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2017-03-30

[]忍者学校

転入生だか留学生だかで、いきなり忍者学校に放り込まれていた。



もちろん、周りの生徒ができることもできやしないのだが、

「お前は今まで外で学んだことを活かせば良い」とどこかのアニメのような優しい対応を受ける。

この学校バスに長いこと乗った先の奥地にある(という設定)で、当然ド田舎なのだが、

カフェテリアプロテインが売っていたり、外人先生がいたりと、妙なとこだけ現代である

なんというご都合主義



なぜだか知らないがストーリーらしきものもあり、学校に仇なす敵との戦いと、

失われたはずの名刀が実は存在していてそれを探す、という二本立てだった。

現代の設定のはずなのにどういうことなのか。

残念ながらゲームで言うところのチュートリアルと探索の段階で目が覚めてしまったので、

どちらも詳細は不明である



ちなみに、忍者学校以外のコースを選ぶこともできたようだが、その場合

伊豆諸島だか小笠原諸島だかに送り込まれていたらしい。あっちは何やらされたのだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170330085636

「大隠は市に隠る」

非凡隠者山野に隠れず、かえって市中の俗世間の中で超然と住んでいるものである

目指せ!隠者生活

http://anond.hatelabo.jp/20170330013156

それはそう。

ミャウ視点には拒否と受容の進行があって、途中で過去幻想であるマドンナとの意識も訳あって決別している。

からミャウだけを取り上げれば彼の心の成長だとも言える。それはそれで見てるよ。

[] #20-1「帳尻クッキング

その日は料理をしてみようと思った。

大した理由なんてない。

腹が減っていること自体大義名分だ。

いくらでも即席食品がある環境で、料理ほとんどしない俺が「自炊」というカードを切ったのは気まぐれに過ぎない。

はいっても変な背伸びはしない。

料理した感」が大事なのだ




まずはスープだ。

沸騰させたお湯に、コンソメの素を溶かしてみた。

食材からコンソメを作ろうだなんて思わない。

我が家ミソスープだって出汁味噌メーカーの力だ。

実は前に一度、わざわざ煮干や鰹から出汁を取って作ったらしいのだが、「いつもと違う」と俺たちに不評だったせいでやめたらしい。

手間と味が比例しないのは考えてみれば当たり前のことではあるのだが、評価されないことほど調理人にとってツラいことはないだろう。

だが、今回は俺が自分で作り、自分で食べるのでその心配はない。

そうやって思いふけるうちに、コンソメは見る見るうちに溶けていった。

味見するまでもないと思うが、念のため確かめてみる。

「なんだこれ……不味い」

予想外だった。

料理の失敗でよくあるパターンは、大抵「セオリーに則らない」か、「余計なことをする」かのどちらかだ。

当然、俺は説明どおり適量でコンソメを溶かしただけである

いや、もしかしたら俺は何か見落としているのかもしれない。

コンソメパッケージに目を向ける。

書かれている説明イマイチ曖昧だったが、どうもこのコンソメは、ミソスープでいうところの出汁的な存在だったらしい。

コンソメの素はカップスープみたいなものだと思っていたが、そういうわけでもないようだ。

それにしてもコンソメだけだと、こんなに不味いものだったのか。

だが、理由が分かれば話は早い。

要は別の味でフォローさせればよいのだ。

確か、しばらく前に冷凍した野菜が眠っていたはず。

(#20-2へ続く)

残念ながら養子一般化するとは思えない

「昔は養子一般的だった」という理由でもって、現代に普及させるのは無理だと言わざるを得ない。

なぜなら、現代日本社会は、すでに前提というものを欠いているからだ。



養子をプッシュする人の言説には規則性がある。

必ずと言っていいほど、「血の繋がりだけが全てではない」という物言いが登場するのだ。

それ自体は決して間違っていない。

しかし、昔の養子というのだって、何の関係もない家に行くというわけではなかった。

跡継ぎのいない親戚の家に行くとか、親戚でなくとも同じ村の○○さんの家に行くとか、

そういうケースが多かったはずだ。

徳川さんの跡継ぎにその辺のガキを連れてきてどうにかなるわけでは決してない。

それだけ、親戚や近所や家同士の付き合いに意味必要性があったということでもある。

そして、現代にはもはやそれがないのだ。



あるいは今でも、上級国民のお家はそうやって回っているのかもしれない。

しかし、この国の多数派は、地縁血縁というものを面倒くせえと放り投げてしまった。

その結果が核家族である

親戚なるものはいても、葬式法事でもない限り顔を合わさないということすら珍しくない。

実際それ以上関わるメリットもないのだろう。

ただただ惰性で付き合っているだけの親戚に、バックアップとしての役割を求めるのは無理だし、

若者は親戚付き合いだの近所付き合いだのにメリットがないのを察し、田舎から逃げ出してしまった。



養子一般化させるには、それが成り立つ根拠だった、地縁血縁の復権が不可欠である

だが、それは無理だろう。

自民党のお偉いさんはそうしたいのだろうが、国民がそれを選ぶかどうかは別問題である

一時期一緒にいた人

自分で言うのもおかしな話だが、県内人間ならだいたい「すごいですね」と言ってくれる進学校出身だ。

ぱっとしない地方の一県庁所在地にあるその進学校に少し有名人がいた、校内でとかではない。全国規模だ。

田舎出身で、関西の有名な歌劇団音楽学校に合格した子だ。同じ高校の同じ学年の子である。びっくりした。この県でその音楽学校に入った人間なんて今までいただろうか。

の子については、クラスは違った。ただ、高校入学のあたりの部活見学で少しの間一緒にいた。すらっとしてて、手足が長く、顔も同級生?て思うくらい垢抜けてて、それなのに物腰は柔らかいし、制服も崩して着たところなんてみたことない。進学校に入るくらいだから頭も悪くはない。そんな印象。

高校一年の終わりに、その子音楽学校に合格して、高校を退学してる。周りもすごい喜んだね。

私は大学受験高校生活はドタバタし、その子について考えてはなかった。大学ときに、ふとその子について気になりネット検索した。本来なら音楽学校を卒業して舞台に立っているはずだ。だが、その子音楽学校の同級生いじめられ、犯罪濡れ衣を着せられて音楽学校を辞めていた。幸いなのか、裁判いじめと、それによる濡れ衣は立証され、退学は撤回卒業をみとめた。ただし、歌劇団には入れなかった。高校同級生はこのことを知ってた人もいたが、結構知らなかった人もいる。

差し出がましいが、その子音楽学校に入らないで自分と同じ高校卒業したら、普通大学生活もあっただろう。やるせない気持ちになる。ただ、こんな田舎音楽学校に入るための訓練なんて並大抵ではなかっただろう、迂闊に入らなかった方が良かったんじゃない?なんて言えない。

ただ、万が一自分の娘がその歌劇団に入りたいと言ったなら、この話をしたいと思う。

彼女がブス=別れたいという心理

僕は顔で人を判断する人間じゃない、と思っていた。

性格とか、態度とか趣味とか話し方、それを総合してその人自身の魅力だと思っていた。ううん、今でもその考え方は健在だ。




付き合っている人がいる。

その人ははっきり言ってブサイクである。でも友人の時は、全然そのことを気に留めることもなかったし、むしろ一緒にいて心地よかった。

告白されて、断る理由もないのでとりあえず付き合ってみた。

性格は良く、話も合う。趣味も似通っている。食事も美味しく食べられる。でも違和感がある。

楽しい楽しいんだけど、友達として楽しい恋人としてじゃない、別れたい。

別れたい、自由になりたい、この人に縛られたくない、言ってしまいたい。

そんな気持ちが先立つようになった。




幸せにできない、と思う。

酷いことだが顔を見る度、萎えしまう。街行く人がみんな、彼女より可愛く見える。

いつも笑顔で、楽しませてくれる彼女に別れ話を切り出すのが辛い。



胃がキリキリする。



こんなことな最初から付き合わなければよかった。

やっぱり女は顔だ、というつもりは毛頭ない。だけど付き合い続けるモチベーションを維持するための要素にはなるんだなあ。もし、彼女がブスではなかったらデート約束を取り付けることに僕自身が躍起になっていたと思う。

デートしなくても、会わなくても問題ない。セックスもしたいと思わない。

破綻だ、こんなの。




好きって言われて苦笑いしてしまったし、即答できないし、色々終わってるな




友人として大切にしたいけど、恋人として付き合うのはめちゃくちゃ辛い、むしろ苦行である



結局僕も顔ありきで相手を見てたんだな

40代無資格転職活動してみたよ 7

やっと書類通過し面接日が決まった話の続き

 

 

 

 

この事務所はとにかくアクセスが悪い。

私の家から4回乗り換えで最短でも80分ほどかかる。希望通勤時間は1時間以内で考えていた。

しかしまずは面接という第二ステップに進みたくて勤務条件はともかく話をしに事務所を訪れた。

 

と、その前にこの事務所採用担当は忙しいのか、メールの返事が遅い。

私が返信して2-3日後にやっと返事が来る。

事務所面接できる日は〇日と△日です」というメールに「では△日でお願いします」と返信して

結局その返事が来ないまま△日になってしまった。

 

こちらの希望日は伝えたし大丈夫だろうと△日に事務所を訪れたら「あれ!今日来ちゃったの?」という対応

メールの返事が来ない時は電話確認するべきだったかミスった。

しか希望日になっても日時決定の返事をもらっていない上にこの対応だった事にモヤモヤしながらも面接開始。

 

 

 

自分作品ポートフォリオに纏めてきたので、それを見てもらいながら私の今までの経歴や応募の経緯、

家庭環境のため残業は難しいが持ち帰り可能であれば自宅で作業を頑張りたい事を伝えた。

 

面接をしてくれた方が私の作品コンビニで見ており、話は良い雰囲気で進む。

だが最終的な返事は「他の社員が残って頑張ってくれている中、家庭の事情があるとはいえ一人だけ帰らせるのは難しい」とのこと。

今までの私の経歴から、そこさえクリアしてくれるのなら採用前向きに検討したいと返事を頂けたが、そこは一番どうにもできない部分である

 

 

面接まで進めてもらえたことに感謝の意を伝え事務所を後にした。

条件が折り合わなかったとはいえ、やっと書類通過を経験できた。少しでも私を認めてくれている場所があるのだと心が軽くなった。

 

 

 

これを機に数社ではあるが面接までたどり着ける企業が出てきた。

俺達の戦いはこれからだ!

女やめてナメクジになりたい

体と心の性別違和感を覚えたことは一度もない。女らしさの定義を考え始めるとキリがないので省略するが、ピンクレースが好きで、女友達と遊び、ファッション誌を眺めてはこんな可愛い服を着てみたいと胸を躍らせるーーそんな子供だった。

自分が女であることが気持ち悪くなったのは高校生になってからで、恋愛がうまくできないことが原因だった。

異性に魅力を感じない。

好きになった人には大抵彼氏がいる。

自分性癖を打ち明けて孤立するリスクを背負ってまで、恋人を作ろうとするのは無謀だ(うまくやっている友人もいるが)。そう結論を出し、私は恋愛を諦めた。

恋愛することなんて人生における選択肢の中のほんの一つにすぎない、と私は考えている。したい人がして、したくない人はしなければいい。結婚だって子育てだって、したい人が気兼ねなくできるような環境になればいい。

ところが、彼氏を作ったり結婚して子供を産み育てたりすることが女としての幸せで、それができないのは可哀想だと考える人がいる。バイト先は正にそういう人間の集まりだった。

休憩中、同僚の女の子たちの恋バナについていけなかった。

好きな異性のタイプを聞かれても答えられなかった。

店長にまで、早く幸せになりなよと冗談交じりに言われた時は叫びたくなるのをぐっとこらえた。

幸せって何?

男とセックスすることだけなの?

数は少ないけれど腹を割って話せる友達もいるし、バイト代で好みの洋服を買ったり、趣味時間を費やしたりできる。サークル活動は充実しているし、大学自分の好きなことを勉強できている。

それは幸せじゃないんだろうか。

少なくとも他人が決めていいものじゃない。

誰に何と言われようと“女の幸せ”ではなく、自分にとっての幸せを追求したい。

そのために実現したいこと、そのひとつ仕事キャリアを積む、つまり言い換えれば“男のように”働くことだった。総合職で、男と同等の責任や昇格のチャンスが与えられるーーそんな企業就職したい。

その考えも就活が始まり、すでに砕かれそうである。あれほど好きだったメイクヒールスカートも、男との線引きの道具に成り下がってしまった。

ある会社説明会営業職を志望しているという話をしたら、ウチの会社はいないと笑われた。

別の会社には「出産育児がひと段落したらパートとして戻れるよ」と自慢げに言われた。

きっと就職したら今以上に性別にとらわれるんだろう。そう思わされるスタートだった。

出世していく同期の男を横目に、結婚を仄めかされたりするんだろうか。冗談じゃない。

今日バイト先では変な同情をされ、家に帰って就活について愚痴ると「結婚すれば辞められるんだから気楽に」と返された。

女やめたい。でも男になりたいわけじゃない。性別なんて考えずに生きてみたい、それこそナメクジみたいに。

だめ

ブラック労働問題とは別の話で「企業に属して生きていく」ってことができない人はわりといるみたいだ。

毎日決まった時間仕事するとか、締め切りを守るとか、指揮系統に組み込まれ組織的に動くこととか、

お行儀よくするとか、社交辞令とか、取引のやりとりとか。



そんで、実力もなくフリーランスフリーターでカツカツ生活してたりするのが多い。

それ、ガマンして企業に属してたほうがマシじゃね?とも思うのだが、

企業側にもドンドン余裕が無くなっているせいか、そういう人間を切る判断も早くなってるってことなのだろうか。コンプライアンスとか。

一時期、フレックス勤務が流行ったが、いまあまり聞かない気がする。



実力がある系の人は、サラリーマンとは別の手段で稼いで生きれたりする。

ひろゆき氏とか、デイトレーダーとか、なんか色々。

pha氏は実力があるのか無いのか、よくわからない。

とりあえず有名になったので有名税は支払ってて大変そうって思う。

能力とか実力があるけど、それをマネタイズできるかはまた別問題だったりする。

なんでリーマンの俺より高性能な人間なのに、フリー貧乏なんだ?って不思議な人もいる。



ダメフリーランス」の事例ばっかり挙げたけど、

リーマン並み~それ以上の収入を得られるバリバリフリーランスだってそりゃいるのだろうけども、

それってべつに「企業に属して生きる」ことも普通にできるレベル人間だったりする。

そりゃあフリーだろうがサラリーマンだろうが「ビジネスマンであるからビジネスマンとしての基本スキルが身についているというだけ。



有体に言えば

社会性が無いやつは何をやってもダメ

社会性があるやつは何をやってもOK。



っていうの見てると、やっぱり「生産性を上げられないやつはベーシックインカムでご退場願うほうがマシ論」を支持したくなる。


どんなに無能なやつでも働かないと生きていけない社会構造をしてしまっているから、ダメ事業があったり、事業従事するダメ人間がいるわけで。それがWELQみたいな結果を生んでるわけでしょ。

事業はいいけど従事者がダメ人間

事業ダメだけど従事者がいい人間

事業従事者もダメ人間」 ← WELQはこのパターン



昔の人は歌ってたじゃない、カネで解決 バイヤイヤ~ と



おれもお行儀のいいリーマンのフリするのわりと疲れる。

ラクに暮らしたい。趣味の園芸趣味プログラミング暮らしたい。

エントロピー

この文字を初めて見たのは昨年9月ごろのツイッターだった。ごりごりの文系かつ、知識不足わたしとしては、全く見覚えのない単語ですぐに検索して意味を調べたのを今でも覚えている。

この言葉を今こたつのなか、ドライヤーやらカバンやら服やらなにやらが散らかりつくしてる1Kの部屋を見渡しながら思い出していた。きっと今はエントロピーが増大し続けてるのだろうと。

確かわたしが見た呟きは、整理整頓が得意か不得意かでグラフが分けられており、部屋のエントロピー(汚さ)が得意な人はあまり上下しておらず、不得意な人は大きく上下しているものだった(気がする)。

わたしはもちろん整理整頓が不得意でエントロピーも大きく上下している側の人種である。人が来る3時間前か三週間に一回、こんな自分に嫌気がさして怒涛に掃除をするのが日常だ。ほんとなんでこんなに部屋ってあっという間に汚くなるんだろうね、困ったね。

もちろんわたし毎日綺麗かつ清潔な部屋を保ちたいと思っているのだ。しかし常に部屋を綺麗に保ててる人の日々の行動が全く分からない。冗談ではなくどうしたらいいのかもはやさっぱり分からなかった。

突然遊びに行ってもいつも綺麗な部屋の友達の肩を揺さぶって尋ねてみればよかっただろうか。私なら部屋の前で1時間は待ってもらわないと人が入れる状況にはならないのに。

この解決策はどこにあるんだろうか、わたしの性根を叩き直すしかないのだろうか、はたまた「ミニマリストになるには」みたいな本を読めば改善できるのだろうか。

整理整頓:もう少し』に丸をもらっていた小学生時代を過ごした私が、どうやったらエントロピーを減少させられるのか、どうかお力添えをお願いしたい。

こんな文をつらつらと書きながら、今日わたしコンビニの袋やカバンが散乱する中こたつ眠る

昔、適応障害になった話

突然思い出しので、しっちゃかめっちゃかだが書いてみる。

特に意味はない。

数えたらもう5年も前のことだった。

いきさつは割愛するけれども、私は適応障害になったのだった。

何をしていても頭がボーッとして集中できず、当時の勤めていた職場は勿論のこと、当時住んでいた場所にいるだけで涙と激しい動悸に襲われて、とてもじゃないけど働き続けることはできない状態だった。

朝起きるとうわ言のように、「逃げたい逃げたい」呟いていたり、物を片付けるのさえも億劫で、部屋が物凄くとっちらかっていたのは何となく覚えている。

当時の詳しい出来事は今でも靄がかかったようで、あまりはっきり思い出せないのだ。

やっぱり正常な状態じゃなかったんだろう。うん。

そんなこんなで、何とか頑張っていたものの、ある日限界突破

上司に「辛くて耐えられないので辞めさせてくれ」と直談判した。

上司はえらく驚いていたが、「辞めると言わず、とりあえず実家に帰ってしばらく休んでみては」と言われ、実家に帰った。

から他の人から聞いた話だが、上司は私の様子に全く気がついていなかったらしい。

当時は、迷惑をかけまいと何とか普通に振る舞っていたつもりだったが、それがうまくいっていたようである

今になれば、「まったく、なにやってるんだ…」という感じだが。

実家に帰ったら、すぐに家族心療内科に引きずられていった。

そして、あっという間に適応障害と診断されたのだった。

先生の診察前にカウンセラーさんとはなしたとき不倫などの特殊恋愛をしていませんか?」と聞かれたときは、「ああ、そういう理由で疲れる人もいるのだな…」と思ったことだけてはなぜか良く覚えている。

適応障害になったことで、自分から離れていった人も何人かいた。

が、大抵の人は側にいてくれて、それだけでかなり救われた。

当時は一生なおらないんじゃないかと思ったりもしたが、薬を飲んで、きちんと休めば、嘘のように元気になった。

適応障害なんかの精神病気は、完治と言い切るのが難しいらしく、

寛解(全治とまでは言えないが、病状が治まっておだやかであること)

という、表現を使うらしいこともその頃知った。

が、勝手に完治したと私は思っている。

当時の仕事は辞めてしまったが、なんだかんだ次の仕事も決まり、今はすっかり元気で何の問題もなく働いているのだった。

あれは、一体なんだったんだろうな。

ただ、それだけ。

ボーダーライン

12年間、ブランクはあるもの家庭教師をしている。

昔は自分学生だったので、気楽な気持ちでやっていたし、市街地から離れたところでの指導だったので、子供も親御さんもおっとりしている人ばかりだった。必ずおやつ飲み物が出され、成績が上がらなくても特に何も言われなかった。

生徒は本当に勉強のものが苦手で、集中力がない子も多かった。彼らの指導はしやすかった。

しかし今は、親の求めるものも高くなってきているし、おやつ飲み物も出されない。別にそれは全然構わない。

私が気になっているのは、「特別支援学級に入れることをすすめられているが、普通学級にいたい生徒」である小学校1年生でテストは0点、こちらが質問しても、全然違うことを答えたりするそうだ。

知人で、勉強が非常に苦手で、特殊学級(私たちの頃はそう呼ばれていた)をすすめられていた人がいた。その人は特別学級には入らず、偏差値の高くない高校では成績も良く、今では就職し、結婚して子供もいる。コミュニケーションはまったく問題のない人だった。

からすれば、普通学級に入れておきたいだろう。世間の目もある。しかし、低学年のうちはよくても、コミュニケーションなどに問題があれば、トラブルを起こしかねない。

私自身も、どこか問題がある生徒ではないかと言われていた。私は定規で直線が引けず、コンパスが使えず、いつも漢字の同じ部分を間違えた。お手伝いをしなさい、と言われても、ただ見ているだけではどこを手伝えばいいのかわからない。友達もおらず、植物図鑑を見て花の名前を覚えたり、とにかく本ばかり読んでいた。結局、保健室登校をするようになってしまった。

保健室登校をしている子はもう1人いて、その子友達がいなくて、怒ると暴力をふるう子だった。口でのコミュニケーションが苦手だったのだと思う。

結局彼女中学校にも行かなかった。私は不登校留年を繰り返しつつ、今もどうにか生きている。心療内科に通いながら働いている。診断名は躁鬱だ。ADHDADDには該当するような気がするが、はっきりとはわからない。

家庭教師をする前は接客業をやったり、ほんの少し飲食関係をしたことがあるが、恐ろしいほど仕事が出来なかった。精神状態が悪くなり、逃げるようにやめたこともある。幸いなのは、私がものすごく人に恵まれていて、仕事ミスが多くても周りの人がフォローしてくれたことだ。これには本当に感謝している。

しかし、算数がさっぱりわからない子って、どこがわからないんだろう? 会話が成り立たないって、どんな感じなんだろう? そのような子とうまく接する方法が、私にわかるだろうか?

算数がわからない子の気持ちはわかるような気がする。私も算数なんてさっぱりわからなかったからだ。ただ、算数がわからなかったことよりも、数学がわからなかったことのほうが印象的である。私は公式意味を知りたかったのに、先生説明ではわからなかったのだ。

算数がわからない子の中には、数の多い少ないがわからない子もいるらしい。それは新たな世界であるし、それは面白いことだ、と私は思う。

何をボーダーラインとするかは様々ぁなぁと思ったのだった。

現代アートって知的アピールをするものになっている気がする

未だに胃がひどく痛む。胃腸炎大学単位を落とさせようとしている。

元はと言えば、イギリスに豚みたいな顔をしたネトウヨイギリスに行ったことである

自分ロンドンでの1日を吐き気我慢しながら、テートモダンかい現代美術館で過ごした。

見応えがあったといえばあった気がする。

しかし、ラウシェンバーグやらは胃の痛みで上書きされてしまっているようだ。

結局、日本人女子大学生のグループが造形を見て「意識たかそうなのが好みそう」とか言っているのが記憶ほとんどだ。

ポロックモンドリアンなんかより、日本人の言ってしまえばクソな言葉記憶に残ったのか。

一つは、日本人女子大生の高度な被服や化粧のテクニックが異国の地で浮き上がり一種コンセプチュアルアートになったのかもしれない。

現代美術というものは、別に好きな奴が好きと言ってりゃいいものだ。

しかし、何というか知的アピール材料となっているのではないか

現代美術に高額な値札が貼られる時代だ。

そんな中で、「バカ」作品文脈理解できないなかで「自分」が理解出来ると差別化しようとする人間が出てきてもおかしくない。

ヒトラー革新的な絵を嫌ったのを基にして、革新的ものが好きだとアピールしていることが一つの「分かっている」になるのではないか

まぁ、別に好きな奴が見ればいい。

ご注文はうさぎですか?」が好きならそれでいいし、嫌いでも何も悪くないのと同じだ。

それだけのことである

ただ、自分女子大生言葉に対してもう一つ思ったことがある。

彼女言葉や行動、姿が全てなのかもしれないということだ。

皆で馴れ合い容姿を磨いて、楽しく過ごすべきなのだ

自分だってなんだかんだわからないのだ。高尚なものなんか理解できない。

自分は俗な人間だ。

容姿がよくなって楽しく過ごしたいだけなのかもしれないと胃を抱えて思う。

腎臓の持病で現状できそうにない美容整形やらに期待せざるえない。

ひどく深いにきび跡やらが大量にある大きな顔を見ていると胃痛がひどくなる。

そして、美容整形といえば現代美術ではオルランかいう人がいたのを思い出す。

https://travel.spot-app.jp/hoikuen_nagahashiryo/

すばらしい記事でした。

ただ、この中で

TwitterFacebookなどのSNSで様々なツッコミがあったと思います反論をしている方々は子育て世代ではないという肌感を、どこで感じたのでしょうか」

「実は、TwitterFacebook意見をくれたユーザーがどんな方なのかを、全部チェックしました。プロフィールから過去発言も全部追いかけて」

マジですか」

マジです。この問題は、真面目に研究しなくてはならないと思いまして。で、調べていくと、“ジェンダーフリー”の生き方を持った方々で、例えば女性の権利を守るために活動している方が非常にこだわっていらっしゃることも分かりました。もちろん、保育園に預けていた経験のある方で反対意見を出していた人もいましたけれども、それは本当にレアなケースで。例えばその人たちの中には、“旦那自分の娘のオムツを替えているだけでも嫌”みたいな意見を言っている人もいました。でもそれはもう、ポリシーの話ですからね。生き方の」

はい

「そして、反対している人の多くは、女性なんです。母親ではなくて、“女性”です。それはもう、ご自身女性としての“お考え”なんですよね。男性に対する哲学的な全体評価も含めて。なぜ反対されるのかっていうのを色々見てみると、そこには男性全体に対する根深き不信っていうのがあったので、これは保育士云々の話ではないっていう感じがしました。もちろんそういった方々が人生で色んな経験をされて、その上で男性不信があったとしたらそれは否定するつもりはありませんが、この保育士の話とは分けて考えて欲しいんです」

というのは微妙に話がずれている気も。また、千葉市長のズレ方はまだマイルドだが、特にブコメにあったようにこういう女性の方が「男性差別主義」だというのは多分大きくずれている気がしてならない。

人生で色んな経験をされて、その上で男性不信があった」というのが、不安気質のあるような女性になんらかの男性不信につながるトラウマエピソードが起こった結果として、防衛的機制として男性について過度に攻撃的になっているのだとしたらそれは精神医学的な範疇問題だと思う。

例えば自閉症児は騒音が苦手だ。自閉症児が騒音が苦手だからといって、この世から騒音をなくすべきだとはならないだろう。しかしながら、その自閉症児が騒音が苦手だと、親が主張し公的教育機関などでの対処要求した時、その要求は完全に的外れものだと言えるものだろうか。全ての学校がそうすべきだと言われたらそれはおかしいと思うが、そういった自閉症児も快適に過ごすことができるような空間施設も、予算的に可能であるならば提供すべきだとするならば考慮すべきだと思う。

これと同様に、何らかの精神医学的反応として過度に男性保育士攻撃するような女性(という私の捉え方が正しかったとして)がある時、それを考慮して全てのシステム設計するとしたらそれは間違いである一方、そういった女性安心できるような選択肢提供もまた考慮すべきことであるように思われるのである。ただしそれは、少なくとも保育所というものがある程度充足してからのちのことではあろう。

要するに千葉市長に賛同します。

同僚が精神を病んだ

同期がきつい現場で順々に精神を病んでドロップアウトしていく。その同期の仕事は誰が巻き取るか。残された俺だ。大変だ。でも、精神を病むってほどでもない。俺は、精神を病まない。きつい現場と書いたけど、俺からしたらきつくない。ちょっと忙しいかなくらいだ。

同期には、ゆっくり休んでほしい。本人は辛かろう。もう俺がけろっとしてることすら、今の奴にとっては辛かろう。他がけろっとしている姿を見ると、自分が弱い気分になる。弱い気分になると、ろくなことがない。でも、魔法使いが打撃食らって死んだって、弱いことにはならんのだ。逆に、打撃で倒れんからといって、誇れることでもない。世の中は、うまくできている。

ただ、俺はこういう時、妹が風邪学校を休んだ日を思い出したりする。妹は、高熱で苦しんでいる。大変だ。でも、俺は学校を休めていいなあとか思ってしまう。本人は辛いだろうが、ちょっと羨ましい部分もある。そういう気分だ。俺だって大丈夫なだけで、痛みがないわけじゃない。休めるなら休みたい。

いや、違うか。違うな。実は、そんなに切実に休みたいとも思ってない。俺には「精神を病む」という手札がないので、純粋に手札が一枚多い奴を見て、ちょっと羨ましいんだと思う。俺のデッキに入ってないキラーカードを持っている奴を見て、「うおお、なんだそのカードは」と思っているんだろう。俺の通っているショップでは、そんなカード出たことがない。

妹に対しても、そう感じたことは何度かある。奴のデッキには「長男ではない」「末っ子である」という恐るべき強カードが入っている。何度母から「お兄ちゃんでしょ」というマジックワードねじ伏せられたかからない。もちろん俺のデッキしか入ってないカードもあるので、妹も同様に羨ましがっていたかもしれんが。隣の芝生は青いものだ。だから、俺らは素直に青い芝生を羨ましがっていたのだと思う。

今も、そんなかんじだ。当然のごとく俺が奴の仕事を引き継いでいるが。誰かから「お兄ちゃんでしょ」と言われている気分だ。あのかんじにすごい似ている。頑丈なので、なんとなく俺にダメージが降ってくる。俺なら耐えられるという理由で。奴らは精神を病むことでSOSの声をあげられるが、俺は俺の大変さをどうしたらいい。一枚少ない手札で考える。「解せぬ」と思う瞬間が、なくもない。

こうして羨ましいと思うこと自体が奴の負担になるのかもしれんので、難しい。まあ、ケツ持ちしてダメージ引き受ける人間特権として、ちょっと愚痴は許してくれるとうれしい。これが俺の辛さだ。倒れ方がわからんので、多分最後までこんなかんじだ。大丈夫。なんとかする。あまり気にするな。

妹が風邪で休んだ日、俺はよくスーパーアイスを二本買ったものだ。それは風邪をひかず健康である負い目みたいな部分もあるし、結局俺は妹のことが好きだったんだと思うし、兄貴というのは弱っている妹にアイスくらい買ってやるものなんだと思っていたような気もする。もし、あいつの負担にならないようなら、慰労会くらいしてやりたい。元気になったら、また一緒に仕事がしたいとも。

[]3月29日

○朝食:ヨールグル

○昼食:助六寿司

○夕食:天津飯中華飯が合体したの



調子

はややー。

ひどい悪夢を見てしまい、朝から憂鬱だった。

だのに、朝一で久々のトラブル発生。

バグの解析の仕事ときテンションが違うね、と言われたことがある程度にはテンションが上がるタイプなので、悪夢のことはすっかり忘れて解析に集中した。

午後一には対処法含めて解析ができたので、全員に周知して、また一つこのプロジェクトの秘伝の書である「どうせ販売元に報告しても修正してくれなさそうな不具合一覧」を更新して、完了

とは言え、日々の業務が止まってくれるわけでもないので、残業

その上、例の先週金曜日受領予定のファイルが、今日の定時ぴったりに送られてくるという、面倒な自体

どうせなら、明日の朝に送ってくれればよかったのに。

とは言え、送られてきたなら、やらないといけないことがいくつかあるので、それをこなした。

終電、ではないけど、そこそこ遅くまで頑張った甲斐があって、受領ファイルの件はだいたい大丈夫



DS

世界樹の迷宮II

朝の通勤時間に3Fをウロウロ。

4Fに行ったら、うとうとしてたからか、操作ミスって全滅してしまった。

はややーだなあ。

3DS

すれちがいMii広場

プレイ

バッジとれ〜るセンター

これからログボをとる。

ポケとる

これからログボをとる。

iPhone

ポケモンコマスター

ログボのみ。

2017-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20170329160218

元増田だけの意見を聞いてもなんとも言えなくて、元増田を責めるつもりも、褒めるつもりもまったくなく、

自分感想自分気持ちを書いてしまって申し訳ないんだけど、



それに、仕様書とかも書けなくはないのでしょうが所詮素人だし、しか業務やっててそんな時間ありません。

自分の書いたプログラム自分だけのものにする? バカなこと言わないでください。そのプログラムのおかげで劇的に実質コストを減らし、会社に貢献してます



このあたりの理屈がやっぱりしっくりこない。

なんていうか、業務をこなして会社に貢献するか否かを自己裁量判断することに意義を感じられない。

極論、目の前の書類にハンコを押せというだけの仕事を、ハンコ押しマシーンを開発して高速化したとしても、僕としては、それは自分の中の評価対象にできない。

(なんども繰り返しになるけど、僕と元増田が同じ考えでなければならない、なんて思ってないからね、もし僕が元増田立場だったら? を想像してるだけだからね)



こうして言語化してみてわかったけど、

自分にとって「仕事の結果」なんて、至極どうでもいいのだと思う。

なにかの書類を作る、なにかのファイルを作る、という結果が早くできるようになったか否かは、関係ない。

自分にとって大切なのは仕事の仕組みを作って、それが上長に認められ今後の仕組みに組み込まれることが非常に大きい。

から元増田みたいに「こういうプログラムを作ったから、この目の前の仕事をはやくこなせるようになったよ、でもそのプログラムの中身は評価されてないよ」という状況は、全く意味がない。



その、プログラムの仕組みとか利便性とかを上長説明して、上長理解して、

さらに、それが上長以外の人間でもいいか自分でない誰かがその仕組み自体を「再現可能」「検証可能であることこそが、僕の中で大切なんだと思った。



もし僕が元増田と同じように、作ったプログラムによって生じた「仕事の結果」を評価されなかったとしても、

多分僕の中でそれは「そのプログラム自体上長評価されるような出来ではなかったからだ」と納得できてしまうのだと思う。

もちろん、元増田一生懸命言葉を尽くして上長説明をしたとは思う。

きっと僕も言葉を尽くして、色々資料を作ったり、なんならVBAという仕組みから喋ってみたり、いろいろ頑張ると思う。

でも、その結果が、評価されないのであれば、それはもう仕方ないよ。

そこには色々あると思う、

極端な話、この仕事の結果自体がもしかすると上長にしてみれば、どうでもいいことなのかもしれない。



からこそ、この仕事をどれだけの工数で終わらせれて、どれだけの出来栄えにすべきなのか、そのプログラムの仕組み自体評価を、とことん上長とすり合わせるしかない。

しかすると、もっと早い工数で終わらせたいのかもしれないし、

出来栄えもっとプラスしたいのかもしれないし、

プログラムの仕組みが複雑すぎてメンテナンス不可能から評価しないのかもしれない。

とにかく、評価しないのであれば、そこには必ず理由があると思う。




と、ここまで書いて気づいたけど、

しかすると、この評価しない理由、が

プログラムコードや、プログラムアウトプット以外のところ、

要するに仕事をしている僕自身にあるんだよ、と言われたら

正直、僕も、元増田と同じように不貞腐れてしまうなあ。

ただ、これは、もうしょうがないとも思う。

だって、人の好きとか嫌いはもう、ねえ?

(以下、自分のしょうもない仕事愚痴のため省略)

何かまた松本人志CM増えたけど

松本身体鍛え出したことで大企業役員ホモから人気が伸びた説。ガチであると思います

http://anond.hatelabo.jp/20170329191903

全くだ

個にして全、全にして個である増田にのみ許される行為

http://anond.hatelabo.jp/20170329230727

千川ちひろ「いいから働いてお金を稼いでください。『貨幣鋳造された自由である』って言葉位は聞いたことありますよね? 増田さんは自由になるために貨幣を稼がなくてはならないのです。そして、お金を稼いで、プロデュースしたい女の子貢ぐんです。それが増田さんの生きる全てなんでしょう?」

四月一日だけでもいい

前書き

このアイデアは、2017/4/1から開催される

スニッカーズ×シンデレラガールズ コラボレーションプロジェクト

http://snickers-cinderellagirls.jp

から発想したものです。


ここから本文

ここにおられる増田の方、これを読んでおられる増田の方々に次ぐ。四月一日だけでもいい。

その日だけは、増田に書かれた素朴な内容の記事に対してトラバを返す際に、必ず誰かシンデレラガールズキャラ名を入れておいてほしい。

島村卯月「こういうふうにトラックバックを返せば、増田のみんなは喜んでくれると思うんです!」

我々だけではすべての記事カバーすることは不可能だ。だから、この記事を見てくれた人たちだけでいい。

そうして善意人肉Botが集まれば、増田たちによる増田エイプリルフールも実現できるはずなのだ

から

皆の力を合わせよう。

島村卯月卯月、頑張ります!」

シンデレラガールズについて知らない、もしくはよく分からない場合

シンデレラガールズには、正体不明性別不明マスコットキャラクターである「ぴにゃこら太」というキャラクター存在します。

このキャラクタを使い、語尾を「ぴにゃ」にすればぴにゃこら太になります

ぴにゃこら太「こうすればいいぴにゃ」

とりあえず参加だけしたい方はぴにゃこら太を用いてトラバを返して見ると良いとでしょう。

それでは増田の皆さま、4月1日の参加をお待ちしております

何卒、よろしくお願い致します。

http://anond.hatelabo.jp/20170329225717

君は自分が何者であるか忘れてしまったのかい

あん事件があったのだから無理もないな。

記憶喪失になってるようで驚くかもしれないが、増田というのは君のことなんだよ。

君が増田なんだよ。

増田というのは君のことなんだ。

フェミニスト男性の敵

と言う誤った認識はいつ改められるのだろうか。フェミニスト男性の敵ではなく、金持ち以外の敵である

悪趣味万歳

私は過去に負けたと思った女達の生活を覗き見るのが辞められない。

負けたというのは好きな男を手にいれた女だとか、奪おうとした好きな男を持ってた女だとか。

別に彼ら、その男達を、愛しているわけでも、現在手に入れたいわけでもない。

ただ、何故、私が選ばれなかったのか知りたいだけだ。

彼女等の日常を細かく監視して真似出来るところは真似したい。

私に無い感性が彼を虜にしたのでしょ?と思うので積極的コピーしていきたい

彼女達の事はわりかし尊敬しているのだ。

私に無い部分を持っている女。

それだけで存在が妬ましい。

妬んで妬んで仕方ないから真似してやる。

そして、彼女たちの素敵な部分のみを総合して、私になりたい。

彼女等が、不幸になればなるほど私は正直嬉しい。

幸せだとか、充実していると悔しい。

単純に粘着質で腹黒なこの精神をどうしたらいいのか。

彼女達が、感情日常を即座に垂れ流す白痴であることが唯一の嬉しいところだ。

どんどん垂れ流して私を成長させてくれ!

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