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はてなキーワード: 戦争とは

2016-12-09

この世界の片隅に」はVR映画

意味不明タイトルをつけたが、そういう感想から仕方ない。

この世界の片隅に」はという映画原作も含め)は時代考証レベルを超え、(考現学というのかな?)

生活習慣や風俗文化地理建物看板放送局アナウンス、雑踏に響く声、当時の気象

その時代、そこに暮らしていた人の佇まいなどを、

背景に至るまで徹底的に調査して描かれた作品らしい。

で、この映画を見た感想はVRだ。

ヴァーチャルリアリティ映画昭和時代を描いたアニメだけど。

時間と6分、昭和10年から20年までの広島や呉で暮らしていたような錯覚を覚えるようなVR感覚であるヘッドマウントディスプレイ感覚

このようにありとあらゆる情報テキストというか記号イメージ)をぶち込んでいくと

「3次元でも360度映像でもないのに、人間はVR感覚を味わう」という、新たな発明をしたので、ノーベル賞級の何かだと思う。

従来の作品では、「戦争という非日常」を強調していたが、

この作品では生活描写を主、戦争日常として描く

従来の作品では主人公は「特別で有徴」の人物だが、この物語主人公はほんとうに「普通女性であり無徴」である

名前は「すず」。元素記号でいえば Snなんだよな。つまり主人公ではない。「すずさんはモブ」なんだよ。呉や広島暮らしていた人の一部なんだ。

(逆に言えばそのことで、あの時代の呉や広島暮らしていた人たち・・・それどころか戦前のありふれた日本人全員が主人公になりうるという効果)。

どこまで「片隅でありふれたもの」を精密に描こうとしていたのか、作者の執念が伝わる。呉の家も片隅にあるし。

とくに日本人にとっては

戦前戦中という「過剰に語られてすぎてブラックボックス化していた世界」の壁を破壊し、

「思い出すための橋を渡した」という意味で、とんでもなく価値のある偉業だと思う。

戦争のことは置いておいても、

昭和時代あの日本家屋で、記憶の奥底にある、あの家で「我々の父祖はどういう気持ちで日々を過ごし、何に勤しみ、何を守り、何を失い、どんな生活をしていたか

「どういう気持ち結婚たか」というものはもはや思い出せなくなってきている。あの手触りや匂い。30代の自分物心つく頃のギリギリ覚えてるあの感覚

それをマンガアニメにして固定化させたわけで。

昭和戦前を描いたマンガ映画なんかいくらでもあるけど、

これだけなんだよほんと、

はじめて「ああ、これが戦前、これが私の祖母!これが私の祖父!」と思えたのは。

もう消えてしまった記憶を「やっと思い出した!」という気持ちが強い。実際あの日本の町並みや人々の生活は消えてしまった。思い出せるはずがないのに

、ほんと時代的にギリギリのところで、「記憶も記録も感覚ハードディスクごとフォーマットされる寸前のところ」で思い出した感じ。

ほんとこれは偉業だし、日本人歴史意識…というか「民族アイデンティティー」のレベル重要作品になるんじゃないかと思う。

原作こうの史代さんは「これは私なりの解釈です」と書いてたけど、私はその解釈を、全力で選びたい。

帰還米兵PTSDが酷い

アフガニスタンイラク戦場から復員した米兵が年に8000人のペースで自殺している。過去13年の戦地での戦死者は約6800人なので、これをはるかに上回る。

戦争に勝者が居るとするなら、のうのうと暮らす一般人だろうか

この世界の片隅に』と対比して色々考えさせられる

父性が報われることが無くなった現代で、多くのオスが精神的に去勢されるのも致し方ない

日本洒落臭い茶番が続けられるのもそう長くはないと思う

充実していない人間政治に参加する?

資本家庶民政治から遠ざけることに成功したという記述をよく見るようになった。

確かにバーニー・サンダースも下層とされる人々が連帯をすることの難しさと希望を述べていた気がする。

自分の通う大学でも、経済格差の話に爆睡している化粧の勉強しかしていなそうな頭が空っぽな女やらがうじゃうじゃいる。

男も大概そんなやつだ。

この大学レベルが低いということが理由なのは確かなのだろう。

しかし、それだからこそ格差は考えなければいけないのではないかと思ってしまう。

知り合いが握手券をかき集めていたが、某アイドル集団の『アインシュタインよりディアナ・アグロン』とか言う歌詞は間違いではないのだろう。

性的価値いかに高めるかという闘争が結局はいちばん大切なのだ

政治というので、それは解決できない。

フェミニストっぽい人間が、この歌に激おこしたそうだが、実際そんなものだ。

怒っている人も、「ディアナ・アグロン」になりたくないとは言っていない。

なれたら、黙る。

その性的闘争に破れたりしたら、政治やらに色々と言うのだ。

女子大生を見ていると、その多くはどこまでもセックスすることと公務員試験に受かることくらいしか考えていない。

それでいいのだ。

かつて、日本戦争を仕掛けて破れたら米兵ペニスをしゃぶった。

当時は女性参政権がなかったから、悲惨だったという一言で片付けることができるが今は国民主権男女平等である

次に戦争を仕掛けて破れても、しゃぶればいいのと思っているのだろう。

あぁ、この女たちには武器がある。

政治に参加するというのは、充実していない人間という証なのだ

顔が良ければ、大概は参加しないということなのだ。

アレコレ言うと激怒する人がいるかもしれない。

大丈夫である。男も同じだ。

まぁ、政治に参加するとか、連帯かいうのは非常に難しい。

ネトウヨちっくな人間も沢山いるし、年を取ってから政治に目覚めたどこまでも他責的な女というのが自分は嫌いである。

そして、自分の不満というのは自分容姿であり政治というのはイケメンや見てくれの良い女を批判するためのものである

イケメンや見てくれの良い女と価値観なんてたいてい合わないだろう。

2016-12-08

安倍総理本音は「麻薬国家日本を取り戻す」

安倍総理本音は「麻薬国家日本を取り戻す」

実は、安倍総理祖父元首相は、岸が官僚だった戦時中日本侵略して占領した満州現在中国東北部)で、麻薬アヘンを売りまくっていたのだ。

詳しくは

安倍首相が心酔するおじいちゃん・岸信介戦争犯罪アヘン取引ブラックマネーを集め戦争遂行 http://lite-ra.com/2015/08/post-1396.html @litera_webさんから

さら安倍総理ASKAにもかなり深い関係がある。

こちらは 日刊ゲンダイ 5・29「ASKA事件 安倍直撃」を参照。

ASKA容疑者―とち内容疑者――パソナグループ安倍首相 ――高知高生

  |     ↑小野寺防衛大臣愛人希望?  |    

  暴力団―――――――――――――――――――暴力団

ネット感情的な老人批判

を見るたびに老人叩いて人気取りに走るやつが出てきそうだなと思ったが、今日ホッテントリでそういうブログを見た。

ネットでこれを叩いておけばテッパン」というものの中に老人がある。はてブでさえこういうのに乗っかる人が大半を占めている。

セーフティネット社会保障の話になると肯定的な反応になるのに、なぜか高齢者のことになると長谷川豊のようなことを言い出す人が多い。

病気以上に、老いというものは万人に平等に訪れるものだという視点が抜けている人が多い。

ゆとり世代という括りが意味をなさないのと同様に、高齢者世代で括って叩いても、それはただの世代ネタにした仮想敵を叩くポルノ以上の意味を持たない。

誰の責任でもない。出生率人口分布というもの特定世代責任には決して出来ないだろう。

「昔の老人は戦争経験していて偉かった。今の老人はぬるま湯世代」だと言われるが、これこそゆとり世代叩きのような意味のない世代叩きだろう。

どうして自分たちが老人になったとき完璧な振る舞いが出来ると信じられるのか?

ネット民は老いというもの真剣に考えようとしていない。

ネット民お得意の「早く死にたい」「早死したい」という子供っぽい非現実的な願望では解決できないのだ。

ネットユーザーは年齢層的にいっても、ボリューム層は子育てに直面しているような30代40代以下の世代であり、まだ介護問題に直面している人も少ないように感じる。

から介護問題への反応を見ても、口では同情的であってもどこか他人事な反応が多い。

老いに対してどういう風に対峙していくかというのは重大な問題だ。

老人という存在を全員抹殺すればいいというようなそんな安直な話ではない。

子ども人権があるように、老人にも当然人権がある。

そして、老いにより誰もが社会的弱者に近づいていく。

子どもという守られるべき弱者から、人は老人という守られるべき弱者になっていく。

さらに、非生産的存在というもの不要だと迫害されやすものだ。

「老人になったら甘んじて迫害を受け入れます」「老人になる前に死にたい」と言う人は多いが、それこそ非現実的な願望だろう。

他人事から無責任感情的になれる。

そしてそういう意見が大半を占めているのが、今のネットの老人批判のように見える。

この世界の片隅にのん」が絶賛されてる理由

彼女境遇に合わせて「はまってる!」と言ってる人がいるが、 も う そ う い う の 面 倒 だ か ら や め に し ま せ ん か 



この世界の片隅に」の主役はすずさん(アニメボイスのんである

そしてこの作品群像劇とは違う。確実に「すず」の目線で見た「すず」の世界お話であり「すず」の話である

最初から最後まで、のんボイスですずの心象風景が語られていく。

そのリアル自然なさま。

方言もどうやら絶賛のようだ(広島弁から呉弁に代わるらしい。うん、他県民なのでわからん。でも確実に広島弁なのは分かる)

「ありゃー」が口癖のすずさんの「ありゃーバリエーション」は素晴らしい。『上手いとか下手とかじゃなくて~』と人はよく言うが、これはかなりテクニカルなことだろう。

朝ドラ全話の「じぇじぇ」のバリエーションを全てまとめるというキチガイ動画しかNHK公式)を見たことがるが

何百回もあったので「この『じぇじぇ』と今の『じぇじぇ』は似てるな、近いな」と思うこともあったのだが

このアニメの「ありゃー」は全部違う。そして全部可愛い。(ありゃーはすずさんしか言わない。じぇじぇ!は皆川猿時も言う)



あの絵柄のため子供のすずさんと大人のすずさんの見た目はさほど変わらない。

お嫁に出たすずさんを大人、としても18歳なので、あまり変わってほしくもない。

なので子供時代の声も「のん」が当てている。イケメンボイスで「細谷佳正」もショタを演じてる(子供なのにイケメン声すぎであるが周作さんなのでよし)。

しかしある地点から、すずさんは見た目も中身も大人になっていく。

それが違和感なく、自然に、そしてふとした瞬間に<声>で分かるのだ。

このアニメ戦争記号化してきた作品とは違って、【あの時代】という事実を打ちだし、見る側に考えさせる形をとっている。

なので子供声と大人声を分けないと判断した功績は大きい。

子供の声はどうだ」とか「大人の声はどうだ」とかい記号化された認識を、声で打ち砕くことに成功した。



のん」の境遇と重ねるな、と最初に言ったので、あまちゃん能年玲奈という女優を例にだすと、

主人公アキは最初標準語で、ぼんやり暗い子だ。

それが最初の一週間を終わったころ別人になり、だんだん訛って、意思を持ち、表情が変わり、反抗期を迎え、目が鋭くきらめく瞬間がある。

そして不本意ながら世の中を迎合し、母親を受け止める。大人になる瞬間がある。

それを「のん」はアニメの中で声で表現した。

これがどれだけ凄いことか、というのは<音>の情報なので「見にいけ」としか言えないが

前半の「すず(のん)」と後半の「すず(のん)」の声は別人と化している。



本職声優なら誰でもそれができるのだろうか?

そうではないと思う。声優だってまり役とそうではない役がある。

この「のんの声と演技」は「すずというキャラクター」に恐ろしいほどはまっている。そして作品世界観を作り出している。

のんの声に引っ張られるように、他のキャストナチュラルに設定された。

もしコテコテアニメ声を出されていたら、この作品にその声は違ーう!!と心の中の宮崎駿が抗議をしにきたレベルだ。

奇跡的なハマり方をした。駿、これがしたかったんだな。

高山みなみ原作者結婚し、離婚しても降板せずコナンを続けているというくらいの奇跡的なキャスティングを起こしている。監督感謝したい気分だ。



いろいろ感想は見るが、本当に声がはまって一定レベルに達していないと「彼女境遇に重なって~」とも思えないと思う。

いくら境遇が合ったにしろ、下手だとか、微妙だとか、散々言われてただろう。

うがった見方、うがった聞き方をしているのはそんな絶賛を続けている方では無いだろうか。

のん」の奇跡と、実力と、キャスティングをした監督スタッフ一同。本当にありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20161208083326

ストラヴァガンツァの敗因は戦争ものにしちゃったことだとおもう。

いいじゃん、仮面姫版大岡越前で。

ヒラリー支持者の選挙前の「どうせヒラリー圧勝だろw」っていうとこから

トランプ当選したあとの「うわあ・・・戦争が始まるぞ」みたいな

極端な脳みその持ち主も所謂バカって言わないんですかねこ

2016-12-07

最近世界的に極右政党が躍進してきて

めっちゃ不穏やけど、ナチスみたいなのが台頭しても戦争やら何やらで普通に戻って民主主義は続いてるしその内に何とかなるんやろうなぁと思って見てる

しかし何で国がしんどくなると極右にすがりたくなるんかな、今まで成功した極右政権ってあるんやろか

2016-12-06

安倍総理本音は「麻薬国家日本を取り戻す」

実は、安倍総理祖父元首相は、岸が官僚だった戦時中日本侵略して占領した満州現在中国東北部)で、麻薬アヘンを売りまくっていたのだ。

詳しくは

安倍首相が心酔するおじいちゃん・岸信介戦争犯罪アヘン取引ブラックマネーを集め戦争遂行 http://lite-ra.com/2015/08/post-1396.html @litera_webさんから

さら安倍総理ASKAともかなり深い関係がある。

こちらは 日刊ゲンダイ 5・29「ASKA事件 安倍直撃」を参照。

ASKA容疑者―とち内容疑者――パソナグループ安倍首相 ――高知高生?

  |     ↑小野寺防衛大臣愛人希望?  |    

  暴力団――――――――――――――――――暴力団

安倍総理本音は「麻薬国家日本を取り戻す」


実は、安倍総理祖父元首相は、岸が官僚だった戦時中日本侵略して占領した満州現在中国東北部)で、麻薬アヘンを売りまくっていたのだ。

詳しくは

安倍首相が心酔するおじいちゃん・岸信介戦争犯罪アヘン取引ブラックマネーを集め戦争遂行 http://lite-ra.com/2015/08/post-1396.html @litera_webさんから

さら安倍総理ASKAともかなり深い関係がある。

こちらは 日刊ゲンダイ 5・29「ASKA事件 安倍直撃」を参照。

ASKA容疑者―とち内容疑者――パソナグループ安倍首相 ――高知高生?

  |     ↑小野寺防衛大臣愛人希望?  |    

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安倍総理本音は「麻薬国家日本を取り戻す」

実は、安倍総理祖父元首相は、岸が官僚だった戦時中日本侵略して占領した満州現在中国東北部)で、麻薬アヘンを売りまくっていたのだ。

詳しくは

安倍首相が心酔するおじいちゃん・岸信介戦争犯罪アヘン取引ブラックマネーを集め戦争遂行 http://lite-ra.com/2015/08/post-1396.html @litera_webさんから

さら安倍総理ASKAにもかなり深い関係がある。

こちらは 日刊ゲンダイ 5・29「ASKA事件 安倍直撃」を参照。

ASKA容疑者―とち内容疑者――パソナグループ安倍首相 ――高知高生

  |     ↑小野寺防衛大臣愛人希望?  |    

  暴力団―――――――――――――――――――暴力団

従軍慰安婦南京大虐殺謝罪

2016年12月5日 安倍首相が米ハワイ真珠湾訪問すると発表。

「二度と戦争惨禍を繰り返してはならない。その未来に向けた決意を示したい」

との言葉が本当ならば、従軍慰安婦南京大虐殺、その他の被害者へも謝罪が行われることでしょう。

安倍トランプ会談ホワイトハウスが激しく反発したことへの詫びや、

北方領土返還の進展が望めないことで支持率低下を避けるためや、

衆院解散に向け内閣支持率を押し上げるためとの憶測もある。

政治家の行動には必ず裏の意味があるが、単なる政治的パフォーマンスではなく、

対戦国への真の謝罪だと信じたい。

ときおり耳にする「原爆投下米国謝罪せよ」との言葉

まず認識しなければいけないのは、日本トップ真珠湾へ行き謝罪していないということ。

そして何より戦争を仕掛けたのは日本であるということ。

謝罪すべきは日本であるということ。

終戦前後に関する話題で「空気読め」と言えちゃう人への違和感

A「あの時代は異常だった……。あの異様な空気に飲まれおかしくなっていた。同調圧力に屈してはならない」

B「そうですね。軍人市民も皆が時代の波に飲まれおかしくなっていたと思います。あの悲惨な結末は皆の責任だと思います

A「お前ちょっと空気読めよ。あの時代一般市民同調圧力に苦しんでた被害者なんだからそういう言い方はないだろ」

B「は…はぁ」


みたいな。

流石にここまで雑な展開はないけど内容的にはこれと同じような事になってるシチュエーションちょいちょい見かけて憂鬱になるわ。

同調圧力いねと言った舌の根も乾かぬうちに同調圧力をかけてくる人って何なんだろうね。

そういう人達が残ってるうちはまた酷い戦争が起こってしまうんじゃないんだろうかね。

2016-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20161205214125

全くである

本当は表現の自由のものはどうでも良くて自分エロマンガを読みたいorヘイトスピーチがしたいだけなのに表現の自由を訴える利己主義者や、

本当は労働者保護なんてどうでも良くて自分もっと給料をもらいたいor仕事を楽にしたいだけなのに労働者権利を訴える利己主義者や、

本当は世界平和なんてどうでもよくて自分戦争に巻き込まれたくないだけなのに反戦平和を訴えている利己主義者も撲滅されるべきだ。

北朝鮮中国が攻めてきたらどうするのか・・・じゃあ安倍総理が暴発して戦争始めたらどうするの?

北朝鮮中国が攻めてきたらどうするのか・・・じゃあ安倍総理が暴発して戦争始めたらどうするの?

よく安保論議日本を守るため、とか、北朝鮮中国が攻めてきたらどうするのか、と言う議論を聞く。

もっともらしいのだが、

それなら

安倍総理暴走していきなり戦争始めちゃったらどうするのか。

このように書くと、「そういうことは、あり得ない」と返ってくる。

ところが「安倍総理暴走して戦争を始めることがない」と言ってるネットの人たちは、

他で「韓国人は殺せ、中国人は殺せ」と書いている。

「誤射のフリをして中国ミサイルを撃ち込め」などというのまである

またひどいものになると安倍自民党ネットサポータが書き込んでいる「キムチ速報」には

徴兵制にして在日韓国攻撃させて殺し合いをすればいい。あいつら馬鹿から。説得すればやってくれる」

と言うものである。2013年に書き込みを見つけて絶句した。

安倍総理はこれを見て大喜びなのだそうだが、日本大丈夫なのかと思う。

野党共闘して安倍自民党を倒すべき

2016-12-04

映画艦隊これくしょん』を見た戦争経験者と非経験者の感想

「「なんでこれをアニメでできなかったのか」」

いとうせいこうトーキングセッション2014夏

2年前の敗戦の日ころにNHKラジオで流していた五木寛之さんといとうせいこうさんの対談の冒頭部分の書き起こし。

誰かフルで持っていませんかね。

作家五木寛之さんをお迎えしております

まぁ、僕はもちろん戦争体験年代ではないのですけど、五木さんは?

はいっても、戦場体験は、もう3つくらい上になるとあるんですけど

少年飛行兵とか

僕らの世代は、ちょっと前で、終戦ときは、中学1年生でしたか

平壌の一中に通ってました。

で、引き上げていらっしゃって

戦争体験にもいろいろありましてね。

大本営とか通信部とか

丸々太って引き揚げてきて、村の人が

出ていってときと別人のようでなんて人もいた。


インパール作戦とか

いろんな悲惨体験した人もいるし、

僕は国に対して、万斛の恨みがあるんですけど

荒廃した国土に何百万って人が帰ってきたら迷惑なんですよ

から当時の内閣閣議決定でね

海外にいる残留日本人たちは、

そのままにしておきたい

シベリア復員兵もひっくるめて

方針があったみたいですね

僕なんかは、引き上げというよりも脱北ですね

38度線を徒歩で越えた口ですから

脱北者として、逃亡してきた

から70年になりますから、引き上げ者といってもピンとこない

あっ、帰国子女ですかと言われたりするんで、

棄民のようなかたち?

完全な棄民ですね。

捨てられてしまたかたち

内地のほうで、迎える日本の側でも

ほんとにあの時期に勝手外地に行って

戦争の真っ最中日本では麦のカスを食べていたとき

平壌では、チョコレートがあったそうじゃないかみたいなかたちでね

上海では、ジャズバンドもあって、ダンスホールもやってましたか

そういう裏返しも、恨みみたいなものがあるから、余計なものが帰ってきてということで、

引揚者って言葉は、当時は差別語でした。

そのことみたいなものだんだんだんだん、伝えられなくなって

粗雑なお話になって、

あるいは美しい物語になってね

アカシア大連なんてね。うらやましいなと思って

かつての植民地いたことを懐かしいと思える先輩たちのね

五木さんはそうではなかった

僕なんかまだいいほうでね

北朝鮮の北のほうの豆満国境ソ連

近くに入植した人たちが、軍に見捨てられて


デマが流れて、ピョンヤンに来ると列車があるらしいということで、

見るも無残な行列

避難民か引揚者かと同情しながら見てたんですけど

その人たちは、ありとあらゆる戦争の愚行というもの惨禍を受けてね

ボロボロになって、やってきてるんですから

引き揚げにしても戦争体験にしても千差万別ですよ

ひとことには絶対いえないですよ

それがもう伝わらなくなってきている


帰国子女だという人がいるということ


五木さんに今このお話を伺うことは、とても大きなことなのではないか

今、話すのは無駄だと思っているんですよ。

虚無感というかむなしさの中で

沖縄戦のいろんなことを語り部として、修学旅行の生徒に語って聞かせるようなガイドの人たちは、もうだめだ。やめようと。

早くやめろとかね。その間みんなスマホを見ている、ぜんぜん聞こうとしない

昭和史のかんどうさんも歴史を人は学ばない

僕は伝わらないと思う

言っても言ってもね、実感というのは伝わらない


僕はもう半ば諦めている

その人が

そうなるまでは、

体験というものは美化して伝わる

物語化して伝わったり

そういうクッションを経て伝わるんだ

と、悪いんですけど、嘆いているんですよ


しかし、まぁ、それが実感なのだろうと


マンツーマンで向かってお話をしていればね

なんとなく、口ごもる

話の中にもその人が語りたくない

っていう感じが伝わってくるでしょ

本当のことは語りたくないわけでしょ

引き揚げ体験にしても戦争体験にしても

本当の自分に対してやましさを持っている人たちは

語りたくないんですよ

から、僕も本当のことは語らない

ずっと今日までね、引き上げをテーマにした小説は書かなかった。

そんなもの書いてね、おーなかなかい作品だねなんて

言われたら、とてもじゃないけど、申し訳ない

確かにそうですね。

以上の内容から読み取れることは、戦争体験千差万別であること。



修学旅行原爆資料館に行ったら、呉の軍港も見て、岩国基地も見て、バランスをとっておくべき。

沖縄にいったら、ひめゆりの塔に行ったら、米軍基地も見ておきたい。

空爆でやられたところとそうでないところ。日本都市部がなぜか軍需工場扱いされていた事実

やられなかったところは、当時の日常の延長なんだよ。

赤紙がきて、動員された人。上を目指して、半島大陸に渡った人もいた。

そういう事実の積み重ねの上、生き残った人が今を作っている。ただ、それだけ。


http://anond.hatelabo.jp/20161204184643

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツグルペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

「総統の意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツの占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツが占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実、東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体は特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間で捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車か冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊なパイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領下ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室へ直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方に建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校と政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所へ移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

http://anond.hatelabo.jp/20161204220733

ガンダム特に戦争を描きたいと思ってないだろうし別にいいでしょ

グルメアニメでもないのに作中に出てくる飯が不味そうだから面白くないと言ってるくらいクソどうでもいい意見

ガンダムって戦争ポルノだよね

特にパイロットが互いの思想信条ぶつけ合いながら戦うガンダム特有のあれって戦争なめてるにもほどがあると思う。

戦争不条理性ではなくあくま悲劇性とかドラマを強調したがる辺り日本人戦争に対する認識って根本的にカミカゼやってた時からなんも変わってない。

戦争あくま決闘の延長としか捉えられてないという意味ではカミカゼというか名乗りをあげてモンゴル人に殺されてた時代で止まってるのかもしれない。

から戦争を扱った日本作品は基本つまらない上に気持ち悪い。

また明日太陽が昇っていくね

【また明日太陽が昇っていくね】

僕「復讐だ!復讐だ!だから、あとで射撃の復習しよう!」

兵士「あと2人。あと2人、戦闘で倒したら、お前を解放してやろう」

僕「ハァ、ハァ。ここへ来て1年か。わが町は無事だろうか?仲間はほとんど戦闘員になって戦場に散ってしまったけど。でも、井戸の下に隠した大事ものだけは守れたからな。OKです!」

兵士今日は、ある町に行くぞ。あと2人だから、あまり害のないような人間を消せばいい。今回は、それだけで終わる」

僕「あい、OKです!」

兵士「ああ、OKだ。じゃあ行こうか。どうした?」

2人の青年、歩きながら。

僕「あの、あなたは、どうして兵士に?」

兵士ダメだ」

僕「え?」

兵士「私語はつつしめ」

僕「(OKです)」

兵士しかしながら、この町は、寂れているな。たいした町ではなかったのだろうな」

僕「(頷く)???コイツ、けっこう喋っている?)」

兵士「いいか。私語はつつしめ。」

僕「OKです!(あんしか私語をつつしんでいない人は、いないぞ)」

兵士「実は、この町には大事な秘宝が隠されているって話だ」

僕「なんと!」

兵士「秘宝をあとで、抜け駆けして、2人で探さないか

僕「(来た!抜け駆け、、、2人で、、、間違いない、BLルート来たー!わっくわっく)」

兵士「ゴホン。ちなみに終わったあかつきには、いいものを見せてやるぜ」

僕「へ、へえ・・・・・・・・・・・・・・。(コイツおかしいんかな?)」

兵士「お前は、大事ものってあるか?」

僕「OKです!」

兵士「俺は、実は息子を探しているんだ」

僕「(・・コイツ、頭おかしいんかな?)」

兵士「お前ぐらいの年頃だった」

僕「かわいそうですね、そりゃぁ」

 

寂れた町の真ん中に、2人ポツン。

兵士「さて、町についたぞ。すぐに行くぞ。用意は、大丈夫か?」

僕「OKで~す」

兵士「ここだ。ちょっとから目隠しをするぞ」

僕「え!まさか、極秘任務なんですか?」

兵士「そう。しばらく歩き慣れねえと思うから適当にそのへんを歩いてろ」

 

寂れているが広場だと思われる町で、目隠し青年が、そのあたりをうろうろする。

僕「ああ、何も見えないって悲しいんだな、こんなに( ´ー`)何か見えるって楽しいんだなぁ」

 

時間後。。。。。。。。

僕は、目隠しをとった。

   

僕「水鉄砲だと思えばいい・・・最初はそう言われたのだ。だから、僕はウッタのだ。だから、あれは僕のせいではないのだ。次も、次も、次も、次も、僕なんかのせいじゃないのだ。1000人目も違うのだ。その次も、僕のせいではないのだ。そう言われたのだ。絶対に、違うのだ。だから、、、」

 

どこかなつかしい人間が、目の前に倒れている。

僕「僕のせいではないのだ。僕は、ただ、目かくしてをして、ウッタだけなのだ。。。。」

兵士「あと1人は好きなやつを打っていいぜ。俺でもいいぜ。みんな同じ人間を打つけどな。ちなみに、この娘は、最後に会いたい人は誰かってきいいたら、家族だって言ってたぜ」

 

目隠しをしない青年は、破裂したような音とともに、その場に倒れてしまった。水鉄砲が破裂しただけのような感じで。僕は大丈夫、と彼は言ったのだ。

でも、兵士の耳には、大丈夫じゃない、といっているように、聞こえたのだった。

 

兵士大丈夫だ。この娘は、お前が打ったことに気づいていない。この子も、目隠しをしているからだ。イヤーな・・・・・・任務だったな今回も。戦争なんて、なくなればいいのに。くそ・・・俺も、こうしないと、大事家族jが消されちまうって話なんだ。すまなかった。青年よ。さらばだ、青年よ。さて、この兄妹を、寄り添えて墓でも作ってやるかなぁ」

 

兵士「あ、太陽が、のぼっていくね。。。ま、なにごともなんてことねえ、過ぎ去ったことは、OKだって話だな」

安倍晋三にとって自衛隊殺人の道具に過ぎない

安倍晋三にとって自衛隊殺人の道具に過ぎない

いか安倍晋三、お前は自衛隊を誇りに感じると言ってたが、それは嘘だ。お前にとっては戦争のための駒に過ぎない。だから災害自衛隊員が体を張っててもゴルフができるんだよ。

映画この世界の片隅に』を見た戦争経験者と非経験者の感想

を、ツイッターインタビュー取材新聞投稿記事で見てたんだけど

戦争経験者たちが「あの時代は、このままじゃったよ」的に語っているのに対し

戦争経験者が「この時代もっと悲惨だった。綺麗に描きすぎ」と言ってるみたいなんだよね

戦争経験者に聞いた子供が「親(祖父母、曾祖父母)から聞いた話と一緒」という声も結構多い

戦争経験者が言っていることも、過去資料教科書教師から伝えられたことが間違いではない、とすれば間違いではないんだろうけど

経験者が言ってることの方が説得力があるし、あの漫画映画だって資料をめちゃくちゃ調べて描いているわけで

じゃあ、なんで非経験者がそういう風に思うようになったんだろう?

これは揚げ足を取るわけではなく、いつどこで経験者(生存者)たちが語る戦争が失われて行ったんだろう?

きっと理由があるのだろうが、あまり考えたことも無いので難しい。

ただそれこそ思考停止状態で植え付けられた先入観というもの存在するんだろうな、と。



今まであまり無かった形で強烈な反戦メッセージを込めて作られている映画を見て

これまでどんな世界自分がいたのかと、考え込んでしまっている。

無神経な人間ひとりごと

人の創作物キャラクター勝手恋愛関係にした妄想をしたりそういう創作をすることの是非と、ホモ百合創作物が責められるのはまた別問題だと思うし、後者は実際のところただのマイノリティーの否定ではないかと思っているんだけど、ごっちゃにされがちじゃないだろうか。



私はオタクだし自分マイノリティーの要素があるのは自覚しているけれどマイノリティであることを人に責められたくないし、人のマイノリティーを責めたくもないし、そして責められるべきではないと思っている。


こう言ってはなんだけども、むしろマイノリティーを責める理屈が解らない。

自分がなんでこうなったのか解らないけど、私は同性愛や、男性女性以外の性別について、全く抵抗を感じない。当たり前に、そりゃああるでしょう、という感じ。

同性愛の人が身近にいたわけでもないし、同性愛ものを人より多く読んで育ったということも特段ないと思う。

なんでこうなったのか解らないけれど、そういう愛の形や、心の在り方に関して、抵抗がない。抵抗を感じる心持ちが解らないほどに、抵抗がない。

前に同性の友達に「実は同性愛者だ」と言われたことがあるけれど、「そうなんだ」で終わった。

たとえばおなじように男女のカップルが2組いたところで、その二人の間にある関係性や愛情が同じなんてこともないだろう。

男女だろうが男男だろうが女女だろうが同じ人間人間の間にある関係性のひとつで、それ以外の性別だって人間で、性別なんてものは、一人の人間が持つ単なる要素のひとつしかない。

単なる、とはいえ、その要素を持つからこそその人が成り立つのから大ごと。

でも本人にとっても、周囲の人にとっても、その重視する度合いは変わる。


こんな風な考えだからなのかわからないけれど、私にはマイノリティーを責める理屈がわからない。

たとえば宗教上駄目というのもあるんだろうけど、そういうのを自分以外の他者にも適用するのは簡単じゃないし、戦争して力で捻じ伏せたところで他者の心にも自分の考えをインプットできるかっていうとそうでもなくて、じゃあ延々話し合えばできるかっていうとそうでもないし、戦争と話し合いとスキンシップ敬遠嫌厭で許容できるだけの距離をはかりあって付き合うしかない。


私はただの恋愛ものが大好きで、すてきなふたりがお互いを好きであるなら、「一生添い遂げてしまえ」、と思うし、同性愛や男女以外の性別の人たちにも、そうであることについての葛藤とか苦しみとか悲しみとかを感じずに済んで欲しいなあと思うし、そんなものを除いた、同性愛や男女以外の性別の人たちの恋愛ものだってもっと読みたい。

もっと現実の世の中に溢れて欲しい。



最初に書いた文の、前者の「キャラクター勝手恋愛関係にした妄想をしたりそういう創作をすることの是非」については……これに関しても発表されている創作物に対して自由感想を持つことは責められるべきじゃないし、同じような感想を持つファンファンでそれを共有することが責められる意味もよくわからない。

ただそれで発表されている創作物自体が損害を被るのは問題だし、そうなる可能性のある行動を軽軽に傍若無人に取るべきではない、とは思う。

あ、性的ものを堂々と多くの人の目に触れる場所に掲げるのも問題というか、普通に迷惑だと思います



本当に純粋にこう思うのだけど、オタクがこれを言ったら、ただの自己正当化屁理屈のように取られるのかなあ。

創作現実はごっちゃにすべきでない、そりゃそうだけど、別に現実だって普通にあるでしょ、そんなこと。それ自体が私の勘違いだろうか?いいやそんなはずない。

ちなみに私自身は異性に目がいく傾向があるけれど、たぶん同性の人にも恋に落ちるときは落ちるだろうなあ、という気がする。どうも私にとっての性別は、人を好きになるとき、そんなに重要視する要素じゃなさそう。


たぶんわたし、無神経なのかもしれないなあとも思う。

だけどみんなも私みたいな感覚になれば、楽しいしみんなが生きやすそうなのになあと思う。

戦争をする気はないので、なんとなくこんなところで、ひとりで零します。