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はてなキーワード: ツイッターとは

2016-12-05

普段のツイで地雷の事を話す訳でもない、愚痴が多い訳でもない、RTばかりしてTLを埋める訳でもない。

でも、とにかく会話がかみ合わない。

なので、こちらから絡んでいく事はまずない。

嫌がらせを受けたわけでもないので、ブロックまでは必要いかミュートにした。

けれど、厄介な事にやたらこちらに話しかけてくる。

直接のリプはミュートでは対応できない。

どうしようもなくなってリプ蹴りしてしまう事もあったのだが、相手はなかなかに果敢だった。

相手になにを返そうか、そのまえにこの人は何が言いたいのだろう。

リプが来るたびに考えるのがもう嫌になってしまって、とうとうブロ解を選んだ。

すぐばれた。

フォローが来たが返さなかった。

ミュートに掛けたままだったので、相手のリプも届かなかった。

暫くすると、いつのまにかフォローが外れていた。

自分相手を苦手にしていると知っている別の親しいフォロワーさんが教えてくれたのだが、「とある人にひどい目にあわされた」と吹聴しているらしい。

タイミング的に、自分かなと思う。

確かに、突然ブロ解され、リプを送っても無視され続けた相手はショックを受けただろう。

(実際に自分にリプが来たのかどうかは正直分からない。知るのも嫌なので調べにも行っていない)

ももう本当に、相手と繋がっているのは嫌だったのだ。

喧嘩をした訳でもなんでもなくても、「合わないから無理」という事はありうるのだ。

こちらの身勝手にその対象にしてしまったのは申し訳ないと思うが、好き嫌いは理性でどうこうできるものではない。

これがリアルなら、関係性によっては会話を避けられない部分もあるだろう。立ち話は避けても、会釈くらいは返さないといけないだろう。

でも、娯楽でやっているツイッタータイムラインくらい、自分の好きにしてもいいではないか

「何もしていないのに切られてしまった」それは自分だって相手によっては大きなショックを受ける。

しかし、ツイッターとは本来そういうものではないか

自分固執するのはそろそろやめて欲しい。

自分あなたホームに行く事はもうないし、あなた発言はこれ以上こちらに伝わらないようにした。

去って行った人間にこだわらなくても、あなたの前には新しい出会いは幾らでも広がっている。

申し訳ありませんが、さようなら

増田ってふたばちゃんねるのことどう思ってるの?

mayとかimgとかjunって言ったら通じる?

これimg板のカタログです

http://img.2chan.net/b/futaba.php?mode=cat

カタログっていうのはふたばではスレ最初画像必要で、それをカタログにして載せてる機能です

よかったら使ってください

あとimg板では漫画キャプチャ画像を使ってのステマが盛んです

ゴールデンカムイとかここでステマされてました

ステマ成功後はあまり話題に出なくなる傾向がありますがあまりやりすぎるとアンチが付くので程々にした方がいいです

嘘喰いミノタウロス辺りまではステマされてましたけど売れだしてからはとんと見なくなりました

テラフォは火星が終わる少し前まではステマで伸びましたけど今はからっきしです

他にもうまるちゃんをヒットさせた功績もあります

基本的サブカル寄りの文化ですがちゃんとメジャージャンルにも反応しま

ワンピースとかナルトとか人気です

ブリーチはもうほとんど話題に出ません

ステマする際はここも利用してください

 

あとキャプチャ画像を使ったスレ立てもよくされています

ツイッター場合「ツイプリでスレ建て」などと言われています

僕の知る限りでは増田キャプチャ画像で建てられたところを見たことありせん

ヤフー知恵袋とか相談小町とかではあるのに、増田では一度も見たことな

これは増田ふたばの同時利用者が少ないということではないでしょうか?

増プリなどと言われてしまうと思います、やるとしたら

 

PS:

imgの人がアナル狂いというのは風評被害になるのでやめてください

増田=クソ漏らしといってるのと同じです

 

webm対応したせいでスマホ対応してないからつまらなくなった気がする

スマホからじゃ分からない

ツイッター創作実話で稼ぐ方法

shin5とか、てぃ先生みたいに、実話のように見せかけた作り話を投稿して人気を獲得、果ては金まで稼げるかもしれない時代がやって来た。

彼らのように創作実話で生きていきたい、そんな人々のためにアドバイスを書いておこうと思う。



ツイッターユーザーの8割はバカだと思う事

ツイッターユーザーの中で、きちんと情報の取捨選択が出来る人は圧倒的に少ない。

だいたいは自分に都合の良さそうな話や、善人になりたい欲を満たせそうな拡散希望などは平気で乗っかってくれる。

著作権的に問題のある画像でも面白ければ褒めてくれるし、パクツイだとしても気にしない。

これをバカと言わずして何というのか。

貴方の金ヅルになってくれる人々はバカの集まりである。チョロい商売だと思って気軽にやろう。


勝手に気に入ってくれれば、ずっと守ってくれる

例えば貴方創作実話が創作だと誰かに指摘された時、

「そっか、なんて酷いんだ!」と思う人は案外少ない。

特に一度その創作実話を信じ込んだ人は、「いや、私は事実だと思う」と信じてくれたり、

「いや、こうこうこういう事なら信ぴょう性はあるはず」と書いてもいない背景やら何やらを勝手想像してまでも守ろうとしてくれる。

彼らは創作実話が創作だったかどうかを気にしているのではない。

無意識のうちに、「自分創作をあっさり信じてしまバカであることを認めたがらないから、貴方を無理やり守るのだ。

そんな思惑の恩恵には、あずかっておくに限るだろう。


指摘は無視しよう

もちろん創作実話をする上で、創作だと看破してしまう人はある程度あるだろう。

しかし、騙されるバカの方が圧倒的に多いのが現代社会である

そして騙されるバカは、指摘する人々の主張に関心を持たないし、いちいち追うのを面倒に思う人達なのだ

創作パクリだと指摘する相手適当ブロックしておこう。

勿論、反論やら何やらは禁物である


設定に気をつけよう

筆者の設定は、出来る限りネット技術に疎そうな職種にしよう。

てぃ先生の「保育職」というのは、その最たる例である

逆に、間違っても「エンジニア」「プログラマ」「クリエイター」などを選んではいけない。

それらの職は世界が狭いので嘘が嘘だとあっという間に看破される。


固有名詞を出すのは出来るだけやめよう。

創作実話は嘘を書いてナンボなので、社名や個人名などを出して話すのは良くない。

下手をすると訴訟リスクにもなるからである

ただし、「マック女子高生」のような、当事者たちに関係ない部分で名前を出す分にはそこまで問題はないだろう。

勿論その場合は、出来るだけ全国区でごく自然に点在する店舗名などにすること。


これで君も創作実話クリエイターだ!

以上の項目を守り、センスある創作実話を発信すれば、貴方も人気者間違いなし!である

是非日常を嘘で彩り、人気を集め、雑誌なり何なりになってお金を稼いでみてほしい。

バカは誰も傷つかない。優しい嘘でバカが有難がって金づるになっていく世界体験し、

現代日本情報リテラシー感謝しながら美味いものを食べる日々を過ごしてみよう。

世界は変えられない。

例の「日本死ね」について。

思い返すと、この手の暴言にまつわる炎上騒動っていくつかあって、近年問題になってるヘイトスピーチとか、ツイッターから出てきた「アイヌ殺す」とか。「日本死ね」もその一つ。

個々の騒動をそれぞれ思い返してみると、「これは許せる」「これは許せない」「発言自由は認めるけどボコボコに叩かれるべき」とか案件ごとに対するスタンスって微妙に違ってくるんじゃないかと思うんだよね。

例えば、

在日へのヘイトスピーチ公権力規制も辞さないが、待機児童問題顕在化させる意味でも「日本死ね」はドンドン言うべき。

みたいな人もいれば、

◆ 「日本死ね」は言葉かいを慎んでほしいけど、文脈的にも特に害意のない「アイヌ殺す」までは叩かれなくてもいいんじゃない

みたいな人もいたり、

表現の自由に照らせばどのケースも「発言自由自体は守られるべき。規制などもってのほかだ。

ネット上と言えど、公空間で「死ね」だの「殺す」だのという言葉かいは認められるべきじゃない。どのケースでも規制視野にいれるべき。

◆ アベ政権がとにかく嫌い。政権への攻撃材料になるのなら何でもウェルカム

みたいな人もいると思う。濃淡もあれば偏りもある。「これはOK、でもこれはNG」ってどうなの? と言いたくなる気持ちもわからなくはない。

だけど、よくよく考えればそういう「偏り」があるのって、ある意味当たり前なんだよね。

○○を貶されるのはどうでもいい、けど□□を否定されるのは我慢ならない。

例え理屈は立たなくても、感情レベル対応に差が出てきてしまうのはもうしょうがないことだ。僕らはマシーンじゃない。許せるものもあれば、許せないものもある。

だけど、ちょっとでも自分の中に「多様な物の考え方を許容したい」という思いがあるのなら、何かを「許せない」「叩き潰したい」と思った時、一歩立ち止まって、

相手にも許せるものと許せないものがある。自分がそうであるように』

と思いを巡らせてみるべきなんじゃないか

自分が許せるものが、相手には許せないかもしれない。相手が許せるものが、自分にとってそうじゃないように。

僕らは自分相手の間にある深い断絶を認めるべきだ。相手自分が違う人間であることを認めるべきだ。「世界は変えられない」と認めるべきなんだ。

そこを認めていかないと、行きつくところは言葉通り、自分相手が「死」ぬしかなくなってしまうよ。

http://anond.hatelabo.jp/20161205104107

思い付きのデタラメ適当に断定口調で書き散らかしてる人

はてなというかツイッター界隈では一部で有名でTogetterまとめを通じてはてなでも多少知られてきた感じ?

定期的にツイートを消しては今度は全く逆の内容のことを言い出したりする病気の人なので

信じて人に話したりすると恥ずかしいことになるよ。

日本死ね」はなぜ燃えたのか

結論から言うと、ウヨとサヨの対立から

言葉遣いが悪い」「子供に真似してほしくない」といった否定の声が上がっているけれど、言葉遣い問題なんてたいした可燃性はない。実際今回の流行語大賞では「ゲス不倫」というとても綺麗とは言い難い言葉が選ばれているけれど、それが言及されるのは「日本死ねはいかがかという話題のついでに触れられる程度で、まったく燃えていない。反発を招いている根っこは言葉遣いにはなく、わかりやす攻撃できる箇所として言葉遣いの汚さが選ばれていると見るべきだ。

根っこにあるのは党派対立であり、右翼たちの反発を招くポイントが含まれているがゆえに右翼たちによって燃やされているのだ。

では右翼たちの反発を招く真の炎上ポイントはどこか。

ひとつめは死ね対象日本であること。

そしてふたつめは野党に利用されたという点だ。

右翼たちは愛国を掲げている。日本は素晴らしい国であり、日本攻撃されることは許せない。

そんな右翼たちにとって、「日本死ね」は感情的に反発せざるをえないフレーズだったのだ。

石原慎太郎氏は件の増田に対し「こういうこと言うんだったら韓国でも中国でも行ったらいいんだよ」と発言している。また、流行語に選ばれたあとのネットの反応に「日本死ねがいいんだったら韓国死ねもいいのか」というものが見受けられた。

元々の話題日本の保育行政待機児童問題であったはずのものに対して韓国名前が出されるというのはかなり唐突に感じる。

しかし、日本死ね反日韓国という連想ゲームがなされたのだと考えると非常に自然理解できる。

元は単なるネット上での話題に過ぎなかったもの民主党(当時)の山尾志桜里氏が国会で取り上げたことで全国区話題となり、流行語大賞において受賞者に選ばれたのも山尾志桜里であるというのも重要ポイントだ。

右翼たちにとって民主党民進党)は敵である。敵が手柄を上げてニコニコしているというのはこれはもう大いに気に食わない。少しでも攻撃できる箇所があるなら叩かずにはいられないだろう。


ここで議論の発端となったつるの剛士氏のツイートを見てみよう。

@takeshi_tsuruno

(´・ω・`)oO(『保育園落ちた日本死ね』が流行語。。しかもこんな汚い言葉国会議員が満面の笑みで登壇、授与って。なんだか日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました。きっともっと選ばれるべき言葉や、神ってる流行あったよね。。

皆さんは如何ですか?#流行語大賞

2016年12月2日 08:18


ここで批判対象となっているのはまさに山尾氏である。これは「民進党叩きツイート」であり、であるがゆえに民進党を叩きたいネットユーザーたちが共感を示し「炎上」に至ったのだ。

と、ここでこう疑問に思う人がいるだろう。つるの剛士別に右翼じゃないし、党派性から民進党叩きしてるわけじゃなくて素朴な感想を書いてるだけでしょ、と。

確かにつるの剛士氏は右翼として認識されているタレントではない。しかし、彼は右翼言説の影響を大いに受けているはずだ。

以下に彼がツイッターフォローしているアカウントの一部を列挙する。

百田尚樹

櫻井よしこ

高須克弥

WiLL編集部

西村幸祐

山際澄夫

石平太郎

石井孝明

三橋貴明

竹田恒泰

KAZUYA

青山繁晴ファン「淡交」

青山繁晴有本香語録

青山繁晴BOT

武田邦彦bot

この他に自民党維新の会議員も多くフォローしている。

はっきり言ってこいつをフォローしてるのは一発アウトだろと思うような偏った人物が何人もフォローされており、表に露骨に出さないだけで相当に右翼言説の影響を受けていると推測されるし、彼が中立立場からモノを見ているとみなすことは難しい。ツイートにわざわざ「日本人としても」などというフレーズ差しまれているのは右翼言説の影響なのだろうか…と穿った見方もしたくなる。



そして、左翼たちからすると関心の重点は待機児童問題にあり、言葉遣いが悪いだのなんだのいう論点はまったく本質的でない、もっともらしいだけのただの難癖に感じられる。件の増田の怒りに対して共感を覚えるがゆえに言葉遣いがどうのといって怒りが相対化されることが非人間的に感じられる。例えばいじめ被害者加害者を殴ったら暴力はいけないと言われる場合のように。

から左翼左翼で「日本死ね」叩きには反発をするし、左右で殴り合いになるのだ。



俺はネットでのクソの投げつけ合いが大好きだからこういうガソリンみたいなエントリを書いてるけど、建前ではこんな話はくだらなくて待機児童問題解決こそが大事だよなーと思います

来年はい一年になるといいねハム太郎

2016-12-04

回避グセを直したい

所属してるグループで飲みに行こう、と話が持ち上がっても、行けない、と言ってしまう。予定が空いていたら埋めてしまって行けなくする。

当日、ツイッターから楽しそうな様子を想像して、胸の中がモヤモヤした感情で一杯になって吐きそうになる。

辞められない。この負の感情支配されてる時、ああ生きているなぁと唯一思える。

でも本当は僕もその場に行って楽しい時間を過ごしたい。たぶん。


なんで行かないんだろ。

1つは、行かないって言ったら相手が残念そうな顔をするので、それでグループから疎外されてない、承認されてると感じられるから悪趣味だけど嬉しいんだ堪らなく。

1つは、僕が行くと場が盛り下がるかも知れないから。自分がこの場にいない方がいいと感じる瞬間が、この世で一番嫌い。いてもいなくてもいい、透明人間になったような、誰から必要とされていない瞬間。周りが動いているのに、自分だけ止まっていて、流れに竿を差している瞬間。


まだ実家暮らしてた頃。

僕は4人家族長男なんだけど、両親の愛は弟によく注がれていた。彼らの僕ら兄弟に対する向ける表情が違った。弟との会話と僕との会話で彼らの声のトーンが違った。4人で話していても僕は時たま無視され、弟と両親が笑っているのを僕は遠くから見ていたものだ。

そりゃあ、つまらない人間ですからね。

でも親に気に入られたくて、勉強は頑張ったし、反抗もしなかった。弟は勉強避けて反抗もしてた。なんだよ!!!

分かるけどさ。手がかかる子ほど可愛いんだろうし、僕の不満は己と親の価値観を同じだと思ってたから。

だけど透明人間だった僕の嫌な思い出は消えてくれない。


自尊心を守るために回避行動をしている。

毒たる僕が、わきまえて身を引いている。そう思ってる自分に酔ってる。

そんなことないよ来てよ、と言われて更に酔いが深まる。とても気持ちいい。


でも本当に欲しいのはコレじゃない。本当の人間関係が欲しい。

愛想笑いして付き合うことに何の価値がある。同調圧力なんて大嫌いだ。

違いを認め合っている関係、ていうか僕を受け入れてくれる人!!

依存か?

絶対に受け入れてもらえなければダメなんだ。

から、ある程度仲良くなったと思ったら、暴言を吐く、距離を置く。それでも僕を見捨てないでくれる人よ。僕はあなたに捧げよう。僕の真心全部。


こんなキモい奴は誰からも受け入れられない。

変わりたい。

死ぬ間際に、一人きりで後悔したくない。

映画この世界の片隅に』を見た戦争経験者と非経験者の感想

を、ツイッターインタビュー取材新聞投稿記事で見てたんだけど

戦争経験者たちが「あの時代は、このままじゃったよ」的に語っているのに対し

戦争経験者が「この時代もっと悲惨だった。綺麗に描きすぎ」と言ってるみたいなんだよね

戦争経験者に聞いた子供が「親(祖父母、曾祖父母)から聞いた話と一緒」という声も結構多い

戦争経験者が言っていることも、過去資料教科書教師から伝えられたことが間違いではない、とすれば間違いではないんだろうけど

経験者が言ってることの方が説得力があるし、あの漫画映画だって資料をめちゃくちゃ調べて描いているわけで

じゃあ、なんで非経験者がそういう風に思うようになったんだろう?

これは揚げ足を取るわけではなく、いつどこで経験者(生存者)たちが語る戦争が失われて行ったんだろう?

きっと理由があるのだろうが、あまり考えたことも無いので難しい。

ただそれこそ思考停止状態で植え付けられた先入観というもの存在するんだろうな、と。



今まであまり無かった形で強烈な反戦メッセージを込めて作られている映画を見て

これまでどんな世界自分がいたのかと、考え込んでしまっている。

SMAPに関するたたき合い

12月になった。

SMAP年末を持って解散するという。

SMAPのことを語ることは、すでにちょっとしたタブーとなりつつある。

事情も知らない部外者がなんか言ってるんじゃない」という批判を受けるからだ。

この初めて使う匿名ダイアリーも同じように怒られてしまうかもしれない。

  

署名運動が盛んになったり、新聞掲載都電ばんえい競馬TV局へのメッセージなどいろいろなところで何とか解散しないようにと活動するファンがいる。

彼女たちの活動に関して批判するわけではない。

自分の好きなアーティスト活動もっと見たいという署名

彼らが出演するメディアへのメッセ―ジ。窓口が設けられている以上悪くはないと思う。

ただ、「彼らが解散したくないといっている」「事務所解散させられる」「これはパワハラなんです」

こうなるとちょっとどうだろう?申し訳ないが気持ち悪さを感じてしまう。

それは事実かもしれないし、事実ではないかもしれない。それを憶測だけで書くのはどうなのか。ここは間違っていると思う。

「彼らの発言をみればそんなことを考える人ではないことがちゃんとわかる」

人の気持ちは変わるし、気持ちだけではどうにもならないこともある。そして、他人気持ちは変えられない。

彼らがもし、「解散したいか解散します」と発言したならば納得する人も多いかもしれない。

それがはっきりと示されていないことで混乱を招いたのはよくわかる。私の好きなもの活動が終わるとして、こんな終わり方で納得できないのもわかる。

もし彼らが本当に「解散したいんだ」と思っていたとしたら、存続を願うことは酷ではないだろうか。

でも「彼らが本当に解散したい可能性」を取っ払って考えたら、暴走ちゃうよなぁ、と思う。

  

一方でこうしたファンツイッターで裏アカウントだの愚痴アカウントだのを作ってたたいている人。

こちらも気持ち悪さを感じる。

グループファンを名乗りながらそのような発言をすることでファン自体、またタレントマイナスイメージが付くことがわからないのだろうか?

(こうしてここで匿名で書く私も同じかもしれないが、何をどこで書いてもたたかれるので。

私はSMAPファンでも、そのとあるほかのジャニファンでもないが、インターネット上でたたき合いをするいい大人たちのよくわからない争いは、もう見るに堪えない。)

何をしても事務所のせい、何をしてもI氏のせい。どちらもしていることはおなじではないか

もちろん良識あるファン存在することも知っているが、タグをつけてつぶやいたり、

プロフィール応援する人の名前を書いているということがどういうことなのか今一度考えてほしい。そういう人の発言が、一番目に留まりやすいのだから

  

私はとあるグループファンだった。

事情は違えど、彼らは唐突事実上解散した。解散というのは、メンバーが全員揃っていないこといいたい。

数名はグループ名を変えて活動した。国内国外いろんなところで。

残りの数名はグループ残留するかたちをとり、以前と同じグループ名で活動した。

ただ純粋に彼らの音楽を、彼らを応援していた人たちは突然スタンスの違いで攻撃あい、二度と分かり合えないような状態になった。

どちらも応援する人。

どちらかだけを応援するひと。

どちらかだけを応援して、もう一つのグループのことはファンタレントも徹底的に批判する人。

過去の姿が好きだっただけで、今はもう応援していない人。

そして、元のメンバーでの活動を望む人。

望まない人。

過去楽曲について、過去グループについて語ることはできなくなった。

当時の曲をいいよねといえば、「いまだに全員での活動を望んでいるお花畑一生懸命活動している彼らに失礼だ」と攻撃を受ける。

皆ただの一ファン芸能人にとってのなんでもない。過去楽曲を聴こうと、彼らの作りだしたコンテンツひとつにすぎないのだからいちファン糾弾されるのもおかしい。

事実上まだ作品流通しているのだからいいじゃないか

スタンスの違いなのか、いったいなんなのか。

私は心底疲れてしまい、彼らのことは全く応援しなくなった。たまに過去楽曲聴くが、名曲ぞろいだったなと思う。

  

話がそれたがSMAPファンも今こうなりつつあるのではなかろうか。

年末までの活動と割り切って応援する人。

そもそも一人のメンバーしかきじゃなかったという人。

5人でのグループ存続を信じて活動する人。

活動する人を否定する人。

25年も活動してきて、名曲もたくさんある。

当時の楽曲について話せなくなるのはおかしいし、5人または6人の話をする人は皆復活を望むお花畑だとたたかれないでほしい。

曲に罪はないし、過去に罪もないのだから

存続を願って活動する人。

それを批判する人。

どちらも今一度冷静になってほしい。

メディアに踊らされているのにメディアに頼る矛盾に気付いてほしい。

何の生産性もないたたき合いに何の意味もないことに気付いてほしい。

単なる一般人の私だが、SMAP報道が出た夜中にはびっくりしてしばらく眠れなかった。

当たり前にテレビに出ていた人にも当たり前はないのだと。

  

泣いても笑っても、おそらく今月末までというのは変わらないのだろう。

この残された一か月ですべきことはたたき合いだろうか?それとも根拠のない陰謀論を流すこと?同じCDを買いあさること?

本当に彼らのために何かをしたいと思うのならば、すべきことは何だろう?

ツイッターの悪質ネトサポ 500円

 ほんとコイツデマばかりながして本当悪質


消えて欲しい

http://anond.hatelabo.jp/20161204072351

君の名な。

違法視聴サイトを逐一教えてくれるツイッターアカウントがあったので、

みてみた・・

つまんねかった

2016-12-03

成宮はなんだかんだで好印象のタレントなのかな

薬物疑惑ゴシップが出たけど、ネタにするようなツイッターが出回ってまとめられてと

自分誤報であって欲しいと思う

そもそも流行語とかもうやめればって思う

ツイッタートレンドでいいでしょ

意味のないタグがウザい

Instagramでよく見る、タグとして作用しないタグがウザい。

例えば、

#Instagramでよく見る #タグとして作用しないタグ #ウザい

みたいな。

今ではツイッターフェイスブックでも見る。

#ネット警察の皆さん取り締まってください

2016-12-02

おめーらは努力してんのかよ?

電通とかブラック企業とか得意げに叩いてるけどさ、

おめーら努力してんの?

配慮してんの?



ブラック労働話題になるたびにリツイートするお前!お前だよ!

お前はなんで昼間ツイッターにかじりついてんだよ。

本腰入れてれば定時で終わった仕事じゃねえの?

それを昼間だらだらツイッターで遊んでおいて、

夜中になって「今日も帰れない」とか、休日に「自宅勤務」とかつぶやいてんの、ばかじゃねーの?



お前は1人で仕事してるんじゃねえんだよ、勤務時間中にお前が進めないと、俺らがしわよせを食うんだよ。

俺たちは常に巻いて巻いて巻いて進めて、それで必死で定時を守ってる。

なのに、お前が昼間遊んじゃった罪悪感から夜中や土日に勝手に働くワガママに、なんで俺たちが巻き込まれなければいけない?



俺は思う。

つぶやかれた残業ほとんどは怠惰によるものだ。

ほんとにヤバいとき、お前はツイッターなど開けないはずだ。

勤務時間10個以上つぶやいているお前、お前だよ。

お前はエクセルよりパワポよりフォトショより、ツイッターを開いているだろう。




ブラック労働に敏感な割に、お前は配慮ということを知らない。

必要もないのに深夜や夜中にメールを飛ばす。

100歩ゆずって土日や深夜に勤務が必要だったとしよう、

だが、他の社員に早急に作業してもらう必要がないのであれば、今すぐメール電話をする意味はあるか?

月曜朝に出社してから伝えればいいものを、まるで自分の手柄を報告するかのように伝えたがるお前よ、配慮を知れ。

イレギュラーイレギュラーとして扱うことから労働者の抵抗は始まるのだ。忘れるな。




他人無駄に働かせない配慮を、努力を、お前らはしているか

ブラック企業に抵抗する日々をお前らは送っているか

社会企業けが悪のように喚き散らかすお前ら、お前らがイチ歯車としてできることをしているか



この気持ち君に届け

http://anond.hatelabo.jp/20161202191020

意味がわからない

ツイッターアメブロでも探せばいるし

オンラインゲームとかやってる主婦といっただけで

オンラインゲームで知り合ったと言っているわけではない

第一回「フェミニストを描く祭」開催!

フェミニストを描く祭」を開催します。

あなたの思う、考えるフェミニストを、あなたセンスで描いてください。

画材サイズ写真映像、どんな形でも結構です。

描けたら、じぶんのブログツイッターフェイスブック等に、この当匿名ダイアリーURLリンクと「第一フェミニストを描く祭」という言葉を書いて、載せてください。

完成したら、いつアップしても構いませんが、一応ネット上展示会としての期日をもうけます

展示会としての期日は、12月11日から12月17日までの1週間です。

以後はそのまま掲載されてても、引き下げても、ご自由に。

私にとって最優秀作品と思えたものには、なんらかの形で連絡を取らせていただき、必ず金一封いたします。

みなさんの作品を、心より、楽しみにお待ちしております

2016-12-01

ちょまど氏の炎上対応について疑問をもちました

はじめに

ちょまど氏、またはXamarinコミュニティ炎上について他の方が書いているブログを拝見しましたが、

思うところがあり書いてみました。

  

ちょまど氏が叩かれている内容としてジェンダー問題技術力が無いetc...といくつかあがっておりますが、

私は彼女の「MSテクニカルエバンジェリスト」としての対応が叩かれる原因では?と感じました。

理由は下記です。

  

炎上したコミュニティへの対応

  

事の発端は、Xamarinコミュニティ勉強会においてひとりの参加者ヒエラルキーを表すスライドを発表したことがツイッター流出

「ちょまど氏が書いたものではないか」と一人歩きしてしまったのが始まりのようです。

  

そして、ちょまど氏は「私が発表したスライドでは無い」というツイートをし、

その後当該スライドを発表した参加者謝罪リプライを送りました。

  

ちょまど@MS入社して8ヶ月 @chomado

ハッキリ言いますが、

私は「Xamarinするならまず人脈」などとは一度も言ったことありませんし、勿論 全くそんなことは考えていません。

私の不在中、そのような内容のスライドに私の名前が使われたらしいのですが、

私はそんなことは言っていません。

この話はこれでおしまい

山本康彦@BluewaterSoft @biac

.@chomado ぁわわ、そんな話になってたとは。すみませんm(_`_)m

この場でいっときます

それを言ったのは私です! 断じて、ちょまどさんじゃありません。

2016年11月26日 21:33

  

しかし、その謝罪リプライに対してちょまど氏は何のアクションも取っておりません。  

  

この対応ちょっとどうなのかしら...と感じました。  

  

ちょまど氏はMSエヴァンゲリストであり、自社プロダクトのXamarin啓蒙する立場の方ですから

どちらかというと今回炎上したコミュニティ主催者側の人間のはずです。

そんな方がコミュニティへのフォローもせず、迷惑を被ったとはい謝罪した方のリプライスルーってどうなんでしょう?  

  

このとき社交辞令だとしても件のコミュニティに対して何かフォローアクションをとっていれば

現在より炎上を抑えられたのではと個人的には思います

  

Xamarin広告塔」としての振る舞いについて

  

MSエバンジェリストであるちょまど氏ですが、

広告塔」としての立場もかなり大きいかと思います。  

  

今回の炎上Xamarinコミュニティへの批判、ちょまど氏にヘイトを向けるような意見も多くあり、

炎上の部類としては結構ネガティブだと思います

そのため、Xamarin広告塔であるちょまど氏は炎上を避ける・沈静化させる行動に出るだろうと普通は考えます、が…

逆に炎上に油を注ぐようなツイートをしてて謎です。   

  

特に、以下二点はいかがなものかと。  

  

擁護ツイートリツイートする

①のスルーもどうかと思いますが、一度沈黙を決め込んだのならそのまま触れずにいればいいのに蒸し返すのはまずかったかな、と。

しか自分への擁護ツイートだけリツイートするのではアンチから自己保身」とますます叩かれ、炎上が長引いてしまうことが予想できます

・法的措置を匂わすツイートをする

ちょまど@MS入社して8ヶ月 @chomado

さっき上司に呼ばれて、彼の提案により法務部に相談することになりました!

4:29 PM - 29 Nov 2016

引用は控えますが、個人攻撃ではない意見レベル批判ツイートはけっこうありました。

  

このツイートだけだと、何が原因で法務部に相談するのかわかりません。

憶測憶測を呼び、批判意見自体の萎縮(もしかしたらそれが狙いなのかもしれませんが)、

やがてはコミュニティ内外での意見交換不自由さへつながることになると思うのですが、それで良いのでしょうか…

  

   

以上、一連の炎上対応には残念ながらがっかりしました。

なぜ自社の製品の魅力を伝える役割の方が、製品内容と全く関係ない炎上に火を注ぐ行為をしてしまっているのか…


まとめ

広報エバンジェリストってどういった立場で誰に何をする仕事の人でしたっけ?

Xamarin製品を使っているユーザーのためにも、これから使うだろうユーザーのためにもネガティブイメージを広げない行動をするべきなのでは?

  

最後

ごめんなさい…最後駆け足になっちゃいました。

結果としてこの書き込み炎上に加担することになるのではと思いましたが、

世代の女としてちょまど氏を応援しており、一意見として書かせていただきました。

ちょまど氏にはますますのご活躍を期待しております

anond:20161129234656

君の名は。」に潜む仕掛け―「無常」と「自我」の「対決」の物語

すでにこの映画を見て2週間は経つ。鑑賞直後の雑感は箇条書きで記してはいたのだが、一応もう少しまとめようと思い立ったのでここに記す。

おそらくほとんど人の目には留まるまいが、ネタバレを含むので、ここから以下はぜひ本作をご視聴の上でお読みいただきたい。

また、私自身はこの作品を1度しか視聴しておらず、またこの映画に関する情報パンフレット以外ほとんど(ネット上の評論も含めて)目にしていない状態であるので、思い違いや抜け、または同様の結論に至った他の方の評論がある可能性があることを了承されたい。

また、本文の後半でいくつかの仏教用語使用している。が、恥ずかしながら私の仏教知識は全くの独学であり、また理解もかなり浅いものである。もし仏教用語または知識に間違いがあれば、ぜひとも私のツイッターアカウント(https://twitter.com/gachikibou)またはメールアドレス(gachikibou@gmail.com)あてにご叱正をいただきたくお願いする次第である


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君の名は。」は、大変すばらしい映画だった。

これまで、私は新海誠監督映像作品をいくつか観た(すべてテレビDVD)が、どれも見ていていたたまれない気分にさせられるのがいやだった。今回も「新海監作品」というだけで拒否感が強かったのだが、それを良い形で裏切ってくれる作品であった。

この映画の良い点については、映像作品素人の私でもいくつか挙げることができるが、この文章では、私が「この映画が多くの人の心に深く響いた理由である確信した、ある「仕掛け」について取り上げたい。

私がこの映画で見事な「仕掛け」であると考えるのは、「入れ替わっていた時の記憶は夢のように消えていく」という設定である

ご視聴いただいた方にはわかる通り、この設定は脚本構成必要不可欠であり、それ自体が新海氏の作品テーマの一つである「すれ違い」を生むポイントでもある。

しかし私は、この設定そのものが、多くの観客に非常に深い共感を覚えさせるための、きわめて重要な「仕掛け」であったと確信している。



さて、その「仕掛け」について考える前に、まずは一般的な、夢の「記憶」について少し考えたい。

 

夢の記憶は、実体験のそれよりはるかにもろい。

そもそも、人間が見るほとんどの夢は、目覚めた時には忘れられてしまっているし、たとえたまたま夢を覚えていたとしても、目覚めた後しばらくすると、その記憶が朝のルーチンな行事などによって急速に塗り重ねられていく経験を、多くの人はしているはずだ。

そしてそれは、非常にインパクトのある強烈な夢であっても、実は例外ではない。

 

例えば、前日見た怖い夢について友人に話す時、どうしてもその「怖さ」を伝えることができないというもどかしさを感じたことがある人は多いはずだ。

それにはいろいろな理由が考えられるだろうが、そもそもそうした場合に思い出している夢の「記憶」というのは、実際にはその時の夢に対するおぼろげな「あらすじ」と「『感動』を体験したという『記憶』」を元に、目覚めてしばらく経ってから再構築された、いわば「レプリカである

それは本来の「記憶」ではなく、自分自身によって作られた本来の「記憶」の「代替品」である。そのゆえに、自分自身でもその「記憶」を、生の体験として感じられないのだ。

 

では、なぜ人は、わざわざそのようにもろい夢の「記憶」を、再構築してまで取っておこうとするのだろうか。

それは、その人が、その夢の中で何らかの「感動」(それは「喜び」であっても、人によっては「恐れ」であってもよい)を体験たかである

 

ある夢について、人が「いつまでも覚えている(実際には再構築したレプリカを取っておいている)」のは、その人がその夢の中で、時には現実以上に「感動」させられたからだ。

(つまりは、面白かったテレビドラマアニメDVDなどで保管しておこうという行為と同じである

しかし、そのとっておきたい夢の「記憶」そのものは、前述のように実に「もろい」のだ。

「感動」は個人の心にとって極めて重要体験であり、その存在保証する「記憶」は、ある意味自分のもの」でもあるのに、夢の「記憶」は、いくら手放すまいと抱え込もうとしても、どうしようもなく風化し、変質し、最後には消えてしまう。

すると最後には「『感動』を経験したという『記憶』」という、ある意味抜け殻のようなものけが手元に残るのだ。

この感覚を、自覚している人は多いはずである

 

しかし、人間はそれでも夢の本来の「記憶」をあきらめきれない。

なぜなら、強く「感動」したという事実は、人にとって極めて重要からだ。

からこそ人は、無意識にでも夢の「記憶」を、抜け殻である「『感動』を経験したという『記憶』」を元に再構築して「レプリカ」を作り、それを代替品として残すのだ。

たとえ残しても、その「レプリカ」が、本来の生の「記憶」には及ばないにもかかわらず。

 

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さて、ここまで、夢の「記憶」が本来記憶からレプリカ」に置き換わっていく過程を見てきた。

ここまで考えれば、人はもう一つの事実に思い至る。

 

多くの人は無意識のうちに気が付いているのだ。

実は、夢の「記憶」に限らず、人間実体から得られたものを含むすべての「記憶」も、年月が経つと消えてしまう「もろい」ものである、ということに。

「よかったことの記憶は美化される」というが、実際には美化という「脚色」ではなく、後に再構築された「レプリカ」かもしれず、場合によっては「レプリカ」の「レプリカである可能性すらあるのだ。

 

記憶」は、同じ時代の別の「記憶」や、新しい「記憶」、またはその人自身の心境の変化などによって絶えず影響を受け、さらに年月とともに風化する。

そうして形の崩れた「記憶」を、人は心の棚から引き出して眺めるたびに、足りないところや影響を受けたところを成型しなおし、「ああ、あのころはそうだった」と納得して、引き出しに仕舞う。

仕舞った途端に、その「記憶」はまた変質を続け、風化していく。

そのようなものに、果たしてその「記憶」が生み出されたころの、生の部分が残っているだろうか。

 

そしてその「記憶」がもろく変質し、最初のものと変わってしまっているという事実は、最終的には自分のものの「はかなさ」にたどり着く。

自分があの時得た喜怒哀楽の「感動」を保証する大切な「記憶」が、年月を追うごとに変質し、「レプリカ」に置き換わっていく。

さらにその「レプリカ」すら、風化に耐えられずに「レプリカ」の「レプリカ」に置き換わってしまう。

それは人間記憶システム限界であり、そのような「はかない」もの立脚している人間存在限界であり、どうにも抗えない無情な運命である

この残酷な「はかなさ」を前に、人は多かれ少なかれ、悲しみと恐れを抱くのだ。

 

しかし、いくら「はかない」ものであっても、人はやはり「『感動した』という事実」を保証する「記憶」を手放せない。

それを手放すことは、過去の「感動」を手放すことであり、つまりは「自分自身」の一部を手放すことに等しいからだ。

自分自身」を手放したくないという強い思い。これは、人間という存在の持つ、根源的な欲求の一つといってよい。

 

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さて、ひるがえって「君の名は。である

この作品で、主人公たちは人格の入れ替わりという「夢の体験」に近いもの体験する。

入れ替わっている時の「記憶」は、(夢の「記憶」と同じく)極めてもろく、曖昧ものであることが劇中の様々な演出や、女性主人公祖母経験から示唆される。

また、主人公二人が入れ替わっている最中のことを把握しようと相互に残した記録すら、「世界修正力」とも呼ぶべき現象によって、問答無用に消されていくのだ。

この演出は、夢の中で強烈な「感動」をしながら、夢の「記憶」が消えていくのを経験した人々(たぶん非常に多いはずだ)に、夢の「記憶」の「はかなさ」、どうあがいても失われてしま焦燥感と苦しさを思い出させる。

 

しかさらにその後、この設定の巧妙さが控えている。

この映画において、入れ替わりの「記憶」は、夢の「記憶」と同列にできるものではない。

なぜなら、その「記憶」は(時間軸のずれはあるにせよ)現実世界での体験によるものからだ。

ここで視聴者は(特に視聴者層として想定される若い世代にとっては無意識のうちに)、自分の持つすべての「記憶」そのものも「はかない」ということに気づかされる。

そしてその「はかなさ」は、前述のようにこれまで確かだと思っていた「自分自身」、つまり自我」の「はかなさ」へと続いているのだ。

 

 

この作品が、単なる「恋愛のすれ違い」を描いた作品でない点は、ここにある。

この作品の入れ替わりの記憶に関する「設定」そのものが、人が「自我存在のはかなさ」に知らずのうちに触れる、という高度な「仕掛け」となっているのだ。

 

そしてさらさらに、この仕掛けにかかった視聴者は、「自我のはかなさ」を抱えながら、大災害から人を救いたいという強い想いの結実と、主人公二人の恋の結末を追っていくのである

自我のはかなさ」という「無常」を自覚しながら、それでも捨てきれない「感動」を最終的には得るのであり、これをあえてたとえるなら、大乗仏教における「色即是空」の一端を突き付けられながら、それと相反する「自我」を、恋の思いを主軸にした「感動」として体感させられているようなものである普通人間にとって、これが強烈な体験とならないはずがない。

 

この作品を、「何か『高尚な深み』がない」とか、「ヒットする要素が盛りだくさんで鼻につく」といって評価しない人がいるようだが、前述の「仕掛け」が意識されるならば、その評価は間違っている、と言えるだろう。

確かに、ストーリー上はこの作品恋愛物であり、その結末そのものに何らかの「高尚な思想」は存在しない。

最終的に二人は再会し、そして新しい「記憶」が生まれるだけである

しかし、上記の「仕掛け」による、実は仏教的ともいえる「無常」と、それと対立する「自我」を強烈に意識した構成は実に見事であるし、十分に評価に値すると、私は考える。

 

何より、「無常」と「自我」の対立、というよりは映画エピローグの流れてとしてはむしろ「対決」を、恋愛ドラマをもとにしながらも、とりわけ若い世代視聴者体感(おそらく初経験だ)させるなど、尋常映画ではない。

この点で、私はこの映画日本アニメ映画の中でも特筆すべき存在であると考える次第である

 

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この映画に関して、もちろん上記以外優れた点は数多くある。

今回記した部分はあくまでも私が特に注目した点であり、冒頭に述べた鑑賞直後の箇条書きの全体量で言えばせいぜい1-2割といったところである

海監督の特徴である映像意図的な美しさや、おそらく何度も検討を重ねて練り上げられた脚本など、評価するところはまだまだあると思う。

しかし、私自身まだ一度しか視聴していないこともあり、また映像脚本に関してはより以上に素人であるので、それ以外の評価は他の方にゆだねたいと思う。

 

そして、私はやはりこの映画は、10から20代の「無常」に関して初心(うぶ)な若い世代に鑑賞していただきたい。

この映画で抉り出されるものは、少なくとも2500年ほど前から人類が立ち向かっている、非常に大きく根源的な問題の欠片である

それに触れた経験というのは、おそらくそ若者にとってかけがえのないものになるだろう。

ツイッターでもブログでも他所ネタ増田中傷って、よっぽど面白くない限りはただウザいだけです

匿名で書いて攻撃して欲しいという目的なら増田よりずっと匿名性も高くページビューも多い、ふさわしい場所があるのでは?

2016-11-30

ツイッターの話なんだけど、

TLに映画ネタバレを平気でするやつがい辟易してる。

本人は遠回しな表現をしてだいぶボカしてるつもりなのかも知れないけど。

直近では、

この世界の片隅に

>すずちゃんの右手がなくなる、失われる、というのはすごく分かりやす象徴的で

とか言いやがって、え、おい、マジか、そうなんか!?ってなった。

君の名は。

>でも三葉は瀧くんの3歳上ってことなんだよな……

とか言いやがって、俺は結構情報遮断してたんだけど入れ替わるらしいってことぐらいは予告編とかで知ってたから、

え、あ~……つまり入れ替わってる二人の生きてる時間軸が3年ズレてってことね、じゃあそういうスレ違いとか誤認とかがあるんだね……

ぐらいのことはすぐ分かるじゃん!?!?

上映が終わるくらいの頃か、せめて公開3,4週程度してからならしょうがいかなって気にもなるけど、公開したその週とか、公開から2,3日ぐらいでそういう話をしだす。マジでムカってなる。

まーミュートなりアンフォローなり好きにすればいいじゃんって話だよね。するわ。

http://anond.hatelabo.jp/20161130182407

今の音楽は金にならないし、流行らなくて社会的影響力もないってことか。

相当好きじゃないとやってらんないね

映像つけてもそれだとね。

Mステ放送中いつもツイッタートレンド入ってるけど、

やっぱり音楽って局所的な話題なのかね。

音楽聞く人減ってるというのにトレンド入りするのはいつも疑問。

それとも、金にならないと流行ってると見なされないだけなんだろか。

いやでも局所的……。

テレビ局ボランティアじゃないしね。でも音楽番組ってボランティアだと思う。

[]小林有吾, 上野直彦「アオアシ」

珍しい(?)ユースサッカー漫画

主人公感性プレイヤーで直情的なワンマンと思いきや実は俯瞰能力があってときどき鋭いプレーをするタイプ

中学最後試合相手チームメイト馬鹿にされて切れちゃって負けちゃったところを、ユースの監督に見初められてユースの入団試験受けに行く

ぐいぐい読ませる漫画だね

曽田正人とかとベクトルが似てる気がする漫画ですごく漫画としてうまいなと思った

作者全然しらんけど

久しぶりに面白い!と思える漫画出会えた気がした

なんか監督見ててジャイアントキリングのたつみ思い出したな―

凄い選手だったけどケガしちゃったっての

サッカー全然興味ないけどそれでもぐいぐい読ませるのすごいなー

カペタとかジャイキリ、昴、アイシールド21とかと似た感じだな

フットボールネーション面白かったけど個人的にはこっちのほうが好きだな

あっちが理論ならこっちは感情って感じかな

もちろんこっちも理論は一応あるけど

語らずに表情や絵でみせる漫画ならではのよさがこっちのほうがある気がする

あっちは理論のオマケに絵がついてる感じ

監督の妹めっちゃかわいい

扉絵を地味に楽しみにしてた

水着ときはキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!ってなった

かわいい

ツイッターで作者があげてた「このふたりこのあと喧嘩します」ってがぞう もすごくかわいい

それツイッターでやればいいんじゃないの?なんで増田でやるの?

ねえ?

ちょまどさんに一言

口をあけていない方が絶対的かわいい

ちょまどさんの口は開くと顔に対して割と大きめなので、口は閉じていた方が写真うつりが良いデス。

ツイッターにあがった多くの写真をみてそう思いました。