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はてなキーワード: 場合とは

2017-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20170226120117

言ってることは100%わかるんだけど、産む前ってそこまで想定してないものなの?

家の場合は「産んだら以降の人生子どものためだけのもの」って認識だったからそんなでもなかったな。

意外と見落とされがちなリベラル派の難民問題に対する認識問題点

難民難民入国トラブルになる最たる例が、受入国雇用難民が圧迫するというもの

それが難民排除に繋がり、最終的には難民支持派の政治家選挙で落とされるという事態にまで発展した。

そこで修正案として、例えば最近ではスウェーデンが、その国にいる既存労働者雇用を優先するという政策を発表した。



ここからが本題だ。

スウェーデンのこの政策は、紛れもなく自国第一主義だ。

トランプ政権の「アメリカを再び偉大に」というスローガンも、表現は大げさでレトリックにまみれたものだが、その本質自国第一主義にある。

まり、その究極的な目的は「他国難民よりも自国国民が優先」ということだ。



いわゆるリベラル派は、この難民よりも自国民を優先することを、

差別、或いは不正義とみなしているのではないか



昨今は難民問題で大きな論争が起きているが、まずそもそも大元問題として、

上記の命題に対する是か否かという論点が、非常にあやふやなまま放置されているのではないか

というのが私の主張したいことだ。



国民国家という枠組みを前提とするなら、難民より自国民を優先するのは当然の発想だ。

だが国際的問題視野を広げ、ただ自分たちだけさえ良ければ良いという考えこ先進国欺瞞だ、

その欺瞞が抱える矛盾こそがシリアなどの戦争歪んだ形で現れている、

従って先進国自国利益を削ってでも難民を助けるべき、という考えもまた当然出てこよう。

またあまりにも理想主義がすぎるが、自国民雇用も維持、かつ難民も受け入れて共生を図ろう、とするのも選択肢としてはあり得よう。

ただこの場合現実性があまりにも乏しく、従って支持する人が非常に少ないことは想像に難くないが。



難民問題について議論するには、まず上記した2+1選択肢のいずれによってたつか、その主義を明確にした上で始めるべきだろう。

また或いは、2+1以外の選択肢もあるならそれを提示した上で、それを選択すると発言した上で議論すべきだろう。

前提条件すら確認もせず立場曖昧なまま議論を進めるから議論はいつまでたっても一向に成熟しないのではないかと私は考えるのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170226092830

日本場合努力教義仕事でそこそこの地位にある人が神格化される現象が起きてるよね

経営者やそこそこの成功者は「成功者努力している」ということで成功者に対する批判を弱められるし、自分利益を最大化できるもんね

美人が「ブスなのは美人になる努力をしてないだけ!」ってわめくのと一緒だ

素質+環境+運+努力成功、各変数は百点満点だとして、三百点あれば成功できるとするでしょ

素質や環境や運で80点ずつとれた人は努力が60点で済むんだよね

でも素質などが60点ずつの人は努力が120点必要

わかった時点でチャレンジする合理性がないと悟った人に対しては

努力してないのが悪い!」「努力すればできた!」

100点の努力をした人に対しては

「でも成功者努力してるから!!」

こうやって現実は違うのに努力という教義を果たすことでキリストになれた私たち(あの人達)は敬われるべきだ!

となるわけ。でもそんな教義にはなーーーーーーーんも根拠はないんだけどね。

http://anond.hatelabo.jp/20170225163506

いや押し付けるとか押し付けないとかじゃなくてね

物事には本人が納得しやすい形ってのがあるわけよ

一般的に、家事を過重にやりすぎる場合

旦那が何言っても相手にしないケースが多いわけ

奥さんが心の中で「あなたはメインで家事をしてないかもっと楽できるというけど、現実は違う。汚しておいたままだと恥をかく」とか思ってるわけね。

から、同じ立場家事をしている人が、「家事やりすぎなんじゃないの」ってバランスに立ち戻す必要があるわけ

これを病院連れて行って「やりすぎです」と伝えたり、

無理に友達なんかから「気にしすぎだよー!もっと遊ぼう」なんて誘わせても、

奥さんはまともに取り合わなかったりするわけね

そのために、実親だったり、実妹だったり、最初はある程度嫌がられても押せる立場最初アプローチするのが有効な訳。

友達ならすぐLINEブロックできるけど、

その点肉親はされにくい。

女性ならどうしてもイベントごとや法事で会うしね

そういう、拒否されにくい同じ立場の人が

自分体験談と共に語ったり、

ある程度泣き落とし的に外出誘ったりするのが

過度に家事しすぎる状態を脱した後を考えたら、肉親が担うのがバランスいいわけ

そのあとは旦那主導に戻ってうまくカウンセリング誘導するなり、

潔癖を活かした家事評論家になるなり(片付けや掃除専門家にはメンヘラ系多い。追求型)

やっていけば普通に戻るケースが結構ある

という話

旦那ももうちょい、そんな潔癖みたいになっちゃう前に止めてあげられれば良かったのにね

あんたの奥さんはセックスできなきゃやさしくする価値がないのか

anond:20170225195916

"Google翻訳オープンソースプロジェクトに使うのはダメなのか? " についての反論

いい記事なのだが、いくつか反論や補足が必要だと思ったので書く。

GPLコンパイラの例

このGPLコンパイラとはGNU bisonやGCC(GNU Compiler Collection)について指しているのがほぼ明確なのでそれらについて書く。

確かに著作権法を元にしたライセンスは、ソフトウェアの出力結果に対してソフトウェア著作権ライセンスが影響しないと解釈するのが妥当であるというのは正しい。

ただしこれは"著作権ライセンス"に限った話である、つまり著作権ライセンスでは不可能な制約がEULAなどでは課すことが可能であるということを意味する。

詳しくはGNUの書いた記事契約を元にしたライセンスを読むと良い。

https://www.gnu.org/philosophy/free-sw.html

ほとんどの自由ソフトウェアライセンスは、著作権を元にしています。そして著作権によって課することができる要求には制限があります。もし、著作権を元にしたライセンスが、上記に記した自由尊重するならば、まったく予期しない他の種類の問題があることはありそうもないでしょう(予期しないことはまま起こりますが)。しかし、ある自由ソフトウェアライセンスは、契約を元にするもので、契約もっと広範な制限を課することが可能です。これは、そのようなライセンスが、容認できないほど制限が強く、不自由でありうる、いくつもの形態がありうることを意味します。

わたしたちは、起こりうるすべてのことをあげることはできないでしょう。もし、契約を元としたライセンス利用者を(著作権を元としたライセンスでは無理な形で)異常に制限するならば、そして、それがここで正当だと述べられていないのならば、それについて検討しないといけないでしょうし、そのライセンスは、不自由である結論づけるかもしれません。

また元の記事の著者はGCCやbisonがGNU GPLのような強いコピーレフト保護されたソフトウェアでも、それによって作成された著作物GPLにならない(つまりコンパイラやパーサーのライセンス継承しない)ことを根拠考察しているようだが、実はbisonやGCCGPLにはライセンスに対する例外付属していることを考慮すべきである

GCCやbisonの著作権保持者であるFree Software Foundationは著作権法の話をするとき、たいていアメリカ合衆国を想定しているがこれらの自由ソフトウェアが広く使われるあたって、著作権法とそれを元にしたライセンスが異なった解釈をされることがありうることをおそらく危惧している、そのため出力に対してソフトウェアライセンスが影響しないことを確実にするためにこれらの例外規定しているのではないか

まり記事議論世界中に対して広く配布するFLOSSディストリビューションでは(非常に残念ながら)鵜呑みに出来ないと私は考える。

フェアユースについて

フェアユース規定は例えば日本では存在しない、

加えて言えば、たとえフェアユース規定が全世界的に利用できて、営利目的でなければ利用できたとしても、

フリーソフトウェア/オープンソース定義の中に

自由.0: どんな目的に対しても、プログラムを望むままに実行する自由

(i.e. オープンソース定義 6項 利用する分野に対する差別禁止)

がある限り、そのような制限ディストリビューションは受け入れられないだろう。

またOracle vs GoogleJavaAPI訴訟はケースとしてはかなり特例であり、

一般に広く適用すればlibcすら当てはまるのではないかと私は思っている、

これを根拠にしてよいのならばそもそもコンピューター業界がひっくりかえるのではないか

Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェアで使うべきか、そうではないか

少なくともUbuntuのようなプロジェクトにおいて、私は断固反対である

というのは現状ほぼすべてのWeb翻訳(例外があれば教えて欲しい)はプロプライエタリないし、それと同じ結果をもたらすSaaSSだからである

Webブラウザを介して使う翻訳サービスはSaaSSの代表例であり、ユーザーコンピューター計算コントロール

つべであるという自由ソフトウェア思想と明らかに相容れないものである

また(例えば)Google翻訳翻訳処理の計算依存することにより、ユーザー入力Googleが常に把握することになる。

多くのFLOSSシステムディストリビューション自由ソフトウェアを主に入れるというガイドラインを持っている。

アーカイブのごく一部にnon-free(Ubuntuならrestricted/multiverse)なソフトウェアがあるが、

これは事実上妥協産物であり、排除しても大した問題がないならば配布から除外することに多くのディストリビューション関係者異論を挟まないだろう。

例えばDebianはあるソフトウェアがDFSG(Debianフリーソフトウェアガイドライン)に適合するフリーソフトウェアであったとしても、それがガイドラインに適合しない著作物依存する場合、contribというセクションに閉じ込めており、それは公式システムの一部ではないとしている。(建前ではcontrib/non-freeセクションはユーザー向けの付加サービスとされる)

Ubuntuコミュニティで作られた著作物コミュニティ哲学に反する物に依存するというのは、

かなり致命的である。たとえ奇跡が起こり例外的Google翻訳や一部のプロ翻訳ツールBSDライセンス(Launchpad上での翻訳ライセンス)での出力を許したとしても決して褒められたものではない。

Ubuntubug#1に"Ubuntuソフトウェア自由である。常にそうであったし、今後も常にそうである自由ソフトウェアは万人に望むままの方法で使い、望むままの人間と共有できる自由を与える。この自由は多大な利点である。"とプロジェクト創始者であるマーク・シャトルワースが書いていることをよく考えるべきである

https://bugs.launchpad.net/ubuntu/+bug/1

この反論を読んだ読者の中にはあまりGNUプロジェクト寄りに思想が傾いていると思う者がいるかもしれないが、

いわゆる"Linuxディストリビューション"の中には数多くの重要GNUソフトウェアシステムの根幹をなす形で入り込んでおり(例えばGCC,bash,glibc etc...)

またUbuntu派生元となったDebianの成立経緯にはやはりFSFが関わっている。

さらに言えば、システム保守を手伝う人の中にはシステムフリーからボランティアで頑張っているという人もいると思う。(ほとんどではないかもしれない)

のでUbuntu周りの話に限ってはこういった観点で見てもよいと思ったので書いた。

イスラム教世俗化できるかどうか。なの?

元増田だ。

http://anond.hatelabo.jp/20170218235056


俺はヒジャブを被らなきゃいけない状況は恐怖だとも何も言ってないんだけどねぇ・・・

などと皮肉ろうかとも思ったけどカマトトぶって嫌味言うのもまぁ違うだろうと。


件のエントリーにつけられたコメントを見ると結局のところ

イスラム教世俗化できるかどうか」

という所が争点になってしまっているようだ。

まりやっぱりイスラム的な男尊女卑思想は、「自分たち男尊女卑だ」と自虐しがちな日本人ですらちょっとやばいと思っているということにほかならないんだろう。

少なくとも女性ヒジャブを被ったり一夫多妻的な世界観を危ういとは思っているわけだ(実際には色々宗派だとか緩さだとかあるのはちょっとおいておいて)。

このルートで論争をした場合イスラム教世俗化できるか、それとも世俗化できずに失敗するか?

の2択で論争することになってしまうが、これは少し危険な感じがする。

皆はどう思うだろうか。

イスラム教と我々が接する場合どのような方法論で望めばいいだろうか。

「梅サワー」を撲滅したい。

お店のメニューに「梅サワー」と書いてある場合、以下の3種類があり、店員確認しないとどれなのかわからない。

焼酎+ソーダ+梅干し

梅酒+ソーダ

焼酎+ソーダ+梅シロップ

梅干しサワー」と書いてある場合はほぼ確実に①なので、そう書いてほしいし、

②は「梅酒ソーダ」(丁寧に書くなら梅酒のソーダ割り)であれば誤解がないと思う。

③は①の体にしたいのかもしれないし適切な名前も思いつかないけど出来ればわかるように書いてほしい。

メニューに「梅サワー」を書いている人はどれも飲まないから興味がない人なんじゃないかと思ってしまう。

そういう共通認識が広まったらいいなという話。

そもそも居酒屋において名前に「サワー」が付くものはほぼ焼酎のソーダ割りがベースになっているので、

梅酒のソーダ割りに「サワー」を付けるのが統一感がない気がする。

サワーは酸っぱいという意味なので元々の意味はどっちにしても失われているけど)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AF%E3%83%BC

関係ないけど、「緑茶及び烏龍茶焼酎割り」を「緑茶サワー」「ウーロンサワー」って書くことある

炭酸が入っていそうなイメージを持っちゃうけど。

参加の敷居が低いエンジニア勉強会の話

主催者が勤務先の採用目的で開催してる場合がある。

そこそこの規模の会社エンジニア紹介にそこそこ報奨金出してくれるからコンスタントに紹介していけば良い稼ぎになるらしい。

残業の多さ、職場環境の悪さなど悪い側面を一切告げず応募・入社させられた人を複数人観測している。

LTだけとか、特定言語テーマフォーカスしない勉強会、ほぼためにならないし主催者リクルーティングが鬱陶しいか自分はもう行かない。

http://anond.hatelabo.jp/20170226001032

考えてもないことを透けて見られちゃう場合対策って存在しないから難しいな…

http://anond.hatelabo.jp/20170226001032

そう取られる場合もあるってことか・・。

別にやろうと思えば俺だってトップ取れるなんて到底おもえないんだけどなあ。

そもそもトップなんざ絶対無理っぽいからそもそもトップを競うレースからは降りてるんだよ、って感じであって。

2017-02-25

自分痕跡を残したがらない夫

たとえば風呂に入るとき、夫は椅子シャワーナイロンタオルといった配置を元の位置に戻していく

そこが片付いていた場合は片付いた状態に、散らかっていたら散らかっていた状態に「戻して」その場を立ち去るクセが、夫にはある

いつぞやの地震バスチェアの上に置いてあった洗面器が転がり落ちたことがあったのだが(落下音が浴室からリビングへと響いてきたので分かった)、その後に入浴した夫は、わざわざ洗面器を浴室の隅の床に伏せた状態にして風呂からあがっていた

長年のそういった習慣のせいなのかは不明だが、夫の体臭は皆無と言ってよいほど薄く、寝息も殆ど聞こえないくらいに小さい

そのため、夫が隣に寝ているのにも関わらず、一人暮らしだった頃と錯覚して思わぬ独り言を呟いたり、「のび」や寝返りで夫にチョップやエルボーを食らわせてしまう事がある(それに関して夫は、単に私の寝相が悪いだけだと考えているようだ)

生活する上では「勝手に散らかされる、勝手に物を動かされる、相談もせず高価な物を買ってくる」という事はないのだが、その代わり「気を利かせて何かをしてくれる」といった事も一切無いので、プラスマイナスゼロか、割り切ってしまいさえすれば若干プラスくらいだと思っている

仕事ができる長時間労働者へのお願い

ハイパフォーマー長時間労働者と同じチームで働くと本当に疲れる。

ハイパフォーマーな人は仕事楽しいと感じられる人も多いだろうし、だから昼でも夜でも土日でも常に働き続けたいそれが生きがいだという人が一部いるのも分かる。

以前はそういった人に対して、働きたいならどうぞご勝手にと思っていたけど、実際自分がそういった人と一緒に働く身になって、頼むから土日くらいは休んでくれよと思うようになった。


チームでする仕事にはメンバーそれぞれが歯車となり仕事を進めているような部分があって、一人の仕事が著しく遅れるとチームとしての仕事も遅れてしまう。

逆もまたしかりで、一人が速すぎるスピード仕事をしてしまうと誰かがそれに合わせて頑張らなければいけなくなることがある。

料理を作る仕事があるとしよう。

野菜を切る→野菜を炒める→炒めた野菜を皿に盛り付けるという工程があったときに、野菜を切る役割の人が残業や土日労働までして野菜を切りまくってしまうと、最終成果物を出すために野菜を炒める人や炒めた野菜盛り付け役割の人までが残業や土日労働を強いられる。

野菜を切りまくってしまう人が野菜を炒めたり、炒めた野菜盛り付けたりできればまだいいのだけど、そうじゃない場合は結局はそれぞれの担当者がなんとか成果物のために時間を捻出しなければならない。

自分が今いる環境もそんなかんじで、平日は日が変わるまで、土日も昼夜問わず働いている人がいるので、本来はそこまで求められていないのにも関わらず、過剰な労働をしなければならない。

「ここまでやったので残りをお願いします」「いつまでに返事もらえますか?」「月曜ですか?土日ありますよね」という言葉が飛び交い、プライベート侵食されていく。

個人で完結するような仕事なら、働きたくて働きたくて仕方ないという人が勝手に働きまくるのはどうぞ自己責任でご勝手にと思っている。

けど、チームでやる仕事場合、決めた目標ノルマはすでに達成しているのにも関わらずさらに働きまくろうとする人がいたとき、(それ自体は見習うべきことかもしれないが)足並みを揃えなければいけないメンバー迷惑がかかる。

土日も問わず働きまくるひとたちは、そのせいで他の人が家族恋人友達との時間犠牲にしなければいけないことがあること、そのせいで周囲との関係が悪くなることだってあることを把握して欲しい。

自分は土日やることもないんで働きます」「ただ働くのが正しいから土日も働きたいんです」という理由で働くのならせめて土日は即レスを求めるのをやめるとか、次週やるのでいい仕事を無理やり土日に終わらせるよう求めるとか、そういったことはせめて控えて欲しい。

どこにでもいるサラリーマンからのお願いです。

http://anond.hatelabo.jp/20170225230302

頑張りが足らなかったから落ちたんだし当然の結果じゃないのか?

というかその場合偏差値40台の高校なのに有名私大に行けた奴がむしろ上手くやったという意味で良いほうなんだよw

だいたい中高一貫進学校から底辺駅弁行くのだって十分アレだし

そもそもその中でも灘とかレベルになると、たとえ東大に言ってもこんなやつと同じ学歴なのか、ってなるぐらい高校レベルに差があるやつが同学に存在してしまものなんだよ。

それでいちいち文句言う方が問題

http://anond.hatelabo.jp/20170225225122

はあ、まあ南関東に住んだこととか無いからそこに住んでる人の事情はよくわからんけど

早稲田場合南関東県外から進学する場合都の西北奨学金」があるから大差ないよ。

ちなみに似たような給付型奨学金はいろんな有名私大にあるものだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20170225215142

あんまり具体的な数字ボーダーラインを決めると

大学受験場合一年ごとにどっかかかんか制度が変わる関係

例外的事項が発生しまくってどのみち「例として不適切」とやらの論調は変わらないんじゃないのか?

どういうふうに不適切なのか具体的に書いてないから実際どうなのかは知らんが。

幼少時の自慰

今まで誰にも話したことないし、多分これからも一生誰にも話さない、別に重要でもないけどどうにも恥ずかしい記憶ってあるよね。

俺の場合は、幼少の頃から自慰がそれにあたる。




初めて発見したのは確か6歳の頃だ。

股間を出っ張りにこすりつけるとなぜか気持ちいい。それは6歳の少年にとっては大発見だった。

それからは股間をこすりつける場所探しの日々が始まった。

家の階段の手すり、バスタブ、ベッドの角、椅子etc……。

もう止まらなかった。毎日のように股間を至る所にこすりつけていた。

一丁前に脳内ランキングまでつけていた。

(確か、一位はバスタブだった)




これはハッキリと覚えているんだが、母親と一緒に入浴したとき、どうにもガマンができなくなって、俺は股間をバスタブに擦りはじめた。

そしたら言われたよ。

「それ、やめなさい」

ひどく冷たい声色だった。

それ以来、ああ、これはイケナイコトなんだと自覚し、こっそりと楽しむことにした。

しかも家だけでは飽き足らず、親戚の家や友達の家なんかでも、こっそりと席を外してスポット探しをする始末だ。

そしてこの趣味は10年続いた。




高校生になり、ちょうどインターネット一般に普及し始めたのもあって、俺は正しい自慰方法を知ることができた。

最初違和感があったものの、今ではきちんと手でしごいている。

でも、幼少から趣味が原因なのかは不明だが、現在の俺はとんだ早漏である

大体、1分もしごけば十分だ。

おかげで風俗にもいけやしない。

ちなみに未だ童貞だ。

女性器に入れたことはなくても、自分早漏かどうかはおおよそ把握しているものだ。




まあ、そんなことはどうでもいいか

俺が知りたいのは、「みんなそんなもんだった」のかどうかだ。

俺は多数派なのか?こんな話は誰ともしたことがないか全然からない。

別に重要でもないけど、今夜は何だか、そんなことが少し気になるんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170225195916

AをBに変換するというルールを作るにあたって、

そのルールとはつまり英和辞書を見てることに他ならない。

英和辞書を見ながら人力翻訳するのは普通だろうが、

英和辞書表現をそのままパクれば無害とは言い切れない。

良い英和辞書は長文の使用例を載せていたりする。



gccの出力結果がGPLのものを含まないかと言えば、100%含んでるだろ当然。

GPL辞書を使ってるわけなんだから

でもその辞書に特例を設けることによって、

gccアウトプットにはGPL適用されないような配慮がされてる。

法ではなく、製作者の配慮によって自由担保されている。



OSS文書Google翻訳で生成する件について、

Google自体著作権問題が無いかもしれないが、

WIndowsMSゴシックのように第三者プロダクトを利用していた場合

例えば、辞書出版社から訴えられる可能性はある。

Google翻訳オープンソースプロジェクトに使うのはダメなのか?

免責: これは法律専門家によるアドバイスではありません。この情報にしたがって行動した結果に対して責任を負うことはできません。

最近プログラマの間で

Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェア(OSS)の翻訳に突っ込んではいけませんという話」

http://blog.goo.ne.jp/ikunya/e/37e5a52e10ab26fcbd4f7ff867e9eace

が、話題になってますね。

Ubuntu翻訳プロジェクトで発生したトラブルの話です。

この話では、「もちろん、利用規約的に問題なければWeb翻訳の結果をOSS翻訳に突っ込んでも*ライセンス的には*問題ありません。」という追記がされてます

ですが、プログラマの間で単にWeb翻訳OSSに使ってはいけないんだという認識が広まってるように見えます個人的には、この認識が広まってしまうのはいやだなと感じたのでこの文を書いています

どういう話かというと、自分個人で開発しているオープンソースソフトウェア(OSS)のドキュメントの日英訳をするにあたってGoogle翻訳を利用するか検討して権利まわりの情報をしらべた結果、これは白に近いグレーだろうという判断したので下訳に使ったという話です。(日英両方についてのドキュメント自体も、オープンソースライセンスで公開しています)



注意書き

念のため言っておきますが、これは元記事問題になっている人を擁護するようなものではありません。翻訳コミュニティの人たちが自分たちのものにグレーなものを入れたくないと思うのは当然でしょうし、権利問題以外にも翻訳クオリティやその他の問題行動の話もあります

コミュニティ思想にそぐわない人が、そのコミュニティの中で作業していくのは難しいでしょう。



Google翻訳利用規約について

もとの記事のとおり、Excite翻訳利用規約には私的利用を超えた利用についての禁止が明記されています。こういった明確に禁止されているものについての話はここではしません。

ここでは、Google翻訳に焦点を当てた話をします。Google翻訳利用規約はどうか?というと、Google利用規約については翻訳結果の利用についての記載がありません。

https://www.google.com/intl/ja/policies/terms/

記載がないということは、使用してよいのか?使用してはいけないのか?いったいどちらなのでしょうか?



GPLコンパイラの例

機械翻訳権利問題と似た構造の話に、GPLGNU一般公衆ライセンス)で許諾されたコンパイラによってコンパイルした結果の利用があります

GPLの本文には、GPLプログラムの出力結果自体GPLのものを含む場合にのみその出力結果にGPL適用されることについての記述がありますが、GPLのものを含まない出力結果についてどういう許諾がされているか記載はありません。

これについては、コンパイラによるコンパイル結果に対して、コンパイラ著作者はなんら権利を持たないと考えるのが一般的です。

GNU自体もそういう見解を持っています

https://www.gnu.org/licenses/gpl-faq.ja.html#GPLOutput

著作権法は人々があなたプログラムとかれらのデータを使って作った出力結果の利用に関して、あなたに何の発言権も与えていません。

コンパイラ機械翻訳ツールとの違いが、対象が人工の言語であるか、自然言語かので違いしかないと考えるならば、Google翻訳の結果をOSSに利用することも問題ないということになります



ウィキメディア財団見解

ウィキメディア財団法務チームは、Google翻訳した文書ウィキペディア内での利用についての見解を公開しています

https://meta.wikimedia.org/wiki/Wikilegal/Copyright_for_Google_Translations

これはアメリカ法律に基づく話ですが、CC-BY-SA 3.0やそれに類似するライセンスコンテンツGoogle翻訳翻訳してウィキペディア使用してもGoogle著作権侵害する可能性はとても低い(very unlikely)と結論づけています

要点をまとめると以下の通りです。

ウィキメディア財団見解には含まれていませんがアメリカ法律でいえば、さらにもう一つ「フェアユース」にあたるのではという話があります。これはGoogle自体がよく知っている話かもしれません。



Oracle vs GoogleJava API訴訟

これはAndroidAPIJavaAPIが流用されていることについて、OracleGoogle訴訟したものです。

これについて、Java APIについての著作権が認められたものの、Androidでの使用は「フェアユース」に該当するとGoogleは主張し、カリフォルニア州サンフランシスコ地裁では著作権使用料支払いの対象にはならないという判決が下っています

(この裁判自体はまだ続いているようです)

フェアユース」というのは、アメリカ著作権法上の概念で、以下の4要素を判断指針として考えて公正な利用と認められれば、著作権侵害とはしないと考えるものです。

Google翻訳結果のOSSでの利用をこれに当てはめると

ということになり、4つの要素どれをとっても、フェアユースであると認めることに対して有利に働きます。これは、AndroidJava APIの流用と比べても、さらにフェアな利用であるように見えます

さて、ここまではアメリカ法律での話でした。

(ちなみにGoogle利用規約には、「カリフォルニア州抵触法を除き、本規約または本サービスに起因するまたは関連するいかなる紛争に関しても、アメリカ合衆国カリフォルニア州法律適用されます。」と書かれています)



文化庁見解

今度は日本法律に基づく話です。

著作権情報センターサイトに、 コンピュータ創作物についての文化庁報告書記載されています

http://www.cric.or.jp/db/report/h5_11_2/h5_11_2_main.html

この報告書は、機械翻訳ユーザー機械翻訳システム使用するために行う原文の編集や出力の編集創作的寄与となりうることを認めている一方で、機械翻訳開発者翻訳物の著作者になるということについては否定的です。

なお、原文解析等のプログラム作成者及び汎用的な辞書データベース作成者は、一般的翻訳物の作成の精度、正確度等を高めることに寄与することとなるが、特定翻訳物の作成自体にかかわっているわけではないので、その著作者とはなり得ないと考えられる。

これは平成5年とかなり昔に書かれた報告書であり、それから機械翻訳技術は大幅に進歩しましたが、創造個性表現を目指して作られているもので無い機械翻訳であれば、やはり翻訳の結果の利用について問題がないようにみえます

これにしたがえば、単純に文章をそのまま機械翻訳に投げ入れた出力結果は、原文の著作者著作物機械翻訳に投げ入れる前や後に十分な編集をしていれば、加えてその編集した人間二次著作物になるということになりそうです。



白に近いグレー

これまで、どうしてGoogle翻訳の結果をOSSに使うことが白に近いと言っているか説明してきました。

では、どうしてグレーなのかというと、新しい種類の権利問題なので判例がないからです。実際に訴えられたら負けました、ということもまったくありえない話ではないでしょう。



グレーなものを作ることの良し悪し

だいたい、ここまでが話したいことの半分です。ここからはグレーなものの良し悪しの話をします。

著作権などの権利問題についてグレーなことをやっているOSSというのはそれほど珍しいわけではありません。

有名なところでいうと、Monoが思いつきますAndroidDalvikJavaAPIを真似したものであるのと同じように、MonoMicrosoft.NETフレームワークを真似しています。つまりMonoについても訴訟リスクはあっただろうということです。

しかし、OracleGoogle対立したのとは対照的な道をMonoはたどります

2016年Monoプロジェクト運営していたXamarin社は、そのMicrosoft自身によって買収されました。権利的にグレーだったMonoMicrosoft公認プロジェクトになったというわけです。

権利的にグレーだからといって、プロジェクトとして失敗に終わるわけではありません。



Ubuntu日本語化プロジェクトでの良し悪し

すこし元の記事に話をもどします。冒頭にも書いた通り、Ubuntu日本語化プロジェクトに対してWeb翻訳の結果を突っ込むという行為は、批判されるべきだと思っています

まずは質の問題です。現在Google翻訳などは、UI翻訳に向いていません。UIほとんどは、意味合い文脈依存する単語や短文です。UI翻訳は、実際にその機能を動かしながら、動作にあった訳語を割り当てていくべきです。

Google翻訳などを使って一括で、訳語を割り当てても良いUI翻訳はできません。

UIにとっての良い訳については、元記事のいくやさんがとても良い話を書いています: https://github.com/ikunya/howtotranslatelibo/blob/master/howtotranslatelibo.md#ふさわしい翻訳の考え方 )

次に、白に近かろうがリスクのあるものを入れることになるということです。Ubuntu日本語化ローカライズであれば、すでに多くのユーザー使用しているでしょうし、そういうものについてリスクのあるものを後から入れることになります

そういったことを独断で黙ってやるというのは、歓迎されたものではありません。少なくとも、コミュニティに対して事前に方針を聞いたりすべきだったでしょう。

まりクオリティが低い上にリスクのあることを黙ってやったわけで、もちろん批判されるべきでしょう。



自分場合

はいえ、OSSには個々の事情があります。次は自分場合の話をしてみます

まずは質の話です。

自分プロジェクト場合Google翻訳を使ったのはドキュメントです。日本語で書いたドキュメントをあたらしいGoogle翻訳に入れてみたところ、そこそこのクオリティ翻訳が出力されており、自分ゼロから翻訳するよりも、原文を翻訳やす修正したり結果に対して修正を加えていったほうが質と速さの両面でよいと判断したので、Google翻訳使用しました。

次にリスクの話です。

OSS企業権利問題訴訟されるということはめったにありません。OSS公益性の高いものなので、むやみに訴えれば社会からの反感を買いますし、ほとんどの場合は訴えても大した金になりません。

訴えられるとすれば、そのOSSが十分に儲かっている場合です。もしOSS大金が儲かったらGoogleから訴えられてしまう!どうしよう!と考えるのは、宝くじに当たったら強盗におそわれてしまう!どうしよう!と考えるのに似ています

まず宝くじは当たらないですし、宝くじが当たったらそのお金対策を行えば良いだけの話です。

実際Linuxでは、特許周りの対策としてOpen Invention Network(OIN)を設立していますLinuxなどソフトウェアに対して特許を主張しないことに同意した企業から特許を買収して、そういった企業に対してロイヤルティー・フリーで許諾を行っている会社です。

これによって、Linux関連のソフトウェアに対して訴訟をしてきた、いわゆる「パテント・トロール」に対して訴訟をやり返すなどの対抗手段を得ているわけです。

別の視点でのリスク

それにOSSにまた別の角度のリスクがあります

権利問題訴訟されたことによって失敗に終わったOSSというのはほとんどありません。多くのOSSは、作者が飽きたり、面倒な作業うんざりしたり、誰にも使われなかったり、競合に勝てなかったりしたことで、フェードアウトしていきます

そういったこともまた、OSSリスクなわけです。

結局のところ、自分場合Google翻訳をつかったところで、Googleにも、自分にも、ユーザーにも、世間にも不利益はなく、むしろドキュメントの質は上がって、Google翻訳改善するためのデータを得られます

わずかなリスクを避けるために、時間を割いた上、質を落とすというのはくだらないですし、そんなことに時間を使うくらいならコードを書いていたいものです。



Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェアで使うべきか、そうではないか

結局、Web翻訳の結果をオープンソースソフトウェアで使うべきか、そうではないか?というのは個別の話でしかなく、ひとまとめにWeb翻訳の結果をオープンソースソフトウェア翻訳にいれてはいけないとか、使うべきとかそう簡単には言えません。

質が悪いしリスクがあるのであれば単純に禁止で済む話ですが、機械翻訳が向上して、質が良いがリスクのある例が増えると話はさらにややこしくなります

OSS翻訳者コミュニティ機械翻訳の利用についてそのプロジェクトで使って良いか方針を定めてやっていくしかなく、後からコミュニティに入っていくような人が機械翻訳を使いたい場合コミュニティ方針確認した上でやっていくしかないんだろうなあと思うところです。

はてブで「スパム」と指摘するやつ

趣旨理解できるけれど、直接ブコメタグで指摘するのは止めようねというお話

はてなブックマークにおける現状でのスパム対策について - はてなブックマーク開発ブログ

たとえ悪質なスパムであった場合でも、はてなブックマークコメントで直接スパム行為を指摘することは、特に下記のような理由から効果的ではありません。

コメントスパムを行っている記事管理者によって非公開にすることが可能です

管理者によりコメントが非公開とされれば指摘は無効となります

ブックマーク数は加算されますので、スパム記事に対してブックマーク数を与えてしまうこととなります

メタブはどうかな。やっぱり止めておいた方が良いかな。

鬱陶しいと思うよ。スパム邪魔だよね。

でも、それ以上に、その指摘が咎められてはてブが使えなくなったりするのは嫌だろうし、こちらから見られなくなるのは悲しい事なのね。

じゃあどうすればいいか?というのは、通報の仕方を広めて人数対人数の勝負にするしか無いと思う。

スパム判断は全て、はてなが行う。ユーザー淡々通報するのみ。

こちらもスパムを行うユーザー挙動確認して通報しているよ。

 

多分見ているからここに書く。でも上のエントリブクマしてるんだよね…

私刑が許されないなら警察に取り締まってもらえよ

万引き容疑者顔写真晒すことが許されないっていうんなら警察に言えよ。

晒し禁止警察に動いてもらわない限りは私刑になるんだろ?

なんで店を吊るしあげて叩いてるの?店だって何らかのミスで張り出してしまったとか、誰かが勝手に張って勝手に誰かがインタビューに答えた冤罪かもしれないじゃん。その場合名誉回復に尽力できるの?

万引きダメ」のような一般論としての「顔写真公開はダメ」とでもいうのかな?現在実際に店が話題になり報道されている状態なのに。




万引きを悪だということはわかるが顔写真公開も悪なのでダメ警察以外は救済に動くな、っていうなら警察に店を通報して黙ってろよ!こっちを殴ってくんなよクソが!




はいはい警察が動くころには店はつぶれてるだろうが知ったことか、避けられない犯罪に対してコストをかけるのが当然でそれをしない経営者バカだって話だろ。わかってるよスイマサエンでしたーーー。

http://anond.hatelabo.jp/20170225131749

どうもありがとう。そうだよね、発達障害で今まで「しゃべると変な子」って言われてきたし、所謂普通女性」にはなれそうにないから、微妙な人がいる場合は今までの様な対応はせずに「塩対応」「無視」「つっけんどん」な対応や、その場その場で指輪などしてみるよ。私が普通女性になりたいものだ^-^;ないものねだりだね、どこかで割り切らないと!アドバイスありがとう

安倍首相のやめるやめる詐欺打線組んでください

http://www.asyura2.com/17/senkyo221/msg/180.html

彼は、

南スーダンPKOで自衛隊員に死傷者が出た場合対応を問われた際も『辞任』を口にし、

北朝鮮拉致問題を『政治利用したのではないか』と質問された時も『私が言っていることが真実だ。違っていたら国会議員を辞める』とキレていました。


おそらく『議員を辞める』という言葉国会で追及された時の一種逃げ口上なのでしょう。

野党国民に対して丁寧に説明する気はなく、『不退転の決意』を示すという支持者向けのポーズ

9つ集めたら打線組めるぞ。やったね

anond:20170222100126

トラバありがとう

倒すつもりで書いたわけじゃないけどね。

でも倒れた場合、次は岸田か石破か、もしかしたら稲田麻生、うーんって感じ。

セクハラされているぐらいのほうが楽だから良い。」

フェミニストはどうしてネット上の女尊男卑指摘などという、くっそどうでもいいものと戦おうとするのだろう?

戦うべき事柄現実社会の中にいくらでもあるだろうに。



例えば明大集団昏睡事件慶應インカレレイプ事件など、毎年のように習慣的に繰り返されている大学サークル内における強姦事件を予防する為の取り組みとか、

西原理恵子が期せずして暴露してしまったいまだはびこる芸能界での枕営業強要とか、

それらに象徴されるような女性尊厳をすさまじく損なうような事柄というのは、まだまだ溢れていると思うのだけど、

なんでまた表現規制だの男性憎悪だのといった果てしなくくだらないことに躍起になるのだろう?それって女性の権利擁護する為に必要な事?



もっともっと男を苦しめて本当の「女尊男卑」にした方が男もちょっと大人しくなる気がする。



と言っているから、いまフェミニズム的な言動が男を苦しめているという実感があるみたいだけど、例に挙げたような真の女性蔑視者たちは一切苦しんでないと思うよ。

苦しんでいるのは女性とあまり縁のない弱者男性だけだろうね、一体なんでフェミニズム弱者男性蔑視別称になってしまったのやら。



友人にとても美人女の子がいるのだけど、彼女セクハラについてこう言っていたよ。

セクハラされてるぐらいのほうが楽だから良い。」って。

どういう事かというと、別にセクハラされても何も気にならないという意味ではなくて、もちろんセクハラは嫌だし気持ち悪いが、

いざ本当に気に食わない場合は訴え出れば自分は"被害者"という有利な立場に立てるし、

平素はそれさえ我慢しておけば女の子としてチヤホヤされ、大抵のことは大目にみられるので楽である。って。



私は、なんて意識低いんだろうこの子は、と思ったけど、でもこの男女差別的な社会で生きていくには正しい処世術なのかもな、とも思ったね。

フェミニストってそういう世の中を変えたくてフェミニストやってるはずだったよね?でも実際はこの子とやってること変わってないんじゃない?

被害者という美味しい立場を手放さないことそれ自体フェミニズム目的になってしまってるように見えるな。



http://anond.hatelabo.jp/20170224151556

ヤマト負担軽減案

・各配送所に、24時間受け取れる無料ロッカー準備する。

事前の登録と、クロネコメンバーIDと、問い合わせ番号、暗証番号必要だが配達員負担かなり減ると思う。

そのクロネコロッカー利用してくれたら、ポイント2倍とかにすればある程度食いつく?

駅にロッカー配置とかやってるけど、駅から段ボール抱えて帰宅とかあり得ないと個人的には思ってるからあんまり普及しない気がする。

大陸からブルドーザーロッカーごと奪いに来た系の対策必要


%%コンビニ受け取りが負担軽減で便利とかい意見も読んだけど、ファミマ場合、あの使いにくいファミポートに「あーー!!」とか良いながらいちいち入力してて,ラベル張り替えて、店員に渡して… とか

 そういう姿を立ち読みながら見からは、あれはあれで相当負担だ。と思ったので利用してない。

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