はてなキーワード: であるとは
今朝テレビを見ていて、猪瀬都知事が24時間電車やバスを動かそうと計画していることを知った。猪瀬都知事や、インテリの一部は、24時間動く都市にして、世界経済の拠点にしたいと考えているようだ。夜も働く人間を生み出し、雇用の確保に繋がるので、よいことづくめのようにみえるけれど、それが「個人の幸せ」に繋がるのだろうか。
夜に睡眠を取らないと人間は健康を維持できないことを忘れてはいけない。
人間は24時間動けない。睡眠という休息が必要である。人間は1個の個体にみえるが、実は60兆の細胞から構成されており、そして細胞たちは生まれ、死に、入れ替わっている。身体の再生に必要な成長ホルモンは、22時から2時に活発に分泌される。この時間帯は再生のために休息することがよいのだ。
また、夜だけ活動して太陽光線を浴びないとどうなるのか?骨が弱るのである。骨はカルシウムからできているが、カルシウムの吸収にはビタミンDが必要で、そのためには日光が有用だ。食事で足りなければサプリメントで補う?ビタミンDは脂溶性ビタミンで、摂りすぎると悪影響を及ぼすので、服用には注意が必要だ。
猪瀬都知事は、24時間運行によって、不健康になる人間の医療費の増加を考慮していない。
または、医療費の増加を上回る利益を政府や企業が得られれば、それでよいと考えているのかもしれない。
国、都、企業の経済的な利益・損失よりも、自分自身の利益・損失に注視したい。
猪瀬都知事の東京計画は、「政府と企業の幸せ」を追求するあまり、「個人の幸せ」をないがしろにしている。
蛇足。
お金があっても、健康がなければ、人生を楽しめないとあなたはまだ知らないのかもしれない。
だから、健康など知ったことではないと、暴飲暴食・不摂生の限りを尽くしているのだろうか。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/medical/655528/
こうした新型鬱の記事について、声高に「甘えだ!」という人がいるが、正直どうかと思う。
実際のところ甘えかそうでないかは知らんが、現実として仕事が手に付かないほどパフォーマンスが低下し、それを本人の力ではどうしようもないという状態なのは事実なのだ。それを根性論でどうにかできないから問題なのである。「個体差です」で説明できないほど最近症例が増えてきたから問題なのである。「甘えだ」ということを本人が自覚して自発的にパフォーマンスを改善できるのならばそもそも問題にはならない。
したらば、他人の手を借りて業務改善をしようと考えるのは、個人的には健康的なことのように思える。
山田教授は「従来型の患者には『頑張って』などの言葉は禁句だったが、新型は別。
様子をみながら、ハッパをかけるような対策も必要だろう」と話した。
いいんじゃないだろうか?成人にもなるとハッパをかけてくれるような親切なひとはそういない。カウンセラがその役目を引き受ける、いいじゃないか。よくなるどうかはしらんが。
現実問題、私も自分で自分のモチベーションやパフォーマンスをうまくコントロールできないと感じることがままある。
「自称:非ゆとり世代」の方々はこうした「甘え」をどうやってコントロールしてきたのだろうか。
煽りではなく割と切実にそう思う。
そういう考えをこじらせた既婚男性に
「彼氏作った方がいいよ」「女としての喜びを教えてあげる」「俺とつきあったら楽しいよ」とか言われ
既に一人確保したという安全圏から遊びに誘われるのは、大変に不快です。うざい。
http://anond.hatelabo.jp/20130519095510
この手の、あなたのことを思ってるんですよーと言いつつ自分の絶対的な価値観を押し付けてくるやつはアント教と呼ばれる。
アント教は年代環境もろもろ異なる他人の人生を自分の人生と同じように塗り固めようとすることで、
なお、相手が受け入れない場合はかわいそう。などと言い出すことが多いが、
寛容性の無いアント教の周辺の人こそかわいそうである。
俺なら人種差別ではないと判断するな。
その人が何人であるか、ということで不愉快になったわけじゃなく、
日本語が上手でなくて注文を間違えられたことに、不愉快になったってことならね。
その店で飯を食いたい気持ちはあるんだったら、
店長にその旨を伝えて、日本人だけが入ってるシフトの時間を教えてもらうとか。
そういうのを教えてくれない店なら、さすがにもう無理かもせんけど。
さすがに「あの人、辞めさせてください」は傍若無人だし。
先ほどのことである。
そうなることは、はじめから分かっていた。
けれどももしかしたら、大丈夫かもしれない。そんな期待を抱きつつ、彼の求めるままに手を滑らせていた。
その時である。
自分も仲間に入れろ、と、先ほどまで横で遊んでいた男が入ってきたのは。
彼が小さな声で問う。
私はしばし考え、彼に手を伸ばしながら、おっぱいを差し出した。
一人におっぱいにむしゃぶりつかれ、もう一人と口付けを交わしながら。
一体私は何をしているのだろうと、笑いがこみ上げてきた。
「んっ、あ」
その時だった。
一心不乱におっぱいに吸い付いていた口を離し、男は立ち上がった。
「うぅーあぅ、いきゅぇいきゅえ!」
ゼロ歳児の息子は、確かに「イけ」と、夫に向かって叫んだ。
ママとすら言えないのに。
結論:
しかし、社会的地位であるとか、もしくはメンタリティなどという視点から見れば、彼はむしろ強者に分類される人だよね。
大学時代の教授の弁を借りれば、他者の手を借りることなく、自立して生きることが出来る障害者を、障害者と呼ぶべきではない。
それは自立した人間に他ならない。
仕事があって、たぶんそこそこの経済力もあって、あらゆる人に慕われ、奥さんや子どもがいる。
そして、発言力がある。
だから、私は乙武さんを障害者というカテゴリーに分類するべきではないと考えている。
もちろん、誰もが分かっていることであるが、彼は障害者のスタンダードではないよね。
私の知っている障害者は、月収10万円以下の零細企業に勤めていて、毎日ボロボロになりながら帰ってくる。
私の妹なんですけどね。ついでに精神障害者だから、もしかすると、乙武さんと引き合いに出すべきではないのかもしれないね。
つらい、辞めたい、でも辞めても次の職場がない。
転職しようとハローワークに相談に行ったら全力で止められるんだってさ。
地方と言えど、月収10万じゃ金銭的な余裕がない。だけどギリギリ障害年金が貰えないラインの等級。
結婚も、たぶん無理。
今はどうにかなっているし、今はとりあえず幸せだけど、先のことを考えたら、もう積んでる状況なのかも。
両親が亡くなったら、きっと私が面倒を見ることになる。だから私も、結婚は諦めた。
どうもね、家系的に精神病になり易いらしくてね、優生学じゃないが、私も妹も、子孫を残すべきではないんだろう。
(精神疾患と遺伝についてはまだ様々な議論があるのだろうけど)
「障害者=可哀相」って短絡的な方程式を頭に突っ込むべきではないんだろうが、
だからと言って、障害者の全員が乙武さんみたいに『強く』生きることが出来る訳では、決してない。
私の家よりも、酷い状況のところなんか、ごまんとあると思う。
彼の生き方、考え方に共感出来る部分はあっても、私は彼を障害者としては見れない。
だからさ、今ホッテントリに上がっている件、乙武さんが前持って、こういう事情があるんですけどって先に説明しとくべきだったと思うよ。
それが出来ない人ではないでしょ?
問題になっているのは、高学歴男女の晩婚化。低学歴男女は低年齢のうちに結婚している。
なぜ低学歴男性はさっさと結婚に踏み切るのだろう。理由は、低学歴男性は早期に値崩れを起こすからだ。
高学歴男性は年収が年齢と共に上がっていくため、婚活における値崩れは、
両親の介護が視野に入りだし、自身もデブ・ハゲ化する40代まで起こらない。
しかし低学歴男性のアピールポイントは「強さ」と「かっこよさ」だ。
低学歴低年齢女性にとって、若い男の強さや生命力が魅力になる。狩猟採集時代から続く「オスらしさ」の魅力だ。
そうした魅力は30代に入り精力が落ち、40代になり中年太りして頭髪が寂しくなり、
50代になって皮膚がたるみシワが増えることで着々と衰える。
低学歴男性は、若さを失うと同時に値崩れを起こす。だから早期に女を捕まえておくことが有利に働くのだ。
高学歴男性は、魅力が若さではなく金と権力であるため、値崩れの時期は遅い。
精巣の衰えによって精力が落ち、精子の質も下がる。できれば35歳までに複数人の子を作り終えていたほうが良い。
また、高学歴男性は中高年になると管理職となり、子育てに参画しにくくなる。
若いうちに子育てに参画し、子供に愛情を注ぎ、父親の存在感を示すことは非常に大事なことだ。
若いうちに子供を作っておけば、忙しくなる頃には子供は育っている。
中高生の子供とは、ある程度距離を置いたほうが、自立をうながすためには良い。
しかし小学生までの小さな子供には、両親がしっかり目を向けて愛情を注ぐべきだ。
そのためにも男性には学歴問わず、若いうちの結婚と子育てを行って欲しい。
遅らせれば遅らせるほど、幼児の相手をすることが体力的にきつくなり、仕事との両立も厳しくなり、
「オレは高学歴だからオッサンになってもモテ続けるんだもんね~w
モテれば何の問題もなしw 子供なんていつでも大丈夫w ウェ~イww」
日本ではバンゲリングベイはクソゲー、もしくは早すぎた名作といった評価のされ方をする。
海外ではこのゲームのマップエディタにのめりこんだ開発者、ウィルライト氏が後にシムシティを生み出したことでルーツとして知られている。
バンゲリングベイは一見すると攻撃ヘリで工場を破壊するだけのアクションゲームだが、防衛目標であると同時に補給地点である空母の存在、タンカーやオイルタンクを攻撃することで敵の内政を妨害して兵器配備を遅らせるなどの戦術性が存在した。
だがこの考え方はオリジナルから存在していて(建物がシナジーを起こすという考え方が後のシムシティとなった)、滑らかなゲーム画面やレーダーの存在などにより、FC版よりはるかに高い完成度で実現されていた。ハドソンの功績ではない。
ハドソンがやったこととは、ラジコンにのめりこんだ結果、慣性のキツい酷い操作性にしてしまい不興の原因を作ったことだけ。
バンゲリングベイは、もともとバンゲリング帝国三部作と呼ばれるシリーズの作品であり、1作目となるロードランナーが国内で大ヒットしていた。
そのため続編であるバンゲリングベイも大ヒットが見込まれ、そこで「2Pマイクに向かってハドソンと叫ぶ」という裏技を仕込むことで売名を図った。
オリジナルであるコモドール64版の売れ行きは2万程度で、80万本近く売り上げたハドソンのFC版には遠く及ばない。
アメリカ軍のアパッチを操作して架空帝国の生産拠点を壊滅させる、というゲーム内容に「縦横合計100画面」という無意味な自慢を吹聴して多くの子供を失望させることになるが、商売人としてのハドソンは一流だった。
こんな様子じゃ、結婚した相手がもし統合失調症を発症したら地獄だから結婚したくないし、
産まれた子供がもし統合失調症を発症したら地獄だから子供も作りたくないね。
アニメが原作絵と違って気持ち悪いと評判の惡の華。1話を見て興味を持ち、ネットであらすじを探って、原作本を全巻購入し、幾度と無く読み返してもまだ飽き足らない。子どもじみた中学生らしい登場人物が、思春期特有の心理状況を抱えながら、自己を萌芽させ、徐々に顔つきも大人びてくる。当初はギャグテイストの悩みや災難も、次第に力を帯び、心をえぐり、魂をすりつぶすほどの痛みになる。登場人物は傷つきながらも正気を失わず、自分の心が発するの声にしっかりと耳を傾け、美しくも悲しい物語を紡いでいく。マンガやアニメの主要な購買層が求めている作品ではない。思春期で思い悩む少年少女とってのバイブル、恋愛や社会との関わりの中でひどく傷を負い、いまも人知れぬ痛みを抱える人々にとっては、癒しの物語となるだろう。
高校生編はまだ途上なので評価は避けたい。蛇足にならないよう願いたい。常盤さんと付き合うことになったが、仲村さんが登場するならば春日には破滅しかない。常盤さんという人物が、高校生となりある程度社会性を身につけた仲村さんとしての役割を担うならば、仲村さんは永遠に登場してこないだろう。
中学生編は、3巻の峠を境に前半と後半に分かれる。前半は主人公が、あこがれの娘の体操着という、無意識の海に落とし込んだ財宝とも言うべきものを盗むことから始まる。思春期は幼い子供だった時代と別れ、自我が覚醒する時期。親や学校、友人らと同一の存在であり、他とは異なる自分というものがなかった幼い自分に別れを告げる時期。未知の財宝を奪うという行為は、通常の意識よりも深いレベル、無意識から発せられる。さらに、住み慣れた世界から自己を引きはがす未知のモンスターが登場。深淵からの使者、仲村佐和に秘密を握られ、否応なしに「自己の覚醒」へと突き動かされる。すべての出来事は現実と同じく、良い結果と悪い結果の両方をもたらす。そして自己の表現とは属する社会の道徳とは相反するものになる。すべての結末は死、解体、別離。カミソリの刃先のような危険で細い一本道を命がけで渡る春日の姿は、一種の英雄譚のようだ。
自己の表現すなわち仲村の呼ぶ「変態」が本作のテーマか。分かりもしないボードレールをこれみよがしに見せつけて俺は他の奴らとは違うんだと悦に入る気持ち悪いネクラうじうじ男、春日。彼が未知からの召喚に応じ、キリストの受難のような試練を受ける。思わずあこがれの佐伯の体操着を盗み、思わず嫌われ者仲村をかばい、思わず佐伯をデートに誘って思わず告白する。仲村に本当の自分を黒板に書けと言われ、一度は断るものの、仲村が溜め込んできた周りの世界への鬱憤を知り、さよならを告げる仲村を思わず引き止める。自身のカミングアウトだけでなく、芸術作品のように自分の存在の全て教室にぶちまけて仲村の言う「クソムシの海」を創り上げる。完全なる自己の覚醒は住み慣れた世界との別れ。仲村とともに「向こう側」を目指すも、愛すべき社会を体現した佐伯が立ちはだかる。唾棄すべきもの、社会から忌み嫌われるものだったはずの「ありのままの自分」が佐伯から受け入れられ涙を流す。だが、一人で「向こう側」に向かおうとする仲村を思わず引き止める。引き止めたことに驚いたのは春日自身。言葉が出てこない。行くか戻るか2人から選択を迫られ引き裂かれる春日。普通に佐伯と「付き合う」ことができず、仲村の求める「変態」にもなれない、自分が空っぽであまりにも無力な存在であることを思い知らされる。
後半も「変態」行為が自己表現だが、その行為には一切の欲望や情念は込められていない。愛の表現そのものだ。愛は自己の表現であり、社会の価値観とは反するもの。峠の心理状態のまま時間が止まり、仲村にも佐伯にも歩み寄れない春日。3者は峠の出来事で自分の存在をズタズタに引き裂かれている。社会性の権化だった佐伯は親友木下に付き添われることで辛うじて社会生活を送り続ける。春日と仲村は以前にもまして社会とは関係を持てない。木下は佐伯と春日の関係修復を試みる。互いに相手から好きだと言われたいとの思いはあるものの、これ以上傷つきたくないというのが本音だ。もう引き裂かれる痛みに耐えられない。双方とも無表情を装い、相手を拒絶する言葉を放つ。佐伯と別れ、残るは干からびて死んでいくだけの日々。夢のなかで、それまで気づいていなかった仲村へのいとおしさに気づく。仲村への気持ち以外の他の全ては意味のない空虚な存在。自分の「向こう側」は仲村の中にある。仲村を笑わせるためならば、社会も自分自身さえも捨ててしまおう。愛の巣そのものの秘密基地を作り、佐伯を除くクラスの女子全員のパンツを盗む。変態行為は仲村への愛のメッセージであるとともに、佐伯には決別のメッセージ。佐伯への決別の決意を知った仲村はようやく春日の思いを受け入れ、世界で2人にしか分からない特別な関係、すなわち「契約」を結ぶ。
一方、決別のメッセージを受け取った佐伯は、自分の抑えこんできた欲望、自分そのものの萌芽を迎える。社会性の象徴である木下を伴いながら、春日と仲村が創りだす2人だけの世界を探求する。それは木下にとってはただ変態、犯罪者の異様な空間。だが、佐伯にとって、自分には絶対にたどり着けなかった世界。嫉妬と羨望と欲望の対象、世界の求める姿を演じることなく自分の好きなことを自分の思いで自ら創造する世界。彼女の求めたすべてがあった。悪行を社会に知らしめることは、春日と仲村の2人だけの絆をさらに深いものにしてしまうだけ。木下と決別し、麦わら帽子と共に自らの演じてきた仮面を脱ぎ捨てる。春日が仲村のために創り上げた世界を燃やし尽くし、春日をセックスで取り込むことで仲村から奪い、自分のものにするという欲望をさらけだすも、春日に拒絶され、仲村との対決にも敗北する。
仲村は勝利したものの深い傷を負う。後半の仲村は未知のモンスターではない。攻撃的な性質は持ち続けているものの、春日を受け入れるまでは、いばらに閉ざされた眠りの森の美女。春日を受け入れてからは愛の対象者として存在する。変態行為を求めることはない。ただ自分を喜ばせるためだけに、他のすべてを捨てて一生懸命になってくれる男の子、春日の存在を嬉しく思う一人の女の子だ。2人の間に割り込んできた佐伯の存在により、自分と春日の関係は誰からも祝福されないもの、自分の存在は周りを不幸にするだけのものだと思い知らされる。行き着く先は死か破滅しかない。だけど私は死にたくない。
春日の隠し事が徐々に露見し外出禁止となる。春日を閉じ込める家は地母神の胎内そのもの。放火の懺悔を決意した佐伯は春日の元を訪れ、2人で罪を告白し元の世界で生きる道を提示する。佐伯に心を引かれそうになるが、仲村を信じ想い続け、佐伯を拒絶する春日。行き着く先は破滅のみだと分かりつつも。佐伯の自白とともに、佐伯の分身とも言える木下の手で、すべての出来事が世界に露見される。誰一人幸せにできなかった。何一つできなかった春日。閉じ込められた檻を力づくで破壊し、閉塞した社会の胎内から春日を引きずり出したのは仲村だった。社会から拒絶されるならば、社会そのものを拒絶し、春日を殺し、自ら死ぬ覚悟をしていた。仲村にとって、自分の知らない自分を引き出してくれたのはいつでも春日の自己表現の爆発だった。春日がかぶっている皮を一枚一枚はがす度に、仲村は自分自身を発見していた。運命の夏祭りは明日。すべてが終わるのは明日。もう時間がない。向こう側を、自分自身を見つけなければ。全裸にし、皮膚をめくっても出てこない。バットで脳みそを叩き割れば出てくるのか。殺す気だった。だが、できなかった。私は春日くんを失いたくない。刺のある言葉を周囲に発して、無関心無表情を装って、硬い殻で閉じ込めて、ずっと守ってきた本当の自分、見たくなかった裸の自分自身。弱々しくて、壊れそうで、大嫌いな自分。世界がクソムシじゃない。私がクソムシ。私がいるから、こんなにも世界は生きづらくて苦しい。決して消えることのない自分。ありのままの姿をさらけ出した仲村を春日は魂の咆哮とともに抱きしめる。2人は心中することで、周りの世界のすべてを拒絶し、魂の永遠なる結合を図る。夏祭り、2人は世界に向けてありのままの自己、この世に生きた自分という存在そのものを叫ぶ。仲村は春日を愛していた。そして愛する春日が、両親や佐伯、社会から愛されるべき存在であることも知っていた。世界から拒絶され、孤独の深淵で苦しむのは私一人でいい。あなたは生きて。春日を突き飛ばし、一人で死へと突き進む。だが、その仲村自身も世界から愛されるべき存在。死から拒絶され、2人、いや佐伯を含む3人は、桐生市という地母神の胎内から外の世界へ排出される。そこで中学生編は終わり。
主人公の春日くんの心理描写はあるものの、仲村や佐伯についてはどのような心理状態でいるのかあまり描写がない。だが、2人とも自分にしか分からない悩みを抱え、自分の信念に基づいて行動している。物語の都合や作者の都合で動かされる人物ではなく、自らの意志で動く生きた人間だ。春日に自分の心の奥底に秘めた何かを求めてしまった2人の少女が作者の意図の範疇を超えて動きまわる。自らの意思で動く登場人物が自然と創り上げてしまった物語が惡の華の中学生編ではないか。仲村が、佐伯がどんな気持ちを抱えてその場にいたのか、想像を膨らませながら読むと深い、深すぎる物語。まるで恋人の心を探るような、自分を拒絶した異性の心を探るような、そんな作業にも感じられる。
面白いおもしろすぎる物語。エンターテイメントではない。現実の人々は、自分自身との関わり、愛すべき存在との関わり、社会との関わりの中で、必ず傷つき、苦しむ。この物語は生きる糧となる物語。魂に必要な食べ物。癒えることのない痛みを和らげる物語。閉じ込めて見ないようにしていた心の古傷を思い出させ、生きる歓びに涙を流させる物語。世界は悪意と欲望で満たされている。常に腐敗し悪臭を放ち続けている。自分自身も、かつては不滅の存在に思えていた社会そのものも、実は有限で不完全な存在に過ぎない。すべての欲望、情念、怒り、迷妄を捨て去った後、哀れみの心が生まれる。法隆寺、玉虫厨子の捨身飼虎の図で描かれるように、愛する人のため、社会のため、神に捧げる供物のように我が身を捧げることで、初めて完全無欠、永遠の存在を感じることができる。世界の中心はここにある。永遠は今この瞬間にある。神は常にあなたとともにある。
まず、晩婚・晩産に歯止めはかからない。社会的に環境が整わない上男に覚悟ができないのだから歯止めがかかるわけがない。未婚化は進むかも。
そして欠陥が判っていて政策が通った場合、同時に「政策を通した=国民としてその政策にある程度合意した」と見なされるため、「合意したのだから協力しろ/合意したのに非協力的だ、我がままだ、独善的だ」という批判が成立する。晩婚・晩産を国を挙げて止めようとしているときに流れに逆らう者が叩かれない理由はない。
女は必然的に流れに従うか或いは逆らうかに分類されるが、男はそもそも流れの渦中にすらいない。
>まず、晩婚・晩産に歯止めはかからない。社会的に環境が整わない上男に覚悟ができないのだから歯止めがかかるわけがない。
なんで断言できんだよ。お前は預言者か何か?お前の中では、晩婚・晩産の原因は「社会的に環境が整わない」と「男に覚悟ができない」”しか”ないんだな。ある現象が起こるのはいくつもの原因があって起こると思うんだけど。俺が思うほかの原因は「適齢期の無知」な。俺だって「適齢期の無知」が改善されれば、晩婚・晩産が”すべて”解決されるとは思ってない。原因の”ひとつ”である「適齢期の無知」を解決すれば好転(=歯止めがかかる)するかもと思うから女性手帳を支持しているだけなんだが?
>「合意したのだから協力しろ/合意したのに非協力的だ、我がままだ、独善的だ」という批判が成立する。
>晩婚・晩産を国を挙げて止めようとしているときに流れに逆らう者が叩かれない理由はない。
晩婚・晩産した人は勝手にどうぞ。不利益を被るのは自分だし、高齢出産で苦しんでいる人を叩くような鬼畜な人間はふつうはいない。
かっこつけただけじゃん。説明になってない。
全く同じことがお前の「僕は上から目線だとは思わない」に対して言える。
客観的事実とは「そう思う」人数が多いから客観的事実なのではない。「上から目線」とはある特定の不利益を黙殺する態度のことであり、ある特定の不利益の黙殺はすべて上から目線である。これは誰がどう思うかで変化することではなく、論理的にそうなのである。
>全く同じことがお前の「僕は上から目線だとは思わない」に対して言える。
知ってるよそんなこと・・・。そんなわかりきったことわざわざ書かなくていいから。
>客観的事実とは「そう思う」人数が多いから客観的事実なのではない。
客観的事実とは「”みんな”がそう思うこと」って書いただろ?なぜ”人数が多い”に変えた?おまえわざとやってるだろ。
>「上から目線」とはある特定の不利益を黙殺する態度のことであり、
どこが論理的なんだよ。「私がそう思うからそう」って言ってるだけだろお前は。
何も変わらない。「不適齢期だから子どもを産むな」という従来の学校教育に対立する「適齢期だから子どもを産め」という女性手帳の内容、という対比にすぎない。
気に入らないなら「適齢期に」と読み替えても良い。
「適齢期だから子供を産め」→適齢期になったら有無を言わず子供を産め
「適齢期に子供を産め」→子供を産むとしたら高齢ではなく適齢期に子供を産め
何が変わらないんだ?
年齢は責任が取れないことの理由にはなっても責任が取れることの保証にはならない。
適齢期に責任が取れるようになっていなければ産みたくても産めずおしまいだし、実際責任が取れるようになっているかどうかは誰にもわからない。どうすれば確実に責任が取れるようになれるかさえわからない。
>適齢期に責任が取れるようになっていなければ産みたくても産めずおしまいだし、
>そのルートを提示することができないのならばそれは教育足り得ない。
議論というのは授業において、子どもたちが「適齢期に子どもを産む」という解に辿り着くには「どうすればいいか?」を検討する議論のことだ。
先述した通り女性手帳の内容と現在の性教育内容とは真っ向から矛盾するので、授業で深く掘り下げて取り扱うことはできない。元々の設問が悪すぎる。
>先述した通り女性手帳の内容と現在の性教育内容とは真っ向から矛盾するので、
女性手帳の内容→子供を産むとしたら高齢ではなく適齢期に子供を産むのが望ましい
現在の性教育の内容→子供を養えないのなら子供は産むな、つまり、養えるようになったら産んでよい
合わせると→子供を養えるようになったら、高齢ではなく適齢期に子供を産むのが望ましい
「知りたかったのに教えてもらえなかった」とまで他人に責任転嫁する者がいるんだったら喜んで言ってやる。
お前は代わりに性的マイノリティに向かって「年をとると子どもは産めなくなる。これ特に女性は絶対知ってなきゃいけないこと」と吹聴してこい。
>「知りたかったのに教えてもらえなかった」とまで他人に責任転嫁する者がいるんだったら喜んで言ってやる。
おし、言って来い。テレビのドキュメンタリーで見たからな。「ネットを検索すれば情報を得ることができたのだから、それをしないのは自己責任。たとえお前が高齢出産で苦しもうと、受け身であったお前の自業自得」ちゃんとこう言って来いよ。
お前、負けず嫌いだなあ。悔しいから俺が言ったことの文字を入れ替えて反論してんの?違うというのなら、自分で言葉で反論してみろ。
あと、お前は論破した気になってるけど、してないからな?無駄に堅苦しい言葉を使ってそれっぽく論じているだけで穴だらけ。ところどころお前の思い込みも見られる。
今朝、この記事↓を読んで、
http://anond.hatelabo.jp/20130518053040
なるほどな、って思ったんだけど、、、
「どれだけ金を積んでも手に入らない」ものと
「金さえ積めば手に入る」ものを比べれば、
そりゃ、確かにな、と思ったよ。
「その金額をそもそも出せない」わたしみたいな貧乏人は、
そもそも少ないんだよな。。。
(だから上記記事を読むまで、深く考えたことなかった。)
「そもそも出そうとも(稼ごうとも)思わない」っていってるが、
そこに共感するかどうかは、もう、価値観の問題でしかないんだろうな。。。
大元増田さんは値段(労力)に見合うだけのメリットが感じられない、
だからこそ、
元増田さん(http://anond.hatelabo.jp/20130518181104の)みたいに、
そこを一度通り抜けた(経験した)ひとの意見って、結構興味ある。
景色を知ってるひとの話が聞きたい。
母と喧嘩した。
自分は30代男。真面目系クズ。高卒後アルバイト→契約社員となった別業種の会社から
親の勧めもあって、専門学校経由で建築業に転職。4年後退職し親の自営業を数年ほど手伝っていた。
メインはリフォーム業。建築業許可はあったものの、新築はせずに
改修メインでやっていた。贔屓の顧客がいたが、社長でもある父は67歳の高齢になり、
仕事が無いときは営業もせずTVを見てるか二人で何処かに温泉と釣りに興じている。
最近長年メインにしていていた下請けが止まり、暇をもてあます事も多くなった。
切られたわけでは無い、他の業者に聞いたら同じ境遇だった。現場が無いのだ。
・・と言うことで会社の資金は減り、暇があれば旅行に行っていた夫婦は
出費節約の為、無用の外出は控え、自室に引き込もって6月開催の施工管理技士試験の勉強と
少しの遊び賃使ってFXに打ち込む日々。運用実績はマイナスなのは別の話なので省略。
食事の会話内容は楽しい話題は無くなっていた。
まずは健康について早朝ウォーキングの話やら血液サラサラとか痩せるとか
そんなこと延々聞かされて美味しくご飯食べれますか?
別の日には自分の服装について文句が出た。
「この色のTシャツは、ずさ袋みたいで気持ち悪い。運気が下がる。今すぐ捨てなさい」
「Tシャツ買ってきたから来なさい、良いカラーねー」・・・自分は着せ替え人形ですか?
そしてある日、の夕飯、姓名判断の本を買って読んだと思ったら
「○○(自分の名前)は運気が悪い、××にすれば変わる。今すぐ変えなさい」と
そして母親にとってはその害悪(と見なされている)のTシャツを勝手に隠した。
置いてあったシャツとズボンが洗濯されて、そのTシャツだけ無くなっていた。
そのことを怒ると「お前の人生の為に~」「このままでは成功しても有り金が全部無くなる」
「6月の試験なんて絶対に受からない」とかの罵倒のオンパレード。
確かに実家にいれば電気・ガス・水道は使い放題(通信費は自分名義・支払中)家賃0の好待遇であるのは認める。
親の言うこと黙って聞いていればこの生活が送れるかもしれないが、結局は脛齧り期間の延長であって抜本的解決にならない。
前職が社畜でノイローゼ気味だった自分を自営業に呼んでくれた親達には感謝はしているが、その期待にはもう応えられない。
このままだと宗教団体のような押しつけが続けば精神がダメになりそう。
言うことを聞いて、言い訳ばかり言ってる自分を捨てるときが来たみたいだ。
自分でもブログとかツイッターとか持ってるけど、何も希望の無いどす黒いのを吐き出したくて
「罵倒されるんだろうなー」と思いながら登録ボタンを押します。
y_arim先生早く元気になって僕にあたまがわるいタグを下さい。
そんな絵が下手だから、東大で落ちこぼれたからってひがまないでまっすぐ生きていけばいいじゃないですか
絵描きとしては『ふざけんな好きに描かせろ』と強弁する
「領有権の主張」を正当化する絶対的な根拠というのは、竹島に限らず一般的にない。たとえばアイヌの人たちが独立を宣言して北海道の領有権を主張したらどうなるのか? 国際的には、それは「正当」と言えるかもしれない。
だから、北教組の「明確に領土と主張できる根拠は見つからない」という発言は、特に間違っていない。間違っていると言うためには、そもそも「領有権の主張を正当化する絶対的な根拠」というものを、主張する人間が示さなくてはならない。色々な事例を調べてみれば分かると思うが、国境というのはおおむね力関係と話し合いで決まる。それが決裂すれば紛争をして暫定的に決まる。
だから、「歴史的に見て我が領土」などと主張するのは「根拠はないけど我が領土♪ 誰が何と言おうと我が領土♪」といった歌を歌うのと大差ない。数千年にわたってその土地に住んでいる民族が文化的連続性を主張できる根拠を示すとか、そういうのでもない限り、「歴史的に見て」というのは根拠にならん。「昔の文献に我が領土と書いてある」なんて話を認めるとすると、アジアは全て中国のものであると認めることになるよ?
もし「明確に韓国の領土と主張できる根拠がある」と北教組が主張するなら、それはおかしい。だが、「日本の主張にも特段の根拠はないようだ」という発言は別に間違っていないのだから、「竹島が韓国の領土で日本の領土でないという歴史的見解を示せ」という主張は奇妙である。そんな根拠があるということを、北教組は特に主張していないのだから。
金で買えないものって、頭冷やして考えると、そんなに価値はないんだよね。
むしろ「負債」になるようなのが多い。追記しておくと「命」はある程度は買えるからね。生物としての限界は別にして。
人間ってのは慣れる生き物だ。
そう、人ってのは慣れてしまう。驚くべきことに慣れるのは「幸福感」だけじゃないんだな。「不幸感」にも慣れてしまう。
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2008年11月28日に機関紙「北教」で、「竹島問題は韓国の主張が正しく、島根県などが竹島の領有権を求める行為は、日本の侵略・植民地支配を正当化する不当極まりないものである」と厳しく非難、2009年12月28日に朝鮮日報の取材に対し、昨年「韓国側の主張が正当だ」という学習資料を配付した北海道教職員組合の信岡聡書記次長が「(独島が)明確に日本のものだと主張できるだけの根拠は発見できなかった。生徒の正しい判断を助けるため、われわれが判断したことを学習資料に盛り込んだ」「日本の竹島領有権主張は、(日露)戦争中に用途が生まれ、主張し始めたものだ。明確に日本の領土だと主張できるだけの(歴史的)根拠を探し出すことはできなかった」「日本の教育には、“近隣諸国条項”というものがある。教科書を叙述する際、教室で生徒たちに教える際、近隣の国に配慮しなければならない、という原則だ。まだ解決していない問題を教科書に載せることは、この原則から外れている」と語った。(韓国に領有権があるとは主張していない)
これら主張に対し、拓殖大学教授の下條正男は「竹島が韓国の領土で日本の領土でないという歴史的見解を示せ」という趣旨の公開質問状を示した[6]。また、維新政党・新風とも連携し[7]、北海道教職員組合の竹島問題に関する見解など4項目からなる公開質問状を送付した。
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ポケモンBW2対戦においても、対策がなされたとはいえ、未だに「切断」という行為が非常に多く見受けられる。もちろん、回線エラーである可能性もあるということは忘れてはならない。それが故意であると断言できない以上、なるべく切断に関するコメントは控えておいた方が良いと思われる。回線エラーにより勝敗がつかないことは確かに不快であるだろうし、勝利目前となれば尚更ではあるが、心を広く持とう。
前述の通り、ポケモンBW2環境ではBW環境と同じくDSをつかうので、バトレボの様に回線が安定していない。 うp主が切断と断言して、晒す行為をして視聴者側に対戦相手の批判を求めた場合それは 「勝敗が決する直前まで追い詰め、相手に切断させた」 要するに勝ちとしてとらえることが出来るので対戦相手を批判する代わりにうp主に拍手しておこう。
次に対戦相手やうp主が高種族値のポケモン(いわゆる厨ポケ、ガチポケ)、準伝説ポケモン、害悪と言われるようなポケモン(無限型、回避型、複数催眠など)、運ゲー型ポケモン、マイナーポケモンなどをPTに入れていた際、対戦相手を批判してしまうと、視聴者やうp主に迷惑がかかる。 うp主が使っているのが嫌な場合、動画としてのあなたに合わないということなので素直にブラウザバックをするのが良い。
ポケモンというゲームは非常に幅広い戦法があり、十人十色の戦い方ができるゲーム。どのようなポケモンをPTに入れていても自由であるし、技構成・戦法についても同じく自由である。
結局言いたいことは対戦相手を中傷するのはその動画の質を落とし、あなたが見る動画のうp主に迷惑がかかるので相手を中傷しないこと。
そして、動画をうpされてる方も、対戦相手を批判しないように心がけよう。
対戦相手の名前に関して
最近、動画内でよく議論に上がるのが「対戦相手の名前を隠すか否か」という問題。
まず、動画内で視聴者同士喧嘩をするのは好ましくないので気をつけましょう。
さて、先述したとおり、ポケモンBW2は、DSでのランダム対戦が可能です。当然、見ず知らずの人同士で当たる事が殆どだろうと思います。
そして、このランダム対戦の動画を上げることについては、相手の許可を取っている訳ではないから、せめて隠しておくべきではないかという意見が出始めています。
さらにその意見の多くに共通していることが、「自分の動画が勝手に上げられて見ず知らずの人にあれこれ言われるのは嫌だ」といったものです。
対戦を上げるだけなら、ポケモンBW2にはバトルビデオというものがあります。 ここにアップロードされることは納得したうえで、皆ランダム対戦を楽しんでいると思います。
バトルビデオとニコニコ動画の決定的な違いは、やはりコメントの有無かと思います。他にも投稿者の実況や編集なども大きな違いですね。
そしてこのコメントにより、自分の知らないところで、自分が罵倒されている・・・という事態も起こってしまっているのが現状です。
その対策として挙げられた一つが「対戦相手の名前を隠す」という方法。
とはいえ、投稿者に強制することはできませんし、この方法については賛否両論の状態です。
そして、「視聴をする際の注意点」と内容が重複するのですが、私たち動画視聴者が対戦相手を批判するようなコメントをしなければ、このような事態は起こらずに済むのです。
動画投稿者は、「視聴者に向けての注意喚起」、「悪質なコメントは投稿者権限で非表示にする」といった対策を取る必要があると思われますが、
われわれ視聴者がコメントを打つ際、投稿者も動画内の対戦相手も"画面の中にいるから何を言っても大丈夫な相手"ではなく、"喜怒哀楽のある自分と同じ人"だということを意識してコメントして頂ければと思います。
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どんな高級品でも、お金で買える物である以上、お金で買えない物ほどの価値はないよね。
高級品を買っても高揚感は長く続かないというか、箱開ける時をピークに醒めていくしね。
人間ってのは慣れる生き物だ。
2chで見た男尊女卑コピペがなかなか痛快だったのでまとめておく
女が男性と能力的に同じになったと勘違いして、男女平等などと権利を主張し始めたが、
結局、ガソリン、電気、ITの時代になっても、男性の優位性は相変わらず変わっていない。
なぜなら、力だけでなく、頭脳でも男性の方が優れていたからである。
全くその通りだと思う。知力でも体力でも男の方が優れていることに今更異論はないだろう。
女子サッカーは中学生の男子チームに負けるし、女流棋士は何年経っても男性棋士には太刀打ちできないし、腕の良いコックは全て男だ。
女子サッカーはサッカーの素人には勝てるとか、女流棋士はアマの男性棋士には勝てるとか、お母さんの料理はお父さんの料理より上手だとか
そういうことをもってして、女性は男性に匹敵しているよという話にはならない。
比べる対象がプロ同士でないと公平ではない。
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★ 女に生まれた劣等脳の諸君! 何でもいいから、せめて一個くらい発明できるようにがんばりたまえ(プッ ♪ ★★
男女間の脳の性能の差が歴然としています。女の脳では文明社会は築けません。
自動車・飛行機・ロケット・船・鉄道・オートバイ・コンピュータ・複写機・カメラ・テレビ・ラジオ・映写機・冷蔵庫・洗濯機・レントゲン
無線機・三権分立・免疫療法・ワクチン療法・憲法・法の支配・株式会社・先物市場・金融システム・レーザー技術・赤外線技術・光ファイバー
燃料電池・石油精製技術・アルミ精錬技術・化学繊維・人工衛星・羅針盤・ロボット・トランジスター・IC電話機・顕微鏡・望遠鏡・印刷機・拡声器
レコード・CD・DVD・時計・発電システム・送電システム・信号システム・通信システム・複式簿記・リニアモーター・ホーバクラフト・MRI・CTスキャン・超音波診断装置
etc...
キャハハハハハハハハハ ♪♪★
屁をこかれた。全くその通りだと思う。近代文明が男によって築かれてきた事に異論のある人はないだろう。
男が発明した物を一切使わずに生きようとしたら我々の生活は破綻する。
使わなくてもなんとかなりそう。
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● 女に生まれてしまった劣等脳の諸君! まあ、しっかりがんばりたまえ(プッ
(10ポイント差でお互いの会話は噛み合わず、20ポイント差で会話は不可能となる)
⑧成長具合→女は15歳で知能指数の発達が止まる
また屁をこかれた。
ソースがないのでわからないし、脳がでかいから賢いという話ではないだろうけれども、まあおおむねその通りじゃないかと思う。
一般論の話をしているので、例外を挙げて優秀な女もいるよという反論は受け付けません。
人間的に歪んでいるだとか、それをお前の母ちゃんの前でいってみな、だとかいわれて袋叩きにされた。
時間があるのをいいことに起きるのは正午近く。朝めしは前の日に買ったパンをもそもそ食べる。一日中寝巻ですごしたりもした。
そんな暮らしも飽きてきたので、田舎に帰ることにした。犬もいるしな。犬はかわいいよな。
両親はもうふたりして還暦を過ぎている。体を壊しては元も子もないので、最近ではディナーを予約制にして、ランチタイムだけ営業している。
店では自家製の野菜を出していて、畑と庭の手入れというのがなかなか重労働らしく、ふたりとも腰だの肩だのが痛いといつも言っている。
そんなところに帰ってきてみろ、母はぼくにぽいっとエプロンを渡すなり、友達と遊びに行ってしまった。
シェフが料理を作って自分でサービスするなんて非効率すぎる。ぼくはしぶしぶ店を手伝うことにした。
うちの店は、あまりはやっていないのだが、ランチタイムはなかなか忙しい。
スープを出してハンバーグを出して、食後にコーヒーを出す。そしたら次の客が来るのだ。世間の昼休みは60分しかない。それなのに飯を食いにいって、料理が出されるのが遅かったらもう2度とそんな店に行かないだろう。ぼくはぼんやり社会人時代を思い出した。あんまり外食しなかったけどな。
ランチタイムはぼく自身も腹がぺこぺこだ。でも自分たちはいっさい食事はできない。それでもうまそうなにおいのハンバーグだのオムライスだのを次々客に出さねばならないのだ。
ああ、全国の飲食店のみなさま、おつかれさまです。
15時になって、やっと我々の食事である。もうこの頃になるとへろへろだ。
まかないはシェフ(っつっても親父だ)が作ってくれる。オムライスだ。
ぼくは5秒で皿を空にした。
みんな 全国の無職のみんな。
都会の一流レストランに行かなくてもうまい飯を食うことができる。
なんでそんなにうまかったのかって、うちのシェフの腕が特別いいとかそういうことじゃない。わかるよな。
外に仕事に行けないんだったら家の裏の草むしりでもなんでもいい。親に困ってることがないか聞いてみろ。ばあちゃん畑仕事で腰が痛いんじゃないか。手伝ってやったら喜ぶぞ。
働いて、それから飯にしよう。