「映画」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 映画とは

2016-09-27

「色々な作品に触れてきたので、今更よくあるエロゲの焼き直しのようなシナリオでは感動できん」という風な言説をたまに見るけど、理解できない。

こちとら本を何万冊読んでも映画アニメを何千時間見てもゲームを何百本とプレイしようと、そういう既視感のみで作品評価を左右することなんてないんだがなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20160926140919

声優俳優を分けるのが間違い

メジャー資本長編映画とかそういう一流の仕事舞台上がりのベテラン俳優がやることが多い。

ディズニー映画キャストなんか見たらドラマでよく脇役やってるおっさんとかが地味にいたりする。

演技うまけりゃ声の仕事もほいほいやってくるので

舞台出演を満足に務められない役者は二流以下だというイギリス俳優界のように

日本役者声優うまい下手が一つのバロメータになるかもしれない

http://anond.hatelabo.jp/20160927103049

うむ。「君の名は」「ここさけ」を比較して分かるように、心に何かしら訴えかけるような作品は逆に映画通やらソレを見たいと思う人間以外には避けられる傾向にあるんだよな。

映画ってのはあくまでも「時間を埋める」だけのツール。(一般人にとっては)デートに使える内容が軽いものであるほうが良いのだ。適度に語れる程度に内容が詰まってればそれでええのや。

君の名は。』は、やっぱ辻褄合ってないなー【ネタバレあり】

http://anond.hatelabo.jp/20160925060352

辻褄あってるというか「整合性の塊」なんてコメントもでるくらいだけど、やっぱ辻褄あってないんだよなー



わかり易い例は、一番最初の場面と最後の場面。



映画の始まり彗星が落ちてくる場面のあと、瀧と三葉がそれぞれ東京暮らししている家で目覚めて、

2人とも「何かが消えてしまったという感覚けが、残る」という意味のことを言って、出勤。

電車に乗って、それぞれドアの近くに立って外を見ながら、

「ずっと誰かを探している、そんな気がする」「そんな気持ちになったのは、たぶんあの日から」となる、



そして、瀧は、自宅団地というかマンション屋上っぽい場所割れている彗星を見上げている場面の回想シーンになる。これはいい

しかし、三葉のほうは、浴衣姿で、割れている彗星を眺めているシーンを回想する。これは明らかにおかしい。

東京で生きている三葉があの場面を回想するはずがないから。



彗星落下日に浴衣姿だったのは、【彗星が落ちて500人死んだ時】のものだ。

考えてみて欲しい、彗星落下日に避難訓練というテイで奇跡的に三葉も四葉テッシーらも死なずに住んだあの日

中身が瀧の三葉は、朝、制服姿で学校に行って、「このままじゃ全員死ぬ」とか言って作戦を練るも、

中身が瀧の三葉は、「俺じゃダメなのか」ってなって例の酒のある場所に行って三葉と会う。

あの日、中身が瀧の三葉も、中身が三葉に戻った真三葉も、一度も浴衣姿にはなってない。

制服姿で街中をあちこち走り回って、彗星落下のグラウンドゼロ周辺から住人を避難させたわけで。

からこそみんな生き残って東京電車に乗れて、そして最初の場面が最後の場面につながるわけで。


世界線が変わって2人が入れ変わって奔走したわけでない浴衣姿の時にも被害でなかったってなら、

東京電車に乗ってる2人は入れ替わりもなく出会うこともないし。

浴衣姿で空を見上げていた世界線でさえ2人が出会うならそれはもう単なる運命しかなくて、

辻褄合ってるとかじゃなく、辻褄合わせようとして設定とかあれこれこねくり回しているレベルにすぎない。

彗星が落ちてくるクライマックスで流れていたRADの歌の

運命だとか未来とかって言葉がどれだけ手を伸ばそうと届かない場所で僕ら恋をする」ってことと真逆のことにもなるしね。

落ちてくる彗星、死んだはずの人々、そういう運命を、互いを好きだという2人の行動で変えたからこそ、その2人がラスト出会うことに意味があるわけだし。





個人的にこの作品大好きでだから何度も劇場に行ってるわけだけど、辻褄合っている、整合性の塊みたいなのは言いすぎかな。

自分の大好きで最高だと思う作品が、完璧誤謬矛盾もない素晴らしい作品だ、

あるいはほとんど矛盾もなくほぼすべてのことに説明がつくんだ、と思い込みたい気持ちや、

自分の大好きな作品へのツッコみや批評を、まるで自分否定されたかのような気になってイラついてしま気持ちはわかるけどね。

設定ゆるゆるだしツッコミどころおかしなとこともあるけれど、俺は好きだよ、おもしろかったよって言ってる人たちはずっと真摯だよね。



バイト学校行ってるのにまったく時間のズレに気づかないとか、都合のいい部分だけ忘れる、とか、

そういうあれやこれやのご都合主義解釈や、スピンオフ小説や、監督の後説でツッコみどころもなんとか説明できないことはない、

くらいのレベルお話って、少なくとも「辻褄合ってる!すごい!」って言えるレベルのものではないと思うよ。

盛り上がる印象的なシチュがまず第一で、それらのつながりの辻褄はこの映画はお世辞にも上手いものじゃない。

でも俺はおもしろかった。俺はあわなかった、そういうことでいいじゃない。

2016-09-26

人が多いのも画面が大きいのも音が大きいのも体調悪くなる要因でしんどいから

映画館には足を運ばないので、この夏話題になった映画もはやくレンタルDVDが出回ってほしい

正直お金もないので、円盤買うかどうかはせめてレンタルで一回観てから考えたい



ゴジラ君の名は年末ぐらいには借りられるかなぁ?

伊藤いかくアニメ

鳴り物入りで登場したProject Itohの成り行きを聞かない程度には失敗した感があるわけですが、みなさんサブカル映画にどれだけの期待をお持ちでしょうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160926145059

目標予測は違うで?

目標はその映画配給してる会社が「当たった」と見做す数字や。

同時期に公開されたワンピースシンゴジの倍以上のスクリーン確保してて、前作が60億円の成績なのにシンゴジがそれより上のパフォーマンス出す予想なんか普通せんやろ。

予測あくまスクリーン数と座席とを掛けた割とシニカル数字や。スクリーン数*500万で大体求められる。(もちろん係数はあるにせよ)

ま、シンゴジはそういう意味では20億予想位だったんやろなとは思うで。それでも最後邦画ゴジラより上だからな。

アニメ劇場で見る時代

君の名は、が凄まじい興行成績となっている。

これは普段から映画アニメ積極的に見ていない層まで取り込んでいるからだそうだ。

こうした現象は往年のジブリ映画でよく見かけた。

  

確かにプロットも一捻りした謎要素があり、しかし決して難解ではない(見る前からある程度オチが予想できる)

加えて男女の恋愛も盛り込んでいるのだから女性も話に入り込みやすい。

  

で、だ。

この記録的大ヒットがもたらす今後のアニメ道筋はなんだろうか、と考えた。

主流はやはりTVだ。深夜アニメの数は膨大に膨れ上がっている。

TVアニメの続編、あるいは総集編といった形での映画化結構ある。

ただそれはTVアニメという土台があり、見てくれる信者がいてこそ、採算が取れるからGOとなった。

  

かたや君の名は、はどうだろうか。

新海ファンはいただろうが、限りなくオタク層だ。

宣伝がうまかったにせよ、監督のことを知らなかった人も多いはず。

信者以外の人を大勢動員したことで、つまり単発アニメ映画で採算が取れる可能性が見えたのではないか

  

深夜アニメはもう群雄割拠時代で、時間も人手も足りない。

でも視聴者は高いクオリティを求める。

崩壊寸前の現場は、君の名は成功を見て、劇場で見るアニメ可能性を模索し始めているのではないか想像した。

  

そもそも発声可能上映だとかペンライトがんがん振りながら見るとかある種の「異空間」を演出できるのが、今の映画館の強みだ。

3Dだって4Dだってアイマックスだって可能性はてんこ盛りんぐ。

  

ニコ動コメント打ちながら見るのが新しかった時代は終わった。

これからは、誰かと同じ空間で同じ興奮を味わいながら楽しむ、「ライブ感」が重要になる。

そこにアニメはうってつけだろう。いくらだって演出できる。

  

君の名は、はそういったライブ感とは違うけど、皆が見てるから俺も私もという連鎖に入っている。

この同調感というか一体感への飢えはやっぱり大きい。

  

オタクはもう引きこもっているだけじゃ物足りなくなってしまったんだ。

そして制作側も、あわよくば一般層を引き込める劇場アニメに魅力を感じるかもしれない。

からここ数年のうちに深夜アニメが減って、劇場アニメが増えると踏んでいる。

※まったく制作の懐事情は知らずおそらくだろうと多用してしまうくらいの側の一意見

http://anond.hatelabo.jp/20160926114158

いや、増田は会ったことあるはずだ。ついこの前、『シン・ゴジラ』という映画の中でな! 尾頭ヒロミ課長補佐なんかは正に増田が言うような「美人自覚してない美人」だろう?

http://anond.hatelabo.jp/20160926102613

ティーンが本職声優俳優かを取捨選択して映画を見るほど意識高くは無いだろ(ここさけを横目にしながら)

君の名はってFLASH動画以後の映画だなって思った

ものBGM違和感がない

エモーショナル感情さぶりに躊躇がない

ノリや感情みたいなのをむき出しで刺激する

それがFLASH動画

ネタ見せ番組みたいにすぐに反応できるものが好まれ




ラサイトとか、https://www.youtube.com/watch?v=oLFMdMYWUxM

トゥートゥートゥマシェリとか、https://www.youtube.com/watch?v=MCBS8-kh3e0

マイヤヒーとか、https://www.youtube.com/watch?v=GeeUSDW3tcA

しぃのうたとか、https://www.youtube.com/watch?v=VurT6jZnZks



でそのなかで、2ちゃんねらーのなかでも

かなり中高生若者にうけてたのがこれ


https://www.youtube.com/watch?v=GKqGN3EQUIs



そうBUMP OF CHICKEN

エモくて俺は苦手だったんだけど

とにかく当時のニヒリズム2ちゃんねらーでもバンプは人気だったのを覚えてる

おまえらこういうの好きなのかよってね



これ以降、ネット動画サイト時代になったりして、ニコニコ動画的なものが生み出されていくから

最初FLASHのこと忘れてて、君の名はってのはニコニコ動画的なものだなって思ってたんだけど

新海さんの年齢から考えて、おそらくFLASH動画のエモくて歌ものBGMでの演出に影響されていったんじゃないかなって思う

RADWIMPS指名したのは新海さんだっていうんだけど、歌い方がみょうにBUMPっぽくなってて驚いた。

あのせだいに訴えかけるなにかがあるんじゃないだろうか

レビュー(感想)を書くこと自体について考えたこと

最近話題シンゴジラ君の名はを見に行ってきた。

個人的にはどちらもとても楽しめたが、それは置いて置いて。今回は巷に沢山ある作品レビューについて考えたこと

例えば君の名はを見たあとに閲覧した以下の方の記事

http://ohrmsk.hateblo.jp/entry/kiminonaha.jp

有名なブログらしく、この方は批判的な立場から感想を書いておられるが、コメント欄を見ると賛否両論(特にブログ主に対する批判)が沢山書き込まれている。

特に否定的レビューをした場合、こういうことになりやすい。そしてたいていの場合は「嫌なら見るな」「お前がそう思うならそうなんだろう。お前の中ではな」といった批判否定的レビューをした人に対して向けられる。そして「こんな記事書くな!」という結論になりやすい。一方で「共感しました!」という意見も出てくる。

ここにレビューの難しさがあらわれてくる。

そもそもレビュー目的とはなんだろうか。

大きく分けて二つあると私は思う。

①見る前の人に見るべきかどうかの材料提供するため

②見たあとの人が感想を分かち合う喜びを得られるようにするため

このうち②に対しては何を書いてもなんの問題もない。作品に対して肯定的な人は肯定的レビューを読んで満足すればいいし、否定的な人は否定的レビューを読んで納得すればいい。

でも②での意味のみでのレビュー経済的価値は、ぶっちゃけ低い。だって映画はもう見てしまったわけだから感想だけなら誰でも書けるし。それよりも大事なのは①だ。私たちは限られた時間お金を何とかやりくりして生きている。長い時間お金をかけて好みではなかった映画を見るのは避けたい…。同じ時間で別の面白い映画も見られたかもしれないし、同じ時間バイトすることもできただろう。現代人は忙しいのでなおさらだ

じゃあどういうレビューが役に立つかというと、「こういうタイプの人はこの映画を見るべきで、こういうタイプの人は見るべきではない」と細かく中立的視点から解説しているレビューだろう。こういうレビューをするブログ評論家はあまり多くはない。ほとんどの人は自分感想を述べているだけだ。

しかし仮にそういう中立的完璧レビューがあったとしても、結局やっぱり自分で見てみなければわからないと気になってしまって見に行ってしまうのである

からレビューを書くということ自体無駄なんじゃないかとすら思えてくる。

この辺がその、私がいわゆる「評論家」と呼ばれる人達が世の中に本当に必要職業か疑問に思ってしまうゆえんである

加えてステマとかネガキャンといった意図的レビューも溢れてる現在では、なおさら他人レビューはあてにならない。

結局ドラマアニメ映画感想は、人によって異なり、実際に見てみるまでわからない。

から嫌なら見るな」という批判はどう考えても的外れで、「見たからこそ嫌だった」わけだから、それはしょうがない。せいぜい映画の途中で退席してしまうくらいだが、そういう映画に限ってラストどんでん返しがあったりするから気が抜けない。

私たちは貴重な時間を掛け金に、映画を一本見るというギャンブルをしているのである

あなたにとって面白ければあなたの勝ち。時間と金無駄にしたと思えばあなたの負けである。(これは「だからどんな映画でも楽しんだ者勝ち」という意味ではない。つまらないものはつまらない)

これは非常に分の悪いギャンブルで、事前情報であるレビュー広告は、自分面白いと思うかどうかを判断する材料としてはほとんど役に立たない。

もっとマクロな目で見れば人生とはそういうギャンブル連続であり、つまるところ運なのだ。そして自分の賭けに覚悟を持つことなのだ。

から見た映画がつまんなかったとしてもそれは自分覚悟の上であり、甘んじてその結果を受け入れるしかない。製作陣も配給会社広告会社映画館も勧めてきた友人も誰も非難できない。見るという判断したのは自分からだ。

話がそれたがとにかくレビューは事前の判断材料としては役に立たず、同じ感想を持った人たちと感想を分かち合うためにしか書かれる意味がない。だからレビューを書くときに「この作品批判しているやつはおかしい」とか「こんな作品を見に行く奴の気がしれない」とかみたいに意見の合わなかった人に干渉するようなことを言っても意味がない。

月並みな話だが、やはりなるべく肯定であれ否定であれ、個人の感想にとどめるのが無難だろう。

そんな風に結論づけつつ、結局私自身を振り返ってみると、ネットレビュー広告ばかりにつられて見に行っているなぁと思う。シンゴジラ君の名は話題作だから見に行ったわけだし。時間お金がない中で、マイナーだけど良い映画に当たるためには、どうすりゃいいんだろうね。

2016-09-25

All you need is kill人類が勝つためには

どうすればいいと思う?

さっきご飯食いながら妄想してた。俺ご飯食ってる時はテレビも何も見ないで黙々と食う派なんだが、その食ってる最中はよく何かの妄想をしてる。今日妄想はこれ。

で、今考えてたのは無人操作ドローン兵士を鬼量産して、それを全世界の人たちが操って戦うってこと。

異星人と戦うにあたって人類はまとまる必要がある。紛争だとか利権だとか言ってる場合じゃない。そこは政治家に頑張ってもらうとして。

一般人も軍の遠隔操作センターみたいなとこに通勤して3交代制で戦う。学校とかの教育もしばらくはなし。子供から老人まで全員戦わせる。

対岸の火事ではなく、実際に今起きている人類危機であることを実感させる。でも、リモートプレイなのに実感なんて湧くわけないからそこは課題だよな。

以前ドローンオブウォーっていう米軍兵士グローバルホークパイロットやってるうちにどんどん嫌気が溜まっていく映画みたし、やっぱ現地に行きたい派はいるだろうな。

あっちが記憶維持なんていう神のみわざのようなことをしてくるんだから、それに対抗するには、こっちも擬似的に記憶維持の仕組みを持たないとな。

現代社会でそれをするとしたら、やっぱネットワーク工業製品に頼るしかないんじゃないかなって。

みんなならどう対抗する?

http://anond.hatelabo.jp/20160925163054

一般映画ドラマ小説に「オナニー作品」って言うと嘲笑になるけど、

ポルノに「オナニー作品」って言うのはただの褒め言葉じゃん。

オナニー作品」を否定する分野と肯定する分野があるってことでしょ。

気持ちよくなれるものとして「ポルノ」を比喩に出すのはむしろポルノ業界価値観としては褒め言葉だと思うから不思議に思うんですよ。

ラブライブ!サンシャイン!!全話感想

1話 … 75点:導入だしこんなもんか。曜ちゃんがいい子。

2話 … 70点:あんまり盛り上がらないけどまあ無印1期も2話までは準備期間だったし…。

3話 … 60点:時間間違えたはない。ダイヤと千歌の問答はまあまあだが、無印神回だっただけに落差が大きい。

4話 … 85点:花丸と本の世界をうまく絡めた。ただ大きい流れは無印と一緒なので新鮮味はない。

5話 … 75点:ノリノリで中二→でも実は発作なので常識人になりたい→でも実はアイデンティティだし堕天使が好き、と無駄にひねって分かりにくくなった感。

6話 … 55点:面白いところが何一つない。せっかくのPVランタンしか印象に残らないテイタラァク。

7話 … 75点:繋ぎ回だが犬ネタがない、梨子がまともなだけで評価が上がる。

8話 … 90点:曜の「やめる?」の使い方、千歌の細やかな心情描写と終盤の台詞が素晴らしい。

9話 … 75点:果南の独善的お節介しか見えないのがきつい。ダイヤ言うところの鞠莉の立場とやらにもう少し描写があれば。

10話 … 70点:ギャグあんまり面白くないが、曜ちゃんの負けレズネタで盛り上がる。

11話 … 100点:神回百合でなく普通に友情とみてもいい話。千歌が曜の想いを理解してないという批判もあるが、そこまでやると完全にレズアニメからこれくらいでいい。

12話 … 70点:μ'sの後追いをやめること自体は歓迎するが、そこに至るのが千歌のよく分からない自己完結なのがちょっと…。

13話 … 70点:モブ不参加の下りと寸劇が長すぎるのはアレだがそれ以外は無難最終回かなーと思ったらめっちゃ叩かれてて驚いた。



平均 75点



ちなみに無印1期は11話まで90点、12,13話は30点。

2期は85点。映画は90点。

君の名は」って

親に超絶DQNネームつけられて、

学校面接入社の時に毎回

「え~と、君の名は・・・?」

ってきかれる映画だろ?

逆境に負けずにたくましく生きる姿が涙を誘う実録感動巨編。

君の名は。」そんな辻褄合わないか

物語的に辻褄合ってない(理解不能)っていう批判が多いが、

これとか https://note.mu/akiko_saito/n/n3c3d6b264f7e

まじで?そんなわかんないもんなの? 俺はリアルタイムで見ながら普通に解消していったけど...

一個一個答えてみると、

  • 毎日持ってくるお弁当は父と息子どっちが作ってるの?!
    • 父じゃない?場合によっては息子...えそこ関係あるの?作らなそうに見えたってこと?
  • 男のほうは車に乗せていってもらってたけど、帰りはどうすんの?!凍死するんじゃないの?!
  • あの飛騨についてきた友達はいったいなんの意味があったの?!
    • 友達心配からついてきたんでしょ?なんか頭おかしくなってそうって思ったから。あと男友達の方はあの女の人に惚れてそうだったし下心もあったんじゃない?
    • シナリオ的な意味としては、一人でいったら映画としてつまんないでしょ。賑やかしだよー。多分。
  • なんでスマホの中身がいきなり消えるの?!

あと村上春樹だけど、初期の頃の作品集に「タイトル書いてみてから想起される物語さらっと書いてみるというやり方を取っている」とか書いてあったし、普通にシチュエーションだと思う。あとで物語意味的なものをどんどん入れていったと思うけど、新海誠もそんな風に成長すれば良いんじゃないかと思うけど。村上春樹も初めの作品評価割れ芥川賞とか取れてないしね。

この他よくある疑問

  • 日記書く前に連絡取ればいいよね。
    • 最初になんども試したけど繋がらんかったんでしょ。
    • そして最後ダメ押しでもっかい試したと。「えー!?なんで繋がんねーんだよ!?」っていう描写なかったしそうなんじゃない?
  • 時間遡行に気づかないはずがない!
    • いやいや、気づいてから記憶がどんどん消えてったよね?あとスマホの中身もびゃーって消えたよね?
    • あれはつまり、入れ替わりを起こさせた「何がしかの力」は時間遡行を気づかせないような力が働いているってことでしょ。因果律を守るとかそれ系の。
    • 記憶がどんどん消えるんだし、入れ替わり時に気づけない事象があっても物語的には不思議じゃないと思うんだけど。
あと他にあるー?

映画聲の形』は商業的なマイナス要素を極力排除して再構成することで売ることに逃げ切った作品

観終わった最初感想は、漫画聲の形』が映像化されないことを確信したショックだ。

 

まず先に断わっておくが私が言いたいことは原作を崇めて原作未読者や映画馬鹿にするといった内容ではない。

映画製作に携わる人間が『聲の形』をどういったつもりで再構成したのか、

またその再構成の結果として商業的な成功を収めたことや、

そのせいで映画聲の形』(以下、映画しか漫画聲の形』(以下、漫画)に触れていない多くの人に誤解させてしまったということ、

そしてこの世で漫画聲の形』が漫画聲の形』という作品しか伝えられなかった、他のラブストーリー青春物語ではできなかったこと…映画からは外されてしまったことについて触れる。

この日記を読んで少しでも漫画に興味を抱いたのなら、漫画にて『聲の形』というコンテンツを全て消化すべきであり、

本当の答えを噛みしめ、確認しなければ作品聲の形』には全く触れないで人生を終えるといっても過言ではないと言っておこう。

これはステマではない。

なお漫画ネタバレになりかねないよう、これから漫画を読む人間にとって害にならない程度に極力抑えるつもりだ。

これはステマではない(繰り返し)。

 

そしてあくまでも日記なので読みづらさや誤字脱字などは勘弁してもらいたい。

 

制作スタッフが行った再構成とは

単純に2時間半に収めるには物理的な無理があったため、大幅にカット再構成されている。

その点だけでも漫画映画は全くの別物と言っても差し支えない。

しかしこれは映画1本に収めるという制約上仕方のないことで、これに関しては特に言及するつもりはない。

要は、漫画が伝えたかった要素をコンパクトにして映画で伝えられたらいいだけだからだ。

まり、私が問題にしているということはその再構成漫画が伝えなければいけなかったことを大部分が外されているからだ。

 

制作スタッフ映画を見に来た観客にできるだけ「負の感情」を強く抱かせないように気を使って再構成している。

分かりやすく言うと「なんだよこのクソ鬱映画!!」みたいな感想にならないよう、できるだけイライラ不愉快になるような要素や、

生々しい要素をオミットしている…その商業的にも負になりかねない要素たちだけ、

この映画への梯子が外されて下に蹴落とされている…といったイメージだ。

漫画では読者の心をえぐってくるような要素が宝石箱のように詰め込まれている。

主人公石田にともすれば殺意を抱かせるだけの強いクズ描写がされており、

小学生時代石田を無条件に悪だと読者は強く確信でき、そこに同情の余地もなければクラス手のひら返しにも憤慨するだろう。

映画ではかなりあっさりと流されていて、このせいで不快な思いをだいぶ軽減されているが、

石田の「俺は清算して死ぬべきだ」という気持ち映画視聴者に軽く受け取られやすくなってしまった、薄っぺらく見られやすくなってしまっている。

漫画の特色として、読者の暗い感情をこういった不快いじめや生々しい描写で刺激しつつ、

当事者である石田がどうやってそれを乗り越え、まともに生きることはできない、けれど死ぬこともできなくなったところを出発点に歩き出した、

というのが最初石田西宮出会いで、だからこそいじめた本人である自分友達になろうとするという不条理を進まなければならなくなったという経緯がある。

まり最初の死への渇望とその道を閉ざされた石田心理描写を読者に刷り込ませるためには、

石田所業が到底擁護できないくらい行き過ぎた描写であることが『聲の形』という作品には不可欠なのだ

それを見た読者の底にドロドロと横たわりだした感情を燃料にして、出会いが種火となり燃えながら、時には火が消えかけながら、それでも何とか大きくなろうとする炎の様子が、本当の『聲の形』の姿だ。

作品として、「読者(視聴者)の負の感情」が必要なのだが、これは前述したとおり耐性のある人間を選んでしまうため商業的に足かせともなりかねない、

判断され軽減・外した、というのが制作スタッフ再構成で行ったことだ。

ピンと来ないなら激辛だと食べれないから中辛にした、ということだと思って欲しい。

そのおかげで結果として極力不快要素を外し京アニ作画力とキャラの可愛さで万人が食べれる作品へと変化し、

商業的に成功を収めることができ、映画映画として勝利した。

映画聲の形』は売れることに邪魔になる重りを捨て去り新品のランニングシューズを履いて走り抜けた。

でもそれは漫画が這いつくばってたどり着いたところとは違うゴールであり、

その漫画がたどったコースとゴールは今後二度と映像化され現実化されないということを確信し、制作の手腕の勝利も同時に確信し、私はショックを受けた。

 

映画だけを視聴して誤解してしまった人々

帰ってレビューに目を通すと、やはり石田心理描写が把握しきれていなかったり、

よく分からなかったという感想もちらほらと目立った。

障碍者としての西宮葛藤や苦悩もかなりあっさりされているので重いテーマだったという感想はありつつも、

そこから広がりを感じるような形としての感想が出てこず、実は何も考えさせられてないというのが観察できた。

西宮がなぜ笑い続けなければいけなかったのか、西宮がなぜ思い詰めてしまったのか、

石田も同様になぜ最初に思い詰めて、それでも西宮と違い諦めなかったのかということに説得感を出すためには、

やはり前述した「読者の中に生まれたドロドロとした暗いもの」を燃料にするための不快要素がオミットされたことが原因である

 

聾唖の人たちから意見も、この不快要素オミットのために発生した説明不足、その他ところどころに出てきてしまった脈絡のないように見える行動もこのオミット行為副作用となっている。

から必要なのだ

聲の形』という作品を完成させるためには必要な要素だった。

ただ、それは商業的な成功には必要なかったし、事実それで勝利を収めてしまった。

これは作品の特色であってもビジネス上で不利益とみなされたものは無かったことにしていいという資本主義思想に対する芸術創作の完全敗北と言い換えてもいい。

とにかく大多数に対して理解されやすければ、消化しやすコンテンツであるならばいくらでも特色を消してしまっていいという姿勢だ。

それに深く静かな絶望を覚えたのは、漫画既読組には少なからずいただろう。

家に帰ったあとそれは視聴した沢山の人のレビューを読んで感じているかもしれない、私みたいに。

一体、映画を見た人の何割が石田自分を重ねることができたのだろうか。

嫌な汗はかくことができただろうか。

 

漫画聲の形

漫画の『聲の形』は、一度死を望んだ石田自分が行ったことを思い知らされ、なおかつ死ぬという逃げ道すら断たれたことで、

前を向いて、半ば仕方なく、半ばやけくそで行動する・西宮友達になるというスタート物語が始まる。

石田のやったことがどれだけ許されないことなのか、また当時の登場人物たちが流され、無力で、愚かで、間違えてきたことが心をえぐられる程度に描かれている。

この最初の導入でしつこいまでに鬱要素をぶっこむことで読者は自分過去やってしまった罪の意識を思い出し、無意識石田に重ねる、石田は読者の暗い過去だ。

今風にいうと黒歴史人物化したキャラクターとしてこれで形作られる。

過去が黒ければ黒いと形をはっきりしてくるキャラクターだ、それは視聴者の闇の色と同じ色をしているからだ。

それをやらなかった映画石田に対する感情移入がバラバなのは、つまりは、その黒歴史へのアクセスが不十分になってしまたからだ。

普通、そこまで思い返すほどのトラウマ黒歴史を持つ人間は少ないので、

その場合石田に代行させて罪の意識を増幅させるためにも石田のやったことは大きく描写されていた方が感情移入のためのパイプを築ける。

 

そして、死ぬことを閉ざされた石田が、つまり黒歴史から目を背けずに、常に意識して生きなければいけなくなった「あなた」は、

どうやって生きていけばいいのか、どう周りと接していけばいいのか、取り返しがつかない過去石田あなたはどう向き合っていけばいいのか。

それが『聲の形』の作品としての本質だ。

決して障碍者と涙ホロホロ最後ハッピーなだけの作品ではない。

石田黒歴史を貼りつけながら歩き続けるプレイヤーとなり、読者は過去が脅かすことに石田と共にドキドキしながら、辛さを共有しながら、

最初不快感を感じていたはずの石田自分に、いつしか何とかしようと奔走する石田応援しだす。

過去は取り返しがつかないかもしれない、

けれどこれから西宮未来は泣かせないように行動することができる。

それを問いかけてくる作品なのだ

それが『聲の形なのだ

 

過去の追跡がどれだけ辛く暗いものなのかが、このテーマを重く受け止めるために必要な手順だ。

ところが、何度もいうがこれをオブラートに包むか削除してしまったため、このテーマが盛大にぼやけてしまった。

漫画では西宮の家庭環境小学校教師との再会や映画作り、いてもいなくても一緒だった真柴のちゃんとした存在意義など、

この暗さと前向きにもがく様を描くための要素が何度も繰り返されている。

その最後の結末が、読者のこれから背中を押す形で終わっている。

生き続ける石田現実に生きる私たちへの、エールへと繋げられている。

それが『聲の形なのだ

 

そしてそれが他のラブストーリーにできなかったことで、『聲の形』だけができたことだった。

他のラブストーリーに、何とかしようとして上手くいかずに古傷をえぐらせるような真似をして、

それでも読まざるを得ないという状況にもっていけるだけの能力がない。

「これはどうなってしまうのか?(他人事とは思えない感想)」と思わせるのがこの作品面白さでもある。

 

聲の形』にとって障碍者という要素はいじめの歴史を作るためのただの道具の1つに過ぎず、それが本質ではない。

本質は、変えられない過去と変えられる未来、そして過去を受け入れるというこの3つの要素だ。

消極的に変わらざるを得なかった石田が変えられない西宮を救い、

一緒に変わっていこう、と2人とも前向きになるという完全に内面の話なのだ

そして変わりたいけど変われなかったという気持ちの重さ、辛さ、ドロドロした暗い時間の積み重ねを描き切ったのが漫画だ。

読んでいる人間石田の状況に嫌な汗をかき、そして小さくホッとする作品なのだ

その作品映像化はできていない。

できていないのに、商業的に成功している。

 

変わることの重要性を訴えた作品が、

そのメッセージの大部分を消失しながら、

大ヒットをしている。

 

まず私はその現実に立ち向かわなければいけない。

そう、思った。

 

…私はこの映画を予約するのに3時間かかった。

ネット予約操作方法が分からないのではない。

映画館聲の形から心をえぐられることに2時間半耐えられるか悩んだからだった。

ところが実際は、別のことでえぐられるとはそのとき私は思いもしなかった…

聲の形」見たのでおすすめする

はじめに

公式の書き方や、巷で燃えてる情報だとどんなところが魅力なのか分かりづらいなと思ったので

見るかどうか迷ってる人に向けて

どういうところが面白かったかなど書きます

 

ある程度あらすじを書かないと正直何も言えないので

導入部分だけネタバレします(いじめあたり)

 

もちろん大事な部分はネタバレしませんが

情報ゼロで見たい人は読まないようにしてください

 

ちなみに原作は読んでいません、あと私はおっさんです

  

全体的な感想ネタバレ無し)

正直予想を遥かに超える良い作品でした

Key作品を手掛けていたときのような京アニ彷彿とさせます

キャラの繊細な心理描写が、鼻に付かない程度に上手く表現されていて

一冊の小説を読んだかのような読了感を覚えました

 

テーマも非常に面白いです

一般的物語というのは人と人の関係によって生じるものが多いですが

この作品は「いじめっ子いじめられっ子障害者)」です

このような加害者被害者という関係性の作品は無いこともないですが、ここまで真正から

アプローチして面白くできていることに驚きました

まるで新しい味のラーメンを食べたときのような、「なんだこれ、旨いな」感がありました

 

原作シナリオ大分改良を重ねられているらしく、映画もできすぎているくらいによくできています

特に登場人物の心の変遷が面白いです

 

おすすめできる視聴者層ネタバレ無し)

この話は、もし小説だったなら学校図書室に置いてありそうな話です

なので、老若男女問わずおすすめできると思います

 

もちろん、もっとハチャメチャな展開を希望する人にはおすすめできませんし

小学生には難しいかもしれません

 

導入部分のあらすじ(ネタバレ

物語主人公石田将也が自殺を図る意味深なシーンからまり

そもそもなぜそうなったか小学校時代に遡ります

 

石田は小6の頃、元々粗暴なガキ大将タイプ少年でした。

どのクラスにも一人はいるような悪ガキですが、割りとクラスに溶け込んでいました。

 

そのクラス聴覚障害者西宮硝子が転校してきます

障害を持った児童普通学級に入ることはままありますが、様々な要因により、このクラスではうまく行きませんでした。

やる気のない教師。陰口を叩く女子。やがてそれはエスカレートしていき、明確にいじめに発展していきます

 

石田も、何を考えているかからないような彼女に対して「気持ち悪い」と思うようになり

途中からはいじめ筆頭として直接手を下すような存在となっていきました。

 

しかし、補聴器を何個も紛失させるなど度が過ぎたため、ほどなくしていじめがバレます

そしてクラスメイトはその罪を全て石田に負わせました。

それどころか、今度は仲の良かったクラスメイト石田いじめターゲットとするようになります

 

母親にもバレ、大金を弁償するという苦い思いをする石田

その石田に、いじめられていた西宮けが優しくしようとします。

しかしその行為理解できず、石田さら西宮に辛くあたるのでした。

 

そのまま何も解決せず、西宮は転校してしまます

 

石田は小6から高3まで「いじめっ子から近づかない方がいい」という理由いじめられます

それによってか、西宮硝子に対して行った罪の重さを自覚し、結果すっかり自己否定人間不信のような鬱屈した人間と変貌します。

人の顔すらまともに見れなくなった石田は耐えられなくなり、母親が払った弁償金をバイトで稼ぎ、そのまま死ぬつもりでいました。

 

そんな中、石田は通っていた手話教室で5年ぶりに西宮硝子と再開します。

果たして2人はどうなってしまうのか!

 

※ここまでが導入部分で、こっからスタートだと思います

おさえておきたいポイント

要点

 

疑問

これらが分かったとき、私は「いい作品だ」と思いました

その後の展開は?

 

石田西宮クラスメイトを中心に展開しま

 

個人的面白いと思った点

 

石田とともに罪悪感を覚える

最初石田○ねとしか思いませんが、いつの間にか感情移入していきます

すると西宮とどうなろうが、必ず罪悪感がつきまとい、優しい行動にすら違和感を覚えていきます

「俺なんかが話していいのか」「嫌がっていないか」「喜んでもらうにはどうすればいいのか」

そんな感情ラブストーリーで感じるものに少し似ていますが、罪の意識が強い分、別の何かです

喩えるならヤマアラシジレンマでしょうか(エヴァネタ

このモヤモヤ感は是非味わってほしいです

 

登場人物の変遷が面白い

西宮という存在によって、登場人物が思い悩みます

そして西宮自身も思い悩みます

 

そのどうしようもない中で、状況だけが変わっていきます

その登場人物の心情や状況がどんどん変遷していく過程面白いです

  

小学校時代西宮登場前と後、高校時代西宮登場前と後と、フェーズが多く

その上家族まで関わってくるため、なかなかに層の厚い話に仕上がっています

 

登場人物の配置

周りの登場人物が、いじめ筆頭から部外者まで連綿と配置されているところも面白いです

現実でも問題の中心に近い人だけが存在するわけではありません

西宮と他の者、石田と他の者の距離感一定ではないのですが、そのことで良いテイストが出ていると思います

  

加害者被害者

加害者被害者というテーマは実際のところ非常に難しいです

バランスを欠くとどちらかにご都合的になったり、ダレたり、気持ち悪さが残ります

でもこの作品はそういう灰汁が出てないんですよね

 

永束くん

永束くん

 

おわりに

聲の形はいいぞ

 

[]映画君の名は。

パンツが見えたので★5つです(前置き)

前半1/3はい意味新海誠っぽさがなくて面白かった

コマガイジンのYEAH!!!!って方の感じで見てた

でも中盤から最後にかけては2コマガイジンのシーンって方の感じになった

悪い意味新海誠っぽさが出てしまってて首を傾げる出来になっちゃってた

最後は秒速5cmの焼き直し、もといバタフライエフェクトシュタゲでさんざんみた演出の焼き直しだし

RADの歌は邪魔なだけだし

唯一氷菓できる部分は10年かけて秒速5cmの鬱屈を晴らしてくれたことに尽きると感じた

ありきたりでもバタフライエフェクトでもシュタゲでもなんでもいいか最後気持ちよく見る人間を帰らせてくれるような終わり方

それをやってくれたからすっきりした

秒速はあまりにも救われなさすぎたか

フィクションでくらい都合よくていいよね

でもRADはいらんかった

そいやバンプテイルズやったりしてたっけ

スピッツハチクロに使われてたっけ

閑話休題

Z会PVの続き見てるようにも感じた

結局このパターンか、みたいな

今はまだいいけど、これしか引き出しないってみんながわかったらソッコー見捨てられそう

しろ最初からそれをやりつづけてここまでこれてるから今後も問題なくやれてくのかな新海誠

あーあほんと最初1/3はよかったのになあ

2016-09-24

パンチのきいた関西言葉

関西圏から大阪移住した。

めったにないことだけれど、日常生活の中で「でんがな」「まんがな」を聞くことがあると、ちょっと得した気分になる。

大阪市内オフィス街で「でんがな」「まんがな」なんてのは、ギャグでない限り日常的に使われていないのだが、

ながいこと営んでおられる小さな会社のおじいさん社長や、地元密着の喫茶店スポーツ新聞を広げている高齢者は使う。

「はあー、いつまでも暑ぅおまんなぁ」というように。

とても心ひかれる。大阪に住んで10年になるというのに旅情を感じる。

漫画やら映画やら小説しか接することのないパンチのきいた関西言葉に接すると、「お!」と反応してしまう、よそ者生活がもうすぐ10年。

直接聞いたわけでもないのに今まででもっとも衝撃を受けた関西言葉は、

「どくいり きけん たべたら しぬで」

グリコ森永事件のあれ。

事件当時小学生であった私は店頭から菓子がなくなる事態に遭遇したはずなのだが、よく覚えていない。

菓子に毒が混入される事件であり、小学生からの注目度はかなり高かったと思う。私も夢中になってテレビを見ていた。

しかし「どくいり きけん たべたら しぬで」は、後になってというか、ネット文字列として認識してはじめて衝撃を受けた。

内容の反社会性はもちろん、どことなユーモアのきいた恐ろしさのようなおもしろさ。

凄みのある顔つきの男が眉間にしわを寄せながら、片方の口角だけをあげてにやっとしたような気色の悪さに惹きつけられる。

それはそうと、豪栄道が優勝だ!

最近の俺調べだけど、本を買う動機ってネット議論になるとき根拠を求める為ってのが多い。

映画の裏話や監督インタビューが載ってる本とか、政治家の対談が載ってる本とか。

ソース雑誌記事ってのもまだまだ多いし。

ネットがなければ多分もう本なんか買ってないかもしれない。

昨日一緒に呑んでた腐れ縁の友人から、中高の同期が

レイヤーにして法曹界の卵という訳がわからない存在になってることを

インタビュー記事へのリンクで知らされる。



友人にはバイであることをカムアウトしてるので

映画300みたい♡と記事中の写真から肉体美を十分くらい賛美したのだけど、

週5で映画を見てると云う映画好きにしてはノリが悪い。

聞けば、見たことがないらしい。

コーエン兄弟作品は全部観てるのに!?



高等遊民め。つい、イラッとなった感情を抑えようとした反動

単純に、友人は学校の旧い同期のことで盛り上がりたいのだと気づいた。

同期との繋がりが友人A一人だけになってしまったオレと違って

友人は定期的な交流があるようだった。先の記事も一週間前だった。

誰かが知らせてくれたんだろう。本人かも知れない。

そう分かって、雄っぱいではなくメイクを落とした顔の方を凝視したが、

200人程度の同期にこんなやつがいたかどうか、終電で別れる最後まで思い出せず、

ダルい気分で自宅に帰った。



自分から見て一人だけど、相手からはそうではない。

その晩は学校の中の狭い付き合いでしかまれない古い嫉妬を思い出して久々に胸が軋んだ。社会に出てから一方通行関係普通だと自明だと自分に言い聞かせてたんだが。

最近映画感想文が多いのってやっぱりみんな映画について語る友達がいなくてネットでやってるから

映画聲の形」への的外れ批評とその醜さについて

聲の形」という作品は、読み切りから映画まで、一貫して「障害」や「いじめ」はテーマではない。

この作品テーマは「コミュニケーションと成長」だ。

それを読み解くこともせず、眼前に広がる一見ショッキングな"状態"に"反射"して思考停止し、瞬間感じた嫌悪感武器批判しているだけの批評散見されていて、反吐が出る。

罪と罰、救いを一元的に見る人間のなんと多いことだろう。

決して自らの罪を許さない将也と、どこまでも内罰的な硝子の二人が、すれ違い続ける悲哀に満ちた少年少女物語にむかって、

加害者目線ファンタジー」だの「障害者を使った感動ポルノ」だの、

あげく、以下のありさま。

https://twitter.com/sssugita/status/778894069380427776

将也は言わずもがな。そして硝子は許すも何も、自分害悪加害者だと思っている。なんでそれがわからないんだろう。

勧善懲悪な、白か黒かのふたつしかない世界を行きているのであれば、それはなんて貧しいことだろうと思う。

人の心はいだってグレーなのに。