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はてなキーワード: デフォルメとは

2017-03-27

LDD(Libido Driven Drowing)で絵を練習し始めて半年くらいがたった

デフォルメ―ションのオリジナリティこそが萌えイラストにおけるオリジナリティであり、安易人真似をしていたら自分の画風を見失うのではないかということで、

基本的にはグラビアの模写や絵の中でグラビアを脱がしたりしていた。

しかし一向に萌え絵がかけるようになる気配がない。どちらかと言うとまだ劇画に近い。

というわけで独自理論ワナビーによくあることだが、考えを改めイラストグラビアなんでもござれで模写をすることにした。

もちろん肩や肋へそ下半身のざっくり桃感がそれぞれのモデルイラストでどうデフォルメされているかを考えながら描いていた。

それでも渋に上げて何かが起きるわけでもない様なレベルの絵(ってかペンタブ持ってねえ)ばっかりの日々であった。

そんなある日、ムラっ気が最大限に達した時、オリジナル娘を脅迫して脱衣させていくというプロットに頭がジャックされてしまって無心に描いた。

コマ割り付きのマンガらしきものである。人様のコピーの寄せ集めでもいつか形になる日が来る。

自分で考えたストーリーがあって悔しさに感情移入して行ったオナニーはここ最近最近のものであった。

「目トレ意味ない。」「30秒クロッキー意味ない。」「解剖図敷居が高い」色々あるけれど、自分がほしいと思うのとにた構図のものを書きまくってれば、

いわゆるボックスを並べて相対位置把握とかしなくてもこういう構図はこういう線でしょみたいなのが出来てくる。

そうなれば絵のクオリティはともかく速筆になれる。

それで速筆になってから正統派美大とかでやってそうな教則本に従ってやっていったらいいのではないのだろうか。

P.S.

グラビアと渋絵見比べて思ったのだけれども渋では脂肪重力に従わない。特に騎乗位にその傾向が大きい。

2017-03-26

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 45話

やる気のないコマ割は、まあ今に始まったことではないから置いといて。

今回の見所はやはり後半の展開。

まあ正直、今回の第一印象は「ウダウダやっといて最終的に“これ”って、どうなんだろう」って感じだけど。

アグニは頭では理解しているつもりだったが、復讐心は燻っているってことなんだろう。

43話の感想で、「何かしら演じている人物は間違いをしているってことを示している」みたいなことを私は考察したけれども、アグニ演者として脱却した結果の行動が今回のだとするならば、一概にそうでもなさそうだなあ。

アグニの心の中にいる妹が言うには、ドマは演技をしているってことらしいので、その演者断罪するという意味解釈することもできなくはないけれども。

はいっても、妹との対話シーンは実質アグニの自問自答みたいなものなので、これはアグニ自身がそう思っているってことだから、そこまで信頼性に足るものではないが。

やっぱり本作のテーマは「演技」が主体で、善悪は抜きにしても「演じ続ける」か「そこから脱却するか」といったことを中心に語っていくんだろうかね~。



僕のヒーローアカデミア すまっしゅ!! No.68!!

本編でやるとセキュリティがザルすぎるってなるので、スピンオフギャグマンガならではのシチュだよね。

黒霧のコスプレは相変わらず笑わせに来ているが、もうこの漫画での扱いの方向性が定まった感があるなあ。

死柄木がオールマイトやデクの言葉イライラしたり、逆に爆豪の言動に満面の笑みをしたりするのとかは、死柄木の特徴を上手くデフォルメしているなあと思った。



オニマダラ 25話

ありゃ、終わったか

最後主人公セリフ脱力感が凄まじい。

総括としては、最初から最後まで大味な漫画だったなあ。

まあ、何がダメかっていうと行き当たりばったりな展開、演出だと思う。

そして、それがほぼワンパターンなんだから読者は飽きるに決まっている。

「ここで、このキャラを無残に殺す」だとか「登場人物が突飛な言動をする」などといった展開はここぞという時にだけやるから意外性があるのであって、それを毎回やればウンザリするだけだよね。



俺を好きなのはお前だけかよ 3話

主人公役割がしっかり物語への理解を助けて、漫画面白さにも起因しているところは評価したいところ。

やり取りもところどころラブコメ典型踏襲しつつも、あくまでそれを茶化している漫画だということを思い知らせる主人公独白や、素っ頓狂なネタが合間に挟まれるのも本作の個性が出ていると思う。

それにしても今回でタイトル回収きたかあ。

友人とヒロイン二人の仲を取り持つコメディ寄りのラブコメというだけでもプロットとしては魅力的なのに、そこに更にエッセンスを加えて、話がどう展開するか分からなくなってきたなあ。

気持ちとしてはこの「どう展開するか分からない」というのはワクワク感の方が強いけど、話の運び方次第ではテーマが定まらないことにもなるし、現状そこらへんは個人的に警戒気味。

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである


しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。




1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。



村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。



ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。



しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!



これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。




2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。




3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。




4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。




5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。




さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから





……


………


…………



……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。






6.特殊性


それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-07

ドラえもん日本誕生映画こないだやってたけど、キャラデかわってサニーちゃんみてーな寸胴足じゃなくなったんだな

エロさが増してしまっていたよフヒヒ

あと当たり前だけど天下のドラえもん劇場版だけあって乱れなく動きまくって深夜アニメクオリティに慣れてると驚かされたわ

けれんみのない丁寧なすごさ

具体的にいうと最初らへんでしずかちゃんスカートが風にはためく数秒のシーンがあったんだけど、たった数秒なのにスカートのはためきが2パターンあってマジかよと絶句したくらい

よく作画話題になるつんのめりながら走る動きも、あのデフォルメされた絵柄できっちり表現されててすげえってなった

やっぱり何十年も続いてる国民アニメ一過性ブームにすぎない深夜アニメとは比べるもんじゃねーな

あと思ったのは声優交代の先見性

今みると、ドラえもんとのびたの関係が、溶解ウォッチとかのそれに似てる幹事がして、保護者立場から相棒友達ポジへの転換ってのは時代先取りだったきがしてる

ようかいうぉっちみてねーからケータがのびただとはいわんけど

たまよの声がかわってたのが違和感あったなあ

じゃいあんのままはあんまりかわってないかんじした

「おれはかーちゃんのどれいじゃないっつーの!」っていう命台詞もきけてうれしかった

それに対する返しが「どれいくらいはたらいてからいいな!!」てこれまら納得してすげえと思った

何がいいたいかっていうと新ドラに抵抗感あったけど割りと面白そうだったよという

(まだ日本誕生全部みてない)

2017-03-01

けものフレンズが辛かった

なんか木の上に耳が四個ある生き物が現れる、デフォルメが極端な上にのっぺりとした顔が不気味だがきっと「カワイイ」を表現しているのだろう

主人公なのか、人間らしいキャラクターが現れる

四耳が移動する、強張ったような妙な動きが気になる

二人が曖昧な会話をする、セリフ棒読み

二人が移動する

二人が移動する

二人が移動する

何か青い物体が現れる、四耳が軽く叩くと消える

このあたりで何も起こらないことに耐えられず中断する

深夜アニメはいくつもあるし、TV番組以外にもソシャゲSNSニュースサイト消費者(あるいは視聴者利用者)の目玉の取り合いになってるこのご時世に、最初の数分で「これは面白そうだ」と思わせないと見てもらえないと思うのだけど、大丈夫なのかと心配になる

もちろんヒットしたそうなので杞憂なのだろうけど

そう言えばガールズアンドパンツァーもそうだった、キャラクター達が辛気臭くボソボソとしゃべっているだけで、いつまでたって戦車が出てこないので挫折した

けいおん話題になってから見たけど、キャラクター達が雑談しているだけで何も起こらなかった

何も起こらなくてもヒットするのか

2017-02-27

けものフレンズを見ると知能が下がるとか言われてるけど

あのフレンズたちの素直さって、動物の持つ(人間から見た)素直さみたいなものある意味擬人化してるわけでしょ?

フレンズの外見を擬人化してるだけでなく、性格においても動物の持つリアクションの素直さをデフォルメして、擬人化されたフレンズが素直に驚いたり感動したりする様子に落とし込んでいる感じ。

カワウソが川で何度も楽しそうに滑り台で滑っているのもそういった動物の素直さのワンシーンを擬人化したものであり、それは内面的なものもつながる。

まりフレンズたちの素直さは、動物リアクション人間風にデフォルメして表現しているから生み出されるものであり、なんか元々擬人化されているものに対して、「人間動物の間にある知能の差」みたいなもので語るのは違和感がある。

知能が下がるというよりは、「犬や猫になりたい」みたいなのに近いと思った。

2017-02-17

これは藁人形論法ではない

http://anond.hatelabo.jp/20170217143233

正しくない見解スターを集めてしまっているのでちょっとだけ書く

id:ChieOsanai 増田 既に「わら人形論法」という名前がついてる

http://b.hatena.ne.jp/ChieOsanai/20170217#bookmark-322552840

藁人形論法については ストローマン - Wikipedia を参照して欲しい。

元増田問題にしているのは「口調のデフォルメである

藁人形論法は「間違った敷衍」や「一部分の切り出し」により第三者から見て「論理的に」おかしいことを言っていると思わせる事による誤った批判方法なのであるが(ただし藁人形論法は悪意がなくても単純に推論を間違えることによって行ってしまうことがある)、元増田問題としているのは「感情レイヤー」での判断により論理的推論飛ばして主張が間違っていると思わせるための「印象操作」を行うことが卑劣であるということである

たとえば子供がたどたどしく突飛ではあるが正しいことを言っているという状況に出会った時、純粋論理的判断をするのならば正しいこととして受け止めるべきであるが、多くの人は「子供が突飛な(間違った)ことを言っている」として真面目に取り合わない。

そういう大衆性質を利用して論理内容は変えず口調だけ変えて馬鹿にする方法が今回問題となっている批判方法 --というよりは罵倒方法である

めんどくさいので飛ばすと小泉純一郎支持率が彼の見た目に支えられていたのかもしれないという主張や植民地支配於いてまず母国語を使えないようにするという話が示唆するように多くの人が「外見」や「ちゃんと喋れるか否か」という論理の外側にあることを規準に自らや他人の知能を測る傾向にあるのだろうということとも関係あるはなしである

私自身の経験としては大学院生時代ビジターポスドク出会ったばかりの時たどたどしい日本語で喋ろうとするので第一印象としてそんなに知的だと思っていなかったのだけど実際専門的な議論をしてみると学生ポスドクの差はもちろんポスドクの中でもできる方に感じられたという事があった。

端的には

id:morobitokozou 増田 「大嫌い」「スゲー嫌い」「かなり嫌い」「嫌い」「嫌悪感を感じる」/ このかたはガキ扱いされても仕方ないのでは・・・

http://b.hatena.ne.jp/morobitokozou/20170217#bookmark-322552840

みたいに語彙などの表層的な部分を見て他人馬鹿にするのと同様の愚行を行ってしまっていたということである

指摘している私ですら過去経験があるのだし、植民地支配における言語政策の例からもわかるように「ちゃんと喋れているかいなか」で語り手の知的レベル判断してしまう傾向はおそらく実際に我々にあり、その性質悪用した卑劣罵倒や混ぜっ返しが元増田が憤っている対象である

個人的にもこのようなやり方は心の底から軽蔑するし、22世紀には恥ずべきものであると広く認識されていてほしいなと思う。

2017-02-04

おいわけえの、気に入ったぜ

おいわけえの、おめえ生意気だが気に入ったぜ。こいつを使いな(大金武器)、というありえない心象風景

主人公が今時珍しい心意気をもっている、という理由がその後語られたり。

現実的に考えれば部下や女の手前頭領としてみっともないふるまいはできない、というメンツ問題で太っ腹を見せるという辺りが現実的か。

その場合メンツリスクヘッジなのか。ヤクザのような縦社会ならリスクヘッジかも知れないが。



いやまあ、どうでもいい。なにしろ問題解決として安易な回収パターンには違いない。

問題となる何かが足りないから大親分のところに単身で乗り込むのだけど、そこで都合良く気に入られてすべて解決するという。

あのパターンで気に入られない大親分を揺すってアイテムゲットするパターンとか、自分の知る限りでは見たことがない。あるのかな。

親分キーになってるのに延々と相手にされず、主人公ルサンチマン化してくるとか。誰も読みたくないなそんなの。

親分他国物価の話をして商取引物々交換するとか。これも話としては熱くないよね。それじゃ単なるセールスマンだしね。



結局大親分だの大社長という大きな器をもった人物、という前提から「端々に大物としての態度は現れますよ」

ということなのだけど、そもそもそいういう大親分気質デフォルメ化されて伝播したせいで今のようになってる。

親分という形だけ残されて大親分空洞化しているという。貯金箱みたいなやつだな。ある意味萌え絵に近い文法

2017-02-01

巨顔の美女欲情する性癖について詳しく追記 その3

巨顔の美女欲情する性癖について詳しく追記 その2

http://anond.hatelabo.jp/20170131143119

より続きます

デフォルメキャラフィギュアは?

id:underd

ねんどろいどがピッタリだと思うんだけどマンガアニメには興味ないのかな?

id:blueboy

ねんどろいど  http://j.mp/2jvsIaw

等身がおかしアニメフィギュア欲情する人も、間違いなくいると思うんだよ。でもって、その総数はあちらさんのほうが圧倒的に多いから、こうして大きなマーケットが成立している。「ねんどろいど」の二番煎じみたいなフィギュアに「にぱいしん」というがあって、あれはちょっと気にはなった。この体型を実写でやったら相当すごいことになると思うが、そんな気の狂ったものを世に出そうという人はたぶんいないだろう。旬のグラドルとか、どんどん積極的に実写デフォルメしてほしいのだが。

id:kensetu

ブライスドール……は人間に似てないから違うか……

ブライスはただの人形なのでNGだが、このブライスドールを模したと思われる実写の広告大好物だ。代表的なのがSteve Maddenという靴のブランド広告シリーズ。ただ、顔面まで加工されているとやや萎えるので、なるべく顔面自然のままなのがいい。

参考:Steve Maddenの広告

http://i.imgur.com/mEc9fjW.jpg


末端肥大というご指摘

id:rekp

末端肥大デフォルメのいち要素ではある

これは鋭い指摘。例えばこれをご覧いただきたい。

参考:

http://i.imgur.com/4LxTIBL.jpg

Steve Maddenの広告がそうだったように、Rubberballというストックフォト(金を払えばポスター広告転用できる写真素材)の業者も実写の末端肥大デフォルメをやっている。末端肥大という用語は今回初めて知ったが、これなどはその最たるものだと思う。この「Photo Caricature」シリーズには一時期相当ハマっていた。やっぱり野郎とか、子供とか、おばちゃんとかは排除して、やっぱり美女だけを見る。若い女性でも不細工だとすごく萎える。

その4に続く・・・

ところなんですが、字数制限マークされてしまったのか新しい記事投稿できなくなりましたので、もうしばらくお待ちください。


お待たせしました。

http://anond.hatelabo.jp/20170202163828

2017-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20170115134910

女性性的に都合よくデフォルメしたものを見せつけられるだけで多くの女性不快に感じますし、

そのような表現蔓延することは、社会的女性をモノとして扱う事を助長し、容認しているのと変わりません。

当然その手のものを愛好する人達女性人権侵害片棒を担ぎ、支持しているのですから批判されて当然です。

2017-01-14

[]映画シン・ゴジラ

今日地元最終上映ってことだったか滑り込みで見た

初見

面白くなくはなかったけど、正直そこまでのものでもなかったなあと思った

・すげーセリフ多いな

・何回もNG出たのかな

・それともみんなプロからそんなに出なかったのかな

・でも同じ場面をいろんな角度からいっぱいとったってのはインタビューでみたな

・それにしてもなんかみんな演技下手だなあ

石原さとみどころかそれ以外は日本語レベルの演技が下手じゃん

一般人の声は一般人からしょうがないけどあまりにも棒すぎてひどかった

プロでもセリフが聞き取れない部分がたくさんあった

ゴジラCG臭がすごかった

東京ぶっこわしていくところ見てると、「ああこれは庵野が、中二病でよくある『今教室テロリストが急に入ってきたらどうするかな』っていう妄想ゴジラでやってるんだな」という感じがした

・第二から第三になるところがめっちゃ巨神兵の歯?口?っぽくて、これは庵野なりのナウシカなのかもと思った

放射線吐くところでも巨神兵っぽいなと思った

・第二形態?まんまるの目が出て来る形態。あれ最初生理的キモいと思ったけど、しばらく見てたら逆にかわいく見えてきた

・2時間あっという間だった

最後在来線爆弾ワロタwwCG臭ひどかった

・なんとなくドラマ電車男OPアニメ思い出した

ゴジラ自衛隊のしょぼいように見えちゃう攻撃があたってるシーン、ガリバー旅行記彷彿とさせた

人間が蚊に刺されるような感じだったんだろうなあ

・初代ゴジラを数ヶ月前に見た後だと、ゴジラがせめてきた後の瓦礫現場検証的なとことか、戦車とか、ほほうオマージュしてるなあと面白く感じることができた

ラストあれなんだったのかよーわからんかった

人間オブジェみたいになってるやつ

最後のあの演説若者にむけてのメッセージでもあるのかなあとか陳腐感想持った

・それにしても2時間の尺ぎりぎりだったなあ

・そりゃ恋愛要素とか入れる余地ねーわw

映画終わった後物販にガチャガチャがあってシンゴジラのもあったけど、第一~4形態ガチャじゃなくて昭和ゴジラ平成ゴジラ、今回のゴジラの3パターンフィギュアで、びみょーと思ってしまった

・もういっこあったシンゴジラのがちゃはデフォルメしたキーホルダーだったし

2017-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20170106141604

アイドルエロスを求める時代はとっくに終わってるんだよ。

少なくとも表面上は。

アイドルは「カワイイカルチャーであって、そこに人格グループが描いた物語に対するリスペクトが混じり合って、

ファンアイドルを崇拝する。アイドル(偶像)というものの正しい形だと思うよ。

少なくとも昭和ギラギラした愛欲の窓口としてのアイドルストーカーがでちゃいそうなアイドルよりは。

から今時のアイドルは、ふつうに同性ファン結構な数いたりするし、

二次元イラストにしても過度に性的な(下品な)描き方は避けられる。

エロネタとして昇華され、デフォルメされた形で消化されるわけ。

ちなみにそういった意味で、より抽象化された存在である二次元アイドルの方が三次元アイドルより先進的だと思うけど

そのへんを言い出すと怒る人がいるのでこのへんにしておく。

2016-12-19

海外ドラマ俳優って、そんなに演技うまいのか?

日本ドラマはつまらん、役者がクソほど下手で見てられない、その点、海外役者レベルも高くてすばらしい、だから海外ドラマばっかり見ている・・・という知人がいる。

なんか、日本役者レベルテレビ局映画会社レベル視聴者レベルも低いかダメ、らしい。

自分あんまり海外ドラマ見ないほうで、日本ドラマも、まあ、たしかに酷いのもあるけど、最近で言えば真田丸をみて「役者が下手」とは思わなかったし、そこそこ話題ドラマとか映画は見るほうなのだが、そんなのは「低レベルエンタメで満足している人」に思えるらしく、なんだか見下している風でもある。




で、話を聞いているうちに気づいたのだが、ヤツは、海外ドラマを「吹き替え」で見ているらしい。

そりゃそうだ。ヤツがそんなに英語が得意だという話は聞いたことがない。とてもドラマをそのまま理解できるヒアリング力があるとは思えない。



いや、ちょっとまてよ。

すると、ヤツのいう「海外役者レベル」って、そのかなりの部分は、「日本声優レベルの高さ」なんじゃないの?

台詞回しとか、しゃべる間とか、全部、日本人日本語でやってるんだよね?

演技力って、そういうのもかなりの割合が占めてると思うんだけど。



あの、洋画とかドラマとかの吹き替えの、独特のしゃべりは、単体で取り出すとかなり不自然だと思う。

あんないい声で滑舌よく、こじゃれた言いまわしで話す日本人は、すくなくとも自分の周りにはいない。

あれが不自然でないのは、「外国人吹き替え」というフィクションを前提として受け入れているからだ。



友近が一時期、「ビバリーヒルズ青春白書」だかの「キャサリン」というキャラクターギャグとしてやっていたが、あれがギャグとして面白いのは、「海外ドラマ以外の世界あんなヤツはいない」からだろう。

しゃべり方だけじゃなくて、表情とか動きとかも、デフォルメしてギャグにしていたけれど、やはり、一般的日本人と比べると、いろいろ異質なのだと思う。


日本人欧米人だと(欧米人ってひとくくりにするのも違うのだろうが)、感情表現の仕方とか、ちょっとしたしぐさとか、やはりいろいろ違うのだと思う。

ちょっと前の話だが、朝ドラの「マッサン」でエリー役を見ていたら、日本俳優さんとは違う感じの演技で泉ピン子にいびられていて、なんか面白かった。

彼女は多分、すごくうまい女優さんなんだろうと思ったけれど、あれが果たして外国人がみて「リアル」だったのかどうかは良くわからん

自分は、そこまで海外生活経験とかあるわけでもないので、外国人の演技が外国人として「リアル」なのかどうか、それほど自信をもって判別できないのだ。

だけど、日本人普通の日本人を演じていれば、すぐに「そんなヤツいねえよ」「それは不自然だよ」ってのがわかる。


結局、「海外に比べて、日本俳優って下手だよね!」って言ってる人の大半が、「海外俳優が本当にうまいかどうかはわかってないけど、日本人だとそれがすぐわかるので、結局日本人のヘタだけが目につく」だけじゃないか、と疑っている。

2016-12-17

http://anond.hatelabo.jp/20161217151106

駄目なオープンワールドってオープンワールドにしたかったんじゃなくて気づいたらオープンワールドもどきになったゲームだと思うわ。

グラフィックが向上してデフォルメが減っているのに昔と同じ感覚ゲームを作ると間延びするってことを開発者理解してないパターン

2016-12-11

ユーリ!!! on ICE』の導入部を上手く消化できない。

漫画小説の貸し借りを良くする友人は、先日増田宅に借りた本を返しに立ち寄った際に、世間話の流れで『ユーリ!!! on ICE』をこう評した。

舞踏会にも出ずに実家モラトリアム期に浸りながらくるくる回ってるシンデレラの噂をなぜか王子様が聞きつけ、城を抜け出し実家に乗り込んでくる話」と。

特別上手い例えとも思わなかったけれど、その友人のちょっとした皮肉を込めた物言いと、その皮肉込みでアニメ本編を楽しんでそうないたずらっぽい微笑が

趣味事では流行りを押さえつつもゴーイングマイウェイな友人らしくて可愛かった。



友人が皮肉った、主人公・勇利のスケートプログラム完コピ動画を見てコピられた側である王子様・ヴィクトルロシアからいきなり日本に乗り込んでくる場面は

パンチと勢いがあって私は皮肉を込めることな純粋に好きだ。フィクションとして好きなオーバーさ加減。



しろ私が引っかかったのは勇利が身の振り方に答えを出すまでの猶予期間がほしくて帰った故郷長谷津を、そのまま競技活動拠点にして物語が進むこと。

故郷に戻る展開自体は、スポーツ物の作品ではよくある話だし、等身大ヒーロー物やこじゃれた恋愛物でも見かける。

けれど大抵の作品物語の後半、1クールアニメなら9話か10話に持ってくる。

そこでお母さんの小言と手料理を懐かしんだり、逆に頑固オヤジの気の利いたことも言わずにずっと背中向けている姿に適当に触発されたりして、

最終的には皆戻る。どこかへだったり誰かの元へだったり、故郷から離れた別の大事場所へ。



ところが『ユーリ!!!』はこの展開がまさか1話しかもどこへも戻らない。態度保留でぬるっと帰った故郷でそのまま物語がぬるっと動き出す。



家族地元の恩師・幼馴染が、ロシアから来たヴィクトルに聞かせる体で、主人公・勇利がどういう子だったか長谷津がどういう競技環境だったか

視聴者に向けて舞台設定を説明しているし、後の5話で勇利が「故郷に対する微妙気持ち」もまた愛だと語る場面があるので、主人公故郷関係は一応それで納得することもできる。

けれどやはり主人公と憧れの人との出会いドラマチックに描いた分、消極的に選んだ地で、という場所と人のバランスの悪さを感じる。そこが消化できずにいる。

勇利とヴィクトル、2人の出会いエネルギー物語の進行を頼りすぎてはいいかと感じる。

終始デフォルメ調のキャラクターデザインで描かれる両親の姿も相まって、主役2人のストーリーさえ見てればいいという作り手の傲慢さすら感じる、

とまでいうのはちょっと穿ちすぎor読解力無さすぎか。



これが勇利が完全に引退の方向に気持ちが振り切れていて、実家温泉若旦那見習いやりつつ戯れに滑った完コピ動画が~

って展開なら故郷での再起の意味合いも濃く出たのにと思う。

2016-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20161204212703

そりゃそうだ。




っていうか、今ちょうどダビンチとピカソについて自分も考えてたんだけど、

芸術におけるストーリーってどう思う?

ルネサンス期の作品って聖書モチーフにしたものが多いし、

絵を見ればストーリーはなんとなく理解できる。当時の人ならなおさら

一方で、あまり詳しくはないんだけども、

ピカソの絵って、デフォルメされたものが多く

ストーリー説明されないとわからない印象がある。

現代アートもっと先鋭化して

ストーリーから自由になった哲学思想表現になってると思う。

(そういう意味で、映画ドラマなどの方が、ルネサンス系譜なのかなとも思うし、現代アートオルタナなのかなとも思う)




現代アートって、

thinkよりfeelで説得させる必要過去作品より強いのかな、って思うんだけど

どう思う?

反論求む。

2016-11-29

http://anond.hatelabo.jp/20161129100905

http://anond.hatelabo.jp/20161129102009

http://anond.hatelabo.jp/20161129102353

http://anond.hatelabo.jp/20161129104729

http://anond.hatelabo.jp/20161129131508


無能どもが雁首揃えて吠えてるが、漫画表現デフォルメしてったら、そりゃそうなるだろ。

漫画】なんだよ。

アフタヌーンに載るようなヘタウマ絵で、シリアスイジメ話展開して、こんな受けるわけねぇだろ。

常識的に考えろよ。

2016-10-21

http://anond.hatelabo.jp/20161021090046

二次元からいいっていうのは分かる。確かに特色を薄めすぎると出す意味がなくなるよね。

もう少しデフォルメが弱い方がより多くの人に受け入れられやすいかもと思ったんだけど、

今超歌舞伎のミクちゃん見直したら普通にこういう感じでいいのかなと思った。

衣装髪型個人的には超歌舞伎みたいな感じがいいなぁ。(和装に限るって意味じゃなく、華やかさ的に)

2016-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20161020180926

横だが別にエロく見せようとして書かれてないと思うよ

そう言われる部分がどれもこれも全部SDみちか由来だから駅乃みちかデフォルメ外したらエロく見えるキャラクターだったっていうだけ

http://anond.hatelabo.jp/20161020164005

あれはお決まりであって半分はネタみたいなところもあるからねえ。

それと構造上胸から布を垂らすと身体が太って見えるというデフォルメ上の問題クリアする意図がある。

http://anond.hatelabo.jp/20161020153246

なんか印象派画家の絵を「ただ印象を描いているだけだ」と批判していた人がいましたって話を思い浮かべる。

ピカソの絵とかも写実性のなさを以て下手だと主張する人今でもいるけど。

写実的じゃない絵全般嫌悪感を持つ人がいるってことなんだろうか。

別にデフォルメキャラ印象派キュビスム抽象画もありだとおもうけど。

http://anond.hatelabo.jp/20161020044626

元増田だけど、正確には公式じゃないけど公式っぽいってのは、鉄道構内のポスター中吊り広告に、鉄道むすめキャラ鉄道事業者名とともに載るからだよ。

デフォルメされたキャラだったりもするけど、基本的にはHP掲載されてるイラストそのまま。

普通に駅で見かけて、トミーテック商品広告であって公式じゃないとか分からんよ。しっかり鉄道事業者制服着たキャラだし。

というかそうやって鉄道事業者と密接に関わったコラボをずっと続けてきたんだよ。駅でグッズやフィギュア売ったり、鉄道事業者がやってるイベント鉄道むすめが登場したりね。

正確には公式じゃないか公共性問う必要ない…わけない程度に鉄道で使うキャラだよ。基本的に。

もちろんそんなに使われなかったり、例外もあるだろうけど、駅乃みちかは元キャラが本物の公式キャラな訳で、他のキャラより公式に近い使われ方をするだろうって予測おかしくないと思うけど。



ていうか鉄道むすめってそんなに知名度ないのか?鉄道むすめ地域おこし的な側面もあるんだけど。

自分鉄道公式萌え系のキャラがいるんだと思ってたよ。前はね。

2016-10-19

http://anond.hatelabo.jp/20161019171909

駅乃みちかのこと言ってるなら、元のデフォルメイラストの頃から紅潮した顔で腰くねらせてるよ

手つきもデフォルメイラストの頃から

その時点では何も問題にされてなかったな

2016-10-18

駅乃みちかの件での大前提

http://togetter.com/li/1037992

とか

http://togetter.com/li/1038067

とか見てて思った。

鉄道むすめがある鉄道会社とかない地域に住んでるからよく知らんけど、あくまオタク向けコンテンツで使う鉄道むすめの一員としての駅乃みちか萌えキャラ化?

であって、一般向けで全面に出してくとかいうのとはちょっと違うキャラだったんじゃないのか?

反対派はまだしも賛成派まで「公共の場で全面に出すことの是非」を語ってるのはなんかすごい違和感があるんだが。

後者のまとめを見る限り、元のデフォルメキャラ?は公共に全面に出されてたみたいだし、こっちのほうがよほど公共としてふさわしいか云々語る対象にふさわしいんじゃないのか?

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