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2017-03-25

ある状況を的確に言い表す言葉ことわざを見つけるとめっちゃテンション上がる。

類語を当たっても、ニュアンスが違っていたりでなかなかしっくりくる言葉を見つけられない。

これだ!と思う表現を見つけた時は凄くうれしくなる。視点を変えればよかったのかとか、これって病名ついてたのかとか、最近になって新たに開発された造語だと知ったり。

でもこの趣味はメンドクサイ事だと受け取られやすい。だから理解のある人にしか言えないし、そうでない人に「こういった状況の事は何と表現するんですか?」とは気かない。

たとえば「目の前にゴミのようなものが浮かんで見える現象って何と言うんだろう」に「そんなの誰でもあるから気にするな!」と返されるように、

挙げた例に対して執着していると思われて、「考えすぎ」「そんな小さいこと気にするな」と言われたり、

場合によっては例に対しての是非を問いていると受け取られて反感を買われることもある。

から主に一人で楽しんでいる。部屋に閉じこもって一人でにやついてる。

この趣味目的はなく、知ることが単純に楽しいだけ。生かせる技術もない。

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324215549

いわゆる身内で抜けない現象に似てるのかな

身内で抜けるからよく分かんないけど

http://anond.hatelabo.jp/20170323162129

産業界で飼われている草食系畜産動物です。

日米欧、欧の中でも各国違う仕組みでシステムがまわっているのを見るけど、

なかでも日本は本当にうまく回っていない感は外から見ていても感じる。とても日本社会的な特徴がよく出ているかなとも思う。

例えば、高齢化社会の進展で社会保障費が増大する中、

財務省は、高齢者サポート以外の予算一生懸命締め付けるための因縁を各省庁につけて回っているんだけど、

文科省グローバル化とか大学改革とか、それを実施するためのお金として削られる分を取り返そうとしている。

 

財務省はそこに根拠を求めるから文科省が偉い教授陣に提案とかグローバル化ロードマップとかの作成をお願いする。

すると、

もっと偉い教授陣が集まる教授会で何が議論されているかと思えば、やれ大学改革だ、グローバル化だ、

大学院授業の実質化だ、オープンコースウェアだ、アクティブラーニングだ、学位プログラム化だ、

単位互換制度だ、デュアルディグリーだと、文科省の顔色をうかがいながら、

みたいな現象が起きる。

 

ただ、大学運営方針を決めたり戦略を作ったりすること自体世界中のどこでもやってる。

ここで、日本で一番特徴的だなと感じるのは、年功が高い人というか総合力を重視する規範ものすごく強くて、

そういったロードマップ作成を、年功の高い人だけでやろうとすること。

だいたい良い人材が腐らなければ、年々研鑽していくこともあって、

年功が高い人の方が(その組織委内での)総合力が高くなるのは当然の帰結だけど、

それでもある一点で評価すると年功の低い人でも年功の高い人を圧倒することは当然ある。

「他はだめだめなんだけど、ここは素晴らしい」という人材がいたとき

あいつは未だ未だ」「こういうところが足りてない」など、"欠点がない"ことを資質として求めちゃう

 

結局、戦略策定とか高尚とされるお仕事は年功高い人がとるので、大学業務リソースは変わらない中、よそ者とか若い人に、

生産性の低い学生留学生含む)を手厚く面倒みながら、自分事務書類に追われ、試験監督したり、

クラス連絡会とかオリエンテーションとか企画して、引きこもりで出てこない学生の両親に電話相談したり、

大学説明会オープンキャンパス市民講座とかに駆り出され、はては高校訪問などの営業まで

してもらわないといけない体制が出来上がる。

 

長期戦略を作る方の話に戻ると、年功が高い人になると、人生の"あがり"が見えている人が自然多くて、

10年後なんて俺には関係ない話」と口にしちゃう人がマジでいるし、

戦略策定も"欠点がないように"実施項目は並べるんだけど達成目標議論は避ける。

 

経産省資料

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/004_04_00.pdf

ベンチャー活用」とか実施項目は踊るけど、その帰結については書いてないでしょ?

 

年功高い人の会議でも同様の議論(↓)があって、これまで前述のことは本当に陳腐だと感じられるかもしれないけど、

http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/sangyougijutsu/kenkyu_kaihatsu_innovation/pdf/006_03_00.pdf

 

結局のところ、地方は結局「若者」を排除して自ら衰退するですね。

私も逆の立場になってきたら、しっかり神輿に乗せてほしいし

 

さらにこういったものを作る有識者会議だと「高度な日本技術を輸出」とか、

日本に本当に有意性があるかどうか不明なことが世界を圧倒しており、

しか世界がそれを欲しがっているというクールジャパン前提の実行計画が立つ。

 

他方で、極端な例を挙げると欧州小国だと官僚組織部長(局長の次席)に30歳ちょっとで就くことがあったりして、

しか転職でだったりする(すなわち年功ゼロ)。

そういう人にうまく仕事をさせて、組織利益にしようという目標意識運営側に強い。

 

 

欧米だと博士課程の学生に勤続年数5-6年のサラリーマンと同じ年収を渡して仕事をしてもらうのもよく聞く話ですよね。

日本だったら、そんな社会経験ない人に良く任せるなーって感じするよね。

 

 

でも、欧米の友人もP300くらいの研究提案書(ロードマップ)なんて作ってポジション取りに行ってるし、

大学とかもっと上位の戦略策定している人たちは、

そうやって入手したロードマップを取捨選択編集統合してたり全体目標を作ってたりするんじゃないかなと思うけど、

そういう、屍累々の上に国家戦略的全体像を作る世界日本はなりたくないよね?

2017-03-19

思想バカ思想バカなあまり、何重もの思想フィルターを通して作品を見てしま作品本質を見極めることができなくなる現象

バカなの?

持っていくものを予め準備しておいたのに忘れる現象

持って行けるように取り出して置いておいたのに、最後最後カバンに入れるの忘れる

ってのがなくならない。

なくす方法は?

むきたい欲

加齢により、かつてはバキバキだったチンポが小さくなり

肥満により、包皮が戻る現象が頻繁に起こるようになる。

早くトイレに駆け込み包皮をむきたいという衝動かられながらも

のっぴきならない状況の中我慢をしているとすごく情けない気分になる。

石坂啓漫画好きな人の前でナプキンがずれたり横漏れが起こっていると

死にたくなるというのはこういう気分なのかもしれないと推測(諸説あり)。

2017-03-18

まだ名前のない現象

家にいるのに「家に帰って休みたい」とつぶやいてしまうこと。

歴史に学ぶということ

教科書には、第一次世界大戦から総力戦になったとか書いているだろうが、戦国時代から既に総力戦になっている。戦国時代後半には足軽という非正規雇用が進み、職業軍人だけで戦争をしているわけではなくなった。安土桃山時代には、鳥取の飢え殺し(かつえごろし)という事件が起こっている。兵糧攻めでも降伏しなかったので、領民までもが餓死し、共食いも起こったらしい。死体を食ったようだ。

経営者管理職自己組織の対面を維持しようとすれば、非正規雇用から犠牲になる。戦争ともなれば、兵士でなくとも犠牲になる。

桃山時代には刀狩りが行われ、つまり民間人に対する武装解除が行われて、職業軍人時代に再び戻された。

今でも、兵士民間人区別して、「民間人を巻き込むな」と批判することは一般的だ。しか現実には、民間人普通に兵士として使われる。

大東亜戦争」では、通称赤紙」が乱発されるが、これは民間人に対する徴兵軍事工場普通に空爆しても、そこで非戦闘員労働している。学徒動員かいうのは、職業学生軍事産業就労させたわけであり。さらにクソ愚かなことに、竹槍持たせて戦闘訓練をしたりとか、焼夷弾空爆されるのにバケツリレーで消火しようとか、これが現実じゃなければ爆笑ものである

国民一丸となって戦おうとか言うと、もしかするともしかして美談に聞こえたりもするのかもしれないし聞こえないのだろうけれど(笑)一般人犠牲にしてでも体面を維持して、少しでも有利な条件を引き出そうとする卑怯な、組織論理だぞ。しかしこの手法がまともに通ずるのは前近代戦争までさ。

前近代戦争ならば、敗戦するのにも一矢報いて有利な条件を引き出そうとしたわけさ。例えば戊辰戦争にしても箱館に立てこもって楯突いたのがいたわけで、戊辰戦争後には、既得地位を奪われた人々に対して北海道知行するという補填が行われている。そうして大名移住して開拓したり、下級士族屯田兵転職したりしたわけさ。けど、こういうのは前近代的な、取引としての戦争だ。

絨毯爆撃して沖縄戦しても屈服しないうえに、特攻してくる連中見て、アメリカ人ビビったんだが、ビビたからなおさら無差別殺戮してきたさ。そいで、広島長崎原爆実験台にされたんだぜ。結果、敗戦したうえに、天皇制維持をかろうじて死守しただけだろ。交渉になっていない、むしろやればやるほど失われたってこと。同胞捨て駒にして、なんの得も無かったんだから、実に、実に、クソバカだ。

歴史に学んでいない。歴史を学んでいないんだろう。今も学んでいないのだろう。教えられる奴も居ないんだと思う。まだまだおんなじことやり続けるんだろうね。今でも、人は国家社会歯車だろ。会社人間とか企業戦士とか、そして社畜とか、丁稚奉公時代から変わっていないしな。丁稚奉公時代から未だに毎年数度は「帰省ラッシュ」が起こるだろ。滑稽で笑われるような現象だけど、異常だという自覚すらないようだね。休日国家が決めていて、皆それに合わせないと生きていけないとかいう(以下略)(笑

景気が悪化し続けるのも当然で、国家のために増税したり、企業のために人件費削ったりして、組織構造を優先して、所得雇用を減らすことばかりやっているからね。遣えるカネないんだから、消費は増えない。採算をとるために人件費削るのに必死で、企業すら多くは遣えるカネ無いしね。建前では戦争やってなくて平和ってことになっている今も、実質的には戦時中だな。

既得権益者の逆ギレと、日和見菌パラサイト

安倍以来、激鬱で生活行動すらまともにやれていないので、ましてや書くことも辛くて、思考はいくらでも自動的に出てくるのだが書けないという日々が続いている。だから論理的にちゃんとしたことを書く気力がないので、跳躍的に短絡に書く。

近年の現象は、既得権益者の逆ギレと、社会の既成構造に馴れ合う人々のパラサイトで生まれている。そうやって、プーチン安倍トランプも生み出されている。

自然界の多くは、普段は役に立たない日和見でできている。人体の細胞のかなりの割合は、役に立っていない。人体に棲む細菌の大多数は日和見菌であり、「勝ち馬に乗ろう」とする。生きていくためには多少のことは辛抱するというそこそこ恵まれ人間が、人数としては多い。こいつらは日和見である

残念ながら、弱くて卑怯な奴は日和見をするし、組織論理で行動する。自分の命が惜しかったり、部下や親類や友人のしがらみの社会では、日和見で行動する。本当に正しく善い人でいるためには、ときには人間関係を絶たねばならない。だから友達(笑)である。妻や恋愛友情なんかでは、保身のエゴイスティックな行動を取るという生存欲求という意味で強くなれるだけであり、そこには正も善もない。あるのは、人間社会利己主義に基づいた正義だ。そういう意味で「強い」のであって、正しいかどうかは別の問題だ。

既得権益者は、贅沢な地位民主党政権時代抑制され、被害妄想に陥った。恵まれ身分を奪われたら、「差別されている」とすら思い違いもする。もはやコント漫才かのような笑い話だが、困ったことにフィクションではないから困る(笑)。例えば、このオッサン社会なのに、男が差別されるようになったとすら思い込んでいたりする(笑)所得があって恵まれているのに、俺のカネを無駄遣いするなと言って税金ケチらせようとし、社会保障費は貧困者に負担させようとする。

逆ギレである

ちょ、おま(笑 である。面倒くさいからその一言だけでもいいと思う(笑)

けど実害が甚大だから困る。物凄く困る

社会の既成構造政体があって、そのなかで権力権利をもっている階級身分っていうのが未だにある。封建。カースト制のようなものだ。そうして、そのカーストに基づいて人生を過ごしている人間には、その身分に基づいて生きたがるのも居る。沢山居る。世襲政治家のイエというのは贅沢な身分でもあるが、ときには針のむしろであり、人生牢獄である。けれどもおそらくは多くの人から羨ましがられている。

同様に人生牢獄だが羨ましがられるとは限らないものに、夫にパラサイトする女という「孟母三遷」的な封建的人生をえらびたがる人々がある。男尊女卑差別されているのは明白なのにもかかわらず、男にパラサイトして人生を終えたがる人というのは残念ながらかなり多い。そして実際、ひとりのちからではこの社会構造を変えることはおよそ不可能みえるし、異論の声を上げるだけでも既成社会で生きていくにはデメリットでもあり、そしてついには、既成社会適応して疑うどころか心底賛同するという社会適格者化すら起こる。

残念ながら、とにかく実際、女に生まれたら、結婚しないで生きていくのは困難な社会であろう。

男が外でカネ稼いで、女がそのサポートをするという、そういう武家社会かなんかの慣習が拡大再生産され相続されて、今に至っていて、未だにある。

保守」というのは、「古来を守っている」のではない。決して、ない。単に、既成構造を死守しているということ。奴らの言う「古来」は、既成事実封建制度。この封建制度ってのも、たかだか近世のもので、古くはない。古来の古代のものではない。とき儒教封建であったり。カトリック教会封建であったりするかもしれないが、そういうカースト社会構造。そして、そうした構造奴隷にわざわざなりたがる人はかなり多いってこと。たとえば、解放をいやがる奴隷だって沢山いたくらいだし。おそらく今でもインドに行けば、客が自らセルフサービスでやったら、俺の仕事奪ってくれるなと言うカーストの下層者が残っているだろうと思う。

こうした遺物洞察して反省して革新しないと、いつまでたっても人類はクソ未満なんだろうと思う。

2017-03-17

昼食に刺身定食を食べて心を落ち着かせる

普段の昼食は簡単ものを選んでいる。

いなり寿司」とか「巻き寿司」みたいな、一口で食べれて、かつ、どれから食べるか? みたいな選択肢が少ない、

気楽に食べられる食べ物だ。

ちなみに、常にいなり寿司を全部食べてから巻き寿司を食べている。



これは、仕事精神がすり減るのに、ご飯を食べることを考えることに脳みそを使いたくないから、こうしている。

僕にとって、朝決まった時間に起きて、スーツを着て、電車に乗って、パソコンの前に座る、という仕事以前の作業でも、ひーこらいう程度には疲れてしまう。

そんなわけで、ただでさえも疲れているのに、ご飯を食べることにエネルギーをあまり使いたくないので、普段はこうしている。

というより、仕事エンジンをご飯を食べることで落としたくない感じかな。

面白い本を読んでるときに、ご飯食べるのを忘れてしま現象を、あえて自分から作り出しつつ、最低限のエネルギーは補充する感じ。



ところが、仕事ミスをして、気分を切り替えたいとき、そういうときはこういう簡単食べ物はよくないことに気づいた。

仕事モードのままご飯を食べるのは、普段はいいんだけど、一旦昼休みに少しでも自分の中で仕事モード出来事リセットしたいときは、こういう食べ物はよくない。

なら何がいいのか?

うそれが、刺身定食なのです。


いろんなお店でいろんな刺身定食があるだろうけど、今僕が通っている職場の近所の居酒屋さんのランチでは、

「ご飯」

漬物

味噌汁(魚のアラが入ってる)」

刺身7種盛り」

生卵卵かけご飯醤油

こんな感じのセットなんだけど、これがもう、非常に気持ちリセットできる。

まず、考えるのがご飯のバランスだ。

最終的には、卵かけご飯でしめたいが、ここはご飯を多めに食べておいて、超濃厚卵かけご飯としたい。

しかし、当然ながらご飯が少なすぎてもよくないので、絶妙バランスをとらないといけない。

さて、なにから手をつけるべきか。

口を湿らせたいか味噌汁先行というのは常套手段だが、この味噌汁は魚のアラが入っているため、小骨に気をつけないといけない、初手からこの気遣い億劫

なので、口を湿らせる目的カウンターにおいてあるセルフの温かいお茶ですませよう。

となれば、自然と初手は漬物

いきなり漬物とご飯でかっこむのでなく、漬物単品を味わう。

それから、もう一度お茶を飲んで。

さあ、刺身の7種盛りだ。

今日は、

タコ

ホタテ

イカ

マグロ

カンパチ

タイ

サーモン

それぞれが2切れづつ。

こんな感じだ。

念のため言っておくが、僕は生まれた時から日本で育ってまだ海外に行ったことがない程度には日本人なのにもかかわらず、

タコ野菜でなく魚介類だと知ってまだ数年しか経ってない程度の、食べ物音痴なのでこれらが、本当にタイマグロかどうなのかはわからないぞ!



この7種の打順……

これは非常に難しいが……

ここはガツンとマグロだ!

醤油皿にお醤油を出して、わさびを解かずに刺身にじかにつけて

食べる!

ここのわさびをつける量のバランス

このバランス感覚を楽しみたいがために、僕は醤油にとかさないのです。

味がどうのとじゃないんですよ。

ここでミスるとツーンとするからこそ、慎重に。

でも、ご飯をかっこみたい気持ちにつながるよう、ばくばくと勢い良く。

食べる!

食べる!

食べる!



もうこうなると、僕の気持ちは、刺身を美味しく食べることだけに熱中しています

つのまにか、理屈でなく、体が自然自分の望む量のわさび自分の望む順番で、

おかずをたいらげていくことができるのです。



刺身が三分一ほど片付いたら、魚のアラが入ったお味噌汁を飲む。

最初は、小骨に気をつけないと。

とか思っていたくせに、今ではそんなこまっしゃくれた理屈はどこへやら、自然お箸で骨を避けて、身もきちんとほじって食べれているのです。



そして最後に、程よく残したご飯に卵と醤油をかけて、卵かけご飯で締める。




こうやって、食事一生懸命になることで、

こうやって、お刺身にちょびちょびワサビをつける工程で、

さっきまでの憂鬱お仕事での失敗した落ち込みはどこへやらなのです!



最近仕事で失敗すること自体はよくないんだけど、それを引きずったり落ち込んだりするのって意味ないな、と思い始めたんですよね。

失敗は失敗で、それを取り戻すために頑張ったり、再発しないように頑張ることこそが大事で、失敗自体はあって当然なんですよ。

からこそ、こうして、刺身定食を食べて自分の中の気持ちリセットして、また仕事に向かおう! と頑張りたいのです!

[]PS3torneしか使ってない人って普段どんなゲーム遊んでるの

マジで

iPhoneで例えるなら、音楽も聴かずネットも繋がず通話もせずアプリも使わず、ただのデジカメ代わりにしてるような使い方なんだけど

追記

この辺から拾ってみる

http://b.hatena.ne.jp/entry/game.watch.impress.co.jp/docs/news/1050044.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.itmedia.co.jp/news/articles/1703/17/news096.html

id:logic torne専用機だったけど稼働時間自体ものすごく長い。5000時間は超えたはず。その分壊れるのも早かったのですでに処分済み。その後PS4でも同じ現象起きてるから実は壊れてなかったのかも…。

id:azi2 買うと思っていなかったが、19800円に値下がったときに買い、今でも録画機として活躍しています。。。

id:n_231 TORNEBlue-ray再生機として便利なのでこないだ買い足したけどもう一台ぐらいストックしておくか・・・

id:hogege トルネ端末&動画プレーヤーとしてしか使ってないけどサポートは何時までされるんだろう?PS Pulusも一年残ってるしあと2年は(PSN)使いたいなぁ。

id:kz78 実質torne専用機になってるので、そろそろnasne買わないとなぁ。

翻訳を待ち望まれ洋書があって、やっとその業界の人が翻訳して日本でも発売ってなったけど、あまりチョー直訳すぎて原書も買う羽目になる現象って何ていうんですかね。

2017-03-16

いつから日本人は「自分青春」を持たなくなったのか

「俺がガキの頃は尾崎青春でさー」みたいな事言っちゃうオッサンを見ると切なくなるんだよね。

お前にはお前だけの「青春」が無かったのかよと。

最近の子ニコニコ動画とか深夜アニメとかが「青春」になっちゃってる人多いんでしょ。

そういうのって悲しくない?

青春」って他人が与えてくれた創作物を消費するだけの時間なんかじゃなくて自分自分として構成される過程に起こる自分だけの物語であるべきでしょ。

自分で午前二時フミキリに望遠鏡を担いでいったならそれはその人の「青春」でいいけど、それが他人の歌うヒットソング歌詞しか無いならそれは「青春」とは呼べなくね?

いつから日本人ってこうなったんだろう。

爺さん婆さんですら「青春」の話させると往年のスターいかに格好良かったかを語りだすしかなり前からこの現象は始まってそう。

http://anond.hatelabo.jp/20170315234045

俺も無気力感・脱力現象は随分続いてていろいろ調べたから書くよ

 

もちろん一番疑わしいのは非定型うつだと思う

精神的なものを伴わない神経系のものもあるらしい

(ただ個人的には鬱じゃないんじゃないかと思う)

ストレス自分にかかってるかどうかは、チェックリストネットに落ちてる

http://jiritsuguide.com/about/stress_check.html

 

うつじゃなければ自律神経失調症だけど

これは結果であって原因ではないから、原因が他にある

 

自律神経失調症の原因も難しいんだけど

胃腸からくるホルモンバランスの乱れ

低血糖症からくるもの

肩こりなど、神経の圧迫から来るもの

・他の病気からくるもの

などなど

 

一番懸念されるのが「他の病気からきてる」ってやつ

いきなり重いのが来てるから、有り得るかもしれない

心療内科じゃなくて総合病院か、内科で精密な検査してみてはどうだろう

 

といっても、それすらダルいってのもわかる

病院行く気力すら無いなら、身内に相談してみるといい

他人強制力がないとできないこともある

俺は身近に身内がいないから、無理やり病院の予約をするようにしてる

http://anond.hatelabo.jp/20170316125710

たまーに何事もなかったかのようにログインできるときこそ機器(と回線)を疑うんじゃない?

因みにウチも似たような現象が起きたとき、安定性的に良かれと思って入れたPLCが時折コケてて

電波強度の微妙無線LANの方が幾らかマシだったというオチ

根も葉もない噂を信じて一人また一人とフォロワーが消えてゆくこの現象

撒き散らした当人からすれば事実無根でも効果アリで、撒き散らされた人間からすれば事実無根でも近寄らないようにという心理効果絶大。

火のないところに煙はモクモクたつ。



好意を持って近づいてきたのにあっさり見限るってやつに対して、最初から無視されるよりも殺意が湧くのはなんて言う現象だっけな。

2017-03-15

機械室で事務仕事してたら心と体がぶっ壊れた話

 三月機械室は寒いビル全体に快適な空調を提供するための機械が詰め込まれ、常に忙しく稼働しているが、地下三階のこの部屋自体は空調の対象外だ。本来人間のいる部屋ではないから当然である

 束の間静かになったかと思うと、あちらの機器が動き、こちらの機器が唸る。遥か上層まで温風を送るための、巨大な機械の稼働音。出入口の重たい鉄の扉には、騒音漏れ出しを防ぐためだろう、「開放厳禁」のプレートが貼られている。

 その扉の横には、在室者表示パネルがあるのだが、あまり意味はないのかも知れない。人がいると表示されているにも関わらず、全ての照明をオフにして出てゆく人が時々いる。後に残るのは機械が動く音と、非常誘導灯の光だけ。

 私はその、地下三階の機械室で働いていた。申し訳程度に置かれたストーブは、部屋の寒さと広さに対してあまりに貧弱で、温かいと感じたことはなかった。仕事中もコートは脱がず、ヒートテックの腰と肩と下腹部に、貼るタイプカイロを仕込む。電気ポットも電子レンジももちろんないので、温かい飲み物を一日に二本は買いに行く。それだけやっても、夕方には体が氷のように冷たくなる。大きな音をずっと聞いているためか、外に出ると全ての音が遠く小さく聞こえた。

 ここまでの文章を読めば、そういう場で働く職業の人か、と思われるだろう。だが、実際はタイトルの通りであるExcelや専用ソフトを用いた書類作成が主な仕事であり、その他コピー取りや備品の注文といった雑務も行う、私はただの「派遣事務女性」だ。機械室の奥の、気休めのようにパーテーションで区切られた広場という就業場所以外は。

 そこに常駐しているのは私一人だった。他の人は打ち合わせで外に出たり、営業所に出向いたり、同じ建物内の別の事務所仕事をしていた。

 ただの事務のくせに、スマートフォンは常に手元に置いていた。心証が悪いのは分かっていた。それでも手放せなかった。一人きりで機械室に置かれた心細さも多分にあったが、在室表示を見落とした誰かに照明を落とされてしまったら、光源は非常灯とパソコンモニターだけになる。そうなると私はスマートフォンLEDライトを点けて、機器の間の通路を通り抜け、自分で照明スイッチの所まで行かなくてはならない。そういう事態が、一日に三度は発生する。昔、自分懐中電灯を持って歩くお化け屋敷に入ったことがあるが、今は何故あんものお金を出していたのかと不思議に思う。機械室に、脅かしに来るお化けはいない。誰も居ない。こちらの方がずっと怖い。

 そんな環境で三日ほど働いた。たったの三日。その三日間で、私の心は駄目になった。四日目の朝、起き上がれなくなった。


 目は覚めているのに体が動かない。スマートフォンの目覚ましアラームが鳴っている、うるさい、止めなければ。頭では分かっているのに、全身が鉛のように重く、手を伸ばすのも一苦労だった。起き上がることはもちろん出来なかった。

 毛布にくるまったまま、体調が悪いので休みます、と派遣元派遣先にそれぞれ電話を入れた。そのまましばらくぼんやりしていた。食事を摂るべきだと思い至って、ベッドの上を這い、落ちるようにして床に降りた。その姿勢のまま、壁を見つめて泣いた。

 休むつもりなんかなかった。少なくとも昨日の終業の時点では。テキスト形式のToDoリストに、明日作業に使うはずのファイルパスを貼り付け、紙の資料は机の上に出しておいた。温かい飲み物を毎回買うのはお金がかかり過ぎると思い、買い物リスト魔法瓶と書き込んだ。小腹が空いた時のための飴のストックも、どの職場にも持ってゆく自作マニュアルも、引き出しの中に入っていた。明日もここで仕事をするのだと信じて疑わなかった。

 最後の一藁が積まれたのは、おそらく退勤後、帰りの電車に乗った時だ。運よく空いた座席に座ることが出来た私は、鞄から文庫本を取り出したものの、読む気になれず膝の上に置いてしまった。凍え切っていた体が、車内の暖房に温められて緩むのを感じた。それを自覚した時、ああ、今の私はホームレスの人みたいだ、と思った。

 ローカル現象かも知れないので補足しておくと、私が利用している普通電車には、時々ホームレスが乗ってくる。全財産であろう荷物を抱え、申し訳なさそうに体を縮めている。彼らが乗ってくるのは、決まって冷え込みの厳しい早朝や深夜だ。深夜営業マクドナルドも、地下街もない田舎から、初乗り料金の切符を買って電車の中で暖を取るのである

 彼らのほとんどは、きっと悪いことをしたわけではないのだろう。好き好んでそうしているわけでもないのだろう。私も同じだ。それなりに一生懸命やってきたつもりだった。そうして勝ち取ったものが、この労働環境と、冷え切った体だった。

 心の背骨が、音を立てて折れた。


 たった三日で、と書いたが、実際はそうではない。実は夏から、私は似たような環境で働いていた。

 そこはとあるビルの、やはり本来機械室で、冷房機器がなかった。もちろん窓もなく、日差しに焼き殺されることこそなかったが、這い上がってくる湿気に蒸し焼きにされるような、座っているだけで体力を削り取られるような環境だった。

 体調を崩して病院に行くと、熱中症と診断された。冷房を付けないと体に毒ですよと医師に言われ、冷房機器自体職場にないと伝えると絶句された。月の医療費は一万円近くに上り、休んだ分の給与はもちろん出ず、家計は逼迫した。冷房なしでも平気な鋼の肉体ではない私が悪いのか、と理不尽に感じた。

 それでも働き続けたのは、頑張れば良くなると信じていたからだ。冷房は今手配してるから、という雇用主の言葉を信じていた。臨時事務所と言えどここまでひどいことはそうそうない、とも聞かされていた。認められれば営業所への配属も叶うと思っていた。結局、夏も終わる頃になって馬力不足のエアコンが付いた。そんなものが要らない秋が来て、防寒着とカイロヒートテックで武装するしかない冬が来た。

 なんとかそこでの仕事を二月いっぱいまで勤め上げ、三月からの配属先も機械室の臨時事務所だと聞かされた。今度はきちんとした事務所でしょうね、と私は確認した。ちゃんとした事務所体裁になっている、という言葉を信じて、契約更新書類に判を押した。

 ちゃんとした事務所

 机とパソコンが置かれ、電話通信環境さえあれば、それは「ちゃんとした事務所」ということになるのだろうか。パーテーション暴力的に乗り越えてくる冷気と騒音は、ないものと見做すのが一般的なのだろうか。私には分からない。

 ただ、体を壊し、薄給にも耐えて、それでも次は良くなると信じて頑張った結果がこれか、と絶望を噛み締めるには十分だった。新しい事務所環境も、三日間という時間も。


 仕事に行こうとして起き上がれなかったあの日から一週間、ずっと泣いて過ごしている。正確に言うと、何をしても涙が出て止まらないのだ。あの機械室で過ごした時間よりも、自室の壁を見つめて泣いている時間の方が長いというのはどういうことか、自分でもおかしいと思う。

 年甲斐もなく泣きじゃくりながら関係者電話をして(泣き止んでいる時間ほとんどないのだからやむを得まい)、とりあえず休職することが決まった。仕事休みになったらやりたいと思っていたことは沢山あったはずなのに、旅行はおろか、買ったままになっていた本を開く気力もまだ湧かない。せめて気持ちを整理しようと、布団に潜り込んだままタブレットを使ってこの文章を書いている。


 まだ耐えられる、という考え方は危ない。自分限界と、改善の時期を正確に見極められるのならその限りではないが、少なくとも私には無理だった。まだ働けると思っていた。自分限界は、思っていたよりも小さかった。

 雇用主の人は、どうか労働環境に気を使って欲しい。口では耐えられると言いながら、無自覚ダメージボロボロになっている、私のような人もいるかも知れない。同じ環境に置かれても、年に八百万円貰っている管理職と、四百万円貰っている社員と、二百万円貰っている派遣社員と、仕事が大好きで報酬なんか気にならないという人では、耐えられる限界がそれぞれ違う。

 もし望まずに似たような環境に置かれている人がいたら、出来れば逃げて欲しい。次の仕事も見付けられていない私が、逃げても大丈夫だよ、とは到底言えないから、「出来れば」としか言えないのだけれど。朝から晩まで涙が止まらず、食べ物を買いに出れば道行く人や店員にぎょっとされ、転職活動をしようにも履歴書に貼る写真が撮れない、自分の好きなことも楽しめない、友人から電話を受けてもロクに話せない──こんな状態になるくらいなら、もっと早く逃げておくべきだったのだと思う。


 涙が止まったら、仕事を探しに行くつもりだ。最低限の空調機器の備わった居室で働かせてくれる転職先が、見つかるといいのだが。


【同月16日23時 追記】

 勢いのまま書いて投稿したものに、多少の加筆修正を行った。面白くもない話題の長文なのに、予想よりもブクマ数が多くて驚いている。目を通してくださった方、ありがとう。その程度で休むのか、とのお叱りも覚悟してコメント欄を開いたはずが、今は世界の優しさを痛感している。

 子供の頃の夢は作家だったので、文章力を褒められたり、覆面作家じゃないかと疑われるのは面映ゆい。私が本当に作家だったら、有名なジョークよろしく「良かった、可哀想派遣社員はいないんだ……!」となって、それはそれで良かった気もする。

 現実の私は、ボイラー技士の資格は持っていないが、その類の業界の専用ソフトの扱いに慣れている。派遣会社業界経験者優先で仕事を紹介するし、少人数の臨時事務所特に教育不要経験者を欲しがるわけで、私が同じ業界の似たような職場に続けて派遣されたのはさほど不思議なことではない。


 この労働環境が法に触れるものであることは、私も承知している。ただ、同じ事務所に出入りする他の社員たちは、不満は言っても我慢は出来るという様子だった。性別給与も、滞在時間も違うのだから仕方がない。

 私が一人で告発したとして、正社員ならふてぶてしく居座ることも出来るだろうが、派遣社員場合はそれが原因で(表向きは「経営上のやむを得ない事情」で)即座に切られる可能性がある。自分就業中にはとても出来なかった。逆に今の私は失うもののない身なので、後任が同じ目に遭う前に一言言っておきたいとは思っている。

 本文中にも書いた通り、もしこれを読んでいる中に環境を作る側の人がいらしたら、少しの配慮をお願いしたい。この記事へのブクマコメントだけでも、「私より辛かったんじゃ……?」と思うような書き込み複数あった。それらは全て、改善されるべきものだ。改善出来ない立場の人は、どうか自分の身と心を守って欲しいと願う。


 幸いだったのは、今回の派遣先短期契約で、私も近々次の仕事を探す心積もりであったこと。転職情報を集めたり、職務経歴書を作り始めた矢先だった。自分の心が折れたのは計算外だったものの、少し休んで五月くらいに次の仕事を見付けられれば大体予定通りだな、と結構気楽に構えている。

 収入が絶えることだけが不安だったので、傷病手当金を貰える可能性があると教えて頂けたのは助かった。貰えないとしても、自分メンタルケアのためにも明日病院に行くつもりだ。


 名も顔も知らぬ私の文章を読んで、心配してくれる人がいる。それだけで心が軽くなった。本当にありがとう

 ストレス要因はなくなったので、たっぷり寝て美味しいもの食べて、あとはジョギングしてプール行って本読んで映画観てカラオケに八時間くらい篭もれば回復すると思う。今はまだ泣いてるけど。私の今後のことは、どうかご心配なく。

ドロップボックスで共有してるファイルを別の人が編集・保存するとPCが止まる

ひたすらこの現象が起きると何度も行動不能になって仕事にならなくなるんだけど何なの?

何しても操作を受け付けなくなる

ドロップボックス仕様

フィクションだけで起こりうる描写

マンガアニメではよく見かけるけど現実には起こり得ない現象

一番最初に描いた作者はどこから着想を得たのかが気になる

例:まきぐそ、鼻ちょうちん

ビルド時間が年々長くなる現象について

ビルドなげぇ。



失礼。

コンピュータの性能が上がっても、分散ビルドインクルードの工夫が進んでも、それでもなぜ仕事ビルド時間は長くなるのか。


コンピュータの性能が上がって、ソフトウェアで実現できることも増えて、限界まで性能を使おうとするようなアプリソースコードは、コンピュータの性能以上に膨れ上がる。

なのでビルド時間は常に余裕がない。



ビルド不要LL言語でやるライト仕事は快適な開発環境になっていくけどね。

http://anond.hatelabo.jp/20170314174014

象徴研究豊富にあるだろうが、ここまで細かい単位で、しかも「こういう単語が多い」にとどまらず、一般的に、音素に「意味がある」と主張する研究は、広く受け入れられているものの中にはないんじゃないか

よく知られている音象徴は例えば、英語だったらglで始まる単語は光に関する単語が多いとか、曲線の多い図形と直線の多い図形を見せて、「どちらがブーバで、どちらがキキか」と聞くと、母語に関わらず曲線の多い図形がブーバだと答える人が多い(ブーバ・キキ効果)というようなもの

あと、これはどの程度学説としての妥当性があるのか知らないけど、「怪獣の名はなぜがギグゲゴなのか」という本を出した人もいた。

何れにしても、なんらかの音がなんらかのイメージを想起させるというような現象であって、例えば「集合論」というような、厳密に定義づけられる言葉が当てはまるようなものではない。

しかもこの増田は、「この子音を持つ単語はこれに関する言葉が多い」というにとどまらず、「音と意味には関係がある」と言って一般的法則を示そうとしているように思う。

未だに増田理論はよく理解できていないが、どうしてこのような考えに至ったのかは興味がある。

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314224954

「どの家でも必ずお母さんがいて」なんてのは、高度経済成長期のごく一時的現象しかない。

まれてこなければよかった

金もない友人もいない恋人もいない

こんなにさびしく苦しい人生なら

まれてこなければよかった

そうだ

まれてこないようにしよう

そう決意した

おれはタイムマシン製作にとりかかった

それから数年が経った

長年の辛抱強い研究開発の結果

おれはタイムマシン発明することができた

これを世間に発表すれば富と名声と金を得られるだろうが、今やそんなことをしては邪道だと思うに至る

当初の目的であるおれ自身を産まれてこないようにすることこそがおれの至高の目的であり純粋尊い意思なのだ

初志貫徹、おれはこの用途以外には決して使うまい

あのときの決意を簡単に変えるほど、おれはヤワ人間じゃない

完成したタイムマシンで早速、五世祖父時代に遡った

この五世祖父を殺してしまえばおれが産まれてくることはない

五世祖父とはなにかというと

先祖を遡っていくとき

祖父 → 曽祖父 → 高祖父 → 五世祖父という順番になるのが五世祖父

おれがなぜこれほど遡って消滅させるかというと

やはり近しい先祖は心情的にも自ら手をかけにくいものから

ただし遡れば遡るほどその他の大勢の子孫の存在への影響がでかくなる可能性がある

残念ながらおれはこのときそこまで考えが至らずに配慮を欠いていたのだ

まったくてへぺろってやつだな

やれやれやな

さてさて

過去時代で五世祖父の居場所を見つけて

五世祖父が夜道を歩いているおりに

草木の陰からいざとびかかろとすると

不思議現象が起こったのだ

えーさて

ここで問題です(ババン)

なんというパラドックスが起こったでしょう?

(三十三才男)

自動運転は完全に70年後に実用しました

こちらの次元では少し時期を促進させるために、完全自動化をする上でのターニングポイントを予め通知することにしました。

尚、文章作成するにあたってこの時代AIネット文献の力を借りていますおかし表現文章があったらご容赦願います



自動化の一番の課題は、全てを自動化させない限り事故リスクゼロにできない点でした。

そしてそこには、機械にはなかなか理解することのできない、人間動物的な感覚が要因としてありました。

その部分を人間が認めず、我々が発見できないことが完全自動化拮抗させる原因になっていました。



囚人のジレンマ言語化されている問題があります

集団スコアが高くなる行動が明示されているにもかかわらず、個人スコアのために集団犠牲にしてしまうという生物特有利己的な行動です。

我々がどれだけ交通量全体を最も期待値の高い状態で維持しようにも、そこに非自動運転の車がたった1台でも存在するだけで全体のスコア頭打ちになってしま問題を抱えていました。

また、自動運転同士の事故の原因も長い年月の間特定が出来ずにいましたが、それも結果として手動運転が原因だという結論に至りました。

手動運転予測が困難なことで常に全体スコアの再計算必要になり、再計算命令の実行とのラグが原因で事故が発生していたのです。

しかしそれは手動運転存在したブロックとはかけ離れた、一件関連性の感じられない場所における事故だったために原因の特定までに多くの時間必要とすることになりました。

手動運転存在する周辺における計算修正は限りなくラグがない状況にまで達することが出来ましたが、問題は波状に広がる命令が互いに特定状況下で干渉し合うことにありました。

あなた方がバタフライエフェクトと呼ぶ現象に似ていますが、静かな水面に水を一滴垂らしときに広がった波紋が、壁面に反射して段々と模様が複雑になっていくように制御が崩れてしまうことが原因だったことで、関連性の特定が困難になっていました。



前置きが長くなってしまいましたが、手動運転を完全に人間に諦めさせるために最終的に行ったことは車の窓をなくしたことでした。

一見不思議に感じられるかも知れませんが、そのヒントがちょうど存在しているこの時代からこそこうしてこの内容を記載しています

そのヒントとは、高層ビルを走るエレベーター運用方法です。

あえてエレベーター現在位置を知らせないことで、もっと効率よく運用でき、尚且つそこで待つ人間ストレスを軽減することに成功しているというものです。

まり人間相対的位置関係を知ることでストレスを感じる生き物だということを知るヒントになりました。

しかし、第四次エネルギー革命以降には、エレベータービル間もまたぐことができるカプセル単位での高速移動に変化したため、その知識ロストテクノロジーになっていました。

エレベーター制御AIネットワーク化される前の時代情報だったために発見に膨大な時間を要しました。



車の窓をなくして正しい到達予測時間を伝えておけば、交通状況や現在位置に対して人間が抱えるストレスは大幅に軽減されました。

風景が見たいだとか、運転に主導権を失いたくないだとかい人間的な考えを尊重しようとしたことが大きな遠回りになったのです。

その代わりに、エンターテイメント仕事生活など、別のものに集中できる空間提供しました。

そのことによって、移動は生活シームレスにつながることができ、最終的には自動運転義務から手動運転禁止までをスムーズに行うことが出来ました。

まり、この時代においてついに交通という概念をなくすことに成功したのです。

そこに至るまでに長年つまづいたもの象徴が窓でした。

これから自動運転開発がまさに始まろうとする今だからこそ、そしてエレベーター効率維持が機能している今だからこそこの忠告をおいておきます



自動運転の開発は、窓をなくすことを前提で行うこと。

車の延長ではなく、生活の延長として交通という概念を無くすことを目的とすることで、完全自動運転化に至るまでの時間を30年は短縮できるはずです。幸うんこ祈ります

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