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はてなキーワード: 積極的とは

2016-08-28

不倫殺人と同じだと思う

そういう気持ちを吐き出したくて、初めて書く。


数年前、配偶者不倫が原因で離婚した。

すごく大好きで、うまくやっていると思っていたのに、ある日、不倫相手から私へメールがきた。

お前の旦那不倫してる。お前は惨めなやつだよ。これを見ろって、ベッドでいちゃつく女と元夫の写真が添付されていた。

ついでに、女のフェイスブックには、「道ならぬ恋に落ちてしまったわ」、みたいな内容のポエムと、

捨てられたのにガタガタいうあの醜女(私のこと)は本当にみっともない、みたいなことが書かれていた。


しかった。辛かった。

でも、元夫が心の底から謝れば許していたと思う。

でもダメだった、子供が出来たんだって


私の魅力がないせいなのか、どうすればよかったのか、最も信頼していた人に裏切られるなんて私は生きている価値もないのだな、

あいつらを呪い殺せないかな、そんなことばかり一万回以上、毎日考えた。

今でも、その時のことを思い出さない日はない。


ずっと一緒に暮らしていけると思っていたのに、家族だと思っていたのに、ある日突然、さようなら

例えるなら、親兄弟、友人、信じている人全員から突然、お前なんかいらない。もう二度と会わないと言われて、

それが本当に実行されたてしまったような、恐怖。


あの時、あの女からメールが来た時に私は一回死んだのだ。

心の傷が治ることはない。今でも血を流し続けている。ただ、傷口から目を背けられるようになっただけ。

あいつらは私に指一本触れていないけれども、殺人に等しいことをしたのだ。

たとえ慰謝料という名の僅かばかりの金を払ったとしても、何を償えるというのか。


あいつらはもう私のことなど忘れて楽しく暮らしているのだろう。

たとえ思い出しても、若かりし頃の恋の障害、甘酸っぱい思い出としてしか思い出さないだろう。

そして私は、一人でどうにか生き返ろうと、今もあがいている。

しかしたら、生き返ることができずに、このまま肉体としても死んでいくのかもしれない。


不倫するやつは一番身近な、自分が守ると誓った相手も平気で捨てる。

欲望制御することができない。きっと、本当の殺人だって、何かのきっかけがあればやるだろう。


から、私はテレビや身近で不倫話題が出た時には、積極的批判するようにしている。

飲み会で、実は不倫している、みたいな話を誰かがしようものなら、真顔で「最低だね。人間のクズだね。」て臆面もなく言うようにしている。


それで、1人でもこんな思いをする人がいなくなれば幸いだから

2016-08-27

ハンディの話をより詳しく

ありがとうございます

要は、身体的なハンディについて、本人が努力してどうにかする(それこそメガネのような補助具から義手義足車いすなど)という考え方がある一方で、「バリアフリー」って考え方もあるじゃないですか。社会の方がバリアとなっている関門を積極的に下げることで、ハンディハンディではなくなるという考え方。階段の横にはエレベーターを設置しましょう、とか。つまり社会全体でハンディの一部を背負うという考え方がある。

では、精神的なハンディについては、どうなんだろうなと。本人の自助努力(カウンセリング、投薬治療なども含め)が全てなんでしょうか。知的ハンディについては、社会福祉の一貫で社会負担を一部肩代わりすることもされるけれども、精神的に多大な問題引き起こしそうなハンディ境界性人格障害だとかサイコパスとか、そこまでいかなくてもADHDアスペルガー症候群、そういったハンディに対して社会はどれだけ負担をしているのか、するべきなのかとちょっと思ったということです。そのせいで問題が起きたとして、それは100%本人に責任を帰すべきなのでしょうか?



前者の場合社会が「一部を負担する」という関わり方ができるのに、後者場合は、責任能力の「有無」みたいな、0か1かという極端な判断のされ方をする。でも、ハンディってそういうものじゃないということがだいぶ分かってきた現代において、精神的なハンディに対する法の在り方は時代に即しているんだろうか、と思ったわけです。

http://anond.hatelabo.jp/20160827215506

一回トラバ間違えました。すみません

高野山東京別院執事野村懐忍(aksobhyavajra)さんの私に対する発言まとめ

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10153854700

inchiki2004さん

ゼロポイント』のアマゾンレビューコメントいただきましたね、例年頼まれ新年護摩札を今年は頼まれていない。

多分、年賀状も来ない、多分、12日の神田も来ない。1月中旬にははっきりする。

はっきりしたら、メールします。

何年も随分良くしてもらって、大恩があると言っても良い関係だが。期待はずれでしたか

K先生はすぐに見限ったようです、あなたは無いもの強請りではないか

神田も正直、張り合いがない「丸い三角形存在する」「だったら何?」「丸い三角形存在しない」「だったら何?」「そんなこと良いから、テキストを読み進めてください」よくないやろ!!

どいつも、こいつも「アンタ、それで死ねるんか!!」だ。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11158037741

仏事儀礼はできるが仏教にはまるで興味も知識もない寺の子が同じ職場高野山東京別院)の在家出身積極的仏教徒である私の仕事ぶりが不満で高野山真言宗に貢献していないと言うことを「内部告発」してるんでしょう。

直接言うとか上司に言うとかすればよいのですが茶坊主の言うことなど私は弘法大師の教えで叩き潰してしまうのでこんなところへ投稿するしかないんでしょう。

(略)

やっているのはオン・ナマハ・シヴァーヤさんとバトルしていたときプロイールには書いてないじじいだという情報投稿したインチキ2004さんでしょうが東京自由大学からたどって出てきた情報公表したいんでしょう。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10160429500

高野山真言宗から給料をもらっているなら周りにいるのが外道茶坊主ばかりだと油断して軽はずみなことを言うと始末書ぐらいではすまなくなる、扶養家族が増えたんでしょ、ハローワーク行列するか?おじいちゃんに泣きつくか?どうする「お父さん」?

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13162941948

プリントアウトして上司に提出しておきます

退職願の書き方をネットで調べておくほうが良い。

短い付き合いでしたね。

まさか、私の定年より先にあなた職場を去るとは!!

外道俗物のくせに別院内の俗事が解かってない。

あなたはいなかったか?(こういうところから個人特定できる)

主監のPCに私の「回答一覧」のページを登録させてもらった「どんな話を写経会や読経会で話しているか簡単に見れます、読んでいただければ幸いです」と伝えた。

そのとき主監から「全部読むことは無理だ、重要投稿をした時はプリントアウトして読ませてくれ」と言われた。

プリントアウトと言う言葉は主監から出てきた、プリントアウト業務命令、私に課せられた義務だ。


高野山東京別院に参詣すれば「寺の子外道」と「在家出身仏教徒」に会えます


可哀そうなのはの子でござい、親の因果が子に報い。

金持ち寺のバカ息子、金はあっても知恵がない。

高野山東京別院ご参詣の皆様にお願い、

金持ち寺のバカ息子に「エサを与えないでください」

怒りのデスロードや新作ゴーストバスターズへの反応は、アメリカミソジニスト日本ミソジニストでは反応するポイントが違うってことだと思う。

日本ミソジニストにとっては背の高いイケメンなんていうのは『俺ら』とは対極の存在であり、

ミソジニストの反感を買う側だから、そういう男をお馬鹿に描いてpgrしてくれたら喜ぶでしょって感じ。

『残念なイケメン』系の男disは、男の方こそ積極的に喜んでいるふしがあるから

2016-08-26

【先着20名】複数プレイサークル男性メンバー募集しています。【期間限定

どうも。じったと申します。



日本初の複数プレイサークルである3Pクラブプレジャー」で活動している現役メンバーです。

今年で38歳になるおっさんですが、この度、男性メンバー募集するサイトを開設したので、

そのことについて、ちょっとお話したいと思います



3Pクラブプレジャー本家サイト

http://3pcp.org/



1億総肉食化プロジェクト(開設したサイト

http://extraordinary.tokyo/



男性メンバー募集ページ

http://extraordinary.tokyo/lp/



そもそも「3Pクラブプレジャー」とは?


そもそもプレジャーは、唯一ヤフカテの「公式ページ」以外は、その存在を外部に告知していませんでした。



しかし、サークル開設より17年の時を経て、近年の男性メンバー人数不足が著しく、

サークルの基本理念である、「女性を喜ばせる」という目的を達成するのが困難になりつつあります



そこで、いよいよ外部に積極的男性メンバー募集をかけてみる必要性が出てきたのです。


なぜメンバーが、わざわざサイトを開設してまで男性メンバー募集するのか?


本家サイト管理人メンバー募集すると、どうしても「業者乙感」が出ちゃうので、

単なるメンバーである私がサイトを開設して男性メンバー募集することになりました。



実際、「複数プレイ団体関連」は、サークルとは名ばかりの「裏風俗である業者」がほとんどなのは認めますし、

危険、怪しい、怖い」といったイメージを、文章の力だけで払拭できるとは思っていませんし、しようとも思いません。



しかし、現役メンバーが直接、「体験談」、「経験談」や、「内部事情」を話すことで、

少しは信じてもらえる可能性が高まるかな?男性側にも多少は安心感を与えることができるかな説得力あるかな

かすかな期待もあるわけです


3Pクラブプレジャー」の誰にも分かってもらえない凄さとは?


サークルは、平均人数15人程度、実動数人程度の、弱小サークルに過ぎません。



しかし、ヤラせ女性サクラ女性といったものは一切ない、したがって当然ながら女性との金銭的なやり取りも一切ない(あったらヤバい・・・)、

日本で唯一と言ってもいいガチな「複数プレイサークル団体」です。(他にあるんですか?知っている人がいたら教えてください。)



にも関わらず、女性からの申し込みは、ひっきりなしで、途切れることはなく、

そのため、1年365日ほぼ毎日イベントが開催されています

まり男性には困れど、女性に関しては全く困っていない稀有サークルなのです。



男性メンバーが減るのも、メンバーにはサラリーマンが多いので、

結婚」や「家庭の事情」、「転勤」など止むを得ないケースがほとんどです。



もともとサークル主催であるTKの、そのストイック性格から、正直、脱落者が続出する時期もありましたが、

現在は、だいぶ緩やかになり、サークルクオリティを維持しつつも脱落者をなるべく出さない方向で運営されています



私を含めた既存メンバーが、上手にサポートしますので、安心して入会して欲しいと思っています

私の言葉「真実」なのか「嘘」なのかどうかは、実際に入会すれば分かりますので。



じった

時間寝たいフルタイム勤務子持ちBBAドロップアウトしたけど日本生きろ

増田は数か月前に中規模の入居介護施設転職した。施設毎に配置が義務医療資格で入ったが、今回体調を崩し、ドロップアウトした。子育ても自信がなくなった。

女の敵は、頭が戦前の『上のほうにいる』おじいちゃんたちと、大部分は、すでに今『成果を上げている』女性じゃないかな。。

近しい人にもなかなか言えない話題なので、書いて整理させてください。

増田スペックは30代後半、氷河期世代MARCH卒、その中では落ちこぼれ

夫はインフラ系勤務。増田医療資格を取って、介護系勤務。

4歳と3歳の子持ち。

参考までにその職場女性の働き方をあげます

職長である稼ぎたいAさんは、率先して残業冗談抜きに24時間おり(そして居るだけで重たい業務平民やらせ)、自分のせいで次々辞めていく派遣面接を毎月行って自分業務を増やしていた。

大義名分のもと人の心を折るのが3度のごはんより好きだった。

時間がない、忙しい、と言いながら、応接室(説教部屋と職員が本当に呼んでいた)に『やらかした』職員を連れ込んで業務時間の圧迫もお構いなしにつるし上げた。

増田も勤務の最後のほうは毎日彼女趣味に貢献した。

人に良く思われるのは大好きで、ご利用者様などに見えるところでは素敵に見えるようにふるまっていた。

ちなみにお客様がいるとき増田をつい怒鳴ってしまい、

『閉めておかないなんて丸聞こえじゃないの! 閉めておかないなんて気が利かない! 常識がほんとないんだから!』

と後でつるし上げられたこともあった。だが当時は本当に申し訳なくてひたすら謝っていた。

Bさんも楽しそうに日付をまたいで事務をし、自分だけの常識派遣新人職員のあら捜しをしてAにご注進した。

Aにさんざん怒らせておいてから派遣フォローするどころか喜々として

普通のことだもの。周りを見ていれば感じるでしょう? なのに○○ができないなんて、10代の子ならともかく、おばさんが何を言っているのか分からないわ。今までの仕事お里が知れるし、頑張るって言ってたのに嘘つきなのね、あなたが悪いとみんな思っているわ』

とかよく言っていた。

Cは支配欲旺盛で、とにかく自分のやり方以外は鼻で笑って異なるやり方を『できない、知らない、技術がない』とレッテルを張り、罵倒した。

常に他者ができないせいで自分仕事が圧迫されている、自分は大変な苦労をしてつらい、なのに世間は冷たい、というのが世界観で、人を引きずり落とすのが好きだった。

辞めてやる、他に面接を受けに行った、安定剤の世話になってる、と言いながら書類クオリティを上げるために終電まで残業し、自宅に中3の娘をほったらかしていたので、娘は進学せずフリーターになった。

自分で娘はだめだと言っていた。Cはよい資格を持っていたので良条件での転職可能だったはずだが、『辞めたら負け。くやしい』という理由で娘の人生を棒に振ったように私には見えた。

本社部長はそのうち二人と不倫していて、あまりそれを隠していなかった。

A、B、Cみんな女性で、シンママもしくは独身だ。年齢は4,50代だ。

自分たちは頑張っていて責任を持って働いていて素敵な輝いている女性だ、と3人はお互いでよく話していた。

面接では定時17時で残業はほぼなしのはずだったが、19時ごろ帰っても『早く上がる』『残業ほぼなしで帰れていいわねー』という雰囲気で、残業代は出ないうえに残業は増えてしまった。

こちらとしては面接で嘘をつかれてしまったのだが、多少正確でないにしろ給料を払っているんだから黙って働け、と本当にそういう文化だった。

また、介護職や事務職女性からすると医療系は年間80ほど賃金が高いため、

『この給料をもらっておいて、もっともっと働けるはずだ、申し訳ないという気持ちになるはずだ。定時の後にいろとは言わないができることはあるはずだ』と言われた。

増田からすると、同じ学歴からすると相当低いが、子育てのため残業のない職場を選んだつもりだったし、残業をつけられないので給料は前の職場よりむしろ下がっていた。

それに医療系の資格を取るのに3年学校に行くコストを払っている。そもそも、そういう考えでは誰の賃金も上がらないんじゃないか!? 今はそう考えられるが、当時はとにかく期待に応えられなくて申し訳なかった。だから施設内のチラシ作りなど積極的に引き受けてしまった。

夫は早く帰れるという条件で転職したはずなのにおかしい、とまっとうなことを言って怒ったが、こちらも追い詰められていたので、夫を折れさせて最初の三か月は曜日を決めて遅くまでいた。

だが寝るまでに会えない日があると子供不安定になったので、できる限り全曜日で早く帰ることに調整した。

そのぶん昼休み書類整理し、朝は30分早く出勤し、残りの業務に当てた。家にも仕事を持ち帰った。

だが、地獄冷遇が始まった。

ちょうど夫の転勤が決まったのでそれを機に退職を申し出たら、もはやいじめしか言いようのない毎日を過ごした。ある朝、保育園に行く前にだだをこねる下の子をなだめながらご飯を食べさせていたら、しんどいな、消えてしまいたいなーと思った。気が付いたら洗い物をしようとして手に取った包丁で手首を切っていたので、もうこれはだめだと思って、体調が悪い、もう行けませんと電話した。

増田クズだ、最低だ。ご利用者様に申し開きもできないことをした。増田は逃げた。最低だ。

増田介護系は天職だと思っていた。ご利用者様が好きだった。でももう関われる気がしない。こんなの母親として子供に言えない。胸を張れない。だが普通男性だったら? 嫌なことなんて聞き流して、仕事ができたんだろうか。生活のために。

話を戻す。平凡な子持ち女性が務めやす環境の話だ。

介護のように世界に先駆けることが求められていない職種ならば、ご利用者様の満足に直結しない部分のクオリティはそこそこでいいのではなかろうか。

長時間労働GDPが低いとか言ってるけど、ほんと無駄ないびり止めればすぐ欧米並みになるんじゃなかろうか?

見えないとこの足の引っ張り合いを止めればいい。

任せきってしまえばいい。

責任は本人に取らせればいい。

仕事を何回もやり直しさせて増やしたり、段取りをひっくり返すことを悪とすればいい。

役所監査がOKだったらお局が何回もやり直しさせる必要はない。

時間的に長くいる人が職場を牛耳るのを辞めればいい。しゃべる時間を減らせばいい。

ホーム施設イベントチラシを細かいとこまで何回も作り直すとか、別の人が出したものは一度でOKとか、書類本社の内監でOKが出てるのに別職種表現気に入らないからって夜10時まで何回も作り直しを自主的にさせるとか、馬鹿だと思う。

でも筆に起こしてみると、これは一般的女性社会進出の話かと思っていたけど、今回の職場ダークサイドだったってだけの話かもしれないね。。実際介護でも転職前の会社は不満なかった。残業が増えて保育園のお迎えが間に合わなかった以外は。。結局また間に合わないとこに行っちゃったわけだけど。。

でも、

仕事はいじめが当然含まれている。仕事仕事から続けて当然だ。辞める奴は多いが、当然辞めるほうが悪い』

という反応が多かったら、日本社会は考え直したほうがいいと思う。効率を阻害している。ぜったい仕事を教えてないし、仕事判断してない。好みで判断してる組織になってると思う。

でも、前の会社は前の会社で、女性子供が小さいとき専業主婦だったというパートさんも多かったから、『小さいのにずっと保育園なんてかわいそう!』攻撃はすごかった。増田も30そこそこだったし、そんなものかと思えたから、360度回転しながら各方面に謝り倒して、熱を出した子供の時は早く帰らせてもらっていた。でも価値観が違うだけで、うるさいはうるさかったけど、基本善意の人たちの心配だったから、内容はすごく参考になった。躾とか。

しかし、今回の職場は確かに仕事が好きな女性たちが多かったが、子供がいる女性が多かったが、家庭とのバランスがとれているかは、かなり疑問だった。

入居施設から24時間営業だし夜勤者もいるし、管理者は夜中のコールしょっちゅうだし、たしかに長時間勤務してしま環境は整っているけれど、それでいいと女性が思っていたら、親と同居や子供の大きい女性やと独身しかいられない。

増田は、子供を6時ごろ起こし、7時半に送る。

19時に保育園にお迎えし、21時半に寝かしている。

もう一時間本当は早く帰れれば、毎日の夕飯、お風呂、歯磨き、ひらがな算数勉強、寝かしつけの本読みに余裕が出るかなと思う。

増田は小さいこ野菜が嫌いだったけど、今の野菜はおいしいのか、根気よく出していたら、結構食べてくれるようになったし、増田は小さいこ公園とかあまり連れて行ってもらえなかったから、休日に毎度公園に連れて行ったら、友達と楽しそうに遊んでいるうちに、スムーズ自転車に乗れるようになったり、蝉取りしたりしている。

増田にとって一番は家庭だ。でも、どうして正社員仕事するかと言ったら、子供に私の面倒を負わせたくないからだ。増田母親だけになってしまったら、子供の将来に口出ししてしまいそうだ。それに教育にはお金がかかる。理系なら大学院が当たり前の時代だ。

増田ママ友は悩みを抱えている。

『こんなにちゃんと子供育ててたら、平日はそもそも作れない。休日子供相手でそんな気にならない』

2人目、3人目についてよく話題に出る。

増田の周りには古風な感性のお母さんが多く、子育てほとんど一人で抱え込んで、お父さんを週末泊りがけで遊びに行かせたりさせてあげている。

今回、増田は今まで頑張ってきた女性気持ちを逆なでするようなことを言ったかもしれない。育休復帰ののち、何年かで折れて子供シフトして離職するお母さんが多いのもむべなるかな。でも、もうこんなの無理だとみんな内心ではわかってると思う。

子供毎日規則正しい生活必要だ。

そして増田も7時間寝たい!!

時間寝るのはパートしか不可だとしたら、それは社会おかしい!!

でも、親が不規則でも、ちゃんと力を出せるよう育っている子供も多いのかもしれない。増田が、頭が固いとこもあるのかもしれない。ぜひ『うちこうだよ!』とか、『ここの本読むといいよ!』とか『ここの会社やってるよ!』とか教えてください。精一杯勉強します。

あと、頑張ってる女性、頑張りすぎてるからって、ヒス起こすの、やめようよ。。

(言ってやった! 言ってやった!)

責任を取る立場の人は、たとえ家に帰っても、長時間労働から逃れられない。

優秀な人が寝ないで働いてくださってる現場もあるから社会私たちが息をできていることももちろんあると思う。

増田頭が悪いけど、メンタルも弱いけど、主婦が6時間労働くらいでちゃんと働けて、家庭も大事にできるましな職場を今後作っていきたいと思う。

それを早く実現できるなら、寝なくてもいいような気がしてきた。でも、増田は笑って働くんだ。ぜったいに。

2016-08-25

えくすきゅーず、みー

現在の私は中学レベル英語力すらない。

そんな私が帰宅途中、自宅近所で明らかに道に迷っている外国人観光客の親子連れに遭遇してしまった。自分英語力の無さを憂い、声をかけずに素通り。自責の念かられる。コンビニAmazonから荷物を受け取った後もいたら声をかけると決めた。

コンビニ荷物ゲット、コンビニ出る、いたぁ!いたぞ……。声を掛けないと後悔するやつだ!これと、意を決した。「道に迷ってますか?」ど直球の日本語で聞いてやった。念のため、ホエアーと言ってみた。察しのいい息子さんが地図をみせてくれた。

わ!知ってるよこの店!頑張れ私と鼓舞ジェスチャー自分スマホGoogleマップを駆使し、行き方を説明。どうやら理解していただけた様子。息子さん片言でヒダリと言ってた。はぁよかったよかった!

あの細い道より大きい道の方が良かったかなぁとかあるのだけど、とりあえずはホッとした。自己満足的にも。

それにしても英語力を中学レベルまで改善させたい。迷ってる人は積極的に声を掛けて助けていきたい!

共感羞恥』という言葉共感する人が多すぎる話

もともと10パーセントという話で。「へ~10パーセントなんだ。でも自分それかもしれない」的な風にツイッターで広まっている印象。

しかしどうも見ていると、それに該当する人が多すぎる。10パーセントってこんなに見えるのか。

いや、あの表を見た人たちの反応は10パーセントを優に超えているのではないか

そもそもあの表だけ見ると1「映画ドラマ漫画をまともに見れない」2「ドッキリ番組が苦手な人はそれが理由」3「感受性が強すぎる。すぐ泣く人と同類

くらいしか読み取れない。

1は慣れて無いで片付きそうだし

2は可愛い程度のいじめ要素に過剰反応してるだけだし(事実自分もそれが嫌いで見ないが、許容はしている)

3はそのままだし

なのでグーグル先生に連絡してみた。検索ボックスを使って。

英語論文が出てきた。くじける。しかリンク先を見る。日本語だ。安心した。(きっとこの症状にも名前があるのだろう)

大学院の出したショートレポートだ。とりあえず欧米でこの研究が進んでいるけど、日本でその話が積極的研究されているわけではないらしい(その言葉を知らない人が多いわけだ)

しかし難しい。数式とか出てきた。どうも性差とかの問題女性の方が感じる機会が多いらしい。しか日本では女性羞恥を良しとする文化があるので、否定的にとらえる感覚は少ないとも。馬鹿にはなにが書いてあるかさっぱりだ。

しかしどうもこれを読むに、まだ「共感性」と「羞恥感情」の関連があるとは、しっかり確認されていないらしい。

実はこれ、その辺が曖昧なので「観察者羞恥」とも呼ばれているらしい。おお、なんかしっくりきた。

また別の話も読んでみた。

ここでは「日本犯罪抑制する道徳の中に、羞恥がある。羞恥を良しとする教育がある」とも出てきた。

なるほど……つまり欧米では羞恥」という認識日本とは違い、日本よりも浸透していない。だからこそその研究が進み、名前までできたのか。

するともしや、日本では当たり前に存在し、認識されている感情なのではないか?(例:日本しかない肩こりみたいな)



そして馬鹿は易しい言葉を求めて、togetterにたどり着いた。

『"恥をかくシーン"が苦手な人たち』

http://togetter.com/li/889708



テレビよりもツイッターですでに大きく話題になってたのか。テレビツイッターの後追いになってるのかは分からない。

自分が読んだショートレポートも挙げられていた。

ここでまとめられている話の結論としては「よくある話」だ。

なので最初に戻る。果たして本当に10パーセントなのか?

共感羞恥ある!と言っているフォロワー(多かった)は、自分の目からすると平々凡々の少し自己主張が激しい人に感じた。

良くも悪くもだ。好きだからフォローしているのは大前提。でも良くも悪くも、こういうネタに乗っかりやすい人たちのようにも思う。

今回この「共感羞恥」が共感できる!と広まった背景は「10%」がキーワードだと思う。



人間感情を、国籍も分からない500人の男女(年齢差は10から80代までとある)の意見だけで一纏めにすることは、とても乱暴ではないか

10代と団塊の世代なんか、お互いほぼ宇宙人と話しているのと同じだろう。育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めない。夏がだめだったりセロリが好きだったりするのね。

多分この感情羞恥を良しとする世代と良しとしない世代、そして自己愛が過剰(研究論文の中にいつも一緒に自意識の話が出てきた)、大きな羞恥経験をした、または羞恥を飲み込めない経験が浅い若者に多く見られる(もしくは前述した漫画映画普段まり見ないので慣れていない)症状。もしかすると当たり前の感情なのではないか

アンケート世代を変えてみたら…1020代に限ってみたら、10%どころの話では無いのだと思う。

個人結論としては「研究者は当たり前のものに直ぐ定義名前をつける」。



もし日本でも一応研究されているが、結局のところ病名でもなんでもない「共感羞恥」がありふれた話だとしたら、なぜこんな風に広まったのか。

自分が少数者に行くことに優越感を感じることは、少なからずあることだと思う。この場合10%が少数だろう。

あとは、言わせないでくれ。



さてこれを書いた人は、共感羞恥共感するのか?

答えは「物による」。超面白い映画ドラマ漫画なら、羞恥シーンでも見ちゃうよね。しかあんまつまらないと、目も当てられないよね。

そういう程度なんじゃないの?と思う一方で、もしかたらこれに凄い悩みを抱いている人も居るのかもしれない。

そういう観点では、興味深い研究ですね。存在自体否定したいわけじゃ無いよ。



参考文献:SMAPセロリ

2016-08-23

続【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

前回のまとめと補足

前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。

その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テスト記述試験大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法採用を後押ししてしまっているという点にある。

いくつかのコメント飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。

しかし、その一方で、私は文科省国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解バイアス資質問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。

これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。

今回批判したいこと

今回私が批判したいのは、8月19日朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である

前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。

はじめに結論をかけば、

氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。

私が特に重要視している記事記述は次の2つの記述に集約されている。

この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。

記述問題形式

氏岡氏の8.19付解説記事最初記述について考えたい。

私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述問題において何を問うかという点に関する検討理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである

特に、「文章理解説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者可能になったと断定している点である

国公立大学二次試験国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章記述の内容把握や根拠説明要求するものになっている。

一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学2016年度だと例えば滋賀県立大静岡大首都大学東京島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。

では、新共通テスト記述問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。

高大接続システム改革会議の最終報告には、

国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報多角的視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)

とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句一見氏岡氏の記述合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分言葉説明することを指していると通常は解釈するように思う。

実際、

大学入学希望学力評価テスト仮称)」の記述問題については、現在国立大学二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力評価と採点等テスト実施に当たっての課題解決の両立を目指す。(p.56)

と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。

まり「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。

仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、

自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。

では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。

解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価観点を踏まえつつ、各大学学部)はアドミッションポリシーに基づき独自の採点基準採用することができ、各大学学部)の主体性が発揮できる。

ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。

というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものからだ。

全国共通試験への記述式・論述問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力評価するための大改革であり、適切にその能力評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧あり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。

これは、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテスト場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。

また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テスト問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいか記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである

また氏岡氏は自身ツイッターで次のように述べている。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。

しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。

読売新聞8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。

国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテスト1月中旬実施しても、大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。

これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。

「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。

上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?

また国公立二次試験を見ても、単独で200~300字の記述要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である

もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。

今回のまとめ

まり考えられることはいろいろある。

といったことだ。

 しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告から乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。


 実は、国立大学協会論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。

そもそも、記述式・論述問題評価すべき能力いか構造化できるかは、根源的な課題である評価すべき能力構造化があって初めて、各大学学部)はアドミッションポリシーの中に、記述式・論述問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識ノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力構造化に向けた記述式・論述問題設計理論構築、体系化が喫緊課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学個別試験における記述式・論述問題に関する実績を調査分析することなど、この課題積極的に取り組んでいきたい。

これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述問題形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。

2016-08-22

シン・ゴジラ後乗り感想

あんまりにも絶賛以外の初期批評ボコボコにされるのを見て恐れをなし増田に投下する所存

ネタバレあります


矢口描写

現実派の赤坂理想家の矢口という対立描写がされていたが、矢口が非常にできる人オーラを出しているのであまり対比が感じられない。

冒頭で矢口が巨大生物云々という空気の読めない発言をするが、観客からすれば「真実」を指摘しているわけで、この時点での矢口の未熟さを感じる人はあまりいないと思われる。

赤坂が「空気を乱すな」とたしなめるが、この時点で赤坂矢口感情移入する観客からすれば嫌な人でしかない。

その後も矢口は周囲のフォローを受けながら巨災対を回していくわけだが、失敗描写殆どないのでやはり矢口は有能に見えてしまう(よく見ると矢口1人では全く回ってないのだけれど)

よりわかりやすく示しても良いと思った。決定的な失敗をするとか、巨災対に陰口言われるけど成長して信頼されるとか。

はいえ、現状の構成にも利点はある。矢口感情移入すれば(そしてそれは容易であるヒーローとして楽しめるし、深読みすれば矢口成長物語としても楽しめるので。

実際この2人と、矢口-松尾コンビのやり取りは楽しく見ることができた。


■カヨコ

さんざん言われているけれど、やはり浮いている。怪獣映画であるとしても浮いている。たまにゴジラが一番リアリティないだとか、ヤシオリに向けたリアリティラインの降下要因だとか言われるが納得できない。

対人物と比較したときにカヨコが浮いているのは紛れもない事実である

人とゴジラ対話してチームでも組むならカヨコの存在違和感いかもしれないが、そんな荒唐無稽なことは起こらない。

ゴジラリアリティがないからカヨコにリアリティがなくても良いという主張は、実質映画の全てを免罪し映画自体評価を下げてしまうのであまりよろしくないと思う。

カヨコがいたかリアリティが感じられなくなりヤシオリを素直に楽しめたか?NO。

あのテンプレアメリカンキャラ付けルー語は勘弁して欲しかった。

個人的には老獪な紳士とかだと良いなぁと思います萌えるので。


ゴジラの生態

これはこの映画最大の魅力ではなかろうか?

前段で書いたこと、これから後段で書くことはあくま映画をそれっぽくするためのオマケ。

ゴジラの設定は最高だった。あのぶるぶるするちょっと残念なサンショウウオが画面に現れたときですら大興奮だった。その後のそれっぽい科学説明科学的に正しいかは問わない)もそれに拍車をかける

絶望感を盛り上げるWho will know (24_bigslow)/悲劇(熱線の時のBGM)もいいが、 Persecution of the masses (1172)/上陸も不気味さと不安感を煽る絶妙音楽だと思う。

日本武力の総力を投入しても基本的にはただ平然と前進し続けるゴジラ。お決まりの「やったか!?」。この古典的台詞ですら場面を盛り上げる。

そして熱線。かっこいいの一言に尽きる。まずガスをはき出してそれに引火し、炎が収束していくあの描写オタク心を存分にくすぐってくれた。ギャレス・エドワーズの熱線描写で大興奮していた自分にとって、あのシーンだけでもこの映画価値がある。

ガメラ2ラストのような火の海の中で暴れ続けるゴジラを遠くから描いたカットも最高。そして全てが終わった後、エネルギー切れのロボットのように眠りにつくゴジラ。1連の流れは”美しい”の一言に尽きる。この場面だからこそWho will knowも生きる。いきなりIf I died~で始まる歌詞無駄示唆的でよい。

その後東京にたたずむゴジラを見たときは少々ギャグっぽいなと思ったが、熱線を掃き終え眠りにつく描写のかっこよさはそれを上回る。

熱線描写までは積極的破壊をしないところも評価したい。サンショウゴジラはただ進んでいるだけだが、それだけで甚大な被害をもたらすという絶望感は心地よかった。それは見慣れたゴジラの姿になっても変わらない。

従来策のように、なんでビルに戦いを挑むのかと思わせられる部分はなかった。


■前半と後半の乖離

前半部分の完成度の高さに比べて、映画後半はどうしても見劣りする。

ゴジラという強大な存在感に支えられていた映画が、外国という相手しかも顔も言葉も見えない!)にその対象を変えたことで一気に魅力が薄れてしまった。

この映画に出てくる外国人は、漫画テンプレか、顔の見えないよくわからない相手である。正しく世相を反映しているのかもしれないが、ずいぶんと内向的な描き方だと感じる。

さて、後半魅力が薄れた理由は核攻撃とそれに対する主人公達の反応に説得力がなかったからだと思う。露悪的な見方かもしれないが、突然嫌悪感を前面に押し出す主人公達の反応があまりにも唐突に感じられる。

攻撃有効性は巨災対の中でも認められている。勿論自分絶対にノーだが、この映画は前半で日本にとって東京いかに大切かを延々としゃべらせているので、地方在住の自分としては「地方だったらここまで抵抗するか?」と穿った見方をしてしまう。

理想化の矢口の反応はわかるが、ここで赤坂感情的になるのも解せない。日本人皆の共通認識と言えばそれまでだが、もっと説得力のある反対理由が欲しかった。ぶっちゃけ核がゴジラにきかないのでは...?という手応えが欲しかった。

既に東京ゴジラにより破壊汚染されているわけだし。

ヤシオリ作戦カタルシスに欠ける。絵のシュールさも勿論、電車爆弾程度でゴジラが転ぶのか?と思ってしまう。脚本の都合上仕方ないかと思うが、観客に仕方ないと思わせている時点で失敗といえる。

地面を爆破してバランスを崩すとか、そういう描写の方が説得力があったかもしれない。

口に散水車で液体を流し込む絵もあまりにもシュール。ヤシオリというかヤケクソ。

前半は素晴らしく没入感のある映画だっただけに、後半冷めてしまったのは本当に残念。とはいえ前半があったが故に後半もまあ許せるかぐらいの気分にはなれるし、この映画を良作たらしめている。


政治云々

初代ゴジラには議会ゴジラ情報を統制したい与党っぽいおじさんと、事実公表しろと迫るおばさんのやり取りがあったりする。

一方シンゴジラでは政治描写殆どない。基本的には現内閣とその下部の各省庁から集められたチームが職務をこなす様であって、あれは行政と呼ぶべきだろう。

ゴジラが海に帰った後、国会でのやり取りがあっても良かったかも知れない。それこそ初代のようなやり取りを。民主主義云々言うのなら国会野党を欠くのは片手落ちである

科学者へ無邪気な信頼を置いているのも気に掛かる。今作はわかりやすいほどに震災モチーフと言われているが、であればあのとき科学がどういう状況だったかを考えるとこの映画は無邪気すぎる。

あのとき間違えたものも正解したものもいた。にも関わらず今作の巨災対の科学への絶対的信頼は怖い。

彼ら・彼女らは行政人間ではあるが同時に科学知識を持つ専門家としても描かれている。そのギーク達が超人のごとき活躍。本当に福島を扱いたいならあまりに呑気ではないか

これは穿った見方をすればギークが有能な指導者に見いだされ日本を救う物語とも取れる。この設定は映画の魅力を損ねるわけではないが、高める訳ではない。

また日米の主役である矢口とカヨコは両者とも世襲政治家で若くして高い地位についている。きっと矢口支持率も高いのだろう。親の七光りも存分に使っている。

これが皮肉なのかどうなのかはわからないが、その上矢口は(危機はいえ)小休止時にシャワーもせずに働きづめで有り、皆もそうであることを賞賛する。

庵野が描いた主人公がこのような仕事人間なのは興味深い。


総評

良作。見て損だと思う事は絶対にない。見た人を必ず楽しませてくれるはず。

一方で気になる欠点存在し、その欠点を吹き飛ばすには後半の尻すぼみもあり傑作とまでは言えないと思う。

はてなー田舎を憎む「シン」理由(完全最終決定版)

今まで増田でこういう事象考察が数多く行われてきた、田舎ヤンキーに恨みがあるとか、娯楽がないからだとか、同調圧力が嫌だとか

それも少なくはないかもしれないが真の理由は別のところにある

本当の理由イケダハヤトのせいだ

あいつが高知age東京に後ろ足で砂かけたのが全ての元凶だ

もし彼がブログ趣旨を全く逆で書いてたらはてなには田舎擁護東京disがかなりの割合で言われてただろうと俺は思ってる

はてなは確かにそれ以前も田舎否定的論調はあったがそれはあくまで「東京age」の方向で発露していたように思う

相対的地方を下げることはあっても積極的田舎を悪く言うことは少なかった

だがイケダハヤト高知移住してから彼らの田舎への感情は憎しみに変わったのだ

まり彼らは田舎に対しイケダハヤト代理として憎悪をぶつけているにすぎない

ヤンキー云々同調圧力云々はその過程で改めて発見というか再確認された事象しかない

まり「都会vs田舎論争」は皮肉にも「はてな村」と揶揄される一種の「田舎根性持ち同士(イケハヤ!てめーも含むんだぞ!)」の代理戦争に過ぎない

それを見誤って義憤燃える、またはマジレス田舎叩きを全力でしてしま新参ユーザー諸君は頭に叩き込んでおいてほしい

ここはネット田舎はてな村なのだから

2016-08-21

ゲームおもしれええええ!!!

最近9年ぶりくらいに積極的ゲームやりはじめたけどおもしれえええ!!!

steamってなんだよ!!すげええ!!!

バーチャルコンソールとかPSストアとかなんだよすげえええええ!!!

いろんなゲームがいつでも買える!!!

名前だけ聞いたことある有名なやつとかいっぱいある!!!やりてえええ!!!!すげええ!!!

国立国会図書館にいつでもアクセス出来る気分!!有料だけど!!!

しかしこれは元々あんまりゲームをやってこなかった人間から驚いているだけかもしれない。

俺の周りの人間に訪ねてもsteamとかバーチャルコンソールとか知ってる人あんまりいなかったしゲームやってる人も少なかった。

けど、ゲームおもしれえええ!!

近年趣味もなくぼーっとネットを見て過ごしてきたからかもしれんけど、ゲーム新鮮でおもしれえええ!!!

やりたいことが多くて時間が足りねえええええ!!!!働かずに暮らしていきてええええ!!!

vim-jp人間関係トラブルについて

先に書きますけど誰かの名前は出しませんよ

お互い話し合って仲直りしてくれるのが一番いいんですよね

まあ話し合いの仕方によってはvim-jpサポートしてくれなくなる可能性もあります

そうなると自力でpatch書いたり英語コミュニケーション取れないようなサポートを要するVimmerには痛いですよ

vim-jp初心者積極的サポートしてpatch作成に取り組んでいる1人としてそこは認めてあげてください

勿論あなた評価されるべき活動をしています

天秤にかけているわけではないのでそこは勘違いしないでください

トラブル解消から逃避してても何も修復しません

相手人間あなた人間、話し合えば必ず良い方向に向きます

何事も喧嘩腰では話が進みませんから冷静に話をしてください

理由を付けて自分正当化するのは簡単ですがもう少し勇気を持って話し合いをしてください

人間関係自分が動かないと改善しません

この件が解決したら今よりもvim-jpがよくなるでしょう

Vimを愛する気持ちお互い様です

vim-jpが1つの輪に戻れる未来をお待ちしてます

価値ものを「テーマ」とは言わない

少しだけ真面目に言うならテーマというのは「主題」なわけ。「主」って言葉意味はわかるよね。中心であり核心であり、即ち価値なわけ。価値があるから「主」というので、なければ単なる一部分にすぎないの。そんなものを「テーマ」とは言わないですよ。

からテーマを論じたらそれはマウンティングなっちゃうわけ。少なくとも優勝劣敗が存在するわけ。そんで「作品に込められたテーマを探す競争」が人々の中二心をくすぐったりもしたし、作者すらそれに乗って崇高で深遠な「テーマ」を探す競争とかしてたわけ。でもあなたが言うとおり「テーマが主なら、作品は従か?」って疑問が当然出てくるわけ。「いやいやテーマ作品は不可分一体だよ」とか言ってごまかしてもダメなわけ。たかだか数行にまとめた「テーマ」が主なら、二時間映像はいらなくて、最初からテーマだけでいいでしょって話になる。おかしいよね。なんでそんなことになったのか?



そもそもむかしむかし「作り手・受け手」の関係において「受け手」は弱者だったわけ。「作り手」は神の代弁者司祭シャーマンまり天才」。受け手はただの虫けらで、神の子の手で一喜一憂し転がされ泣かされ笑わされ搾り取られるだけの存在だったわけ。でも「批評」という行為によって革命が起きたのが近代という時代だったの。書き手さえ気付かぬ作品のシンの価値発見確立する創造行為としての批評、それが近代的なあるべき作品受容の姿となり、そこで発明された批評家武器がすなわち「テーマ」なわけ。「この作品のシンのテーマは…」とかしたり顔で語る連中は、、ことごとくこの時代に生まれた連中のしっぽなわけ。

それに対して、受け手100%権力を握るべしとした20世紀過激主義者エンタメ派なわけ。どんな作品であろーが、オレたちが楽しめればいーじゃんていう。オレたちが楽しんだ事実けが重要なのであって、作品テーマとかそんなもんあってもクソ、みたいな考えは、一方で作品の質みたいなものを果てしなく劣化させてく危険思想でもあったのだけど。まあそんなことは昨今のアニメを見てる連中ならうすうす気付いていることだとは思うけど。萌え豚だって自分らが萌え狂ってる作品が、50年後100年後まで人類熱狂させるHOTコンテンツだなんて欠片も思っちゃいないでしょ? まあでも、「批評主義テーマ主義」ってしょせんはインテリ玩具であって新しい階級主義だったわけ。それより、萌え豚の方が「ぶひー」言ってればいいか楽しい多数派なわけ。急進派は多数派に敗北するのが歴史必然なわけ。んなわけで、萌え豚が「テーマ=悪。エンタメ至上」という旗印の下に批評家オタク駆逐していったわけ。



そんなわけで、この件についてはどちらが正しいってことも別にないわけ。「それぞれの時代における流行りの作品受容の在り方」でしかないわけ。いずれもその時代なりの必然があって生まれスタイルなわけ。



それより、そういうエンタメ派全盛な脈絡の中であえて「いかにもテーマ的に論じられそうなコンテンツ」をぶっこんで来た所が庵野のタチ悪さだったわけ。つまりテーマを論じる批評という行為自体を巧妙にエンタメ化したわけ。わかりやすく言えば萌え豚という民衆の手にテーマ論という権力解放したということで、これはまさしくアナーキズム可能性の中心なわけ。これがゼロ年代オタク概念の飽和を生んだ庵野革命だったわけ。そして今回は、ゴジラ震災政治、なんつーメジャーコンテンツを使って(政治ももはや萌え豚の旗の下に果てしない劣化を始めていたというタイミングもあって)

一般人までまんまとそれに狂わされてるわけ。そこが庵野の手腕ですげーとこなわけ。だから増田増田やお前増田や俺増田がこうやってネットであーだこーだいうところまでひっくるめて、全部庵野計算したとおりのエンターテイメントなわけで、つまり「やっぱり『シン・ゴジラ』すごいわ」というのがとりあえずの結論なわけ。



というわけで、これがライト左翼の語る「シン・ゴジラ」論なわけ。

http://anond.hatelabo.jp/20160816124615


(追記)ブクマに回答

id:tick2tack 批評オタクが「駆逐」されたのはなんでなのかな?エンタメ派が増えようが批評を続けることに問題はないように思える。単に注目・承認欲求が得にくくなったためとか?

承認欲求と言えばそうですね。すごそうな「批評」に感心してくれる人が減ったら批評やりがいがない。エンタメ派によって「今時『テーマ』とかムキになって論じちゃう批評ってイケてない」というイメージが広まりましたしね。あと、積極的駆逐しなくても、エンタメ楽しい、と一動作に対して批評=考える+論じるの二動作後者は前者にどうあがいても敵わぬ理屈ッ(成る程っ!)、みたいな。「楽で楽しい」方向に流れるのは時代歴史必然でもあるように思います

20歳以上年が離れているのに若い女子と対等になれると思ってるオッサ

女子大生だったころ、金銭とか高価なプレゼントが介入するようなオッサンとの関係があった。

妻子がいる冴えないオッサンでも、若い女を買えるなんてお金があることは最強だなーなんてそのときは思っていた。

社会人も2年目を迎えた24歳の今、若さがもたらす恩恵積極的に得るようなことはもうしなくなったが、

先日、45歳近くのおっさんガンガン口説かれた。お金があるわけでもカッコイイわけでもないオッサンに正直ときめきなんてないんだが、全身から溢れる謎の自信に驚いた。娘でもおかしくない年齢の女を口説いてベッドに持ち込めると本当に思っているのかと。

そのオッサンは、自分が拒絶されることなんて一切考えていないような顔で直球に口説いてくる。もう失敗や拒否されることに恐怖がないからこそできる芸当だなあ、と思った。

若いことがいかに素晴らしいかを説かれ、24歳の私が忘れかけていた若さによる全能感を少し思い出しましたし、ここまで若さ肯定されると30代の女より絶対的価値があるんだと微かな優越感に浸ることもできた。

相手はオッサンから若い男の目による女としての評価に怯えることもなくちょっとヤッてもいいかもななんて思ってしまった。

自己評価が低い女の子はオッサンに食われがちと聞いたことがあるけど、その理由がなんとなくわかった気がする。

2016-08-19

はてな貧困ネタには向かない場所

はてサは全員高収入なので当事者意識を持ちにくく、さらはてサに嫌われるネトウヨ貧困層低学歴)が多いせいであまり積極的貧困問題解決しようというモチベーションが生まれにくい

では貧困当事者にコア層が重なるネトウヨはといえば自分立場を忘れて貧困者叩きに走る始末

はてサでもネトウヨでもない自称中立(笑)には発言資格無し

というわけで貧困ネタ議論するには向かない場所

http://anond.hatelabo.jp/20160819160721

どうやろ。

ワイも別にディズニーとか嫌いやないんだけど、ジャングル・ブックはおそらくアナ雪なんかと同じく古式ゆかりディズニーミュージカルアニメ一種だと思うんやが、ミュージカル成分足りひんように思ったんやよね。

モーグリあんま歌わんし、ミュージカルな感じのは

バルーと水遊びしながら歌う

・巨大な猿が自らの身上を歌う

・狼たちが虎やっつける時に歌う

位で、ドラマの方が中心にあった。

でも、肝心のドラマっていうのが

・虎が以前モーグリのパパにお目目をやられた

・その復讐をするためにモーグリ地元を占拠した

だけで、割と話になってない。モーグリが戻るまでの間、いろんな冒険があるだけ。

もっとこう、なんていうか野生児なりのキビシー話とかできんのかねえと思い。

猿に「おめー人間じゃんお前の仲間に俺ら殺されたんだぜ死んぢゃえよ」見たいな事言われるとか、もっと積極的野生動物から拒否られても良かったんじゃないかとかさあ。幼児向けカスタムにするなら楽しい音楽で埋めて欲しかった。

ヘビとか完全に蛇足やん。

http://anond.hatelabo.jp/20160819051018

女は受け身であるべきという社会通念を内面化している人が多いから、常識を超えないレベル積極的口説けばいずれオチますわ。

ときどきアホが常識を超えた口説き方してストーカー性犯罪者烙印を押されますけどね

2016-08-18

はてブのやつの答え


架電」がいまいち納得いかない。 http://www.weblio.jp/content/%E6%9E%B6%E9%9B%BB

電話(線)を架ける」に由来する業界用語が、一般的に広まったものとされる。

http://anond.hatelabo.jp/20160818185517

ジャニーズを辞めたらジャニーズバックアップが無くなるだけじゃなくて積極的妨害されるって話だろ

動画サイトで見かける外資動画広告アフレコ

ここ最近動画サイトでの動画広告が百花繚乱で、当たり前のように増えてきた。

伝統的なチャネルと違い安価なので、新興企業外資などが積極的活用しているのは、面白いなとは思うのだが…。

外資CMは大抵、母国語英語版CMがあり、それを日本語翻訳したスクリプトがある。

ここまではいいのだが、なぜかアフレコが、音声ソフト日本語をしゃべる外国人がアテている事が多くて、複雑な気持ちになる。(なぜなら日本語イントネーションアクセント違和感を感じるレベルおかしいので)

しかプロじゃないにしても安価アフレコをするのは、簡単なご時世に(ましてや海外からなおさら簡単なはず)なぜ、画竜点睛を欠くのか理解が出来ない。

スクリプト翻訳まで一生懸命金使って、なぜ最後の音声で手を抜いて全てを台無しにしているのだろうか。

ちなみに違和感を感じるのは某ホテル予約サイトの一部の動画と、某国観光局動画最近見たものではそうだった。

さすがにFMCGではそういう手抜きをしていないのはさすがということろか。

2016-08-17

とあるブログで「嫌われる勇気」についての感想を読んだ。嫌われる勇気」は「嫌われても気にするな」という話とはかなり違うのだが記事を書いた人はどうやら理解していないように見えた。「嫌う人たちはどうしても出てくるのだから気にしない」「僕たちは嫌われたって問題ない」「むしろ積極的に嫌われよう」と主張していた。いやいやいや……何を言ってるの。他にも「嫌われる勇気」は承認欲求実質的否定しているのだが、その人はブログでさんざん承認欲求重要性を時、それを肯定する話をしている。

そして、それに対してお仲間たちが「そうだそうだ」とブクマして盛り上がっている光景。なんだこれは……。沢山の人が集まって「嫌われる勇気」の話をしているのにその誰も「嫌われる勇気」をちゃんと読んでいないどころか、間違った形で理解し、間違った「嫌われる勇気」のイメージを共有し流布しようとしているようにみえて、私はちょっと嫌だなあと感じた。

Fラン廃止すると内定率が上がるらしい

理屈はわかんないんだけど、

Fラン(?)に行くはずだった高卒の子

企業積極的に採ってハッピーになるんだって

そこで内定でなくても、手に職ってゆーの?

職業訓練校に行けばいいんだって

今の職業訓練校の正社員就職率は伏せられてて3割とも言われてるけど。

でも、Fラン行けなくて就職できなくても職業訓練校に行けば、

みんな内定もらえて貧困もなくなるんだって

家庭における支出入に対するあつかいを考える

http://anond.hatelabo.jp/20160816143155

個人的に似たような考えをしていたので共感できる部分がかなりある

というわけで筆者の経験からいろいろ思う部分もあったので家庭内お金に関してどう思ってしまうのか子供目線で語ろう。


元増田がそうだったように「子供のころ、うちにはお金がない」という発言は何度か聞いたことがある。

その為か、たまに外食に行くと安いメニュをー選びがちだったり、積極的に親に物をせびるということがない子供時代だった。

親にしばしば「お金がない」といわれて育ってしまえば子供としてはそう思わざるを得ないだろう。

幼少期の経験人格形成に大きな影響を与えるし文句を言いたくなる気持ちもわかる。

しかしながらあんまりそればっかり言っても建設的ではないのでせめて、親がどうすればよかったのか自分経験に基づいて提言してみよう。


といってもどうするべきかは別にたいしたことではない。

「親は子供家庭内における支出をある程度共有すべきである

この1点につきる。


筆者も子供の時に疑問に思って思い切って年収を聞いたことがある。

しかし、結果ははっきり言われずに濁されてしまったという記憶がある。

その結果私は家庭内におけるお金流通に関して全くわからなくなってしまった。

そうすると、今親はどの程度稼いでいて、自分自身にどのくらいお金がかかっているのかまったくわからなくなる。

他にもクラスメートと比べて裕福なのか貧乏なのか全くわからなくなるという弊害が出る。

これはきわめて危険なことである


ブコメでも出ているがもっと貧乏友達がいるのに自分貧乏であると発現してしまう失敗をしてしまったりする可能性が出てくる。もちろんその逆もあり得る。

ブコメでは兄に怒られたとあるが、これは兄がたまたま察しがよかっただけであり、誰でも失敗する可能性は十分ある。

また、この例ではたまたま兄は察することができたが厳密に言えばこのお兄さんですら正確な家計支出入は把握していないはずである

他にもおもちゃゲームが欲しいなんていう娯楽どころか勉強道具すらねだるのに躊躇するようになる。

下手すると親が中産階級なのに「自分貧乏である」という自意識から向上心すら奪いかねない。


もちろん親も人間であるので子供に正直に年収を教えることに躊躇することもあるだろう。

友達給料が高くてコンプレックスから言いたくなかったり、あるいはおもちゃを欲しがりすぎる子供に育てたくないからという思いもあるかもしれない。

飲み代を子供に教えてつつかれるのも嫌だろう。

しかし、それを差し引いてもデメリットが多すぎる。

子供の正常な金銭感覚破壊しかねない。


ブコメで以下のような発言があった。

「うちにはお金がない(貸借対照表損益計算書とキャッシュフロー計算書を見せながら)」

ここまでするべきとは言わないが一月の収入額とおおざっぱな支出は共有すべきだと思う。

中学校くらいまでは隠してもいいし、言いたくないところはぼかしてもいい。

しかし、高校以降のどこかで一度でいいので支出入は共有すべきである


以上、子供時代にあまりにねだらないので逆に怒られた一経験から提言である

コミケ薄い本って電子化しないの?

DL販売しろって話ではなくて、あくまコミケ会場における頒布方式の話ね。

なんで紙媒体にこだわっているのだろう?

現地での同好の士どうしの触れ合いの場という意義を守るにしても

重くて数量が限られる紙の本オンリーである必然性はないよね?

 

例えば、QRコード印刷された紙片をブースで100円とかで売る。

「これをスキャンすればデータを落とせます。よかったら感想コメもください☆」

とかでよくない?

QRコードの内容は、本データが格納されたクラウドアクセスする認証スクリプトに、

GETユニークシリアルコードが予め入力されるようなURI

別にNFCとかで送ってもいいけど。

もちろん従来どおりの紙の本500円とかと併売してもいいし、

紙の本が完売したらコード販売に切り替えていける。

実体物でしかありえないグッズの類ならともかく、

同人誌ならこれで救われる人もいると思うんだよね。

コミケット準備会が、シリアルコード生成アプリと、

コード認証機能提供するWeb APIだかウィジェットみたいなのを

出してくれたらスムーズだけど、そこらへんも同人開発者の力でいけそうでしょ。

データ置き場も自分サイトじゃなく、準備会指定するクラウドにしちゃえば楽。

 

データで買ったが紙の本も読みたいって人に関しては、

シリアルコードオンデマンド印刷業者に渡すと、

業者印刷データDLできて、製本されたのが届く、みたいな

オプションサービスをどっかの業者が始めればいいだけじゃない?

1冊単位での印刷所利用が広がっていけば、

サークル参加者にとっても、見本誌や試し読み用のを

最小限刷るだけって選択肢可能になる。

まあ印刷単価は高くなるけど、トータルの負担は減るでしょ。

これで身銭を切って印刷課金した上に在庫リスク不安を抱えなくても、

アプリからQRコードを多目に自宅のプリンタ印刷しとけばすむ。

 

ついでに見本誌もデータで納められるようになれば、

完全にデータだけ用意すればよくなる。

 

紙の本を否定するわけじゃないし、趣を考えると共存する方がいいけど、

積極的電子化を取り入れたら、作る側にとっても読む側にとっても、

より便利で、よりフェアで、より可能性が広がると思うんだよね。