「記憶」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 記憶とは

2016-12-08

今までやったゲーム記憶を消したい

R-TYPE I のステージ1ですら初見クリアできそうにもない!

なんか、あの行きずまったスクロールに挟まれる感をまた味わいたい。

そして、なんどもなんどもパターン編み出したり覚えたりして、

クリアした達成感をまた得たい!!!

ドラクエIIなんかでも金の鍵なんか、

絶対に見付けられそうにない。

オッサンだけどニューゲームしたい!!!

進撃の巨人の始祖ユミルについて

・道から送り出すように”いってらっしゃい”と言ったミカサのような女の子


・始祖ユミル女性


アッカーマン王家記憶操作を受けない。アッカーマンが実は記憶操作していると考えた方が自然な気がする。影武者王がいたわりには、真の王家は(ヒストリアが残ってるとはいえ)あっさりやられた印象。もう一段影武者があってもおかしくない気がする。


とすると、始祖の系統アッカーマン


エレン寿命が2000年後だとすると、死にかけのエレンに2000年後の君へは微妙な感じがする。どちらかというと、次の継承者に対してがフィットする。始祖から送られた"エレン"を2000年後の君が受け取る(喰う)。始祖の系統アッカーマンミカサが?


どうじゃろ?

MacBook Proの新しいキーボード

キー入力感覚が何かに似ているなと思っていたが、あれだ、

昔のカシオMSXキーボード叩いた時の感覚だ。多分。

記憶いかもしれないけれど。

タカタゴムっぽい反応の。

2016-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20161206224835

ジョンレノンハッピークリスマス」を街中で聴く回数が、近年減ってる気がする。

毎年「初ハッピークリスマス観測日をなんとなく記憶してるんだけど、

2010年11月23日もっとも速い観測日、昨年は12月7日だった。

今年は未だ、ジョンの命日に間に合わないのは2012年以来2度め。

2016-12-06

[] #8-5「おにぎりの具」

事態収束し、弟たちと合流する。

シロクロはあのままどこかに行ってしまったようだが、それを気に留める者はいない。

改めて捕まえた店員を皆で観察する。

意外にも制服を着こなした何の変哲も無い店員だった。

まり記憶には残っていないが、恐らく以前よりあそこで働いていた店員だと思う。

「私、超能力者だけど、この人も超能力者のようね。性質は違うようだけれど」

タオナケは店員の頭に手を当てると、そう語った。

ああすると超能力者同士なら分かるらしい。

そうか、おにぎりが消えて客のカゴに入っていたのは、超能力アポートだったのか。

「どうしておにぎり昆布を入れたんだ」

「試したかったんだよ、自分超能力を」

「私、超能力者だけど、力を持つものが陥りがちなことね」

まるで達観したようなことを言ったので俺たちはタオナケに視線を向けるが、発言者本人もしっくりこなかったようで目を逸らした。




「それにしても、予想以上の展開だったな。まさかおにぎり昆布需要の謎が、一人の超能力者によって長年操作されていたとは」

「いや、俺が超能力に目覚めたのはつい数ヶ月前のことだぞ」

「え?」

全員が固まる。

アポートも試し試しで、おにぎりを移動させたのも今回が初めてだし」

「じゃあ何であんなに必死に逃げたんだよ」

「いや、悪の超能力機関とかがあって、実験台にするために狙ってきたのかなあ、と」

そんなのあるわけないだろう。

超能力があるからといって、超能力者機関があるとまで考えるとは、フィクションに触れすぎである

俺たちは脱力して、疲れが今になって出てきたのか、その場にへたり込んでしまった。

ちょっと待てよ、結局おにぎり昆布の謎が解明できていないんだが」

「あ~? そりゃあ、オメエ。昆布日本で昔からしまれている食材からじゃねえの。同じ具ばっかりじゃ何だか次点として選ばれやすいけど、そこまで好きじゃないから残されやすい、とか」

店員のそれっぽい答えに否定肯定もする気が起きないほど、俺たちは徒労感にやられていた。

かくして、おにぎりの具問題は俺たちの息切れによって幕切れとなった。

田舎銭湯で感じる違和感

出張地方に行ったとき余裕があれば銭湯に入るのが私のささやかな楽しみ。この前行った銭湯になんかモヤっとしたので、メモしとく。

ネットで調べると、ホテルから結構近くに銭湯が有ったので直行すると住宅地の裏路地という感じの場所だった。建物の大きさは普通の民家と変わらないので、男女と書かれた暖簾がなければ、割烹料理か何かと勘違いしそうな佇まいだった。道路に面した壁に入浴料金が書いてあって、その横に手のひら大のホワイトボードがあり、「入浴マナー上月間」と書いてある。正確にはなぐり書きというか、パッと見で落書きと見間違える汚さだった。まだ、このときは若干の違和感を感じつつも都会に比べると安めの入浴料に嬉しく思っていた。

ガラガラ引き戸を開けると右側に下駄箱、左側にカウンターがある。カウンターに行って、お金を払おうとすると、そこに居た受付の兄ちゃんがロボットのように言った。

下駄箱に靴を入れて鍵をフロントに預けてください」

しかに、そういうシステム温泉は多いので納得した。しかし2畳ほどの玄関スペースに傘、靴などなど明らかに銭湯家の私物と思われるものがおいてある。1人か2人しか、お客は入っていなかったが傘立てはパンパンだった。なんか嫌な気がしてきた。それでも下駄箱に靴を入れ、その鍵を持っていつ洗ったかからないタオルが床に敷かれた上を通ってフロントに行った。

脱衣所へ向かうと、建物構造新築のもので清々しいが、不思議光景が目に入った。部屋の隅にはどう考えても利用客のものとは思われない私物が積まれていたし、自宅にあるような洗面台の棚には無造作に歯磨き粉とイソジンがそれぞれ複数個置かれていた。そして洗面台と壁との10cmほどの隙間に、シャンプー放置されていた。一体誰が何のために置いているのか。ゴミなのか? 友達の家にでも遊びにきたのかと錯覚した。そして、銭湯独特の石鹸臭がするわけでもなく、生活臭がした。祖父母の汚屋敷に行って、風呂に入らされた幼少期のつらい記憶フラッシュバックし、このまま帰ろうかと思ったが入浴料は既に払っていたので、留まった。床も壁も綺麗に掃除されていたので、リフォーム済みだということを自分に言い聞かせた。

浴槽も、洗い場も6人程度の小さめだがそこは至って普通だった。さっさと体を洗って湯船に入ると、激アツ湯だった。ふと壁面を見上げると、壁画が書いてある。ヘタウマというのだろうか、柔らかいタッチとでも言うのだろうか、普通銭湯壁画に期待される精緻さというものをこの壁画は全く満たしていない。素人落書き、あるいは職人を雇うカネすらなかったのかと疑いたくなる。そして、この銭湯も例によって山が描いてあったけれど、どう見ても富士山しか見えない山に文字地元の山の名前が書かれている。絵に文字を入れて説明するのは銭湯壁画としては最悪の部類に入ると思う。そして、山の手前ではハナタレ小僧が3人ほど草原キャッチボールしている。丸坊主少年は本当に腹が立つほど憎い顔つきでこっちを見ていた。隅の方にハゲオヤジチョコッアクセントで描かれていたが、もはや意味不明だ。一体どんなセンスをもってこの絵を作ったのか、私は理解に苦しんだ。乱雑な玄関私物放置された脱衣所と合わさって、不快な思い出になった。

体が温まったので、さっさと湯から上がりホテルへ一目散へ帰った。こんな銭湯だったらボロホテルユニットバスの方がよっぽどマシだと後悔したが、これもまた旅の思い出と言い訳している。私は、築ン十年のボロ銭湯でも楽しく入れるが、この銭湯では一体なにが自分不安にさせていたのか。

2016-12-05

眠れないときには対義語などを考えるといい

終わらない思案の間に意識は闇へと消えていく。



例えば…排便とスカトロは対の関係



排便…うんこを出す

スカトロうんこをたべる?



いや、排便の反対はうんこをケツから入れることか?

それって言葉あるのかな?

カムバックがしっくりくるけど、それって自分の便と規定してる。

他人の便をケツに入れるのはカムバックと言えない?



立ち止まってよく考えてみる。

これまで排便とは自分うんこを出すものだと思っていたが、

他人うんこを出すことも排便と言えるのか。



まぁこんな感じでやっていくといい。

ケツだけでなく、口を合わせると深まっていきそう。

寝る前の思考は長期記憶に結び付きやすいのでお気をつけて。

http://anond.hatelabo.jp/20161205202159

記憶残ってるなら言えや!情報共有しろや!と思ったけど実際敵の正体が昔の仲間とか士気下がりかねないかトップシークレットだったのかもしれない

あとアニメでも鎮守府急襲で焼野原になってるし、これまでも度々記録ごと焼失してるのかもしれない

ついでに軍人も焼失してたらあのアホが提督になったのも人材難だからって説明できるし人類が一切映らないのもほとんど死んじゃったからってことで

葬式後の軽いノリも実はうっすら転生ループに気付いてるから

劇場版艦これあれこれ

http://togetter.com/li/1056062

なんていうかさ、あの世界が時間が巻き戻らないループ世界仮定した場合深海棲艦が同じ場所に同じように湧いて同じように戦闘がおこるってわけでさ・・・


アホらしいと思わんか?その設定。



何度やっても、「くびき」とやらに引きづられ、いろんな艦娘が入れ代わり立ち代わり再着任してたはず。

吹雪の着任だって、着任前の記憶とか、劇場版で初めて確認するようなことじゃないでしょ。

まるまる1期使ってスルーされてたのに、真剣な顔でさも重大事のように確認する赤城加賀

如月轟沈含めて構想はあらかじめ決められてた、ってさ。

もう物語都合でしかないじゃん。

興醒めも良いところだよ。


提督も、一部の艦娘も知ってんでしょ?

ただただ狭い世界ループしてるだけだって

そしたらさ、あん世界じゃないよね。

提督はいないんだからともかくとしてさ、長門加賀辺りは、もっと諦観してないとね。

出撃に意味がないような空気を感じさせたり、抗ってる焦燥を出さないと。

劇場版を受けた補完で、それっぽくTVアニメを語ることはできるけれど。

あの箱庭を維持するために無理が為されてたのだとしても、もっとディストピア感ださないと、後付過ぎてさ・・・


あの設定なら、世界としてはかなり狂ってる。

日本海軍は壊滅なんだからほとんどの艦娘は、「くびき()」とやらで轟沈するはずで、そのつど深海棲艦としてPOP。

それを轟沈させると、どこからともなく再着任。

轟沈から再着任のサイクル、どの程度なのかね?とか、そっちが気になったよ。

そんなディストピアなのに、如月睦月のあの茶番劇

マジないわ。

んで、吹雪くびきを断ち切れるって?

何か知らないけれど、艦娘希望として分離したから?


アホくさいわ。

ないわ。

嫌いとかクソとか死ねとかメシウマっていう事ばっかネットでは話題になるから

逆にその年良かった事とか全然記憶に残らない(笑)

2016年は俺にとって、日本死ね!とピコ太郎死ぬほど面白くないのと韓国大統領馬鹿すぎてメシウマって年。

FF15楽しい

FF13は様子見してたらマップが一本道でつまらないという

悪評がわんさか耳に入ってきてスルーしてしまったので、

今回はPS4が薄くなったタイミング本体を購入し予約までした。

まとまった時間が取れずに、この週末プレイするまで、

散々な評価が聞こえてきて不安に駆られたけど、

実際プレイしてみたら超楽しい。車やチョコボでお使いに走り回るのがすげー楽しい

これって別にFFじゃなくても良くないか?という意見もよく聞くが、

FFFF2以降ずっと何かしら実験的なシステムを試みをしているし、

世界観タイトルによってバラバラだし「FFのあるべき姿」なんて各自の中にしかないんだよね。

ちなみにメインクエストはまだ3章までしか進めていない。

噂によると最後は相当酷い話になるらしいけど、

F12もストーリー酷評されてたわりに、

戦闘ガンビットが超楽しかった記憶しかいからたぶん大丈夫

http://anond.hatelabo.jp/20161205000002

自分の中に封印されている記憶を引きずり出してみる

小学3〜4年の頃、いじめをしたことがある。俺がいじめていた「彼」は当時つるんでた仲のいい5〜6人の友人グループの一人だった。

友人グループとは言っても、一人のリーダー格とその取り巻きのような感じだったと記憶している。俺はそのグループ内ではNo.3くらいの立ち位置だった。

詳しい経緯やきっかけはもう覚えていないが、グループの中でもヒエラルキーが下の方だった彼には、普段の遊びの中で徐々に「リアクション芸」が要求され始めた。

特に彼に障害があるとか頭が悪いとかではなかった。何故彼がそうなったのかあまり覚えていないが、外で遊んでいる最中に転んだり、何かの拍子にボールが直撃したりした際に叫んだ言葉面白かったとかそういう事だったと思う。当時見ていたテバラエティ番組企画のように皆で公園「ゲーム」をしたり、学校内で鬼ごっこや缶蹴りをする中で、彼には毎度のように何か知らの試練とリアクションが求められるようになった。

そのうち友人グループの間でどんどん遊びがエスカレートしていき、彼に対する仕打ちもどんどん過激になっていった。最もひどかったときはもはや単純な暴力だった。肩パンして痛がっているのを笑うような雰囲気になっていた。

そのなかで俺も、ヘラヘラしながら何度も彼に暴力をふるったことがある。所有物を隠した事もあった。多分もっと色々酷いことをしたと思う。確か良心が痛んだと思うが、その時は良心の痛みよりも仲間内で目立つことや皆が笑うことの方が大事だった。

今思っても本当にひどいことをしたと思うし、自分の中では凄く反省している。思い出すたび胸がズキズキする。

彼の母親学校に殴り込みに来て、いじめは終わった(と思う)。

彼の母親クラス全員の前で、息子が受けた仕打ちや家で落ちこんでいる彼の様子などを怒りを込めて話した。

俺は、少なくともグループ内で遊ぶときには彼は楽しんでいるものだと思いこんでいた。暴力苦痛に思っていたことがショックだった。

俺はクラスの前で立たされ、怒鳴られて泣いて、涙ながらに彼に謝罪した。それまで人前で泣いた事が無かったのでそれもショックだった。

俺はそれ以降その友人グループとつるむのをやめた。怒られたのがきっかけでなんとなく空中分解したという言い方が正しいかもしれない。

彼の母親に怒られた日の帰り道に「これから人に優しくしよう」と決意したこと、帰宅してから事情を聞かされていた母親の前で大泣きしたことはよく覚えている。

今思えばこの経験がそれ以降の俺の人格形成に大きく影響した気がする。

中学に進学した俺はクラスメイトの中でも孤立している人や転校生と仲良くするようになった。いじめていた彼を同じ部活に誘った。そうすることが罪滅ぼしだと思っていた。

あれから20数年経っているが、俺がいじめていた彼は地元に帰ると必ず会う特に仲のいい友人の一人だ。

いじめいたことが良かったなんてこれっぽっちも思ってはいない。今でも思い出すと辛い気持ちになる。

他のトラバにある

一番エグいいじめする奴って、そのグループで2番手3番手だったりするじゃない

というのはその通りかもしれない。

そもそも、いじめてる側は多くの場合いじめてる認識がない。

いじめてる当時は「あいつは私を不快にさせたから、これは正当な報復だ」と正当化し、

年を取って振り返っても「いやあ、あのころちょっとヤンチャしてたわ」と矮小化

こういう「仕返し」でいじめをするパターンもあるのかもしれないけど、遊びの延長線上でいじめパターンが多いのではないか自分経験から思う。

自分行為が「やんちゃ」だったとは思わない。最早トラウマ

田舎車社会だというが

昔はどの家も2台ぐらい持ってた記憶がある

帰省した時、庭に車が1台しかない家の方が増えてることに気づいた

どうやら車を買う金もなくなってきているようだ

電車バスは走っているが、1時間に1本みたいなレベル

歩いてる人や自転車も、小中学生ぐらいでほとんど見かけない

これ、0台になったらどうなるんだろう

必死一家に1台はなんとか維持するんだろうか。今がその状況なんだろうか

そろそろ本格的にやばいんじゃないか地方

席に座ってたハタチぐらいの女の子ジーパン越しに自身の太ももの内側触ってた

肉付きが良い感じだ、とかで思わず見てしまったんだけど、手を入れ替えてもやっぱり触ってたりした

そんなことにeroticを感じながら飲み会帰りの電車の中を過ごしたような記憶けがぼんやり残っている

小学校のブスでバカクラスメイト

小3くらいの時のクラスメイト小林さん(仮名)はマジでブスだった。チンパンジーみたいな顔で、メガネで、髪は長くてボサボサで分け目がグチャグチャの二つ結びだった。

勉強全然出来なくて、しかもうっとうしい性格だった。ちびまる子ちゃんのみぎわさんみたいにクラスで人気の男子に好き好きアピールをし、前田さんみたいに不真面目な男子に「ちょっと男子〜」とか言って嫌がられてるような。全然可愛くないのにキャピキャピはしゃいでてみんなに嫌われていた。

いじめられてはなかったと思う。靴が隠されたり無視されたりはなかった。でも嫌われて当然の人だと思ってた。あれも本人的にはいじめられてたのかな。こっちが記憶を都合良く書き換えている可能性もある。

日本人は本当に考えて喋っていないのか?

http://anond.hatelabo.jp/20161204095016

驚いた。全く真逆感想だ。アメリカといっても、サンフランシスコのイケイスタートアップからウォール街クオンツからシカゴコンサルまで、全く違うだろうけど、5年以上東海岸の米系企業に籍をおき、向こうの地でもそれなりに働いてきた自分からすると全く同意できなかった。あくま個人的感想であるけど、いくつか反論してみたい。

会議でも日本みたいに「喋らないやつはダメだ」みたいなことは言わない

俺が米系企業日本支社に就職したとき最初に「会議発言しないのは存在しないのと同じだ」と言われた。少なくとも俺の5年以上の経験で、会議に出て黙ったままただメモを取っているアメリカ人は見たことがない。

誰かが発言しない会議があると「君は何も喋ってないけど、この会議はそもそも必要なのか?」と言われる。真顔で。

これは、日本アメリカコミュニケーションの違いも大きい。例えば、日本人が「お世話になっております表題の件ですが…」と書いているうちに、アメリカ人は「ok」の二文字だけで返信する。件名が「ok / EOM」で本文なし、なんてメールも多い。

必然的に報告だけの会議というのは少なくなるし、会議というのは発言をする場であるということが意識として徹底されている。

本国から来たマネージャーは、日本人会議に出席していながら全く発言しないことに驚く。日本人は、会議という場が意見をぶつけ合う場にも関わらず異常に萎縮しているように見える。間違ったことを発言したら怒られるのではないか、と。俺自身はどんな馬鹿質問をしても怒られた記憶はないが、発言しなかったらマネージャーに呼び出されてアドバイスされたことがある。

人には「考える時間」があるとわかっていることだ。向こうにはディベート文化があるし、PCが叩き込まれいるから、「どう答えるか」についてちゃんと考えている。

元増田アメリカ大学ディベートを見たことがあるのだろうか?ディベートというのは、(悪い言い方をすれば)いかに黙らずに早口屁理屈を言い続けるかを競うスポーツだ。イエールでもハーバードでもエリートが日々「どんな論点をどんな立場でも」ディベートに勝てるかを検査し続けている。(チョムスキーは、深い思索のないディベートリーマン・ショック引き起こしたと言っていた)アイビーリーグ卒業生が多い会社はそういうディベート文化根付いていて、会議スピードが異常に早い。

日本は「考えていない人」が幅を利かせて、そういう人が「すぐ喋る考えていない人」をコミュニケーション能力があるとか、自己主張ができているとか、そういう理屈を付けて評価するからね。

アメリカ人はちゃんと主張する人を好む。給料上げてください」って言うと結構上がる。言わないと上がらない。大抵の企業では「1/1」という、マネージャーと一対一で話してアピールする場が設けられていて、そこの場でどれだけ自分が頑張ったかを語らされる。

それは、年功序列が薄いことと裏表だ。アピールできるやつはずんずん登っていくし、うだつが上がらなければそのままか、クビになる。だからボスアピールすることはむちゃくちゃ重要ポイントだと考えられてる。

日本人のように「頑張っていたらいつか認められる」なんていうことは考えないし、キャリアというのは自分アピールして掴み取るものだという意識が徹底している。


アメリカ人は本当に考えながら喋っているのか?

これはもう匿名ブログ宿命上、想像しかかけないのだけど、元増田あくまで「日本人」として接してもらっていたのではないかと感じた。それも日本人が多い多国籍企業の。

アメリカ人特にサンフランシスコとかシアトルあたりの)は英語できないやつには慣れているので優しいし、日本人が入るような会社なら、シャイなのも知っているから話も振ってくれる。カリフォルニアなんか白人が4割しかいない。インド人の聞きづらい英語四苦八苦し、イタリア人コーヒーブレイクには付き合う。多国籍企業とはそういうものだ、と割り切っている。

そして、文化が違うこと、ネイティブじゃない言語で話す人との仕事の仕方をきちんとわかっている。だから、口ごもる人にはちゃんと時間をくれるし、わかりやす英語を使おうと頭を捻ってくれる。それはポリティカル・コレクトネスに近い。(日本人だって日本語が下手な外国人がいたらじっと聞かないか?)

日本人が考えずに喋っているとは思わない。むしろもっと怯えずに発言すればいいと思う。どだい、会議というのは話すためにある。ただ単にボスの報告を聞くだけならメールでいい。わかっていないことがあれば空気を読まずに質問すればいいし、気になったことがあれば深く考え込まずに発言すれば良いのだ。

いささか乱暴な言い方ではあるけど、日本人もっと適当でもいいからどんどん発言するべきだ、と言うのが個人的結論である発言することが時間無駄になるようなメンバー会議に居る事自体おかしいのだ。

最後

素晴らしく有能で深い思考を持っている日本人が、発言しないために低い評価に甘んじているのをよく見てきた。とてももったいないと思う。少なくとも、米系企業で働こうとしている人は、とにかく何でも良いか発言する癖をつけたほうが良い。わからないことがあれば聞く、考えていることがあったら意見を言う、適当でも良いか改善ポイントを言う。発言量を増やすだけでキャリアが変わる。

そんじゃーね。(ちきりん風に)

2016-12-04

気が付けば、なんとなく人恋しい夜に連絡できる知人がいなくなっていた

普段一人では、ほとんどお酒は飲まないんだけど、今日はなんとなく思いたって、スーパー発泡酒を買って帰った。

飲み会ではそれなりに飲んだりするけど、一人暮らしのこの部屋で誰も相手無くお酒を飲むのは、一年ぶり位だと思う。

350mlを2本開けてほろ酔い気分になった今、ちょっと人恋しくなったりして、誰かと話したいなという気持ちになっている。

それで、こういうときになんとなく誰かに連絡をしてみようかなと思ったのだけど、そういう相手に思いを巡らしてみた結果、

誰一人として連絡する相手が思いつかなかった。


アドレス帳を一通り見ながら、「一人で飲んでたら人恋してく連絡してみたよー」って、気兼ねなく言える人が一人もいなかった。


そういう事実に気付いてすぐ、ああ、これはやばいなと思った。そういう相手がいないこと自体やばいし、それに気づいていない

自分人生の進捗状況とそれに対する意識も相当やばい

これ、いつからだろうと思って、記憶をたどったら、たぶん5年前くらいからだなと思い当たった。

それは単純に年齢的な事情で、それまでそういう時に連絡していた知人は今ではもうみんな結婚していたのだ。

同性でも異性でも、既婚者が、日曜日の夜11時に、独身酔っ払い話に好意的に付き合うことはないだろう。

その昔、みんながみんな独身だったころは、日曜の夜だって、誰かしらは暇だったし、何なら向こうから連絡があったりもしたよなと思った。

今、私のもとに誰からそうした連絡がくるだろう。飲み会の誘いはある。食事の誘いもある。仕事私生活のあれやこれやについて、相談を受けることも時にはある。

だけど、一人で過ごす夜に、ただなんとなく人恋しいなと思った誰かから連絡が来ることは、今はもうなくなった。


私だけが、その場所にいる。今でも。


そういう事実に気付いて、唖然とした。

そんな日曜日の夜です。

http://anond.hatelabo.jp/20161204095016

長いし 考えないのはデメリットばかりではない

脳の使用率が2%とかいわれてるのは他が自律行動してるから

心臓も反射も動作思考の前に教育記憶した動作機能的に反復してる

脳の前頭葉けが記憶コントロールするわけじゃない

指も腕も神経も経験記憶動作を適合させていく

お箸の持ち方 楽器演奏 スポーツ動作

ほかにルーチン化した作業 鍵をしめるとか歯を磨くとか 靴を揃えるとかまで

思考なんてものは行動に反映しても2%くらいしか自我制御してない

1日のうち今日はどんな日だったか覚えている数を24時間で割ったもの

自分の頭でかんがえてる」領分

転じて世の中の9割は教育というテンプレートの上に成り立っているともいえる

教育いか大事か その自動化を手動化することがどれだけの浪費か

想像に難く無いだろ

http://anond.hatelabo.jp/20161204184643

人の記憶なんてとんでもなく不確かなもの

個人差もあれば印象差も激しい上に何より「忘れる」から

から統一した大きな記録にまとまることはないんだよ、逆に記録はまとめたものから、書いた者の意志が当然入る。

Dに思ふ

http://pret.yakan-hiko.com/2016/12/01/dena_welq/

http://toyokeizai.net/articles/-/147912

十年くらい前、D社の(当時)創業社長だったN氏の話を間近で聞く機会があった。当時、D社はゲーム事業で一山当て、ガンガンいこうぜ!という状況だったと思う。

後日、N氏は会社の立ち上げ時のドタバタを本として出している(自分も読んだ)が、その時もこの本に書いてあったような話をいろいろしてくれた。

その中でも特に印象に残ってるのが、D社がCtoCの売買サイトを立ち上げたが全くの閑古鳥で困ってしまい、業界大手の Y!社のサービスヘビーユーザーに「うちのサービス使ってくれませんかね」と直々に(メッセージ機能を使って?)コンタクトを取ったが、にべもなく断られ、うまくいかなかったという話だ。

うまくいかないのは、当然ユーザーレビューで積み上げた高評価を持っていけないかなのだが、そういうところに思い至らず他社サービスユーザーを引き抜こうとしたりとかするのが、現在進行中の炎上騒動と通じるところがあると思った。

自分記憶が正しければ、このエピソードは例の書籍には載ってない。

ADHDだと発覚し、ストラテラを飲み始めた

23歳、学生、女。

周りの友人は医歯薬生を除けば社会人院生で、学部生をやっているのは自分だけ。

20歳の頃、当時通っていた低偏差値大学文系)や、やりたい学問があったのに受験を頑張ることが出来なかった自分に嫌気がさして退学し、

資格を取るために理系大学受験しなおした。


今考えるとそれもADHD衝動性によるものだったんだと思う。



「辞めたからには資格が取れるところを」と生半可な気持ち受験してうっかり合格したが、とにかく不器用実験や実習が上手くいかず班員に迷惑をかける。

やるべきことがあるのは分かってるのにスケジュール管理がうまくいかない。意志が弱い。

元々文系なため分からない部分が多いのに、それを放置して課題が提出できず単位を落とした授業もある。

同い年のみんなは働いているのに、この体たらくは何なんだろう。年下の同級生の方がずっとずっときちんとしている。



もしかして発達障害なのかとは薄々感じていても検査を受けることに対して家族理解を得られなかったり、

通っていたメンタルクリニック主治医からは「ここでは見ることが出来ないから紹介する」と言われた先の医院が「小麦粉を断てばそういうのは全て治る!」が信条のところだったり、

検査を受けるまでのハードルが高かった。



検査を受けた

9月学校近くのメンタルクリニックでウェクスラー検査を受けられることが分かり、家族に無断で受けた。

そして先週結果をもらった。


全検IQ:100, 言語IQ:111, 動作IQ:86, 言語理解:116, 知覚統合:79, 作動記憶:96, 処理速度:100


ADHDに多いと言われる作動記憶の著しい低さがないことに驚いたが、言語IQ動作IQ有意差が見られるというのは予想通りだった。




心理士からコメントには、


聴覚情報記憶したり頭の中で操作する力は概ね年齢相応域にあるが、問題を一度で覚えきれないことがしばしばみられた」


「単調な情報記憶操作はやや苦手なようである


「注意力や集中力を保ちづらい可能性がある」


「断片的な情報統合して考える力は非常に苦手なため、手順を明確に指示されないような作業や未経験の場面では振る舞い方が分からず戸惑ってしまうように思われる」


と書いてあった。実験実習が辛いのはこれが原因なのかと腑に落ちた。




ストラテラが処方されたが、普通40mgが出されるところでまずは体を慣らすために10mgのものを朝晩2回飲むことになった。

飲み始めて今日で3日目。副作用の不眠は飲み始めてすぐに感じたが、期待する効果が出るまでの時間はかかる薬だと言われていたため、

いい影響を実感するのはまだ先だろうと思っていた。



薬の効果が分かった

最近派遣販売員電話受付のバイトをほぼ週1のペース、休日の朝に始めた。

販売員は当日の朝に「これから家を出ます」「お店につきました」という電話事務所にかける。


私は販売員の氏名、販売するメーカー店舗確認するのだが今までは一度で聞き取れなかったり、

『ヤマダハナコさんがAメーカー商品をBという店で売る』という情報メモに書こうとすると「ヤマダハコ」になって、

「あっ、ハナコって分かってるのに!どうしよう、ナ、ナってどんな字だったっけ?あれ?メーカーってAって言ってたよね、Cじゃないよね?えっちょっと待ってもう一回確認しなきゃ!」

というように頭に手のスピードが追い付かず内心パニックに陥ってしまうことが多かった。


今日副作用で2時間半程度しか眠れていないためいつもより辛いかも…と覚悟を決めて出勤したが、不思議なことに一度で沢山の情報が頭に入ってくる。


文字を書くのに頭がいっぱいいっぱいにならない。


また、先週までは知らず知らずのうちに大声で対応していてふと自分の声のボリュームに気が付くということを繰り返していたのだが、今日は終始普通ボリュームで話すことが出来た。



世界が違う

なにこれ、今までと全然違うじゃん。

定型発達の人は世界がこんな風に見えていたんだと思うと同時に、薬がないとき自分がどれだけグズだったのかが改めてわかった。

もちろん薬で全てが改善するなんて思ってない。自分特性理解してミスを減らすための工夫は常に必要だ。

でも、「どうして自分だけできないことが多いんだろう…」とか悩んでいる人は「検査の予約が中々取れなくて面倒だな、受けなくていいかな」

なんて思う前にまず予約してみるといいと思う。

人によって薬が合う合わないはあるけれど、私の場合効果が分かったし、これから毎日が少しだけ楽しくなりそうな気がする。



ちなみに家に帰ってから事務所に箱ティッシュを忘れてきたことに気付いたので、やっぱり過信は良くないです。



<追記>

少なくとも、前の大学を辞める前に辞めたときメリットデメリットをもうちょっと考えることができたと思います

大事選択に対してですら熟考することができないのはやはり異常ですから

http://anond.hatelabo.jp/20161203200232

世の中や人間関係に波風を立てないようにすることは、真面目かもしれないけど、正しさとは関係が無いと思う。

相手に間違いを指摘して直してもらっても、モヤモヤするのは、波風を立ててしまった後悔が残るからでしょう。お互いに元に戻せない記憶を残してしまったという。

ただ、波風を立てないように気を使っても、うまく伝えられない思いをするのは、自分だけ特別ではなくて、みんな、たくさんの人が同じ経験をしています。幸いにもいじめられたりしなくても。

正しさとは、世の中に不幸せがないように、それぞれ別の経験から、考えでも行動でも続けていくことだろうと思う。だから、時に波風は立つし、あとで知ることで落ち着きを得るでしょう。

幸せに生きるとは、その波風を自分に受け入れることでもあるし、相手に受け入れられることでもあると思う。

日本死ね」なんて書いちゃ駄目。じゃあ「アイヌ殺す」は?

今年の流行語に選ばれたことにより「日本死ね」という表現について、再びちょっとした話題になっています

保育園落ちた日本死ね」の死ね比喩なの?【追記あり】

http://anond.hatelabo.jp/20161203154215

流行語大賞で「日本死ね」を表彰したユーキャン炎上Wikipediaページを書き換えられてしま

http://www.buzznews.jp/?p=2104428

つるの剛士が「日本死ね」の流行語TOP10入りに嘆き「汚い言葉

http://news.livedoor.com/article/detail/12361463/

ネットでの論調は主に「日本死ね」という表現不適切だったという風に傾いているようです。

ところで今年はネットでこんな騒動があったことを覚えていますか?

ナコルルが強すぎてムカつく人たちによるアイヌヘイトスピーチ

http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/07/145618

アイヌ民族尊重の呼びかけに関する嘆願書 株式会社SNKプレイモア ならびにナコルル声優 生駒治美さん、中原麻衣さんへ

http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/14/005509

このときネット論調は主に「そんな深い意味で言っているわけでない」「ポリコレの押しつけだ」「言葉狩り」だと、こちらは逆に批判するがに対して否定的論調が多かった記憶があります

日本死ね」を批判している人は「アイヌ殺す」という表現についてどう思っているんでしょうか

あるいは「日本死ね」を擁護している人は「アイヌ殺す」という表現についてはどう思うんでしょうか

この二つは全く別ものなんでしょうか

点鬼簿


 明日は、父の命日だ。

 この時期になると、決まって思い出すのはあの凍えるような日のことである

 前橋の端にある大きな病院の一室で、父は亡くなった。

 その最後家族に見守られて、幸せそうに見えるものだったろう。だが、私は父の臨終に際して泣き喚く連中に対してこう言った。

「うるさい」

 それは、私自身の本心から気持ちでもあったし、おこがましくもあの時ばかりは父の気持ちが乗り移っていたように感じる。

 父は、恐らくは静かに逝きたかった筈である。たった一人きりで。大好きな音楽を聴きながら。大好きなものたちに囲まれながら。一人きりで何にも悩まされることなく、穏やかな気持ちで逝きたかった筈である

 決して大勢の者に無様な姿を見られながら、本心から自分を思っての為では無く、自分を失うことで自身が悲しいだけの人間たちの声を聴きながら、彼岸になどゆきなくなかった筈である。だから、私は泣かなかった。決して声を上げたりしなかった。

 せめて、私だけは静かに父を見送りたかったのだ。それが、父に対して出来る最後の最善のことだった自負している。

 私と父は、実の家族であるのにほとんど会話らしい会話をした記憶が無い。それは、父がワーカホリック帰宅時間も遅く、多趣味休日ほとんど家に居なかったかである

 もう一つの理由は、私たちが仲良くしていると母が機嫌を損ねるからである。今から思えば、一体何を危惧していたのだろう。父を早くに亡くした母は、年の離れた夫に父性見出し求めていたのかもしれない。ならば、同じ女である私は父を自分から奪う泥棒猫のように見えたのだろう。ゆえに私たちは違うところで繋がる他なかった。私の嗜好するものは、父からの影響も少なくなかった。私たちは一緒に過ごした時間は少ないけれども、確かに繋がっていた筈である。今は、そう信じたい。

  人というものは必ず死ぬものである認識したのは、愚かしくも成人してからである

焼いてしまった人が、こんなにも軽くなることを知ったのも、大人になってからである

大柄ではなかったが身長の高かった父の骨は骨壺に入りきらず、斎場の人が潰して入れ込んだ。あの「ぐしゃり」としたなんとも形容しがたい音が、今も耳から離れず時々思い出したかのように耳鳴りがする。ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。駄洒落ではないが、骨のことは舎利ともいう。ものが潰れるさまという意味らしいが、案外ここから来ているのかも知れないなと思った。

 

 私は時々夢想する。自分の死に際を。自らの葬列を。人の居ない寂しい葬列を。青白い顔に施される薄化粧を。痩せ細った身体に着せられる死に装束を。棺に押し込められた色鮮やかな花々に埋め尽くされる自分を。私は、夢想する。自分の、死ぬ時を。

 いつか自分が死に、焼かれた骨が潰される音も、父と同じ音でであると願いたい。

 ぐしゃり。また、あの音が聞こえる。明日で、もう四度目だ。

 「お父さん、貴方人生幸せでしたか?」

 私は小さくそう呟くと、煙草に火を付けた。あの凍える空に昇っていった父の残滓は、今どこに在るのだろう。私は、誰の為か分からない涙を少しだけ流した。


 

2016-12-02

メテオメトセラ読了。とても良かった。

あらすじ的なもの

死神異名を持つ祖父を持つ少女・マチカはとぼけた不死身の男・レイン出会ったことにより賞金首として追われる羽目に陥った。

他方、不死の秘密を巡って謎の企業が暗躍し始める。

過去全ての転生記憶を持つライバル・ユカは、企業を操りレインとの再開を破滅的願望とともに待ち望んだ。

マチカはレインへの淡い思いに気づき、一度は別れた彼と出会うために企業ビルへと忍び込む。



感想

最初感想はノリが古臭い王道すぎる展開と不満たらたらでした。というよりも王道路線は話が進行してもさほど変わりません。

ドライブし始めるのは4~5巻からで、助走が3巻。そこまでにキャラの肉付けと設定が明かされます

さらに6巻以降はそれぞれの足りない部分を補う話として舵が切られ、終盤にはそれぞれが幸せになるために回収が行われます

なんだか普通物語のように聞こえるかもしれませんが、実際普通の話です。

アップテンポアクションシーンが多彩ですが、その割に暖かく穏やかな雰囲気が流れており、基本はキャラ漫画であることがわかります

基本構造は今ではそれほど見なくなった二元構造で、彼と彼女敵対勢力と味方の駆け引き、守るもの守られるもの、という一対一の関係性がメインです。

からさまなオマージュちょっとひどいレベル散見され、何が何か見てすぐに分かるレベルでたくさん真似ています



こう書くと酷評ですが、駄目な作品かといえばそうではありません。

人と人とが足りないものを持ち寄って信じて補い合う話、という意味では完全に成功していると思います

これだけ動きのある内容で読後感がほっこりしている、という漫画もあまりない気がしました。

一部を除いて極悪人がいても許されている感じも作者のやさしい哲学を反映していていい。

ベテランのはずですがローテンションではなく、作品通して情熱純粋性と人間に対する飽くなき信心があることが伝わります

シーン展開や人との再開など見れば見るほど既視感の塊であるにもかかわらず、むしろそれが和むという感じです。

この秘密古典的スラップスティック形式を必ず入れてくるからでしょうし、キャラの心情を大切にしているからかもしれません。

それゆえに作者のキャラ愛が先走ってモノローグコマ進行を止めている、と感じられる箇所が数か所ありました。

絵は1巻と最終巻ではかなり違い、時代に寄せてきていますクリーチャー描写が急に古くなったりと多少違和感もありますが。

疲れて擦り切れてしまった人におすすめできます。信じあう人間愛の物語です。



メモ

・それぞれが足りないものを埋める物語

・マチカは得たものを失わないために。

・ユカは感じられない愛を得るために。

・シャレムは本当の愛を与えるために。