はてなキーワード: 世界観とは
ここでの一本道というのは、EDがひとつしかないという意味ではないことに留意。
私も悪いところがあるので、決して相手だけ悪かったとはいいません。
…が、一方的に悪者扱いされて、でも周囲に「反論したりしたら泥沼だよ」と言われて我慢した分のうっぷんをここで晴らさせてください。
あまり面白いものではないのかもしれないので、気分悪くなりたくない方、あと時間のない方(長いっす)は回れ右、でw
私は、恥ずかしながら小説を書いたりするのですが、ある小説コンテンツ上で公開した小説に「すごい面白かったです。漫画化していいですか?」と書き込みしてきたのがその相手でした。
ほかにも面白かった、というコメントはあったのですが、実際に絵がうまい人に、漫画化までしてもらえる、というので、私は舞い上がりました。
彼は、自分の境遇とその主人公が似ていると言っていて、かなりのスピードで、実際に漫画を描いてくれました(でも、完璧主義らしくて気に入らないところがあったとか言って消されて結局見てませんが。。。)
なので、私も資料探しなんかに協力していたのですが、そのうちにいろいろ話がもりあがり、ほぼ毎日メールをするようになりました。
ところがあるとき、突然彼が登録していたSNSのアバターを女性のようなものに変えたので、その意図を問うたら、謎を解いたうえで自分に会いに来い、と言ってきたのですが、いろいろ問い詰めているうちに結局性同一障害で、体は女なのだ、と告白してきました。
そして今まで話をしていた内容のほとんども嘘だ、と。
それでも私は仲良くなった相手だし、その時はまだ常識のある人物のように感じられたので、いろいろと嘘をつかれていたことを全部水に流して、そのあとも付き合いを続けていくことにしまた。
けれどおかしくなってきたのはそのあとです。
ちょうど去年の今頃くらいからでしょうか。
彼の作っていたSNS上のサークルに参加したのですが、メールでやり取りしていた時とは違い、気に入らないことがあると雑談版に書き込み、その後とにかく攻撃的なメールを携帯にしてきて、ぼこぼこにされたのです。
そのあまりの内容に、私が泣きながら電話をして謝って仲直りをして、を繰り返していました。
はっきり言って今思えばその内容も、矛盾だらけだったし、「それ私悪くないじゃん」的な内容や、彼が勝手に事実を捻じ曲げて発言していたり、自分が言ったことを責任転嫁していた部分も多かったのですが、人格否定するような言葉の羅列に打ちのめされてしまって反論もできずにいたんです。
そのため、もう縁を切ろう、と毎回思いました。ですが、相手は自分を信じていろいろさらけ出してくれたのだし、それを突き放すのはいけない、と我慢して電話をしてつなぎをつけていました。
そうして、ほぼ月一で、ほとんど喧嘩、というより人格否定のオンパレードのメールが来きて、それに私が電話して謝って、の儀式が続いていたある日、突然『忙しいから』と彼がサークルを脱退しました。
その直前にサークルメンバーへのバッシングを書き連ねていた彼は、新たにサークルを立ち上げる宣言をしていましたが、それらのコメントも全部消したうえで突然の脱退……
管理人は直前に私に委譲されていましたが、実質上の管理者の脱退でサークルは混乱しました。
けれどつながってすぐぶち、と切られる始末。
メールも送ったら「アドレスが不明です」といったエラーメールが返ってきて、ほんの一昨日送った時には通じたメールがアドレス変更されて通じなくなっていたのです。
加え、SNSでは私はブラックリストに入れられて彼のプロフも見れない状態となり、完全に連絡が取れなくなってしまいました。
しかも彼は別のサークルを立ち上げ、そこで楽しく新しいメンバーと活動を始めただけでなく、ブラリしてない旧サークルの一部のメンバーだけそこに誘ったり、していて、私もブラリされたほかの子も「ああ、切り捨てられたんだな、と実感していました」
そんな扱いをされてはもうしかたない、と、私を含めたサークルメンバーは、見切りをつけて自分たちで新しいサークルを立ち上げよう、と動き始めたのです――が、その矢先です。
大体1か月くらいたったころですかね。
それも、恐ろしく普通の感じで。
「ちょっと忙しかったから全部シャットアウトしてたんだ、うん。携帯壊れたからここに連絡くれ」
と番号付のメールが来ました。
ガチャ切り、アドレス変更、理由のわからぬブラックリスト入り、突然のサークル脱退。
それで、かなり頭に来ていた私は、完全に無視していたのですが、そうしたら私の小説を上げていたHPブログ、ヤフブロ、どころかアメーバピグのメッセージも送ってきたうえ、私のピグライフの庭にまで出没し、私の名前のわかるところすべてにコメントをしてきました。
バッシングもあれば、すがるようなコメントもあり、日と時間でコロコロと内容の変わるメッセージやコメントがずらずらとならんだのです。
私はペンネームをそのままハンドルネームにしていたので、簡単に追跡できる状態だったとはいえ、ほとんどストーカー状態で付きまとわれ、しかも彼自身の開設したブログで「あいつの書いている小説は俺の盗作だ」とか「サークルの世界観も似たようなの知ってるしな。パクリと言われないといいけど」といったバッシングには、精神的に参ってきてしまいました。
そこで、サークルで関係したメンバー全員で文面を考え、彼がよくメンバーにやっていたように「返信不要」とつけた一方的なメールを送り、絶縁状を叩きつけたのですが、そうしたら今度はトーンの変わったメールが全員に送られてきたのです。
「このたびは迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。一言電話で直接お詫びをさせてください。それができなければ自分は存在する価値がないため、今日中に自殺します」
いや、こけおどしと分かっていたんです。仲間には放っておけ、という人もいました。
でも、自分のせいで死なれるなんていやだ、と思い仕方なく電話しました。
ですが、そこでまた、さらに恐ろしいことを言われたんです。
「いや、実は一回会った時(一回リアで会ってたんです)からマジで好きで、どうしてもつなぎ取りたくて、でもやり方がわからなかったからあんなやり方したんだ」
――正直、馬鹿じゃないの、と思いましたよ。
たとえどんな理由だとしても、一生懸命書いた小説を盗作扱いされ、世界観を馬鹿にされ、それで好きと言われて「本当に???」と喜ぶ女がどこにいよう。
その時はとりあえず、すでにリスカしたとかいう相手を刺激しないように、と温和な感じで話をしましたが、もう話をする気ないことは伝えていました。
でも、私の中にはぐるぐると「盗作」「パクリ」という言葉が渦巻いていました。
何時間もかけ、創意工夫を凝らして書いたものをそういわれるのがショックで、それに正直、相手のことはもうどうでもいいと思っていたし『ネット絶ちする』と言っていた言葉を試す意味で、ブログにこの落ち込みを書いていました。
「お前、ブログに書くな言うたやろ。それに、今思えば俺だけが悪いわけじゃないし、手打ちするなら今まで、俺が更けてるとか、描いてる絵は老け顔が多いとか言ってきた件についてそっちが謝ってこい」
とのこと。
古い喧嘩の内容を蒸し返して…というなら、まあブログに書いた私も私なので納得がいく。
でも、自分が老け顔だ、とか絵が老け顔が多い、と最初に言ったのは自分なのに、それをその場のノリでいじっただけの私が悪いことになっていて、それを謝ってこいという。(逆に何かで私がいじられたことも多々あった)
しかも、前の件って一方的に縁を切ってたのは自分なのに、古い昔の件があるから私が悪いっておかしいでしょ。
あと、
「謝ったら許してやっていい」
あの時は私が「許してやる」はずの立場なのに、なぜ下から私が「許してもら」いに行かねばならないのか。
「俺は精神的に普通じゃないんだから、変な行動をするかもしれないって言ってあっただろ」
それらがあまりにばかばかしかったし、周りみんなから無視するようにアドバイスされていたので、数分おきに入っていた着歴もブログコメントも全部無視していたら、
「もうお互いのことは忘れよう」
とか
みたいな内容のメールが来て、それを最後に連絡は途絶えました。
ようやく連絡が途切れてほっとしているものの、おかげで2作ほど盗作扱いされた小説はあげられなくなりましたし、もやもやしたものが私の中に残りました。
そうしてしばらくもやもやしていたのですが、ふとした拍子に「ボーダー」という存在を知り、ああ、全くあてはまるな、と思ったのです。
来歴の嘘をつき、相手の同情を誘う。
きつい言葉を叩きつけ、激怒するくせに、少しするところりと機嫌が変わって普通に接してくる。
逆にきつい言葉を言われたり、無視されたりすると、自分の存在自体を否定するような言葉を言って消えようとする。
何かあると自殺をほのめかす。
自分が悪かったことを捻じ曲げ、相手のせいにする。
などなど。
でも、今境界性人格障害について知ったのちは縁をきれて本当に良かったな、と思っています。
なんていう考えの人間のそばにいられはしないし、そんな人が支配するサークルではやっていけませんからね。
彼曰く、私は悲劇のヒロインらしいですが、別に同情なんてほしいと思ってません。
ただ腹が立つので吐き出す場がほしいだけです(笑)
そして私の場合、吐き出すのに一番いい方法が文章を書く、というだけです。
これ見つかってまたメール面倒ですが、その時はその時です。
漫画は今は「定期的に供給される娯楽」として楽しんでるかなあ。
週一(週刊誌)、月一(月刊誌)、数ヶ月に一度(単行本や季刊雑誌)とか、
これだけ規則正しくきっちりと供給してくれる娯楽ってあんまりないじゃない?(他にはテレビ番組くらい?)
○曜日、○日には続きが読めるんだー楽しみだなーがんばろうって励みにしている感じ。
もし漫画がなくなってしまったら「生きがいをなくした」迄はいかないとしても、生きる楽しみが結構減ると思う。
張り合いがなくなるかも。
子供の頃はやたらと漫画のキャラクターや世界観にのめり込んでてキャラグッズを集めたりしてた気もするけど、今はそういう事はなくなったな。
仕事や生活があるので漫画(キャラクター)に振る事のできる力が減った→そこまでのめり込めなくなったって感じがする。
今思うに、あそこまでのめり込むには相当のパワーが要ると思う。
大人になっても全力でのめり込んでいる人って、元々持っている力の容量が大きい人(仕事や生活に力を振ってもまだ全然余ってる)か、
力を振り分けられるものが他にない人(仕事や生活は手を抜いてる)なんじゃないかな。
だから「(漫画を描くことで)いらぬ欲望を喚起させてる」じゃなくて、
「持て余した行き場のない欲望を発散させてあげている」と考える事もできるんじゃないかなあ。
全然悪ではないと思うよ。
いつも抽象度が高くて不満が残る作者だが不満があるけどこれはかなり実用的
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増田母が何歳なのか知らんが、5,60代であれば「お嬢様短大に行ったお嬢様」かもしれない。
中小企業と言うのも、知り合いの会社にコネで入って3年くらい「社会勉強」、とかね。
そういう人であれば全然「普通の女の子」ではないよ。「お嬢様」だ。
そんな「お嬢様」が「勝ち組専業主婦」になれるのは当たり前だ。今の時代だって当たり前だろう。
勿論単なる庶民であった可能性もあるけど(それでも本当に「普通」なら高卒な筈で、短大に行けた時点で中の上程度ではあるだろうが)
何度も海外旅行いけるような家庭が、昔は「普通にあった」訳ないだろ。
今みたいに国内旅行より安い額で海外旅行(つっても行き先は精々韓国とか台湾だけど)行けた時代じゃないのに。
どう見ても増田んちは金持ちの類。それが普通だと思ってしまうくらい、増田の周囲は金持ちが多かったと。
大人になってネットで本当の「普通」を見て、「自分ちは特別金持ちだった」と思わず「昔は自分ちのような家庭が普通にあった」と思ってしまう辺り
ネットの推定昔を知らない子供が言っている「昔の日本は豊かだったのに今は生活レベルが下落している!!」を本気にしているネット脳なんだろうなあ。
いや、俺が言いたいのは、いまのハードを持ってすれば、かなり大きな世界を構築できてしまうんだ。
にも関わらず、世界が広くリアリティがあるばかりに、ストーリーは一本道にならざるを得ない。
皮肉なことに作りこめば作り込むほどに。
FFがああなったのは、進化の方向性は、ずっと前に決まっちゃってたと思う。
俺はゼノギアス、FF7よりちょっと手前、スーパーファミコン後期が一番好きだった。
今でも、ポケモンくらいはやるよ。
当時ほど心は踊らないけれども。
ゲームには出てこない多くの住民の存在を感じさせる作りにすることは可能だし、そういうストーリーものはあると思うけど。
王様物語…projectOとか言ってソフト名もろくに決まってないくらいから楽しみにしてて買った程度にはファンなのに、オメー新ハードで出るアレはなんだよ?
今更萌えに媚びおって。主人公がスマブラのピット君を彷彿とさせる程度にはもうまるで別人じゃねえか。
しかも何というか、もう遅いよ感が。萌えに媚びるっていう戦略自体が柳の下の何匹目のドジョウかわからないっていうかもうそこドジョウいないんじゃね?というか。
いや今後生き返るのかも知らんけど、これで生き返らなかったら「惜しまれる隠れ名作」じゃなくて「末代までの恥」の類として残ってしまうよこれ。
何なのかしらこのかなしみは。
プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか (はじめて読むドラッカー (自己実現編)) - P・F. ドラッカー
イノベーターの条件―社会の絆をいかに創造するか (はじめて読むドラッカー (社会編)) - P.F. ドラッカー
チェンジ・リーダーの条件―みずから変化をつくりだせ! (はじめて読むドラッカー (マネジメント編)) - P・F. ドラッカー
テクノロジストの条件 (はじめて読むドラッカー (技術編)) - P.F.ドラッカー
新訳 見えざる革命―年金が経済を支配する (ドラッカー選書) - P.F. ドラッカー
[新訳]新しい現実 政治、経済、ビジネス、社会、世界観はどう変わるか (ドラッカー選書) - P.F.ドラッカー
起きてから寝るまで英語表現700 完全改訂版 - 吉田 研作
この間漫画喫茶でドラゴンボールを改めて読んでみたんだけど、画力が圧倒的だってわかった。
画力だけで、迫力、スピード、臨場感、世界観、全てがなりたってる。
今読むと、ストーリーもセリフも珍しい部分はそうないんだよね。
むしろ、編集に言われるままに新シリーズ新キャラを出し続け場当たり的に続けたんだろうなって感想さえ受ける。
トランクスなんていうふざけた名前のキャラが準主人公でも不自然がないのはさ、あれは実は画力によるとこだったんだよ。
ベジータのセリフも、ベジータの行動も、ベジータがっていう前提がある素晴らしい。
ベジータらしさをどうやって演出してるかっていうと、初出は典型的な悪党だったし、ナメック星ではいきがった小物だったし、じゃあなんで人造人間編からの魅力はどっから来てるんだ?ベジータらしさってどこでわかるんだ?って思えば、恐るべきことに、単純に、絵をみればわかるということ。
ドラゴンボールは戦闘力という強さの数値化を発明したように僕は思っていたんだが、数字よりモブの解説より、なによりも絵で強さを表現するということの凄さ。
外国でウケたってのもわかるわ。
ニンジャがでなくても、サムライがでなくても、誤訳があろうと、識字率が低かろうと、文化的な前提が違おうと、きっと理解できるだろうなって思った。
男性差別や男性弱者を巡っての或る日のやりとり - Togetter
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/180876
まずさあ。
フェミ系の人間で、
礼儀正しく接したり考えたりしてる奴、
真摯に共闘を呼びかけてる奴?
みたいなのを俺は一度も見たことないんだけどw
居たら教えて。
具体的な名前でな。
笑っちゃうよね。
みたいな男にどんだけの特権が付与されてるの一体?
コンビニバイトに男女賃金格差があるなんて聞いたことないけど。
「同階層の底辺男女で素手で取っ組み合いしたら男が勝つかも」ぐらいか?
百歩譲ってあいつらが特権を持ってるとしよう。ゴミみたいな特権を。
で、それを取り沙汰するのってフェミ世界観にとってどれぐらいの意味があんの?
そんなことやってる間に「強者男性」に果敢に戦いを挑んで「支配体制」を転覆すればいいと思うんですガー?
っていうか俺にはとっくに答えがわかってるよ。
特に弱い奴等の「特権」にばっかり執着してあーだこーだ言いたがるのは要するにさあ
自分が弱そうな奴ばっかり狙って憎しみを叩きつけて回ってることへのいいわけだろ?wただの。
ばれてねーとでも思ってんのかってwww
だいたい「強者男性」っていうのが誰なのかは
それを突き詰めていくと「権力分配」「支配構造」なんていうおどろおどろしいけど中身がよくわからん世界観の出来と向き合わなきゃいけなくなるし、
それにそれに、強そうな男は怖いし、ほんとに怖い相手にはいまいち憎しみが湧きにくいのが人間だしね?w
「私たちを敵だと思うな、ちゃんと強者男性を憎め!」って
それ言ってる奴等自身からして「本当の敵」を回避して弱いとこばっか狙って祟ってるんだから、
おめーらってつまりさあ
昔の中国共産党みたいなんだよ。
看板では「日本軍と戦う」って言いながらろくに決戦するでもなく近寄りもせず、
村々を回って武装もしてない住民を狙い「おまえは日本軍に協力した反動分子だろう!」ってボテクリ回して見得を切る。ちょっとすっきりするし軍資金ゲット。
中国人だけが特別にだらしなくてアホ、とかじゃなくて、どこの国にもこういうのって現れるんだよ。
強大な正面の敵と戦うガッツや戦術を出すのは怖いしダルいし能力が足りないってんで、
「敗北主義者」「裏切り者」「反動」の処刑にばっかり血道を上げる奴。
憎しみが強くて臆病者で、個人的ルサンチマンに大義名分つけて暴走するタイプ。
全共闘世代の左翼なんて、「憎むべき官憲」を殺した数より同じ学生に批判付けて殺した数の方がずーっと多いw
俺はお前らも別に嫌いじゃないよ。
とっても人間くさいと思うし、その情動は手に取るようにわかるし。
でもお前らが「弱者男性」どもの敵じゃないとか、味方だとかいうのは無理ありすぎだろw
当時の中国民衆が共産党なんてただのゴロツキ略奪者だと見抜いていたように、
お前等がストレス解消にせよ権利拡充にせよ、常に「弱者男性」を狙うことで達成しようとしてることぐらいは本能で気付く。
自分へのそういう扱いについては犬や猫だってピーンと感づくもんだ。
仮にお前らみたいな「弱者男性」への嗜虐心を持たない
「公正で私心の無いフェミニスト」っていうのが日本のどこかに現れたとしても
そいつでもやっぱり「弱者男性」から敵だと思われる可能性はあるよね。
そのフェミニストが全ての男を弱らせるようなガスをまいたとして、死んでいくのは弱い男だもんw
よっぽど「強者男性」を狙って刺すような限定的で指向的な攻撃を考えない限りは、フェミニストは「弱者男性」の敵だろう実際。
でも刺すっつっても、「強者男性」という幼稚な概念上の存在がどこにいるかはだれにもわからないとw
しょぼいバレバレ詐術はやめて正々堂々と殴り合ったらいいと思います。
GANTZに呼ばれた人みたいな感じに。
君が初めて僕の部屋を訪れたその日からずっとずっと、僕は君の事を愛し続けているよ。
でも、僕は君のことがこんなにも好きなのに、最初の出逢いは一目惚れではなかったんだよね。
君と僕が初めて出逢ったのはそう、たしか僕が十七歳の頃だったかな。
その頃の僕は君の中に隠されていたとても素敵な性格を見抜く事は出来なくて、ただただ、僕の中にある焦れったい程の強い性欲をひたすら君に向けていたんだよね。
それから数週間後、僕があまりにもエロすぎた事が原因で僕は痛い目に合い、結局君と僕は別れてしまったんだよね。
本当にごめんね。
そしてそれから、そう、三年間もの月日が流れてしまったんだよね。
そして二十歳の春、君と僕は再び再開したね。
僕はその時になって初めて、君という存在が本当に魅力的であるという事に気が付いたんだよ。
そして僕は胸の高鳴りと共に確信したんだ。
それからはずっとずっと新しい発見の連続で、君に隠されていた魅力を発見するその度に、僕は何度も何度も驚かされたよ。
振り返ってみるとこの七年間の間、僕達にも幾度かのごく短い倦怠期もあったよね。
でも僕達はいつも側にいて、いつの間にかに自然にすぐ仲直りしていたんだよね。
夜になると君は身も心もとろけそうになる程に僕を熱くしてくれたよね。
君にはとても不思議な魅力がある。
君は年齢を重ねる度に魅力的になってゆくね。
僕はもう何があっても君とは別れたくないからね。
君と過ごす時間は何よりも楽しくて、何よりもワクワクして、そして君は僕の世界観さえも大きく変えてしまったよね。
大好きだよ、インターネット。
世相を反映して、それを日々日々描く4コマ漫画なんだから、我々と同じ世界観が無い方がおかしい。
うーん・・・
戦闘でも、恋愛でも、成長物語でもなく、キャラの掛け合い(キャラにとっての日常)を淡々と描くのが日常系だと思うんだけどな。
この『キャラの掛け合い(キャラにとっての日常)』を、『我々の(現実的な)日常』に近い形で描いているって認識が、私とはずれてるんだと思われ。
なんだか知らないが大富豪がいて、とんでもない天才がいて、狂言回しの大馬鹿がいて、そのなかで没個性ともとれる普通の人が居て。
それらキャラの存在になんら疑問を持つ必要がない世界で、キャラの掛け合いに特化したような話を展開するのが、日常系だと思うんだが。
厨二病という概念が無かった時のことを想像する。中二病という言葉が廃れ、死語になった時代を想像する。
極端な話、ナポレオンが登場しなければ、「俺はナポレオンだ」という形の妄想は存在、成立し得ないのである。
そしてまた、本物のナポレオンが「俺はナポレオンだ」といったところでそれはちっとも狂気ではない。ただの事実にすぎない。
だがナポレオンという人格の型が社会にあるイメージを流布させてから「俺はナポレオンだ」という妄想を持った病人は、
それは社会のもったイメージを過剰にないし不当に自己の中に取り入れてしまった個人である。
ナポレオン、という人間像が全く意味を持たなくなった、たとえば現代においては---これはナポレオンに限らず、現代においては英雄的個人とか、社会に対して極めて大きな意味合いを持つ個人というものが極端に存在しにくくなってきた。
だからこそ、こういう形の誇大妄想はしだいに影を潜めてきたのだと私は思っている。
だが私は多少先を急ぎすぎたような気がする。
上記は30年前に書かれた文章である。
30年前では中二病とは上で言う「ナポレオン妄想」であったのだろう。
現代ではナポレオン妄想と違って、現実に妄想を託せる人物や背景がいないことから、
マンガやアニメ、ラノベという最初から仮想で都合の良い舞台の、都合の良い主人公に、己の誇大妄想を託すようになった。
ただでさえあやふやなフィクションに、さらに自分の妄想をかぶせるのだから、強度は脆い。
それをほんとうの意味で信じきることができるほど緻密に設定を行い、現実の制約を超えてそれにのめり込むのなら、
かつての妄想狂と比較にならないくらい深刻な症状ということになる。
現実に適応するために、そこまでやらなければならないヒトというのが確かにいたのだと思う。
それだけ現実が狭量で、現実的であること、正常であることを強く求められてきたということだと思う。
ただし、「中二病」という言葉が広がったことで少し事情が変わった。
妄想するくらいは、若い頃には自然とかかるはしかみたいなものだということが認められるようになった。
結果として、大半の場合、実際は仲間内だけで通じる演技のような形で共有し、
みんなで妄想狂ごっこ、神経症ごっこをすることで、ほんとうの意味で神経症になることを防いでいるようだ。
一人で抱え込んでいると、ほんとうの意味で深刻な妄想狂になってしまう。
そうならないように、明らかに嘘とわかる底の浅い世界観、共有可能なレベルで妄想を行い、それを開示し、消費していく。
一つの妄想を掘り下げていくことを防ぐため、数やバリエーションにものをいわせて、必要以上にのめり込まないようにする。
キチンと2次元であることを強調され、間違っても現実と混同されないように配慮された上で、効率よく妄想して、効率よく消費して、できるように特化した作品や媒体が数多く出るようになった。
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20111129-OYT8T00833.htm
よく知らないのだけれど、大丈夫なのかこれ? 中二病よりさらに深刻な何かの臭いがするぞ。
多分5年くらい遅れてる議論だと思うので、もうネットの中には答えがあると思う。
「(犯罪を)犯す」というつもりで言ったのではないかという人もいたけど、そうではないらしいので(沖縄に対する罪悪感があったとも思えないし) (※あとで触れる内容にもかぶるけど誤解のないように補記:つまり、この感性は、男女関係における「犯す」を「本当に悪いこと」と認識していない感覚がある。デートレイプとか夫婦間の合意なき性交渉とか、そんなの)。
オフレコの懇親での発言とかいう話だが、記者は全員男性だったのだろうかというのが気になる。男性集団というものが男性に与える安心感がうっかり言わせたのかなあとか(こういう放言は、男性集団のウチの世界では、何気ない軽口として出てくるような印象がなくもない)。
あと、もうひとつ引っかかるのは、(もちろん当然といえば当然なのだが)誰もかれもこの人を批判しているということ。
つまり、この人とそう大差ない世界観を持ち、そういう発言が閉じられた「ウチ」の世界でなされたときには一緒に手を叩いて笑いそうな人が、「今回の発言を叩くことが自らの利益になる」と見て怒ったポーズを取っているんじゃないかとか、そんなことを邪推する。
「子供や妊婦に配慮しろ」みたいな意味不明な圧力は右翼的な世界観に立脚してるって気づかないのかね。
って書いてる傍から「国の宝」とか言ってるウヨが湧いてるし。
主に精神的な暴力に見舞われていた。「キモい」腐るほど聞いた言葉だと思う。
よく「キモい」と言われていた。実際鏡を見ると肌がキモかった。どうしようもないなと小学校2年にして思った。悟ったような心地だった。どうしようもないのでどうしようもないとしか思わなかった。
だが人にいじめられるのは辛かった。
でもそれよりも辛いことがあると知った。
ある時気付いたが、俺は何もしてなくとも、俺の存在がアンタッチャブルになっていると知った。俺の机や椅子が病原菌の発生源扱いされているのだ。『気持ち悪いのが移る』といった、菌が移るとか、放射能が移るとか、そういった扱いだ。
いつのまにか俺自身が罰ゲームの道具と化していた。同級生が遊びで罰ゲームの流れになった時に、罰の度合いによって、俺の椅子を触る、俺の机を触る、俺の頭部を触るというふうに設定されていた。俺と握手をするといったものもあった。俺と握手をすることは、それだけで極めて罰ゲームの対象になるほどの扱いだったらしい。とにかく、俺個人だけが他人と接することは罰に値する行為と設定されていた。
懐かしい話。
小学校給食の時、俺に絶対に配膳をしないで欲しいと頼まれたことがある。私がやるから!と。
同級生の転校見送りで全員と握手。俺だけ飛ばされた。
席替えの時、俺と隣の席になっただけで泣いた女子がいた。俺の席は地雷扱い。とても悲しかったが、俺よりも泣いている女子が被害者扱いされていた。○○ちゃんを泣かすなと言われた。なんだか自分が犯罪でもしたような気持ちになり、謝った。
林間学校。同じく略。
中学に入ると更に悪化した。ニキビが酷い。もうどうしようもないので諦めることにした。
ちゃんと洗顔してるの?などと言われたり、不潔にしてると嫌われるよ?と説教されたりしたが、説明すら面倒なので、他人との関わりは事務的に対処することにした。
小学校の頃は泣くこともあったが、それはなくなった。「キモい奴」の感情は、それがどんなものであっても、須らくキモいと扱われることを学習した。泣いても誰も慰めてくれるわけではないのだ。「うわ、泣いてるよキモーイ」という言葉は飛んでくる。泣いたとき、誰かに慰めてもらい、誰かに甘えることができるのは、泣き顔のかわいい子供だけに与えられた特権だ。かわいいは正義。
高校の時にネットを始め、その時既にあやしいは現役ではなかったが、油日記(復刻版)を発見した。俺の虐められ方とは違ったし、創作だが、同調した。その後2chに行き着き、喪板などを読んだ。わりと面白く、同胞感を得た。
基本的に話したことは「一般人」の世界観に沿って理解されると学習した。
こういった経験がある。
自分は彼女が欲しいなどと他人に表明したことは一度もないのだが、何故か「つまりさあ、彼女欲しいんだろ?それならもう少し清潔な格好をしろよ!それくらいしないのに彼女が欲しいと考えるのは甘えだろ!くどくど・・・」と説教された覚えがある。
意味が分からない。はじめの「つまり」は、何がつまりだったのか今も理解出来ない。
他にも「それオナニーのしすぎでしょ? エロゲ? もう少し運動したほうがいいよ 汗かくと肌の調子良くなるって知ってる?」
皮膚炎が故に面倒なので、オナニーとか殆どしないんだが。下手に汗をかくと悪化するんだが。ちなみにオタ趣味も特にない。
ここまで来るともうどうしようもない。そもそも思ってないことを俺が思ってるかのごとく決めつけて説教してくるわけなので、反論すらできない。反論しても「自分のことを隠すのはよくないぞ!友達が出来ないのは自分から拒絶してるからだよ!」と、ズレた説教をされるので、もはや相互理解不能であるとして諦めることにした。
大学に上がる頃には最早、人と接する場合は出来るだけ機械的事務的に接する癖がついていた。情緒的交流を行うと、キモがられると理解したから。キモいやつが「人間らしく」話しかけるとキモがられるんだ。経験則である。だから機械的事務的な交流に徹していた。もちろん打ち解けたいとかいう欲求はあった。でも、無理だから。ずっとキモがられて拒絶されてたから、諦念。実現不能な欲求は消すに限る。
で、俺は出来るだけ全般的に対人交流では機械的事務的に接していた。その中で事務的な理由で同学年女性と交流する必要が出てきた。それで事務的に交流をしていた。
その後数カ月したある時に女性の友人に話しかけられた。「下心」を持って○○さんに接するなと。嫌がっている。貴方に個人的好意は持ってないし、もっと言えば生理的に気持ち悪い、と。これ以上するならセクハラでもあるから気をつけて欲しい、と。
・・・は?となった。意味が分からない。俺は、出来るだけ、機械的、事務的に、接してたつもりなんだが。当然俺だって人間なので、感情的な部分が透けて見えることもあるだろうが、だが、一連の事務処理の流れの中でのみの対人交流だったはずだ。
弁明はしようと思ったが、「またか」という思いが強く、即諦めた。どうせこのタイプの「勘違い」をされたら、弁明不可能なのだから。そもそも無い下心でも、そんなものは無かったですと言った所で、もっと本心を認めろよ!自分のことを隠すな!とクソ下らない説教をされる経験が頭を過ぎった。
「下心」が見え透いていたらしくて申し訳ないね。自分は下心どころか、ほとんど、誰かに「本心」を表明しようとした覚えすら無かったつもりですが。その「本心」も、「セックスしたい」といった類ではなくて「もういい加減に誰か助けてくれないか」というものなのだけども。
セックス欲求は殆ど無い。ある欲求といえばただ。人並みに人と接し、出来るならむしろ、子供の時に、いじめられてた時に歳相応に人に慰めてもらい、もっと言えば甘えたりしたかった。それくらいである。
大学はやめようと考えたが、既に3年次だったしやめなかった。ここまで事が重なると人間、耐性が付くものだなと思った。
就職は女性との関わりが少ない職場となった。非定型発達的な気質を感じる職場で、その後はいくらか楽だった。今まで俺を容姿で差別してきた人間は主に女性だった。ただ、女性でも自閉症圏に属するような雰囲気を醸し出す個人には差別されなかった。推測だが男性より女性のほうが、特に対人コミュニケーションに長けた女性ほど、生理的に受け付けない人間への嫌悪感が強く、またそれを社会的に排除することに抵抗が無いのではと考えている。男性では女性に対して積極的“女性にやさしい”ほうが露骨に差別的だった。
しかしセクハラとはいうが。懐かしいな。小学校での、あの罰ゲームにそっくりだ。
俺はその時もまた加害者として扱われてたんだろう。だが俺は何の被害によって傷ついているんだろうな。俺の被害は誰も恢復してくれない。被害とすら扱われていないし、俺は常に加害者の地位に押し込まれている。
生理的にムリで申し訳ない。“俺が加害者“で悪かった。キモい、近寄らないで、と思わせてしまったなら謝るよ。
この社会では、人にキモいと思わせる雰囲気があったことが、存在するだけでセクハラでスティグマに値するんだろう。
生まれてきて悪かったね。
いや、生まれた時代が悪かったのか。
魔法使いがいなければ成り立たない世界(というかない共同体は蹂躙される)で、魔法使いは権力の裏に回っているということは、
更に、その魔法使いを罷免できない。そして、魔法使いはほぼ世襲制。
で、実際歪んでるのを利用されてテロ組織に利用されたりしている。
それって貴族が農民を下賤としたのと一緒では?
それを俺達はがんばってるんだとロンダリングしてる。
2章途中までで通常兵力部隊が出てこないけど、
おそらく近代教育をベースとしたいわゆる富国強兵、散兵戦術はまともに機能せず、
戦力の主体は魔法使いによる火力戦と化している。
この条件下で、一般人にやらせて貰えるのは、おそらくはつまり時間稼ぎとしての盾と、弱い者虐めだけ。
しれっと普通に高潔な軍隊を出しそうだけど、んなもん嘘っぱちだと鼻で笑えるレベル。
歩兵が尊重されない軍隊がどうなるか、考えればわかるっちゅーの。
教育レベルが高い状態で社会が逆行せざるを得なかった時の精神的社会的葛藤の考察が甘く、
貴族を高潔な近代的自我の持ち主と讃えるような感触が、何なんだこれは、という感じで非常に気持ち悪い。
この作品に限らずの話、俺TUEEEEEが悪いとは言わないが、その場合は、中途半端に世界観広げないで限定があるべきだと思う。
エムゼロで、学校の外を出ても記憶も能力も消されない、というか学校の外に出ても能力使えるだったらどうよ。
09ルールの規制のないマルドゥック・ヴェロシティとか笑えない。絶チルじゃないけどそりゃ「普通の人々」は怒るで。
しかもこの「魔法科高校の劣等生」ではすでに魔法使い陣営が制圧完了してんだよな・・・。
この世界観だと30年後には鬼哭街と同じもので出来上がってると思うだ。