読まない。

申し訳ない、本文よりタイトル付けの方が難しかった。


id:baronhorse なにが優秀なんだか。人に迷惑かけて金儲けなんてヤクザみたいなもんじゃいか

DeNA社員なら、問題をすり抜ける方法を見つけ出すように思う。確かに、そういう点での優秀さであって、良いサービスを作ってくれるかどうかはまた別だとは思ってる。


id:Baatarismまり韓国とは関係なさそうだけど、内容は分かりやすい。

id:sukemasa_fujiwara 韓国関係なくね?

釣り的に書いたのは確かではあるけど、一連の背景として何かしらの影響を与えているとは思っている。


id:sasakisasao よいエントリだが、キュレーションへの期待の記述違和感。必ずしも「一般ユーザ」がまとめの主体になることが望まれていたわけではなかったのでは。その分野に通じていれば。「内製」ではなく質が悪いのが問題

するどい、そこまで読んでもらえているのは嬉しい。その部分は自分でも違和感があったので、ご指摘はその通り。


id:sin20xx 僕はキュレーションメディアの企画をいくつか持っていたんだけど日本国内向けと海外だと"キュレーター"の意味が違うんだよね。日本国内ってのは記事を探して形にする人であって読み手のため記事なんて選択してない。

海外事情を知っているのは羨ましい。海外の状況との対比も入れられれば内容にさらに深みを増せるのだが、残念ながら国内事情しか詳しくない。この反響を見ると、海外比較してみたいとは思う。


id:lvseven 高値で買ったiemoとmeryがこんな事態引き起こしたんなら投資判断した人が責任を問われそうだなあ。

そう思う。責任というか、経営判断。おそらく守安氏は買収時、それほど深く考えていなかったように思う。サービスを売った側は熟知していただろうけど、こうしたリスクがあれば買い取り価格は下がってしまう。だからカラクリはうまく誤魔化し、リスクは伝えなかったのでは?

しかし今となっては違う。

増田に書いたのはDeNA批判をしてスッキリしたいのではなく、少なくとも現状の汚染は止め、今よりは良い状況にして欲しいと期待を込めて書いた。

2016-11-30

不登校になった話

どこかに気持ちをぶつけたかった。

調べたら匿名ダイアリーが出てきたので書きます

規約など一通り読みましたが、暗黙のルール等に違反していたらごめんなさい。

まりいい表現出てきません。






私はどこから間違ってしまったんだろう。

小さい頃から日常的に死にたいと思っていた。

小学2年生あたりからずっと思っていた。

当時の日記にもそればかり書いた。死にたい死にたい、と。

自宅の二階から飛び降りたこともあった。

手足の打撲で済んだのは運が良かったのか悪かったのか。

陰口や無視日常茶飯事だったが、いじめがあったわけではない。

ただ息苦しかった。世知辛かった。



中学校に入って間もなく、私は不登校になった。

理由があったわけでもない。

ただ心から学校行きたくないと思った。

同じ服を着た知らない人がたくさんいる。それが何故か怖いと思った。

意見が合わないと白い目で見られ、無理に合わせても白い目で見られる。

息苦しかった。

もちろん友達はいたが、ごく少数で、その友達とも次第に話さなくなっていった。

最初心配していた両親からも厳しい視線を向けられた。

あなたが生きていることが恥ずかしい」

「産んだとき幸せだと思えたのに」

「私を馬鹿にしている」

毎日言われた。それでも学校には行けなかった。

それじゃあ制服を着るだけなら、と思って着てみた。

手足が震えた。震えているせいでうまくホックがとめられない。

無理にホックを留めたがすぐに頭が痛くなり、過呼吸を起こした。

対処法は知っていたので、咄嗟キッチンまで這って行き、ビニール袋でなんとか息をした。



その1ヶ月後くらいに、両親に心療内科に連れていかれた。

ああ、私は病気だと思われていたのかと、その時初めて知った。

もう少しカウンセリングに近いもの想像していたが、実際はいくつか問診を受け、シートを記入しただけだった。

その時医師に言われた。

学校を面倒に思っているんだね、毎日行かないと後悔するよ」

今でも忘れない。

医師不登校の私をこう思っているのかと絶望した。

一度たりとも学校を面倒に思ったことはなかった。

毎日きちんと行けたらこんなところに連れていかれるはずがない。

知っているような口を聞かないでくれと思った。



二度と心療内科には行かなくなり、学校夕方にたまに行くだけになった。

そのうち2年になった。成績は死んでいた。

3年になった。気づけば受験生だった。

成績も出席日数も明らかに足りない。

この時期は受験生みんなが慌てるが、私は何もしなかった。

1年の教科書問題を解いてみたりしたが、まったくわからなかった。

学校に行かなかったことは後悔していないけれど、提出物とテストを受けなかったのは後悔した。

結局定時制に行くことにした。夜間ならなんとかなるかもしれないと思った。

受験寸前になって必死勉強し、問題集もだいたい解けるようになった。



たびたびニュース不登校話題が上がる。

不登校登校拒否をする子供を持つ親の記事も読んだ。

「私は子供気持ち理解しているけれど、子供は私の気持ちを分かってくれないんです」

「どうしてこんなに心配しているのかを理解してほしい」

まり覚えていないが、そんなようなことが書いてあった。

この親が心配しているのは世間体じゃないのか。

子供気持ちを本当に理解しているのか。

自分のことで精一杯だから不登校になるのに、親の気持ちなんて分かるわけない。



私はまだ子供だから、何も分からない。

けれど子供ながらに悩んで、考えて、出した答えが登校拒否だったら?

親が無理に行かせる理由がどこにあるのか。

無理に学校に通わせられ、疲れ果てて卒業式直後に自殺した先輩を知っている。

死に対する恐怖に、心の疲労が勝ってしまった結果だと、私は思う。

心の疲労はスタンプカードのようなものだと聞いたことがある。

しかにそのとおり、たまっていくだけで消えていかない。

誤魔化すことはできても、消費はなかなかできない。

スタンプカードがいっぱいになったら私もきっと自殺していただろう。

遺書は公開されなかったが、同じ境遇でなくてもとても苦しんでいたのは想像できる。





まとまらなくてごめんなさい。




不登校登校拒否をするみんなが生きやす世界になりますように。





追記 12/1

たくさんの反応ありがとうございます

どうしてもお礼が言いたかったので追記としました。

誰かに聞いてもらいたくて書いたのですが、こんなにたくさんの意見を頂けるとは思いませんでした。

ひとつひとつ言葉が暖かくて、読んでる最中涙が止まりませんでした。

私の周囲に不登校を受け入れ、理解してくれる方が少なかったので、こんなにも受け入れてくれる方がいたんだと感動しました。

はい中学三年生です。

定時制に向けて受験勉強していますが、通信制高校に勧めてくれる意見が多々あり、少し考えてみようと思います

それだけでなく大学に行ったほうがいいとのコメントも頂き、真剣に考えるきっかけになりました。


この文章を読んでくれた方の中にも、同じ年代の方がいるのではないかと思います

理解してくれる方がこんなにいたこと、世界はとても広いこと、それが希望になればと思います

こんな子供の書いた文章真剣に読んでくださり、そして暖かい言葉をかけていただき、本当にありがとうございます

2016-11-29

[] H23民訴コメント

なんか全体的にマニアックになってしまった。ウザかったらすまん。ごちゃごちゃ書いたけどよくできてると思う。



第1

2.

これでもちろんOK。

ただもうちょい具体的に言うと、①自白をすると要証不要効が生じる⇒②相手方がこれを信頼して証拠散逸してしまう⇒③自由撤回されると証拠が無いので負けてしまって困る、という流れになる。なので「証拠散逸」ってキーワードを出すとより理解アピールできる。



3.

権利自白権利法律関係についての自白であるところ、権利法律関係適用裁判所専権事項であることから権利自白は認められないとも思える。しかし~」で、しかし以下が厳密に言うと前文の反論になっていない。

一文目は要するに、裁判官から見てあり得ないような法の解釈適用強要されることになって、裁判官心理的抵抗が大きいということを意味する(と思う)。なので相手方の信頼保護うんぬんを言っても噛み合わない議論になってしまう。

仮に、確かに~しかし~で書くとすれば、「確かに信頼保護のために撤回制限効を広く認めるべきとも思える、しかし法的判断を誤っていた場合にまで撤回できなくなるのは困る」という流れにすると、日常法律概念説にも繋げやすくなってオススメ



4.

日常法律概念説(兼子説)は確かに所有権日常法律概念としているのだけど、よくよく考えてみると所有権帰属って司法試験レベルの超高度な法律判断のはず。



 *採点実感も参照。



なので、そこまで不可撤回効を認めるのはおかしくない?と思うのだけど、実は兼子先生論文で、「日常法律概念については自白は成立するが、不可撤回効は認めない」みたいな書き方をしていて、受験生翻弄してくる。

日常法律概念説はほかにもいろいろ落とし穴があってちょっと怖いので、三ヶ月説か新堂説の方が良いと思う(ただ学説試験で書かすなっちゅう話なんだが・・・)。



第2

1.

要件解釈が混乱してる?ちょっと教科書見直してみて。

2.

Fに判決効(反射効)が及ぶ理屈学説も良く分かっていないのでこれでいいっす。



第3

1.

中間確認の訴えを提起してるのはLMじゃね?あれ?

問題提起が丁寧で良いと思う。



2.3.

あてはめが丁寧で良いと思う。



4.

40条を引くべきところが41条になってる。

ラスト解決バッチリっす。

2016-11-28

カードワースの思い出

作品の外の物語があるというブコメを見たけれど、今の時代しろそれが鬱陶しい。

カードワースというユーザー参加型のADVRPG流行ったが、その時超有名な作品大勢誤読されていた。

あるシナリオで娘が神父レイプされたんだ、という読み方がコンセンサスとして成立していて、自分もそう思って見ていた。

ところが後に作者はレイプ事実はないと発言した。自分レイプ事実があってもなくても話が通用してしまう作りに困惑した。

しろあったほうが話がどす黒くなって面白くなるタイプのものだったし、カミングアウトもったいない行為だったかもしれない。

こんな風に作者の解釈ですら有機的に変化する、という話なら健全だと思う。あるいはあの狭っ苦しいコミュニティにはギスギスもあったのかもしれない。

今時よくやられているお話証拠を突きつけ正しさを証明するやり取りなんかシェアしてもしょうがないし、ネットのせいでそれは加速している気もする。

NHKでは毛虫のボロに映し出された森の魚に意味があると放送してただろうか。しかしそれは後に厳格なる意味を伴って解釈の厳しさとして拡散する。

そういえばこないだぽんぽこで変わった解釈をしてる人がいた。広く捕らえ過ぎかもしれない、と感じながらも自分の考えがあって好印象を受けた。

自分個人お話における教科書受け売りなんかどうでもいいと思っている。それは作品を殺す行為じゃないのか。

2016-11-23

http://anond.hatelabo.jp/20161123014252

つのどこの教科書かでどこまで表記されるか違うんじゃない? 知らんけど

真のひねくれものは紙面上に平行四辺形を描くのは不可能だと言う

小4〜小5の教科書ひっくり返してみたが、平行四辺形には長方形正方形が含まれることがちゃんと書いてあるのでひねくれとか言ってる人は算数大丈夫なんでしょうか。教科書で明言されてない掛け算の順番の問題とは違うよ。

2016-11-22

今更ながら勉強法について

勉強法や、ノートの取り方の記事があるたび、すごく違和感がある。

そんなものは人それぞれだと思うけど、私の場合は、

・授業は話をよく聞く

自習教科書を読む

この2つに尽きるかと。

巷で言われるような、ノートを取るのって、効果的ではないと思う。

ノートを取りながら、話を理解するのは困難で、手を止めて聞いたほうが理解できるし、記憶もできる。

忘れたらどうするんだというけれど、重要なところは教科書を読めばちゃんと書いてある。

そして、教科書が好きだ。

箇条書きや、単語の羅列なんかより、やはり文章になっていたほうが読んでいて気持ちいい。

簡素で、どこか美しいと感じた。

物理とか数学とか、理系科目に顕著だったけど、教科書は短く要点が詰まってるのに、チャート式とかだと冗長で、文章に味わいもない。

理数系って授業要らないんじゃないかな。

大学以降、必要数学物理知識独習でなんとかなったし、高校の授業も、数式をみればわかる内容を、わざわざ黒板に写し直してあれこれ喋る理由がわからなかった。

定期試験一夜漬けで充分だし、センター試験くらいなら、それで8割くらいは取れると思う。

平均点があんなに低いのが理解できない。

あるとすれば、そもそものカリキュラムの質かな。

私の高校進学校だったから、教科書が全部終わったけど、教科書終わらない高校もあるそうで。

それでも、教科書ちゃんと読んでれば、6割くらいは取れると思うんだけど。

何度か話に上がる現代文、あれは確かになんのための授業かわからなかった。

解ける人は授業を受けても受けなくても解けるし、解けない人はどんな授業を受けても解けないんじゃないかなと思う。

解ける人だったので楽だったけど。

http://anond.hatelabo.jp/20161122125850

実際、中学1年の2学期までの英語テストは「先生の言うとおりにやっておく」ことが唯一の点数とる方法意味ない。

中学校理科教師だと、いまでもたまに「オレの言うことを聞いてたかどうか」を確認するためのテスト問題を出すのがいる。教科書にも書いてない雑談の内容が問題に出たって、知るもんか!

2016-11-18

そもそも文章が読めない子供と読める子供が同じペースで勉強するのは無理がある。

自分は読めたので小学校の授業の八割くらいが無駄に感じていた。教科書読んだら即分かる内容を30分かけて説明されるとかさ。

自分みたいな人がクラスの2割くらいはいたんじゃないかと思う。別に飛び級する程の天才じゃなくてもクラスを分けて勉強させてくれたらいいのに。生徒も退屈しないし先生も教えやすいだろう。

中高生の君たちに言いたい。自己分析なんかしなくていい、自分気持ち肯定するだけでいい。

中学生っていろいろ拗らせやすいから、

下手に自己分析とかし始めると

自分は何やってもものにならない不必要存在なんだ」

無気力になって、貴重な10代を蔑ろにしてしま可能性もあるよ。

まあ自分のことだけどね。



俺は友達もおらず運動もろくにできなかったか

休み時間に突っ伏しているようなスクールカースト底辺だった。

ルックスは、良くて三浦春馬(14歳の母とか出てて影のあった時代全然顔は似てないよ)で、

大抵は実写版ちびまる子の藤木だとか言われるような陰気な感じ。

もう学校に関連するもの全てを家で思い出したくなかったので

教科書なんて絶対開かなかったし、同級生に会うのが怖くて外出は極力避けた。

から再三「不登校になると社会からドロップアウトする」と言われたからか通学はやめなかった。

でも唯一ポテンシャルを感じられたのは学力で、

進研ゼミ暇つぶしに解くだけで平均点+10点ぐらいは最低でも取れるというレベル

学年順位で言えば240人中30位以内。増田と比べるとちょい下くらいかな?

本気出せばもうちょっといけるはずでそれが強みになると思ってた。

から2年生の2学期からテスト対策だけはそれなりにするようになった。

目標偏差値65以上の学校に進学すること。

それ以上あれば文句なしに頭が良いと言えるはずで、当時の俺にとって絶対的指標だった。

でも公立ばかりの田舎は内申点が重要なんだよね。

提出物を全くといっていいほど出さなかった俺の評価はズタボロだ。

若さ故にそんなもの気合で打ち砕いてみせると思っていた俺も

三者面談を重ねる中で偏差値60以上の学校はまず無理だという現実を突きつけられた。

3年生の夏休み明けにはもう俺は全く勉強しなくなった。

自分の決めたあの偏差値ラインは、俺が頭が良いという長所を有するための最低条件だったのだ。

それをクリア出来ない以上、唯一の長所を手に入れることは叶わない。

その時はそうとしか思えなかった。

なんの取り柄もないゴミである為、誰からもまともに相手にされずぞんざいに扱われるのが相応な人間なのだ

そんな人間努力したところで何もなさないことぐらいは俺でもわかる。

そんな風に考えていた。



自分なりに分析してアイデンティティを探求した結果

俺は自分がなんの取り柄もないゴミであることが確定してしまったと思い込んだのだ。



勉強もろくにせずに挑んだ受験でちょうど偏差値60の高校合格した。俺は嬉しいはずもなく、周囲のねぎらいは嫌味にすら感じられた。

高校受験自分を開花させることができなかった俺は、自分に降りかかる不快体験は全て自分のせいなのだとし、終始無気力情緒不安定鬱屈した高校生活を過ごした。

高校地元からそう離れていないので同じ中学からの進学者は二桁以上になる。

彼らが中学時代の俺について有る事無い事広めてくれたことおかげで、中学時代に塾や部活動に関わることが少なく他校生との交流がなかった俺は瞬く間に孤立した。

幸い部活や学外で友人はできたが、終始教室内では嘲りの対象で、「こいつがいるとその場が陰気臭くなる」「こいつさえいなければいいクラスなのに」と後ろ指をさされながら十代後半の3年間を過ごした。

ゴミだなんだと卑屈になった俺はやはり勉強に身が入らず、先生の助力のおかげで留年もなく、なんとか大学への進学を決めて卒業した。



今思えば入学時にそこまで卑屈にならなければいけない所以などなかった。馬鹿にされるところはあったにせよ、こんな俺にも魅力となるところもあったろう。

そんな自分を愛する心を、おぼつかない中学生の思慮で排斥してしまったのだ。

俺が中学生に何か言えるとすれば、下手に自分分析なんかするなと言いたい。

自分が思っている以上に社会には様々な価値観世界があって、君たちが見て来たものだけで自分規定してしまうのは勿体無いと。

君たちの間でまかり通っていることが必ずしも正しいわけでないとも言いたい。

今の俺は正直いって自己分析なんて馬鹿馬鹿しいとすら思うよ。

分析ということは他人にわかるよう簡潔にまとめあげるということだ。

自分のことは自分しかからないし肯定もできないのにそんなことしていいのか?

分析なんかしなくていい、ただ自分気持ち自分否定することがないよう努めればいい。

中学生ができることは、今じゃなくでもいいから、自分気持ちに素直に行動できるように、卑屈にならないように、前に向かって進んでいくだけなんだ。

そして大人10代の初々しい感性を傷つけないよう、挫けそうなときに優しく彼らの気持ちを受け止めてあげなければいけないのではないだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20161116142444

暗記科目は一夜漬けが一番

まず授業を軽く聞いてある程度の内容を中期記憶にぶち込む

教科書問題集、授業内容から出題傾向を把握その答えになると思われる単語ピックアップして取り敢えず脳みそにぶち込む

単語教科書問題集を読み関連付けて軽く覚えるあとはピックアップした単語を紙に書いて羅列されてる単語

テレビ見たりアニメ見たりゲームしたりしてる合間にぼーっと眺める

寝る前にもう一度くらい教科書問題集見ながら単語を覚えかえす

大事なのはよく睡眠をとることです早めに就寝しましょう理解知識とすることは目的ではありません問題の形と答えの形を記憶するのです

テスト前にはもう一度単語を眺めましょう俯瞰する感じで眺めると良い気がしま

完璧にする場合ピックアップした単語の中から特に重要そうなものなどを

長年の勘で選び取り教科書等でその単語に関連する部分を熟読し内容を理解しましょう


これで悪い点数をとった時は問題に難癖をつけ先生をこき下ろしましょう

悪いのは貴方ではなく貴方予測する出題傾向に沿わない問題を出す体制側なのです

2016-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20161115124513

教科書普通に書いてある内容」をあたか専門家しか知り得ないもののように扱う人が一定数居ることを疑問に思ってたけど、これが原因なのか。

インターネットで話が通じない人の割合

http://bylines.news.yahoo.co.jp/yuasamakoto/20161114-00064079/

これまでのところ、テスト受験した公立中学校生340人のうち、

約5割が、教科書の内容を読み取れておらず、

約2割は、基礎的な読解もできていない

ことが明らかになってしまった。


この比率はてなブックマークコメントにも当てはまる気がする。

2016-11-12

http://anond.hatelabo.jp/20161112140324

保育園ときに「とにかく協調性がない」と言われていた(らしい)ことと、園から逃げ出して外に遊びに行っていた記憶があるのと、小学校通信簿協調性の欄のところが、毎年最低評価だったということは覚えている。

小学校ときも、必ず忘れ物をするので、教科書類をすべて机の中と鞄とに入れてどんな授業でも対応できるようにしていた。

起源と言われても、何しろ就学前からことなので、気が付いたらそんな感じだったとしか

大学を辞めた。死ねない呪いと向き合う毎日

(アルコールの入った頭で書く適当文章だということをご承知ください。でも僕の現実しか書いてないです。)

僕は都内の某私立大学(偏差値.bizだと偏差値は65らしい)を中退せざるを得なくなった。

留年、休学を含めて4年間は在籍してた。

理由は2つ

やりたいことがなかった。

人間関係が下手くそ過ぎて耐えられなかった。主な理由はこっち。

勉強は嫌いではない。今でも数学なんかの教科書を解いたりするけど、わからないものがわかるようになるのは楽しいと思う。

なのに中退するはめになったのは正直つらいと思うところもある。

自分としては本命の国公立ではなかった。本命東工大数学1問分で落ちた。

でも周りの人間は滑り止めの私大でも受かったのは立派なんだから進学しろと勧めてきた。本当はここで断るべきだったのだ。

結局実家田舎の裕福ではない家庭なので、奨学金を借りて進学することになった。

まぁ普通に卒業できるし就職もできるだろうし奨学金を借りてもいいだろう。そんな見込みは4年間でぶち壊されてしまったのだが。

僕の4年間は自身への失望、と社会不適合っぷりに直面するばかりだった。

人間関係が壊滅的に下手くそだった。高校までは偶然仲良くなれた、しかも向こうから興味を持ってきてくれた、そんな友人のおかげで、苦労なく過ごせていたということをここで初めて自覚する。

自己コントロールが下手くそなので能力的に達成できるレポートも貯めこんでできなくなることもあった。

人間関係ほとんどないので助けを頼ることもできなかった。他人を頼るのは恥ずかしいと感じる部分も大きい。

バイトもした。ここでも自己コントロール問題で、当日欠勤をしたりして長続きしなかった。中途半端に根が真面目なせいで、関係を持った人を傷つけたことに関しても申し訳なくなった。

東京での家賃が払えなくなる、親切な知人に借金をするはめになった。この時にはすでに下で述べる過程を経て働く気力はすでに失せてしまっていた。

いろんな欠点自覚する。当然直そうと努力はした。でも直せなかった。普通の人にはなんてことないかもしれないのだが僕には大きな壁だった。

こういうところは少しADHDの気があるのかと思い受信したのだが、若干そういう傾向はあるものの診断は出ないという中途半端な奴だった。

[言語IQ動作IQの差が大きい(WAISの群指数では処理速度のみが100近辺で他は130近辺)ので意識に対してなかなか体がついてこないとかそういう話をされた。社会人になって仕事がうまく行かなくてメンタルを受信する人には結構こういう傾向があると医師から聞いた。]

この結果僕がどうなったかというと、仕事をしても他者迷惑をかける、それに僕は耐えられないしそんな思いをしてまで働きたくない、働かざるもの食うべからずというのなら、いっそ殺してくれ、そう思うようになるのは論理的に当然ではないだろうか。

他者迷惑をかけないための努力がずっと失敗に終わり続けた。そんな中で努力をする気力すらもなくなった。怠惰だと言われればそれまでかもしれない。頑張ったんだから評価してくれというのも甘えだろう。

それでも死ねない、それは親が死ぬなというからだ。「お前がそうなってしまったのは悲しいけれど、死なれるのはもっと悲しい」と言われたら僕の性格死ねないのである

ある意味呪いのようなその言葉死ねない呪いをかけられた僕は現在いわゆる引きこもりニートである

メンタル医師毎日少しでも外出できると良いって言われたけれどそれすらもできないこともある。自分に負けて自分を責める、それを理解していてもなお動けない。なぜなのだろう、どうしてこうなってしまったのだろう。

そんなことを日々考えながら生活している。考え過ぎだよ、と言われることもあるくらいだ。知っているが、それでも考えてしまうのだからたちが悪い。

いろんなことを考えていると世の中への恨み、憎しみのようなものも募っていくことがある。

大学時代、ろくに勉強もしてないけど推薦で入ってきたような奴がレポートテストコピーを手に入れて効率よく、卑怯にやり過ごしていった、そんな人間今立派に就職していたり、

弟が明らかにブラック企業就職され、すり減っている様子に何もできなかったり、

僕の進学を勧めておきながら、僕がこんな状態なのに気にする素振りも見せない親類だったり。

最近だったら電通ニュースなんかでもめっちゃ心痛めました。(結構共感性は高い方だと思いますアニメとかでも主人公が恥をかくシーンめっちゃきついし)

幸せになれると社会に思い込まされて、奨学金借りて進学したのに社会不適合者の自分はやっていけなくなって辞めるはめになって、返せる気のしない奨学金けが残った、社会に騙されたこの怒りは、一体どこへぶつければよいのだろうか。

どうして僕がこんな思いをしなきゃいけないんだ。ふざけるんじゃねえ。こんな世の中は狂ってる。なんて、ちょっと踏み誤れば反社会的集団に入ってしまいそうなくらいにメンタルボコボコにされてます

確かに僕にも悪いところはあるんだけど、僕だけが悪いのかな、なんて感じちゃうんですよね。

助けてくれなんて言いません、自分客観視して助ける価値のある人間だとも思いませんし。でも、世の中にはこういう人間結構いるんだぞってことを、知ってもらえれば嬉しいですかね。

それでいてこういう人間でも救ってやりたいと思ってくれる大富豪がいたら最高ですかね。笑

引きこもりニートだって辛いんです。でも僕らにとっては普通の人のように生きるのもめちゃくちゃ辛いことなんですよ。

あーあ、天災事故でサクっと死なせてくれないかなぁ。

脈絡のない適当文章なっちゃった感じがしますけど、まぁ吐き出したい思いはだいぶ吐き出せたかな。

このあたりで筆を置きたいと思います。(PCでの文章で筆を置くって少しシュールですね)

こんな適当文章最後まで読んでくれた方に感謝を。そして、あなたが少しでも幸せであることをお祈りいたします。

以上。

2016-11-11

これにトランプさんはどう対処するのかな...

http://anond.hatelabo.jp/20161111082518

彼や共和党員は無視するのかな?

生粋アメリカン以外は出ていけ」というなら、この白人もも出ていかなくちゃな。400年前のアメリカ大陸のことはUSの教科書には掲載されているのか?歴史修正しやがって。

最悪は、有能な有色人種のひとたちがアフリカにこぞって帰国して、アフリカにすごい国をつくる...のは無理か。。

2016-11-10

背中を掻きたい

背中かゆい。かゆくならないという人も居るけれど、むしろ自分は周りより少しかゆみが強い方かと思う。

ここに孫の手があったら、どんなに気持ちいいだろうか。

嗚呼、孫の手。背中を思う存分に掻ける幸せは、生きる意味の一端を担っているのかもしれない。

から、巷では孫の手の話題は尽きない。

やれどこ産の竹が素敵だとか、やっぱり長さは重要だとか、掻きかたへのこだわりだとか。どうやらそれが普通らしい。

そんななかで、何故だかそういう話題に興味を持てない自分がいる。

しろ背中。何時からだとか、何故だとか訊かれたって、知らないし分からない。だけど気付けば、背中を目で追ってしまう。

あわよくば、掻きたい。爪なんてほとんど切ってしまって丸っこいから、竹や木でできた孫の手ほど気持ちよくはないだろうけど。

気持ちとしては、そう思ってる。

ここまではいい。

我々は、社会に生きている。

そして、社会に生きる大多数は、背中を孫の手で掻くのだ。

教科書だってそう書いてある。

背中は孫の手を選び、孫の手もまた背中を選ぶ。選び選ばれた背中と孫の手には、手厚い保証制度だってある。

こうして社会は成り立っているのだ。

そんな社会なかに自分は生まれしまった。

背中を掻きたい。その感情に気付いたのは高校生の頃だった。

そういう人もいる、という知識は持っていた。だからこれも、そんなに変わったことではない。そう思って母に相談した。これまで愛情たっぷりに育ててくれた母に。

母は、絶望していた。

未だにあれ以上、ひとが絶望した、という顔は見たことがない。乏しい語彙力ではこんな表現になってしまうが、とかくこのような結末であった。

あれから五年以上経った。成人式も終えた。

さて、どのように生きるべきか、そろそろ真面目に考えねばならない。

掻くべき背中を探すのはどうだろう。

まったく残念なことに、掻いてもよい背中にはさして特徴はない。事実自分背中だってそうである

そしてこれまた残念なことに、「背中を掻きたい」とは公言しにくい社会である

それを探すためには、何らかの仮面舞踏会へ行くことが手っ取り早い、というより他の方法など殆どない。

そこへ行く今一歩の勇気が、未だに出せていないのだ。

おまけに、自分はすっかり、背中を掻きたいことをオープンにしてしまっていた。

案外この世には同胞は多く、自分も恐らく沢山出会っていたとも思う。

さて、では隠していたいひとは、万 が 一 興味を持ってくれたとしても、自分に声をかけるだろうか? 考えるまでもない。

前提として、冒頭で述べたとおり、自分かて背中かゆい

から、孫の手を受け入れること、それ自体にはきっと何の問題もないのだ。

しろ背中を掻くためのあの素材あのフォルムである

受け入れさえすれば、たぶん気持ちいいのであろう。

実際に背中にあてて動かせば、自分のまだ知らない魅力に気付くこともあるかもしれない。

社会的にも大正解だろう。

ペアへの保証制度が手厚いことは前述の通り。

また、オープンであるとは言ったが、未だに親戚筋には打ち明けられていないのだ。

かつて、この症状は病気と考えられており、そのため一定以上の年齢層はこの話を拒絶しがちである

加えて、初孫の将来への期待はずいぶんと大きく、それを裏切ることともなってしまう。

無事にペアを組むことが出来れば、こんな懸念も吹き飛ぶのである

ただし、そんな気持ちで選ばれた孫の手はたまったもんじゃないだろう。

背中、孫の手。どちらの魅力も理解出来る(後者については微妙なところだが)。

たまにお得と言われるこの特性を持ち生きるということは、あくまで一例ではある(重要)が、こんな感じである

さて。

などと考えてみたが、どちらにせよ自分最初にしなければいけないことをしていない。

自分磨きアピールである

自分理想うつつをぬかし、「相手からまれ背中になる」という視点をすっかり欠いてしまっている。

ぎくりとなった背中・孫の手諸君、共に頑張ろう。

まずは見た目に少し気を使ってみるか……なんて思いながら、今日自分は、必死に手を伸ばして、自分背中を掻くのである。ぽりぽり。

ネイティブ広告ハンドブック2017」を読んでみたけど

ネイティブ広告ハンドブック2017

http://www.jiaa.org/download/JIAA_nativead_handbook.pdf

話題なので読んでみた。単純に悪文だと思う。

よくあるできの悪い教科書と同じ。内容自体はまともなんだけど、文章が読みにくい。

まず構成おかしくて、肝心の「ネイティブ広告」の定義17ページめまで出てこない。

最初から読み進めて、

「Ⅰ. 「ネイティブ広告」とは何か? なぜ注目されるのだろうか? 」

の章に当然定義があるだろうと思ったら、ない。その状態で、

「Ⅱ. ネイティブ広告取引モデル

「Ⅲ. ネイティブ広告におけるコンテンツ重要性 」

が続く。でも定義が書いてないから何のことかさっぱり伝わらない。

それでようやく17ページめに

「Ⅳ. ネイティブ広告定義類型

がある。ふつうに考えたらそんな構成文章はつくらないでしょう。

なので、

文章が悪文で読みづらい」という指摘に対して、

勉強して理解しろ」と返してる感じかなと思う。

すれ違ってる。