「環境」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 環境とは

2016-09-25

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「言うは易く行うは難し」といわれますが、普遍的な例はありますか。

今すぐに思いついたのだと、二つあるかな

一つは、義務でも何でもない、「誰でも出来る簡単なことを『継続する』」こと。

継続は力なり」なんていう一見すると何てことな言葉格言足りえるのは、それが一般的に大変なことだからだ。

例えば、君がこの匿名ダイアリーで内容は何でもいいか日記投稿する。

これを気が向いた時々でいいのならばともかく、ほぼ毎日となると大分ツライだろう。

簡単であることと退屈であることは紙一重だからな。

そういうものは仮に最初は楽しめても、やり続ければ飽きやすい。

義務でもない、自分がやろうと思えばいつでもやれるということは、自分次第でいつでもやめられることだしな。

誰でも出来ることが、誰でもやり続けられるものとは限らないということだ。

だって一年以上このカテゴリ継続させていて、それなりに楽しんではいものの、それと同時にいつやめてもおかしくないと思っているからな。




Q.もう一つはなんですか。

えー、そうだなあ……。

もう一つは義務でも何でもない、「誰でもできる簡単なことを『我慢する』」ことだ。

まあ、「我慢する」とまではいかなくても、「関心を向けないようにする」だとか、「エネルギーを割かないにようにする」だとかでも構わないが。

例えば私だと、「シン・ゴジラ」だとか流行真っ只中の時期に、そのテーマで一切語らなかったことかな。

センセーショナルテーマというものは、「何かを語りたくなる衝動に駆られる」ものだろう?

知識教養がなくても、千差万別の人々が衝動に駆られて色々と語るから自分もその熱に煽られる。

現に、観に行ってすらいないのに、「シン・ゴジラ」を語る人が多く出没することからも、影響力の高さが窺えるね。

周りを見渡しても「シン・ゴジラ」のテーマを扱ったエントリが目に付いていた。

そんな環境下で茶々の一つも入れない、ふざけてネタにすらしないって、とても困難なことだろう。

そういう状態で語っても、まあそれなりの内容は書けるだろうけれど、衝動的なものからね。

頭は回っていて、理路整然とした文章だとしても、それは普段状態で書いたものとは性質が違うわけだ。

それはそれで、或いはそちらの方が面白い内容になる可能性もあるかもしれないが。

だが、そうやって動機自覚がないまま書くということは、それは自分が好きで書いた文章ではなくなる可能性を持つということだ。

自由意志のもと書いた筈のものが、自分が書きたい文章ではなくなるってのは私からすれば不本意なのでね(もちろん、これは私の言動に後から付け足した理由だが)。

おっと、客観的にみた是非だとか、そういうことは君が考えればいい。

いずれにしろ、「誰でも出来る簡単なことを『継続する』」、「誰でもできる簡単なことを『我慢する』」、これらは間違いなく「言うは易く行うは難し」だろう。

もし両立できる人間がいるとすれば、すさまじい精神力といえよう。

もちろん出来たからいって、その事柄自体が誇れることかどうかなんてこと私は知らんよ。

……そういえば、これもテーマを取り扱ったうちに入るんだろうか。

映画聲の形』は商業的なマイナス要素を極力排除して再構成することで売ることに逃げ切った作品

観終わった最初感想は、漫画聲の形』が映像化されないことを確信したショックだ。

 

まず先に断わっておくが私が言いたいことは原作を崇めて原作未読者や映画馬鹿にするといった内容ではない。

映画製作に携わる人間が『聲の形』をどういったつもりで再構成したのか、

またその再構成の結果として商業的な成功を収めたことや、

そのせいで映画聲の形』(以下、映画しか漫画聲の形』(以下、漫画)に触れていない多くの人に誤解させてしまったということ、

そしてこの世で漫画聲の形』が漫画聲の形』という作品しか伝えられなかった、他のラブストーリー青春物語ではできなかったこと…映画からは外されてしまったことについて触れる。

この日記を読んで少しでも漫画に興味を抱いたのなら、漫画にて『聲の形』というコンテンツを全て消化すべきであり、

本当の答えを噛みしめ、確認しなければ作品聲の形』には全く触れないで人生を終えるといっても過言ではないと言っておこう。

これはステマではない。

なお漫画ネタバレになりかねないよう、これから漫画を読む人間にとって害にならない程度に極力抑えるつもりだ。

これはステマではない(繰り返し)。

 

そしてあくまでも日記なので読みづらさや誤字脱字などは勘弁してもらいたい。

 

制作スタッフが行った再構成とは

単純に2時間半に収めるには物理的な無理があったため、大幅にカット再構成されている。

その点だけでも漫画映画は全くの別物と言っても差し支えない。

しかしこれは映画1本に収めるという制約上仕方のないことで、これに関しては特に言及するつもりはない。

要は、漫画が伝えたかった要素をコンパクトにして映画で伝えられたらいいだけだからだ。

まり、私が問題にしているということはその再構成漫画が伝えなければいけなかったことを大部分が外されているからだ。

 

制作スタッフ映画を見に来た観客にできるだけ「負の感情」を強く抱かせないように気を使って再構成している。

分かりやすく言うと「なんだよこのクソ鬱映画!!」みたいな感想にならないよう、できるだけイライラ不愉快になるような要素や、

生々しい要素をオミットしている…その商業的にも負になりかねない要素たちだけ、

この映画への梯子が外されて下に蹴落とされている…といったイメージだ。

漫画では読者の心をえぐってくるような要素が宝石箱のように詰め込まれている。

主人公石田にともすれば殺意を抱かせるだけの強いクズ描写がされており、

小学生時代石田を無条件に悪だと読者は強く確信でき、そこに同情の余地もなければクラス手のひら返しにも憤慨するだろう。

映画ではかなりあっさりと流されていて、このせいで不快な思いをだいぶ軽減されているが、

石田の「俺は清算して死ぬべきだ」という気持ち映画視聴者に軽く受け取られやすくなってしまった、薄っぺらく見られやすくなってしまっている。

漫画の特色として、読者の暗い感情をこういった不快いじめや生々しい描写で刺激しつつ、

当事者である石田がどうやってそれを乗り越え、まともに生きることはできない、けれど死ぬこともできなくなったところを出発点に歩き出した、

というのが最初石田西宮出会いで、だからこそいじめた本人である自分友達になろうとするという不条理を進まなければならなくなったという経緯がある。

まり最初の死への渇望とその道を閉ざされた石田心理描写を読者に刷り込ませるためには、

石田所業が到底擁護できないくらい行き過ぎた描写であることが『聲の形』という作品には不可欠なのだ

それを見た読者の底にドロドロと横たわりだした感情を燃料にして、出会いが種火となり燃えながら、時には火が消えかけながら、それでも何とか大きくなろうとする炎の様子が、本当の『聲の形』の姿だ。

作品として、「読者(視聴者)の負の感情」が必要なのだが、これは前述したとおり耐性のある人間を選んでしまうため商業的に足かせともなりかねない、

判断され軽減・外した、というのが制作スタッフ再構成で行ったことだ。

ピンと来ないなら激辛だと食べれないから中辛にした、ということだと思って欲しい。

そのおかげで結果として極力不快要素を外し京アニ作画力とキャラの可愛さで万人が食べれる作品へと変化し、

商業的に成功を収めることができ、映画映画として勝利した。

映画聲の形』は売れることに邪魔になる重りを捨て去り新品のランニングシューズを履いて走り抜けた。

でもそれは漫画が這いつくばってたどり着いたところとは違うゴールであり、

その漫画がたどったコースとゴールは今後二度と映像化され現実化されないということを確信し、制作の手腕の勝利も同時に確信し、私はショックを受けた。

 

映画だけを視聴して誤解してしまった人々

帰ってレビューに目を通すと、やはり石田心理描写が把握しきれていなかったり、

よく分からなかったという感想もちらほらと目立った。

障碍者としての西宮葛藤や苦悩もかなりあっさりされているので重いテーマだったという感想はありつつも、

そこから広がりを感じるような形としての感想が出てこず、実は何も考えさせられてないというのが観察できた。

西宮がなぜ笑い続けなければいけなかったのか、西宮がなぜ思い詰めてしまったのか、

石田も同様になぜ最初に思い詰めて、それでも西宮と違い諦めなかったのかということに説得感を出すためには、

やはり前述した「読者の中に生まれたドロドロとした暗いもの」を燃料にするための不快要素がオミットされたことが原因である

 

聾唖の人たちから意見も、この不快要素オミットのために発生した説明不足、その他ところどころに出てきてしまった脈絡のないように見える行動もこのオミット行為副作用となっている。

から必要なのだ

聲の形』という作品を完成させるためには必要な要素だった。

ただ、それは商業的な成功には必要なかったし、事実それで勝利を収めてしまった。

これは作品の特色であってもビジネス上で不利益とみなされたものは無かったことにしていいという資本主義思想に対する芸術創作の完全敗北と言い換えてもいい。

とにかく大多数に対して理解されやすければ、消化しやすコンテンツであるならばいくらでも特色を消してしまっていいという姿勢だ。

それに深く静かな絶望を覚えたのは、漫画既読組には少なからずいただろう。

家に帰ったあとそれは視聴した沢山の人のレビューを読んで感じているかもしれない、私みたいに。

一体、映画を見た人の何割が石田自分を重ねることができたのだろうか。

嫌な汗はかくことができただろうか。

 

漫画聲の形

漫画の『聲の形』は、一度死を望んだ石田自分が行ったことを思い知らされ、なおかつ死ぬという逃げ道すら断たれたことで、

前を向いて、半ば仕方なく、半ばやけくそで行動する・西宮友達になるというスタート物語が始まる。

石田のやったことがどれだけ許されないことなのか、また当時の登場人物たちが流され、無力で、愚かで、間違えてきたことが心をえぐられる程度に描かれている。

この最初の導入でしつこいまでに鬱要素をぶっこむことで読者は自分過去やってしまった罪の意識を思い出し、無意識石田に重ねる、石田は読者の暗い過去だ。

今風にいうと黒歴史人物化したキャラクターとしてこれで形作られる。

過去が黒ければ黒いと形をはっきりしてくるキャラクターだ、それは視聴者の闇の色と同じ色をしているからだ。

それをやらなかった映画石田に対する感情移入がバラバなのは、つまりは、その黒歴史へのアクセスが不十分になってしまたからだ。

普通、そこまで思い返すほどのトラウマ黒歴史を持つ人間は少ないので、

その場合石田に代行させて罪の意識を増幅させるためにも石田のやったことは大きく描写されていた方が感情移入のためのパイプを築ける。

 

そして、死ぬことを閉ざされた石田が、つまり黒歴史から目を背けずに、常に意識して生きなければいけなくなった「あなた」は、

どうやって生きていけばいいのか、どう周りと接していけばいいのか、取り返しがつかない過去石田あなたはどう向き合っていけばいいのか。

それが『聲の形』の作品としての本質だ。

決して障碍者と涙ホロホロ最後ハッピーなだけの作品ではない。

石田黒歴史を貼りつけながら歩き続けるプレイヤーとなり、読者は過去が脅かすことに石田と共にドキドキしながら、辛さを共有しながら、

最初不快感を感じていたはずの石田自分に、いつしか何とかしようと奔走する石田応援しだす。

過去は取り返しがつかないかもしれない、

けれどこれから西宮未来は泣かせないように行動することができる。

それを問いかけてくる作品なのだ

それが『聲の形なのだ

 

過去の追跡がどれだけ辛く暗いものなのかが、このテーマを重く受け止めるために必要な手順だ。

ところが、何度もいうがこれをオブラートに包むか削除してしまったため、このテーマが盛大にぼやけてしまった。

漫画では西宮の家庭環境小学校教師との再会や映画作り、いてもいなくても一緒だった真柴のちゃんとした存在意義など、

この暗さと前向きにもがく様を描くための要素が何度も繰り返されている。

その最後の結末が、読者のこれから背中を押す形で終わっている。

生き続ける石田現実に生きる私たちへの、エールへと繋げられている。

それが『聲の形なのだ

 

そしてそれが他のラブストーリーにできなかったことで、『聲の形』だけができたことだった。

他のラブストーリーに、何とかしようとして上手くいかずに古傷をえぐらせるような真似をして、

それでも読まざるを得ないという状況にもっていけるだけの能力がない。

「これはどうなってしまうのか?(他人事とは思えない感想)」と思わせるのがこの作品面白さでもある。

 

聲の形』にとって障碍者という要素はいじめの歴史を作るためのただの道具の1つに過ぎず、それが本質ではない。

本質は、変えられない過去と変えられる未来、そして過去を受け入れるというこの3つの要素だ。

消極的に変わらざるを得なかった石田が変えられない西宮を救い、

一緒に変わっていこう、と2人とも前向きになるという完全に内面の話なのだ

そして変わりたいけど変われなかったという気持ちの重さ、辛さ、ドロドロした暗い時間の積み重ねを描き切ったのが漫画だ。

読んでいる人間石田の状況に嫌な汗をかき、そして小さくホッとする作品なのだ

その作品映像化はできていない。

できていないのに、商業的に成功している。

 

変わることの重要性を訴えた作品が、

そのメッセージの大部分を消失しながら、

大ヒットをしている。

 

まず私はその現実に立ち向かわなければいけない。

そう、思った。

 

…私はこの映画を予約するのに3時間かかった。

ネット予約操作方法が分からないのではない。

映画館聲の形から心をえぐられることに2時間半耐えられるか悩んだからだった。

ところが実際は、別のことでえぐられるとはそのとき私は思いもしなかった…

利用し放題サービス感想

Google Play Music

特定ジャンルを知る目的で聞き流すには良い。

ラジオ機能で似たような曲を勝手選曲も割と良かった。

ただしズバリこの曲が聞きたい!という大ヒットスタンダードはけっこう入ってなかったりする。

BGMでいろんな曲を聞き流したい人にはけっこう良いと思う。

データAndroidSD移動が可能契約切れると利用できなくなるけど、再契約でそのまま利用可能らしい。

無料利用もその後の継続利用もやりやすい。

Amazon kindle unlimited

unlimitedの本ばかり集めたページが見つからない。

無料ということであれこれ試し読みする、という使い方ができない。

しかも1度に利用できる書籍は10冊まで。

・・放題サービスとしては不自由な印象。

ストレージもメインメモリ限定Android端末利用者・自宅WiFi環境非保持者には優しくない。

使いやすい割に、微妙な不便さが残る。結果、非利用、様子見。

Amazon Audible

活字データを音声データにしたもの

けど1冊を聞き終えるにはすごく時間がかかる。

本屋10分で流し読みするような本を聞くのに6時間データ

紙の書籍なら流し読みしつつ前後に戻って内容確認もできるけど、音声データだと一度聞き外すと戻るのが億劫意識が外れる一方になる。

書籍の実物を持ちつつ聞くならいいのかも。

聞き放題で聞いて元を取れるほどではない気がした。

Audible自体、大好きな書籍を繰り返しリピートで聞く以外には自分にはめぼしい利用方法が思いつかなかった。

聞く、というコンテンツ自体は期待をしているジャンルなので、今後に期待。

来月はApple Music?を試す予定。

2016-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20160924190940

えー、できれば女としても好かれたいです。ただ、年や環境があまりに違うので、前に進んでも良いことはないだろうなと自制しつつ、仲良くなれれば嬉しいと片思いを楽しんでいるところ。。

推理が当たってたらドヤりたいので増田に書いておく

 

横浜病院で点滴に異物が混入されてお爺さんが死んだ事件について

以前から病院で変な嫌がらせがあって、警察役所通報があったとのことだが

その通報している奴が実は犯人

動機は、嫌がらせ調査を入れることによって、職場環境改善あるいは嫌な上司免職などが起きることを期待して

 

なお、当たっていなかったらしらばっくれる予定なのでよろしく

2016-09-23

ジャンプのパワーインフレ辟易した大人にこそ「ワールドトリガー」をオススメしたい

昨年?だかの熱量高いワートリの記事に触発されてハマった。

個人的に感心したのは、トリオン体という、ある種バーチャル環境戦闘が行われる設定だ。

これによって集団戦での捨て駒や相打ち作戦を実行可能としている。

ジャンプに限らずとも、バトルマンガではトーナメント物を覗くと基本味方の全勝(最低でも死亡者なし)で、最終決戦まで主要キャラがが死ぬことはない。

ONE PIECEマリンフォード頂上決戦では、死んだメインキャラは2名のみだった。

ガチ戦争なのだから、双方の戦力が半壊ぐらいしていないと納得いかなかった。

ワートリでは互いの駒がバンバン排除されていく。

実際に死ぬリスクがないので、敵わない相手でもなるべく粘って死ぬベイルアウト)という「勝負に負けて戦いで勝つ」戦略を無理なく取れるというのがなかなか面白い

トリオン体では死なないが、生身で攻撃された場合は当然死ぬ

しかし、トリオ能力の高いものは、自身の命と引き換えに黒トリガーを生み出し、それが局面をひっくり返すほどの威力を持つが故に敵は安易に攻め込んで来ないという設定も秀逸だと思った。

さて、話をタイトルに戻すと、味方の完全勝利ばかりが続くわけではないのでパワーインフレはかなり抑えられる。

しろ連携相手の隙を生み出し、浮いた所をキッチリ取るという勝ち方が多いため単純な比較もしにくい。

この、各々が自分仕事をこなして全体の勝利を勝ち取るという所は社会人に刺さると思うのだがどうだろうか?

ワートリにおいて「気合覚醒で勝つ」という事は今のところない。

気持ちの強さで勝負が決まるって言っちまったら、じゃあ負けた方の気持ちはショボかったのかって話になるだろ』

『戦いってのは基本的に、数が 多いほうが有利だ。』

なんて事をキャラが平然と言ってのけるワートリは、ジャンプ連載作品でありながらジャンプあるあるアンチテーゼとなっている。

少しでも興味を持っていただけたら手に取っていただきたいと思うのだが、ジャンプフェス無料期間は21日に終わってしまってるんだよなぁ。

生活保護肥満が多いらしい

ホッテントリでそういう記事を見かけた

私も生活保護をもらっているので気になった(35歳独身男)

毎日同じ食事なのだが先日訪問看護の人に体重を測ってもらったら予想していたより15kgもオーバーしていて驚いた

身長165cmで、自分では現体重60kgのつもりだったが測ってみたら75kgもあった

朝は食パン二枚、昼はマクドナルドチキンクリスプコーヒー、夜はおにぎり一個とお惣菜コーナーのコーンサラダという決まったメニュー生活をもう三年くらい続けている(贅沢するお金もないが、メニューを変えられないのはもしかしたら強迫性障害のせいかもしれない)

こんな見た目軽い感じの食事でもだんだん体重は増えていくようだ

たぶん運動しないのがいけない

最近訪問看護の人と一緒に軽い散歩が出来るようになってきた

涼しくなってきたしジョギングでも始めようかと思う

夏にユニクロで半袖のジョギング用の服を買ってきたのだがもう寒い

生活保護が月に7万(生活費3万と家賃4万)、精神障害者年金が二ヶ月に一回13万もらえているので服を買うお金はあるが食生活を変えるのは難しい

月に135000円は時給1000円で何年か働いていた頃にもらえた額とそう変わらない

働いていた頃のようにもう少し自炊できれば変わってくるのかもしれないが、上の階の壊れた下水道から漏れた水を受け止めるのに使ってしまってフライパンダメにしてしまったので新しいのを買わないといけない

フライパンを買う余裕がなかなかできない

アマゾンで買えば安いのかもしれないけどサイズがよく分からないので店舗で見れる方がいい

しか自分の行動半径内でフライパンを置いている店が新宿東急ハンズしかなく、あそこはちょっと高いと思う

店でサイズ確認して同じサイズの安いものアマゾンで買えばいいのだが、精神科受診新宿にいくたびそのことを忘れてしま

フライパンが手に入っても一日三食の内容が少し変わるだけで、毎日まったく同じ何かを食べるという点は変わらないと思う

先日一週間ほど入院したとき毎日違ったものが食べられて楽しかった

全身麻酔をしたので胃に負担のかからないお粥中心のメニューしか食べられなかったが、毎日違うおかずが出るというのは何年も経験していないことだった

生活保護なので手術費用無料だった

自分生活生活保護家庭一般敷衍はできないと思うけれど、今の自分食生活と比べてしまうと刑務所病院で出る食事の方が健康なのだろうなとは思う

また働けるようになればいいのだが、もう何年も空白期間を作ってしまったのでどこにも雇ってもらえる気がしない

少なくとも障害者手帳を隠しての応募では無理だろう

障害者手帳をもらったのは前職を辞めて一年以上経ってから

理想はまたフルタイムで時給1000円相当くらいの仕事をすることで、それで前職と同じくらいもらえれば仮に障害者手帳更新できないような事態があってもなんとか20代の頃の生活水準を維持できるし、就職後も継続して障害者年金をもらえるならば少しはい生活が送れる

なにより希望が持てる

自分障害は働いていた頃に起こったことなので、働く環境自分の身を置いてみないことには精神科受診効果が出ているのかどうかもよく分からない

肥満にならないようにジョギングしてみようと目標を作ることはできるけれど、他にできることがないので無為時間が過ぎていくだけだ

ちなみに選挙はいつも自民党にいれている

なぜ共産党にいれないのか、はてなのような場所でなら聞かれそうだが、それについて答えると、はてサ某氏死ぬほど嫌いなので彼が死ぬまでは自分の全政治的思想信条に反してでも自民党にいれ続けるつもりなのである

この個人的嫌悪に由来する怒りと軽蔑の表明をのぞいて自民党を支持する理由は一点たりとも存在しないので、はやく自民党以外の党に投票できるようになりたいものだが、この点について何か積極的に行動を起こすつもりは一切ないのでただ時間に任せるのみである

某氏が私より先に死んだ場合葬式には呼ばれるはずなので、その場で彼の罪悪が暴かれることになるかそれとも隠されたままでいるかかめるのが楽しみである

いや本当のことを言うとたいして楽しみでもないが、こんな生活なので小さなことに楽しみを見出すことが大切なのだ

当然のことながら、某氏肥満傾向はまったく見られない

実にうらやましいことである

学校一言も発することのできなかった暗黒時代

いま思い返してもただただ悲しくなるが、

小3から小学校卒業まで学校の連中と

文字通り一言も交わしていなかったという暗黒時代がある。




きっかけは、親が強制的少年野球チームへ入団させたことだった。

野球のものは好きだったが、ああいう「集団で何かをやる感じ」とか、

「ノリを求められる雰囲気」とか、とにかくああいうのが大嫌いだったんだ。





少年野球への入団は当時の自分にとって相当な精神ダメージとなり、

周囲に大きな壁を作り始めた。

チームのやつらとは当然口を聞かなかったし、

次第に学校友達とも話さなくなった。

少年野球の奴らに、学校で話していることがばれると

なんかやばい気がしたんだ。





喋らなくなるとそれはそれで厄介な状況になる。

「無口」「無口」「無口」

周囲に罵られる日々。

表情もなかったし、あれは軽度の鬱だったろう。

小3まで遊んでいた友達とも疎遠になっていった。





ある日、ひとりだけいた友達と話しているところをクラスメイトに見られてしまった。

増田くんが喋った!!!!」なんて大騒ぎされるもんだから

それでまた心を閉じてしまう。

そのうち学校ではその親友とも話せなくなった。

まさに八方塞がりである






それでも小学校卒業を迎えるころになんとか立ち向かおうと奮いたち、

中学のころには少し話せるようになった。友達も少しできた。

中学校卒業を迎えるころには、高校ではもっと話せるように頑張ろうと奮起し、

相変わらず友達は少ないながらもまともに会話できるようになっていった。

大学に上がるころにはもう調子に乗っていて、

今でも飲み屋馬鹿騒ぎしたり旅行にでかけたりできるくらいの大切な親友ができた。

彼女もできた。







社交性を取り戻したといったけど、正直なところ今でも

人に壁を作る癖は治っていなくて、心を開くのに最低2年はかかる。

グループ」に属するのも慣れなくて、

社会人にあがってから孤立した状態で、

数人の心許せる同期と飲みにいくような具合である





そろそろオチをつけたいわけだけど、

あの無理やり入らされた野球、結局高校まで続けていたんだ。

鬼監督には罵られるし、先輩にはボロカスに言われるし、

後輩には馬鹿にされるし、同期ともノリについてけなくて孤立して、

あの雰囲気はどうしても好きになれなかったけど、

野球は好きで、ずっと続けた。






そのおかげで半端ない体力がついたし、

高校野球をそれなりに厳しい環境で耐え抜いたみたいなところは、

なんの取り柄もない自分評価してもらえる唯一のポイントになったりもしてる。






親も、息子にまともな社交性を身につけさせたいと思って入らせたらしい。

というわけで、今は親にも野球にも誰にも恨みもなにもなくて、

結局は自分生来ネガティブ性格根本的な問題なんだと思う。





ひん曲がった性格だけど、こんなんでも付き合ってくれる友人にはとても感謝している。





いま同じように学校で周囲に馴染めない子やもしかしたら話すこともできない子も

いるかもしれないけど、こんな自分でもまともに社会でやってけてるわけだからいまは耐えよう。

殻にこもったままでいい。自分がその気になったときまで待てばいい。

その時に思いっきり殻を破ってやればいい。心臓バクバクするけど財産になるよきっと。

私は自分の為にだけ生きている

スペック

大体アラフォー。妻あり、義務教育の子供二人。正社員労働者

だが、私は家族の為に仕事しているわけではない。

あくまでも自己満足の為に仕事している。

会社の為とか全然ない。

但し、それら取り巻く環境条件が上手くいかないと仕事差し支えるので、家族のため、会社の為に働いているようには見えるだろう。

だがー、超絶適当である

どーでもいいような報告とか連絡とかは、「忘れてましたー、すみませーん」の言い訳で済むのであればやらない。

多少の遅刻とかも平気でやる。

後で自分が困った事にならない範囲で、ではあるが計算尽くである

浮気だってする。

もちろん完全犯罪の如く絶対バレないようにやる。

私は自分さえ良ければいいのである

から面白くない仕事は基本やらない。仕事面白くするために必要範囲でならそれら付随する面白くない仕事でもやるが、やる時は出来る限り自分が満足出来る様にやる。

そのくせ、口では平然と「部下の為、会社の為、利益の為」とか言ってのけたりする。

違う、真実は全部自分の為だけなのである

 

別に問題ないよね?

最近性欲が強くなってきた

30過ぎ♂

意味分からん

一日2回抜かないと会社電車勃起する

 

思い当たるフシは少しある

ここ5年くらい死に物狂いで働いてたのが、通常稼働に戻ったことだ

そういえばその前の2年は死に物狂いでダイエットしてたし、その前は大学院うつ病だったし、その前は大学でいろいろあって死んでたか

10年ぶりくらいの通常稼働だ

 

今までの疲れが一気に出てホルモンバランスが崩れてるのか

今までの疲れが取れて本来の性欲に戻ってるのか

今までの抑圧された環境で鍛えられたちんこが、封印を解いたことで一気に最強クラスの化物に変貌してしまったのか

ちんこギアカンドなのか

 

不思議

彼女ください

http://anond.hatelabo.jp/20160923001335

うんだからそういう議論の際を論点としていたなら「いつでもどこでも」「なんかあるたびに」などと言ったりしないからな

増田のように、「この場合差別に該当するのか」「この差別への対応には過剰すぎる対応ではないか」「もっといいやり方はないのか」などの主張が本題の場合

差別ダメージ」については議論に上っている全員が共有している情報なんだ。それはもういらない。

まり被差別者差別されている当事者にもかかわらず差別されたというキズを晒すことすら許されないのね

当事者を置き去りにして当事者感覚のない議論したつもりの自己満オナニーに黙って付き合え!!ってことなんだよなぁ

そりゃあそういう議論ではマジョリティ様が勝つよね、ネット上の議論でもだいたいが自分にとって心地良い意見が出た時点でそれを結論とするクズばかりなのだから

それ故にポリティカル・コレクトネスが求められているのに部外者でありながら不快を感じたくないマジョリティ様がワーワー騒ぎすぎ

挙句の果てに「差別を受けた内的情報」を根拠に「もっといいやり方はないか」という意見を出すことすら封印するだろ

そりゃあ当事者意識のない外野がワーワー騒いでマジョリティであるおかげで自分たちにだけ心地良い結論を出しやす環境を整えていたら属性で黙らせる以外方法はないからな

感動ポルノとおなじで外野のくせに「考えてますよ~」という知識人オナニーの道具にしか使われてない

なぜそう思った?「有益情報」はインプットだけど「オレサマのきんもちよくなるフレーズを浴びせる」はアウトプットだ。

オレサマくんの自称有益情報提出もアウトプットだろマヌケ

最初増田からず~~~~っと議論したい、止揚を求めたいと言ってるじゃん。沈黙したらそこで終わりなんだし俺の目的も果たせないの。

おまえの目的?あぁ被差別者を黙らせて部外者議論して心地よくなって被差別者ことなんか明日には忘れてすっきり生活するオナニー欲求のこと?

そんだけ議論したい話を聞いてもらいたいならまず被差別者の開示にもキチンと向き合って受け入れてもらえる状況を努力して作ってからにしような。

おまえの開示には付き合わないがオレの自称有益情報議論には付き合え、あぁおまえの被差別性には興味ないし明日には忘れるけどなというスタンス他人から受け入れてもらえるとか想像力がなさすぎ

なんで誰でも親になれんだよ

親になる前に、

知力検査、脳検査人格検査トラウマがないかカウンセリング(虐待の恐れがあるため)、世帯年収検査育児知識試験

こういうことを行って、劣悪な環境に産み落とされる不幸な子供を減らしたほうがいい。

せっかく生まれてくるなら幸福人生のほうがいい。

子は親を選べないのだから、せめて、まともな親の元に生まれてくる可能性を高めてあげよう。




特に育児知識試験重要

赤ちゃんの時の教育法、子供への基本的な接し方育て方、虐待としつけの違い、毒親など、エビデンスに基づいた基本的育児知識をこれから親になる人間に教え込む。

あと、三歳までに人格が決まることとか、十歳までに地頭の良さが決まることとかを教えておいたほうがいいと思う。



どんな低能人間でも何の試験もなしに親になれてしま基地外ランド。それが今の地球だ。

それが原因で犯罪者精神障害者自殺者が生まれている。

せやから、そういう不幸な人間を減らす方向に進もうや。頼むぜ地球人

[]おざわ ゆき「あとかたの街」

こうの史代戦争漫画in名古屋空襲

って感じ

かなり雰囲気似てる

でもこっちのほうが大ゴマ使ったりより具体的で直接的・臨場感のある描写がかなり多くて、ダイナミックさがある

こうの史代の方は童話的というかどこかフィルターかかって一歩引いて読んでたけど、こっちはどうしようもなく激しい物語性を持って目の前の戦争押し付けてくる感じ

どっちがいい悪いじゃない

似てるけどこんなに違うんだーと思って新鮮だった

最初は割りと日常っぽいところからはじまってただの昭和日常ものかなと思いきや、だんだん切り詰めていって戦禍にモロ巻き込まれていくのも似てた

終わりの見えない戦争へのやり場のない怒りとか無念さとかがよく伝わってきた

理解できた、とは安易に言うまい、というか言えない

こんなのをBELOVEで連載してたってのもまたすごい

雑誌上でこうの史代と対談しててそれもなかなか興味深かった

あと、ひたすらひもじい!ってとこがフィーチャーされてたね

日常って意味ではやっぱりそれが一番問題だし印象に残るんだろうな

ちなみに作者の母の話がベースになったマンガらしいです

タイトルの時点で半分ネタバレしてるようなもんだけど、やっぱり戦争は大変だなあ

でも個人的感想としてはここまで入れ込む戦争時代に生まれ死ねればよかったと思ってしま

今いろいろときつくて戦争理由に死なざるをえない環境がうらやましくもかんじてしま

不謹慎まりいかリアルだったら絶対言えないけど

2016-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20160922231619

元増田が主張する「グロナビは情報を絞って対局情報棋士情報だけを出し、重要度が低いメニューは隠せ」というのがスマホ版では実現されている。

ついでに言えば俺の環境ではスマホで見たって一瞬で表示されるほど軽い(まあこれは元増田回線が貧弱すぎるんだろうが…笑)。

他人pc環境を設定するなんて言ったら大変なことになってる話

家族パソコンノートン30日体験期間が終わっても特にウイルス対策をせず、

そのままdvdを見たり動画ファイル形式を変更したりとそこそこ利用していたが

そのことに気付いた自分avastでも入れてスキャンすればいいかーと軽く考えウイルス対策ソフトを入れることを提案した

家族の承諾を得てavastスキャンしているうちウイルスが検出されたが駆除をどうやってすればいいのかわからない

からないので調べようと家族パソコン検索をしているうちに連続でなりだすavast警報

ウイルスが原因と思われる「ウイルス感染しています」の音声

自分はとりあえずパソコンシャットダウン

windowsアップデート更新が終わって電源が切れた

妹が帰宅したらなんて説明しようか

http://anond.hatelabo.jp/20160922144046

自分で考えていい範囲をちゃんと規定しないと、

「そんなこと言ったって、子ども自分で考えたことをしつけとか言って片っ端から否定してるのはまぎれもなく大人の側じゃないですか。」

って返されるのがオチ

子どもはいだってちゃんと自分で考えてて、

これは大人確認を取らないといけない問題だと認識してるから聞いてきてるわけ。

そうしないといけない環境を作ったのは紛れもなく大人の側。



進研ゼミ漫画でさえ、わからなかったら悩んでないで答え見ろって言ってたぞ。

少年ジャンプ漫画には本当に不幸な主人公を描いてほしい


ジャンプ漫画には才能や環境や友人や親や運に恵まれ主人公ばかりが出てくる。

何を読んでも、あー結局才能かって感じになるから全く共感できない。

今のジャンプ漫画主人公キラキラしすぎてる。リアリティがない。



救いや希望が皆無な主人公底辺でのたうちまわって最後には自殺するような作品が読みたい。

努力友情勝利とは無縁の主人公が生きることに苦しむ漫画が読みたい。

平凡な能力を持っていて環境が劣悪で運にも見放されたような主人公が死に物狂いで行動してなんとか食い扶持を確保してエンドっていう漫画が読みたい。

そして、本当に子供に読ませるべきなのはそういう作品だ。



この漫画主人公底辺で頑張ってるんだからスクールカースト底辺の僕もがんばろ!と思えるかもしれんし、「主人公とそっくりだ…自分も将来こうなるのか…そうなる前に死のう」と人生損切り(自殺)という正しい選択を早いうちから行えるかもしれん。

少年漫画役割子供人生を教えたり夢や希望を与えることだ。今のジャンプ漫画はそれがない。むしろ人生ハードモード少年の夢や希望を奪い、人生認識を歪ませる作品ばかりだ。



今後、少年ジャンプ編集者はよく考えて作品を選んでほしい。

2016-09-21

U-NEXT 光による不当値上げの暴露

これ以上犠牲者が増えないよう、拡散いただけると幸いです。

この記事は少しずつ追記していきます

コメントなどで問題点を更に掘り下げて頂けると助かります

また、みなさまの情報提供募集中です。

突然の値上げ

U-NEXTプロバイダであるU-Pa!が10月からユーザーの承諾を得ずに、契約時の価格から不当に値上げを行うことが分かりました。

Twitterなどで検索しますと、ユーザーには昨日(2016/09/20)通知のハガキが届いている模様です。

私のところにも届きましたので、以下はがきの内容を全文記載いたします。

届いたはがき記載されていた内容全文

お客様各位

 光インターネットサービスプロバイダ「U-Pa!」の料金改定について

拝啓 皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます

平素は弊社サービスをご愛顧頂きまして誠に有難うございます

弊社では、インターネット接続サービスについて、ご利用いただきやす

適正な価格でご提供できるよう努めてまいりました。しかしながら、大容量

データを扱うサービスが普及したことや、常時接続によるサービス利用時間

が増加するといった、お客様の利用スタイルが変化したことで、通信データ

が著しい増加傾向にありますこのような環境の中、対象接続サービス

安定的かつ継続的提供していくためにこの度料金改定実施させていただきます

 弊社では、なお一層、サービスの強化・改善を図ることで、魅力あるサービス

提供して参ります。今後とも「U-Pa!」サービスをご愛顧賜りますよう、

よろしくお願い申し上げます

敬具

対象サービス

・U-Pa!ファミリータイプ、U-Pa!マンションタイプ

<料金改定日>

2016年10月ご利用分より改定

<料金改定内容>

プラン名 月額料金(変更前) 月額料金(変更後)

U-Pa!ファミリータイプ 980円(税抜)/月 1280円(税抜)/月

U-Pa!マンションタイプ 880円(税抜)/月 1180円(税抜)/月

<ご留意事項>

※今回の料金改定において、お客様に行っていただく手続きはございません。

※各種キャンペーンの特典内容に変更はございません。

問題点

『二年縛り』がある中での強制的な値上げです。

また、ユーザーの承諾を得ずに、契約時の金額を変更している点も大きな問題だと思われます

カスタマーセンターに問い合わせましたが、今回の値上げに納得しない場合の解約でも当然違約金は発生するとのことです。

このようなことは、少額だからといって許されるわけではありません。

消費者センターへの申告も視野に入れ、カスタマーセンターに何度か電話でやり取りしていく予定です。

何か追加でわかりましたらここに追記していきます


また、契約時にも「入居者各位」と記載された、マンション管理人を装ったチラシからの強引な契約で揉めたのですが、その件も後ほど追記します。

将也は死ね

将也は死ね

将也は死ね

罪人はその後の人生に何があろうと,いかなる贖罪をしようと許されるべきではない

自分の中で解放された気になって,自分を許してくれる環境に性懲りも無くぶら下がりに行く時点で,お前の贖罪はないも同然

補聴器を踏みつぶした時にうっかり自分の耳を焼き塞がれろ

カースト落ちていじめ返される時に目玉もえぐられろ

硝子をかばった時に打ち所を悪くして肺が潰れてろくに話せなくなって死ね

こいつは何かの折に硝子と再び仲違いをすれば,必ずまた硝子に暴力を振るうだろう

許しに逃げる罪人は,たいていそういう連中だ.

他人精神を踏みにじる罪人はこの世から消え去ることでだけ贖罪しろ

自由にしないことの自由も認めてほしい

とある有志の団体に参加していろいろ活動している。仕事から完全に離れた場だけど、やっていることはそれぞれの仕事にとても近い。プロボノみたいな感じ。組織がそれなりに大きいので、それぞれやるべきことをやらないと対外的にもいろいろ困ったことが起きる、というような環境だと思ってほしい。

どんな団体でもそうだと思うけど、所属している人は大きく二つのタイプに分けられる。自由を重んじるタイプと、規律を重んじるタイプ団体活動趣旨上「自由規律」みたいな雰囲気はあるけど、組織運営規律もまた重要である認識されている(と思っている)。そして、お互い得手不得手はあるのだからカバーし合おうよ、という雰囲気もあり、それはまあまあ機能していると思っている。

ただ、自由にしたいタイプ規律を守ろうタイプ(そんなに単純なものではないが、便宜上そう呼ぶ)がお互いをカバーするにあたって、どうも規律タイプのほうが我慢することが多くないか? と感じることが多い。自分が(かなり強めの)規律を守ろうタイプから

強度の自由タイプはのびのび動く。枠にはめられると動けなくなるよー、だから規律は見逃して! という主張をする。それに対し、周囲のフレキシブル対応できる人々(普通の人ということか)はそれは個性だよねー、カバーしてあげよう、と認めることが多い気がする。これは団体特性上、多様性とか個性尊重とかの価値観が浸透しているので、日本一般的組織よりは認められやすいと思う。それで自由タイプがいろんなアイデアを出していくのはとても素敵だと思う。

ただ、その一方で規律タイプとしては、枠にはめることができない状態への不快感がすごいわけだ。なにも、アイデアを枠にはめようとしているわけじゃない。ものごとの提出期限とか、形にしていくための手続きまでもを自由の名のもと規律を守らないのはどうなの、ということのみ。ある程度の枠にはめるのは、すばやく形にして世の中に出すためだ。そして、規律のある物事の進め方はストレスが低く、こちらとしては非常に快適なんだ。ちょうど、自由タイプがのびのびやっているのと同じ精神状態じゃないかと思う。

でも、定型的にやったほうがうまくいくエリアまで自由にさせてあげて、なんていうのはこっちの個性をまったく無視されているようで、納得いかない。それぞれのマイルストーンや決め事は事前に合意して設定したはずなのに。それを乱されることによる生理的不快感我慢しなくてはいけないんだろうか。それは自由タイプが枠にはめられることの不快感と同じじゃないのか? 

なんだか「アスペ乙」って言われて終わりそうな気もするけど、アスペ的な個性尊重されないのかな。もちろん、行き過ぎた規律を求めることもあって、それを教えてもらえて反省できる(後に活かせる)ことはとてもありがたい。とはいえ、こっちのタイプに対するカバーが「もっと自由にすればいい」「だいたいで大丈夫」という助言って、苦手なことの押しつけで何もフォローになっていない。

団体活動じたいは好きなので、もう少しお互い持ちつ持たれつでできないものなのかと思っているだけ。ただ、この話をタイプの違う人にしても全く理解してもらえないんだ(図解までするのに)。やっぱりこの感覚はわかりにくいのか。

はてな左翼はてな右翼を比べると

はてな左翼のほうが面白い

信念に基づいて一切行動を曲げないところが面白い

はてな右翼ネットによくいるタイプネット右翼と同じような人が多いので見飽きた感がある。

各々のスタイルは、はてな左翼重装歩兵で、はてな右翼ゲリラである

これが正しいと直進するはてな左翼絶対にこいつらには負けないとゲリラ攻撃するはてな右翼

勝利宣言の仕方も、はてな左翼が「やはりネトウヨ」という自らの正しさを信じて疑わないのに対し、はてな右翼は「はてサ見てるー?反論よろしくwwww」とゲリラである

はてな左翼は平均的に優れているが、そのせいでたまにいるキチガイが目立つ。

ありえないほど攻撃的で残酷なことを言ってる人がたまにいる。

はてな右翼ネット右翼的な人が多いが、そのおかげでたまにいる優秀な人が目立つ。

はてな右翼はそこらへんにいるネット右翼比較して、独自進化を遂げているのが多い。

またネット右翼は仲間内ネット右翼的な思想披露しあって楽しんでいる内弁慶的傾向にあるが、はてな右翼はあえてアウェー環境に身をおいているのでそこは誇ってもいいだろう。

私ははてな左翼の考え方に共感することが多いが、はてな右翼にも頑張ってほしい。

しかしどうしてもネット右翼テンプレ的な考え方に陥ってしまっている人が多いので、そこは直してほしい。

大人合理性子どもプライド

思春期になると子供にもプライドが芽生え外聞が気になりだす。思春期ありがちな「あれはダサいから着ない」「あれはカッコ悪いからしない」というのは全部人目が気になるからにほかならない。しか大人になった今考えると、思春期のころダサい、恥ずかしいと思っていたことの大半は大したことではない。あの時なんであんな変なことに気を使ってたかなとさえ思う。だが思春期まっただ中の子供にとってみれば、それらはとても重要でヘタしたら死んでしまいたいと思うほどの大ごとなのである

一方で大人になると合理性理解できるようになる。外聞などあまり気にならなくなる。例えば、思春期の頃に親と外出している姿を見られるのが恥ずかしかったという人もいるが、そんなこと大人になってみればどうってことない。もはや何が恥ずかしいのか理解できないレベルである。通学時にヘルメットを被って自転車に乗ることもそうである大人からすれば、いいからかぶっとけば?という話であるが、子どもにとってみればやり場のない怒りが湧くほどの問題なのである別にヘルメットくらいかぶればいいじゃんという大人にとってみれば、なぜダサいヘルメットを被らなければならないのか思い悩む子どもの心はよくわからない。

大人になると合理性がわかるが、子供の頃感じていた外聞が理解できなくなる。子どもの外聞なんて大人にとってみれば大したことではないが、これは時としてイジメもつながる。外聞が気になるということは、気にするだけ他者から評価されていると自覚するということだ。他者から評価は、モテるモテいかいじめられるかどうかまで色々な形となって現れる。これらは当然大人世界にも共通しているが、大人自己決定権があり自己管理能力が身についているため、ある程度自覚的にこれらの問題と向き合っている。しかし、子どもには自己決定権などあってないようなものである。与えられた環境、親から干渉が大きく作用している。それゆえ自分が守るべき外聞が思い通りにならないことがままある。それは時として子どもが過ごす環境に不利に働いたり、または幼心に大きな傷を与えてしま可能性もあるだろう。

では、子どもプライドを守るために親は全て子どものやりたいようにさせてやればいいのかと言われるとそれは間違いだろう。子どもは当然分別のつかない存在であり、外部の助けや教育の機会が必要である。ではどうすればいいのかというと、子どもプライドを汲みとってあげることだろう。恥や外聞を気にして子どもがとっている行動は気づかなかったふりをしてあげるとか。例え規則規範に背いていても時には見逃してあげることも重要だろう。なんにせよ、大人合理性をもって、子どものちっぽけなプライドをかき乱すのは、例え良かれと思ってやってることでも、子どもにとってみれば大問題なのである

高学歴底辺

特に努力もせずにここまで来た。

家庭環境のお陰でそれなりの頭に育ち、公立の小中から福岡の上位私立高校へ。

高校生活はそれなりに楽しんだ。

部活ちょっと恋愛も。

大学受験勉強は九大を目指していたにも関わらず、日に1時間程度。予備校サボる。寝る。

当然落ちて滑り止めの関学へ進学。

高校友達早慶宮廷に行ったやつらが眩しくて仕方がない。

きっちり努力して結果を出したやつらが眩しくて仕方がない。

自分成功する未来も失敗する未来も見えない。

2016-09-20

(ネタバレ注意)瞽の形 感想

石田かい主人公の周りには常に可愛い女の子が何人もまとわりついている。

だが、主人公は目が見えない障害者。まとわりついてくる女の子の事を全く認識できない。

手を探れば胸を揉む、何かを触れば尻が揺れる。そんな周りから見れば桃源郷とも言える環境であっても、当人の目が見えなければそれはスライムに覆われた中で生活するに等しい。

であるが故に幸せを実感出来ないのは不幸なのか否か? を問うような作品であった。

なお、劇中クライマックスシーンでは突如として現れる巨大ダンプカーに、石田少年及び周りの少女たちが巻き込まれて吹き飛ばされる場面がある。

この時、石田少年以外の女子は全員全身を強く打って即死するのであるが、唯一生き残った石田少年が直前の状態と変わらず血と臓物塗れの肉塊の中でうざったそうにしている表情は一見価値アリだと感じた。

見えない方が良い<形>だってあるのだと。

キラキラネームも少し悪くないと思った

先日久しぶりに姉の家を訪れたら、姪とその友達が数人遊びに来ていた。

小学生低学年の娘達がリビングで所狭しと遊んでいるわけだが、そのやり取りがなかなか面白かった。

アジア人丸出しな顔立ちの友人たちなのに、名前がみんな横文字なのだ

ところが姪だけは違う。

姉は何を思ったか米国人結婚したので、姪は明らかにアジア人とは異なる顔立ちをしているのだ。

それなのに友人たちと紛れて横文字名前で呼び合っている。

その姿が妙に可笑しく感じられてしまった。



姉にそのことを話すと、わたしもそう思っていたといわんばかりに前のめりになった。

もっとイジメとかを気にしていたらしいのだが、むしろ名前の響きが似ているとかで親近感を持って接してくれているらしいとのことだった。

そういう名前をつけるような母親からか柔軟性も高く、母親同士の付き合いも変に気を使うことがなくてとても楽なのだそうだ。



オリンピックメダルを獲得した選手たちを見ても名前カタカナを含む選手が少なくない。

そうした選手たちがメダルを取ったことを漢字だけの名前選手と同じく誇らしげに報道するキャスター達を見て、時代は変わったのだなぁとしみじみ感じていた。

口でいくら正しさを主張したところで人間の考えはそう簡単に変わるものではない。

世の中や自分の近い位置での環境が変わっていくことで、人は初めてどう生きればいいかを考えるようになるのだ。



まだ彼女たちは差別というものをそれほど意識しない年齢ということもあるのかもしれないが、とても仲良さそうに名前を呼び合う姿を見ていると何だか心があたたまるような気がした。