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2016-12-09

性教育

学校自分責任が取れないうちはセックスをするなって習うが

保育園がないか日本死ねっていうのは、自分で産んだ責任が取れないという事。

まり、そういう人は子供を作るな。それが国の教育方針だ。



好きな人と一緒に同意できたなら、十分稼げていなくても子供を生んで良い」

そう教えたら、少子化は多少は収まる方向に働く。

お金がなくても社会が皆で育てるから社会保障があるから大丈夫だよ」

方針を変えて、国がそう指導すれば、人口増につながる。



青少年健全育成に悪影響があるからラブホテルをこの辺に立ててはダメ

そういうラブホテル規制条例は多い。

セックス=不健全という考え方が、教育会にはびこっている。

セックス健全行為である子どもたちにもそう教えるという意識改革必要だ。

http://anond.hatelabo.jp/20161209101739

ショートアニメでなければもっと良かった」というのは相対的ショートアニメである現時点の作品を貶める発言なので言葉尻を濁すことは十分にありうる。

マーベル副社長発言日本コンテンツ海外進出について

https://oriver.style/cinema/tcc2016-cb/

日東コミコンが開催され、その中でマーベル副社長であるC.B.セブルスキーさんのトークショーがあったようだ。

該当の記事には多くのブックマークコメントもついており、皆様々な意見を言い合っている。


しかし、この記事で一つ大きな誤解が生まれており、いくつかのコメントはその誤解のために少し的外れな内容になってしまっているように思える。

というより少々作為的意図すら感じてしまう。

記事ではその点についての私見と他国日本コンテンツをどう広めるていくかについて書こうと思う。


マーベル副社長は「日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」などと言っていない。


まず、大きな誤解を招きかねない原因はこの記事タイトルに原因がある。

マーベル副社長日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」

と、でかでかと記事タイトルを掲げているが、記事の内容を見るとセブルスキーさんはそんなことを言っていないのがわかる。


日本コンテンツをどうグローバルなものにしていくか?

という部分は「世界を目指せ!日本映画産業は小さくまとまりすぎている」という段落の中でまとめられている。


日本映画産業は小さくまとまりすぎであるというところ。日本ファン日本の観客のことしか見ていなくて、海外の観客のことを全然考えていない。日本監督映画プロデューサー映画会社もっとグローバルにやっていくべきなんですよ。だって日本にはとても優れたストーリー・テリング伝統があり、日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから物事もっと大きく考えるべき(Think Bigger)でしょう。」


ここでセブルスキーさんが言っていることをよく見るとわかるが

日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから物事もっと大きく考えるべき(Think Bigger)でしょう。」

まり日本映画アニメ文化的ものが受けないとは決して言っていない。

これはセブルスキーさんも言っているが、過去の実績からも明らかだ。

マジンガーZやグレンタイザがヨーロッパの一部で受けたり、セイントセイヤがラテンアメリカで受けたり、マッハGOGOGOアメリカnのマニアに受けたのは明らかだが、これらの作品果たして海外を強く意識した作品だっただろうか。

巨大ロボットに乗りながらも、強く苦悩したデュークフリードヨーロッパでの受けを狙ったとはとても思えない。


また、アニメに限らず実写映画でも同じだ。

海外で高名な黒澤明や小津の作品アメリカ風ヨーロッパ風、あるいは中国風の映画だっただろうか。

事実はその全く逆だ。

黒澤が作った作品で恐らく最も有名な作品である七人の侍」は時代劇ではないか

侍が出てきて日本刀百姓と一緒に戦う映画のどこに西洋らしさがあるのか。

小津の映画は全編が静謐としており日本人らしさに満ち満ちている。


明らかに日本人らしさに溢れているにもかかわらずこれらの映画はそのどれもが海外で受けた。

モチーフ西洋のものを使っていたとしてもその作品の根幹は日本人らしさで溢れている。


セブルスキーさんは現状存在する日本映画ストーリー・テリング伝統をそのまま貫けば良いといっているだけだ。

ここで注目すべきなのはしろ、前半の部分で海外の観客を見ろと言っている部分だ。

まりもっと単純に考えればいい。

海外の観客にコンテンツを届けたり、今現在既に存在する海外の観客が何を思っているのか良く考えろと言っているのだ。


それは、コンテンツの内容をアメリカ向けに変えろとかそういう話ではないはずだ。

例えばクランチロールアメリカカナダヨーロッパで受けている作品は何かの一覧を発表していた。

アメリカの多くで受けていたのは「ドリフターズ」だった。

なるほど、バイオレンスが好きなアメリカ人らしいと思うが、であればアメリカで物を売りたいのであれば今後そのような作品積極的に送り出せばいい。

しかし、そこでアメリカ人におもねって、不自然アメリカ要素を入れたりするべきではない。

我々日本人の考えるバイオレンスさと、ドリフターズで受けいれられた要素を真剣に考えるべきだ。


アメリカのような作品を作りたいと、アメリカコンテンツ適当にナメタような態度で作ってもアメリカ人の作った作品に敵うわけがない。

まれときからアメリカで育ち、アメリカのものの考え方をしている人のようなことを日本で育ち、日本生活をしているだけの人ができるわけがないのだ。

骨をうずめる覚悟で何年も生活すればまた別かもしれないが、そんな人がなぜ日本映画アニメ産業で物を作らねばならないのか。最早意味不明だ。


日本人日本人しかありえず、それ以上でもそれ以下でもない。

ましてや西洋人中国人では決してない。

それはつまり我々の作る作品日本人的でしかありえずその枠から出ることは決して出来ない。

かならずどこかに日本人的な部分が混じる。


アメリカ世界的なコンテンツを作ることが出来るのはある社会的な前提条件が存在するからだ。

それは文化的多様性をそもそも内包した社会からだ。

インディアン/ネイティブアメリカン生活していた文化ヨーロッパからやってきた文化

南アメリカ黒人文化日系人華僑などのアジア系文化

そのどれもが並立して存在しており、また映画製作現場でも多数の民族文化が交じり合う。

なぜならスタッフもまた多民族構成されるからだ。

このような状況を無理やり日本に作り上げたいなら東宝松竹社長アメリカ人にして、フランス映画監督でも引っ張ってくるしかない。そしてスタッフには多数の外国人スタッフを入れるべきだ。

しかし、残念ながら日本社会でそのような会社を作り上げるのは難しいだろう。

少なくとも主流にはなりえない。

であるなら、我々は逆に日本人であることを貫き続けるしかないのだ。


これは日本人文化SUGEEEEEEEEEEEEEとか日本最高!であるとかそういうことでは決してない。

日本で生まれ日本で育った日本人が「自分ストーリーを語る」とは一体なんなのか?

それを突き詰めると結局日本生活した人間目線から見た作品しかありえないのだ。

そういう意味多様性を語るのであれば

例えば、近年東京で増えてきた外国人日本人交流・衝突を描いた映画であるなら語れるだろう。

あるいは「シン・ゴジラ」のような日本ポリティクスを突き詰めた作品もっと作ってもいい。

最初はなかなか理解されない可能性も強い。

細部については理解やすいようにローカライズするのも構わないだろう。

しかし、将来を見据えるならそういったカルチャーの積み重ねによって理解してくれる人を増やすしかない。

海外では日本被れをweeeabooooといって揶揄する言葉存在する。

では、ハリウッド映画を毎年のようにバンバン見ている私たち日本人はなんなのだ

それこそまるで日本版weeeabooooではないか

日本スターウォーズが年間興行収入2位になる国なのだ

そこらじゅうweeeabooooだらけではないか

もし本当に日本コンテンツ海外に広めたいのであれば、文化的衝突を恐れてはならない。

日本進出したハリウッドがそうであったように。


海外の人が日本的ものを作って欲しいという要望を出しているのにもかかわらず

なぜか海外的なものをつくらなければならないと勘違いしてしまう事が日本では多発する。

この記事でもセブルスキーさんの言っている

日本にはとても優れたストーリー・テリング伝統があり、日本文化もっと世界に受け入れられるものなのだから

という発言を聞いておきながら

日本人よ、日本しか通用しないものばかりを創るな」

というタイトルをつけるのは雑すぎるだろう。

もっと日本人の観客の言っていること、海外の観客の言っていることを良く聞くという地道な

コミュニケーションを取る方法以外に解決策はないのだ。

そのキャッチボールを行うためにもっと流通網を整備し、海外意見を拝聴できる体制を整えるべきなのだと俺はそう思う。

つーか進劇の巨人実写版日本の客のことも考えてないだろ。

インターネット平和ボケ

昔はインターネット情報なんて本当の事半分、デタラメ半分だったような気がする。

ひろゆき氏の有名な画像で「嘘を嘘と見抜ける人でなければ難しい」とある。これは真だ。

WELQは、上場している企業が行っているから信じてしまうのは仕方がないかもしれない。

だがしかしあるある大辞典で信用できるはずのメディアにも騙される事をわかっているはずだ。

自分語りが入るが自分語り気持ちいらしいので自分語りをする。

自分中学生の時の話だが、インターネットは魅力の入り口であった。有名なコピペで「ようこそアンダーグラウンドへ」というのがある。それに近いぐらい魅惑の世界だった。

中学生であれば誰もがエロを夢見る。pixivエロ絵を定期的に流してくれるTwitterなんてないし、Xvideosもない。

エロ絵を掲載している個人サイトを探すか、どこかの掲示板エロ画像が貼られるのを待つぐらいだ。萌駅というサイト発見した時はまさに新大陸発見した気分だった。

エロを取得するためにいろんなサイトを回った。検索の仕方もわからない無垢自分独自理論から「半角二次元板は収集率が良い」と判断して張り付いていた。

著作権も知らない雛鳥のような自分毎日毎日張り付いて餌を待つ。それは親鳥(エロ画像を貼ってくる人)に全幅の信頼を置いていたからだ。

ある日、雛鳥のような自分はいものようにエロ画像を待っていた。そこにURLが投下される。専ブラなんてない時代だ、餌に飢えている雛鳥は即アクセスするにきまっている。

その後なにが起こったのかは語るまでもない。気がつけばタスクキルしようが再起動しようがデスクトップに表示される「3万円払わないと消えません」という広告

自分だけは大丈夫アンダーグラウンドの住人の自分はひっかからない。そう思っていたのだ。

その後、システム復元という禁じ手を知り直したものの、こういう事が1ヶ月に4回あった。週一でウイルスだ。

流石に学んだ。それ以降は「アドレスの末尾が.jpgや.png以外は開いてはならない」事を知り、そこからjpgとはなにか、pngとはなにか、よく見る.zipとは?.htmlとは?となし崩し的にいろいろ知っていくことになる。ちなみに偽装拡張子に騙されるのはまた後の話。

そういう経験があったからこそ、基本的インターネットは疑いから始まる事を学んだ。

だが、今の時代インターネットに騙されることが少なすぎるのだ。ネット情報デマがあることは頭では知っているが、騙される経験が少なすぎるために自分大丈夫という自信がつく。

虚構新聞が一時期問題になった。名前虚構と入っていて、サイトの下部にもフィクションと書いてある。虚構新聞運営者には人を騙すというつもりは全く無いのになぜか騙される人が続出した。インターネットでは餌の付いてないしか電球で装飾されたような釣り針でも引っかかる魚がいるのだ。

本当に鍛えるべきはネットリテラシーである。もちろん、WELQのようなサイトは正常な運営を目指すべきではあるが、こちらとしても自衛手段必要なのだ

ウォーリーを探していたらいきなりびっくり画像になるフラッシュえっちサムネイルをみてクリックしたらスプラッターだった昔のニコニコ動画

もうない。あまりにもインターネット安全すぎる。言ってしまえばインターネット平和ボケである

自分たちが利用しているこのインターネットが、いかに容易く嘘を書けるかを考えてデマ耐性をつけるべきだ。

ちなみに、この日記にも一部嘘を混ぜた。月に4回といったが、週に4回だ。こういう小さなことからデマ耐性をつけていってほしい。

IT技術者から見る大学不要論少子化対策

先日匿名ダイアリー

奨学金を得て大学に入ったが200社受けても内定を貰えず人生が積んだ」

と嘆いていた人を見かけた。

大学という投資は4年間という時間

数百万円かけた投資であるのに、

期待したリターンが得られなかったという話である理解している。

私が知る限り、

IT業界では若い人材が貴重な戦力としてもてはやされている。

CCNALPICを持ってさえ持っていれば、IT業界であれば数社受ければ内定は獲得できる

CCNALPIC代表されるエントリーレベル資格は、実は実務経験が無くても数週間勉強すれば取れる


ということは、人材市場において、

高卒 IT資格保持者」は「平均偏差値大卒 IT資格保有者」

上位互換に当たるのではないかと考えている。


これがもっと一般的概念になれば、

・一子あたりの教育費に対する考え方が減額される

結婚可能な成人である機関を4年早く開始することができる

・よって少子化が多少改善する

と考えている。

国にとっては納税者が増える

親にとっては養育費が減る

子にとってはお金の無いモラトリアム期間を、お金のあるモラトリアム期間に変えることができる。

困るのは大学だけだ。

http://anond.hatelabo.jp/20161208205452

増田博士課程進学を薦めているが、おすすめしない。理由日本では大学という仕組み自体疲弊しており、社会での役割が年々縮小しているかである。防疫、防災国防医療、農林漁業畜産化学機械材料などで核となる組織は維持する必要があるが、各50人態勢の最先端組織を作ったとしてもそこで働けるのは数百人でしかない。欧米アジアの一流大学研究機関を合算で考えれば行き先は増える。だから博士課程を目指す人は、シンガポールで、ソウルで、ドバイで、上海で、サンフランシスコで、ワシントンで、ロンドン就職するつもりでいる必要がある。

明治に国を急速に欧米ロシア中国に対抗するため近代化する必要があった際、飲み込みの早い子供たちを留学させ、英才教育を施して、日本全体と地域の発展の核として育てた。それが旧帝大だったと思う。

21世紀の今、大学社会から求められる知の蓄積と創造活動情報発信というものはあまりないように思う。それは個々の大学教員資質とかそういうことではなくて、一人親方個人経営大学研究室では教授スタッフ資質いくら優れていても達成できることに限界があり、大資本を投下して遂行される民間活動には逆立ちしても追い付けない。(ポスドク待遇が悪いのはまさに資金のなさを精神論で克服しようとするための歪によっておこることだ。)

民間でできないことがあるじゃないか、ということはあるのだが、防疫、防災国防といった基幹的なこと以外で民間でできないことというのはそもそも民需がない。社会的要請がないのだ。

[]

今回はやわらかスピリッツ


青猫について 第8話

今回で話にかなり深みが出てきた気がする。

戦後間もないという舞台設定も活きている。

前半は青猫にとっての復讐相手である男の活動が描かれる。

なぜ最も強いラスボス主人公に直接引導を渡さないのかってことのアンサーとして、その活動目的理由となっているのは上手いと思う。

後半は刺客返り討ちにする青猫のシーンなのだが、それによって周りは大迷惑

本来憎しみの対象として演出される悪役じゃなくて、周りから見た青猫の異常性の方を際立てて演出させている。

もちろん、青猫にとってそこまでしないといけない理由があるからなんだけれども、事情を知らない、そもそも知ったところで関係ない人たちにとっては主人公が一番の疫病神っていう皮肉的な構図ね。

これは宿敵である存在主人公にとっては「何としてでも殺したい相手」だけれども、事情も知らない戦後困窮する人々にとっては「慈善事業を行う善良な人」になっている遠まわしな構図でもある。

復讐孤独独りよがりであることを強調しているともいえるし、戦後という時代が背負わせる業を描いているともいえる。



ラフィリア~人間椅子奇譚~ 第8話

また誰得解説が。

もちろん作中では必要説明であることは間違いないんだけれども、天井から学校監視するためってのがね。

今に始まったことではないけれども、リアリティの追求が変な方向に行っている可笑しさがある。

でも、それが本作の世界観方向性マッチしているのが面白いんだよね。

あと、当たり前のように全裸なんだが、衣服痕跡を残さないようにするためなのか、趣味の延長線上なのか。

http://anond.hatelabo.jp/20161209004050

何もかも手に入れるのは最初からそういう星の下に生まれてきた奴以外には無理だけど、まだまだ新しく手に入れられるものはあるぞ。

人生社会は概ねクソだが、数少ない良いところは「何でもあり」だということだ。他のレスつけてる奴らみたいな「俺もやりがいとかよく分かんないけど毎日仕事をして家族が本当に幸せなのかも分からないけど毎日なんとか一生懸命生きてます」とかい普通のもの社会的に正しいとされる価値観なんか実は全てガン無視して良いんだ。経歴がとか年齢がとかスキルがとかそういう真っ当くせえ話は無視してよい。それを無視できる奴の数がすげえ少ないから、それだけで実は道が開けたりするもんなんだよ。

もちろんそれだと社会的に真っ当な感じの成功しづらいけどな。でもどうせ社会なんかクソなんだと思えば「真っ当な成功」にどんだけ意味があるのか怪しいもんだろ。どうせほとんどの連中は普通であることに安心して思考停止して生きてんだよ。ずっとそうやってきて歳食うと精神の筋力みたいなのが弱りきってそれ以上の思考は何もできなくなったりするからなんだけど、でも精神気合根性である程度なんとかなるんだよ。クソな現状に悶々とするだけの気力があるなら「普通」は無視してやっちまえばいいんだ。

PPAPを聞くたび泣きそうになる

彼を始めて知ったのは、くりぃむしちゅーオールナイト名前を隠して

いきなりトークを始めるというものであった、

誰かわからないというフラストレーションと、彼の独特な笑いが妙にイライラ助長して

彼の印象は最悪であった、しかし、それ以降は別に目にすることもなかったし、

彼を気にかけることもしなかった、

そして、月日は経ち、ネット流行に疎い私にまでPPAPという耳慣れない言葉が入ってくる、

最初は目にも留めず、動画再生することもなかったが、なんとなく日常で見るというレベルにまで流行りが広がっていった。

いざ、PPAPを見てみると、妙にクセになる中毒性のある動画でこりゃすごい、

と思ったことを覚えている、そして、ピコ太郎インタビューを受けている動画を見てみた。

あ、この独特な受け答え聞き覚えあるな、と思って検索してみたら、古坂大魔王プロデューサーとして

参加していると聞いて、妙に納得した。

彼が笑いを取っている姿は見たことない、というと語弊になる、

彼がお笑いをしていることろを見る機会はなかったが、ちょくちょく、くりぃむしちゅー上田

こいつは面白い楽屋では一番面白いとたまに口にしていたし、

彼が努力であることは彼の音楽を通して理解できる、

音楽はどこかで聞いたことがあるといった少し前に流行ったRemixであったが、

ほうほう、これが好きでこの影響を受けて勉強してるな、と取れる。

そして、彼のリズムネタに関してのブログ記事面白かったし、真面目な一面が見て取れる、

彼のように、自分の好きなことを何もブレずにやっていて、自分から行動し続けると

こうやって日の目をみることができるのかと思うと、自分境遇とも重なって泣けてくる、

彼大いにを認めてく上田のような人と、彼の作り続けるといった姿勢PPAPを作り上げたんだと思う、

ピコ太郎の受け答え、70歳くらいの石油系の奥さんがいるとかは一般受けしないとこはまるで変わってないことから

わかるけど、彼は何も変わってない笑 彼は彼のまま、作り続けているだけなんだと思う、

古坂さん、よかったよ、こんだけ、嬉しい一発屋は始めてだ、

そこらへんの一発屋と規模が違うことは彼の地力が強いことを証明している、

ちなみにこれはYouTubeRewind2016の2:16~あたり聞きかがら書いた。

このペンパイナッポーアッポーペンは泣ける。

ただいま「落ちろカトンボ」との増田に「ガラリア乙」とトラバを返した増田ですが、検索してみたところ「これはシロッコセリフである」との情報が出てきました。狼狽しましたが、もう少し調査を加えてみるとやはりガラリアにも同様のセリフがあったようで安心しました。何事も検索してみる、自分ソースにあたってみるというのは大事ですね(厳密には僕はソースにあたるところまではやっていませんが)。

充実していない人間政治に参加する?

資本家庶民政治から遠ざけることに成功したという記述をよく見るようになった。

確かにバーニー・サンダースも下層とされる人々が連帯をすることの難しさと希望を述べていた気がする。

自分の通う大学でも、経済格差の話に爆睡している化粧の勉強しかしていなそうな頭が空っぽな女やらがうじゃうじゃいる。

男も大概そんなやつだ。

この大学レベルが低いということが理由なのは確かなのだろう。

しかし、それだからこそ格差は考えなければいけないのではないかと思ってしまう。

知り合いが握手券をかき集めていたが、某アイドル集団の『アインシュタインよりディアナ・アグロン』とか言う歌詞は間違いではないのだろう。

性的価値いかに高めるかという闘争が結局はいちばん大切なのだ

政治というので、それは解決できない。

フェミニストっぽい人間が、この歌に激おこしたそうだが、実際そんなものだ。

怒っている人も、「ディアナ・アグロン」になりたくないとは言っていない。

なれたら、黙る。

その性的闘争に破れたりしたら、政治やらに色々と言うのだ。

女子大生を見ていると、その多くはどこまでもセックスすることと公務員試験に受かることくらいしか考えていない。

それでいいのだ。

かつて、日本戦争を仕掛けて破れたら米兵ペニスをしゃぶった。

当時は女性参政権がなかったから、悲惨だったという一言で片付けることができるが今は国民主権男女平等である

次に戦争を仕掛けて破れても、しゃぶればいいのと思っているのだろう。

あぁ、この女たちには武器がある。

政治に参加するというのは、充実していない人間という証なのだ

顔が良ければ、大概は参加しないということなのだ。

アレコレ言うと激怒する人がいるかもしれない。

大丈夫である。男も同じだ。

まぁ、政治に参加するとか、連帯かいうのは非常に難しい。

ネトウヨちっくな人間も沢山いるし、年を取ってから政治に目覚めたどこまでも他責的な女というのが自分は嫌いである。

そして、自分の不満というのは自分容姿であり政治というのはイケメンや見てくれの良い女を批判するためのものである

イケメンや見てくれの良い女と価値観なんてたいてい合わないだろう。

経験主義」にならなくていい。普通であることを怖がらなくていい。

私の母は、経験主義者だった。簡単に言ってしまえば、「経験していない人に何がわかるんだ。何も経験してきていない人間は信用できない」という考え方だ。

はいろいろと波乱万丈な人生を送ってきたらしかった。だが詳しい話を聞いたことは無いし、母がその考え方を私に強要してくることも無く、私には何の苦労もするなと言ってくれている。

からあくまで母が、という話なだけなのだが、私はどうにも、「苦しまなければ人の気持ちをわかってはいけない」と思ってしまったようだった。

前置きしておきたいのだが、私も割と難ありな人生を送ってきたほうだと思う。今の年になるまで人付き合いもままならず、メンタルヘルス的な要素を抱えているため、常に何かに追われているような焦りを感じていた。

けれども私は恐らく母よりは普通人生を送ってきている。元々気にしいでゆとり育ちなので、恐らくほかの人からしても「それくらい皆経験しているよ」と言われるかもしれない。だからこそ、母に認めてもらうには、「もっと苦しい思いをしなければ」と思うようになった。

母が何か悩みを抱えているような素振りを見せたときは、私も焦りながら悩みの種を見つけるようになり、問題を自ら作りこんでは母と愚痴を交わすようになってしまった。

母にも何度も注意された。「あなたはそんなに苦しまなくていい。私の真似をしなくていい」と言われるようになった。私はそのとき無意識にそんなことをしていたため、「もっと問題を見つけなければお母さんに認めてもらえない」と思い、私の行動には拍車がかかった。

当時の私は本当におかしかったと思う。自ら問題を作り、経験主義の母に認めてもらいたいがために、自分を更に追い込んで、終いには自殺未遂までするに至った。

そんな自分卒業した今だから思えるが、母は私を認めていなかったのではない。ずっと前から認めて、愛してくれていたのを、私のとんだ勘違い(「物事経験しなければ認めてもらえない」というもの)で、受け取っていなかっただけなのだ

人と自分経験を比べたり、苦しみを比較したりして、無理にその人の気持ちをわかろうとしなくてもいい。

母の考え方はもっともだと思うし、素晴らしいと思う。だがそれがすべてじゃない。少なくとも私はそういう考えではないし、そうはなれない。

振り返ってみると、そんな勘違いのせいで、随分と回り道してしまったなと思う。経験しなくていい苦しみを経験してしまったり、変なことに巻き込まれたり・・・なにが一番怖いって、そのときはその架空問題のせいで苦しんでいたにもかかわらず、どこか苦しめた自分に酔っていたことだ。勘違いとは、本当に怖いものだと思う。

からないことは、わからないままでいい。人の苦しみは、自分問題を作り出して背負い込むことじゃない。

人の苦しみに寄り添い、支えることは大切だと思う。だがそれは無理にやることではないし、人の責任や苦悩を自分が背負って、苦しむ必要は全くないのだ。

冷たいだとか、冷徹だとか思う人もいるかもしれないけれど、人の苦しみや辛さを、一緒になって背負い込むことだけがやさしさではないと私は思う。

普通人生しか送ってきていないかもしれない私でも、何の経験もしなかった私にも、できることはある。

普通であることを、もう私は怖がらない。

http://anond.hatelabo.jp/20161208205452

オレは今度修了なんで後輩ッス。

まずね、あんたは致命傷を受ける前に抜けだせた。それだけでも大したもんじゃいか。オレはね、ダメージを受けすぎたんで今年度で研究はサヨナラで新天地で生きる。


ボスからポスドクとして残ってほしいと言われたから残ったのである

この言葉重いぜ。これまで仲間になれるかもしれないと思ってた指導教官に、利用されてるって気づいたんだな。オレの場合ボスからポスドクとして残すという提案を断ったら、その後に仕事探しを軽く妨害されたぜ。ボスとしては折角育てた奴隷が外に出て行くのが惜しかったんだろうな。誰があんクズのしたで働くと思うのか。あんボスなんか学位もらったら、さっさとオサラバだぜ。1年で気づけてよかったな。




別に円城塔氏の名文「ポスドクからポストポスドクへ」を置いとくんでよろしく。描かれている状況そのまま体験したんだな、お疲れ様

http://ci.nii.ac.jp/naid/110006825822



あばよ。

2016-12-08

[] H26民訴コメント(アンサー)

H26

加藤いわく、この年の問題は、現場志向要素が過去問の中で最も強いので、あんまり復習する意味は乏しいらしい・・・

設問1

・この問題は、①取引行為訴訟手続きの違い、②手続き不安定を招く、③司法上の契約とそれを裁判所に陳述するという側面があること、の誘導がなされている。問題文に3つ以上誘導がある場合は、誘導グルーピングするといいらしい。本件でいえば、①②が、判例についての消極的理由付け、③が積極的理由付けとなるようです。

③については、訴訟上の和解につき表見法理の適用否定した場合訴訟行為としては無効である一方、私法上の和解契約としては表見法理の適用により有効となる。そして、和解互譲訴訟上の和解の効力も踏まえて決定される。その結果、原告和解契約上の義務の履行を確保するために再訴提起の負担を強いられる一方で、被告和解契約上の義務の履行を先延ばしにすることができることになり(執行力ないので)、互譲をした前提が大きく崩れてしまう。これが不合理な事態であり、こういうのを具体的に書けると点数が跳ねるみたい。答案だと1(2)(ウ)の部分の複雑な法律関係を生じさせてしまう、っていう部分、ここを具体的にできたらもっとよかったかも、という感じです。そこまでかけなくても合格点は超えると思うけども。

・あと、(ウ)の部分は、①の誘導とは別の誘導記述なので、別個の項目で書いた方がよいと思います

設問2

1(1)イ、のあてはめ部分の道徳的合理性、というのは少し苦しいような印象を受けます加藤は、和解が対価性を有する互譲であればOKという規範立てて、謝罪は死傷良心の自由に反する内容のものではないから、減額と対価性あり、と書いてました。

単に合理性があれば~という感じだと、何をあてはめているのかわかりずらいし、採点実感もあんまり合理性、という規範はよくない、みたいなこといっていたようだから可能であれば、抽象度を下げた規範を定立してあげたほうがいいかもしれないです。

設問3

・1の部分の既判力によって遮断される、っていう原則は、こういう風に既判力が作用するから遮断されるよという風に説明してあげた方がいいと思う。

現場思考問題として2以降の論述は十分三段論法になっていて読みやすかったです。ただ、現場思考問題で1ついうことがあるとすれば、既判力の問題原則に反することを論じさせる場合には、既判力の正当化根拠からも、こういう例外を認めていいんだよ、っていうのを書いてあげた方がよりよくなると思います

[] H26民訴コメント

第1

2.

判例理解ちょっとおかしい?かも?(と思ったら感想に書いてあった。すまん)

45年判決を俺なりに要約すると以下になります



(1) 表見法理は、代理行為によって財産流通が始まった後に、後から代理権が無かったとして取引無効とされると、財産流通によって増えた資本がパァになってしまうのが困るために設けられた規定である(いわゆる取引安全)。

(2) 他方、訴訟場合代理人による訴訟行為によって財産流通することはないので、後から無権代理を主張されても増加資本がパァになって困るという事態が生じない。だから表見法理を適用する必要はない。



これを前提として、本件の和解を見ると、これによって損害賠償債権債務が発生していて、財産貨幣)の流通が始まっている。これが後から無効とされると増加資本がパァになってしまう。これは困るので、訴訟上の和解場合に限っては表見法理を認めてもいいのでは?というのが問題意識だったと思う。



3.

「多くの訴訟行為が積み重ねられるとはいえず」とあってその通りなんだけど、和解には訴訟終了効(267条)があって、それ以上訴訟行為が積み重なりようがないってことを書けるといいと思う。



第2

いいと思う。和田曰くこの問題は出題ミスらしいっす。



第3

2.

コメントにもあるけど三段論法にするともっと良かった。



マニアックな話>

この問題、実は聞きたかったのは既判力の縮小でもなければ、117条でもなく、一時金賠償判決の既判力の問題だったと思います(出題趣旨にもその旨がちらっと書いてある)。

一時金賠償ってのは、交通事故とかにあったときに、将来の逸失利益とかを諸々計算に織り込んで3000万円とか賠償させる、あれです。

これ将来発生する損害を賠償させているのに、現在給付の訴えです。なんで将来給付の訴えじゃないか分かりますか。民709条の「損害」の解釈として、将来発生する損害も不法行為時に発生するという解釈民法で採っているからです。

まり判決の1年後に判明した後遺症だろうがなんだろうが、全部不法行為時に生じたことにしちゃうということです。

しかしこういう無理な解釈によるとやっぱり問題がいろいろ出てきまして。本件のような後遺症損害の問題の他に、例えば事故後あと30年は生きるだろうと思ってその分の逸失利益賠償を命じたら、その1年後に自殺してしまいました、みたいなときにどうすんの?みたいな問題が出てきました。

倉田という裁判官がこの問題を何とか解決したいと思ってたくさん論文を書いた結果、定期金賠償という仕組みが作られました。要は一気に3000万円を払うのではなく、分割払いにするということです。

けれども定期金賠償にしても、支払方法を分割払いにしただけなので、既判力の内容は変わりません。なので問題全然解決しませんでした。ここは倉田判事理解に間違いがあって、こうなってしまいました。

そこで登場したのが117条です。既判力を解除して損害額を調整することを認めてやろうというわけです。

ただ、この問題ってほんとは上で書いた民709条のムチャクチャ解釈から始まっているわけで、そこを放置したまま117条を作ったために、理論的にはかなりヤバい制度になっています。なので立法もびびって定期金賠償しか適用を認めませんでした。

けれど、定期金賠償ってそんなに使われていなくて、やっぱり実務では一時金賠償が主流です。じゃあこの117条って一時金賠償にも使えないの?ってのが今回の設問3の問題意識だったと思います

これをストレートに聞けばいいのに、無理に和解の話と既判力の縮小に絡めたせいで、訳わかんなくなってますしか類推適用するなとか意味不明)。

この流れを理解していると、117条の趣旨とか、何でそれが本件和解妥当するのか、とかが分かりやすく(書きやすく)なると思います

どうでもいい話ですいません。

自民党に対して以下の抗議文を送付したのでここに掲示する。

jogkfm08 12月8日 01:13

自民党に対して以下の抗議文を送付したのでここに掲示する。

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まりにも国民を愚弄するIR法の国会審議に厳重に抗議する。賭博国民経済が潤うなどと詭弁を弄する自民党安倍一派(細田博之等)に対しして、厳重に抗議する。

賭博公然容認し、国内マフィアを呼び込み、マネーロンダリングを黙認し、勤労・勤勉の精神冒涜する国家社会破滅であるIR推進法を国民反対運動が起きないうちに成立させようとする姑息国会運営に憤りを覚える。

IR法の国会審議を通じて、自民党が、暴力団と結託していることが明白となった。

賭博暴力犯罪合法化するIR法を成立させるならば、その責めを法案に賛成した国会議員は、命であがなうことになるであろう。

専門家は専門知識説明しなければならない!」とか言っちゃう人向けのチャート

1,説明された自分専門家や専門分野に得をもたらせる、もしくはその能力がありますか?

また、それらがない場合、これから時間投資をして学んでいく意欲があると説得する根気はありますか?知的好奇心を満たしたいだけのクレクレ君になっていませんか?

Yes→2へ

No→死ね

2,専門知識の取得及び説明コストには時間がかかります自分で学ぶという時間コストをかけない理由説明して説得できますか?

Yes→3へ

No→死ね

3,自分である程度、前提知識を得る努力をしたあと、相手との知識差が大きすぎやしないか自問しまたか?本、論文知識差が小さい人を探す努力しまたか

Yes→それでは質問してみましょう。

No→死ね

退職エントリ博士進学を考えるあなたに送る、進路に関するあれこれ

博士をとってから大学博士研究員として1年ほど働いたが、先日、民間企業から内定をいただいて大学を去ることになった。転職活動をする中で思ったことを書き残しておきたい。自分と同じ程度に何も考えず、ちゃらんぽらん博士課程に進もうとしている人の参考になればよいと思う。

1.スペック

男29 バイオ系 医学研究科所属(non-MD) 特筆すべき業績は無い

いわゆるピペド的な分野だけど、医学系に所属していたことが就職プラスとなった模様。

2.ポスドクを辞める理由

一般的基準で言ってブラック職場だったから。

1日6時間勤務で時給1670円。つまり日給1万円。額面20万程度なので、手取りは16~17万ほど。残業手当休日出勤手当についての規定はいろいろ事細かに書いてあるが、残業休日出勤存在しないことになっている。生物相手仕事なので6時間の中で全ての仕事を収めることが不可能である場合によっては夜中に始めなければいけない実験もある。また、生物には曜日関係ない。大学院生の頃、研究室に行かない日は年10日ほどだった。卒業前、ポスドクになってもそのペースで仕事ができると思っていたのだが、お金をもらう身分になるとそれができなくなった。給料が発生しないのに研究室に行くことが馬鹿らしくなってしまった。こういうことを言うと、休みがほしいと言ってるようでは研究者に向かない、と言われたりするのだが、そういう問題ではないだろう。だって、こちらは契約書を交わして雇用されている身分なのである。そういう意味では民間企業で働く人と同じだ。上の言い分がまかり通るなら、サービス残業ができないような会社員だって、その会社仕事に向いてないと言ってよいことになるのではないか。少なくともこれまではてブ等で言われてきた基準から考えれば、即退職すべき職場と言えるはずだ。

これはうちの大学だけの問題ではなく、どこの大学でも聞いてみると似たような人が居る。教授たちはポスドク生活について特になんとも思っていないし、月20万も出してやれば逃げていかないと思っているらしい。「サイエンスサティスファイ」していれば飲まず食わずでやっていけると思っているのだろう。

それでも、百歩譲って、自分の好きな研究をしているなら、お金をもらわずに働いてもまだ納得がいく。しかし、雑務に追われて研究ができない大学教員同様、ポスドクも上でオーバーフローした雑用をこなしているだけで時間が過ぎていく。毎週末出張に行かされたり、インターン学部学生の面倒を見たり、他大学学生スタッフ技術指導をしたり、シンポジウム運営を手伝ったり、種々の書類を書かされたり、というのが日々の業務である。それでいて、世間からは、研究者なんて劇団員とか芸人とかそういう類なのだから待遇が悪くても仕方が無いだろう、お金がもらえるだけいいでは無いか、というようなことを言われるので腹が立つ。

3.ポスドクから転職活動

活動期間はトータル4ヶ月。ただそのうち一ヶ月半ほど忙しすぎて何も動けない期間があった。覚えている限り、13社応募した。うち、3社は転職エージェント音信不通になった。2社は転職エージェントから応募を断られた。残りのうち、4社は書類で落ちて、4社で面接に呼ばれた。最終的に2社から内定をもらった。

専門知識が活かせそうな職であれば、研究職、非研究職に関わらず応募した。そのため、最初は何がやりたいのかもはっきり固まっておらず、書類審査に通りにくかった。後半は、希望業界職種が絞れてきたことと、求人から書類審査に通りそうなものがある程度わかるようになってきたので、思ってたよりもあっさり終わった。

巷では博士まで行くと就職が無い、特にバイオ系は終わっているというような話が多かったので、活動を始める前は心配していたが、別にそんなことはなかった。ただ、研究職に絞っていたらそう早く決まらなかったかもしれない。自分実験技術ニッチ職人芸で、企業研究で活かせるかというと微妙だったし、業績も研究職を目指すには寂しいので書類選考がかなり厳しかった。それに、やっぱり分子生物学を直接活かせる分野はまだそんなに無いというのも思った。

博士課程で身につけるべき専門性スキルは、研究以外にも活かせる道があると思うので、研究以外のことにも興味を持てる人だったら、博士まで出たからといって特に就職で不利になることはないと思う(能力的に博士として平凡な人でも)。

4.博士進学すべきか

私は博士進学したことを全く後悔していない。ポスドク期間は精神的につらかったが、大学院生の間は、研究を通じてエキサイティング経験ができたと思う。

博士を取るのは、学士修士に比べたらかなり大変ではあるが、その分、達成感がある。私は基礎研究分野なので、その視点に絞って言うが、博士というのは世界で初めて誰も到達してない場所まで登り、そこから新たな景色を見せることができた人に与えられる称号だと思っている。博士課程で行う研究なんて、そうたいしたものではないけれども、でもどんな小さなことであれ、世界で一番になる経験というのはなかなかできるもんじゃない。だから、もし学部修士課程研究面白いと感じているなら、その先の山まで登ってみることは悪い経験にはならないと思う。

もちろん、リスクデメリットはいろいろあるし、向いている向いていないもあるけど、条件が合えばリスクは限りなく小さくできる。博士課程に進学しようと思ったらお金必要であるが、親から全く援助が受けられなくても、プラス収支で博士課程を卒業することは不可能ではない。最近貧困の原因になっているとも言われている学生支援機構奨学金だが、大学院で借りた奨学金3分の1の確率で半額または全額が免除されることはあまり知られていないのではないか免除されなかったら大きな借金を背負うことになるのでハイリスクな賭けではあるが、単純なギャンブルではないので勝率を上げることはできる。免除される枠は大学ごとに割り当てられているので、学内相対評価で勝てれば良い。背伸びして良い大学院に入ると大変かもしれないが、小さな大学アクティティの高いラボに入れれば免除される可能性はかなり高くなる。私もこのパターンで、日本全体では平凡な大学院生だったと思うが、所属大学では上位に入れた。それから最近お金を出してでも学生を囲いたい大学院もあるから、この辺をうまく使えればお金がなくても進学は可能である卒業後の就職のことに関しては上に書いたとおりである。実感として、そんなに不利だとは思わなかった。研究を続けるか別の道を歩むかの決断はあるかもしれないが、仕事を見つけること自体は難しいことではない。

優秀な人が将来の懸念から博士過程を避けるようになっているという話をよく聞く。それがどの程度本当なのか私はよく知らないが、本当だとすれば残念なことである。真に優秀な人はおそらく研究者として残っていけるだろうし、別の道を探すことだって難しくはないだろう。重要なのは進学前の情報収集だ。良い指導者(色々な意味で)に出会うことは極めて重要である

5.学術界に言いたいこと

それはそうと、博士課程を卒業した後、ポスドク待遇は酷い。なんなら、学生のころよりも生活が苦しくなったりする。私の待遇でも、社会保険厚生年金に入れるだけ全体としてはマシだと言われるようなレベルである

博士まで取った人なら、仕事くらい自分で見つけてこられるだろう。だから別に今いるポスドクをみんな救済しろと言いたいわけではない。ただ、せめてルールくらい守れと言いたいだけだ。大学予算枠の規定で仕方がないのか知らないが、秘書実験補助員と同じ枠でポスドク雇用し、ポスドクにだけ特別暗黙のルール適用することはいい加減やめた方がいい(秘書実験補助員は定時で帰るし、定時で帰れるように配慮される)。本来研究者時間給で雇うのが間違いなのだが、全員を正規雇用できないというのもわかる。だから正規雇用されなくてもいいから、パートタイムで雇うならその規定をきっちりと適用してほしい。そんな中途半端研究者は要らないと思うなら雇わなければいい。自分だってボスからポスドクとして残ってほしいと言われたから残ったのである必要だと思うなら、必要性に応じてお金を出せばいいし、出せないなら逃げられても文句は言わないでほしい。

6.まとめ

大学院は超エキサイティングだったが、ポスドク待遇が酷いため研究をやめることにした。

博士進学および研究人生を賭けた博打であり、勝つためには運が多大に必要であるしかし、単に運だけで決まるわけではない。そこそこ得たいものを得て降りることは可能である研究過程を楽しく思えてかつ優秀な人には博士進学を勧める。

http://anond.hatelabo.jp/20161208192240

からないのは少数派であるお前の責任であってCMである信者責任ではないんだが

あとなんでも語尾に草生やさないといけない地方で生まれ育ったのは分かるけど増田でやると馬鹿だとしか思われんぞ

こうしてまともに相手してやってるだけ感謝してほしい

政治的に正しいビジネスキス

ダチョウ倶楽部上島キス芸はセーフですか?

喧嘩腰に向かい合っているうちに唇が触れてしまったという形式なので大丈夫ですよね?

でも、それを見た観客がギャーと悲鳴をあげるのも芸の一部であると考えたら「男同士のキス揶揄している」ということでやっぱりアウトなんですかね。

http://anond.hatelabo.jp/20161208185930

異議あり野菜を残すおっさんが多いからこそサラダバーが成立しているのであるおっさんがみんな野菜を完食しはじめたらサラダバーはなくなるか馬鹿高くなる!