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2016-07-24

以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。

そしてブログ文章を書くことで、その怪物とどうにか闘っていくのだ、と当時の自分は考えていた。





その後所属する組織が変わることで、社会から隔離されたような不安定身分から、それなりに安定した社会的身分を得ることが出来て、プライベート人間関係でも新たな要素が加わったりするなど、公私ともに安定した生活を得ることが出来たが。その一方で、ブログを書くという習慣はその頃から無くなった。

特に大きかったのは、プライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、それ以来ブログを書きたいと思うことはほとんど無くなった。

自分が何かを悩み始めれば、電話なりLINEでいつでも聴いてくれる人が出来たので、1人で悶々としたものを内に抱え続ける必要が無くなった。




ただそれだけの話なのだが、当時の自分、血を滲ませるようにブログ文章をつづっていた当時の自分はそれを聞いて納得するだろうか。

社会対峙するつもりでブログ文章を習慣的につづり続けるという行為は、公私の生活が安定し始めた途端に消滅してしまったのだと当時の自分が聞いたらきっと、じゃあ自分自分なりに誠実に書いていたそれらのものは一体何の価値があったのだ、と感じて悲しくなったり、社会的身分が安定して私生活が充実したからといって、ひとりで世界対峙する思考を捨ててしまったお前は腰抜けだなどと今の自分のことを責めるだろう。

当時の自分は、周囲への怒りを原動力にして自分を取り巻く環境社会糾弾し続けることが状況を前進させるのだと思っていたし、それが社会にとっても有意義なことだとさえ思っていた。




あのときブログ文章をつづることがいずれ、この境遇から少しでも自分を進ませることにつながる、と考えていた。

あるいはブログ文章をつづることは、このクソ現実を変えるための有意義行為であるかのようにすら感じていた。

それは有意義もなにも、自分が辛いのはこの世界を作ったお前らのせいだ、と自分が苦しいのを自分を取り巻く環境のせいにすることでしかなかったのに。




当時の自分は、自分が辛い状況に置かれることになった大本の原因は自分を取り巻く環境社会にあるのだ、と決めつけていた。

そしてそういう思考の枠組みが、単なる思い込みであることに気がついていなかった。




今振り返ると、当時の自分は、自分を取り巻く世界自分自身とを対立させてしか物事を考えることが出来てない。

社会vs自分、という構図でいつも物事を考えていたし、その二項対立に固執していたのだと思う。



そしてその二項対立から導き出される「社会」というものは、現実自分身の回りを取り囲む、顔の見える範囲での人との関わり方というものから乖離した、自分の頭の中だけで作り出されたものだった。

現実自分の周りにいる、顔の見える人たちとの関わり方に対して責任を果たそう、という考えを持つことは無かった。

そして現実に実際の人々と関わりを持つことを避けてきたために、自分の頭の中で「社会」というものは、ひたすら暴力的衝動に突き動かされて自分のことを搾取する理解不能怪物のようなものだ、という考えばかりが占めるようになった。



そもそも当時置かれていた環境は、今思い返すと、そんなに思い悩んで苦しむようなものだったのかすら怪しい。

一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に状況を悪化させていただけだったように今は思える。




当時の自分はどうしてそこまで頑なに自分世界から切り離して物事を考え続けていたのだろうか。

どうしてそのような二項対立は公私の生活が安定することでいとも簡単に消し去ったのか。




けっきょく私は、自分の周りの世界に対して、どうして自分の欲求を満たしてくれないのだと怒っていただけなのだと思う。

どうして自分の欲求に沿った環境を用意してくれないのだ。どうして皆もっと私に構ってくれないのか。そう思っていた。





いくつかの偶然と幸福が重なって、私のその欲求のいくつかは叶えられた。欲求が満たされない頃は赤ん坊のように泣き喚いて不満を表明していたが、腹が満たされオムツを替えられると、また母の胸の中ですやすやと眠り始めた。




から、あぁそうだ、自分たまたま幸運が重なって、母乳で腹を満たされ湿ったオムツも変えてもらえたから、それで泣き喚くのを止めただけなんだ。





たまたま欲求が満たされたから、母に対するギャン泣きを止めただけで、決して自分の足で歩き始めたわけではない。




いま腹いっぱいのうちに、母がいなくても大丈夫なようにひとり立ち出来るようにすることが、今の自分がするべきことだ。

なろう系のネット小説って通常のルート文学賞目指しても多分最終選考まで辿り着けないよね

文章文体が下手とかそういうのじゃなくて、

結局あれ出来レースでしょ。

又吉の件だってKAGEROUもそう、女又吉の件だってそう。

結局得てして受賞ないし候補になってるじゃない、特に最終選考は。

多分なろう系はアニメ化したら大ヒットするだけの余力はあるんだけど、

文学賞は無理だろう。

いくら文章書けて面白い作品が作れても。

結局出来レース文学賞に応募するだけ時間と労力と金無駄なんだ。

じゃあ、どうすればいいって?

簡単な話、ネット小説を書いて信者を作って行ったりネットで話題になればいいんだよ。

これが一番の小説家への近道だって事はラノベ現在の主要作家陣を見れば明らか。

しか作家年収ランキング上位は皆なろう系とかネット小説から這い上がって来た人ばかり。

時代文学賞求めない事は、直木賞芥川賞を含む文学賞の顔ぶれを見れば分かり切っている。

正直面白くなくても受賞するのがそれらで、線引きは多分家柄とか学歴とか作家本人の認知度の高さで決まってくる。

それ以外、つまりそういうのを持ってない才能のある人はネット小説で試せばいい。

面白ければすぐ話題になるし、アニメ化ドラマ化、映画化なんて今はザラにあるからね。

というわけで文学賞不要論を唱えてみる。

ボイスチェンジャーっていつになったら完成するの?

「曲のピッチを上げるとだれだれにそっくり」ってよくあるじゃん

スパイ映画でもターゲット文章を読ませるとサンプリングを取って本人の声が出せるみたいなシーンあるじゃん

あんな感じで、マイクにむかって喋ると「だれだれっぽい声」で出力してくれるソフトって作れないものなの?

蝶ネクタイ型じゃなくていいからさ。頼むよ

文章を書く

文章を書く。特に書く事は決まっていない。




以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。


その後生活の拠点を移し、人間関係でも新しい要素が加わったりして、ブログを書くことは無くなった。

早い話がプライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、ブログを書きたいと思うことが無くなった。

2016-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20160723221321

都会コンプ丸出しの文章だな

田舎者を笑うよりいい年齢の人間大都会から田舎までわざわざ足を運び課金までしてポケモン集めしてる方が世間的に恥ずかしいのでは?

http://anond.hatelabo.jp/20160723130601

最近野球関連のニュースを見て「これは伸びる!」と思いついて書いた釣りである確率 ピルピルピルピル…デン!! 100000%です!!!! ブクマの皆様、ここは私に免じて無視してやってください。片方を明らかに悪者に書く文章は確実に釣りです。今までそういうケース、たくさん見てきたでしょう?自分の身近な生活野球ロードという最近燃えやすトピックを組み合わせた典型的詐欺野郎匂いします。はてなの方々が大好きな小町的な子育てネタはてなの方々が大嫌いな野球を組み合わせた見え見えの罠です。こんな詐欺野郎エントリブクマして詐欺野郎オナニーに付き合う必要はありません。詐欺野郎詐欺行為幇助してはいけません。あなたの気軽な一ブクマが、そこの詐欺野郎邪悪精神を満たします。読む人の気分を悪くさせる詐欺エントリーを書き、そのダシに一方をけなす性根の悪い人間には関わらない方が吉です。詐欺野郎オナニーを手伝うあなたもまた犯罪に加担していますあなたリテラシーが、今、試されています




詐欺エントリー撲滅強化期間 標語





詐欺野郎 作り話で 高笑い あなたの気軽な 一ブクマ





ちょっと待て その話マジ 嘘くさい ブクマなんかせず 無視が一番





ああなんだ このエントリー 嘘つきじゃん ブクマなんかせず お茶でも飲もう

俺は「政治的人間」なんだろう。

自分についての話。

俺がなんで安倍政権がとか、在特会がに怒りを日ごろ表しているんだろうとふと考える。

俺はさ、多分理不尽に強いモノが弱いモノを踏みにじる光景が嫌いなんだと思う。これも多分…なんだけど、その土地で生きている人が国家とかに凌辱され、住むとこを奪われたり、「朝鮮人である」というだけ、何の罪もない子どもが通う学校が訳のわからん日の丸おじさんに襲撃されるのが許せないんだと思う。

…思うってのはぶっちゃけそれだけじゃないってこと。

俺がさ、その手の長文を長く書くときを思い返すとさ、だいたい仕事に失敗したとか、私生活トラブルがあったとか…そういう日の夜なんだよね。

正直言えば、自分自分の怒りを自らに近い対象、直接の原因に向けるのがこわいんだ。

から、明確な「悪」自分とはちょっと遠い場所にいる「悪」に向けたいがために、政治に首突っ込んだり、変な文章を書いている側面はあるなと思う。

それが「人間らしい」のか、或いは「真剣にやっている人に失礼」

なのかみたいな問題には興味がない。興味がないってか、結局俺はそうならざる負えないからな。そういうことをしないと生きていけないんだ。

から、これからもそういうことをし続けるだろうよ。

だってそうだ。自分仕事についてはどうも「波」があるらしい。先月は割と好調で、新しい仕事を任されたんだけど、今月はぜっ不調で…。それで、だから今回も長文を書いているんだろう。

俺はさ、自分が正直、100%自分自身コントロールできてないと思う。

好調の時はこれでも目端が効くんだけど、不調の時は「目の前にあること」が一部分、真っ暗になると言うか、意識がそこに向かなくなるんだ。

普段は見えているけど、道端に落ちているゴミが見えているんだけど、認識できなくなる…そんな感覚。俺はわざとさぼっているわけでも、やる気がないわけでもない。ただ、認知機能みたいなのが低下するんだな。自分ギアコントロール出来ない。

俺は、他人にこう、自分意思を伝えるのも苦手だ。自分自分説明すらできない。

よくよく考えるとウチの父もそうだ。

あの人は人に怒れないんだな、怒るんじゃなくて、モノに当たったり、思いだして夜中に騒いだり、徘徊したり…みたいなそういうタイプなんだ。真正から誰かに向き合うのが苦手なんだろう。

俺もそういうとこがある。ほぼ毎日会う親にすらいまだに真剣に向かい合ったことがないし、向かい合い方もわからない。

不器用」なんていうと綺麗に聞こえるけど、逃げているのかもしれないな。或いは「逃げざる負えないのかも」

なんかな、そういう感じなんだ。

ただ敢えて言うけど、俺は「直接の悪」に向かえないおろか者だ。そして、自分に素直になれない、自分自分の心を本当のところ知らないダメ人間だ。

ただな、だからこそ俺の怒りも悲しみも俺のモノにしたいけどな。

なんかさ、怒りってのを誰かにコントロールされたくない。

世間の少なからずの人はどうも違うらしいじゃん。例えば「1984年」の憎悪週間…が近いのかな。

政治思想対象は勿論、時に国家民族対象になったり、まぁ…軽いあたりだとスポーツチームの勝ち負けもそうだ。

誰かと自らの感覚を共有して、「集まり」「皆」の「感情」に自分を合わせるのって本当に楽だし、楽しいし、安心するんだろうなって思う。それが怒りであっても、誇りで会ってもだ。

右はもちろん、左に対しても俺は思う。

人の大きな集まりは怖いよ。

みんなが「社会だ、国家だ」のために「怒ってる」。少なくとも現場じゃ「そういう設定」になっているわけだ。

それは凄くわかることであるんだけど、俺みたいなちょっと弱い人間がそういうことに関わっちいかんなと思う。

俺はそういうことはしない。しないってか出来ないんだな。

そもそも、俺みたいな人間がそういうことをしちゃあいけないんだ。

俺は「言いたいから言っている」のではなく「言わないと自分が壊れちまう」から政治とかなんかの怒りを表明しちまうんだ。

「皆」に一時は共鳴できても、こらえ性もなければ…なぜか…本当に人と合わせられないから、関わった「皆」と違う道にいつの間にか進んじまう。

そして余計にさみしい思いをする。

俺は、まぁなんつーか、そういう不適応人間だ。

ただ、それでも死にたいとか、楽になりたいとは思わない。

なんかさ、そういう自分がそういう自分であることを認めてそれでも生きていかなきゃならんと思う。俺には生き続けなきゃいけない天命があるはず。少しでも光のあたる方向に行きたい、自分毎日少しずつ明るい方向にはい出している…そうであると信じないととてもじゃねーけど…やっていけない。

生きている意味がなくなっちまう

カッコいい言い方をすれば寂しさを胸に抱いて、それを自任して、それでもなお生きていかなきゃいかんのだろう(笑)

から俺は、群れを外れたかわいそうな羊、自称個人主義者でアナキストの…でもどこかで大いなる共感を求める「右翼天皇主義者」なんだろうよ。矛盾している「かも」だがよ。

俺は自分ダメさ加減に「意味」を見出している。それはそれ自身が唯心的な行為なんだ。

唯心論だの運命だの天命だの持ち出して来て、自分不器用説明をしちまって、無理やり飲み込むからこそ「俺は右翼なのだと思う。

結局、俺は語彙が足りないから、また「政治」の話題を書いて、政治ワードをもって、自らを表現しちまった。

そういう意味じゃ、俺は「政治的人間」なんだろう。

毎回選挙に行く人や、デモ集会に毎度顔を出すような人よりも…よっぽどね。

[]7月22日

○朝食:なし

○昼食:鳥カツご飯、ツナマヨおにぎり

○夕食:マクド



調子

むきゅー!

お仕事は何か、かなり大きな仕様変更があって、ドタバタ騒ぎが始まった。

ドタバタし始めた時点で、どうせ九月ぐらいまで決まらないだろ、と適当に流して帰ろうとしたが、

リーダー出張製造の一番詳しい人が有給という状態で、僕が一番詳しい人ポジションになってしまっていて、

色んな人の質問対応してたら、遅くなった。

ご飯も適当マクドですました。



で、帰宅してからポケモンGOインストールして、ゆめと、ぼうけんと、ポケットモンスター世界に行くことにした。(20年越しに気付いたけど、夢「と」冒険「と」ポケッ「ト」で、トがかかってるんだね)

が、インストール直後に、LINEで、最近話題によく上げてる人と楽しくメッセージが着たため、そちらを優先した。

はあ、楽しい

仕事愚痴を言い合ったり、

好きなアニメ洋画の話をしたりと、

時間半ぐらいメッセージのやり取りをして、とても楽しかった。



で、その盛り上がりの流れで、僕が大好きなアニメ映画エンディング曲カラオケで歌うのが好きだ、という話になり、

今度カラオケに行こう、と誘われた。



ほらあの「俺、他人に興味ないっすから。それにガツガツすんのダサいっしょ?」みたいな斜に構えた態度を僕がとることよくあるじゃないですか。

よくよく考えると、こんな態度で自分プライド守っても何にも楽しくないんですよね。

そりゃ、他人迷惑をかけるほどガツガツするのは問題ですけど、一切自分からアクションを起こさないのも問題じゃないですか、要はバランスじゃないですか。

いや、突然なに自己啓発本読んだ直後みたいなこと言い出すの? って話なんですけど、

せめて匿名日記の中ぐらい、ちゃんと自分気持ちに素直になろう、と思った次第でありまして。



「なんであん可愛いねん!!!!!!!!!!!!!!!!!!

うっひょおおおおおおおお!!!!!! 超楽しみ! 早く会いたい!!!

あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

1人じゃない! 僕ら繋がってるから

明日へと踏み出したくなったんだ!

それぞれの夢の色つないで!

この空に、鮮やかな虹をかけよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

女性が好きなガンダムってビルドファイターズでしょ? という偏見以外の何物でもない決めつけを元にカラオケで歌う歌を練習する様を文章表現してみる)




ポケモンGO

こんな時間に、家の近所をうろちょろしてきた。

が、ポケスポットが(僕が見える範囲で)たくさんあるジムの近くにいくと、スケボーに乗り奇声を上げながら、お互いを銀玉鉄砲エアガン? で攻撃しあっている集団がいて、とても怖かったので、そそくさと帰ってきた。

ちなみに、その向かいにも、ジムとポケスポットがあるのだけれど、そこはタケノコ狩りのお姉さんたちがいて、それはそれは怖いので、近寄らなかった。

今まで意識したことないけど、治安悪いな。

2016-07-22

やらずに「批判するやつ」も嫌いだが、やらずに「批判するなっていうやつ」も嫌いだ

ポケモンGOについて。


私も現時点では正直つまらないと思う。私も現時点の作品面白いとは満足したくない。で、それは運営もわかってるはずだから、今つまらないことはつまらないといってもよいと思う。ああしてほしい、こうしてほしいっていうのはありでしょう。それを叶えるかどうかは運営次第だけど。

アニメで一話切り自慢する奴のようにそのゲームをろくにやらずに批判するやつは嫌いだ。でも、そのゲームをやってないのに批判に対して「批判するな」っていうやつも嫌いだ。批判というだけで聞く耳をもたない人ってなんか気持ち悪い。

長続きするゲームってなんだかんだ運営による改善がしっかりしてたり、コンテンツの追加が充実してる。

以前デレステ稼働初日に「曲が少ない」「難易度高い曲がなくて退屈」と批判してる人いたけど、この人が書いてた批判ってたぶん今ではだいたい解消されてる。

まなめ

ポケモンGOも、そうなるんじゃないかな。前身であるイングレスだって最初から今の完成度を誇っていたわけではなかったと聞く。天下の任天堂が、今の状態のままで終わりとするわけはない。






から、今の時点で面白くないとかあわないと思った人は今はやらずに、面白くなってから戻ってくればいい。現時点でpokemonGOそれ自体否定したりとか、あれこれ理由つけてやりませんってのを宣言してる人は何がしたいのかわからない。「ポケモンやったことないのでポケモンGO乗れません…」っていうならやればいいじゃん。バカじゃないの。小学生かまってちゃんかよ。










うお、なんじゃこりゃ、なんでリンク先がまなめになってんだ。

最初ブコメツッコミなかったからやっぱり最初普通文章だったよな。何があった。まなめ陰謀か。

ラノベの読み方

よく1巻から読めといわれるが、私としては最新刊から読むことをすすめる

なぜって、ラノベ作者の文章っていい意味でも悪い意味でも常に安定しないか

最新刊ならその作者が書ける最先端技術で書かれてるので、それ読んで駄目なら過去も駄目だろって判断出来る

というか、ラノベだとラブコメ要素があるわけで、最新のラブコメネタを読んでマジかーとなってどういったいきさつでそうなったのか探っていくという楽しみが大きい

特にアニメから入ったラノベだとその傾向が大きいと思われる

アニメツンデレどころか敵対してた女の子主人公にデレデレになっていて嫁扱いだったりする

もそうなるとマジかーとなって最新刊から1巻に向かって読んでいくことになる

これはラブコメじゃなくてもいいんだけど、アニメで最強だった敵が原作最新刊だと主人公の一番の仲間だったりすると何が起こったんだーと読み戻していくことになる

作者が考える読み方をは違うけど、結果を知り過程を楽しみ原因を知る、どこかのビジネスモデルみたいな読み方も楽しいよという話でした

2016-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20160721164329

インタビュー文章をじっくり読むとわかるが、Qが叩かれる以前からもずっと鬱で、ギリギリダウンしない処で踏みとどまって作り上げた後に叩かれて「完全にダウン」したって流れだな。急に鬱になったんじゃない。爆発したのが完成後だったということだ。

庵野監督の素晴らしいところは、鬱状態になっても作品を完成させられるところだね。これは富野監督とかもそうだしアニメ畑の人は全般的にそうなのかもしれないが。

小説家なんかでは、鬱になったらシリーズのものが完結しなくなることなんて日常茶飯事だろ。ハルヒとか紅とか…

それらに比べたら圧倒的に偉いとは言えるわな。増田庵野監督とかを見習え。

頭悪くて文章が長ったらしいのが多くて増田疲れるな

http://anond.hatelabo.jp/20160721152919

いいな、と思う男から告白されたことは一度もない。

その文章読んだだけでも「だろうな」って感じ。

ただ、結婚するだけなら簡単だろ。

幸せになれるかどうかは知らんが。

怖い文章が多い

怖い

これからしばらくしたり顔でポケモン下げ記事(や批判記事)が出るんかなと思うとちょっとうんざりする。

はてなの人たちって一見知的文章書いてるように見えるけど実はアホだから全部的外れ感があるんだよね。

文学ってのはもっと豊かで人を幸せにするもんだろ

それは問題を取り違えてるよ。

あのコピーから感じ取れる主張は、少なくとも俺にとっては「文学アニメより高尚です」という主張ではなくて「文学ファンは(ですらないと俺は思ってる。このサイト、要するに利権業者広告代理店発注したものだろ?)アニメファンより高尚です」というものだ。ようするに「文学が高尚であってくれないとそれをネタ商売ができねえ、都合が悪い」という意思だ。

この主張の差は、小さくはないよ。

そしてそれに対して、「いやいやそんなことはねーだろよ」と俺は思ったんだよ。

「そんなことはねーだろ。少なくとも、他ジャンル(今回はアニメ)を揶揄しないと自意識を保てないようなファン自尊心ってどんなもんよ?」と。

そもそもの話、多くの文学者アニメを下になってみてないわけよ。文学をそこまで高尚だと思ってすらいないわけ。高橋源一郎は「君が文学を苦手に思ったとしても文学面白はいつかきっと君に届く。安心しろ」と「文学がこんなにわかっていいかしら」の中で言った。書き手がそうであるのに、たかだか文学賞選考委員新聞などの、いわゆる外野が、書き手ファンの間に割り込んできて「ティチングしてやる」という、その態度が醜悪だと思ったわけよ。そこにあるのは権威化して利権を得ようとする私欲だけだ。

少なくとも俺は、文学ファンとして、このサイトは許容できないよ。俺の大好きな文学は、こんなふうに、他を引き合いに出さなきゃコピーひとつ作れないようなものじゃない。文字文章の力を信じて、独力で読者の心に豊かさを届けられるものだよ。そんな文学が、俺は大好きなんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160721015413

増田ユーザー罵倒する言葉を考えてたんだけどさ

イマイチいいのが思いつかないんだよね。

「バーカ! 升田の○○! ○○!」の○○に入るヤツ。きょうもえさんくらい自然に豊かな罵詈雑言が出てくればいいんだけどなあ。



政治信条攻撃するなら対立する立場(の蔑称)が自然か。
例)益田ネトウヨ! はてサ! しばき隊! 日本会議
相手趣味性や属性攻撃するならそれ自体を貶める修飾語をつけるのがいいのでは。
例)舛田の自称高学歴! 自称高収入! アニメオタク! 美大くずれ!  
企業名前を組み込むのはどうだ。
例)桝田のみずほ銀行SE! ゼンショーホールディングス役員
人間性を攻撃するならやっぱクズ人間を出すのがいいと思うんだ。
例)枡田の石川啄木! 種田山頭火
より現代性を持たせるのもよいだろう。
例)ますだのイケダハヤト! はあちゅう! 梅木雄平! 東浩紀! 家入一真


……言っていいことと悪いことがあるなやっぱり。さすがに言い過ぎたよ。

ごめんね。



追記)

そういえば都知事候補に同じ苗字の人がいたね、まこと申し訳ない。タイトル文章少し変えた。

人助け?

ここ数ヶ月で、久しぶりに昔の友人と関わり、救われたので書く。

適当に書くので、接続詞とか色々おかしいかもしれません。

時系列メチャクチャですが、このグループ(?)にアルファベット順に加入して行く流れでした。全員高校の同期です。

事の発端は、Bがこっちに戻ってきたときに、感情を完全に失ってしまっていた事にあります

それを心配したAは、Bを必死に遊びにつれ回そうとしました。

最初はBもAの連絡を無視していたが、車で家に行ったりしてるうちに、何度か外に遊びに行くようになりました。

Bは初めて釣りしました。この釣りという遊びが、Bにとっては非常に気分転換になったそうです。

夜な夜なAの車に乗せられ、二人で釣りをして遊んでるうちに、どんどんBは明るさを取り戻し、大学にも通え、バイトも出来るくらいの精神状態になったようです。(どれくらいの月日がかかったのか分かりませんが)

そこから数ヶ月後、Cがパワハラが原因で退職鬱病発症し、休職期間に入りました。

元々非常に明るい性格をしていた彼ですが、人が変わったように暗かったらしいです。

それを知ったAとBが、Cを元気づけるために、同じように遊びにたくさん誘うようになりました。

釣りBBQ等を頻繁にやってたようです。薬を処方されていたようですが、薬に頼らず、友人と思いっきり遊ぶ事で心を晴らそうと努力したみたいです。

この用な生活半年近く続けて、無事明るい性格を取り戻していき、就職活動も出来るくらいになってきました。

ここまでの話は伝聞です、

さらに数ヶ月が経過し、私が鬱病に近い物を発症しました。

日々のうのうと生きてきた事に関しては自信があった私ですが、このときばかりは非常に重かったと思います

また、感情の起伏が激しくなってしまタイプでしたので、この友人達に対しても、非常に高いテンションで接する事もあれば、遊びの誘いを無視するような態度をとってしまった事もあります

今考えれば、嫌われてもおかしくないような態度を取っていたなと思います

こんな私も、彼らと一緒に釣りBBQボルダリング等をしに、つれ回してもらいました。

夜に俺が気分が沈んでいるときは、夜中に家まで車で来て、ドライブしながら話相手になってくれた事もたくさんありました。

これのおかげで、本当に助かりました。新しい趣味もたくさん出来たし、気持ちもずいぶん晴れて落ち着いたと思います

こんな起伏の激しい俺ですら、受け止めて遊びにつれ回してくれたり、厳しい目線アドバイスをくれたり、本当に薬なんかよりも心に効きました。

そんなこんなで、最初はAだけだったのが、人を助けて、また人を助ける事を繰り返すうちに、4人のグループとなりました。

ここで最後に、Bの就職活動が上手くいっていないという話が上がりました。

また、A君もフリーターをしているが、将来を考えるとそろそろ正社員になりたいという話をしていました。

Aは大学中退で、Bは文系院生という少し難しい立場でした。

私は、割と就活成功していた方でしたので、ここでなら彼らに恩返しが出来ると思いました。

まずはB君の手助けをはじめました

週に3回くらい、ファミレス等でESの深堀、面接練習等をしていました。私も面接官として話すために、彼ら以上に彼らが受ける企業について研究しました。

彼はここまで全滅だったため、夜中不安で手に付かないからと、Skypeで4時くらいまで面接練習をしていた日もありました。

その結果B君は無事第一志望の会社と、もう一つの会社内定を貰う事が出来ました。

次にA君の手助けをしようと考えました。就活が終わったB君も手伝うと参加してくれました。

手伝った内容はほとんど同じです。彼も無事に働き先が決まりそうな所まで来ています

このような二年間を通して、それぞれ皆かけている所があるが、お互いに出来る事を使って助け合って行く気持ちさえあれば、

壁を乗り越えさせてあげる事が出来るんだなぁと言う事を感じました。

今でも週1で夜な夜な肉を焼いてたわいもない話をする会などをしています

何が言いたいのか分からない文章になっていますが、日頃から人を助けるために全力で行動をしていれば、自ずと周りの人も自分が困ったときに助けてくれるんだ、という事をひしひしと実感した二年間でした。

高校生の頃から、人を助けるために行動するように徹底してたつもりだったから、今回私も助けてもらえたのかもしれません。

私もこれからまた彼らが困るような事があれば、全力で助けに行く事が出来るという自信を持っています

私も現在被害妄想等の症状で、信頼出来る友達ガッツリ減ってしまいましたが、信頼出来る友人に対して出来る事を考えながら生きていきます



駄文失礼

2016-07-20

最近はてな匿名ダイアリー二次創作同人活動関連の記事をよく見かける。そのたびに私はこの人達はまだ絵や小説を作り出せるんだからいいじゃないか、と思う。

まず、私は絵がかけない。小さい頃からアニメにハマる高校生まで学校の授業でしか絵をかいたことがないような人間だったからかけなかったし1年程度練習もしたけどやっぱり人に見せられるような絵をかけるようにはならなかった。

じゃあ次は小説を書いてみようと意気込み2本書いた。Pixivにも投稿した。1本は閲覧数500強で評価回数20回程度、もう1本は閲覧数100強で評価回数は一桁だった。今自分で見返しても前者はまだ見れるが後者の話はクソつまらないと思う。この文章を読んでいる人なら私がいか文章を書くのが下手かわかると思う。

MMDにも手を出した。元からニコニコ動画が好きだったかMMDもよく見てたしこれなら自分にでも出来るんじゃないかと思ったが再生回数は伸びず制作意欲も落ちていきいつしかソフトアンインストールしていた。

二次創作同人界隈は何かしら作品が作り出せる人間じゃないと友達さえも出来ない世界だと私は思っている。何も作り出せないつまらない私と仲良くしてくれる友達も居るがやっぱり創作している人のほうが友達は多いし楽しそうだと思う。

から私はまだ自分にもなにか創作できるものはないか模索したいと思う。とか少しは思っているけどやっぱり何にも出来ない自分死ぬほど嫌だな、とも思う。

人生に、文学を。」の文章は、実は高名な作家に依頼して考えてもらったのではないだろうか。

あれを「不特定文学愛好家の発言」や「文学を知らないコピーライター発言」と捉えると高慢に思えても、

特定作家個人の発言」と捉えると印象が和らぐような気がする。気取りすぎな感じはあるにしても。

村上春樹ほど読みやす文章はないと思うけどな

http://anond.hatelabo.jp/20160718082800

なんだ、いっぱい書いた記事引っ越ししてたのか。ご苦労さん。


まぁアホすぎて理解できないみたいだから、切り取りの一例を挙げようか。例えば下記の流れだ。


飲食サービス介護労働者の多数を占めるけどね、

なんやかんや言っても、日本はまだまだマトモな人間が多い国だよ。お前の周りは知らんけどな。



引用して



労働者の多数を占める連中をまともな人間じゃないと言いつつまともな人間が多い、と反する命題を口にできるとかキチガイすぎて話にならないな。



こう書いてるが、僕は正確にはこう書いている。



あとね、飲食サービス介護労働者の多数を占めるけどね、現場非正規本社社員マネージャーは違う人種から。一緒にしてる時点で社会経験の浅さが露呈している。

なんやかんや言っても、日本はまだまだマトモな人間が多い国だよ。お前の周りは知らんけどな。



介護飲食従事する労働者は多数を占めるが、現場非正規本社社員マネージャーは違う人種と書いてるね。

で、世の中は不本意非正規正社員どっちが多いのか?まぁニートは知らんのだろう。勉強になるから調べてみなさい。

これを自分の都合の良いように後半削って引用している、恣意的引用、細切れと言われて反論余地は無いよね。誰が見ても明らかにお前がバカだよw

ほら、例を挙げてやったぞ。バカ自覚してからが始まりからね。社会復帰するんだよ。




後ね、別に精神負担をかけるとかいお題目はいいからさ、まともな文章書いてみなよ。

ちゃんとした文章で理詰めにされたほうが、僕は負担がかかるから

「出来るけどやらない」と「出来ると言ってるだけ」は心の余裕が違うんだって

金持ちロハス生活貧乏人の買えないの違いだよ。



君、その文章で誰かに認められた事有る?その文章お金稼いだ事有る?

僕はどちらも有るよ。小学校読書感想文先生に褒められた事から社会に出て仕事に活かして売上を上げる文章も書いている。(というか、僕の文章のみで1つの事業が成り立っている)

誰かに認められている「余裕」が君からは感じられない。(また根拠が無いと言い募るのだろうが)

人間は端々の行動や文章から、顔を合わせなくてもわかる事がたくさん有る。社会経験の無い人にはわからないだろうけどね。



で、君は就職して年収10Mくらい取ってるの?

たかが上位4%だから、そこまで大言壮語するなら当然取ってるよね。(信じないだろうけど、僕は取っている。余裕で10M超えてる)

まぁネット罵詈雑言を書き散らして、君の惨めな人生が少しでも彩りを得るならそれでもいいんじゃないかな。

僕は熊本大分のふっこう割取れたので、休暇取ってくるわ。どうぞネットにしがみついて駄文を書き散らしてくれ。

ああ、ふっこう割をセコいとか言うなよ?自分バカさを更に露呈する事になるから

金持ち無駄金を使わないか金持ちなのであって、マンガの中の金持ちのように紙幣をばら撒いて歩いたりはしないものからね。

じゃあ、快適な夏を過ごしてくれ。バイバイ

文明の敗北集

長文をメモ帳に書いてスクショをツイッターに上げる馬鹿

この増田みたいに文明の敗北って言葉はよく使われてるなと思って調べてみた。



http://anond.hatelabo.jp/20160720113809

男が書いたふりした女が書いた文章のふりしてオッサンが書いた文章

役職に「さん」付けしている文章を読むとぞわぞわする


小説家になろうアルファポリスとかでネット小説読むと、侍女「さん」とか兵士「さん」とか役職に「さん」付けしている文章をたまに見かける。

それを読むたびに、ぞわぞわして違和感がずっと続く。

そして違和感に負けて読むことを止めてしまうことが多い。

役職ではないが、イケメン「さん」や美女「さん」といった言葉もそうだ。



でも会話文中に出てくる、息子「さん」、娘「さん」、親御「さん」等々は別に違和感を感じないんだよな…