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2012-02-23

あるニコ生政治生主町工場に関する議論のまとめ

NASAにも採用されている、世界で唯一の技術をもつ町工場が時給850円で従業員を募集するが、今の日本人若者仕事が無いことをニートやってる言い訳に使い、3kである工場仕事を嫌がってやろうとしないので後継者不足で潰れてしまうから外国人労働者を入れて何とかすべき。

休眠口座より膨大な埋蔵金、争続埋蔵金直系卑属外相続金

ネット銀行は「便利」だが、隠れた盲点があって、

 「預金者死亡時に、預金存在が気付かれにくい」というデメリットがあるらしい。

 通常の銀行であれば、「通帳」という紙媒体があるので、気付かれやすいのだが、

 通帳が存在しないネット銀だと、それが難しい。

 今はまだ問題が表面化していないが、数十年後には、

 ネット銀行で膨大な量の「休眠口座」が発生するんだろうなあ・・・

家庭裁判所相続相談件数は18万件で、全死亡者の15%にも達するらしい。

 で、家裁にまで「もつれ込む」のは相当にトラブルがこじれた場合なので、

 「些細な相続トラブルまで含めれば、相続トラブルもっと多い」との見方もある。

★例えば、兄が「隠されていた通帳を見つけた!」と喜んで報告すると、

 弟は正直に喜ばず、「実はもう1通通帳があって、それも兄は見つけたが

 その事実隠してるんじゃないか?」と疑心暗鬼になることがママあるらしい。

野村資本市場研究所の推計では、

 「相続の発生額=50兆円」らしい。

 日本の死亡者数が約100万人だから、1人当たり平均5,000万円である

 もし法定相続範囲を直系卑属に限定し、又直系卑属存在相続が全体の

 20%程度あると仮定すると、

 「法定相続範囲の変更で、10兆円を国庫帰属させることが出来る」ことになる。

 これぞ、休眠口座とはケタが違う「埋蔵金である

相続トラブル(争族)の弊害

 争族財産の総額は、18万件×5,000万円=9兆円

 9兆円もの金額が、最終相続者を決定できずに宙ぶらりんになっていることになる。

 仮に「争族の場合、最終相続者決定に、通常相続より1年余分にかかる」

 とした場合、1年分の金利分が「損」になる。

 仮に金利1%と仮定したら、9兆円×1%=900億円だ。

 

 「カネは天下の周りモノ」の観点で言えば、9兆円を死蔵させることで、

 毎年900億円は社会的に損していることになる。

 又、争族に費やすコストもバカにできない。

 家庭裁判所裁判官弁護士、そして当事者が、争族のために人件費やら交通費やらを掛けることになる。

 仮に1件当たり総当事者の総コストが50万円掛かっている、と仮定したら、

 18万件×50万円=900億円/年、ロスしている。

 つまり社会的には、「争続」のために、

 金利900億円+人件費等900億円=1,800億円、損していることになる。

 この「争族」を避ける社会整備を進めれば、社会的メリットは大きい。

 なお、直系卑属存在相続場合、「争続」になり勝ちな傾向がある。

 法定相続範囲を直系卑属に限定することによって、「争続」件数抑制もできそうだ。

義務教育留年と、塾頼みの世の中への疑問

夕方のニュースを見ていたら、義務教育での留年について視聴者からの様々な意見が送られてきていた。

小学校での留年なんて劣等感を生むだけ”、“まだ小学校なら巻き返せる”、など義務教育留年に否定的な意見が目立つ。

更に、“現在教室子どもたちが集中できる環境ではない”、“経済的余裕がない家庭の子は塾に行けず学力がつかない”などの意見が付け加えられていた。

私は、義務教育での留年はアリではないかと思う。

正直、まわりの環境や、経済的理由を言い訳にしてしまうのは、甘いと思うのだ。

(もちろん、極度に荒れた学校や、極度に厳しい経済状況の家庭には、子どもたちが学校での教育をしっかり受けられるように改善や支援は必要だが…。)



子どもたちに平等教育を!”と、人々は叫ぶ。

しかし一方では、自分の子供を評判の良い塾へ行かせ、少しでもまわりに差をつけようとしている家庭も多いのが現状である

では、本当に塾に行けば、静かな環境で授業を受ければ、勉強が好きになるのだろうか?子どもたちの学力は伸びるのだろうか?

経済的に恵まれていなくて塾に行かずとも東大京大といった国立大に受かった子もいるし、逆にお金があって親が塾に一生懸命に通わせてもその重荷で子どもがかえって勉強嫌いになってしまった例を知っている。

もちろん、学校子どもたちのためにきちんとしたできるだけよい環境を整えるべきだし、子どもにとって塾が必要で子どももそれを望むのなら、塾の利用も悪くないとは思う。

けれど、良い塾を選ぶことよりも、まずは子どもが学ぶことを楽しいと思えるように学校や家庭がサポートすることが1番大事なんじゃないだろうか。。

勉強楽しいと思える子は、たとえちょっとくらい教室がうるさくったってちゃんと集中するし、学校で学ぶことを完璧マスターすれば十分基本的な学力はつくと思うのだ。

学生時代、塾の宿題を遅くまでやっていたからと言って学校の授業中は机に突っ伏して寝ている子や、塾を優先して学校の授業を疎かにしている子を多く見た。

そのたびに、もったいないなぁと思っていた。

学校も塾も両方ばっちりこなして、更に学力を伸ばしていける子は塾へ行くのも良いと思う。

けれど最近は、子どもがそのようなスケジュールをこなせるかを考えずに、“とりあえず塾へ”という傾向が強まっていると思うのだ。

尊敬する学校先生がこう言ったことがある。

学校の授業をきちんとこなしさえすれば、東大だって京大だって行けますよ」。

学校から帰ったら塾に行かせるのが当たり前、ではなくて、何がわが子に合っている勉強方法なのか、わが子がどうすれば勉強を好きになってくれるか、そちらが大切だと思う。これは決して塾批判ではない。疑問である

必要なら通わせればよいが、“塾に行っている=勉強ができるようになる”とは必ずしも言えない。

喪女を分類してみた

喪女とは主に2ちゃんねるもてない女板に生息する彼氏いない歴=年齢、告白された経験なしの女性のことである

シンデレラ喪女

80%がこれ。理想が高い。自意識過剰容姿普通。友情を優先しすぎる。愛想がない。プライドが高い。

だいたいは二十代後半くらいまでに脱喪。

・野獣喪女

15%がこれ。顔が壊滅的に不細工。体型はガリガリまたはキョデブの両極端。

骨格レベルから残念。性格根暗。厭世思想。

白雪姫喪女

4%がこれ。メンヘラコミュ障容姿喪女平均から見れば少し上。ネットでは女神。自殺願望あり。

ティンカーベル喪女

めちゃくちゃかわいくてスタイルもよくて性格大和撫子。だけど処女彼氏いない歴=年齢。

一部の男性が夢見ている妖精さん

本村洋氏は全国のレイプ被害者に謝るべきである

過去に刊行した自著の内容について言及すべきである

偽造したテレホンカード未成年飲酒浮気名誉毀損について。

これが若気の至りで済まされるような倫理観の持ち主が悲劇の遺族としてもちあげられるなんて、マスコミの力もまずまずだね。

プリンシパルエージェント関係におけるモラル・ハザードとしては、以下の例が挙げられる。

外回りの営業マン(エージェント)が、上司プリンシパル)の目を盗んで、勤務時間中に仕事サボる場合

医師が不必要に多くの薬を患者に与えて診療報酬を増やそうする場合。これは、医師エージェント)が処方する薬の量が医学的に適切なのか否かが患者プリンシパル)には判断できない、医師エージェント)が必要以上に薬を処方しないように医療保険保険者(プリンシパル)が医療現場監視するのが困難である、という情報非対称性に基づく。

会社株主プリンシパル)が経営者エージェント)を、業績に連動する報酬で任用した場合経営者会社に大きな利益をもたらせば高額の報酬を得るが、多額の損失を会社に与えても(あからさまな過失・故意が立証されない限りは)損失を負担する義務は無く、最悪でも解任されるのみである。このとき経営者収入期待値を最大化する経営判断は、会社にとって最も合理的な判断よりも、よりハイリスクハイリターンなものとなる。しか株主経営判断のための十分な情報をもたないため経営者の判断に任せるほかない。


モラル・ハザード」は本来は保険業界で使われていた用語で、保険によって保険事故補償されることが、被保険者のリスク回避行動を阻害するという現象を指す。この場合の例としては以下が挙げられる。

自動車保険において、保険によって交通事故の損害が補償されることにより、加入者の注意が散漫になり、かえって事故の発生確率が高まる場合

金融において、巨大金機関倒産に伴う連鎖倒産等を防ぐために行う政府の資金注入を予見し、金融機関経営者株主預金者等が、経営資産運用等における自己規律を失う場合

医療保険において、診察料の多くが保険で支払われるために、加入者が健康維持の注意を怠って、かえって病気にかかりやすくなる場合

医療保険において、受診の際の自己負担が軽いために、加入者がちょっとした病気でも診察を受けてしま場合

火災保険をかけたために、注意義務を怠り、結果として火事リスクが高まる」などのリスク回避を疎かにする事をモラールハザードmorale hazard)、「火災保険をかけておいて放火する」などの意図的に事故を起こす事をモラル・ハザード(moral hazard)と分ける場合もある。


ゲハブログ地球温暖化懐疑論者に共通すること

  • 基本的に、一次ソースは一部しか確認しない
  • 単なる一人の関係者意見を、その団体の総意だと言い張る
  • 既に十分考慮されている事項について、鬼の首を取ったかのように「こんなことも想定していないのは無能」と騒ぎ出す
  • それがもう想定済みであることを指摘されると、「意見が通らなかったのは不満だが、主張したいことが言えたので満足」と言って逃げる
  • 意見が対立したときに、『一部だけ譲歩』ということができないない
  • 不確定要素を含んでいることを前提とした主張は、その不確定要素を理由に攻撃する
  • その割には、自分の主張には「可能性を排除することはできない」と言って逃げ口を作る
  • 都合の良いデータを出してくれる機関正義
  • 最終的に陰謀論にもっていく

家族が殺されて加害者死刑を望む遺族は、怒りと悲しみのあまり頭がおかしくなっているのであり、向かうべきは精神病院である

そうでないならば、その遺族の怒りと悲しみは、狂気を伴わない程度のものだったということであり、そんなもの考慮に値しない。

ワタミヨブ記

http://d.hatena.ne.jp/Lacan2205126/20120222/1329895239

この記事はとてもレベルが高いと感じましたが、どうも、とある登場人物に対する考察が欠けているように見えて気になったので補足的な意味で。

ヨブ記のすべての登場人物と読者のほとんどが信じたいと思っている、3つの命題を書きだしてみましょう。

A 神は全能であり、すべての出来事は神の意思による。神の意思に反しては何事も起こりえない。

B 神は正義であり公平であって、人間それぞれに相応しいものを与える。したがって、善き人は栄え、悪しきものは処罰される(勝者=正義

C ヨブは正しい人である



ヨブが健康経済的にも豊かであるかぎり、これら3つの命題は同時に無理なく信じることができますしかし、ヨブに不幸が訪れ、財産家族を失い、健康まで外してしまうとなると、ことは厄介になります

この3つを、同時に正しいと考えるわけにはいかなくなるのです。どれか一つを否定して、はじめて残り2つを正しいと主張できる、という状態になるのです。

ヨブ記の議論は、この3つの命題のうち、2つを信じ続けるためにどれを切り捨てるかを巡る議論、と見ることができるのです

「神」や「ヨブ」が何を指すのかは読者の方々のご自由にお任せします。






ワタミはなぜひんしゅく覚悟強気姿勢に出ているのか

個人的には、ワタミの前会長ABC全てが成り立つことを主張しているのだろうと思います。前会長からすると、この建前が維持できない限り会社組織を維持するコストが膨大になってしまますから



顧客」「読者」というのは、本当はわかっているくせに、3つの命題が同時になりたつことものしか正統性を認めない。正統性を維持するためには「例外」はあっても、原則として3つの命題は成り立つんだと言い張らなければいけない。なぜかそう考えてしまうようです。3つを同時に満たすのは理想であるから、その理想に向かって今回の件を反省し、改善していくという考えもあると思うのですが、今回はそれが選択されなかった。それは、今回の事件によってもAやBがほとんど揺らがないという自信があるからでしょう。



以前からワタミネットではブラック企業として有名でした。しかし面と向かって、それこそマスコミワタミブラックだ。正統性を認めることができないという流れにはなっていない。それどころか立派な企業として扱い、前会長はまれに見る清廉潔白で誠実な人間ということになっていますワタミという会社は立派な人がトップを務める立派な会社だ、ということになっている。そしてそれは今回の件でも揺らがない、そう思っているのでしょうね。



誰がワタミを表立って批判できるのか? 私達にはワタミに石を投げられる資格があるだろうか

なぜかというと、ワタミを批判し、否定するためには、「なぜここまで低賃金過酷労働をシなければならなかったのか」「企業経営としてここまでやらなければならない理由は何か」「外食産業全体にのしかかる問題とはなにか」「神様市場ルールはどうなっているのか」「神様に問題はないのか」と考えていかなければいけないからです。

そして、この問題を考えるのがみんなにとって嫌なことです。 それで、「ブラックであっても必要悪だ」「このくらい耐えられないなんで、自殺した奴がひ弱なだけ」という理屈を述べだす人が出てくるんでしょう。




自殺した人は、それぞれの立場からの主張の道具として引き裂かれ、あるいは例外処理されて切り捨てられ、踏みにじられる。コレでいいんでしょうか?本村洋さんにかんしてはやれ遺族や被害者へのケアだなんだと言ってる割に、問題が変わるとワタミへの、もっといえば前会長への攻撃というお祭りに浮かれているだけの人たちを見ていると、ぶっちゃけかなり胸糞悪いです。





現在ワタミには「誤りを認めて軌道修正する」余裕が無い状態なのではなかろうか?

追記。

http://www.watami.co.jp/pdf/120221.pdf

本日一部報道におきまして当社グループが運営する店舗に勤務していた元社員につき労災と認定

されたとの報道がありましたが、報道されている勤務状況について当社の認識と異なっております

で、今回の決定は遺憾であります

とのこと。

顰蹙を買うのは重々承知の上で(いや前会長は本気かもしれないが)こういうリリースを書くあたり、

労災の認定がされることはともかく、それについて

「私に問題がありました」と認めることができない状況にあることが何となく想像される。

電気料金の値上げや、年金制度改悪などによる収支構造の悪化などの影響だろう、

従業員に割けるリソースゼロあるいはマイナスに近い状態ではないか想像される。

論を立てるなら下書きしなよ

http://anond.hatelabo.jp/20120223004052

最近の彼の主張は、自己責任論が過ぎ、ついには小学校留年を認めるべき、なんておバカなことを言い始めた。

幼少期に受けた劣等感は、その後の人生に大きな傷跡を残す。

そのトラウマは、小学校の知識を習得することよりも、もっと深刻な悪影響を与えるだろうと、彼は考えないのだろうか。

彼には、弱者……特に、いくら努力をしても結果を出せないような、真の弱者をいたわる根本的な感性が、欠けているのじゃないか


過労死を従業員に強いた渡邉美樹を、大阪市の特別顧問を迎えたのは象徴的ではないか

低所得からのし上がり、努力家で、基礎能力コミュニケーション能力が大変高いという点で、共通している。

そして、努力への過度の信仰と、無能者への強烈な侮蔑感も共有している。

彼らにとっていたわるべき弱者は、強者へなれる素質があるのに、社会的な要因で弱者であることを強いられてしまった者たち。

真の弱者無能者や低能者に共感する能力が、完全に欠けているんじゃないのか。

>幼少期に受けた劣等感は、その後の人生に大きな傷跡を残す。

 学力差の無い集団に入っていたほうが、劣等感を刺激されずに済むじゃない。

>いくら努力をしても結果を出せない

>強者へなれる素質があるのに、社会的な要因で弱者であることを強いられてしまった者たち。

 この書き方では、この二者は同等でしょ? 「社会」が「勉強が出来ること」を「強者の条件」として設定しているから、「いくら努力しても結果を出せない」人間が出てくる。

 「社会」が、一人一人の能力の評価を正しく認識できないから、自分能力をきちんとアピールできない人たちは「結果が出せない」んでしょ。

 だいたい、人間は、どんどん変化していくんだから過去の付き合い」なんか持ち出しても、現在信用できない理由にはならない。

 で、今はどうなの? 懇意にしているの?

webデザイナー

macデザインしちゃあかんね。

windowsXPアンチエイリアスなしのMSゴシップキレイに見せることが出来るwebデザイナーこそ、

真の実力を持つ者である(笑)

下市長に共感できない理由

橋下大阪市長府知事時代におこなった、自由主義的な行政改革を応援はしていたものの、

島田紳助の盟友だった、という事実のせいで、今ひとつ、彼を信用出来なかった。

なぜ、左翼連中に叩かれながらも懸命に働いている彼を信用出来ないのか、自分を責めたことすらある。

だが、その感覚は、正しかったのかも知れない。




島田紳助は昨年、暴力団との親密な交際が発覚したという理由で引退したけれども、

本当に責められるべきはそこではなく、吉本女性社員を、人気のない部屋に引きずり込んで、

壁に顔面を4、5発以上もたたきつけ、ツバをはきかける……という、度の越した暴力事件を起こしたことだ。

立場の弱い者に対して、数々の暴言暴力をふるいつづけていたことが、ときおり報道されていた紳助

司法の場で、公にはっきりと、その事実が認められている。

彼の嗜虐性、異常性、卑怯性、利己主義ぶりなどは明らかだろう。




そして橋下は、紳助暴力行為が発覚した後も、紳助番組で長い間、人気弁護士として活躍を続けていた。




確かに弁護士は、人格が最低な人間人権を守るために、活動しなくてはならない場合だってあるだろう。

だが、紳助番組に出演する主な理由は、弁護士の矜持とは別物だ。

売名行為であり、金儲けであり、つまり自分のためだ。

もしも橋下が倫理を重んじるタイプならば、紳助暴力行為が明らかになった時点で、潔く番組を辞めるべきだった。

しかし、橋下はそうしなかった。




義理もあるだろう。

紳助がよっぽどうまく立ち回り、橋下ら「先生」には、自分も含めた芸能界の汚い部分を見せようとしなかった……

そんな可能性だってある。

それに、もしも橋下が番組を降板していたとしたら。

自分が裏切られたと感じた紳助が、橋下を許しはしなかったに違いない。

当時、芸能界に大きな支配力を発揮していた紳助によって、芸能界から干されてしまった可能性だって、ある。

そのことだけで、橋下という男の人間性を判断してはいけない……と自制していた。




ところが、である

最近の彼の主張は、自己責任論が過ぎ、ついには小学校留年を認めるべき、なんておバカなことを言い始めた。

幼少期に受けた劣等感は、その後の人生に大きな傷跡を残す。

そのトラウマは、小学校の知識を習得することよりも、もっと深刻な悪影響を与えるだろうと、彼は考えないのだろうか。

彼には、弱者……特に、いくら努力をしても結果を出せないような、真の弱者をいたわる根本的な感性が、欠けているのじゃないか




過労死を従業員に強いた渡邉美樹を、大阪市の特別顧問を迎えたのは象徴的ではないか

低所得からのし上がり、努力家で、基礎能力コミュニケーション能力が大変高いという点で、共通している。

そして、努力への過度の信仰と、無能者への強烈な侮蔑感も共有している。

彼らにとっていたわるべき弱者は、強者へなれる素質があるのに、社会的な要因で弱者であることを強いられてしまった者たち。

真の弱者無能者や低能者に共感する能力が、完全に欠けているんじゃないのか。




弱者、低能者or無能者=努力をしない人々。

それが彼らに共通する価値観なのではないのか。

努力をしても結果を出せない、という事実に思いを馳せる想像力、共感力が彼らにはない。




怠惰な連中を排除するのにはおおいに賛成だ。

だが、弱者が人並みの努力をして、人並みの結果を出せないことは責められるべきことなのか?

橋下らは、弱者が他人の数倍の努力をおこなうことは当然だというのだろう。

だが、他人の数倍の努力ができるのは、それだけの体力を持ち合わせた者に許された特権。

それが彼らには理解出来ず、共感も同情もできないのだ。




そもそも、決して許せないことを人間はしないもの

橋下の目には、帰国子女という恵まれた立場でありながら吉本マネージャーをしている女性などは、努力を怠った無能者に見えたのかもしれぬ。

無能者へ暴力を振るう人間」を許容できたから、橋下は紳助と盟友であり続けたのではないのか?




怠惰を改めない左翼でもなく、弱者侮蔑する右翼でもなく、真実は真ん中にあるのじゃなかろうか。

怠惰を改め、無能者の努力を評価する。努力をおこなった強者は果実を得るが、その分、低能者の失敗もカバーする。

そして、お互いが尊敬し合う……それが私の目指す社会であり、橋下を応援出来なかったのは、彼と目指すべき理想が異なっていたかなのだ

ワタミ渡邉美樹会長つぶやきに対する反応まとめ

2012-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20120221011837

弥生は私を心から愛してくれていました。だからこそ、犯人に対して最後まで必死に抵抗したのに違いありません。弥生は私以外の男に体を汚されることを、命を賭して拒絶したのです。最後まで、私への愛を貫く道を選んでくれたのです。たとえ自分の命を落とすことになっても、必死弥生は抵抗し続けたのです。妻はそういう潔癖な女性でした。私はそんな弥生を、今でも誇りに思って生きています

本村洋弥生著「天国からのラブレター

確かにこれはちょっとなあ…。普通の夫なら「二人の間のかけがえのない子供である夕夏を守るために、最後まで命がけで闘ってくれました」とかなるんじゃないかな、と。

文庫版でもこの下りは掲載されているのかな?

http://anond.hatelabo.jp/20120222203025

死刑についての話で

あの凶悪な犯人が出てくる、

あれと類似の凶悪犯が出てくる、

あれと同等の凶悪犯が出てくる、



という可能性が減ったんだからそりゃーリアルに喜ぶんじゃねー

っていうのはどう見ても

凶悪犯が「刑務所から」出てくる可能性が減る

でしょ。

なんで意味不明誤読をしようと頑張るの?

まあなんか話をそらしたいことがあるんだろうけど。




当人の利害の感覚であるというだけで、「当然である」ということにはならない。

あなた収入が増えたらまあうれしいし大事恋人病気になったら悲しいでしょ。

当然だよね。




私は正確であろうと努めているにすぎない。知性がないからこそ。

もう、使い慣れない言葉遣いしてる人見ると鳥肌が立つからやめてよ。

テレビの街頭インタビューで育ち悪そうな奴がヘッタクソな敬語使ってるの見るのもゾッとする。

普通に喋ろう。

あなたはその無理な言葉遣いに少ない脳のメモリをとられてる。

http://anond.hatelabo.jp/20120222151859

死刑囚が出てこなくなるのがうれしい」を

「出所」ではなく「新たに発生しなくなる」に取るのが?

死刑囚」は定義からして出所できない。死刑になるのだから、娑婆に出てこない。

まり、わざわざ「出所しなくなるのが嬉しい」と記述する意味はない。

よって、「死刑囚が出てこなくなる」は、「発生しなくなる」の意に取る方が自然

それでもちょっと表現として苦しいが、原文がそうなんだから仕方がない。

さらに元の文では「凶悪犯」だったが、改変に意味はあるのか?



まず、「凶悪犯が二度と世間に放たれないのがうれしいな」っていう人は

から当人の利害・感想としてそう言ってるわけで、被害者やその関係者の為にどうこうではない。

で、被害者やその関係者の為の言ってないからその感情が「当然じゃない」???

当人の利害の感覚であるというだけで、「当然である」ということにはならない。

あくまで主観の一種にすぎない。しかも相当拙い。

ツリーの大元増田では、そのような主観の類が「当然である=非難を受ける謂れはない」とされている。

ところが、もちろん、謂れはある。それを指摘している。

述べなおすのは面倒なので適宜ツリーを追ってもらいたい。



君は持って回った言い回し言葉遣いをやめたほうがいい。知性が追いついてない。

自分でも何言ってるかわかんなくなること多いでしょ。

私は正確であろうと努めているにすぎない。知性がないからこそ。

それより、「自分で『も』」ということは、あなた自身がまず私の文意が把握できていないのでは?

あなたの混乱の責任までは当方では負いかねる。

用いられているのは簡易な日本語ばかりなのだから辞書を引く手間を惜しんではいけないよ。

http://anond.hatelabo.jp/20120222180730

どうやら司書さんは『ラノベ漫画と同じようなもの』として扱っているそうだ。

個人的には同意であるラノベ好きな人が多いので大きい声では言えないが。

いや、ラノベ読んでる奴で「ラノベ漫画と同じようなもの」と思ってない奴なんているのか?いないだろ。

ラノベは入れません

中高一貫校に通っていたとき図書館の話。

カウンターに『購入希望図書』を書くノートがあるのだが、そこに書いた本は漫画以外なら大体購入してもらうことが出来た。

ほぼ毎日通っていた私はちょこちょこそのノートを見て楽しんだりしていた。

ところで高校くらいになったときに世の中でラノベ流行りだした。

すると購入希望ノートラノベ名前が挙がることが多くなったというか・・・ラノベばかりになった。

しかも書き方が『タイトル/出版社/全巻』 ※全巻=大抵が5巻以上

これがノートにズラズラ。何作品も。

購入理由も書かなきゃいけないのだが、理由がないのか知らないが「よろしくおねがいします」だけ。

これを全部購入していたら文庫棚がラノベ祭になるなー、と微妙な気持ちに。

それはさておき、あるとき司書さんと話すことがあり購入希望ノートについて話した。

私「これらのラノベ、どれも『全巻』って書いてますけど、全部入れていたらキリがないですよね」

司書さん「・・・あー、ラノベは入れませんよ」の一言

どうやら司書さんは『ラノベ漫画と同じようなもの』として扱っているそうだ。

個人的には同意であるラノベ好きな人が多いので大きい声では言えないが。

そんなわけで私が通った学校ではラノベは入れません。

http://anond.hatelabo.jp/20120222165723

そう。だからソルジャー採用ならそれで正しい」ってことね。

「大抵の就活生」とか言っちゃった時点で、多数派を指すことになり、多数派が平凡であることは自明なので、ソルジャーの話になることもまた自明だよね。

ただそれを「会社は~」と表現してしまうと話がずれてくるよねってこと。

http://anond.hatelabo.jp/20120222111121

>なんで今回の判決「以前」を論じるんだよ、苦しい奴だなあ。

「出てくる」の意味曖昧だったからに他ならない。

死刑囚が出てこなくなるのがうれしい」を

「出所」ではなく「新たに発生しなくなる」に取るのが?

苦しい奴だなあ。




というのも、出所者が減ることを喜ぶ心理は、実は被害者のものではないのではないか、と考えられるから

??? 

そりゃ、「凶悪犯が出所しないことになってうれしい」っていうのは被害者以外の声じゃね?

被害者もう亡くなってるし。

これは「近所に刑期を終えた凶悪犯罪者が来るなんてイヤだ」という外野の心理である

イヤだって人は多いでしょ普通に

心理としては理解できないでもない。いち外野の同類としては。

しかしそれを元増田のように、「極めて当然の感情」とまで拡大するのは問題があると考える。

極めて当然に、福田が出所して近所に住むのはイヤだろーと思うよだれでも。

外野感情外野感情だ。外野の数が大きいということは感情妥当普遍性は担保しない。

普遍性って言葉辞書で引いてきな。

被害者とその関係者加害者関係者が完全に置き去りになっている。それでは「当然」とまではとても言えない。

意味がわからない。

まず、「凶悪犯が二度と世間に放たれないのがうれしいな」っていう人は

から当人の利害・感想としてそう言ってるわけで、

被害者やその関係者の為にどうこうではない。

で、被害者やその関係者の為の言ってないからその感情が「当然じゃない」???

チョットニホンゴジタイカライミフメイデスネ。




あと個人的なアドバイスだけど

君は持って回った言い回し言葉遣いをやめたほうがいい。知性が追いついてない。

もっとざっくりした平易な言葉を使う方がよい。

自分でも何言ってるかわかんなくなること多いでしょ。

クレーム対処について

クレームに正しく対処するためには、そのクレームに対して「正しく恐れる」ことが大切になる。

恐れかたは、少なすぎても、多すぎても、トラブルを生む。正統なクレームに「毅然とした対処」を行うことはトラブルを生むけれど、ちょっとしたクレームに対して大きすぎる反応を返すこともまた、同じぐらいに間違っている。クレームを恐れることは大切だけれど、必要な大きさだけ正しく恐れて、恐れた大きさに見合った対処を行わなくてはいけない。

不快には種類がある

同じ不快の表明であっても、それが技術者人格や、現場対応に対する不快なのか、あるいは技術者技量や開発方針に対する不快なのかで、対応は異なってくる。

技術者人格対応に対する不快が表明された場合には、まずはその不快に対して謝意を表明しないといけない。不快に対して最小限の妥協を遅滞なく行った後、「その状況を維持します」と表明するのが正しい対処になる。不快を突っぱねれば間違いなくトラブルになるし、こうした不快に対して大きく反応しすぎると、今度は開発ができなくなってしまう。

技術者技量や、開発方針に対する不快が表明された場合には、一切の妥協してはいけない。開発者は常に「ベストを尽くしている」ことが前提であって、ここで妥協を表明することは、開発側が「ベストを尽くしていなかった」と受け止められてしまう。開発側は常にベストを尽くしており、それに対して不快不安が表明されたのなら、その人と交渉を続けることは間違いなくトラブルに結びつく。開発に対する不快が表明された際には、速やかに他のソリューションを当たってもらうように誘導しなくてはいけない。

進捗の説明や、開発それ自体に関する説明は、丁寧に行わなくてはいけない。進捗自体に関する説明は、それがどれだけ面倒であっても必ず有限で、丁寧に対処すればいつか終わる。際限もなく終わらない可能性にいらだってしまうと、相手を不快にしてしまう。たとえばデスマプロジェクトを5つ受け持てば、炎上の話を5回繰り返すことになるけれど、これは我慢して同じ話を丁寧に繰り返さなくてはいけない。

何らかの譲歩を求めて、「とりあえず不快を表明する」タイプの人は難しい。不満が無くても瑕疵を探索するし、瑕疵を見つければ譲歩を求める。どこに突っ込まれるのか予測できない。譲歩を求める相手に対して心がけることは、一刻も早い「妥協の表明」になる。「特別扱いしろ」という相手に対して、「特別扱いをさせていただきます」と速やかに表明してみせなくてはいけない。ごくわずかだけ下がってみせることで、相手の瑕疵追求の意志が和らぐ。下がりながら応対して、その後また元の場所に戻る。下がり続けてはいけない。追い詰められてしまう。

知らないことには「知らない」と返答する

自分現場ではやっていない、あるいは不得意な開発について、客先担当さんマネージャから「この開発手法はできないのですか?」と問われた場合には、「できません」と答えなくてはいけない。「それはよくない手法です」とか、「やってやれないことはありません」といった答えかたは危ない。

やっていないことに詳しい人は少ない。詳しくないことに対して、開発者が「専門家言葉」としてあやふやな感想を述べてしまうと、言葉が一人歩きをはじめてしまう。もしも何かのトラブルに巻き込まれてしまうと、そうしたあやふやな感想が、「あの開発者プロダクトを囲い込んで開発工数を奪った」といったトラブルの種になってしまう。

情報工学の範囲を超えた、精神論を強く希望するお客さんと話すときにも、注意すべきことは変わらない。自身がどれだけ情報工学に詳しくても、対峙する精神論がどれだけいい加減なものに見えても、知らないことに対して git push する人間があやふやな感想を述べてしまうと、将来的にトラブルを招く。「自分はそれに対してこう考える」を述べる際には、「これは個人としての感想ですが」のような前置きを入れて、技術者としての立場を明示的に遮断してから「こうだと思います」を表明しなくてはいけない。

リスクは近くで対処する

相手を怖いと感覚した人間は、相手に「恐ろしさに見合った賢明さ」を期待してしまう。それがトラブルの種を生む。

原因がよく分からないトラブル対応した担当者は、分からないその状況を、恐ろしいと感じる。「恐ろしいから」バグレポートを上げる決断をためらって、「この問題はマジやばくなったらだれかが見つけてくれるだろう」と、自分以外の人間にある種の賢明さを期待する。結果としてシステムは、「専門家である技術者から端末を切断されて、書かれたコードを信じて、状態が悪くなるまで通常に稼動してしまう。

口うるさいお客さんのマネージャが視察したときなどは、「あの人と喋るのは、資料がちゃんと揃った後日にしよう」という思いが頭をよぎる。口うるさいマネージャは、同時にたぶん、もっとも大きな不安を抱えた人でもあって、不安に対する対処を怠った結果として、取り返しのつかないトラブルを招くことがある。

技術者が厄介な状況を感覚したそのときに、技術者感覚はすでにいびつになっている。危ないと感覚したそのときには、だからむしろ危ない何かに近寄る態度で対処を行うと上手くいく。

http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/1252

http://anond.hatelabo.jp/20120222132854

なんでそんな前提置かなきゃいけないんだよwwww

金正日は実は大川隆法と犬作先生ホモセックスしてできた子供である、という前提でなんで正日が存在するのか考えてみて?」

とか言ってるようなもんだろwww

強者男性弱者男性>>> 女 であるのが本来の位置付けである

しかし、バカなフェミニストが女のくせに

強者男性・強者女性弱者男性弱者女性

であることを望んだ。

しかしこれではフェミニスト弱者女性から同意は得られない。

絶対的な地位の揺るぎはない強者男性の助けもあり、

終いには

強者男性>女>弱者男性 のような位置付けになってしまった。

であるというだけで優遇されるのが憎い。

http://anond.hatelabo.jp/20120222121215

繰り返すけど、これは本当にそういう流派があるわけじゃなく、まったくの個人的な考えね。

認識してない人の時間はどうするの?

一応時間不確定で考える。ただ、認識していないかどうかが傍からでは分かんないんだ。

それに認識してる場合の、「認識」の根拠が医者が言った時間であるかなんかの手違いで母子手帳に書かれた(全然関係ない)時刻であるかは関係ないってこと?

関係ないってこと。

おおざっぱに自分認識を言っておくと、占いは「当たる」と信じている人がいるから当たるんだと思ってる。

逆に「絶対当たんねーよ」と思っている人が増えると、それが当たらなくなる。

占星術にしろ血液型占いにしろ、その思い込みの強さの力関係が結果に影響を与えているように思う。

そこに特に理屈はないけどな。

から、これに関しても本人の認識と占う側の認識が一致していることが重要で、時間だけでなく月と日についても、本人が勘違いしていれば、それに沿った結果が出るという感じ。

http://anond.hatelabo.jp/20120222121003

認識」ってなんだ。認識してない人の時間はどうするの?「失敗は必然」なのに?

それに認識してる場合の、「認識」の根拠が医者が言った時間であるかなんかの手違いで母子手帳に書かれた(全然関係ない)時刻であるかは関係ないってこと?

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