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2017-03-30

きっとこれから先も何も無い

30歳半ば。友達ゼロ恋人なし。

この歳で派遣だし普通に大卒企業勤めの知人らに比べて収入なんて雲泥の差だし、数少ない友人も結婚したし、なんかもう自分が惨めだから(主に収入面で)自らすすんで疎遠になった。

ほんと休日は出歩かないし言葉発しない。

無趣味から酒飲みながらニコ動アニメ一挙見るのが休日の唯一の楽しみ。

こんなクソみたいな休日なら無い方がマシだからまだシフト入れてくれると助かるんだけどな。

働いてお金稼いでるときのほうがよっぽど精神安定する。

暗いこと考えずに済む。

何もしてないときのほうがよっぽど悲観的になる。

ほんと生きる理由がないなあ。

ただ自分が先に死ぬと親が悲しむってのは分かってるからなあ。

それだけはさせたくないな。

これからもしも親が病気になった時とか介護必要になってしまった時は、帰郷して今の仕事辞めざるを得なくなるだろうし、年齢的に再就職も難しいだろうから、せめて少しでも親が安心して死ねるように、貯金をしてようと思う。

しかし、ほんと生きてて楽しくねえなあ。

これからどんどん不健康になって満足に仕事生活もできなくなってくんだろうなあ。

今のところ特に不調はないけど、夜勤からいつか突然ガタがきそうだなあ。

誰とも関わり合いがないか孤独死だろうなあ。

からと言って別に友達恋人がほしくてたまらないってわけでもない。

関わるめんどくささの方が先立ってしまうし、そもそも作り方わからんしな。

それにしてもこれから身体壊して孤独死しか待ってないことが分かってて、ただ生きてくってのは相当しんどいな。

さて夜に備えて寝るか。

旅行会社

一年前に転職した知人の話なので現在もこうだったのかは知らない

http://anond.hatelabo.jp/20170330010935

片付けが出来ない奴ってのは

1. 効率化する余裕がない

2. 効率化しなくとも良い

この二つのタイプしかいないように思うけど

問題タスクの切替や仕事量に対する精神的な負荷が人それぞれで

そこが不安定な奴は効率化の計画が決まって滑ってるんだよな。

僕の事なんだけど。

昔、適応障害になった話

突然思い出しので、しっちゃかめっちゃかだが書いてみる。

特に意味はない。

数えたらもう5年も前のことだった。

いきさつは割愛するけれども、私は適応障害になったのだった。

何をしていても頭がボーッとして集中できず、当時の勤めていた職場は勿論のこと、当時住んでいた場所にいるだけで涙と激しい動悸に襲われて、とてもじゃないけど働き続けることはできない状態だった。

朝起きるとうわ言のように、「逃げたい逃げたい」呟いていたり、物を片付けるのさえも億劫で、部屋が物凄くとっちらかっていたのは何となく覚えている。

当時の詳しい出来事は今でも靄がかかったようで、あまりはっきり思い出せないのだ。

やっぱり正常な状態じゃなかったんだろう。うん。

そんなこんなで、何とか頑張っていたものの、ある日限界突破

上司に「辛くて耐えられないので辞めさせてくれ」と直談判した。

上司はえらく驚いていたが、「辞めると言わず、とりあえず実家に帰ってしばらく休んでみては」と言われ、実家に帰った。

から他の人から聞いた話だが、上司は私の様子に全く気がついていなかったらしい。

当時は、迷惑をかけまいと何とか普通に振る舞っていたつもりだったが、それがうまくいっていたようである

今になれば、「まったく、なにやってるんだ…」という感じだが。

実家に帰ったら、すぐに家族心療内科に引きずられていった。

そして、あっという間に適応障害と診断されたのだった。

先生の診察前にカウンセラーさんとはなしたとき不倫などの特殊恋愛をしていませんか?」と聞かれたときは、「ああ、そういう理由で疲れる人もいるのだな…」と思ったことだけてはなぜか良く覚えている。

適応障害になったことで、自分から離れていった人も何人かいた。

が、大抵の人は側にいてくれて、それだけでかなり救われた。

当時は一生なおらないんじゃないかと思ったりもしたが、薬を飲んで、きちんと休めば、嘘のように元気になった。

適応障害なんかの精神病気は、完治と言い切るのが難しいらしく、

寛解(全治とまでは言えないが、病状が治まっておだやかであること)

という、表現を使うらしいこともその頃知った。

が、勝手に完治したと私は思っている。

当時の仕事は辞めてしまったが、なんだかんだ次の仕事も決まり、今はすっかり元気で何の問題もなく働いているのだった。

あれは、一体なんだったんだろうな。

ただ、それだけ。

ボーダーライン

12年間、ブランクはあるもの家庭教師をしている。

昔は自分学生だったので、気楽な気持ちでやっていたし、市街地から離れたところでの指導だったので、子供も親御さんもおっとりしている人ばかりだった。必ずおやつ飲み物が出され、成績が上がらなくても特に何も言われなかった。

生徒は本当に勉強のものが苦手で、集中力がない子も多かった。彼らの指導はしやすかった。

しかし今は、親の求めるものも高くなってきているし、おやつ飲み物も出されない。別にそれは全然構わない。

私が気になっているのは、「特別支援学級に入れることをすすめられているが、普通学級にいたい生徒」である小学校1年生でテストは0点、こちらが質問しても、全然違うことを答えたりするそうだ。

知人で、勉強が非常に苦手で、特殊学級(私たちの頃はそう呼ばれていた)をすすめられていた人がいた。その人は特別学級には入らず、偏差値の高くない高校では成績も良く、今では就職し、結婚して子供もいる。コミュニケーションはまったく問題のない人だった。

からすれば、普通学級に入れておきたいだろう。世間の目もある。しかし、低学年のうちはよくても、コミュニケーションなどに問題があれば、トラブルを起こしかねない。

私自身も、どこか問題がある生徒ではないかと言われていた。私は定規で直線が引けず、コンパスが使えず、いつも漢字の同じ部分を間違えた。お手伝いをしなさい、と言われても、ただ見ているだけではどこを手伝えばいいのかわからない。友達もおらず、植物図鑑を見て花の名前を覚えたり、とにかく本ばかり読んでいた。結局、保健室登校をするようになってしまった。

保健室登校をしている子はもう1人いて、その子友達がいなくて、怒ると暴力をふるう子だった。口でのコミュニケーションが苦手だったのだと思う。

結局彼女中学校にも行かなかった。私は不登校留年を繰り返しつつ、今もどうにか生きている。心療内科に通いながら働いている。診断名は躁鬱だ。ADHDADDには該当するような気がするが、はっきりとはわからない。

家庭教師をする前は接客業をやったり、ほんの少し飲食関係をしたことがあるが、恐ろしいほど仕事が出来なかった。精神状態が悪くなり、逃げるようにやめたこともある。幸いなのは、私がものすごく人に恵まれていて、仕事ミスが多くても周りの人がフォローしてくれたことだ。これには本当に感謝している。

しかし、算数がさっぱりわからない子って、どこがわからないんだろう? 会話が成り立たないって、どんな感じなんだろう? そのような子とうまく接する方法が、私にわかるだろうか?

算数がわからない子の気持ちはわかるような気がする。私も算数なんてさっぱりわからなかったからだ。ただ、算数がわからなかったことよりも、数学がわからなかったことのほうが印象的である。私は公式意味を知りたかったのに、先生説明ではわからなかったのだ。

算数がわからない子の中には、数の多い少ないがわからない子もいるらしい。それは新たな世界であるし、それは面白いことだ、と私は思う。

何をボーダーラインとするかは様々ぁなぁと思ったのだった。

誰か鬱病と診断してくれ

自分鬱病なのかどうかなんてどうでもいい。もう会社行きたくない精神状態がどうのうこうのという問題ではなく、会社を無期限に休んでもいい理由が欲しい。

同僚が精神を病んだ

同期がきつい現場で順々に精神を病んでドロップアウトしていく。その同期の仕事は誰が巻き取るか。残された俺だ。大変だ。でも、精神を病むってほどでもない。俺は、精神を病まない。きつい現場と書いたけど、俺からしたらきつくない。ちょっと忙しいかなくらいだ。

同期には、ゆっくり休んでほしい。本人は辛かろう。もう俺がけろっとしてることすら、今の奴にとっては辛かろう。他がけろっとしている姿を見ると、自分が弱い気分になる。弱い気分になると、ろくなことがない。でも、魔法使いが打撃食らって死んだって、弱いことにはならんのだ。逆に、打撃で倒れんからといって、誇れることでもない。世の中は、うまくできている。

ただ、俺はこういう時、妹が風邪学校を休んだ日を思い出したりする。妹は、高熱で苦しんでいる。大変だ。でも、俺は学校を休めていいなあとか思ってしまう。本人は辛いだろうが、ちょっと羨ましい部分もある。そういう気分だ。俺だって大丈夫なだけで、痛みがないわけじゃない。休めるなら休みたい。

いや、違うか。違うな。実は、そんなに切実に休みたいとも思ってない。俺には「精神を病む」という手札がないので、純粋に手札が一枚多い奴を見て、ちょっと羨ましいんだと思う。俺のデッキに入ってないキラーカードを持っている奴を見て、「うおお、なんだそのカードは」と思っているんだろう。俺の通っているショップでは、そんなカード出たことがない。

妹に対しても、そう感じたことは何度かある。奴のデッキには「長男ではない」「末っ子である」という恐るべき強カードが入っている。何度母から「お兄ちゃんでしょ」というマジックワードねじ伏せられたかからない。もちろん俺のデッキしか入ってないカードもあるので、妹も同様に羨ましがっていたかもしれんが。隣の芝生は青いものだ。だから、俺らは素直に青い芝生を羨ましがっていたのだと思う。

今も、そんなかんじだ。当然のごとく俺が奴の仕事を引き継いでいるが。誰かから「お兄ちゃんでしょ」と言われている気分だ。あのかんじにすごい似ている。頑丈なので、なんとなく俺にダメージが降ってくる。俺なら耐えられるという理由で。奴らは精神を病むことでSOSの声をあげられるが、俺は俺の大変さをどうしたらいい。一枚少ない手札で考える。「解せぬ」と思う瞬間が、なくもない。

こうして羨ましいと思うこと自体が奴の負担になるのかもしれんので、難しい。まあ、ケツ持ちしてダメージ引き受ける人間特権として、ちょっと愚痴は許してくれるとうれしい。これが俺の辛さだ。倒れ方がわからんので、多分最後までこんなかんじだ。大丈夫。なんとかする。あまり気にするな。

妹が風邪で休んだ日、俺はよくスーパーアイスを二本買ったものだ。それは風邪をひかず健康である負い目みたいな部分もあるし、結局俺は妹のことが好きだったんだと思うし、兄貴というのは弱っている妹にアイスくらい買ってやるものなんだと思っていたような気もする。もし、あいつの負担にならないようなら、慰労会くらいしてやりたい。元気になったら、また一緒に仕事がしたいとも。

2017-03-29

もう、うんち。

増田愚痴ってかけなくない?

俺が気にしすぎなだけなんだろうけど、会社愚痴で書きたいことばっかりなんだが、内容が専門的だから業界関係者なら特定余裕なので、何もかけない。

かといってフェイクをいれてまで書きたくはない。フェイク考える心の余裕も、頭の余裕も時間の余裕もないからだ。

もう、うんち。

これしか書けない。幼児退行するしかストレスの発散方法がない。以前はゲームする時間の余裕があったからまだマシだったが今はそれすらない。9:00-22:00までずっと社内調整打ち合わせ打ち合わせ打ち合わせ会議会議会議内調整社内調整社内調整社内調会議打ち合わせ打ち合わせ。

家に帰ってきたらヘトヘトでけものフレンズ見るぐらいしか癒しがなかったのに、そのけものフレンズさえも終わってしまい、生きがいがなくなった。

もう、うんち。

仮に鬱病にかかったらどうするんだろう。その精神状態休職願いとか出せるもんなの?仕事をやる気力はないのに、休みをとる気力はあるもんなの?なんでもいいや。そのうち辞めるからその時考えればいい。

もう、うんち。

悪趣味万歳

私は過去に負けたと思った女達の生活を覗き見るのが辞められない。

負けたというのは好きな男を手にいれた女だとか、奪おうとした好きな男を持ってた女だとか。

別に彼ら、その男達を、愛しているわけでも、現在手に入れたいわけでもない。

ただ、何故、私が選ばれなかったのか知りたいだけだ。

彼女等の日常を細かく監視して真似出来るところは真似したい。

私に無い感性が彼を虜にしたのでしょ?と思うので積極的コピーしていきたい

彼女達の事はわりかし尊敬しているのだ。

私に無い部分を持っている女。

それだけで存在が妬ましい。

妬んで妬んで仕方ないから真似してやる。

そして、彼女たちの素敵な部分のみを総合して、私になりたい。

彼女等が、不幸になればなるほど私は正直嬉しい。

幸せだとか、充実していると悔しい。

単純に粘着質で腹黒なこの精神をどうしたらいいのか。

彼女達が、感情日常を即座に垂れ流す白痴であることが唯一の嬉しいところだ。

どんどん垂れ流して私を成長させてくれ!

天誅を下す夜の計算

理系試験には計算用紙、なるものが一緒に付いてきますよね。あの真っ白な、田舎道に忘れ去られた雪ダルマチングルマ連想させる忌まわしい彼。中学受験のために通っていた某進学塾黄色クリーム色のイエローモンキー計算用紙を理科では使っていたのも記憶に新しいことであります意識したこと無いですけどチングルマって本物は見たことないですね。微妙な都会に住んでたらシロツメクサホウレンソウお気に入りになるのも頷ける話です。

それこそが理系であるかというと、決してそうは断定出来たものでは無いんですが。ところで私は文系なんですが英語古典は壊滅的です。理系文系以外にあと3つほど選択肢が欲しいところですね。これが「私はッ…私は同調圧力に屈しないだから!!!」と魔王に立ち向かうヒロイン彷彿とさせる原因とも言えないという、遠くて長い昔のお話最近触手強姦モノとか結構好みです。

普段考えてることって整理も収納も出来ないでコマってるのに、意味もわから文字列だけ頭に湧いてくるんです。それこそボウフラか虱のように。その圧巻の意識がとうとう収集がつかなくてTwitterで発散しようにも140の壁が大きい。壁は真壁瑞希だけでいいんですよ。パラッパラッパーを極めようと躍起になりますよ。ところで愛国行進曲って何回も聞いていたら飽いてしまいました。マア、ベトナムの小さな村の長老ぐらいならご存知のことでしょう。

計算用紙を提出して点数を懇願する生徒なんて古今東西日能研ぐらいにしかいません。自分思考精神の掃き溜め程度のものなんですよ。日能研全労連って似て非なるものを感じましたが別にそんなことないですね。

聖書

「男」とあるのは、①肉体が男、②精神も男、③性の対象女性、の人を指す。

「女」とあるのは、①肉体が女、②精神も女、③性の対象男性、の人を指す。

限定解釈すれば、聖書LGBTの人について何も定めていない(罪としていない)ことになるという電波を受信した。

anond:20170329105752

答えになってない返事でワラエル

啓蒙活動平和が作れると思ってるお花畑さん

そういうのが通用するのは精神的に進化した天国だけだろうね笑

隙あらばISILのような集団が台頭してくるのがオチ

http://anond.hatelabo.jp/20170329104219

9条精神なるものが結局国防アメちゃん任せって時点でガラパゴスしかないな。

その前提がない国は守れないってことなんだから

金持ちの金庫番やってるから安全な(ことになってる)スイスと変わらん。

http://anond.hatelabo.jp/20170329104054

から9条精神世界に広めて「派兵しなくていいんだ」という風潮を作れって話だろ。

http://anond.hatelabo.jp/20170328234911

しっかりしている・・・

嬉しいようで意外と残酷表現だよね。

人間は人の上面評価する生き物だから、全部知った上で評価するのは多分難しいね

その評価を維持するための努力が「しっかりしている」「真面目」に繋がるのだけど、ずーっと我慢するのは辛いものがあるね。

じゃあどうする?

評価してくれる人を分けて作っていけばいい。

会社や今現在「しっかりしている」と評価してくる人はそのままでいい。

我慢するのは辛いけど、それを変えようとするともっといからね。

そして「本当の自分」を見てくれる人を探す。

その人にはうわべ抜きでさらけ出して、その上で何かしら評価してもらうといい。

そこで「しっかりしている」と評価されたとしても、それは「本当の自分」をわかってくれた上での評価から

よく分からなくなってきたけど、兎に角人は沢山いるということと、考え方が違う人がどこかにいるということ・・・もし今の「しっかりしている」が不満なら、納得のいく評価を下してくれる人を探す方が精神的にはいいと思う。

妬ましい彼女達をインストールしたいのだ!

私は過去に負けたと思った女達の生活を覗き見るのが辞められない。

負けたというのは好きな男を手にいれた女だとか、奪おうとした好きな男を持ってた女だとか。

別に彼ら、その男達を、愛しているわけでも、現在手に入れたいわけでもない。

ただ、何故、私が選ばれなかったのか知りたいだけだ。

彼女等の日常を細かく監視して真似出来るところは真似したい。

私に無い感性が彼を虜にしたのでしょ?と思うので積極的コピーしていきたい

彼女達の事はわりかし尊敬しているのだ。

私に無い部分を持っている女。

それだけで存在が妬ましい。

妬んで妬んで仕方ないから真似してやる。

そして、彼女たちの素敵な部分のみを総合して、私になりたい。

彼女等が、不幸になればなるほど私は正直嬉しい。

幸せだとか、充実していると悔しい。

単純に粘着質で腹黒なこの精神をどうしたらいいのか。

彼女達が、感情日常を即座に垂れ流す白痴であることが唯一の嬉しいところだ。

どんどん垂れ流して私を成長させてくれ!

2017-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20170328190411

20代なら年収200万円以下でもどうにかなるんだけど

年取ると徐々に無理になるよ

小学生の頃はザリガニ釣ったりジャンプ読んでれば一日潰せるけど、

大人になるにしたがって、それだけじゃ物足りなくなるじゃない、

それに近いと思う

精神性や金銭感覚がずっと今の自分と同じだろうと予想してると失敗する

保守愛国活動孤独感を減少させる by愛国保守の人

という自己分析をしているブログがあって興味深かった


以下引用

これはただのエッセイというか最近思っていることなんですけど。

2000年以降、インターネットの普及も相まって、敵対的隣国情報が普及しだしました。しかしそれを報道するメジャーテレビ局は無かったわけですし、新聞産経を除いて報道してきませんでした。

なので、ネットユーザーの間には、自分たちでこの歪められた情報空間を正さなければならない、敵を見極めなければならない、国を守らなければならないという危機感と同じネットユーザーに対して連帯感が生じたと思います

日本戦後教育日教組価値観のせいで、愛国心を持つことは恥ずかしいことだ、よくないことだと教わってきた私達に、中国南北朝鮮のような敵が生じたことで、自然発生的に「愛国心のようなもの」が私達に芽生えつつあるように思います

いつからかわかりませんが、私達日本人は孤として生きるように社会に強いられてきたように感じます。各人、友達がいたり会社学校部活に属してそれなりの所属感を持って生きてきたのでしょうが、敵国が現れたことで、ようやく「国=日本」に所属しているという意識が発生したように思います

日本対外的危機が年々強まっているわけですが、それでもそれが逆説的に私達の精神に活力をもたらしてくれた側面はあると思います

今、家族は妻の実家帰省していて、一人で過ごしているわけですが以前ほど孤独感を感じないのは、私が保守立場に立ったからだと思います。昨晩は2ch辻元清美関係スレものすごい勢いで書き込みが続いていくのを見ながら、「俺は一人じゃない」という思いを強くしながら安心して眠ることができました。

言いたいことをまとめますと、

敵国の存在日本人愛国心を復活させつつある

愛国心個人所属感を与え、孤独感を減少させる

といったところでしょうか。

https://kininarukabu.com/post-8091/



やっぱり所属する所が日本という国しかなくなった人が愛国保守活動にのめり込むという例はあるみたいですね

やらないといけないことができなくなった

からギリギリにならないとできないタイプだった

でも、裏を返せば締め切りが迫ってくれば集中してできていたので、あまり困ることもなかった

習慣としてよくないと分かってはいるけど

でも、それが、最近ギリギリになっても取り組めなくなってきた

やらないといけないことがはっきりしてるのに、できない

やりはじめるのが億劫なだけで、始めてしまえば継続できる、というのも以前までの話で、最近仕事に取り掛かって、しばらくは無理して作業をしているけど、すぐにでも逃げ出したくなってしま

始めるのも心の底から嫌で、隣に後輩がいるのに全く仕事ができない

まったく集中できないし、続かないので、全然仕事にならない

本当に、言われた最低限のことしかできない。頭が働かない。

休んでいないわけではなくて、休日家族のんびり過ごしている。睡眠も取っている。

ただ、精神的にも体力的にも無理をし続けているのは事実

ここを乗り切れば楽になる、と自分に言い聞かせて、鞭を入れながらずっとやっているけど、なかなか楽になる時が来ない

もう正月明けから同じような状況

休日も罪悪感を感じながら過ごしている

自分は要領がそこまで悪くないので、困ったことがあっても相談していたし、うまくいかないことも何とかして叱られない形にして乗り切ってきた

からおそらく上司もそこまで心配していない。だからこそ、今自分が全く仕事を進められていないことを正直に報告できない。

無理をしてきたのが限界に達しているのか

とりあえず今日だけでも休みたいけど、どうしても今日やらないといけないことがある

そしてそのことに取り掛かろうとしているけど全く手につかない

それでも鞭を入れて何とかするしかない

でも、それこそ明日もまた同じことになりそう

どうしたらいいんだ


==追記==

いわゆる普通会社で勤務しているのと少し違うので、平日の夕方にこんなことを書いていたのだけど、「この時間にこんなことを書いてられるとか暇人か」なんていうコメントが来るのではないかと予想していたら、優しいコメントがあってかなり楽になった

自分で見返してみると相当ヤバそうな感じがする文章だけど、病院で診察してもらおうと思うかというとそこまでひどくもないので結局何も行動できていない(身体にはほとんど何も影響が現れていない)

集中力が落ちてるのと、些細なミスがやたら多いのははっきりと感じる

それに毎日ギリギリバタバタになってしま

結局、あまりやりたくない仕事を無理してやってるからなのかもしれない

あと、更年期障害を指摘してくれたトラバがあったけど、これでもまだ20代家族はいない

ただ、これが今やってる仕事が終わって、違う仕事になったらこういう状態から本当に抜けられるのかが不安で仕方ない

なぜ日本企業生産性が上がらないのか? 「効率化」が「人の頑張り」に落ち着く現実

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1703/14/news037.html



記事にある宅配生産性の事だけど、宅配業者とビル自体業務分担として繋いでしまうと、そのビルの入居者個人が持つ業者選択の自由がなくなる分、宅配業者の営利配分の自由裁量が増えるので、利用者にとって非経済的となるし、何かその会社で社内的な問題が起きた時に利用者が他の業者を選べなくなったりと、また日本特有の非合理で生きずらい要素が一つ増えることになる。

ビル自分達の責任で荷受け室を作ってそこからは各ビル配達係を手配するか、住人が自分で取りに来るかどちらかの方法管理することで、ビル宅配中の事故対応など人件費的な宅配業者側の大きなリスクを軽減する。これ落としどころにならないかな?業者としても、業務簡素化によって経営効率は上がるわけだし、それによって浮いた今までの人件費効率化で少なくなった集配員に分配すれば、企業も今までの以上の利益を維持できるし、なによりも各集配員の地位が向上するので、各企業人材が集まる効果も自ずと生じる。経営者の力量采配次第では、今までと違った方向性業務を発展させることもできるし、業界業務全体の効率改善へとつながる可能性も秘めている。

日本国民意思は、それらの非合理に対する費用を払うことで、家まで届けてもらうサービス受け手効率性を優先したいという事なのか?

日本社会ではお互いがサービスし合う事(礼儀、絆、信頼、助け合い精神)で個人同士の関係が成り立っている面から鑑みると、それだけのサービス日本における宅配業務には欠かせない要素なのだとすると、単純に業者が見合った費用顧客転嫁すればいいだけ。それが出来ない理由を考えればよい。

ちなみに、そういった日本特有サービス精神起源はどこだろうか?儒教の影響なのか?戦後教育なのか?農耕民族? 誰か意見あったら聞かせてください。

2017-03-27

かばんちゃんかわいい

かばんちゃん可愛くない?

めっちゃ可愛い

パンタイツ可愛い

うっちーの声可愛い

ショートヘア可愛い

ボクっ娘可愛い

食べないでください可愛い

サーバルちゃんとの戯れ可愛い

木登り可愛い

頭いいの可愛い

うみゃみゃみゃみゃー可愛い

サーバルちゃんを救おうとする姿可愛い

自己犠牲精神可愛い

サーバルちゃんがじゃぱりまん食べたのさらっと暴露するとこ可愛い


2人の幸せ未来可愛い

キミをもっと知りたいな。

妊娠した。全然安心できない。

やっと妊娠3ヶ月、9週目を迎えた。

6週目の初診で心拍確認できて、次の予約を約二週間後に取った。

が、いろいろと心配な症状に襲われて、予約外で二回も病院に駆け込んでしまった。

一回目は茶色いおりものと腹痛が少しだけ気になったから。

二回目は生理並みの出血に襲われたから。


この二回目が大変だった。精神的に大変だった。

トイレで用を足して股を拭いたらペーパーが真っ赤。「今日から生理か〜」と判断するレベルの量。でもこちとら妊娠中だ。生理が来るはずがない。数秒フリーズ。なんだこれ……?

生理みたいな出血危険から病院連絡してね」と助産師さんに言われたことをやっと思い出して、血の気が引いた。

ガクガク震えながらトイレから転がり出て、旦那に「血、血出た……」としがみついた。朝一番で助かった。家に一人だったらどうなっていたかからない。旦那は「昨日買い物行って歩いたからかな〜。大丈夫大丈夫」と背中をぽんぽんして落ち着かせようとしてくれた。そんな悠長にしてんな! と思ったけれど、一緒にパニクられるよりは全然良かったと今では思う。

病院が開く時間まで布団の中で「こども……りゅうざ……(最後まで言えない)」と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら呻いてた。こんなに泣いたの父さんが死んだ時以来では? レベルで涙が止まらない。

妊娠初期の流産は卵自身に原因があることが多く母親のせいではない」みたいな知識はあったが、それでも「我が子が死ぬ」ことに変わりはない。エコーしか見えない一センチの我が子でも大切な存在に変わりはない。なに考えてもマイナス思考で死にそうだった。死んだ方が楽ではという心理状態だった。

やっと八時になって病院に行った。「何か」あったら帰り道で道路に飛び出しそうだったか旦那にも付き添ってもらった。予約外だから診察まで一時間弱待たされたが、待合室では意外と冷静。涙も出ない。今更足掻いても結果は変わらない……どうしようもない……。覚悟を決めたというより、なにも考えないようにしていた気がする。

そしてやっと名が呼ばれて、内診。

「ちゃんと動いてますよ!」

嬉しくて泣きました。

生きててよかった…………私は子供を殺してなかった……………………。

動いてるエコーを初めて見た旦那も、ホッとしつつ、嬉しそうに画面を見ていた。

「胎嚢の周りの血の塊が前より小さくなってるねー。これが出たんだと思うよ」と言われたけど血の塊があったなんて初耳だ。心配させまいと前回は言わなかったのだろうか。切迫流産とまでは言われなかったが、「今は薬も出せないから安静にするしかないです」とのことで即パート先に電話。一週間長のお休みを獲得。プチ繁忙期のこの時期に申し訳ないが、子供の方が何倍も大切だからなりふり構っていられない。

子供も無事だったしと、大きさを測って予定日の確定までしてもらった。10月末。

まだ、先が長い…………。


胎嚢確認心拍確認、と安心しつつあった矢先の出血。まだなにも安心できないなと痛感した。緊張状態はずっと続く。安定期すらまだまだ先だ。

変な言い方だが、早く産まれ生命可視化できるようになってほしい。せめて胎動を感じたい。お腹の中にいてもどうなってるか分からない今の時期は本当に不安だ。信じることしかできない。信じてたってこんなことも起きてしまう。

ともあれ、子供が生きていて、本当に良かった!

次の診察は二週間後。無理はせず、何のトラブルもなく、その日を迎えられることを祈っている。

2017-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20170326235623

俺は積極的に使って良し派だが、「何が何でも負けたくない」という精神に好感を持つ。

変化否定派とは根本的に分かり合えないんだろう。

相撲の立ち合いでの変化はなぜダメなのか

ダメ派として色々考えてみたんだけど、結局のところ「何が何でも負けたくない」という精神醜悪から、という結論に至った。

問題本質力士をそういう精神状態にさせる構造とか、親方の育て方の悪さとかなんだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20170326204211

その人間力っていうのが教育勅語を貴ぶ精神だというのだからこの国終わっとる。

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