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2016-10-01

前田仁の自殺配信

遺書も含めて、インパクトあったわ

人の記憶の中に自分の生きた爪痕を残したいと綴った彼の思いは果たされると思う

ちょっと忘れらんないわ



しかし、もったいねぇなと思う。28歳だもんな。

うちも裕福とは言えんかったし

小学校中学校と、いじめられっ子だったし

友達も居なかったし高校までの時代友達なんて今も居ないし

26まで童貞だったし

勉強全然出来なかったし

28歳あたりの時の俺と彼の間に差はないんだよな

一つだけ違うとすれば、親兄弟とは嫌な関係ではない事くらいか




27位まで引きこもってフラフラしてた俺も28の時はかろうじて仕事はしてたんだけど

超絶ブラック企業年収180万位だったわ。ど底辺だよ。しか東京でだぞw

支給15万から国民年金とか払ったら、何も残らなくてさ

30円の袋麺ばっかり食べてたら、栄養失調になって耳が聞こえなくなりかけたよ

治療のために入院したんだけど、払う金なんて普通になくてな

借金して支払った時は情けなくて泣いたよ

このままじゃジリ貧だと腹を決めて、その会社は辞めたけど

辞めた時点で借金が40万位あったんだよ

遊んだわけじゃなくて、その入院費とか生活費とかでな

消費者金融がなきゃ、体も直せないとか終わってる


なのに、全然仕事もきまんなくてな

考えてみれば、そりゃそうだよな

職歴もゴミ高卒無能なんて、誰も雇ってくれるはずないんだよ

あーもう俺はこのままじゃ死ぬしかねぇわって思ってたし

やっぱ大学出てないとゴミしか扱って貰えないんだって痛感させられたか

そこからは、ほんとに頑張った

普通の人は絶対にやらない様な夜の仕事しつつ大学に通って

そのまま夜の仕事しながら大学院にも進んで、それから普通仕事を初めて貰えたよ

なんとか、本当になんとかって感じで、この10年やって来て人間になれた気がする

年収もかなり増えたけれど、この10年くらいは死に物狂いだったよね

どうせ死ぬんなら、頑張りすぎて死のうって思ってた

入院費すら払えないゴミだもん

何も変わらないなら死ぬしかないんだからって思い続けてた



彼は小さい頃の記憶もしっかりしてるし

文章もちゃんと書けているし

頭はけっして悪くないと思う

しか若いから、どうとでもなっただろうに

勿体ねぇな

なんか、そう思ったよ

28の時、耳が聞こえなくて入院させられた病院のベッドの上で

耳の聞こえない程度の障碍者じゃ生活する金すら貰えないし

親にも頼れないし、彼女はおろか友達すらいないんだって絶望の中で、

死にたいとだけ思い続けていた夜

彼の遺書を読んでたら、俺の人生も変わったかもしれない

俺と彼は何も変わらない

冥福を祈る。安らかに眠ってくれ。俺は死ぬまで頑張るよ

http://anond.hatelabo.jp/20161001010341

わかる。女に生まれただけで人生イージーモードだもんな。

そりゃ腹立つよ。そのうえに平等平等と騒ぎ立てうる。嫌気がさすよ。

リアルじゃ男は本音言えないんだよ。

ネットの声が本音だよ。

女が必要以上にもてはやされる現代が大っ嫌いなんだよ。

駐在員の帯同家族はヒマです

ヒマなので、忘れられない恋人メッセージとか送ってしまってホントばかみたいです。

30代子なし、かつ、出国するまでそれなりに働いていたひとは、本当にヒマさにびっくりすると思う。

もちろん、現地になじんでブイブイしてる人もいらっしゃるとは思いますが、なんだろう、自分が働いてきた分、結局働いててエライのは夫、と思うと、慎ましやかに暮らす発想にしかならないのですよ。その結果、昔の恋人に連絡したら世話ないですけど。(別に情熱的な内容じゃないから許して、っていう言い訳

こちらへ来てから、夫との絆とか関係性は向上してると思う一方で、家事に全力をつぎ込んでもありあまる時間ちょっと引き始めているのも事実。長期的視点に立てば、1年程度で帰国してしまって何かしら仕事したほうが良いのでは?と思ったりもします。

クラウドソーシングも覗いたけれど、まあまあの会社総合職としてゼネラリストとして働いてきた自分には縁遠さしかなかったしなー。

読書音楽鑑賞だけじゃなかなか身が持たんです。通信制の講座とかも検討したけど、いまいちピンとこない。

そういう意味では、結局人生って壮大なヒマつぶしで、会社に属してればありがたいことに解決してねって課題を与えてもらってて(自分で探しに行ってるつもりになってたけどさ、今は、あー与えてくれてたんだなとしか思わんw)、それをバリバリ解決し(た気になっ)て、承認欲求満たしてもらって、カネまでもらえて、なんて素晴らしい仕組みなんだー!とか思います社会学者とかフェミとかが、日本社会なんて男のおもちゃ、って言うのを、醒めた感じじゃなく、よーこんな仕組み考えたな!やるやん!という感じで手放しでほめたたえたい気分です。そらリタイアしたおっさんら、病むわ。

あと、こんな感じのことを考えている割に、まったく病める気配のない自分にもある意味腹が立ちます。繊細さを失いすぎ。若さとは心の若さである。繊細さは詩人の心である

あー、さよなら青春。とりあえず、日本で会った夫の会社の先輩のヨメ(元帯同家族)みたいに、太ってデリカシーのないクソババアにはならないよう、多種多様価値観を認められる人間でいられるよう、頑張ります


ではみなさん、

喜び過ぎず悲しみ過ぎず、

テンポ正しく、握手(あくしゅ)をしましょう。

まり、我等(われら)に欠けてるものは、

実直(じっちょく)なんぞと、心得(こころえ)まして。

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――

テンポ正しく、握手しましょう。

元カノに好きだと伝えないために

金曜日の夜は、一人で考えることのできる時間が長くて、前の彼女のことを思い出してしまう。

3年付き合ってこの夏に別れた。分かれてからもう3ヶ月が過ぎようとしている。



自分の今の気持ちを伝えたところで、彼女がまた好きになってくれるはずがないし、

自分気持ちが晴れることもない。

彼女の声を聞けば、楽しかった日々を思い出すし、

それがもう手にはいらないことをまた強く実感してしまうだろう。



嫌われて別れていたんだえれば、まだ開き直ってきっぱりと気持ちの整理をすることができたかもしれない。

でも、ケンカ別れじゃなかったしな。



自分はひどい彼氏だったのだろうか。

なんで別れられてしまったのだろうか。



甘えすぎていたのかな?



やっぱり連絡するのはやめておこう。

未練たらたらな自分彼女に見せてしまうのは嫌だ。



この3ヶ月間、仕事も身が入らなかった。

新人なのに、やる気のない姿を上司に見せてしまって、使えないやつだとか思われているんだろうか。



復縁」「失恋」とかで検索することもあった。意味のないネットサーフィンだ。

この匿名ダイアリーにも失恋はいくつかあって、それらを読んで学ぶこともあった。

自分もこのように匿名で書くことによって、気持ちの整理ができたらなと思う。



彼女と付き合った3年間には感謝しかない。

つらい時期には支えてもらったし、自分気持ちを嘘偽りなく話せるのは彼女だけだった。



彼女はよく笑う子で、僕のつまらない話にもよく笑ってくれていた。

彼女を楽しませるのは僕の喜びでもあった。



自分は日頃は無口な方で、コミュニケーションが苦手だ。



対して彼女は社交的で、老若男女問わずのしく話をすることができ、

良好な関係を築ける人だ。そんな彼女が今でも好きだ。



また、彼女は嘘をつくのが苦手だった。

いや、嘘をつくのが苦手だと思わせておくのが得意だったということなのかな。



いや、彼女の嘘を見破れなかったとしても、

彼女気持ちが変わってしまっていく様子を、僕はなぜ気づかなかったのだろうか。



喧嘩することもあったけど、ちゃんと仲直りしていると思ってた。

思い返してみると、自分から怒ることがほとんどだったと思えてきた。だめだな自分



どう読まれるか考えないで書いているので、支離滅裂文章になっていることだと思う。

これはただ自分の気持を吐き出したいがために書いているものなので、どうかご勘弁をいただきたい。



彼女人生を楽しめる人だ。

僕がいなくてもきっと楽しく過ごしていけるだろう。

その彼女人生に、僕が隣に居られたらとずっと思っていたけど、それは違うんだ。

彼女人生彼女が決めること。

そして、僕の人生は僕が決めることだ。

元気出せよ、自分

うまくいかないことの多かろう人生だが、これから人生は長いんだ。

仕事は好きだし、周りの人はいい人だし、これから良い出会いもあるだろう。

そう思って、僕は生きていくことにする。

http://anond.hatelabo.jp/20160928224329

「あぁ、どちらかといえば突出してきた人生だったかなぁ~」

アイドルが生きがいな女の話

から無駄に真面目で気にしいだった。

それが災いして、酷いいじめにも何度かあった。



暴力はなかったけれど、確かめるすべのない盗難やあることないこと噂されたり、勘違いから自分悪者になるのも日常茶飯事だった。簡単に書いてしまったけれど、味方が全くいない状況が常だった。



いじめられる方が悪い!」なんていう人、まぁそれもあると思う。

人様に好かれるような性格でもないし、容姿も悪いし。(持病で見た目が悪く見えたりもあった)

親に相談しても「大げさ」「お前の性格が悪い」と取り合ってくれず

本当に私が追い詰められるまで、「お前が変わればいい」と罵られた。(その後、協力してくれたのには感謝している)

何度も「死にたい」「消えたい」と思った。何度か未遂もある。


それでも、生きてこれたのは「アイドル」のおかげだった。「次のシングル発売されるまで」がんばろう。「ツアーに行くまで」がんばろう。 「出演番組あるし」今日だけでもがんばろう。たった数分の出演番組も、数十分のラジオも、数ページの雑誌も私にとっては希望だった。


本当にアイドルがなかったら、私は今生きていない。


それでも「アイドルが生きがい」ということに後ろめたさがあるのも事実で。「現実じゃない」「のめり込むな」ときつく言われたとき、「自分普通じゃないんだろうな」「アイドルも困るよな、こんなファン」と虚しくなった。




アイドルは私なんてちっぽけなファンがいなくても活動はできるし、人気も落ちない。でも、私はきっとアイドルが居なかったら、生きて居られない。


ファンの人の人生責任は持てない」「あまり私たち生活の大部分にしないで」なんていってた人もいたなぁ、とまた悲しくなった。




ファンレターも送るけれど、「あなた希望です」なんて重たいこと書けるわけがないし、書きたくもない。「かっこいい!」「かわいい!」なんて疑似恋愛の方がまだマシ。もはや、私のは崇拝に近い。重すぎ、自分キモい。そんなふうにふと考えると自己嫌悪に陥った。

そんな私の目に入ったのは大好きなアイドルインタビューだった。

ファンの皆さんの生きる希望になりたい」

そう書いてあった。



ちょっとロマンチストすぎない?笑とか

そんな考えてる人多くないだろ、とか

いろいろ頭には浮かんだけれど、

「こんなに重たいファンでもいいの?」って泣いた。



「もうじゅうぶん、あなたたちは私の希望です」って伝えたい。


私の大好きな人たちへ。

2016-09-30

なぜラノベ主人公努力をしていないという勘違いが生まれるのか

d:id:kazenotori:20160929

こちらの記事を読んで思ったことを書きます

なのでこの記事を読む前に先の記事を読んでください。

主人公努力しないことがラノベの売れる秘訣だ(意訳)」と言うのは散々指摘されている通り事実ではないと思います

そもそも「ラノベ主人公」で括って一概に語れる訳がない。それが一般的な傾向に言及しているとしても。

色々な主人公が居て、それぞれ色々な特性を持っています。それは作品を素直に読めば理解できるところであると思います

ではなぜそのように思うに至ったのか、川上氏がそのような偏見を持ち発言するに至ったその影響の大元となるものはなんだったのか、自分なりに考えました。

主人公が(何かと比べて)簡素努力描写で強さを手に入れたり、最初から強さを持っていたりするパターン作品は確かにあります。それは本当にラノベに限った話ではないですし、欠点ではなく特徴でしかない。

そういった作品は「成長物語」ではないのではないかと思います

成長物語」ってなんだ。

成長物語」という言葉は私が過去何度か某掲示板で見かけた単語で、「無力かそれに近い主人公が鍛錬(=努力)や葛藤をすることで身体的・精神的に強くなり、敵を倒していく」そのような物語類型であり、そのような面白さや内容が主である作品のこと、という意味で以下使います

ソードアートオンライン主人公キリトを例にあげてお話します。

(しかし、私はソードアートオンライン電撃文庫版のアリシゼーション編に入った1巻目あたりまでしか読んでいません。プログレッシブについては漫画版で確か3巻まで読みました。)

これも某掲示板での話なのですが、アインクラッド編においてキリトがしっかり努力をして強くなっているという主張を私がすると、奇異の目で見られたりします。

俺TUEEEE」という言葉イメージが一人歩きしてしまった所為かと思うのですが、実際にキリト努力をしているシーンとしては、月夜の黒猫団の話。夜にモンスターを狩って経験値を稼いでいたものが挙げられます

ですが、それ以外で努力・鍛錬をしている印象的なシーンというのはなかなか思いつかないです。しかもそういうところを指して「努力描写が少なくキリトの強さに納得できない」と言っていたりします。某掲示板での話です。

違うんですよ、そうじゃない。逆です。

まず読者には「キリトが強い」という前提があるわけです。それに対して「強いということはそれだけ努力をしているんだろうな」と推測する。それを裏付けるための努力描写な訳です。なるほどこれをコンスタントに続けていたんだなと理解する。だから垣間見える程度の努力描写で構わない。

そしてキリトは二刀流スキルを手に入れます。これはソードアートオンラインプレイヤーの中で反応速度が最も速いプレイヤーひとりに授けられるユニークスキルです(この事実が明らかになるのがいつだったのか失念しましたが)。これはVRとキリト自身の適正なども関わってくるそうなのですが、もっとさなからVRで自分英才教育を施した結果とも考えられます。「結果」が「努力証拠」として提示されるわけです。

成長物語」は面白い。そこに異論は有りません。主人公が血の滲むような特訓の中で何かに気付き、成長し強大な敵を乗り越えていく。素晴らしいじゃないですか。努力大切なことだと子供に知ってもらいたいがために勧める気持ちもわかります

しかしこの「成長物語」は数ある物語類型ひとつしかない。

ソードアートオンライン努力の尊さを説くところに主眼を置いた物語なのでしょうか?

私は違うと思います

脱線しますが、ソードアートオンラインを読んでいくと、ゲームの中であるのに「死」や「性暴力」という強い現実の要素が登場したり、現実剣道場でゲームスキル再現出来そうになる。ユウキ自分人生を終える場所としてゲームの中を選択し、アリシゼーションは記憶を無くしたキリトが、精巧に作られた「ゲーム」の中をひとつ世界、つまり現実」として認識するところから始まる。

どうも「現実」と「ゲーム」の境を敢えて曖昧にしていくことで、「ゲーム真剣に向き合うように促されている」そのような物語ではないかと思います

もちろん、勧善懲悪ものの面もありますし、フルダイブ型のゲームという仕掛けを使うことで、効果的に努力の尊さを解く、そういう成長物語もあり得るのではないかと思います。でも、このソードアートオンラインはそうではないだろうと思います

からこそ、主眼でない努力描写は、垣間見せたり、証拠として結果を書くだけに留めてあるのではないかというのが個人的ソードアートオンライン観です。

纏めると、キリトはしっかり「努力をして成長している」が「成長が主眼の物語ではない」ので垣間見せたり、証拠としての結果を見せるにとどまっているのだろうということです。

ダンジョン攻略事件解決で奔走する姿は多く書かれていますが、所謂鍛錬というか努力描写の量は「成長が主眼の物語」だとすると少ないと感じます

成長物語」として見るからおかしく見える。そもそも成長を主眼に置いた物語ではなかったりする。そう言った勘違いが、ソードアートオンラインに限らず様々な俺TUEEEE主人公ものと呼ばれるラノベ批判に見受けられます

そのようなところが勘違いの原因になっていたりするのではないかと思いました。

正直、このようになんでもかんでも「成長物語」としての観点で見てしまうのは、少年漫画誌の作品を読んで育ったせいなのかとも勘ぐるのですが、それは少年漫画誌に対する偏見ですし、その少年漫画誌の作品にも最初から強い主人公で、成長物語でない作品というのはそこそこの数存在すると思います

成長が主眼ではない物語が沢山あることは、本当は知っているはずなのですが。どうしても成長物語として見たいのでしょうか。

藤沢数希人生は、負けて負けて逃げて逃げての惨めな人生

藤沢数希は、生まれながらのクズだった。

何の才能もなく、中学受験アメリカ留学までして博士号まで取るも、工学の基礎すら理解出来ず。

当然のごとく物理学者にも金融業者にもなれず、その研究にも従事出来ない、投資家になんてなりようもなかった。

会社都合の合併不景気で首を切られる営業や後方の三下サラリーマンしかなく、事業経営になんて関わりようもなかった。

そんなクズネットでしたことは騙すことと盗むことだった。

本当の人生には誇れるようなことが何一つ無く、そして研究者にも起業家にもなれない藤沢には僅かでも新しいことを生む力など一欠けらもなかった。

コンプレックスから来る誹謗中傷経歴詐称他人の言説の切り貼り、そして馬鹿にそれらを売ることしか出来なかった。

大学ガー、外資企業ガー、知り合いガー、ビジネスガー、嘘嘘嘘嘘嘘。人生から話すこと全部嘘。

負けて負けて逃げて逃げての、本当に惨めで恥さらしの最低最悪の人生、しょぼい年相応に老けた無知無職、それが藤沢数希人生

野原ひろしが平均だった時代実在したのか

野原ひろしの年収は650万であり、これは2016年現在から見れば5%のエリートに属するというブログ斜め読みした。

ふむ。では当時ならひろしは平均、あるいは平均よりちょっといい程度とみなされたのだろうか。

Wikipediaによれば野原ひろしの年収650万はアニメ94話の台詞からの推測であり、これが放送されたのは1994年4月である

そして国税庁資料を見ると1年勤続者(男性)の平均年収賞与含む,単位:万円)は当時以下のように推移している。

西暦 平均年収
1989 493
1990 520
1991 547
1992 558
1993 555
1994 560

1994年の平均年収は560万である。650万は当時の平均より90万多い(ちなみに彼は35歳だが、1994年の35歳~39歳の平均給与は全体平均と同じ560万である)。

年収というやつは必ずしも正規分布しているわけではなく、一部の凄まじい金持ち平均値を引き上げる傾向がある。従って中央値基本的に平均よりも低いと見た方がいい。

その点も含めると、おそらく1994年の野原ひろし650万は中央値よりも100万ほど多いと思われる。平均給与より月収が8.3万多い計算になる。これを平均よりちょっと良い程度と思うかどうかは……まぁ人によると思うが、どちらかというとそこそこ年収のあるやつが自分年収を隠して言う時に「いや俺だって安月給だよそんなん。え?平均とくらべて?同じようなもんだよ、あー、まぁ、ギリギリ平均よりちょっとだけ良いくらい?」的な雰囲気を感じる。イラッ☆

バブル全盛期と比較してみる

1年勤続者(男性)の平均年収1997年の577万をピークとして緩やかに下っていき、リーマンショックでとどめを刺される。

野原ひろしは35歳の男性社員である。ということでこの全盛期で見ると、35歳~39歳男性1997年の平均は589万であるバブル全盛期の中央値平均値殆ど同じだったと仮定すれば、1997年のひろしの年収650万は平均よりちょっと良い、というのは、まぁわからなくはないだろう。月給にして他の人より5万円多いのを「ちょっと」というのは、多い側からみればそうかもしれないが、少ない側から見ると「あ?それちょっとっていうならよこせや」と思うところな気はするが。

なお2014年の35歳~39歳男性の平均年収は502万である。やんなるね。

埼玉県春日部市の平均年収

一方で春日部市における平均年収から見た野原ひろしはどうか(春日部市の平均収入ググると妙な数字が出てくるけど、これソース不明瞭だし計算式も公開されてないので信用に値しないと考え無視した)。

総務省統計局では都道府県別の家計調査2000年からしかないが、ひとまずこれを参照する。春日部市単独データは無いが、春日部市人口15万人以上であることから中都市に該当する。曰く、2000年賞与を含めた年平均月額の世帯主収入は466,591円である12倍すると534万。バブル全盛期をちょっと過ぎた2000年でこの数字である

650万とは実に120万の差がある。中央値はこれより更に下であることを考えれば、春日部市における野原ひろしは当時から見ても平均的、あるいはそこからちょっと良いだけとは言い難いように思う。

レール

野原ひろしのような人生は、なるほど現代からすると相当なカチグミであるように見える。しかし当時の社会背景を考えれば、こうしたレールに乗ることは平均的な能力プラスアルファでどうにかなる範囲だったのではないか

個人的結論としては、これは当時から困難だと思う。

彼は1994年当時で35歳、20年前に大学中退して(つまり高卒で)入社したとのことである。従って1979年入社であり、これは残念ながらバブル期である

当時新規有効求人倍率は1を切っていた。

加えて彼は高卒であり、今ほど大卒信仰が強くない時代はいえこれがプラスに働くことはまず無い。ゆえに就職活動において基本的には不利な立場にあったと言える。

そして彼が得た内定中央区日本橋にある商社である

どう考えてもこの時点で相当なカチグミである。これを平均よりちょっと良いレベルとは当時ですらやはり言えないように思う。

まとめ

そういうわけで、野原ひろしは1994年当時で見てもエリートだと思う。バブル真っ盛りの時と比較してギリギリ「平均よりちょっといい程度だね」と見栄込みでいうことは出来ると思うが、それ以外ではいささか厳しい。

さら国内商社年功序列給料が上がるため、2014年55歳の野原ひろしの年収はほぼ間違いなく1000万を超えているだろう。2014年の55歳~59歳の男性平均年収は631万であり、彼は最終的に平均の1.5倍を上回る所得者ということになる。

彼は今からみてもエリートだが、当時からエリートであり続けた、というのが正しい見方ではないだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160930192325

私の青春全部つぎ込んだ結末がこれなんて嫌だ。

宮崎駿人生を壊された女』を読んだ時にも思ったけど、趣味に何を求めてるんだ。

増田芸人を心の底から応援し、ついでに金も払った。芸人サイドは、増田お笑いを与え、ともに頑張る楽しさを提供した。

それで十分じゃないか。追っかけてる間は幸せだったんじゃないのか。

芸人感謝することはあっても、売れなかったから「嫌」ってことはないじゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20160930202559

攻撃性が高いほうが人に付け込まれず生きやす環境もあれば排除される環境だってあるし

自虐的なほうが楽に生きられる環境もあれば付け込まれて食い物にされる環境だってある

人生人それぞれなだけだろう

人生を糞にするのは糞からまれた糞太郎だと思ってるからだと思うわ

せめて糞からまれた肥太郎ぐらいにはなるべきよ。

からまれあの日無くしたダイヤモンド指輪太郎になれとは言わないからさ。

手足もがれてるんだよなぁ

楽な人生生きてるやつばっかだな。

どんな屑でも子供を産めるせいで苦しんだ

虐待をするような人間出産を許した社会が憎い。

親になる前に何の教育も受けないでいい糞社会が憎い。

幸せかどうかは子供が決めるとかいう世迷言を垂れ流す馬鹿親共はてなには沢山いる。

無能貧乏虐待するような馬鹿屑親のせいで人生めちゃくちゃだ。

俺が生まれてくる前に、ちゃんと社会を整備しないやつらのせいで不幸になった。

親になるならそれ相応の教育を受けろよ!最悪である

評論芥川作曲賞 選考演奏会@2016年8月28日

http://www.suntory.co.jp/sfa/music/summer/2016/

http://www.suntory.co.jp/sfa/music/summer/2016/akutagawa.html

やあ(´・ω・`)

うん、「また」なんだ。済まない。演奏会から一ヶ月以上も経ってから評論なんて、もしかしたらあてになんかならないって言うかもしれないけど、それを謝って許してもらおうとも思っていない。でも、このページを見ている君はきっと「芥川作曲賞」とか、それぞれの曲名作曲者検索とか、そんな不毛ネットサーフィンして来てくれたってことだから、つまりはそういうことなんだ。だから言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものをこの記事にきっと感じてくれると思う。殺伐とした現代音楽界隈で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。

もう一つ、こうやって文章に残しておけば例えば10年後なんかに検索してたどり着く人もいるはずで、そんな人に向けてこの評論を書いたんだ。(どうせ今回の演奏会で再演に掛かるような曲は一曲もなかったからね)

じゃあ、注文を聞こうか・・・・・・



第26回芥川作曲賞 選考演奏会2016年8月28日開催)

(審査員は、小出稚子、法倉雅紀、三輪眞弘



鈴木純明(1970-):テューバ管弦楽のための《1920》*(2016)世界初演

今年の委嘱作品鈴木純明氏は2014年芥川作曲賞を「ラ・ロマネスカⅡ」で受賞した。

終始なにをしているのかよくわからない作品だった。常に多くの楽器が入り混じる音響が鳴り響き、細かいテクスチャが沢山あるのだと思うが、それを聴き取れるような作品ではなく、曲中はただただ苦痛時間であった。最後拍手があれほど疎らだったのもなかなか衝撃的である。(彼の芥川作曲賞作品最後に「ふふっw」のような感嘆と笑いの混じった息と大きな拍手が客席から自然漏れ出たのと、かなり対照的であった。)

一体どうしてしまったのか、というのが正直な感想。思い返せば、去年のオケプロで発表した彼の作品も正直よくわからなかった作品だった。このままでは芥川作曲賞受賞作品が、彼の人生の最良の産物となってしまうのでは・・・・・・という危惧さえ感じた。唯一、某芸大准教授以上の中では曲を書ける人間のはずであったのに・・・・・・・・・



以下、3作品芥川作曲賞候補作品




大場陽子(1975-):ミツバチの棲む森(2015)

音響構成オールドファッションこそ感じるものの、静かな響きに対して非常に精緻な印象を受けた。うん、ええやん。ただ二楽章目に無用な長さを感じてしまったのが残念。



渡辺紀子(1983-):折られた…(2014-15)(第26回芥川作曲賞受賞作)

これが今年の受賞作であるが、正直なところ「うーん」と感じた作品でもあった。というか、まずこれが芥川作曲賞候補に上がってきたことも少々の驚きがあった。全体的に「とってつけた感」が強く、それぞれの一貫性がまだまだ見えてこないような気さえした。それは習熟度の問題なのか、これは?(とはいいつつ、渡辺氏の経歴からすると考えにくいし・・・・・・・・謎)最後の討論の中でも、この作品は「学校の修了作品」という言葉形容されたみたいだが・・・・・・・・

果たして、それを将来性への保証としていいのだろうか。例えば、渡辺氏の師匠でもあるフーラーのようなあの持続ある精神性を彼女が超えられるかといえば、かなり難しいだろうと感じた。けれども今回の作曲賞においては彼女が大きく評価されてしまった。

とどのつまり芥川作曲賞は、「その年で(若手で)もっとも優れた作品を選出」とは銘打っているものの実際は「海外では頑張っているけれど日本ではまだ知られていない作曲家を周知する」演奏会だという側面があることだと思う。審査員側も「皆が知らない作曲家音源楽譜だけで芥川作曲賞候補として挙げるだなんて、俺ら(私ら)はなんて、聴く耳もっていて、ちゃんと分かってるだろう?だろう?」という思惑が聞こえてきそうで、嫌。

範囲40代、いや30代までとしても芥川で取り上げるべき作曲家はまだまだ日本に沢山いるはず。それを取り上げない(取り上げられない)のは、どす黒い大人の事情なのだろう。そりゃ審査員からしても何かの間違いで自分達に近い世代に花でも持たせたら、下手したら将来的にそいつ自分ポジションが取られてしまうかもしれんから・・・・・・・・・気持ちは分かる。



大西義明(1981-):トラムスパースⅡ〜2群による18人の奏者のための(2013-15)

はいいつつも彼も芥川作曲賞(2013年)で紹介され、日本逆輸入の形で入ってきたので、海外偏重芥川作曲賞方向性が一概に悪いとは言えない。そして彼の年代ではおそらく最初音大桐朋)の准教授として迎えられたあたり、まさに嘱望される若手作曲家といって過言ではない。

過去芥川作曲賞で「演奏者によってこうも違うとは!」という評論が誰か審査員によりなされていたように記憶しているが、今回も全く同じような印象を受けた。それこそ終始同じノイズサウンドが鳴り響いているのだから演奏者の質が彼の音楽にとって左右される大きな要因になりえてしまうのは明白で、日本オーケストラではまだこの類の音楽は完全には咀嚼出来ないようにも感じてしまった。まぁ指揮者は頑張っていたが・・・・・・

もう一つ、彼の志向する音楽で今後これ以上のものを生み出せるのか?という疑問は感じ、それが最終的に作曲賞を逃してしまった原因なのではないか邪推した。もっともどこかの藤倉大のようにノミネートされ続けて演奏機会を得続けるほうが彼にとってはありがたいのかもしれないけれども。


まとめ

芥川作曲賞において、例えば「受賞作品なし」や「同時受賞」の選択肢があればどうだったかサントリー財団との関わりもある以上厳しいのかもしれないが、現在システムだと本選に掛かった作品のうち必ず1作品を選ばなくてはならないのは問題である

そこで訴えたいのは、その年度に受賞作にふさわしい作品が1作品も生まれないことだってあるはずだし、もしかしたら2015年はそういう年だったのかもしれないのだ。それを審査員が認められる環境を整えるべきであり、でないと審査員はいくら見識力があっても、多大な被害が飛んでしま可能性すらある。(ex,どうしてこんな作品を選んでしまったのか→その作品しかなかった(消極的))

もちろん、審査員が他の秀作を見逃していたり、”見逃さざるを得ない”作品もあった可能性があったことは言及しなくてはならない。

最後芥川賞にもし特別賞なるものがあれば、指揮の杉山洋一氏に差し上げたい。日本において彼ほど多様な現代音楽作品を同じオーケストラの中で振り分けられる指揮者は居ないだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160930151050

女「あれ? 増田君蟹の形見てないの? あれ超感動できるよ~♪ 見てないなんて人生超損してるよ! 永束きゅんのこととか語ろうよ~」

http://anond.hatelabo.jp/20160930151052

美少女と入れ替わって一週間後、元に戻るだろ?

すると、自分指名手配されていることに気が付くんだよ。



君が美少女人生を送っていた一週間の間に、

君のカラダに入り込んだ美少女は、恨んでいた人間を殺しまくっていたんだ。

これが現実というものだ。

美少女と入れ替わりたい

1週間でいいか美少女と入れ替わりたい。

容姿に優れた健常者女としての人生体感したい。

まぁ、女のほうはアトピーゾンビウイルスに苦しむのだろうけど。自殺するかもね。

美少女と入れ替わって灰色青春を塗り替えたい。

1週間目いっぱい人生を楽しめれば、その後の人生も頑張れそうだ。

だが、現実にはそんなことは起こらない。最悪だ。

http://anond.hatelabo.jp/20160930150136

西宮硝子「(いじめ人生終わったとか甘え。甘えるくらいなら死ぬべき)」

いじめ人生狂った

小学生の頃は神童って呼ばれてたのに、毎日暴力中傷などの激しい虐めで脳が委縮して記憶力が下がって、同時に対人恐怖症や解離性障害や鬱などの精神疾患に罹った。

おまけにアトピーゾンビウイルスのせいで、ただでさえ醜い容姿さらに醜くなって、人が怖くなった。当然、痒みで勉強に集中できないし、人生希望が持てなくなった。

頭がぼーっとして何も考えられなくなった。毎日キモイだの死ねだの言われたせいで人生狂った。まぁ、実際キモイから虐められるのは仕方ない。

虐めが無ければ今頃勝ち組レールに乗ってたんだろうな。あーいや、虐待されてたから無理か。

まれて来たら死なないといけない。出産かいう余計なことをする虐待親のせいで苦しむことになった。

あー生まれてきたアトピーゾンビが悪いんだろうな。

まれてこなければいじめ虐待アトピーゾンビウイルスに苦しむこともなかったのだから

まれてきてはいけない生命だった。

例の自殺者の遺書ページを読んで

何となく思ったことを書き散らかす。



あそこで提示されてる問題の1つは、人生はそれ自体、生きるに値するかという問題だ。

まり、中卒で女にモテず、金もなく、コミュ力もない。家族とうまくいかず、友達もいない。この状況でも、自殺しないでいられるのか、生きる意味はあるのか、という問題だ。



この問題については、宗教哲学文学などでさんざん論じられていて、それなりに答えは出ている。



キリスト教であれば例えば以下のように答えるだろう。

人生価値幸福)は神との関係回復にあり、経済的安定や社会的地位にはない。

そしてそのためには信仰と、それに伴う人格の完成が必要だ。

信仰人格の完成を得るためには、上のような困窮はむしろ望ましい環境と言える」と。



実存主義やその影響を受けた文学はどう答えるか。

「神がいない以上、すべてのもの本来的に無価値であって、人生意味努力して獲得していくしかない。

からからでも頑張れ」というところか。



どちらの議論も良いところ、悪いところがあるが、どちらにしてもそれなりの慰めや考えるきっかけにはなる。

ただどちらにしても、これらの議論理解するにはそれなりの知識と労力を要する。

中卒で友達のいない彼がこれらの議論アクセスするのは困難を極めたのではないか



問題がでかすぎるので歌詞を貼って逃げる。

「エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい

エレーン その答を誰もが知ってるから誰も問えない

エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい

エレーン その答を誰もが知ってるから誰も問えない」

http://anond.hatelabo.jp/20150530134607

しないわけが無いけどごく少数だと思うよ。

灯台を始めとする旧帝大早慶辺りの卒業生って普通大企業就職して30代時点で年収軽く600万超えで順風満帆人生送れるでしょ。

今はアベノミクスによる円安バブルで売り手市場からよっぽど屑じゃないと就職にも困らないし。

リーマン3.11後の大就職不況と違って優秀な学生起業するモチベーションがそもそも薄い。

ニートとか引きこもりって実在するの?

ワーキングプアなんかはわかる。真面目に働いてるのに低賃金で苦しいって人たちは実在する。

その一方、ニート引きこもりは本当に実在するの?

10代や20代前半の若い子たちのニート引きこもり理解できる。人生に迷う時期があって当然だし、何かをしたくてもできない時期もあるだろう。

それらも一概にニートだ!って言い切るのもなんかな。

いい年した大人ニート引きこもりって実はそんなに多くないんじゃないか

エコグラムテスト

エコグラムという言葉が出てたのでGoogleさんで検索して一番上に出たサイトテストしてみた

こちら

http://www.egogram-f.jp/seikaku/

結果

性格

貴方社会規則常識などと云うものに、殆ど縛られないタイプです。考え方が非常に革新的と云うか、無責任と云うか、とにかく反体制派有る事だけは間違い有りません。又、周りの人々の動向を余り気にしないタイプで、自分に対する批判なども、全て柳に風と受け流すタイプです。考え方や行動は、徹底した合理主義者で、どんな事態に直面しても、それらを割り切った考え方で、躊躇(ちゅうちょ)する事無く、処理出来るタイプです。完全なマイペース主義者で、自分の生きたい様に生きる事をモットーに、全ての柵(しがらみ)を振り切って、自分人生を少し離れた所から、鳥瞰(ちょうかん)している様な傾向の強いタイプで有ると云えます

恋愛結婚

計算高く、分析力、判断力に長けて居ますので、反体制的なマイペース主義者で有るにも関わらず、恋愛結婚は、かなり常識的な線に落ち着く可能性が高いでしょう。しか貴方は、もともとブレーキ装置の欠けたタイプなので配偶者次第では、糸の切れた凧の様になる可能性も否定出来ません。配偶者に対しては、

約束を守る事

責任を果す事

妥協を忘れない事

の三つが特に注意すべき点でしょう。

職業適性

重い責任や使命を課せられる様な仕事は全く不向きですし、常に人の顔色や態度を見て、臨機応変対応を迫られる様な職業も、避けた方が無難です。故に警察官刑務官検事判事弁護士など治安関係公務員法律家サービス業秘書事業家などは全て不適正でしょう。性格的に無難と思える職業は、学者エンジニアコンピュータ技術者、各種の技術士、その他でしょう。

対人関係

ややもすると、遁世の傾向がありますし、それ程で無くとも、我関せずと云う個人主義孤立主義の色合いが強まって行きそうな傾向が有りますので、そこの所を適当に調整する必要が有るでしょう。

どうやら反社会的人間だということが判明した

よく分からないけどそなのだろう