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はてなキーワード: しろとは

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170527050906

なんのためにパイパンにしてるんだよこいつは…!

衛生のためだろ!

ふざけんなよマジで…!!!

衛生のためだろうけど、そうする必然性があった上での衛生のためだろうから

しろ地雷率のほうが高いかと思われます

この世界の片隅に”を、見た。

先日、国際線日本に帰ってくる際に、”この世界の片隅に”が入っていたので、見てみた。

最初は、主人公棒読みぶりに驚いたが、しばらく経つと馴染んできて、むしろあの声と調子が非常に好印象となり、ずっと聞いていたいとすら思ったのであった。

残念ながら後半で一時寝てしまい、ふと目を覚ますグロシーンであったため、子供が生まれた後のバッドエンド展開かと思ったら、違ったっていう。

今更すぎる話題で恐縮なのですが、だからこそ吐き出す場所がないため、増田に書きなぐっておきます

いつごろからオタク批判されても腹が立たなくなった

昔は俺もオタク馬鹿にする言論に怒ってた、オタク文化は最高だと思ってた

でも最近はそういう気力が全く無くなった、理由オタク自身がいろいろな偏見臆面も無く振り撒く事が多くなったからだ

はてな比較的そうでもないけど、ツイッター2ちゃん表現規制に反対!と言いつつレディコミ、ヤンキー漫画規制しろと言うような類のダブスタを口にするやつ、それだけならまだしもそれに加えてネトウヨだったりミソジニーだったりする人間が多くなりすぎた

挙句アニメキャラアイコン人種差別をしつつオタク批判には顔真っ赤にするような輩、これが本当に駄目だった

そんなわけでそういう連中を多く見てきて、最近になると見当違いなオタク批判に熱り立つオタクを見つつ(でも俺らも十分に身勝手よなぁ)と思うようになってしまった

しろ勉強できたけど世の中や世界のことは何もわかりませんでした

だと思う

[] #25-6「ライトクイズ

それに対し、センセイはこの土壇場でも落ち着いた物腰で、坦々と問題を口にした。

だが、その出題に俺は自分の耳を疑った。

「答えは350です」

いや、出題というよりは、正解発表をしてきたのだ。

俺は面食らった。

一応、その後にセンセイは問題の内容を語っていくのだが、あまりの衝撃に俺は頭に入ってこなかった。

それでも、無理難題ではない。

しろ、とても簡単なのだ

なぜなら答えは分かりきっているから。

だが、俺は答えを出すのに数秒以上の時間をかけてしまう。

センセイの考えた「最も簡単問題」に、完全に不意を突かれたからだ。

「そんなのありかよ……」

そう呟かずにはいられなかった。

結局、この問題が決め手となり、俺は自分の持ち点をゼロにしてしまうのであった。


今回の大会はセンセイの優勝で終わった。

賞金は惜しいが、俺の負けであることは認めざるをえない。

何より、最後あん問題を出してくるセンセイの胆力を称えずにはいられなかった。

「いやー、やられました。あん問題の出し方をするなんて」

「まあ、一度限りの方法だがね」

「確かに、もう一回やってきたらすぐに答えるでしょうしね」

「それもあるが……」

「他にも何か?」

「まあ……出る杭は打たれるものさ」

センセイが言っていたことは、それから後に分かった。

以降の「ライトクイズ」では、参加者はセンセイと同じ問題の出し方を真似し始めたのである

結果、答えをあらかじめ明言して問題を出し合うだけという、混沌を極めつつも膠着の一途を辿ったのだ。

番組サイドはマンネリにならないよう、ルールを細かく変えてそれを防ごうとした。

しか参加者はその都度ルールの穴を突いて、如何に“答えを知っている問題を出し合う”ことにのみ注力する。

それは“簡単問題を出し合う”という「ライトクイズ」とは似て非なるものだったのだ。

そんなことが数回続いた後、とうとう番組サイドはこの「あらかじめ答えを言う」という問題方式のもの禁止することを決めたのだった。


それからしばらく経った、とある日。

番組の方はマンネリ気味になりつつあったが、俺とセンセイは飽きもせず「ライトクイズごっこ」に興じていた。

サッカーオフサイドはなぜ反則になったか分かるかい

「うーん……オフサイドゲームになるからでしょうか」

「まあ、悪くない答えだ」

「では次は俺から。最も簡単問題とは」

「最もつまらない問題だ」

「……というか俺たちのやってる『ライトクイズ』、何だか趣旨が変わってしまってませんか?」

「……そうだな、ハハハ」

(おわり)

2017-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20170526113135

東京は怖いところ」は新宿歌舞伎町風俗街がフィクション舞台に利用されることが多いか

 

殺人事件舞台はむしろ田舎は怖いところ」というイメージを増幅させる原因になっていった。

横溝正史のせいで

就活がつらい。

3年ちょっと前、現役でトップ私大入学した。自分はまぁまぁ頭がいいと思っていた。

学歴があれば就職はすぐ決まるだろうと思っていたけど現実はそんな甘くなかった。

やりたいことが何もない。というか、企業に勤めるということがどういうことなのかわからない。とくに自分みたいな特に技術知識もない文系人間が働くっていうのがどういうことなのかが全くわからないのだ。説明会に行っても、社会人と話をしても、結局何をやってるのかよくわからない。やりたいこととか興味が惹かれるとか以前の問題だ。とりあえずエントリーシートだけでも色々出せば、と言われるけれど、そんなもんだからやみくもな志望動機すら書けないでいる。

どんなに長時間考えてもやっと数行しかひねり出せなくて、多くの就活生が出しているような数(もちろん多く出すのが良いのか悪いのかはわからないけど)なんてとてもじゃないけど出せなくて、情けなくて泣いた。まともにスタート地点にすら立てないのか。

思えば3年前からそうだった。

何もやりたいことがなくて、大学がどんなところなのかよくわからなくて、何と無く受かったところに入学した。

私立文系入試なんてたかがしれてる。私がやっていたあれは勉強じゃない。思考を停止させて英単語世界史用語を大量に覚えてどうにかなっただけの話だ。これをここまで覚えればいいよ、それをそこまでやればいいよ、という道筋がはっきり示されていたか成功しただけ。何も考えず言われたことをやっていただけ。私は頭が良いわけじゃなかった。

就活には道筋がない。相手人間から、正解がわからない。やりたいこともない。かといってやりたいフリができるほど上手くも立ち振る舞えない。

みんなどうやってやりたいことを見つけてるんだろう。

こんなこと、今の段階で考えてる時点で完全に出遅れてるのはわかってる。生きるために、ご飯を食べていくために、やりたいことなんてなくても仕事を得なくちゃいけないのもわかってる。わかってるんだけど。

ふと考えてみて、昔から何もやりたいことがなかった人生だったなと思った。趣味はたくさんあるし、好きな人もたくさんいるし、毎日楽しく生きてるからこそ余計それがつらい。死にたいどころかむしろ生きたいのに、こっから数十年生きていく道筋も術もまったくわからないや。

つらい。

まずは味方を作るため私から足がかりにしてるんだろうなあ。それでもいいよ、むしろ私はあなたの足がかりになりたい。どうぞ私をまず味方につけて周りにうまく溶け込んでください。それ以外に私が全体に貢献できることが、今の所ありますか?私以外の誰にできますか?私しかいないんじゃないの。

会話の話題になる趣味ってなんですか

大学受験に失敗して、一度も見に行った事の無い滑り止めに通って2カ月。

どうやら自分は対人恐怖症もアダルトチルドレンも克服しつつあるらしい。

受験に失敗したら家族の中での人権が無くなるんじゃないかと思っていたが、案外そんなことは無かった。モラハラ気味でいつも何もかもを否定する母親価値観も相対化出来るようになり、あしらい方も分かってきた。落ち零れだと思っていた頭脳は案外場所が変わるとそんなことはなく、周りを率いてフォローする立場になった。自信もついて更に論理的に考えられるようになった。ストラテラもよく効いていて、忘れ物遅刻殆ど無くなった。人とも緊張せず、堂々喋れるようになった。

そんな状況になってから、今までって異常だったなと改めて思えるようになった。

今までは進学校で出来る奴に囲まれて年がら年中周りに迷惑をかけ、常に申し訳なさを感じていた。ADHDで働かない頭はストレスで更に馬鹿になっていってニヤニヤしながら部屋をグルグル走り回る事が増えた。躁鬱みたいに陽気になったり大泣きして癇癪おこしたりしていた。校名で頭脳を褒められる度に実際の自分の現状と違うことに罪悪感を感じ死にたくなった。どこにいても消えてしまたかったし、どこに居ても誰かに迷惑を掛けていると思っていた。誰も彼もが怖く思え、どう喋ったらいいのか分からなかった。初めは私に良い印象を持つ人も、自分ケアレスミスや人との距離感が取れない所で苛立って顔を歪めたりするのを見るのは辛かった。最低の場合だと村八分になるもあったし、対人恐怖症になってからその状況はドンドン悪化した。でももっと最低な事は、私は嫌われても何にも思ってない振りをして彼らに無理矢理にでも頼らないと何にも出来ない事だった。永遠に誰にも追いつかないレースを一生走らされているみたいだった。みんなは真っ直ぐ水平な地面をゴールに向かって楽々と走っているのに、自分だけ重力波の影響を受けてグニャグニャの地面で立つのも前を向くのもままならないみたいだった。時間は私の中では等速には流れず、いつ寝てしまうのか自分でも分からなかった。

休みはなかった。親は十分に一度は勉強しろと言い、何か勉強以外の事をしていると二階に上がってきて嫌みを言った。お小遣い祖母がくれる僅かな額で、自分一人で休日遊びに行くなんて殆ど出来なかった。学校に行く以外の時間自己研鑽勉強に費やすのが当然で、私が何か趣味を始めようとすると母親はいつも嫌みを言って否定するので嫌になってしまっていた。

大学落ちたけど、こんな状況から抜け出せたかあんまり後悔なかったりする。

でも困ってることがあるから相談に乗って欲しい。趣味話題もないって事だ。

今まで時間は全て勉強に費やしてきたから、自分の好きなことに時間を使うって事が出来ない。物事にあまり興味が持てなくて、何か好きになっても途中で何かけちを付けて自己防衛の為に嫌いになってしまうことが多い。ドラマアニメも見ない。人との話題が無い。趣味も無い。結局空き時間ネットサーフィン勉強に使ってしまう。コミュ力も低いから最低でも人と喋れる話題位ほしいんだよね

お勧め趣味ある?

英単語は暗記してはいけない

さて、今回は私の英語学習法の核心、「英単語の暗記をしない」ということについて語ってみたい。

英単語を覚えた」とはどういう状態

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

ここで前回リスニングについて語った内容には、凄まじい反響があった。私は1500というブクマ数にoverwhelmされてしまった。

いきなり何を言ってるのか、と思われるだろうが、私の感覚の中では、1500ブクマという気分を一番表せるのは、日本語の「圧倒された」ではなく、英語の"overwhelm"だ。

この単語はただ「圧倒された」だけでなく、「圧倒的な力に晒されて、疲弊してしまった」という感覚がある。もしこれが増田でなく普通ブログだったら、プレッシャーで何も書けなくなっていたかもしれない。

他にも、前回の「英語をあるがままに受け入れなければならない」という結論の部分は、最初は「英語をあるがままにembraceしなければならない」と書いてあったのだが、伝わらなさそうなので書き直した。embraceは「抱擁するように受け入れる」というような感覚だが、日本語で書くと何のことやらわからない。

英単語を覚えるということは、こういった単語に伴う感覚を一つ一つ身につけていくことだ。そうすれば英単語自分のものなり、ライティングスピーキングでも自然単語が湧いてきて、自由に使うことができるようになる。

英単語それぞれに固有であるこの感覚をどう身につけるのか、というのがここで語りたい話題である

日本語訳語を覚えるのは有効

英語学習世界で良く出て来るスローガンに「英語英語のままに理解しなさい」「日本語に訳して理解してはいけません」というのがある。

しかし「英語英語のままで理解しろ」と言われても、初心者には何のことか分からず、何か魔術的な、自分には絶対にできない思考法によってしか英語理解できないのではないか、という気にさせられてしまう。私も高校生の頃に、このスローガンを聞いて、そんな絶望感に襲われたことがある。

日本語しかできない日本人にとって、言語思考する際に使える唯一のツール日本語だ。英単語意味を知りたいなら、日本語訳語なり、日本語で書かれた説明によって理解するしかない。

日本語訳語を当てはめ、文法ルールに従って語順を並び替えて、並び替えた日本語から文意をつかむ。ノンネイティブである学習者はそこからスタートするしかない。そして大学受験レベルになっても、難関校を受験するのでなければ、その方法論で通用するだろう。

そのレベル英語力が欲しいならば、訳語を覚えることは有効だ。

ただ、「英単語を覚えるぞ!」と単語帳を開き、そこに記された訳語や例文を見たり、書いたり、発音したりしてみても、それで記憶できるのは記憶力がいい人だけで、普通は無理だ。

そしてそのレベルの、日本語訳語並べ替えるような英語力では、現実世界にあるほとんどの英文は読めず、あまり役に立たない。日本語英語はあまりにも違いすぎるので、逐語訳、直訳はほとんど通用せず、日本語訳語をそのまま適用しても英文理解することは出来ない。

なので、受験関係ない大人にとって、日本語訳語による英語理解は、目指すべき目標にはなりえない。

英英辞典を引くのは有効

「『英語英語のままに理解しなさい』か。ならば英英辞典を使って英語意味を覚えよう!」と考えるのは自然な発想だ。しかし、これもうまくいかない。

日本語を介して英語理解する段階を超えるには、英単語の持つ固有の感覚を覚える必要がある。

英単語から日本語訳語が想起されるようではいけない。それと同様に、英英辞典に書いてある語の定義が想起されるのも、その隣に書いてある同意語が想起されるのもアウトだ。そういった余計なものが出て来るようでは、リスニングはできるはずもないし、リーディングにも苦労を伴うことになる。

日本人にとっては、日本語単語が持っている感覚を想起するのは容易い。一方、英語から感覚を想起するのは難しい。英単語感覚を結びつけるという意味では、日本語訳語を介したほうが早い。

しかし、日本語訳語英単語では、意味に違いがある。日本語訳語を介して英単語理解しても、不正確な理解しかならない。しかしそれは、英英辞典に書いてある定義にしても、同意語にしても同じことだ。同意語といっても、単語が違う以上はニュアンスの違いがあり、辞典の短い説明でそれを完全に言い表すことは出来ない。

なので、単語を覚えるために英英辞典を使うべきではない。(*1)

英単語の本当の意味

英和辞典英英辞典では、英単語が持っている本当の感覚を掴むことはできない。

英単語の本当の意味は、その単語が実際に使われたシチュエーションの中にあり、その中にしかない。その単語を発した人の感情であったり、伝えたいメッセージがその単語の中に込められる。それを感じ取ることが出来れば、その単語の本当に意味するところが伝わってくる。

もちろん人によって、単語に込める意味には多少の違いがあるし、一度や二度その単語出会っただけで、その感覚を本当に自分のものに出来るかはわからない。その単語に何度も出会い修正を重ねながら、感覚を確かなものにしていく必要がある。

いずれにしても、実際にその単語が使われている生の英語を、深く理解し、言葉を発した人物気持ちシチュエーションをしっかりと読み取ることで、そこに出てきた単語の本当の意味を掴むことが出来る。辞書定義や、ぶつ切りにされた例文からでは分からない。

小説映画を介して英単語を学ぶ意味

小説映画シチュエーションを深く感じ取って理解し、記憶の中に蓄積していくことで、そこで出てきた英単語イディオムといった英語表現意味を、実感を伴って理解することが出来る。やがてその英語表現自分身体の中に染み込んで、感覚的に使いこなすことができるようになる。

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

私が以前ここに書いた学習法では、「辞書を引きながら小説を読む、映画英語字幕を一時停止しながら解釈する」といった事が勧められている。それは小説映画が、人物の心情があり、シチュエーションがある生の英語の塊だからだ。そして「自分が楽しめるものを見る」ことを勧めているのは、そうでないと登場人物の心情に寄り添ったり、シチュエーションハラハラすることが難しくなり、英語感覚的に深く読み取ることができないために、著しく学習効果が落ちてしまうからだ。

ここで使う辞書はもちろん英和で構わない。ただし辞書記述はヒント程度にとどめ、単語の本当の意味作品の中から感じ取ることが重要だ。辞書から単語感覚理解することは出来ず、実際に使用されたシチュエーションを蓄積することでしか単語自分のものとすることは出来ない。

英語英語のまま理解する

単語イディオム等、全ての英語表現は、小説映画実体験などから記憶の中にその表現使用されたシチュエーションが蓄積されることで、その表現に固有の感覚が醸成されていく。

そのシチュエーションが印象深いほどに、感覚はより明確になり、記憶への定着率も上がる。そしてシチュエーションの数が増えるほどに、感覚はより正確に、記憶はより強固になっていく。

シチュエーション自体は時とともに忘れてしま場合が多い。しかしその表現に染み付いた感覚は、シチュエーションを忘れた後も残っている。

そして英語表現からその感覚が直接想起されるようになれば、日本語を介さず「英語英語のまま理解する」状態に至ることができる。その状態に至れば、その英語表現感覚的に理解し、適切な時に適切な形でアウトプットすることも出来るようになる。

作品を味わうために必要英語

そうはいっても、「私の英語力では小説映画もとても歯が立たない。それは語彙力が足りないからだ。まず単語を覚えなければ」と考える人は多い。

そして単語学習のあまりのつまらなさ、記憶の定着しなさに絶望して諦めてしまうというという人が後を絶たない。しかしそれは根本が間違っている。

辞書というものがある以上、英語解釈するのに語彙力は必須ではない。テスト問題を解くためには、辞書なしで英語を読み解く力が必要かも知れないが、小説映画を味わうために必須ものではない。

単語を調べるためにいちいち辞書を引いていたら、話が先に進まず、読書体験がぶつ切りになるので楽しめない」という考え方もあるだろう。しかし私は「辞書を引きながら頑張って読んだからこそ、心に深く残る読書体験になる」と考えている。

通常の母国語読書では、立ち止まり辞書を引き、文法構造を考え、熟考しながら読み解くというような作業はまず行わない。学習者が文章理解するために行うそれらの作業は、文章を深く読むことにも役立っている。

最初に読んだ一冊、私の場合は"There's a Boy in the Girls' Bathroom"という児童書だったが、当時の私には非常に難しく、何度も立ち止まり辞書を引き、検索し、英文法に立ち返り、悪戦苦闘した。ただ、これは本当に素晴らしい本で、読む価値があると思えたから頑張ることができた。登場人物の心情に寄り添い、シチュエーションハラハラしながら、苦しいながらも素晴らしい読書体験をすることが出来た。

一冊目を終えれば二冊目はずっと簡単に読めた。三冊、四冊と進むに連れて英語力がぐんぐんと増していき、読書から苦が減り喜びが増していった。やがて「ゲームの達人」のような大人向けにも手が出せるようになり、刑事ハリーボッシュシリーズにハマる頃には映画英語字幕で存分に楽しめるようになっていた。

そして今はKindleがある。単語を長押しすれば辞書が引ける、検索も直ぐに出来る、洋書はなんでも安くダウンロードでき、スマホに入れて持ち運べる。これは英語学習のために存在するような素晴らしいツールだ。

Kindleがあれば語彙力は読書障害にはなりえない。ただし、児童書レベルでも英文を読むためには、ある程度の文法力が必要だ。そのためには受験参考書活用してほしい。日本受験英語界には素晴らしい文法解説がたくさんある。

日本語訳使用してもよいのか

日本語を介してしまうと英語を深く感じ取れないため、基本的日本語訳は使うべきではないと考えている。

ただ、どうしても理解できない英文出会うことはある。いくら時間を費やしても理解できない、そういう時には、日本語訳を見る。日本語字幕であったり、訳書であったりだ。プロフェッショナルの訳からは、独習では得難いものが得られることも多い。

作品から単語を覚えるのは非効率ではないか

世の本屋には「基本単語1000」とか「TOEIC必須単語3000」といったような、頻出単語とその意味を並べた参考書が大量に並んでいる。

英文に登場する単語の90%は1000語に含まれる、だからこの基本語をまず暗記して、それから英文を読むのが効率的だ」などと言う人もいる。しかしこれはほとんどデタラメである

英文に登場する単語の大半が基本語なのは確かだ。しかし500ページそこそこの参考書に1000個も意味が書けるほど、基本語の内容は浅くない。私は今でも日常的に、基本語を辞書で引いている。そしてその単語のさまざまな使い方を見て、基本語の奥深さを噛み締めている。

英語は読むにしても、書くにしても、聞くにしても、話すにしても、基本語は身体の一部になるぐらいまで深く理解する必要がある。実際の英語の中で気が遠くなるほど何度も遭遇し、使用シチュエーションを蓄積し、自分でも使ってみる、そういった積み重ねの中でしか、その本当に意味するところは分からない。参考書レベルで基本語を分かった気になっても、少し派生的な意味で登場しただけで分からなくなるのがオチだろう。

そして英語の語彙の中で特に難しいのは、基本語の組み合わせによって発生する熟語イディオムであるイディオム意味単語意味するものから大きくかけ離れていることが多く、故にイディオムと呼ばれるわけだが、この知識参考書ではほとんど得られない。このように、90%とされる基本語の中にも、参考書に含まれていないものが大量にある。

「それでも、頻出単語基本的意味だけでも抑えておくのは重要ではないか小説などでランダムに出て来るのに任せたら、時間がどれだけかかるかわからない」そう思う人もいるだろう。

しかし、頻出語は頻出するから頻出語と言われる。基本単語1000ぐらいなら、小説を1冊読む頃には否応なく頭に染み付いているはずだ。それも単語参考書で得たものとは違って、単語から想起される感覚を伴った、生きた英単語として身についている。

TOEIC3000語も、何の本でも数冊読めばほぼ頭に入っているはずだ。3000語を感覚的に理解できるようになれば、その3000語で構成された文は、日本語を介さず感覚的に理解できるようになり、「英語英語のままで」理解できるようになる。そうなれば読書スムーズに進むようになり、インプットスピードが上がり、それが英語の上達を加速させる好循環に入ることができる。成長の実感は英語学習モチベーションを高め、それがさらに成長を加速させる。3000語を感覚理解できる頃には、英語学習にドハマリして抜け出せなくなっているはずだ。

高難度の単語

高難度の単語は出現頻度が低くなるので、そういった単語網羅的に学習するのは、小説映画ばかりを偏って見ているノンネイティブには難しいかもしれない。体感ではウェブリオLv16ぐらいからは厳しいのかなという感じがしている。

そういった高難度の単語網羅的に学習したい場合は、単語参考書を使うのは有効だろう。高難度の単語なら基本語のように意味派生したりイディオムになったりということは少なく、参考書レベル理解でもなんとかなるかもしれない。

ただ、参考書による単語学習はやっても覚えられないので、私はやらない。無数にある見たことのない単語の予習に励むより、知らない単語が出てきても、話を追い続ける力を磨いたほうが現実的だと考えている。

自分がやるべき学習法とは

何の学習法でも言えることだが、自分が今やるべきでない学習法、自分に合ってない学習法は、やってみると身体本能的に拒否する。そういう学習法は、無理にやっても身が入らないのでやらないほうが良い(もちろん私の勧めている学習法も含めて)。

気持ちよくて、クタクタに疲れられる学習法と出会ったら、それをやるべきだ。疲れているということは脳が働いているということで、気持ち良ければずっと続けられる。

そのうちに慣れると疲れなくなってくる。トレーニングしても疲れていない場合、上達は見込めない。そうなったら学習法をアレンジし、負荷を上げて、気持ちよく疲れられるところまで調節する。誰かに教わった学習法でも、こうして自分の今のレベルに合った形にアレンジすることで、効果を高めることが出来る。

追記:

長くなりすぎてしまった。ここまで読んでくれてありがとう

英単語の暗記は日本人英語ができない原因の根本にして全て、ーにして全、諸悪の根源マスターマインド、He's pulling the stringsWho do you think is calling the shots around here? ぐらいに思っている。ただ、目の敵にしすぎて気持ちが入りすぎてしまったようだ。いずれリベンジ(和製英語)したい。

 *1 しか英英辞典自体は、それを使いこなせる英語力が身についた後ならば、英語学習の強力な武器になる。

 私は普段オックスフォード英英辞典を使っている。グーグル使用言語英語にして単語ググると、一番上にオックスフォード記述が出てくるので、まずこれを見る(出てこない場合検索語にdefinitionを加える)。Kindle無料でついてくる英英辞典オックスフォードだ。

 オックスフォードでは、英単語をより難しい英単語説明している。その単語辞書で引くことで、際限なく難しい単語出会えるため、いくらでも語彙を増やすことが出来る。単語定義も難解で味わい深く、その文章に触れること自体英語力を向上させてくれる。

 ただ、英語力の向上でなく
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今回はやわらかスピリッツ

天蒼軌道ルヴァリング12

いや、ほんと凄まじいテンポだな。

全体に漂う軽いノリの世界観含めて私は嫌いじゃないけれども、これだと話の細かい部分は読者側で勝手に補完しなきゃいけないからねえ。

ただまあ、個人的にはそこらへん丁寧にやりすぎな漫画辟易しているので、割り切ったスピードでどんどん話を展開させてくれるのはむしろ心地よい。

辻褄合わせのための解説とかに長々とページ割かれる位なら、これくらい開き直ったテンポで話を進めてくれるほうが私は好きだ。

闇金ウシジマくん外伝 肉蝮伝説 第7話

今日び、ここまで無理を通せば道理引っ込むキャラって珍しいよなあ。

悪役ってのは大なり小なり話が通じるし、あくま暴力ってのは一つの手段しかないことが多い。

けれども、こいつはもう我を通すためなら時と場所関係なく躊躇せず使う。

妥協案も自分が折れることもなくて、ただひたすら暴力でそれを押し通す。

ここまで開き直って大立ち回りを演じられると、かえって清々しいかもしれない。

fit!!! 第7話

今回はインストラクターの話か。

周りの状況の変化だとかに翻弄されつつも、苦しい顔を見せずに対応しようとする姿は、画風や世界観の描き方含めて卑屈になりにくい程度にスっと入ってくるね。

それ自体はいいんだけれども、これまで作中でフィットネスしている描写いかんせん薄いから、今回描写されているインストラクター努力バックボーン説得力が弱くなっているのは否めない。

人間ドラマとか、ストーリーに深みを持たせるために大事なことだとは思うんだけれどもヤキモキするなあ。

あと、アシックスっていうスポーツ用品店とコラボしているらしいけれども、碌な描写もないのにこれで宣伝になるのだろうか。

なんでわざわざ寄生虫結婚しないといけないのか

世代価値観だと結婚っていいものなのかもしれないけど、年収高いと結局低い方を養っていくことになるよね。しか年収低い方もそれを期待してるし。

昔だったら「養ってもらう代わりに家事するね」っていう交換条件が成り立ったのかもしれないけど、今は掃除ルンバがやればいいし、洗濯機なんか別に放り込むだけだし、食事なんかお前を養う金があったらもっといいもん外食できてるわ、むしろお前のせいで自炊する羽目になってんだろ、全般的家事代行サービス雇えばいいし、というような感じで、高収入の側に(男女問わずね)結婚するメリットまるでない。

愛が大事とか言うけど、そう言ってた友人は奥さんが浮気してんの知らないんだよな。子供もいるけど、旦那に預けて浮気してる。奥さんから直接聞いたから間違いない。全然悪びれる様子なかったよ。離婚したらむしろ養育費なり結婚費用なりで奥さんに金が入るシステムになってるから、止める方法ないよね。で、旦那給料は全部奥さんが握ってて、旦那への小遣いは月2万だってさ。すげえ。

http://anond.hatelabo.jp/20170526212032

しろ下民が問題が無い!問題が無い!って必死連呼して、自らの地盤を砕いてる感が凄いんだよなぁ

自らガソリンを巻いて炎上した長谷川みたいに

この問題に着手した人間がどんどん粛清されて、「自民の俺に逆らう奴は皆殺し」のサイコパス精神ならぬ異常性が際立ってる

この惨状自由民主的な党なんて恥ずかしくて名乗れるはずがない。忖度した人間は皆首輪を付けられた奴隷しか居なくてドン引き

http://anond.hatelabo.jp/20170526203804

それで済むならトランプヒトラーも好き放題だろうが

扇動の才というか、他人自分の言うことを信じ込ませる能力は頭の良さとはまた別だし

事実として馬鹿馬鹿なことを言っていても、聞いてる側までそう思うとは限らないだろ?

「またあのお偉いさんはオラたちをだまくらかしてるに違えねぇべ」みたいに、

しろ世間イメージで頭よさそうな人の言うことこそ聞きたがらない人もいるしさ

から増田みたいなとこなら別だが、口を開くからには責任持たなきゃいけないんだ

http://anond.hatelabo.jp/20170526210155

理解はできるけど

アドバイス」するという労力もせずに

俺様の思うとおりに忖度しろって要求するタイプの人も大概アレだし

まだましな方だと思うが。

父親よ、無差別テロに遭って死んでくれ

21歳、女、ただの愚痴を吐きだします。

うちの父親クズです。

いい大学を出てそこそこ稼いで家族に何不自由させていないか世間一般から見たらクズではないかもしれないが、私からしたらウルトラスーパードクズです。

そして対照的ママウルトラスーパー聖母です。

なんでこんなドクズ高校生の頃から一緒にいるんだろうと不思議に思って仕方がないくらい、本当に素敵で料理も上手で家事完璧な優しいママです。

そしてそんな父親紆余曲折あって現在ニートであり(もう50を超えているのでニートとは言い難いが)ママ寄生しているようにしか見えない。

ママ専業主婦だけど実家お金持ち&不労所得があるので生活水準には何の変化もない。

が、とにかく父親がずっと家にいるのが私は嫌で嫌で仕方がない。

ニートならニートらしく家事手伝いでもすればいいのに、自室でパソコンしたりずーっとリビングソファ映画を観ていたり。

全然ママの手伝いをしない。しろクズ挙句の果てにママ料理文句を言ったり。ママ料理世界で1番美味しいし手も凝っているのに本当にあり得ない。食うな。お前にママ手料理を食べる資格はない。

それでいて私に偉そうな態度をとってくる。は?って感じ。正直言って私はママに対する感謝ならしきれないほどあるが、父親に関しては1㎜もない。

だって子育てされた覚えがないし。

仕事で忙しかたからかもだけど、それにしても何もされなかったし。上から目線馬鹿にされたり怒鳴られた記憶しかない。

学費やら生活費やらの手前、一応は礼儀を見せているが(しかしそうすると他人行儀なのが気に入らないようで文句を言ってくる)早く死んでくれと常々思っている。

私が男で、筋力に自信があったら間違いなく馬乗りになって撲殺と絞殺コンボをキメていた。ちなみに父親も私のことが嫌いだが(完全なる同族嫌悪。悲しいことに、私は父親性格がそっくりなのだ…)一度そのことが原因でママが泣いてしまったことがあり、それ以来は休戦・ママが気づかない内に解決してる。

恐らく向こうも、私の性別が男だったら殴りかかっていただろう。あぁ~~女に生まれて良かった!

でもでも、困ったことにママはパパが好きなのだ。もうあり得ない、なんで、どうして。あんクズ

地黒で鼻が低いママは(でも十分可愛いんだよ。50過ぎてるけど本当に可愛い)色白で鼻が高い人と結婚したいと常々思っており、そんな見た目のパパと高校生の頃に出会って告白した(らしい)。大学時代学校が別々なこともあり一回別れたっぽいけど、結局同棲して結婚した。

あれかな、お嬢様ヤンキーに惚れる典型。うちの父親中学生の頃から喫煙して雀荘に入り浸っていた元ヤンです。ママと同棲してから禁煙したしギャンブルもしてないけど(ママと暮らすんだからそれくらいは当たり前である

私は本当に物心いたこからパパが嫌いで、本当に大っ嫌いで、パパ似のやたら色白の肌も大っ嫌いで、ずっと離婚して欲しいと思っていたのにママはパパが好き。はぁ?

私はこんなにもママが好きなのになーーーーーーー!

結局ママはパパが好きなんだなぁーーーー!

恋は盲目ってか!!!!!目を覚まして!

確かに色白で鼻は高いし、同年代おっさんに比べたらカッコいいかもしれないけどあいつ禿げてるじゃん!

私が小学校低学年の頃にはもうだいぶ死んでたよね、毛根が!!!!!

性格も最悪!母の日ママに何かしたことある?!

プレゼントとか、感謝言葉とか、全然なくない?!

それとも私が知らないところでしてるの?!しょっちゅう二人で旅行するけど、その時に色々してあげてるの?!

うげぇ腹立ってきた!

というわけで、父親死なないかな~~。

無差別テロとかに巻き込まれれば私は手を汚さずに済むし、その他大勢に奴の死も紛れるからGOODな気がするぞ。

ママの悲しみも「うんうん、しょうがなかったね。運が悪かったよ」みたいな感じで慰められるし。ママの残りの人生を私が貰うことができる。

お兄ちゃんっていう競争相手がいるけれど、そこは努力で頑張りたい。


よし、吐き出せたのでスッキリしました。

無差別テロ等を生業にしている方がもし見ていたら、ぜひ、うちの父親を巻き込んで下さいよろしくお願いします!

有名になることを避けるようになったのは増田のおかげ

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簡単にそこそこの記事バズを得られて、悪い意味で単純な人たちから罵倒を受けるにつれ、名声なんていらないなと思うようになった。

承認欲求の塊はむしろ増田ブクマ増加ゲーに参加すればいい。そのうち嫌になるよ。

仮にブコメが「どうせ三日で他人承認が欲しくなる」とか生意気なことをぬかしても。

ここ一年罵倒記事外大してバズってないが、罵倒記事は新着時点で削除しているし、本当に気づいたことを書き込む脊髄反射場所になってる。

ブクマ非表示機能実装して欲しい。増田ブックマークおもちゃサンドバッグではない。

時給の神話

崩壊しろ

作り上げた仕事の質に金を払うべき。

時間に金を払うシステムはやめろ。

http://anond.hatelabo.jp/20170526134013

典型的ネトウヨ現実逃避ワロタ

正しい人が正しさを証明しろと迫られる世の中は狂ってる。

事実関係を知ればこんな的外れを平気で口にできるのはただのキチガイキチガイから見れば集団ヒステリーということになるんだろうね(笑)で片付けられて終わり国会ウォッチャー記事全部見てきたほうがいいんじゃない

違法じゃないからセーフ!とか言い張ってるけど、一般論で言えば籠池問題通底する「親しければ官僚プレッシャーを与えて便宜をいくらでも図るクズ」の時点でアウトでしょ

法律で決まってなかったら殺人レイプしまくるクズ安倍を支持してるってことでOK?笑

官僚支配問題だけどぼくらのあべちゃん支配問題がないんだ笑

情報公開問題ガーとか言ってるけど論点ごっちゃにしすぎでしょ笑

情報公開プロセス自体問題があるかどうかと本来確認すべき文書確認せずはいはいありませんと言い張り挙句官僚からその文書はあるだろってツッコまれた途端読売安倍乞食新聞過去スキャンダルまがいを顔真っ赤にしながら垂れ流してるクズ集団擁護してる連中の存在は別問題だし、それを擁護してる方が集団ヒステリーしか見えないんだが笑

ムリなものはムリ。

「できません」といったら無理をしてでもやれと要求する人というのがいる。

まあ遊びの話で冗談半分な発言なら別に問題とは思わないが、仕事の上ではかなり問題ではないのか。

その人の怠慢でできないならともかく、客観的事実として「できない」ということを伝えただけで

いちいち癇癪を起こされて「無理だろうがやれ」と言われるのは納得がいかない。

できないという現実を早めに受け止めて、では他にどうするか、を活かすほうが先なのではないか

できないことに感情的に怒りたくなる気持ち理解するが、それは言ってしまえば私情であり、仕事に持ち込むべきではないと考える。

場合によってはできないのに無理やりやったせいで周りに損害を与える場合もある。それを冷静に伝えてもだめとなるとどうすればいいのか。

具体例をあげると、

例えばあるソフトである作業しろとの要求があったりする。

その場合、当然だがそのソフトがなければ作業できない。

ソフトがないという報告を受けて怒り狂うより、買うなり、別のやり方を見つけるなりのほうが優先度が高いとしか思えない。

雑記

ネット口調から自分の口調に戻るのに苦労する。肉声ではなく文体が。

「~だからな」「~だろうな」「~じゃね」→「だからだ」「だろうと思う・考えられる」「ではないのか」

基本的に前者は嫌いだが偽装におために使うにつれ自然と出るようになった。

山窩のトケコミはこうして行われたのではないか山窩を忘れるほど常民に馴染んだら、山窩には戻れない。

少々飛躍して、パトリック・ハーランの表情がだんだん日本人じみてきているのは気のせいではないな、などと。

もっとも、音声から受ける様式の話しのみならず文体から性格干渉するように思える。

肉体は性格規定するというSF概念はそれほど珍しくないが、言語は人の性格侵食形成する。

言霊思想本質は型なのでは?

似たような口語で話す人たちは匿名文化に見られる傾向だと思っていたが、

しろコミュニティ単位だな、と当たり前のところに発想が回帰しつつある。

まりSNSコミュニティ性格に馴染みたければ口調を変えるのが手っ取り早いし、もっと簡単に無個性化する方法でもある。

兄弟なんだから仲良くしなよ」という暴力

折り合いの悪い兄がいる。

どうしても近づきたくないが、それを知った人は「兄弟なんだから仲良くしなよ」と言う。

何故そんなに兄を嫌うのかと尋ねてくる。

何故嫌うのかを考えると、まずは子供時代記憶が蘇る。

兄は不安定子供で、私によく暴力をふるった。

体重移動を伴った張り手を泣き叫びながら私に何度も何度も食わせ、魔法瓶がひしゃげるほど頭を殴り続けた理由は、「私が兄を笑ったから」だった。

恐ろしい兄を笑うわけがない。必死に笑っていない顔を作ろうと努力したが、それでも兄の目には私が笑っているように見えるようだった。

食器を順番にたたき割っていったり、台所から包丁を持ち出してきて親に向けて何か叫んでいるのも見たことがある。

今思えば一時的精神疾患だったのかも知れないが、子供の私には「病気から不安定な時期だからしょうがない」などと片付けられるものではなかった。

私は同年代でも体が小さい方で、兄はどちらかというと大きかったから、年齢差もあり自分にとってとてつもなく大きな生き物が物理的な力を理不尽に奮うことは恐怖と憎しみの対象しかなかった。

兄と同じ家にいる間、私は息を止めるようにして過ごしていた。

まり兄と話した記憶はない。

大学を出て、私は就職のため親元を離れた。

仕事はうまくいき順調な生活をしていたが家族との連絡はあまりとっていないことを少し申し訳なく思っているところに、兄から連絡があった。

近くに来たか食事に行こうということだった。

いい加減子供の頃のことを引きずるのはやめる良いきっかけだと考えて承諾した。

しかし行ってみるとそれは食事の場ではなかった。

そこには彼の「仕事仲間」がいて、長々と彼らの「仕事」の説明をされた。

私の倫理観に基づけば反社会的仕事だった。

彼らは仲間を探していた。

大きな落胆と共に吐き気がして、私はその場を立ち去ろうとした。

真っ赤な顔で追いかけてきた兄が私の二の腕を強く掴んで無理矢理振り向かせたとき、ああこの人はまだ私を大人として尊重していないのだと確信した。

もういいからと何度も伝え、家に帰り、携帯電話アドレス帳から兄の連絡先を削除した。

こういう過去他人に話すことはあまりしない。

せっかく今の兄と仲良くしてくれている人たちに仄暗い感情を植え付けるようなことをしたくないのもあるが、何より過去のことは話したところで解決するものではないし、私はこれを解決すべき問題位置づけていない。

復讐したいなどとは毛ほども思っていないし、謝罪して欲しいとも思わない。

ただ私の自由を、兄に近づかない選択肢を赦して欲しい。

「どうせ何か下らない意地を張っているだけなんだろう」と決めつけないで欲しい。

兄弟は無条件で仲良くするものだと信じる人がキラキラした目で私と兄を近づけようとする行為は、私にとってもはや暴力なのだ

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憲法改正についての議論が喧しい。

大きな争点は平和条文たる九条のようだが、正直これが改正されようがされまいが、現代世界情勢において日本戦争に巻き込まれ危険度が変わるとは私には思えない。

そんなことより改正案第二十四条の方がずっと気にかかる。

家族は、互いに助け合わなければならない」

その通りだと思う人が一定数いて、この部分はあまり批判されないのだろう。

しかしこれは私にとって暴力だ。

憲法の条文とするからには、下位の法律もこれに伴って制定されることになる。

例えば現状、生活に困窮した者が生活保護申請した場合、その親族に十分な収入があればそちらを頼るよう促されるが、本人が拒絶した場合はやむを得ないとして受給ができるらしい。

(この点が多くの人の感情を逆なですることは、売れっ子芸人母親生活保護を受けてることが判明した際のネット炎上によって示された。)

これに関係する法律改正され、より家族間の扶助を促すための強制力を強めるかも知れない。

老人介護などはすでに個人負担が大きい状態だが、増大する社会保障費の削減のために、より家族負担を増やす方向に倒れるかも知れない。

私は既婚者だが、配偶者が職を失えば私の給与生活していくことになるだろう。

私が職を失った場合にも配偶者が助けてくれるだろう。

これは私たち自分で選んだことだ。

しかし私は兄を自分で選んだのではない。

兄が怪しげな商売で失敗したとき、私の真っ当な努力結晶である金を彼のために割かなければならないのだろうか。

私たち夫婦が不幸にも同時に職を失い、貯金も使い果たしたとき、私は近づくだにおぞましい兄の金に頼らなければならないのだろうか。

私の体験したことは、虐待と呼ぶほどのものではないかも知れない。

しかし世の中には親や兄弟に本物の虐待を受けた経験のある人もいる。

そういう家族をまた無理矢理繋げようとするのか。

虐待があった場合例外とする法律を作ればいい?

虐待とみなすかどうかを誰がどうやって判断するのか。わざわざ辛い過去を掘り返すのか。

審査の結果、紙一重で虐待と見なされなかった人はどうなるのか。

転落しそうな者を救う負担個人に押しつけずに社会全体でケアする仕組みが社会保障だと思っている。

法律が「家族を大切にしろ」と言い出すことは、その逆をいくものだという気がしてならない。

私が考えすぎなのだろうか。

そうならば、憲法の条文に「家族は助け合わなければならない」とわざわざ明記することの意味を教えて欲しい。

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