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はてなキーワード: 未来とは

2016-07-31

職場から帰りたくない人たち

残業代出ない職場なんだけど、家に帰っても1人だから会社にいると寂しくなくていいという人がいる。

夏季休暇すら取らないし、確認したいことがあっても上が誰かと話し中だったら、どんなに深夜になっても延々待ち続けてる。

そんな働き方に合わせられない部下の悪口を上が言ってくれると、とても嬉しそうにしている。

こういう輩のせいで、周囲が取るべき休みも取れず、延々残業しても当然の空気が醸成されてんだよ。

寂しいとかいうクソみたいな感傷なんか1人で自慰でもしてろよ。

趣味を持たないようだし、女性自然出会いとやらを未だに期待してるみたい。

婚活とかなんかあざとくて嫌じゃん、だって

40近くでハゲデブな上にキモい独り言とか敬礼仕草とか、アイドルみたいにイエイエイ!とかピースしたり、そんな仕草自分ではコミカルだと信じてる彼の未来乾杯

日本未来は明るいってより、ギリギリ生き長らえるために切羽詰まる→一安心って感じだったか

ネタバレ気味だけど

しか努力は報われるみたいなストーリーで細かいところが雑だったらかなりつまらないと思った

2016-07-30

あるべき姿は遠い未来に常にあって

永久にたどり着くことはない。

でもそのうち飽きるので問題ない。

俺は未来から来た。結論だけ書く。

明日都知事選の結果がヤバい

それは魔法の箱だったはずなのに

コンピュータは小さくなって、手のひらに収まった。スマホコンピュータにできることは何でもできる。

いね。触れば動くタッチパネル、あっと驚く高精細液晶、小さいのにいい音出すスピーカー、どこでも道に迷わないGPSコンデジ過去のものにした高画質カメラ、いつてもどこでもつながる通信回線網...

まるでSFだね。夢に描いた未来とはちょっと違うけど、技術未来がイマになったね。


それなのに、どうしてこんなに人間イライラしてるんだろう。怒鳴りっぱなしの上司、頭のおかしクレーマー、みんなどうして...

2016-07-29

懺悔させてくれ謝りたいんだ

なるべく濁すけどあるスポーツアカウントでのトラブル懺悔したいんだ。

数年前ネットで稼ぐをやりたかった俺はSNSアカウントを取得してBot化。フォロワーを荒稼ぎした後、ブログを作って集客広告費を稼いだ。

数ヶ月は特にトラブルもなかったんだがある日のこと。

その分野の研究者アカウントだろうか、そいつからリプライが届いた。あまり記憶に無いんだが優し目の口調で記事問題点を指摘する内容だったと思う。

俺もそれを受けて「スミマセンでした」といえばよかったのに変なプライドのせいで喧嘩腰で対応してしまった。(完全ニワカ知識なのにその分野で俺の知識は正しいと思い込んでいた)

その後は記事を書くたびにキツめの口調で「馬鹿じゃねーの」となじられるようになった。

すごく腹が立ってそいつリプライを見るたび顔を真赤にしながら、でも論理では勝てないと何となくわかっていたのでツイッターを閉じて布団を殴る日々を送っていた。辞めたいとも思った。

はいえそのブログ収益バカにならないものがあったし、まだまだネット収益を稼ぐのは素人だったか新規サイトを作る能力もないので捨てるわけにはいかなかった。

からしかったがブロックしてその後は見ないよう努めてきた。



それから何年も月日が経ち、スポーツに関する知識を深めるにつれ俺のやっていたことは誤った知識をキャッチーにして流す。いわば詐欺師に近い行為なのだ自覚した。

記事問題点を指摘してきたヤツのほうが全部正しかった。

彼に謝って俺のツイッターフォローしている未来アスリート達をそちらに流してやりたいと切に思っている。

口調は荒いし研究者特有の「理解できない奴が悪い」という考えの持ち主だから中学生高校生の奴らでついていける奴は殆ど居ないだろう。

それでも俺のツイッターを見て誤った知識を本当だと信じるよりはマシだ。



だがそれができない。

ブログ収益10万近くにのぼり、俺の生活を支えてくれている。

もし彼に謝り自分の非を認めたらブログを閉鎖せざるをえないだろうし、ツイッターアカウントも「誤った情報を流してすいませんでした」と書いて削除する他無い。

繰り返すが生活を支えてくれているそれらを消すことはできない。



からここで懺悔させてくれ。

きっと俺のサイト情報鵜呑みにして将来を知らず知らずのうちに潰す奴が居るだろう。

ごめんなさい。許してくれ。

出来るだけ早く正しい知識を判断するすべを身に付け、偽情報を捨てられるようになってくれ。



本当に申し訳ない。金がいるんだ。

都知事選を控えて

棄権していい.ヘタに投票しないでくれ」

「深く考えず投票するのはいけないこと.政治について深く考えられるものけが投票するべき」

意訳:

ジジイ,糞ババア優遇してくれる政策が減るから若者投票しないでくれ.



なんだかなあ...

未来若者のためにあるのに

愛しているのに結婚できない。

些末な文書だ。気持ちの赴くままに書き散らかしている。

anond:20160728000910


このエントリーを何回も読んだ。マウンティングや、独身者バカにしているような雰囲気を受けなかった。ただ、幸福の只中に存在して、感謝未来への展望でいっぱいなんだろう。彼女世界には全ての異端存在しえない。なにせ、独身者という大きな主語すらも、彼女にとっては理解しえないものなのだから

善悪じゃないんだろう。彼女の無邪気は私を酷く傷つける。自分事情を語るのは無粋だが、私は同性愛者だ。漠然とした自殺願望機能不全家族に組み込まれていたときから存在するし、それは実行を伴わない形でこれから先50年以上、深夜に縄を持って首に挨拶しにくる。結婚はしないのか。前に付き合いがあった彼はどうなんだ。子供は2人は産め。女は教養は要らない。お前は何もできないんだから、なぜお兄ちゃんよりも勉強ができるの。女なんて要らなかったのにお前が勝手にできた。お前のせいで私は何も自分のことができなかった。数年前までどうしようもないほどの底辺でもがいていた。救ってくれたのは現在同棲している彼女だった。

彼女は私の生きがいだ。これから先、何があっても、どんなことがあろうと守って一緒に生きていく。貯蓄のこと、税金、老後、収入法律保険里親になるかどうかのこと。たくさん話し合って、寄り添っている。

だが、結婚できない。

厳密にいえばこの国では。どんなに経済的に余裕があっても、愛し合っても幸せでも、婚姻の紙を受理してもらうことすらできない。

事情を知ってほしいわけじゃない。

だが、もしこれを読んで、なんでもいい、あなたが何か感じることがあれば幸いだ。

そして母子ともに健康で、お子さんが「異端」であったとしても、あなた正義で傷つけないで欲しい。

no offence.

and with love.

やまもといちろうが鳴らす警鐘を誰も理解していない

ブコメもつっこみブログも観たが、どれも弱い。分かってない。

高齢者障害者とが今後もたらす問題本質貧困だ。

貧困他人事では無くなった時、自分弱者のどちらの命を選ぶかかが問われているのだ。

そしてそれは、もう誰にとっても他人事ではないのだ。



生産力なき弱者を守るということは、それだけの生産力を誰かが補う必要があるという単純なロジックを見落としている人が多すぎる。

日本は今、潤沢な生産力があると言えるだろうか。少子化問題第三国の台頭、相対的技術力の低下、原因を数え上げればきりがない。

そうした中で弱者を守ることで虐げられる社会的弱者が生まれた時、その怒りの矛先は社会的強者ではない。生産力を持たぬ弱者だ。

からこそ犯人正義思想のもとにこの事件を起こしたと信じているのだ。

今までもその徴候はあったが、それがとうとう顕在化してしまった。ただそれだけのことなのだ。

被害状況が戦後最悪になったのも偶然ではない。犯人たまたま残虐性が強かったわけでもない。

擁護される弱者の数と、それによって虐げられる社会的弱者ストレスとが最大になったというだけのことだ。

そしてこれは始まりにすぎない。なぜならその2つは今後も拡大し続けるからだ。

そうして弱者を守ることのできないほどの貧困自分にとって現実的問題になった時、果たして彼に対するつっこみと同じことを言っていられるだろうか。

第三者生殺与奪権があろうがなかろうが、弱者を守ることによって自らの命が危険に晒される時がくるのだ。

やまもといちろうという人間に対して何かしらの評価をもったことはないが、彼が言葉を濁さなくてはいけないのは当然のことだ。

なぜなら、こんな命題言葉として発信できるわけがいからだ。

しかしながら、近い未来誰もが向き合うことはもうさけられない運命でもある。

からあえて言葉にしておこう。

生産力なき弱者延命が自らの命を脅かす原因になっている時、あなたはが選ぶのはどちらの命か」

来るべき貧困時代において福祉などというもの機能しなくなる。そうなればこれはもう倫理や家庭レベルで取り組む問題ではない。

もう淘汰は動き始めているのだ。

全日本死んだほうがいい人コンテストで優勝できる自信がある。

4月自分申請した大量の履修登録科目が憎い。掛け持ちできると適当判断して入れた2つのゼミが憎い。

6月自分が皆やってるし、ていうか皆より上に立ちたいし、インターンも沢山応募しよっ!なんて大して興味の無いインターンを3つも入れた事実が憎い。さらにはボランティアまで始めやがってそこまで就活ネタが欲しいか

躁状態自分自分を過信しすぎる。正直今の自分からしたら未来自分に無茶させんじゃねえよ。何考えてんだよバカヤローって感じ。いやもうちょっとアツい感じで憎悪してる。

いま?いまね、ボランティア関係の人から来るメールを「熱が出て……」って言い訳をもって全スルーしてる。

インターンシップ関係メールは2日空けて返信した。

ゼミは1回無断で休んで、先生からメールが来たけどまだ返してない。(メール来たのいつだっけな)

友達彼氏から心配されるのさえ鬱陶しくてLINETwitterを消した。

ほんとに死んだほうがいいクズだよなー。

なんて言いつつ↑の所業放置しっぱなしにする人間からね。どう思います

死んだほうがいいなんていうのもひとつ形容詞みたいなもので、本当にそうは思ってないんだけどね。まあ自分から死にはしないな。そういうとこ含めて本当死んだほうがいい(形容詞)。

各所にいっぱい迷惑かけてるのはわかってる(つもり)なんだけど、もうしんどくて動きたくないのよなー。

色んなとこにもう辞めますってひとこと送ればいいだけなのにね。

あ、でも楽しいことはするよ。バイトとその後の飲み会が楽しみで生きてるよ。今日二日酔いが凄まじいです。13時に起きました。

届かない未来に光を求め

絶望の淵にある血塗られた手を拭い去る

生きる意味

生きる価値

この世のどこかにあるという愛

それを求めることこそが

生きる理由

go to the sky

will be a wing

増田哲学 Ver 0.0.1-3

情報空間でこれだけ匿名思想が交換されているのに、その淘汰の中で哲学が生み出されるのは不自然ではないだろう。

ネット社会普通になったし、そろそろそれにあった思想とかがうまれても普通じゃね?)

物理空間に拘束されている人が、その時に必要だと感じられた概念を生み出してきたように、物理世界電脳世界境界はない今の「日常」に、最適な思想も生まれしかるべきだからだ。

逆に言えば、物理空間に拘束されていた人々が生み出し且つ淘汰されてきた思想は、そのような外的環境における状況に最適なのであれば、現在「日常」に当てはめるのには限界があるのだ。

従って、物理世界電脳空間の双方に存続する知性に最適な思想というものを構築する必要がある。

ネットが無い時代にうまれ哲学っていうのは、ネット現実ひとつになるなんてことを考えていたわけじゃないから、いまの時代フィットするわけがないよ。だから

 ネット現実ひとつになった時代に生まれた俺たちがゼロから考えるべきなんだよ。これまでのことはとりあえず意識しないで)

まず、匿名で知識が共有されるとき特定人間神格化するというのは適切でないだろう。つまり、それぞれが匿名で考え方を晒し、取捨選択の中で淘汰されて生まれ思想特定のひとが「所有」するという状態は生まれるべきではない。

まり 増田哲学において、その思想は「無所属」、つまり特定の人、組織、それに準ずるものに、現実仮想において属するものになってはらない。

増田なんだから、これは俺たちみんなのモノっていうことで)

更に言えば、生成される思想は、「静的」なものでなく「動的」なものである必要がある。たしか思想の交換の中からは「不変のモノ」も生まれ得る。しかし、「更新」を前提にすることこそが、情報空間における相互依存が前提である知性社会においての哲学のしかるべき姿なのだ

(みんなで考えるから過去現在未来と常に変わらない考え方も出るとは思うけど、基本、バージョンアップされるのが前提だよね)

更新」も前提にするべきものである時代とともに、新たな情報が交換される中で新たな知がそこに統合される必要があるからだ。それこそが情報空間で生まれた「哲学」の所以である

「増殖」も基本的前提となる。「拡散」、「改変」、「複製」、「転載」も自由だ。様々な、改変、解釈が行われていっても最終的に優れたものけが淘汰されて残り、それが改めて集約されることで思想自体の「更新」へと繋がるからだ。

(だから増田哲学の前提は、「ここで生まれ思想はそれに関わる皆に所属するということ」、「常に更新されるべきということ」、「コピペ、改変、新解釈拡散、すべて自由」。あとは、増田住民がそれが正しいかどうかを判断するよ)

増田哲学が追及すべきなのは情報空間物理空間に関わらず

「あらゆる知性を持つ存在の最適な均衡状態

でありその均衡状態念頭に、いずれそれを達成するために準拠しうる行動指標を示しうる思想を目指す。その本質的な部分は

恒久的視野からみた「大いなる良」を達成するうえでの「相互補完」

ということになる。「相互補完」とは各知性の「個」を尊重しつつも同時に「他」の存在なしには持続的存続はあり得ないということを理解し、「他」を「自」と実質的な「等価」として常時意識する状態を指す。そして、「大いなる良」とは、「相互補完」の意識が浸透した「個」が相互に、そして「全体」と連結することで、存在しうるあらゆる知性がそれぞれにとって最適な存続環境を作り出すうえでの均衡状態を持続的に維持することを実現する思想であり行動様式を指す。

増田哲学をとりいれることで、人間も、宇宙人も、A.I.も、クジラシャチイルカなど独自言語体系を持つ高等生命も全てがハッピーになればいいよね。お互い愛し合って。出来れば永遠に。)

毎日パソコン教室みたいになる職場

最初に言っておくと単なる愚痴です

今の時代パソコンがなきゃ仕事にならないという職場が全てではないにしろほとんどだと思う。自分職場書類作成メール情報のやり取り、独自ソフトでの給与計算などを主な目的として使用している。

なのにパソコンがまともに使えるぐらいの人が20人中自分を含め4人しか居ないような職場だ。

毎回出勤すると残りの16人の誰かからワード操作方法での質問ファイルの開き方、ファイル名変更のやり方、ファイルの閉じるやり方、印刷のやり方、入力文字を間違えた時の修正のやり方、ダブルクリックができない人にはまずマウスの持ち方から。そんなのを毎回教えてるような職場

一度や二度触ったぐらいじゃ覚えきれないのは十分分かってる。分からない物を使うこと、使うことで壊すかもという不安から積極的に触る気になれないのも分かるがその前に仕事にならない、5分で終わるような書類作成に30分、40分もかけてるような事から問題だとなぜ思わないのか。

問題だと思えば本を読んで学ぶとか、パソコン教室に通うとか自分から行動を起こすというのが自然になるのではないか

中々覚えられない人にはメモをとってもらうとか初めてパソコン触りますみたいな人にはパソコン用語を一切使わず身近な言葉だけで説明するとか気を配ってもほとんど意味がない。

今までどうすれば分かりやすいかとか、覚えてもらえるかとかを考え込んで自分ができる最大限の教え方をしてきたが何も変化がない状況にうんざりしている。

パソコン教えて」という言葉から今後自分から怒りという感情が生まれしまいには怒鳴り散らすような未来予測して更に憂鬱になる。

人類って多分99.9%以上の不幸な屍体の上に0.1%以下の幸福を得ているんだろうな

数字は大げさかもしれないけど、50%よりは絶対に不幸な人間の方が多いよね。

その0.1%すら完全に幸福人間なんていないんだろうけど。


人類が生まれから今までの全人口におけるこの比率が、もしも未来もずっと不幸側に偏ってるなら、

ギャンブルで出来た借金ギャンブルで返そうとしているような不毛さを感じる。

不幸を最小にするっていう目的があるとしたら、人類はココらへんでロスカットしたほうが良いんじゃないかって位だ。

(もちろん俺は死にたくないから嫌だけど)

人口が大爆発してるからユートピアが出来て100年くらい全人類幸福になったら負債を返済できるかもしれんけど

日本未来の子ども達よすまない

無能政治家に我が物顔にさせてしまいすまない。

まれた瞬間からから1000万円の借金を背負わされているのに中流家庭ですまない。

この先なんの希望も無い市場ですまない。

金も技術力もない国になってしま奴隷工場ものづくりニッポンですまない。

このような状況であるにも関わらず今度100年は進歩する見込みのない政府ですまない。

終わりの中で何も抵抗できずに終わっていった私たちをすまない。

2016-07-28

なぜ国民政治をできない?

なぜ国民意志が反映されない?

どこの政党が悪い?

どこも悪い。

政党政治家無能無能無能無能無能無能無能無能

職業政治屋

金のため、金のため、金のため、金のため、金のため、金のため、金のため、金のため。

無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能

歴史を作るのではなく未来を作るのではなく、

目立ちたがり、目立ちたがり、目立ちたがり、目立ちたがり、目立ちたがり、目立ちたがり、

権力権力権力権力権力権力権力権力権力権力権力権力権力

金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、金、

目立ちたい、権力、金、目立ちたい、権力、金、目立ちたい、権力、金、目立ちたい、権力、金、目立ちたい、権力、金、

お前らの頭の中はゴミ箱よりも汚い。

政府国民に返せ。

政府国民に返せ、政府国民に返せ、政府国民に返せ、政府国民に返せ

返せ。

国民幸福に生きるための政府を返せ。

返せ、返せ、返せ、返せ、返せ、返せ、返せ。

国民に返せ、未来を返せ。

国民政府を返せ。

不快ってのは正当な理由

あなたはかつて行動を共にした友人だったし

現在定義上は旧友という友人の扱いなのだろうが

あなた発言と行動は私にとって不快であることが多く

私はここ最近あなたからの連絡を意図的無視している

あなたは「友達から何を言ってもいい」「思ったことを言えない友人なんて」と

私との友人関係を盾に取るが

その友人関係とやらは不快言動理由に解消しても構わないことをそろそろ理解すべきだ

こういうとあなたは言うのだろう

「でもあなただって私に不快なことを言う、あなた性格や行動だっておかしい(自分ばかりではない)」と

私があなたの行動の非常識さを指摘したことに対して、不愉快なことを言ったお返しとばかりに

うんざりする

そう思うなら友人関係を解消してくれて一向に構わない

私はあなたと一緒にいたいと思うことはない

あなた言動不愉快から

あなたはなぜ未来永劫変わらぬ友人のように扱うのだ

不快なら友人関係などなくなって当然なのに

雌ックスがしたい。

クソ長い。

入りきらなかったから分割する。

あと、クソキモいムナクソなことがたくさん書いてあると思うから、閲覧注意だ。

ホモ風俗に行きたい。

都内店舗型なんてほぼ存在しないらしい(他県は知らない)。だからウェブサイト写真プロフィールで選んで、電話で予約して待ちあわせてラブホに行くようなやつ。イケメンじゃなくていいんだが、オレよりずっと背も体格もあって筋肉モリモリのひとがいい。

オレを抱えて駅弁ファック出来るぐらいのパワー。

そのパワーと体格で、オレを女の子みたいに軽々と扱って欲しい。

お姫様抱っこから、ベッドに放り投げて欲しい。

当方40過ぎの中肉中背、若干中年太りで腹肉がヤバめの、オタクのオッサン

妻子あり、ただし現在セックスレス

ホモではない。

オレは男に抱かれてみたい。

女になって、体格差のあって力でも到底叶わないような男に押し倒されて犯されたい。

よく考えてみると、どうも小学校の高学年ぐらいから抱き続けてる願望なんだよ。

表面化したり忘れたり発達したり複雑化したりしながらずっと続いてた欲望らしい。

えっとね、永田カビさんの「さびしすぎてレズ風俗にいってみたレポ」を読んだんですよ。

読んで、あ、そうなんだよ、オレもホモ風俗に行きたいんだよって思って。

その欲望だの願望だの抑圧された、自分で抑圧してきた望みだのをちょっと掘り下げて直視してみようと思って。

さびしかったわけじゃないし、永田さんみたいに対人面だの家族面だの人生面だので切実な辛さがあったんでもないんで、同じみたいに語るのは失礼だと思うんだけど、オレもどこにも吐き出せないで生きてきた切実な思いでもあるんだよ。

ちょっと思い出せるとこからとにかく書いてみようと思う。

後で整理して削ったり足したりするけど、とりあえず、小学校高学年あたりから

小学校高学年頃のクラスメイト数名にエロ知識を教わったのが、言ってみたらオレのエロ歴の始まり

の子からみたらアホみたいな、「女にはチンコがなくて、マンコの穴があって、そこにチンコを入れる。男はチンコから精子が出る。マンコの中に出すと妊娠する」ぐらいの知識。

その頃マジで保健体育の性教育なんて「おしべとめしべが~」みたいなのと、チンコとか精巣の断面図、女子の膣から子宮から卵巣までの断面図とかしかやらなかったから。

時代性とか生活圏とか文化圏とかの違いはあるんだろうけど、小学生のオレらには「彼女を作る、彼女セックスする」なんて発想はなかった。

ないこともなかったけど、遠い未来の、大人になってからの話だと思ってた。

男同士で一緒に立ちションとか 勃起チンコの見せっことかはしたけど、ショタBL的な展開はなかったよ。

ただ、服着たまま寝っ転がって抱き合ってセックスごっこみたいなことをよくした。

ああ思い出した、この頃はセックスなんて言葉知らなくて「ベッドシーン」って言ってた。

確かに大人露骨セックスとか言わなくて、ベッドシーンぐらいに濁して言ってたよ。

からベッドシーンごっこだ。

正常位も後背位も座位もなんにも知らないっつうか、セックス実態しらねから、ただ寝っ転がって、抱き合って、足を絡め合うだけ。

誰が女役になるかでよく争いなった。

男役も女役も全然違いないんだけどな。

こんときホモとかアナルセックスの知識があったらオレ、受け役にまわって、今頃完全にホモになってたかも知れない。

まあそれはおいといて、そん時実際はオレは女役をする時すごいドキドキしてた。

女役を嫌がるふりをしながら、本当はいつも女役をやりたかった。

まあ今思うとそうだったな~って感じなだけなんだけど。

ズボンの生足の肌に相手の足や手が触れたりすると、すごく、なんともいえないもやもやとした、変な気分になってた。

この頃にはちょっともうかなり芽があったわけだよ。


中一の時に知り合ったガチオタ友に、初めてエロ同人とかエロマンガとかを読ませてもらった。

ロリコンって嗜好を知ったし、ロリコンに目覚めたのはその頃でそいつのせいだし、機械姦だの触手姦だのアナル姦だのって感じのオタっぽい嗜好に目覚めたのもその頃でそいつのせい。

そのエロ同人とかでそうかマンガアニメ女の子エロい欲望を抱いていいんだ、と思った。


それと、エロマンガの中で犯されてる女の子は、

ものすごく、

気持ち良さそうだ、

と思った。

思ってしまった。

何も考えらんなくなって、ひたすらボロクズみたいに犯されて、快楽の声をあげてんの、すげえなあ・・・・(すげえうらやましいなあ・・・・・)って思っちゃった。

精通より先に、そう思った。


オレが精通したのは、高校卒業してから。遅すぎだよね。

オナニーのやり方がわからなかったんだよ。

だってさ、マンガとかに出てくる男のオナニーって、チンコこすってんのは分かるけど、チンコってこすれないじゃん?

セックスピストンするみたいには、チンコの表面ってこすれない。ヌルヌルがないと擦れない。

昔は高校の頃とかローションだなんだ、手軽に手に入らなかったし、そんな便利なもんの存在知らなかった。

オナホも知らなかった。

性具として存在知ってたのってバイブレーターぐらいのもん(エロマンガによく出てくるから)。

大人のおもちゃ屋とか近くになかったし、あっても入れるわけないし。

濡れがいまいちな女性マンコに塗るチューブ入りの潤滑剤みたいのならあった気がするけど(エロ本広告面とかで)。

どっちにしろ金もなかったしね。

から、どうしごくのが正解なのかって、わからなった。

加減というか、具合みたいのが分からない。

マンガではそこまでわからんのですよ。

それに、中高では、わずかなオタ友を除いて、ぼっちだった。

学校で話す友達がいなかった。オナニーのやり方を相談する相手がいなかった。



まあそんでね、ぐいっと話戻すけど、中学のオタ友に幼女機械だの触手だので犯されたりとか、囚われの幼女マンコにシャンパン流し込まれて、それをグラスにショーっと出して、それをオッサンが美味しそうに飲むとか、囚われの幼女マンコに、サイズ的にきつきつのビー玉をいくつも入れてから、一個ずつ産み出させるとかね、これどっちも内山亜紀なんですけどね。

そういうのがすげぇどきどきした。

ラムラした。

そういうことがやりたいと思った。

でも、目の前、学校身の回りに、そんなこと出来る幼女なんているわけがないんだよ。


からまり自分でやってみた。

なんでか自分身体対象にしてそれらの行為をやってみようと思って、やっちゃったんだよ。


おれ自身はずっとヘテロ

ロリ好きだったけど、クラス女子に恋したり、女性アイドルに恋心抱いたり、エロ妄想したり、女性水着ヌードグラビアに興奮してたし、性自認は完全に男だった。

男として、女性の肌や身体マンコやオッパイに興味シンシンだった。

当たり前に女とセックスやりたくてしょうがなかった。


それなのに、本当になぜか、ロリエロマンガ幼女がされてることを自分でやってみようと思った。

マンコは持ってないから、アナルに。


多分ここ、分岐点だったね。

まあ、小学校高学年で既に兆しがあったんだしさ、素質はあったんだよ。どう考えても。

からやっちゃったんだろう。

もしこの時に身近にお医者さんごっことかいたずらとか出来そうな女の子とか、それか真っ当に彼女でも出来てたら、その志向は消えてたか、というか今ほどに伸びるっつうか、こじらせることはなかったんじゃないかな。

逆にロリ犯罪に走らないで済んだともいうが、おれくらいのオッサン世代でお医者さんごっこはそこそこ普通じゃねえか?

いやオレやったことねえわけだが。

ああ、だからさ、この時既に本当は「女セックス気持ちよさそう」って思ってたんだよね。

それが土台にあるんだ。

でも、まだ、「だからセックスをしたい」とは認めてなかったんだ。

まだ今のオレでも一瞬誤解してた。

「なぜか」とか言っちゃってる。

なぜも何も。

女のセックスが出来る女の身体がうらやましかったんだ。

ただ、性自認が男で、性対象が女だったのもホントなんだよ。

幼女にいたずらをしたかったんだ。

若い少女への性的行為が出来ない代償として、少女の代わりにオレ自身の肉体を、オレに差し出したんだ。

まあそんでさ。

話戻すけど。

自分対象幼女見立てて、試したわけだよ。

最初は指を入れてみた。別に気持ちよくはなかったんだけど、エロマンガ幼女がされてることをしてると思うと興奮した。

それから、でかいビー玉を入れてみた。

直径3cmぐらいありそうなやつ。

次々と3つぐらい。

それを"出産"してみた。

やっぱり特に気持ちよくはなかったけど、興奮はした。

エロマンガみたいにしばらく入れっぱなしにして後で出してみたら、うんこと一緒にというか、うんこの中に入ってた。

それで、"そういうこと"をする前にはしっかりうんこを出しておくようになった。

エロマンガで、機械姦というか、囚われ少女が診察台みたいなとこでマンコやアナル尿道に透明チューブ差しまれて、延々と浣腸媚薬を流し込まれるみたいなシチュがよくあったんで、風呂シャワーのヘッドを外してホースアナルに入れて、お湯を流し込んでみた。

今はシャワ浣なんて言葉を知ってるけど。

これも別に気持ちよくはなくて、ただ、下痢でもないのにザバーッとうんこが出るのは不思議快感があった。

このシャワ浣は、やり方に変遷はあるけど、現在に至るまで、すっかり習慣になってしまった。

そんな感じで色々試して、エスカレートしてった。

段々と、なんとなく気持ちよさというか、性的快感も感じるようになってった。

中でも一番気持ち良かったのが一回だけあって、強烈に覚えてる。

というか、アナルでイけたのはこの時一度きり。

わかんねえけど多分あれ、イったんだろうと思う。

やっぱりエロマンガで、ヒロインマンコにシャワーあてて、いわゆるシャワーオナニーしてたのを見て、試したのよ。

風呂場で、うんこ座りして、真下からアナルにあっついシャワー当てた。

アナルがゆるんでくると、内側の奥の敏感な粘膜にお湯が当って、びくっ!って反応して、アナルがキュッ!とすぼまっちゃう

くすぐったいというか、敏感過ぎて刺激が強すぎるというか。

それを何度か繰り返して、敏感な粘膜に当っても反射的に締めないように、我慢してゆるめるように頑張って、その内に段々ゆるまるようになって、ぽっかり開いたアナルにあっついシャワーを当て続けられるようになって、あっついシャワーが敏感な粘膜にシャーーーっと当たって、強すぎる刺激がずーっと続いて、「なにこれ、何これ、あーなにこれ、うわああ・・・・・」みたいになって、どんどん頭がボーっとなって、真っ白になって・・・・・スパークして、脱力した。

果てたー、って感じ。

ブットイ一本糞が、ぼっとりと出てた。

それが、いまだに唯一のアナルイキ。

アナニー歴約20年あまりの中でその時の一度きり。

シャワーホースでシャワ浣するのは全然けが違うのよ。

ホースが入ってくる瞬間以外は、まあ異物感は別にしても、別段アナルに刺激ねーわけで。

人によりけりだと思うけど、オレは"アナルに熱いお湯"というのが良かったらしい。

時間順よく覚えてないけど、多分、このイキ体験が先にあってその上で"色々試す"にハマったんだと思う。

それとは別で、色々やってくなかで覚えたお気に入りのやり方というか、道具があったんだけど、これらも多分"イキ体験"ありき、だったんだと思う。

お気に入りのやり方、2つあったんだけど、一つは、タオル歯ブラシ風呂場に余計なもん持ち込まなくていいよね。

タオルの角っこに結び目を作る。

これがまぁ、亀頭イメージ

そんで、結び目に歯ブラシの柄を引っ掛けて、アナルに押し込む。

奥に結び目が入ったら、結び目を置き去りにして歯ブラシだけ先に抜く。

で、適当時間置いてから、ゆ~~~っくりと、タオルを引き抜く。

これがすごい。

気が遠くなりそうな快楽

イけなかったけど、すげぇ快楽

タオルのざらざらの摩擦とか、吸水して粘膜に貼り付いたタオルが引き剥がされたりするのが快感なんだろうね。

時々タオルに血の跡があったりしたんで、多分奥の方の腸粘膜を傷つけてたんだと思うけど、ホントやべえ・・って怖くてセーブしてたプレイ

ま、奥っても歯ブラシの柄の長さ分だから、今使ってるディルドより全然手前なわけだが。

二つ目は、コンビニなんかでよく売ってる100mlくらいのしょう油のミニボトル

こういうやつ。

https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%A3%E7%94%B0%E9%86%A4%E6%B2%B9-%E6%AD%A3%E7%94%B0%E3%81%AE%E4%B8%B8%E5%A4%A7%E8%B1%86%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%82%86-%E7%89%B9%E6%92%B0-100ml%C3%976%E6%9C%AC/dp/B00O3UY5RW/ref=sr_1_3?s=food-beverage&ie=UTF8&qid=1466531709&sr=1-3&keywords=%E9%86%A4%E6%B2%B9+%E5%B0%91%E9%87%8F

これのキッコーマンのやつが太さ長さ凸凹どれも抜群で、中身のしょう油は捨ててボトルをよーく洗って、中に熱めのお湯(43℃くらい?)を入れて挿入すると、その熱がすげえ快感になる。

繰り返しになるけど、それでもイきはしない。

ヘタに激しくピストンなんてすると普通に肛門が痛い。

ローションがなくて、リンスとかシャンプーでやってたからね。

から、このあっつい醤油ボトルアナルに挿入して、じわー・・・・って快感を味わいながら、ゆっくり出し入れしたり、ゆっくりとぐりぐりこね回したりしてた。

これも病みつきになった。

でもこれもやっぱり中毒になるのが怖かったし、あと余計な道具(ボトル)を風呂場持ち込まなきゃいけないからバレないように神経使うし、だから我慢して時々、ホント一月に一回とかだった。

あと、勃起チンコをいじっても射精まではいかなかったのよ。

"しごく"ってのがホント、加減とかがわかんなくて上手く出来なかった。

カウパーは出てた。

からカウパーのぬるぬるで亀頭をいじったりはしてたんだけど、やっぱり射精にまでは届かなかったし、なんかそれでいいと思ってた感じ。

亀頭気持ちよかったし、アナル気持ちよかったわけで、物足りなさはあったけど、そんなもんだ、それで別に問題ない、と思ってた。いつまでもゆる~く気持ち良いのが続くんで、やめどきが分からないってのはあったか

まあだから、大体飽きるか、疲れるか、あとアナルというか直腸調子次第でもあった。

ほら、下痢の時、うんこを出しても下腹になんか痛いのとも単なる便意とも違うつらさがあったりするじゃん?そういう、腸の調子みたいなの。

そういうの次第で適当にずるずると快感を味わって、なんとなく終了してた。

まりイく快感を知らなかっただけなんだけど。

それで、細かいことは全然覚えてないし、だからきっとそんな強烈な体験じゃなかったみたいなんだけど、ある時チンコのしごき方がわかったわけ。ふと拍子で。

高校卒業して大学浪人してた時。

男なら普通に知ってるはずだし、女も手コキみたいなことしたことあれば普通に分かると思うけど、割と当たり前の、ちょっとした、ささいなコツみたいのあるだろ。

コツっつうか、つまり"皮を握って中身をしごく"みたいなこと。

あえて、もしかしてからない人がいるかも知れないから一応説明すると、たとえば手首の出っ張ってる骨あるだろ、二箇所。その辺りを、反対の手で握るだろ?そんで、握ってる皮はそのままに、中身だけ、出っ張ってる骨の上をこするというか、行ったり来たり出来るだろ?そういうやり方なんだよ、チンコをしごくのって。

今になってみると当たり前だし、少なくとも男なら誰でも知ってる方法なんだけど、当時のオレはそれがずっと分かってなかったの。

分かった時、その時もうすぐに射精できた。

初めて射精出来たら、そりゃあ猿だよね。

一日に5回とかオナニーするようになった。

受験勉強ちょっと飽きるとすぐにチンコしごいてた。

普通中学高校生ぐらいで経験するオナ猿状態に、10代が終わりかけで突入したよ。マジ猿。

じゃあアナル忘れたか?っつーとアナニーほとんどしなくなったんだけど、シャワ浣はもうクセというか習慣化してて、シャワ浣でないとうまくうんこが出来なくなってたんだよ。

マジで困ったことに。

出来ないわきゃあねえんだけど、キレが悪い。

トイレうんこしても、残便感がひどい。

恐らく本来はそんなもんなんだろうけど、あまりに残便なくきれいにシャワ浣でいつも出し切ってたんで、残便感が過剰に感じられたのと、あと多分ホント肛門の締りが緩くなって、残便があるといつまでたってもペーパーで拭ききれないんだよね。

そんなわけで、アナニーというわけでなく、快感を求めるでもなく、シャワ浣だけはずーっと、ほぼ単なる排便行為として続けてた。

続く。

宝くじ10億円」と、「眠るように二段ジャンプ」、どっちがいい?

みなさんは、

宝くじ10億円」と、「眠るように二段ジャンプ」、

どっちがいいと思う?

宝くじ10億円」を選んだとしたら、豪華な家に住んで、豪奢な旅行を楽しんで、美味しいものを食べたりして、10億円でできる贅沢をして過ごすのだろう。

それは「幸福」かもしれない。

だけど、その「幸福」はやがて去っていく。

そういった「幸福」の先に待っているものは、年老いた自分

体が動かなくなり、病気の苦しみにのたうち回り、死んでいく未来だ。

眠るように二段ジャンプ」を選んだとしたら、豪華な家に住むことも、豪奢な旅行を楽しむことも、美味しいものを食べる喜びもなく、ただ眠るような「ジャンプ」を迎えるのだろう。

年老いることもなく、病になることもなく、体は健康なまま、苦しむこともなく飛んでいく。

楽しいことがないかわりに、苦しむこともない。

眠りにつくようにゼロになり、ゼロという永遠の二段ジャンプを得ることができる。

苦しみを感じられなければ、何ひとつ感じられない。

苦しみを感じることができるから、喜びを感じることができる。

喜びを感じることは、素晴らしいことだ。

それはわかっているのだけど、その苦しみが幸せをちっぽけなものにするほど巨大なものになってしまったとしたら?

喜びを凌駕するほどの苦しみを感じなければならないとしたら?

もう何ひとつ感じられなくても、もう何も感じない、ゼロ状態になることのほうが、「幸せ」なこともあるのではないだろうか。

いちばん素晴らしいことは、「宝くじ10億円」当たって遊び呆けたあとに、「眠るように二段ジャンプなのだけど。



http://anond.hatelabo.jp/20160728025759

語るって難しいよな

http://anond.hatelabo.jp/20160728001051

>その言葉で、当時の自分のように未来絶望してしま少年少女いるかもしれないから。

大人教師役も結局自分人生・経歴をコアにして語るわけなのだけど、それにもまして思わぬ解釈されることもあるからな、教育・部下指導子育てほか。まあ、自分だって子供のころに見聞きした本・テレビラジオ大人から言葉に早合点や勘違いしてきたわけだけど。

うのみにしないで自分でも確かめよ、ひとそれぞれなこともあるから、と予防線を張っておくくらいかな、こちらができることは。

それでもそろそろ、安楽死は認められてもいいいんじゃないかと思う。

私は、特別障害者に対して差別意識を持っている人間なわけじゃない。

私自身が、精神障害者だ。陰性の統合失調症

まれて初めての「発作」は、かれこれ30年ほど前、まだ8歳だったときに遡る。

それ以来、騙し騙し生活してきた。

ときどき発作で動けなくなり学校を長く休んだりした。

食べ物を受け付けなくなり、倒れて、点滴に通ったりもした。

それでもなんとか大学まで進み、もうすぐ卒業か、っていうところで限界に達した。

車に乗れない。

当然、電車にも乗れない。

大学は1年休学後、退学せざるを得なかった。

通院も出来なくなったから、入院治療をした。

精神病棟は怖かった。

昼夜問わず聞こえる奇声、隣のベッドの女の人は寝てるとき以外は始終ぶつぶつと独り言を言っていた。

盗癖のある患者もいて、よく物を盗まれた。

こんなところにいたら余計頭がおかしくなる、と思って、早々に退院した。

でも、世間から見れば、私もああいう人たちの仲間だ、と思う。

今は、家族の運転でなんとか通院して投薬治療を続けている、けど、未来に対する希望はない。


大学に通えてるときは、このまま順調に大学卒業して、就職して、普通に生活できるのかな、なんて思っていた。

大学は、県内でも一番の国立大学に通っていた。いわゆる、「旧帝国大学」のひとつだ。

その頃は、彼氏も出来たし、友達もいた。


でも今では、引きこもりだ。

重度の引きこもりってわけじゃない。母にくっついて買い物くらいは行く。

でも、一人ではどこにも行けない。

いつくるかわからない発作に怯えて、通常飲む薬とは別に処方されてる頓服を肌身離さず持っている。(家の中でも)

夜中に、発作で飛び起きることもある。

過呼吸と動悸、幻聴なのか幻聴じゃないのかはっきりしない話し声。

家の前で誰かが立ち話をしてるのが聞こえて何度も確認にいくけど、もちろん人影はない。

調子がいいとき幻聴も聞こえない。

でも、少しでも生活サイクルが狂うと、たちまち具合が悪くなる。

から、季節の変わり目なんかは怖い。ちょっとした気候の変化が体調にダイレクトアタックしてくる。

もうすぐ38歳になるのに、結婚はおろか、ちょっとしたバイトさえ出来ない。

から、生きてることに罪悪感を感じている。

家族に対して申し訳ない。

高齢の親は、自分たちがいなくなった後の私の心配ばっかりしている。

1歳年上の兄は、親の死後は自分が面倒を見なきゃいけないと思っていて、長く付き合った彼女との結婚を諦めた。

そんなことしなくてもいい、生活するだけならなんとかなる、と言っても、たぶん家族の心情としては、放置出来ないんだろう。

私が、明らかに重荷になっている。

友達はいない。もうみんな結婚して家庭を持っているから、連絡は絶えた。

彼氏なんているわけない。そもそも外に出ないんだから出会いがない。



そんな状態にあるから年金を少しずつ貯めている。

お金があれば、スイス外国人安楽死させてもらえるらしい。

そんな情報ネットで見たから。(精神疾患場合は駄目っていう情報もあるけど)

日本だって、そろそろ、安楽死を認めてもいいんじゃないの、って思う。

死にたいとは思わないけど、自分がいなくなれば少なくとも家族負担は減らせると思っている。

安楽死という方法は、一部の人にとっては救いになる。

から病気だとかそういう理由のある人には、安楽死、認めてもいいんじゃないの?

自分が苦しいって言うのもあるけど、それ以上に、家族の、とりわけ兄弟人生まで奪うのは、辛い。

いっそ血も涙もない兄弟で、こんな出来損ないの妹なんて気にせずさっさと家を出て結婚するような人間ならよかった。

そんなふうに思ってる障害者もいるってことも、知ってほしい。





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追記。ちょっとブコメに気になる言葉があったので。




手足がないわけじゃないからさっさと自殺しろ、という人がいるけど、これ以上家族の負担になりたくないから(法的に認められた上での)安楽死を望む、という意味理解できませんか?

もちろん、自殺は難しい。

それ以上に、残された家族負担が大きい。

世間の目、ご近所の噂話。

それこそ、兄弟結婚にもかかわってくる話になる。

死んだあとまで家族負担になりたくないと思うのは自然なことじゃないかな?

跡を残さないように死ぬために、樹海へ向かったこともある。

でもね、行動が極端に制限される中、そこまでたどり着けなかったよ。なんとか新幹線まで乗り込んだものの、新幹線の中で意識失って、気がついたのは病院



ブコメした本人が、自殺したいけど手足がないから(不自由から自殺もできない人だったのなら、同じように安楽死が認められるように頑張っていこうよ、と思うけど。



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安楽死と書くからよくなかったかな。

自分意志で、という意味で、尊厳死を認めてほしいと思う。

宝くじ10億円」と、「眠るように安楽死」、どっちがいい?

みなさんは、

宝くじ10億円」と、「眠るように安楽死」、

どっちがいいと思う?

宝くじ10億円」を選んだとしたら、豪華な家に住んで、豪奢な旅行を楽しんで、美味しいものを食べたりして、10億円でできる贅沢をして過ごすのだろう。

それは「幸福」かもしれない。

だけど、その「幸福」はやがて去っていく。

そういった「幸福」の先に待っているものは、年老いた自分

体が動かなくなり、病気の苦しみにのたうち回り、死んでいく未来だ。


眠るように安楽死」を選んだとしたら、豪華な家に住むことも、豪奢な旅行を楽しむことも、美味しいものを食べる喜びもなく、ただ眠るような「死」を迎えるのだろう。

年老いることもなく、病になることもなく、体は健康なまま、苦しむこともなく死んでいく。

楽しいことがないかわりに、苦しむこともない。

眠りにつくようにゼロになり、ゼロという永遠の安楽を得ることができる。

苦しみを感じられなければ、何ひとつ感じられない。

苦しみを感じることができるから、喜びを感じることができる。

喜びを感じることは、素晴らしいことだ。

それはわかっているのだけど、その苦しみが幸せをちっぽけなものにするほど巨大なものになってしまったとしたら?

喜びを凌駕するほどの苦しみを感じなければならないとしたら?

もう何ひとつ感じられなくても、もう何も感じない、ゼロ状態になることのほうが、「幸せ」なこともあるのではないだろうか。

いちばん素晴らしいことは、「宝くじ10億円」当たって遊び呆けたあとに、「眠るように安楽死なのだけど。

自称未来人のせっかちな殺人なんて分からん

例の障害者施設での事件

犯人の主張はまぁわかるし、

安楽死に関してははなから否定せず、現実的議論されて

いいのにと思う。

大量殺人という取った手段は最低最悪だが。



本人が生きたいと思ってればいいが、障害が重くて、

生きたいとか考えられる知能や意思もなくて、

生きている限り身内や保護者関係者時間未来

可能性を奪い続ける、

自分がそんな存在になってしまうなら、殺してくれと思う。



そんな障害者を抱えて重荷に思っている人でも、

苦しんで、ナイフで刺されて殺されて欲しいなんて

願ってる人はいないだろう。

(おそらく。わからないが)



でも、苦しまず、穏やかに、終わりが来て欲しい。

亡くなってくれたら。って思っている人はいないのか。

あの犯人が、うちのがお世話になってる施設

来てくれてたら良かったのに。とか、

でも来ないからもう自分で…と、

追い詰められている人はいないのか。



とか考えてしまう。

ブコメの、犯人罵倒するコメントきれいごとだと

感じてしまものが多い。

私は歪んでるのかな。

当然誰にも言えないので増田に書く。