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はてなキーワード: モデルとは

2016-05-27

自慢気にDeep Learning使ってるやつは大体クソ

色んなライブラリが出てるからDeep Learningを使うこと自体全然難しくない。

おかげで暇人Deep Learningをちょっと試してみたみたいな記事がよくホッテントリに上がってくる。ブクマをつけてるやつらは大抵、自分で試してみる気力とか能力のない残念な人たち。

ところが、記事の内容を見てみるとマジで単に使ってみてるだけなんだよな。なんでDeep Learningを使わなきゃいけないのかさえ考えてない思考停止ほとんどの場合は、昔からある3層のニューラルネットとかSVMで十分な性能が出る問題になんとなくDeep Learningを当てはめているだけ。

あのな、Deep Learningみたいに膨大なパラメータを持ってる学習モデル簡単過学習を起こすから素人が下手に扱うとむしろ精度が落ちるもんだ。そこそこ難しいタスクに対して上手く学習するには、とんでもない量の訓練データ必要になる。しかも、Deep Learningは手動で設定する必要があるハイパーパラメータの数も膨大で、学習率とかノード数、正則化パラメータみたいなやつらを地道に調整しなけりゃいけない。はっきり言ってめちゃくちゃ泥臭い作業だ。

なんでGoogleとかがDeep Learningで成功しているか、少しでも考えたことあるか?あいつらは過学習なんて関係なくなるほど、無茶苦茶たくさんのデータを手元に溜め込んでるんだ。しかも、ハイパーパラメータ設定の勘所を掴んでる職人みたいな技術者を金の力でどんどん集めている。

Deep Learningは理論的な下支えがほとんどなくて、勘と経験則で成り立ってる世界だ。数年前の定説簡単にひっくり返ることが多いし、正直なところあれは研究と呼べるものではないと思う。「なぜかは知らんがやってみたらうまくいった」みたいな事実が羅列されてるだけ。思いついた手法が上手くいくかが運任せという意味では、ガチャを引いてるのとだいたい同じ。無課金勢がいくら知恵を絞っても廃課金勢には勝てない世界

というわけで、お前らがぽっと出のアイディアDeep Learning使ったところでゴミみたいなアプリが出来るだけだからやめとけ。

そんな時間があったら、ちゃんとした機械学習の本読んどけ。PRMLとか。

数学が難しい?じゃあ、線型代数確率論勉強をやり直せ。そいつらは機械学習が廃れても役に立つからさ。

http://anond.hatelabo.jp/20160527214460

その言葉はしらんけど、何でもそんなもんじゃない?

痩せて人並みに綺麗に見せることは努力である程度誰にでもできるけど、

モデルになるには頭身やスタイルなど生まれ持ったもの必要とか

2016-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20160521234423

というかですね、そもそもVをロジックの中にベタ書きしちゃうの嫌なんですよね。

MVCモデルというのは、オブジェクト指向の発想。

DOMというのは、そもそもDocumentObjectModelでオブジェクト指向

JQueryはそのVを関数型的に扱おうとした拡張

Reactは、これらすべてを一旦ご破産にした。

MVCのVだ、と公式サイト説明されているが、これは半ば皮肉であって、本当はVは存在しない。Cももちろん存在しない。M、モデルロジックしか存在しない。モデル一元論、それがReact。

VであるDOM消滅し、JavaScriptの `x` や `a` などその他の変数と同列のファーストクラス仮想DOMとしてしか存在していない。

まり仮想Vは、M(モデル)内で関数型の文脈自由自在演算できるわけ。

コード最後マウントしておけば、仮想Vは自動的に、実VのDOMとして描画される。

M=ロジックの外に、あらかじめわざわざ決め打ちしたVを用意するよりも、M=ロジックに一元化するほうが賢い。それがReactであり、JSX

http://anond.hatelabo.jp/20160525162908

きみとやりとりしている増田ではないが、

きみにムキになって反論してきてる増田

(当然、わかってるとは思うが)、相手文章を、自分脳内モデル理解できる範囲内でしか読むことのできない人っぽい感じが半端ないので、

相手してても徒労感が半端ないので、適当なところで引き上げましょう。お互いに。

 

 

ただ、キャッシュがなくて困ってる人にキャッシュに物言わせて買い叩けるような機会ってのが、

個人的にはまったくないのだけれども、そういうのってどういう商売してたら出くわすの?

 

ナニワ金融道的なものとか読んでると「まあ、そういう世界もあるのだなあ」ぐらいの感想しかないのだけど、

俺の日常だと、社会人10年目は越したけど、そういうシーンに会ったことがないのだけど。

水素水抗酸化作用があるは矛盾しない

体内の酸素水素にくっついて水として排出される。

水素燃料が水しか排出しないか地球エコなのと同じくらい矛盾ないよね。

万病に有効って言ってるのは一部だけなんだから別に大手販売したっていいじゃん。

よほど飲み過ぎなきゃ水中毒とか副次的被害者もでてこないんだからモデルが1日に3リットル水を飲むとか推奨するより全然安全だよ。

四の五のいいからさっさと誰か試して早く効果を聞かせておくれ。

ちきりん化する高学歴中年女性たち

先日話題になった

京大出て専業主婦なんてもったいない」と言う人は、じゃあわたしが何をすれば許してくれるのか

http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352

東大文学部卒おばさんが、何がもったいないのか解説するよ

http://anond.hatelabo.jp/20160524012315

これらの話題

読んですぐに「すげぇちきりんっぽいな」と思った。

高学歴中年女性モデルケースはいくらもあるだろうが、

なんとなく「ちきりん化」する女性が多い気がしている。

メイロマおばさんもそうだ。どっちがどっち化してるのかは知らないけど。

要するに、問題からちょっと離れた立ち位置から意見を言うんだけど、その意見が「私」に立脚しているものから、聞かされたほうが結構確率不愉快になるということ。上記の東大京大シスターズもまさにそれだ。賢く論理も明快だが、その中身はまさに「私」。そのへんにものすごいちきりんのニオイがしてくる。「私」と「我」とはちょっと違う。あくまで、強烈に「私」なのだ

で、ちきりんとは別に高学歴中年女性の一つの大きなモデルケースと言えそうなのが勝間和代だけど、この勝間和代コース選択する高学歴中年女性結構少ない。なぜなら、この勝間コースは「努力して自分が変わろう」というスタンスからだ。そりゃ辛いもんな。まぁ、勝間和代に関していろいろとアレな部分はあるけど、「成長をしよう」という一点だけでちきりんメイロマコースよりも遥かに上等だと思う。だからなのか勝間コースにはあんまり「私」が多くない。と思う。

どうでもいいけど勝間和代って今麻雀やってるらしいぞ。

別に公共心を持てとか、成長しろとかそういうことは言わんけど。

自分を外部に置きながら「私」についてばかり話すのはよせ。

スマホHMDを買った。

このような健全ゲェムをプレイするのである

http://www.dlsite.com/vr/nagomi/



結論をいえば僕のVR体験は苦い失敗に終わった。

眼鏡の上からヘッドギアを装着することが困難だったためだ。



VRといっても所詮安物、手近のスマホ画面を覗きこむだけの簡単な仕組みだ。手元に焦点さえ合えば近視でも視聴には問題ない。

ところが僕のド近眼ときたら、レンズの新調に訪れた眼鏡屋をドン引きさせるほどであり、おまけに乱視だった。

瓶底を取っ払った裸眼には、可憐少女3Dモデルも、異形のクリーチャーしか映らなかった。



哀れなこの視力弱者仮想現実ですら妙齢女子の膝枕を享受すること能わない。



呆れ口調でクリーチャー、『そっち向いてたら耳かきできないよ?(CV:浅見ゆい)』

僕は悲しい。

2016-05-24

Webメディアって最近進歩してない感じ

これから情報発信しなきゃ!と言ってもヤフー大手メディアに取り上げてもらうまでは全然まらないし、Webサービステレビ広告打たないと人数増えない。

Twitterで数千リツイートされたとしても、フォロー数が劇的に増えてるところは見ないし、テレビ雑誌で有名な人をフォローするというのが変わってない気がする。

Instagram有名人モデル広告打つという形であって、メディアとして進歩してない気がする。

技術がよくなれば、個人メディアでも対抗できるかと思ってたけど、ニコニコ動画プロが作ったものの方が継続的に人気出るし。

Web技術は日々進化してる感じはするのだけど、あんまり進歩してないなーと。

2016-05-21

弟と仲良くしたい

僕は17歳高校3年生で、弟は13歳中学2年生。

弟はイケメンでイマドキで、好きなものモデルYoutuber友達と遊ぶ(ご飯食べたりする)こと。

一方僕は自他ともに認める不細工流行りについていけず、好きなものマンガを読むことと、動画を作ることと、ネット炎上を眺めることと、表のブログ更新

僕はなるべく弟と仲良くなりたくて必死Youtuberに詳しくなろうとし、ついに今日「くまみき(メイクとかするYoutuber)って体調不良でいま動画投稿休止してるんだってね、お大事にとしか言えないよね」と話を振った。

からの返事は「いま動画見てるから黙ってて」だった。

道のりは、遠い。

http://anond.hatelabo.jp/20160521163144

まずReactの特徴は、「状態データから変換してビューを生成する」スタイル統一されることにある。

これはjQueryをはじめとするDOM操作モデルでの、「初期状態ビューの作成」と「(イベントに伴う)状態変化からの部分ビュー変更」で構成するスタイルから脱却され、たとえば部分処理の積み重ねから想定外状態が生まれることを防ぐ。

SPAは、クライアントが自立した1プログラムとして状態管理する。サーバUIと同様の非同期なイベント発生源/イベント発行先の一つとして扱う。またReactとReduxの組は、データベースサーバサーバサイドページ生成のスタイルを、サーバブラウザでやるようにシフトさせたものともみなせるだろう。

そしてReact自体には、JSX構文もbabelもいらない。JSXタグを書くよりむしろReact.DOM.div({...},...)等で書いたほうがプログラミングでは扱いやすい。JSXサーバサイドページ生成のテンプレート言語利用文化に寄せた表現に過ぎないといえる。そして今ではbabelで変換する対象もES6 modulesのexport/importだけだ。これも分割ファイル対応のためにwebpackあたりを使うなら、ついでにbabelでES6 modulesも、といった程度のこと。

すでに一般に忘れられつつあるprototype, Dojo, Mooと同格であるjQueryのほうが五年後も活発にメンテされるのかどうか怪しいだろう。もちろん、レガシーものとしては残り続けるだろうが。

Reactのモデル関数型プログラミングモデルのものであって、そういう観点ではすでに何年も続いたものであり、React自体は消えたとしてもその手法は長く続くことになる。

2016-05-20

カタログ燃費と実燃費乖離問題なんじゃない

三菱しろスズキしろ燃費はまっっっったく関係無いってのをいい加減知らしめて欲しい

三菱は実燃費も悪いよね,とかスズキは実燃費いいよね,とかカタログ値なんて信用できないとかいうのは今回一切関係ない

例えばモデル体重を量る国の基準ってのがあったとする

・朝6時の起床後,朝食前の体重を量る

パジャマのまま体重計に乗るがパジャマの重さは事前に量って申告する

この体重によって雑誌の何ページ目に載るかが決まるので,いかに軽く見せるかを各モデルが競う

前日の夕食を抜くのは当然,ひたすら下剤飲んでマラソンして水分カラカラ熱中症一歩手前でみんな計測する

でも三菱パジャマの重さを重めに申告していた.パジャマの見た目から計算式で算出してた.

スズキパジャマを量る重量計が壊れて+1%重くなることを知っていたから-1%して申告していた.

「でも,実際のモデル体重ってそんなに軽くないよね」

って,そこじゃないよね?っていう話.そこも問題だけどごっちゃにしてる奴多すぎ.

任天堂映像戦略から妄想を膨らませる

スプラトゥーンCGアニメは非常にありそうです、シオカラーズEDダンスする姿が目に浮かびますもん(笑)

ただ映像作品を作って新作ゲームタイアップするだけなら、色々挙げられたように、色々やってるんですよね。

なので、もう少し予想を膨らまして、こんなのが面白いかも、を考えてみました。



ずばり「映画館にアミーボを持って行こう企画」です。



ポケモンだと、もう十年ぐらい映画館ゲーム機ソフトを持って行くと新しいポケモンが貰えるんですよね。

なので、その応用で映画館劇場内に「アミーボをタッチするとアミーボに特別データ記憶させる機械」を設置する、なんて楽しそうです。

これの利点は家庭用ハードリリースされているソフトでも、映画館に行ったこととの連動が出来る事ですね。

スプラトゥーンのアミーボを持って映画館に行って、専用の機械にアミーボをタッチして、特別コスチュームをゲット! とかどうでしょう

(え?、映画の前売り券にダウンロードコード付ければ良い? あー、それもそうかも)



で、ここからさらに、予想を大きくして、

任天堂映画でアミーボに記録したデータを遊ぶ専用の総括ゲーム」が出る事を予想します。(我ながら、予想がデカすぎますが)

アミーボは、一つのソフトデータしか保存できないという特性がありますよね。

からスプラトゥーン映画を見に行って、ガールのアミーボに特別データを保存したら、

次のマリオ映画を見に行ったときに、ガールのアミーボを使って、マリオ特別映画版再現コースダウンロードできないじゃないですか!?妄想妄想を上重ねしています

もちろん、マリオ映画マリオファミリーのアミーボを使えっていうのがスジですが、そこはわざわざ球団を売って作った資金です、どでかく行きましょう。

それがズバリ任天堂映画でアミーボに記録したデータを遊ぶ専用の総括ゲーム」こと



ミートモfor任天堂ムービー」です。



このゲームは、ミートモの家庭用ゲーム機版ですが、アミーボで映画館から持ってきた「映画見たよデータ」を使って遊ぶゲームです。

そう「映画見たよデータ」がある人しか、遊べないんです。

から逆に言えば、ネタバレし放題!

Miiの部屋には、見た映画DVD(のポリゴンモデルです)が蓄積されていって、

そのDVDゲーム上で使うと、Miiが「スプラトゥーン映画シオカラーズライブシーンはどの曲が格好よかった?」みたいなネタバレ質問をしてきて、

答えると、フレンドの答えも見れちゃう



なんて感じで、ゲーム映像の融合がアミーボを介して行われたら面白いなあ、

と思って予想を膨らましてみました。


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とうとう来た任天堂IP映像コンテンツ化を、今のうちから予想しておく!

http://yamanashirei.blog86.fc2.com/blog-entry-2104.html



コメント欄に書いた内容のコピペ

考えてて楽しかったので、忘れないようにするため、はてなに持ってきとく。

2016-05-19

ズートピア』が描くグロテスクな"多様性"

 『ズートピア』はオーウェル小説動物農場』のディズニー流のアップデートである舞台こそ農場という本来動物がいるであろう場所から都市、街に移されて、動物たちの文明化もはるかに進んでいる。また、田舎と都会という多層的な背景を採用し、人間社会の複雑さがさらに反映され、戯画化されている。戯画化で思い出したが、古くから動物擬人化させて描かれた物語は数多くあり、日本でも代表的なのはその名の通り、『鳥獣戯画』であろう。その中でも『動物農場』がモチーフとされていると断定できるのは、こと権力の逆転が物語の節目として描かれているところだ。さらに、『動物農場』の結末が、「動物主義」という思想を掲げながら搾取的な社会構造が生み出されたのは、人間ほとんど見分けがつかない"2本足で立って歩く豚"であることを考えると、もはや『ズートピア』は『動物農場』の続編的な作品ではないのかと思えるほどだ。

 しかし、私が主に取り上げたいのは『ズートピア』と『動物農場』の相違そのものではない。『動物農場』のアップデートであるなら、そもそも『動物農場』という作品が生み出された背景がそうであったように、『ズートピア』もまた同様に"子供向け"に戯画化されたものではない、ということだ。つまり、ある一定ディズニー並びにハリウッド作品を観る際にどうしても想起してしまう"勧善懲悪"とも呼ばれる単純な力関係に留まる作品として論じてしまうのは、この作品が描いている(我々が住む"先進国"社会酷似した)社会形態のを、グロテスクものとして描いているという事実を見落としてしまう、ということだ。

 「グロテスク」が具体的にどういう性質を指してるかは後に詳しく取り上げるとして、まずは『動物農場』との相似を洗い出そう。『動物農場』では既存権力の持ち主である人間を打倒しようと農場内の長老である豚が呼びかけた後、その長老と同じ種である豚が主導となり人間の打倒と、権力の奪取を果たす。権力の逆転が描かれた後、そこからさらにその権力が腐敗し、かつての権力の持ち主と酷似していく様を描いている。『ズートピア』でも同様に、権力の持ち主である肉食獣を追放し、草食獣が権力を得る。しかし、その後の社会様相の腐敗として描かれるのは、『動物農場』のそれとは違うものである。この肉食獣が追放される背景は、砂川秀樹が「男色近代社会化以前には受容されていた」という言説に対する反論として、近代社会以前から否定的に捉える見方があったことを挙げ、それが近代化社会以降にゲイに対する「病理フレーム」が形成されたことの背景にあるという指摘していたケースと酷似している。すなわち、ズートピアという街にあてはめるなら、冒頭の子ども劇において近代化文明化というものを"進んだもの"とする言説が背景にあるからこそ、その言説が暗に導き出す"野生"というスティグマが、肉食獣という属性表象として充てられた、というわけだ。草食獣であり小動物であるジュデイが警察官を、肉食獣の子どもが税の査察官を目指すということを、それぞれの属性と"相反するもの"への志向(だからこそ"自由"や"可能性"の提示となる)として挙げられていること自体に、すでにこの世界形成する言説の中に、後に肉食獣が「病理フレーム」の中に収められることを暗示している。

 『ズートピア』と『動物農場』でそれぞれ権力の腐敗の在り方が違うのは、『ズートピア』が主題として据えているのは、差別が未だ存在する社会においての振る舞いであり、また、そうした社会対峙することの難しさであるからだ。だが一方で『動物農場』と共通しているのは、たとえ既存社会構造の不当な点を糾弾したものであったとしても、新たに権力に座する者が、特定属性を以てして社会的地位を不当に貶めたり、あるいはその逆に持ちあげたりすること。つまり権力立場にあるものが、いち個体が否応なしに複合的にまとうあらゆる属性の中から任意属性を持ち出したり、あるいは見出したりして、それを根拠権力側の良いように用いることそのもの社会の腐敗を招く、と指摘している点にある。こうしたケースは今日の"先進国"社会においても行われている。そのあらゆるケースの中でも、創業者であるウォルト・ディズニーが、かつて「赤狩り」と呼ばれたハリウッドにおける排除運動に加担していたという記憶を持つディズニーにとっては、なおのこと無縁ではないだろう。なぜなら、その赤狩りこそ、『動物農場』が受容されたのと同じ背景の中で起きた現象なのだから。つまり、『動物農場』が、"反スターリニズム、反ソ連"として受容された時代イデオロギーの中に回収された結果招いた、「赤狩り」という別の形での全体主義化を経た後の問題提起をする為、違った様相社会の変化を描く必要があったのだ。では、その必要はいったいどういう形のものなのか。

 まず、そもそものズートピア』(原題も"Zootopia")というタイトルから振り返ってみたい。誰もがその語感から動物園("Zoo")とユートピア("Utopia")を連想するこのタイトルと、それが充てられた都市の姿や本編内で取り上げられている問題とを照らし合わせると、この名前一種ミスリードを引き起こそうとしていることは誰の目にも明らかだろう。しかし、このユートピアに対するミスリードを行おう、という意図製作者側にあることを考えると、一方でユートピア思想のものを全く信じていないであろう、という可能性が高いものとして浮かび上がってくる。つまり、この作品世界はそもそも、主人公にとっての、あるいはそれに感情移入するであろう観客が考える様なユートピアを描こうという意図の下では成り立っていない、と考えることも決してできなくはない。では、それなら反対にディストピアを描こうとしていた、とするのもまた違うだろう。それこそオーウェルが『動物農場』の後に出したディストピア小説『1984年』で問題としているような、監視カメラシステムを駆使した管理社会は決してネガティヴものとしては描かれていないし、作中で市長と並び権力象徴として現れる警察だって最後にはジュディに味方する。ズートピアに張り巡らされている権力構造が、一様に悪しきもの還元されるものとして描かれていないところを見ると、『映画クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲』において大人たちが夢中になる昭和の街並みのように、ユートピアを模したディストピアを描いている、とするのものまた違う。では何を志向していたかといえば、ただひたすら身も蓋も無く、我々"先進国"における社会現在の姿を炙り出すことにこそ本作の力点がおかれていたのではないだろうか。

 オーウェルが『動物農場』で描いたようにユートピアへの志向がある種のディストピアを生み出し、また『1984年』でディストピアは一方で誰かにとってのユートピアであることを描いてきたこと、さらに言えば今までのディズニー作品ハリウッド作品が数多く生み出してきた作品へ寄せられた批判を鑑みれば、主人公ないし観客のユートピアを描くことで何かの可能性を見出そうとする、虚構作家なら誰もが夢見る境地との決別こそが、今のディズニーが走っている地点ではないか、とすら思える。だとするなら、管理化・全体化社会兆しとして表象される監視カメラとの関係、後半で肉食獣と草食獣とが分断されてしまったと言われる前から存在する、小動物と大型動物との"棲み分け"をあからさまに感じる都市デザインマジョリティマイノリティ形成マクロでいうところの都市デザインミクロでいうところの建築様式という、物理的な段階からすでに反映されている)、朝礼時には着席を強要しながら、大型動物に合わせて設計されてるが為に、ジュディが座ると署長の顔すら見えないサイズ感の机とイスが、ジュディが"認められた"後も変更は行われず、それどころかジュディとニックに同じイスを共有させること(1人分の席に2人が座らされているのである)や、かつてジュディに偏見しかいいようがない対応をしてきたことに対して何も悪びれもしなければ、むしろジュディに対して冗談を飛ばすほどの親密さを示してみせる警察署長の態度、そして何より権力に対して何も批判的な態度を持てそうにない警察という組織が持つホモソーシャル性格をあけすけもなく描いているのは、それらに対して作品内で明確な批判が行われないということの薄気味悪さも含めて呈示しているのではないか

 だとするなら、本作が「子供向け」であるが為に、権力に対して批判的な態度を伴っていない、とするのは、少々早計ではないだろうか。確かに、ディズニー子どもを含めた幅広い年齢層の支持によって成り立っている。しかし、その中には子供と呼ばれる低い年齢層の観客もいれば、それこそ子供の頃からディズニーに触れ続けた高齢の観客だっている。そうした状況の中で、こと任意の年齢層の観客だけ取り出し、それにのフォーカスをあてようとするのは、作品もつ性質を見誤ることに繋がるおそれがある。「子ども向け作品からしょうがない」とするのは、すでに子供の在り方を規定づけるものしかないのみでなく、未だ巨大資本によって子供たちが社会へ"馴致"されるべきだとすることへの別の形での肯定にも繋がる。しかし一方で、ディズニーが「子供向け作品」の地位に就いていることも、決して無視していいものではない。ならば、なぜディズニーはずっと「子供向け作品」であり続けたかを問わねばなるまい。結論から述べれば、それは「グロテスク」だからである

 これまで述べた「グロテスク」の定義は、マサキチトセが自身の論考のタイトルに用いた『排除忘却に支えられたグロテスク世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動欺瞞http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/23399 に依っているところが少なからずある。しかし、ここで取り上げたい「グロテスク」については、美術観点からのものである。どういうことかというと、ディズニーアニメ製作者としての名前を不動のものにしてからずっと追及してきたのは、デザインと動きの"かわいさ"である。"かわいい"とされるものは、その多くが直線的なイメージではなく、曲線的なイメージによって、硬質なものではなく、柔軟なイメージによって構成される。これらの美学根本を辿れば、動物植物をあしらった、古代ローマ美術様式の一つであるグロテスク様式に辿り着く。ツイッター上で「モフモフ」と公式アカウント形容された『ズートピア』を形成する美的様式は、根本からして「グロテスク」なものなのだ。この2つのグロテスク」がピタリと重なり合うのは言うまでもなく、主人公ジュディの造形や仕草であり、冒頭に警察を夢見る彼女暴行を働いたキツネギデオンウサギが(警察官を目指すに値しない)弱者たる徴として挙げた「鼻をヒクヒク」させる動きが、権力関係が決定的に転覆される場面の直前に配置されていることからもわかる。

 「かわいい」は弱者の徴である。それ故に、その「かわいい」を極めたディズニーは、今日アメリカ象徴し、公的権力からも寵愛を受ける地位を築き上げた。つまり、『ズートピア』は、その地位を利用しつつ、現在アメリカをはじめとする先進諸国社会形態の描く"多様性"の脆さと「グロテスク」さを描くことと、またそのヒントや問題は、明白に誰かに取り上げられているわけでなくとも、世界のいたるところにある、この2つを描くことを目論んでいたのではないだろうか。その一例として、コロンビア女性シンガーであるシャキーラ演じるポップスターガゼルモデルとなっている動物であるブラックバックは、オスにしか角が生えていないこと。つまりガゼルトランスジェンダーポップスターであるということが、作品内で明確に言及こそほとんどされていないが造形として現れていることから見ても、決して拭い去れるものではないと私は思う。

2016-05-18

SHIROBAKO面白かったがAbemaTVシステムが嫌だ

AbemaTVで一挙放送見たけどSHIROBAKOやっぱり面白かった、ニコ生でも一挙やったときに見たしで

なんだかんだ3週目。それにしても、AbemaTVのなんともいえないシステムが嫌なのでフィードバックしておきたい。

コメント欄ストレス

現在改良中というコメントもあったけど正直実況には合わない出来。拡張機能スクリプトでマシにはなるけど。

無関係CMや、一挙放送中に一挙放送CMが流れる

いやいや、君らテレビの方ではしっかりアニメ放送中にアニメCM流してるんだしAbemaでも同じようにやれよ。

というかAbemaのオリジナルテレビ全く面白く無い様に見える。芸人モデルぶっちゃけトークとかドラマ以下。SNSでもやってろ。

放送終了後の余裕の無さ

まあテレビなだけあって仕方無いとは思うが、こういう仕様になっている以上次番組コメント欄が前番組コメントで埋められても文句は言わないで欲しい。

咲ほどの終了時に「あれアンケート無いの?」ってコメントには爆笑した。

2016-05-17

未成年カラオケセックス事案の動画

オレ、とある映像権利会社素人ハイアマセミプロ)が撮影した自然とか風景動画を買い取る仕事してる(この時点で業界人ならバレるw)んだけど

普段北海道の大自然とか沖縄の星空、モデル撮影とかの映像ロイフリ素材として売る)を買い取るがメインなんだけど、

ときどき児ポくさい動画の売り込みの電話来るんだよね。

てか、普通メールで売り込みが来るから電話で来た時点で「お、怪しげな動画かな」と身構えるくらい。

で、よくあるのがカラオケとか漫喫でのセックス事案(らしき)動画

無駄リスク取りたくないから実際に動画を目にすることないけど、

相手の売り文句が「カラオケ店で制服少女が云々」「漫喫若い女子大生風の云々」ということだから

たぶん未成年を含む若者セックス動画なんだろうと予想している。

(ちなみに、うちの会社では合法非合法に関わらず、ポルノ動画は一切受け付けていない)



実際、一昔前に監視カメラ撮影されたとおぼしきエロ動画ネットに転がっていることもめずらしくないし、

最近カラオケ店やラブホ危険ドラックとかの取引場所にされないために頭上以外にも監視カメラを置くこともあるらしいから、

監視カメラの高性能化もあいまって、なかなかクヲリティの高い盗撮動画になっていることだろう。

盗撮被害といっても、男の方は大した被害はないんだろうが、

女の方は知らぬ間にどこに被害届を出したら良いか分からんリベンジポルノ風の何かの被害にあってるんだから

監視社会というのは怖いもんだと思う。



一昔前なら野外でやろうが、どこでやろうが、その行為大衆の目にさらされることなんてまずなかったのにな。

どのみち、中高生同士のセックス動画はどう考えても児ポ法に触れるから

カラオケ店やラブホの個室内に監視カメラつけるのはいいとしても、動画流出に気をつけないと

最悪、経営者逮捕されかねないと思う。バイト連中なんて何の考えもなしに動画流出しやがるだろうしな。

2016-05-16

タイトルは聞いたことのある漫画

気になって検索したら作者が過去女性向け同人をやっていたらしく

男性向けは同人出身でも寛容だけど女性向けは同人時代に例えば解釈やカプ違いがあろうものなら

ましてや二次創作時代キャラモデルにしようものなら叩きまくる印象があったか

色々言われてるのかなと思いきやそうでもなかつた

内容が面白ければあまり言われないものなのかね

自分が好きな商業作家女性向け同人やって変な粘着がついてたからそういうものかと思ってた

ただ後者商業漫画描きながら同人やってたから色々言われるのも仕方無いかもしれないが

2016-05-15

LIGメディアはもう死んでるし、「オウンドメディア」とか「コンテンツマーケティング」とか一生語ってほしくない。

昔、LIGブログファンでした。

から最近まらなくなったというのは確かに感じつつも、それでも何かといろいろ攻撃されるのは可哀想だと思っていました。

ただ、1つどうしても許せないことがありました。

それは「金儲け」の姿勢を、極端なまでに全面に出してきていることです。あれはもう異常です。

からファンとしてそれをやめてほしい」「どれだけそれが嫌悪されることか気づいてほしい」と思って先週問い合わせフォームメールを送ったのですが、特に何の返信もなかったのでこちらにアップすることにしました。

そりゃ問い合わせフォームにはイチャモンクレームとかが沢山寄せられてるとは思うのですが、これぐらいの正論にはせめて「貴重なご意見ありがとうございます。今後の参考とさせていただきます。」ぐらいは返してくれてもいいのに・・・

そんなわけで、もうLIGメディアとして死んでるし、「オウンドメディア」とか「コンテンツマーケティング」とかを代表する企業ヅラは2度としてほしくありません。

営業」がいる時点でそもそもブランディングおかしいのですが、こんな簡単なことがわからない、わかっていても無視しているような事業ってなんなのでしょうか。

そんな思いで以下、LIGに投げた質問文を貼ります



ーーー(以下、問い合わせフォームに投げたメールコピー)ーーー

<お願い>

最近個別記事の右カラムに表示される「LIG広告成功事例をまとめました」というバナーの固定表示(スクロールしても固定表示される仕様)を、非固定(昔のように、スクロールで流れた後は白画面)にしていただけないでしょうか?

女性の顔のアップで目線がこちらを向いている図がずっと固定されているのは非常に圧迫感があり、読書体験として大きなストレスを感じます

嫌なら見なければいい、という考えもあると思いますが、白バックに黒が基調となっているページで緑の固定枠は視認性が高すぎます。(誘導が「自社広告」ということもあり、下品にすら感じます

また、アップの視線が常にこちらを向いている構図というのは、どうしても視界に入ってしまい、読了後に疲れを感じます

御社広告バナーとしてはそれで正しいのかもしれませんが、メディアとしてはいかがなものでしょうか。

マネタイズ化が大事ということはわかりますが、「自社広告コンテンツ邪魔をする」というのは、コンテンツマーケティングとして最低だと思います

ブログとの親和性無視した自社広告を固定させ強制的クリックさせる行為と、今業界的に問題視されている誤誘導目的バナー設置と、何が違うというのでしょうか?

記事ストレスを感じることで、LIGブログ(そして全く関係いであろうモデル女性)に対して嫌悪感すら抱くようになってしまいました。

広告の出稿主となるようなクライアント企業にはわかりやすいかもしれませんが、それ以外の読者の99%を無視してまでおこなうことでしょうか?

そもそも本気で出稿検討する企業は、フッダーの「メディア広告掲載について」ぐらいちゃんと確認します。その確認すら怠るような企業クライアントになる(=固定表示することでCVがアップする)とは思えません。

この固定化は、一体誰が得するのでしょうか?

(正直バナークリエイティブ自体も、作り手側の自己満足押し付けでは?と思っています。本当にこれは広告として優れていますか?)

もしかして、こんな誤認誘導と同列の施策をとることで「広告紹介事例の記事なのに、こんなにクリックされるようになった」「(最初から成約見込みの極めて薄い、いわゆる“ひやかし”の問い合わせを集め)こんなに問い合わせ件数が増えた」と、オウンドメディア成果としての実績にしたいのでしょうか?

まさか「これぐらいストレスになるはずがない」と本気で思っているのでしょうか?

ふざけないでください。

オウンドメディアコンテンツマーケティング代表的成功企業として評価確立したLIGが、なぜこんな詐欺まがいの数字操作をしているのでしょうか?(しか誘導先は、クライアント広告ならまだしも、「自社広告」ですよ?)

そもそもWeb制作会社の「顔」ともいえる自社サイトで、UIUXのことを少しも考えていないのですか?

いつからLIGはこんな企業になってしまったんでしょうか?

同じ業界で働く身ですが、本当に最近LIGの評判は悪いです。

本当にファンとして残念ですし、こんなことを続けていては本当に誰も相手にしないメディアになってしまうのではないでしょうか?

クライアントさえ獲得できれば、読者のことはどうでもいいんですか?

そんなことをするためにLIGブログはあるんですか?

そんなことのためにみなさんは記事を書いたり、編集したり、企画を練ったりしているのですか?

スマホのフッダーでの固定表示(これも正直厭らしいと思いますスマホから直のコンバージョンToBでは考えづらいですし)も含め、いますぐ右カラムの固定表示をやめていただけないでしょうか。

過去記事は右カラムバナーは非固定でスクロールすれば消えるので、できないことはないかと思います。(そしてやはり大変読やすいです)

あるいは、対象バナー直下にある「お問い合わせはこちら」と同じく、白黒の文字だけデザインバナー表示でよいのではないでしょうか。

背景色等とよく合っており、これなら特にストレスにはならないと思います。)

これは長年のファンとしてのお願いです。

決してネット特有の「嫌儲」の意識からのお願いではありません。

ネット記事広告文化をここまで定着させたのは御社の功績ですし、そもそも(バナーリスティングなどの誤誘導メインの)ネット広告文化から、読者に「良質なコンテンツ体験ができる広告」を提供すべく今まで頑張ってこられたのではないでしょうか?

そう思っているからこそ、個人ブログ等での一方的攻撃ではなく、こうして問い合わせフォーム送信させていただいた次第です。

メンバーが多く抜け、コンテンツの内容が過渡期にあることは(会社である以上)致し方ないこととは思いますが、「記事を読ませ、その面白く・役に立つ(そしてストレスのない)読書体験を以て、LIGというブランド還元する(結果広告出稿が増える)」という基本姿勢をなくしては、本当に何のためのブログなんですか??

LIGブログにとっての読者は、誰なんでしょうか。

身内の関係者広告を出稿してくれるクライアント?それ以外の人は、LIGブログにとって何なんですか?

もう最近はそれすらわかりません。本当に悲しいです。

以上、感情的な長文とお願いとなってしまい恐縮ですが、嫌がらせ等ではなく本当に今後のLIGブログのことを心配したうえでのお願いとなります

これ以上のマイナスブランディングや読者体験の阻害を防ぐためにも、早々のご対応をいただけますと幸いです。

それが難しい場合、せめて「これだけの要素があるのに、それでも「自社広告」を続ける理由」を、簡単でいいので教えてください。


お忙しいところ申し訳ございませんが、何卒宜しくお願い申し上げます

ーーー(以上、コピーここまで)ーーー




もうLIGには何も期待していないのですが、嫌悪広告モデルとして使われる社員がかわいそうなので、せめてテキストイラストに変えてあげたらいいのにな、と思っています

さようなら



追伸:

何日か前に岩上さんの素晴らしいインタビュー掲載されていましたが、あれは現状から考えれば「副社長」の岩上さんではなく「社長」の吉原さんに発信させるべきメッセージではないでしょうか。

もう本当に、そんなこともわからなくなってしまったんですね。

http://anond.hatelabo.jp/20160513095233

アスペの使う○○「~~」ほど哀れなものはねえな。

元増田は3Dモデル基準でって意味でいってるのにアナログ作画デジタル作画に着眼してるって控えめにいってアスペだろ。

こうやって面白かった定型もつまんないやつが多用していくことで価値と信頼を消失していくんだな。これがインターネットってやつだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160513093923

マジレスすると

映画がヒットした後アメリカで30分アニメ作るので

CGキャラモデル作っておいたほうが、その後のアニメ作る際に労力が少なくて済む

2016-05-13

MMD界隈(特に女)の面倒くささ

IJIROってサービスが出たかちょっと最近MMDってどうなってるのかなって興味を持ったんだけど。

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20160511_756796.html

いやあすごいね。まるで女向け同人誌の注意書きかってくらいに規約規約規約規約……。

特に女が好きそうなモデル

関わるとものすごい面倒くさくなるの間違いなさそうだから文字通りそっと閉じたわ。

なるほどこうやってコンテンツっていうのは先鋭化して衰退していくのね。

http://anond.hatelabo.jp/20160513115639

まりお前が本当に言いたいことは

漫画主人公現代人に共感されやすモデルになっている」

ではなくて

大衆感情移入やすモデル主人公はその時代背景の流行り廃りが反映されている」

ってことだよ。

何か新しく発見した論理法則ルールがあるんじゃなくて、

任天堂マリオをみればその時代ゲームコンピュータ技術レベルが分かる」

こんな感じのことを言いたかったんだろ?

「その時代流行ったバンドジャケットをみれば服の流行が分かる」

どうだ?ぐっと近づいた感じかな。

 

追記:

「シンイチをメガネかけさせて大人しめの印象を与え、視聴者にすり寄らせた」

これはその通りだと思う。

子ども主人公にしていて時代背景とのギャップがあると余計なツッコミが入りかねないか製作側の配慮として正しい変更だと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160512195443

容姿能力ひとつなのでは?

おまえがそう思うならそうなんだろうおまえの中ではな

アメリカイギリス歌姫だの俳優だの見りゃ分かるけどブサイクもそこそこ多いか

仮に芸能界にそういう視線があるとしてもそれは所詮低俗河原乞食文化として残すべきで一般的社会価値観とするのはただのキチガイ

モデルは「容姿プロ」なんじゃないの?

美醜の話をしてるときになぜかスタイルを含む話を始めたり芸能活動の話をしてるときになぜかモデルの話に小さくまとめはじめたり会話する前に自分の頭で理屈をひととおり考えてから口を開く癖をつけてくれないとただ単純に相手発言脊髄反射で思いつきを垂れ流してるただのキチガイしか見えないぞ

>数値化できるか否か?

評価指数として入れるなという話をしてるのに意味不明すぎ

容姿で選ぶといっているんだから容姿で選んでいいんじゃない

そもそもの論点忘れすぎだろ

青二才粘着くんレベルで頭がおかし

>横だが、なぜ東大女子は「容姿」で勝負しちゃダメなの?彼女音楽でいえばインディーズ歌手みたいなもんでしょ?彼女らの戦場は既にお前が言う「一般社会」の外、芸能界なのでは?

キチガイから見るとそうなんだふーんへーとりあえずどこの企業サービスとして打ち出したのかくらい理解してこいな

>お前、「TV局やイベ会社自主歌手を使っていいがHISダメ」とか「彼女らはワナビーですらなく正真正一般人」とか立論もできない無能か。無能なのに企業批判とか百年早い。

今回のサービスの事案と芸能を売り込んでくる自主歌手は全くの別物過ぎて的外れもいいとこ

芸能ではないサービスにおいて美醜を売りにしてる時点でゴミだという話を理解できないとか脳みそ腐りすぎてて話にすらならんな笑

彼女たちにとって芸能活動かどうかというのは論点にすらならないから笑

アドバイス。お前は気安く「アウト」と言ったが、この一件はたった数百文字投稿でアウトと言い切れるほど単純な論件ではない。実際フェミの口撃も弱めだろ? 微妙な論件なの。

いや性と美醜を売りにする商品を表立って売ってる時点でアウトだから微妙でもなんでもない

しかもその根拠フェミの口撃の勢い笑

具体性のない言葉しか連ねられないなら一生黙っててくんないかな笑

>本当に無能だな。東大美女図鑑の名で「知と美」を売りにmedia活動もする半プロとの交流を売りにした企画商品を、「芸能ではないサービス」とあっさり言い切るのは無理だろボケ

ソバカ君には理解できてないんだろうけど「飛行機フライト中隣の席に美女をおいて交流できます」は芸能活動でもなんでもないだろマヌケ

おまえにとっての芸能ってキャバクラ風俗なのか?笑

脳みそ腐りすぎてて話にもならない

そして東大美女図鑑自体もアウトだから

そんなものをやっていいのは3流低俗週刊誌くらい

自分たちの仲間を差別的視線に貶めるだけ

2016-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20160512192949

ありがとう

しかしまだ納得できない。

まず、容姿能力ひとつなのでは?

才能+努力の成果という意味では学力と同じじゃない?

モデルは「容姿プロ」なんじゃないの?

数値化できるか否か?(その場合容姿アンケート等で数値化した場合はOK? 基準あいまいだったらダメというなら数値で測れない能力はたくさんあるがどうするの?)

学歴で選ぶといっているのに容姿で選んだら差別だけど

容姿で選ぶといっているんだから容姿で選んでいいんじゃない

http://anond.hatelabo.jp/20160512102207

そもそもコンシューマゲームでじわ売れするモデル任天堂以外で構築できているソフトメーカーほとんどいないのでな

2016-05-11

86っていうのはちょっと昔過ぎて、1990年ジャストくらいの若者給料絶頂だったときクルマって、FFレビンクーペスポーツカー)だなあと思う。

1990年カローラレビンを見てみたら、1987年型で1989年マイナーチャンジのモデルで、価格は、111.3万〜168.7万円になっていた。1500ccが基本グレードで上級グレードが1600cc。

http://carview.yahoo.co.jp/ncar/catalog/toyota/corolla-levin/F002-M003/

中間グレードを買ったとして130~140万円。この価格だったら、実家に住んでいる非正規社員若者ならなんとかなる価格なのではないかと思った。家賃を払っていればムリだろうけど。

地方若者が乗っている、例えばホンダの『N-WGNカスタム』とか見ると、140万くらいなんだよね。

http://www.honda.co.jp/N-WGN/webcatalog/type/custom/

池田直渡「週刊モータージャーナル」:クルマは本当に高くなったのか?』という記事を見て気になったんだよね。

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1604/25/news055_3.html

当時のホンダプレリュードクーペ)を当時の価格で170万円で見立てて、現在デフレに置き換えると148万円相当であるという計算を弾き出していた。

1987年プレリュードを見てみたら、2000ccのクルマなので価格が高いし、当時でもおっさん向けだろうなと感覚はある。ホンダにはその下にCR-Zとかがあるし。

http://carview.yahoo.co.jp/ncar/catalog/honda/prelude/F001-M003/

いまのクルマ価格では若者クルマには手が出ないというモータージャーナルの主張に反抗するわけではなくて、

日本若者クルマを買う状況を産みたければシンプルに、当時のように中間グレードで140万円くらいの価格でカッコいいスポーツカーを出さなければならないのだろうなと思った。

お金がなければ最低グレードの111.3円のグレードを買う。それでもカッコいいボディ。

さいきんトヨタが出した『パッソ』は、中間グレードが130万円で、CMにマツコが出来てきたり若者に運転させている場面が出たりで、若者意識しているみたいけど、いかんせんあのデザイン若者が買うわけないなと思ってしまう。1990年のようにクーペという感じでないにしても、外観デザインだけで世界をひっくり返すようなモノでないと来てくれないだろうと思った。マーケティング的には130万では少しキツくて、100万円なのかなと思った。

http://toyota.jp/passo/

86はサイズを見ると車幅が1800mmあるし、エンジンを3Lにすれば昔のフェアレディZだもんね。86は86じゃない。スープラとかの車格になってしまう。

次期ヴィッツに期待します。初代ヴィッツは、82.0万〜159.5万円になってた。

http://carview.yahoo.co.jp/ncar/catalog/toyota/vitz/F001-M006/

次期ヴィッツインパネ予想 http://www.carsensor.net/contents/editor/category_849/_30580.html

次期ヴィッツが現行シエンタみたいなデザイン刷新をしてくれて(http://toyota.jp/sienta/)、なおかつ110万円~くらいだったらどうかと思う。

でも、いまの若者でもコンパクトカーではなく、スポーツカーのちゃんとしたカッコいいのを130万円で出せば、ちゃんとなびいてくれると思うけど。

スターウォーズスタートレックじゃないけど、やっぱ宇宙船だと思うんだよねえ。男の子のモノだと思う。