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はてなキーワード: 成功とは

2016-09-29

ゴミレスはしない主義なのだが、

http://anond.hatelabo.jp/20160929082930

努力しない人間の成れの果てはホームレスだぞ低能

私は元の文章に、

もちろん、努力して成功しなかった人、芳しくない結果で二位以下となった人もいるが、成功した人はほぼ間違いなく何らかの努力をしている。

と書きましたが、理解できる頭がないのでしょうか?



西成寿町ホームレスの中には、高度経済成長期に「鳶職」などで東京タワー首都高速道路建設に命懸けで携わった方でまだご存命の方がいらっしゃると思います

彼らは現在日本を豊かにするために、非常に危険な高所で、当時はもっと劣悪な環境命綱さえなかったかもしれない、そんな環境で、

家族を食わせるために働いたのです。

彼らは努力しなかったのでしょうか?



もちろん、努力せずにホームレスになった方もいるでしょうが企業経営者特に中小零細企業経営者は、

日本の商習慣では、企業倒産担保として生命保険に加入させられますし、

(社長死ぬことで損失を埋める意味合いもあるのですw)

自分会社倒産すれば、あっという間にホームレスです。

自殺の名所にも、よく企業経営者が訪れ、死にきれない人は相談員を訪ねるそうです。

債権整理したり、自己破産して、ゼロから、最底辺から人生をやり直すのです。

これはかなりの苦痛でしょう。

しかも、人が良いといいますか、ホワイトな人ほどそうなるようにも思います。残念ながら。



あなたは、家族子供のために頑張ってきた人の努力を、努力でないと言っている。

下り坂になってきてはいるが、現在もまだ豊かさが残っている、この日本を築き上げた人たちの努力を、努力ではないと言っている。



あなた自分努力する、夢中になれる対象がない、見つからない、それに対する嫉妬でそんなことを書くのではないですか?



まあ、そういう生き方も良いでしょう。

生き方自由です。

私は前の文章で、あくまで「提案」を書いただけです。

がんばってください。

その努力しない人のなれの果ての姿が底辺YouTuberとか大学中退起業家なんじゃないの?

http://anond.hatelabo.jp/20160928171836

を読んで、kawangoの記事に興味を持ったので、ちょっとだけ読んでみたのだが、

人間関係を壊す人工知能…ドワンゴ(前編) : YOL-ON : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 1/2

そうです。今は努力できる立派な人物主人公だと、読む側が気後れして感情移入できないんですよ。(中略)ところが今は、どんどんパーソナライズ化が進んできて、自分が信じたい情報、接したい情報けが集まってくるようにするということが、ネットを通じてできるようになったということです。

ふむ、



私はYouTuberみたいな人種や、最近はてな炎上した大学中退起業家みたいな人種が本当に嫌いで、

嫌いな理由は、努力挫折経験がないのに万能感だけある

もしくは、境遇や条件が良ければ俺だってできた、みたいな後出しジャンケンを内心秘めているだけのような奴が本当に嫌いだ。

是非とも死んでいただきたい。



なるほど。

kawangoの言うとおり、努力しないけど、自分が信じたい情報だけを信じる、お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな、な人が増えているのかもしれない。



ただ、はっきり言っておくが、俺が知ってる起業なり、なんなりで人生成功させた人間すべからく努力してる。



もちろん、努力して成功しなかった人、芳しくない結果で二位以下となった人もいるが、成功した人はほぼ間違いなく何らかの努力をしている。

努力必要な条件だ。

綺麗ごとではなく、それは間違いないと私は考えている。



その努力が正々堂々としたものであっても、社会的にダーティーなものであったとしても、彼らはそれに真正からかい合い、努力した。

その結果だ。

巨人の星とか、キャプテンとか記憶しているけれど、ボンボンだかコロコロだかのラジコン漫画も、血豆作ってコントローラ技術を高めてた。

そして、今の子供がキャプテン主人公谷口 タカオ」に感情移入するかと言えば、それは微妙だろう。

うん、

しかし、星飛雄馬谷口タカオは野球が嫌いだろうか?

はっきり言っておくが、嫌いなことを頑張るのは、良い努力とは言えない。それは単なる「苦役」でしかない。



少なくとも、自分の中で20%ぐらい好きの成分がないと、努力継続できない。

心の底から嫌いなこと、恐れていたり、恨んでいたりすることに対しては、努力なんて継続できるはずがない。



努力する、というのは、例えば、どんなに忙しくても、自分趣味時間、好きに没頭する時間を持つとか、そういうことだ。

それだけだ。

プラモデルを作る、ジオラマを作るでもいい。

凄い模型を作っている人は努力している、苦労はしているだろうけど、苦痛がすべてではないはずだ。



あなただって、何か好きなことをやっていれば、時間が経つのを忘れてしまい、あっという間に日が暮れている、という経験があるはずだし、

そういう経験がない人は、人生で一度でいいから、そういう経験をするべきだ。



人生なんてあっけなく終わるものなのだ

明日死んでしまうかもしれない人生で、一度もそういう経験がないのは勿体ないことだと思う。



どんなことでもいい。

ただ、本を、漫画をいっぱい読むことでもいい。



好きなことを継続してください。



そして、できることなら、ちょっと苦痛なことを試してみて、自分を鍛えることにチャレンジしてみてください。



そういう鍛錬を繰り返していたら、YouTuber大学中退起業家ブログで食うとか、承認欲求くれくれ君としてウザがられなくても、

自然と周囲から認められたり、コンテスト入賞したり、公開したシェアウェアソースコードが多くの人に注目されたり、

頭角を表せる日が自然と来るはずです。



なんか怒りに任せて文章を書きましたが、この辺で失礼します。

人生の質を高める一番の近道を教えよう

オナニーの質を高めることだ。

人間人生においてこれほど手軽に気持ちよくなれることは他にない。セックス社会的成功ギャンブルもかかる手間とリターンの期待値を考えれば非常に効率が悪い。亀頭クリトリスにローションを塗ってコスるだけでいいオナニーの圧倒的コストパフォーマンスに勝る物など人生にはない。

何より自分の手を動かすことが快感につながるのが非常に脳にいい。そんなことはないと茂木健一郎が言ってきたら頭のブロッコリーを引っこ抜いてやる。自分の手で自分幸福状態に導く行為が生み出す自己効力感によって現代人に不足しがちな自己肯定感が補われ、脳が健全状態に近づいていく事は科学的にも間違いない。

だが、そこに1つの壁が立ちはだかる。それはオナニーへの忌避感だ。人間本能社会文化は子作りに無関係な性行為非生産的として敵視し続けてきた。そもそもオナニーという言葉自体が、膣外射精をしただけで天罰がくだるというくだらん言い伝え副産物なのだから恐ろしい。人生幸福を見出すことよりも、遺伝子に命じられるまま生むこと増やすことばかりを考えていた原始的風習が今なお我々を苦しめているのだ。

我々はこの「オナニーは悪である」という考えを取り払わなければいけない。それによってオナニー幸福度高まる。心の何処かでそれをしている自分否定しながらの行為というものは、何事であれ己に苦しみを与え脳や心を破壊し続けるものだ。だから我々はオナニー気持ちよくするためにオナニー肯定しなければいけないのだ。そもそも何故オナニー否定する必要があるのか。余分な性欲を処理することは脳のリソース管理家族計画を通しての人生設計において必要不可欠な物だ。前時代前例主義に我々の世代までもが合わせる必要はない。オナニー肯定しよう。そして屈託のないオナニー快楽により人生を豊かにしよう。Let'sオナニーLet's自己実現

2016-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20160920222956

中身小学生ゴミクズが何言ってんだか

しかいくら呼びかけても成功しないしなw

みんな体育祭どうだった?私は超最悪のドンケツだった件。。。。

この間の体育祭は最悪だった。

嫌でしょうがなかった100m走案の定ドンケツ。。

せっかくクラスランクで中の上を維持していたのに中に下がった感じ。

ランク維持は少しでも気を抜くと下がるから努力してきたんだけど流石に運動までは努力できなかった。。

頑張って友達付き合いしていたA子から見下されると思うと悔しいわ。。

こうなったら今度の中間テストで持ち直すしかない。

増田に書いてる暇があったら英単語の一つでも覚えなければ。。

学生生活高校時代蠱毒のような教室でいがみ合い食い合わなければならない。

そこでのランク社会ランクにつながるから

弱者は土台になり強者蜘蛛の糸を掴み成功する。

私は底辺B子のようにお人好しでもないし、C子みたいにわざわざ敵を作ることもしない。

しなやかに障害を交わし的確にルートを選んでいくの。

私は土台になりたくない

私は成功をつかむの

・・成功と言ってもゲームだけの世界だけどね

・・歴史の授業教材「古代地球文化シミュレーション

これが結構面白くて1200年前の地球で行われていた教育機関体験しようってやつ。

高校時代三年間で上位クリアすると単位が取れるからついムキになっちゃう。

ノートにとって良い点数取って友人とのコミュニケーションも円滑に、、、

うーん実に不効率古代人はとても苦労したことだろうな。

そんなの頭にインストールすれば済む話だしね。

つくづく昔の人は苦労してたろうと思う。。

君の名は。性的描写男性恋愛物を作る難しさ

君の名は。」で口噛み酒のシーンが気持ち悪いと言う話になっている。

http://togetter.com/li/1029154


口噛み酒自体は新海監督のある種のフェティシズムの発露であるというのはインタビューでも言っていたのでまぁ気持ち悪く感じる人がいるのもわからなくはない。

本来性癖は人によって千差万別でかなり慎重に扱うべきものからだ。

一方でエロは万人にほぼほぼ普遍的存在するものなのである程度の公約数的な部分を確保してしまえば多くの人間にフックするという強みもある。


新海誠監督は今まで過去作においてエロティックな場面をほとんど描いてこなかった。

その理由は私にはわからないがある種の特徴の一つでもあったと思う。

そういった点がこじらせた「童貞」臭さと言われる一端でもあった。


※ちなみに新海監督は童貞臭いと言われることを一定程度評価している旨をラジオ番組発言している。

おそらく童貞臭いという評価に内在する純粋さ・ピュアさが新海監督がターゲットにしている思春期の男女にまさにクリティカルにHITする部分だと思っているからだろう。


今回はそこから一歩踏み出し、フェティシズム一定程度健全エロさを作中に含ませようと考えたのは恐らく言の葉の庭の足フェチ描写が観客に評価されたかであると思う。

「意外と若い男女ってエロティック描写に寛容じゃん?」

ということに気づいたのだと思われる。

東宝に出した最初企画書の時点で三葉の胸を揉む描写が既にあったことが見て取れる。

ベタベタ描写、みたいなことが注釈で書いてある。


一方で性欲を丸出しにしてしまうと下品すぎて観客が引いてしまうことは恐らく既に把握していて、言の葉の庭では足を触る描写エロティックだが徹底的に崇高かつ審美的に描き下品さをかき消すと言う手法を使った。

それに対して今回使った手法ベタベタと言っているように定型的で既に出来上がった文脈手法をそのまま持ってきた形だ。

まり笑いを使うことでエロさに健全さをくっ付けることで観客が引くことを回避させようと言う手法である

まり観客にこのシーンを見て笑ってもいいんだぜ?

という言い訳をつくることで安心させようと言うわけだ。

そこまでエロくないですよ、健全ですよ。

というわけだ。


最近エロ手法を取り入れたにしてはこの辺の技巧に非常にしびれたし、単純にうまいなと思わされた。

なんとなくこの辺で瀧君を「ちょっとエッチ東京から来たイケメン」という卑近さを生み出すの成功しているような気がする。

股間に手を出すのはアウトだが、胸ならギリギリという非常に危ういラインだ(瀧が三葉の状態トイレに行く描写がないのはそういうことだろう。三葉in瀧ではあるのに)。

その他こまごました部分を含めてその辺の舵取りはかなりきっちり詰めたのだろう。

お見事でした。


しかし、この入れ替わりシーンは置いておくとして問題になっているのは口噛み酒のシーンである

特に四葉が三葉に口噛み酒を販売すれば売れる!

と言うシーンである


ここにオタク男性感性をどうしても感じてしまうと言う点である

四葉女性性的価値少女でありながら感じていることに違和感を感じると言うことだろう。

しかし、正直この点に男性性をいきなり感じてしまうというのは少々飛躍しすぎではないだろうか。

実は作中に少女向けのファッション雑誌が部屋に転がっていると言うカット存在する。

まり四葉はそういう点にわりと自覚的であるのではないかというエクスキューズをわざわざ用意してあるのだ。

あるいは三葉の言うとおり「思春期前のお子様」であるのでそういった視線知識はあるもの無頓着である

という解釈もできるかもしれない。

いずれせよ、安易一方的男性性を見出すには少々待ったをかける必要はあるはずだ。


ネット上の論評をいくつか見て回って、少し思ったことがある。

思ったのは新海誠男性であるからといった点が論評において強く作用しているのではないかという点だ。


もちろん秒速5センチメートルが強い男性目線から作品であったのは事実だと思うし、実際作中のモノローグの量はタカキの物が大半だ。その様な作品男性性を強く見出すのはわかる。

しかし、だからといって一足飛びに「君の名は。」をすぐに男性であると決め付けすぎるのはすこし早すぎる気がする。

もちろん過去作の文脈をまるごと無視するというのはさすがに無理があると思うが、言の葉の庭における雪野の描写彼女と彼女の猫女性主人公であるという点を無視しすぎである

海外では新海誠映画は男女比率がわりと均衡しているという。

一方で日本では従来の男性ファンがあまりにも多すぎた気来がある。

そのせいかどうも、評論すら男性目線から見たものが多すぎる気がする(特に上白石萌音が秒速でどちらかというとコスモナウトに感情移入したというのは示唆的だ。ネット上であまりその視点から言及した記事を見たことがない。)


女性自分性的価値認識していないというのは少々一方的過ぎるだろう。

でなければ女子中高生アイドルがいることの説明がつかない。

女性受けを狙ってアイドルをやっている人もいるという説明もまぁそういう人もいるだろうが、皆男性から目線意識していないなどというのは少し純粋性を女性に求めすぎだ。

特に三葉が口噛み酒販売に対して斜め上の回答をしたのはまともに回答するのが恥ずかしいからであり、それは三葉に対するジェンダー的抑圧の強さを示している部分でもあると思うし、「イケメン男子にしてください」という台詞もつながる。

わりと重要な部分だと思うので安易監督男性性に固執するのは危険だと思う。


勅使河原の口噛み酒の部分もあれは作品メッセージではなく勅使河原認識とみなすのが相応だろう。

同じ縁故に縛られた立場として土着にまつわる行為否定されることにある種のシンパシーから擁護であるとも取れる。

※つまり必死こいて神事を行ってるのに友人まで否定するのは酷ではないかという同情的心理。縛られていることに息苦しさを覚えていながら糸守に愛着があるという描写を事前に行っているのはその辺の示唆なのではないか。三葉がどう思うかは別である

日本死ねの時のおときた瞬忘れられない

http://anond.hatelabo.jp/20160928090959

さすがブログ議員誰よりも早くキャッチアップしたんだが

保育園増やしてもその分入園希望者が増えて待機児童率は変わらない(だからムダ、やりたくない、シッター制度とかをやろう)」

みたいなこと言ってて「はあ?」ってなったな

そんでおときたは一番乗りなのに存在感を示せずあの件では全く目立たなかった




別にこれおときた叩きじゃないからね

でもあのおとき発言重要だと思う

あの発言てすごい役人臭いというか、でも地方議員感覚漏れ出てるんじゃないの

ときたはやる気はあるほうの議員だし、基盤が無いから動く方、だとおもう




そいつにとってすら保育園環境改善あんまりやりたくない仕事だと

何故か?

なんか保育園行政って手を打ったあとの効果計測を「待機児童率がどれだけ下がったか」で測ってるんだね

保育園増やして入れる子を増やして、その分無理して働いたり祖父母に預けたりアップアップしてた親が待機に回ると

状況は改善してるのに「待機児童率が下がらなかった、効果なし!」ってなって

手柄ゼロどころか責任とわれるんちゃう




このわけわからん行政エラーいい加減解決しようって議員現れないのかね

成功させてネットやら使ってアピールすれば支持はついてくると思うんだけどね 待機児童率変わらなくても

オタク議員みたいなワンイシューでもいけるよ

ネットストーカーごっこ

Twitterフォローしている有名クリエイターさんがとある局所的な現象についてつぶやいていて、

そこからうちのかなり近所(少なくとも○丁目が同じくらい)に住んでるんじゃないかという疑惑が湧いたので、

ログを掘ってどこのマンションに住んでいるかを正確に割り出そうと頑張ってみた。



窓の外などの景色写真は上げない人なので画像から場所を割り出すのは諦める。

が、ほぼ家にいて周辺のことをよく呟いているのでそのあたりから探してみることにする。



「閉店」でTwitterログ検索

→閉店になった近所の店のことが閉店時期の頃に書かれていた。やっぱり近所の人だなとちょっと嬉しくなった。



ローソン」「ファミマ「セブン」コンビニ」などでTwitterログ検索

→突出した情報はなし。まあどのコンビニも徒歩5分圏内だしね…。



マンション」「事故」「火事」「事件」でTwitterログ検索

→住んでいる部屋の階数、隣の建築物、窓から見える物などの情報をゲット

→近隣で怒った事故火事事件などの発生日時情報を何件かゲット



警察サイトにある事故発生マップ情報を調べると、記述通りの日に事故が起こっている。

事故の起こった場所と部屋の階数や隣の建築物、窓から見える物と照らし合わせてマンションの割り出しに成功



…うちから200m位先のマンションだったよ。

めちゃくちゃ近かった。



おしまい

2016-09-27

成功したら負け組はやんわり切ろう

これ常識

嫉妬と妬みで大変なことになるぞ。

いかける恋愛に慣れていない

今までの恋愛は全部追われる恋愛(=女性からアプローチ)だった。

反面、追いかける恋愛は実は一度も成功したことがない…。

いかけ方を知らない、習得できなかったともいえる。

男として、オスとして、力がないも同然だな。

人並みの恋愛結婚願望はあるが、現在すでに30代半ば、この先望みはあるのだろうか。

一度でいいか自分が「この人!」と思った人を自分の手でつかまえて、ずっと大切にしたい。

1つも上手く行かない

子供の頃から付きまとうこの考え

 

恋人もできず

金持ちにもならず

仕事も忙しく

成功もせず

名声もなく

趣味も充実せず

家事も上手く回らず

友人も充実せず

エロも充実せず

気分も落ち込み幸福度も薄い

 

せめて何か、1つでいいか解決してほしいとずっと願っているが

それぞれが非常に難しいものだと思う

全て達成するなんて夢のまた夢だ

 

ところでこれら、難易度を考えるとどうなるだろうとよく考える

恋人、金、多忙成功、名声、趣味家事、友、エロ幸福度

 

1人でも達成できること:趣味家事エロ幸福度

誰かに左右されること:恋人趣味家事エロ幸福度(金)

みんなや社会に左右されること:金、友、多忙成功、名声、幸福度

 

実はこの順に難しくなるのではないかと思う

趣味なんかは1人で盛り上がればいいんだから難易度は低い

恋人は(陰キャ的には手の届かない存在に思えるが)どんなクズでもたった1人認めてくれる人が居ればいいので難易度は低めだ

逆に、金や多くの友人、時間、名声なんかは非常に努力必要難易度が高い

 

そして、難易度の違いはあるがお互いがある程度独立しているのも面白い

何かがあるから、他の何かも得られるというのは、無くはないけど多くはない

コストを使って金を得た者でも、他が疎かという人は居る

全てがある程度揃ってるやつは人間力バランス力が凄まじいんだろうなと思う

 

逆に負の連鎖があるのも面白い

何か1つが圧倒的に足りてないと、他が引きづられる

全部の要素を落としていくのは意外と簡単なんだ

 

から「せめて何か1つでも」とよく思うが、0と1とには大きな隔たりが有り

まりいい加減にそろそろ死ぬべきだって思うのだ

須田慎一郎氏の講演会メモ。今のアベノミクスは「質より量」だそう。

須田慎一郎氏の講演会があって聞いてきたんだけど、いやあすごかったわ。プロはやっぱりすごい。

ツイートはするな言われたけど(もちろん冗談だと思うが)増田ならいいよね?国会にも出てるし。そこでプロはすごいと思った2点を話す。

政経の専門ジャーナリストすごい

自分政治経済にはそれなりに興味をもって接しているから、いろいろな経済の動向を知っているつもりでキーワードは抑えていたんだけど、ぼんやり認識していた部分をここまで分かりやすく端的に表すのは流石プロだわ。年間100本こなすらしいから、当然といえば当然だが。

納得したところ

と言うことであった。

正直、アベノミクスが第二弾になって、そういえば失敗失敗と言われている「トリクルダウン」が確かになくなった。その後、経済対策はばらまき系になった、と認識していたのだが、須田氏の見立てでは、新しいアベノミクス本質は、一般に、と言うか、少なくとも自分がは福祉政策だと考えていた一億総活躍社会の方にあると言う。

一人当たりの給与は伸びない。トリクルダウンが起きないのなら、そういった「質」の向上よりも「量」として、世帯収入を伸ばそうとしていると言う。

なるほどな、と思った。これは安倍首相が再三唱えてきた「イエ」を重視する姿勢にも沿っているし、なるほど分かりやすく腑に落ちる分析に思う。

今までぼんやりと考えていたことが、ひとまとめに繋がって腑に落ちた感じで、流石政経専門家だと思った。

これが政策として良いかというと色々と議論は有り、突っ込みどころとしては

などがあるが、これはこの日記本質じゃないのでとりあえず置いておきます

ヤクザ専門家じゃないんですね(途中でご本人もネタにしてたので)

時事問題講演会プロすごい

年間100件以上の後援会をこなすという須田なのだが、一番最初に掴みからはいって、枕の「やわらかい」話から始まる。

そこで、楽屋裏のような話や、親友と言う他のジャーナリストの方、さらにはこの金がなさそうな講演会のギャラまでネタにして、上手いこと話を混ぜていく。さらに受講者の年齢層や、反応などを見ながら話を組み立てて言っているらしい。

落語のつかみみたいな。

一応原稿っぽい話が入ったクリアファイルを持っているのだが、それを広げた形跡がない。パワーポイントなども使わない。ただ、前に立って喋るだけ。これは講談師落語家に通じるモノがある。トリクルダウン説明をするときちょっとだけ水を飲んで見せた以外、途中で水分の補給もせず、90分喋りっぱなし。

眠くなって眠っちゃうひとがでる、と言う講演会あるあるや、会場の人たちをちょっとずついじる姿なども、漫談家というか私はちょっと綾小路きみまろ氏みたいなプロ司会を思い浮かべた。

もちろん、内容は先ほど書き出してみて気づいたのだが、結構堅い話なのだ。きちんとガチ経済の話。それを引き込ませて、満足度の高い内容をやるというのは流石プロという感じである

また立ち振る舞いもなれたもの。100件もやってりゃそりゃもう、と言えばその通りなのだが、実った稲穂ほど頭を垂れるとはよくいったっもので、きちんと周りに配慮をしており、いすを引いてくれた係の一にちょっと挨拶をしたり、公演の最後には深々と頭を下げて回る様子なども、印象に残る。

そして講演が終わったら、のこって妙なことにならないようにさっと退くなども見事だった。

また、正直それほど大きな影響力のある寄り合いでは無かったし、おそらくギャラなどはネタになるぐらい安い(と言うか、半公的機関みたいな団体なのでめっちゃ安いはず。はてな話題になったら総叩きになるぐらい安いはず)のに、きちんと最後交流会まで出席していくのである

いやあ、そもそも顔が怖いひとだから、ひとよりきちんと丁寧に礼節を尽くしてこないと誤解される感じだったのかなとか余計な事まで思った。俺もそう言う感じなので見習いたいと思う。

結論

プロってしゅごい。

実は予習で須田氏の本を買って読んだのだが、おそらく客層で変えてきたのでずいぶん印象が違い、「需要に応える講演」って自称されていたけど流石だと思った。

惜しむべくは、自分はすでに電子書籍派であったため、買った本は裁断して自炊してリサイクルしてしまっており、サインをもらい損ねたことだ。つうか交流会出るとか思わなかった。こういうひとさっさと帰るイメージがあったのに。こんなことなら2冊買ってサインもらえばよかった。

2016-09-26

風俗店店長なると月収100万って見たんですが

マジ?

転職して成功した人いる?

今は手取り15万のビルメン

君の名は。成功功労者として川村元気名前をよく見るが、

血界戦線オリキャラで兄妹の悲恋がやりたいだけの物語意味伏線も解せぬサブカルクソ女にやらせ台無しにしたのは絶対に忘れんぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20160926143656

仲里依紗結果的成功たからええけど、ワイ主演のアニメ映画は興収1億越えるなんて予想してへんかったで」

恋愛コンサルタント(笑)

40にもなってできる事が若者への恋愛セミナーってどんな人生歩んできたんだろう

80の爺さんのものをしゃぶってる方がよっぽど成功しそうだけどなー

アニメ劇場で見る時代

君の名は、が凄まじい興行成績となっている。

これは普段から映画アニメ積極的に見ていない層まで取り込んでいるからだそうだ。

こうした現象は往年のジブリ映画でよく見かけた。

  

確かにプロットも一捻りした謎要素があり、しかし決して難解ではない(見る前からある程度オチが予想できる)

加えて男女の恋愛も盛り込んでいるのだから女性も話に入り込みやすい。

  

で、だ。

この記録的大ヒットがもたらす今後のアニメ道筋はなんだろうか、と考えた。

主流はやはりTVだ。深夜アニメの数は膨大に膨れ上がっている。

TVアニメの続編、あるいは総集編といった形での映画化結構ある。

ただそれはTVアニメという土台があり、見てくれる信者がいてこそ、採算が取れるからGOとなった。

  

かたや君の名は、はどうだろうか。

新海ファンはいただろうが、限りなくオタク層だ。

宣伝がうまかったにせよ、監督のことを知らなかった人も多いはず。

信者以外の人を大勢動員したことで、つまり単発アニメ映画で採算が取れる可能性が見えたのではないか

  

深夜アニメはもう群雄割拠時代で、時間も人手も足りない。

でも視聴者は高いクオリティを求める。

崩壊寸前の現場は、君の名は成功を見て、劇場で見るアニメ可能性を模索し始めているのではないか想像した。

  

そもそも発声可能上映だとかペンライトがんがん振りながら見るとかある種の「異空間」を演出できるのが、今の映画館の強みだ。

3Dだって4Dだってアイマックスだって可能性はてんこ盛りんぐ。

  

ニコ動コメント打ちながら見るのが新しかった時代は終わった。

これからは、誰かと同じ空間で同じ興奮を味わいながら楽しむ、「ライブ感」が重要になる。

そこにアニメはうってつけだろう。いくらだって演出できる。

  

君の名は、はそういったライブ感とは違うけど、皆が見てるから俺も私もという連鎖に入っている。

この同調感というか一体感への飢えはやっぱり大きい。

  

オタクはもう引きこもっているだけじゃ物足りなくなってしまったんだ。

そして制作側も、あわよくば一般層を引き込める劇場アニメに魅力を感じるかもしれない。

からここ数年のうちに深夜アニメが減って、劇場アニメが増えると踏んでいる。

※まったく制作の懐事情は知らずおそらくだろうと多用してしまうくらいの側の一意見

learning something new

かつてはコルバートのやつやモンスターのやつを読んでも理解できなかった

概念だが

ここ数日数週間の読書集中的な取り組みのおかげで

大枠は理解できたし

使える方法でありそうなことも

分かった。

けむに巻ける結果が出てくるので、

立ち上げに成功すれば

長期間安泰ではないか

2016-09-25

87CLOCKERS感想とか

まぁネタバレみたいなものもありますので。




二ノ宮知子先生の『87CLOCKERS』の最終巻になる9巻が出たんですよ。

うーん。何だろうなぁ。このオチはと。

この作品は確実に途中まではまぁ面白いと言えると思うんですよ。


しか最後に87の種明かしが、あっさりと流れて

世界一になったら」というフックも

伏線として成立せず。

 

結局、成長したのは泰君だけかと。

いや、ぼっさんという成長しかしない様な小太りのキャラもいるんですが

もう、なんかその辺も中途半端だなぁっと。


話の構造的には、

ミケのOCサポートの次は、

駆け出し音楽家サポートっていうのに才能を開花させる

ハナっていうのがきれいなオチでしょう。

もちろん他にも色々とあると思うわけです。

実際のところは、そうした色々なパターンを考えた上で

二ノ宮先生が選んだ結末なわけで作家性としての選択だったと思うのですが、

それにしもはなんだかなぁっと。


実際、最終話に近くなると、

迷走しているなぁという印象は強いわけであります

例えば話をまとめるためにジュリアというキャラクター

最後唐突に復活するわけですが、

もしジュリア登場が既定路線であれば、

なんかよくわからないまま解決した航空券が手に入らない話なんかに

ジュリアをぶち込んでただろうなぁと。とか思うわけです。

 

 

まぁミケのところに戻るにしても、

例えばハナがpcメーカー就職して、

広報担当ocチームマネージャー

ミケを飼いならそうとする形というような

成長と変化があってもいいと思うんですよ

そうすることで、

これからも話がどんどん前へ話が進んでいくのだろうな

っていう終わり方になったと思うんですよね。

 

 

登場人物が抜けていって

劣化したリフレインで終わらせるのは

いかがなものかと。

 

この辺は作品論の話になってくるのですが

これからコンテンツ電子化されていく時代

作品の消費のされ方や、読み方も単行本買いってのから

読み放題とかいうの現れているわけれで

「読み返される」という事を念頭に置いたコンテンツ作りが

ますます重要になってくると思うんですが

 

また読み返したくなるコンテンツという面において、

87CLOCKERS』は9割9分成功しそうだったのに、

最後最後ミスった様な気がして

大変に"惜しい"と勝手に思っていたりするわけです。

はい。1人の読者の勝手な思いですよ。

 

  

 

 

 

 

いや、本当のことを言いうとですね。

そんなこたぁどうでもよくて、

このままではぼっさんが、

まりにも不憫なような気がするのですよ。

 

最後に無理やりジュリアを出すのならば、

何故小太りなぼっさん放置するのかと。

 

 

というわけで、二ノ宮先生には、

ぜひとも小太りなぼっさんを中心とした

番外編を書いていただきたくどうぞ一つ。

 

 

まぁ小太りな私しか喜ばないのかもしれませんが。

友人に一人、めちゃくちゃ女子モテる奴がおる。

女子不自由したことがないふざけた男。

仕事もめちゃくちゃ出来る優秀な男で会う度に違う女子を連れている。時には複数だ。

その男が40過ぎて女子に飽きたらしく、「最近の俺の理想の女は『進撃の巨人』のミカサ」と半ば本気で言っている。

富裕層愛人遊びに飽きた人達

いづれAI搭載の愛玩ロボットに興味を持つと言う予測もあるけれど、あながち大きく外れていないとも思う。


恋愛効率化しているから、未来の変化はやはり面白い。今のところ、脳科学では、脳の認識反応にはリアルバーチャル区別はないとか。

オスのマウス自分単細胞だけから妊娠する実験成功した時代もの

価値観も大きく変わって行く。



女は優秀な男の遺伝子をもらって妊娠するがよろしい。

SEXや結婚もっと自由になればいい。

経済的女性が自立するのが当たり前になって、つまらん仕組みにとらわれないようになればいい。

あるいは逆に、徹底的に富裕層大人に養ってもらえばよい。

家族なんてあほらしい。私は家族に何のいい思い出もない。さっさと家族制度なんて崩壊してしま

ホワイト研究室だけど研究死ぬほど嫌だ

大学研究の話。学部4年

現状と環境

研究室に行くのがどんどん嫌になり研究室に行く時間も減っている

研究室鬱についても調べることが増えた。

研究室自体ブラックでは全くない。むしろホワイト

コアタイムは無いし、毎週の進捗報告も特に進展が無ければ「特に進捗ありません。~している途中です。」で済まされる。

ネットでたまに見る教授や先輩が横暴といったこともない。

研究が嫌な理由

研究が嫌な理由を考えてみた

  • 単純に研究が進まない

就活が終わってから研究を本格的に始めたが、正直最初から何をすればいいのか全然からなかった。

からないことがあれば教授や先輩に聞かなければいけないのだろうけど、自分研究テーマは先輩たちとは多少分野が違ったので

必然的教授にに聞くことになる。

自分所属している研究室教授質問をしにいくと、まず「君はどう考えているの?」というように聞いてくる。

それに答えるとさらにそこからかい部分について同様の質問が出てきて突き詰められる。

学生に考えさせたいという意図はわかるのだけどそれがプレッシャーとなり教授質問をしに行くのが怖くなった。

質問をする前に考えをまとめるが当然わからないことがあり、でもそれを質問するのは怖く考えがまとまらない…という

悪循環になっていった。

こうなってからは何もかもうまくいかない。

からないことがあっても質問しないのだから当然である


研究室に仲のいい人がいないということもつらい要因の一つになる。

研究室の同期は俺に対してはビジネスライク関係で、仲が悪いわけじゃないけどそんな気軽に話したりはしない。

俺以外の同期は元々仲が良かったため普段から話してるけどその輪に入れない。

研究室にいるときは基本話し相手がいなく、もくもくと研究を行っているのだが案外それが辛かった。

考えがまとまらないし話す人もいないのでストレスが溜まっていく。


  • 迷惑をかけると感じることが多い

実験をするときには自分以外に先輩を一人ついてきてもらわないといけない。

実験は3時間ほどかかるので先輩の時間を取ってしまうのが申しわけないと思い実験をするのを躊躇してしまう。

研究っていうのはそういうもんだし仕方ないとは思うけどこの感情は消えない。

この前の実験は失敗してしまいまた同じ内容の実験で先輩についてきてもらわないといけないのが憂鬱だ。

研究が進まず迷惑もかけて、自分はいないほうがマシじゃないかと思う感じる

比較的結果の出しやすテーマ教授に言われて今のテーマにした。

ハード系の研究だが、シミュレーション系の研究の方が向いていたように思う。

またテーマ自体もあまり意味のある研究とは思えない。


精神状態の変化

研究がうまくいかずに自分精神が変わったと思うことが3点ほどある

本当に研究が原因かはわからないけど

  • 行動しにくくなった

慣れないことや新しいことをし始めるとき、うまくいくか不安先延ばしにすることが多くなった。

頼みごとや質問をしに行くとき不安になる。

実際に実験の準備不足やメールの誤字などミスが増えている。

この日記もどっかしら間違えてそう。

調べてみたら予期不安というものらしい。

対処としては小さな成功を積み重ねていくようにするといいらしいが、研究で小さな成功すら思いつかない。

家にいてゲームをしているときに、こんなことをしていていいのか、もっと実のあることをすべきじゃないのか。

無駄なことをしてはいけない、というような気持が出てくるようになった。

でも何をすればいいかはよくわからないまま。

  • 思ったことがそのまま口に出るようになってきた

ネガティブワードや人を馬鹿にしたり茶化すようなことが頭に浮かんだら

静止できずに言ってしまうことが増えた。


今後どうなるんだろう

研究が始まってから研究関連でうまくいってることなんか一つも無い。

研究室選び、研究テーマ選び、研究室内のコミュニケーション研究の進め方のすべてを間違えてしまった。

別の研究室テーマならうまくいったのかと考えるけど、結局同じ道を行く気もする。

いまはただ卒業研究が終わってほしい。

でもこの程度でこんなにつらくなる俺に仕事は進めていけるんだろうか、この反省を活かせるんだろうか。

iphone7復元の罠2つ

◆古いパソコンだと復元できない。

うちのmacは古かった。

(1)

iphone6を「古いmac」でバックアップ

iphone7指す

認識されない

(2)

近所にSDカード32GB買いに行く

バックアップデータSDコピーする(1時間弱)

バックアップデータwindowsコピーする(1時間弱)


◆別のパソコンだと復元してもアプリが消える!?

(1)

復元する(1時間

奇跡的に?成功

アプリが消えている!

ビビる

調べる。

バックアップときosバージョン復元したOSバージョンが違うと消える!?

(2)

ちょっまて!もう一度だ!

復元までの間に使ったから、上手く同期されなかったんだよ(笑)

オールリセット

復元(1時間

やっぱり出ねーwww

検索する

アプリデータはちゃんと復元されていて、アプリがないだけ?

itunesの購入済みからダウンロードしておけば、同期できる……

おいおいおい」

アプリダウンロードする(1時間

おーーーーーーーーーっ!!

ふっかーーーーーーーっつ!!!!!!

パソコンが古かったせいで、超遠回りをさせられてしまった。

復元までに、6時間ちょっとかかったじゃねーか。

古いMacで取ったバックアップファイル

SDカード

Windows

で使えるって記述は見当たらなかったので書いておく。

復元されるかめちゃ不安になりながら、待ち&クリックをする一日だった。

映画聲の形』は商業的なマイナス要素を極力排除して再構成することで売ることに逃げ切った作品

観終わった最初感想は、漫画聲の形』が映像化されないことを確信したショックだ。

 

まず先に断わっておくが私が言いたいことは原作を崇めて原作未読者や映画馬鹿にするといった内容ではない。

映画製作に携わる人間が『聲の形』をどういったつもりで再構成したのか、

またその再構成の結果として商業的な成功を収めたことや、

そのせいで映画聲の形』(以下、映画しか漫画聲の形』(以下、漫画)に触れていない多くの人に誤解させてしまったということ、

そしてこの世で漫画聲の形』が漫画聲の形』という作品しか伝えられなかった、他のラブストーリー青春物語ではできなかったこと…映画からは外されてしまったことについて触れる。

この日記を読んで少しでも漫画に興味を抱いたのなら、漫画にて『聲の形』というコンテンツを全て消化すべきであり、

本当の答えを噛みしめ、確認しなければ作品聲の形』には全く触れないで人生を終えるといっても過言ではないと言っておこう。

これはステマではない。

なお漫画ネタバレになりかねないよう、これから漫画を読む人間にとって害にならない程度に極力抑えるつもりだ。

これはステマではない(繰り返し)。

 

そしてあくまでも日記なので読みづらさや誤字脱字などは勘弁してもらいたい。

 

制作スタッフが行った再構成とは

単純に2時間半に収めるには物理的な無理があったため、大幅にカット再構成されている。

その点だけでも漫画映画は全くの別物と言っても差し支えない。

しかしこれは映画1本に収めるという制約上仕方のないことで、これに関しては特に言及するつもりはない。

要は、漫画が伝えたかった要素をコンパクトにして映画で伝えられたらいいだけだからだ。

まり、私が問題にしているということはその再構成漫画が伝えなければいけなかったことを大部分が外されているからだ。

 

制作スタッフ映画を見に来た観客にできるだけ「負の感情」を強く抱かせないように気を使って再構成している。

分かりやすく言うと「なんだよこのクソ鬱映画!!」みたいな感想にならないよう、できるだけイライラ不愉快になるような要素や、

生々しい要素をオミットしている…その商業的にも負になりかねない要素たちだけ、

この映画への梯子が外されて下に蹴落とされている…といったイメージだ。

漫画では読者の心をえぐってくるような要素が宝石箱のように詰め込まれている。

主人公石田にともすれば殺意を抱かせるだけの強いクズ描写がされており、

小学生時代石田を無条件に悪だと読者は強く確信でき、そこに同情の余地もなければクラス手のひら返しにも憤慨するだろう。

映画ではかなりあっさりと流されていて、このせいで不快な思いをだいぶ軽減されているが、

石田の「俺は清算して死ぬべきだ」という気持ち映画視聴者に軽く受け取られやすくなってしまった、薄っぺらく見られやすくなってしまっている。

漫画の特色として、読者の暗い感情をこういった不快いじめや生々しい描写で刺激しつつ、

当事者である石田がどうやってそれを乗り越え、まともに生きることはできない、けれど死ぬこともできなくなったところを出発点に歩き出した、

というのが最初石田西宮出会いで、だからこそいじめた本人である自分友達になろうとするという不条理を進まなければならなくなったという経緯がある。

まり最初の死への渇望とその道を閉ざされた石田心理描写を読者に刷り込ませるためには、

石田所業が到底擁護できないくらい行き過ぎた描写であることが『聲の形』という作品には不可欠なのだ

それを見た読者の底にドロドロと横たわりだした感情を燃料にして、出会いが種火となり燃えながら、時には火が消えかけながら、それでも何とか大きくなろうとする炎の様子が、本当の『聲の形』の姿だ。

作品として、「読者(視聴者)の負の感情」が必要なのだが、これは前述したとおり耐性のある人間を選んでしまうため商業的に足かせともなりかねない、

判断され軽減・外した、というのが制作スタッフ再構成で行ったことだ。

ピンと来ないなら激辛だと食べれないから中辛にした、ということだと思って欲しい。

そのおかげで結果として極力不快要素を外し京アニ作画力とキャラの可愛さで万人が食べれる作品へと変化し、

商業的に成功を収めることができ、映画映画として勝利した。

映画聲の形』は売れることに邪魔になる重りを捨て去り新品のランニングシューズを履いて走り抜けた。

でもそれは漫画が這いつくばってたどり着いたところとは違うゴールであり、

その漫画がたどったコースとゴールは今後二度と映像化され現実化されないということを確信し、制作の手腕の勝利も同時に確信し、私はショックを受けた。

 

映画だけを視聴して誤解してしまった人々

帰ってレビューに目を通すと、やはり石田心理描写が把握しきれていなかったり、

よく分からなかったという感想もちらほらと目立った。

障碍者としての西宮葛藤や苦悩もかなりあっさりされているので重いテーマだったという感想はありつつも、

そこから広がりを感じるような形としての感想が出てこず、実は何も考えさせられてないというのが観察できた。

西宮がなぜ笑い続けなければいけなかったのか、西宮がなぜ思い詰めてしまったのか、

石田も同様になぜ最初に思い詰めて、それでも西宮と違い諦めなかったのかということに説得感を出すためには、

やはり前述した「読者の中に生まれたドロドロとした暗いもの」を燃料にするための不快要素がオミットされたことが原因である

 

聾唖の人たちから意見も、この不快要素オミットのために発生した説明不足、その他ところどころに出てきてしまった脈絡のないように見える行動もこのオミット行為副作用となっている。

から必要なのだ

聲の形』という作品を完成させるためには必要な要素だった。

ただ、それは商業的な成功には必要なかったし、事実それで勝利を収めてしまった。

これは作品の特色であってもビジネス上で不利益とみなされたものは無かったことにしていいという資本主義思想に対する芸術創作の完全敗北と言い換えてもいい。

とにかく大多数に対して理解されやすければ、消化しやすコンテンツであるならばいくらでも特色を消してしまっていいという姿勢だ。

それに深く静かな絶望を覚えたのは、漫画既読組には少なからずいただろう。

家に帰ったあとそれは視聴した沢山の人のレビューを読んで感じているかもしれない、私みたいに。

一体、映画を見た人の何割が石田自分を重ねることができたのだろうか。

嫌な汗はかくことができただろうか。

 

漫画聲の形

漫画の『聲の形』は、一度死を望んだ石田自分が行ったことを思い知らされ、なおかつ死ぬという逃げ道すら断たれたことで、

前を向いて、半ば仕方なく、半ばやけくそで行動する・西宮友達になるというスタート物語が始まる。

石田のやったことがどれだけ許されないことなのか、また当時の登場人物たちが流され、無力で、愚かで、間違えてきたことが心をえぐられる程度に描かれている。

この最初の導入でしつこいまでに鬱要素をぶっこむことで読者は自分過去やってしまった罪の意識を思い出し、無意識石田に重ねる、石田は読者の暗い過去だ。

今風にいうと黒歴史人物化したキャラクターとしてこれで形作られる。

過去が黒ければ黒いと形をはっきりしてくるキャラクターだ、それは視聴者の闇の色と同じ色をしているからだ。

それをやらなかった映画石田に対する感情移入がバラバなのは、つまりは、その黒歴史へのアクセスが不十分になってしまたからだ。

普通、そこまで思い返すほどのトラウマ黒歴史を持つ人間は少ないので、

その場合石田に代行させて罪の意識を増幅させるためにも石田のやったことは大きく描写されていた方が感情移入のためのパイプを築ける。

 

そして、死ぬことを閉ざされた石田が、つまり黒歴史から目を背けずに、常に意識して生きなければいけなくなった「あなた」は、

どうやって生きていけばいいのか、どう周りと接していけばいいのか、取り返しがつかない過去石田あなたはどう向き合っていけばいいのか。

それが『聲の形』の作品としての本質だ。

決して障碍者と涙ホロホロ最後ハッピーなだけの作品ではない。

石田黒歴史を貼りつけながら歩き続けるプレイヤーとなり、読者は過去が脅かすことに石田と共にドキドキしながら、辛さを共有しながら、

最初不快感を感じていたはずの石田自分に、いつしか何とかしようと奔走する石田応援しだす。

過去は取り返しがつかないかもしれない、

けれどこれから西宮未来は泣かせないように行動することができる。

それを問いかけてくる作品なのだ

それが『聲の形なのだ

 

過去の追跡がどれだけ辛く暗いものなのかが、このテーマを重く受け止めるために必要な手順だ。

ところが、何度もいうがこれをオブラートに包むか削除してしまったため、このテーマが盛大にぼやけてしまった。

漫画では西宮の家庭環境小学校教師との再会や映画作り、いてもいなくても一緒だった真柴のちゃんとした存在意義など、

この暗さと前向きにもがく様を描くための要素が何度も繰り返されている。

その最後の結末が、読者のこれから背中を押す形で終わっている。

生き続ける石田現実に生きる私たちへの、エールへと繋げられている。

それが『聲の形なのだ

 

そしてそれが他のラブストーリーにできなかったことで、『聲の形』だけができたことだった。

他のラブストーリーに、何とかしようとして上手くいかずに古傷をえぐらせるような真似をして、

それでも読まざるを得ないという状況にもっていけるだけの能力がない。

「これはどうなってしまうのか?(他人事とは思えない感想)」と思わせるのがこの作品面白さでもある。

 

聲の形』にとって障碍者という要素はいじめの歴史を作るためのただの道具の1つに過ぎず、それが本質ではない。

本質は、変えられない過去と変えられる未来、そして過去を受け入れるというこの3つの要素だ。

消極的に変わらざるを得なかった石田が変えられない西宮を救い、

一緒に変わっていこう、と2人とも前向きになるという完全に内面の話なのだ

そして変わりたいけど変われなかったという気持ちの重さ、辛さ、ドロドロした暗い時間の積み重ねを描き切ったのが漫画だ。

読んでいる人間石田の状況に嫌な汗をかき、そして小さくホッとする作品なのだ

その作品映像化はできていない。

できていないのに、商業的に成功している。

 

変わることの重要性を訴えた作品が、

そのメッセージの大部分を消失しながら、

大ヒットをしている。

 

まず私はその現実に立ち向かわなければいけない。

そう、思った。

 

…私はこの映画を予約するのに3時間かかった。

ネット予約操作方法が分からないのではない。

映画館聲の形から心をえぐられることに2時間半耐えられるか悩んだからだった。

ところが実際は、別のことでえぐられるとはそのとき私は思いもしなかった…

いまだ根強い「本当はSTAP細胞はあった!」説がやっぱりおかしいこれ

いまだ根強い「本当はSTAP細胞はあった!」説がやっぱりおかしいこれだけの理由 | ハーバービジネスオンライン

生物系の科学者の人が書いてることだけど、

こういう中途半端意識を持った科学者発言STAP細胞問題を余計に間違った方向に持っていってるんだと思う。




生命科学専門家の間で「STAP細胞存在の真偽」についてはまったく話題にならない。それは、論文が取り下げられた時点で研究実体がなくなったとみなされるからだ。その一方で、現在、小保方氏の支持者を中心に、STAP細胞存在を信じる非専門家の人々は、少なくない。

という部分はおそらく言いたいことは正しいんだけど、

その後にドイツ実験結果報道に関する事を言っていて、

その中でドイツの結果はSTAP細胞の作製に成功したことを主張しているわけではない、としている。




言ってることは正しいんだけど、こういう、STAP細胞が実際にあるかどうか、ということと結びつける事自体

無意味なことだ、ということをしっかりと伝えるべきで、ドイツの結果が成功たかどうかに言及すること自体一般の人への誤解を招く。

これを書いてしまうと、じゃあドイツ実験がもし仮に成功してたらどうなんだ?という議論をしたがる人が出てくるわけで。



極端な話、彼女が本当にSTAP細胞作成成功していたとしても彼女の罪は消えないし功績は得られない。

まず、論文としてあれだけの嘘や不正を盛り込んだ物を書いてる時点でその成果が100%正しいものだったとしても解雇並の処分を受けるレベル

特に医学生命系の研究では「たまたま発見された様なものは山ほどあり、それを科学的に理解して利用出来る事に価値があるわけで、

よくわかんないけど気づいたら出来てました、なんてのは何も意味がないし、ましてやそこに嘘を記述してこうやって作れる、なんて言うのはただの不正しかない。




彼女の罪はSTAPが出来た、と嘘を付いたことではなく、あり得ないほどの不正を入れ込んだ論文を発表したこと、ということをきちんと認識してもらいたい。

2016-09-24

理不尽な責められ方をしたので書く

先輩の仕事の分担分が全然進んでなくて、その部分が終わらないと自分の分担が終わらないので、

「じゃあ自分やりますよ」といって自分が進めることになったのは良かったんだけど、

その数時間後の週一の進捗会議で、その先輩に「この分担部分は、キミの担当だよね? まだ終わらないの? いつ終わるの? まだキミの担当箇所いくつかあるみたいだけど?」と責められた。

いやいやそんな受け取って数時間で終わるようなものじゃないでしょうが

というか、そもそも先輩がやってないから引き受けたのに、なんで俺が遅れてることになってんの?

何ちゃっかり「自分は全部終わらせましたー」みたいな顔で責めてきてるんだよ。

そんな感じのことを言い返そうかと思ったけど、時間無駄からやめた。

やる気なくなったー。

どうせ成功しても失敗しても給料変わらないし。

から絶対、余計なこと言うのやめよう。

そういえば、なんかこれ社運がどうとかいうのも聞いた気がするけど、どうでもいいか

仕事会社が一緒に潰れても。