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はてなキーワード: 村上春樹とは

2017-05-24

文章太宰治っぽいと言われた

俺はもう10年くらいブログをやっているんだが、ここ数年たまにコメントをくれる人に、増田さんの文章太宰治っぽいですよねと言われた。

この文章意図して特徴が無いような文章にしているつもりだからからいかも知れないが、言われてみれば、俺のブログ文章は読点が多いし、太宰治っぽさがどことなくあるような気はしないでもない。古臭い言葉遣いはしてないというか、しようと思っても出来ないから、文体が太宰っぽいということだと思う。

そのコメントをくれた人はさほど仲が良いわけじゃないから、それって褒めてるんですか?なんて聞くのは少しはばかられる。

本はまあまあ読むので、教養目的文豪と呼ばれる人の有名な作品は大抵読んでいて、太宰も例外ではないのだけど、最後に読んだのはだいぶ昔だし、さほど感銘を受けたわけでもないから、決して影響を受けているわけでも真似しているわけでもない。太宰の小説は、作中に自分を登場させる傾向があって(人間失格走れメロス実体験をモデルにしているのは有名な話だ)、それが少し鬱陶しくてさほど好きなわけでもない。

文章村上春樹っぽいと言われたら、それは多分馬鹿にされているんだろうが、文章が太宰っぽいというのは褒められているんだろうか?それとも馬鹿にされているんだろうか?どう捉えて良いのかわからない。

2017-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20170523015737

読んだことないなら村上春樹でも読んどけ。

ひとつ読んだ結果自分村上春樹が好きじゃないとわかったけど、

なぜ自分はこの作品が好きじゃないかとか考えると自分自身発見になる。

そのためにはリアルに近い人物が詳細に内省してる作品がいい。

ラノベにもそういうのがあるかもしれないけど、萌え全然リアルじゃないよね。

生活感とかずる賢さとか嫉妬とか障害とか野望とか、そういう人間リアルさを追求している作家ラノベには珍しいんじゃないか

2017-05-20

村上春樹って

3P読んでられなくて断念したんだけど(文体が無理)

でも海外でも売れてるって事はストーリー面白さもあるんだろうか。

誰かわかる人教えて。あとノーベル賞はいつ貰えるの?

2017-05-10

一理はあると思うけどじゃあ円盤が100万枚売れたと仮定してそれが世間に認められるかというと別の問題になるんだよな

村上春樹小説が売れているとか恋空が売れているとか言っても周りに誰も読者がいなかったりする

スモールワールド理論が取りこぼした壁みたいなものを感じる

2017-05-09

電子書籍化はとまらない

やっぱり年齢によって受け入れる受け入れないの差が激しいようだけど

GW流通過程で先週発売の物が月曜8日に手に入った。全国あちこちの書店一般的にそうなっていた。

しかkindle見るとしっかり発行日には発売されていた。全国の書店に並んだのはその6日後である

知っているだろうか?めちゃくちゃ売れる漫画などを覗いて単行本などは村上春樹レベルでない限り一律発行日に書店に並ばない。

しかった本も別に売れてないわけでは無い。その辺の本より結構売れてる。

書店によって出版社によって入荷日はまちまちなのだ

電子書籍が割引き売りを始め、発売日をしっかり守れることを実感したと同時に、

ああこれがつまり電子書籍を人々が今後選んでいく理由なんだと理解した。

今年中に端末買うわ…。ネタバレ避けるの大変だったよ。まぁ一部踏んだけど。

2017-04-20

村上春樹作詞

気持ちのよいよく晴れた日曜日

ねじまき鳥は 今日世界ねじを巻く

好きなんだ  春の熊くらい

官能的な雪かきをしてくれ

やれやれ 僕は射精した

やれやれ 僕は射精した

決して最後まで立ち止まるな

ゆっくり歩いて たっぷり水を飲め

世界中の庭に  世界中の雨が降る

試練をくぐり  壁を抜けるんだ

やれやれ 僕は射精した

やれやれ 僕は射精した

まりくるやみくろ 邪悪なるもの

「踊るんだよ」   羊男は言った

意味なんてない

時間を味方につけるんだ

風の歌を聴け

やれやれ 僕は射精した

やれやれ 僕は射精した

2017-04-08

無知の知を知る方法

村上春樹新刊で40万人の南京大虐殺があったと書き、それを非難されると「歴史修正しようとする者たちとは戦っていかねばならない」と反論した。

村上春樹南京大虐殺についてどの位研究したのだろうか、少しでも研究調査すれば“あった”と言うには躊躇するような多くの矛盾が出てくるはずである

彼の南京大虐殺知識というのは我々一般人と同じで、ただ聞きかじった知識であろう。その聞きかじった知識で全世界に向かって南京では40万人が虐殺されたと喧伝したのだ、なんという無責任な奴であろうか。七十に近い男が言論には責任が伴うということが未だ分かっていない。

誰か村上春樹に対して言ってやればいいのだ「貴方は本当に南京大虐殺を信じて書いたのか?もし嘘だった場合、大変なことになるぞ、どう責任を取るつもりなのだ、命を賭けても40万人大虐殺はあったと言えるのか」と。

若いころ村上春樹の本を読もうとしたが「ノルウェイの森」というタイトルを見て、薄っぺら欺瞞的なものを感じて村上春樹を読むことをやめたが、あの時の直感は正しかったようだ。

私たち人間無意識的に“自分の考えていることは正しい”と信じ込む癖がある。それを改めようとしたのが、ソクラテス孔子釈迦言及している“無知の知”であろう。それは、つまり知識人たちはなんでも分かっていると考えているが、本当は何も分かっていない、また神の知恵に比べて我々人間の知恵など取るに足らないものから、我々は常に謙虚であるべきだというものであろう。

我々はソクラテスたちの時代から何も進歩していない、何千年たっても人類は“無知の知”を自分たちのものにできていない。現在においても我々は“自分の考えた事は正しい”と考え安易ネットなどに書き込んでいる。

私たちがもう少し謙虚自分たち無知であると知る為にはどうすれば良いのか。 自分意見・考えに対して“本当はどの位自信を持っているのか”がピタリと分かる方法がある。

それは自分の全財産の内どのくらいなら賭けられるだろうかと考えることである

例えば財産が一千万円あるとして、その内いくら位なら実際賭けられるだろうかと考える。数万円なら賭けられる、それでは数十万はどうだ、数百万では・・・と考えていけば、いくら位までなら賭けられるという金額が出てくる。その出てきた金額自分の考えに対する自信の程度を示している。自分の考えが絶対に正しいと考えていれば全財産どころか命だって賭けられるであろう。しかし数十万円しか賭けられないと思うならば、それはほとんど信じていないということになる。信じてもいない事をいかにも正しいかのように発言するのは詐欺師である

責任感をあまり感じないネット上で発言するにしても、責任が伴う事柄ならば、せめて全財産の半分ぐらいは賭けられるという自信ができて初めて発言すべきであろう。このように“実際いくら位なら賭けられるだろうか”と自問自答をしてみれば、多くの場合は“私はまだ本当には信じていないのだ、無責任発言すべきでない”と自分無知理解謙虚になることができる。

皆さんも「自分意見は正しい」と思った時には“自分は全財産の内どの位本気で賭けられるだろうか”と自問自答してみてください、そうすれば本心ではどのくらい自分の考えに自信を持っているのかがピタリと分かりますから

2017-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20170405113051

荒木比奈自意識の壁っすね。男が少女漫画読めなかったり逆に女の子福本伸行先生漫画が読めなかったりするのと同じっす。増田さんが老いてコンテンツ吸収力が弱まったわけじゃなくて、年取って無駄自意識けが凝り固まった結果だと思うっスね。

そういう場合は、自分カバーするジャンルを広めにするか固定してしまうかすればいいと思うっス。

最近村上春樹って小説家の人が今までのコンテンポラリー作風から打って変わってファンタジー調の作品リリースしたっす。でも、村上春樹さんの作品は「村上春樹」ってジャンルからファンファンタジーだろうがそうでなかろうがそのコンテンツを食べるっス。

まりはそういうことで、作品ジャンル化して自分ジャンルに合わせてしまうか、自分自体ジャンルを広く持つようにするかのいずれかっスね。ちな、自分ノンジャンルっす。少女漫画からホモ漫画まで幅広いっすよ」

2017-04-02

村上春樹殺し

自分は、村上春樹ファンである長編は全部読んだ。中編、短編ほとんど読んだ。インタビュー集なんかも読んだ。

騎士団長殺しも発売日に買って読んだ。しかし、読み終わってみると嫌悪感しか残らなかった。そして、それは予感された嫌悪感だった。

一時期に比べ村上春樹著作を読むことも減り、騎士団長殺しを買ってみたはいいが、正直今の自分価値観に合わないんじゃないかという予感があった。

そんな不安に反して、読み始めると小説世界観に没入する事ができた。なにしろ今までの集大成かのように、これでもかと、今までの著作に登場したモチーフが見られ物語の奥行きが感じられ、また文章の流麗さ、比喩表現の豊かさに改めて感心した。

物語の中盤までは、本当に小説を楽しむ事ができた。

しかし、物語の後半に入り、ファンタジー世界で様々な問題解決されてしまう所に、強烈な嫌悪感を感じた。それは今までの著作でもよくあった展開であったが、これまでは物語に没入したまま読み終える事が出来た。しかし、今回に関しては、ファンタジー世界、あるいは高度なメタファー世界問題解決する事に拒否感があり、もはや物語に没入することができなかった。

村上春樹的な世界観が描く未来はどんなものであるのか。村上春樹的な世界観結論とはなんなんだろうか。そんな問いに対する具体的なメッセージを得ることができなかった事に落胆した。

一方で、そんな問いを村上春樹に求めること自体間違っているのかも知れないし、自分メタファーを感じる能力が無くなり、具体的な答えを求め過ぎなのかも知れない。

抽象的に語られ、メタファー世界物語が終わることでこそ、読者個人の心の中で様々な物語となることができ、全世界的な共感を生んでいるのかも知れない。

他方で、今回だけでなく、今まで読んできた多数の村上春樹著作を振り返った時に、これといった結論を得られていないと思った。村上春樹も度々言及する、キャッチャーインザライや、グレートギャツビーカラマーゾフの兄弟などといった過去の名著は、どれを取っても全体を振り返った時にテーマとそれに対する結論思い当たる

しかし、村上春樹著作では、一体なにが残るというのか。共感を呼びこそすれ、どこかに導くことは出来ないのではないか。そしてその意思も感じられないことは無責任なのではないか。そんな強い憤りを感じざるを得なかった。

2017-03-17

小説登場人物や出来ごとの整理。

村上春樹小説が楽しめないんだよね。みんなどうやって本を読んでいるんだろう。

有名な1Q84いや、情景描写というか、一つ一つはいいけど、20ページぐらいでなんか、ふーん、って感じで止めた。

タクシーで高速に乗っておりて道路公団の話とか出てきたのは、憶えているけれど。

短期記憶が、弱いらしくて、どうも個別のことを、整理して記憶するのが苦手で、主筋が見えないとなかなか、分からない。

から人生自体も楽しめないのかなって思ってしまう。

  

辛うじて、最近読んだ長編小説だと、宮城谷さんの晏子ぐらいかなー。それも

人物相関図・家系図みたいなのを、チラシの裏に書いて、なんとなく、読んだ。

司馬遼太郎のも、割と話というか、説教臭い話があるからかなー。

登場人物が、個性的だったり名前や筋を、どこかで聞いていて予備知識があるからよみやすいのかな。だいたい人間関係処世術テーマにしているし。)

  

ビジネス書とかは、読めるんだけど。

漫画単行本とかでも、もくじの前に、あらすじや登場人物の顔が描かれていて、ざっくりと、おさらいが出来るけど。

そんなに漫画では苦労しないけど。

小説は、苦手になってる。。

  

ーー

村上春樹1Q84

ウィキで、あらすじを読んで、うわ。全然イメージしていた話と違うなーと。ちょっと、びっくりした。。

  

  

恐る恐る

けもフレの海外ブログへの日本人コメントで、「ディストピアなのに登場人物イノセントで」、と知ったかぶってるのが怖かった。

イノセントって単語サリンジャーフィッツジェラルド村上春樹継承する文脈中の文脈で、

下手に口にすると文学方面から猛烈なツッコミが入る系なんだが。

もちろんイノセンス押井守は分かってタイトルを付けてる。

彼はイノセンスについて、ことわざだけで物語形成することは出来ないか、というヒントを語った。

ことわざとは脈々と引き継がれてきたもので、イノセンスは今までの物事を繰り返している。

まり純粋さなんて怪しげなもんだ、というメッセージともとれる。これは一義的もので他にも当然議論余地はあるだろう。

けもフレ以前のサリンジャーフィッツが描いたイノセントイノセント故に狂気的で、狂気であるから世界否定しようとする。

フィッツの『グレート・ギャツビー』は世間的な社交界を開く面々を白眼視し、ニック曰くの高潔なるジェイを変彼の中で祭り上げる。

もし仮にけもフレがイノセンス文学ならば、狂気的なイノセンス故に前段階の文明は灰燼に帰したのだという描写があったり、

今の関係性を狂気的な手法で維持するといった、イノセンス帰結を描くのではないかと思われる。しかし本当にそうなのだろうか?

追記:ブコメツッコミならともかく鬱陶しいだけなんですが。

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310164655

今時南京大虐殺はなかったとかいってる奴に自分の本を読まれなくて村上春樹もほっとしてるだろう

カフカ

海辺のカフカまでの村上春樹は読んだが、その後、しっかりした取材もしたようにも見えないまま、南京大虐殺はあったと言い出したことから、ああこの人は自分の頭の中だけで生きている人なんだ、支那国の主張をプロパガンダとして捉えることが出来ず、米軍戦後の「戦中戦前日本悪者論」にどっぷり浸ってしまった、かわいそうな人なんだということがわかって、この人の本はもう読む気がなくなった。

2017-03-09

村上春樹騎士団長殺し』の南京虐殺記述について

 村上春樹騎士団長殺し』新潮社南京虐殺記述は、この作品登場人物免色渉の台詞として出てきます

(以下引用

「(前略)正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者あいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいますしかしし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」

 もちろん私にはそんなことはわからない。」

引用おわり)

(「私」とは、この作品主人公である画家の「私」のことです。)

「『しか四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?』」と免色渉が言っているにも関わらず、あえて数字について紹介すると、

四十万人」と言っている歴史学者はおそらく加藤陽子氏。(正確には「犠牲者数については、数万人~40万人に及ぶ説がある」)

「十万人」と言っている歴史学者はおそらく笠原十九司氏。(正確には「10万人以上もしくは20万人に近いかそれ以上」)

 他に、中国政府見解は30万人以上(南京軍事法廷判決数字が元)、東京裁判判決20万人以上、秦郁彦氏は4万人上限、板倉由明氏は1万5千人程度としている。

 日本政府見解外務省HP)は、

「1 日本政府としては、日本軍南京入城(1937年)後、非戦闘員殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えていますしかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています

 2 先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたものです。そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました。

 3 こうした歴代内閣が表明した気持ちを、揺るぎないものとして、引き継いでいきます。そのことを、2015年8月14日内閣総理大臣談話の中で明確にしました。」

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308190738

自分エンタメとして割り切って読んでるので

村上春樹社会問題に対する回答を求めて読むというのがちょっと理解できない

騎士団長殺し

匿名ダイアリー界隈だと、誰も村上春樹の新作、読んでないですか。私は発売日に買って、翌日未明には駆け足で読み終わりました。

書評も、少しずつ出ているけど(当方朝日新聞の読者)、なんだか奥歯にはさまったような、村上ビギナーにはオススメ! みたいなことになっている。

1Q84を読んだときには、これはすごい、今までのテーマがきれいにまとまっている、集大成だ、ノーベル賞狙いにきた、と思ったのだけれど、

今回の作品は、何が新しいところがあったのだろうか。つまらない言い方だけれど、進歩がない。定番モチーフが出て、そのまま終わった印象なのだけれど、

私の読み方が足りないのだろうか。

東日本大震災があったから、当然、作品になんらかの反映があると思ったわけです。ところが、主人公東北にいったことがあったよ、みたいな、

非常に限定的言及に終わっている。オウムや、阪神大震災村上さんの作品に与えたような何かが、『騎士団長殺し』にはないわけです。

阪神大震災東日本大震災も、本質的には変わらないということなのだろうか。関東人間傲慢であったか、、、。

「そもそも」という話になるけれども、出自のよくわからない子供を受け入れて、それが希望象徴といういつもの終わり方が、

実はそこが本当の地獄の始まりではないのか、という思いが、私個人は捨てきれない。人前ではとてもいえないが、

子供を持たなかった作家限界ではないのか、という反応が、自分でも卑しいなぁと思うけれど、どうしても出てしまう。

今日新聞には、作家小野正嗣さんと、キャンベル先生の評が出ていた。キャンベル先生は、これは主人公再生するという物語なのだと。

ちょっと納得した。でも、今の日本人は、『騎士団長殺し』を読んで再生に向かいますか? 私にはちょっと無理だった。

何かが足りない。『騎士団長殺し』にも私自身にも。それが何か、よくわからない。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170228225844

サンドバック待機だろ。「村上春樹面白いですよ!」って反論たらみんなで「村上春樹好きとか頭おかしい」ってサンドバックにするための質問から。お前がうまく避けたのでみんなガッカリしたんだよ、良かったな。

http://anond.hatelabo.jp/20170228225844

村上春樹平野ノラは似ている。

今朝気がついたんだ。

ああそうだ。文学界ラッセンだ。

ええんやで、大きく叫んでええんやで。

http://anond.hatelabo.jp/20170228225844

これは村上春樹批判ではなくて、元々この方が好かれていないだけで、間接的にあなたが好きじゃないという意思表示なだけだと思う。

村上春樹好き嫌いがわかれるし、嫌いな人から見たら村上春樹もそのファンも「変人」に見える。

その大多数の人が一致する感覚的なものを使って、ここでこの人たちが言いたかったのは「あなたが嫌い」ということ。

実際にあまり気が合っていないようですし。

まぁ、この同僚の人たちは確かに村上春樹も嫌いなんだろうけど。

http://anond.hatelabo.jp/20170228225844

ミスチルライブによく行くということと似ている気がする。

B'zとか矢沢永吉さんもファン自称されるとギョッとしてしまうところがあるけど、

ファン層が特定の年齢層に偏ってるし、何より村上春樹が醸し出すまどろっこしい印象をあまり感じない。

innocent world」や「Sign」を歌うことはあっても

ファンだとはあまり思われたくないというような心理がどこかにある。

偉人名言集とか読んで勢に浸る人だと馬鹿にされるかもしれないか公言するのを躊躇してしまうというようななんというか。

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170228225844

俺も村上春樹好きだけど村上春樹が好きな奴ってメンヘラっぽいから関わりたくない

登場人物の誰とセックスしたいかとかどのセックス描写が一番よかったかとか

そういうのならいくらでも語りあいたいんだけど大体無理そうな感じだしな

http://anond.hatelabo.jp/20170228225844

村上春樹作品って全般的に何が言いたいのかよく分からないんだよね。かと言って単純な娯楽小説と切り捨てることも拒んでるような感じだし。

ハルキスト自称するならその辺分かっててほしい(そして教えてほしい)、みたいな期待があって、「あ?ハルキスト自称するならお前じゃあ教えてくれよ」みたいな態度になりがちになる。

これがサリンジャーとかドストエフスキーなら、こっちも大体テーマが分かってるからファンに対して優しく接することができる。

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