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2016-05-28

http://anond.hatelabo.jp/20160527180630

そんな奴なんか、

公務員社会と接したことないか学生のまま精神が止まってるっていうの本当だったんだ〜」

と心でほくそ笑んでみればいいよ

相手に飲まれちゃ駄目だ



バブル期子どもが「公務員なんてろくに給料が上がらない。小心者しかなりたがらない仕事ばかり」といってたんだろ?

それくらい景気が良くなればいいのになあ・・・

今日から心を入れ替えてネットする

はてブトップとか見るとうんざりするサイト記事ばかり目に入る 書店だったら絶対に買わないような週刊誌ゴシップ以下のものを読ませられ強制的感情を動かされ疲弊する

ただ、無思考に、与えられる情報をただ読んで時間の隙間、心の隙間を埋めていた私にも問題がある。

昔のように、個人サイトを、ネットの広い海からリンクの繋がりからユニーク感のある検索単語から、探すことにする。

精神に余裕のある休みの日にいっぱい探して、疲れる平日はぼんやりとその素晴らしいサイトを眺めるんだ。

2016-05-27

大学学食一般人が飯を食うのは迷惑」か?言葉についての闘争

最近大学学食あいているのか気になってtwitterで「○○大学 学食」で検索をかけてみた。

すると「○○大学学生でもないババア学食で飯食ってるのチョ〜迷惑なんですけど」というような意見を多く見かけた。

が……それは「迷惑なのだろうか?



仮に学生の本分が勉強だとすれば、図書館研究室等での作業差し障りがない以上それは迷惑ではないのだろうし、

何かメンタル面での大きなダメージを被っていなければ、まあ迷惑ではないだろう。

そしてたかだか3分待てば座れるので、合理性観点から言っても大きな迷惑ではないだろう。

(仮に合理性を徹底するのであれば、書籍部でLOを売るべきではないだろうか?買いに行く時間無駄から。)



まり、同じ「迷惑」という言葉でも、研究にまつわる迷惑精神迷惑合理性迷惑と「迷惑」とでは指し示す内実が違ってくる。

今、というかおそらくは昔から様々な「迷惑」をめぐって争いが行われている。

最近迷惑」とされている事象を振り返ってみる時、その迷惑はどのような意味で使われているだろうか。



冗談めかしていえば、これは「迷惑」という言葉をめぐる闘争なのだ

ここでなんらかの形でその闘争に巻き込まれたとしよう。

対応は、闘争に参加する(例:「というか、そのなんでも「迷惑です!」って言う姿勢こそ迷惑なんだよね〜」)か、あたらしい言葉発明する、ないし言語ゲームを開始することの大きく二つに分けられるだろう。

みんなはどっちを選択するだろうか?

片思いストーカー兆候だ、って10代の男女みんなに教えてあげたい

普通に報道された事件なので知ってる人は知っていると思うけど、私の母校では(自分入学する前に)ストーカー事件が起きたことがある。その事件を受けて新入生向けのセミナーで「もしストーカー被害にあったら?」というコーナーがあった。

前半の内容自体はごく常識的もので、それだけなら特に印象に残ることもなかったと思うのだけれど、後半、カウンセラー女性講師が持論を述べ始めると、そのあまり想定外の内容に当時の私は強い衝撃を覚えた。



その講師いわく、ストーカーになる危険性が一番高いのは、見知らぬ他人ではなく、あなた片思いしている身近な人物だという。そもそも、恋愛における「片思い」というのは、精神が未熟な人物に特徴的な行動で、それ自体ストーカー予備軍の兆候と言える、と。

「皆さんはもう大学生です。中高生ときのように片思いを募らせるような子どもっぽい恋愛はやめましょうね。好きになったら即アプローチ。もちろんしつこいのはNG相手がNoならすぐに引きましょう。別れ際も仲良く後腐れなく。楽しく軽やかに恋してくださいね

そんなことを言っていたと思う。女性あくまで爽やかな口調で話していたし、適度なジョークも踏まえて会場は表面的には和やかだったものの、私個人は唖然とした表情を隠し切れなかったし、周囲にも同じような顔をした人がいた気がする。



片思い精神が未熟な証拠ストーカー予備軍の兆候。そんなことを考えもしていなかった高校卒業したての自分は、これから先に出会う異性との付き合い方をどうすれば良いのだろうと強い不安を感じた。

でも、今となっては「片思い精神が未熟な証拠」と言い切ってもらえたおかげで、辛い思い出も含めて良い恋愛に恵まれたし、自分もいい方向に変われたんじゃないか感謝している。

テレビネットストーカー事件被害を目にするたび、私は加害者被害者に「片思い」していたんだろうなと感じる。その「片思い」が未熟で不適切危険感情であるということを知ってさえいれば、多くの事件加害者側の自省で押しとどめることができたのではないかフィクションで描かれるように片思いを美化していたからこそ、加害者自分感情を抑えきれなかったのではないか。本気でそう思う。



極論かもしれないけど、学校教育ですべての学生、遅くとも高校生くらい(できれば中学校)までには「片思いから早く卒業しよう! ストーカー予備軍にならないために!」と教えてあげるべきではないかと考えている。性教育と同じ感覚で。望まない妊娠を避けるのと同じくらい、片思いは避けるべきものなんです。なぜなら相手自分が傷つくから

片思いしているあなたは、自分自身は心がワクワクしているかもしれないけど、相手からみたら気持ち悪いよ、カッコわるいよ、それは心がおかしいんだよ、そんなの恋愛じゃないよ、マンガ現実はぜんぜん違うんだよ、って。想いを募らせるのは、殺意を募らせるのと紙一重なんだよ、って。



http://anond.hatelabo.jp/20160527041103

メッセージ

エンタメの対極にあるものとはメッセージであるような気がしている。もちろんメッセージ性が皆無のものは少数であるから,この場合メッセージとは「説教くささ」くらいのニュアンスだと思ってもらいたい。メッセージ性が強いもの精神負担がかかるのだ。イライラしたり悲しくなったりしてしまう。単純にワハハと楽しむのには,メッセージ性は少ない方がいい。たとえばアニメ漫画などで背後に高度なメッセージ性を備えた傑作などもあるけれど,でもそういった作品だってその作品の「面白さ」の本質は,そういったメッセージ性ではなくもっと原始的な点にあると思うのだ。とかくこの世の中はメッセージに溢れている。自分だってもっと気安く生きていたいのに気がついたらこうしてメッセージを発している。メッセージを発するのは楽しくはない。そこにはリスクがあるからだ。メッセージ性の少ないアウトプットもっとしたいと思う。でも文章でそれをするのはあまりに難しい。文章を書くと,気がつくとそれがメッセージになってしまう。そしてそういったメッセージは多くの場合価値だ。だいたい漠然とした不特定多数しかつめらしく自分の思っていることを訴えたところでなんになるというのだ。そんな時間があるならば自分の身近な場所にいる人間に正しく言葉が通じるよう努力する方がよほど有益と言うものであるもっとやまなしおちなし意味なしな馬鹿みたいな文章をかけるようになりたいものだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160527124730

使ってるよ。税金も納めてる。ふるさと納税もやってない。だから貯金ほとんどない

服装も持ち物も地味だし、無駄外食もしない。周りから見たらそんなにお金持ってるとは思われない自信があるくらい生活は地味。

お金ほとんどは環境経験投資してる。

そうやっていつ職を失っても自らの力でお金を生み出せるように、いつも何かしらの能力を身につけようとし続けているよ。

会社一方的依存していたくはないし、それが危険だということも沢山見聞きしてきたから。

手取りで書いた理由は、明細自体支給額以外あまりみないから。なんか、引かれる税金の額とか見ると精神的に悪そうなので。

社会に出たばかりのとき肉体労働とか日雇いばかりしてたので現金主義なところはあるかもしれない。

http://anond.hatelabo.jp/20160527100031

自殺が格好悪いかどうかはさておき、自殺ではなく他殺されたいと願う人はそれなりにいるはず。死ぬときは女の腹の上で、って決めてる人は精神的に正常な男性の中にも一定割合存在するはず。

なので、そういう「何かを達成したら死んでも良いと思ってる人」に対してそのアチーブメントを達成させてあげるサービス(その上で殺す)とかがあれば、利用者はそれなりにいると思うぜ。

http://anond.hatelabo.jp/20160527022408

自分も二十代のころは「共通世界なんてない」なんてニヒリズムを気取り「無邪気な人々」を小ばかにして精神勝利してたわけだけど、そんなことないって思うようになったよ。

多くの人々は、「共通世界なんてない」ことなんてわかったうえで、自分なりに一つの世界設定(常識やら世界観)をつくり、それを主体的に信用して生きているんだよ。もちろんその世界観が唯一無二の正解であるなんて思ってるわけでもないし、たたいても壊れない確固としたものだって思ってるわけでもない。

しかし、そういう背景を持たないで、すべてを疑いながら、人を遠ざけながら生きるのは、非常に効率が悪い。とくに、信仰だの世界設定だの以外に大切なもの――家族だの役割だの目指すべき目標仕事のある人は、そういう自意識不安感なんてものは飲み込んで棚上げして、「未解決なのはわかったまま」先へ進む必要があるし、そのほうが、実際限られた人生で何かをなすためには、ずっと有利だということを学んだんだよ。

増田のいう「無邪気な人々」は、多くがそう言う人なんだ。

さて、誰が無邪気なのかな。

京大卒だから自由人やで」←死ぬほどダサい

京大卒がよくやる「社会の役にたたない事やってるのが誇り」みたいなアホ発言、正直かっこよくもなんともないんだよな。

そうした態度が通用したのって、せいぜい30年前までで、日本が豊かだった時代から許されただけなんだよ。

それを何を勘違いたか、さも自分たち普遍的な事を言ってるとでもいわんばかりに今でもやり続けてるの、IQ低すぎるだろ。

本当さあ、東大卒献身的に働いて生まれリソースに乗っかってただけのカスがイキるなと。

今まで東大卒が稼ぐところでちゃんと稼いでたからお前らみたいなクズでも自由を謳歌できたんだよ。でも状況は変わった。

大黒柱が倒れ家計が傾き、ジジババは病院にかかれず子供は飢えやせ細ってるのに、いつまで高等遊民きどってんだよ?

働けボケ。働かない事がカッコいいじゃねえ。貧困が、不幸が拡大してるんだよ。人のために公共精神をもって働け。



京大卒よ、自由をはき違えるな。今の自分のダサさに気づけ。

2016-05-26

すぐ泣く女が周囲と自分の為にできること

私はすぐ泣いてしまう女である



物心つく前から私は超が付くほどの泣き虫で、毎日大きな声で泣き出しては母親を悩ませていたと聞く。


幼稚園に入ってもそれは変わらず、朝起きて変な形の寝癖が付いていて/雨が降っていて外が暗くて/朝食の牛乳が熱くて…とまぁ本当にどうしようもない理由しょっちゅう泣いていた。


子どもの頃から泣き虫自覚はあってコンプレックスに感じていた。小学校で作った七夕飾りの、短冊にはこう書いてあった。

「なみだが出ちゃうのを止めれますように」



26歳になった今でも私はすぐに泣く性分を引きずっている。こないだも、狙っていた特売品が売り切れたのを知って一人スーパーで涙を流してしまった。アホちゃうか。


他にも泣きたくないのに涙が出て恥をかい経験枚挙に暇がなく、あんまり振り返ってると虚空に向かって「あー!」と言いたくなってくるのでここらで止めておく。




さて、すぐ泣く女というのは世間的にはまぁ重たくて面倒くさくて、関わると厄介な存在と思われがちであるぶっちゃけ私自身もそう思っている。

しかし涙腺と言うのは思い通りに作動してくれないもので、泣いてる場合でないと頭では分かっていても勝手に涙は出てきてしまうし、止めようとすればするほど止まらない。


泣きたくないのに泣いて、周りに引かれて、自分が心底嫌になって、また泣いてしまう。泣き虫人間ならば一度はそんな経験がある筈だ。というわけで、私が26年この性分と付き合っていく中で培った、なるべくそ場の空気をぶち壊さず、かつ自分気持ちが楽になる工夫を挙げてみようと思う。


自称泣き虫の人は多分皆オリジナル処世術を持っていると思うので、もしそんな人がいたら是非自分のやり方と比べてみて欲しい。




自分をよく観察する

まずはここから始めた。成人するまでほぼ毎日泣いていた(特に問題を抱えていたわけではなく「なんとなく」泣いていた)ので、このままではマズイと思った私は毎日泣いてるとき精神状態を観察することにした。「あ、涙出始めたなー」「今頭がカッとしてるなー」「なんか周り見れなくなってんなー」「なんとなく止まりそうな感じがしてきたなー」…これを毎日繰り返すうちに、私は自分が泣いている姿を観覧者の目で眺めることができるようになった。後頭部あたりにもう1人の自分がいて、眺めている様な感覚だ。


もちろん今でも、喧嘩したり、映画を見たりするとどうも観覧者の目になれない日もあるが、それも半年に1回あるかないか程度になった。これによって、まず「涙は出ているけど気持ちコントロールできる」状態を作ることに成功した。



泣き虫を隠さない。泣いても重くないキャラ振る舞う

いずれバレてしまうのだ。隠していたって仕方無い。


泣く姿を見られてしまう前に、「私が泣くのは日常的なことである」「泣いていても頭の中は割と冷静だったりする」「私が涙を流し始めても放っておいて」「もし不快であれば正直に言って」と、できるだけライトな明るい雰囲気で周知徹底させておくと、後々人間関係もそんなにこじれずに済むと分かった。


また、普段から神経質な態度でいると、いざ涙が出た時にどうしても「積もり積もったストレスで爆発してしまった」風に見られるので、日頃からなるべく「おおざっぱなおちゃらけキャラ」で人と接するようにした。少々イジっても誰も罪悪感を持たないくらいの感じで居ておくことで、色々やりやすくなった。


涙は出しっぱなしでも良いが目ヤニ扱いする

例えば仕事中、電話口で客に怒られて涙が出たとする。そういうときに一番やってはいけないのはメソメソすることだ。ありえないくらいその場の空気が壊れるし客は困惑してしまう。


自意識過剰メソメソは隣り合わせの存在だ。自分のことばかり考えて涙を流す時、人は多かれ少なかれ可哀想雰囲気を醸し出す。

周りの人はどう感じるだろう。なんだか自分が悪い事をした様な気になって、モヤモヤした気分になる筈だ。しかし、メソメソ泣いてる人の涙をしっかり咎められる程胆力のある人はそういない。

可哀想な人は最弱故に最強なのだ。だからこそこういうとき絶対メソメソしてはいけない。

一番意識しないといけない対象は客であり、対応であり、要は目の前の仕事である。泣いてることなど本当-----ーにどうでもいい。


涙の存在を頭から消し去る。一番手っ取り早く涙を止められる。もし涙が出続けても、全神経を仕事に集中させる。「涙よ止まれ」と思うことも禁止。ほっといたら勝手に止まるもの心配なんてしなくても良い。

涙は液体なので、顔面を伝ったり視界を曇らせたりして気を散らしてくる。その時は「目ヤニ邪魔だな〜」と思いながら涙を拭う。不思議と涙に意識が向くことはない。


普通に仕事してる+なんかよく分からないけど目ヤニがめっちゃ出る、といった自己認識で動いていると、声色やテンション普段ともあまり変わらない自分がいることに気付く。

周りも普段と一切変わらない態度で接してくれる。


涙のスルー感謝する

残念ながら、どんなに心頭滅却しても私が泣き虫であることには変わりない。私が重い印象にならないよう努力しても、周りの受け流し方次第では、重たくて面倒くさくて関わると厄介な存在にも十分なり得る。


今周りにいる人達は私がすぐ泣くことをスルーしてくれて、たまに泣き虫をイジってくれる。誰も腫れ物に触るような応対をしてこないことが心地良い。

ちょっとしたことですぐ涙を流すのを見て、イラつくことがあるかもしれない。謂れのない罪悪感でモヤモヤするかもしれない。でも、皆それを受け入れてくれている。申し訳なさを感じる。ありがたい。


のんびりした空気の時を選んで、私は「いつもすみませんありがとうございます」と伝える様にしている。その時は泣かない。泣きそうだなぁと思ったらまた別の機会にする。そのくらい徹底している。

仕事で悩みを相談したり、素直な気持ちを話す時、私は絶対泣かないと決めている。冷静に話ができる人だと思われたいから。




工夫さえしていれば泣き虫でいてもいいのだ、と思うようになってから、私は少しずつ泣く回数が減ってきた様に感じる。

しかしたら、オバサンになる頃には私は泣かなくなっているかもしれない。


ただ現状、周りの人達良心に大きく依存していることは確かなので、理解感謝しつつ自分でももっと工夫できることがないか考え、色々試していくのは続けていきたいと思っている。

音ゲー疲れた

もう音げーやりたくない。


ピコピコするのを一度も間違えないようにするのは精神的にすっごい負担。それに目が疲れる。ぎょっと目を見開いて、画面を注視するのはしんどいさらに、シナリオが長い。ぽちぽちするのも悪くないけど、せっかくライターさんが丹精込めて書いたシナリオ声優さんが吹き込んでくれたヴォイスを聞かずに進んでしまうのは申し訳ないと思うとオート再生にしちゃう。でもやっぱ長い。

曲は好き。声優さん一生懸命歌ってくれた歌、大好き。好きやけど、好きやのに、好きやから、好きなんだ、でもこれら負の要素が私の「スキ」を諦めさせるんだ。

人は弱い。

どんなに身体を鍛えても便意を止め続けることはできない。

どんなに精神を鍛えても漏らしてしまい平気でいることは難しい。

たかウンコが出そうなくらいでこの世の終わりのような気持ちになる。

まこと人は弱い。

今の女は昔と今のいい所取りしてる卑怯ダブスタばかりなのに

権利だけは男女平等にもらい

義務責任を同じだけ果たさず、果たすつもりもない寄生虫が多いだろうが



先日の話が良い例


京大出て専業主婦なんてもったいない」と言う人は、じゃあわたしが何をすれば許してくれるのか

http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352


東大文学部卒おばさんが、何がもったいないのか解説

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20160524012315

ここのコメント欄では国に、夫に寄生宣言してる寄生虫が醜くわめいてるぞw


こんなに女性様に都合のよい時代はないよ

これからアンチフェミが当然に増えて

そもそもフェミは男から相手にされずに結婚できなくなるし、子孫を残せずに消えるから

今ほど女性に都合の良い時代ではなくなるだろう


 

これが明治ではなくて「母親世代がうらやましい」はよくあるけど

それはバブル以降のオバサンが最高に都合のいい時代を生きただけのこと。

から学歴あっても社会なんか知ったことかwとなる。

与えてもらうのが当然で恵まれすぎた代償で精神が腐りすぎてしまった

  

そんな女性が集まってるのがはてな村

から最低のフェミ巣窟だと言われてる

 


責任を負いたくないなら付属品でいろってこったね。


今の女の大半は責任は取らないけど権利自由自己主張だけは一人前以上のキチガイクレーマーだけどねw

 

こんな醜い生き物がのさばってる時代が続くわけがない

 


http://anond.hatelabo.jp/20160525224521

2016-05-25

放課後モンスターペアレンツ

ある日夕方散歩がてら近所ブラブラと歩いていた。

子供たちがもう、下校していたのにもかかわらず、

小学校の校庭の隅から先生相手キーキーキーキーと、声を張り上げて騒いでいる、

いわば、モンスターペアレンツのようなお母さんがいた。

先生もさー、忙しいんだよ?

先生攻撃する前に、自分自身の足元を見つめ直したら?

と、そんな放課後モンスターペアレンツを見て思った。

しかし、学校というところは、子供たちが帰ったあとも、

夜遅くまで職員室の電気が煌々と点いているのだ。

遅くまで勤務している先生たちには頭がさがる。

そんな先生たちのことを知りもせず、

自分エゴを押し通すモンスターは、子供学校へ行かせる資格はない。

そういうモンスターペアレンツいるから、

先生精神的に追い詰められ、休職や離職に追いやられる先生も多いだろう。

ホントお疲れ様です、と言いたい。

http://anond.hatelabo.jp/20160525114606

藝大でも10選手はいない。引く。

4年以上浪人してたって奴から話聞くとだいたい他の学校に通っていたり働いていた期間がある。

昼間の生活が終わってそれから予備校通ってたってことだな。

まず藝大に進もうなんて考える奴は幼い頃から身近に一級の芸術がある生活をしていて、

中学高校から予備校デッサン描いてる。進学対策でもあり習い事でもあるような感覚でな。

なおかつその年頃で自発的作品作って公募に出したり有志とギャラリー借りて展示したりする奴もいる。




愚直に数撃ちゃ当たるという考えで作家(文士だけを指してるわけじゃないぞ)になれると思い、

権威にすがればなんとかなるだろうと大学進学を目指すような奴じゃやっていけない。

作家としての充実と生活のための労働の両立のため、冷静に分別をつけられるだけの知性と、

プリニティブな創作欲を根底に据え置く精神必要だろう。

じゃあなんで通おうと思うのかといえば、毎日こつこつ描いたり制作しているうちに、

レベルの高い連中が集まる学校に進学してもおかしくないだけのポテンシャル自分にはあると考え出すから

例えばApplegoogleから入社試験への参加の誘いがあったら受ける奴は出てくるだろ?そんな感覚受験するの。

で、何回も落ちるようならあっさりタマムサや他の国公立大に進んだり就職したりする。




でもその世界を目指すからには、だって芸術からしょうがないってみんな思うわけでしょ?

そんなこと思ってる奴いねーよ、文学も含まれねえよ。もっと周りみろよ馬鹿が。

年度の初めに役職が上がった。給料わずかながら上がるのでそれなりに嬉しかった。

ただより中間管理職として上からも下からも責められる厳しいポジションになったなと感じる。

数字が伸びなければ「どうやって取り返すんだ?」と適度に詰められる。部下の育成に対しても「そこは君がしっかりとサポートしないとダメだよ」だとさ。

そりゃごもっともな御意見なのかもしれない。ただなぁ、ここ何日か異様に体がダルい最初は体力的な疲れかと思ったがそうじゃない。これは精神的なしんどさからくる疲れだ。

いままでそういったストレスを受けてこなかったから、今こうして、うっすらと「うつ」という感覚を肌で感じた。

中間管理職になって体調を崩すってのをたまに聞く。体を壊して動けなくなったら元も子もない。俺は体を壊したくない。今はストレス結構あってしんどい

ちょっと気を張りすぎていたのかもしれない。

仕事できるどうこう以前にラクに生きていかないと駄目だ。

乗りたくない乗り物

飛行機(今回のエジプト事故や数々の事故を見て)

遠距離バス高速バススキーバス事故や車体が真っ二つになった事故を見て)

フェリーセウォル号事故を見て)

原付き・バイク(生身で高速で走るなんて頭おかしい)

自転車(油断して老人殺しちゃうこともある)

他人の運転する車(そんな気楽に他人に命を預けるのか)

満員電車テロ危険、その他犯罪に巻き込まれ危険精神汚染

新幹線テロの標的になる)

エレベーター(いろいろな事故災害で閉じ込められたらヤバイ

エスカレーター母親が飲み込まれたやつヤバイ

ジェットコースター(首切られた事故、遊びのために命かけるのか)

2016-05-24

政治クラスタ人達というものがわからない

なんであんなに朝から晩まで気に食わない政治家のことを考え続けられるんだろう

そいつに関するニュースをずっと監視して

そいつの失点になりそうなニュースなら鬼の首取ったように興奮しながら嘲弄コメントを付け

そいつの加点になりそうなニュースなら顔真っ赤にしてなんとか腐そうとし。




その時間精神的・脳メモリリソース自分人生に使おうと思わないんだろうか?

あれだけのエネルギーの浪費をたとえば2年やめたら、すごい豊かな人間関係が拓けたり大型の資格が取れたりすると思う。

その2年の間あなたが憎い政治家監視活動をお留守にしたせいで国政が傾くかと言ったら

全然傾かないし、もっと言えば、あなたの不在はその政治家に良い影響も悪い影響も1ミリももたらさない。

馬鹿でないあなたなら理性で考えればわかるはずだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160524223217

日本死ね以降増田自民関係者が増えた気がする

id:Arturo_Uiさんやid:kyo_juさんがたびたび指摘していることではあるが、動員かかっているのかもしれない

舛添さんを悪くいうのも工作員のしわざ

あと容疑者安倍晋三の人も、反安倍おかしい人しかいないという印象操作のための仕込み

実際に精神科とかで調査したら安倍支持者の方が頭おかしい人多いんじゃないだろうか

さもなきゃそもそも工作する必要があるのかって話だし

お前のその書き込みは「精神的におかし妄想癖の反安倍派」と取られる危険性はないの?

http://anond.hatelabo.jp/20160524080039

道路族って国土交通省に強い権限もつ国会議員じゃないんですね。順法精神のない腐れDQNは痛い目にあわしてシバキ倒してやって下さい。ご健闘お祈り申し上げます

http://anond.hatelabo.jp/20160524170506

増田は「冬虫夏草」を知らないのかな?

冬虫夏草というのは、虫に生えるキノコのことだね。冬までは普通に無視として暮らしているのに、夏になったら草に体を乗っ取られてしまい、身も心も草になってしまうから冬虫夏草と呼ばれる。

これは俗に寄生生物と呼ばれるもので、宿主を殺してしまもの比較的珍しいけれども人間にもその体内に寄生生物は数多く生息している。

この記事を読んでいる増田君にもだよ。

冬虫夏草の種類で代表的な生き物の一つに「ジガバチ」がいる。

鳴き声がジガジガ言うからガバチだとも言われているが、ジガバチにはもう一つの特徴がある。それは、ジガバチは卵を生きている他の生物に産み付ける。そしてそのまま監禁してしまうことが知られている。殺すわけではない。監禁するのだ。

そして、あくる日。ジガバチに卵を産み付けられた生物は「ジガバチ」として生まれ変わる。

自我」を他の生物に産み付けるから自我蜂。よく考えられた名前だな。

このような、生物を内側から侵食して最終的に乗っ取ってしまうような生き物は、物理的に宿主を食い破るだけが能ではない。

例えば、最近発見されたアリに寄生する菌がある。

これはアリに取り付くとやがて神経系侵食し、アリの脳を死に至らしめる。しかし、アリはアリとして死んでも肉体が朽ちるわけでもなく、菌によって新たに恒常系が維持され、あたかも生きているように活動を続ける。

そして、その乗っ取られたアリは「より陽のあたる、高いところ」に移動するようになり、最終的には到達した高い場所にて菌に全身を侵食されて肉体的にも死に至る。

高所にて菌に冒され果てたアリは、その高度を以って菌を下方にばら撒く。

たんぽぽが風の力を利用して遠くに種子を飛ばすのと同じように、「自然」の「アリ」という媒介を以ってして自らの複製を増やそうとする生物的な行動だったというわけだ。

このように、一見マトモな精神をもって生きているように見える生物でも、実は外的生物侵食されて「意識」をも乗っ取られている場合は多々ある。

人間社会の中にそのような現象が無いといえるだろうか? 角度とかが狂った人間は「自然現象」でそうなったのか? 何らかの外的要因/陰謀が相させた可能性は無いだろうか。

…そう。コントロールされているのだよ、我々は。

未だに熱心に小保方叩きしてる人って、たぶんヤバイ奴だと思う。

決して小保方を擁護しようとか不正を許すとかの話じゃないんだけど。



正直小保方が不正しようがどうしようが大多数の人間にはなんも関係ないと思うんだよね。

それを、ずっと批判し続けれるって、相当のモチベーションだと思う。


普通の人にはまずないと思うし、飽きちゃうはず。



本人は世の中を正すつもりで正義感に浸っているのかもしれないけど、そういう人ってだいたい自分のためにやっていると思う。

自分より下の存在作って自分メンタル守ったり、不正を正すことで自分は良い人間だと思いたいみたいな?



でもそうやって浸ってる人が1番精神的にヤバイと思う。

専業主婦「程度」あるいは家事「程度」の感覚

まあ聞いてくれ。

しょっぱなから話を聞いてもらいたい態度でないことくらい分かってる。

だけど「主婦って大変なのよ」「主婦だって間接的にお金につながっている」的な論に私は大反対なのだ

無職卑下する気もなければ主婦のものを見下すわけじゃないけど、前述のようなことをいう輩を私は批難する。

なんかね、そう言うことをいう人って「私だって頑張ってるんだもん!きゃぴっ☆」的な、あざとさというか名状しがたいぶりっこ精神を感じる。

自分で書いておいて何だが「いぶりがっこ」に空目した。

さて、まず旧帝大を出て専業主婦をやっている人に対する「もったいない」という他者感覚について。

これは論点先取して「何者にもなれない人たち」が欲している「何者かになれる可能性」を破棄しているからだと思う。

歴史教科書の1ページに載る悪逆者をせせら笑う人の99%は歴史教科書の1行にすら載らない、100年後には99.99%名前すらも思い出されない存在だ。

しか旧帝大に行ったことがない人は、旧帝大に行くといずれは役職就任し、社史の1行にでも、あるいはニュースの1枠、または雑誌の1ページにでも紹介される、言わば存在証明を残すことができると思っている。

これは単に勘繰り過ぎと思われるかもしれないけど、きっと年を取っていくに連れて意味が分かるものだと思うよ。

とにかく自分歴史上に存在したことが「親族以外の誰か」に認められる機会が多くなる。

子どもがいる」だけで自分存在が残せたというのはダメだ。

人は客観的評価を多少なりとも欲するわけで、親族から評価第三者委員会ならぬ当事者委員会から評価から満足しないんだ。

ともかくだ、言いたいことは「もったいない」に関することじゃないから、取り敢えずは

「何者にもなれない」人たちからすれば「何者かになれる可能性」を捨てていることだからもったいない」という言葉になるんじゃねーのかなーというくらいにしておく。

本題の勝手に命名した「専業主婦称賛論」だけど、本当にフ○ックだと思っている。

間接的にお金につながっているのは事実であろう。これは認める。

だけど、一人暮らしをしながら働く人たちがいるなかで何やってんの?

まりは働きながらでも多少は面倒であれ出来る程度のことなわけよ。

それを「専業主婦だって大変なんだから」とか「家事だって時給換算すれば・・・」と一体どの口が言うのか。

ところで、お金は「他者から絶対的評価基準の一つだと考えている。

仕事の程度を数値化したもの賃金で、他者からあんたの仕事なら、このくらいなら払うことができるね」という評価だ。

上述の「何者かになれる」かどうかの蓋然性は、この賃金で有る程度は推し量ることができると思う。

まあ何にせよ、知名度とか色々な対外的な要素はあるけれど、今は単純に考えて欲しい。

さて、主婦にはその絶対的他者から評価がない、つまり「これくらいなら出せるかな」という仕事としての対価はゼロだ。

時給換算すれば・・・という考えは、他者から評価という観点が欠落している。

そういう他者から評価というものお金であるのだから、時給換算できる性質のものではない。

まり主婦あるいは家事はそもそも仕事ではない。したがって主婦とは無職であるQED

無職を見下すつもりはないけれど、無職が「私だって頑張ってるんだもんっ☆」て宣のは感心できない。

個人的には家事などの時間仕事に使いたいと思っている。

家事代行サービスを隔週で頼んで、1回2時間の月額にして1万9000円のお支払い。

掃除洗濯からから何までピッカピカにやってくれる。

ゴミだって回収してくれるし、買い物も頼んでおける。

家事をしなくていい時間で2万円弱を生み出す仕事が出来るのだから万々歳だ。

そういう意味主婦は確かに間接的にお金につながっていると言える。

だけど月1万9000円と同じ働きならば正直パートにでも出て欲しいね

言い方は酷く悪いけど、その程度のことなんだ。

それを袈裟切りでもせんとばかりに「専業主婦だって大変なの!」というのは、ちょっと認識を改めた方がいいと思う。

そういうと、認識を改めるのは増田の方だと言われるかもしれないけれど、以下のことから専業主婦称賛論」に賛同できない。

一人暮らしでも出来ている程度のこと

主婦は時給換算できる性質のものではなく基本的無職であること

家事代行サービスで補える程度のこと

子どもが出来たなら、その時こそ専業主婦でいればいいと思う、なれるなら専業主夫でもいい。

ただ、その時に「専業主婦称賛論」が出るのであれば結婚生活を考え直した方がいいかもしれない。

将来的に化けるぞ、たぶんね。

その時にはもう遅いか

食べてしまいたいと思ったほど可愛く思えても、その時なんで食べてしまわなかったんだと後悔する日が来る。

きっとね。

『レヴェナントテーマ解説(2)(ディカプリオのテーマ編)

※「『レヴェナントテーマ解説(1)(イニャリトゥ監督テーマ編)(http://anond.hatelabo.jp/20160523231652)」の続きです。

ポイント1 この文書は何?

『レヴェナント』には、前編で書いた親子愛というテーマのほかに、「資本主義環境問題」というテーマがあります。ただ、このテーマはイニャリトゥ監督自身テーマというより、ディカプリオのテーマが混入したものではないかと思い、文書を分けて説明することにしました。

ポイント2 何で「資本主義環境問題」というテーマがあるって分かるの?

まず監督自身インタビューでそう言っています。加えて、映画の中にも2つ根拠があります

1つは、毛皮商人インディアンとの戦いがサブストーリーとしてあったことです。これは露骨資本主義環境問題対立を描いています

もう1つは、主人公グラス(ディカプリオ)がバッファローの大群に驚くシーンがあった後に、バッファロー頭蓋骨の山を定期的に夢に見るようになってしまい、悩むことです。この背景にはアメリカで実際に行われたバッファロー掃討作戦Wikipediaアメリカバイソンの項目を参照)があります。毛皮商人の一味であったグラスが、バッファローの勇猛さを目の当たりにして、自分が手を貸してきたことの重大さに気が付き、後悔するシーンではないでしょうか。

(加えて、劇中に出てきた「朽ち果て教会」が、タルコフスキーの『ノスタルジアから引用とみて、自然について語ろうとしているのだという見解も見られましたが、そこまで言っていいのか自信がありません)。

ポイント3 これがディカプリオのテーマだという根拠は何?

筆者の妄想です。

ただ、イニャリトゥ監督デビュー作『アモーレス・ペロスから前作『バードマン』まで、環境問題テーマとして扱ったことがありません。というか監督は親子の問題ばかりをテーマにしていて、そんなに環境問題には興味がなかったと思われます偏見)。おそらく監督的には「今回は、大自然の中で、親子愛をテーマにして、『デルス・ウザーラ』みたいな映画が撮りたいぞ」ぐらいの気持ちだったのではないでしょうか。

そこにばりばりのエコロジストであるディカプリオが参加したことで、シナリオに影響を与えていったものと思われます

ポイント4 ディカプリオのテーマかどうかはともかく、結果テーマが複線的になったわけだけど、どうなの?

映像的には、バッファローの大群、頭蓋骨の山、朽ち果て教会など、感動的・印象的なシーンが増えてよかったと思います。背景に映る雄大な自然にも意味が出てきて、それもよかったかと思います

ただ、ストーリーはこれによりかなり難解になりました。特にラストシーンにおけるグラスの状況を考えると、①生きる意味(息子・復讐)を相次いで失ったことで精神崩壊しかかっているが、②自然の偉大さに感銘を受け自らの行いを悔いるエコロジストになっている、という複雑なことになっており、テーマが分かりにくくなっています




おわり

三者三葉精神的に辛くて見るの断念した

初回の没落貧乏お嬢様が庭で飯食ってるとこ

何の悩みもなさそうな楽しそうな2人が通りすがって絡んできてお嬢様のボッチ状態がバレそう

ってとこで再生を止めた

ナイーブ過ぎるだろうか



http://anond.hatelabo.jp/20160524060127