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はてなキーワード: 自己肯定感とは

2017-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20170528202903

またでました「本当の好き」(笑)

集団や場の中に居心地の良さを感じる、自己肯定感が得られる、承認欲求が満たされる、愛好者が世の中に多数いる、そういう要素も趣味嗜好の中では大事でしょう。

それらがあるから「本当の好き」ではない、っていう発想が理解できないですね。

他人の「好き」を潰す最低のマウント

「○○が好きなんじゃなくて、"○○を好きな自分"が好きなだけでしょ?」

誰にでもどのシチュエーションにでも当てはまる汎用性の高さ・便利さゆえなのか最近よく使われてる場面を見かける。

しかしこれ諸刃の剣そもそも雑な反論だし、おまえが相手メンツ潰すためにメタ視点マウント取りに行ってるわけじゃん。

ちゃぶ台ひっくり返してるだけ。誰も得しない、不毛論法なので使用自粛したほうがいいかと。誰も「好き」を言えなくなる。

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追記1

○○が好き・嫌い、と自己愛の有無はそれぞれ独立したパラメータと考えたほうがいいのでは。どの趣味にも人間性ヤバい人は混じる。

何かを好きになったり嫌った時に、自己嫌悪することもある。「お酒は好き。でも酒ばっかり飲んでる自分が嫌い」とか。依存症っぽいけど。

自己肯定感が低い人なら「自分自身が嫌い、でも自己憐憫に酔ってる自分もっと嫌い」とか。4パターンのどれもありうる。

自分に酔ってる感じがするからエゴが含まれてるから本当の好きではない、って前提はない。「本当に好きならなぁ〜」ってマウント合戦を始めるんかい

あんまり掘り下げるとコミュニケーション処世術とか、愛とはなんぞや、みたいな増田で書くにはメンドくさいテーマになっていきそうだが。

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追記2

この増田記事を書こうと思った背景というか文脈を明かすと、別に自分がどこかで誰かにそう言われて悔しかたからって話しじゃ全然なくて。

まず、ちょっと前にたしかTwitterだったかで「映画好きのサブカルくそ野郎マウントとってきて、言い返してスッキリ」みたいなストーリー漫画が上がってて

その中でこういうセリフが使われてた。(ソース見つからない。タイトル忘れた…)その時もなんだかなぁ、とモヤモヤした気持ちがあったけど、まぁスルーした。

で、最近コーヒー好きが言いにくいって増田記事がヒットしてて、そのブクマコメントの中にそういうこと言いだしてるやつがまさにいたわけ。(わざわざ晒さないけど)

うわぁー実際に言ってるやついるよ、ちょっとひとこと言っておかないと伝家の宝刀みたいに使いまくるやつこれから増えそうだな、と思ってカァーっとなってこれを書きました。

他人の「好き」の定義に振り回されて萎縮というか、「自分はこれを本当に好きなのだろうか?」って疑心暗鬼になることないよなーっと。

ただ注意が必要なのは、よく主語警察がよく指摘してる"主語の大きさ"ってやつが問題になるように、ジャンルというか大きい括りでの○○好きを気軽に公言しない方がいい場面もあるだろうってところで。

例えばコーヒー好きと最初から大きく名乗るのではなく、「こういう状況で飲むどこそこの缶コーヒーが好きなんですよー」って小さく限定しておいてから、話しを徐々に広げるとか。

古参ベテランメンツを立てるような配慮とか。妙な絡まれ方を避ける話しの切り出し方ってのもあるかもね。

2017-05-23

2年間通ったアイドル現場他界した

たまたまネットで見かけたPVを見たその日から、彼のことが頭から離れなかった。

動画を見るうちにどんどん夢中になり、今までアイドルなんて興味もなかったのに現場にも通うようになった。

はじめは気が向いたとき程度だったが、気づけば現場のために毎週夜行バス東京地元を行き来する生活をしていた。

CDリリースされれば握手会写真撮影のために同じものを120枚以上買った。

そのうち本業だけではお金が回らなくなり、夜職を始めた。

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推しは繊細な人だった。見る人によっては病んでるようにも見えるかもしれない。

元気で明るいキャラではあったが、追っていくうちに自己肯定感が低く小さなことで悩みがちだと感じるようになった。

何度も何度も握手会でかっこいいよ!今日ダンスよかったよ!と言っても、調子よく茶化されたり全力で否定されたりしてその度に悲しくなった。

ブログ活動のこと、今後のことについて悩んでいるのを見ては自分も病んだ。

でも推しのことでこんなに悩めることが幸せで仕方がなかった。

悩んで悩んで、それでも笑顔で頑張っている推しが心の底から好きだった。

繋がりたいとかそういう感情はなく、ただただ傷を隠して輝こうとする推しが人間として大好きだった。

ずっとずっと活動を休止するまで追い続けると信じて疑わなかった。

そんなこんなで追い出してから1年半ほど経ったぐらいから、推しは活動の幅を広げていった。

もともと所属していた別のグループアイドルしてではなくイベントをすることも多くなっていた。

このころから以前に比べて病んだり悩んだりといった発言が少なくなっていった。

本当にアイドルとしてではない活動が今のやりたいことであると伝わってきた。

それがどうしても許せなかった。私は葛藤しながらもアイドルとしてステージに立つ推しのことが一番好きだったのだ。

自分が一番好きな推しは、彼にとっては一番好きな自分ではないことがたまらなく悲しかった。

周りの道丹は他グループ現場にも足を運んでいたが、私はついに一度も行かなかった。

素直に応援できない自分が嫌でどんどん病んでいった。

気づけばあれだけ毎週通い詰めた現場にも行かなくなっていた。

同時期に他界隈のイベントに行くようになった。

推しを作る気はなかったが、明らかに私はそちらに心が向いていた。

でもあれだけ好きで時間お金も費やした推しから心が離れているのを認めたくなくて、周りのオタクには忙しいから行ってないだけで他界推し変もしないと強がっていた。


そんな状態のまま半年が過ぎた。

私が彼を推す前から彼らが目標にしていた大きな舞台でのライブがあった。オタク仲間から誘われ、当日券も出ており、何度も行こうと思ったが、結局は行かなかった。

私が好きだった推しとは変わってしまった推しがそこにいたらどうすればいいのだろうと不安だった。

もう好きなふりはできないと思って、大きなライブが終わった次の日に私は上がるともなんともつぶやくことなtwitterアカウントを消した。

スマホにいっぱいの握手会レポート写真は消せなかった。

今にして思えば、推しが幸せそうなのを一緒に喜んであげられなかった時点でオタクする資格はなかったと思う。

最後まで見届けられなくてただただ申し訳ないが、推しの今後の活躍を祈っている。


もしこれを読んでいる中に3次元の推しがいる人がいたら、推しの幸せは全力で喜んであげてほしい。

私も次に推しが出来たら、今度はちゃんと推してあげたいと思っている。

2017-05-22

「俺メンヘラホイホイだからさーw」

「俺メンヘラホイホイだからさーw」などとうそぶく男性自分精神がアレ、という事実はとうの昔に「バレンタインチョコ会社陰謀レベル常識として国民に広く認知されているかと思っていたのに!

ここ最近「俺メンヘラホイホイw」アピール複数方面から続けざまに喰らったのでツラい気持ちになってる。

ちなみにこの場合メンヘラとは「自己肯定感が低く不安が強く情緒が安定しない女性」くらいの意味

自称メンヘラホイホイ」には二通りのパターンがあると思っている。

1…不安解消マシーンでお手軽ヒーロー

いわゆる自己肯定感が低く、不安が強いタイプ女性に惹かれやすい。なぜなら不安が強い人は常に「不安です、不安です、不安です!」と解消して欲しい課題提示し続けてくれるから課題が見えやすいので「自分でも彼女を救えるかも」という気持ちになる。「彼女となら俺はヒーローになれる」と甘い気分にもなれる。

裏を返せば、常に彼女不安を解消することで、役立ち感や居場所感を抱けないと彼自身不安になってしまうのだ。根っこには「彼女を救えるような俺でなければ愛される価値がない」「役に立つ人間でいなければ生きている価値がない」という彼自身自己肯定感の低さがある。

自己肯定感が低く不安の強い人間同士で相互補完的にくっつく分には問題がないように思うが、彼女の「不安です!」をすべて完璧に解消することは、神や仏の領域に達しない限り難しい。大抵はキャパオーバーとなり「付き合ってみたら彼女メンヘラだったわw」と飲み会アピールすることになる。

2…ちょ、おま、それはメンヘラホイホイじゃねー!メンヘラメーカーだ!

ストレスがあまりなく、それなりに満たされていれば、感情情緒の変化もモニターできて何か問題があっても過剰に攻撃的にならず状況を良くしていける、そんな人は男女問わずいっぱいいます

そんな人であっても、常に強いストレスさらされ、不安状態に置かれ続ければ、メンタルが不健康状態に追い込まれるのは、実感としてわかるのではないでしょうか?

例えば、

彼女からメールラインにも気まぐれにしか返事をしない

・誘うのも連絡するのも彼女からばかり

彼女肯定しない

調子の良いことはよくしゃべる割に正面向き合っての話し合いからは逃げる

・他の女の影をちらつかせる

判断決断はいつも相手任せにしいざとなったら「あなたがそう言ったんでしょ」と相手のせいにする

エトセトラエトセトラ

要するに相手不安にさせて「不安です!不安です!不安です!」攻撃を仕掛けずにはいられない状態に追い込むタイプ男性が一部いまして、そんな風に自分で仕向けておいて「好きになったとき普通だと思ったのに、付き合ってみたらメンヘラだったわw俺まじでメンヘラホイホイw」と飲み会ドヤ顔キメるのです。

なんで彼らはそんなことするのかと言ったら、結局「彼らもまた不安から」としか思えない。

常に「なんでこんなに不安にさせるの?」「なんで?」「なんで?」「なんで!?!?」と構われ続けていないと不安なのだ

相手自分に強く依存させていないと、離れて行ってしまうんじゃないか不安なのだ

ここでも1と同じように、依存のない状態での自分は愛されない、離れていってしまうという自己肯定感の低さが見える。

「俺メンヘラホイホイw」発言

自己肯定感が低くて不安から自分他人も傷つけるような未熟な人間関係しか築けません」

カミングアウトしてるのと同義なのだ

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521095125

まずは「自己肯定感が低い」なんていう小難しいしゃらくせえ言葉を自問自答しつつ分析して、「お姫様扱いされたい」とか「みんなの注目の的になりたい」みたいな具体的で泥臭い言葉に言い換えろ。

理屈で考えれば自分意見のほうが正しいはずなのに、他人否定されると、他人意見のほうが正しいように思える病です

http://anond.hatelabo.jp/20170520074509

「金がない」とか「仕事ができない」みたいな悩みならまだ内容を理解できるし、解決策の考えようもあるが、「自己肯定感が低い」なんていう漠然としたふわっとした悩みをうじうじめそめそ悲劇主人公ぶってまくしたてられれば普通イラッとするし、どうにかしてあげたいと思っても解決策なんて考えようがないだろ?

まずは「自己肯定感が低い」なんていう小難しいしゃらくせえ言葉を自問自答しつつ分析して、「お姫様扱いされたい」とか「みんなの注目の的になりたい」みたいな具体的で泥臭い言葉に言い換えろ。

2017-05-20

最近目にする「自己肯定感が低い」というワード

今はインターネットを中心に、それに該当する人間を中心に議論が行われている現状だが

このまま行けばテレビとか大手媒体で取り扱われ、いわゆる「一般人」の人口膾炙する可能性が大いにある。

略称付きで。「ジコテー」とかそんなので。

かつての「ニート」が歩んできた道だ。

無職」「プー太郎」「ヒモ」「脛かじり」などの概念統一した、あの言葉だ。

その影響は凄まじく、「引きこもり」「フリーター」果ては「非正社員」という定義が違う人間ですら「ニート」と呼ばれる始末。

そこで危惧されるのが「自己肯定感が低い人間」への差別

かくいう私も「ジコテー」な人間で、自分への評価が低いのを加味して、それでも分かる「イライラする人間」感。

「何だコイツ、うじうじしやがって」「はっきり喋れや」ということを思われてるんだろうなとおもう毎日

そんな折に「自己肯定感」なる言葉が出てきた際には、私みたいな人間は袋叩きに合うだろう。

社会人失格」「何で生きてんの?」「表に出てこないだけニートの方がよっぽどマシ」

逆に「ニート」より軽症だと思ってるからこそ、「叩けば治るテレビ」程度にしか思われないと

今度は「努力が足りない」「自己責任」などと言われるハメに。

ニート」同様に生活環境、生育環境に依る事が多いと考えている「自己肯定感

(と、私は考えている。無論自己責任の部分もあるだろうけど、多少、いや幾分、もしかしたら大分

なかなか治すのは難しい。

解決法もなく、ただただレッテルがさまよう世の中へ。

我々「ジコテー」への弾圧は、もう近い。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519030103

自己肯定感高いやつは全能感持って他人干渉したりしないぞ。

そういうのは自己肯定感低い奴が自分の低い自己肯定感を補完するためにやる行為

自己肯定感高いやつはそもそも増田になったりしないのさ。

自己肯定感が低いからこそ全能ぶって勝ち気に振る舞うやつは多いけどな

増田にいるようなクズ自己肯定感いくらいがちょうどいいけどな

こんなやつらが全能感持って他人干渉し始めたらひどいことになる

http://anond.hatelabo.jp/20170519015511

お前自己肯定感低すぎ。

それじゃ生き苦しいだろ。

心療内科行って認知行動療法受けてこい。

世の中お前が思ってるほど怖いところじゃないわ。

2017-05-16

これまで付き合ってきた人の半分以上が風俗嬢

出会い方は、お客としてだったり趣味の集まりで仲良くなったりと様々

何か、ネット上には「風俗嬢の落とし方」みたいなサイトもあるけど、付き合った身からすると、ちょっと自己肯定感が低い傾向はあったけど、普通に女の子と付き合おうと思ったときにすることをやるだけ

そもそも職業でひとくくりにするって雑すぎでしょ(料理人の落とし方、みたいなの見たことないし)

しかし、何でこういう業界で働く子に好かれがちなのかわからない

偏見持たなさそうに見られてるんだろうか

2017-05-11

メンタルがヘルシーな人

メンヘラメンヘラってカジュアルに言うけど、じゃあメンタルがヘルシーな人ってどんな人だよって思っていて。

考えたら2つあるかな、と。

ひとつは、自己肯定感を高めるために他人から搾取する以外のメソッドを確保している人。

もうひとつは、ストレスなく他人自己肯定感を高めるのに寄与できる人。

いやぁ、同人菓子折りトゥギャの人はただ単に自己肯定感が低くて自信なくした状態デフォなだけで、

怖いとかストーキングとかそういう感じじゃないだろ。コメント欄があまりにも気持ちを拾えてなさすぎる。

2017-05-09

モテたい。

というか彼女ができて欲しい。

しかし私は不細工、そして容姿や卑屈な性格・皆無な自己肯定感・並々ならぬ自己否定から溢れ出る不審者感のお陰で友達も少なく、そんな友達にもモテたいと言うことができない典型的ダメ人間だ。

もちろん就活にもこの不審者感は多大に影響しており、未だにES面接以降なにも進まない状態である

こんな人として劣った人間に、好かれる方・法人に多大な迷惑がかかるのでそろそろ自殺でもしようと考えている最中である

そんな私でも誰かに愛されたいとか思ったのである

以上です。

結婚できないのか、したくないのか

この問いに、自らの答えは両方ともイエスである

結婚できない理由として、

自分ひとりの面倒すら十分に見れない(家事生活能力が低い)

いっしょにいたいと思う人がいない(そもそも出会いの場がない)

職業柄、仕事に割くリソースを減らせない(アカデミア研究者です)

結婚したくない理由として、

女性経験がないというハードルを乗り越えるモチベーションがない(童貞コンプレックス

子どもがほしくない(うつ発達障害気味な自分遺伝子を残したくない)

家庭に対してのマイナスイメージしかない(機能不全家庭で育った)

などが挙げられる。

しかしながら30代前半という年齢もあり、周囲は結婚したり子どもができたり、という人がほとんどである

少なくとも現時点では「結婚」など到底無理な課題である自覚しているものの、そういう姿を目の当たりにすると激しく自己肯定感を奪われる。

ふつう企業サラリーマンなら、おそらくもっと猛烈な勢いで世間体という波に飲まれしまうことだろう。

正直に言えば、アカデミア研究者という道も自ら積極的選択したわけではなく、流れ着いた行き先である

果たして、35から40歳となったとき、それでも自分はこれで問題ないと言い切れるだろうか。

とりあえず風俗にでもいってきたほうがいいのだろうか。

2017-04-25

http://blog.tinect.jp/?p=39124

給料が安いから、評価されないから」と言って仕事で手を抜くと、あとで困ったことになる。

3月のライオンに出てくる高橋君の「逃げなかった記憶」の話を思い出す。

逃げなかった記憶は自信、自己肯定感に結びつくというのは確かにあると思う。

はいえ適切に評価してもらえることが前提でもあって。

努力しても評価されない経験ばかり積み重ねたものが、現代蔓延慢性的学習性無力感なのだろう。

誰しも、はじめから怠けたくて怠けるわけではないのだ。

がんばっても手を抜いても大して変わらないということを学んでしまうだけなのだ

という言い訳をこんな時間にこんな場所に書いている自分から目をそむけながら。

2017-04-23

4〜6月まれ自己肯定感の高い奴が多くて、2〜3月まれネガティブな奴が多い気がする。

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170422041028

俺、氷河期世代だけどさ、

増田がウダウダしてて上手く行ってない理由がなんか分かるわ。

少なくても俺がほしいのはそういうんじゃないんだよ。俺は「誇り」が欲しいんだよ。

ちゃんと周りから頼られてこれからも頑張れば次があるんだって思える仕事がしたい。まっとうな自己肯定感がほしい。

チャンスがほしいんだ。ちゃんと何年か努力したら親や周りにも堂々と説明できる仕事につけるチャンスがほしいんだよ。

何もしないで生活保護で生きながらえるだけの人生なんて嫌だ。ちゃんと自分を誇りに思える仕事がしたいんだよ。

上手くやってる氷河期世代の奴らはこういう事を言わない。

「どんな仕事でもやってりゃそのうちそれなりに誇りや自己肯定感を持てるようになる」という考え方か、

もしくはそもそも仕事に誇りや自己肯定感なんか求めない生き方をしている。

努力必要なのはわかってる。でも何をどう努力したらいいのかわからない。

仕事に誇りを求めるのをやめるのが手っ取り早い。

仕事以外のことで誇りや自己肯定感を養え。

努力仕事以外でしろ

俺ら就職氷河期世代ってもう忘れ去られたのかな (追記あり

最近はてぶ見てても就職氷河期を扱ったネタほとんど見なくなった。たまに見かけるとしたら俺らより若い世代就職関連の記事ブコメ就職氷河期世代恨み節とか、切り込み隊長とかが書いてる高齢者介護ネタで「あと10年、20年もしたら非正規就職氷河期も加わるぞー!!もう日本は終わりだー!!」なんてネタだけ。もう就職氷河期世代をどうやって安定させた仕事につかせるかみたいな話はめっきり見なくなった。

さじ投げられちゃったんだろうね、俺たち。政府のおエラさんにも学者さんにもブロガーさんにも。いろいろ議論して考えたけど、こいつらを救済する妙案も資金もないわって。この前若い頃に見た「トレインスポッティング」って映画の続編がやってたから見たんだけど、若い頃にまともな職につかずドラッグばっかやってた連中が40代になっても相変わらずまともな職つけずにプラプラダラダラしてるって話だった。なんだドラッグしてないだけ俺らのほうがマシだけど、日本以外にも俺らみたいな救いようのない連中っているんだ。世界ってこういうもんなんだな。

たまにブコメ就職氷河期世代っぽい人らが「俺らが就職氷河期非正規しか仕事できなかったのは政府財界が原因。だからあいつらは俺らの生活の世話するのは当然の義務だ!みたいに盛り上がっている人いるじゃん?気持ちはすげーわかるんだけど、少なくても俺がほしいのはそういうんじゃないんだよ。俺は「誇り」が欲しいんだよ。今更同世代でうまく正社員になって高給もらってる連中並の収入キャリアが欲しいとはいわないよ。でもパート派遣みたくすぐに代用が聞くような仕事じゃなくて、ちゃんと周りから頼られてこれからも頑張れば次があるんだって思える仕事がしたい。まっとうな自己肯定感がほしい。それだけなんだよ。たぶんそれが難しいんだろうけどさ。

努力必要なのはわかってる。でも何をどう努力したらいいのかわからない。今思えば学生時代は楽だったよな。ちゃんとテスト範囲が決めれれて、範囲内の勉強さえしてれば結果が出せたんだから中途半端資格をいくつ取ったって正社員になれないのはわかってるよ。でも他にどうしろっていうんだ?正社員仕事の条件が「関連業界正社員勤務経験3年」とかが必衰になっている。正社員経験のない奴はどうやってこれパスすんだよ?

きっと仕事できる奴からしたら「努力の方向が間違ってる」とか「一から十まで道筋さないと何もできないやつなんて使えない」なんて思われているんだろうな。でも本当に何をしたらいいかからないんだ。甘えだって笑ってもいいからせめて「○○と○○と○○の資格があったら3ヶ月契約社員。無事にパスしたら正社員」みたいな道筋をくれよ。

まぁ企業からしたらそんな面倒な手順を用意して覚えの悪い中年を雇うより若い新卒雇ったほうが効率的なんだろうな。

海外だったら俺らみたいな中年失業者でも団結してデモ行進して堂々と政府文句いっているぞとか聞くけど、俺はそんなのしたくないんだ。チャンスがほしいんだ。ちゃんと何年か努力したら親や周りにも堂々と説明できる仕事につけるチャンスがほしいんだよ。

何もしないで生活保護で生きながらえるだけの人生なんて嫌だ。ちゃんと自分を誇りに思える仕事がしたいんだよ。


追記:どうせ「甘え」だの「自己責任」だと叩かれるだろうと思ってたかブコメの内容も予想範囲内だったわ。「なんで連帯してデモないの?」っていうけど、デモしたらしたで今度は「デモやってる暇あればスキル磨いて仕事探せよ」「そんな甘えだからまともな仕事に就けないんだよ」って手のひら返して叩かれるの確実なのに何言ってんだ感。それにちょっと前に安保改正反対でそれこそ国会前に10万人単位デモが行われても(デモの内容に賛成かどうかは別として)デモ主催者の連中が散々叩かれただけで結局何も変わらなかった。あの惨状を見たあとで俺ら就職氷河期世代が集まってデモして何が変わるんだよ。

あと看護仕事すすめてくれた人。ごめん、もう経験済みなんだ。30代前半に資格とって何年かがんばってみたけど、じいさんばあさんの体を支えてたりして腰をヘルニアで傷めちゃってね。今もだましだまし生活してるけどもう腰に負担のかかる仕事はできないんだ。

俺の過去の経歴を馬鹿正直に書く気もおきない。俺だって「あの時こうしていれば」って思う経験はいくらでもある。それに毎回「それが原因だろ」だの「やっぱ自己責任じゃん」とか言われて対応するのにも疲れたし、そもそもこういう捻くれたニヒリズムっぽい対応で「だからまともな仕事に就けないんだよ」ってなるし、叩く奴は何言っても叩くからもう面倒くさすぎるんだよ。

それでもこうやって声をあげたのは、誰かが定期的に就職氷河期のことを書いていかないと本当に忘れられるんじゃないかって思ったからだよ。介護やら保育所やらベビーカー問題やら共謀罪やら他の問題クローズアップされて、むしろどんどんひどくなる一方なのに俺らの問題がどんどん優先度が低くなっているのが日に日に伝わってくる。

世代で他の連中はちゃんと活躍してるのに俺だけこんな境遇だったら「自己責任」って言われてもぐうの音もでないけど、俺と同じように泥水すすって苦しんでいる連中が数十万人単位でいるのにそれ全部「甘え」「自己責任」で片付けるとか安易すぎだろ。

俺と同じ世代必死に生きてる連中のコメ本当にうれしかったよ。ありがとう。俺もこんな愚痴ばっかだけど、それでも安楽死したいとかは思ってない。なんとかささやか幸せ見つけて、それを糧にこれからもがんばろうぜ。

2017-04-15

恋愛離れの原因は長時間労働だよなぁ

女性が男に対してときめきを感じるのって「清潔感」と「余裕ある態度」なんだが、

長時間労働をしつつこれらを保つのがすごく難しい

気を遣うのに割く一定時間が得られないので清潔感を無くしていくし(清潔ではあるが清潔感は無い)

普段仕事で齷齪したりして心の余裕を無くし、会社評価で心折られていって自己肯定感は低くなり、余裕ある態度を無くしていく

こういうと「お前が甘えてるだけ。長時間労働しつつ恋愛してる人なんていくらでもいる」とか

マチズモ人間がわらわら沸いてくるから恋愛弱者は生きづらい…

2017-04-06

自分自己肯定感が低い理由の一部がわかった

お花見でもして浮かれているんじゃないの?」と母親留守電メッセージを入れていた。

物凄く腹が立ったが、冷静に考えて納得したことがある。

こういう性格の親に育てられたら、そりゃあ自己肯定感なんて持てる筈がないという事に気付いたのだ。

統合失調を患い入院してた母が、病棟から電話を掛ける様になってきた。

入院当初は文法もまともじゃなく、四六時中幻聴に取りつかれていたようだが、

最近は薬の効果があるらしく、比較的会話が成立するようになってきた様だった。

しかし相変わらず病識はなく、会話の中で彼女の敵が現れ、悪い事をされている妄想がたまに出る様だが、

数年前の最低限の社会生活ができていた頃の状態にまでは戻っている様な印象を持った。

先日「春物の服が無いから持って来てくれ」という要求があった。

多少の回復を喜びつつも、男の見立て申し訳ないが、女性用の服やら、見舞いの品を持って行った。

見舞いの際は服も差し入れもとても喜んでくれ、会話も比較的まともになりつつあり、それなりに喜ばしい時間を過ごして戻ってきた。

医師ケースワーカーさんとも話したが、やはり今後も病識をもってもらう事は難しそうという見解だった。

しかし、入院時の完全なる狂気状態は脱している様で、これからどうするか、という事も徐々に考え行きましょう。

という事でその日は帰った。

そして今日留守電に入っていたのが、冒頭の言葉だ。

なんでも持って行ったパンツやらスカートサイズが合わない、気に食わないという不満の表明と文句が延々と入っていた。

そして最後に「お前は、花見でもして浮かれてるんじゃなの?」だからからまともな服を買ってくることもできないんだろ、

という趣旨の吐き捨てる様な言葉が入っていたのだ。

私は彼女妄想の中で花見でもしていたのだろうか?

先日は花見話題は全くしていなかったのだが。

自分意図に沿わない服を届けられただけで、その相手に対し「花見でもして浮かれてるんじゃないの?」と言い放つ。

病気の症状が軽減されて現れたのは、かつて自分が嫌った親の姿だった。

ああそうか、そうだった、こういう人だった。

こちらの苦労や意図など全く無視して、自分の都合でしか物事を考えず、自分が常に正しいと考え、

自分省みる事がないから、周囲の人間を傷つけ、呆れられ、孤立する。

元来の性格狂気を呼んだのだなと改めて思わされた。

何かをやろうとしても、母の意図に沿わないと否定され、激高し、ののしられる。

そのようにののしられて育った記憶がよみがえり心がざわついて仕方がない。

そんな親に育てられた子どもの頃の自分は、きっとけっこうかわいそうな部類だったのだろう。

でもだからこそ、今、自分を認めてくれる人を大事にしようと思うし、

自分必要以上に否定する必要もない事に改めて気付く事ができた。

母との溝は絶対に埋まることはないだろう事を改めて予感しながら

退院後、どう接して行けば良いかを考えて行こうと思う。

スカートやらパンツは改めて郵送でもしてやろう。

2017-04-05

結局なんだかんだ言いつつも自分も周囲も完璧超人を求めてる

自分を売り込むことにおこがましさを感じる

http://anond.hatelabo.jp/20170404192727

こういうのにありがちな結論で、自己肯定感が低いとか、完璧主義から力を抜けとかいうところに落ち着くんだけど、本当に残酷だと思う。

仮に自己肯定感が強くて、自信に満ち溢れている人がなにか間違いを犯したとして、それを自己肯定感の強さゆえに認めなかったら、それはそれで叩かれる。

当たり前のことではあるが、必要とき必要なだけ自分への自信が求められて、必要とき必要なだけ自分省みることが求められる。

良くいえば、重要なのはバランス感覚ってことになるんだけど、悪くいえば、つまりそれはあらゆる状況に即した完璧中庸が常に求められるということでもある。

スピリチュアルな感じでいうならば、ありのままを見つめて、善悪判断せずに事実だけをそのまま受け取れ、ってことでしょ。

完璧主義っていうと、100点しかありえないみたいな極端思考のことを言うと思うんだけど、俺からしたら「要はバランス」的な答えこ完璧主義理想主義極致だと思う。

そんなこと誰だって分かってるだろうし、そうできるのが理想なことぐらい言われるまでもないが、本当にそんなことできてたらとっくに世の中全員仏陀だよ。

バランス中庸を、自分と周囲の内外二つから圧力によって求められるって、これほど息苦しいことはない。

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