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2017-03-19

自転車保険には入っておいて下さいという話

自宅からやや坂を上った所に、公園がある。

その公園に用があって、道路の右側を歩いていた。

そこそこ晴れた春の日の午後のことだ。


ゆるく右にカーブした上り坂にさしかかったところで、坂の上から下ってきたお爺さんの運転するママチャリにはねられた。

=====


自転車ハンドル自分の左腕にヒット、私はその場に倒れた。

お爺さんはママチャリから投げ出され、路面に右手と右側頭部を打ったらしい。



私は、お爺さんの様子を確認して警察を呼んだ。

現場検証が終わって、ほぼ 10:0 で自転車側に過失がある(私には過失がほぼない)という結論説明された。

警察の方が割合を明示したわけではないが、もし訴訟になった場合そういった割合になりそうという話)




それを受けて、一般的なケースを考えてみる。

自動車が人をはねたら、当然ドライバー責任が問われる。

バイクが人をはねても、ドライバー責任が問われる。

自転車が人をはねても、同じだろう。


状況は考慮されるが、車両運転する側の方が責任は重い。本件の交通弱者は私。

当然そんなことはお爺さんも承知しているだろうと、私は思った。



ならば・・・私は幸い打撲で済んでいる。失ったのは現場検証に費やした2時間だけだ。

謝ってもらって、お互い病院に行って、お互い不幸な事故だったと反省し、次に同じことをしないように気をつけていく。

それが妥当な落とし所だろうなと。



が、そうはうまく行かないものだ。お爺さんは警察と私と目撃者を前にして、また繰り替えし言うのだ。

自分ブレーキをかけたし悪くない。お前が道を塞ぐように歩いていたからぶつかったんだ」



事故直後にも同じことを言っていたので、パニック記憶が混乱しているのだと気にしなかったが、どうやら本気で言っているようだ。

人をはねたことを悪いと思っていないのか、「すみません」の一言もこれまで一切なかった

車両運転する人は『歩行者が気づいてないかもしれない。だからスピードをより落とそう』というように、『かもしれない運転』をしなければならないのですよ。教習所ではそう教わります」と説明する私。

教習所には行っていないから分からない」と突っぱねるお爺さん。



ああそうか・・・そういう人か。

日本語を話すことができても、日本語コミュニケーションできないのか。

私の倍は生きているのに、自分がしたことと責任を把握できないのか。

きな子供みたいなものか。そうかそうか。



その後、私は病院に行って診断書を書いてもらった。やはり左腕の打撲、全治10日程度。

ただ、交通事故のため健康保険が使えず、10負担になった。

地味に(金銭的にも)痛いが、考えようによってはこの程度で済んで良かった。



仮にだが、もし被害にあったのが他のお年寄りだったり妊婦の方だったりした場合想像すると、ゾッとする。

そして、そんな場合でもあの大きな子供は被害者相手に同じことを言っていたのではないか想像し、ゾッとする。

人をはねておいて謝りもしないこの人なら、やらないとは言い切れない。



私は今、加害者からの連絡を待っている。

自転車保険に入っているかどうか、確認して教えてください。自分で入った覚えがなくても、家族の誰かが手続きをしたかもしれないので」

そうお願いした。返事は

「考えさせてほしい」

何を考えることがあるのだろう?確認して私に電話する、ただそれだけなのに。

日本語なのに、理解できない。体は問題ないのに、胸がムカムカする。

どうか保険に入っていてくれますように。これ以上コミュニケーションをとれない人間相手をしたくない。

このあいだ正面に4つもライトが点いてるのに

側面からしかウインカーがチェックできない車を見かけてドン引きした

あれミラー格納したまま走ってたんだろうか

ミラー出してたとしても距離あるから歩行者には見づらいんだが

2017-03-17

時差式信号

歩行者信号がまだ赤なのに1歩踏み出したら、隣のスマホみてた兄ちゃんが

下むいたまま進んでいって車にひかれそうになったw

なんか申し訳ない気持ちになった。

運転してて、歩行者に先を譲る度に

今日も1人人の命を救ったといい気分になる

俺がそいつをひき殺した世界だってあるかもしれないからな、この世界では殺さずに済んだ

2017-03-03

xevraって典型的クルマキチガイカスゴミムシだよなあ。

統計を見ても自動車危険性、害悪は他の移動手段の比じゃないぐらい劣悪なのに、バイク歩行者ばかり叩いてる。

xevraは弱者の味方をして正論を声高に叫ぶようなヒーローじゃないってことがわかって残念だよ。

自動車の速度超過や横断歩行者妨害違反等数々の交通犯罪を叩かず、歩行者自転車バイク責任転嫁したり、弱者の移動手段危険性だけを過大評価してコメントするような醜態も目立つ。

自動車抑制し、自動車を減らせば重大事故は根本から減らせるという事実すらも知らないか直視できないのだろうな。

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170226213547

俺も運転嫌いだわ。

人を殺せるだけの馬力と重量持ってるのを公道操作とか普通に嫌なんだけど。

もし何かの手違いでひき殺したらどうするんだよ。

田舎みたいに歩行者少ないならまだしも。

教習所教官コミュ障気味の俺に高圧的で本当に嫌だったわ。

他の教官に変えて欲しかったけど合宿からそれもできなかったし。

まれ変わったら二度と免許合宿には行かん。

2017-02-21

http://anond.hatelabo.jp/20170220112914

隣の芝が青く見えるだけかもしれないけど、ドイツ歩行者ゾーンは真似したらいいんじゃないかなって思った。

http://toyokeizai.net/articles/-/159188

2017-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20170214011221

歩行者がふらつくなどしてそのまま進行するとぶつかる危険があるのに無理に追い越しをしようとするのが危険である。ここまではいい。しかし、かといってその場面でベルを鳴らして安全を確保しようとするというのは、「歩行者の通行を妨げる走行であるからアウト。これを認識していない人が多すぎる。

ベルを鳴らすのがアウトというのが形式的ルールとして広まっているけれど、その本質は「歩行者の通行を妨げる走行違反行為となる」であるということを意識しないといけない。

すみませーんと声をかけるのもベルを鳴らすのと変わらないというのは全くその通りで、どっちもアウト。ブレーキ音を立てて退かすというのもダメ。鈴をつけて音で自転車の接近がわかるようにするのは安全走行のためには価値があると思うが、その音によって歩行者を退けて歩道疾走するというような走行をするならば好ましくない。なんにせよ基本原則は「歩行者の通行を妨げてはいけない」ということ。自転車は、とくに歩道を走るのならばなおさら歩行者に合わせて通行しなければならないのであって、道を譲れというのを示すような走行は不可。歩行者が後ろに気づかず、安全に追い越しができない状態が続くなら、後ろを歩行者の速度でついていくのが正しい。歩行者側もベルを鳴らされたりすみませーんと声をかけられても道を譲る必要はほんとうはない。まあ、実際には歩行者側も譲り合いの精神を持ったほうがその場では交通が円滑に進むし、身の危険という意味でも譲る方がよい場面のほうが多いのだが、自転車側が図々しい走行をしていることにはかわりない。自転車に乗っているのだからスピードを落としたくないというのは自転車側の事情しかないのだから、これにより歩行者の通行を妨げれば、それはまさしく自分勝手走行しか言えない。

もし前にいる歩行者スピードが遅くて自転車走行の維持が難しいほどであるならば、自転車を降りて歩けばよい。一旦降りて自転車を押していけばその間は歩行者の扱いになるので、安全ときに早足で抜き去ってからまた自転車に乗ればいい。もちろんそのまま歩行者の後ろを自転車を押しながら歩き続けてもよいのだし。億劫でどうしても自転車を降りずに走行して抜きたいなら安全確認してから車道に降りるルートが正しい。歩道を走りたければそのあとにまた歩道に戻って走行したらいい。これらの手間ですら面倒がっていたら安全走行はできない。

以上の話は、自動車走行中に前を通行する歩行者邪魔になっていたとしてもむやみにクラクションを鳴らすのは違反であるというのと一緒。クラクションを鳴らしてから無理にどかして抜くというのは危険運転。これが自転車にも適用されているというシンプルな話。

乗り物にのときの基本原則のうち「歩行者の通行を妨げてはいけない」だけでも周知が徹底されれば安全運転が増えると思う。

歩行者自転車に道を譲れ

我が物顔で車道を歩きやがって、自転車の通る道がないじゃないか

なになに、車道を走れ?

片側1車線で歩道車道結構な高さの段差があって、ちょっとでも車を避ければサイドから段差に激突する上に植え込みまであって普通に漕いでるだけで足がぶつかりバランスを崩す上にちょっとでも車の邪魔になろうものなら即クラクション鳴らされて。

それで安全歩道を走れば幅いっぱいに広がって歩く歩行者がいて、控えめに「チリ……」とベルを鳴らしても気づいてもらえず、歩道が狭いから降りて押すなんて幅もなく、最徐行で横を通ろうとすればビクッてされて「うわっびびった」なんて言われて。

ちょっと大きめに鳴らそうものならブログで「ベルを鳴らすのは違法だ!」と言われ、自転車をこの世からなくさんばかりの憎悪ブコメを見せられ。

一度「すいません」って声かけたらおばさん三連星に睨まれそれから下手に声もかけられず。

もう自転車が気軽に走れる道なんてないんだよ。



最初に道を譲れと言ったな、あれは嘘だ。

せめて「チリ……」というかすかなベルの音が聞こえたら、内心では死ねと思ってくれてもいい。

ちょっと脇を通らせてくれないか

もうわざわざ幅寄せしてくるようなアホ運転手に怯えながら自転車に乗りたくないんだよ……。

歩道歩行者ベルを鳴らすのを擁護する

歩道歩行者自転車ベルを鳴らしまくる奴らが許せない、これは違法行為です」

http://www.tsuwari-hanako.com/entry/bicycle

これねえ。

うん、気持ちはわかる。歩道歩行者優先だし、ベル鳴らしまくって歩行者どかしながら走るのはだめだろう。

でも、自転車からすると、歩行者ってのは動きが予測できなくて怖い。カップルがいちゃつきながら歩いてて、彼女側が「やだもー」とか言ってとーんと押した彼氏が横に移動したり、酔っ払い集団がふざけて隣の人を殴るふりをして、その人が大げさによけたり、とかあったりする。もちろん歩道歩行者のものなので、そんな風にハメを外すことだってあっていいんだろう。

しかし、そういう状況で、「歩行者に気付かれないまま後ろから抜く」のは、双方にとって危険じゃないですか。

自転車に乗る以上、さすがに歩行者とまったく同じスピードで走るのでは何のための自転車かわからないので、何秒か歩行者と同じスピードで後ろを走って、それで気づいてもらえなければ、チリンとベルを鳴らすのぐらい許容してもらえませんかね。

「すみませーん」と口で言え、という意見もあるようだが、それってチリンと何か違うの?

自分勝手意見だと言われないよう書いておくと、私自身はしばらく前にちょっといいクロスバイクを買ったので、以後、車道を走ってる。ベルはそもそも付けてない(うちの県では、条例違反ではない)。

そういえば以前、「歩行者ベルを鳴らさなくて済むように、自転車に鈴をぶら下げて常時チリンチリン鳴らしておく」というのが、なんかいアイディアのように扱われてたことがあったなあ。アホウかと思うのだけど。

こないだまでブレーキキーキーうるさくて歩行者が気づいてくれたのに直したら気づいてくれなくて不便だ、というのも聞いたことがある。アホウかと(以下略)

2017-02-11

建国記念日さっぽろ雪まつり

国旗を配っているおじさん達が今年もいた.

歩行者天国になった道路の上で配っていたが,今年は人込みに流されて貰い損ねてしまった.

しばらくすると「建国記念の日おめでとう」と繰り返す街宣車が,数十人を後ろに従えながら大通そばの道路ゆっくり進んでいった.

そこで国旗を振りながら歩いている人々の顔は幸せそうだった.

歩行者達が国旗を振って見せる.街宣車後ろの人々も振り返す.

日の丸がそこら中でたなびいた.

これっていつからやってるんだろう.

ふと疑問に思ったが,市民雪像作品に「心臓」が出品されていたり,出来のいいイーブイ像の隣に作画崩壊したイーブイ像(作品名は「かわいいうさぎ」だけどどう見てもイーブイ)が並んであって爆笑していたらどうでもよくなった.

http://anond.hatelabo.jp/20170211090915

統計上の自転車歩行者違反者数が、実際に違反しているヤツの数と合っているわけがない。

自動車の一時停止違反は多かろうが、横断禁止を守らない歩行者自転車違法駐輪の自転車なんて

実数にしたら笑うぐらいの数になるんじゃないか

自動車ドライバー交通犯罪率は異常に高い。本来歩行者自転車にギャアギャア言えないレベル

歩行者及び自転車モラルについてよく調べてみると、実は違反率については自動車以下なんですよね。

自動車の横断歩行者妨害違反率を知っていますか? JAFや県警調査によると9割だそうです。

日本自動車運転手らが制限速度以下で安全走行をしないのは有名(悪名高い)話として知っていますよね?

そして、制限速度以下で安全運転をしている自動車に車間距離を詰めて煽り運転をするのも安全車間距離不保持という交通犯罪に該当します。

他にも、自動車クラクション使用は、警笛ならせの看板がある場所以外では警音器使用制限違反という交通犯罪が成立しますし

自動車が一時停止線を守らずつっこむのは日常茶飯事ですよね? 実は歩道進入前にも一時停止の義務がありますが、これの違反率は9割り以上にのぼるのでは?

2017-02-09

オハイオ州に住んでたが差別された憶えはねーよ

http://anond.hatelabo.jp/20170208052253

自分が鈍感なだけかもしれないけれど。道をすれ違うと気さくに話しかけられることが多かったのが印象的だった。率先して話しかけるのは相手危害を加える意思がないことを示すためらしい。

自分が住んでいた地域ほとんどが白人で、黒人は1割もいなかった。全米的に都市部の方が黒人が多く、それはオハイオ州でも変わらない。元増田はやや黒人割合が多く比較貧困場所っぽく、かつて工業で栄えたが衰退した都市なんだろう。

マーケット飲食店厨房にはヒスパニックが多い。これもアメリカ全体の傾向に思う。チャイニーズレストランなのにホセっぽい奴がコックだったこともある。西海岸ではないのでアジア人は超マイナー存在

店員の態度はスーパーでもファストフードレストランでも普通だった。むしろ親切な人が多かった。ただしスーパーだとウォールマートは店員も客層もちょっと質が落ちる。ウォルマートではお子様に珍しいもの見えるような目で見られたことはある。実際にアジア人マイナーから珍しいものなんだけど。

レストラン白人しかいなかった。アジア人自分とかマイナー存在なのに店員地元相手のように接してくる。こちらがアメリカ勝手を知らないのでむしろ困ることの方が多かったが、聞けば丁寧に教えてくれた。

歩いている警官を見るのはイベントの時の交通整理くらいだったか元増田感覚がよく分からない。警官交通違反を取り締まっているパトカーに乗っていることがほとんど。フリーウェイを走ると頻繁にスピード違反で捕まってる人がいたもんだ。何度か警官のお世話になったけども(違反はしてない)態度が悪いということはなかった。むしろ日本の方が言葉が分かるだけに横柄に感じられるかもしれん。

当然、歩いてるだけで誰かに切れられることもないし、殴られたこともない。どちらかというと日本に悪いイメージを持ってる人はあまりいなかった。家具などを個人売買したことがあるが日本に興味を持っている人が多く日本のことを良く聞かれた。「チャイニーズじゃないよね?」と聞かれることはたまにあり、 中国人はやや煙たがられているかなぁという感じはあった。ジャップチャイニーズの違いがなんとなくつくらしい。特に男性髪型服装などのファッションが違うから分かりやすいかもしれない。女性日本人っぽい化粧や服装のため難しいものの、大体黒髪ロングなので区別がついた。

自分が住んでいた地域は、全体的に教育が行き届いている感じもあったし、住み良い場所だったんだろう。



折角だから日本人にはあまり馴染みの無いオハイオ州を紹介したい。

ドラマグリー映画パラサイトオハイオ州舞台田舎ではないが都会でもなく垢抜けてはいない平均的なアメリカと考えて間違いないと思う。

オハイオ州アメリカでも大統領選挙以外ではあまり着目されない。オハイオ州を征したもの大統領になると言われ、今回もトランプ氏が勝利している。全米の動向と同じく都市部ではヒラリーの方が優勢だった。

オハイオと聞いてもイメージが湧かないだろうが、日本人が知るオハイオ州出身有名人はそれなりにいる。ライト兄弟人類初の月面歩行者となったニール・アームストロング発明王エジソンもそうだ。かのジョン・ロックフェラーオハイオ州出身ではないけども、最初に財をなしたのはクリーブランド墓地もそこにある。


大きな都市としては州都コロンバスP&G本社のあるシンシナティインディアンズ本拠地でかつて石油業で栄えたクリーブランド、かつて鋼鉄業で栄えたヤングスタウン、グッドイヤーがあるアクロンなど。コロンバスの近くにはホンダ工場がある。そのためか、日本運転免許を持っていると目の検査だけでオハイオ州免許を発行してくれる。

ベル地帯であるクリーブランドヤングスタウンは自動車産業の低迷により都市が衰退し貧困層が多く治安はあまり良くない。最近クリーブランド医療ヤングスタウンは3Dプリンター再生を図っており軌道には乗っているらしい。

詳しい経緯はよく知らないが、なぜかアメフト殿堂オハイオ州カントンという街にある。アメフトに関してはオハイオ州立大学(OSU)が名門で地元コロンバスにはNFLチームがないこともあり、非常に人気が高い。そのためかOSUのTシャツトレーナーを着た人が多い。

オハイオ州で訪れるべき場所はそんなにはないが、もし機会があるならばデイトンにあるアメリカ空軍の航空博物館航空機を見るならば随一だと思う。また、ショーシャンクの空のロケに使われたマンスフィール少年院跡もおすすめだ。

追記:クリーブランドロック殿堂を忘れていた。ロックンロールって言葉クリーブランドラジオ局発らしい。プレロックから所謂アメリカ音楽史をまとめた博物館でもある。ロック好きな人はもちろん、そうで無い人も、聞いたことのあるミュージシャンステージ衣装を見つけることができるので楽しめるはず。

http://anond.hatelabo.jp/20170209092432

両の目を失い、徒歩で幹線道路を歩く歩行者

彼等弱者の事をなぜ考慮できない?

金持ちは移動がタクシーから、こう言ったことには無関心なのだろうか。

2017-02-04

歩行者はなぜ自転車道を歩く

近所の自転車道

歩行者自転車道をたくさん歩いている。

年寄りとか、子供と手を繋いで散歩してる人とか、長いロープつけて犬の散歩してる人とかがガンガン歩いてる

でも、そっちはロードバイクとかもガンガンに通るわけですよ。

そりゃ自転車乗りは徐行したり避けるけど、やっぱり危ない、と思うことはあるわけで。

どう考えてもその横にある歩道の方が安全だよ…?

確かに昔は歩道が狭くて歩きにくかったが、今は整備されて自転車道と同じくらい広く、歩きやすくなった。でもなぜか皆自転車道を歩く。なんでなんだ…

自転車スピード出せないし、歩行者も危ないだけだし、ほんと自転車道歩行者優先のルール変わらないかなぁ…

2017-01-25

近世文化崩壊のその先を突破しなければならない

最近文化人サブカル系であろうが自由個性を追求しないし、因習とたたかうことはない。むしろ逆で、愛国ポルノを煽ったり、抑圧主義を美化したり、鉄道オタクですら呆れる観光列車を好き好んで乗るほどだ。

から日本の文化を好む人は例え外国の流れが含まれていてもまだ「島国日本ガラパゴス情報空間」の洗脳否定的で、それを敬遠する進歩的層と言える。が、そこでも結局、所謂精神などの日本的古典性と矛盾するような本家版や世界版で当たり前の価値観はすべてゴッソリと検閲され、日本的枠の中に押し込まれしまうのはあんまりだ。

乗り物オタクだって、例えば車やバイクはたったの10年前まで暴走族の名残があったし、鉄道でもアングラ文化的な根強い考えがあって、右翼スキャンダルから分かるように反PC構造オタク翻弄されたりもする。しかし、だからこそ、オタク自由を追及し、因習とも権力ともたたかってきたのである

アメリカであればマドンナの「ホワイトハウス爆破したい」発言を冷笑する感覚と、日本であればサブカル凋落違和感を持たない感覚権威主義感覚封建主義固執する感覚愛国ポルノを煽る感覚、抑圧主義を美化する感覚鉄道オタクですら呆れる観光列車を好き好んで乗る感覚、全部同じだ。

鉄道好きを撲滅せよ」「私鉄東京から出て行け」という鉄道社会構造のもの否定のような暴論、「ポスト管理社会主義」という現代人権感覚のもの否定のような暴論、「サブカルを根源ごと潰せ」というカウンターカルチャー全否定右翼を「普通」だと思い込み、それを批判する発想の方がおかしいと嘲笑うアレ・・・全部全部、同根であり、全世界からドン引きされる島国日本なのだ

その先を突破する必要がやはりある、と思う。権威思考でなければならない。整然としてなければならない。たとえ地方人でも車やバイク自転車歩行者より優先されなければならない。例え車やバイクが嫌いでも大人として認められるために免許証を取得せざるを得ない。この道以外の選択肢があるだと宣伝している政治だって、ゴールは一通りしかない。

平成末期の、21世紀に生かされていると思いきや、実際には中世のような途方もないくらい後進的な価値観がそこかしこに幅を利かせていて、家父長制的なイエの構造サブカル排斥思想が、会社を包み、社会を包み、学校を包み、日本国日本人のものをくるんでいてその長に今の政治がある。これ全部把握したうえで対抗勢力がなきゃまずいよ。

例えば文筆業の私が小説を書くとするなら、現代日本ベースにした作品であれば、車社会軍事政権で身動きの取れなくなった鉄道オタクロードバイクで車を蹴散らし、鉄道オタクのものが気に食わない権威階級ビビらせるような、そういう表現を考えるだろうね。

2017-01-23

義務教育で教えるべきこと

http://anond.hatelabo.jp/20170123222427

この国(に限るかどうかは知らんが)って、なんというか、義務教育で教えるべき「常識」がけつらくしてるきがする。

もっと教えるべきだ思われることは、恋愛もそうだけど

借金周りの知識クレジットヒストリー、連帯保証人手形の裏書etc

選挙制度の詳細。供託金、非拘束名簿方式比例代表、全国比例の特性etc

自転車歩行者関係交通ルールパンク修理などの簡単自転車修理

このあたりも「常識自分でなんとかしろフンダララ」じゃなくて教育必要だと思う。

2017-01-14

クルマへ 自転車 「推進法」成立 社会的交通手段としての自転車役割拡大

http://anond.hatelabo.jp/20170114183424

フランスイタリアアメリカイギリスオランダノルウェー等、多くの都市渋滞や重大事故、公害の元凶として規制排除が進む自動車自転車インフラ整備で活用が進み続ける自転車

http://tamae.2ch.net/test/read.cgi/car/1461543122/

クルマへ 自転車 「推進法」成立 社会的交通手段としての自転車役割拡大

自転車活用:国の責務…脱クルマへ「推進法」成立 - 毎日新聞

http://mainichi.jp/articles/20161216/k00/00m/040/103000c

全国的高齢化が進んで自動車免許返納も進んでおり、誰しもが自動車運転せずとも便利に暮らせる地域づくりが求められている。

コンパクトシティ政策がまさにそれであり、コンパクトシティ政策における交通の主役は自転車公共交通レンタサイクル含め)。そして歩行者

自家用自動車マイカーは重大事故、公害渋滞を頻発させる邪魔迷惑な乗り物だから、各国の特に都市部では排除が進んでる。

自動車という占有面積害が極めて有害な乗り物。自動車抑制や削減が不十分な為に起きる渋滞で動けない救急車。間に合わなくなる救急活動。そして自動車乱用は事故=出動要請を頻発させる。

イギリス首都ロンドンでは自動車の通行に課税し、自転車インフラ整備等で自転車への乗り換えを推進し、渋滞の軽減に成功した。

https://www.youtube.com/watch?v=uC9IPDyFgs8

イギリス首都ロンドン 渋滞の元凶となっている自動車を減らすため、市街地への自動車乗り入れに関する通行課税実施

https://www.jusnet.co.jp/kusuri/edu_body.asp?edu_id=1064

ロンドン交通局の発表によると、この渋滞税の導入によって、「渋滞が30%解消」され、「交通量が15%減少」したとのこと。

自転車の街へ変貌するロンドン。15年間でクルマは半減、自転車=サイクリストは3倍に

http://www.gizmodo.jp/2016/02/bikeinlondon.html

自転車インフラ整備はパリでもニューヨークでもオスロでも先進諸国の主要都市で次々と進められている。

2017-01-12

この際だから和暦を捨て去ろうという

日本ポツダム宣言を受け入れた、と小学校の授業で習ったとき、幼かったわたし戦争の閉会宣言のようなものだと認識し「ああ、これでこわかったアメリカさんとも仲良くなれるのだなあ。平和になったのだなあ」と思った。無条件降伏という言葉意味や重さを意識したことがなかった。

ところが戦後どうだ。「日本アメリカ植民地」というのは自虐でも揶揄でもなく、まことにそのまま言葉通りのものだ。

日本の仕組みは徹底的にアメリカ利益を吸い上げられるように組み替えられ、誰もそのことに気がつかないレベルで綺麗に植民地化された。

隅々まで道路が発展し、どんなに歩行者運転者危険だろうと、アメリカ利益になっているうちは車社会は止まらない。

一流企業社員でさえ、死ぬまで働かされるし死ななかった場合自殺に追い込まれる。

誰も自分幸せにしようと思わないし、他人幸せにしようなんてなおさら考えたこともない。

日本が豊かになろうと貧しくなろうと、何人死のうと平均寿命が伸びようと、アメリカにとってはアメリカ利益になればいいし不利益になればバッシングが起きる。

ある晴れた昼下がり、芝の上にごろんと横になって半日を潰そうかとか、向こう40年間で一度でもできる時が来ると思うだろうか。思わないだろう。なぜなら、わたし奴隷の子孫だからだ。

中国では旧正月を祝うのです」あるとき中国のそんな文化を聞いてふーんと思った。ふーんと思ったのち、しばらくして気がついた。中国人は「旧」正月を祝っているつもりなんてない。中国戦勝国から自分たちの暦で好きなときに祝えるのだ。日本アメリカ植民地からアメリカ経済に都合のいいように暦も書き換えられているのだ、と。

そんな何もかも失った日本で、唯一といっていいくら独立国家らしい真似事が残されているのが「和暦の制定」

ひとは面倒くさいからこの際和暦も捨て去ってしまった方がいいという。

なるほど、文化というのは、人が使わなくなったら廃れていくことこそが自然なのだから、その考えもいいだろう。

どうせ和暦といってもアメリカ太陽暦に合わせて元号だけつけさせてくれる、「独立国家の真似事」の名残みたいなものだし。

昭和から平成へと、敗戦後一回だけ和暦の平定を宗主国アメリカからゆるされたが、次の元号国民自ら捨て去ってもいいと言うようになった。植民地支配これに極まれり。先人たちは、平定の先に何が見えると考えていただろう。合理の名のもと、独立国家のおままごとが終わろうとしている。わたしは少し寂しさを覚えた。

2017-01-05

歩行者自転車は車から見えてないのでは?という意識を持って欲しい。

車を運転する側としてやはり事故は面倒だし嫌だから極力安全運転しているつもりだ。

しかしながらどうしても見落としは発生してしまう。

夜中の街灯の少ない道路の曲がり角、黒い服装で歩かれると発見が遅れる。無灯火の自転車も怖い。

車の運転では見えてないことや角度もけっこうあるのだ。

自転車は左側を走りましょうとか交通ルールは縛るためのものではない。安全のためにある。

ルールをお互い守ることで注意すべき点が少なくなり、結果として他の安全確認への注力に割くことができる。

車は左側通行から、横断するには「右見て左見てもう一度右見てから渡りましょう」という標語がなりたつ。

歩行者の方は衣服の一部に白っぽいのを身につけるとか反射板のキーホルダーつけるとか、自転車の人はライトをちゃんとつけるとか、お互い注意しあえるともっと安心できる。

今朝まだ暗い中、出会い頭で黒のジャージランニングの人とぶつかりそうになって怖かったので書いてみた。

2016-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20161231124848

そういう文脈から

君、何でもかんでも正式表現使うの?

信号、赤だよ」のこと「歩行者信号機、赤だよ」っていうの?

インターネット上にはソフトウェアエンジニア以外を主題にした記事なんて少数なわけだからそうなっていくのは当然。

2016-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20161221105910

デモという内情よりも集団が騒いでるというのが最初に目につくから

年寄りにさっさと通れって手でしっしっでされてからデモ嫌いだな

デモには歩行者優先っていうのがないのか?

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