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はてなキーワード: 世代とは

2016-08-27

新海誠作品ターゲット

http://anond.hatelabo.jp/20160827142040



新海誠作品ファンだ。全部観ている。

しかしこの増田に書かれていることもよく分かる。



彼の作品は正直言って浅い。庵野秀明のように戦後すぐの映画作品思想的に吸収しているということもないし、宮崎駿に対する高畑勲のような思想的ブレーンもいない。

映像美とSF要素を取り去ってしまえば高校生恋愛を描いているにすぎない彼が、ポスト宮崎駿であるとは彼自身考えていないだろう。



このような新海作品本来ターゲット層は学生カップルだ(と思う)。恋愛人生価値の大半を占める学生世代にとって、恋愛を大げさに描いて魅せる新海作品ウケるのは当然だ。



しかし、新海作品は、その映像美・SF要素によって何か深淵メッセージが含まれていそうな印象を受ける。

これにつられて大人世代もこれを観てしまう。しかし新海作品は上述したように空っぽだ。そのため大人世代何だか裏切られたような印象を受ける。



おそらく増田もこうした裏切られたと感じた1人なのではないだろうか。

君の名は。見た。薄気味悪い感動系の駄作

すごいめちゃくちゃで、ふわふわとした話を圧縮して(いるかのように騙されながら)、勢いで見せられたという感じである

思いつくまま適当に文句を言います。誤字脱字はスルーしてください。読みやすさは保証できません。

単純に、これ、この二人の恋愛物語が、なんでこういう話でないといけなかったんだろうって思ってしまった。現実世界写実的アニメビジュアルで美しい世界でやっていればいるほど、プロットが進めば進むほど、リアリティがなくなって、ふわふわしてくる。秒速5センチとかは、ファンタジー要素は、クズ主人公が理由もなくモテること以外は別段、物語に存在しないから、ああいクズナルシシズム物語として説得力があったが、君の名は。みたいに大きな舞台設定をコントロールする力量がないからもうひたすらめちゃくちゃで、あきれる。なんか最後の方とかエヴァもどき精神世界みたいな描写とかもあったし。2016年あん描写見て、何を説得したいのか謎だった。もっと普通のドラマ描写を作って言いたいこと言えよ。

もし、これがテレビアニメ1クールだったら、予算も時間も潤沢でなく、画面にオーラもなくお得意の映像美もろくすっぽ使えないだろうから物語面が強調されて、みんながアレコレと粗を突っつくので「すごいきれいな映像の映画を見た!」っていう勢いがなくなり、凡作認定されていただろう。元々新海誠みたいなのって、エヴァンゲリオン村上春樹を創作のよりどころにしているような、たいして才能のない作家であって、自意識過剰独りよがりな恥ずかしい妄想物語を構築しようとする奴が一人で短編アニメをそういう感性で作ってそれが玄人筋セカイ系だのと変な刺さり方をしたせいで、なまじポエムとかキラキラした画面作りがうまかったせいで長編アニメ映画作家としてのレールに乗ってしまったのが間違い。このあたりの、「アニメーション映画作家」のブランド化を擁立する回路と発想の貧しさってかなり根本的にどうしようもないことになってると思う。漫画みたいにさ何十人何百人と作家がいるんならいいんだけど、新海誠って、ただ異様に夢見がちで異様にロマンチストなだけでしょ? それがこのひとの作家性でしょう? 東宝大衆向けに成立させるためにいろいろテコ入れ指導しただけで、悪いところは何にも治ってないよ。寝取られ趣味を指導されてセルフパロディで両想いハッピーエンドなんてところは作家の力量の場所じゃないだろう。

君の名は。にしたって文芸的な発想として、基本的にやってることは、ぶっちゃけ今やってるアニメだとリゼロあたりとほとんど変わらない。何か一つか二つ、使い古された仕掛けを元ネタとして、そこに自分価値観人生観恋愛青春家族観女性観男性観などを展開していく土台にするわけだけど、この映画雰囲気しかない。ひたすら美しい彗星を見上げるキミとボク、っていう。あそこから恋愛物語を出発させていくんだけど、それが、あの映画。40過ぎた男が「オリジナルで」やるのが、あれ。背景美術の美麗さ、超豪華アニメーター陣の画面の力をとっぱらえば、何がある? 単なる借り物の想像力自分語りしているだけでしょ? その自分があまりに貧相なんでもうつらいつらい。

 

ポスト宮崎? つまり20年後国民的な映画作家? 本当にこの人でいいの? まあジャニーズ帝国みたいにジブリ帝国だった時期があるせいでこういうことになってしまったんだろうけど、画面作りに非凡な才能があるというだけで、大した教養もない奴を神棚に飾らなければならないカリスマを祭り上げる発想が薄気味悪いし居心地悪いしもう最悪。

コイツ一度でもテレビアニメの平均的な予算と時間やらせたほうがいいわ。君の名は。ではこれまでついてきてくれたアニメーターたちを切り捨てて東宝マネーであてがわれた超豪華なメンツアニメーター引き連れて興行収入はこれまでの最高が1,5億を初日だけで軽々と塗り替えるくらいの大宣伝攻勢。プロデューサーたちは頑張ったよねえ。シン・ゴジラより興行収入あげちゃうかもしれないんだから宣伝はうまくいったよね。口コミはどうなんだろうなあ。シンゴジラみたいになるのかなあ。どう考えても駄作だけどなあ。

本編のうざったさは、まず、入れ替わりの際の決まりごとの曖昧さ、具体的なルール法則性の明示のされなさ。これにいらつく。元に戻れば記憶が薄れるとか、バカにしてるだろ。

頭抱えて「うう、うう、、、うううう君の名前は、、、」とかお前は上遠野こうへいのラノベキャラかっつの

他人と入れ替わったのに学校に行きバイトに行き、お互いの素性を知っても連絡を取ろうとしない。そんな日常を代行するくらい打ち解けても自分が生きている時間や日付に気付かないという脚本がわざと主人公たちをバカにしていて、もう序盤で冷めていた。写実的アニメのくせしてこのラインリアリティの話なんだなと。思春期の男女が入れ替わって? 家族や友人がそれまでと変わらずに? 陰口叩いてくる同級生の威嚇のために机を蹴っ飛ばすの? ホント大丈夫? そのレベルリアリティでやってくの? 女子力が高い男子高校生女子大生が仲良くなる過程のディテールもろくにかけないかランチして笑ってればいいの? 


前半のガバガバリアリティが死ぬほど退屈で、アホらしかったわ。憧れの年上のお姉さんのマネキンっぷり、生々しさの演出タバコって失笑でしかない女性観。もう一段階読み込むと、バカな男たちが惹かれる顔と身体だけの女として、あの先輩を描いているかもしれない。青春の幻影的な? まあ嘘だけどね。魅力的な現代的な女性像なんて新海誠に誰も期待してないでしょう。もう単純に、長澤まさみばりにいい女っていう記号でしかない。

主人公をめぐる人間関係にしたって、後半の探索を円滑に進めるメンツの確保のためでしかなくて、ハリボテ感がすごいんだよね。まあこういう部分はオリンピック見ても分かるように日本中スクールガールスクールボーイコンプレックスで単に学園物っていう牢獄にいるようなもんだから、ガキっぽい世界観になるのは国民病なんだけど、ただの事実として、選択した物語ギミックにふさわしい舞台設定の調整と情報量コントロールがド下手。何か原作をつけてアニメを作ったこともない、TV放送で1話20分で回したこともないんじゃそうなって当然だよ。

まあこういう勢いで迫力を出している、野生のバカであるがゆえの新海誠という作家性があるのも事実はいえ、君の名は。を名作として崇めようとするのはやめたほうがいい。新海誠文芸的にはリゼロと同レベルなんだから。あのバイト先のレストラン、高級シャレオツぶってるけど、客の民度から察するに最低ランクでしょ? パンケーキのお店のほうがランクはるかに上なんでしょ?  物語の動かし方がつまようじドキュン活用することでしか分からないんでしょ? やばいよ、あれは。つうか長澤まさみがなんか機転を利かすのかと思ったら謝るだけだったし、ガチ思春期男子が顔と身体だけであこがれてる女性っていうイメージなのかもしれないなあ。まあどうでもいいが。

最初から最後まで、子供っぽいふわふわした基準リアリティ物事が進んでいく。入れ替わりギミックぼんやりした設定だけじゃなくて、人間関係とかもヒロインにおいてすら、投げっぱなし。思わせぶりなセリフで色々匂わせるんだけど、それだけ。冒頭で、ヒロインとおばあちゃんが父親とうまくいっていないという物語的な課題提示しているのにほっぽりだす。ヒロイン家系の巫女的能力があることだけほのめかして、クライマックスの筋に絡まない。ものすごい空虚な存在でしょ、父親が。碇ゲンドウ的ですらない。母親なんて排除しちゃってるもん。




後半の畳みかけるような展開は、正確に把握できたかどうか自信がないけど、もしかしたら、きっちりつじつまが合うように作られているのかもしれないけど、仮にそうだとしても、見ている側との意思疎通がほとんど感じられない。何がどうなれば物語としてオーケーなのか、ゴールが正確に提示されないでしょ? 酒を飲んだら入れ替わりが発生するとか、そんなん言われても、法則性はないのでどうとでもなる展開でさ。

んで助けに来て、おばあちゃんは入れ替わりに気付いても、彗星の話は信じないとか意味不明だろ。父親を説得にも失敗して声を荒げたら「お前は誰だ?」というところでやっぱりあの家系は死んだ母親ふくめて代々そういうことがあったんだと示唆されるわけだけど、なぜか場面転換して逃げ出すように「俺じゃ説得できないのか」って好きな女性父親とのコミュニケーションを放棄して、なんか展開おかしいなあと思ったけど、彼女とバトンタッチ世代を超えて組糸の家族和解テーマかと思ったらそっちも何もない。わだかまりを解消するとっかかりが示されるわけでもない。

土建屋放送部とか、人間関係と設定がご都合主義なのはまだ許せても、カタルシスが用意できてない。子供と大人が揉めて、対立して、そこで何かしらのきっかけでうまくいきはじめて、カタルシスが生まれるはずなのに、あれ、なに? 避難訓練て。リゼロみたいに、自分が頑張ってますってアピールするためだけにあの状況があったの? 大人たちは? 


現実なのかよくわからない「たそがれ」の場所幻想的な背景の中でマジックで「好きだ」ださいわ~、普通書かれたらその場で見るだろ。ださいわ~。

何もかもが薄っぺらい夢見がちなファンタジー

そのへんのラノベアニメにないもんっつったら時間メタファ~()であるあの伝統工芸とかなんだろうけど、物語の中のアリバイ作りとかになっちゃってない? 組糸にしたって、ただのドラマティックな恋愛の盛り上げ役っていうかさ、あのアニメの中の世界であの伝統芸能がどういう存在でこれからどうなっていくのか、とか故郷災害で失い、跡形もなく消し飛ばされた人々は、東京でつつましく暮らし結婚とかしちゃいますよ? 憧れの先輩も結婚とかしちゃいますよ 君たちも幸せになろう? 頑張っていこう?

は?

震災の記憶自意識過剰文学青年出会って作品にしちゃう最悪のケースの一つ。自分たちを彩る美しい壮大な光景君の名は。の描く震災は、ロマンティックで残酷恋愛体験できるアトラクションなんだよ。BGMはRADWIMPSでさ。

要するに、子供の幼稚な恋愛の話しか興味がないし、子供の幼稚な恋愛の話しかできないの。この人は。庵野が言うコピー世代っていうのよりもう一段階ひどい。子供世界観でしか物を語れないうえに、何か題材を選んだとしても、それを自分自意識ファッションみたいに扱ってしまう。

なんか、今回の新海誠とりまメディアとかアニメファンの状況が、裸の王様が誕生した瞬間を目撃したような気分になる。

はてなーが冷静さを失うもの

シン・ゴジラネタ:絶賛しない奴を総叩き。それに疑問を呈する奴も総叩き。

任天堂ネタ:据置機惨敗携帯海外で激減という明らかな劣勢なのに一切それを認めようとしない。

iPhoneネタ格安スマホへの乗り換えが進んで若い世代でもiPhoneユーザー減ってきてるのに一切それを認めようとしない。

やまもといちろうネタ:とりあえずブクマしてとりあえず擁護

楽天ネタ:とりあえず叩く。アパレルに強いという意見が出ても、服を買わないはてなーにはピンとこないので叩く。

2016-08-26

仕事人間の母が専業主婦を選んだ理由にひれ伏す

母は仕事大好き人間で、許されるならずっと働いちゃうタイプの人だった。らしい。

でも母が外で働いている姿を見たことはない。

私を産んでから30年、ずっと母は専業主婦である


子どもを産んだことによって

母は大好きな仕事を、あきらめたのだと思っていた。

そして、そのことにむかついていた。

んなこと頼んでない。

やっぱり仕事好きに育った私は今、当時の母と同じ29歳で、

しかし母のような選択絶対にできない。

それが後ろめたくて、母の「自己犠牲」にむかついていた。


先週、母とめずらしく二人きりになったとき

酒が入ってたせいかセンチな気分になって

これまで絶対聞かないようにしていたのに、

「お母さんは仕事続けたかったんだよね」「ごめんね」と、

愚かな言葉をなぜか口にしてしまった。やばいと思ったけど、覆水盆に返らず


母はちょっと黙ってから、優しく語り出した。




「いや…めちゃ斜陽産業だったから、このまま働き続けても先が知れてたし

29でキャリアチェンジ結構きついんだよねー。

使用ソフトみんな総とっかえされちゃって(技術職だった)

から覚えても、最初から覚えてる世代にはなかなか勝てない。

まあ企業としてもイチから教えるなら20代前半とるよね(笑)

当時、多くの女の人はそうだったかもしんないけど

仕事で何かを残せるかで勝負するルートにおける勝算が、正直なかった。

で、たいして実績も残せず人生後半に差し掛かったとき

あれ?自分人生ってなんだったんだろーとか思っちゃうよねえ。

それはやっぱりリスク高すぎだろーと思って。

で、人生でまっとうする仕事として投資効率が高いのは何かって考えて

選べる選択肢の中から出産育児を選んだわけで、

だいじょぶ何もあきらめてない。

やりがいリスクヘッジとしては結構オススメだよ!」




おかあさん、まじかよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160826222705

スレイヤーズで育った世代から、全く否定はしないけど、

そんなんばっかだなぁと。

http://anond.hatelabo.jp/20160826194528

当時のこと知らない世代かな?

新聞テレビ雑誌バッシングされまくってたよ

ただそうやって叩いてる人たちのほうが理屈が通ってなくて情けないって雰囲気

まともな人は挑発に乗らないでだいたい黙ってた気がする

今でこそネット情報いくらでも広まるけど

あのころ未成年売春なんて表の世界じゃ本当に存在しないことになってたか

インパクトがすさまじかった

http://anond.hatelabo.jp/20160826175834

幸福度相対的比較しか測れない

公衆電話を使っていた世代にとってスマホは便利で幸福度を上げるものだが

スマホしか知らない世代にとってスマホは「当たり前」であり幸福度は上がりも下がりもしない

今後革新的機器が生まれればスマホ世代幸福を感じるだろう

しかし、もっと幸福を感じられる公衆電話世代はその頃にはこの世いない

シン・ゴジラ」と「あまちゃん

http://anond.hatelabo.jp/20160826072024

なるほど。

なんかよくわからないけど鋭い視点のような気がする。

わからんけど。



共通点はなんだろう?

1.オタク寄りの一般人を巻き込んだこと。

なぜ巻き込めたかのか?わからん

2.ボリュームゾーンは30~40代

なぜその世代なのか?わからん

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160815141438

同性愛であることを打ち明けられない世代ってそういう生き方になるのかもな。

共感羞恥』という言葉共感する人が多すぎる話

もともと10パーセントという話で。「へ~10パーセントなんだ。でも自分それかもしれない」的な風にツイッターで広まっている印象。

しかしどうも見ていると、それに該当する人が多すぎる。10パーセントってこんなに見えるのか。

いや、あの表を見た人たちの反応は10パーセントを優に超えているのではないか

そもそもあの表だけ見ると1「映画ドラマ漫画をまともに見れない」2「ドッキリ番組が苦手な人はそれが理由」3「感受性が強すぎる。すぐ泣く人と同類

くらいしか読み取れない。

1は慣れて無いで片付きそうだし

2は可愛い程度のいじめ要素に過剰反応してるだけだし(事実自分もそれが嫌いで見ないが、許容はしている)

3はそのままだし

なのでグーグル先生に連絡してみた。検索ボックスを使って。

英語論文が出てきた。くじける。しかリンク先を見る。日本語だ。安心した。(きっとこの症状にも名前があるのだろう)

大学院の出したショートレポートだ。とりあえず欧米でこの研究が進んでいるけど、日本でその話が積極的研究されているわけではないらしい(その言葉を知らない人が多いわけだ)

しかし難しい。数式とか出てきた。どうも性差とかの問題女性の方が感じる機会が多いらしい。しか日本では女性羞恥を良しとする文化があるので、否定的にとらえる感覚は少ないとも。馬鹿にはなにが書いてあるかさっぱりだ。

しかしどうもこれを読むに、まだ「共感性」と「羞恥感情」の関連があるとは、しっかり確認されていないらしい。

実はこれ、その辺が曖昧なので「観察者羞恥」とも呼ばれているらしい。おお、なんかしっくりきた。

また別の話も読んでみた。

ここでは「日本犯罪抑制する道徳の中に、羞恥がある。羞恥を良しとする教育がある」とも出てきた。

なるほど……つまり欧米では羞恥」という認識日本とは違い、日本よりも浸透していない。だからこそその研究が進み、名前までできたのか。

するともしや、日本では当たり前に存在し、認識されている感情なのではないか?(例:日本しかない肩こりみたいな)



そして馬鹿は易しい言葉を求めて、togetterにたどり着いた。

『"恥をかくシーン"が苦手な人たち』

http://togetter.com/li/889708



テレビよりもツイッターですでに大きく話題になってたのか。テレビツイッターの後追いになってるのかは分からない。

自分が読んだショートレポートも挙げられていた。

ここでまとめられている話の結論としては「よくある話」だ。

なので最初に戻る。果たして本当に10パーセントなのか?

共感羞恥ある!と言っているフォロワー(多かった)は、自分の目からすると平々凡々の少し自己主張が激しい人に感じた。

良くも悪くもだ。好きだからフォローしているのは大前提。でも良くも悪くも、こういうネタに乗っかりやすい人たちのようにも思う。

今回この「共感羞恥」が共感できる!と広まった背景は「10%」がキーワードだと思う。



人間感情を、国籍も分からない500人の男女(年齢差は10から80代までとある)の意見だけで一纏めにすることは、とても乱暴ではないか

10代と団塊の世代なんか、お互いほぼ宇宙人と話しているのと同じだろう。育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めない。夏がだめだったりセロリが好きだったりするのね。

多分この感情羞恥を良しとする世代と良しとしない世代、そして自己愛が過剰(研究論文の中にいつも一緒に自意識の話が出てきた)、大きな羞恥経験をした、または羞恥を飲み込めない経験が浅い若者に多く見られる(もしくは前述した漫画映画普段まり見ないので慣れていない)症状。もしかすると当たり前の感情なのではないか

アンケート世代を変えてみたら…1020代に限ってみたら、10%どころの話では無いのだと思う。

個人結論としては「研究者は当たり前のものに直ぐ定義名前をつける」。



もし日本でも一応研究されているが、結局のところ病名でもなんでもない「共感羞恥」がありふれた話だとしたら、なぜこんな風に広まったのか。

自分が少数者に行くことに優越感を感じることは、少なからずあることだと思う。この場合10%が少数だろう。

あとは、言わせないでくれ。



さてこれを書いた人は、共感羞恥共感するのか?

答えは「物による」。超面白い映画ドラマ漫画なら、羞恥シーンでも見ちゃうよね。しかあんまつまらないと、目も当てられないよね。

そういう程度なんじゃないの?と思う一方で、もしかたらこれに凄い悩みを抱いている人も居るのかもしれない。

そういう観点では、興味深い研究ですね。存在自体否定したいわけじゃ無いよ。



参考文献:SMAPセロリ

2016-08-24

はてなーが案外やさしかった件と、その他のもろもろ

母親結構な金が注ぎ込まれてる」(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626 )を書いた元増田です。




まずは予想をはるかに超えて、多くの方からかいコメントをいただいたことに感謝したい。

こんなにブコメがつくとは思わなかったし、ついたとしても、もう少し甲論乙駁するブコメになるかとおもっていた。





お金ことなど気にすることはない」という趣旨コメントを多くいただいた。

本当にありがたいし、そういうコメントに対してこんな返し方をするのも失礼なのかもしれないが、

本心を言えば、多分、そういう言葉をくださる優しい方々が心配するほどには気にしていない。

母は、当然の権利行使しているのだと思っている。



ただ、やっぱり現実に「60万円」という金額を見ると驚かざるを得ないのは事実だし、

どちらかというと気にしているのは「俺らが後期高齢者になっても、これが続けられるのか?」ということなのだと思う。

日本現在人口ピラミッドをみれば、そう思わざるを得ない。

その解決方法が、少子化対策なのか一億総活躍社会なのか、はたまた移民の受け入れなのか、難しいことはよく分からないが。






「きちんとQOLが保たれているから、ちゃんとしたお金の使われ方だ」「寝たきりに金を注ぎ込むのとは違う」という趣旨コメント散見された。

それはそうなのだが、ただ、では、どこで線を引くのかと言われると、それはそれで難しいのではないかと思う。

一度線を引いたら、その線の位置だんだんずらされていくのではないか? という危惧もあるし。


母はガンの罹患前、「あたしは別にそんなに長生きしたいとも思わない。元気なうちにポックリいきたい」という趣旨のことをよく言っていたが、

逆にガンと戦い始めてから生への執着が強まったように見える。

多分「長生きなんてしなくていい」というのは健康が当たり前な人の贅沢なのであって、

実際、死を意識し始めると、すこしでもそのタイミングを先に延ばしたいと思うのが本能なのではないか?と、最近考えている。

「いつ死んでもかまわない」といっている人に、「じゃあ、あした死んでもらいますね」というと、大多数は「え? ちょ、ちょっと、もう一日待ってくれ」と言い出すのではないか

で、「もう1日」が毎日続くのだろう。






自分の書いた増田リツイートされて回ってくるというのも、初めて経験した。

そのなかで @natorom さんが「はてな匿名ダイアリー抗がん剤加療中のstage 4の母親の話。医療費がメインのエントリーだけど、

現在抗がん剤治療リアル副作用がないわけではないけど普通に生活可能)が描かれている」

と、拙文を紹介してくださっていたので、この辺のことも触れておく。


母が抗がん剤治療を受けている、というと、患者ことなど考えない医者にやたらめったら薬を打たれ、

副作用でのた打ち回って悲惨きわまる闘病生活を送っているに違いないと勝手に思い込んで慰めてくれる人が、少なからずいる。

はっきりいって迷惑だ。

確かに、副作用がないわけではなく、特に新しい抗がん剤に切り替わった直後などは、食欲も落ち、夜中も何度もトイレにたって、

日中ほとんど寝たきりになっていることもあるし、母がレディースアデランスの愛用者になっているのも事実だ。

初めての薬を投与して、一週間後の最初の検診までの期間は、当人家族も緊張はする。

どの程度の副作用がでてくるのか、医者だって正確なところはわからないし。

薬を変えてはみたが、どうやら医者が当初想定したほど腫瘍マーカーが下がらなかったらしい、という局面にも遭遇した。



からといって、その他の期間は、時に温泉旅行に出かける程度に回復するわけだし、勝手イメージで同情されても困る。

そういう人に限って「自分想像しているような、苦しそうな闘病生活」を送っているわけではない母をみると

今度は、「あら~、大変かと思ったら元気そうじゃない! よかったよかった! もうすっかり良くなられたのかしら!」などと、トンチンカンを言う。

「アタシだって病気と闘っているのに・・・」という母の愚痴を聞くのは、こういう人とあった後だ。


確かに、今ほど抗がん剤進歩する前は、いろいろと悲惨な状況もあったのかもしれないし、病状によっては、かなり大変な副作用を併発することもあるのかもしれない。

だが、別にがん患者がすべて、あなた想像するような悲劇の中で生きているわけでもないし、だからといって病気の大変さがないというわけでもない。

おそらく大半の現場医療関係者は、真摯に最善の治療法を(保険でまかなえる範囲で)考えているし、

製薬会社だって別に人の命を食い物にして儲けることだけ考えているわけでもあるまい。

とりあえず、何十年前の知識で、抗がん剤批判を繰り広げて金儲けするのはやめろ、近藤誠

(実際、母親世代には、まだまだ近藤誠信者と思しき人がいる。そういう人との付き合いは、なんとしても切るのが吉だ)



早期発見できた人は違うのかもしれないが、「ステージⅣで発見」という状況だと、「基本的に治ることはない」というのが、周りの人間にとっても難しいところだ。

当人もっと大変なのだろうが、自分当人ではないので、本当のところは分からない)

普通病気のように「頑張って、治しましょうね」という励まし方はあり得ない。

いかに上手に付き合っていくか、いかに現状を維持していけるか、というスタンスで付き合えないと、患者家族双方にストレスたまることになろう。

しかも「いつまで続くか分からない」「いつ悪い方向に進むかわからない」という不安を抱えながら、である

この辺、バランスを取れなくなった人が、「奇跡治療法!」とかに走るのだろう。

奇跡はめったに起きないか奇跡なのであって、その奇跡自分には起こると考えてしまうのは「逃げ」だと思うけれど。




先日、とある観光名所にいったとき、「健康」とか「長寿」とか「家庭円満」などと書かれた名産品が売られていた。

ちょっと考えた上で「長寿」のヤツを、母の土産に買って帰った。本当の意味で「健康」を回復することがない人に、「健康」を祈願するグッズを渡しても白々しいからだ。


ちょっと迷ったが、母に「『健康』ってやつもあったんだけどさ、まあ、いまさら健康』ってのは無理だから、『長寿』にしたよ」と言ってみた。

母は、「そうねえ、もうちょっと早く『健康』のヤツがほしかったけど仕方ないわよねえ」といって笑っていた。

ああ、この人は強いな、と思った。



長くなってしまったが、最後にもう一つだけ。


60万超の治療費にたいして1万5000円という負担に関して。

これは、母が後期高齢者で、かつ、健康保険の仕組みにおいては、もっと収入の少ないカテゴリに分類されているので、この金額になる。

(なお、自分とは世帯は別)

もし、母がもっと若かったり、年金以外に収入があったり、夫(自分の父)が生きていて収入があったりしたら、もっと請求されている。

まり、母は医療費世界において「相対的貧困者」とされているおかげで、この程度の負担で済んでいるということだ。

ここで「でも、温泉旅行いったり、映画見に行ったりしてるんでしょ? もうちょっと払えるんじゃないの」とか

「息子、治療費全然だしてないのかよ。親子なんだから出させろよ」とか非難されたらと思うと、ぞっとする。

だが、どうやら世間は、子供貧困に対しては、似たようなことを平気で言うようだ。

ぶっちゃけていえば、あと長くても10年は持たない老女よりも、この先何10年もこの国を支えていく若者のほうが、

ROIは確実に大きいと思うのだが、なぜこうなるのかは、考察に値すると思う。




いずれにしろ、この話題は、増田でこそいろいろ吐き出せるネタであった。

この世に増田があったことに、感謝したい。

http://nyaaat.hatenablog.com/entry/nhk-poverty-girl-national-policy

日本の再分配後の貧困率が再分配前の貧困率を上回っているってのは

世代間格差問題ではないのかな?

低所得の現役世代が納めた金が、高所得高齢者に回ってるからだと思うけれど

道ならぬ恋(笑)におちた女の独り言

道ならぬ恋、というヤツに今現在の私は身を置いている様だ。

様だ、等と断定を避けたのは私自身この状況に大いに迷っている有様で、認めたくもあり、しかし認めたくもないという思いの間で立ち尽くしているからに他ならない。

頭を整理するためにも、と言うことでこんなふうに書き出し始めた。

そんなもんチラシの裏にでも書くか穴でも掘ってその中に喋らんかい、と思われるかもしれないが、恋愛ごとに悩みを募らせる女性のご多分に漏れず、私にもどうしても誰かに話を聞いて欲しいという構ってちゃん根性がある。

故にこの場を選ばせて頂いた。

前置きが長くなったがこれより先は一人の女が悲劇(笑)に身をやつした己に酔いしれているだけの何の面白みも無い独白だ。

読むも読まないも、自由にして頂きたい。





さて、非常にありきたりな話ではあるが、私が私のこの恋を道ならぬ恋と呼ぶ理由は恋の相手が既婚者で子供いるからだ。

幸いにも、相手が私に対して恋愛感情を抱いていない事と、私にも理性とそれを上回る恐怖心があるお陰で明確に道を踏み外している訳では無い。

ならば別に良いではないか、と思われる方もいらっしゃることだろう。

問題が無ければ、誰が誰を好きになるのも自由だと。

私もそう思っていた。

恥ずかしながら、私は過去に幾度かの恋の中で既に恋人がいる人を好きになった事もあり、その理論で武装して開き直った事もあった。

しかしその言葉を発している時の自分は、大体が「苦しい恋」に酔いしれていた。

悲劇のヒロインであるかのような、大層な自惚れだった。その人が好きだったのではない。私は苦しむ私が好きだった。



だが、苦しみというものは、外的要因だけからなるものでは決してない。

その外的要因を受け、それらが内的要因へとシフトして初めて本当の苦しみに転化する。

私にはそれがわからなかった。



私が恋心を抱いている人は、私より二回りも上の他部署上司だ。名を仮にAさんとしよう。

部署とは言っても、私の属する部署とはかなり密に連携を取るので、Aさんとはほぼ毎日顔を合わせる。

私が去年新入社員として今の会社入社してから、何かと絡んできてくれた人だった。

最初は何の想いも無かった。互いにからかいあってふざけるだけの他愛も無い関係だと信じてやまなかった。

どちらかと言うと、兄を慕うような、いや、年的にいえばむしろ父親を慕うような感覚に近かっただろう。

ただ、私は年上の(失礼を承知で言うと)いわゆるおじさん世代と昔からウマが合いやすかった。

なのでAさん以外にも、そういう風にからかいあう男性上司は何人かいた。なので別段その気持ちに不信も抱かなかったし、周囲からも「おじさん達と仲良しな子」程度にしか認識されていなかった。

何よりもAさんには妻子があるのを私は知っていて、からかいあってはいても大きく踏み込むような事はしなかった。



だがある時、それは起こった。

年末部署混合の飲み会が行われた。

何度か部署混合の飲み会は行われていたのだが、Aさんが参加するのは初めてだった。

初めて同じ席で飲めるという事で、私はガラにもなくはしゃいでいた。

この頃には既に周囲からも「Aさんと仲良くコントやってる賑やかし要員」という感じに扱われていたので、私もその役を演じようとしていた節がある。

少し遅れてAさんが参戦する頃には、私もほろ酔いで上機嫌この上なかった。

わざわざ席替えをして、Aさんの隣に腰を落ち着けていつもの様にからかいあった。

だがこの時はほろ酔いで羽目が外れていた分、私の方がAさんをからかっていた。

恋人にするならAさんが良い、等と間抜けなことを口走った記憶もある。

しかしその後、再び席替えをして私は別の先輩の隣の席へと移動した。

もうこの時には完全に出来上がっていて、記憶も正直曖昧だ。

ただ、何席か離れたところにAさんがいるのをちらりと見たのだけは覚えている。

私の記憶は一度そこで途切れた。



気付いたら私は吐いていた。

正確に言えば吐きそうになっていた。

だが寸でのところでAさんがおしぼりで私の口元を抑えてくれていた。

私が吐きそうになっていたのを誰よりも早く気付いたAさんが、慌てて私の所へ駆け寄ってきて口元を抑えくれたのだ。

しかも一度はおしぼりでなく、そのまま素手を差し出していた。

彼は私が堪えられずに吐いた時には、それをそのまま素手で受けるつもりだったのだ。

吐き気朦朧としながら、私は近くにあるAさんの体温を感じて、ただただ混乱した。



この人は何故気付いたのか。

何故駆けつけてくれたのか。

何故躊躇わなかったのか。



その後は女子の先輩にトイレで介抱して貰いしこたま吐いて、そのまま帰宅の途に就いた。

翌日は当然二日酔い。起き上がれもせず、辛うじて這うようにトイレまで行きそこで一日を過ごした。

しかしそんな中でもAさんのあの体温がまだ近くにあるような気がした。

心臓がざわついた。



大きな温かい手のひら、耳元で何度もかけられた身を案じてくれる言葉、今までに無い程近い体温、洗剤の匂いに微かに混ざった煙草香り



しまった。

好きになってしまった。



瞬間そう悟った私は、吐きながら涙も鼻水もボロボロ便器に零して泣いた。

嘘だ。

それが私が一番に考えたことだ。

目の前が真っ暗になった。

初めて感じた絶望だった。

始まった瞬間に終わる、しかし長く続く恋が始まったのを感じたせいで、だ。



苦しみは外的要因だけからなるものでは無い、と私は前述した。

外的要因と内的要因の二つが揃った時、初めて苦しみは始まる。

叶わぬ恋をしたから苦しいのではない。叶わぬ恋が叶っても叶わなくても、どこにも幸福が無いことに気付いて苦しくなるのだ。

叶わぬ恋であり続ける事が相手幸せであることに気付き、既に蓋もできない程に大きくなっていた自分の心を持て余し続ける。

まるで真綿で首を締められているような、そんなある種心地良さを纏った不快感が心に根を張る。

根は奥深くまで伸びて、やがてどうしても取り除けなくなる。

そうしたら最後

何度芽を摘み取っても、根から再び新しい芽が生えてくる。

繰り返す。



不倫を望んでいる訳では無い。

離婚して欲しい訳でも無い。

それなのに、心のどこかで叫ぶ声が聞こえるのだ。

「愛して欲しい、私を選んで欲しい」と。

その度に根は深くなる。



幸せになって欲しい。

でもあの人の幸せを願う度、心がジクジク痛んでいる。

私の隣で幸せになってもらいたくて、けれど私の隣ではあの人は幸せになれない。

矛盾した感情思考

私は怖い。

この感情のままにあの人を傷つけてしまうのが、不幸にしてしまうのが怖い。

どうか私がこのまま臆病者であることを願う。

あの人の何をも壊してしまわないよう、優しいあの人を傷つけてしまわぬよう、ただ恐れ、縮こまって生きてゆくことを願う。




こんなくだらない文を読んでくださった方、本当にありがう。

我が身可愛さの胸糞悪い文章で、大変申し訳ない。

ここにこうして公開した事で、心が幾らか軽くなった。

頭の整理もついたし、今後も周囲及びAさん本人にもこの感情がバレないよう上手くやっていける自信もついたところで、この文章の締めとしたい。

PCデポって店を知らなかった

23区民なんだけど知らなかった。企業サイト見たら、郊外ロードサイド型の店のようだ。

郊外ロードサイドなんて、年寄りの客が圧倒的に多いだろうし、家電量販店の苦戦ぶりや激安パソコンの台頭なんかを考えりゃ、

年寄り騙したらちょろいし安定収益ゲットだぜ!と思う短絡馬鹿が出るだろうなとも思う。



少し前、とはいえ、10年以上前だったか、ある人に聞いた話。

2000年ぐらいまでは、首都圏郊外幹線道路沿いには、でかい駐車場を備えた本屋レンタルビデオ屋がたくさんあった。

TSUTAYAなんかが典型だが、郊外暮らしの人でアラサー以上なら、なんとなくイメージできると思う。

それらの書店レンタル店、ゲームショップなどが、どんどん無くなっていったのが2000年代ぐらいらしい。



書店の代わりのテナントはどうなるか、その人は、ドラッグストアだったらいくらでも手が上がる、あとは葬儀場が一番高い賃料を出せると言った。

郊外住宅地住民は、家で葬儀をする習慣がない根なし草のニュータウンである

首都圏郊外住宅地は多くが1960年代後半~70年代に作られたもので、一次住民年金生活者という世帯ほとんど。

から葬儀場がこれから郊外ロードサイドホットニーズですよ、と。

葬儀場のニーズが高いなら、その前に老人ホームとかじゃないんですか?と聞いたら、あれは儲からない、補助金がなきゃ地主の上がりはほとんどないと言う。

その人はまた、首都圏衛星都市立川とか浦和とか横浜とか柏とか)で、結婚式場ニーズも高くなるのでは、と言っていた。

ニュータウン住民の子世代の、結婚式ラッシュが来るが、彼らはお金がないか都内ホテルで豪華にではなく、

地元で小さく雰囲気の良い(郊外にあるもの雰囲気が良いハリボテだらけだけど)式場が人気が出るんじゃないかと。今でいうスマ婚的なものだろう。

当時はなんとなく、ちょっとした気のいい悪魔と話しているような気がしたのだが、2016年になってその悪魔さんが言ってたことは割と当たってると思う。




PCデポとはあん関係ないんだけど、なんか、あの悪魔さんとの会話を思い出した。

郊外では、「そういう感じのこと」が起こっていたのかもなぁと。

http://anond.hatelabo.jp/20160823183342

新しくてもわかりにくい表現では意味がない。広い世代理解やすもの表現しただけ。

http://anond.hatelabo.jp/20160822212508

もしかしてブックバカーの脳内では江戸時代の有名どころって全て同時代(同世代の方がいいか?)人ってことになってんの?

いつまでそんな子供っぽいもの見てるの、なんて親世代台詞が、いま喉から突いて出る

いつまで青春ストーリーを消費し続けるのよ

うそんな年齢じゃないでしょう

もっとつべ視点があるでしょう

けどきっとそこで立ち止まってるからなんだね

きっとずっと止まったままなんだね、あなた時間

2016-08-23

リオの閉会式マリオクールジャパンとか恥ずかしくないのかよ

ゲームとかアニメの好きな本来日陰者の部類に入るはずの連中が急に東京オリンピックに期待とかわけのわからないこと言いやがって。

マリオとかキャプテン翼とかドラえもん日本の誇る文化とか冗談じゃねえよ。

あんな30年以上前のクソ懐かしい物を引っ張り出してきやがって。

まずマリオ日本人じゃないだろ。

配管工なんて仕事日本でそんなにメジャーじゃねえだろ。

そもそも日本土管っていうのは空き地で横に転がしてあるもんなんだよ。

地面から縦に突き出してるもんじゃないの。

ジャイアンコンサート開いたり、マンガ道場鈴木義司が半裸で顔を出す代物なんだよ。

マリオ世界の人気者だとか冗談じゃねえよ。

俺は当時のマリオブラザーズゲームセンターでやりたくて小銭持って行ったらシンナー片手のヤンキーに脅し取られたトラウマしかない。

ロンドンジェームズ・ボンド的なやつはカッコ良いと思ったんだが、俺はね、マリオあんまりきじゃない。

まあポケモンよりはまだマシだったのかも。

ポケモンとかそもそも世代が違うし、画面が点滅しててんかん発作を起こしたニュース以来、何か全く接点がない。

こういう40過ぎのくたびれた可哀想な人もいるということで許してくれ。

世の中辻褄なんて合ってない

ゆとり教育学力が下がったかゆとり教育はやめることになったけど、実際はゆとり教育を始めた直後のテスト学力が下がってたかゆとり教育が原因じゃないとか、その後参加する国が増えて相対的日本順位が下がったとか、でも最近ゆとり教育を受けた世代が受けたテスト順位が上がってるとか。

オリンピックエンブレムパクリ問題デザイナー職業規範ではパクリじゃないらしい。だけど一般国民にはパクリに見えたとか、対応が悪すぎたとか、そんなんで選考し直してさ。

その雰囲気体験した世代には分かるけど後世の人には理解できなさそう。

2016-08-22

シン・ゴジラもの言う人たちは

みんな、ここがピンとこないこれが良くない、ああだったら良いのに自分ならこう表現するのに

って欲求は2次創作で満たせば良いと思うよ。

漫画でも良いし絵が描けないなら文章でも良い。



アラサー世代はこっそり開発してたスーパーXⅣや14式メーサータンクとか登場させれば良いし

腐女子の皆さんは内閣腐前面に押し出しストーリー作れば良いし(もうやってるか・・・

家族愛恋愛描写が欲しければいくらでも組み合わせたりすれば良いし

死者の描写が足りないって人は、逃げ惑う人々や避難所に熱線直撃とか考えれば良いし

バッドエンドが欲しかった人はいくらでも絶望的な展開にできる

石原さとみが気に食わなければキャスティングだって脳内いくらでも変換すれば良いし

ゴジラの設定に無理があると思ったならより現実科学に即した設定に変えても良い



特に若い人たちは今の時代自分たちにとっての「帰ってきたウルトラマン」を作ったら良い



私(庵野)は好きにした、君たちも好きにしたまえ

根深自覚なき男女差別

カスタマー向けの広告デザイン発注担当している。

デザインの最終確認上司に送ってお伺いを立てたのだが、その修正内容に閉口してしまった。

今回は女性限定イベントを告知する広告なのだが、広告内のイラストが短髪・シンデレラバストで、広告全体のカラーリンググリーンなのが女性に響かないといって聞かないのだ。

その挙句修正内容は女性イラストを長髪に、カラーリングピンク主体しろと言ってくる始末だった。

今時そんな広告を見て、女性が喜ぶと思っているのだろうか。

男性客が自分向けではないと感じる程度で、肝心の女性に訴えかけるにはあまりにも程遠い内容だ。

発注先は長年付き合いがある個人デザイナーで、シングルマザーでありながらそれを感じさせないレスポンスと完成度の高さが定評の、いかにも現代を生きる女性象徴のような女性だ。

今回のターゲットもまさにその世代を生きる女性たちであり、だからこその視点で生み出されるデザインに対して、アラフォーを迎えるおっさんとしては絶大な信頼をおいている。

そのデザインに口を挟んできたのは、齢50を数える枯れはじめのおっさんだ。そろそろ感性の部分について口を挟んでくるのは諦めて欲しい。

わかるよ。そのどちらでもない第三案で解決すればいいっていいたいんだろ?

でも、若い人間感性を信じないでどうするんだって、そのステロタイプ発言で苦労している若い世代がやまほどいるんだってことを知ってほしいわけですよ。

こんなんでデザイナーデスマーチが止まるわけないよな。

ただただ無力を嘆く毎日をここに垂れ流す。

批判者のほとんどが的外れ

矢口が冒頭で「生物」とわめくのが不自然

から散々言われているだろうが。冒頭で矢口は「暴走しがちで人付き合い苦手な若手」として描かれてるだろうが。冒頭で有能に描かれてるのはむしろ赤坂の方。

それが、老害にも見えてた上の世代の全滅にショックを受け、そこを乗り越える中でちょっとずつ人間的に成長してる姿を描いてるだろうが。それでも基本的暴走して熱くなりがちな夢想家なところは変わってないが、そういう人間を信頼して託していくしかこの国難を乗り越えていく道はないんじゃないかというのが物語の基本線だろうが。物語後半でも、巨災対では森のムードメイク政治面では泉・赤坂の好フォローに支えられてこその矢口であって、結局一人では大したことできねえって描かれ方さんざんされていただろうが。矢口が有能? 一体何を見てたんだ?

人の死の描き方

アレだけの破壊のある映画で人の死がゼロならむしろ不気味だろうが。なかったらなかったでお前ゼッタイ文句言ってるだろ。そういうのを「ためにする批判」つーんだ。どうせなら「死を描くならこういう描き方なら納得がいった」とか「あのシーンはこう演出すべき」という意見ならまだ聞けなくもないが、「不要だった」という意見には全く納得がいかんよ。誰が賛同するんだその意見

石原さとみが浮いてる

あのなあ、それ言うならゴジラという存在が最も「現実離れ」してるだろうが。そりゃな、あれが311再現ドラマだっつーなら俺もあのキャラはまずいだろと思うよ?でもこれ災害映画じゃなくて怪獣映画だぜ? そもそもしょっぱなからでっかい嘘で塗りたくった世界なんだよ。その映画の根幹に、地味なオッサンばっかり並べて、それで「観客が入ってペイできる映画」になるのかよ? お前たとえばごついオッサンのペアばっかり何組も絡み合うような「パシフィックリム」とか見たいかよ? あの映画だってあのヒロインのねーちゃんは正直浮き気味だったし見方よっち失笑モノだったかもしれん(芦田愛菜含めてもだ)。だがファンタジックエンタメ映画ならそこも含めて素直に楽しめとオレは思う。そこを批判するのは、あの映画の問いかけてくるリアリティにむしろまれてるからじゃないのかと思うわ。

それとな、英語がどうのとかアジア系俳優はありえんとかいろいろ言う奴がいるが、これも、作中におけるキャラの成長とその描かれ方が全く見えてない阿呆の戯言に過ぎん。祖母被爆という設定、そして徐々にデレてきて日本風発音をかましたあたりからの「微妙で複雑な表情芸」を日本人相手表現するためには、日本人俳優以外のチョイスは全く考えられんよ(海外俳優に表情芸ができないと言ってるのではない。飛行機内の場面などにおける感情の揺れなどを「日本人ストレートに伝わる表情芸」で見せるためには日本人俳優を使う以外のチョイスがないという意味だ)。当然、俳優の見栄えと技量もそれなりに求められる。石原は確実に監督の望んだ仕事をしたと思うよ。

ヤシオリ作戦について「盛り上がり欠ける」「矢口最前線立つ意味は?」

「盛り上がり」は主観の部分で特に論ずる意味なし。「矢口最前線…」云々は阿呆過ぎて言及する必要もないが、前線でちゃんと「作戦をやめるか否か」を判断してるシーンがあっただろうが。ほんとどこ見てんだ? 何見てたんだ? ケチ付けることばっかり考えて大事なところをろくに見もせず、何か楽しいのかそれ?

国というテーマ「前段階として「政治家としてこの国に失望しかけていた矢口」があれば納得した」

…もう言及するのも疲れたが、冒頭の延々と続く会議と、ところどころ挟まれ矢口の表情との対比を見て、お前は一体何を感じてた? 矢口視点人物として描いているということは、お前の感じたその心情こそが矢口の心情として描かれてるんだろうが。むしろ政治家としてこの国に失望しかけている」矢口の姿しか描かれていないのが前半だと言っても過言じゃないだろ。同じ映画を見たとは思えない感想目眩がするわ。お前はアレだな、登場人物がいちいち心情を全部台詞にして説明してくれるテレビドラマ演出とかじゃないと、ほんと何も分からないんだな。




シン・ゴジラ批判したら一斉に批判されるのきもい」という声もあるが、上映開始3週間もたつの批判者がまだ揃いも揃ってこのレベルから、むしろもううんざりして大半はスルーしてるくらいなんだが。もう少し「真っ当な批判」があれば読みたいわ、心の底から

http://anond.hatelabo.jp/20160821212820



(追記(の追記あり))

「低レベル」→お前は「高レベル」なノンフィクションだけ一生見ていればいいよ。オレはフィクションの話をしてんだバカ

主観云々」→主観云々は議論してない部分だし俺が論じてるのはソレ以外の部分だバカ

石原の件」→オレは「この映画ではリアリティ目的じゃなくて手段の一つだ」って話をしてんだバカ。その程度のことが分からないカマドウマ映画を語るとかちゃんちゃらおかしいわ。

この書き込みへの意見も含めてやはり的外れだらけだ。元増田へのブクマも全部読んだが納得するん反論はほぼなかった。少しは人をうならせるようなモノを書け。

石原の件2」→書いては消すスタイル、いちいち気持ちいからヤメレ。あとは上のリプライと同じ。あの映画リアルを追及する「ための」映画だと取ったのだとしたら、それは見方として相当筋が悪い。ノンフィクションなら当然問題にされるだろう、とは最初に書いたとおりだ。あの映画ノンフィクションではない。

(追記2)

「白状」編も読んだが感想は何一つ変わらん。「批判するならもう少し人をうならせるようなモノを書け。」それだけだ。

オレは増田感性否定してない(「主観の部分…特に論ずる意味なし」)。その上で増田の「誤読」や「見落とし」を指摘しただけだ。感性否定系の批判と十把一絡げに流されたのが大変残念だ。増田意図は分かったが、いずれにせよオレはあからさまな誤読による批判を見かけたらなおざりにはできない。それがあの映画を作った人に対する礼儀だと思うからだ。

(追記3)

ゴジラ割りと面白かったけど不満点はそれだけか?」に対して「勝手に答えてみる(シン・ゴジラへの一省察)」を書いた。あっちの批判はなかなか筋が通ってて答えがいがあった。

またアトム

NHK23日に放送するドキュメンタリーの予告を見た。ロボットが家庭に入ってきて人間と一緒に生活する未来を描くらしい。で、「アトムと暮らす日」らしい。またアトムか。というかこういう論調久しぶりに見た気がする。なんで日本テレビが人型ロボットや家庭用ロボットの話をするとアトムを引き合いにだすんだろう。アトム生活したい!と思ってる視聴者ロボット開発者ってそんな多いの?

これ、2004年頃にASIMOが走ったりして世間をにぎわしてた頃によく見たなぁ。あの時代の夜のニュースとかで取り上げられるとき(ニュース23NEWSステーションとか)、ほぼ必ずVTRの冒頭にアトムアニメの曲が流れてナレーションが「鉄腕アトム・・・」で始まる。単純にテレビ制作側がその世代おっさんばっかだからそうなのだと思ってた。その後その世代が一線から去ったら引き合いに出すのは何でもガンダムだった気がするけど、それだけにNHK2016年にもなって作る番組番宣が「アトム生活する時代が近づいてます」とか、アナクロニズムとなつかしさを感じたわ。

2016-08-21

町山智浩って何が凄いの?

ただアメリカに住んでいて、誰でも出来る映画の話をしているだけで、ブロガーと何が違うのかよくわからないのだが、世代の古い人達には特定の何か思い入れがあるのだろうか。

日本仏教ひどい

何回忌だとか盆供養だとか月の供養だとか何かにつけて高齢者から搾取している様子、少しも仏教的じゃないよなー。

葬式も、仏教的な部分が形骸化しすぎていて、なんのためにやっているのかわからない。

仏の教えを広める気があるのか?勿体ぶってわけのわからんお経を読むだけ読み散らかされても、有り難みなんてない。

でも田舎の爺さん婆さんにとっては菩提寺というのは共同体を牛耳る大きな権力で、なぜか尊敬対象らしいので逆らえずに寺のいいなりになってしまうようだ。

その息子世代にはそういう自由意志無視されるような状態おかしいという感覚があるため、世代交代に伴い寺は減退していっているのだと思う。

絶好のカモの今の後期高齢者世代が死に絶えたら、寺はどうやっていくんだろうね。

まぁ変化に取り残された結果だから仕方ないね。南無〜