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はてなキーワード: 商業とは

2017-03-27

好きだった同人作家さんが亡くなっているみたい

おねショタ最近商業書いていた作家さん

最近同人誌もだしてないなと調べたら、

入院して退院しました!ってツイートの後、ここ半年どこにも活動がない

好きだったんだけどな

2017-03-22

日本ポスト主義化と経済成長のまいた種

20世紀公共交通一強の時代が長く続いた。交通手段公共交通こそが超大国だった。世界から評価される、エコ経済的バリアフリー…多くのヒト・モノ・カネが鉄道界隈に集まり鉄道を中心に都会が動いていた。この流れからの大転換が日本人ポスト主義化だろう。

新自由主義を掛け声に、公共交通破壊蔓延する。貧民の末裔権力を手にした公共交通はあまりにも汚物象徴になってしまいそうだ。その一方で、自動車バスオートバイの躍進はそれを象徴としていて、過去には暴走族があったが日本人努力によって脱却している。

都会の宝、交通象徴という特性をより伸ばしていくことで発展を続け、世界中の人に優れた都市交通の手本を示し続けた日本だが、逆に言えば、その普遍的テーゼを失ってしまえば価値は大きく低下することになる。鉄道だけとっても他の国の方が優秀そうで、利益公益バランスが取れているように見えるのが、事実だ。

今はまさに分岐点を通過した直後だが、今後はさらに鮮明になりそうな気がする。日本私鉄がそのまままるごと公営化されたりとか、自転車であふれている都会の繁華街などが、いつの間にかバスオートバイに変わったりとか。日本の古きよき光景も変わることになる。



2010年代以降のメインカルチャーがまるで低迷する一方、今日繁栄する文化には共通点がある。どれも経済成長期に台頭した文化だということだ。自動車オートバイだけではない。たとえばオタク文化なんかまさにそうだろうし、特に漫画アニメが目覚ましい発展を遂げた。

最近息を吹き返した据え置き機ゲームも、ソシャゲと言われているオンラインゲーム台頭前は主流だったし、日本大衆ゲーム文化京都花札屋が原点にある。素晴らしいゲーム一見価値があるので、中古ショップオンラインで買って一度遊ぶといいよ。

急激な経済発展を遂げている商業出版界隈だって高度経済成長多様化した。太田出版と言えばサブカルチャーイメージで、過去には完全自殺マニュアルの苦い歴史があり、元少年Aの出版を引き入れたと言われてはいる。しかし、それを除けば普通サブカルチャー本ばかりだ。

すべては「高度経済成長のまいた種」である日本の文化自体がそう。たまたま20世紀には、メインカルチャーが一強構造だったが、21世紀にはそれがサブに、下層に、未知の領域にすら分散しているということ。これをどう付き合うか、私たちも考える必要がある。

同人誌販売オートバイを利用する若者は今では当たり前だという。いずれも昔は有り得なかったものだ。今でこそ中高生でもできるような商業デビューアプリ作成も昔なら不良文化(私の父が高校時代小説出版で当時のお金で何十万円数百万円かもらって停学になりかけたことがある。)で、そのイメージを払拭したのが1980年代2000年代若者たち。これが今の現実の礎を築いたんだろう。

2017-03-21

漫画家編集が揉めるという話を前ほど聞かなくなった

何故かと言うと、編集側もようやく「人間には相性がある」と気づいたからだ



バクマンにもあったように、今までの世界では「編集を変えて欲しい=面白い漫画を描いて編集ねじ伏せられない」ということになっていたので、

雑誌を去っていった漫画家は「勝手に来なくなった」とか「田舎に帰ってしまった」とか「実力がなかった」ということになっていたらしい。

(そもそも商業漫画編集二人三脚で作るもので、ねじ伏せられるような漫画をみんなが描けるのなら編集は要らないのだが。)

2017-03-20

全然あの元増田関係ないけど、マイナーに見えて商業的にある程度成功してるじゃん、

ってもんしか自慢しながら紹介しないのな。はてな特に

マイナーサイトWEB漫画が超おもしれー、とか以前の胎界主みたいなブームは起こりそうにもない。

発掘する気なんてさらさらなくて、そこそこ人が集まっているものを珍重して壁を作る。

俺はこんなマイナーもの知ってるんだぞ、と。

「違うよ、それなり有名じゃないか。いや知らんこともあるけど成功してるよね既に」

そう感じることがとても多くて。

分水嶺リトマス試験紙としてではなく、発掘者として振る舞うほうが面白くないか、なんて。

本当にマイナーもの紹介しても無反応のもどうなんだこれ、とも思う。

昔は良かった話なんだろうなこれ。

2017-03-17

好きなら買えっていうのは金持ってないノイジーマイノリティは黙ってろってこと

意見反映させても商業的な旨味皆無なのにうるさいばっかりのやつは黙ってろよってこと

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314111825

こういう前向きな提案として、ドラッグストアとかに働きかけるならいいけど、彼女らはネットで悪意を撒き散らせれば満足みたいだからなぁ…

割とどこにでもドラッグストアあるし、あえてコンビニで置いて欲しいっていう需要は低いから置かれないんだと思う。彼らはPOS管理しているか商業的に見込みがあれば、置くと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170314014505

あらゆる個人商店が連中のせいで駆逐され、店長バイトに酷い労働を強きつつ

もはやインフラ同然の存在になってるコンビニにまだ商業的な行動規範を求めるのか

日本人ノブレス・オブリージュ理解できないとはホントのことだったんだね

道理経営側のヘマが消費者労働者転嫁されるわけだ

バカ消費者はそれにも気付けない

天道様(社長)は天皇よりも偉大だから

2017-03-13

男女どちらにも受ける作品って


最近アニメを見ていて思うのは話やキャラデザ

男女ともに受ける作品を作ろう!というコンセプトで

作られている物が増えてきているのかなということ。

特にオリジナル原作付でもアレンジが強いもの

その傾向にあるように思える。



確かに特定の層に向けてそれが外れたら痛いというのも

特定の層を意識した作品です!としてしまうと企画として

通りにくいのもわかる。



でもそれって「どちらにも受ける作品」じゃなく「どっちつかずな作品

なんじゃないのだろうか。

確かに成功例はあるし、自分が思い浮かぶもの商業的に成功している。

ただそれにあやかって自分自分もとどっちつかずな作品を作るのはどうなのだろう。



どっちつかずな作品を2つ作るくらいならそれぞれ向けの作品

一個ずつあったほうがありがたいし面白いものを作れるんじゃないの?

最大公約数的な作品ばかりじゃつまらないよ

2017-03-11

好きなエロ作家

凄い速筆だったのに急にサイト畳みます宣言したり

商業作家になってpixiv更新がぱったり減ってしまったり

月一くらいでノクターン投稿してた人がもう半年以上更新してなかったり

イヤちょっとさすがにこれはオカズにできないかなっていうアナル責めスカトロ作家になったり

好きな人がことごとくあれ?あれあれ?という状況になっていて

なんなんだ?観測効果ってやつか?違うか……

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307151850

というかこの手の商業サービスで1つ1つの投稿登録事前審査するものなんて存在するの?

例えばネットショッピングモールでも出品者としての登録の時には審査はあるだろうけど

1品1品の出品が事前審査の上許諾制になってるものなんて存在しないよね?



登録された業者を信頼して問題には事後対応ってのが普通では

○○選挙というAKB最低のレガシー

二次三次わず、あれのせいでグループ内でも内紛が当たり前のように発生するようになった

昔は「○○の方が可愛い」「嘘つけB専」とあくま主観的なおふざけdisで済んでた

人気な推しが前面に来るような、商業上の序列無視することが出来た

今は数値として明確に序列が付く

上位は下位を心置きなく罵倒でき、下位は下位の小汚い争いに甘んじるのが当たり前の光景

糞ったれ商売としては正解だが、あれで大多数の人間幸せになれたのか?

2割が甘い蜜を吸って、8割が辛酸を嘗める娯楽を娯楽と言えるのか?

偶像は死んだ

2017-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20170306211528

読者が楽しめない物を描いても意味ないだろ

そんな商業作品は山ほどある

心配いらない

http://anond.hatelabo.jp/20170306201117

読者が楽しめない物を描いても意味ないだろ

馬鹿かよ

商業作品が合わないならネットで暗い話だけ探して読んでれば?

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304132425

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

 

あの作品アイドル=カワイイを脱却できていると思う点は大きく二つある。

ひとつは、主軸として「(私達で)終わりにする」物語だというところ。

カワイイという他人に媚びた、というと言い方が悪いが、他人のウケに依存する状況を続けていると、

どうしても商業的になってきてその「カワイさ」を演じ続けることを強いられるようになっていく。

それは現実的に考えても辛いことだし、アニメはい女性人間、歳をとり成長し進学就職していくもの(=ずっと一緒には居られない)というリアル思考が、暗黙的にキャラクターたちにも存在していた。

そこで彼女たちは、アイドルという青春を引き伸ばす道を選ばずに、作中にして若干1年、現実声優ユニットとしても5年で「おしまいにした」。

それも、人気の絶頂最中でその決断を、予め意図したとおりに断行した。

その振る舞いには、これまでのアイドル文化に対して投げかけるような強烈な思想を感じる人もいるだろう。

作中のライバルグループは、メジャーデビューして続けていくことを選んだが、

彼女らはそれを否定するでもなく、「私達がどうありたいか」という思考を大切にした。

その思考について、本編だけでなく劇場版の過半をそれに割いてまで、伝え続けた。

そういうところが非常に現代的だと思うし、観る者に旧来のアイドルからアップデートを促すようにも感じられる。

 

ふたつ目は、作中における「カワイさ」の表現について、あくまでも彼女自身の「カワイイ」観・美意識に基いているところ。

パフォーマンス自分たちの手で、裁量で、決定し作り上げているというところから現代的な感覚に寄り添う配慮がみられる。

そもそもアイドル活動部活という設定にしたところからそうだけれど。

もちろん美少女ものメディアを原点にした作品から彼女らが自発的表現した「カワイさ」自体男性ウケに寄せてあることは否定しない。

けれども内発的に行動している設定にすることで、「やりたくないけどウケの為にやらされる」ような見る側も心苦しい媚び方を見せなくてよくなった(少なくともアニメ上では)。

それどころか、彼女らの美意識に従えば、それの転び方によっては「ウケは悪いが独特な自己表現をするグループ」になっていたかもしれない。

実際に作中で迷走してロックバンドKISSコスプレをしだす一幕があったほど。

ともかく、そうした主体的に行動するウーマンパワー的な土壌を作っておくことで、女性視聴者作品を受け入れやすくなった。

結果として「一見男性向け作品なのに女性ファンも非常に多い」コンテンツとなった。これも今時のヒットコンテンツではよくある現象だ。

ちなみに、この「自分たちカワイイと思うことはやるけど、そう思わない(嫌な)ことはやらない」という、

女性アイドル自身尊厳を守るというかパフォーマーとしての意志尊重する動きは、大手に属さずにアイドル的な活動をする現実若者にも広がっており、

もはや今の若者はそういうグループしか応援しない、と言うと大げさだが、そういう審美眼はちゃんと持っている人が多い。

他のアイドルアニメ作品でもそういう思想共通していて、例えばアイドルマスターシンデレラガールズも、

アイマス作品は土壌としてファンを大切にする文化があるにもかかわらず、アニメでは「ファンの期待に応える」ような描写ほとんどなかった。

描かれたとしても「ファンはいつも支えてくれている」というような、受容の存在として描かれていて、ファンの期待や要望圧力に従うような描かれ方はしなかった。

その一方で何が描かれたかというと、一貫して、アイドルたち自身内面の成長が描かれた。

ただ、外面から圧力がなかったわけではなく、それはプロダクションTV局側の方針との衝突いった形であらわれており、

それと折り合いをつけながら、けれども自分の守りたい個性や魅せ方も守っていくあり方を、

周囲の支援のなかで「彼女自身が」見いだしていく、という大筋になっている。

やはりラブライブと同様に、いい意味で「内輪で閉じている」のだ。そしてそれを良しとしている。

まるで、この世界プロデューサー仕事は、個性的な人たちの自己実現を助けることが主で、

その過程で生まれキラキラパフォーマンスという副産物に変えて売っているかのよう。

そして、「それは創作上だからこそできる綺麗言だよ」とはもはや言い切れない時代だと感じる。

 

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

他人目線価値観に、自分生き方翻弄されたくない。

自分たちがやりたいようにやるから共感してくれる人はついてきて。

そういう思想ベースに、角が立たないように上手にやっていく。

これが多様化した文化の中にある、今のリアルアイドル

もちろんそういう風潮にもマイナス面は当然ある。

商売に長けたプロデューサー主体性を奪われないために、アイドル自身セルフプロデュース力が求められる。

成功するグループとしないグループの差はより残酷可視化される。

けれども私たちは、往年のアイドル文化を作ってきた人たちが、丸坊主にしたり惨めな謝罪会見をさせられたりと、もっとむごたらしいものを見てきた。

からアイドル主体性を取り戻した「パフォーマー」に変化していくのは時代の流れだし、そういう価値観を含む創作がヒットするのも必然のことだと思う。

かつてのオタク文化評論などで有名になって文化人を気取っている40、50の方々は、やはり頭がカタくなっておられて、

まり最近アニメ、とくにアイドルアニメなんかについて好意的な評をしない、どころか言及すら嫌がるレベルで卑しめがちな感じがする。

けれど今、もっとも、文化的ホット考察すべきジャンルアイドルものなのだと私は思う。

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170303110229

スポーツなんて所詮見世物なのに意識高すぎィ

普通に仕事が出来るような連中がわざわざ人生をお遊びで無駄遣いしてる光景よりも普通には生きられない人達が頑張って体動かしてるの見たほうが感動的だと思わないの?

商業価値人材有効活用という面ではパラリンピックの方が優れているか

2017-02-28

ブラック日本的ムードに殺される前に、ゆとりムードを殺そう

ゆとりブームを生んだ日本社会は、このたびゆとり世代社会問題をめぐる自身見解を発表したのだが、これがゆとり評価は「意図と大きくかけ離れた結果」だと、「日本人イメージアップとしては成功だった」と、開き直りが酷い。

結果的に、1987年前生まれ1997年以降生まれは猛反発している。しかし、国民みな兄弟という国柄か、ゆとり世代特殊世代としての緊張関係を持たず同じ「日本一家」の横並び意識があるので、彼らがゆとり世代の歪んだ問題点を厳しく批判非難することは、できないのである

これは大げさな話ではない。ゆとり以前の日本人間性個人自己同一性がしっかりしていて、向上心の高さが評価の的だった。欧米人中国台湾人を見習ったようなものになれないぶん、差別化をはかっていたのである

しかしその時代教育がパッとしなかった。テコ入れ必要になり、順次まともな教育スタイルを打ち切って、今みたいな和製韓国人の巣になったのが1988年1996年まれ世代環境である。で、これで不良の人口はほぼゼロ人に、学歴レベルは平均的に底上げとなったが、人間の質という点では最悪になった。結果、韓国人みたいな精神を持つ人が増えて、究極的に没自アイデンティティで、現実を冷笑し理想を求める努力すらしない、韓国人北朝鮮人の間並みにダメになった人間が氾濫し、いじめが不良校でないところでも起きるようになり、行き着いた先がブラック日本的ムードだろう。先人の求めた夢や努力など壊死しているのである

すべては日本社会のを蝕む「ゆとり残滓問題である世代名前が変わり、ネット原住民、没民族主義になって、既存王道型のモデルがうまくいかなくなった時に、ひねくれた形で、せこい形で、低劣な手段弱者をだますやり口に転換し、すべてが単調で低級に卑劣になっているというわけである

で、ゆとり世代卑怯精神性がわず20年で中高年を筆頭とした日本人全体に染まった。日本右傾化SEALDsもそうだし、それに感化された支配層もそうで、愛国精神日本版阿Q精神という形で国民性もっとひどくなり、メディアネットのこれでもかと続ける冷笑・サブカル悪化を右から支えて助長している。

しかし、虚偽放送ヘイト番組社会問題になっているように、この手の世代精神社会的に与える悪影響はあまりに大きく、韓国社会精神をまねたようなマインドがまかり通れば、やがて彼らが日本人である証拠がなくなる。それでもかまわないと麻痺しきって、ユーチューバーや(一部の)商業小説漫画作家並みにイカれた連中がますます幼稚になっているのが、今のブラック日本たる原因の象徴である

ドイツナチス精神の克服ならぬ、中韓日帝残滓克服ならぬ、ゆとり残滓の克服こそ必要なのである大人努力次第で、きちんとした社会環境や本人のセンスさえあれば私みたいな三十路独身中流現役2ちゃんねらーでも不良を更生させられる時代で、まして上流が人間的に落ちぶれてもそれなりにパワーがあって様々なノウハウもあるのだからゆとり世代の再教育ゆとり残滓の精算は思い切り次第で簡単にできるはずだ。

日本社会よ。今こそ人間的に落ちぶれたゆとり世代を、再教育させ、立ち直らせよ。欧米どころか中台にさえ抜かされた名誉を取り戻せ。人間性から社会環境から商業社会から、あらゆる常識世界水準に底上げしなければならない。支配層も。今、ゆとり社会を脱しなければ、一生ゆとり社会、リトル韓国のままだぞ。

2017-02-25

不倫経済効果 尺葉遅漏 



第一

賑わう飲食店の片隅に今日も落ち合う特別な日

第二章

やがて散り逝く定めならば

第三章

川の流れに逆らって

第四章

枯葉温泉

第五章

ハルマゲドン

第六章

別居

第七章

寝台列車

第八章

謎の女医X

第九章

スペースシャトルビンビワー

第十章

馬の工事こくまろ

第十一章

商業に雨は降る

2017-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20170221231215

それは流行が起きればどこでも起きる話だから気にするだけ無駄だよ

 

「より詳しい人」を

マーケット界隈ではイノベーターアーリーアダプターと言ってみたり

IT界隈ではハッカーと言ってみたり

博報堂パリピと言ってみたりするが

 

本質的には同じで、その「より詳しい人」の周囲には「盛り上がりたいだけの人たち」が自然と集まる

「より詳しい人」は「盛り上がりたいだけの人たち」よりも詳しいという点で優越感を得るが

同時にただ盛り上がりたいだけの人たちを軽蔑もする

 

でも商業的には、彼ら「盛り上がりたいだけの人たち」を取り込んだほうが良いと思う

彼らは権威に弱く、購買活動をすることでよりコミュニティの中にいるような状態を保とうとするから

 

けものフレンズ特に階層がわかりやすく出た面白い例だと思う

・1話のハードルを超えられるか

・その価値に気づけるか

・より深く楽しめるか

でいい感じにミルフィーユ構造になってしまった

1話すら見てない人が、「フレンズ」「〜だね」を口癖だと勘違いしたりするのとかね

 

痛し痒しなところもあるが、もう少し達観してサーバルちゃんのように多様性を受け入れると良いと思うよ

俺は2chアニメスレ最初の頃から常駐してるが、そろそろ住人らはミームのこと言わなくなった

それより7話について語るのが忙しいからね

 

 

 

関係ないけど、BLAME!似てるよね

パット全然似てないのに、似てるよね

木曜日ニコ生7話放送の前に、BLAME!映画情報ニコ生でやるから楽しみ

bonchacchanga、gudachanことグダポンです。

皆さん、おはこんばんちは。bonchacchanga、gudachanことグダポンです。私は文筆業と趣味社会を動かす所存です。活動の暁に、私自身の夢を実現したいと切望しています

恐らく1度しかない現世を大切に生きたいと願うことは、誰もが等しく同じであります。私は、社会の現状を改善する政策として、脱サブカル・脱日本を提起しております。詳しくはインターネットで公開しておりますので、ぜひご覧いただき、みなさまに実現に向けてお力添え賜りたくよろしくお願いします。

社会としては、具体的にまぁいろいろ考えておりますが、まず日本課題として、大日本帝国時代以降の社会問題について、後世課題への取り組みが70年なおざりになっております日本日本であるために、日本人私たちがなすべきことは娯楽社会の清算、モータリゼーション適正化知性主義への回帰でございます反知性主義が60年以上、日本社会を担ってまいりましたが、日本人が反知性で故郷を腐らせてきた、これは紛れもない事実です。その象徴たる娯楽社会、この前時代制度を排して、本当の意味での知的社会確立する。そのためには反知性主義の衰退、知性の回復まぁこれは様々な問題にもリンクしますが、私人からもこれを提起いたします。



日本問題になっている鉄道社会2050年代までに、国際標準水準にまで進める、これが私の政策です。鉄道利己主義一人勝ちしても、利己主義に徹して「客」などの関係者だけいい思いしても、自動車などの犠牲鉄道社会があることを考えなければ、日本鉄道社会はもう明日はありません。特に私鉄社会は、次の大災害後に、復興を機に脱却できるように、それまでのその場しのぎのインフラとし、いまは次の大災害への備えとして自身で非常時の移動手段の確保をすべきだと考えます

また、地方復興に向けて、都市鉄道高速鉄道公有化した上で、残りのJR含めた私鉄インフラ事業からビジネス観光産業に転換して、鉄道もっと文化商業に徹した、インフラ色を薄くしたビジネスとして振興していくことを考えております。その際に、私は都市道路改善すべきと考えております。そして、インフラ商売交通機関の分離と徹底します。そうすることで、日本はいくらでも産業化しうる資産が、たくさんまいくらでも眠っているのです。

日本人とりわけ日本人の云う都会人がいま、いまというよりこれまで平穏で来られたのは、地方郊外でほんとうに犠牲になっている車社会被害貧困問題被害必要以上の富裕層人口の増加、そうした困窮を横目に一人勝ちしてきて、閉鎖的社会に閉じこもっているという現実がございます。そうしたものから目を背けて、自分たちばかりのことを考えても、日本いや都会や地方社会自体良くなることはございません。現実を良くするためには、外へ目を向けることが必要です。

詳しくは、ぜひインターネットに掲げてありますので、ぜひ細かいことについてはそちらを読んでください。皆さまのお力添えをよろしくお願い申しあげます

2017-02-15

山本一郎やまもといちろう)氏の過去発言

FLASH』(光文社2008年9月2日号 No.1017

山本一郎切込隊長ネット人民共和国Ver2.0」vol.40



「でも本当の注目は社民党だぜ。 <略>

護憲平和主義だと言うのは構わんが、何食わぬ顔で北朝鮮拉致とか協力しやがって。テロ片棒担ぎ放題じゃねえか。どのツラ下げて理想語ってるんだ。」



何食わぬ顔で北朝鮮拉致とか協力しやがって。テロ片棒担ぎ放題じゃねえか。



これ事実無根だったら完全にアウトな発言でしょ。

それとも事実だったから、社民党は黙認したのかな。




町山智浩氏と山本一郎氏がツイッター上でバトルを繰りひろげていたが...。

(ある時点で山本氏沈黙してしまったため、町山氏が一方的批判しているようにみえるが。)

町山氏は山本氏過去ネット上でのネトウヨ発言ヘイトスピーチ発言)を批判していたが、

ネットの中だけでなく、大手出版社光文社から発行されていた雑誌FLASH』の連載記事の中で上記のような問題発言をしていた。


本人および光文社冗談ですまそうとしているのかもしれないけど、冗談ですむ発言だろうか。

山本氏現在フジテレビワイドショー「とくだね」でコメンテーターをしているそうだが、もしこれからテレビに出演するのなら

公党を誹謗中傷した過去発言をきちんと謝罪したうえで出演するべきではないか

それ以前にフジテレビは、商業出版された雑誌で上記のような発言をしていた人物を出演させることについてどのように考えているのか。

是非、ご意見を聞かせて欲しい。


もっとも、社民党北朝鮮拉致に協力していたのが事実なら、そのような政党現在も堂々と活動していること自体、大問題だけれども。

2017-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20170214032001

古き良き商業レガシーイベントとして認識されてるから

テレビでいまだにバレンタイン・キッスとか流れるのをきくと、感じるだろ?

2017-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20170202144732

元増田あんまりオススメするから読んだよ、『ソシャゲライタークオリアちゃん』。

これ、普通につまんなくて出来悪くて、普通につまんなくて出来の悪いラノベってなんなの、ということを考えるのにすごくいい素材になってしまっているように感じた。

ラノベなんてみんな同じだろw」というような声がどこからともなく(というか元増田ブコメあたりから)聞こえてくるんだけど、そんなことはない、『クオリアちゃん』はかなり出来が悪いよ、ということをしっかり言っておきたいな、と思って、エントリを起こす。

小説としての出来云々じゃない部分、ソシャゲシナリオライターとしての主人公たちの生き方については

http://hishamaru.hatenablog.com/entry/2017/02/09/003000

http://anond.hatelabo.jp/20170203190941

この批判が当たっていると思う。

とりあえず俺はクララ先輩には機を見て空売りを仕掛けていくことをオススメしたい。

さて。

漠然と出来が悪い、と言ってもわかんないと思うので、サンプルを用意する。

と言っても、ここで新城カズマとか古橋秀之とか秋山瑞人とか石川博品とか出してもそういうのは例外と流されるだけだと思うので、もっと普通っぽい奴を見繕いたいところ。

例えば、商業性があると評価された実績のある人が書いた作品、すなわち「アニメ化作家の新作」と、ラノベ業界作品を送り出す人たちが評価して世に出した「新人賞受賞作」……と考えて本屋ラノベ棚を見てたら『勇者セガレ』((アニメ化作品はたらく魔王さま!』の和ヶ原聡司の新作))というやつと『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』((第29回ファンタジア大賞大賞受賞作))というやつが目に入ったので、買ってきた。増田のために『クオリアちゃん』と合わせて2000円くらい課金した計算である

http://dash.shueisha.co.jp/bookDetail/index/978-4-08-631161-8

http://dengekibunko.jp/newreleases/978-4-04-892615-7/

http://fantasiataisho-sp.com/winners/mother/

作品とも試し読みがあるので読み比べてみてほしい。冒頭だけだけど、それでも出来の良さの違いが見て取れるから

一見して『勇者セガレ』のレベルがとびきり高く、『お母さん』がその次、『クオリアちゃん』は論外、と俺は思うけれど、そう思わない人もいるだろう。

説明する。

小説には、概ね、お話が付き物だ。もちろん、お話で引っ張る小説は低級、みたいな話もあるんだけど、一般的エンタメ小説(多くのライトノベル一般的エンタメ小説である)においては、そういう議論はあまり考える必要はない。一般的エンタメ小説じゃないラノベに出くわす可能はいつでもあるので頭のすみっこにはおいておいたほうがいいけれど、でも、今回の三作品は全部一般的エンタメ小説志向なので大丈夫

さて、一般的エンタメ小説にはお話がある、という話だった。

勇者セガレ』なら、父親に異世界を救った勇者過去がある、と知ってしまった少年が、異世界での魔王復活を巡る騒動に巻き込まれお話。『お母さん』なら母親と一緒にMMORPG世界ダイブして冒険しながら親子関係を見つめなおす話。『クオリアちゃん』なら平凡な男が惚れた先輩に巻き込まれる形でソシャゲシナリオライターになる話。

んで、さっき示した試し読みで、そういう話だ、とわかるまでにかかる文字数は大体どれも同じ、5ページくらいなんだけど、その最初のとっかかりまでに与えられる情報無駄のなさを見てほしい。

勇者セガレ』は単刀直入お話全体像テーマ、というやつだ)を提示し、そのテーマについての主人公の開始時点での認識提示し、そして、それが揺るがされる場面が、いい意味で突然始まる。

『お母さん』はそれに比べれば随分もたつく印象だが、それでも母親と息子の関係物語だ、ということは十分手早く、一直線に提示されている、と言っていい。

クオリアちゃん』は無駄だらけだ。同級生に平がからかわれる話とか、いらない。

そもそも主人公の平凡さに何故ここまで言葉を費やすのか。クララ先輩にソシャゲシナリオライターの道に誘われる場面から入っていい。主人公が平凡さを脱して何者かになるお話なんだからスタート地点を明示しなければいけないのでは、というのは罠だ。平凡だ、とは、平凡という特徴がある、ということではない。非凡な特徴がない、ということだ。ならば、クララソシャゲシナリオの道に誘われるまで、何らかの特徴があるかのような描かれ方をしてはいけない。この主人公、狙ってか事故でか、かなり平凡ではないキャラなのだが、それもまあ、いいのだ。普通男子高校生と言って始まった話で主人公がとんでもない過去を思い出す、すげえ設定が明らかになるなんてのはよくある話だ。語り出す位置に変な癖をつけないことで間口を広められることだけが平凡な主人公という設定の美点で、それをこなしたらあとはどんどこヘンな奴にしていっていい。逆に、ヘンな設定をあとから盛りやすくするためにも、平凡さを積極的に描くのは悪手だ。

ここには多分、ライトノベルキャラクター小説である、という誤解がある。

商業性を認められたアニメ化作家も、送り手に評価された新人賞作家も、テーマ登場人物関係性を提示するところから小説を書きだしている。主人公人物像に無駄に筆を費やしたりしていない。主人公人物像を描いてはいけない、のではない。主人公人物像は、この際テーマ関係性よりも後回しにすべきだ、という話だ。

ライトノベルキャラクター小説だと早合点していると、主人公キャラクター性を提示するのが大事だ、と思い込んで、本筋のお話よりも先に名前からかわれるエピソードを入れ込んだりしてしまうのではないか、と思う。

そうした結果、ソシャゲシナリオライターの手伝いを頼まれるという展開の驚きが盛れなくなる。驚きのない掴みは最悪だ。

そもそも、ソシャゲシナリオ仕事を手伝うことになるって普通に考えて驚くような話なのか、という問題はある。

ソシャゲシナリオ仕事の手伝いを頼まれて驚くのは、ソシャゲシナリオに関わることをまったく想定していなかった場合だ。主人公脚本科の学生なんだからゲームであれシナリオ仕事を頼まれるのは、そんなに違和感のある話ではない。先輩に手伝ってと頼まれた、なんてのは、ライターデビュー王道と言ってもいい。

どうすればソシャゲシナリオライターデビューで驚きを演出できるのか。主人公ソシャゲを嫌いだ、という設定にしたらどうだろう……と王我は作者にささやいてはくれなかったのだろうか。

これも、関係性やテーマを後回しにしたことで生じた問題だ。ソシャゲ主人公関係をちゃんと設定していないから、こうなる。

ソシャゲマニア制作現場に関わることで現実を知る、でもよし、ソシャゲ嫌いが制作現場に関わることでソシャゲを認められるようになる、でもいい。ソシャゲどころか物書きとさえ無関係主人公なら(脚本科に在籍し、名作の名台詞を書きぬいてノートを作っている主人公はどう考えても無関係ではない)ソシャゲというものに触れる、というだけでも驚きがあるだろう。

半端にクリエイター志望でソシャゲ特に何も思うところがない主人公、というのは、掴みのインパクトを出すには最悪だ。

テーマ関係性、お話というあたりにあまり気を回さず、四姉弟の設定とかでインパクトを出そうとしている((『涼宮ハルヒの憂鬱』の構造をいただいているつもりなのかなって思いついて、ちょっと戦慄した。あれはハルヒについての話をあの三人がしてくれる構造であって、異能者が三人ただ自分異能を見せてくれるという構造ではないのだ。))んだけれど、そりゃ読者にも驚く理由がないよね、としか言いようがない。『ハルヒ』は、読者と視点を共有しているキョンハルヒ普通少女だと信じる理由があって、だからこそ、超常的な存在なのだ、と語る長門たちの言葉に驚かされることができる。本作では、クララタイムリープしない、オーガが異世界転移しないと信じる理由がどこにもない。だから、平がどれだけ驚いても読者は( ´_ゝ`)フーンとしか思わない。

あとがきラノベ200作品勉強した、って書いてあって、それは感心なんだけれど、でも、勉強する方向を間違えてはいなかったか、そこは疑問。

ライトノベルキャラクター小説だ、とか、男オタク向け作品関係萌えじゃなくて属性萌えだとか、そういう俗説を真に受けて、バイアスをかけた勉強をしてしまったんじゃないだろうか。

結果、普通につまんなくて出来の悪いラノベになってしまったんじゃないだろうか。

 

なお、ソシャゲ周りの設定について付言しておけば、作中作初恋メモリーズ』のシステムは、『プリンセスコネクト』に似ている、らしい。まあ伝聞なので確言はできないんだけど、だとすれば、元増田が言うほどソシャゲとは違うものの話をしているわけではない。とはいえ、『チェインクロニクル』のライターが書いた本で『プリンセスコネクト』の創作秘話を読まされることをみんなが望んでいたかどうかは不明だけれども。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211150927

あんな奴をリベラルと呼ぶのはやめてくれ

迷惑だわ。

ただの商業左翼だよ

2017-02-08

アニメとの距離について書き捨てていく

「これは自分がハマりそうだな」と思ったアニメが、最初こそ低評価で「世間がどう受け止めても自分が好きならどうでもいいか」と思っているうちにあれよあれよと大人気になってしまったのを受けて。

話題に出す人が増えてしまったことに対して不快感が湧いた。

不快感の原因を考えるに、自分が好きだと思ったものが雑に触れられて雑に消費されている、という印象を持ったからだろうと思っている。

商業アニメである以上、売れることは喜ばしいし(アニメ制作環境問題点はここでは主題ではない)、そのためには人の口の端に乗らねばならないこともわかるが、愛のない消費のされ方はあまり好きになれない。

もちろん、愛があるとか、ないとかいうのも自分が計れる物差ししか計れていないし、自分の愛だけが正しい愛であると言い張れるほどに純粋でもない。

今まで強烈にハマったアニメでは、ファンは小さいコミュニティばかりで(どうも似た属性の人が多かったらしく)イベントなどに行けば名前は分からずとも他のイベントでも見たことがある人ばかりであった。似たような消費の仕方をしていた親近感があったのだろう。つまりは今までとは違い明らかに属性の違う人間が同じアニメについて語っている環境に寂しさみたいなものを感じているのかもしれない。それも私が勝手に抱いている感傷に過ぎないけれど、この寂しさに近い感情は、このアニメが想起させる感情通底しているような気はしている。アニメにおいてはそれは肯定的に描かれているが。

そして一方でこのアニメはいものであるからもっともっと流行ってほしい気持ちもある。感情簡単に割り切れるものではない。

しかしたら喫茶店みたいなもので、客がいなくて潰れてしまうと困るけど、自分が行くときにはくつろげる程度に空いていてほしいのかもしれない。

話にまとまりはないが、心にささくれのようなものを抱いたままにアニメを見続けてはアニメ純粋に楽しめなくなりそうで、とりあえず書き捨てておきたかった。

どうせ雑な言及をしている者はまた別のミームに踊らされるし、そうでなくて本当に、今後自分の心に刺さる最後に至ったとすれば、他の声など気にならなくなるはずだから、再び各種の考察や雑な言及に心動かされずにただ「世間がどう受け止めても自分が好きならどうでもいいか」とアニメ視聴を続ける予定である

2017-02-07

けものフレンズCG凄くない?

そんな気がしてきた

CGが雑って言われてるけど

よく見るとけもフレのCGほとんどのカットで横から顔を見た時に口が輪郭の内側にある

まり普通に3DCGでやると

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\\\\\
/ ●  川
 フ   川

こうなるところが

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\\\\\
/  ● 川
\▽  川

こうなっている

これはイラスト特に萌え絵だと主流の表現だけど3DCGでは苦手な部分で

ラブライブアイカツなんかのCGでも基本的後者になっている

これを解決する方法として↓みたいな方法があるけど

https://twitter.com/mozuya_/status/754632259559264256

商業作品で、しかもフル3DCGテレビアニメでこれをやってるのは初めて見る気がする

そもそもフル3DCGアニメとおえばバトルやアクションが主流なのに

癒し系萌えアニメをやろうというのは中々挑戦的な試みだ

意外とこの作品日本セルルック3DCGアニメ歴史の中でエポック作品として位置づけられる可能性を秘めているかもしれない

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