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はてなキーワード: 一定とは

2017-02-22

デレステ報酬の謎

ここ最近、15000で2人目sr獲得になってるイメージだったので20000に戻ってるの14000到達で報酬予告出るまで気づかなかった。

その後、なんだかんだで未央さん確保して一息。順位じゃなくてポイント確定で確保できるのはありがたい。これがハイスコアランキング限定になろうものならregularまでしかクリアできない、debutすらフルコンボできない下手さに定評のあるレスターとしては手も足も出ないのでイベント参加もしなくなる気がする。

経験上というか自分が他に知らないだけだが、自分のように一定限度を下回って下手な人間に対しての指導はもう根性論か、罵倒して切り捨てるかの二パターンしかない。ゲームだけじゃなく運動もそうだったなあ(遠い目)。運動部勢と体育教師人格攻撃と存在否定された体育の授業も今となっては懐かしい、なんてことは微塵もなく、いまだに自分にはスポーツをする資格がないまでは言わないけど、それに近い感情に囚われているなあ。ゲームの方はその呪いに似た感情を上回るだけの楽しみを自分の中に見出してるとかかな。よくわからない。

自分には使い道のないmaster+チケットの数が無償石の数を超える日を想像しながら就寝。

http://anond.hatelabo.jp/20170222180803

ギターとかは「上達したら終わりだ」みたいな変な価値感持ってる人が一定数いるよね

その言葉 ちゃんと顔みて 言えます

対面でも暴言を言える人というのが一定割合でいる

現実世界では観測範囲は狭く、関係遮断や疎外によって人をコミュニティから追い出すことができるため、そのような人はあまり見かけないですむ

一方で、インターネットパブリック世界では時間空間を飛び越えて言葉が繋がっているので、そういう人たちは現実世界よりもはるかに沢山の数がおり、それらの誰にでもいつでも距離を詰められてしまうことになる

件の標語は、陰口は言うが面と向かっては悪口を言わない人たちには効力をもつということで一定の意義はあるものの、面と向かって言えますが?というような精神の人たちには効力がないため、インターネットパブリック世界ではバッシングマウントは延々と観測され続けることになる

管理者養成学校が続いている理由と仕組みを卒業生説明する

サラリーマン幹部養成学校の一日が刑務所と変わらない→実際に行った人たちが続出 - Togetterまとめ - https://togetter.com/li/1083373

▼Q:なんでこんなものが続いているのか

ビジネスモデル確立してるからです。

ここの母体は「社員教育研究所」という会社で、ビジネスマナー等の半日研修セミナーをメインにおこなってます。昔いた会社では、正社員は全員ここの半日研修を受けることになっていました。管理者養成学校に行くのは管理職新卒社員だけでした。

半日研修は、意外にもいたって普通の内容です。笑顔の耐えない講師の人が当たり障りのないビジネスマナーを教えてくれます半日話を聞いて仕事サボれてラッキー、くらいの感覚で受けました。しか講師笑顔にだまされてはいけません。それはただの仮面です。ここの講師は全員管理者養成学校教師を兼ねてます。いつでも怒鳴り声があげられるのを、セールス向けに意図的にゆるーくゆるーく振る舞ってるのです。

この、セミナーの使い分けがポイントです。管理者養成学校卒業生は一部が完全に洗脳されます。よしんば洗脳されなくても、管理職的な視点から後述の「一定の効果」を認めるひとは少なくありません。そのため、「管理者養成学校いかせるまでもない(行かせたくない)けど、多少学んでほしいことがある」と考えた管理職は、このゆるーい半日研修採用するのです。つまり

「ここの卒業生管理職になった企業管理職になる」

→「この企業運営する半日研修セミナー社員を受けさせる」

(→「一部の社員合宿セミナーへ参加させる」)

というサイクルが発生しています。飴と鞭に近いものを感じるというか、よくできています。多分なくなりません。

▼Q:「一定の効果」ってなに?

トップダウン式の企業における「上から命令には迅速かつ忠実にしたがう」という感覚を身に付けることです。

命令に従わなかったり、勝手判断で動く社員はどの企業にも一定数発生します。それを許容する文化もあれば、「上から命令絶対に守る/言われてないことは絶対にしてはいけない」という文化もあるでしょう。そして、例えば急成長して組織構造確立していない大企業のような「企業風土はまだ根づいてないけど、上としては絞めるところをしっかり絞めたい」という意識が働きやす企業は、荒療治であっても命令絶対服従の社員を育てたいと思うではないか…というのが私の予想です。

他にも「承認体験を与える」「ブレインウォッシュしたあとにある種の価値観を植えつける」とかもありますがこれも後述します。

▼Q:実際にはなにやるの?

意味のないことをやります

本当です。たとえば、「駅前に立ち、大声で歌を歌う」「歌で審査員を感動させる」「動きを激しくアレンジしたラジオ体操を覚える」「行動力基本動作10ヶ条を暗記する」といった課題を与えられます。それらがすべて合格にならないと補講が発生し、強制的宿泊数が一日延びます。そんなことをわたしは7泊8日で怒鳴られながらおこないました。

この「意味がない」というのは実はとても効果的です。そもそも、入校初日先生から

「ここで教えることに意味はない。大声を出そうが、歌が歌えようが、仕事はできるようにならない。だけど、ここは研修練習の場だ。練習でできないことが、本番でできるわけがない。ここでの訓練を通じて、社会人としての一挙手一投足を学んでほしい」

とか言われます。そしたら「意味がないじゃん」という反論意味をなさなくなりますしかも、「意味はない」けど「歌で審査員を感動させる」ために歌う歌が

要領とごまかしで 長い坂はゆけない

仕事場は戦いの場 半端ではない

やる気になって汗を流せど 力なき悲しさ

いつかみじめな自分を見るだろう

年をとってほぞを噛むなら いまやるがいい

君よ知るか仕事ができて、人生幸せ

ひらけゆく青空の大きさはどうだ

しなやかな若竹にできないということはない

なんて歌詞なんです。

ここが恐ろしい、そして本当にすごいところで、教師意味提示しないので、自分で考えるしかないんです。

意味がない」からこそ、「自分意味内面化する」。このための仕組みが管理者養成学校はとにかく高度に作られています。たとえば、大声で歌を歌うとどうなるか。脳が酸欠になり、思考力が低下します。どれだけ歌っても鬼の形相の教師が怒鳴ってきます。何度も審査に落ち限界限界を重ねて大声で、精一杯気持ちをこめたあと、教師が満面の笑みで「合格!」って言って抱き締めてくるんですよね。このとき承認された感覚半端ないです。涙がボロボロますし、ボロボロ泣くのは気持ちいいです。承認体験は人を盲目します。

なお、こういった方法論は一般的にbrainwashingと呼ばれているはずです。そういった仕組みを利用しているのは軍隊カルトの二つが一般的ですね。

▼Q:嫌じゃなかった?

→嫌だと考える時間と余裕があらゆる点で排除されています

ポイントは「秒単位の余裕すらない規律」「徹底した団体行動」「常に見られていること」「でも絶妙息抜き」の4つです。合宿中は一日を5時起床/22時30分消灯で行動します。自由時間はこのうち合計3時間ほどありますが、単独行動禁止です。研修グループでおこなうので、一人だけ休む、一人だけ練習するなどは禁じられています。本当の意味での自由時間は、起床と就寝のための30分くらいです。それらは布団の出し入れと着替えでつぶれます

なお、行動と行動の間に1分でも空き時間があれば、なにか練習しないといけません。寝泊まりと訓練をする部屋は一面ガラス張り、かつ消灯時以外はカーテンを閉めるのを禁じられています教師は常に見回りをしており、なにもしていなかったら怒られますあなた方はパノプティコンをご存じでしょうか。

見られているのは教師だけではありません。同じグループのひとや、違うグループのひとも同じです。学校では実に細かなルールが設定されています。「部屋を出入りするときは『失礼します』とおじぎをしてから出入りする」「移動時には常に小走り」「椅子から立ち上がるときには椅子を必ず机の奥まで入れる」等々。そして、「ルールを破った人がいれば他のひとが注意する」「注意されたら『ありがとう』と返す」等々。ここでは生徒もまた監視している存在なのです。

しかし、ガッチガチでありながら、休憩時間ビールタバコを嗜むことは許されています絶妙です。縛るところは縛りつつ、一握りの自由を与えます。また、グループ内でのコミュニケーション促進にもなります

▼Q:みんなこんなルールを守るの?

→守ります意味がないルールでも、ここでは規律内面化されるからです。

一番面白かったのは、「風呂に入る前には、風呂場の上に書かれている『風呂に入るときは、1:頭からお湯を二杯かぶる 2:頭を二分洗う 3:お湯を三杯かぶる 4:水を一杯かぶる 5:体を五分洗う ...』の規則を必ず読み上げてから入る」でした。みんな読み上げるし、書かれている「体を洗う順番」を守ります。本当に。風呂息抜きの場ではありません。厳密には、「息抜きをしつつも、規律規則として必ず守る」という感覚が四六時中植えつけられます

▼Q:あなたは何を学んだの?

ラジオ体操でぶっ倒れるとか、40キロ歩いて本当に立ち上がれなくなるとか、あとは四六時中怒鳴られたときに何度も発生したミスがあるとか、そういった点での「私自身の体力的・精神限界を知れた」ということは結果的によかったかなと思います

また、『1984年』の二重思考ってこういうことなのかと体感しました。承認体験が重なるにつれて、「規律めんどくさい!」が「規律を守ることは楽しい!」に刷り変わっていく感覚は絵も知れぬものがありました。訓練の最後には「この学校は最高だ!!」って本気で思ってました。でも「学校を補講なしで卒業し、一日でも早く出たいから全力で試験合格しようとする」んです。

矛盾してるでしょう?でもそれを可能にするのが管理者養成学校なのです。

▼Q:管理者養成学校さないと

→同感ですがつぶれないと思います洗脳されてるひと結構ますし、この「洗脳されてる」が「『個人人格』とは別の『社会人としての規範人格』を学ぶ」と錯覚してるひとは多いです。私も、管理職立場になったら部下に行かせない保証はないなと思います

▼Q:おまえは既に洗脳されてる

洗脳っていうのは「こんなの絶対おかしいよ!」って理屈理解していても「わー!たーのしー!すごーい!」と思ってしまうから洗脳なのです。

2017-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20170221173311

トレカゲーム話題不思議なんだけど

一定カードシャッフルして配布して遊べるようにすれば、皆で楽しくワイワイできるのに何でそういうルールができないんだ?

強いカードを持ってる奴が強いのは当たり前じゃん。

どんな手札からでも勝利するのが本当の強者だろう?ポーカー麻雀みたいにランダムで配布されたカードで戦わないと。

 

何でメーカーが押すルールにばかり囚われてるんだ?

公式大会ルールが変わろうとも、「俺たちのグループは今までのルールでいくぜ」とか「私たち地方ではこういうルールを作ろう」とか大富豪ローカルルールみたいな進化が何故ないんだ?

 

http://anond.hatelabo.jp/20170216163458

・起動画面がダサすぎ

・移動範囲の色が薄くて分かりづらい

・移動先として選択されたセルの色を変えろ

一定時間経過後に一気に動くんじゃなくて1マスずつ動かせ

攻撃時に何らかのアニメーションを入れろ

・味方を攻撃できないようにしろ

・城いらんだろ

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220155230

もちろん疑いの心は大敵だけど、そんなのなんだってそうでしょ

何かを習う時に最初一定期間先生を全面信用して服従してみるのが物事を身に付けるコツで

それで駄目なら先生が悪いのかもとかメソッドが悪いのかもと言う話になる




何事も、

言われた通りにやらずに「こんなの駄目」っていう人はいっぱいいるし(いつも中途半端で何も身につかない人)

逆にずーっと言われたとおりにやって成果出てないのに「インチキでは?」って疑えない人も居る(カルト




それでぜぶらのいってる瞑想はよくもわるくも何の効果もない

あれをやって悪い効果が出たっていう人は嘘だろうね

あれはせいぜい眠くなるだけでしょう

http://anond.hatelabo.jp/20170220090000

クズじゃないでしょ。

女は妊娠出産があるんだから一定期間働けなくなる。

金がなきゃ生活できないじゃん。

子供いらない一生専業主婦で贅沢させろって言ってるんだったらあつかましいと思うけど、まあそれだって個人自由だよね。

好きって感情じゃなくスペックで選ぶのは男女共に。それが婚活

2017-02-19

管理職研修 ブラック

某所でブラック研修を受けた

その中身を書く

場所

会社ではなく、別の研修施設。泊まり込みで行う。

俺の場合は最寄り駅から徒歩1時間程度。

日常演出するため。

宿泊は一人部屋ではなく、複数人が一部屋になることが多い。

内容

座学

精神論が中心。

やる気と気合があればなんでもできるみたい。

修了条件

一定試験クリアしないと修了しない。

素読

企業理念電通鬼十則のような文章を全力の声で音読

暗証しないとクリアできないが、暗証中は講師視線を合わせないといけない。

反抗的な態度の相手には視線を外したと言いがかりを付けて認定しない。

運動

体操筋肉痛になるレベル。穴掘りや行軍を課す場合もあるそう。

恐怖で支配

大声で恫喝人間て、恐怖で支配されると思考しなくなる。

最初

会社上司から、全権委任されている。生殺与奪自分にある。

途中で研修放棄するということは業務命令違反から、帰るんなら辞表を書け」

と釘を刺される。

反抗的な返事をすると、大声で恫喝する。

恫喝すると同時に「なんだその目は」

文句があるなら帰れ、金なんて返す」

思考停止

朝は早朝、夜は深夜まで。

睡眠を奪うことと運動思考力を停止させる。

座学中に大声で相槌を要求。できないと恫喝

質問には解らなくても挙手を要求。できないと恫喝

指名され、返事ができないと恫喝

考えずに動くようになってくる。

考えられないから失敗すると恫喝

失敗すると、周りにも「なんでお前らが注意しないんだ」と恫喝

スピーチ

徹底的に自己否定させる。

取り繕うものであれば、恫喝

恫喝して、思ってもいない方向に誘導

声に出すと、「そうだったのか」と思い込んでしまう。

だいたい泣きながらスピーチさせる。

アメ

言うことを聞くと優しくなる。

そのうち、講師の顔色をうかがいだす。

最終日には最終課題として出したモノを発表させるが、その段階で上司TOPを呼んでいる。

終わったら泣きながら抱き合うなんて普通

講師とも泣きながら抱き合う。

得たもの

辛い内容をクリアしたという達成感、高揚感、仲間との連帯

まあ、すぐに元に戻るけどね

2017-02-18

Twitterですでに一定の人気がある人が書くブログの質は高いが

これはつまり、今のネットで有能な人材は軒並みツイッターメインでネットをやっていて、ツイッターにその才能やスキルを全振りしているようなものだ。

ブログがつまらなくなったと言われて久しいが、つまり今メインでブログをやっている層は井の中の蛙、競合相手が少ないところで戦っているとも言える。

一昔前ならブログをメインに有能な人材が集まっていたが、今はツイッターに有能な人材が集まっている。それだけのことなのだ。

例えば、はてなブログランキング上位100くらいを見ても、正直言って面白いものは少ないし、面白いなと思う人はだいたいツイッターでも人気な気がする。

はてなでも2chでも目立つ有能な若い人が少なくなったように思うが、これもツイッター若い有能な人材が集まっているからだ。

彼らが気まぐれに書くブログはたいていバズるし(知名度ブーストもあるが)、質もブログメインで活動している人たちより普通に高い。

仮に今ツイッター活躍している人たちが一斉にブログ界隈に乗り込めば、旧来のブロガーたちは質的駆逐されるのではないかと私は思う。

しかし私は今のこの状況が少し残念に思える。

私はもっと彼らにブログというものを書いてほしい。

Twitterという拡散力があり誰にでも見てもらえて承認欲求がかなり満たしやす環境も良いが、彼らが書く長文、ブログ文章というものが見てみたい。

一昔前のブログ全盛期とはまた違った潮流が、今のツイッターをメインにネット活動する人たちからまれる気がするからだ。

Twitterは今やネットメインストリームといってもいいぐらいの規模なので、そこで活動してればだいたい事足りるが、もっと有能な人はいろいろな場所活躍してみてほしい。

まあ、なんだかんだ言って単純に、Twitterのアイツやアイツがブログ書いたらどうなるかなという興味本位なだけだが。

http://anond.hatelabo.jp/20170218002240

30後半の男です。

夫さんの気持ちがわかります。夫さんは基本として西野カナ系の察してちゃんに見えますが、夫さんが二十代ならまだ大丈夫です。男は言語能力女性より低いので、夫さん自身も何に怒っているのか上手く伝えられないのだと思います仕事しながら30,40代になれば言語能力は発達しますので、心配無用です。



さて、まず前提として

[いつもと違う行動をとると、ものすごいストレスを感じる]タイプ人間が世の中にはいます。私です。夫さんもそうじゃないかな)。



なので夫さんの考えは、今日は妻のせいでものすごいストレスが溜まったのに妻はいつも通りの行動をして平然としてストレスを感じていない!納得いかない!です。



なのでライブに行ったとかないがしろだったとか、質問おかしかった、のは怒りの原因の本質ではありません。



帰宅後の行動パターンが一致していないと、ものすごいストレスになるんです。帰ったらアレしてコレしてこうなるから...って考えること自体ストレスなんです。何も考えないのが一番ラクですから



そのいつもと違う行動を取ることになった原因がどうしようもないこと(病気事故、天候、災害)ならまだわかるのですが、今回は妻のライブという娯楽が原因であり、しかも妻は自分のことはまったく何もわかっていないようであること、だったのが怒りの原因です。



ちなみに良さそうな回答は

[いつもと違うことをさせてしまたか負担になってしまったんだね、ごめんね。今度から貴方に合わせて食事の用意をするね]と言えば夫さんもまぁ怒りはしなかったのではないでしょうか。(増田さんは夫さんとは違うタイプなので何が負担なのかも理解不可能だと思いますが....)





同性から見ても恥ずかしいような察してちゃんですが、まぁこういう人は一定数いるので(会社上司にもいる)まったく異常者ではないです。



ちなみに、似たような作業ルーティンを繰り返すことが重要だったりする仕事(研究者とか)であれば、逆に夫さんのようなタイプは重宝されます。夫さんには、他に良いところがあるはずだから良いところにフォーカスしてください。多分夫さんは真面目なタイプなんじゃないかな。

けものフレンズの売れ方がゆるゆりと似ている

新人声優の下手な芝居によって醸成される非日常性って、一定以上の癒し効果があるのかもしれないな

同じ理由ノンタンといっしょ、とか

2017-02-17

名前を隠して楽しく日記だったはず

疲れちゃった。

増田匿名で何書いたってよかったのに、やれ日本語成り立ってない、やれ文章校正能力が、やれ論理的展開が~とかやいのやいの言うやつで溢れててさ、本当に面白くないよ。

拙くてもいいから書いてくれ、もっと主張したいことあっただろ、批判されてもいいから書いてくれ。

小町に行け、にちゃんでやれ、離婚しろ妄想案件も書いていい。どうせ本当のこと書いたって信じられない奴は一定数いるよ。

互助会とかもうどうでもいい。

もっと好き勝手やってた頃みたいに、どうでもいいことたくさん書いてくれ。

垣間見える元増田日常が好きなんだ。狙わなくていい。

自分みたいにブコメしなくてもトラバ書かなくても読んでるやついるからさ。

http://anond.hatelabo.jp/20170216234709

実際の仕事だと目的自体一定不変じゃないか目的聞いてから仕様作っても同じような結果になる

当初の目的にふさわしいもの作ったら後から出てきた目的で使えなくて「何でほかの目的にも使うと気づかなかったの?」って言われるだけ

2017-02-16

親の車を捨てる話

条件がぐちゃぐちゃしているのでユースケースを一つ作る。

「Aは親であるBと遠くはなれて住んでいる。様子を見に行くのも飛行機を使うため、気軽に帰省する訳には行かない。Bは高齢のためここ数年、急激に運転がおぼつかなくなってきた。軽い認知症が始まっている。車を降りることを薦めても『心配しなくていい』を繰り返すだけで、話を聞かない。後期高齢者保険の話をしても嫌な顔をするだけ。ヘルパーを入れることも拒む。説得を続けると『疲れた』といって引っ込む。高齢者運転事故の話が話題になっており、心配だ」

多分日本中に掃いて捨てるほどあるユースケース。本当に掃いて捨てたら大阪の海が悲しい色に染まるどころか広大な埋立地ができるだろう。

さて、BはAの言うことをまったく聞かない。一方でBの運転能力は日増しに低下している。ここで何ができるか。現実的選択肢は以下のとおり。

  • 殴り飛ばして無理やり言うことを聞かせる
  • Aが今の仕事を放り出してBの近所に引っ越す
  • Bが衰弱してAに抵抗できなくなるまで待つ

最初選択肢はAが逮捕される。2番目の選択肢を取る人は一定数いる。その後再就職できずに低所得層に転落する悲劇が量産されているが、報道はめったにされない。最後選択肢現実解として選択する人は多いだろう。

最後選択肢を選んだ場合で、かつBが誰もひき殺さなかった場合現実に起きるのは次のような事態になる。

「Bは認知症が進行し、徘徊を始めるようになった」

Bは脳機能の衰えにより、自分の車がどうなったかを正常に判断できなくなる。車を捨てるのはこのときしかない。しかしながら、同時にBは徘徊等をはじめており、この時点で付きっきりの監視必要になる。

Bはヘルパーを拒んでいたため、遠隔地からAがBの世話を頼める人はいない。「徘徊しているお父さんを保護しました」という警察から電話に、予定をすべてキャンセルし、会社に頭を下げて(割安航空券を使わずに)あわてて帰省することになる。

長期休暇は取れない。ここでどうやって車を捨てればよいか

実は車を捨てるという言葉には、二つの意味がある。

普段意識していないが、会話で「廃車」というときには上の二つの意味を両方含んでいる。

この二つを短時間にできるだろうか。

スクラップ処分はできる。近所に業者がいるならば、自走していって車検証と自分身分証を見せるだけで廃棄してくれる。所有者の同意書、委任状などは不要業者確認することを推奨)。

問題は法的な廃車のほうだ。

法的な廃車はAの居住地でもできる。必要ものは:

この二つがあればいい。さてここで問題。Aの言うことをまったく聞かなかったBは、Aに登録印の保管場所を教えてくれるだろうか。

教えてくれているなら幸い。とにもかくにもすぐに廃車処理すべきだ。(来年納税までに捨てればいい)などというのは間違いだ。なにしろ

登録印は自治体の外に引っ越すと無効になる』

Bが自活能力を失ったからAの元に引き取る。あるいはAの居住地の近所の施設に入れる場合、当然住民票を移動することになる。

教えてくれなかった場合印鑑を再登録する必要がある。

ところが、印鑑登録の再登録には本人自筆委任状必要となる。委任状を書けるくらいなら運転心配などあるわけないっつーの。そもそも、委任状を書ける状態ではBはAに同意しない。

この点に関して、役所は一切助けてくれない。結局、この状態になると選択肢は二つ。

偽造が発覚した場合、たぶん書類送検される。裁判で争うのも一興だろう。ツイッター炎上させてメディアを巻き込む。うまくするとゴーストライター適当感動ポルノ本を書いてくれる。印税で買ったワインを飲みながら、すでに知的な話をできなくなったBの耳元に「あんたのおかげで大もうけできたよ」とささやくと、テレビドラマ的で素敵だと思う。

重量税を払わない方法もある。払わないと警察が来るので「この人が脱税しました」と、Bを突き出すのだ。嘘ではない。安全運転納税は所有者であるBの義務だ。うまくするとBはお上が面倒を見てくれる(ないない)。

成年後見人は一番まともな方法だ。成年後見人になれば、Bの代わりに印鑑登録し、廃車することができる。が、認定されるまで数ヶ月かかるという、お役所仕事なので年明けにスクラップにしたなどという場合はあきらめるしかない。

かくのごとく、親の車を捨てるとは面倒な事である

当然だが、ここに延々と書いた面倒な話とは別に「老いの準備を一切しなかった親を引き取る」という大変な事態が同時に発生する。

子供が憎い、子供を少しでも苦しめたい。そう思っている方には『心配しなくていい。俺は大丈夫だ』と言い続けることをお勧めする。効果は絶大である

森友学園事件 衆院財務金融委員会での宮本岳志議員質疑buuさんによる

森友学園事件 衆院財務金融委員会での宮本岳志議員質疑buuさんによる怒涛の全部書き起こし連ツイ

より、読みやすいようコピペ


財務金融委員会 共産宮本岳志

一定面積以上の国有地処分は、国有財産地方審議会にかけられます。当然、この国有地大阪府豊中市1501番の土地8770㎡を小学校敷地として処理する事案についても、H27年2月10日に開催された国有財産近畿地方審議会で審議をされております

国有地処分にあたっては、売り払いを原則としているにもかかわらず、学校法人森友学園に対して、10年間の事業用定期借地による時価貸付を行うとともに、10年以内の売買予約による時価売り払いを行おうとするもの近畿財務局は、その理由をどう説明しているか?」

理財局長「未利用国有地処分にあたっては、売却が基本。貸付を行うケースは限定されるが、公用、あるいは公共用等の用に供する場合で、貸付財産の買受が確実と見込まれ賃貸借をすることがやむを得ないと認められる場合には、売り払いを前提として貸し付けを行うことも可能

本件は森友学園より、小学校建設等に一時的に多額の資金必要とするため、学校経営が安定するまでの間は貸付により利用したい旨の要望が。従って、事業用の定期借地の最短期間が10であることを踏まえ、買受を前提とした貸付期間10年とする定期借地契約を締結した」

宮本「金が無いので、内部留保が積みあがるまでは、最大10年間借地契約にしてほしい、目途は8年間と言っており、必ず買い取りますからと。当然委員からは『そんな話で経営大丈夫?』『今後10年で私立小学校経営環境はそれほど改善しないと思われるが、いざ売却する段に地価が上がっていて、買い手がその価格では買えませんと言い出すリスクはないのか』『その上で10年経って、定借を延長します、しかさら経営改善する見込みがなくて募集停止になりました、というような最悪の際には、こういう土地は定借の期間を、あるところで打ち切って、国に戻すという流れになるのか?10年後には確実に戻って来るとは言えない』とまで指摘。

これに対し、近畿財務局は『入口では、期日までにキチンと小学校が出来るかどうか、もし出来なければ、事業予定者とは言え、その時点で打ち切りますよ、土地更地にして返して下さいよ、ということを義務づけています』と。この、キチンと期日までに出来なければ打ち切る、土地更地にして返すことを義務づけている、という期日は?」

理財局長「H28-年3月31日

宮本審議会会長さえ『非常に異例な形という印象』と。『いわゆる学校法人として、継続して成立していけるのか、私学審議会の中でチェックして検討しているということだから言葉は悪いが、それを売却する方は信用するしかない』と言い、最終的には付帯条件がついて、認可適当審議会として了と。いわば、私学審議会の認可適当答申を信用して了承した。

森友学園の小学校新設については、2014年10月31日大阪府私学審に認可申請書が提出され、同年12月18日審議会において、その認可について審議されたが、継続審議となった。その理由は、小学校建設計画の明細や生徒数確保の見込み等について根拠資料の追加を求められたから。2015年1月27日臨時審議会が開催され、認可適当答申が。小学校建設にかかる工事請負契約の締結状況、寄付金の受け入れ状況、詳細なカリキュラムおよび、入学志願者の出願状況等、開校に向けた進捗状況を、次回以降の私学審議会定例会於いて報告すること、という付帯条件が付された。

ここに一つの疑問が。森友学園は、2014年10月31日小学校新設の認可申請書を提出したと。その学校用地である豊中国有地の、10年間の事業用定期借地による時価貸付および売買予約による時価売り払いが検討された国有財産近畿地方審議会は、翌2015年2月10日開催。認可申請書は、この国有地の扱いが、近畿地方審議会議論され決まる半年近く前に提出された。文科省に聞く。土地の確保も学校所在地も定まらないような学校の設置認可の申請など、受け付けられるはずがないと思うが。なぜ、ましてや、国有財産地方審議会の前に、条件付きとはいえ、認可適当などという判断がなぜできたのか?」

学部長「私立の小中学校につきましては、都道府県知事が認可権者、この場合は、大阪府知事大阪府基準に基づいて審査を行う。ご指摘の件、大阪府確認をしたところ、設置認可適当との答申を出す際には、申請の段階で、現に土地の所有または借用が行われているか、相当程度の確実性をもって土地の所有または借用できる見込みが求められる、ということ」

宮本「としますと、審議会半年前の時点で、森友学園は、相当程度の確実性をもって、この土地が確保できると述べて申請していたということに。理財局に聞く、近畿財務局は、本件について、審議会にはかる半年も前から、大体確実だという内諾を、森友学園に与えていたのでは?」

理財局長「H27年1月27日大阪府私立学校審議会において、付帯条件を付して認可適当答申を。これ以前に、財務省近畿財務局から大阪府の私学審の関係者に対し、予断をもって森友学園の学校運営の状況等を伝えた事実はございません」

宮本「この土地について、森友学園に貸せるだろうという見通しを伝えたことはないんですね?」

理財局長「そのようなことは、ございません」

宮本理財局は、内諾を完全に否定しました。ということは、森友学園が、大阪府私学審を偽ったことに。文科省、何が認可相当ですか?このような偽りの申請を提出するような学校法人は、答申に付された付帯条件に基づいて、厳格に審査しなければ。厳格に審査しますね?」

学部長「大阪府確認しましたところ、土地の買受ないしは借用を予定している相手方は国であり、森友学園が近畿財務局に対し、国有財産の取得用法申請を行っている事実確認されたこと等を踏まえ、こうした判断をしたと」

宮本「国が安定した存在であることは、そうでしょうが、その国、理財局近畿地方財務局は、近畿地方審議会の前に、その土地が森友学園によって活用できるという見通しを与えていないということですから、これはおかしいのでは?」

学部長「基本的に、相当程度確実性があるかどうかということで。大阪府におきましては、状況を勘案し、判断したと。大阪府権限責任において判断されること。私どもが代わってご説明できる立場にない」

宮本「相当程度確実ではないんですね。財務局否定しているのですから大阪府にもお伝え頂きたい。

2015年2月10日近畿地方審議会で、10年間の貸付けで、本当に10年以内に買えるようになるのかと危惧された森友学園が、打って変わって1年後の6月20日、貸付け1年目にこの土地を買い入れたのだから不思議に思うのは当然。しかもその額、わずか1億3400万円。ほぼ同規模の、隣接した国有地を、豊中市公園用地として売却した際の、14億2300万円の1/10以下という極めて異常な売却額。理財局に聞きますが、国有地処分は、当然適正な価格で売却しなければならないはず、なぜ、このような非常識価格で売却したのか」

理財局長「豊中市公園は、キチンと鑑定評価に基づいて時価で売却。森友学園に対しても、更地不動産鑑定価格、9億5600万円から、その時点で借地契約地に見つかりました新たな埋設物がございまして、その埋設物を撤去する費用見積もりまして、その撤去費用差し引いた、まさに土地の時価で売却」

宮本「適切ならこんな大問題にはならない。朝日記事によると、撤去費を8億1900万円とした根拠については、財務省は明らかにしていないと。しかし、理財局は私に対して、この算定は、国土交通省大阪航空局が行ったものであることを明らかにした。航空局は、地下埋設物撤去処理処分費用の算定方法と題したペーパーを提出。このペーパーによると、地下埋蔵物の対象面積は?撤去する深さは、基礎杭が打たれる箇所と、それ以外で、それぞれ何メートル?」

航空局次長大阪航空局で、近畿財務局の依頼を受け、見積もりを行い、対象面積は約5190平米、基礎杭が打たれる箇所の深さは9.9m、基礎杭以外の箇所は3.8mと設定」

宮本大阪航空局は既に2009年度の調査で、この土地の地下に埋設物が存在すること、また2011年11月調査では、土地の一部に基準値を超える鉛やヒ素などの土壌汚染があることを認識。だから大阪航空局は、まだ土地の貸付契約段階だった昨年の3月30日学校法人森友学園と合意書を作成し、地下3mまでの埋設物の除去費用土壌汚染除去費用として、昨年4月6日を支払時期として、既に総額1億3176万円を支払っている。国交省、このうち、土壌汚染除去費用はいくらで、地下3mまでの埋蔵物の撤去費用はいくら?」

航空局次長「内訳、埋設物対策分が約8632万円、土壌汚染対策分が約4543万円」

宮本6月20日売買契約以前に、既に森友学園は国から1億3000万円余りを受け取り。そうなると一層不可解なのは売買契約時の、8億1900万円という積算。地下3mまでの埋蔵物の撤去費用が、わずか8600万円。なのに、基礎杭が打たれる場所以外は、あとわずか80センチ掘り下げるのに、8億1900万円かかるという見積もり。こんな奇妙な積算は無いと思うが、なぜ10倍になるのか」

航空局次長「ご指摘のコンクリートガラ等の埋設物および土壌汚染の除去費1億3176万円と、地下埋設物撤去費用8億1974万円は、内容が異なるため、一概には比較できない。工事積算基準等に基づき適正な算定を行っている」

宮本「何が適正ですか?3m撤去に8600万円、あとわずか80cm掘り進めるのに8億円もかかるわけがない。その証拠に、朝日記事では、森友学園の籠池理事長はあけすけに、ゴミ撤去にかかった費用は1億円くらいと語っている。埋蔵物の撤去費用を8億1900万円と積算し、国民財産わずか1億3000万円あまりで売って。買った側は1億円で片付いたと。本来なら8億5600万円で売却しなければならなかったはずを、7億円以上も安く。これで問題ないんですか?」

理財局長「朝日新聞記事見出しゴミ撤去1億円』この報道につきまして森友学園側から、この報道機関記者に対し、口頭で事実誤認である旨を明確に伝え、記事修正を依頼したと。撤去費用基準に基づき適正に算定されたもの

宮本「1億円かどうかは分からないが。国民は納得しない。航空局近畿財務局より、森友学園から3m以上の深部にも、なお埋蔵物が存在する旨を告げられて、地下埋蔵物の処理および撤去費用を算定してくれと申し出があったのはいつ?そしてそれに対し、8億1900万円あまりと算定結果を通知したのはいつ?」

航空局次長「H28年3月14日近畿財務局から連絡がございました。費用見積もり4月14日近畿財務局に結果を通知」

宮本3月11日森友学園から近畿財務局に、想定以上の深さに埋蔵物があると報告すると、3日後には近畿財務局大阪航空局撤去処理費用の算定を依頼、3月24日には、8年間ほどは買い取れなかったはずの森友学園が、近畿財務局土地を買い取りたいと申し出た。3月30日には、土壌汚染の除去等費用1億3000万円余を森友学園に支払う合意書が交わされ、4月6日には、大阪航空局より支払われた。4月14日には、撤去費用8億1900万円という過大な見積もりが示され、それに基づく不動産鑑定が行われ、6月20日には、1億3000万円余で土地が売却された。これは2016年3月31日、つまり国有財産近畿地方審議会議論が噴出し、キチンと期日までに出来なければ打ち切る、土地更地にして返すことを義務付けていると表明した期日。この期日を前に森友学園が買い取れるように便宜を図った?」

理財局長「3月30日について、森友学園からその以前に申し込みがあり、土砂が流れた、資材が高騰している等で、期限を1年延ばしてほしいという申し込みがあり、その変更合意書は既に3月10日に締結。なぜ買い取ったかという話は、買受特約を付した有償貸付契約10年以内なら、どのタイミングで買いとるかは森友学園の経営判断有償貸付の間にまさに学校建設を始め、その時に、今まで知っていたゴミとは別に、新たに地中深くに埋設物が発見され撤去する必要が生じ、さら小学校の開校予定時期が約1年後に迫る中、国が撤去工事対応するとなれば、入札など手続き一定時間を要し、さら土地の貸付契約の中で、埋設物の対策をするといった時に、仮に土地の利用計画の変更などがあれば、さらに国から承認手続きが要り時間がかかる、開校予定を考え、まさに早期に学校を整備し開校するため、自ら土地を購入し埋設物の撤去および建設工事実施し開校予定に間に合わせるようにしたと承知

宮本「1年前の地方審議会の段階では、8年目途、10年でも難しいと言っていたのに、突如として経営環境が変わった、本当に1億3000万円で買い取って、それ以外に8億円かけて撤去するならはなから9億5000万の金を持っていた。それなら、元からこんな話にならない。大体国は、4月6日に地下3mまでの埋設物撤去土壌汚染除去費用として、1億3176万円を支払い済、その上さらに、6月20日の売買で、埋蔵物の撤去費用を8億1900万円と見積もり控除してやったとしたら、合計9億5000万円の支出。この土地は、国にとってタダで手放したことになりませんか?」

理財局長「土地を国が売却するというのは、不動産鑑定評価に基づき、時価で。更地価格から、様々な控除をしたのが時価。ご指摘の値段は当たらない」

宮本「この国有財産売買契約書を読んで驚いた。そもそも森友学園は、その1億3400万円さえ、国に全額、即座に払っておりません。頭金2787万円を即納した後は、10年間分割払い、毎年1100万円余りを納めればいい契約。延納利息はわずか1%、学校法人に対して、このような延納を認めた事例は、近畿財務局で、直近の3年間にさかのぼってもゼロだと確認しているが、理財局、直近の3年間で、全国で一つでもありましたか?」

理財局長「まず延納の話ですが、基本的に~国有財産特別措置法で、~分割払いが認められ~こういう分割払いは一般的に行われている。学校法人に対しては、この3年間ではない」

宮本大臣、こんな不明朗な国有財産処分を、許しておいてよいとお考えですか?」

麻生地方審議会において、十分な審議を頂いた上で、処分して頂いたもの承知法令に基づいて適正な処分が行われたのだろうとしか、今の段階では答弁のしようがない」

宮本「この結果は地方審議会に報告されておりません。徹底的調査を」

http://anond.hatelabo.jp/20170216101917

夢があるっていいね

眩しいよ。目が痛くなる。

そんなおっさんから



夢を追うのは30代がギリ。

20代仕事を覚えて

30代は仕事に関わるスキルを身に着け自分資産価値を高め

40代はその資産勝負

50代はその資産で何とかやり過ごす

というのが典型的サラリーマン生き方



そう考えると夢を追うのは30代がギリって感じかな。

40代で夢を追うのは難しい。というか無謀。

活用できる資産も無いまま生きていくのは難しいと思うよ。




成功してる人もいる?

うん。いるね。

もし夢を捨てれないならオススメできない方法もある。

まあ、おっさんの戯言だから話半分に聞いてね。



それは夢はいったん封印すること。そして一定期間無収入でも生きていける環境を作ること。

まあ、方法は色々あると思うけど一番簡単なのは40代までに1000万の貯金を作ること。

10年あればいける。徹底的に経費を削減すればいける。

家賃光熱費? 食費?

実家があれば親に泣かれようが10年は涙を飲んでスネを齧らせてもればよろしい。

無理ならばシェアでもして・・・は無理そうなので極力押さえるように努力する。

探せばびっくりするほど安い物件も意外とある。まあ、もちろん問題もあるけれど耐えればいける。

そしてあとは貯金が尽きるのを期限にしてひたすら夢を頑張るのだ。

1000万あれば5年は無収入でもいける。



まあ、芽が出ないで終わる可能性のほうが高いとは思うけど。

成功者の下には失敗者の死体が累々だしね。

でもその後も細々と生きていけるだけの資産自分の身に残ると思うよ。



まあ頑張って。

競技プログラミングに対して私が思うこと

競技プログラミングが役に立つとか、立たないだとか。何年ものTwitter やらで様々な立場の人が各々の意見を述べてきたが、今と昔ではかなり事情が違うかもしれない。下に述べるのは、最近私が思うこと。

私は元競技プログラマTopCoder によく参加していた頃は赤色だったこともある。始めたのはアルゴリズムの魅力に惹かれたのがきっかけ。継続して続けられたのはコンテストが楽しかたから。プログラミングコンテストが無ければ私はこの道に進んでいなかっただろうし、プログラミングコンテストで得た知恵や技術や友人は、今でもかけがえのない宝だ。私にとってはこれだけでも競技プログラミングは役に立つ理由として十分なのだが、一般論としてはどうなのだろうか。以下ではよく話題として取り上げられる (1) 競技プログラミングプログラマを成長させるのか (2) 競技プログラマ採用するのは企業にとってプラスかどうか (3) 就職活動に有利かどうか について私なりの意見を述べようと思う。

(1) まず、競技プログラマは成長させるのかどうか。それはその人次第だ。これを言っちゃお終いだろという意見もあるだろうが私はこれが真理だと思う。例えばコンテストで他の競技者と競うことが好きな人にとっては有効な学びのツールになるだろうが、そういうのが好きでもない限り向かないだろう。アルゴリズム勉強したいなら、わざわざコンテストが開催される日程に合わせてパソコンに向かって決まった時間だけパソコンとにらめっこしなくても、本を読んだりして勉強するほうがいい。競技プログラミングプログラミング学者にとっていい勉強ツールだという意見もよく聞くが、個人的にはどこか有名な大学プログラミング入門のレジュメ学生実験資料ネットから探して読んだり実装したりするほうがいいんじゃないかと思う。プログラミングコンテストには勉強ツールというよりはパズルゲーム感覚で取り組んだほうがよい。

(2) 次に、競技プログラマ採用企業にとってプラスかという話。個人的には、競技プログラマには一緒に仕事がしたくなる人が多いので、どんどん採用すべきだと思っている。ICPCに協賛したりコンテスト主催している企業もそのことは理解しているようで、アルゴリズムの造詣が深くて、良いテストも書ける人材を獲得するべく競技プログラマ積極的採用している。しかし、これは競技プログラミング一定以上の力量のある人の話。競技プログラミングを今までやってこなかった大学生でも、情報系の学部所属していれば AtCoder で水色や青くらいになるのはよくある話だ。しかし、それくらいのレーティング面接競技プログラマ自称する人は少なくない。プログラミングコンテストについてよく知らない企業がうっかりそういう学生採用してしまうと、競技プログラミングは役に立たないのではという意見が出てくるのも不思議ではないだろう。

(3) 最後に、就職活動で有利に働くか。ここ数年は有利に働いているようで、競技プログラマ積極的採用している企業も多いようだ。そしておそらく、今の学生競技プログラマに対する最初評価が決まるのだろう。今の新社会人や就活生次第で未来競技プログラマたちの存亡がかかっているのだろうと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170216032033

そうか? <叩き>って概念で考えれば割と通ると思うけど。

いじめられっ子いじめっ子の間には<叩き>って要素が発生している。この<叩き>という要素は人類組織化される際に必ず発生するもので、その総数を抑えることはできずどんな組織でもほぼ一定数の叩きが発生する。

叩きへの耐性は個人により大幅に異なり、叩きが特定個人に集中することにより最終的に自殺などのインシデントが発生してしま可能性がある。

自殺などの重大インシデント教師らの組織管理部にとって最も忌避すべき事態であり、逆に言うならば自殺インシデント回避できるならば<叩き>の存在のものはそれほど重要視されない。

<叩き>は向き先を変えることはできても総数を減らすことは極めて難しいかである

総じていじめられっ子とされる人種は割かし叩き耐性が高い。

しかすると教師というもの個人の<叩き耐性>を勘案して、いじめっ子というロールやいじめられっ子ロールを適切に配置しなおしているのかもしれない。

いじめっ子擁護する理由は、「その子いじめられる側になったら自殺する可能性が高い」からなのではないだろうか。

いじめを隠ぺいする理由は、閉じられたちいさな組織を「外部を加えて肥大化」させることによって、叩く/叩かれる というロールをコントロールできなくなるからではないだろうか?

コントロールできていれば原発だって安全なのだコントロールできなくなれば正義も愛も危険なのである

2017-02-15

「黙っていても減るもの」がダメ

さいこから「黙っていても減るもの」がイヤだ

現在進行形で減っていくのがハラハラするし、落ち着かない

たとえば、



エアガンなど消費してなんぼの遊び(落ち着かないので楽しめない)

・それ系のテレビゲームの体力ゲージ類(操作してないでも減るやつは絶対やらない、逆にじっとしてると回復する系はすごいじっとしてる)

 (エアガイツRPGぽいやつトラウマ級にイヤだった。ワイン取引みたいなやつもすごいイヤ)

ゲーセン駄菓子屋ダーツバー(何をするにも金を使わなきゃいけないのに使わざるを得ない空気、楽しめない)

パチンコなどギャンブル全般人生という賭場でもバクチは打たない)

ガソリン(車に乗りたくない理由第一位



「増える可能性があっても極力減らさな方向性を好む」

「総額の大小ではなく一定額払ってそのぶん決まった対価を得たい」のが基本姿勢だ。

ただの臆病といえばそうなんだけど、あまりにも同意されたことがない

大人になるにつれどんどん時の流れが早くなってきて、あらゆるものの減少スピードが加速してきているので正直苦悩している

http://anond.hatelabo.jp/20170215210028

1980年代までは登校拒否する児童をとにかくどんな手段を使ってでも

学校に行かせ規律適応させるのが美談として称賛されていたような空気世間支配していたし

その時代は実際に(今でいう)教育困難校に勤務し歯向かってくる生徒に対して武力で言うことを聞かせる仕事をしていたなどと豪語する教員が実際に存在した

しか90年代から児童学校で締め上げても不毛だという流れが一定の力を持つようになった

それが神戸高塚高校校門圧死事件のような事件の痛ましさゆえだったのか

あるいは酒鬼薔薇のようなフリークスを生みだす可能性への危惧ゆえなのかはよくわからないが

偏差値を問わず自由校風を持つ学校一定数増加したこともまた事実だと思う

その自由校風学校がどういう意味もつのか忘れ去られたまま

端的にただ現場不毛に苦しんでいる教員がいるだけになっているというのがはてなに寄せられる教育関係者悲鳴からもわかる

http://anond.hatelabo.jp/20170215123053

 その通り。しかプロ棋士は、そのための普及や解説プロではないと言っていい。なぜならプロになる条件はひとえに一定の棋力があるということのみであって、指導棋士ですらそうだからだ。

 結局、普及や解説需要に対して、将棋を指す専門のプロ棋士がなんとなく対応していたことに構造的欠陥があると言える。それは現役のプロ棋士仕事では本来ないのだ。それをプロ棋士仕事に含めるのであれば、四段昇段の基準には棋力の他に指導力解説力も含めるべきである

デレステ衣装を売り始めたらしいがiOSセールスランキング一位を取るほどの効果はなかった

ランキングは微上昇したが新しいSSRを追加すると一桁に行くほどなのでやはり物足りない

一定額を少数のコアユーザーが課金してもそれほど儲からないようだ

スマホゲーの脱ガチャは今後も難しい

授業の見所1 中学授業参観


先ごろ、知人の子もの中学校学校公開に行ってきた。

公立小学校中学校では、年に数回、授業風景を公開するのである

昔で言う父親参観日や日曜参観日と同じことである

目的中学校まで少し距離があるので、朝早く家を出て、9時前に着いた。

まりお客(参観の保護者地域の人)は来ていない。

受付をすませて、さて、どこのクラスで何の授業をしているのかの案内がない。参観者にとって不親切だ。時間表のプリントぐらい、準備するのが常識だ。

ふとみると、下駄箱の横に、B4大で、授業の一覧が貼り付けてある。仕方がないので、それをメモして、まず、全クラス雰囲気を知るために、足早に各教室を覗く。この時点で、学校の落ち着きというか、学習への意欲・雰囲気が、ある程度まで分かる。

時間から、20分程度ずつ各教室に居座って、じっくりと観察する。

我が子の顔さえ見れば満足という人は別格として、授業参観には、やはり見所のようなものがある。

授業では、まず教員(授業者)の技量を見る。力のある教員がいれば、その学校は一流に近づく。そのような教員は、多ければ多いほどよい。中学は学級担任制ではなく、教科担任制なので、各教科とも(国語数学英語に関しては特に)、実力のある教員をそろえる必要がある。

教員の実力は、一言で言うと、その授業が、子ども学力現実的に高めるものになっているのかどうか、という点で判断できる。

これを無視して、子どもに優しいだの、話が分かるだの、生徒指導がどうのこうのだのは、まったくもって、教員仕事を誤解しているとしか言いようがない。

授業あっての教員である。それができなくて、他のことが満足にできるわけがない。

教員技量を見分けるには、参観者自身が、20年以上の教員経験があり、その教科においても授業者以上の学力識見教授技術を持っていることが望ましい。だから、誰にでもできることではない。

しかし、そうも言っておれないので、見所のヒントをいくつか挙げる。


まず、子どもノートを横からちらりと見て、どの子ものノートもある一定の水準を超えていればよしとする(そのレベルについては、具体的なことは言えない。当該授業内容による。とりあえずは普通の字できちんと書いていればよろしい、とでも言っておこうか。ただし、良いノートというのは、知性が感じられるものである)。

ノートを見るには、 教室の後ろの壁に張り付いていてはダメだ。どんどん生徒の机の横にまで行って、覗かなくてならない。そんなあなたの姿を見て、授業者は嫌な顔は、しないはずだ(これは机間巡視と言って、教員の「いろはである)。

次に授業者の声の大きさ、間合い、リズムを聞く。怒鳴り上げたり、いらいらしていたり、不必要な大声や、早口はいただけない。

うろうろと動き回ったり、逆に石のように一つ所にいたりするのも、よくない。

いわば独特の知的リズムによる、動きや声の間合いが必要だ。

業者の字が上手で、板書が多いと、参観者はすぐに感心してしまうようだが、これは大きな間違い。板書は少なければ少ないほどよい。板書なしでもよいくらいだ。

というのも、教員はすぐに板書に頼ってしまう。少なくとも板書していれば、間を持たせることができるし、黒板に書かれたものを、子どもノートに写していれば、なんとなく時間がたつ。一見、授業をしているような気になってしまう。

板書がなくて、しかも生徒のノートがきちんととれているのが一番である

それに、板書している間は、授業者子どもの方を向けない。板書中に、子ども発言を聞くなど、もっての他である発言している子どもの顔を見て、聞いてやって、子ども発言対応するのが原則である

板書は、ここぞと言うときにのみ、無言でするものだ。説明したければ、書いた後、子どもが確実にノートに書いたか確認した上で、真正面を見て(黒板を背にして)するものだ。

続きはまた書く。

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