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はてなキーワード: ものとは

2016-08-29

結構からPCが重くてかなわんかったのだが

さっき偶然ウィルスらしきもの特定できた

駆除の仕方はわからんけどとりあえず停止はできた

動作が軽い軽い

バックドアタイプぽいので色々筒抜けだっただろうけど、まあそれは覚悟してたからいいわ

盗み見以上の行為に出たら向こうのリスク高まるしな

ちなみに犯人はてな運営だと思っている

ただの勘で根拠は無いので妄想ということでかまわないけどねw

バセドウ病と私

私はバセドウ病だ。

から4ヶ月ほど前に判明した。



体の異変に気付いてから病院に行くまで約1ヶ月。

この病気の人の中では、早期発見な方ではないだろうか。

なので、そんなに何年も苦しんだ訳ではない。

でも治療までの1ヶ月、本当に辛かった。


バセドウ病の症状は本当に人それぞれ。

なので私の場合を書いておこうと思う。

誰かの参考になれば幸いです。




始めに異変を感じたのは肩凝りだった。

デスクワークの割には今まであまり肩凝りを感じたことはなかった。

しかし肩が重い...何かが乗っているような圧迫感が常にあった。

臭いの少ない湿布を貼って過ごした。



それから暫くすると、ダルさと体の痛みがやってきた。

筋肉痛のような痛み。肩凝りが全身に起こったような圧迫感。

出かけてもすぐに疲れるようになり、そんなに自分は疲労が溜まっているのかと、

養命酒を買う。血行が良くなれば改善する気がしたのだ。



体が痛みだしてから何となく体に力が入らない、体が硬くなった様な

そんな感じが続いた。

私はもともと体が硬い。前屈なんて全然できないが、

それにしもこんなに硬かったっけ??と思うほどだった。

ストレッチを開始した。



それから間もなく、会社の朝礼中に気分が悪くなった。

これをきっかけに「これは疲労ではなく体調が悪い?」と思い始める。

この日から疲労感が目立ち始め、風邪のひき始めの様な、微熱がある感じが続いた。



私は徒歩20分ほどかけて通勤していたが、朝家を出ると「この道のりを歩いて会社に行ける気がしない...」

と感じるほどだるい電車で出勤する日が増えた。

帰りは息も絶え絶えで歩いて帰った。

ダルすぎて食欲も減っていった。しか浮腫がひどく、その分体重は増加した。



夜、横になると動悸がする。脈が速い....気がする。

手の震えと足の震えも出始めていた。


動悸が出始めてから色々と調べ「バセドウ病」を疑ってはいた。

母親甲状腺疾患になったことがあると聞いていたので、何となくそんな気はした。

でもバセドウ病の特徴である「食欲が増すが体重が減る」に全く当てはまらなかったため、

いまいち確信が持てずなかなか病院に行かなかった。



なぜ確信を持てるまで病院に行かなかったか

それは昔、苦い経験をしたからだ。



大学時代、私はそれはそれは真面目な生徒だった。

遅刻もせず、無欠席だったが、ある大きな課題が終わった頃から

朝起きれなくなった。電車に乗っても、あと少しのところで具合が悪くなり(座っているのに)

下車してしまうことが増えた。夏休みに入れたバイトにもなかなか通えなくなった。

微熱もあったので、病院に行くことにした。

この時点で私は貧血を疑った。その旨を医師にも伝えた。

医師は私の瞼の裏を見ると「貧血ではない」といい、血液検査はしなかった。


そして診断結果は「うつ病じゃないか」というもの

泣いた。絶対にそれはない。それだけは自分でわかる。

でもうまく伝えられなかった。



この事がきっかけで、ただダルい、気分が悪いだけでは病院に行けなくなった。

自分で「これだ」という病名を確定するまでは。




しかしそんなことをしているうちに、動悸はひどくなり、足は変形するほど浮腫み、

ダルさで階段を登れなくなった。集中力がなくなり、仕事が遅くなった。

喉元を触ってみても腫れているか自分ではわからない。

もう病院に行くしかないと思った。うつ病と言われたらまた泣けばいいだけ。



近所の病院に行って病状を伝えると、いかにもベテランという感じの看護師さんが

私の首を見て「腫れているわね」と。

やった.....やっぱりそうなんだと嬉しくなった。

その後血液検査バセドウ病であることが確定し、今は適切な治療を受けている。



でもまたここ1ヶ月ほど体調が芳しくない。

ダルい....

しかダルさとは目に見えず厄介なものだ。

形容しがたい体の不快感....それがダルさ。体があるってなんて辛いことなんだろ.....

ここ数日そう感じる。もういっそ新しい体でやり直したい。むしろもう魂が抜けていきそうな不快感でもある。

普通状態って何なんだろう。元気な体ってどんな感じだっけ?

全てが遠く感じる。





でもこんなこと言ったところで私の周りの人を困惑させるだけだろう

から少し愚痴を書いてみたくなった。夜中につらつらと。


体調不良を感じたら早く病院に行ってね。

よく検査もしない、話を聞かない病院はさっさと捨てて次のところに行ってね。



※よく考えたら学生時代の症状と似てる部分があるので、

その当時も何らかの甲状腺疾患だったのかも。

そう知らずに、精神的な病と決めつけられてる人がいるかもしれない。

やっぱりいい病院に早めに行こうね。

君の名は。」に足りないもの

先日の「君の名は。見た。薄気味悪い感動系の駄作http://anond.hatelabo.jp/20160827142040」を読んで、自分も思ったこと描いてやるぞ!ってなりました。自分大衆受けするものを楽しめないひねくれたやつだと思うし、新海誠作品がこの作品を機にいろんな人に見られることになるなら、とても嬉しいです。でも、やっぱり寂しかったんで、書きます







まず音楽

CMの「前前前世からの~」ってやつ聞いて、RADWINPSて時点で、馴染めるかな~って心配はあった。まあ劇中で流れるとしても2曲か3曲くらいかって思ってたら想像以上に流れてた。5曲くらい?まあそこでもう結構壁を感じた。

で、次に、主人公たちの気持ちがわからない。ストーリーの穴よりも、主人公たちの気持ちについていけなくて、それがずっと気になってしまった。

具体的に言うと恋心だよね。瀧がカヨコアンパタースンみたいな人を好きになるのはわかる。綺麗だし、声が長澤まさみだもんな。

三葉が瀧を好きになるのもわかる。東京に住んでるイケメンで、頭のいい友達もいて、リア充って感じだし。

でも、瀧はいつ三葉を好きになったんだよ。三葉は可愛いけど、東京にはもっと可愛い子いっぱいいそうだし、好きになる理由みたいなのがなくないですか?理由なんていらないけどさ、物語上は必要だし、理由がなかったとしてもそれを見てる人にも認めさせるくらいの描き方しないとじゃない?

大好きな「ボソボソ喋り」もなかった。冒頭で瀧と三葉が「それは夢の中の景色のように、ただひたすらに、美しい眺めだった」みたいなことを割とボソボソしゃべるんだよね。これぞ新海誠キターーー!って思ってたら、その後一切ボソボソしゃべらない。むしろキハキしてる。めっちゃ走るし。若いエネルギーほとばしってる。

あと新海誠と言えば、鷹だかトビだかをつばめだかを高層ビルの遥か頭上を飛ばしながら鳴かせるじゃん?そこに綺麗な朝焼けが映し出され、めっちゃ綺麗な曲が流れるじゃん?あれも一回しかなかったよね!!!!!なんでよ!!!!!!飛ばしてよ!!!!!!電車のドアの溝ばっかり描いてる場合じゃねえだろ!!!!!!葉っぱとか水滴とか描いてよおおおおおお!!!!!!壊れた自転車とかどうでもいいから、自転車に踏みつぶされてぐしゃってなる草花と、そこに降りしきる雨を頼むよおおおおお!!天門どこいった!!!!!!!!!??????

あと、毎度毎度なんで父子家庭とか母子家庭なんだろ。あのこだわりは何なんだ?



でも、良かったところももちろんあったよ。

田舎ってあったかいね!」みたいな展開にならずに、終始「東京最高!」な三葉。

舞いと走ってるとき作画

あと、彗星めっちゃ綺麗。彗星は本当に綺麗。冒頭のあのシーンだけずっと流しててもいいぞ!!っていうくらい、本当に色遣いが綺麗だと思う。

名前思い出せなくなるとか、結構ベタだなクラナドかよって思ったし、今回は本当に王道展開が続いたけど、それを恥ずかしがることなくまっすぐに描けてるのもすごいと思う。手の平のところとかさ、なんだかんだ泣くよあんなの。あとキスしてないよね?それもすごく良いと思う。細かいんだけど、「君の名前は?」って聞くなら、タイトル君の名は、」のほうが良くないですか?



往年の新海ファンの中では評価まっぷたつにわかれるんじゃないかな。特に秒速大好きな人は、ちょっと受け入れにくいかもしれない。「俺たちの新海」なんて言うわけじゃないけど、また秒速とか言の葉みたいなのも作ってほしいな。深夜にテレビで流れてて、いつの間にか見入ってるみたいな不思議な魅力があるんだ新海作品には。「君の名は。」はちょっと元気すぎる。

ユキちゃん先生が出たのは本当に泣きそうになるくらい嬉しくて、後で、左手を見ておくんだった!!と後悔した。



彗星綺麗だったね、泣いちゃったね、ってそう言いあえる人、言いあいたい人と見に行ったら良いと思う、煽りとかじゃなく。

自分は、新海誠の作ろうとしているものターゲットから外れてしまっただけなのかもしれない。次回も見るけど。でも、もうRADWINPSはやめてほしい。そこだけは頼む。

天門!!!!!!!!!

問題が見える人と見えない人

今の日本リスクを背負う人は、1000000000000000000のリスクを背負い道のない道を切り開いている。人数が少ないのでリスクを背負う仕事が山程まわってくる。問題が山程見えてきて、次から次に問題が押し寄せてくる。

一方、リスクを背負わない人は、リスク100000とか。石橋を叩きまくる。

リスクを背負わない人は、問題は見えないみたい。問題が見えないことが問題という…。


問題というのは、嵐の中に飛び込んで、その先で問題の核が見える。問題発見するのは発明に等しく、問題の核が見えるのに5年も10年も掛かる。


から、本当の問題の核なんてものは、嵐に飛び込んだ者にしか見えない。問題がわかれば、ほぼ解決したようなものだ。

まり病気の原因・問題がわかれば、解決するのが比較的、コロッと解決できる場合があるのだ。

リスク1000000000掛けている人間と、リスク10しか掛けていない人間との協同限界というのは嫌でもいつか見えてくる。


その協同する限界を分かりやす説明をすると…、


一方は、戦場で戦う人の死に物狂いの必死さの中で思考する価値観

一方は、豪華客船のなかで思考する価値観

理解というものは、絶対にしあえない。


当然だが、前者は火事場のバカ力を出しながら必死に生きている。

後者は、つまらないことで心が一杯に満たされている。

自分は褒めることをしない

自分は大抵のことを褒めることをしない。

映像系の頭の悪い学部にいるため、映画を見ることがまぁある。

基本的に褒めることはしない。

どこがクソだったかを探す。

具体的な部分でもでも曖昧でもとにかく文句を言いたくなる。

ストーリーがクソだったとか、昔のフランス舞台なのに出てくる牡蠣の種類が違うだとか、美男美女セックスするだけだとか、見ているやつがムカつくとか。

何かを褒めるのは好きではないのだ。

そして、大抵観客の見てくれのマトモさに切れる。

持ち上げるということは大政翼賛の復活のように感じる。

また、何かを持ち上げるということは何かを貶すことになると考えている。

見てくれの良い女を褒めれば、それは容姿が醜い女はダメだというようなものなのだ

何でも文句を言って、友人は少ないし揉めることも多いが満足である

自分容姿が良ければ、他人が褒めることも許容できたかもしれない。

学生であるが見てくれが悪い人間は持ち上げられなかったし、これからもない。

自分は持ち上げれらないということだ。

酷い目にあった。

容姿が良ければ、自分も持ち上げれらたはずである

から、何かを褒めることも許せたのかもしれない。

24時間テレビが嫌われる理由

バリエーションが無いからだからだと思うんだよね。

最初から最後までひたすら感動だけ。

24時間テレビが好きっていうのは、箱根駅伝が好きっていうのと同じ理屈

でも箱根駅伝ほど支持されていないのはなぜかというと、箱根駅伝基本的スポーツマンが好きなスポーツに取り組んでいるからだし、選手の好きなものガチオタ暴露とか)も遠慮なくやってるから

一方24時間テレビは、出演する障害者個性無視絶対に清く正しい人イメージ

好きかどうかも判らない無理難題に挑んで「やらされてる感」が出てるからなんだよね。

もう少し、笑いとか、それこそNHKでやってるような差別偏見とどう闘うかという真面目な議論とか

方向性が色々あればこんなに嫌われる事もないんじゃないかと思うよ。




24時間テレビ募金が集まるんだからいいじゃないか!って増田も見たけど

別に感動させなくても募金は集まるでしょ、アイスバケツがそうだったじゃない。

それに24時間テレビでは身体不自由な人しか取り上げないから、例えば内蔵の障害とか、見た目健常者と同じ人はスルーでしょ。

そういう目に見えない障害がどういうものかを知ってもらうコーナーとか作ればいいよね、

それをしないで、「不自由障害者が頑張ってます!感動ですね!!」ってやってるからうんざりするんだよ。

まあ今のテレビじゃ無理だろうけど。

シン・ゴジラに乗り遅れたはてなブロガー

君の名は。」でPV稼ごうとしてるのを見ると

やっぱりあいつらは面白いもの見つける嗅覚がないな。



次は「君の名は。」と言われてたけど公開されてみるとあれははてな外で人気になる映画

他人感想記事読みたくなる映画でもない。

はてなでは賛否両論

今の炎上連発の状態ではこんな小物に関わってる時間はないので叩く人はすぐに減る。

カウンター面白いと思ってる人の発言も出なくなって徐々に話題にされなくなる。

そんな感じで終わる。

義母化粧品をくれる

義母(60代)が私(30代)の使っている化粧品をチェックして「年取った時に後悔したくないでしょ?少しいいやつ使いなさい」と言って、自分の使っている化粧品を渡してくる。パック、化粧水乳液美容液UVケアパウダー

私は口コミサイトの評判を読んで、ドラッグストアスキンケアは1,000円以下、メイクは2,000円以下の商品を購入して使っている。

安物ではあるが、費用対効果を最重視し、自分なりに吟味して購入して、使用感も満足している。

義母がくれる化粧品ドラッグストアカウンセリング化粧品TVショッピングで購入したものなど、3,000~10,000円くらいの価格帯。

義母に対して「高めの化粧品を使った時にそれまでよりも良かったと感じましたか」と訊いたら「わかんない」とのこと、ただ「でも年取った時に、あの時1,000円の化粧水使ってなければ…って後悔したくないでしょ」とのこと。

1,000円の化粧水ダメで、3,000円だったら後悔しないという基準があるってこと?

その価格帯の基準は何を根拠に設定されたものか。また、それは義母基準であり、私の基準が1,000円だと思うのは認められないってことなのだろうか。

さらに、私の使っているもの義母化粧品よりは全て安価であるのは事実だが、全てのアイテム義母の使っているもの100%劣っているのだろうか。

例えば「30代になって肌質も変わるからプロの肌診断を受けて、商品を選んでもらった方がいい」みたいな説明カウンセリング化粧品の購入を促されたら従ったかもしれないけど、値段だけでお前が使っている化粧品ダメだと言われても理解も納得もできない。

義母がくれた化粧品自体には罪はないので、自分の使っているものが切れたら、トラブルがない限り使いきろうとは思うが、使っていて不快記憶を思い出しそうで憂鬱だ。

それとも使い続けていたら、(今使っているものより)高めの化粧品やっぱいいわ!違うわ!!ってなるのかな。

何だかなー。

被害者気持ちを考えろ」と言う人々も

結局は被害者を棍棒代わりにして気に入らないものを叩いているだけのように見える

被害者の実際の気持ちなんて分かりようがないんだから

下手に触れないのが一番だと思うのに。

とりあえず私は性犯罪は男ならではの犯罪であり

加害者母親よりも赤の他人の男の方がよっぽど連帯責任を負うべきだと思う

2016-08-28

ガウチョパンツ楽しい

女の子の格好してみたいとは思うもの普通スカートとか男の体に全然似合わないし、これで外に出るなんてありえないと思ってた。

ガウチョパンツって極端に変な感じにならない程度に収まって、でも、シルエットはほんのりスカートっぽくて、女装結構満たされる。楽しい

私は、昔からレベルの高い本物が好きで、ハードルの高い難問を長期の試行錯誤の末に解決したりする人とか、そういう人を尊敬するタイプで、そういう人から学ぼうとする欲求が強かったのだけど…


どうやら世の中は、この逆の人が多いことに気づいてきた。


レベルの高い本物を見るのは嫌いでレベルの低い方が親しみやすく好き、だとか…ハードルの高い難問を解決してるような人を見るのは、簡単な道を歩んでる自分と比べると劣等感を抱くから嫌い、とか…


そういう感情が回るんだということが分かってきた。自分には無い感情だったので衝撃だった。私は逆に、人生イージーモードの人を見て嫉妬することはあったので、そちらの方はわかるのだけど…その逆の感情が本当によくわからない。


まさかイージーモードの人も、神様から過酷な試練を与えられる人を見て嫉妬するんだということが驚きだった。そんなに嫉妬するなら、谷底自分で落ちればいいのに、落ちれないことに嫉妬するのだ。


まれた人が苦労をして大成する人を妬む逆嫉妬という感情が、わからない。私なら、尊敬の念しか抱けないので。


嫉妬の苦しさを解ける方法はないものだろうか…

きみの名は。ネタバレ感想

これ、RADWINPSのミュージックビデオだわ。

何曲そのまま流すんだよ、やっぱり委員会方式よくない、レコード会社ねじ込んでくるからこういうことに……って思ったけど

途中からミュージックビデオとしてみればいいんじゃないかと思い始めた。

秒速も山崎まさよしミュージックビデオだったしね。



観客の半分以上が若い女性客で驚いた。

高校生中学生くらいの女子グルーブが多かった。

あとはカップルが多かった。

男子グルーブはちらほらしかいなかった。

全体的に年齢層低めだったな。



ユキちゃん先生

自分の中で一番盛り上がった。

四国行ったんじゃなかったのかよ!

って思ったんだけど結婚して移住したんだろうか。

なぜ飛騨にいるんだろうか。

謎は深まるばかり。



映像

雨の描写とかは言の葉の庭のほうが美しいかもしれないが、天体ショー的な派手な描写では勝る。

人間アニメーションの動きが抜群にいいが、CGモデルトレースしているっぽい。めちゃくちゃ注意すると一部CGっぽさが気になる。

爆発シーンはゴジラ見た後だと……詳しい人お願いしま

こういうバランスで星を追う子供的なの見たかたかもしれない。



飛騨高山最高

はいい。美しい。

森林限界とかカルデラとか。いやあれ全部隕石跡なのか。



セルフパロディ

自己言及的。「新海の映画」の中でどこかで見たようなシーンとセリフが多すぎる。

具体的には「秒速五センチメートル」と、「空の向こう、約束場所」「星を追う子供

進化を感じない。前二作のほうがあがいてる感があったが。

大御所じゃないんだからもっと挑戦してほしい。

予算かけて売れ筋映画を撮るっていうのは挑戦なのかもしれないけど。



サービス

女子中高生向けなのにサービスシーンやたら多い。けどエロさを全く感じないので女子的にはOKなのかもしれない



自分の)年齢を感じる

秒速は心に突き刺さったのにこれには乗れなかったのは、年をとって大切なものを失ったからなんでしょうか?

と。ちょっと思った。



結論

庵野エヴァ以外をシン・ゴジラでまともに撮ったように、新海さんもこれまでの殻を破ったものを見たかったな

http://anond.hatelabo.jp/20160826202909

ディレクター陣は男性デザイナー陣は女性だけ


いま広告制作会社はそういうところが多いよ。

多分どこに行っても若いデザイナー女性の方が多いと思う。

一生の仕事は何かと合理的に考えると、

グラフィックデザインに進む男性は少ないんだろう。

あんまり男が女がといいたくはないのだけど、そこのところ、

好きなこと、興味があるところに正直に突き進む女性と、

一応一生稼ぐことを考えないといけない男性の差があるのだと思う。

そうじゃないと説明できないくらい、若い人に男性がいないから。


さて、そういうわけで、

あなたは貴重な男性グラフィックデザイナーだ。

大仰な看板を求めなければ、働き口はそんなに苦労せずとも見つかると思う。

この業界伝統的にブラック業界だ。

から、「体力がある」というそれだけで、女性より本当はアドバンテージがある。

二日の徹夜があれば、体力の差は歴然。

二日の徹夜を当然と思うのが業界の闇だけど、

それをどうにかしようとしている人は多いけど、

事実としてそれは日常茶飯事で、それでないと飯は食えないので、

そして「ディレクター陣は男性」でもあるので、

やはりそれに付いて来れる体力のある人は必要だ。


まりちょっと安売りする気になれば売り放題だ。

そこで是非、ひとまず安売りでもなんでもして、

積める経験を積んでほしい。積み重ねてほしい。

ライバルは、美大に通わせてもらえるようなお嬢様たちばかりだ。

そりゃ中にはそういう浮き世を知らないことが生む才能もあるけど、

そんな一握りの人たちは放っておけばいい。

私が知る専門学校出身の人たちは、

学歴で言えば適わないような底からそれでもやるんだとやってきた人たちで、

技術を積み重ねた人間の信頼感がある。肥やしてきた引き出しが違う。

そういう人を目指してほしい。


業界あなたを求めている。

それを信じて、それに応えるべく積めるものを積んで、

是非「グラフィックデザイナー」として歩んでほしい。

全てを頭脳論理性だけで定量化して人の価値を決めようとする連中とは話ができない。

まして頭脳には前頭葉だけでなく情緒的な機関存在しているというのに、論理性だけが価値だと言ってはばからない。

そういう人達基本的にそれと比類される出来事、例えば人種問題でも容易にボーダーを引く性向を有していることが多い。

自らの論理性にどこまでも厳密になればなるほど、人の価値というもの定義することが不可能になるはずだ。

しかし彼らにとってそこだけは非論理的で良いらしい。

http://anond.hatelabo.jp/20160828202633

素晴らしい。有意義だ。価値がある。

本屋に行こうと思い立って家を出たものの、

一駅電車に乗るのがおっくうで、

駅前で550円の魚介丼を買って帰って

マスかいて酒飲んでるだけの俺が言うから間違いない。

anond:20160827111927

コストカットになる。

ならないんだなーこれが。むしろ仕事が増加した時に破たんするので、コストは増大する。

そういうことは分からないだろうな。。こういう人は。。

あと、いわゆる「残業代稼ぎ」だが、端的に言えば給料が安いせいだ。

たいていのサラリーマンは、どれだけもらっても安いに決まってる。給料の補てんに決まってるでしょ。

特に年齢が高くなればなるほど、そう思う。

長く働いていて、もう働きたくないのだから、さっさと欲しいものをもらってさよならする気満々になる。

なお、私は残業代があろうがなかろうが、人がいようが居まいがさっさと帰る人だが、残業代稼ぎをしたいのはよくわかる。

http://anond.hatelabo.jp/20160828202208

正確には「記憶がなくなる」のではなく海馬機能低下により「短期記憶新規書き込みができなくなる」

から記憶が書き込まれてないんだから何をどうしようが思い出せない。

現実に起こる医学現象なんだから、お前が信じる信じないはどうでもいいし関係ない。



あと、「記憶がなくなる」と「理性がなくなる」は全く別の原因による現象なので両方同時に起こることもあれば片方しか起こらないこともある。

ごく普通に会話をして電車にのって家路につき帰りのコンビニで買い物をして買ったものをきちんと冷蔵庫しまって置いてあった洗い物を済ませ

服を着替えてベッドで眠りについたけど一切何も覚えてないとかも当たり前に起こる。

http://anond.hatelabo.jp/20160828163802

日常的に体験するものじゃないと思うよ

ジェットコースターとか、3D映画くらいには疲弊させる




なのでVRは特別な時、それこそ映画館アミューズメントの一環としての用途に落ち着くんじゃないかと思う

24時間テレビが是とされている限り、日本労働環境は変わらない

のではないか、と思った。

アスリートでもない、むしろ運動不足気味な人が100kmとかい距離を一人で走るのは確かにすごい。

だけど、最後最後しんどい顔を見てお涙頂戴を誘うのも、昔はよかったと思うけど、今じゃ「なんか違うんじゃないの」と感じてしまう。

100kmを一人で走るんじゃなくて、色々な分野から五輪聖火リレーみたいにタスキをつなぐようなリレー形式にしたほうがいい。



司会業もそうだ。24時間ずっと起きっぱなしで無精ひげ生やして、眠くなっている人を「頑張っているね~」と励ましたりしている限り、長時間労働や苦労が美徳とされる世界は変わらない。

24時間起きる続けるんじゃなくて、8時間おきにローテーションさせるのがいいと思う。

朝の顔と呼ばれる人が6時から14時まで担当して、14時から22時は夕方の顔の人、22時から翌朝6時までは夜の顔っていう感じの人に司会を変えたい。


そしてフィナーレで「今年の24時間テレビはみんなで頑張りました!みんながいなければ、番組も成立しませんでした!」みたいなアナウンスをして、イエーイ!みたいな。


まりは「一人で頑張る」というものじゃなくて「みんなで頑張る」という番組に転換しない限り、苦労が美徳とされる価値観は変わらないのだろうな、ということだ。



苦労は分散させて、みんなで乗り越える価値観が広まればいいな。

http://anond.hatelabo.jp/20160828202208

記憶を飛ばすまで飲む、っていうのもそうそうないけど、事実、そうなってしまった時だと自分のし行為とかについての断片的な記憶はあって、その時何をしたかというのは全くもって覚えていないんだよな。

その中にはもちろん、覚えていない事柄もある。



から、正確に言うと断片的には覚えているけどどういう意図でそれをしたのかとかは全くわからないというものだったりするんじゃないかな。

ファッションという無駄なことにお金が回ってしまっている

ファッション無駄中の無駄である

日夜、小賢しいブランドセレクトショップやらが情弱から大金を巻き上げている。

これが健康をうたって詐欺的な似非科学飲料サプリメントなら慧眼なネットに住まう諸兄等が

その崇高なる正義感による啓蒙活動から無知蒙昧な民を救うことだろう。

しかし、ネット民はファションなどという無駄なモノには興味ゼロなので、この腐りきった現状を知らない。

服の値段とは有ってないようなものだ。

壺のような骨董品と同じで、お偉い先生が作ったから●百萬円とか言っているのと大差ないのである

情弱はなんだかそれらしい店の雰囲気に飲まれて高額な衣料品を買わされているだけなのだから困ったものだ。

たかTシャツに五阡円以上もの値札が平然と付けられていることにもっと疑問を持たなければならない。

親の責任、子の責任大人責任境界線はどこなのか

まだ考えがちゃんとまとまってないんだけど。

考え始めたきっかけはこの記事

「(息子の)異常な性癖は?」という記者質問は、母親を苦しめるだけの残酷ものしかない【追記あり】(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/sonodahisashi/20160827-00061553/

この事件とは関係ないんだけど、「親を苦しめるだけの残酷ものしかない」って言い方だと、「機能不全家庭を作ってしまった親の瑕疵責任が免責される」ような印象を受けてしまい、モヤモヤする。

機能不全家庭で育った私からすると、「機能不全家庭で育ったことに起因する私自身の社会的欠陥の責任は、家族にもある」という解釈になる(法的ではなく、その記事にあるように「縁座制」的に)のだろうか?でも、犯罪レベルになると「縁座制」が出てくるけど、犯罪にならない限りは「縁座制」の概念が出てこない気がするんだけど。つまり犯罪より手前のことはすべて、成人したら本人だけの責任になり、つまり親の「機能不全家庭で育ててしまった責任」が、免責されるように見える。

土壌も肥料も日照も不十分で、まだ葉も枝も幹の太さも足りてないのに、立派に育った木と同じ責任と期待を背負わされるのって理不尽だし、無理ゲーじゃないですか?機能不全家庭手当て、または被害者の免責・減責が必要じゃない?

犯罪を犯す手前の場合儒教思想的な、年上を敬え思想が出てきて、「親を悪く言うな」「いい年して親のせいにするな」って考えが出てくるのかな?

でも、犯罪を犯したとたんに、成人した子であっても「親のせい」の考えが出てくるのはなぜ??

その境界線は何?なんかよくわからない。

子供の頃にイメージごっこ、妄想遊びをやったことがない、知らない人種がいる。

自分からすると信じられないことで、概ねそういう人達はいわゆるリア充よりの気質を持っている。

それがイケメンであったりする要素は加味されない。

ただ社交的でつじつま合わせがうまく、現実以上のことは何も起こらなくて、平気でイメージ人種バカにするといった具合だ。

この人達、今あるものに馴染んでゆくことはとても上手だ。

だけども今あるもの以上のことに希望を持たないし、想像もできない貧弱な感覚もつ人達でもある。

おまえそんなことやってんの、ありえねーというレッテル貼りも非イメージ人によくある傾向で、枠内の補強された自分を信じて疑わない。

まさか自分世間に合わせるのがうまくて、そのおかげで自分というフレームは強化されて強く見えるだけかもしれない、という想定すらできない。

ただ世界からはみ出している人達と、世界に乗れていて疑わない自分、という意思なきレール上の世間意思が横たわっている。

イメージのない人は世界というより世間のものになっており、自分というもの世間ノーマライズされていることを疑問視しない。

まして自分から世間に合わせようと努力したりもする。そこに子供の頃持っていた感覚が失われているという郷愁は一ミリもない。

郷愁がある人は子供を取り戻そうとして言いようのない苦しみに襲われるが、想像しない世間に合わせる人は未来がなくレールだけがあるので何も苦しまない。

その代わり彼らは生きながら死んでるし、それなりの楽しさをこんなものだろうとそこそこ満足しながら社会をいい加減に回してゆく。

この世はある一定ルールが正しいという鳥かごの中にある。多くの死体が口をそろえてそういえばそうなるという世界しかない。

宗教リア充二次元

ここ数日、宗教の成り立ちに興味を持ち、適当に調べていた。

それで改めて思ったのは、宗教というのは、本当に当初の原型なんかねえなということである

キリスト教にしても、イエス自身はせいぜいユダヤ教改革派ぐらいの立ち位置だったのが、

パウロ世界宗教への道を開いた結果、今のようになったらしい。



自分は、特に宗教心もないが、たぶん統計の上では大乗仏教信者ということになっている、

どこにでもいる平均的な日本人だ。

上座部仏教については、「あ、東南アジアあたりでメジャーなやつでしょ」ぐらいの印象しかない。

しかし、どちらが当初の精神を引き継いでいるか考えてみると、もう明らかにあっちだと思う。

確かに、ブッダ王族で、当時としては恵まれていたし、妻も子もいたらしいが、

あんな思い悩んでばかりいたんでは、俗世で生きてて幸せなわけがない。どちらかと言えば我々サイドだ。

きっと、人付き合いも何もかもが煩わしいと感じるタイプだ。

どう考えても、大乗仏教の方がおかしい!



どうやら、宗教というのは、仮に個人の救いという小さな問題から始まったものだとしても、

どこかの段階で「勢力拡大」というものが、教えのうちに組み込まれものらしい。

誤解を恐れず言うならば、それはリア充に乗っ取られるということである

他者を救わねば自らの救いもない、とか細かい理屈はあるが、要は群れたがる人間が主流派となり、

そうでない人間はそこから追いやられたと考えるのが自然だろう。

おそらくキリスト教もまた、リア充パウロに乗っ取られてしまった結果が今なのだ



イスラームちょっと別だ。あれは最初からリア充サイドだったとしか思えない。

ムハンマド商人軍人としても有能だったらしいし、自らジハードなんて言っちゃってる。

そしてなにより、幼妻であるリア充でなくてなんだというのか。



自分社会性がないので、リア充のいるところでは幸せに暮らせないと思っている。

そもそも、他人との交流苦痛だ。人に好感を持ってもらえるような容姿もなく、話せば人を不愉快にする。

まり他人を癒やす能力がないということだ。

そんな人間が、他人に癒やしを求めるべきではない。

から自分を救うものがあるとすれば、それは趣味以外にないと思っていた。

確かに、その辺を歩いている人の真似をするよりは、二次元にはまっていた方が気が紛れた。



しかし、その趣味もまた、自己完結する世界ではなかったのである

そんなことは最初からわかっているつもりだった。

だが、この世界にもリア充侵入し、そして幅を利かせている今、自分は肩身の狭さを感じつつある。

ライブに通い、SNS他者と絡む。そういう人間が、やがてここでも正統派となり、

自分はまたどこかに散るしかないのかもしれない。



どうやら、宗教二次元も、もちろんインターネットも、安住の地にはなりそうもない。

自分はどこに行けばいいのだろう。