「未来」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 未来とは

2016-05-31

キモくて金のないオッサン」は冗長表現

金がないことがキモいのであって、金があるならキモい扱いされない。

ホリエモン客観的にタダの男として見れば既にキモいオッサンデブ

しかし、彼は金があるし、金を稼ぐ力がある。だからキモくないと扱われる。

宮台真司はどう見てもキモいオッサン。だが、彼は論壇で稼げる。

ようは金をがっつり稼げれば、それだけでキモさはどうでもよくなる。

そんな昭和価値観はいまだ健在なのです。

というか資本主義である限りは未来永劫正しい。

2016-05-30

試飲なさって行かれませんかっ!!


イオンテナントひとつお茶山口園というのがある。お茶屋さんだ。

で、前々から気になっていたことがある。そのお茶屋さんの呼び込みの掛け声というか挨拶というか。

「試飲なさって行かれませんかっ!!」というものだ。




一見普通じゃんと思うかもしれない。

でも自分にはとても普通だと思えないんだよなー。

まず食料品売り場の入り口から入ったら「試飲なさって行かれませんかっ!!」攻撃は始まる。

ああ、やれやれ、またか。ウザい。ウザ過ぎる。

「試飲なさって行かれませんかっ!!」

「試飲なさって行かれませんかっ!!」

「試飲なさって行かれませんかっ!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・




買い物が終わり帰ろうと出口に向かうと、また

「試飲なさって行かれませんかっ!!」

「試飲なさって行かれませんかっ!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・




この呼び声は「試飲なさって行かれませんかっ!!」以外聞いたことがない。

しかも声がデカくて通るので威圧感があるのだ。

ほかに言い方があるだろう?

例えば「お茶はいかがでしょうか?」「取れたてのお茶が入荷しております

とか

「試飲されて行かれませんかぁ?」「おいしいおいしいお茶はいかがでしょうか?」

とか言い方もいろいろあるわけよ。




なのに「試飲なさって行かれませんかっ!!」以外言わない。

だったら録音して繰り返して流しとけよ。ウゼーーんだよ。




例えば、「試飲なさって行かれませんかっ!!」という垂れ幕デカデカと作って貼っとけよ。

試飲コーナーをデカデカと作って一目で分かるようにしとけよ。




まりに頭に来たので、店長電話した。

まずこのことについてどう思っているのか尋ねた。

そしたら、なんと「いいというご意見を2、3伺っております」だと。

終わってる。こんな迷惑な話はない。この店の未来はない。




さら山口本店電話した。

「それはうちの経営方針でございまして」

「そういうお話ははじめてでございます」「一応、上のほうに言っておきます





俺は単なるクレーマーかよ。店のためにと思って言ってやってるのに。

なんでイオンい行く度に嫌な思いをしなくちゃいけないんだよ。

また、今日もあの呼び声をかけられにイオンに行かなきゃならないのか?

店替える?




「試飲なさって行かれませんかっ!!」

「試飲なさって行かれませんかっ!!」

「試飲なさって行かれませんかっ!!」

「試飲なさって行かれませんかっ!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・



あああああああああああああああああ!ウザい!

2016-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20160529170459

そのとおり、無碍に捨てられないからこそ、オバマとそのブレーン達はすげぇ、と思うよ。

必要コストがほぼ零に近いのに、日本の記念館に政治的メッセージ性の強いものを残して、上手く行けばそれを未来永劫展示してもらえる。

一方、日本としても幾ばくかの保管コストは払う必要はあるが、そこまで負担になる大きさでも無いので、なんとなくなあなあで終わるだろ?

折り鶴というアイテムの使い方として一番いいとこ取りしたと思う。よく日本研究しているよな。素直に感心する。

震災の時の支援物資だって、その箱の隅っこに数羽忍ばせる位なら美談で終わるんだよ。

今回だってホワイトハウス職員総出で何万羽もの大量の折鶴送られたら最終的には燃やすしかねえけど、コメントのとおり大統領名義で送られたものには処理にさぞ苦慮することだろうな。

http://anond.hatelabo.jp/20160528221349

演劇することになって児童文学作家に回したらガキ臭くてクラスメイト拒否された話と

未来に行ったらクラスメイトが珍奇な歌手になってた話しか覚えてないわ

そしてこの二つは大して好きじゃなかったし傑作とも思ってなかったから一番の傑作は上げられんわ

2016-05-28

引責自殺なんて理解しちゃあいけません

引責自殺?「責任取って自殺します」? 理解できるわけないでしょうそんなものだって責任取ってないじゃあないですか。

宙ぶらりんになった責任と、手間と、死体を残してあの世にとんずら。どうしてこれが”責任を取った”ことになるのか、まったくもって理解不能です。



欧米人だって自責の念かられて」「将来を悲観して」「批判に耐えかねて」「多額の負債を負って」、それで自殺するってんなら、まあ理解できるでしょうよ。

でも、「責任を取って」ですって?  ナンセンス



「取り返しのつかないミスをしてしまいました。責任を取って夜逃げします!」なんてバカなことを言われたら、アナタ、こう返しますよね?

「逃げるな!責任を取れ!」

自殺でも同じです。ただ、連れ戻して責任を取らせるのが不可能というだけで。そして、強く批判しにくくなるだけで。



しろね、私ね、引責自殺理解できちゃう方が良くないと思うんですよ。

本来なら、責任者自殺しちゃったら、宙に浮いた責任はまた別の責任者(達)が背負って処理するんですよ。

そして次がないように、あったとしても被害が小さくなるように、過去の知見として事例として積み上げていくんですよ。

なのに、自殺しさえすれば、責任を取ったことにしてもらえる、なんて了解があったとすれば、宙に浮いた責任はどこに行きます

だれも責任を取らずに、宙ぶらりんのまんまです!その上、自殺するインセンティブすら生まれしまうのですよ!

それでは、死体と、被害と、悲哀しか残りません。次にはつながらず、全てそこで終ってしまうのです。未来も含めた、全ての人民にとっての悲劇です。



ではなぜ、にもかかわらず、日本では引責自殺が多いのでしょう?好まれるのでしょう?

それはきっと、「責任を取ること」と「謝罪すること」が混同されているからではないでしょうか?

謝罪すること」が「責任を取ること」ならば、引責自殺責任の取り方のなかで、きっと最も強力なやり方の一つでしょう。

いわゆる「死んで詫びる」「セップク」といったやつです。

しかし、それではいけません。謝ることと責任を取ることは別ものなのです!

謝る。責任を取る。両方必要です。大切です。でもどちらかしか選べないなら「責任を取る」べきです。



責任を取っても、謝ったことにはなりません。アナタハラワタは煮えくりかえったままかもしれません。

でも、謝ったとしても、死んで詫びたとしても、それでアナタの腹の虫がおさまっても、まだ責任がとられていないならば追求を止めるべきではないのです。

今のために、次のために。

スッキリして、それで終わり、ではないのです。それではいけないのです。

私はそう思うのです。

予見された未来

安倍首相率いる日本経済政策により、世界リーマンショック級の不況を未然に防ぐことに成功した。

広告で稼げなくなったインターネットのその後を見てみたい

ご存知の通り、無料で利用できる多くのオンラインサービスは、広告収益の柱に立てている。

ところで最近広告は(倫理手法など様々な理由により)ヘイトを集めており、私も広告ブロック機能積極的に導入している。

広告ブロックブロックするシステムもあるらしいが、少なくとも私にとって「無料で利用できる」というのは遠巻きに「広告ブロック機能使用していても無料で利用できる」という意味であり、広告ブロックブロックするサービスはもはや「無料」ではない。よって使わない…が、そんなことはどうでもいい。

思考実験はここからであるオンライン広告ビジネスとして成り立たなくなったら、オンラインサービスはどうなるのだろう?

まず、これまで広告収益の柱にしていたサービスは軒並み終了する。ここまでは誰でも予想できるだろう。

では、その後代替サービスは現れるのだろうか?個人的には難しいと思っている。代替サービスだって、何らかの方法お金を稼がないと維持できないのだ。広告以外の方法お金を稼ぐことができるなら、前のサービスは潰れなかったはずであろう?

つまるところ、インターネット上のサービスお金を払わなければ何もできない空間になっていくであろう。

そうなったとき、「無料からインターネットを利用していた層はインターネットのものを切り捨てる。

この事象は「インターネットの質を担保する」という意味では歓迎するべき流れである。というのも「無料からインターネットを利用していた層はオンラインサービスをしている限りでは通信回線以外に一切お金を払うつもりがない、見込みすら無い客であり、この(一切見返りがない)層のためにサービス側はリソースをドブに捨て続けなければならなかったからだ。

…さて、平凡な私に思いつく「広告で稼げなくなったインターネットのその後」は、この程度のものだ。あなたはどうなると考える?


追記

ブコメ1つ1つ丁寧に読んでるよ。みんなありがとう

広告のもの需要について否定しているわけじゃないよ。紙もラジオテレビも生き残ってるし、別に消えてもらいたいわけじゃない。紙もラジオテレビも、見てないし聴いてないからね。

なんでこんな思考実験をするに至ったか、その思考過程ダンプする。

例えばサービス企画屋が新しいWebサービスを作ろうと思ったとき広告で稼ぐ」というある種安易マネタイズ手法に行き着くことが多いけど、一方の利用者からみるとWeb広告はウザくてすごく嫌われている。

嫌う気持ちはわかる。(広告を表示するお仕事を請けたのが理由で)普段有効にしているAdBlock無効にしたら、見るWebページすべてが広告まみれになって視聴に耐え難かった。世の皆様はこんな地獄毎日味わっているのかと思う。

インターネット上で触れる多くのWebサービスがこれほど嫌われている媒体に支えられている世界って、控えめに言っても歪んでいると思う。

(個人的には、Web広告業界がB2B2B2B2…2Cという多重構造によりCに行き届くまでが非常に見えづらくなっていて、実はCに行き届いていると見せかけてB間で握りつぶす…とまでは言わなくても水増しを装うことが可能なのではないか、と思っている)

で、この歪みはブラックマンデーのようにある日突然解消されるのではないか?あれっこれ広告主が業界全体の水増しに気づいたら終わりじゃね?これで食えない人が続出したら俺の知ってるあのサイトもこのサイトも閉鎖するよね?あれっ?あれっ?

って思ったのが事の顛末です。お騒がせして申し訳ありません。


追記2

広告ブロックブロックするサービスはもはや「無料」ではない』のニュアンスをもう少し掘ってみる。

例えとしては微妙だが、テレビ録画機のCMスキップ機能のようだと思う。CM無料なのだから削れなくてもいいじゃないかCMを削ったらテレビ局ビジネスモデル崩壊するからやめよう、という話をユーザサイドからいたことがない。CMカット機能を歓迎したユーザは、CMに対して負の価値を感じていたユーザだと言い切っていいと思う。

もし万が一テレビ局が「広告収入で維持できなくなったので視聴者の皆様から受信料徴収いたします、お支払いいただけない方は番組を視聴できなくなります」と宣言したとして、どれほどの視聴者が「無料テレビ視聴環境の維持のためにがんばってCMを見よう!」となるだろうか?想像できないんだよなぁ。テレビ局の都合なんか知るかよ、勝手に潰れろよ、と思わない?それが市場原理ってものではないの?

(収入格差が拡がりつつある今、オツムの弱い層向けだったテレビCMを流しても、オツムの弱い層が洒落にならないほど貧乏なのでお金が落とせない、というのはありえる未来だと思う)

広告として使われなくなると弱くなる、というのはどんな媒体でもそうだと思うが、特にWeb場合ダメージが大きい。というのも、Web上の多くのWebサービスが(ユーザ数に依存して増える)広告収入依存しており、多くのユーザが「無料からWebサービスを利用しているのだとすると、この共依存のいずれかが破綻しただけでWeb全体がシュリンクしてしまう。今はただ偶然に膨張している時期、ただのバブルというだけだ。

シュリンクの原因は、今の時点では想像も出来ない要因になると思う。まさかFlashセキュリティ上の理由で標準無効になる日が来るとは、誰も予想できなかっただろう?

昔々、あるところにおじいさんとおじいさんがいました。

昔々、あるところにおじいさんとおじいさんがいました。二人は仲良く楽しんで暮らしていました。



ある日、おじいさんは川に洗濯に行かずに家に。おじいさんは山へ芝刈りに行かずに家にいました。

しばらくたつと、コウノトリが空からやってきました。二人は無言で精液をコウノトリに預けました。




10ヶ月後、二人は一緒に川に行きました。洗濯はせず、ただ待っていると、上流から大きな桃が流れてきました。

中を開けると彼らの子供が入っていました。




これは未来の話です。

平和を目指したい

オバマ大統領の広島スピーチ全文 「核保有国は、恐怖の論理から逃れるべきだ」

 

このスピーチを前にして語られる, 「国家間の優劣」や「思想政治信条の優劣」や「責任所在」に言及している全ての言葉無意味だし悲しい。

そんな言葉はいかいを,ひいては争いを産み出すだけで誰の役にも立たないのだから

そして我々は, 理想を実現する途上にいる。過去,現在アメリカの実情を問う言葉未来を見ず過去に囚われているだけで前進が無い。

キレイ事でも全くかまわない。困難であっても理想を目指す努力を続けようと心の中で誓った。これは広島の人と全人類に対して述べられた平和への決意の言葉なのだから

煙草お酒の害について

 もう何週目だ、というくらい定番話題だけれど、ブクマコメントなどを眺めていると、煙草に対してあれだけ厳しいはてな民の方たちが、お酒に関しては随分寛容なので不思議に思う。

 まず、本人の受ける健康被害ということは、自業自得というかそれこそ基本的には本人の問題なので一旦後回しにするとして、やはり煙草嫌いの人たちが一番に指摘するのは副流煙だろう。これは直接的に他人健康被害をもたらすので、問題にするのはよくわかる。

 一方、お酒には確かに副流煙的なものはない。しかし、煙草を吸って前後不覚になり暴れるとか、記憶が飛ぶとか、めちゃくちゃな運転をする、などいうことはない。酔っぱらいによって引き起こされた幾多の暴行暴言等を考えると、お酒他人の心身に与えている影響は煙草とくらべても決して少なくないはずだ。副流煙バンバン吸ってもガンになるには大分時間がかかるが、酔っぱらいに車で轢かれれば一発であの世行きだ。

 また、煙草臭いというのも不快ものだけど、お酒臭い、正確には酒そのものではなく酔っぱらい臭いというのも相当不快だ。深酒した翌日の人の口臭たるや、喫煙者のそれに勝るとも劣らない。そういう口で寄ってこられると、殺意すら覚えるほどだ。ただ、酒は社会通念上昼間から飲んでいたらそれ自体諌められるのに対し、煙草は年中無休という違いはある。飲酒状態他人に近寄らないというなら、煙草ほどの害は確かにない。

 最後に、本人への健康被害だが、アルコールも相当なハードドラッグであり、常習者の受けるダメージ煙草にも劣らない、というか、飲酒量によっては煙草よりはるか危険なのではないかと思う。ニコチン依存廃人になり一家離散、という話は聞いたことがないが、アルコールではしばしば発生する。もちろん、アルコールも常習しなければそこまでの事態にはそうそう陥らないし、対して煙草普通年中無休で毎日吸うものなので、この量・頻度の違いというのは確かにある。逆に言えば、煙草だって月にニ三箱つきあいで吸っている程度ならそこまでの健康被害はないだろう。

 別段全面的禁酒せよ、とまでは言わないけれど、他のドラッグ類に比べてアルコールはあまりにも甘く見られている。酔っぱらいに対する態度も、少なくとも欧米に比して日本はかなり甘い。せめて煙草に対するのと同じ程度の厳しい包囲網をしくべきだ。その上で一部の愛好家がマナーを守って楽しむのであれば、それはそれで良いと思う。煙草だってそうしてもらえれば特に文句はない。

 ちなみに、大麻や他のそれほどハードではないドラッグ類についても、同じ程度の扱いにゆるめて良いんじゃないかと思っている。

 アルコールは深く日本の文化と結びついており、また酒造産業保護ということも考えなければいけないけれど、伝統未来永劫のものではないし、古くから受け継がれているものがすべて正しい訳でもない。少しずつでも改めていくべきなのではないかと思う。

オバマ広島来訪に思うこと

 オバマ広島に来てくれた。謝罪は明確に示さなかったけど核兵器使用したことを過ちと表現した。

 

 多分今後アメリカ国内ではこの発言、行動に対し、だったら安倍首相パールハーバーに連れて来いだの、核なき世界を作ろうとすることは賞賛に値するだの賛否両論出ると思う。

 アジア特に中韓)はなぜ加害者側の日本だけいい思いをするのかと批判殺到すると思う。

 一方今のところ日本人は大半がこの訪問を歓迎してる。自分もそう。中学校で学んだ原爆悲惨さは想像を絶していた。だからその悲惨事実を現職のアメリカ大統領が認め、そして「今後」同じ過ちを繰り返さないと言ってくれたことは嬉しかった。

 謝罪なんていらない。過去のことを悔いたって世界は今も未来に向かって動き続けてる。未来を語らなきゃ。

 

 オバマ大統領の掲げる核なき世界は具体的な方法がない夢物語かもしれない。でも夢を見るのは別にいいじゃない。現実ドライに見据えていたら革命的な進歩はない。夢を強く願えばそこからいつか具体的な方法が零れ落ちてくるはず。だから残り僅かの任期はいえこんな子どもじみた、だけどあまりに尊い夢を大衆の前で語ってくれたオバマ大統領応援したい。


 とある大学生の所感。

2016-05-27

エロ漫画

セリフだけでエロいことしたことを回想したり未来を語るところメチャクチャ抜ける。

「ぷはー食った食った」

「お前9歳の頃から変態だもんな」

「全部こいつに食べさせようぜ」

「こんど十人ぐらいつれきて相手させようぜ」

「歯いらなくね? どうせこれからもうこんなのしか食べさせないんだから

下手に絵で描写されるのの一万倍ぐらい抜ける。

というわけで、ブコメトラバでこういうの教えてください。

はるひのの、はるを読んだ。ファンタジーからSFへと鮮やかな変貌を遂げる小説だった。

個人的最終章を読んでいる途中で時をかける少女を思い出してしまった。登場人物性別や結末などが、ちょうど時をかける少女を反転したかのように見えたせいだと思う。

幽霊が見える少年未来からやってきたと語る少女が、ひとつひとつ悲劇回避していく物語なんだけど、最終章を読み始めたときにぞわっと来た。

言うまでもなくそれまでの四編も充実した内容の日常ミステリーなんだけど、構造的に最終章前編の存在がとてもよく効果を発揮していたと思った。前編を読んでいると、すぐに眉を潜めたくなる。なにこれはって、思わずページを戻ってしまったほどだった。でもそのまま読み進めて後編が始まると一転する。様々な疑問や、残っていた問題が再び集結してみるみるうちに氷解していくのが面白かったし、心地よかった。

加納朋子は今作の「ささらシリーズを始め、日常ミステリーを多く書いている。そのどれもが、一篇一篇に事件解決があって、一冊の小説としてみたときにまた大きな謎と解決が用意されているからわくわくする。そもそも連作物の日常ミステリーってそういった構造をなすことがほとんどだと思うけど、氏の小説出来栄えがとてもよく日常ミステリーの名手といっても過言はないように思う。

なによりも作品全体から感じられる優しい雰囲気が好ましい。読んでいてほっとするし、読んだ後も温かな気持ちになれるので、アクのない爽やかな物語になっていたような気がする。

物語の最終部に、はるひからユウスケへと届くメッセージが胸に迫る。綺麗ごとばかりじゃないけど、確かな意志の強さが感じられる小説だった。

短編集としても読めるのに、一冊の長編としても消化できる小説っていいよね。

2016-05-26

米津玄師歌詞が前向きになって寂しい

音楽知識もないし歌詞解釈とか思い込みが入り過ぎて見当違いなことを言ってるかもしれない申し訳ないと最初予防線を張っておく。

米津玄師最初アルバム「diorama」は一口で言えば「後ろ向き」な作品が多いように感じる。例えば「blacksheep」の「素晴らしい一日始まる頃には夜に暮れる 過ぎ行く毎日 手を振ることすら忘れたまま 」や「何となく不安でさ 日に日に毎日は老いていく」といった歌詞ダウナーな曲調も相まって1日に対する諦観を感じさせる。他にも「恋と病熱」の「誰も嫌いたくないから ひたすら嫌いでいただけだ」「好きなことが少なくなり 嫌いなことが沢山増えた」という歌詞、「vivi」の男女の恋愛の別れを歌い、「さよならけが僕らの愛だ」と締める歌詞(pvだと異形の男と女の子だったが便宜的に)も対人関係に対しての諦めや遣る瀬無さを読み取れる様に思うし、「ディスコバルーン」の「何も知らない夢のまま 死んでいけたら幸せだ」という歌詞は激しい曲調も相まって破滅的な曲であるという印象を受ける。まあ主観だろ!といえばそれまでになってしまうのだが、これらの曲を聴いて「めっちゃ元気の出る曲!」となる人はあまりいないと思う。

因みに米津玄師以前の名義、「ハチ」として活動していた時の曲は後ろ向きな曲もなくは無かったが、ここまででは無かったという印象だ。「クオリア」という曲は孤独少女他者に認めてもらえる、自分認識して貰えるという幸せな結末が描かれているし、暗い中にも明るい希望が描かれた曲が多いイメージだ。多分初音ミクイメージに寄せているのもあるのだろう。

では最近米津玄師はどうなんだという話に移る。最新アルバムbremen」を聞くと大分「前向き」な曲が多くなったと思う。といっても完全に明るい訳ではなく、「絶望もあるけど前を向いていこう」といったようなことを描いているのが多い…と思う…。アルバムは数十曲入っているのに全ての曲をこの一言で当てはめることは余りにもあんまり表現ではあるが。多分当てはまらない曲もある。

例えば「アンビリーバーズ(あ、これ初出はシングルだった)」は「今は信じない 残酷未来なんて」「終わりにしようよ 後悔の歌は」「だから手をとって 僕らと行こうぜ ここではない遠くの方へ」と言ったように絶望認知しつつ、それでも諦めず未来へ行こうという前向きな歌詞で描かれている。また「ホープランド」では「謂れのない嘘や 穢れきったあの言葉に 惑わされないでおくれ それが世界の全てじゃない」「ソングフォーユー 僕らは初めましてじゃない 同じものを持って 遠く繋がってる」といった「聞き手希望を伝えようとする」姿勢が示されているように思える。

「diorama」と聴き比べると随分作風に変化が生じたように思う。最近米津玄師の曲は、辛い時に聞くと励まされる…そんな風に変化している。ある意味健康的になったとも言えるのかもしれない。

個人的に今の方面の曲もすこぶる好きではある。のだが、「blacksheep」「恋と病熱」の気怠い感じや「ディスコバルーン」の破滅的な曲がとても好きだったので、最近その方面の曲が聴けないというのが少しばかり残念なのである

寂しい…なんて随分自分勝手表現を使ってしまったが…まあ1ファンの見当違いな戯言である

2016-05-25

保育園なんかなくていいか韓国学校建てろ

保育なんか保育園使わなくてもできるだろ甘えるな

仮に保育園やすにしてもネトウヨレイシストどもを全員黙らせないことにはこの件はまったく進展しない

ネトウヨは完全に国益に反した存在であり国益を第一に考えるならば全員ガス室送りが妥当

文句があるなら日本から出ていけ人間未満のクズども

お前らは人間社会に受け入れられていないからどこの国から入国拒否されるだろうが奴隷として未来永劫奉仕すると誓えばしぶしぶ受け入れてくれる国もあるだろう

二度と発言しないこと、命令されたこと以外しないこと、この二つを守れて初めてお前らの欠陥脳が人間社会に適合できる

自分で考えて発言するとすぐレイシスト特有差別発言歴史修正主義に陥ってしまうのだからロボトミー手術が本来は適切

死ぬか消えるか黙るか選べ

親が用意してくれたもの希望した未来から90度ズレる感覚

ごめんよ親

俺は生まれながらに持っていたんだ。三代将軍のように

親の苦労は話に聞いても実感はなかった

豊かな生活学歴最初から持ってるものだった

から俺は次のものが欲しかったんだ

そしてくだらない我を通し底辺に生きてる

十分に活かせなくてごめん

淘汰を歓迎する。

まもなく凡庸さと低脳が死を意味する時代がくる。

この時代はながくつづくだろう。

無残だが、それぬきに未来はあるまい。

http://anond.hatelabo.jp/20160525155442

逆だ逆。「半端に修学しただけの人材」はコモディティ化の世の中において熾烈な価格競争の波に晒されるんだよ。

何かに特化してたりしない無印人材なら、それこそ「中国人雇ったほうがいい」ってバランス国内ですら傾きつつあるんだ。

日本中国人就労ビザをなかなか出さない方だけど、中国人自体就労ビザを取得できるくらいに日本語も専門技術学力も身につけつつあるんだ。

ここ数年、中国経済的に発展してきたからね。

から日本人日本での立ち回りで「ちょっと勉強する」だけだとそりゃマクドナルドが如き社会歯車しかなれなくて、それって「勉強しないよりお得だったか?」って状態に陥ることは目に見えてるんだよ。

勉強自体否定しない。だが、今は漠然勉強っていうんじゃなくてジャンルを絞っていわないと自分にも相手にも不幸にしかならん。

日本で「プログラミング子供に覚えさせればなんやかんや」っていうのにもダメ未来しか見えないだろ? つまりそういうこっちゃ。

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ツイッター字数制限を解除すると思いますか。

未来のことは誰にも分からないし、私は関係者でもないので断言は出来ない。

ただ、「するべきではない理由から推測して答えることは可能だ。

ではまず本質的なことからいうが、大衆ネットアウトプットする行為基本的に「つぶやきなのだよ。

考えてもみろ、不特定多数読み手存在する場所で、理想読み手を期待して書くことを。

というより、そもそも「理想読み手」なんてもの存在しないがな。

から、それは大体の人にとって孤独作業なのだよ。

まあ、仮に読み手に寄り添わないとしても、極端な話「壁にでも話している」としても本質的には同じことだが。

でも、そうやって「何かを特定場所で発露すること」が、多くの人にとって必要ことなのさ。

個人のリソースの割き具合によっては「承認欲求」だの「自己顕示欲」だのと表現しても良いが、その次元にすら達していない行為表現するのに「つぶやき」ほど適切なものはない。

これはネット一般層に普及するずっと前からビデオゲームにすらいわれていたことだ。

しばらくして、その行為に特化したコンテンツであるツイッター」が出て、普及するのは必然だったわけだ。

まりツイッター字数制限を広げるべきではない理由は、ウリともいえる本質を捨てる行為からさ。

ツイッターでは日々、様々な人が思い思いにアウトプットしているが、いずれにしろつぶやく」ことは核となっている部分だ。

字数制限が上がっただけで、別に140字内で書いていた人はそのまま使えるし、連続して関連したツイートをしたい人にはそっちの方がいいと一見思えるかもしれない。

だが、短い字数の中で何かを書くことをいくら連続させたところで、それらをまとめて書くこととは似て非なるものだよ。

今回、学ぶべき教訓はこうだ。

「『1400』と、『140×10』を同じだと即答する人間に、ツイッターを使うことは難しい」

短歌だったり詩だったり小説だったりラノベだったり、雛形が変われば書きたいことは同じでも内容は変わってくるということさ。

もし君が変わらないタイプなら、それは個人にとって何かを発露するために適した雛形が他にあるということ。

現時点でのツイッターUI100%満足できるものだというつもりはない。

だが、人々が何かを発露する行為が「つぶやき」ではなくなるとかでもない限り、字数制限を広げるのは英断はいえないね

まり質問の答えはNOだ。

はいったものの、「なぜ発露するのか」を自分ですら良くわかっていない人が多いのが実情だから運営的な側面から見た場合は答えは変わってくるだろうがな。

……私か?

前に答えただろう。

2016-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20160524204457

そうは言うけど未来から、照準はちゃんと若干だけど補正されてるし

未来から中途半端に使ったマガジンリロードしても残弾が無駄にならないやろ?

近未来やら未来FPSはクソ!カスゴミ!死にさらせ!!

なんで未来なのに、いちいち標準あわせないと当たらないの!?イミワカンナイ!!

なんで未来なのに、銃弾の数とかあるわけ!?自動装填しろや!!

なんで未来なのに、銃っぽい機械レーザーみたいのパシュパシュうってるわけ!?ニューヨークのこっからここまでの生物全部消去ね、とかで殺せよ!!

フラガールという映画蒼井優演じる炭鉱女学生

母親に「しっかり勉強して"元"とってこいよー!」と怒鳴られながらバスに乗り込むシーンがあるのね。

主人公昭和30年代という炭鉱終末期に父親を早くに亡くし多くの兄弟を抱えてる。

金もなければ物資もなく、僻地ということで人もさしておらず、情報も入ってこないか視野も狭い。

ただただ未来に対し閉塞感を抱き嘆くことしかできない、そんな人々しかいない街で悶々としながら暮らしているわけよ主人公は。

映画ではそんな主人公自分と似た境遇若い娘たちと街を変えようと奮闘し、そのためにガチガチに頭の固まった大人と衝突する。




平成のこれだけ発達した世の中でも教育投資だなんだと辛気臭いこという人はごまんといる。

そんな余裕のない現代であっても、瑞々しさを失わず今を生きていきたいと思う次第だ。

http://anond.hatelabo.jp/20160524141700

別にどんな悲惨未来でもいいから、自分の先の人生を確定させて欲しいんだよね。

世界決定論を持ち込める存在なら増田神でも何でもいいよ。

俺よりあらゆる面で優れているのに「○○ってすごいよね」とか言うな

昨夜の彼女との通話は久しぶりに真面目なものだった。

仕事の悩みや資格勉強のわかりにくい部分など、彼女がほぼ一方的質問をしてきて、俺がそれに答えるというやり取りが2時間続いた。

彼女はいつも俺を褒める。どうやら本気で俺のことを頭がいいと思っているようだ。正気かよ。

彼女実家が裕福だ。父親は誰でも知っている企業支店長まで務めた人物。彼女の姉も極めて優秀。彼女はそんな家庭に反発して、芸術の道に入った。「才能なんてなかったけど、逃げ出したかたから」なんて言いながら、死ぬほど努力しても入れない人が多数いるような名門に入った。そこでは誰もが「我こそは」と思っている中、一人だけ「私は才能がない」といいながら、大変な評価を得ていたということだ。彼女同級生に聞いたところによるとだが。

それに比べて俺の経歴は惨憺たるものだ。

地方進学校入学するもヘタれ、大学は貫禄のFラン

完全に負けぐせがついて就職は失敗。

圧倒的なクソ企業ゴミのような毎日を過ごし、3年で退職という王道

ついに内面まで腐り始め、ひきこもって3年のニート生活

金がなくて生命保険がん保険もあらゆる保険を解約。その後病気発症保険に入れない身と化す。

ティッシュペーパー死ぬほど欲しくて献血した所、血液に異常が発覚。

病院検査費用があと100円払えず、書類拇印を押して家に帰り、12冊持っていた本をブックオフへ。10円*12冊で見事支払うことに成功。薬は買えなかった。

カードは未払で完全停止。債務整理をお願いした弁護士費用をも月2000円支払いで2年かけて払う。

カード債務20万円。それを毎月2000円ずつ支払う。常人なら20万はすぐに返せるが、俺はそうではない。弁護士費用と合わせて4000円。これは3週間の食費に相当する。

当然ながらクレジットカードは今後7年作れない。これはボディブローのように効く。クレジットカード前提のサービスは世の中意外と多い。「ほしいな、便利だな、安く上がるな」と思うものこそ信用が必要ものからだ。

その他、友人から借金もまた月数千円ずつ支払う。恐ろしいのは銀行振込の手数料だ。2日分の食費が飛んでいく。

ヨモギオオバコタンポポビタミンを補い、小麦粉エネルギーを得る。

その他の野草も大概食べた。

野菜が食べたくなって発狂して近所の家庭菜園に夜霧に紛れて侵入し、トマトを食べた。俺に妹などはいない。俺の、俺だけのために盗んだ。罪悪感で、3つもぎ取ったうちの一つは玄関において逃げた。

ゴミのような生活。俺の価値消滅した。

その後、なんとか潜り込んだ会社で月12万の給料で働きつつ現在に至る。

俺の人生価値はない。未来はない。

そう思いながらも、体面だけは保った。

図書館の本で英語中国語習得した。

職場中国人相手発音は学んだ。

ヨモギオオバコタンポポ法を再び使用し、食費を超圧縮してHSKTOEIC試験を受けた。

HSKは4級、TOEICは780点を取った。給料は変わらない。

まずはスーツを買う金をヨモギ法で貯めて、なんとか転職をしなければ。

そこらの観光地土産屋の販売員のほうが稼げるんじゃないかと考えたりもするが。

彼女とはSNSを通じて知り合った。

SNSは「今自分がやっていること」しか見えない。

俺が夜毎公園に水を汲みに行き、オオバコヨモギ新芽を摘んでいることなど見えない。

ただ俺が節約生活をし、"ちょっと変わったロハス自炊"をし、家具食器自分で作り、独学で語学を身につけたというのが全てだ。

数年間は友達ネット上で彼女から告白を受け、遠距離恋愛童貞テレフォンセックスで捨てた。

その後、実は同じ地域に住んでいることに気づき、お付き合いを始める。

服も靴も美容院代も何もかも持たざる者だった俺を、才能のない芸術家は高く評価したようだ。

しかしここから地獄だ。

そもそも5ヶ国語に堪能な人間がなんで3ヶ国語に不慣れな人間を褒めるのか。

俺は単にペットとして扱われているだけじゃないのか?

彼女の中の「ほかとはちがうだいじなもの」と書かれたおもちゃ箱に入っているだけなんじゃないのか?

からねぇ。

日頃は堂々としているつもりだが、ふとした瞬間にどうしようもない惨めさで動けなくなる。