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2017-05-24

資金調達より人材調達の方が難しくね?

ITベンチャー界隈にいると特にそう思う

 

資金調達はがんばればできるし、コンサルも居る

何よりゴールが「調達できた」だからわかりやす

 

人材調達の方はもっと難しい

がんばっても時間掛かる

コンサルコンサルのくせにそこまで専門領域に詳しくない

良さそうな人を入れても、本当に良いかわかるのは更に時間がかかる

チーム単位で考えるともっと難しい

 

でもITはまだいい

フリーランスとか居るし、大金払えばそこそこに人は見つかる

他の業界は更に難しいね

 

人材不足とか言うけど、単に人材調達が難しいんじゃないの(あるいは、近年仕事専門性が高くなりすぎて、より難しくなっている)

 

とおもいました(こなみかん

2017-05-22

「俺メンヘラホイホイだからさーw」

「俺メンヘラホイホイだからさーw」などとうそぶく男性自分精神がアレ、という事実はとうの昔に「バレンタインチョコ会社陰謀レベル常識として国民に広く認知されているかと思っていたのに!

ここ最近「俺メンヘラホイホイw」アピール複数方面から続けざまに喰らったのでツラい気持ちになってる。

ちなみにこの場合メンヘラとは「自己肯定感が低く不安が強く情緒が安定しない女性」くらいの意味

自称メンヘラホイホイ」には二通りのパターンがあると思っている。

1…不安解消マシーンでお手軽ヒーロー

いわゆる自己肯定感が低く、不安が強いタイプ女性に惹かれやすい。なぜなら不安が強い人は常に「不安です、不安です、不安です!」と解消して欲しい課題提示し続けてくれるから課題が見えやすいので「自分でも彼女を救えるかも」という気持ちになる。「彼女となら俺はヒーローになれる」と甘い気分にもなれる。

裏を返せば、常に彼女不安を解消することで、役立ち感や居場所感を抱けないと彼自身不安になってしまうのだ。根っこには「彼女を救えるような俺でなければ愛される価値がない」「役に立つ人間でいなければ生きている価値がない」という彼自身自己肯定感の低さがある。

自己肯定感が低く不安の強い人間同士で相互補完的にくっつく分には問題がないように思うが、彼女の「不安です!」をすべて完璧に解消することは、神や仏の領域に達しない限り難しい。大抵はキャパオーバーとなり「付き合ってみたら彼女メンヘラだったわw」と飲み会アピールすることになる。

2…ちょ、おま、それはメンヘラホイホイじゃねー!メンヘラメーカーだ!

ストレスがあまりなく、それなりに満たされていれば、感情情緒の変化もモニターできて何か問題があっても過剰に攻撃的にならず状況を良くしていける、そんな人は男女問わずいっぱいいます

そんな人であっても、常に強いストレスさらされ、不安状態に置かれ続ければ、メンタルが不健康状態に追い込まれるのは、実感としてわかるのではないでしょうか?

例えば、

彼女からメールラインにも気まぐれにしか返事をしない

・誘うのも連絡するのも彼女からばかり

彼女肯定しない

調子の良いことはよくしゃべる割に正面向き合っての話し合いからは逃げる

・他の女の影をちらつかせる

判断決断はいつも相手任せにしいざとなったら「あなたがそう言ったんでしょ」と相手のせいにする

エトセトラエトセトラ

要するに相手不安にさせて「不安です!不安です!不安です!」攻撃を仕掛けずにはいられない状態に追い込むタイプ男性が一部いまして、そんな風に自分で仕向けておいて「好きになったとき普通だと思ったのに、付き合ってみたらメンヘラだったわw俺まじでメンヘラホイホイw」と飲み会ドヤ顔キメるのです。

なんで彼らはそんなことするのかと言ったら、結局「彼らもまた不安から」としか思えない。

常に「なんでこんなに不安にさせるの?」「なんで?」「なんで?」「なんで!?!?」と構われ続けていないと不安なのだ

相手自分に強く依存させていないと、離れて行ってしまうんじゃないか不安なのだ

ここでも1と同じように、依存のない状態での自分は愛されない、離れていってしまうという自己肯定感の低さが見える。

「俺メンヘラホイホイw」発言

自己肯定感が低くて不安から自分他人も傷つけるような未熟な人間関係しか築けません」

カミングアウトしてるのと同義なのだ

2017-05-19

原因・背景[編集]

1871年(明治4年)10月宮古島から首里年貢輸送し、帰途についた琉球御用船が台風による暴風遭難した。乗員は漂流し、台湾南部に漂着した。船には役人と船頭・乗員合計69名が乗っていた。漂着した乗員66名(3名は溺死)は先住民現在台湾先住民パイワン族)に救助を求めたが、逆に集落拉致された。

先住民とは意思疎通ができなかったらしく、12月17日遭難者たちは集落から逃走。先住民は逃げた者を敵とみなし、次々と殺害し54名を斬首した(宮古島島民遭難事件)。12名の生存者は、漢人移民により救助され台湾府の保護により、福建省の福州経由で、宮古島へ送り返された。明治政府清国に対して事件の賠償などを求めるが、清国政府は管轄外として拒否した。翌1872年明治5年琉球を管轄していた鹿児島県参事大山綱良は日本政府に対し責任追及の出兵を建議した。1873年(明治6年)には備中国浅口郡島村現在岡山県倉敷市)の船が台湾に漂着し、乗組員4名が略奪を受ける事件が起こった[1]。これにより、政府内外で台湾征討の声が高まっていた。

開戦準備へ[編集]

副島種臣

宮古島台湾遭難事件を知った清国アモイ駐在アメリカ合衆国総領事チャールズルジャンドル(リゼンドル、李仙得)は、駐日アメリカ公使チャールズ・デロングを通じて「野蛮人懲罰するべきだ」と日本外務省提唱した。

初代龍驤台湾出兵旗艦であり副島種臣大久保利通をそれぞれ、中国に運んだ。

孟春(砲艦)は三本マストスクーナー型鉄骨木皮の小型砲艦で、台湾出兵に参加した。

外務卿副島種臣はデロングを仲介しルジャンドル会談、内務卿大久保利通ルジャンドル意見に注目し、ルジャンドル顧問として外務省雇用されることとなった。当時の明治政府では、朝鮮出兵を巡る征韓論などで対立があり、樺山資紀や鹿児島県参事大山綱良ら薩摩閥は台湾出兵を建言していた。これらの強硬意見の背景には、廃藩置県によって失業した40万人から50万人におよぶと推定される士族の不満のはけ口を探していたことがある[2]。

1873年、特命全権大使として清国に渡った副島外務卿は随員の柳原前光を用いて宮古島台湾遭難事件などの件を問いたださせたが[注釈 1]、清朝の外務当局は、台湾先住民は「化外」であり、清国統治のおよばぬ領域での事件であると回答して責任回避した[1]。その後、日本ではこの年秋、朝鮮使節派遣をめぐって政府が分裂し(明治六年政変)、また、翌1874年1月の岩倉具視暗殺未遂事件、2月の江藤新平による反乱(佐賀の乱)が起こるなど政情不安が昂じたため、大久保利通を中心とする明治政府国内の不満を海外にふり向けるねらいもあって台湾征討を決断し、1874年明治7年)4月、参議大隈重信台湾蕃地事務局長官として、また、陸軍中将西郷従道台湾蕃地事務都督として、それぞれ任命して軍事行動の準備に入った[1]。

明治六年政変における明治天皇勅裁は、ロシアとの国境を巡る紛争を理由とした征韓の「延期」であったため、ロシアとの国境が確定した際には、征韓派の要求が再燃する可能性が高かった。政変下野した副島にかわって外交を担当することとなった大久保としては、朝鮮よりも制圧が容易に思われた台湾出兵をむしろ積極的企画したのである

台湾での戦闘[編集]

西郷従道

台湾出兵に対しては、政府内部やイギリス公使パークスやデロングの後任のアメリカ公使ジョン・ビンガム(John Bingham)などからは反対意見もあった。特に参議木戸孝允らの長州系は征韓論否定しておきながら、台湾への海外派兵をおこなうのは矛盾であるとして反対の態度をくずさず、4月18日木戸参議辞表を提出して下野してしまった。そのため、政府は一旦は派兵の中止を決定した。

台湾出兵時の日本人兵士

水門の戦 最も激しい戦いであった。当時の日本人による版画[3]

国立公文書館が所蔵している公文書によると1874年4月4日三条実美により台湾蕃地事務局が設置される。(以後の任命は当時太政大臣であった三条実美からの奉勅となっている)同年4月5日台湾蕃地事務都督に西郷従道が任命される。[4]同年4月6日谷干城赤松則良に台湾蕃地事務局参軍と西郷従道を輔翼し成功を奏する事を任命される。[5]同年4月7日海軍省から孟春艦、雲揚艦、歩兵第一小隊、海軍砲二門と陸軍省から熊本鎮台所轄歩兵大隊砲兵一小隊出兵命令が命じられる。[6]という経緯になっている。

5月6日台湾南部上陸すると台湾先住民とのあいだで小競り合いが生じた。5月22日台湾西南部の社寮港に全軍を集結し、西郷命令によって本格的な制圧を開始した[1]。6月3日には牡丹社など事件発生地域を制圧して現地の占領を続けた。戦死者は12名であった[1]。しかし、現地軍は劣悪な衛生状態のなか、亜熱帯地域風土病であるマラリアに罹患するなど被害が広がり、早急な解決が必要となった。マラリア猖獗をきわめ、561名はそれにより病死した[1]。

収拾への交渉[編集]

明治政府は、この出兵の際に清国への通達をせず、また清国内に権益を持つ列強に対しての通達・根回しを行わなかった。これは場合によっては紛争の引き金になりかねない失策であった。清国の実力者李鴻章イギリス駐日大使パークスは当初は日本軍事行動に激しく反発した。その後、イギリス公使ウェードの斡旋で和議が進められ、8月、全権弁理大臣として大久保利通北京に赴いて清国政府交渉した。大久保は、ルジャンドルフランス人法学者ボアソナード顧問として台湾問題交渉し[7]、主たる交渉相手総理衙門大臣の恭親王であった[1]。会談は難航したが、ウェードの仲介や李鴻章の宥和論もあって、10月31日、「日清両国互換条款(zh)」が調印された[1][7]。それによれば、清が日本軍出兵を保民の義挙と認め、日本は生蕃に対し法を設ける事を求め、[8]1874年12月20日までに征討軍を撤退させることに合意した。 また日清両国互換条款互換憑単によると清国遭難民に対する撫恤金(見舞金)10万両(テール)を払い、40万両[注釈 2]を台湾の諸設備費として自ら用いる事を願い出費した。[9]また、清国日本軍の行動を承認したため、琉球民は日本人ということになり、琉球日本帰属国際的に承認されるかたちとなった[1]。

帰結[編集]

日本清国との間で帰属がはっきりしなかった琉球だったが、この事件の処理を通じて日本に有利に働き、明治政府は翌1875年明治8年)、琉球に対し清との冊封朝貢関係廃止明治年号使用などを命令した。しか琉球は清との関係存続を嘆願、清が琉球朝貢禁止に抗議するなど外交上の決着はつかなかった。

1879年明治12年)、明治政府のいわゆる琉球処分に際しても、それに反対する清との1880年明治13年)の北京での交渉において、日本沖縄本島日本領とし八重山諸島宮古島中国領とする案(分島改約案)を提示したが、清は元来二島領有は望まず、冊封関係維持のため二島琉球に返還したうえでの琉球王国再興を求めており、また、分島にたいする琉球人の反対もあり、調印に至らなかった。

また、明治政府兵員輸送英米の船会社を想定していたが拒否され、大型船を急遽購入して国有会社の日本国郵便汽船会社に運航を委託したがこれも拒否され、大隈重信はやむなく新興の民間企業である三菱を起用することに決定したが[10]、この協力により、以降、三菱政府からの恩恵を享受できることとなり、一大財閥になるきっかけとなった[11]。

台湾出兵と熱帯病[編集]

被害[編集]

日本軍の損害は戦死8名、戦傷25名と記録されるが、長期駐屯を余儀なくされたため、マラリアなどの感染症に悩まされ、出征した軍人軍属5,990余人の中の患者延べ数は1万6409人、すなわち、一人あたり、約2.7回罹病するという悲惨な状況に陥った。

軍医部の対応[編集]

1871年(明治4年)、兵部省は、陸軍省海軍省に分かれ、軍医寮は陸軍省に属し、軍医頭は松本良順(のちに順)であった。台湾出兵当時、軍医部は創立より日が浅く経験不足であったが、総力を挙げて事態にあたった。出征軍の医務責任者は桑田衡平二等軍医正(少佐相当)、隊付医長は宮本正寛軍医大尉相当)であった。他に24名の医官を従軍させた。医官は全員奮闘したが、極悪の環境と猛烈な伝染病で病臥する者が多く、西郷都督からは薬だけでも兵士にあたえてほしいと要請された。医官の多くは漢方医で、熱帯病の治療にはまったく経験がなかったという。かれらは交代の22名が到着したため、ようやく帰国できた。宮内省から外国人医師が派遣された。ドイツ出身のセンベルゲル(Dr. Gustav Schoenberg)は、東京大学医学部前身にあたる大学東校お雇い外国人医師レオポルト・ミュルレルの推挙であったが、能力がなくトラブルを起こした。しかし、彼とともに送られた6台の製氷機械は大いに役に立ったといわれている[12]。

2017-05-18

批判が噴出す傾向

はてなブックマーク - ファミ通こどもメディア編集長最近任天堂は餅は餅屋の領域に踏み出しすぎだと思うなあ」への反応集 - Togetterまとめ

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1111420

この前のtwitter投稿見て取材たかったら金寄越せの件もそうだけど。

これも、その件単体でどうこうってのは小さくて、そのメディアの不誠実さに対する不満が噴出すきっかけになっているだけというように見える。

2017-05-16

というかさあ

普通に車両監視カメラつけたら解決すんだろ

路上犯罪逮捕ほとんどが監視カメラデータを元にしてんだから電車みたいに乗組員が目視できない領域が多いところは監視カメラ設置しろ

つーかJR私鉄設備に金かけなさすぎなんだが

未だにホームドア設置しないところたくさんあるし

どんだけガメついんだよ

2017-05-15

思っていたよりもかなりIQが高かった(9歳)

5歳で発達障害の診断。

当時の検査結果では、一部100を下回る状態総合評価IQ110台。

9歳になったので、4年もあいたのでまた検査しておきましょうか、といわれ検査した結果が結構高くて、IQ144と。

一番低いものでも116あって、すべてが前回の検査を上回っていた。

IQ135を超えるとギフテッドと呼ばれる領域だということで、息子にこれからどう対応していけばいいのか、困惑している母親です。

相変わらずデコボコはある(高いものと低いもので30以上の差)ので、今受けている公的サポート公立小学校で通級指導放課後デイサービス言語指導運動指導運動苦手)は継続して受けさせていただくつもり。

なかなか、知能が高い子だとは思ってはいたけど、

以前の数字を信用していたので、まずまずでしょう。と思っていた程度でした。

でも、今回の数字は、ちょっと真面目に今後を考えた方がいい領域かな、と。

IQだという自覚がある方(男性)で、

小中で、親にこういう事して欲しかった(して欲しくなかった)、などあれば教えてほしいです。

地方在住なのと、一人っ子ではないので経済的にも都市部の有名私立中を目指すことはすでに難しく。

都市部なら、偏差値の高い私立中目指すのが一番無難平和だとは理解してますが)

今のところ、好きなことは睡眠小学校優先で最大限取り組んでもいい状況にはしているけど(特性上、好きなことは自ら停止できないので、放っておいたら6歳ぐらいでも12時過ぎてもやってた。当時はレゴ。今はプログラミングにハマっている)、それぐらいでいいのだろうか。

悩ましい。


息子の傾向や、今すでに取り組んでいることなど、こちらに追記を書きました。

http://anond.hatelabo.jp/20170516165447

http://anond.hatelabo.jp/20170513194846

最近Amazonプライム配信「バチェラージャパン」を観てて同じことを思ったわ。

ある年齢を過ぎたとき女性の子供っぽさはおばさんの領域なんじゃなかろうか。

いわゆる鬼女板にいそうな人たち。

2017-05-11

妻が産後家事をしない。

正確にいうと料理洗濯はするので、全然しないわけではないが、

洗濯物もとりこんだら、そのままで、なかなか畳もうとはしない。

掃除なんて、いつ以来やっていないのか、想像もつかないぐらい。

ほこりがあちこちに溜っている。

慌てて述べるが、妻は専業主婦であり、

当方サラリーを受けとる仕事をし、

妻が家事を行うと、結婚時に決めている。

子供は1歳半になる。

おそらく、初めは乳児育児忙殺されて、

そして今は片付けても、すぐに子供に散らかされるのが繰り返されて、片付けないのだろう。

お前がやれ、というツッコミは予想できる。

ただ、産前と同様なペースでアニメなどの消化はできるのに、

服を畳んだり、掃除をしたりする時間はないのかと疑問に思うのだ。

なお、子供風呂と寝かしつけ、週末の料理と皿洗いは当方がやっている。

おしめも家にいるときは替えている。

逆にこれしかやっていない、とつっこまれものだろうか。

当方家事領域積極的に手を出せば、万事解決なのだろうか。

まあ、当方も面倒臭がりなので、だから今の状況に手を出していないのだが、

それでも何か釈然としないのだ。

日本で語られるマネジメントでは欧米の例が度々引き合いに出されるが

欧米方式などが度々引用されることがあるが、首を切ることに関して言及されることがない。

それが前提で成り立っているのに、そこに関してはアンタッチャブルかのようにダンマリだ。

なんだかんだ、ダメな人もいるのは事実で、首を切るにしろ切らないにしろ、本当にどうしようもない場合にどうするか、

という部分に触れられることは非常に少なく、ドヤ顔理想論が語られるので、

"うまくいってればそれはそうなのだが、だがしかし・・・"、という部分が拭えない。

欧米場合は、ダメなら首切るでそこが担保されているわけだけど、日本だとそれがない。

ビジネス書の類を読んでいても、皆さん良い感じに書籍を書き上げてらっしゃるが、

このあたりの話に深く言及されることはあまりない様に見える。

日本場合法律的にも難しいところがあるので言及しづらいのだろうが、触れたら火傷する領域かのように、皆口をつぐむ。

そのため、何だか片手落ちな印象を受けることが多い・・・

2017-05-10

痴漢精神病

痴漢厳罰化(化学去勢も含む)について書いた増田だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170508105254

増田を眺めていたら、精神病患者措置入院に関する法律話題になっていた。

痴漢を含め、性犯罪というのは、癖になるものだと聞く。

そうすると、痴漢をしてしまう人というのは、もしかしたら病気なんではと思い、10分くらい調べものをしてみた。

すると、やはり、最新のDSM5では、病気として、以下のようなモノが定義されていたのである


Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%83%E8%A7%A6%E7%97%87)より適宜抜き出し

窃触症(せっしょくしょう英語: Frotteurism)とは同意していない他者の体を触ったり、自らの身体をこすりつけることに性的興奮を感じる性的倒錯である

DSM-5の診断基準

A. 少なくとも6カ月間にわたり、同意していない人に触ったり、身体をこすりつけたりすることから得られる反復性の強烈な性的興奮が、空想衝動、または行動に現れる。

B. 同意していない人に対してこれらの性的衝動を行動に移したことがある、またはその性的衝動空想のために臨床的に意味のある苦痛、または、社会的学業的、職業的、または他の重要領域における機能障害引き起こしている。



同じページには、薬物療法もあると載っていて、ホルモン剤の投与も書かれている。何のことはない、これは、所謂化学去勢とよばれるもの」をしているのだ。

精神障害者は危ない、病気から薬を飲ませて、入院させなきゃというのなら、全く同じロジックで、6ヶ月以上継続する痴漢病気だ、薬を飲ませて去勢しなきゃが成立する事に、もうなっているのである

6ヶ月以上継続するということの立証は凄く難しくて、まあ無理なんだろうけど、仮に「やっちゃいけないと分かっているのにやってしまう」ことで苦しむ痴漢がいるんなら、サポート出来る世の中にはなってほしいと思うのであった。

プルリク駆動における遅さをどう許容するか

自分担当領域が、コード読める人が1人か2人くらいになる事が多いので

周りがプルリク駆動でやってる時に、こちらは1人でゴリゴリ進めていくことが多い

その時の作業スピードが、正直2〜5倍くらいの差があるように感じる(複数現場でそうだった)

 

作業スピードってはたからみて分かりづらいか

「プルリク駆動からしょうがないよね」みたいな空気があるんだけど

本当にそれで良いんだろうか

2ch人口が多いからと雑談系の板のイメージで語られることが多いけど、実際は専門板の方が重要なんですよね

その分野に詳しいor興味のある人が集まってしがらみ気にせず気軽に話せるネット上の領域として、未だに2ch代替がない分野が多い

2017-05-03

http://anond.hatelabo.jp/20170503152253

であるが故に公共心を持ち得ないって立証が何一つ書かれていないんだが俺の知覚領域の外には書かれているのか?

「女」を「私腹を肥やすおっさん」に置換しても問題ないよな

http://anond.hatelabo.jp/20170222153252

>気付いたら俺は彼女を俺から奪うアニメが嫌いになってて、彼女は俺よりアニメキャラのほうが好きになってた

>それで別れた

という箇所はどうかと思ったけれど、私も恋人配偶者家族親友などに自分趣味領域に入って来られるのは嫌だ。

それは趣味対象が単純に好きなだけでなく心の逃げ場になっているからなんだろうと思う。

同じ釜の飯を分かち合う事も一緒のお布団で仲良く眠る事も出来るのに、同じ趣味を楽しむ事だけは私は本当に出来ない。

私の場合趣味を取られたと感じた時、大嫌いになるのは相手ではなくて趣味の方だ。

(でもやっぱり相手に対して恨む気持ちも少しはあるが。)

膨大な情熱時間と金を注ぎ込んだのに、横から手を出されるとあっさり興味が失せてしまう。相手から、一緒に楽しもうとかこれが好きなんでしょうとか言われると、奪っておいて何を言うかと思ってイライラするし、益々冷める。

かといって、

相手趣味

という訳ではない。その逆もまたない。それとこれとは別なのだ

ただ、あまり趣味の事でずけずけ口を出されると、それが好意的共感的なものであっても精神的に支配されている様な気分になってしまう。この件に関しては私は何故か被害者意識旺盛だ。

でも、自分趣味を「もう飽きたから。」と言って棄てればそれで済む事なので特に問題になったりすることもなく、今まで生きてきた。

私的には結構問題だったんだけど、相手が怒ったり悲しんだりなんだりという意味問題になった事はない、という事なのだけれど。

本当は、私の事が本当に好きなら、趣味に関してはむやみに介入して来ないで欲しいと思っている。

2017-05-01

就職氷河期世代の誤算と清算

先日、下記のブログ記事とその反応を見て、強い危機感を持ったので、ここに覚え書きを残しておきます

(参照ブログ:俺ら就職氷河期世代ってもう忘れ去られたのかな (追記あり

http://anond.hatelabo.jp/20170422041028#tb

就職氷河期世代当事者悲鳴、落胆、それに対する多世代の反応、どれもが納得できました。

また、この記事に関して、『「トリアージ」される就職氷河期世代 参照:http://blogos.com/article/219419/』などの関連記事も興味深く読ませてもらいました。

さて、筆者はこれらの記事を読んで、強い危機感を覚えました。

何に危機感を覚えたのかというと、この就職氷河期世代の取り扱いと、日本経済展望についての考察が抜け落ちているところです。

先のブログの筆者も、それに対する同世代、多世代の反応も、そして、関連記事を書かれた方も、いずれも「就職氷河期をこのまま社会から排除しても日本経済に影響しない」ことを前提にして考えていると思うのです。

確かに、たくさんの非正規雇用低所得のままでいる就職氷河期世代を全て救うのは至難の業です。40代という転職などには難しい年齢になってしまっていることも承知していますしかし、彼らを「助けられないものは仕方がない」として、このままにしておけば、それこそ日本経済危機に瀕すると筆者は思っています

何故か?


筆者はとある医療機関に勤務する専門職です。

筆者は最近医療予算が日に日に縮小していくのを、働きながら感じています

恐らく国は、莫大な国の借金や減少する税収、保険料などとのバランスを取るために、医療予算も切り詰めるだけ切り詰めようとしているのだと思われます

以前は社会的入院問題になっていましたが、今はリハビリすらも削られるようになっており、これから検査、その他、諸々のものが削られていくのではないかと思います

実は私は、その前振りのような話を、とあるセミナーで聞いたことがあります

曰く、「日本借金は遠くない将来、日本人の預貯金の総額を上回る。その時、日本国債の信用が下がり、ギリシャと同じく破たんする。今から毎年増える医療費を抑える必要がある」と…。

これを聞いた時、私は「そうか、ずいぶん大変なことになっているんだな」くらいにしか思いませんでした。

しかし、最近職場で思いがけないものがどんんどん削られていくのを見て、この話が現実のものになりつつあることを実感しています

翻って、就職氷河期世代には将来の“生活保護予備軍”が多数いると考えられています

これは、9年前、既に次の報告書で指摘されているいます。(参照:NIRA研究報告書 就職氷河期世代のきわどさhttp://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=0ahUKEwjI492Rvs7TAhWKwLwKHUrSCg4QFggiMAA&url=http%3A%2F%2Fwww.nira.or.jp%2Fpdf%2F0801report.pdf&usg=AFQjCNHu6efnz9XIN2tD0Errx4MSnaNs-A

この報告書によると、就職氷河期世代の多くが、このまま低所得のまま年齢を重ねた場合200万人超の人々が生活保護受給することになり、その額は年間17兆円を超える可能性があります

私は経済は全くの門外漢ですが、日経新聞によると日本2015年度の税収が約56兆円だったそうです。また、年間予算が90~100兆円だと思われます

この税収、年間予算の中から毎年、毎年、17兆円超が低収入のまま生活保護受給せざるを得なくなった就職氷河期世代支出されることになるかもしれないのです。

さらに、どこで見たか覚えていませんが、その金額20兆円になるのではないか、との試算もあるようです。

先に述べた通り、そして、多くの方がご存知の通り、日本財政はひっ迫しています

しかし、そのひっ迫した財政状況下で「助けられないものは仕方がない」として就職氷河期世代をこのままにしておけば、毎年17~20兆円のお金税金から出さざるを得なくなる可能性が非常に高いのです。

そして、それは少なからず、日本借金を返せなくなる日を早めることになるのではないかと思われるのです。

もし、そういう時が来たら、就職氷河期世代だけではなく、全ての世代が貧しい時代突入するのではないかと思っています

最近、このような問題Reutersなどの海外メディアも関心を寄せて、記事にしているのがなんとも不気味に感じます

(参照:ロイター日本『焦点:「パラサイト世帯」の高年齢化、日本社会リスク要因に』http://jp.reuters.com/article/japan-parasite-idJPKBN17L06L英語版Life's illusions catching up with Japan's middle-aged 'parasite singles'』http://in.reuters.com/article/japan-ageing-singles-idINKBN17K2OQ

また、医療領域で気になる問題がもう1つあります

今、日本社会保障制度は“送金方式”になっています

まり、現役世代が上の世代年金を出している、ということです。

みなさんご存知の通り、現在高齢者が多くなり、1人のお年寄りを3人くらいの現役世代でさせなければならなくなっています

さらに、これからどんどん、支えなければならない高齢者の数が増えていきます

数が多いと言われている団塊ジュニア(=就職氷河期世代でもあるのですが)ですら、その上の団塊世代の数には遠く及びません。

そして、就職氷河期に被ったが故に、本来であれば高齢者年金の大きな支え手になるはずだった団塊ジュニア所得は低いままです。

このような状況で、高齢者社会保障を維持することができるのでしょうか…。

こう書くと、「じゃあ、なんで就職氷河期世代は働かないんだ?ちゃんと稼がないんだ?」とのお叱りを受けるかもしれません。

でも、今の社会制度や慣習の下では働けないんです。

先に指摘してくださった方がいるように、日本には厳しい年齢制限があるために、働こうとしても、40歳も過ぎると会社組織などで新たに雇用してくれません。

いくら勉強しても、訓練しても、それらを生かすチャンスは与えられません。

病気などで離職歴が長いと、なおさらです。

非正規雇用から正社員になる道も厳しく閉ざされています

運よく正社員になれても、「正社員歴が短い」ことを理由に、賃金は低いままです。

このような状況では、就職氷河期世代が上の世代に十分な年金を“送金”することはできません。

無い袖は振れないのです。

また、就職氷河期真っただ中の時には、フルタイムと同じように働いても厚生年金に加入させてくれない会社がたくさんありました。

厚生年金に入っていると見せかけて、実は会社が加入させてなかったケースもありました。

多くの非正規雇用者国民年金に加入せざるを得ませんでしたが、賃金が低いために保険料を払えない人も少なくありませんでした。

そもそも、“送金”式の年金制度に入らせてもらえない人も多かったのです。

他の世代の人の中には「この世代は助けられない」と言う人がいます

就職氷河期世代の人の中にも「我々はもう助からいから、下の世代お金を使ってほしい」と言う人もいます

他の世代バブルのしわ寄せを就職氷河期世代が一身に背負うことを希望し、就職氷河期世代もそれで仕方ないと思っている節もあります

しかし、日本には安楽死制度なんかありません。

もし、そんな制度を作って就職氷河期世代人口を減らそうとしたら、国際社会から厳しい批判を浴びて、日本先進国の仲間から脱落するでしょう。

すると、就職氷河期世代寿命くるまで生きることになりますが、低賃金のままでは生きていけないので、生活保護を頼ることになり、財政への負担が大きくなることは避けられません。

トリアージ”など不可能だと思われます

私は、大変な誤算だったのではないかと思います

就職氷河期世代当事者も、その他の世代の人も、「今は貧しいかもしれないけれど、いずれ彼らも正社員になり、たくさんの収入を得られるようになるだろう」と思ったでしょう。

でも、そうならなかった今、そしてどういう形であれ、寿命まで生き続けなければならない就職氷河期世代がたくさんある以上、あらゆる手段を使って彼らを“税金年金をもらう側”から税金年金を払う側”にしていかないと、日本経済自体が立ち行かなくなるのではないかと思われるのです。

それはある意味、本当の意味でのバブルの清算とも言えるのではないかと筆者は思っています

そして、このような文脈で『正社員化でも報われない氷河期世代無間地獄

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/120200081/

』という記事に賛成する次第です。

クリエイター職の待遇改善されない理由


人間多数決というやつが大好きで、頭の足りない人間は数をかき集めて賢しい人間社会的にはたき落とし、

そうすることでしか満たされない自己承認欲求生存戦略を満たし続けるわけだが、要はこれが極まった現代社会では無理という話である


アニメーター日本において人間扱いされない。やりがいではメシを食えないということが忘れられている。

あまりにも有名な話なので、アニメーターにおける例はまあ語らずともという感じだろう。

CD売上に対する作詞作曲家マージンはよくて10%、普通は5~6%が目安だ。

残りのすべては小売・広告制作レコード会社が暴利とも言える勢いで持っていく。

広告代理店下請けとなったデザイナー動画制作、末端のアシスタントディレクターなど、

その辺りの闇も同様に深い。学生時代バイト先に派遣されてきた元テレ業界末端の方の話がいまも忘れられない。


娯楽関連に限らず、後付された仕組みや制度によって辛酸ぶっかけられているような製造業

たとえば農家の方々やら下請け工場IT業界関連も広く捉えればこの例にあてはまるだろう。

とにかくどこを見ても、損をしているのは「一次生産を担う末端の人間である


アニメーター問題にはこれまた様々な対策や、どうにかしろという風潮はあるものの、

少なからず向こう30~40年は解決することは絶対に無理であろうと見ている。

社会構成人員が総入れ替えされなければ達し得ない、そんな目標であるからだ。


ここで、「きっと何者にもなれない人々たち」の話をする。

特別な才能を持たず、一般的な家庭に生まれ幸運にも恵まれず平均水準の環境で育った人々のことを指す。

他国は知らないが、日本国内においてはこの種類の人々は年々増加し、おそらく現代は9割がこれにあたるだろう。

筆者もまたこの部類に属する、「きっと何者にもなれない人々」である


現代社会というのは、「新しい価値創造提供できる人間」が継続的に現れないと立ち行かない。

これは「運命に愛された人々」で、優れた才能を持ち、裕福な家庭に生まれ幸運にも恵まれ高水準の環境で育った人のことを指す。

必ずしも裕福である必要はなくて、要は能力値が120/100くらいになるという結果があれば条件を満たすところだ(貧乏家庭から出世)。


こうした種類の人々はぽつぽつと存在していて、決してそこまで珍しいものではないと言える。

その辺の人を10人並べれば1人はいるくらいの割合だ。真に傑出している人物もっと少ないだろうが。


そして現代社会というのは、この「運命に愛された人々」によって支えられている割合と、

その重要であるはずの彼らに対しての報酬バランスが崩れている――という話である


一次生産は誰にでもできることではない。彼らの仕事を見ていると本当に感服するし、

尊敬せざるを得ない人間性を抱えている方も多いし、自分とは違う領域に住んでいると実感することも多い。

自らの意志ねじ曲げることができず、不器用ではあると思うが、それでも圧倒的に「強い」人間なのだ


そんな彼らがなぜ迫害とも言える攻撃力で、社会的に低い身分に甘んじなければならないのか?

簡単な話である。そうしなければ「きっと何者にもなれない人々」は満足に生きていけないからだ。

なぜそのような雑魚風情が「運命に愛された人々」を差別できるのかというと、これも単純で、

数の暴力がいとも容易く通用してしま人口構成比だからである


アニメ業界を例にあげて考えてみよう。

日本動画の線が引ける人間というのは、おそらく製作委員会構成する会社それぞれが抱える、

社員全員とその家族の総数よりも圧倒的に少ないだろう。この時点で容易に想像できるが、

原画を描ける人間さらに少なく、作監クラスさらに、一握りである監督を務められるような

すばらしいセンスを持った人間は、その辺の駅にいる通勤ラッシュ構成する人々よりはるかに少ないはずだ。


単純に考えて、アニメーター監督という「運命に愛された人々」は、

製作委員会にいる無数の「きっと何者にもなれない人々」を少数で全員支えていると言っても過言ではない。

なぜなら、優れたアニメーターたちがいなければ製作委員会以下の社員たちは稼ぎを失って死ぬからだ。


アニメーターたちは「線を引いてアニメを作る」という仕事価値よりも、

「彼らでなければ生み出せない」という希少価値製作委員会提供していると言える。

この唯一無二性はもっと評価されるべきであり、しか社会はここから目を背け、

運命に愛された人々」に対して尋常ではない差別を平然と行っている。


かい理屈を抜きにして考えれば、アニメーター製作委員会利益を7:3くらいで折半すべきで、

これは左右の総数に差があろうとも適用されるべき比率であると思う。彼らの仕事は代え難いもので、

アニメーター(500人):製作委員会10000人)であっても正当な理屈であると考える。

しか現実社会はそれで回らない。それは低賃金化で生活レベルの維持が困難になるとかではなく、

単純に人間が持つ「劣等感」や「嫉妬心」などによって、この7:3は維持が不可能からである


である製作委員会側に属する人間圧倒的多数で、その中にはご存知のとおりどうしようもないダメ人間

おそらく2割くらいは含有されていて、彼らがまず率先して大きな声をあげる。

卑怯である」と。「あいつらは好きなことをしてメシを食っている」と、「自分たち差別している」と。

ダメ人間である自分社会にどれだけの価値提供できるかなど考えず、感情で彼らはアニメーターを殴る。

しかし、ここで製作委員会側に属する8割の人間は、そのダメ人間を止めることはしないのだ。

彼らのなかにも同様の心理がある。「卑怯である」と、「自分たち差別している」と。

価値創造できないことの何が悪いのかと、この時点で、己の怠惰を棚にあげて内心で「差別」が始まっているのだ。


この不当な差別は、500:10000という圧倒的大差による数の暴力通用しまかり通ることで増長してきた。

安く買い叩かれ続けて20年30年、現代では立派な「常識」としてこの差別根付いてしまっている。

手塚治虫がなんとかという話もあるが、それは「きっかけとなるひとつの隙」でしかないと言っていいだろう。


作曲家に関しても同じことが言える。バラエティ番組全盛の1970~80年代というのは、

本当に有能なごく一部の作曲家が大量の案件を安く引き受け、一件ごとの単価を引き下げていた。

その頃は生楽器による演奏音楽主体であったため、アカデミック知識センスを併せ持つ、

打ち込み全盛である現代とは一線を画する、優れた能力を持った作曲家けが仕事を得ることが出来た。

その結果として「きっかけとなるひとつの隙」が与えられ、やがて現代マージンに収まっていく。



別に、何も「運命に愛された人々」に常に7割のマージンを与えろという話ではない。

現在のままでは、彼らに対するリスペクトがあまりにも低く、報酬水準も0.1:9.9くらいのものであり、

これはさすがにおかしすぎるという話である仕事必要能力給料が合っていない例として、

一時期どこかの美術館での募集話題になったことがある。そのときは「人脈が」「経験が」と言われていたが、

そんな「社会的価値」を生み出したのは他でもない「きっと何者にもなれない人々」の醜い嫉妬心であり、

ここに搾取構造があるという大前提完璧に見落としているから、あの件はそこそこ話題になったのである


日本では、何かを作ることで大富豪になった人間小室哲哉くらいなのではないかと思う。

それ以外の人間は、「きっと何者にもなれない人々」が「きっと何者にもなれない人々」のために作った、

まりにも無能であるゆえに複雑怪奇と化している社会的システムを利用したごく一部の人である

彼らは何も作り出すことは出来やしない。事実がどうあれ、どうしようもないほど不快存在だと思ってしまう。



自分たち「きっと何者にもなれない人々」は、「運命に愛された人々」をもっと尊重しなければいけない。

嫉妬心劣等感から彼らを差別するのではなく、少しづつでいいから、彼らに対するリスペクトを醸成して、

世代が入れ替わるごとに新しい価値観をなんとか育て続けなければいけない。現代社会で育ちきってしまった、

変化を極端に忌み嫌う現代大人などに期待できることは何もない。若手が変えていかなければいけないのだ。



そのための啓蒙となっている現象は、ツイッターをはじめインターネットでよく起こっていると思う。

運命に愛された人々」のすごさを、捻じ曲げずに直接触れることができるのだ。

これからに期待してはいけない、ということはないと思う。






GWなので日々思っていたことをクソ長文にして吐き出した。これで休める。

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170430134310

対象としているプログラムの外側まで含めて、とにかくどこで壊れるかを分析する。

対象としているプログラムが想定していないデータが流れてくる、ハードウェア問題、なども考える。

対象としているプログラム問題があることが確定したなら、デバッガが使える環境ならデバッガステップ実行、使えないならPrint文を並べる。

範囲が広すぎるなら、部分ごとに調査して問題の起こる領域を絞り込んでいく。

あるコード片で壊れることが特定できたなら、それを最小限で再現できる状態を作る。

データ依存ならあらゆるデータを放り込んで傾向を見る。

問題ないように見える1行で壊れるなら、利用しているフレームワーク問題を疑ってみる。

2017-04-29

消防団別にいいのでは」で済まない本当の理由

別にいいのでは」で済まない本当の理由

話題消防団活動の帰りに消防車で店によって怒られた問題があり、それに

https://www.buzzfeed.com/kensukeseya/udon-fire-brigade?utm_term=.yc11231M73#.drv0p70le7

こんな記事が付いているわけだが、これに「別にいいのでは」と言うブコメがたくさん付いている。

結論からしては、別にいいのでは、と言う感じです。

うちの消防団では問題ない行為です。

ただ本当に別にいい、で済まない場合があるので、ちょっとだけ便乗するよ。

ただし地域差がかなり大きいと思うので気をつけてください。

また、ここでは消防団運用する緊急車両という意味消防車と呼ぶよ。

領域外に出る場合

これはおそらくどこの消防団でも共通だと思うけど、消防車を何らかの理由自分たちの持ち場の外に出す場合基本的申請して許可必要です。

勝手に出るとすげえ怒られます別にいいのではでは済みません。

ただこれがあるのは希にある広域出動、地域をまたいでの訓練や、消防車の修理点検などでまぁこれを破る奴はいません。

また動かせる範囲許可必要レベルが違っており、私の所は、消防団の下に部があり、部の中に分団があり、その下に各車両ごとに機関長という自動車責任者がいます

分団ごとに車庫(詰め所)があって複数消防車があり、分団ごとに受け持ちの領域が決まっている形になっています

それぞれの領域の外に出るには、それぞれの責任者許可必要と言うことになっていて、分団の持ち場の外に出るには分団長、部の範囲の外に出るには部長、団の外(つまり市町村の枠を超える)場合には消防本部文書での許可必要です。

が、逆に言えば持ち場の中だと機関長判断運行ができます

そこで次のルール

責任者なしで運行してはならな

消防車ごとには機関長と副機関長というのが決まっており、このどちらかが乗っていない場合は、分団長以上の役職者の許可が無ければ動かしてはいけない、と言うことになっています。この時、分団長許可が出るというのは基本的緊急時の話なので、通常は許可が出ません。

逆に言えば、機関長または副機関長が乗ってれば問題がないということになります

ただし、当然ながら次の規制があります

消防団活動以外で動かしてはならないが、消防団活動の時には必ず消防車を連れていくこと

さて、消防団活動とは?と言うことになりますが、うちの消防団場合、分団長がみとめて届け出をすれば消防団活動だ、と言うことになります

届け出が居るのは保険関係ですので必須です。勝手にやると怒られますが、申請すれば拒否されることはまずありません。

ただこれは消防団活動にあっているものでなければ駄目なので、勝手にやっては駄目ですが、ここには設備点検のあとにバーベキュー、とかも普通に行われ、肉や飲み物を買い出しに行くとき消防車が使われることもわりと普通です。

ただし、みんな目立つのであまりやりたがりませんから、このためだけに車両を出す事はなく、訓練や予防活動の後についでによる場合、ぐらいでしかないですが。

訓練などで消防車を出すときは、団員の誰かの自動車を一緒につけて移動するため(これは一台の消防車に割り当てられている団員は消防車の乗員より多いため、全員乗り切れないという話の他、訓練中に何かする必要があったときは当然消防車は動かせないなどの理由から随伴させた自動車では足りない時についでによる、と言う感じです。

そして、逆に領域の中の消防団活動なのに消防車を連れていかないのも逆に駄目です。緊急事態にはそのまま出動できる様にしておかなければならないためです。一度車をとりにいくというのはあり得ないと言うわけですね。

今回の場合、逆にうちの消防団場合、一度車庫に消防車を戻して消防車を連れて行かず、消防団員が固まって飯を食いに行っていた最中火災があり、出動が遅れた、等と言うことになったら、逆にそっちの方が問題になるかも知れません。

どこに居るのか分からないと問題になるのでは?

このように運用されていると、車両がどこにいるかからないと問題になるのでは?と言うことがありますが、これについてはウチの消防団場合無線設備されているので、呼び出せば済むだけの話ではあります

また、どこかに行く場合は、必ず黒板に行き先を記載しておくことになっていますまぁこれは当然か。

別にいいのではで済まない場合

まとめると

はたぶん別にいいのではでは済まないと思われますが、こういうことはたぶんありません。

しろ苦情としては

と言うのが圧倒的に多いです。このため、本来は合同訓練の時はサイレンをならすことが許可されていますが、サイレンを使わずに訓練が行われる事が多いです。

次に、法被(うちの消防団では正装と言う扱い)を着たまま飲みに行く馬鹿の話は毎年必ず出ます。これは苦情という事にはなりませんが問題になります

消防団に求められる役割とは

消防団に求められる役割で、消防署と明確に違う所があります

それは地域の兄ちゃんがひとかたまりになってやっていると言う姿を見せること。これによって地域全体の防災力を周知する役割があるわけですね。

からまりかい事は言われない一方で、できるだけまとまりをもって、更に地元の人に顔を見せると言うことを重視されるようです。

これによって災害の時には批難困難者を助ける、と言ったきめ細かい対応を期待されているようです。ここで常備消防規則が違うのも当然ということのようです。

ただし…昔はもっと緩かったらしいです。例えば消防団旅行(と言っても近隣の県の温泉に行く程度)に消防車を使った、等と言う話もあったぐらい。流石に今はこれは駄目ですが。

と言うことでいろいろな面で一宮の件は、文化が違うなぁ、と思いました。

2017-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20170427220629

増田って、他の人から料理うまいって言われる?

増田料理はダシが効いてて、妻の料理はコクがない感じ?

料理って、不思議なことに、

レシピ同じで手順に問題が無くても作る人によって味が違うんだ。

ある程度のところまでは訓練で上達するんだけど、

そこから先は、その人の皮膚の常在菌が味を決めてるらしい。

からレシピ(油や調味料の量や手順)で解決しない領域もあるかも。

2017-04-26

橋の上で

仕事が終わり、最寄り駅を降りて帰宅中の出来事だった。事務所内で起きたトラブル翻弄され、極度の疲労を抱えつつ自宅までの遠い道を歩いた。いつもならばバスをつかまえることができるが、その時間はとうに過ぎていた。

自宅は住宅街の外れにあり、家までの道のりには護岸工事を施された川に架かった橋を渡る必要があった。

橋上の歩道には、等身大の裸婦像とベンチが設置されている。休日ジョギングがてら休憩に立ち寄るにはちょうどよかった。

仕事精神的にやられた帰り道など、深夜ではあったが、やはりこの場所で小休止することがあった。真っ暗な川面に目をやると、胸の中のどす黒い感情がゆるゆると流されていく。かわりに気持ちよい風が頬をかすめ、しがらみや思いこみがほどけていく。

その日も橋に差し掛かろうという時だった。裸婦像の傍に人影がかすかに動くのを認めた。

手の甲を腰にあてて、半歩前進するポーズで遠くを見つめる裸婦像の周囲を、LED街灯がスポットライトのように照らす。街灯が旧式から替わってから真下の眩しさと引き換えに周囲の暗さが増したためか、傍の人物は憫然としない。その人物以外、あたりはとうに人影が絶えている。

歩みを止めて、しばし見入る。

その人物(着古したジャージ姿の初老男性)が、街灯が作る光の輪に半身を晒しつつ裸婦像の足下にしゃがみ込んでいる。

男性左手が像のふくらはぎに優しく触れる。右手は闇に紛れて見えない。

太腿をゆっくりと這い、この時代にはふくよかに過ぎる臀部を撫で、横腹に手をすべらす。

そこから胸のふくらみを両手で撫で上げようというとき声かけを行なった。

「こんばんは」

以前にも、自宅が分からなくなり空き地で転倒を繰り返す男性保護したことがあった。

口調のなかに大丈夫ですか、というニュアンスをこめつつ、気遣い4割、警戒3割、観察3割の目を向けた。

男性が跳ね起きるようにして僕を見る。

その正気に戻った顔を見て、すぐに後悔した。

男性号泣していた。

私的領域に無遠慮に踏み込んだ気まずさを落ち着かせる言葉を探す。

動揺を隠しつつ、「大丈夫ですか」と続けた。

少しの間のあと、男性

「ああ」

と返事をした。

「体温が」

男性がぼそっと言う。

「え。感じますか、体温」

全然

吐き捨てるように言い、少し俯く。

「そうですか、でもリアルですよね」

「いや、全然

次の言葉を探していると、泣き笑いの顔を上げてぽつりと言った。

カミさんの肌にはかなわねえよ」

男性が照れたようにしてそっぽを向いた。

その時、僕の全身を、しばし味わったことのない感情が走った。

男性の胸のうちにある持っていきようの無い闇と、僕の胸のうちの屈託が、束の間に交わした言葉と風に紛れて、ゆるゆると解けていくのを感じた。

真夜中の路上で、男性は明らかに不審であったが、かく言う僕もまた、その男性にとっては見知らぬ他人であり、かつ人の領域を踏み荒らす行為日常を逸脱した不審な行動とられても仕方なかった。

その2人が、束の間に交わす言葉で、互いの顔を取り戻した。

僕たちの間には、暗い川の上でこれから船頭のいない舟に乗せられる者同士が出会ったような、密やかな気持ちの交換があった。

「お気をつけて」

ひと言かけると

「おお、じゃあな」

と返ってきた。

僕にはそれでじゅうぶんだった。

休日の晴れ間、散歩がてら橋上に立ち寄った。あたりに人影が無いのを確かめて、裸婦像の腰を手のひらでそっと叩くと、ぬるんだ風の中で左手がぺたんと間抜けな音を立てた。

2017-04-25

エクセルはクソな理由

エクセルはクソ!!!もうほんとクソ!

 

もうイライラばっかりしているけれど、まずは自己紹介しておく。

わたしは今年度から新入社員研修やらを終え、ここ数日エクセル使う仕事をやってみていた。

ちなみに今までエクセル経験値はほぼない。これまでも、なんとなくエクセル嫌悪感を感じていて、なるべくエクセルを避けていたし、これまではそれでなんとかなってきた。しかし今般、エクセル業務で触っていて、今まで何に嫌悪感を感じていたのか、その理由がはっきりしてきた。

今回ここにその理由を記録しておこうとおもう。

なお、事前に断っておくが、エクセル有用かつ重要であることは認識している。

  

エクセルがクソな最大の理由

 

入力と閲覧が一緒

 

もう色々クソすぎて何が重要なクソ加減かを理解するのに時間がかかったけど、おそらくここが最大にして最悪のクソなポイントではないだろうか。

今回、とある共有フォルダ(社内NAS)を参照していた。そこに置いてある某かが作成したファイルを参照しながらデータ作成作業しなければならなかったからだ。ウインドウ並べたりするのにさえ難儀しながら、やっとこさデータ作成し終えた時、参照していたファイルの一部を書き換えてしまっていることに気がついた。慌てて☓ボタンを押して消したものの、ファイルは書き換えられたままになってしまっている。

…なんということだ。こんなことが起こるのか…。唯一の救いだった CTRL+Z さえ、ウインドウを消してしまった今はもう使えないではないか

記憶を頼りに、なんとかデータを復旧させておいたが、他にも何かデータを書き換えてしまっていないか気が気ではない。

どーしてこんなクソ仕様になってしまっているのだ。理解不可能だ。

 

エクセルがクソな理由その2

 

インターフェイス統一感がなさすぎる。

 

なんなのだこの汚いタブやらアイコンだらけのインターフェイス。おえー。

テレビリモコンかよってくらい並んでるやんけ。何より統一感がなさすぎる。上に、下に、ポップアップに、右に左に。

アップル製品のように直感的に操作できるように!!とまでは言わないけど、せめてインターフェイスルールの数は減らすべきではないのか?おかげで、シートの枚数が他にもあることに気が付かなかったじゃないか

 

エクセルがクソな理由その3

 

機能を充実させすぎ

 

子供の頃、10得ナイフに憧れて、買ったはいいけどプラスドライバー以外全く使わなかった事を思い出した。この機能てんこ盛り!!もりもりさせればいいってわけじゃなくないですか?機能の取捨選択とか、そーいうのじゃないのですか??

そして何より私にとって問題なのは、それらの機能ON状態で始まること。あらら〜突然グラフが出てきたり、あらら〜入力した小数点以下が勝手に表示されなかったり、困っちゃうじゃないか。これの何が問題かって、ON状態で始まるということは、「知ってなきゃいけない」ってこと。学習コスト必要で、新規参入障壁をとても高くしている。もちろんその機能の分だけインターフェイスは増えてぐちゃぐちゃになるしね。データを閲覧、参照したいだけの人も知っていなければならないルールになっている。オフィス検定含めたトータル商法かよって。

 

エクセルがクソな理由その4

 

変化がわからない

 

セルはいろいろな数式やら書式やらで書かれているが、そのセル自体を参照してじっくり見ないと何がどう変わっているのかわからない。変化の具合を一つ一つのセルを見なきゃいかん。具体的には結局そのセル挙動を見なきゃいかん、あるいは、変な挙動したセルに「ん?」っと思って調べなければならない。これはなんだか、広い砂浜で一粒一粒の砂の形を確認しているような気分にさせられる。

この線は印刷されるのかされないのか、この非表示領域データコピー範囲に入ってるのかいないのか、ほうほう、こんなA列の左の線はちゃんと入ってるのか。そしてなぜ私はエクセル挙動テストをしているのか。 

 

きっと私の感じ方の何かが間違っているから、エクセル社会の根幹に溶け込んでいるのだろうけど、それが何かがわからない。。

http://anond.hatelabo.jp/20170425121301

エクセルはクソな理由

エクセルはクソ!!!もうほんとクソ!

 

もうイライラばっかりしているけれど、まずは自己紹介しておく。

わたしは今年度から新入社員研修やらを終え、ここ数日エクセル使う仕事をやってみていた。

ちなみに今までエクセル経験値はほぼない。これまでも、なんとなくエクセル嫌悪感を感じていて、なるべくエクセルを避けていたし、これまではそれでなんとかなってきた。しかし今般、エクセル業務で触っていて、今まで何に嫌悪感を感じていたのか、その理由がはっきりしてきた。

今回ここにその理由を記録しておこうとおもう。

なお、事前に断っておくが、エクセル有用かつ重要であることは認識している。

  

エクセルがクソな最大の理由

 

入力と閲覧が一緒

 

もう色々クソすぎて何が重要なクソ加減かを理解するのに時間がかかったけど、おそらくここが最大にして最悪のクソなポイントではないだろうか。

今回、とある共有フォルダ(社内NAS)を参照していた。そこに置いてある某かが作成したファイルを参照しながらデータ作成作業しなければならなかったからだ。ウインドウ並べたりするのにさえ難儀しながら、やっとこさデータ作成し終えた時、参照していたファイルの一部を書き換えてしまっていることに気がついた。慌てて☓ボタンを押して消したものの、ファイルは書き換えられたままになってしまっている。

…なんということだ。こんなことが起こるのか…。唯一の救いだった CTRL+Z さえ、ウインドウを消してしまった今はもう使えないではないか

記憶を頼りに、なんとかデータを復旧させておいたが、他にも何かデータを書き換えてしまっていないか気が気ではない。

どーしてこんなクソ仕様になってしまっているのだ。理解不可能だ。

 

エクセルがクソな理由その2

 

インターフェイス統一感がなさすぎる。

 

なんなのだこの汚いタブやらアイコンだらけのインターフェイス。おえー。

テレビリモコンかよってくらい並んでるやんけ。何より統一感がなさすぎる。上に、下に、ポップアップに、右に左に。

アップル製品のように直感的に操作できるように!!とまでは言わないけど、せめてインターフェイスルールの数は減らすべきではないのか?おかげで、シートの枚数が他にもあることに気が付かなかったじゃないか

 

エクセルがクソな理由その3

 

機能を充実させすぎ

 

子供の頃、10得ナイフに憧れて、買ったはいいけどプラスドライバー以外全く使わなかった事を思い出した。この機能てんこ盛り!!もりもりさせればいいってわけじゃなくないですか?機能の取捨選択とか、そーいうのじゃないのですか??

そして何より私にとって問題なのは、それらの機能ON状態で始まること。あらら〜突然グラフが出てきたり、あらら〜入力した小数点以下が勝手に表示されなかったり、困っちゃうじゃないか。これの何が問題かって、ON状態で始まるということは、「知ってなきゃいけない」ってこと。学習コスト必要で、新規参入障壁をとても高くしている。もちろんその機能の分だけインターフェイスは増えてぐちゃぐちゃになるしね。データを閲覧、参照したいだけの人も知っていなければならないルールになっている。オフィス検定含めたトータル商法かよって。

 

エクセルがクソな理由その4

 

変化がわからない

 

セルはいろいろな数式やら書式やらで書かれているが、そのセル自体を参照してじっくり見ないと何がどう変わっているのかわからない。変化の具合を一つ一つのセルを見なきゃいかん。具体的には結局そのセル挙動を見なきゃいかん、あるいは、変な挙動したセルに「ん?」っと思って調べなければならない。これはなんだか、広い砂浜で一粒一粒の砂の形を確認しているような気分にさせられる。

この線は印刷されるのかされないのか、この非表示領域データコピー範囲に入ってるのかいないのか、ほうほう、こんなA列の左の線はちゃんと入ってるのか。そしてなぜ私はエクセル挙動テストをしているのか。 

 

きっと私の感じ方の何かが間違っているから、エクセル社会の根幹に溶け込んでいるのだろうけど、それが何かがわからない。。

そろそろMastodon

Web2.0は――もはや完全に死語となってしまったが、

個々人のネットワークからまれ価値称揚することで、リアル権力者が持つ唯一絶対性を崩そうとする運動だった。

その目論見どおりに、と言っていいものか、

結果としてオールド・マスメディア価値は薄れ、ボトムアップムーブメントによって国家崩壊するまでに至った。

が、その一方で。

メトカーフの法則によりネットワークはひたすらに強化され続け、インターネットメガコミュニティけが生き残る世界と成り果てた。

メガコミュニティ巨大企業を生み、人々はその庇護下に取り込まれ、かつての自由インターネットは消え去った。

賛否両論はあるだろうが、

自由からこそハンドアックス携帯して自身を守れ」といった殺伐としたインターネッツよりも、

なんだかんだで上手くやってくれる「大きな政府」のほうが(たとえ息苦しくとも)生きやすいことは確かだ。

ホームページからブログへ。ブログからSNSへ。

しかし、Mastodonはその流れに逆行する。

企業の傘下から脱し、再びユーザーに「持ち家」を与えようとしているのがMastodonである

早々に企業に取り込まれたのは笑い話だが、これからどのように発展していくかはまだ分からない。

Gumroadは死して(まだ生きてるよ)マイクロペイメントの皮を残した。

Mastodonもふもふの毛皮以外の何かを残す可能性も十分にある。

さて、Twitterの最大の発明は、グローバルタイムラインを隠してフォロー/フォロワー関係を中心に据えたことだった。

これにより「相手の家を訪問する」というアナロジーはようやくにして消え、ウェブサービスは初めて「インフラ」となったのだ。

RSSリーダーは惜しかったね。

個人領域の確保を目指すMastodonが、個人領域破壊したTwitterを模しているのは面白い

どうもこのMastodonというのは古代生物がそのまま現代に姿を現したもののように思えるのだが――

Mastodonグローバルタイムラインははたして一時的存在なのだろうか。

2017-04-24

政府が定めるセクハラ基準だと、矢吹健太朗女子トイレマークの件はアウト

https://shonenjumpplus.com/article/entry/heppoko_03

編集部には女性社員がいなくても、他の部署から女性社員が来ることはあるだろうし、契約している作家取引先など、社外の女性がやってくるということはあるはずだ。

女子トイレはそういう来客に備えて設置されている。

  

彼女たちは遊びに来ているわけではなく、仕事のためにその場所へ来ている。

政府ガイドラインに従えば、これは彼女たちにとって「職場」と言える。

男女雇用機会均等法および厚生労働省指針では、「職場とは社内だけではなく、業務遂行に際して必要取引先の事務所顧客の自宅、出張先、取材先、業務使用する車内なども該当する」とされています。つまり、「職場」といえどもその範囲は広いものとなっています

出典:法務省企業における人権研修シリーズ

http://www.moj.go.jp/jinkennet/asahikawa/sekuhara.pdf

  

そして、職場でのセクハラの事例としては、次のようなものがある。

性的言動の例

性的な内容の発言

性的事実関係を尋ねること、性的な内容の情報(噂)を流布すること、性的冗談からかい食事デートへの執拗な誘い、個人的性的体験談を話すこ

となど

出典:厚生労働省事業主の皆さん 職場セクシュアルハラスメント対策あなた義務です!!」

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00.pdf

女性トイレパンツを脱ぐことがエロいと語ってみせ、明日以降この"職場"に来るであろう女性たちにそれを聞かせていることは、引用中にある「性的冗談からかい」に当たる。

今回公開された漫画はまさにそういう内容であるし、しかもその中で、「ジャンプ関係者女子の皆さん!編集部にお越しの際は是非女トイレにお立ち寄り下さい!」という呼びかけがある。これは実在する女性たちに向けられた言葉だ。

   

この呼びかけ行為を完全なフィクションだと見なせるだろうか? それはほとんど不可能だと思う。

漫画の中では作者が自分たち自身キャラクターとして登場させ、編集部にある本物の女子トイレを使って写真撮影をおこなっている。いわばルポタージュ風に描いた漫画なのである。ゆえにこの作中で彼らがしゃべっているセリフは、彼らが現実世界でそのとおり発言したも同然だ。

漫画という表現手段は、文章映像とおなじく、フィクション創作をやるために使える一方で、作者の言葉ありのままに伝えるための道具にもなる。その使い方次第では、作者が現実にそういう言葉をしゃべったものとして見なされる。すなわち脅迫罪威力業務妨害名誉毀損などの適用対象になるわけだし、当然ながらセクハラになるケースだってある。

  

  

  

※1 あのデザインは、写真撮影ときにだけトイレに紙で貼り付け、その後ですぐに剥がして元の状態に戻したという。

もしそうならば、漫画掲載時にそのことを説明するべきだった。私もどうせ剥がしたと思っていたが、その点は確証が持てなかったし、実際にこのトイレを来客の女性たちに使わせるつもりがあったかどうかが不明であった。

本論で述べた"呼びかけ行為"も、フィクション領域を飛び出して現実世界干渉しているわけだし、とにかく現実虚構区別がつけづらい作風になっていて紛らわしい。それを後になってからネタでした、これはフィクションなんです!と言われても、そういうのは人騒がせすぎて困る。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1704/23/news021.html

  

※2 そもそも『ToLOVEる』は裸や変態シチュばかりのエロ漫画であるから、それを職場女性に見せるのはセクハラではないのかという問題がある。

もっとも、雑誌編集部職務としてエロ漫画を取り扱っているということと、職務従事している女性性的からかい言葉をかけることは、やはり峻別されなければならない。

2017-04-23

キモオタ敗北w

「こっちの領域リア充は来るな!」と言いつつ、

人様の領域キモい絵の標識張るなんて

どちらに正義があるか、幼稚園児でも分かること

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