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はてなキーワード: 責任とは

2016-09-27

子供作るのは罪じゃないが、育児放棄は罪なんだよ、どんな理由でもな

この先の日本がどうなっても、育児放棄は罪なんや

育児放棄するぐらいなら一家心中しろ

というのが、アベノミクスのイエの考えであってだな、

自己責任責任果たせばおk

縮小ニッポンは誰の責任

http://b.hatena.ne.jp/entry/news.mynavi.jp/articles/2016/09/26/shrink/

自民党を支持した国民自己責任みたいなコメントがあるけど

近代脱成長反米野党投票してれば違った未来

あったのだろうか

2016-09-26

時代はもうすぐ変わるからネット広告運用者よ、あと少しだけ頑張るのだ。

電通不正があった。私もネット系のいわゆる広告代理店で働く中の人なので、全く他人事ではない。

私は、今回の電通トヨタ事件とそれにまつわるいくつかの記事を読んで本当に心が痛くなった。

なぜなら、業界問題は大切な友人たちが直面している私たち会社自身問題のものだったからだ。

電通不正請求広告業界全体の問題

http://anond.hatelabo.jp/20160924144051


もちろん中にいる分、ネット広告業界の闇の深さは知っている。

工数に見合わない手数料マージン)、Excelとのにらみ合いの細かい作業の積み重ねと、あまりにも速く急な広告ルールの変更。

広告予算の小さい場合は、特に割に合わない。ある程度、広告継続出向してもらわないとそもそも最初にかけた営業工数の元すら取れない。


でも、広告運用者だけを責めないでほしいと思う。

少なくとも、私の周りにいる広告運用者はみんな真面目で、非常に責任感が強く、丁寧に仕事をやっている。

自分たちクライアントのためになるには、どうすればいいのか?

日々試行錯誤を繰り返しながら、激務の中でも頑張っている。クライアントにも、もうこれ以上追い詰めないであげて、と言いたい。

本当に、誇れる人々だ。


から、体調を崩さないでほしい、ちゃんと寝てほしい。

私は、そんな気持ち毎日を過ごしている。


頑張ってるから責めるな、というのがおかしいのはわかる。

だけど、もうこれ以上、広告運用者やこれから発覚する可能性のあるヒューマンエラーを責めないでほしい。

悪かったのは、不正に気がつく仕組みがなかったこと。仕組みができていなかったことだ。

ヒューマンエラーは、仕組みで防ぐしかない。

から私たちも仕組みをつくる。

でも、これを機会にGoogleYahoo!という媒体側も何か対策をとってほしい。そう、願ってやまない。



今、広告運用者たちは広告運用自動化ツール進歩を待っている。

広告運用自動化ツールとは、人の手ではなく機械によって、より細かな広告運用をするようなツールである

今も、Googleなどの媒体ツールベンダーがそれを持っているが早く、

もっともっと進歩して、人の手なんか全然いらなくなってほしい。



私たちは、そんな日を待っているから。

あと少しだけ、頑張れるのだ。

失注

大型案件を失注した。敗軍の将、兵を語らずだ。

責任は、提案を牽引してきた自分にある。それはいい。

ただし、兵は語らずとも自己総括は必要

やれることはすべてやった。やり尽くした。顧客価値を常に主眼に据え、価値提案しつづけてきた。

もちろん価格重要な要素だからして、単に値引きではない戦略的価格提示した。

しかし、顧客は「単に」最も安価企業選択した。ここに今回の違和感失望がある。

ガムを買うのではない。これほどまでに大規模な事業に対して、単に価格で選定してしまうような、

そんなマインドのまま調達に臨ませてしまった自分提案力のなさに失望した。価値提案では誰にも

負けない自信があったのに。

確かに今回の調達一筋縄ではなかった。規模も特性も著しく異なる40近いステークホルダー

対してどのように合意形成していけば良いのか、最大公約数(落とし所)はどこなのか、暗中模索

提案だった。困難という言葉は使いたくないが、決して容易ではなかった。最も合理的で納得しやす

キーワードが「価格」であったことは否めない。しかし、そこに身を委ねることは単なる「逃げ」に

過ぎない。だからこそ、真正から向き合い、価値を中心に真摯提案を重ねてきたつもりだった。

いったいこの提案のために、どれほどの人が関わったのだろう。どれほどの人が期待したのだろう。

俺はその人たちの期待に応えられなかった。デジタルと同じだ。「1」か「0」。結果が出なければ「0」なのだ

彼らに伝えるべき言葉がまったく見つからずに萎縮している自分がいる。失敗は恥ずかしいことではないと常々

言っている自分申し訳なさにいっぱいになって萎縮している。萎縮ではなく、単に自分能力の低さを看破

されるのが恐いのかもしれない。というか、そうなんだと思う。弱い。

万策尽くしたから悔いはない、得るものがあった、なんていう美辞麗句は、俺のポジションには不要

かといって猛省でもない。公共という市場に対してずっと感じていた違和感が露呈した案件だった。

今回の件で、公共市場全般に対する失望感を強く感じた俺は単に逃げているだけなんだろうか。分からない。

とにかく救いが喉から手が出るほど欲しくて「孫子」を読んだ。しかし、そこには自己肯定しかなかった。

ならば、考えることは他にある。

最後に。誠に自分勝手なことを言わせてもらえば、今回の失注は最高だ。

この失敗によって、更に俺は強くなるし、俺の根は深くなる。

責任も「である」ことでなく「する」ことに生ずる。丸山真男を元に。

 http://anond.hatelabo.jp/20160921171221http://anond.hatelabo.jp/20160924215458http://togetter.com/li/1028423を元にして、http://anond.hatelabo.jp/20160925154605を書いたら、同じまとめ人に派生まとめを作られていた。こっちも派生議論を書いてみたいと思う。まとめ主がしつこくて嫌だと思っているのなら即刻消すので、そういうことをまとめ主が言っていたらトラックバックでお教え願いたい。

 http://togetter.com/li/1029287を読んで思ったことを書く。

 このまとめ文中で「ピルとの付き合い方(公式)」氏が仰っていることの中に、「ルールに反する【行為】はだめなんだ。」という部分がある。内心は規制できない、犯罪扱いはできない、という内容のあとで、では何が規制されるのか、ということを書いた部分だと筆者は解釈した。そうなのである。だめと言われなくてはいけないのは「行為」だ。

 これを端的に言うと、「である」ことではなく「する」ことを理由として規制対象である認定しなければならない、ということになると思う。

 さて、「である」ことと「する」こと。これは多分有名な文だと思う。高校教科書にも乗っている、丸山真男の「日本思想」という本の一節だ。丸山氏はその学問を「丸山政治学」とも称される偉大な政治学者である。同氏はその文章の中で、時効という概念について、権利要求「する」ことをし続けていない者はその権利喪失するためである、というようなことを書かれていたと思う。ここでは「する」ことが権利を得るための行為として書かれていたと思うが、これは責任を考えるにあたっても言うことができるのではないか

 筆者は法学政治学日本国憲法学(?)まともに学んだことがないので、以下の意見はかなり的はずれなのかもしれないが、「である」こと、つまり状態を以て責任を問われる、ことは不適切で、「する」こと、つまり行為によって罪を問うべきなのだ。そういえばコメント欄だったかどこかで「行為論」という言葉を見たと思うが、関係あるのかもしれない。

 もともとのまとめで言えば、「ロリコンペドフィリア)『である』事によって犯罪者認定され、人権制限される」のは不適である。「幼児危害を加えるという行為を『する』ことによってはじめて、犯罪者認定されて人権制限される」という方法が取られるべきであると思われるのではないか

 もちろんこの理論ロリコンペドフィリアに限らない。ほかのコンプレックス、例えばショタコンであるとか、あとはなんらかの病気にかかっている状態である(それが自己責任だとしても)とかにも言えると思う。透析患者云々論にもこのロジック適用できはしないだろうか。債権を持っている状態である」だけで権利が保たれないのと同じく、自業自得の結果病人である」ことも、責任を問えないような気もする。

 法学政治学その他疎いのに、予定外に細かいところに突っ込んだので、かなり問題点はあると思う。正直不適切な点は正しく知りたいので、できればお教え願痛いと思う。

 余談。トラバへの再返信。

 http://anond.hatelabo.jp/20160925193805に関して。

 たしかにそれも良い例示だと思う。あくま個人的にはだけど。「気に入らない」で人権否定も良くないように、気にいるからって権利無秩序に拡大するのもまた似たように良くないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160926125442

残念ながらフィリピンはまだ近代国家と呼べる文化水準には達してないし、

フィリピンをそのような地位に押しとどめてきたのも先進国の連中の甘えであり、

ここまで事態悪化するまで放置した国連責任でもあり、

さら平和解決とか言い出したところで聞くわけねーだろ。

だったら支持した国民ともども皆殺しでいいだろ。反対した1割がジャンキーなんだからジャンキーのための国にでもすりゃあいい。

ナチを支持する9割の豚はガス室シュウウウウウウッ!

10年前のあの日、俺はKくんに電話を掛けることができなかった

来年で30になる。

 

子どものころ海外に行って別れて、久しぶりに地元に帰ってきたKくんはモデルを目指すという話を噂で聞いていた。

そして当時一番の親友だった俺と会いたいという意図を聞いた。

一方、俺は学生ニート引きこもりと化していた。

どうにかしなければならないと思いつつも完全に対人恐怖症になっていた。

電車の中の女の子たちの笑い声ですら動悸がして、非常にストレスになる、今思えば完全に病気だった。

あえば当時10年ぶりの再会となるが、俺は旧友とは誰とも会わなかった、会いたいと思わなかった。

その時、成人式親友だったやつと目があい、頑張って明るく挨拶したが無視されたのを思い出していた。

こんな俺をみてもコメントに困るだろうし、俺もK君の中の思い出を汚したくないし、何よりとても辛いので会うことができなかった。

会わなければいけないことは頭では分かっていたが何もできなかった。

都合が悪いふりをして会わなかった。

ドアには電話番号が書いてある紙がかけられていた。

 

それをアパートに持ち帰って電話を掛けようか、夜中に考えた。

考えて考えて、やっぱり電話を掛けるべきだと思ったが、とても何を話せばいいのか想像が付かない。

どう受け答えすればいいのか全くイメージができない。

何を言えばあの頃の思い出を汚さずにキラキラとさせたまま期待を裏切らずに電話を切れるのか考えた。

しかいくら考えても答えはでなかった。

つの間にか俺は真夏暑い夜の空の下にいた。

家の前のアスファルト道路の上に、靴を履いてパジャマ姿で立っていた。

携帯電話を片手に、視線を何度も地面と空を往復させて考えた。

長い時間が経ったように思えた。

答えは出なかった。

10年前の俺はKくんに電話を掛けることができなかった。

 

それからしばらくはそのことがずっと心のしこりで残り続けていた。

俺はというと頑張って大学卒業して何とか就職して働きだした。

勤務中でも増田が書けるだけの緩い職場だ。

もちろん忙しいときはそんな暇はないが。

何とかまともな社会人になってきたところでふとそのことを思い出した。

 

名前特殊なだけあってネット簡単に今の近況を調べることができた。

モデルを目指している人間ブログツイッター本名でやらないわけがいからだ。

特定やす情報もいくつか揃っている。

5分もかからずに特定できた。

10年前の俺にはできないことをしている。

今度ライブをやるらしいが、あいにく見に行くことができない距離だ。

特に大きな病気もせず活動を続けてきたんだなということがわかった。

残念ながらTVドラマに出まくるとか大ヒット歌手になるというところまでは行っていなかったが。

何か一言でいいから伝えたい気持ちが強くなった。

 

でも、10年前の俺の電話を掛けることができなかった俺と、

今の俺は何が違うのだろうか?

今でも俺は自分武器を取られたらオロオロして自信を無くして取り乱す人間だろう。

少し仕事ができるようになったせいで偉そうな精神性と虚ろな自信を身に着けたから、

今連絡を取りたいとか応援したいとか思い出しただけだ。

要は、自分に必至じゃなくなったか他人人生ちょっかいかけたくなったのではないか

今朝からそのことを仕事をしながら考えていたが、

どうしてもその疑惑が晴れることはなかった。

 

俺が伝えたいことはこうだ。

10年前Kくんに電話をかけなかったのは決して嫌いだとか関わり合いたくないからではなく、

今の汚物のような俺がモデルを目指す君のキラキラとした思い出を汚しかねないと判断たからだ」

「そして汚さないように交流を持つということも当時の俺の能力では不可能だったからだ」

「もし、嫌われたとかそう思っているのなら誤解だ、10年間何も言わずにすまなかった」

「今はバンドしたり歌手をしたりして幅広く活動してると思うけど、もし機会があればライブを見に行きたい、頑張って」

10年後である今の俺に、これを誤解なく、かつ円満に伝えられるだけの自信はなかった。

 

どうやら俺は10年前の俺と同じように、あの当時から10年後の未来の俺は同じように、

きっとまた連絡を取れずに終わるのだろうか。

俺が自分の心のしこりである重荷を解き放たれたいという欲求があるのか、

それとも未だに自信がなく怯えているのか、

あの当時自分の選んだ選択を一生責任を取って肯定するべきなのか、

難しいことを考えずに連絡を取り、何事もなく終わるのを期待するべきなのか、

Kくんにとって何が望ましいことなのか、古傷をえぐることにならないのか。

 

10年前も10年後も俺は答えを出すことができない。

Kくんが増田なわけはないが、

万が一にも増田なら、

あの時俺が会わなかったのは、どんな顔で会えばいいのか分からなかったんだ。

電話を掛けなかったのは、どんな話をしたらいいのか分からなかったんだ。

そして今も連絡を取れないのは、もう自分が何を本当に従っているのかも、

何をすれば一番正しい結果になるのかも、判断できないからだ。

 

すまん、Kくん。

立派になったら連絡を取ると誓ったが、

俺には一生無理かもしれない。

どうすればあの時と10年間を軽く謝って応援できるのかイメージが付かない。

俺は何も変わらなかった。

とても悲しい。

夢を叶えてください。

家族と仲良さそうだし、健康そうでよかった。

もし行ける範囲ライブがあったらこっそり顔出しますね。

本当はもっと文通していたかった。

でも日本語を忘れかけていると書いていたのを見て、

もうこちらでのことは忘れて新しい生活になじむのを優先した方がいいのではないか

そのとき僕は思ってしまった。

お金もかかるし、続けるだけの勇気も知恵も無かった。

いっしょに遊んだこととか、今でも全部覚えてる。

本当にありがとう

また、いつか。

 

Wより

2016-09-25

長谷川豊氏のブログを見て気になったこと

全腎協が私の抗議文を送ったそうだ。結論から申し上げるが、謝罪と訂正を断固拒否する。というか「出来ない」。その理由。


内容については概ね同意だし、医者に止められても不摂生して透析必要身体になるのは自業自得しかないのは私としてもそう感じます


ただ、気になるのはこのあたり。


あなた方の組織所属すると思われる、大量の方々から、私並びに私の家族脅迫するメール文書毎日大量に送られてきている。

 「全腎協の関係者から脅迫されている」という明確な証拠があるのかを疑問に感じた次第です。

 全腎協の関係者を騙ったメールである可能性も0ではないわけです。

 騙りメールだとしたら見事に釣られて全腎協の名誉棄損を行ったことになります

 お互いの名誉のためにも法的な場所で白黒つけた方がよいと感じます



批判には「責任」が生じるものです。

 その時、この「責任」をどちらが負うのかは注視していきたいと思っています

長谷川豊が言うべきだったこと

正直、言葉狩りがどうとかは低レベルすぎて泣けてくる

  • 殺せと言う文言を入れた事は謝るべき
  • その上で主張の骨子は間違ってない事を改めて主張する
  • そしてアホは煽る

これが入ってれば、致命的な問題回避しつつ炎上も持続できるし、これでいい


例えば、

直接的に生死に関わる言葉を使った事は、仮に違法でなかったとしても不適切発言だった事は確かです。

この点については、世間をお騒がせした事と、また必死努力にも関わらず発病した透析患者の皆様に不安を与えた事は謝罪したいと思います

大変申し訳ございませんでした。



しかしながら、私が謝罪たからと言って、透析患者にかかる経費が削減される訳ではなく、

また自堕落人間自業自得透析患者になる事実に一切の変化はありません。

ただでさえ8万人もの患者の全員に年間に500万以上の治療費が生涯にわたってかかり続ける事は、日本の皆保険制度を脅かす要因の一つです。

その上、透析協会などと保険制度に巣食って利益を生まずコストを食い潰す団体までいる始末です。

この様な皆保険制度制度上、必要とされる莫大なコストを、どの様にすべきかという事は、我々日本人共通問題でしょう。

保険制度は素晴らしい制度であり、今後も維持し、子どもたちの世代へと引き継ぎたいと、多くの日本人同様に私も望んでいます

社会保障コスト問題という重要課題に対する議論を、私の不用意な発言で歪めた事をふがいなく思うとともに

多くの日本人にたいして申し訳なく思っています



今後も皆保険制度を維持するためには、コストの削減をしなくてはなりません。

少子化による税収の減少、老人の増加による医療費の増加は制度を維持するための楽観的予測を全て砕くほどです。

8万人が年間500万を必要とする事実をどうすべきかという議論は、皆保険制度崩壊していく過程で、必ず生まれるでしょう。

では、どうすべきかといえば、遺伝など十分に医学的にも統計的にもやむをえないと見なせる患者以外

自業自得」で発病したものは、他の病気同様に3割負担にする所から始めるべきでしょう。

なすべくなく保険制度崩壊させてしまえば、完全に補助が打ち切られ、透析患者殆どが死んでしまう事になるのです。

この様な重要議論を、私の失言を攻める事で歪める事も、どこまでを補助の対象とするかの議論を避ける事も

透析患者を殺す事と同義であると言ってもいいでしょう。皆さんは、殺人を犯したいのでしょうか?

しか一部の人間は、憲法25条を唱えれば、無限に金が湧いてくるとでも思ってるかのように愚かです。

彼らには、誰一人救うことが出来ない。

彼らの様に愚かでなく、責任ある大人として子供たちに引き継ぐ社会の姿を憂う皆さんに、

私は今後も問いかけていきたいと考えています



「殺せ」という感情の極まった一言で、世間をお騒がせする事になりましたが、

我々が誇りにし、頼りにしてきた皆保険制度を持続させるためには、今まさにコスト圧縮考慮すべき段階に来ていることを

皆さんにご理解いただければ幸いです。



最後ですが、遺伝などの要因で、必死努力もむなしく透析患者となった皆様に無用不安を与えました事を改めてお詫びします。

こんな感じやろ

2016-09-24

長谷川某がムカつくのはさ

自分当事者でもなんでもないくせに

小利口なエリート集団みたいなところと自分は近い位置にいるんだってことを匂わせて

いわゆる底辺層大義という自分責任負わなくてもいいもんをバックに

排除することが世の中のためみたいな薄っぺら自己満足から抜け出せないからなんだよな。

どうせ元ジャーナリスト(笑)としての能力を生かすならその「自己責任糖尿病から透析必要になった人」にも医師と同じくらい話聞けばいいのに。

まあ100000歩譲ってヤツに同情するとしたら、今時正論をまっとうな方法で主張しても誰も食いつかないか過激言葉にすることにしたってことで

ある意味ヤツのあれを作り上げたのは便所の小バエのごときネット民てことになるんだろうな。

ていうかみんな優しいな。

とてもじゃないけど自分からあのアホのブログとか読みに行く気がしないわ。



http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48511272.html


あとあいつの書く文章キモいところは、内容に賛成することで「私もそんな小利口エリート集団に近い意識もってまーす」みたいな優越感に浸れる仕組みになってるとこなんだよな。

そういう意味で完全なバカだとは思わないが、迷惑な知能と秀でる才能を持っているとは思う。

貧困中年の週末

木曜午前 雨の中、傘差しコンビニ

  夕  のどに異変。喉薬を飲む

金  曜 休み発熱 → 下がる

土  曜 熱は落ち着いたが、鼻水が出る

日  曜 ?

月  曜 責任取って退職

電通リスティング広告運用ミス運用者だけの責任なのか?

 電通ネット広告運用顧客への報告で不正があったと話題になっている。

 

 クライアントへの実際に掲載されていない広告広告請求や、事実と違う事象を報告などは論外だ。

 

 でも広告掲載されている期間なのに実際は掲載されていないことには代理店に同情の余地があると思っている。

 というのはリスティング広告(検索エンジン連動型広告)の掲載基準順位運用から見てもブラックボックスからだ。

 以下がYahoo広告掲載順位に関する説明だ。

 

オークションランク構成要素

 

オークションランクは、以下の要素によって構成されます

 

広告グループキーワードに設定した入札価格

広告品質

推定クリック

当該広告タイトル説明文)がどれだけクリックされうるかという推定の値です。広告過去クリック数やインプレッション数の影響を受けます

– 表示URL過去クリック

その表示URL自体がどれだけクリックされたかという実績値です。

広告文と検索クエリーの関連性

広告掲載された地域別の掲載実績(アカウント全体)

インターネットユーザー検索クエリ

– 各種デバイスPCスマートフォンタブレット)での広告掲載実績  など

https://help.marketing.yahoo.co.jp/ja/?p=1131

 

 まあ色々書いてあるけど、実際にお金出して出稿してみないと、どれだけ掲載されるかされないかわかりませんというのが実際のところ。

 

 昔は単純なクリック単価による入札だったのでもっと読みやすかった。

 「軽自動車」という言葉検索された時に一番上に載せるには、今一番上に掲載されている広告クリック単価○○円で掲載されているので、最低○○円必要ですとわかりやす説明できた。

 

 今の順位付けはブラックボックスなので、いくら払えばこのように掲載できますという明確な説明ができない。

 お金を出して買う「広告」なのに、その対価である広告掲載不明瞭な基準にしている“Yahoo!プロモーション広告”“Google AdWords (アドワーズ)”にも充分に責があると思う。

 検索エンジン連動型広告は実質YahooGoogleの独占なので、それでまかり通っていいるのだ。

 昔のように単純なクリック単価オークション制にすべきではないだろうか?

  

電通不正請求広告業界全体の問題

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/092300445/

ついに起こってしまたかという感じ。

この件については電通に同情する余地はなく、徹底的に膿を洗い出して欲しいと思う。

ただし「広告代理店不正を働くものからもっとノルマ監視を厳しくしてコストを下げてやれ」という方向に流れがいくことが個人的には一番怖い。この件は電通組織的問題だけではなく、広告業界全体の問題、ひいては企業広報担当者メディア関係者含む、広告に携わる全ての組織人間関係する問題だと思うから

知らない人多いと思うけど、電通日本デジタル広告を扱う代理店の中では最も先進的な取り組みをやっていて規模も大きく、ここ最近M&A含めかなり強引にデジタル化を進めて、テレビ一辺倒の収益体制からの脱却を図ろうとしていた。

誓っていうけどおれは別に電通の回し者でもなんでもないし、つい先日まで広告代理店デジタル広告をやっていた。もう辞めたけど。後で書くけどデジタル広告業界漆黒なほどブラック業界だ。これを業界全体が改善するきっかけになったらいいと思ってるけど、さらに悪い方向に進む可能性もあると危機感を持っている。こうやってる今も死にそうな顔で仕事をしてるかつての同僚がいるに違いないし。


まず今回の問題を乱暴に一言で言ってしまうと「日本広告業界デジタル広告の未成熟さ」に尽きると思う。

何が未成熟かというと色々あるが、中本副社長も言っている通り「組織管理体制」「恒常的な人不足」がまず大きい。元も子もない話だけど、「発注する側も受注する側も、デジタル広告についてあまり分かってない」ので。

広告代理店は「代理店」なので、発注者が面倒臭い、できればやりたくないことを代理でやることでお金を頂戴している。広告戦略策定・具体プラン提案運用レポート反省点と次に生かすべきポイントを報告、などなど。会社にもよるし人にもよるからこれが全部じゃないけど、基本的企業広報担当代理店から提案を受けて、確認をし、問題があれば改善指示を出し、よければ社内決裁を通すだけの場合が多い。この社内決裁がまた面倒だし、最近は定時もうるさいので発注者側はデジタル広告について勉強しない。そもそもあまり興味がある人もいないかもしれない。それでもデジタル広告国産/海外産含め新しいテクノロジー広告メニュー毎日のように発表されるし、それを活用した新たな事例や手法がどんどん登場する。代理店担当者はこれらを常にチェックして、発注者のためになるプランメニューを作り、適切に受けた発注運用を行なっていかなくていけない。

ただしこれができる代理店人間は、もう本当にほんとーーに少ない。代理店人間の大部分は、細かい数字ばっか追っていくような仕事をそもそもやりたがらない。でもニーズはめちゃくちゃある。だから発注を受けたら子会社グループ会社人間に丸投げすることになる。

そして子会社グループ会社人間は、残念ながら優秀な人間は少なく、大きな戦略を作ったりすることはおろか、与えられた目の前のタスクボロボロこぼしていく有様だったりする。そりゃそうだ、給料低いんだもん。経験の少ない若者か、経験はあっても能力の低い人しか雇えない。

代理店はその中でも比較的マシな人間代理店に出向させて名刺をもたせて権限を与えてデジタル広告担当として業務押し付ける。そこで成長してバリバリこなす人もいるけど、たいていは津波のように押し寄せる業務呆然となってしまう。日付の確認ミス金額の記入間違い・指示を勘違いして間違った発注をする、間違ったバナーを掲出する等々、細かいミスケアレスが多発していく。呆然となりながら業務をしているとミスをしたことすら気づかず、次々とやってくる業務をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。受注を取ってくる営業がそんな細かい運用の話をわかるはずもなく、売り上げのことだけを考えて、ミスが含まれレポート請求書を、分からないまま得意先に報告することになってしまう。

デジタル広告運用結果は数字に表れるから、得意先は代理店から報告された数字を見ながら、提案されたプランの中で、予算に合っているメニューを選んでいくんだけど、その数字には「どれだけの人間が稼働して作ったものか」が一切現れない。デジタル広告担当毎日朝帰り休日出勤当たり前が恒常化している。体を壊して休職する者も多い。

広告代理店発注者の「これやりたい!」を何とかして叶えてやることで食っている商売から、それは組織としてやりたいを叶える体制を作らないといけないんだけど、管理職オヤジどもはデジタル広告現場で何が行われているかからず、かつて自分達がテレビコマーシャルの受注を取ってきたようにイケイドンドンで売り上げを伸ばそうとして無茶なノルマ現場に課すことになる。

現在広報部長宣伝部長を務める人も同様で、何となくデジタル重要だということは知ってるけど、具体的にどういうことなのか全く分かっておらず、面倒臭いことは嫌だからかい数字の話は避けて、「とにかく最先端でかっこいいことをやって目立って話題にしてほしい」と言う。そもそも得意先の言う「やりたい!」がどう考えても達成出来ない無茶苦茶要求である場合も多いのだ。

これは広告業界蔓延する悪癖のようなもので、特に電通は「いまの広告最先端はこれですよ!?え、あなた会社はまだですか?遅れてる!」といって発注主も代理店も煽って焚きつけて商売にしようとしてる。電通報とかその権化のようなサイトだ。

http://dentsu-ho.com/

そもそもデジタル広告をまともにできる人間全然育ってないのに、業界全体で「デジタルデジタルだ」と掛け声だけは威勢が良く、組織的サポートほとんどなく小会社グループ会社下請けに丸ぶりし、一部の責任感の強い担当者が過労で疲弊する中でミスが起こり、ミスに気づかず間違いのまま発注主に報告や請求が行く。

今回の電通のケースもそんなものだろうと思う。


広告デジタル化は避けては通れず、今後も需要は高まっていくのは間違いなく、今は完全に個人が人力で回しているのをいかにして組織的に回していけるようにするかが課題だ。

一番の問題発注者側も、代理店側も、「デジタルはやらないといけないのは分かってるけど、面倒臭いことはやりたくない」というマインドであることだ。

電通不正を追及するのは最もだけど、本質はそこではなく、業界に携わる人間全員が腹をくくってデジタル広告を正面から取り組むこと、そしてそのための組織的サポート体制を作ることだと思う。

2016-09-23

女友達が「なんで男はみんな浮気するの?」と言っていたので

男と別れたばかりの女友達が酔っ払って

「なんで男はみんな浮気するんだ!死ね!」

とかくだまいているのを聞くと、

「俺はしたことないし、絶対しないよ」

と言い返したくなるけど、

なんか口説いている雰囲気になってしまいそうなので止めて、

ひたすら、愚痴を聞くに徹する。



また、いい出会いが見つからない女友達が酔っ払って

「どうして男はエロい目でしか女を見ないんだ!死ね!」

と吠えているのを聞くと、

「俺も一応男なんだけどさ」

皮肉を言いたくもなるけど、

「そうだったな!じゃあ一発やるか!責任とれよ!」

という流れに勢いで持ってかれかねないので止めて、

ひたすら、ふーん困ったねぇなどと無難あいづちを打つに徹する。



しばらく経ち、突然誰かと結婚が決まった女友達が酔っ払う前に

増田くん、あたし結婚するんだからね。もう二人で飲めなくなるよ」

と、少しなじる口調で言っているのを聞いても

いまさら自分にはどうしようもないので、

ひたすら、これから幸せを願うに徹する。

まるで勘が鈍くて頓珍漢なのに 必死マウンティングしたがる人困る

http://anond.hatelabo.jp/20160923124336

fnwa セックスはしたいけど責任は取りたくないからだろ

リンク2016/09/23

それならレイプ漫画でいいじゃん

元増田が言ってるロマンはみっともないものだけど

お前の単純な頭で理解出来るものよりもうちょい複雑なみっともなさのものだよ



つかこういうまるで勘が鈍くて頓珍漢なのに

必死マウンティングしたがるどーしょもない人どうすればいいんだ

ネットならまだしも酒席の雑談でこういう人居てすごい困る

「なんでお前一人だけ説教するポジション取ろうとしてるんだ」

しかも話の理解全然ズレてる、みんなそういう話はしてない」

みたいな

自己責任論をクチにするのは基本的富豪自己過信バカ

自己責任論の大部分ってさ、無自覚ボンボンのタワゴトなんだよね。

どこまでが「自分責任」なのかを、

他人が判定する」って地獄無自覚から

まあ、以下のはてブ話題をみなよ。

はてなブックマーク - トラックドライバーの長時間労働・低賃金は誰のせいか?|「経営×物流」日本の企業経営には物流戦略が足りない|ダイヤモンド・オンライン

はてなブックマーク - 生活保護の男性、3割超がメタボ 女性も非受給者の3倍 (朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース



アメリカでも問題になってっけど、貧乏ほど肥満になる。

肥満になりゃ病気になる。

病気になりゃ死ぬ

貧乏なのが自己責任だっつうなら、そりゃ「貧乏人は死ね」って言ってんのと同じだよな。



全く同じ流れで、ある仕事貧乏しかなれねえ。

世の中には必要なのになぜか賃金が低い。

やりがい搾取とか言われながらも、働いてる人がいる。

ワープアとか言うけど、働いても働いても稼げない仕事な。

で、稼げなきゃ貧乏だ。

貧乏肥満になる。

以下略だ。

まり職業選択の自由自己責任だっつうなら、そりゃ「ある種の職業人は死ね」って言ってんのと同じだよな。



まあソモソモだよ。

日本にいたら透析患者の重い負担を、健康人間負担することになる」とかって言うんだったらよ、

そりゃせめても「日本国籍抜いて、外国移住してから言うべき」だろ。

なんで日本にいて日本公衆衛生にグチグチ言ってんだよ。

日本にいるのは自己責任だろ。

自分に甘く他人に厳しい。

クズだろ?

移住は大変とか抜かすとか思いますが、

 毎週透析受けなきゃ文字通り死ぬストレス抱えて生きてる人間

 努力できなきゃ死ねっていうぐらいの努力家なら、当然出来るよな?

 自分は無努力か。ならやっぱクズだな)



ジョン・スチュアート・ミルが「自由論」書いたの、1859年だぞ。

一歩も前に進んでねえのかよ。

なんにも悪いことしてねえガキが透析受けてるだけで、クズみたいなオッサンが毒づくの聞いてから馬鹿積極的馬鹿にすることにしてる。

周りとおんなじモン食っておんなじことしてたガキが透析受けてる現状知ってて、

なお「病気自己責任って言えば議論が盛り上がるだろ?」みたいなこと言うクズ死ねばいい。

どうせ「オレの周りには子供透析患者いなかったから気が付かなかった」とか無責任の極地みたいなこと言うんだろうけどな。

ggrks

http://anond.hatelabo.jp/20160923162721

自分責任範囲で、後から取り返しのつかないことだけ考えてればいいんでないの。

IT】巨大、大きい、中くらい、小さいプロジェクト、どれが幸せ

考えてる定義

小さいプロジェクト  1人で複数掛け持ちするくらいの大きさ  2人月以下

中くらいのプロジェクト  数人で行うくらいの大きさ  3〜25人月くらい

大きいプロジェクト   数十人で行う大きさ  25〜100人月くらい もしくは数十人のエンハンス、継続改修とか

巨大なプロジェクト   組織をまたぐような大きさ  100人月〜 もしくは数百人以上のエンハンス、継続改修とか

 

小さいプロジェクト 利点、欠点

利点:すぐ仕事に慣れることができる、繰り返し試せる、効率化できればすごく儲かる

欠点:やり方がオレオレになる、タコツボ化する、そればっかりな人になる、色々抱えて抜け出せない、引き継げない、値崩れリスク

 

中くらいプロジェクト 利点、欠点

利点:適度な責任を負うことができる、リーダー要件定義など上流に食い込みやすい、上流〜下流までやろうと思えばできる、スピード感を持てる、チームビルディングなども経験できる

欠点人材の換えが効かなくていっぱいいっぱになる、意外とテンプレ化できなくて非効率なことが多い、人依存が強くチームに不出来なものが1人居るだけで割りと詰む、会社の規模が小さい場合が多い

 

大きいプロジェクト 利点、欠点

利点:キャリアパスを描きやすい、給料も高め、人材の替えが効くくらいの規模になりやすい、頑張ればそのプロジェクトの中で大分成長できる

欠点スピード感は無い、デスマ化しやすい、PM力に依る、上流に食い込みづらい

 

巨大なプロジェクト 利点、欠点

利点:職としては安定する、詳しい人が組織内に居ることが多い、有名なプロジェクトやりがいがある事が多い

欠点プロジェクトが長すぎて浦島太郎化する、全体を見通す力が失われる、世の中のスタンダードがわからなくなる、仕様書伝言ゲーム政治問題、頑張っても成果物の良し悪しには影響度が低い

 

怖いこと1

規模を跨ぐだけで文化がガラッと変わるが、その文化IT業界全体での常識だと思いこんでいる人が多い

一生同じ規模帯に居るならいいが、規模を跨ぐことがあるとカルチャーショックする場合もある

 

怖いこと2

会社内に色んな規模のプロジェクトがなくて、行き来しづらいこと

同じプロジェクトや、同じようなプロジェクトに5年とか捕まると人材として凝り固まりそう

小〜大まで揃ってると心配はそれほどない

 

怖いこと3

規模のミスマッチ悲惨

一人で黙々とやりたい人 → 小さい規模

職を安定させたい人 → 巨大な規模

技術を磨きたい人 → 中くらいの規模、大きい規模

ものづくりをやりたい人 → 小さい規模、中くらいの規模

上流〜下流まで磨きたい人 → 中くらいの規模、大きい規模

 

という感じだと思うが、何もわからずに規模を選択してしまい、それが常識だと絶望している人をたまーに見かける

怖いこと4

巨大な規模のプロジェクトをやってる会社正社員で入ってしま

技術屋というよりは総合職よりになってしまう人も見かける

人を回すことが仕事になり、将来が不安になって出ていくのだが、そこで中くらいの規模帯の会社に入って今度は待遇の悪さに絶望する

転職するなら

巨大 → 大 ◯ よりプロジェクトに関われる

巨大 → 中小 × 待遇の悪さに驚く 30代くらいで世の中見えてきた頃ならいいかも? 

 

大 → 巨大 ◯ より職は安定する、リーダー的なポジションに付けば技術力も別の方向に伸びるのでは

大 → 中 ◯ リーダー職ならあり?

大 → 小 △ どん判

 

中 → 巨大 × あまり別世界

中 → 大 ◯ PL経験後にこの選択なら有りでは

中 → 小 △ フリーランスとかなら有りかも

 

小 → 巨大、大 × 死にたくなると思う

小 → 中 ◯ 歓迎されると思う

 

個人的な最適解

 

大に新卒

20代のうちに中に転職

30代で再び大に転職

フリーランスになり小〜巨大を行き来する

30代後半で中〜巨大の会社に潜り込む

  

もちろんこんな順調に行ってないけど?

2016-09-22

レッドタートル

NHKニュースを見てたら特集してた。

第一印象はつまんなさそう。企画した鈴木敏夫が「高畑とか宮崎は画面を盛っていくんだけど、今回の外人監督は削ぎ落として画面をつくる、そこに惹かれた」とか言ってて、そりゃつまんなさそうに見えるわけだと思った。

鈴木は「見てわかるものをいちいち説明する必要はない。だから音をけずった。セリフも一切なしにした」とも言っていた。レッドタートルは大爆死中らしいが、企画者がこんな勘違いしてるようじゃそりゃ死ぬだろう。

大ヒット中の『君の名は。』は「1分たりとも退屈させない、サービスし尽くす映画」を目指して作られたとのことだ。同じ金を払うなら退屈しなさそうな方を見に行くのが客だろう。

アナウンサーは「これまで評価されてきたやり方に安住せず新たな道を切り開いていくジブリの今後に期待したい」みたいな締めをしていたが、道の先が不毛荒野かどうかぐらいは確認して進まないとお話にならない。

ジブリ凋落は宮﨑駿の後継者を作れなかったことだが、半分以上鈴木責任があるような気がしてくるジブリの新作だった。

http://anond.hatelabo.jp/20160922111909

なるほどね。自分責任ではございません、ということを社内にアピールするためというのもあるね。

過去をひたすらほじくり返しても起こったことは変えようがないし、それより今後どうしたらよくなるかとか、未来の方に向けて時間能力を使って欲しいなと思いますね。

http://anond.hatelabo.jp/20160922111909

IT系に来て知ったけど、ほんと責任所在に過敏だよね。

(実際はIT系に限らないけど)


原因と対策聞いて、次は同じトラブルおこしたら、承知しないからなという人も

いるし、話を聞いたうえで協力してくれる人もいるし、

一概に悪いとは言えない習慣だと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160922111130

自分たち考慮漏れが原因かどうかを内部の人間は何より気にするからだろ

本来であればそんなクソシステム立案した人間や、そいつらに裁可を出した人間が負う責任から逃げるから


クソみたいな設計や、予算がなくて限定範囲運用する前提のシステム用途外に使ってトラブル起こすクライアントは滅んで良い

2016-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20160921143506

圧力、というか私も旦那一人っ子から親が悲しんでる

育て方間違えたのね、と嘆いてるけど、

一人しか産まなかったあんたらの責任やんとも

五人くらい産んでたら誰か一人くらい産んでくれたかもしれんけど、一人で全部当てようなんて都合良すぎよ~というとめっちゃ泣く

相手の親御さんにも申し訳ない、こんなポンコツ嫁だなんて」とか言ってて、まぁ、圧力ってかウザい

結婚願望はあるけど出産願望はない(32歳既婚)

だって結婚はしたい。

誰かに選ばれたいし。

でも、誰かの人生責任もつなんてまっぴらごめんよ。

から私に出産願望はない。

結婚願望と出産願望はリンクしないと思う。

よく「本当に好きな人出会ったら子供が欲しくなる」と言うけど、

だとしたら私は旦那のことを愛してないってことなのかな。

もともと子供産むつもりで結婚相手探してないから、そんなふうに全く思えないんだけど。

自分の子供も見たくないし、旦那の子供なんてもっと見たくない。

でも旦那のことは好きだよ。一緒にいて楽しいし。一緒に遊びに行くのが何よりの生きがい。

なんだろう、結婚相手間違えたんだろか。

2016-09-20

就活生のみなさんへ

うちの新卒採用人事部門ではなく現場の受入部門書類審査〜最終面接まで責任もつ方式で、これは人事部門勝手に採否を決めるのと比べ非常に有効方式だと思うし、人材は将来の業績に直結する訳だから常に最優先の心で取り組んでいるんだけど、非常に面目ないことに現場担当する関係でどうしても「納期直前のデスマーチ最中で応募書類を見る暇がなかった」とかそういうしょうもない理由お断りを返してしまうことがあるのね。

それでもし良い人材を逃してしまったらそれは現場責任しかないんだけど、就活生の皆さんに言いたい事は、お祈りメール実態はこんなしょうもないことだったりするので人生否定されたような気持ちになる必要はまったくないし、もし本気で入社希望する会社なら一度ダメでも再度問い合わせてもらえればちょうどデスマーチが終わったタイミングに合うかもしれないということです。