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はてなキーワード: たまたまとは

2016-12-09

くりいむの有田が前に言ってたこと

有田結構好きなんだけど、テレビで話してて印象に残ってるんだよね。

おごってやった後にその分のお金を別のことにすぐ使えばいいのに、なんて言っていたわけ。

食事した後金のない後輩と買い物行って、靴が売ってたら「この靴買えばいいのに、さっきおごってやった分の金あんからさあ」なんて言って。

他の共演者もまあまあ、そうだねーみたいな反応で。

いや、おかしくないかい?

だって生活でいっぱいいっぱいの芸人の後輩ってお金があったらこれが欲しい、あれが欲しい一覧にバーッと物が並んででさ。

その中で優先順位をもちろんつけなくちゃいけなくてもし臨時収入があったらこれ買おうと思っているものを泣く泣く一つに絞っているだろうに、その順番を一切無視してたまたま自分の目についたものを「買えよっ」て、「ケチケチしてんじゃねえよ貰った金なのによっ」て。無茶苦茶すぎじゃない?おごるってそんなに偉いかって?相手の持ってる価値観まで買ったと勘違いしてんじゃねえのって。周りの演者も流されてたけどいやあれは驚いたね。

2016-12-08

Everfilter がもし人工知能を真っ当に利用したものだとしたら、どう考えますか?

君の名は。」風の写真に変換するアプリということで話題になった Everfilter が公開停止になった。著作権侵害ではないかという指摘に対する運営会社対応である。以下の記事が詳しい。

私のみた観測範囲では、いまのところ以下のような結論が優勢に見える。

合成だとみなされた過程としては

という主張がなされている。特にこの記事が多く参照されたように思う。

以降、これらの主張がその通りではない可能生がわずかながらあること、もしそうだった場合には著作権侵害に対してどのような議論がなされるのだろうか、その思考実験をしてみたいと思う。

なお、あくまで仮説であってここまでの主張を否定することを目的にしているわけではない。もしかすればそうではない可能生が微レ存、ではそちらの可能生を考慮したら、どのような議論になるか考えてみると (不謹慎ではあるが) 面白い議論になりそうだ・・・というのが趣旨である

Google Research 論文提案する手法

先の shi3z 氏の主張はスタイル変換に DeepArt と呼ばれるアルゴリズムが用いられていることが前提となっている。確かに shi3z 氏が述べているように DeepArt ではスタイル変換で細部のディテールを残すことが難しいことが分かっている。

具体的には、生成された画像において、人物の顔、建築物の模様などのディテールが潰れてしまう。

一方、今年の 9月Google Research から提案された、スタイル転送の改良版アルゴリズムがある。

当方たまたま知人から教えてもらったものである。細部まで読んではいないが、おおまかに言うと、古典的テクスチャ合成の手法既存ディープラーニングベーススタイル変換アルゴリズム適用して改良することで、細部のディテールを残したままの変換が可能になった・・・という内容である

結果は 24ページ Figure 8 と Figure 9 にある既存手法との比較が分かり易いだろう。

上段の Figure 8 が既存手法 ・・・ おそらく shi3z 氏の記事にある DeepArt に近い手法。Figure 9 が提案手法である建物ディテール再現できていない既存手法に対して提案手法では建物ディテールを残すことに成功している。

また、もうひとつ特徴的なのが、空のように一様性の高い箇所においては元のスタイルが持つ模様のパターン酷似したパターンが描かれている点だ。このあたりは古典的テクスチャ合成を応用した影響だろう。

手法を用いた場合既存手法より高速に変換画像が生成されることにも言及されている。

Everfilter のアルゴリズム提案手法に近いものである仮定する

もし Everfilter のアルゴリズム提案手法に近いものであるなら、今回疑問視されていることの中に幾つか説明のつくものがある。

というものである

この辺りから、Everfilter は「ニセAI」ではなく比較的新しいスタイル変換のアルゴリズム実装した製品だった可能生が微レ存・・・と思い至ったわけである

もしも Everfilter がニセAI ではなかったら著作権侵害ではないのか?

当然、そこまでは言えないと考えている。

2016年現時点で著作権侵害親告罪なので、たとえどんな手法が用いられようがその出力に対して「お前のこの絵はこちらのパクりだろう」と指摘されたところで容疑がかかる。中身がディープラーニングであろうが、コピペであろうが、そこは変わらないと思われる。

インターネット上の議論に載せてみたいと思ったのは

といった論点である法律的な白黒は先に述べたように親告罪に照らし合わせて考えればよいので、ここは、世間一般の人々の感覚話題にしてみたい。

例えば、人間漫画家場合を考えてみる。

有名漫画家漫画を模写し続けることで画力を磨いた漫画家が描いた作品は、その有名作品に画風が似ることはよくあるだろう。その場合ストーリーや構図に類似性が見られず、かつ、画風も多少の癖の類似であれば許容範囲内というのが世間一般常識であるように思う。つまり、画風"だけ" に多少の類似があるものは認められそうだ。

では、有名作品データをもとに学習を行った人工知能が描き出した、画風 "だけ" に癖のある写真・・・というのはどう考えるべきだろうか。もちろん、画風に強すぎる類似性が認められる場合は、世間の風当たりは強いだろうが、では、どの程度の類似性であれば許容範囲内なのであろうか?

その類似性は大きくは

の二つからもたらせるものであるが、強い類似性を悪とした場合、では著作権のある画像から模倣した ・・・ 学習したことが悪なのか。まだ人類もその性質を解明し切れていないディープニューラルネットワークもつ性質が悪なのか。

(法律的判断ではなく) 感情的判断についてはもやはり、出力が問題であってどんな手法が使われているか関係無という態度が正しいのか。

話題は逸れるが、ニューラルネットワーク版の Google 翻訳が生成した文章著作権はどう考えるべきなのか。これも似たような問題であるGoogleウェブ上の大量のデータから学習していると思われるがもしそれが著作権フリーではないデータから学習だとした場合に、生成された翻訳文書Google著作権を持つのか、そうではないのか。

世間常識がどこに落ち着くのかはまだよくわからない。だからこそ、この議論コミュニティに投げかけてみたかった。

Google Research の論文で Everfilter が完全に再現されるかどうかは実験してみないとわからないことであり、また論文をの例を見る限り Everfilter 品質での出力を得るには相応のチューニング必要になるようにも見える。それが現実的に困難だった場合はやはり shi3z 氏の主張が正しい可能生も大きい。また、テクスチャ合成を応用したという点で著作権との相性が悪いアルゴリズムである、という考えもあるだろう。

shi3z 氏の主張を否定するために記述したのではなく、あくまで、人工知能が作り出したコンテンツを人々はどう捉えるのか、そこについてみなさんの意見を伺ってみたく起こしたエントリであることを強調しておく。

(元)非モテ既婚者が「童貞逃げ恥を見た感想」を読んだ感想

http://anond.hatelabo.jp/20161207120909

奥さん以外に素人の女の人、知りません。(この前、女性の知人に「気持ち悪い」といわれてへこみました。ええ、気持わるいです。)

男が越えなければいけないハードルは、①いい印象を与える②定期的に会う③気持ちは隠す

アプローチはする(ドキドキさせる)⑤焦らしに焦らす⑥でもタイミングは逃さない⑦最高のタイミングキスをする、の7こ。

童貞にとっての特に難しいのは全部。なかでも⑥、⑦。

男女関係ほとんどは打算からまります元増田さんもわかっておられるかもしれませんが、恋愛が上のような7段階を経るという想定自体フィクションしかありません。いい印象がなくても、ドキドキがなくても、焦らしに焦らされる段階がなくても、タイミングを逸っしまっても、キスなんて起きるときには起きます。定期的に会ってくれたり、アプローチに応じてくれたり、キスを受けいれたりするのは、女性男性好意をいだいているかどうかにもよるでしょうが、いろんな打算から「したくないけど、とりあえず、拒否はしない」というケースが多いはずです。あるいは、「かわいそうだからあんまりきじゃないけど拒否しないでおこうか」みたいな「やさしい」対応もすくなくないのかもしれません。現実恋愛恋人関係結婚は、売春のような打算だけの関係と「フィクションのような恋愛」の間のどこかに位置しているものだと思います。(女性経験すくないのにエラそうですみません

フィクションのような」恋愛感情がなければセックスなり、恋人関係なり、夫婦が成立しないと、多くの人が誤解していますしかし、戦前ほとんどの人が見合い結婚していたわけですし、しばらく前まで正社員のかなりの人は、社内「恋愛」を経て結婚してました。それは外見は恋愛みえなくもないけど、多くの場合、実質は見合いとそうかわらないものです。すくなくとも日本人の多くは「フィクション」のような恋をする能力に欠けているように感じます。むしろ、周囲の圧力と打算によって始まった関係を、恋とはいえないけれども、感情のこもった信頼関係に長い時間をかけて帰着させるのが、日本人の多くにとってのまっとうな男女関係のように感じます。もし、純粋な「本当の恋愛」というものがあるとすれば、それが成立するには、1から7の段階が必要かもしれませんが、私はそういう恋愛をしないで結婚しましたしし、周囲にも、そういう恋愛している人をみたことがありません。(そういう恋愛している気になっている人は多いですが)

逃げ恥」は打算からはじまった男女関係を正面から描こうとしている点でユニークですが、ハグすることさえ、元増田さん同様に7段階を想定している点で、ちょっと残念に思います。そんな7段階自体ほとんどの男女関係には存在していないのですから、「⑥と⑦こそが童貞に立ちはだかる難問」なんてことも、そもそもありません。多分、日本社会の中で、仮に契約結婚した男女がいて、彼等の関係セックスまでいたるきっかけとして可能性が高いことは、第一に、いずれかの親が孫の顔をみたいとごねることと、第二にセックスできる可能性のある相手がほかにいないもとで、男と女のいずれかが、セックスをがまんできなくなるということでしょう。男女いずれかの打算にもとづいたセックス提案なり、セックスしたいという意思の表明をパートナーがうけいれるかどうかは、くりかえしになりますが、多くの場合、「ここは拒否すると面倒だな」という打算ではないかと思います

こういうことを書くと男の年収800万円なければ、恋人なり結婚なりができないかと思うかもしれませんが、対象となる女性にとって、年収以外の面もふくんで、購入可能馬券の中でそこそこお買い得だとおもってもらえればよいのであり(女性のほうも、男性ほとんどが年収が800万もないという現実をうけいれる必要がありますが)、フィクションのように「世界で一番」とか「あなただけ」とか思ってもらわなくてもよいのです。その確率安直に高める方法は、おそらく、自分のほうでも馬券をたくさん買う(女の人のいる場所にいく、できるだけストライクゾーンを広くとる)ことだと思います。このことにとりくむことは、たまたま、周囲に女性の知人が多い環境があれば、これはそんなにむずかしいことでありませんが(奥さんとつきあい出した頃の私自身がそうでした)、そうでなければむずかしいことでしょう。でも、フィクションしかない「7段階をどうこえるか」よりは実現性が高いはずです。

2016-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20161207155850

いやbotじゃねーんだから、四六時中監視する必要もねーし、片っ端からである必要もねーし、たまたま1ページ目で目について、気に入らない言い分だったから、で何の不自然もねーだろーがよ

何で分かんねーんだよ

http://anond.hatelabo.jp/20161207154851

そうだよ?断定できないから、疑問をていしてるだけなのに、なんで本人じゃないのに「タイトルたまたま目に入ったでいいだろ」って断定してくるの?

http://anond.hatelabo.jp/20161207154134

タイトルが目に入ったもの全てにネット言及しているの?そんなわけないよね?

なんで興味がないってわざわざ言う必要があったのか不思議だろ?

タイトルたまたま目に入ったでいいだろ

なんで本人でもないのにわかるの?エスパー

http://anond.hatelabo.jp/20161207153950

タイトルたまたま目に入ったでいいだろそんなもん

そこに理由もとめてどうすんの?

それで論進めて「こいつはちょまどに注目してるに違いない」なんてのが証明できるとでも思ってんのかよ

アホくせーな

2016-12-06

自信

自信は持つとよいです。


自信はお持ちですか?


自信のない人はしばしば、すばらしい業績や地位が無いことを理由にしがち。

まり、「私は〇〇を成し遂げたのですばらしい」という気持ちが自信だと勘違いしている。

そして、そういった誇れることがないために、自信が無いのだと思い込んでいる。

だがこれは間違いで、そういったものは自信ではなく、一般に自慢と呼ばれる。


そういう人は日頃の努力たまたまラッキーで業績や地位を手にするとインポスター症候群になる。

なぜならそれら業績や地位は自信と全く関係が無いからだ。


自信とは何か。


それは「どのような不幸が降り掛かっても私は大丈夫だ」という気持ちのことだ。

そのため、いま現在実績が無くても、将来ずっと成果が出なくても、全然関係ない。

2016-12-05

[]

結局4始めた

日本一コマンド入れて始めた

なんとなく武闘会やったらめちゃくちゃ経験値入ってバランス崩壊した

でもレベリング嫌いだから最初から俺つえーできるから俺的にはオッケー

ストーリーキャラは3より全体的に好き

ラズベリルほど好きなキャラはいないけど、平均点が高い

主人公も高感度高いのもでかいんだろうな

3の主人公はクソガキだったかいくら高性能でもあんま使いたくなかったし

あとシステムもすげープレイやす

チート屋で任意にいつでも敵の強さ変えられるし、カネと経験値とマナ割合もかえられるし

あと3の委員会がめんどすぎたからぱっと見でわかる邪シンボルによるグルーピングは好き

でもドッキングとかが全然使いこなせてない

結局ステラ無双しかしてない

5-2で500くらいまではとりあえず上げた

練武もたまたま伝説議員のおかげで妖精の粉一個で可決してくれたからよかった

でも練武3がまだクリアできてないから4にはいけてないけど

4は後日談までやれそうだな

んーやっぱラズベリル編もやっときたいなあ

でも学級会、キャラ回での特殊技の継承がめんどっぽく見えて一度もやったことないんだよな

ビッグバン軽傷させるにはそれやるしかないと思うんだけど

とりあえず本編クリアするかー

ネトゲギルドを抜けた話と愚痴

3つ目に入ったギルドをこの前抜けた。

 

1回目は、たまたま誘われたところだけどギルマスがログインしなくなってやめた。

2回目は、人数だけ多くて交流が全くないところだけど3回目のギルドに誘われたからやめた。

3回目のギルドは、知り合いで集まったけど方針とか無くて人も増えそうにないからやめた。

 

それで次に入りたいギルドを探しているのだが、難しい。

既にアクティブ率高い大規模ギルドなんて入る枠ないだろうし、

ガチ勢なところが多いかカジュアル寄りの自分には厳しい。

いっそ自分ギルドを造ろうかと思ったけどフレンドも少ないし自分ギルマスとしての魅力もない。

何らかのメリットがない限りはわざわざ入っているギルドを抜けてこっちに来たいとも思わないだろう。

 

そもそもまたギルドに入るべきなのか。

正直ギルドに入るよりも個人間で緩い繋がりで遊んでた頃の方が楽しかった。

ギルドメンバーだと素直にNOと言いづらい雰囲気になる。

ギルマスが自分ではハッキリとは言わないけど同調圧力かけたがる側の人間だったか何となくそう感じていた。

アンケートとかも取る前から話を裏で回して結論ありきで開始して、

反対票が少なかったらそのまま流して賛成採用みたいな事なかれ主義というより暗に強権発動して主導権握りたいタイプ

知り合いだからという理由で参加したギルドなのに強くもないリーダーシップでそういう物事の決め方されると白けてしまう。

そのとき自分肯定して欲しいだけのカカシを集めたかっただけなんだなって気づいたので興味がなくなった。

 

いっそのことステ用のギルドに入っとけばいいのだろうか。

それはそれで人から誘われるチャンスが無くなるし。

 

とにかくギルドって意外とめんどくさいんだなって思った。

人間関係で揉めるっていうかどちらかが上か下かという関係性になったときに出てくる方針や前提の違いが一番問題なんだろう。

フレンドでしかなかった関係とき干渉しないという選択があったがギルマスとギルメン関係になった途端に別の関係性になってしまった。

こんなことな最初に断っておくべきだったなあと後悔。

電車の中でヤバい人に出会って朝からMPが尽きた話

朝は確実に座りたい。

同様の思いの者たちが「当駅始発」のマークに並んでいた。

俺もその1人。並びさえすれは確実に座れるので、椅子取りゲーム疲弊することはない。

だが今朝は違った。いつも通り席に座ろうとすると

俺と、隣の人の間に、無理やり黒づくめのババアが入り込んで来た。

結果1人分横にずれて座る俺。狭い。

グイ!と肘で黒づくめババアが俺の脇腹を押してくる。

黒づくめババアと、反対側の人の間には拳2個分程のスペース。

何故そこを詰めずに、俺の脇腹を肘で……と戸惑っているとまた肘を脇腹にねじまれる。

たまたま当たった、なんてものではない。しかも2回目だ。

「そっち側、もう少し詰めてくれませんか」抗議も含めて声に出す。

無言だ。返事の代わりにグイ!とまた脇腹を突かれる。

あ!ヤバい人だ!とようやく気づき、急いで電車を降りた。

無駄トラブルを抱えるよりも逃げた方が良い。しかも出社前だ。

こうして彼女ラッシュの中、2人分以上スペースを確保して電車に乗っていった。

俺は気を取り直して並び直したが、朝からものすごい疲労とストレスでどうやってリカバリーした物か悩んでいる。

少し良いコーヒーでも買って出社するか……。

2016-12-04

小学校先生が「自分意見を言いなさい、思ったことでいいから」な

http://anond.hatelabo.jp/20161204095016

思ったことをそのまま言うのが良いことだって間違った対話の仕方を教育してるんだよね。

一応、考えていないわけではないんだよ?文脈考慮していないだけで。

学術的な対話限定させてもらうけど、俗にいうように西洋議論では「事実を共有し、それを前提として対話を行う」。

から「その話題意図するところを捉え」てからそれを織り込んで喋る、つまり文脈考慮して主張する。

だけど、日本人は「自分がその問題をどうとらえているか」をもって対話を行うし、

何も言わないのは「自分はその問題について何も考えていない」ことになってしまう。

相手との意見見解差異が現れてからそこを論点として、そこから事実確認に入る。

相手意見反論するときだって、実は文脈考慮せず相手の言った言葉のみに反論している。

その結果、日本人の会話には実は文脈が無い。あるいは各々が自分自身文脈を持っていると言ってもいい。

たまに「日本語ハイコンテクストだ」なんて言われるけど、これは各々が持つ文脈たまたま重なったところで会話しているか

背後に大きな文脈があるように見えるだけで、元々文脈を共有していないんだからコンテクストくそもない。

仏教にもそう書いてある。いやマジで龍樹中論によれば人は事実の共有すらできないんだから文脈も当然共有できない。

文脈考慮しない対話にもメリットはある。前提として事実を共有しなくていいからとにかく早い。

会話以前に事実を共有している―例えば同じ体験をしていると滅茶苦茶早く深く対話ができる。

からそれに追加して中学校なりなんなりで西洋式議論練習をすべきなんだけどカリキュラムに入ってないし、多分教えられる先生も多くはない。

なんとかしたほうがいいんだけどね。

2016-12-03

予約したのに待たされる歯科医院には二度と行かない。

虫歯治療が終わって、最終点検で予約してる歯科医院に行った。


オレは予約時間に遅れたことは一度もないし、今日も予約時間前に着いて受付を済ました。


いつもはすぐに呼ばれるが、前の人が長引いてるのか今日全然呼ばれない。

まぁイレギュラーなケースで治療が長引くこともあるだろうし、今日たまたまそういう日なのかなと思って待っていた。


10分経った所で受付の人が話しかけてきたので、あぁやっと呼ばれたのかなと思ったが違った。


受付「何時くらいにここ出られたいとかありまスカ。。。?(めっちゃ笑顔)」

オレ「特にないですケド。。。(ってかそんな時間かかんのかよ・・・)」


それ聞く前にまず普通待たせてること謝るだろ?

何考えてんだ?この受付は。


それから2、3分くらい経ってやっと呼ばれた。


歯科医先生には会うなり「お待たせしてすみまセン。。。」と謝られ、

点検が終わった直後も「今日はお待たせしてすみませんでシタ。。。」と謝られた。

あぁ先生はちゃんとしてる人なんだなと思った。その時は。


待合室で待っていると名前を呼ばれ、会計を済ませると先生も来ていて、

「今回お待たせしてしまったノデ。。。これよかったらもらってくだサイ。。。」

歯ブラシをもらった。


どんな高い歯ブラシなんだろうと思って見たらLIONの200円程で買える歯ブラシであった。

舐めてんのか?こいつは。

そんなゴミみたいな歯ブラシで機嫌取れると思ったんか?


しかもオレは電動歯ブラシ使ってるから普通歯ブラシをもらっても使い道はない。

帰りにコンビニゴミ箱に捨てて、受付カード処分した。


「3ヶ月後に定期検診のハガキを送りますノデ。。。」

と言われたが、来たら受取拒否と書いて送り返そうと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161203101326

それは、たまたま相手人間として最低ラインを超えてたから言えるんでしょ?

メンヘラや人として最低ライン基本的事項が備わっていない人間長期間かかわることがどういうことなのか、実感として分かっていない人間が綺麗ごと言うのは違うと思うわ。

2016-12-02

「喋らない人」について

なぜ喋らないのか考えられる原因を列挙しました

・人との交流に興味がない

特定人達とだけ喋らればいいと思っている。相性が悪い人と無理に話す必要は無いと思っている

・声を出すことや会話が怖い、緊張する。傷つきたくない

たまたま疲れているか気が滅入っている

交流には興味あるが話題が思い付かない。もしくは頭の回転が遅い

・その場の話題に興味が無いか無知である

完璧主義。不完全な発言をするくらいだったら無言の方がいい

必要な事以外は喋らないというポリシーがある

・聞き専である

趣味思考回路が相当変わっている為、普通の人と話題や会話のスタイルが合わないか交流を諦めている(早口論理的にまくし立ててしまう為、普段は話さないなど)

自分が会話に入っていくことが迷惑になると考えている、または自分が嫌われていると思って萎縮している。

・会話の相手を嫌いか、怖いか、興味がないか関係がこじれていて気まずい

・会話する相手がいない。友達がいない

・会話の相手がこちらの沈黙を好みそうな人だから、またはうるさいのを嫌いそうだから

・話しかけた相手に誤解されたり、変な好意を持たれることを予め防ぐ為

・誰かと「話さなくても成り立つ関係」を築きたいと思っているか、誰かと既に築いている(アイドルファンのような関係など)

性格発声方法問題があるのを隠したいため話さない。

・いつかは人に嫌われるような問題を抱えていると自覚している為、最初から人と関わらないと決めている。

・いつか絶対に来る別れで悲しまないように初めから人と関わらないと決めている。

・知られたくない秘密があったり、その場に話の内容を聞かれたくない人がいる

・喋らないことで相手一方的に喋らせ、情報的に有利な立場につこうとしている。

事実でない噂が流れているのを訂正せずに放置しておきたい、偽りの噂によって虚像を作り上げたい為、沈黙している

・「寡黙な人」や、「やれやれ系」だと思われたかったり、神秘的なイメージ形成したい。

・喋らないことで威圧感や不安感を与えるなどして相手を操りたい。もしくはプライドが高く自分からしかけたら負けだと思っている。

・その場の特定の人と人間関係を築くと、自分の別の人間関係に支障を来すと考えている(「あの人と仲いいと思われると困る」)

・目立ちたくない

・どういうキャラで話せばいいかからない(自分キャラクターについて特定レッテルを貼られたくない)。もしくは今まで喋らないキャラだった自分が急に喋ったらどう思われるだろうかと躊躇している。

不祥事スキャンダルを起こしたため嫌悪の嵐が収まるまで交流を断とうとしている。

人間関係に関して破滅願望や自虐心がある。または、孤高の状態に対する自己陶酔

保守化、様子見。会話を断つことによっていままでの関係を維持するか、見直したいと思っている。

事なかれ主義。話に加わると、自分責任が降りかかるなどの災厄があるかもと考えている

・話さないことで逆に何かを伝えようとしている(無言のアピール)

・考え事や、目標達成の為の努力など別のことをしているので話したくない

・人と関わることによって俗欲が生まれたりメンタルが乱されたりして別の活動に支障が出るのを予め防ぐため(隠遁者の発想)

・より低次元原始的欲求が満たされていないから。

・話をしてはいけない場所や状況である

言語が通じない

宗教的理由がある

実験的な理由

・耳が聴こえなかったり、声帯反回神経障害があり、医学的に声が出せないか交流障害を来すほどの知的精神的疾患がある

 一番最初の「人との交流に興味が無い」タイプを分類し直すと、完全に他人に興味が無く、人目も気にしないスキゾイドタイプ自意識は高いが他人には興味無い自意識オンリータイプ一部の人しか興味を持てない選別タイプ、会話より考え事や空想が好きなデイドリーマータイプ日常的で些細な話題に興味が無く抽象的な議論や専門分野や自分の好きな世界のみに興味を示す異星人タイプ、人には興味があるが会話のマナープロセスが面倒臭い怠惰タイプ、別の人間関係で満たされている幸せお腹いっぱいタイプ、歳をとって色々なことに飽きた悟りタイプなどに分けられると思います

また、大きく分けると、喋らないタイプと、喋れないタイプ理由自分にある場合相手環境関係性の中にある場合感情型と目的型と消極型と障壁型に分けられます

※指摘があったので触れておきますが、この記事は喋らない人を見下して書いたものではなく、ただ単に原因を列挙することを目的としたものです。(私自身が「喋ら(れ)ない人」です。)

コメントを読んで、3,4個追加しました。

まぁたまたまだとは思うが

ポケモンGO

行動範囲はたいして変わっていないのに、

昨日今日の二日間で今まで野生で出会ったことのないモンスター複数出会った。

ブーバー エレブー ベトベター

コンプまでの道はまだまだ遠い。

バカになる運

田舎で育ったガキだった。

小さい頃は勉強が好きで、知識を吸収する子だった。

小学校に入ると、「頭いい」・「勉強ができる」ということは恥であると思うようになった。

イケてる子たちがそれをバカにするからだ。

田舎では学歴がある人がそこそこ稼げていても、中卒の地主土建屋がそれ以上に稼いでいた。

学ぶという事はイケてる人間になれなかった者が仕方なしにする事だと思うようになった。

リーダー格が犯罪行為をしても、それをチクる事は法を犯す以上に悪い事だと思っていた。

法律知識なんてのは、力のない者が現実逃避をして自己弁護するためのポーズだとすら思っていた。

 

ある知人は親がどっぷり宗教はまっている

彼は小さい頃からお経を覚えさせられ、科学に対し否定的な考えを持っていた。

スピリッチュアルな単語が様々な現象の原因を説明できるとのことだった。

彼の周りには同じ事柄を信じた人が集まり、その信仰を深めていった。

信心深い彼は小学校の頃から三十になる今までずっと同じ姿勢である

今更彼は、別の角度から物事をみることができないだろう。英才教育が今の彼を作り上げたのだ。

 

私は高校時代たまたま知り合った人に勉強重要性を教えてもらう事ができた。

高3まで頭になかった受験勉強に専心し、上位3%くらいの大学に入る事もできた。

学歴を生かして、いろんな人と交流する事で、自分無知自覚できるようになった。

 

だが、もしその知り合いに出会っていなかったら、その知り合いが自分にとって説得力のない人間だったら、ルックスがかっこ悪かったら、

多分今の自分は別の人間であり、もっともっとバカで愚かな人間であっただろう。

こうなれたのもほとんどは運次第なのだと振り返って思う。

 

からこそ、バカを見下すのではなく、自分の運に感謝し、もっと謙虚にならなくてはいけないと思う。

自分バカだった時代に、正しい事を説得されても納得できなかったのは、見下される事による不信感があったことを思い出す。

自殺した某氏が言うように、謙虚さを持って生きていきたい。

それを自覚できない人たちもまた、運悪く謙虚になれなかった人たちなのだろう。

2016-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20161201153532

どうなんだろうな。

増田場合鬱病の薬を飲んだ結果脳の何処かには耐性があって、たまたまそれが運良く機能してたから今でも社会適応できてるだけかもしれない。

うつ病を患いながら努力すべきドーパミンアドレナリンに恵まれたかもしれないし。

屁理屈ではなく自分禁煙鬱というセロトニン不足から来る異様な無気力感に苛まれた。

努力と忍耐はオレ個人はこうした経緯いなく才能だと思っている。個々人の脳の作りが違うのに忍耐力まで一緒なはずはない。

自分場合内臓が極端に弱くしょっちゅうストレスで倒れるので、努力しようとするほどうまくゆかないという器量のなさも経験してる。

努力は個々人が考えうる範疇で最大限なされるべきかもしれないが、自分ができたか他人もできるんだという発想は割と危険だとも思ってる。

http://anond.hatelabo.jp/20161201053650

「ち」が音便で濁る場合は「ぢ」と表記するのが基本規則で、合成語の元の言葉を把握しやすくするものなんだよ。

カナ文字表音文字から音だけ表せばよいという気持ちわからんではないが、表音文字つっても、厳密には音声を表してるんじゃなくて「音韻」を表してるんだ。

音韻説明するのに典型的な例としては「ん」がある。 例えば「しんぶんし」はヘボン式ローマ字では "Shimbunshi" と書く。 「ん」は音声としては "m" の場合も "n" の場合もあって実際に違う音を出している。 しか日本人はこの違いをほとんど意識することなく同じ音だと思っている。

ならば逆に、音声として同じ「じ」と「ぢ」を同じ音と認識しているかというと、出自が違う音がたまたま同じ音に発音されていると考えるのは自然なことで、統一してしまうのはちょっと乱暴な話だよね。

そうは言っても、時代を経ると区別曖昧になっていくのだろうけど。

君の名は。」に潜む仕掛け―「無常」と「自我」の「対決」の物語

すでにこの映画を見て2週間は経つ。鑑賞直後の雑感は箇条書きで記してはいたのだが、一応もう少しまとめようと思い立ったのでここに記す。

おそらくほとんど人の目には留まるまいが、ネタバレを含むので、ここから以下はぜひ本作をご視聴の上でお読みいただきたい。

また、私自身はこの作品を1度しか視聴しておらず、またこの映画に関する情報パンフレット以外ほとんど(ネット上の評論も含めて)目にしていない状態であるので、思い違いや抜け、または同様の結論に至った他の方の評論がある可能性があることを了承されたい。

また、本文の後半でいくつかの仏教用語使用している。が、恥ずかしながら私の仏教知識は全くの独学であり、また理解もかなり浅いものである。もし仏教用語または知識に間違いがあれば、ぜひとも私のツイッターアカウント(https://twitter.com/gachikibou)またはメールアドレス(gachikibou@gmail.com)あてにご叱正をいただきたくお願いする次第である


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君の名は。」は、大変すばらしい映画だった。

これまで、私は新海誠監督映像作品をいくつか観た(すべてテレビDVD)が、どれも見ていていたたまれない気分にさせられるのがいやだった。今回も「新海監作品」というだけで拒否感が強かったのだが、それを良い形で裏切ってくれる作品であった。

この映画の良い点については、映像作品素人の私でもいくつか挙げることができるが、この文章では、私が「この映画が多くの人の心に深く響いた理由である確信した、ある「仕掛け」について取り上げたい。

私がこの映画で見事な「仕掛け」であると考えるのは、「入れ替わっていた時の記憶は夢のように消えていく」という設定である

ご視聴いただいた方にはわかる通り、この設定は脚本構成必要不可欠であり、それ自体が新海氏の作品テーマの一つである「すれ違い」を生むポイントでもある。

しかし私は、この設定そのものが、多くの観客に非常に深い共感を覚えさせるための、きわめて重要な「仕掛け」であったと確信している。



さて、その「仕掛け」について考える前に、まずは一般的な、夢の「記憶」について少し考えたい。

 

夢の記憶は、実体験のそれよりはるかにもろい。

そもそも、人間が見るほとんどの夢は、目覚めた時には忘れられてしまっているし、たとえたまたま夢を覚えていたとしても、目覚めた後しばらくすると、その記憶が朝のルーチンな行事などによって急速に塗り重ねられていく経験を、多くの人はしているはずだ。

そしてそれは、非常にインパクトのある強烈な夢であっても、実は例外ではない。

 

例えば、前日見た怖い夢について友人に話す時、どうしてもその「怖さ」を伝えることができないというもどかしさを感じたことがある人は多いはずだ。

それにはいろいろな理由が考えられるだろうが、そもそもそうした場合に思い出している夢の「記憶」というのは、実際にはその時の夢に対するおぼろげな「あらすじ」と「『感動』を体験したという『記憶』」を元に、目覚めてしばらく経ってから再構築された、いわば「レプリカである

それは本来の「記憶」ではなく、自分自身によって作られた本来の「記憶」の「代替品」である。そのゆえに、自分自身でもその「記憶」を、生の体験として感じられないのだ。

 

では、なぜ人は、わざわざそのようにもろい夢の「記憶」を、再構築してまで取っておこうとするのだろうか。

それは、その人が、その夢の中で何らかの「感動」(それは「喜び」であっても、人によっては「恐れ」であってもよい)を体験たかである

 

ある夢について、人が「いつまでも覚えている(実際には再構築したレプリカを取っておいている)」のは、その人がその夢の中で、時には現実以上に「感動」させられたからだ。

(つまりは、面白かったテレビドラマアニメDVDなどで保管しておこうという行為と同じである

しかし、そのとっておきたい夢の「記憶」そのものは、前述のように実に「もろい」のだ。

「感動」は個人の心にとって極めて重要体験であり、その存在保証する「記憶」は、ある意味自分のもの」でもあるのに、夢の「記憶」は、いくら手放すまいと抱え込もうとしても、どうしようもなく風化し、変質し、最後には消えてしまう。

すると最後には「『感動』を経験したという『記憶』」という、ある意味抜け殻のようなものけが手元に残るのだ。

この感覚を、自覚している人は多いはずである

 

しかし、人間はそれでも夢の本来の「記憶」をあきらめきれない。

なぜなら、強く「感動」したという事実は、人にとって極めて重要からだ。

からこそ人は、無意識にでも夢の「記憶」を、抜け殻である「『感動』を経験したという『記憶』」を元に再構築して「レプリカ」を作り、それを代替品として残すのだ。

たとえ残しても、その「レプリカ」が、本来の生の「記憶」には及ばないにもかかわらず。

 

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さて、ここまで、夢の「記憶」が本来記憶からレプリカ」に置き換わっていく過程を見てきた。

ここまで考えれば、人はもう一つの事実に思い至る。

 

多くの人は無意識のうちに気が付いているのだ。

実は、夢の「記憶」に限らず、人間実体から得られたものを含むすべての「記憶」も、年月が経つと消えてしまう「もろい」ものである、ということに。

「よかったことの記憶は美化される」というが、実際には美化という「脚色」ではなく、後に再構築された「レプリカ」かもしれず、場合によっては「レプリカ」の「レプリカである可能性すらあるのだ。

 

記憶」は、同じ時代の別の「記憶」や、新しい「記憶」、またはその人自身の心境の変化などによって絶えず影響を受け、さらに年月とともに風化する。

そうして形の崩れた「記憶」を、人は心の棚から引き出して眺めるたびに、足りないところや影響を受けたところを成型しなおし、「ああ、あのころはそうだった」と納得して、引き出しに仕舞う。

仕舞った途端に、その「記憶」はまた変質を続け、風化していく。

そのようなものに、果たしてその「記憶」が生み出されたころの、生の部分が残っているだろうか。

 

そしてその「記憶」がもろく変質し、最初のものと変わってしまっているという事実は、最終的には自分のものの「はかなさ」にたどり着く。

自分があの時得た喜怒哀楽の「感動」を保証する大切な「記憶」が、年月を追うごとに変質し、「レプリカ」に置き換わっていく。

さらにその「レプリカ」すら、風化に耐えられずに「レプリカ」の「レプリカ」に置き換わってしまう。

それは人間記憶システム限界であり、そのような「はかない」もの立脚している人間存在限界であり、どうにも抗えない無情な運命である

この残酷な「はかなさ」を前に、人は多かれ少なかれ、悲しみと恐れを抱くのだ。

 

しかし、いくら「はかない」ものであっても、人はやはり「『感動した』という事実」を保証する「記憶」を手放せない。

それを手放すことは、過去の「感動」を手放すことであり、つまりは「自分自身」の一部を手放すことに等しいからだ。

自分自身」を手放したくないという強い思い。これは、人間という存在の持つ、根源的な欲求の一つといってよい。

 

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さて、ひるがえって「君の名は。である

この作品で、主人公たちは人格の入れ替わりという「夢の体験」に近いもの体験する。

入れ替わっている時の「記憶」は、(夢の「記憶」と同じく)極めてもろく、曖昧ものであることが劇中の様々な演出や、女性主人公祖母経験から示唆される。

また、主人公二人が入れ替わっている最中のことを把握しようと相互に残した記録すら、「世界修正力」とも呼ぶべき現象によって、問答無用に消されていくのだ。

この演出は、夢の中で強烈な「感動」をしながら、夢の「記憶」が消えていくのを経験した人々(たぶん非常に多いはずだ)に、夢の「記憶」の「はかなさ」、どうあがいても失われてしま焦燥感と苦しさを思い出させる。

 

しかさらにその後、この設定の巧妙さが控えている。

この映画において、入れ替わりの「記憶」は、夢の「記憶」と同列にできるものではない。

なぜなら、その「記憶」は(時間軸のずれはあるにせよ)現実世界での体験によるものからだ。

ここで視聴者は(特に視聴者層として想定される若い世代にとっては無意識のうちに)、自分の持つすべての「記憶」そのものも「はかない」ということに気づかされる。

そしてその「はかなさ」は、前述のようにこれまで確かだと思っていた「自分自身」、つまり自我」の「はかなさ」へと続いているのだ。

 

 

この作品が、単なる「恋愛のすれ違い」を描いた作品でない点は、ここにある。

この作品の入れ替わりの記憶に関する「設定」そのものが、人が「自我存在のはかなさ」に知らずのうちに触れる、という高度な「仕掛け」となっているのだ。

 

そしてさらさらに、この仕掛けにかかった視聴者は、「自我のはかなさ」を抱えながら、大災害から人を救いたいという強い想いの結実と、主人公二人の恋の結末を追っていくのである

自我のはかなさ」という「無常」を自覚しながら、それでも捨てきれない「感動」を最終的には得るのであり、これをあえてたとえるなら、大乗仏教における「色即是空」の一端を突き付けられながら、それと相反する「自我」を、恋の思いを主軸にした「感動」として体感させられているようなものである普通人間にとって、これが強烈な体験とならないはずがない。

 

この作品を、「何か『高尚な深み』がない」とか、「ヒットする要素が盛りだくさんで鼻につく」といって評価しない人がいるようだが、前述の「仕掛け」が意識されるならば、その評価は間違っている、と言えるだろう。

確かに、ストーリー上はこの作品恋愛物であり、その結末そのものに何らかの「高尚な思想」は存在しない。

最終的に二人は再会し、そして新しい「記憶」が生まれるだけである

しかし、上記の「仕掛け」による、実は仏教的ともいえる「無常」と、それと対立する「自我」を強烈に意識した構成は実に見事であるし、十分に評価に値すると、私は考える。

 

何より、「無常」と「自我」の対立、というよりは映画エピローグの流れてとしてはむしろ「対決」を、恋愛ドラマをもとにしながらも、とりわけ若い世代視聴者体感(おそらく初経験だ)させるなど、尋常映画ではない。

この点で、私はこの映画日本アニメ映画の中でも特筆すべき存在であると考える次第である

 

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この映画に関して、もちろん上記以外優れた点は数多くある。

今回記した部分はあくまでも私が特に注目した点であり、冒頭に述べた鑑賞直後の箇条書きの全体量で言えばせいぜい1-2割といったところである

海監督の特徴である映像意図的な美しさや、おそらく何度も検討を重ねて練り上げられた脚本など、評価するところはまだまだあると思う。

しかし、私自身まだ一度しか視聴していないこともあり、また映像脚本に関してはより以上に素人であるので、それ以外の評価は他の方にゆだねたいと思う。

 

そして、私はやはりこの映画は、10から20代の「無常」に関して初心(うぶ)な若い世代に鑑賞していただきたい。

この映画で抉り出されるものは、少なくとも2500年ほど前から人類が立ち向かっている、非常に大きく根源的な問題の欠片である

それに触れた経験というのは、おそらくそ若者にとってかけがえのないものになるだろう。

2016-11-30

年下の同僚がクソすぎて本気で反吐がでそう

今まで生きてきた中でいろんな人と関わってきたけど、どうしても反りが合わないって人は何人かいた。

性格や習慣の違いとかあるからこういうことやるのは許せないってのはあるし、それを平気で行ってる人はいるわけで、

中にはなんでかしらないけど嫌悪感でいっぱいになる人も数える程度にはいた。

ただただしゃべり方が気持ち悪い、態度が気持ち悪い、しぐさが気持ち悪い、不思議だけどただただ気持ち悪くて話しかけるのも話しかけられるのも嫌っていう。

ただそういう人とは関わり合いしなければいいだけで、近くに一定以上寄せ付けなければそれでよかった。

が、社会人になるとそういうわけにもいかない、仕事として割り切って対応するしかない場合もある。

嫌いなクライアントでも笑顔対応しなければならないし頭下げなければいけない。

帰りに一杯ひっかけてバッティングセンターいくなり風俗言って一本ぶちかますなりしてスッキリして明日を迎えればいいんだから


でもさ、その相手が外部ではなく内部だと地獄だよね。

ちょっと前にチーム配置換えがあったんだけど、その中のメンバーが本当にクソすぎて毎日イライラが止まらない。

・とにかく口が悪すぎる。

一応そのチームをまとめる立ち位置にいるが、その立ち位置に胡坐かいてるのかしらんけど、年上の私にキレたヤンキーですか?ってくらいひどい口調で話す。

何かその人の感にさわったことがあったんだろう、それを指摘するときにひどいもんだ。

「おい、こっちこいよ!」とか、「てめぇがわりいんだろうが」とか、「おめぇの意見はきかねぇよ」とか、んー、舎弟にでも相手してるのかな?

当方体育会系で育った身分から、そういう無礼な態度はとにかくイラっとするんだよね。

立場としては上だったとしても、その態度はどーなんかと。

本当にしゃべりたくない、かかわるのも最低限にしてるけどなんだかね。

メンバー卑下することしかせず、称えることをしない

チームの売り上げを上げたいから協力してほしいみたいだけど、こういう態度ばっかりしてるやつとは一緒にやる気も起きないわ。

そもそも作業メインな立ち位置のやつにいきなり

「お前らも作業ばっかりしてたら目標達成できねーから、ウチは社内ニート雇ってる余力ねーからな、何とかして仕事取ってこい」

とか言うだけ言って、実際仕事取るための動きとか具体的方向性何もねーのな。バカじゃん???

そんな中、俺がとあるつてからひょんなはずみで仕事がもらえそうってことになった時、こいつ何にも言わなかったからなww

ほんとさー、なめてんのかな??

そんなに自分のやりたいようにしたいんなら全部外注で一人でまわしてくれよ、そのほうが効率いいっしょ。

たまたま共通話題があったからそれに関して話したときも、作風がどうの監督がー制作会社の風潮がーどうのーと何を能書き垂れてるんだろうと。

挙句にその視点は間違ってるだの語りだすあたり、夜な夜な2chの実況スレコテハン付の批判厨なんじゃないかな、どうでもいいけど。

絶対こいつ結婚どころか恋人すら作るの無理だろうな。

メンバーのいうことを聞かない、答えない、信じない

朝体調が悪くて遅刻する羽目になったんだけど、私典型的頭痛もちでたまにひどい頭痛に襲われて動けないときがあるのよ。

ただいつものことで薬飲んで軽減してくればいけるからちょっとだけ遅れるかなーって感じだったんだがね。

「そんなことより今すぐ病院いけ、診断書とってこい」

とか急にいうわけ。

体感でも病院行くほどじゃないし薬効いてくれば大丈夫だっつってんのに聞きやしない。

挙句

体調不良責任もてよ、それとも仮病なのか?」

とか言い放っちゃう

もうねー、俺もいい大人から必死我慢したけど、正直ぶん殴ろうかと思った。

何でこんな奴がまとめ役になってんだろうと、それを判断した部長もどういう判断だったのかは知らないけど、

こいつ人をまとめる柄じゃないよ、仕事をまとめるのもままなってないやつがトップでどうするのよ。


こいつのせいで毎日気分どん底ですよ、あまりイライラ毎日で隠し切れないから回りにも悪く見られがちになってるし、

精神的なやつで体調崩さないか心配だわ。

もう今のうちからチーム異動打診しとこ。

っていうか、こいつが今後俺の査定に入るとなると間違いなく給料なんて上がらないか転職先さがそ。

退職理由あいつがくそすぎるからって言ってやろうかしらねー。

まぁ今までのことは部長とかにクレームあげてるからあいつも落ちればいいんだけどね。

あー、ほんとクソだわ、クソクソ。

個人情報は、別途定めがあるものを除き、継続的に保管されます

Wi-Fiの詐欺チラシが流行中。マンション管理会社と誤認させる暮らしナビ(ヒカリテレコム)に気をつけろ | netgeek これの件。

挙がってるのを含めて、同じようなのが何度も届いてて、それがたまたま残ってたので見てみたところ、それに共通して特徴的な文言があったのでメモ

当社がお預かりした個人情報は、別途定めがあるものを除き、継続的に保管されます

日本政府観光局外国人向けページって大丈夫

調べ物をしていてたまたま日本政府観光局外国人向けページを見た。

特集記事の中にアニメキャラの瞳アップを並べたヘッダー絵の「箱根フューチャリングアニメロケ地」みたいなのがある

http://japan-magazine.jnto.go.jp/en/special_santen02.html

箱根アニメと言えばエヴァだよな。最近だと弱ペダも舞台になったし」と思って読んでみたが「箱根アニメでも舞台になった」とは書いてあるが具体的な作品名は無し。

まあ権利とかの処理が面倒だから具体的な作品名をあげてないのかな~。でもあの作品のあの場面はココ!とかやった方が訴求力あるのにな~などと思いつつ読み進めていくと唐突に「アニメ制作者は目の疲れに苦しんでる」との表記

そこから参天製薬の目薬の成分がキャラクターになったオリジナルアニメ「アイドロップス」の紹介へ・・・

うん、箱根と全く関係ないよね?

日本観光案内で日本製品を紹介するのはアリだとは思うけど、記事の内容と全くリンクしてないんですけど。

なにコレ、ネイティブアドなの?

日本政府観光局のページはスポンサーさんの協賛でできてるの?

アニメ観光資源の一つとして外国人向けにPRするのは良いと思うけど、記事広告はきちんと切り分けないとアカンだろと思いました。

他にもプリンスホテルグループの会員カード広告記事もあるし。

広告記事ダメだとは思わないんですが、他の一般記事区別なく一覧表示されているのはよろしくないのでは。

PRとかAD表記をするべきじゃないですかね。

山本一郎氏にでも突っ込んでいただきたい案件

人の話をどれ位聞いているか?という話


色々あって先々月から海外に住み始めた。

バリバリ日本人で、英語も全くもって得意じゃないし、住んでいるのは英語圏ですら無い。

そこで感じたことなんだけど。




私が人の話をまともに聞いてるのは3割ぐらいで、あとはだいたい雰囲気で会話しているんじゃないかという話。

3割というか単語だけど。



ここの国の言葉で話しかけられた時に、何言ってるか単語1つすらわからなかったんだけど、何を言おうとしているか雰囲気でわかる。

なので、首を縦とか横に振って普段は過ごしてる。(まあちょっとずつ単語ぐらいはわかるようになってきたけど)



仕事の時には拙い英語で会話する。でも相手は訛りとかもあって、何言ってるかあまりからず、ちょくちょくわかる単語とか雰囲気から会話の内容を推定する。

英語リスニングしてる感じになっちゃう。会話はうまくいかないことの方が多いけどまあなんとか成立してる。(とこっちは思ってる…)



で、ここからが本題なんだけど、改めて振り返ってみると日本にいたときもたぶん一部の単語しか聞いてない。

会話中に、「話の主題は合ってるんだけど筋がずれている」ことがちょくちょくあったし。

これ、日本だとたまたま噛み合っていることの方が多かっただけでずっと雰囲気しか聞いてなかったんじゃないかという気がしてきた。



まり私はこの二十数年間ほんとの意味での会話をしてこなかったんじゃないだろうか。

すごく怖い。

みんなちゃんと会話してる?話聞いてる?

日本語で全く喋らなくなったからかもしれないけどなんだか不安になってきたよ。。。。

会話ってなんだろう。

2016-11-28

月曜日たまたま

うまくいった。

と思ったら、次にはうまく動かない。

PHPか?

たまたまだったのか?