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2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519173557

居酒屋ってこういう女の子絶対にいる。

5年間チェーンの居酒屋で働いていたが、

元増田がいうような女の子いたわ。

それで揉めた男性従業員もいたし……。

居酒屋って謎の団結力というか友情というか擬似的な家族というか……、

妙に仲良くなることがあるよね(働いたことが無い人は分からないけど思うけど)。

仕事に支障が出てきたら注意した方がいいよ。

そうじゃないのなら様子見だね。

いやー元増田気持ち凄い分かる。

今以上に面倒なことにならないといいね!

職場JD乳房

居酒屋チェーン店長をしているのだが、最近入ってきた女子大生バイトの子がちょいちょい俺の肘や背中乳房を触れさせてくる。シフト希望の用紙を渡してくる時、ほんの一瞬だけ乳房で俺の背中をサワサワーと撫でてから、前にまわりこんできたりする。

そういうことがもう何度も続いている。俺がからっとしたタイプなら「今おっぱいサワサワーって触れたぞw」と言って軽く流すのだが、残念ながらまったくそういうキャラじゃない。毎回サワサワーに気づかないふりをしている。

の子はどちらかというと地味なタイプで、あまり化粧にも慣れていない感じで、たまに異様に真っ赤な口紅をつけてきてみんなから日本人形かよとからかわれたりしている。もしかしたら処女かもしれないなんて噂もある。年も俺より一回りぐらい下だ。

彼女さりげなく乳房をサワサワーとするような子だとは誰も思っていない。

俺は店長だし、当然こんなこと誰にも話せない。話すべきでもないだろう。むしろ俺の方が変な奴だと思われる恐れもある。

正直、俺は今までこんな経験をしたことが無い。こんなことをしてくる女にもはじめて遭遇した。

珍しいことなんだろうか?よくある話なんだろうか?ちょっとヤバイ子なのか?

男女逆だったら一発でアウトだろう。職場さりげなく股間を押し付けてくる男がいたら、通報モノだ。そう考えたら、俺はほんらい怒りを感じるべきなんだろうか?ポリコレ的には憤るべきなのか?

だが怒りはまるで感じない。なぜかというと彼女は地味だけどかなり見た目が可愛らしく、胸も大きいし、好きな映画とかミュージシャンを教えるとすぐにチェックして楽しそうに感想を言ってくれるし、うるんだ瞳で真っ直ぐにこっちを見てくる時の表情が絶妙にいじらしくて、正直に書いてしまうと俺はこの子にはまりはじめている。

乳房サワサワー絶対に偶然じゃないと思う。わざとじゃなければこんなに何度もサワサワーとなるはずがない。

一体どういうつもりなんだろう?

みんなの意見が聞きたい。

と、ここまで書いたのが一月ほど前。増田にアップしようと思いつつ何となく放置していた。

そうしてるあいだに状況が大きく変わってしまった。

今、うちの職場修羅場と化している。なんと六人いる男性従業員がみんな彼女に狂ってしまったのだ。大学生から妻子持ちのおっさん社員まで、揃いも揃って彼女にご執心だ。長年の友情破綻しそうなやつらはいるし、思いつめてみるみる痩せていくやつもいる。

なるほどこれがサークルクラッシャーってやつか。

世の中にはこういう恐ろしい怪物がいるらしいという噂は聞いていたが、初めて目の当たりにした。というか、俺もすっかりはまっていた。情けない。

彼女が巧みに男心を操っているのか、男たちが勝手にはまりこんでいるだけなのか、そこら辺の機微はわからない。

しかし、乳房サワサワーのことを考えると、やはり彼女は全てを掌握しているような気がする。俺以外の男たちにも乳房サワサワーをやっていたんじゃないか魔性の女って、以外とこういう地味な子に多いのかもしれない。

とりあえず俺は周りを見ているうちにかなり正気を取り戻せた気がする。今でも潤んだ瞳でじっと見つめられるとおかしくなりそうだが、どうにか耐えている。

あとの男たちはダメだ。完全にいかれている。客観性のかけらもない。全員が「彼女は本当は俺を愛している。だからおまえら全員死ね」という世界観で生きている。目が飛んでる。

男同士のフェラチオ流行っているのか?

実のところ男子が集まるとフェラチオは発生する

これは友情確認行為として行われる

友だちがいない、いても淡白な付き合いしかしていない場合には経験しないため、存在認識できないことはある

ちなみにこれは同性愛行動ではない

こうかくとホモフォビアだと思われるかもしれないが少々ことな

本気で舐めたいと考えるのはアウトなのだ

あくまでこれは友情確認行為からである

もちろんちんぽは美味しいので、男子たちの理性は遊びと本気の間で揺れ動くことになる

そこを楽しむことも醍醐味ひとつである

2017-05-18

安倍内閣の主張

総理はなにも違法なことはやってない。適切にやっている。

適切にやっているから詳細を説明する必要はない。

国会での議論が進まないのは民進党共産党が悪い。

民進党共産党は誠実に国会に向き合うべきだ。


条約批准するために、共謀罪国会通過させる必要がある。

でも政治家が悪いことするわけないから、共謀罪から政治犯罪は除いておく。

政治犯罪を除いたとしても条約批准はできる。なんの問題もない。適切にやっている。

言葉の使い方なんてどうでもいいじゃないか

1つの単語意味が変わったところで法律に影響はない。

俺たちは雰囲気法律を作っている。


総理の知人が利益を受けたからって、それの何が悪い

法律の枠内で進めてたら、たまたまそうなっただけだ。

友情と年長者への敬意こそが大事なのだ

2017-05-17

子供の頃のエロ体験の影響

ネットメディアが発達し、自慰する際のお供には良い時代になった。

しかし、未だにメインは妄想である妄想というか、体験の反芻というか。

子供の頃のエロ体験が数十年経った今でも未だに抜け切れない。

小学二年の時、音楽時間合唱するのに並んでいたら、隣だった女の子に突然「ねえここ触ると気持ちいいの?」とちんこを掴まれ、揉まれた時。

ませた子の悪戯だったのだと思うが、腰が砕けるくらい気持ち良かった。あれで性に目覚めたといっていい。

小三の時、友人の家に泊まりに行った時、プロレスごっこの延長でくすぐり合いをしてたら、美人で(今思えば)色香抜群の友人の母が参戦してきて、友人に抑えられて友人母に身体をくすぐられた時。

くすぐったいというより、信じられないくらい全身に快感が走った。びっくりしてその時は確か泣いてしまった。

やはり小三くらいの時、友人とちんこの話で遊んでて、何故かお互いのちんこでチャンバラをする事になり、短いちんこをぶつけ合った時。

気持ちいいというより凄い興奮してしまった。

それくらいの時って友情恋愛感情区別ついてないから、その友人との擬似セックスみたいな感じだったのだと思う。

これらの事を思い出しつつ自慰をする訳ではあるが、では性癖としてくすぐりが好きとか着衣でもまれるのが好きなのかというとそうではない。

イメクラ風俗で満たせるかというとそうではなく、行ったらむしろコレジャナイと落胆するだろう。

ませたクラス女の子に突然揉まれる、ちょっと憧れていた友人の美人母親にくすぐられる、当時の感情で仲の良かった友人だからいいのであって、取り戻せるものではないのだ。

トラウマというほどではないけど、今の自分に多大すぎる影響を与えている。

他方、子供の頃に性的トラウマを植え付けられたら、そのことの前に不快感が先立ち、嫌悪してしまうであろうなと思う。

自分の周りで話を聞く限り、やはり兄や父から、また近所の大人からそういう経験をしてる女性結構割合でいる。

大人子供にどのように健全体験をさせるかが重要なのであろうなと思う。

2017-05-16

性愛がもう少し周知されても良いのではないか

私は無性愛者で、人に恋愛感情を抱いたこともなければ性欲もない。

恋愛感情理解できないけど、人付き合いは好きだし、友情家族愛はちゃんとある

ということをどれだけ説明をしても、

「とりあえず付き合ってみたら?」

理想が高いだけじゃない?」

「人に対して感情がないの?」

虐待を受けて来たの?」

モテない言い訳?」

「格好付けてるだけじゃない?」

「かわいそう」

というような、ありえない、理解できないというような返事ばかり返ってくる。

同じセクシャルマイノリティ人達となら分かり合えるのでは、とLGBT活動にも参加してみた。

しかし、返ってくる返事は同じだった。

マジョリティに阻害され、同じように生き辛さを感じてきたはずの当事者支援者にさえ差別的言葉を投げかけられたときはショックだった。

そして活動に参加してみて気付いたことだが、LGBTパレードイベントスローガンには「愛がいかに素晴らしいか」ということを全面に押し出しものが非常に多い。

有名なところだとLoves WinLove is Loveだろうか。

恋愛感情パートナーも持ち合わせていない私の居場所はここでもないのだと疎外感を感じ、絶望して次第に参加しなくなった。

昔は理解してもらいたくて色んな人に説明していたけど、最近は諦めて「仕事に集中したいか恋愛はしない」と言うことにしている。

でも20代中盤になってくると結婚出産の話は避けられないし、その度にウソを演じることに疲れ切ってしまった。

性愛者は人口の1〜3%はいるらしい。

同性愛者が大体10%と言われているので、マイノリティの中のマイノリティではある。

配慮してほしいとは言わないから、こういう人間もいるのだということを知ってほしいと思う。

だけど無性愛者は同性愛者の人達のようにパートナーと堂々と街を歩きたい、結婚をしたいというような社会に訴えるかけるようなこともないから、可視化もされにくいし、当事者同士で団結もしにくい。

どうしたら良いのかわからない。

そもそも恋愛ってなんだよ

セックスのないバムとケロ的な関係がほしい

子供の頃の無邪気な友情を忘れちまったのかよお前ら

2017-05-14

物騒少女マキャベリズム

すごく面白いと思った(小学生並みの感想)。

アニメしか見てないか原作は知らないけど、アニメで満足してるので原作は読まないけど、すごい面白いと思った。

武装少女マキャヴェリズムを見ていない人にも分かるように武装少女マキャヴェリズム解説すると、美少女チャンバラしてキャッキャウフフな学園生活を送るバトル系美少女アニメ漫画)です。以上

何故ぼくがこのアニメ面白いと思ったかというと、このアニメは「キャラクターが立っている」からです。

銃刀法喧嘩を売るような学園生活を送る作品が何千何万と作られてしまった今の時代において、ストーリーにおいて優劣が付くことはほとんどないと私は思っています

余りにも段取りが悪いと目が滑り減点対象となる、程度でしょう。

特にこのアニメ場合段取りはとても普通四天王系のキャラクター(天下五剣)を次々に倒しては仲間にしていく、昨日の敵は今日の友って古い言葉もあるけど方式であり、プラス評価マイナス評価存在し得ないです。

まりは、この作品評価軸はほぼ1つ、キャラクターの立ちっぷりにあるわけです。

さて、みなさんは「キャラクターが立っている」と聞いて何を想像するでしょうか?

「そのキャラクターに人気がある」「そのキャラクターが遠目に見ても分かる」「そのキャラクターが独特である」「そのキャラクターかわいい(かっこいい)」「そのキャラクターが他のキャラクター区別できる」「そのキャラクターの作中での役割がはっきりしている」「そのキャラクター話題だけで何日も話せる人が存在する」「そのキャラクターが登場すると雰囲気が変わる」「そのキャラクター作品看板になる」「そのキャラクターコラ画像が作られる」

様々な物がありますよね。

どれも正しいと思います

私が今回使っている意味での「キャラが立つ」は「そのキャラクターの作中での役割がはっきりしている」という部分についてです。

ごめんなさいクイズじゃないのにクイズみたいになりました。段取りミスたかもです。

とにかく、私が武装少女マキャヴェリズム面白いと思うのは、それぞれのキャラクター役割がはっきりしているからです。


では一度、私の考える武装少女マキャヴェリズムキャラクター立ち位置を語ってみます

納村 不道  ー混沌/善 ー主人公   社会的束縛からの開放を望む視聴者気持ちの受け皿

鬼瓦 輪   ー秩序/善 ーヒロイン  社会自分たちを認めさせたい気持ちの受け皿

亀鶴城 メアリー秩序/中庸チョロイン チョロインを求める気持ちの受け皿

花酒 蕨   ー混沌中庸狂言回し  姉御肌のキャラクターを求める気持ちの受け皿

眼目 さとり ー混沌/悪 ー中ボス   世界に漂う正体不明な悪意の具現化を求める気持ちの受け皿

因幡 月夜  ー中立中庸雷電    解説担当キャラを求める気持ちの受け皿

マツコ    ー中立/善 ー相棒    男同士の熱い友情を求める気持ちの受け皿

天羽 斬々  ー中立/悪 ーラスボス  宿命的な戦いを求める気持ちの受け皿


大体こんな所でしょうか。

見ての通り、どのキャラがどのような役割なのかがとてもハッキリしています

微妙役割が被っている所も無いわけではないのですが、明確な役割被りはありません。

ストーリーの運びもそのキャラクター役割を崩すことなく進んでいます

まずヒロインを仲間にし、ヒロインを焚き付けるためにチョロインを用意し、ヒロインレースとは別枠で動けるキャラクターを味方につける、と、やり尽くされた伝統を崩すことなくとても丁寧になぞっています

まるで伝統芸能の如く、役割のハッキリとしたキャラクターがその役割の通りに動く、ただそれだけの作品です。

しかし、それが私にはとても心地よいのです。

どこか懐かしい気持ち安心してみていられます

昔の作品をまた見ればいいと思うかも知れませんが、それでは違うのです。

何が違うかと言えば作られた時代が違うのです。

昔の作品にはどうしても、当時の感性デザイン流行り、文化、そういった物があるのです。

もしもそれらを今見れば、「懐かしい」という気持ちが生まれしまうでしょう。

それを求めてみているのならばそれはとても素晴らしいですが、そうでないならば時としてノイズになります

なので私は、今風の絵柄や世界の中で、昔なじみの事をやっている作品を求めてしまう。

その気持ちにこの作品はとてもフィットしています

やり尽くされた伝統継承しつつ、あくま現代空気をまとわせて換骨奪胎させているのがとてもいい。

最近孤独感と粘着ネトスト女との友情しかなくてしにたい

死ぬなら親が自分にかけてくれた教育費、ていうか今まで養ってくれた分のお金は返したいが働いてその分を返せるようになった時って、もうそ人生うまくいってんじゃね?

2017-05-13

キモくて金のないおっさん友情を育もうとしても社会不適合者で人格的にやばい人としか知り合えないので無理っぽいんですよね

2017-05-07

プリパラを見ろ

鬱で家を出られなくなって時間を持て余してたけど、プリパラ見て随分幸せになれたなぁと思う。

1年目は友情の芽生えとすれ違い、2年目は才能と努力、3年目は親の愛と仲間の絆が描かれて、子供向けなのにずいぶん骨格のしっかりしたアニメだったと思う。

らぁらママとグロちゃんの再会やユニコンのファルルやボーカルドールへの愛情、みれぃの努力勝利にはかなり泣かされてしまったし、SoLaMiSMILE結成や純・アモーレ・愛、Mon Chou Chouには大人げないけど感激のあまり大声上げてしまったりした。

ただ童心に帰って楽しんでいたというわけじゃなくて、なんとなく自分の小さいころやらいまでも抱えてるコンプレックスに重なるところがあるように思えて、まぁそれこそ女児のように感情移入して見ていたわけだけども。

ハマって、劇場版CDも集めて、最新映画も全コース見に行って、ゲームも筐体版まで遊んで、プリパラおじさんやってるときが、もう月並みだけどとても楽しくて仕方なかった。

これくらい、誰かが前向きになれる仕事をしたいなぁって、少し前向きになれた気がする。

アイドルタイム発表当時は結構不安はあったけど劇場版エンディングラストのシーンで「あ、これは大丈夫なやつだ」っていう謎の確信を得て、予想通り今でも楽しめている。

今回はまだテーマこそ「時間」っていうキーワードくらいしか明らかになっていないけど、OPテーマの「Just be yourself」の歌詞にすでに涙。

いまならまだ始まったばかりだから間に合うのでぜひアイドルタイムプリパラを見てください。

2017-05-05

違和感の塵

仲良しの友人が二人いる。

一人は高校時代に同じクラスになり、それから何年も定期的に遊んでいる。

その友人づてに、ネットでもう一人の友人と知り合った。


二人は気が優しく、私の失敗をいつも許してくれる。

(失敗のほとんどは電話中の寝落ちだ)

たくさん話して、たくさん遊んだ旅行にも行った。二人とも明るく穏やかで下ネタが好きな、楽しい友人だ。


だが最近、何かが嚙み合わなくなってきたと感じる。


違和感があるのだ。ひとつひとつものすごく些細なことで、

私の心が狭いがために起きていることかもしれない。

具体的には、例えば予定調整だ。

二人はよく、「この日に〇〇をやろうと二人で決めたが、あなたはどうか」ということを尋ねてくる。

暇であれば参加するし、忙しければ断ってきた。

最初特に何も思わなかったが、一度だけ強い違和感が引き起こされた時があった。

旅行だ。

二人だけで旅行計画し、日程を決め有休をとり、そこで初めて私に「旅行に行かないか」と誘ってきた。


正直に言えば、非常にショックだった。私は間に合わせなのかと感じた。

この時は「次からは決める前に言ってくれ」と伝えることで私の気持ちは収まった。

良かれと思って誘ってくれたのだろう。旅行は実際楽しかった。


けれど、それからも予定調整に関してはあまり改善されなかった。そもそもそういう習慣がないのかもしれない。

話の流れというのもある。価値観の違いは発生して当然だ。


一つ気になると、すべて気になってしまものだと思う。

先日、自宅に二人が泊まりに来た。

私は職場飲み会があったので、あらかじめ鍵を渡して「先に入っておいてくれ」と伝えていた。

大して楽しくもない飲み会が終わり、「〇時ごろに帰る」と二人に連絡。

家についてノブを捻ると、鍵が開いていなかった。

それだけだ。たったそれだけで、その場に崩れ落ちそうになってしまった。

別に「鍵を開けておいてくれ」と頼んだわけではない。開いていないのも仕方ないことだ。当然かもしれない。

その、ほぼ当然のことがなぜか苦痛だった。


インターホンを押して友人を呼び、中に入ると、私のタオルちょっとしたイタズラがされていた。

好きなキャラクタータオルが布団に広げられていたという、他愛ないものだ。

荒らされていたわけでもなく、タオルを隠していたわけでもない。横の袋に、見つけようと思えばすぐ見つかるくらいの置き方だった。

そんなことすらももう嫌で仕方なかった。

酔っていたからかもしれない。最近仕事がつらく、ストレスを溜めていたからかもしれない。


優しくて素敵な友人だ。いつも私の失敗を許してくれる。

そんな二人の些細な、失敗とも呼べないような食い違いを、私は受け流すことができない。

もちろん、これからもずっと関係を続けたい。それは本心だ。


でも、もしかしたらそう遠くないうちに、私と二人は友人でなくなってしまうのではないだろうか。

それまでに私はどうすればいいのだろう。何を変えればいいのだろう。

この神経質で、怒りっぽく、他人にだけ厳しい性格矯正すべきだろうか。

口に出したりはしなくても、違和感はその都度頭をよぎってしまう。脳は素早い。


この違和感が積もり積もって、いつか口から飛び出してしまったら、友情の終わりが来る。

2017-05-03

同人活動結婚、約一年後の心境。

http://anond.hatelabo.jp/20160622100234

この記事を書いた者です。

年間アクセス7位になっているのに気付き、久しぶりに記事作成をしようかなと思い立ったのでこれを記しています。あとゴールデンウイーク突入し、暇なのもあります(笑)

本文、追記共に当時の自分の心の澱と人には中々主張出来なかった故の断定的かつ鬱屈した感情がみっしりと記されていて、書いた当人ですら読んでて疲れました。

ただ、この記事自分気持ちを発散したことで実に穏やかな気持ちになれたのは確かです。

この匿名ダイアリーという場で、多くの人に自分の実際に感じたこと、体験したことの一部を『わたし』という人間が見えない場所から発信し、意見を貰う。カウンセリングに行くよりもずっと効き目の高いセラピーになりました。

発信して初めてわかったことがありました。それは、私みたいな生き方をしている人間は思っているよりもいなかったことです。

自分多数派だなんて考えは当然ありませんでしたが、「私と同じ悩みを抱えて、苦しんでいる人は多いのかもしれない。そういう人がいるんだよって発信したら、私みたいな人間は救われるのではないか」くらいのことは思っていました。

ただ、反応を見る限りだとそうではなかったみたいです。共感以上に、私や周囲の異常性、読み物としての感想が多く、もしかしたら私自身の考えや生きてきた人生というのは、自分が思ってた以上に異常なのかもしれないということにお恥ずかしながら初めて気付かされたのです。

しかすると、普通は越えないような轍を何個も何個も越えてきてしまい、引っ込みすらつかないのが私の人生なのかもしれない。

そう考えると、ここに記した殆どのことは、実生活の私の「墓場まで持って行く秘密」にしないと、あまりにも受け入れがたい事実なのだなぁと感じました。その位、人には理解しがたい人生を歩んできてしまったのだと。

これはとてもさみしいことです。だからこそ、インターネットで発散できてよかった。もしそうでなければ、私はこの澱んだ感情をずっと抱えたまま死んでいかなければならなかった。誰も私を理解できないと、自分けが思ったまま。

そんなことすら、人に認められないと自認できない。

承認欲求の底知れなさを思い知りました。そして、私は、そういうことと一生をかけて向き合うのかもしれないと。

そういう性質性格なのだから、仕方ないですよね。今はそうやって自分と向き合えるようになりました。

同人活動なのですが、Twitter中心で細々と続けています

エントリーに関するRTが流れてくるたびにドキドキしていましたが、誰もそれを書いたのが私だとは気づいていないみたいです。今では誰も話題にしていません。インターネットなんて、そんなものです。

二次創作を描けば1000を超えるRTを頂けることもありますが、そのことに関して前よりは落ち着いていられるようになりました。というよりも、RTされるネタの書き方みたいなもの感覚で掴みました。

完全に記事脱線するので詳しくは書きませんが(そもそも感覚なので説明も難しい)、別に絵が上手いとか特別技量がなくても伸びるときは延びるのだから一喜一憂していたらキリがないなぁと。

即売会は、行く回数は減りましたが参加しています。ただ、もう新刊を作ることはないかもしれません。キャラクター愛やそれを人と共有したいという感情が前よりも薄れました。

創作が楽しくなくなったわけではないのですが(これに関しては後述します)、なんでしょう。これが年をとるということなのかな。自分の中で「思い出」になりつつあるんです。

好きなキャラCPきっかけにして、Twitterでつながったり、Skypeをしたり、自分で本を書き、人の書いた本を読み、萌えて転げて、アフターや日常でも仲間同士で集まって、そのキャラの話で花を咲かせて。

そういう光景を見かけると、楽しそうだなという感情にはなるのですが、参加したいなという気持ちにはならなくなってしまいました。

でも、気の合う子とのおしゃべりは今でもとても楽しいです。みんな会ったとき10代でしたが、今では大人になりました。結婚している人は多くないですが、会うとキャラ萌えを語るより、近況を話すことのほうが増えました。

そんな私をつまんない人だと感じる人は、どんなに仲良くしていたとしても離れていきます。でも、それでいいんだよなと。

今、一緒にいて楽しい人だけがオタク友達」なんです、きっと。そこから先の「普通友達」になるためには、それだけじゃ足りない何かが絶対必要になってくる。そしてそれは、誰とでも芽生えるものじゃない。だからこそ、オタク友達はあまりにも即物的。でも真の友情が芽生える可能性もあるからバカに出来ないなって思います

Twitterフォロワーだって同じです。繋がるのに何の不自由もないかフォローされてるだけであって、共通項がなくなればそこで終わりです。だからこそ、数に拘るのは無意味なんだと思います。ずっと見てくれる人や、たまの落書きを何年も変わらずにいいねしてくれる人こそ、大切にしなきゃいけない人なんだと思います相互片道関係なく。

ここまで書いてきて、また自分の「●●でなければいけない」癖が文章に反映されていて、苦笑しました。

誰かに伝える文章は、例えそれが自分に課している制限だろうと断定的に書くことで人を不快にさせるみたいです。それもここで知ったことです。

難しいですよね。でも「私はこう思うけど、あなたはどう考えても自由だよ」とその度に書くのはくどいと思うのでここで一回書いたことで許されようと思います。許して下さい(笑)

二次創作への情熱が薄れるかわりに、最近一次創作楽しいです。

まだ公表していません。それなのにこんなに楽しいことがあったのかとびっくりしています

物語という形にすることで、自分意志を表に出すことができる。そこには何の制限もありません。もちろん物語としての整合性を整えるのもひとつの楽しみですが、どうしても自分の主張したいことがあるなら、オリジナルキャラクターやらせる分には誰も文句は言えないのではないかと気付きました。

悪い部分もあってこその人間。仲のいい友人に見せると、とても生き生きと動くキャラクターだねと言われ、お世辞でも嬉しいです。

ここで数人が「実録としてエッセイマンガにしたらどうか」とコメントされてましたが、いまでもそれをする気はありません。やはり私は、事実をそのままマンガにするのは好きじゃないみたいで、だったら一次創作キャラクターに、何らかの形で搭載したいです。

主人とは、つかず離れず上手くやっています。私も多少ちょろまかすという事を覚え、小遣い以外に稼いだ分から少し抜いた分で友達ランチへ行ったりしています。意外と気付かれません(笑)

私の場合ささやか幸せ幸せとも感じてなかったことがそもそもの間違いだったので、今はそこを目標生活水準を下げています。意外となんとかなります

一年経った今、自分のことを牙を抜かれてチワワになった狂犬みたいだなと思いますが、それでこのままチワワになれたらもうけもんです。

尖って尖って、非難されるような自分だったからこそ、なれるものがある。

それを誰かにバカにされたり情けないだなんて言われる権利なんてきっとない。

他人人生を私が生きることが出来ないように、私の人生は私にしか生きることができなかった。

それがどんなに汚い生き方でも、一般的には努力の足りない人生でも、誇りに思っていいことだ。

そんな風に、思います

そう思えるようになったきっかけは、間違いなくあのエントリー

本当に、この場所感謝してます

なんてステマ臭の強い記事なんだろうと思うけど、本当にステマじゃないです。最後まで読んでくれてありがとうございました!面白みがなくてごめんなさい!相変わらず長い!ただの感謝気持ちです!

2017-04-23

友人の結婚式に出席するのが憂鬱

理由

お金

・仲がそこまでよくはない(と私は思っている)

上二つが主な理由だ。まあこれだけならよくある理由なのだが、

その理由に至るまでの過程が色々と複雑だ。

から結果的に出席して終われば一番簡単なのだ

それはわかっているが現実は、なかなかそうはいかない。

正直お金がないのはみんな同じだ。だからそれを言い訳にあげるということは

私はおそらくその子お金時間を使いたくないと潜在的に思っているのだろうなと思う。

まあ彼女も私にいいたいことはあるとは思うが、

だって彼女にいいたいことがある。

私はどらかというとおとなしいほうで、アニメゲームが大好きないわゆるオタクだ。

彼女(以下A)はどちらかというと、アニメなどは全くみないキラキラ女子だ。

趣味は全くあわないが、波長はあっていたので高校で仲良くなった。

友達を作るのが私は苦手で、さら学校はウェーイ系の女子ばかりだったので

それ以上私たち友達はできなかった。

しかし、高校の終わり彼女は私よりも仲のいい友達Bができた。

それ以来私はあまり隣にいることはなく、AはBの名前ばかり呼んでいたし、いつも一緒だった。

からといって彼女は私のものではないと言い聞かせつつ、寂しさを感じながら卒業式を迎えた。

ひどく嫌な日だった。私はひどく惨めだった。

当然周りは泣きながら友達写真を撮ったり、寄せ書きを描いたりしていたが、

私の周りには誰もいなかった。

AはBと一緒に写真を撮ったり、別のクラス写真を撮りにどこかへいってしまった。

私は見送るしかできなかった。私は写真を撮る気でいたし、話しかけようとしたのだが

どうも声がしぼんで、声が震えてでてこなかった。

私は唇を噛みながら帰った。

家に帰って泣いた。もうみじめでみじめで。

母は呆れていたが。

あんた達の友情ってわからない」

と、いっていたのを覚えている。

この文章を書いている手が震えるぐらいにはトラウマになっている。

友情にこだわるのはやめようと思ったきっかけになった。

大学は全く会わなかった。恐らく上記のことがあったせいで、会うのがかなり億劫になっていた。

まあ忙しかったのはある。

社会人になってからやっとたまにではあるが会い始めた。

彼女高校卒業式ことなど、忘れているのだ。

私の気持ちなど、わかるわけもない。

からこそ、無邪気に私のことを友達というのだ。

私は笑顔を顔に張り付けたまま、Aと談笑してご飯を食べる。

非常につまらなかった。辛かった。

いや、だったら、さっさと会うことをやめればよかったのだ。

自分言い訳をして、Aにもいいところはあるなどと思わなければよかったのだ。

本当に私は馬鹿だ。

彼女との会話はいつのまにか男と結婚の話しかできなくなった。

趣味が合わない友達なんてそんなものなのだろうか。

本当に仲が良かったのに。

私が変わって、彼女も変わってしまったせいなのだろうか。

彼女結婚することになった。

当然Aは結婚式に憧れていた。私も当然よばれている。

ひどく億劫だ。こんな気持ちで出席するなんて絶対によくはないのだ。

また私も結婚を控えている。

お金がないのだ。結婚式はあげるつもりはないが、引っ越しなどにお金が飛んでいくのが目に見えている。

所詮その程度の関係なのだ

だが、今更表面化するのもひどく億劫だ。このまま終わらせたい。

2017-04-22

男女間に友情は成立し得るか問題

大学生の頃、部活の同期達と話していたら、この話題が出たことがあった。

その時、「いや無理だろ〜笑」と言っていた男がいた。

当時私はその男とかなり仲が良くしょっちゅうつるんでいた間柄であったため、「そんなことないんじゃない?わたし結構上手いことやってるじゃん」と反論したのだが、

その数ヶ月後、そいつから結婚を前提に付き合ってくれ」との告白を受けた。

私は「流石に友達とはセックスする気にならんな…」と思ってお断りした。

当時は「アタシにそんなつもりはなかったのに…」とかウジウジしていたが、なんか今思い出すと笑えてくるな。

あれ以来異性との浮いた話はないです。

2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170421220550

例のマークが『女らしい』のかという点がそもそも疑問。

少なくとも少年漫画に描かれる『友情努力勝利(とそれに絡めて描かれる男らしさ)』と対になる『女らしさ』は『優しさ・献身癒し・導き(たとえばね)』とかであって、『女体の卑猥さ(今回のマークはこれ)』ではない気がする。

2017-04-16

夏目友人帳

漫画版妖怪が見える主人公理解し得ぬ妖怪との交流を通じて、次第に妖怪との意思疎通がなされてゆくという内容。

ハートフル版『蟲師』という体裁で、先日読んだ『ライラと死にたがりの獣』、『魔法使いの嫁』系の要素もある。

実はこの系は案外と最近トレンドではないかと思っている。分厚い壁のあるお隣さんとなんとか意思疎通してゆこうする構図。

言うまでもなく某フレンズもこうした腫れ物に触るような友情が何処かに隠れいていたし、

前述作群は基本的に異人とどう付き合うかという隠れ表題存在する。

世界の掟、決して交わることはないが人間がそこに合わせることで成立した『蟲師』、

インフラ及び社会構成員として馴染む『ライラと死にたがりの獣』、異世界ルールの中で人としてどう交流するか、

立場にウェイトが置かれた『魔法使いの嫁』。当然これらの原典には水木しげるなどが見え隠れする。

広く取れば『東京喰種』なども入ってくるかもしれないが、それらは擬人化妖怪化された山窩などの伝説よりも、

現代差別社会隠喩といった側面が強いのではないかと考えている。

異人と異世界のあこがれを社会心理翻訳するには情報がやや足りない。

2003年連載にしては絵のセンスコマ割りにスタッフ紹介を挟んだりとやや古臭い

そこだけが気になるが、なんとなくだらりと読む分には良いかもしれない。

2017-04-15

結局ジャンプやらの人情味あふれるキャラ造形の反動としてデスゲーム系があった。

その反動過激すぎて実は好意の裏返しである、ということが分かってからけもフレ流行った。

友情など嘘だという偽善の破り方が偽悪に満ちていたと言ってもいい。

どうだ残酷だろう、どうだ過激だろうという一種の自慢。

最近の流れは友好と暴力ヤマアラシジレンマ引きこもり、いずれに着地しても幸せじゃないなら誤魔化そう、という流れ。

まり偽善の許容、打算が建前なく受け入れられてきたのではないか

同胞が好きだ(ジャンプ世界)→

実は同胞が嫌いだから殺してしまえ(デスゲームやら)→

同胞など見たくない(エヴァ引きこもり)→

同胞とは遠い世界にある、百合的な友情を見て目を細める(けもフレ

これ見ると否定連続流行りが訪れているということ。

ということはけもフレ幻想はたぶん次のブーム否定されると思うんだけどな。

唯一やられていないのは巨人の逆、格差社会肯定だけど、そんな嘘喰いみたいな世界観流行るとは思えない。

次の創作流行るのは国家転覆テロリズムじゃねえかと個人的には思っている。良いかいかは別として。

2017-04-13

おじさんをコンテンツとして消費している

個体としてのおじさんは別に興味ないけれど、群体としてのおじさんにたまらなく惹かれてしまう。おじさんコンプレックスではなく、おじさんCOMPLEXコンプレックスをひそやかに抱えている。

水曜どうでしょう』、『相棒』の5課、『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフルクルー、『シンゴジラ』の閣僚余貴美子は広義のおじさんだと思う)、・・・、挙げればきりがないが、「わぁ~、やってる。たのしそう、よくわかんないけど楽しそう」という感情が湧き上がってWhat a lovely day!ってなってる。

一方で、「ん?こういうの好きなんやろ?どや?」みたいな姿勢が透けて見えるものは嫌いなのかもしれない。テレ東の『バイプレイヤーズ』は狙いすぎてて無理だった。あと、はてな村はおじさんコミュニティだと思うけど全然興味ない。きもい

私a.k.aおじコン的には、上司部下や仕事相手など個人的紐帯によらないドライ関係性の中に、ゆらゆらと見える友情や信頼に対して萌えているのだと思う。立派な社会人であるおじさんへの尊敬と、ホモソーシャルへの憧憬同好の士がいたらおすすめのおじさんコンテンツを教えてください。

物欲の無い26歳

26回目の誕生日を迎えて、誕生日プレゼントに欲しいものとか聞かれたが、自分はあまり物欲が無いということに気がついた。

小さい頃あんだけ楽しみにしていた誕生日に欲しいものがない。

車が欲しいとか、高級なものが欲しいというのはもってのほか、前は喜んでいたDIESELデニムUNIQLOデニムで満足するようになってしまったし、去年まで3年連続くらいで買っていたので今年も惰性で行ってみた眼鏡屋も全く心躍らなかった。

今年一年振り返って、強いてあげるならMacbookとAppleWatchはいい買い物だったなと思うが、今の仕事でこれ以上の性能のものは要らないので向こう2年はこの環境でいいなと思ってる。

去年引っ越した家もモノが少ない今の状態が気に入ってるので特に何かを買い足したいわけではないし、(寧ろ服は削りたい

趣味ゲームパワプロプロスピ以外ここ3年間やってない。(逆にパワプロプロスピ小学校の頃初めて買ったパワプロ6から新作が出たら毎回買ってやり続けている。今年は新作は出ないらしい

からお金必要以上には要らない。とは将来家庭を持つことを考えたら言ってもられないので相応には稼ぎたい。

何がしたいとかも特段ない。

仕事が楽しくてやり甲斐があって凄く充足感を感じてしまっている。

でも、学生時代に持ってたようなギラギラしたものは無い。

漠然としたデッカイことしたいってのは無くなった。

それよりも友情とか信頼とか、そういう見えないものの大切さが自分の中で大きくなったような気がする。

でも、最近の優しい音楽は好きじゃない。

ライブハウスで聞いてた、既に活動停止したインディーズバンドアルバムを未だに聞いている。

仕事がうまくいって、新しいことに挑戦できて、取引先や会社の成長に少しでも貢献できて、

休日はお散歩して美味しいもの食べて、

日々の楽しみはベイスターズが勝つこと。

そんな物欲の無い、26歳。

あ、でも強いて言うなら一週間インド行きたい

2017-04-12

ブクマカもっとタグつけてほしい

作品データベースみたいに

こんな感じの子からおじいちゃんまで

わかりやすい素朴なタグづけしてほしい

格好いい

ロマンチックな気分

びっくり

友情

感動

楽しい

面白い

考えさせられた

セクシー

熱血

可笑しく笑える

美しい

悲しい

心が凍りついてる

誰かに好意を持ったり、表したり、もう何年もしてない

厳密に言えば、ちょっとした好意を持つことはあるけど、自分なんかに好かれても迷惑だろう、なんて思って抑圧してしま

友情愛情もない

認めたくないけど、本心は寂しいのか。。。

2017-04-11

中のひとの声豚で1期から観てきたけどFree!と橘真琴が苦手

京アニFree!と、橘真琴が苦手です。

私自身は中のひとのファンです。声豚です。

中のひとが京アニで準主役やるっていうので始まったころは観てましたしグッズも色々集めてましたが、

こんな男子さすがにいねえ…

あと男性向けエロみたいに雑誌の表紙や付録がいちいち水着なのがやだ…

控え目な表現で言ってFree!が苦手です…

声豚のくせに私の愛するFree!批判するなと思われるひといるかもしれないですけど、

推しがそこにいるので観ないとと思って観るしんどさを、劇場版公開の前に一度書いておきたかった。

アニメの1期の最後リレーに他校の幼馴染入れるやつあるじゃないですか。

お前らがこれまで試合に向けて練習してきたのは何だったのか…友情以前の問題じゃないか…って思いました。

あと橘真琴というキャラ

こんな男子いないだろ、二次元はいえ媚びがあんまりだって思います

劇場版ハイスピードを観た方はいるでしょうか。

夜のプール真琴と遙が服で泳ぐシーンが、ないわ~って思いました。

因みに私自腐女子通り越して貴腐人という腐れ歴ですが、あれは気持ちが悪かった。

役者さんのお芝居がとかの話ではなく、「こういう風に描いたら皆喜ぶんでしょ?」っていう雑な腐女子向けの感じが気持ちが悪い。

火のないところに煙を立てて喜ぶ腐女子のほうが気持ち悪いと言われるかもしれないですけど、

Free!はとにかく腐女子を狙い過ぎてて気持ちが悪いです。

同じように思ってFree!を観てきた声豚のひとがいたら話してみたい。

2017-04-09

気づいたら男ばかり口説いてた

いやこっちも男なんだけど


もともとその気はあるので、男ばかり付き合っていたけど、走馬灯に男ばかりというのもバランスが悪いから、彼女を作ろうと努めている。

で、結果一人と付き合ったけど、なんというか、子供みたいな恋愛をして直ぐに別れた。理由を聞けば、トータルで言うと男らしくないから、とのこと。

当然荒れ荒れ荒れの助で増田愚痴書いて、増田に怒られたりして、最近やっとこさ立ち直り、この数年を振り替えって思ったのは

彼女作ろうとしてた数年の間も、ずっと男を口説いてたってことだった


いや正確には口説いてないというか、

個人的には友情ルートを通るつもりで話をしていたというか、

純粋に仲良くしようよって感じだったんだ。

でも考えてみれば、

ちょっと孤立してる人を狙う

自分が寂しいからと断りにくくして食事に誘う

③楽しく談笑、しかし、ここではまだ100甘えない。付かず離れず。

相手から親密になったことを確認してくるのを待つ

相手の家に行き二人でゲームでもして遊ぶ

って無茶苦茶ヤリチンみたいなことしてる。

いやホントチンコにかけて言うけど、ヤリチン違うのよ。お付き合いとかそんなにしてないし。

でも、なんというか、相手から親友だよね」とか、「友達だよね」みたいな確認をされたり、「飛影はそんなこと言わない」みたいなこと言われたときは、その、ゾクゾクってなったのは確かで、なんだろう、気づいたら友達たらしみたいになっていた。

女性に対するやれたか委員会は開けないけど、男に対してなら死ぬほど開催できちゃう

そういう気持ちを抱くのは良くないので、どうにかせんとなんだけど、気がついたら、またそのムーブはいってる。

ヤリチンがとか思ってたけど今じゃ彼らを責められない。

仲間入りはしたくないが今度は意識的女性にやっていくことにしよう。

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