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はてなキーワード: 村上春樹とは

2017-02-18

村上春樹の新作さっそく読んでみたけど

氣志團五郎

2017-02-13

村上春樹は案外やれやれとは言っていない

村上春樹桃太郎

(1)

 昔、とは言ってもだいぶ昔のことなのだけれど、僕はある町(名前もない小さい町だ)に妻と二人で暮らしていた。

 多くの夫婦がそうであるように、僕たちの間にもいささかの問題があった。

 他人からしてみれば些細な問題かもしれないのだけれど、妻はよくそのことで自分自身を責め、彼女本来持つ良さを損なっていたと思う。それは2月に突然降る冷たい雨のように僕たちを苦しめた。

あなたはどう思うの?私たち子供がいないことについて」と妻が言った。そのとき僕たちはボンゴレビアンコといんげんのサラダを食べ終え向かい合って座っていた。テーブル越しの妻はなんだかいつもより疲れているように見えた。

「ねぇ、最初に言っておきたいんだけど」と僕は言った。

「僕は特に子供が好きじゃない。それに子供がいないことは夫婦自由選択の結果であって、君が苦しむべき問題じゃないと思う」

 妻は頬杖をついて僕の方をじっと見つめ、(あるいは僕の後ろにある流氷写真を見ていたのかも知れない)静かに微笑んだ。まるで、そんなことを聞いたんじゃないという風に。

明日、川に行こうと思うの」と妻はそっと言った。

「悪くない。いつ出発する?」と僕は言った。

「ごめんなさい、私、一人で行きたいの。あなたは山に行って」

オーケー」僕は早朝のマクドナルド店員のように努めて明るく答えた。

(2)

​ 目が覚めると僕は洗面所に行き、顔を洗った後によく研いだ剃刀で髭を剃った。髭を剃りながら僕は晩秋の山肌を想像した。夏の頃は繁茂した樹々で彩られ緑の色深かった山肌も今ではすっかりその色を失い、淡く茶色がかった枯れ草やくすんだ赤や黄土色の落ち葉で覆われているはずだ。やれやれ、なんで山になんか行くことになったんだろうと僕は思った。

 しかし、妻の言うことにはひとまず従うというのが僕のささやかな行動規範なので(僕は平穏毎日というものを愛している)それ以上は考えないことにした。望むと望まずにかかわらず、僕はいずれは山に行くことになるのだ。

 妻と初めて会ったのは、5,6年前の知り合いの結婚パーティだった。彼女は体にすっきりと馴染む黒のドレスに身を包み受付をを担当していた。僕が自分名前を告げると彼女は手元にあるリストを丁寧に確認し、まるで5月小川に小石を投げ込んだようににっこりと微笑んでメッセージカードを手渡してくれた。

 僕がウエイティングスペースでメッセージカードを書いていると、彼女が隣に来てそっとシャンパンのグラスを置いてくれた。

ありがとう。ちょうど喉が渇いていたんだ」と僕は言った。

新婦とお知り合いなんですか。新婦側の男性って珍しくて」と彼女は言った。

「森で白い貝殻のイヤリングを拾ったんだ」と僕が言うと、彼女はくすくす笑った。それは控えめに言ってかなり魅力的な笑い方だった。

「いつか私ともダンスを踊ってくださいね」と彼女は言った。

「喜んで」と僕は言った。

 台所で焼きあがったばかりのマフィン蜂蜜を塗りながら、そういえばまだダンスを踊っていなかったなと僕は思った。やれやれ、なんで今になってこんなことを思い出すんだろう。僕は不思議な気分になって壁の写真を眺めた。流氷は昨日と変わらず藍色の暗い北極海に浮かんでいた。しろくまの親子でもいるとさらに良いかもしれない。

 僕がマフィンを食べ終え食後のコーヒーを飲み終わっても妻は起きてこなかった。どうも変だなと僕は思った。妻が(例え遅れることはあっても)食事の席につかないことは今までになかったからだ。

 少し迷ったのだけれど、僕は先に山に行くことにした。きっと妻には食事をしたくない理由があるのだろうし、僕には夫としてそれを尊重することができる。

 夫婦とは互いの自由選択の結果によって成り立つのだ。

村上春樹「桃を巡る冒険」)

2017-02-05

村上春樹の新作かあ

昔の上司が顔もアレで手足も短くて容姿がアレな人だったんだけど、村上春樹とかウォン・カーウェイとか大好きで

「ああ、この手の作品ってこういう感じの人達が支えるのか」と妙に納得してしまって以来、そのイメージが払しょくできん

2017-01-22

イギリスでの「君の名は」(今更だがネタバレ注意

残念だがそれほど人気がない。

俺は英国在住のおっさん年始ロンドンで見たが、そもそも上映している映画館が少ない。毎日上映している映画館ロンドンで2-3か所。860万人住んでいるのに。

月に数回上映がそのほかに数か所。以上。ザッツオール。公開後1月以上経過しているから減ったのだろう。

客の入りは5割くらいで、そのうち6割がイギリス人、4割は東洋人。中国人韓国人日本人

イギリスメディア君の名はを絶賛した、という記事は俺も見た。口コミサイト評価も見てみたが、非常に良い。

更には上映後のイギリス人の反応を観察してみたが、満足そうに見えた。

ゆえに入口でのハードルなのだろう。ただし内容について「感動」「ラブストーリー」というよりは「展開が早く引き込むストーリー性」「映像の綺麗さ」が評価されているように思う。

若者ラブストーリーである君の名は」がイギリスアジア圏のようなヒットにならない理由は以下のように推察している。

欧米ではおおむね共通ではないかと思う。

アニメ子供オタクのもの

今でも完全にそうです。宮崎アニメのように家族で見に行くならともかく、ラブストーリーアニメで見ようという発想は世間若者に全くないように思うし、他人に知られたら恥ずかしいことと思われる。

なお本作では奥寺先輩が煙草を吸ったり、瀧が酒を飲んだりするので12規制がかかっている。

・瀧と三葉は欧米人から見て魅力的か

作品にのめり込めるか、一番重要なのはこの点だと思う。瀧が三葉が男性として女性として魅力的に描かれているか

多くの日本人には、瀧はイケメン、三葉は高校時代は可愛く大人時代美人、という設定に異論はないと思う。

欧米人から見ると、経験に基づく推測だが、瀧も三葉も体が薄っぺらすぎる。

瀧は本人のときでもかなり「中性的」に寄っている。欧米人からジャニーズ中性的子供に見えるということと同じである

(3人組のうち)高木くらい男くさいほうがいい。イギリス人は瀧に対してこう言いたくなるだろう。「もっと肉を食え、ラグビーで体を鍛えて、女性を守れる男になれ、髪形もベリーショートリーゼントしろ」(適当

三葉は単純に子供に見えていると思われる。もっとグラマラスな魅力が出てこないとラブストーリー主人公という雰囲気が出てこない。シャイ性格マイナスだ。瀧の三葉くらい気が強いほうがウケる作品内でもそうだったが)。

イギリス人ラブストーリーは顔を0.3フィートくらいの距離まで近づけてロマンティックな言葉を囁きあう感じなので、瀧と三葉の恋愛動作は非常に幼く見える。こちらの高校生結構オトナである

山頂で出会うシーンもイギリス人なら、強くハグして、濃厚なキスをして、0.3フィートである(超適当)。名前を書きあっている場合ではない。出会って3秒でハグキス0.3フィートである高校生にそういう描写が許されているのかは知らない。

ラストシーンでいったん声をかけずにすれ違ってしまうシーンには、階段の一番下から大きく手を振って「Hey!!!, I think I met you sometime and somewhere!!!」と大声を出さないのか不思議であろう。奥ゆかしさは理解されてもそこから生じる感動は理解されないと思う。実際に泣いている人は少ししかいなかった。クライマックスの「すきだ」も字幕からね。手によくわからん文字が書いてあって字幕I love youちょっとねえ。


日本人おっさんである俺にとってどうだったかというと「超面白かった」。イギリス日本、機内の計3回も見てしまった。最初に見たのは機内だったが、中年おっさんうるうるしているのを見てCAさんはドン引きしていたことであろう。少し気になるのは日本での作品への「評論である。確かに整合性おかしいところは多い。私は3年のずれに気づかないことよりも、この広い宇宙隕石1200年周期で同じ場所を直撃することのほうが超天文学的確率というか、分母が10の何乗になるのか、そのほうがずっとありえないと思いながら見ていた。変電所の爆破は中部電力に連絡が行ってしまったので町を救ったからお咎めなしになるものではあるまい。ああい会社は融通をきかせるのが難しい。テッシ―の「髭剃れ」の話は収監されていたから?などとも思った。しかしながら、内容の整合性に難があってもそれ以上の魅力で引っ張ってくれれば私はそれでいいと思う。官僚銀行員のような減点主義映画を見てもつまらんでしょう、と個人的には思う。

キネマ旬報ベスト10がどういう選考基準なのかHPを見てもよくわからなかったが、アジアで数千万人を引き付けた映画よりも、日本映画だけでも10個も上位があったら、それって大ニュースなのではないかと思う。売れる映画と良い映画は違うというのは一部分かるが、それよりはもっと簡単説明できる言葉があるのではないかスノビズム大衆は見る目がない、ということだもの

同業の監督評論家の「売れる要素だけ詰め込んだ」とか「モチーフがありきたり」の批判に対しては、おっさんは長く生きているので、30年前の「ノルウェイの森騒動を思い出す。「100%純愛小説」と付けてクリスマスカラーで売り出した同書は「君の名は」と同様に爆発的に売れ、今ほど有名でなかった村上春樹スターダムに押し上げると同時に、評論家から「誰でもかける薄っぺら通俗小説」「ありきたりの三角関係」などの多くの批判が浴びせられ、その騒動村上春樹は心を痛めて日本を離れた。彼の作風にも影響が出てしまった(軽妙さが失われた)と思っている。

俗流日本論にはなってしまうが、やはり日本嫉妬文化根深い、と日本を離れて思う。

海監督が村上春樹級なのかは知らないが、売れれば批判する人たちがいるのは世の常なので、どうか気にせず頑張ってください。

2017-01-19

村上春樹症候群と弱さ

高校時代から7年ほど付き合った彼女と別れて、半年が過ぎようとしている。

元彼女と別れて以来、首輪を外されたぼくは、節操無く女性と遊んでいる。そして寝ている。

べつに、合コンに行ったり、渋谷ナンパをしたりしているわけではない。ふらっと知り合った人と、そのままなし崩し的に関係を持つ。

親密になると、彼女たちはぼくに要求するようになる。抱いた男の責任というやつだろうか。普通カップルとして、当たり前にやるべきことを要求してくるのだ。

ぼくは、それが嫌いで逃げる。そのたびに、彼女達は多少傷ついているのだろう。そういうことを繰り返すと、ぼんやりとした空虚気持ちと、彼女たちを切り捨てることへの罪悪感がのしかかってくる。

村上春樹的な出会いと別れを繰り返すが、彼女たちは物語の中の登場人物ほど聡明でも、ミステリアスでも、メンヘラチックでもない。ただの女の子で、ぼくもまた主人公ほどクールに別れを演出することもできない。

2017-01-15

村上春樹新作タイトルを、著者名隠して発表した結果

父「ラノベ乙」

母「そんなの読んで恥ずかしくないの?」

妹「お兄ちゃん、今年もキモオタ脱オタしてよ」

姉「騎士団長?だれの新作?受けになりそうな部下いる?」

幼馴染「あっ?また村上春樹に興味持ってくれた?風の歌を聴けから貸してあげるね?(←2年ぶり3度目)」

近所の糖質「ァスボロナンドン、ピィィェエー!(足を踏み鳴らしながら)」

近所の中学生「お兄さん書いたの?ダッセーwww

近所の不良「なにコイツまじウケる

近所のおばさん「あの、なんだっけ、オッパイの大きい、あの娘と、経済番組に出てる、あーそう村上さんのやつでしょ?テレビで見たの」

祖父「」返事がない、ただの位牌のようだ

2016-12-22

https://togetter.com/li/1060318

村上春樹ドストカフカ文脈厨みたいなところがあってオタクぽいんだけどな。

百姓レイとか読んでていやらしいもの。あーこの辺がマリアだなとか。この犬の下り冒涜の話しだ云々。

こっちは日本人から

ラノベも純文も内容のくだらなさはさほど違わないような…? ラノベ読んでれば新語略語スラングに強く、純文読んでれば堅くて古い(≒年配ウケがいい)語彙が増えるというメリットがありますね。デメリットとして厨二臭くなります

わかる

あ、『ラノベとその読者を見下したいっ!』ってなんかラノベタイトルっぽくない?

最後のたいっ!っていう跳ねる+エクスクラメーションラノベっぽさを出してる気がします。『ラノベとその読者を見下したいブンガクの人々』ってやると、新書っぽいか

ww

2016-12-21

なりたい顔ランキングで思い出したけど

高校同級生鈴木宗男村上春樹系統ゴリラ顔してた奴がいたんだけど

サラサラロン毛でごまかしてた奴がいたな。

キムタク江口洋介ブームも終わり社会人になり、今はどうごまかしてるんだろうと思い出した

あの頃って、ロン毛である程度ブサイク隠したりキャラチェンジできたから良かったよね

今はFF主人公みたいな髪形してるオタク見ると吹くだけだし

2016-12-20

小説ラノベの違いを教えてください」

まず、文字を使った表現物のことを総じて「文学」と呼びます



小説」は、文学のうち「散文で書かれた虚構物語のものを指します。



「散文」の対義語は「韻文」です。詩のように同じ響きの言葉を繰り返したり、短歌俳句みたいに決まった形があるものを、韻文と呼びます。逆に言えば、散文はそういった決まりのない、いわゆる普通文章を指すことになります



散文で書かれた文学としては、他にも随筆評論などがありますが、それらと違って小説は、基本的虚構が書かれています(「事実をもとにした小説」とかもありますけど…)。



その小説の中で、娯楽性よりも芸術性を重視した作品を「純文学」と呼びます一般に、石原慎太郎村上春樹村上龍などは、純文学作家とされています



純文学と対になるのは「大衆文学」であり、芸術性よりも娯楽性を重視した作品となっています。たとえば、東野圭吾伊坂幸太郎湊かなえなどは大衆文学作家ということになります



芸術」「娯楽」という言葉もなかなか曖昧で、明確な線引きはできないものですから、「何となく雰囲気でそうなっている」くらいに思ってください。ちなみに、「芥川賞」は純文学の賞、「直木賞」は大衆文学の賞となります



以上から分かるように、「ライトノベル以外の小説」を示す意図で「小説」「文学」「純文学」といった呼称を使うのは誤りです。「ライトノベル以外の小説」を指す言葉としては、あくまで便宜的なものですが「一般小説」「一般文芸」などがあります



さて「ライトノベル」の話になりますが、ライトノベルが「娯楽性を重視した小説であることは間違いありません。つまり分類としては大衆文学に含まれることになるでしょう。



ひと昔前は、ライトノベル定義するにあたって「イラストが付いている少年少女向けの小説」としておけば、ひとまず間違いはありませんでした(実はイラストのないライトノベルもけっこう出ているんですけどね)。



しかし、近年のライトノベル積極的にその範囲を広げ、さまざまなジャンルを取り込んでいますライトノベル出身作家一般文芸活躍することも増えてきました。



ライトノベル一般文芸中間を狙った、いわゆる「ライト文芸」のレーベルも多数創刊されています。それらの対象年齢は20代40代あたりで、とても「少年少女」とは言えません。



イラストについても、いまでは幅広い作品に付くようになり、それをライトノベルだけの特徴とみなす風潮も薄れつつあります。そもそも「挿絵付きの小説自体は、古くから当たり前に存在するわけですからイラストの有無だけで区別しようというのがナンセンスなのかもしれませんね。



そういったわけで、いま「ライトノベル」と「ライトノベル以外」の垣根は急速に消失しつつあり、同時に明確な「違い」も無くなってきています



イラストが付いている少年少女向けの小説から、「イラストが付いている」と「少年少女向けの」を抜けば、あとは「小説しか残らない道理です。

2016-11-29

はてなブックマークで上がってたから「真顔日記」っての読んだけど、

これめちゃくちゃ気持ち悪いなw

村上春樹の本を読んでるみたいな感じの気持ち悪さw

鳥畑立ったわwwww

キモくて途中までしか読んでないけどとにかくキモい

真顔日記って人気あるん?

2016-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20161125211245

豊洲関連の話題を扱ってたときの噛みつき具合からは「なんか利益誘導しようとしてるのかな?」くらいだったんだけど、

ここまで執拗にねっちょりエセ村上春樹的な「ふう、やれやれ論調でしつこく小池批判を繰り返してるのを見ると

それだけじゃない何か心の闇に直結する闇があるんじゃないかって思えてしまう。

小池批判して炎上狙いでPV稼ごうとしてるのともちょっと違う気がして、はたしてどれほど憎しみがあるのかと邪推してしまいたくなる。

2016-11-20

過去施設で育った実験体という設定(加筆)

施設研究されている超人的な子供という設定の中興の祖はAKIRA大友先生にあると思う。オマージュとして定番になってる。

幾原邦彦もやってるし、元々パロディアニメっぽいパンチラインでも幾原から孫引きオマージュが用いられていた。

オマージュアニメの側面があるフリップフラッパーズ最新話でもそうだし、キズナイーバーでも用いられている。

ところが割と複雑で、アニメに興味のない村上春樹1Q84の中で設定として施設育ちの設定を出してきている(厳密には違う)。

原作品の幾つかで村上オマージュされたことは割と常識的な話だったりする。しかし話はこれだけではない。

村上の方でも当たり前のようにオウム真理教意識されているし、これはオマージュ先の幾原の方でも行われている。

要するにあのへんの作品群は大体オウムから来たものだったが、孫引き孫引きが多くてそう簡単でもないよ、という話。

最近オマージュを重ねるごとにオウム部分が次第にスポイルされる傾向にあって、

オウムという意味のみにおいては、大友先生が件の設定における中興の祖である、という意見は必ずしも当てはまらない。

ところが攻殻機動隊SSSにおける子供たちが政府に利用される下りのシーンやS.A.C.11の子どもたちの話は少し違う。

あの表現大友先生無しで成立し得たかどうか疑問だと個人的には思っている。特にオウム臭いがしないからだ。

更にそこから派生したメタルギアソリッドシリーズでも「恐るべき子供たち計画」が用いられており、既に二次二次で原型をとどめていない。

もっとMGS攻殻機動隊のものに強く影響を受けすぎているので、引用として不適切かもしれない)

こうしてみると単なる実験施設ヘッドギアをつけた宗教団体行為が、大友克洋その人によって「子どもたちへの実験」という体裁を帯びたことも見えてくる。

逆接の逆接だが、こうした意味では大友先生はやはり「実験される子どもたち設定」を作った中興の祖である

と言ってもそれほど的外れではないと思う。



白装束を着た少年たちが意味ありげ施設ブツブツ言う、という設定は見飽きてきたなあ、と感じたので個人的に思い起こしてみた。

未見の人にとっては面白けりゃなんでもいいと思う。自分個人文脈棍棒を振り回す人たちが大嫌いなので。

というかあの事件後に生まれ世代がいるということの方に隔世の感を覚えざるを得ない。つまりあれが相当やばい事件だってことが空気ごと伝わらない。

村上1Q84で述べた「空気」はそうした分岐点としての境界線も入っている。



後記:

原文にてタイガーマスクが云々というツッコミが入りましたが、仮面ライダータイガーマスク改造人間ヒーロー文脈です。

指摘としては全く的を射ていないと思います



残響のテロル、未見なので見てみますノイタミナに外れなし。

過去施設で育った実験体という設定

施設研究されている超人的な子供という設定の中興の祖はAKIRA大友先生にあると思う。オマージュとして定番になってる。

幾原邦彦もやってるし元々オマージュアニメっぽいパンチラインでもそのオマージュが用いられていた。

こちらもオマージュアニメの側面があるフリップフラッパーズでもそうだし、キズナイーバーでもそう。

ところがこのオマージュは割と複雑で、アニメに興味のない村上春樹1Q84の中で設定として施設育ちの設定を出してきている(厳密には違う)。

原作品の幾つかで村上オマージュされたことは割と常識的な話だったりする。しかし話はこれだけではない。

村上の方でも幾原の方でも当たり前のようにオウム真理教意識されているし、これはオマージュ先の幾原の方でも行われている。

要するにあのへんの作品群は大体オウムから来たものだったのだが、最近オマージュを重ねるごとにオウム部分が次第にスポイルされる傾向にあるとも言える。

そうした意味では大友先生が件の設定における中興の祖である、という意見は必ずしも当てはまらない。



いい加減白装束を着た少年たちが意味ありげ施設ブツブツ言う、という設定は見飽きてきたなあ、と感じたので個人的に思い起こしてみた。

未見の人にとっては面白けりゃなんでもいいと思う。自分個人文脈棍棒を振り回す人たちが大嫌いなので。

というかあの事件後に生まれ世代がいるということの方に隔世の感を覚えざるを得ない。

まりあれが相当やばい事件だってことが空気ごと伝わらない。

村上1Q84で述べた「空気」はそうした分岐点としての境界線も入っている。

2016-11-08

日銀異次元緩和政策の「その後」>

"21世紀における金融政策” (教科書、2062年出版)より

日銀異次元緩和政策の「その後」>

  2012年の安倍自民党政権成立後、日本銀行金融政策実施に当たって政府との連携を強め、年率2%のインフレ実現を目標に掲げて、「異次元緩和」と呼ばれる大胆な金融緩和策を実施した。   

  2013年以降、日銀国債ETF指数連動型上場投資信託)を最初毎年50兆円、そして80兆円づつ買い続けた。さらに2016年には「マイナス金利政策を導入し、イールドカーブ人為的操作にも手を染めた。

  それらの結果、2018年4月時点で、日銀国債保有割合は発行済総額の5割に達し、ETF総額に占める日銀保有割合も8割に達していた。

  にもかかわらず、日銀はまだ2%のインフレターゲットに達成することができなかった。2017年の物価上昇率わずか0.3%であった。

  「もう買うものがない。」というのが2018年度を迎えた日銀にとって最大の問題であった。

  市場流通している国債が極端に少なくなっていく中で、日銀による国債の買入れオペを拒否する金融機関が出始めていた。

  2018年4月に黒田総裁の後を承けて就任した石黒総裁への圧力が高まっていた。

  そんな中、同年5月中旬日本基幹産業である自動車産業の雄トヨタ自動車本社を置き、日本のみならず世界有数のものづくり拠点でもある愛知県において、マグニチュード8を超える巨大地震が発生した。

  地震発生から24時間以内に、東京ニューヨークロンドンなど、世界為替市場で、円が対ドルで110円から130円まで一気に下落した。それまで「安全逃避先資産」とされ、発生地日本であろうが、世界のどこかで危機が起こったときに大量に買われていた円が、初めて売り浴びせられ、暴落したのである

  日本政府はすぐ復興債を財源とした大型補正予算を発表したが、それまで毎年のように編成されていた補正予算に景気浮揚効果はなく、補正以外にこれといった対策を講じることの出来ない政府経済政策への期待はもはや皆無であった。日銀による緊急対応を求める強い声が経済界からが発せされた。

  就任直後から厳しい立場に置かれていた石黒総裁は、この期を逃さずに早速手を打った。

  日銀は5月26、27日に緊急の政策決定会合を開催し、政府が発行する復興債を直接全額購入することを発表した。同時に、それまで手を出さなかった「実物資産」についても買い始める、という新しい政策枠組みを発表した。

 

  実物資産として日銀が選んだのは、なんと芸術作品であった。

 

  日銀による芸術作品買入れ(「芸術作品買い入れオペ」と呼ばれた)の枠組みは、以下の通りであった。

 ① 政策発表から2週間後、日本国籍保有している者は誰でも、その保有する芸術作品骨董品日銀に売ることができる。日銀は適切な判断に基づいて値段を決めて現金で購入する。売却は一人一年に一回のみだが、複数アイテムを同時に売却することは可能とする。

 ② 高齢世代(先の世代)が書画陶器など多くの伝統芸術資産保有している一方、若い世代はそのような伝統芸術資産保有していない。そこで、芸術資産を持っていない個人・家庭からは、手作り芸術作品や新たなカテゴリー芸術作品を購入することとする。

 ③ 日銀は、都道府県ごとに購入した芸術作品を展示するための「アートスペース」を設置し、購入した芸術作品一般に公開展示する。入館料は大人500円。障害者12才未満の子供は無料。展示会の収入は全額震災復興寄付する。

 ④ 芸術作品買入れオペは、年度単位で行う。即ち、オペ開始から一年後、日銀は購入した芸術作品をすべて焼却する。焼却は一般市民の参加による「焼却式」によって行う。この式の参加費は500円。焼却式後、日銀は改めて次年度の「芸術作品買入れオペ」を開始する。

 ⑤ インフレ安定的に2%を超える状態が達成されるまで日銀芸術作品買入れオペを続ける。

  この日銀の新しい枠組みは、2000年代後半の世界金融危機後に欧米中央銀行採用された金融政策とは根本的な断絶を表すものであった。

  伝統的な金融緩和の波及経路は主に金利だと思われていた。即ち、中央銀行金融機関から国債などを買うことによって、銀行貸出金利を下げることができ、その結果、個人法人への貸し出しが容易となり、市中に資金提供される。

  他方、日銀の新しい政策枠組みは、金融機関を通さずに直接個人から資産を買うことによって市中に資金提供する、というものであり、かつ、購入した資産は定期的に廃棄、拙い手作り芸術作品には事実上セカンダリー市場が皆無であったから、定期的に保有資産消滅していくこの新しい政策には出口がないと日銀が暗黙に宣言したも同然であった。 実際日銀は、新しい枠組みによって増えたマネタリーベースはそのまま放置するつもりであった。

  日銀がなぜ国民に直接現金を配らず、敢えて「資産」を買ったのが当時批判されたが、数年後に発表された決定会合議事録によると政策委員現金配布という手法に対して懐疑的だったことが明らかになった。

  景気が改善しても現金配布ー現金のばらまきーをやめることは政治的に極めて困難、事実上やめられないのではないか、と過半数政策委員懸念を示した。資産を買って現金を渡すという仕組みにすれば、国民芸術的衝動芸術資産がいつか枯渇されるため日銀スムーズにテーパーリングできる、と多くの政策委員が考えたのである

  発表から2週間後、全国日銀支店郵便局でこの「芸術作品買入れオペ」が始まった。当時の記事日銀統計によると、最初書画陶器など骨董品の買入れが多かった。遊び心のある作品も少なくなかった。毎日新聞記事によると、男性がお尻と手を会社コピー機でコピーをとって印刷したものを、日銀が20万円で買い取った。鴻海シャープ株式会社社員割り箸で作った家電が1億円で買い入れられ、日本経済新聞の一面に載った。

  しかし、買入れオペが始まってすぐ深刻な問題が起こった。日銀の「芸術」の定義あいまいすぎていた。メディアによると、砲身に「金融政策」と大書した張り子のバズーカ砲が日銀に買い取りを拒否された。女性器の形をしたティッシュ箱も断られた。

  芸術知識を持っていない中央銀行芸術価値判断するのはどうか、とアーティスト学者から批判が強まった。村上春樹特別記者会見を開き、中央銀行芸術を売るな、と国民に強く促した。

  買入れオペへの参加が低迷した。日銀がオペ開始から半年の時点で行った全国調査によると、日本人のたった1割がしかこのオペに参加していないことがわかった。同調査によると、60歳以上の世代は代々家に受け継がれてきた「家宝」を売ることを躊躇し、若い世代仕事育児で忙しく芸術を作る暇がなかった。さらに総じて見れば、日本人はあまり芸術作品を売ったり買ったりすることに興味がなかった。芸術実物資産として考える人たちはそれほど多くはなかったのである

  市場では、震災直後の暴落から回復した円がドルに対して日々高くなっていた。景気は引き続き低迷し、むしろ後退に直面していた。行き場のない資金市場彷徨する一方で、日銀微妙価値のある大量の芸術作品保有していた。

  もはや日銀政策の失敗から自力で立ち直れないと判断した石黒総裁は、善後策を安倍総理相談した。

  しかしながら、政府もまた、残された対策補正予算の早期執行復興債日銀直接引き受け位しかなく、為替市場に対しても株式市場に対してもコントロール能力を失っていた。

  ここに、いよいよ日本経済は完全に行き詰まった。

  安倍総理は、危機に直面した時、歴史上多くの指導者選択した「最後選択肢」を選ぼうとしていた。

  尖閣列島を含む東シナ海シーレーン防衛のため、日本自衛権行使軍事行動を起こす、と安倍総理宣言した。

2016-10-25

2chのなろう風毛沢東伝記がおもしろかった

一時期「村上春樹風に○○を書く」が流行ったが、それと同じく「なろう風」伝記が流行ると面白い

小中学生歴史入門書として、学研歴史漫画とかよりも作るコスト安いし、子供の手に取りやすいかもしれない



1 :風吹けば名無し@\(^o^)/:2016/10/24(月) 16:18:02.52 ID:E610JJPH0.net

土地が痩せて、米の収穫量が奮わず…我々は飢えに飢えております…」



なんと、我が国は未だ食糧不足に悩まされているらしい。

思わぬところで我が国の後進性を目の当たりにし、頭を抱えたくなる。

しかし、人民の窮乏を見逃していては理想社会を作り上げることなど叶わない。私は落ち着いて人民に問う。



「君、自分の口と手の数は数えられるか?」

「ええと…いち…いちに…口は一つで手は二つでございます

「そうだろう、つまり食べる口が一つで、働く手が二つあるうちは我々は飢えることはない」

!!!!」



つの口が物を食べている間に、二つの手で食糧を作り出す。

一つ消費する間に二つ生産することができる。

こうすれば食糧が不足することはない。



「なるほど、つまり人口が増えるたびに食糧生産能力も比例して増えていくということですね!」

「そうだ、そうして作ったもの平等に分配すればこの国、いや、世界悲惨というものはなくなるのだ」



「産めよ、増やせよ、地に満ちよ。一番の解決策は人口を増やすことだ。子を養えるか、などと臆する必要などない」



しかし、子が育つまではどうすればいいのですか」

「うむ、緊急的な解決方法としては、稲を植える感覚を半分にすることだ。同じ種類の植物は互いの成長を阻害しない。

これだけで2倍の収穫量になるだろう」

「後は、稲を食う害獣駆除する。具体的に言えばスズメなどだな」

人民から感嘆の声が上がる。

「さすが同志!」「我々には考えもつかなかったことです!」「こんな革命的発想を思い付くなんて!」

2016-10-23

ノーベル文学賞とか日本人が貰っても全然嬉しくない

仮に村上春樹が受賞したとしたら

本当の受賞者たる資格があるのは村上春樹作品外国語翻訳した訳者であろう

審査員日本人以上に日本語精通しているというのであれば別である

そうでなければ本当の意味で受賞に値するかどうか他の作品比較することなどできないのだ

から日本人文学賞を受賞してもノーベル財団の連絡など全部無視してほしい

それは真の意味あなた作品理解して選んだわけではないからだ

2016-10-16

村上春樹以外いないのかよ?

ラノベかいゴミを量産する国には他にいるはずもないか

http://anond.hatelabo.jp/20161016110155

自分は何もしないけど誰か頑張ってねというくだらない無責任な内容を婉曲な表現で書くことだけ得意な

典型的村上春樹好きのクズ

電通過労死村上春樹

自分若い頃、よく「自分の殻を破ってこそ一人前だ」的なことを言われた気がする。

その「殻を破る」とは、例えば宴会で一気飲みして記憶を失うほどになるとか、度胸試し的なものだった気がする。

そんで自分はなかなか殻が破れなくて、社会人として生きていく自信ないなぁと思ってた。

しかし今になって、そういったものへの嫌悪をみんながネットで表明するようになって、あれは決して絶対的ものではなかったんだなと思った。

そんでたぶん、「自分の殻を破る」の延長線上にあるのが、中川さんやトイアンナさんの記事など電通過労死に関連する記事に書かれていることなんだなと思った。

http://jnakagawa.blog.jp/archives/1061586847.html

http://toianna.hatenablog.com/entry/2016/10/15/102629

要するにあれは社会人として一人前というより、組織人として使い勝手が良いか指標だったのかなと思う。




そんでふと、ほぼ同時期に話題になってた村上春樹のことを思い出した。

ノーベル賞を取れない理由として、政治性やメッセージ性がないからと分析されているのを読んで、なんとなく彼の「卵と壁」を思い出していた。

http://anond.hatelabo.jp/20161014174630


「卵と壁」になぞらえるなら、電通などの企業社会は「システム(壁)」で、卵は個人だ。過労死した高橋まつりさんだ。

卵は壁に叩きつけられ、自我の形を無くし、壁に吸収されることを余技なくされた。

村上さんやその他の大勢自分の殻を護ったままクリエイティブでいられる例もあるのに、殻を破らないとクリエイティブになれないと刷り込まれていたのかも知れない。

(そんで殻を破った電通的なクリエイティブより、自分の殻の中の世界表現している人のほうが今の時世では共感を得やすい気もするし)




ということで、何年も前に村上さんはこういったことを言っているのだけど、婉曲的で控えめがゆえに「メッセージ性」としては弱い。

なぜ弱める必要があるかというと、メッセージ性が強く、世の中を動かそうとする意図を持ってしまうと、自分が「壁」の側になってしまいかねないからかもしれない。

ノーベル賞権威であるから壁の側だ。そして彼が卵の側でいる限り、政治的ではあり得ない。




話があっちこっち行くけど、個人的には村上さん方向でクリエイティブでいたほうが今後未来があるのではないかという気がする。

今の私たちが、昔はしょっちゅう戦したりハラキリしたり野蛮だったんだなぁと思うように、組織自我尊厳を奪われ、過労死させられるなんて昔の日本野蛮だったんだな、って世界になるよう、若くて賢い人たち、がんばってください。





※あ、私もがんばります

2016-10-15

もし村上春樹ノーベル賞を取っていたら

ニュースで知ったのだが、今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅教授神奈川県大磯町在住だそうだ。

そして村上春樹も、今は住んでないだの家自体はまだあるだのいろいろ言われているが、大磯に長い間住んでいたのはファンには有名な話。

もし村上春樹ノーベル賞を取っていたら、大磯ゆかり人物が同時受賞として、ロングビーチと海以外なにもない我が地元も一躍脚光を浴びていたのかなとも思ったが、そもそも静かで何もないのが大磯のいいところだしな。

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