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はてなキーワード: 感覚とは

2017-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20170122194846

これは新人言語感覚が正しい。

しかし、どんなことにも例外があるように、北海道だけ北海道と書き、東海道東海北陸道北陸 と書く会社があっても全く問題無い。



そこで提案なのだが、就業規則改正し、北海道だけは北海道呼称すると定めてはどうだろうか。

就業規則に定められている以上、新人はそれに従う義務があり、それでも違反するのなら解雇されるべきだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170122202114

何度か外れたことがあるけどむこうが中で転がってるのに気付くまで何の違いもわからんかった

責任は取りたくないのでいつもゴム付けてるが、まあ実際の感覚なんてなんもかわらんのだろう

[] トイレランキング

最後の方駆け足になっちまった個人的山手線トイレランキングを発表するぜ!

記憶あいまいになっている部分もあるのでもしかしたら間違いあるかも・・・



一位

大崎 anond:20160625163747

利用者数が少ない、空間が広く取られている、それなりに綺麗、便器数も多い。

利用者数の少なさと空間の広さが他と差をつけたポイント。綺麗さはそれほどでもない。平均以上ではある。

土日に歯を磨いているおっさんがいたら俺かも知れない。すまんね。



二位

恵比寿 anond:20160508205123

照明が明るくてわりときれいで臭いが少ない。

デパートトイレみたいな感じでよろしいね



三位

巣鴨大塚

anond:20161120185911

anond:20161120190409

良く似たレイアウト。割と綺麗で人も少ない。個性はないがそつなくこなしている感がある。




特別

上野パンダ口付近) anond:20160424194257

めちゃ広い。山手線一の広さではないだろうか。他の駅も見習ってほしい。ただ設備が古くて臭いもわりとある

臭いダメな人は避けた方がいいかも。




ワースト二位

鶯谷北口付近) anond:20160828235535



ワースト一位

渋谷ハチ公口付近) anond:20160716213600

立ション感覚が味わえるのは他になかった。




他、印象が薄かったり一長一短あったりなトイレ

五反田 anond:20170109191205

御徒町 anond:20170109192210

高田馬場 anond:20160416223158

秋葉原 anond:20161127202418

新橋 anond:20160703180637

新宿 anond:20170122201400

新大久保 anond:20170122195304

神田 anond:20161016202414

西日暮里 anond:20161023220241

代々木 anond:20161023215725

池袋 anond:20160925202634

田端 anond:20161120191019

田町 anond:20161113214349

東京 anond:20160713223116

日暮里 anond:20170104235423

品川 anond:20160820220240

浜松町 anond:20170103155734

目黒 anond:20170122195852

目白 anond:20160616004630

有楽町 anond:20160619195111

駒込 anond:20161120185439



人多すぎ

原宿 anond:20160507210827

夢じゃないけど」という前置き-夢小説が好きです-

夢じゃないけど」という前置きについて

最近よくツイッターを見るようになって、審神者やぐだ(これを夢でなないとする派閥も居ることは知っています。ですが私はオリジナルキャラであると考えているため、このたとえを使いました。)

の話を見ていると、「夢じゃないけどキャラクターに○○したい、されたい」といったツイートをよく見るようになったと感じています

また、先日バズっていた、「夢作品は見るけど自己投影をせずカプ的な目線で見たい」といった発言を拝見しました。

個人的感覚として、夢小説あるあるタグや、自己投影なんておこがましいなどの無神経な、よくそれを鍵なしで言ったな!突っかかられても絶対被害者面するなよ!よろしい、ならば、な発言により、夢はどうにも「昔のもの」「黒歴史であるという認識から抜けれていないように感じ、それはなぜなのかということについて考えてみたいと思いました。

個人感覚・疑問をもとにして書いているため、偏りや誤解などがあるかと思われます

どうしても捨て置けねえ、こういう考えもあるんだよ、というご指摘はありがたく拝見していきたいと考えています

夢が黒歴史扱いされがちな理由として、一つ目に

キャラ×自分などというおこがましい、キャラクターにふさわしくない自分なんかがキャラクター恋愛ができるほどの立場にない」

という気持ちがあるのかなと思いました。

これは、自己投影や夢と腐について紛議する際にリツイート先やリプライなどで個人感覚吐露しているものを読んで感じた点です。

別にその卑屈になった自意識を救ってあげたい♡だなんて思っていないです。他人妄想の中ですら自己投影なんて恥ずかしいものだという価値観をおしつけて平然としていられる傲慢さは抱いたままそこに居て出てこないでほしいと思います

ただそれを公開アカウントで言って突っかかられたときに悪気はなかったとは言わせないからなという

次に、「自己投影は恥ずかしいもの」という意識がなぜか根深く残っているのではと考えました。

冒頭に述べた、「夢じゃないけどキャラクターに○○したい、されたい」「夢作品は見るけど自己投影をせずカプ的な目線で見たい」という発言について、こちらで感じたのは

「なんでそれ夢じゃないと思うの?夢じゃだめと思う理由は?」です。

個人感覚についてつっかかることの不毛さはわかってるけど、夢だと思ったものが夢でいいと思うけど

審神者騒動ときにあった「創作審神者夢じゃないからたかないで」に似た悲しさを感じたというか

腐の界隈で「夢じゃないけど」の接頭語をつけないということは、「自分キャラクター恋愛がしたい身の程知らずの恥ずかしい人間であるという烙印を押されると恐れているのではなんて勝手想像している。

自己投影しているかしていないかなんて自分でもわからないような状態の人はたくさんいると思う

それなのにこうも自己投影を締め付ける発言が広まるとしんどい

そもそもどうして自己投影しているかしていないか自分の中でケリをつけなければならないかという

投影しているかしていないか、そんな踏み絵みたいなクッソくだらない基準二次創作フォルダ分けをすることが一番くだらない。


最後に、何度目の指摘かわかりませんが、あまりに夢界隈を知らなすぎるというのではという推測をしています

夢小説とは何かと考えるきっかけになった記事を紹介させていただきます

http://makun0uch1.hatenablog.com/entry/2016/11/26/222114a

結論というか願望としては、自己投影しているかしていないかという区分け撤廃と、夢に関しての無神経発言が許されるような風潮がなくなったらうれしい。

二次創作に貴賤はないと私は思います

芥川賞作家言語感覚

この話「芥川賞作家がこの言語感覚か」という感想かなあ。

(1)フェミ界隈で使い古されたネタの今更感。

(2)「主人と嫁」をセットで論じる筋の悪さ。(原点を問題にするなら主人/奴隷、嫁/婿のセットで論じるべきだし、原点を問題にしないならそもそも問題にすることではない。)

とどめは

(3)「妻」という語が刺身の「ツマ」と同じ「添え物」感を伝えることへの無頓着さ。

ものを知らない人が思い付きだけで垂れ流したような内容で、その辺のおばちゃんのブログなら笑い話で済むけれど、一応作家を名乗るならそのあたりもう少し気を使った方がよいのではないか。まあ作家という仕事、もはや素人との境目などそれほどなくなりつつあるということなのかなあという、大変な残念感のある話だった。そんな感じ。

http://anond.hatelabo.jp/20170121234729

毒親家庭に拒否反応起こす人いるよな

http://zuisho.hatenadiary.jp/entry/2017/01/22/002934



知識として毒親という存在を知っていても、別世界家族形態だとしか考えられず、現実問題として抱えている人が身近に生活しているという感覚を持っていない。その世界が目の前に現れても見たくなかったという反応が勝って否定しようとする。

この記事晴天の霹靂として現れた毒親家庭のせいで激しく動揺し混乱している書き手の心情がよみとれる。

健全な家庭で育った証なのかもしれんが、逆に健全な家庭で育つだけだとこのような家庭の存在に対する免疫を獲得しないまま大人になってしまうのかもしれんね。

このような機能不全家庭はいつの時代もそこかしこにあり、かつての友人や職場の同僚やすれ違う街の人たちの家庭もこのようである可能性が常にあるのだが、それでもこのような人たちは全ての人たちは健全な家庭で育った自分と同じ価値観に基づいて社会をつくっているという感覚支配されてしまっている。

あるいはほんとうに、健全な家庭で育ち、同じ価値観を確かめあえるような人間関係しか身近に残してないのかもしれない。それはそれでよろしいことではあるが、一方でだいぶ危うい平和でもあり、そう思わないことはさらに危うい考え方だ。

実のところ、こんな風に常識を揺さぶられることが少なくて、すぐに容量を超えてしまうような人は、そうでない人より毒親になる可能性を秘めていると感じるのは私だけだろうか。

ツイッターってLINEの延長のつもりで使ってる人と、2chやブログの延長で使ってるつもりの人で大別されて、それぞれ感覚が違うからいざこざが起きてるってイメージ

どっちが間違ってるとかそういう話ではなく、事実として感覚の差は存在するんだよ的な?

セックスレスされている夫として

http://anond.hatelabo.jp/20170119001539

セックスレスされている夫としての意見を書いてみます



セックスがなくて一番つらいのは性欲の処理する場所がないこと。

元増田の家が風俗OKだったり、よその女性と性行しても良いよというルールならこれは問題いかもしれない。

あるいは夫さんがひたすら自分で処理をするのか。

我が家では自己処理だけど、とにかく虚しい



次いでつらいのは、単純性欲ではなく、

妻(=愛する女性)とセックスしたいという欲が叶えられないこと。

これはレスられている以上、他に代替機能がない(おそらく背中掻きでは代替できない)のでとてもつらい

本当につらい。



で、↑の愛情に基づく性欲をなんとか満たせないか、どうにかセックスできないか

レスられている側はたまに勇気をもって拒否している側を誘ってみたりするのだけれど、

そこであらためて拒否をされると、これはおそらく拒否している側が想像している以上に傷つく

大げさではなく、人としての尊厳を傷つけられた感覚に陥る

生きている意味がないんじゃないかと思えるぐらいにつらい



そこから先は人によって違うだろうけれど、かわいさ余って憎さ100倍になる人もいれば、

外に相手を求めてこっそり不倫する人もいるだろうし、ただただ鬱になる人もいるだろう



セックスレス離婚事由になる夫婦があるぐらいなので、セックスレス

特に拒否されている側にとっては非常に大きな問題なのです。



セックスのないことを夫さんが納得しているならば、レスでも良いのかもしれないけれど、

我慢しているのであれば、なんとか、恋人同士の頃のように、

できる関係を取り戻せるように話し合ってあげてほしい。余計なお世話かもしれないけれど。

2017-01-21

転職ドラフトについて

転職ドラフト興味本位登録したのですが、自分現在年収 + 250万円の額がいきなり提示されて、驚きました。これまでやってきたことやGithubアカウントなどは公開しているので、やみくもに提示してこられたという感覚はありません。エンジニアとして良い評価を頂けて嬉しいです。

一方、自社でこのような昇給可能か考えると、(これまでの給与改定を踏まえるて考えると)250万円の昇給はあり得ません。100万の昇給でさえ夢のまた夢です。

そもそもの業績が悪く、どうしようもないベンチャー企業なのであれば、しょうがないでしょう。それでも夢を持って頑張るか、素直にオファーに応じて転職するだけです。

しかし、業界での知名度黒字化へそれなりに順調に進んでいるところを見ると、どうしようもないベンチャー企業だとは思えません。転職ドラフトで自社が投げているオファーを眺めていると、自分が受けたオファーと同じような額はもちろん、それ以上の額が、スター級ではないそこそこのエンジニアに対して提示されています。もちろん、外から見える公開情報だけでスター級ではないと判断するのは難しいのですが、そこに書かれた経験を信じるのであれば、私とそれほど変わりありません。

すでに自社で貢献しているはずの私の昇給が難しく、ブログ記事記事分程度のレジュメを公開しているどこかのエンジニアにはまともな給料を出せる。

一方で私も、ブログ記事記事分くらいのレジュメを公開してみれば、いとも簡単にまともな給料オファーがもらえる。

これを読んでいる方には自分に置き換えて考えてほしいです。

まりにも馬鹿馬鹿しくありませんか?

こうなってしまうと、自社での活躍よりも、できるだけ企業を選別しながら転々とすることを考えた方がお金は稼げますエンジニアに求められるのは、そこそこのスキルと、レジュメ作成能力、そして給料を引き上げるための転職を実際に2回も3回もすることです。

私は本当に今の会社が好きです。今の会社からもらえる給料いくらか安くても我慢できます

しかし、自社への貢献が昇給につながらず、自分より後に入ったそれほど優秀でもないエンジニアが高い報酬をもらうようなことになれば、さすがに今の自分待遇には納得できません。

会社社員の貢献に還元することを忘れていては、会社には金が欲しいだけの傭兵ジョブホッパーばかりになり、それこそWantedlyに書かれているような高らかなビジョン共感する者は一人もいなくなるのではないでしょうか。

転職ドラフト実在サービスですが、フィクションとして読んで下さい(体験談風に書いていますが)。こういったことはたくさん起きているのではないかなという妄想です。

エロキャラキモオタ

萌えコラボをそこかしこで見かける。

そしてたまにエロをやりすぎて反発を買うのだが、キモオタ絶対にやりすぎたとは思わない。

キモオタ的なデザインエロゲーエロ漫画エロ同人などで完成されてきたからか、キモオタ的なデザイン基本的エロく、彼らのエロ感覚一般と大きく解離しており、巨乳な女がボタンをはずし谷間を露出し股間をもじもじさせて目を潤ませ頬と乳を赤く染めていても、乳首性器露出してないか自治体が刷って駅に貼り出して子供に見せても全く問題ない、キモオタが弱いから苛められ女が二次元嫉妬するから萌えキャラフェミ攻撃を受けるのだと主張する。

そしていつまでもフェミ攻撃を受けたとの被害妄想を根に持ち続ける、何なんだろうあの人達

http://anond.hatelabo.jp/20170121110933

つーか教室の隅でガリガリしてるキモオタネトフェミを産み出してる面はあると思うわ

ネット見てたらオタク達の狂ったような女叩きへの反発として女オタの一部がフェミ化みたいなんがあったし

自分達が弱いから何か差別して自分達が生きているだけでこれよりも凄いって思いたいのか、あとモテない腹いせか、女叩き凄かったからなぁ今も結構なもんだけど

からその辺が殴りあうのは正解

駅のオタクエロポスターとかでオタクフェミ弾圧されているとかいってんなら、オタク感覚が狂ってるから滝行でもしてこい

オバマはいい子ちゃんで終わり賞賛された

反面トランプはガキ大将の用に振る舞いそして当選した。

なぜオバマあんなに良識派として振る舞っていたのか。

最初の内はチェンジチェンジ!ウィーキャン!ウィーキャン!とロボットアニソン合いの手の如くやかましかったがいつの間にかそれらは無難な決め台詞程度に収まりやることも本当に無難良識的だった。

何故ここまでオバマ大人しかったのか、大人しくなったのか。

それは彼が黒人からだ。

もしもオバマトランプのように振る舞えば絶対に許されなかっただろう。

それはオボマが黒人からだ。

黒人であっても白人の役に立つ便利な働き蜂として振る舞うのなら仮初の王冠を頂くことを許してやろう、それがアメリカ国民オバマ投票した時の本心だ。

それらは最後までなんとかかんとか世間体や便利な嘘といった薄膜によって包まれていた。

だがその膜からは確かにその中身が漏れ出していった。

からこそオバマ黒人である自分白人の靴を舐めながら生きている事をアピールし続けた。

そうして白人たちはオバマに「ご褒美」としてノーベル平和賞をやろうとまで考えた。

それはオバマを優秀な大統領と認めて送られた物ではなく、黒人白人のために頑張っていることへの「ご褒美」に過ぎない。

テストで100点を取った子供ゲームを買ってやるような感覚でそれは送られたのだ。

そしてその事実は更にオバマ立場を縛った。

ご褒美を貰った子供はその後「ご褒美を上げたんだからそれに応えろよ」という圧力大人から受ける。

オバマもその立場にあった。

最後演説のいい子ちゃんぶりを見れば彼の牙が完全に抜かれた事が分かる。

彼はもう偉大な指導者として見られてはいない。

大きくて便利な歯車しかない。

黒人とは結局そこまでなのだ

真に白人たちの上や同じ立場に立つ事は許されない。

せいぜいが摂関政治に便利に使われるお神輿としての立ち位置が精一杯。

本当に上に立つことは許されず、それゆえに世界を本当に変える事は許されない。

彼が何度も繰り返したチェンジ!は最初の頃とはもう意味が違う。

本当に世界を変えるチェンジ!ではない。

白人に都合が悪くない範囲でのチェンジ!だ。

しかしたら最初からそうだったのだろうか。

いやきっとそうだったのだろう。

そうでなければオバマ大統領にはなれなかった。

だってオバマ黒人から

2017-01-20

そして今の日本のように

フルパワーでやることに意義を求めるあたり、感覚護送船団方式人海戦術昭和やな。

マックスに働いても成果を出さないと、生産性くそのまま破滅に向かうだけですよ。

ゼロ戦で突っ込んでいったかつての日本のように…

そして今の日本のように

ネタマジレスで悪いけど

割と本気でこういうこと信じてる男いるから言っておく。

女が感じ始めて叫ぶとか最初乗り気じゃなくても何回もイキまくるとかAVだけの話だよって感じ。

感じ始めて叫ぶとかアホらしくて書くのもあれだけど嫌いな奴から触られても不快なだけで感じないからな。


あとイキまくるとかないから。

だって賢者タイムあるしすぐ触られたらむしろ過敏になりすぎてて痛い時もあるんだよ。

連続でヤッても最初の方は一応反応としてイクような感じになるけど何回もヤッたら感覚マヒしてきて気持ちよくもなんともなくなる。

最後はイケなくなる。


イキまくるとか完全に創作からな。


http://anond.hatelabo.jp/20170106193405

http://anond.hatelabo.jp/20170120124015

この今の時代国民総出で隣国の人にいわれのない嫌疑をかけたり殺したいほど憎むような国があるなんて人間としてありえないと思ってる普通感覚からじゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20170120093152

自分感覚では表現力、つまりダンスの素晴らしさを評価してアイドルファンをやっている人って相当マイノリティだと思うんだがそうでもないのだろうか

もしそうなら自分アイドルファンに対する評価には偏見があるな

[]

今回はガンガンオンライン

青春Re:トライ Re:10

視点で同じ時間軸を描くのか。

樹側のテーマが新たな視点による気づきに対し、遥側のテーマは行動することの重要性ってのは一貫していて、今回もそうだったね。

ただ、まあ時間軸が同じこともあって、わざわざ別の話として描くよりは、平行して描けばいいんじゃないかなあとも思わなくはないが。

ただ、ラストの展開はちょっと不意打ちだったなあ。

確かに伏線はあったか考察する余地はあったんだけれども、このタイムリープ兄弟にとって重要意味を持つと思っていたから、そういう可能性は無意識に追いやってた。



私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!109

夜の学校とかもそうだけれども、今回みたいないつもと違う状況で過ごす学校の、独特の雰囲気って楽しいよね。

個人的にニクい演出は、本を通じて発生した奇妙な縁かな。

それが間接的に繋がって、他人話題主人公名前とか挙がっていると不思議気持ちになる。

その普段ではありえない特別空気がそうさせるのか、もこっちが苦手なタイプ人間言葉で思わず笑うシーンとかが象徴的に見えた。

なんかいいなあ、こういうの。

毒っ気というか悲愴感が恋しくはあるけれども。

あと、大したことじゃないんだけれども、登校時にマスク着けている生徒と着けていない生徒がいて、その微妙な違いが無駄に気になった。



ななしのアステリズム 第21話

ちょっと驚いた。

そんな言語化が難しい感情も描いていくのか。

人が持つ感情には表面的には同じであっても様々な側面がある。

「好き」ってのは、その側面が特にクローズアップされやすいよね。

昴は自身他人の持つ側面がないのに、その側面に自分が引きこまれたような感覚が嫌だったわけだ。

ざっくり言えば、他人物差し人格を測られるのが嫌だってことなのかもしれない。

恭介はその感情一般化しようと試みるんだけれども昴はピンとこなくて、そもそも無意義だともとれる。

このあたりを踏まえると、「他人による人格形成安易カテゴライズ拒否」だと私は解釈した。

まあ、確かに多くの人が自分自身でもよく分かっていない側面というものは大なり小なり存在していて、どうしてもそれを明瞭にする必要があるかといわれれば何とも言えないのだけれども、その状態では少なくとも他人にそれを決められたくないだろうね。

このあたりの人格に明確な言語化や是非を決めないっていうのは、複雑な思いが錯綜する本作を読み込む上で、かなり重要テーマかもしれないなあ。

ただ、そこをフワフワさせた状態のまま話を進められることが、物語スムーズに消化したい人にとってはヤキモキする要因にもなりそうだけれども。

薬学部にいて苦しい人達

そろそろ後期試験だろうか。

卒業試験だろうか。

それとも、薬剤師国家試験前だろうか。


私は4年制薬学部最後入学者で、1回生を2回やった薬剤師です。

留年した人間国家試験体験記というかただおばちゃんが思い出を書くだけなので、気が向いたら読んでいってほしい。

書いてみたらクソ長い。ごめんなさい。



◆なんで留年たかというと

講義をサボったわけではない。(皆勤でもないが)真面目に勉強して2回生に上がれなかったのだ。

こちらのほうが致命的である

私が親なら退学を勧める。

しかし別学部卒で自身留年経験のある親は留年を許してくれた。


今思えば、

当時の自分は、いわゆるプライドの高い真面目系クズに該当すると思う。

自分は人並みに頭が良いと思っていて、誰かに頼らずとも自分でなんとか出来ると奢っていた。

ノートを頻繁に借りに来る友人を軽蔑したりもした。


留年してから自分は本当に惨めだった。

同級生と顔を合わせたくなくて、キャンパスの中で一人になれる場所を探した。

結局それなりに友人もできて、面倒見の良い教授にあたり、その後は国家試験までストレート合格できたのだけど。


◆その国家試験前の話。

私学なので国家試験前は予備校先生を招いて講義をするのに、空白の2年に卒業する=合格率に直結しないという理由私たちにはそれがなかった。

今でも納得いっていない(笑)

ほとんどの子が自費で予備校に行くなか、私はお金もないので、教授が借りてくれた空き教室毎日自習した。

お湯を沸かすためのポット。

味噌汁スープコーヒーお菓子

青本と、過去問

無機質な真っ白の部屋に

これらを持ち込んで占有させて頂いた。

大学入試で入れない日は、ドトールに行った。

こんなに頑張ったのは初めてだった。

大学入学すら追加合格だったし。

考えたらいつも、あと残り2割か3割の努力ができなくて。

できない、というのはなんとなくだらだらして。

無意識のうちに、全力で努力することが怖かったのかもしれない。

余力を残すことで、結果が出なくても言い逃れできるようにしていた。

ほら、やっぱり真面目系クズだ。


クズにも底が見えた。

毎日毎日勉強していた、7年前の今日

勉強していたら、身体がバラバラになるような感覚がして、涙が出て来て、気がついたら貴重品持って大学を飛び出して

行ったことのない駅で降りていた。

会社と反対側の電車にのるみたいな感じかな。

風のすごい強い寒い日で、我に返って大学に戻ってコーヒーを飲んだ。

そんな意味不明な1日。


その日以降はまた淡々勉強して、国家試験合格した。

(ちなみに一般的に国試より厳しい卒試は、非常に優しかった。だってお荷物から追い出したいし…なので割愛。)


今でも全力の努力って中々できないけど、やったことのある人はわかるだろう。

受験における全力の努力って本当につまらない。

毎日毎日目新しいこともなく、見覚えのあるものを解いてはため息。

解けたら安堵の、解けなければ落胆と不安の。


悔しいことに、この苦しい日々を忘れつつある。

今一児の母だが、出産の痛みさえ1年も経たずに忘れる。

そういう風に人間できている。

だけど、大学を飛び出したあの日のことは、何故かハッキリと覚えている。


◆今、卒試国試前の人へ

6年間も(それ以上かな)本当に良く頑張ったから今そこにあなたは立っている。

ゴールより手前で息を吐かないよう、走り切ってほしい。


留年した人へ

ドラマのような、逆転劇は残念ながらない。

最後は、自分でやるしかない。

もっと残念な話をすると、勉強就職後も続く。

留年や休学を繰り返すループに入ると、時間的にも金銭的にも人生に響く。

向いてないと思ったら、勇気ある撤退を。

それは全然悪いことじゃない。

自分人生を、大事な時期を真剣に考えての判断なら、それは後退ではなく前進だ。


それでもそこで踏ん張るなら、応援します。

上でサクッと書いたけど、「それなりに友人ができて面倒見の良い教授出会えた」のは、大学に行き続けたからだ。

必ず授業にはでること。

頑張れ。




これを読んだ人が、実りある人生を送れますように。

2017-01-19

死が恥ずかしい


死がどうしようもなく恥ずかしいです。

こんな感覚、みなさんはありますか?




例えば事故事件で巻き込まれて亡くなった方のFacebookTwitterなど、"まさか自分が突然死ぬとは思っていなかったような人"の書き込みを見ると恥ずかしくて思わず目を背けてしまます




私は「何者」に出てくる佐藤健くんの役みたいに、何かしようとしている途中過程を誰かに見せるのが死ぬほどダサいと思ってしまタイプ人間です。

この人まだ完成するかも分からないようなものの途中過程アピールしちゃってwもし失敗したら、その過程アピール死ぬほどダサくない?って思っちゃいます




自分にとって、「死」が完成だと考えているのかもしれません。

自殺病気など自分の「死」を自覚して終わる人の書き込みは、完成しているのです。

事故事件に巻き込まれて、自分の「死」を自覚しないままに死んでしまったら、今までの書き込みは全て途中アピールに見えてしまうのかもしれません。



鍋パした〜!」

「なんか将来が少し見えた気がする。ルン♪」

「なんかお腹違和感があるなあ」

 ーー死ぬーー


人生最後鍋パーティーになるなんてな!

将来なんて存在しないのにルンルン浮かれて可哀想

お前、この時はそのちょっとした違和感のせいで死ぬなんてつゆほども思ってなかっただろうに!ご愁傷様!とか




そこまで親しくない知人くらいの間柄(嫌いでもなんでもない)だったら思ってしまうかもしれません。



今までなんとなく思っていたこ気持ちですが、言葉にすると本当に下衆すぎて自分でも引いています

この気持ち共感してくれる人はどれくらいいるのでしょうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170119005950

ふつう感覚なら、作品を見ていて「イライラする」という感情は起きないのでは?

何か特定の要素が目について、その要素について人並みならぬこだわり、

平たく言うと偏見があるからそういう感情が起きるのでは。

イライラしない人はそうした偏屈なこだわりに引っかかる部分がないから、素直に見れる、ただそれだけの事じゃないの?

冗談の通じない人のなんと多いことか

https://togetter.com/li/1071929

これさっき別の増田で読んだけど、問題創作できる人とできない人の対立じゃなくて

単にユーモアとかウィットとかを理解できる読解力があるかどうかの問題じゃないかと思う。



あくまでも個人的感想だけど、炎上元になった東急電鉄の一連の広告って

どっちかというとオッサン若い女に公衆道徳押し付けるってんじゃなくて

中年過ぎて急に保守思想に目覚めたようなババアが「大和撫子たるものこのくらいのたしなみは持っていただかなくては」みたいな感覚で作られてる印象がある。

主演の仁村紗和が化粧っ気のない中性的な身なりで登場してるあたりからも、派手派手しい女を敵視してる臭いがする。

から電車で足閉じて乗らないとみっともないみたいな広告からは「女はこうするのが常識なのよ」みたいなキモババア上から目線が感じられるわけ。



ところが世の男性からしてみれば「足開くぐらいいいじゃないか。むしろチラ見せするくらいの方がありがたいですよ」くらいな感覚の人が多いわけで、

それが最初のまとめに出てきたみたいなカウンターパンチとしてのネタマンガになるわけでしょ。

個人としては最初東急電鉄広告にはちょっとむっと来たけど、このネタマンガ面白いなと思って笑ってしまった。

東急電鉄広告担当者積極的に見せてざまあwwwとか言いたくなるレベルでよくできたネタだと思う。




このネタマンガに噛み付いてる女の大半は

上から目線マナー押し付けられるのは嫌

・でも性的に消費されているという現実を突きつけられるのも嫌

という位置的にどっちにも行けない上にどう意見を着地させていいかからいから暴発気味になってるんじゃないかと思う。

フェミとかサヨクとか主張するのはいいんだけど、なんでこうも教養のない連中が揃いも揃って群れるんだろうな。うんざりだよ。

「生きてる意味がわからない」の治し方がない

人生が虚しくなったとき、それを治す方法がわからない。

仕事して、お金稼いで、そのお金ごはん食べて、そんでまた仕事してってループに虚しくなることって、誰でもあると思うんだけど、そんなときみんなどうしてるんだ? 基本的には時間解決してくれるのを待つしかないんじゃないか

この前読んだエッセイマンガにこんなシーンがあった。

主婦の人が描いたもので、基本的には幸せなんだけど、ある日洗濯物をたたんでいるときにふと、

「私はこのままこの人のパンツをたたみ続けて一生を終えるのだろうか?」

という疑問が頭を支配して何もできなくなる。

といったもの

結局これは旦那さんと話し合って、「お互いに感謝気持ち言葉に」「何か趣味をみつけて(その人の場合エッセイマンガだった)」という方向で解決されていくんだけど、それって結局時間が経ったか気持ちが楽になったというだけで、突然襲ってくる虚しさには何の解決にもなってなくないか

主婦だとまた別の意味がでてきて余計な議論になりそうだけど、最初に書いたように仕事場合でも一緒で、もしそこに『やりがい』なんてものがあっても、最初ループなかに「褒められる」みたいな要素が増えるだけで結局は同じことなんじゃないか

仕事して、お金稼いで、そのお金家族を養って、家族から感謝されて、そしてまた仕事に行く

うん、ある意味理想的だと思う。

でもそんな生活がふと虚しくなる瞬間はある。

「このまま死んでいくのか?」と。

それも結局耐えて時間が過ぎるのを待って、どうにかごまかして生きていくしかないんじゃないか

こういった話題解決策として一般的なのは、『趣味』とか『生きがい』とかを見つけるというものだ。

でもやっぱりそれも同じじゃないか

俺はマンガが好きで、月に2~5万円くらいマンガ買って読んでる。

面白いマンガはいくらでもあるし、夢中になって読み続けられるんだけど、ふとした瞬間に「こうやって仕事して、お金稼いで、楽しくマンガ読んで」その繰り返しで人生が終わるのかな? と思うと虚しくなる。

何かをつくる系のものも同じ。

副業ちょっと何かつくる系のものもしているんだけど、それもふとした瞬間に「これの繰り返しなのか?」と虚しくなることがある。そういうとき基本的無視してとにかく手を動かしていればそのうち気にならなくなるんだけど、それは死神から逃げ切っただけで、死神自体消滅したわけじゃない。

たぶんこういった疑問を抱え続けてそれでもどうにかやり続けているのがほとんどの人で、そういった疑問すら抱くことなく走り続ける人も一流の人間なかに存在するんだろう。

でも俺はそうじゃない。

陳腐イメージになってしまうんだけど、頭の中でハムスターがずっと回し車の中を走り続けている感覚が消えない。とにかく耐えて気にならなくなるまで待つしか対処方法がない。

このハムスターを追い出す方法ってないんじゃないか

不細工遺伝で決まるから絶たなければならないのか?

不細工というのは美醜の基準に沿った価値判断だ。

そして、価値基準地域時代によって異なることも知られている。

すると、今の自分不細工であっても、同じ遺伝子を受け継ぐ子孫は美人遺伝子に変わっているということも考えられないだろうか?




あるいは、このような説明がある。不細工というのは、不利な形質をもつ個体を見分けるための指標として発現すると。

すなわち美しい個体健康遺伝子もつことが多く、醜い個体は不健康遺伝子もつことが多いのだと。

より健康個体に惹かれるために、われわれは美しさを基準にする感性生得的に備えているのだと。

一理あるように思われる。




しかし、生物には遺伝多様性説明される現象があるのではなかっただろうか。

すなわち、われわれ生物は雌雄個体のどちらもから遺伝子を引き継ぐので、遺伝的に近い個体同士の遺伝子を引き継ぐよりも、離れた個体同士の遺伝子を引き継いだ方が、多様な遺伝子個体が生まれ、種全体が環境の変化に左右されにくく生存やすくなる、というものだ。

この意味では、ある特定地域時代で通じる「美人」の遺伝子のみが残るコロニーと、それと比べて「不細工」の遺伝子も残っているコロニーでは、後者の方が生存確率が高いということになる。

すると「不細工」の遺伝子を残さないという選択はむしろ回避されるべき事態になるのではないだろうか?




このように、不細工から後世のために遺伝子を残さないという発想は、実際には正しくないのではないだろうか。

一方で、この美醜社会情況を考えると、「不細工であることに劣等を抱くのは至極普通のことであり、そうした感覚を持つこと自体は正しいというのは言えるだろう。

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