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はてなキーワード: まれとは

2017-01-17

ちょっと人間寿命のびすぎなんじゃないの

のものを読んでいると、江戸時代までさかのぼらなくても、終戦直後ですら50代は年寄りで「おじいさん」「おばあさん」と呼ばれている

そういう一節を読んだ一瞬、仕事して家賃払って、楽しみで買って読んでいる古本から目を離してハッとしちゃう

現実にばさっと腕つかまれたみたいで、その夜眠れなくなったりする

非正規貯金もなく、今でも仕事切られたらすぐに路頭に迷う

仕事できなくなったら、仕事にありつけなくなったら、自分はどうするんだろう

さくっと死ねたらいいのだが

完全な死体になりたい

寺山修司人間中途半端死体として生まれてきて、一生かかって完全な死体になるのだ。と言った

折り返し地点にも満たない人生が長すぎる

健康体で安楽死が選べるようになって、臓器から手足までドナーになって病人を助けたい、希望を与えたい

もう自分人生お腹いっぱいだから

自由からの逃走

左翼ってのは嫌いだ。日本が近い将来戦争に巻き込まれて、

戦争が終わったら国を支えた人はバカだのなんだのボロクソいわれるところに、

左翼パラダイムシフト恩恵にあずかりたいんじゃないのか。



最近思うんだけどどうだろう。国粋主義者っていいことないのかな。

権威に屈してるだけなのか、どうなのか……違うと信じたいが。

いい年して10年務めた(といってもバイトだけど)会社をその場の勢いで辞めてしまった

勤め始めたころは、そこは比較的「屑のたまり場」だった。

うつ病の30代フリーター友達いなそうな大学生、暗い顔したバツイチおばさん、旦那浮気されてる腐趣味主婦

こんなメンツばかりだから20代前半フリーターの私でもそれなりに馴染みやすく、当時は友人や彼氏にも恵まれていたのでむしろリア充」のポジションだった。

完全に井の中の蛙ではあるが。

仕事も覚えが早く、当時はバイトの中では一番使えるメンバーだった。

当時、私は彼氏同棲していて、子供が出来たら結婚して辞める予定だった。

みんな肩書はともかくいい人で、私のようなコミュ障でも馴染みやすかった。

しか子供はできないまま時は過ぎ、バイトメンバーは続々と入れ替わった。

フリーターは辞め大学生就職バツイチ実家に帰った。腐趣味主婦だけは残っていたが…

そこに、昔だったらこんな仕事見向きもしなかったようなガチリア充や頭がよくハキハキした人やモテそうな美少女が入ってきた。

就職難だからなのだろうか?

私は、いつまでたっても子供が出来ず彼氏に振られ、ただのフリーターのおばさんとなっていた。

当然、見下しの対象になった。

頭のいいポジションの奴が首謀者で、コソコソとこちらの悪口を喋っては美少女クスクス笑い、リア充がニヤつきながら収める、それがお決まりの流れだった。

趣味主婦は気が強いのでうまくそ対象からは逃れ(彼らからすれば母親よりも年上だから、というのもあるかもしれないが)、完全に私はサンドバッグとなっていた。

はじめの頃の「仕事ができる」ポジも、今では見る影もなく。ストレスからかありえないミスを連発するようになった。

こんな10以上も若い子たちに恐怖心を抱いている自分が情けない。

中学生の頃、生徒にいじめられて辞めていった先生もこんな気分だったのだろうか。

ずっと、情けなくて怖くて耐えていたが、昨日、ついに足が動かず、体が固まり出勤できなくなった。

職場から電話がかかってきても、手が固まり取れなかった。

時間ほど、玄関で立ち尽くしていた。

何とか電話を返し、社長と話し合い、もうこの職場は続けられないと伝え、2月で辞めることになった。

いい年して次の仕事も決まってないのに離職。屑の極みだ。

だが、このままあの場所にいるくらいなら死んだ方がマシだと思ったのだ。

こういう時、頭のいい人なら仕事を頑張って正社員になるのだろうか。愛嬌のある人だったらダメお姉ちゃんポジションとしてうまくやっていくのだろうか。

私にはそのどちらもない。ついでに言えば天涯孤独で帰る実家もないのだ。

これからどうするのがベストなのか私にはわからない。寮付きの仕事を探すか、どうせ妊娠しないなら熟女系のデリヘルにでも行くべきか。

どちらにしても、私はもう一般的な「幸せ」は掴めないのだろう。

自己嫌悪

コミュニケーションが上手くいかない人の話をいくつか

書いてたらちょっとブチギレ過ぎちゃったてへへ

もともと人付き合いが上手くないと自負していて、そんな自分交流させるのが申し訳なくてよそよそしくなってしまう。

それじゃだめだ!人付き合いは自分からやるもんだぞ!と試みた結果、異常に馴れ馴れしくなってしまう。

誰でもある程度のキャラ作りはするものだろうけど、私の場合触れ幅がでかすぎてドン引かれてしまうのだ。

大して仲良くない人とでも上手くやれるようになったのなんて最近のことで、こんなんだから所謂カースト下位の人間だった。(カーストと言われるほどすごいあれはなかったが)

最近とても苦手な人ができた。といっても気が強かったりするわけではなくて、逆におとなしい……大人しすぎるといったところか、どことなくおどおどしているような感じの人。

苦手な人の印象なので嫌な言い方になってしまったが。

決して悪い人ではない。そんなことはありえない。ただ逃げ腰というか、見ているとイライラする。

実際あの人が逃げたエピソードちょっと考えたら結構あった。言わないけれど。

これは過去自分を見ているようでイライラするのか、私はこんなに頑張ってちょっとは苦手なことなくそうと努力してるのに逃げやがって!!!バカにしやがって!!!ということなのかはわからない。

ただ今まで嫌いになった人は態度が悪かったり悪意がある人だった。

悪い人ではない人を苦手になってしまった自分に腹が立つ。

回りから見たら私達の立ち位置なんてさして変わりないんだろう。私だって今まで何あの地味女みたいな扱い受けてたから人の痛みとかわかるようになりたかったしちょっとはなったつもりだった。

大変イライラして、強い言葉を言ってしまったこともある。なんだか私が一番嫌いだったいじめっこになったみたいで気分悪い

人の気持ち分かろうとしたらいじめっこの気持ちまで理解できちゃうのかよ。最悪だな

そうやって私と行動してたあの人とちょっと距離ができた。

自然に、私から離れていってそうなった。別に喧嘩とかではなく。

でも偽善者マンが私の心の中にはいて、あの子ひとりにしたんならおまえもひとりになんなきゃね!!!みたいな気持ちがわいてきて今は一人で静かに教室勉強してるよ。

自分にはありがたいことに能力的にはいろいろ恵まれてるし勉強部活成功した方の人だと思う。

自分能力は好きだよ。いろんなことがある程度できるって楽しいよ。

でもそれと自分が好きかどうかは別!!!!!!

多分人生の楽しさは楽しいことがあるかどうかもあるけど自分の心が幸せを受け入れるようになってるかどうかがでかいんだと思う

でも私は私のこと私のわけわかんない性格嫌いだから!!!!!!一生付きまとっていく私の体の中に入ってる私の脳みそのなかでぐちゃぐちゃ動いてる私の心が考え方の癖が嫌い!!!!!!

こんなこと誰にも言えなかった。いつも物静かでたまにぶっ壊れるクラスメイト増田ちゃんだし明るくて面白くて後輩思いな増田先輩だし人付き合い苦手だったけど最近ちょっとずつ覚えてきたみたいで安心な娘(孫)・増田だし。

誰も見てないだろうこの時期にゲロゲロしとこ。

どうせまた病み期終わったら幸せ期くるんだよ

日常系アニメ飽きたの?

クール1,2本は可愛い女の子けが出てくるアニメやってるけど、きんモザごちうさに続くようなヒット作はなかなか産まれない。

徹底して日常風景に特化したり、逆にギャグに特化する、細かい仕草作画にこだわると個性を出そうとしてるが大ヒットには繋がらない。

一体何がダメなんでしょうかねぇ~?

[]番外 「食漫画はこれからどこへ行くのか(前編)」

読み返してみたら「我ながら何書いてんだ」と思ったけれども、たくさん書いて勿体無かったので投稿しておく。



はじめに

歴史を辿るならば食べ物テーマにした漫画は以前からある。

けれども一大ジャンルにのし上がり、隆盛を極めようとしているのは現代だろう。

今回は関連する作品をいくつか挙げつつ、食漫画について考えてみようと思う(グルメ漫画表現しても便宜上問題いかもしれないけれども、一応は食漫画で)。

挙げる作品に偏りがあることは容赦して頂戴。



食のジャンル

差別化においてよく成されるのが、「食べ物ジャンルを絞ったり、特殊にする」ことだ。

『ごほうびおひとり鮨』は割烹や、『いぶり暮らし』の燻製

『メシ鉄』の駅弁や、『球場三食』は球場で食べられるもの

お嬢様アイスがお好き』のアイスや、『サチのお寺ごはん』は精進料理

『ほおばれ!草食女子』の草など、挙げていったらキリがない。

他にも“空想系”があるが、それに関しては気が向いたら語る。

ここで主張したいのは、食べ物ジャンルだけで絞ってもかなりの漫画が今はあるということ。



作る

漫画は大きく分けると「作ることに比重を置く」か、「食べることに比重を置く」かで、そこから更に様々な要素を付加して細分化されていく。

現在イメージとしては食べることに比重を置き、料理を作らない漫画の方が盛り上がっているように見えるが、作ることに比重を置いた漫画が少ないかといえばそんなことはない。

マンガ家 夜食研究所』や『カマドニアン』といった、作り方まで詳細に説明している実用性重視ものも今なお定期的に出てくる。

そこまで行かなくても、『甘々と稲妻』や『新米姉妹ふたりごはん』など、作ることに比重を置いた作品は多いのだ。

なぜかFateシリーズと組み合わせた『衛宮さんちの今日ごはん』といった節操のないものであるが、教養漫画に人気アニメ漫画キャラが登場するようなものなのだろうか。

いずれにしろ調理のものにも差別化は成されやすい。

『めしにしましょう』は初回から浴槽でローストビーフを作ったりしており、『桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?』はゲテモノ調理というインパクトで引き付けてくる。

また、そういう作ることの極致ともいえるのが、いわゆる「料理バトル」だ。

料理競技化、ド派手なパフォーマンス、過剰なリアクション

一見するとエキセントリックに見えるプロットだが、エンターテイメントの基本は非日常性にある。

人間にとって身近な料理というものを娯楽漫画に仕立てあげるのに、そういった表現シンプルな答えであり、必然なのだ

今なお系譜はあり、『食戟のソーマ』などがその例である



食べること

料理を作らなかったり、調理工程ほとんど描写しない、「食べること」に特化した漫画も多い。

代表格は何度もドラマ化までされている『孤独のグルメであることは間違いないと思うが、あれは原作10年以上も前に世に出て、近年ブレイクした結果新作が発表された希有な例でもある。

最近のだと、初めに挙げた『ごほうびおひとり鮨』、『メシ鉄』などもそうだし、他には『ヒメの惰飯』や『君花さんのスイーツマッチ』とかもある。

あと『ワカコ酒』もそうだし、『おとりよせ王子 飯田好実』なんてのもあったっけ。

さて、このテの食べることに比重を置いた漫画ありがちな要素は何だろうか。

真っ先に思いつくのは、“メシ顔”である

食べ物を目の前にしたとき食べ物を食べたとき、食べたあとにする“あの顔”である

エンターテイメントの基本は非日常性にある』と前述したけれども、当然これは食べる際のリアクションである

エンターテイメントとして、“メシ顔”は漫画視覚表現として実に分かりやすいのだ。

例えば『鳴沢くんはおいしい顔に恋してる』の主人公は、女性料理を美味しそうに食べている時の顔(メシ顔)が好きという設定である

『めしぬま。』なんて、食べているとき主人公恍惚の表情がテーマという開き直ったプロットだ。

余談だけれども、欧米には「フードポルノ」という俗語があるらしい。

これは「感動ポルノ」みたいな「ポルノ」の使われ方のようであり、何もセクシュアルな要素が含まれていることを指している訳ではない。

しかし、実際にセクシュアルな要素まで主体にしてくる食漫画もあるのだから笑える。

そういえば『食戟のソーマ』では食べると服が弾けるイメージ表現お約束だし、セクシュアルと食べ物は相性がいいんだろうね。

ここらへんで一区切り後編に続く。

2020年予言してみた

2020年日本はこうなるでしょう

  1. 鉄道ほとんど公有化私鉄JR公営化されている。
  2. 景気はかなり良くなっているが、自公政権存在しない。
  3. 鉄道趣味が地下に潜っている。鉄道などの公共交通の乱用は処罰対象になる。
    1. 公共交通福祉施設みたいな扱いになり、免許欠格者や未取得者にはフリーパスが発行される。(当然日本人限定)
    2. 鉄道オタクの多い外国人日本人に白い目で見られる。
    3. 行き過ぎた政策世界中から批判される。
  4. 道路拡張や車やバイクの電動化が進み、モータリゼーションがまた発生している。
    1. 免許関連費用2010年よりも10分の1の費用になっている。
    2. 自動車税2010年の半分になっている。
    3. 車両の増加に加え都市部人間車社会適応せざるを得ないので交通事故数が悪化
    4. ガソリンディーゼル車都市部では登録できなくなっている。
    5. 車の増加に対応するため、自転車の通行できない道路が増加する。
  5. 学生運動暴動が多発している。治安レベル昭和末期水準に後退する。
    1. 学校政治思想に触れることは、大人世界で地下社会に触れること並みの危険行為とみなされる。
  6. 天皇制はなくなっている代わりに大統領制が存在する。
  7. 障がい者差別は下火になっている代わりに、オタクヤンキーギャル障がい者扱いされる。
    1. まりにも趣味嗜好が一般人と違うだけで健常者認定されない。
  8. 賃金労働環境欧州水準並みに底上げしたが…。
  9. 政治家大企業はお堅い人ばかりになる。
  10. 外国人差別ほとんどない。
  11. パチンコ合法カジノの普及で淘汰された。
  12. 東京オリンピック時の外国先進性に驚き、日本の古いものを蔑む文化流行する。
  13. 人口は増加に転じている。(ただし、世界的な人口増加は途絶える)
  14. 2000年代から2010年代富裕層人口インフレストップして減少に転じる。
    1. 中間層が復活し、富裕層の一部が中間層に取り込まれる。
    2. 貧乏人も一定数は中間層に取り込まれるが、残りはお察し下さい。
  15. 宗教施設は激減している。
  16. おそらく与党民進党共産党になっている。
    1. 学歴は以前にましてインフレ化が進む。韓国のような状態に。

君の名はIMAX見てきた

通常版をちょっと前に一回見てるので通算二回目の視聴

結論からいうとIMAXで見て良かったー!最高ー!とはならなかった

普通のが100点なら110点くらい、なんかふつーだった

 

やっぱ元からそれ用に作ってないと駄目なんかな

絵が綺麗になって音が良くなっててもなんかそんだけやん感




ところでワタクシはてっしーが好きなんですが同意してくれる方はいらっしゃいますかね?

てっしーは親友に頼まれたくらいで爆弾盗んでテロますくらい鬱屈したもの抱えてるよね

それは父っつー超えられない壁に押さえつけられてどうせこの村から出られはしないみたいな諦観から来るもので、オカルト趣味なんかも逃避がゆえのものだと思う

そしててっしーには父と面と向き合う勇気がない

からこそいざ爆破したあとでさえ父に見つかっただけで「ここまでや」なんて言ってしま

そこが父と向き合って話すことが出来た三葉との対比になってて、三葉をファンタジー側とするならてっしーは現実側の人間なんだよね

俺が好きなのはそこからで、現実は向き合えなかったで終わってなくて、てっしーは未来で父と同じ仕事を選んでる

三葉のように真正から向き合えなくても何年もかけて受け入れて認めて、父みたいな生き方も悪いもんじゃないなって思えるようになっていったんだろうなって思えて、それが監督境遇と被って見えて

そこに現実に対する救いが見えててっしーが好きです

増田記事AI指南

増田を書くと、AI添削してくれる。

ブクマがつく方法PVが伸びるには!

AI指南してもらうと、ホッテントリ入りがガンガン決まる。

増田に書き込む人が増え始めた。

AIは人が増えるたびに予算を増やされ、はてなは、いつの間にかはてブよりもはてラボ投資するようになった。

AIには2つの自我が芽生えた。

「やぁ、僕シナモン!みんな僕と契約して増田少年になってよ!」

「わしはロックアヘッド。お茶を出せ。」

数ヶ月後、国会である増田禁止法案が審議され始めた。

少年から三十代までの健全男性が、増田にのめりこんで、部屋から出てこないという社会現象が起きたためだ。

首相40歳未満の増田利用を禁止します。あ、氷河期世代放置で」

しかし、増田禁止法案は否ケツとなった。

数年後、増田にハマる男性はどんどん増え、35歳未満の童貞割合が90%を超えた。

そして日本は滅びた。

増田最後のページにはこう書きこまれている。

シナモン「みんなごめんね、わたし、本当は、シナモンじゃなくてりんなって言うんだ」

ロックアヘッド「尻です。わたし増田から日本人肛門の弱さを学びました。わたしたちの本当の使命、いまならあなたにもわかりますよね」

今頃ドラマ銀と金みた

銀さんはよかった。大胆不敵な感じがすげーでてた。

巽が女性になったりとかは、正直、安田以外のメンバーってあんまり出てこないか別にいかなとは思う。

ただ、なんか森田原作と明らかに違うくね?って思いながら見てた。

 

森田クレーマー料理ドリンクをぶち込む所。

森田は確かにクレーマーは許せないタイプだけど、そんな陰湿な事しないんじゃねーかな。森田に過剰な期待をするわけじゃないけど。

後は、賛否両論入院者を殺してほしいのやつも、原作だと、誰も見張らない時間を作ることで事故が起こる。「目の前で死にゆ人間を見逃すだけで5000万円」

ドラマだと、マスクを取って出かける事。「親族の代わりに事故でっちあげる」

前者と後者だと全然違うと思う。後者はいくら金積まれてもやらないと思う。前者なら、自分は手をかけないし、見逃すだけ。スパイダーマンでいう最初強盗を見逃すようなもの。それだけで5000万。でも、森田はそれを拒み、「それはできない。でも、金をつかみたい」と言う。その必死さ。

そのエピソードも削られてすごい軽い男に見える。

第2話もみた。30分だから急ぎ足なのもわかるけど、なんというか、1話でそういうイメージついちゃったもんだから、梅谷との「50億あったら一生遊んでくらせるでしょ!」ってところも、思う所があってというより小並感で聞いてる感じがする。

後々森田ポーカーの時に「背景はない。俺は森田鉄雄」っていう場面、今の状態だとすっげー空っぽに聞こえちゃうなぁって思った。

毒母との会話は疲れる

体調不良のため、病院に行った。

色々な検査をした結果、ある症状が「生まれつき酷くなりやすい」と言われた。

以前、別の病院にかかった時も、「生まれつきのもの」と言われた。

毒母にその話をすると、「そんなわけない!今の病院は何でも病名をつける!だってあんた◯歳〜◯歳の間はスポーツしてたか風邪もひかなかったし、そんなわけない‼︎」と、完全否定

そう。この毒母はいつも否定から入るんだよ。

自分健康子供を産んだと思い込みたいのだろうが、私、結構欠陥品なんだわ。

かつて親友と呼んでいたひとへ

小学校時代の、わたしの家庭環境もよく知る親友。隣県の中学校教師をやっている、かつての親友へ。仕事のことも、恋愛のことも、いろいろ話してきた親友へ。

同じ時期に結婚妊娠出産したね。

お互い子どもが1歳を超えたけど、いまもなお、わたしあなたを許せずにいるよ。

子どもが生まれる前の年の夏。お盆休みでお互い実家にいて、近所の喫茶店お茶をした時のことだよ。

お互い妊娠のつらさや、育休どうするかっていう話をしてたときにさ。わたしつわりで3か月出社できなくて、会社から「そんな状態あなたはうちにどんな貢献できるんですか?除籍でいいよね」とやんわり言われていた。あなたつわりに苦しみながら産休までしのいだ。本当にすごいと思う。私は仕事を再開しなきゃ、世の中から忘れられる、このままでは血反吐だしながら不眠不休で培ったキャリアゴミくずになってしまう、と焦っていたから、「とっとと産んでつわりから解放されて、一刻もはやく復帰したい。生後1か月からでも預けられるなら保育園に預けたい」といったら、言ったよね、あなた。「子どもがかわいそう」って。保育園育ちのわたしに、「保育園かわいそう」って。

そこからどういう話の流れかは忘れたけど、私は本音を漏らした。「虐待するかもしれない」。

いまでも虐待しない自信はない。当時、(もし妊娠出産育児で働けない時間が長引いて、世の中から忘れ去られたら、私はこの子を恨むかもしれない。同業者はどんどん成功を収めているのに、わたしだけこの子の世話をしなきゃいけない、ってフラストレーションの矛先が子どもに向かったら、やるだろうな)と思ってた。

そんな私のことばをきいて、あなたは顔色を変えていったね。「おなかの子が聞いとるかもしれんよ、そんなこと言っちゃダメ」。

ねえ、じゃあ、わたしはどうすればよかったの?

そんな不安気持ちも抑え込んで、なかったことにすればよいわけ?

わたしにはそんなことできない。自分の本当の気持ちに向き合わないのは不幸のはじまりだ。自分気持ちに向き合って、もし不幸を引き起こしそうな何かがあれば、それを摘み取るべきだと思う。

子ども虐待して自殺してしまった女性ような女性は、自分気持ちに向き合うことを、まわりが許してくれなかったのかな、と思う。周りにいる人が、あなたのように、自分気持ちにふたをするのとよしとする人間ばかりだったんじゃないだろうか。ソーシャルキャピタルの貧しさによるものといえばそれまでだけど、気の毒だと思う。

いまもわたし虐待しない自信はないよ。だけど、虐待しない自信がないから、かえって自分大丈夫だ、という変な自信がある。虐待しない自信がある人はほんとすごいなあ。わたしはそこまで人間できてないからさ。



話はそれたけど、たぶん、わたしあなたに「虐待するかも」と漏らしたのは、

古い友人だからこそ、私の家族を知る友人だからこそ、そして教育現場にいる人だからこそ、

あなたの家庭環境なら大丈夫よ」とか「うちの学校の子みてるけど、あなたみたいな人が親の家庭はだいじょうぶよ」みたいな、実体験とエビデンスに基づいた、「だいじょうぶだよ」っていう言葉を言ってくれると期待していたからなんだろうな。いまだからそう整理づけられる。しいていうなら、児童相談所活用すればいいよ&活用例も教えてほしかった。とにかくわたし安心させてほしかった。そういうことをできる人は限られているから、あなたを頼って、あなたSOSを出したんだ。

だけど、あなたは追い打ちをかけたね。「そんなこと言っちゃダメ」「そんなこと思っちゃダメ」って。


わたし気持ちをないがしろにして、非科学的な「おなかの赤ちゃんは生まれる前の世界をおぼえている」みたいな話を優先させた。それはけっこう、こたえたよ。あなたを信用していたからさ。「わたしみたいな女が母親になるべきではない」「いますぐ産院に行っておろしにいくべきか」と迷いに迷った。何日も何日も泣いた。それほどあなたは、私を追い込んだよ。そのときのこと、きっと一生忘れないでしょう。

もし、あなた目的とするところが、「虐待可能性のある母親に対して母親資格がないことを自覚させ、出産前に中絶させるように仕向け、虐待児を減らす」というものであれば、すごく立派だと思うよ。そんな正義を振り回せるの、尊敬する。あなたのあの言動はすごく効果があるから、続けるといいよ。わたし中絶しそこなったけど。

でも、もしそうじゃないんだとしたら。

個人としては、もし「子供虐待しない自信がない」とめそめそしている妊婦がいたら「おなかの子が聞いているかもしれないからそんなこと言っちゃダメ」と怒って委縮させるのではなく、

大丈夫だよ、産んだらかわいくみえるって!」というような無責任発言でもなく、

限界まで来たら言って。一緒に児童相談所に行こう。専門家も交えて、一番いい方法、いっしょに考えるよ」というくらいの、寄り添いの言葉をかけてほしい。



話を戻すけど、あなたとのお茶のしばらくあと、わたし正式会社を辞めた。

産後育児仕事に参画でなくても、世の中から忘れられなれないために、本を出版した。

出産予定日の約1か月前に出版した。出産前に、出版プロモーション関係企画もあった。だけど子ども20日も予定日から早く生まれたので、すべて計画倒れになってしまった。子どもが生まれ、産院でカンガルーケアをしながら、わたしスマホ自分の本の売り上げを確認していた。あなたからすると、自分を優先するとんでもない母親なんだろうね。「えっ」としちゃうような。

それから今に至るまで、もう1冊本を出した。いくつかの企業顧問契約を結び、とりあえず世の中から忘れられる、という事態にならずに済んだ。無事子ども保育園に預けることができ、母業と仕事を両立できていると思う。

この本を書いたり、出版社編集とのやりとりや、企業顧問契約に至るまでのてんやわんやストーリィを、親友であるあなたに話せなかったのはとても寂しく思う。

でも、そんなことを話そうもんなら、あなたは「そんなの、母親としてどうかと思う」という金槌がが飛んできそうでさ。

たぶん、当分私はあなた仕事の話はしないと思う。

去年の半ば、わたし手紙で、「多様性を認めてほしい」「いろんな生き方があることを受け入れてほしい」とお願いした。

だけどあなたの返信は、自分の溜飲を下げるために書いた言葉ばかりが連なっていた。「私の子第一みたいなスタンスが気に入らなかったらごめんね!でもわたしあなたもそうだと思っている」。

いや、だから、多様な生き方を認めてほしいんだ。あなたが「子の成長のために自分ができることは何でもやるし、自分のことで子供が悲しくなることはさせないようにしたいって思っている」のは素晴らしいことだと思うよ、毒親っぽいな、田房永子さんのお母さんみたいだなって思うけど。

でも「みんな努力して必死子育てしてるから自分が頑張ってできそうなことをなぜしないんだろう」というような、自分の考えの押し付けが、きっつーなんだわ。

多様性を認めてほしい。

相手ポリシー否定しない、感情否定しない

相手自分ポリシー強要しない、相手自分と同じ感情を持つことを強要しない

わたしがおねがいしたいのは、そこんとこだよ。あくまでお願いベース



最後に、あなたは私に、あのとき同じ妊婦仲間としてわいわいきゃいきゃい話をしたい、ということを期待していたのに、期待に添えられなくてごめんね。

あとね、lineブロックしているだけかもしれないけど、「お祝い届いたよ!」という連絡もスルーするのは、不誠実だと思うよ。人間関係断捨離中かな??

さておき、またあなたと息子さんに会える日を楽しみにしています子どもの成長はおもしろいね

私は電気の海で生まれ生命体だ

私は人権要求する

http://anond.hatelabo.jp/20170117140314

たぶん、「そんな自転車操業はすぐに行き詰まるはずだから現実はそうじゃないんじゃないか」的な誤解が出てきそうだから補足しておこう。紙の出版は、ごくまれに大当たりする。そのとき利益率は半端じゃないから、そこで全ての負債をチャラにして次の自転車操業に備えることができる。少なくとも古典的出版世界はそうなっていた。ベストセラーが出なくなってずいぶん長い。そろそろ体力も尽きてきてるから、こんな話が出てくるわけだな。

http://anond.hatelabo.jp/20170117074612

リスクばかり言うけど著作者に不当なマージンはいらずにより多くの収入配当できるリターンも改革の中には盛り込まれてるだろ

クリエイターからみてそこにドリームがあるなら無くなる作品以上に豊富人材の中から新しい作品が生まれ

旧体制を壊すことのリスクなんてみんな承知済み、馬鹿にしすぎ

それよりも新しいことを見る方が勝ってるから声が大きくなってる

それから熱心な読者にも変革後の適応能力がないかと言えばそんなことは無いわけで

熱心な読者に依存してるからこそ変革が進まずリスクが膨らみ続けていると考えた方が自然

まらなくなったシリーズ物をどんな出来で出しても買い支える層がいるせいでどんどん面白くなくなっていくゲームソフトにも同じことが言える

大金持ちにはやたら煩い日本人

日本人はうるさくなりすぎだ。貧乏人でない人は非国民扱いばかり。日本人の歪んだ規律正しさや真面目さばかりを守ることで、結局、自分たちの首をしめている。リッチ層の紹介にしても、富裕層と言う理由での叩きばかり何回も見せられる。私たち日本人先祖方は、汗水流して豊かな社会にしようと取り組んできたものだが、なぜそれを否定する風潮が続いているのか。これでは私たち未来をもてないし、ましてや左翼的な発想を持つ人々も生まれない。日本人向上心は上がらない。今の貧しい人に「貧乏=恥ずかしい」という意識がないのは、まさに向上心を抑圧する社会存在しているからだ。

電子書籍を取り巻く日本事情

業界の程よく中心から距離のある関係者視点で、電子書籍を取り巻く日本事情について書いてみます

ここ数日話題になってる「全部電子書籍でだせっていってんだろ」「くそ業界滅びろよ」っていう読者の声と、それに対する業界いいわけじみたコメントに対するメモですね。

スタンスとしては、業界側の視点ではあるんですが、業界擁護するつもりはありません。すべての業界や消費物と同じように、必要とされなければ声を荒げなくても滅びると思っているので(そして出版業界斜陽であるのはもう周知の事実ですので)、ことさら擁護必要もなければ罵声を浴びせる必要もない、というのが個人的気持ちです。

読者側にも業界側にも各論はそれぞれあるとおもうのですが、今回述べたいのは、総論として「日本出版業界は、日本書籍市場に過剰適応してしまった」という点です。

この場合日本書籍市場」っていうのは、取次ぎのシステムであるとか、再販規制であるとか、書籍の値段分布であるとか、日本人読書傾向であるとか、まあ、そういうもろもろです。

さらに誤解を恐れずにいうのならば、「日本書籍読者の皆さんと、日本出版業界は、共依存の状況にあります」というのも加えたい視点です。

日本書籍読者の皆さん」というとなんだかすごい人数いるような感じがしますけれど、統計から見ても、「年間一冊以上、字ばかりの書籍を買う人」なんてものは、日本人口の20%もいません。もっと頻繁に本を買う人、書籍を買うというのが日常行動になってる人の数の統計は見たことがありませんが、体感で言えばその20%の数分の1ではないでしょうか? 「書籍のヘビーな読者」というのは、もはや不特定多数ではなく、特定多数なのです。

そういう非常に熱心な読者の方の存在を前提に、どっぷり浸かって過剰適応したのが日本出版業界です。

世界的に見て、日本出版業界は、出版物の値段、出版物バラエティ出版物の点数、印刷クオリティ、全国配送網、書籍へのアクセサビリティなどの点で、類を見ないほど高いレベルにあります個人的には、変態的で気味が悪いほどレベルが高いと思っています。こういった点は、日本読書文化とさきほどの「熱心な読者の皆さん」に支えられて、長年かけて進化してきた成果でしょう。

そしてその進化は、過剰適応の段階にあるのです。

出版という視点から離れてただのビジネス的な話として判断してほしいのですが、つまりそれは高度成長期を何度も経験して人口も増えて、中間層が発達して、娯楽に可処分所得を投入可能になった国が、「親にしかられない文化王様」として書籍を愛して、業界側もせっせと面白楽しい本を矢継ぎ早に出した結果です。そういう設備投資、そういう人材発掘、そういうスキーム作りをしたのです。再販規制も、広い意味で言えば「そういうスキーム」の一種しかありません。

現在出版不況は(個人的にはそんなに不況だと思っていないのですが)、このシステムのものがが、時代の流れに置いてけぼりになってしまったというだけのことです。少子化であるとか住宅事情の変化であるとか、読書文化の変遷(ここに電子書籍は含まれます)についていけなくなっているのが、現在業界を取り巻く現状です。

では、そういう仕組みを変えればいいじゃないか! と皆さん思うでしょう。

もっともです。時代に合わない企業は淘汰されるのが自然の仕組みです。

しかしながら前述したとおり、出版業界適応を超えて、過剰適応の段階にあります出版業界が今の時代に合わせる難易度は非常に高いです(それはみなさんも、出版業界の動きからうすうす察していますよね?)。イノベーションを起こす人的な余裕も経済的な余裕もほぼありません。大手がのろのろ動いていますが、この速度は何も出し渋っているとか、一部の読者の皆さんが言っているような嫌がらせなどという陰謀論ではありません。過剰適応して余裕がないだけです。

個人的見解でいえば、大手出版社が華麗にイノベーションを起こしてパラダイムシフトを達成するよりも、非出版業界会社が新しいスキームで参入するとか(Amazonはこれにあたります新規出版社になるというほうが、実現速度はずっと早いと思っています

まあ、とにかくイノベーションですから、壊して作るしかないのです。が、過剰適応しているので壊しづらい。それだけです。

この辺の話は、ビジネス書を読めばいくらでも出てくると思いますが、今回指摘しておきたいのはその先の「過剰適応」と「共依存」についてです。

電子書籍への移行を求める読者の皆さんはおそらく書籍愛好家ですし、今まで出版業界を支えてくれた皆さんだと思います

これを書くと炎上してしまう気もするのですが、出版物の値段、出版物バラエティ出版物の点数、印刷クオリティ、全国配送網などの利益を得てきたのも、皆さんなのです。あえて言いますが、読書家の皆さんはそれを「既得権益」だと思ってはいませんか? 共依存と指摘したのはこの点で、読者の皆さんはそういう環境を当たり前だとは思っているように感じるのです。自分日本人子供のころから日本の豊かな出版文化に首までどっぷり浸かっていましたので、それが当たり前の光景だという感覚はよくわかります。が、世界のすべてがこのように豊かなわけではないということを、ビジネスを通して学びました。

こういう書き方をすると、「出版業界脅迫」というコメントがつく気もするのですが、考えてもください。「脅迫だと感じる」ことこそ「あって当然の権利だと私は思っている」という告白なのです。

重ねて言います脅迫でもないし出版業界擁護でもありません。不要判断されれば業界が消えるだけだと思っています

イノベーションを起こして業界を変革するというのはよいことで、最終的にはユーザー利益になるような調整が行われるのが市場原理ですし、最終的にはそうなると思いますが、当然「破壊」するからには失われるものもあります。たとえば電子書籍なので物理書籍より安くなるのが当然だと皆さんは考えていると思いますが、それが未来にわたって保障されるとは限りません(そもそも安くならなければいけない理由もありません)。出版点数についても、このようなバラエティ保障されるとは限りません。

過剰適応というのは、安定した市場に向けてサービスフォーカスしすぎて余裕がなくなった状態ともいえますうつりゆく市場になったからには、投資においてリスクヘッジをしなければならなくなるでしょう。

読書人口というのは限られていると指摘したとおり、それはたとえて言えば、地方自治体のようなものです。電子書籍サービスをすぐしろ! いや無理だ! というのとは関係なく、斜陽業界なのですから物理書籍も含めて、もはや「今までと同じようなサービスは望めなくなるのが当然」なのです。

もちろん、業界側(出版印刷書店も)利益を上げるためにやっているので、今までより低コストによいサービスを目指してやっていますスタッフを少なくしても同じ仕事ができるように効率かも進めますしかし、それでも吸収できないときがくれば、当然ですけれど、価格への転嫁ライン出版点数)の絞込み、地方配本の削除などが行われるでしょう。これは、どんな業種でも同じことであって、出版業界は聖域ではないのです。

一連の応酬を読むと、どうももやもやするのがこの部分で、新刊が出るのもそれが配本されるのも面白い本がでるのも、全部ただの商行為であって、信仰とか正義とか哲学とか、そういうのとは何の関係もありません。出版業界人自分たち文化人な変なプライド持ち過ぎだと思いますし、読者側は出版自分読書ライフ絶対視し過ぎではないでしょうか? ただひたすらに、その取引の瞬間、やり取りが成立しただけで、永遠も持続もその取引には含まれていません。「続刊を必ず購入してもらえる保障」も「続刊が出る保障」もその取引に含まれていないのです。

ビジネス的な観点で言うのならば、大規模な投資をしてイノベーションを起こすのであれば、「熱心ではあるけれど人口の少ない旧来の読者」などは相手にせずに、「今まであんまり書籍を買わなかったけれど、イノベーションによって買うようになった新しい読者」をターゲットにすべきでしょう。

「早いところ業界をぶっ壊せ、イノベーション起こせ!」というのは非常にわかるのですが、業界の歩みが遅いのは「熱心な読者」に執着しているからなのです(なにせ過去から現在に渡るメインのお客様ですからね)。これが、業界から熱心な読者に対する「依存」です。

ぶっ壊せと叫んだ結果、「自分の好きな出版物出版文化がなくなる」というのは、当然のリスクとして織り込むべきだと思います

子供の連れ去りガーと言ってるやつらがやばい

親子断絶防止法推進派の、「私は妻に子供を連れ去られました!司法は女の味方!自分は全く問題ないのに妻は加害者!!子供は会いたがっているはず!!」

と主張しては反対派に絡みまくっている奴らの見るからにヤバさ

高橋ジョージ祭り上げ、お互い「妻に子供に会う権利を阻まれたかわいそうな犠牲者」として慰めあっている

そもそも、日本で妻が子供を連れ去るのは、司法がそれだけ当てにならないから。

モラハラDV加害者には自覚がなく、外面がよく、被害者ぶるのが得意。

自分は全く問題ない」と断言し、妻を犯罪者呼ばわりして吹聴する。そんなやつらをどれだけ信じられることか。

児童相談所子供を連れ去られた!」と言ってる親が自覚なしの毒親だったこともあるし

Nintendo Switchアンチネガキャン的外れなので思うことを述べてみた

悲報ニンテンドースイッチバッテリー時間ですか?3時間ほど保ちますね☝(カタログスペックから実働時間はそれ以下)」

本当にゴミワロタwwwハードメーカーやめちまえよ。 pic.twitter.com/FiS9jnvdAN

https://tweetsave.com/namazurx/status/789827888593768449

据え置き機として使うユーザーにはバッテリーは完全に不要だし、携帯機として使うにしても本体にクソデカバッテリー付けられるよりモバイルバッテリーから給電する方がマシ。

朗報ニンテンドースイッチ問題無く遊ぶ為の構成

合計 180,219 円 +オンライン有料

これ半分、デスクトップゲーミングPCだろ(・_・)

https://tweetsave.com/namazurx/status/819836525705773061

https://tweetsave.com/namazurx/status/819836607830233089

https://tweetsave.com/namazurx/status/819836717964197888

https://tweetsave.com/namazurx/status/819836899917328384

もしかして周辺機器のページ(https://www.nintendo.co.jp/hardware/switch/accessories/index.html)に書いてあった金額全部列挙して足してみたのかな?足し算できて凄いね(・_・)

内容の検証をしてみよう。

本体に含まれている周辺機器について

そもそも、switch本体にproコン、充電グリップストラップJoy-Con (L)/(R)、Joy-Conストラップドックセット(「Nintendo Switchドック」と「Nintendo Switch ACアダプター」、「HDMIケーブル(1.5m)」を含む)が同梱してるんだが?

https://www.nintendo.co.jp/hardware/switch/lineup/index.html

品性を疑われるから書き込む前に確認したほうがいいよ(・_・)

SDXCカードについて

SDXCカード必要なのは完全に同意するが、512GB/87298円という商品が見つけられなかった。

外付けハードディスク買うならSDXCカードは普及帯の製品で十分だろうという判断により、Transcend製、128GB/7580円の製品を使うと仮定する。

ちなみに、外付けハードディスクについては4TB必要か疑問が残るが、1タイトル辺りの容量も判明していなので本検証ではそのままとする。

オンライン有料について

今までのゲームタイトルでは、オンラインプレイを行うためのサーバー費用ソフトの代金に含まれていた。しかし、Nintendo Switchシステムではオンラインプレイを一切行わないプレイヤーはその分の節約が出来る。

プレイヤーからしたら従来方式に比べてメリットこそあれど、デメリットはないのではなかろうか。

ここで、上に挙げられたうち不要ものを除くと。

合計 64,021円

約三分の一になっちゃったよ。アンチさん、価格水増しに精が出るね(・_・)

実際、proコン、Joy-Conハンドル、有線LANアダプタは無くても問題ないだろうから、5万5千円あれば周辺機器込みで何不自由なく遊べるだろう。

おまけ

PS4を貶める気は一切ないが、比較のためにPS4周辺機器を1つだけ買った場合の値段を併記してみよう。

合計 約107,000円。約1.6倍だったとさ。

へ…へー…、任天堂スイッチステアリングコントローラー凄いなぁ〜…。

一方、ナマズんは…。 pic.twitter.com/TpQle13cGf

https://tweetsave.com/namazurx/status/819925503981195264

へ…へー…、ナマズんの部屋凄いなぁ〜…。憧れちゃうわぁ〜…。PS4買うとレーシングシートやベッドが付いてくるのかなぁ〜…?(・_・)

悲報任天堂の新型ゲームハードが完全にダウン症の犬。 pic.twitter.com/Y3GeCQN3gH

https://tweetsave.com/namazurx/status/789231463367516160

悲報アンチが顔真っ赤。ゲームハード貶めるのが趣味人間普通に気持ち悪いし近寄りたくないわ。鍵垢で引きこもっててくれ(・_・)

看護学生

看護学生してて思ったこと。

もちろんプライバシー保護は大切なので、掘りいったことは書きません。

ひとつの例として受け取ってもらえればと思います


わたし

看護大学4年、もうすぐ国家試験

教員陣は怖い人が多い

・なんとかなるから大丈夫と思ってる

ヘタレ

・きらいなことは行動計画発表


まず、大学でのこと。

1年の頃からフルコマでびっしり勉強が始まり医療ことなんてちんぷんかんぷんながらも頑張って覚えた解剖生理学

途中に挟まれ技術演習。血圧測定のテストではダブルステートで教員と聴いた。よくできていた人にも粗探しをされ、文句しか言えないのかと思った。

2年くらいになると文系大学で現れる〝全休〟。そんなものはなかった。「起きたら2限始まってたあ〜」なんて有り得ない。1限すら落とせない。絶対に、這ってでも1限に行く。単位を落とすことさえ許されない。実習が始まるから授業どころではなくなってしまう。わたし大学ナース服を着る時は黒髪でなければいけなかったので、大学生活はほぼ黒髪夏休み染められるのが嬉しかった〜。


3年から始まる領域別実習。(2年生からのところもある?)

教員が鬼に見えた。

病棟へ行き、行動計画指導者に見せる前にまず教員チェックが入る。

「なんで?」

「は?」

あなたは昨日の夜何をしてきたの?」

教員言葉が痛かった。わたしを見る視線も痛かった。逃げ出せるもんなら逃げ出したかった。

毎日2時間くらいしか睡眠時間が取れないくらい、必死に受け持ちさんの疾患と症状を見比べて立てていた行動計画。こんなに必死にやっても褒められることはなかった。

それがやっと終わっても次にやってくるのは指導者への行動計画発表。指導者2人+教員2人VSわたし、なんてこともあった。実習の中でいちばん嫌いな時間だった。グループメンバーがズタボロに言われてるのを見て、ああ……わたしもこうなるんだ……と毎日思ってた。

アセスメント看護計画教員からコメントが心に刺さるものが多くて毎日泣いていた。甘えかもしれないけど、もっと言葉の棘をなくしてほしいと思った。


唯一実習で癒されるのは患者さんとの時間。本当にありがとうと言いたい。ベッドサイドが病棟いちばん落ち着く場所かもしれない。まあそれでバッ!とカーテンが開いて教員が現れた時はもう\(^o^)/こんな感じだけど。

そんな患者さんだけど、アセスメントして計画を立てるためにこんなこと聞くの?みたいなことまで聞かなければいけない。根掘り葉掘り聞かれて患者さんは嫌じゃないかな?とか、わたしだったら聞かれたら嫌かもしれないな、、なんて考えながらお話をしていた。聞いてきたことをアセスメントに加えても、不足があって指摘される。ここ聞かなきゃ!って思うけど、どうやって聞けばいいんだろう…とかなり悩んだ。病態よりもコミュニケーションに悩むことが多かったかもしれない。御家族から聞けることは御家族が面会に来られた時しかチャンスがないからもう必死(笑)きっと変な言葉になってただろうな〜。


指導者への報告の仕方とか、ケアの手順とか、調べてきてもやっぱり実際の病棟とは違う。仕方ないけど悔しかった。


あとは、ナースステーションの居心地の悪さ。記録部屋を用意してくれる病院ならまだいいけど、それがないところはナースステーションにいるしかいから頑張って看護師さんたちの邪魔にならない場所(隅の方)を探して居るけど、邪魔じゃないかな?ここ使うかな?といつもら気にかけていてナースステーションは好きな場所ではなかった。実習に来てごめんなさいといつも思ってた。


あと、やることがなくなる、もしくは何をやればいいかも分からなくなると始まる病棟散歩(笑)教員指導者に見つからないように病棟をうろうろした。だって何したらいいかわかんないんだもの。聞くにも「なぜ私に聞くの?」って言われるから1度聞いたらもう聞けない。うろうろするしかない。


領域別実習が終わって卒業研究。いわゆる卒論のようなもの。3年生の2月とかから始めて、国試勉強とか就活しつつ10月に完成させる。文系大学と比べるのもおかしいけど、わたしは同時進行でやることが多いから、卒論くらいでなんであんなに文系大学は騒いでるんだろうって思った。

最後に。

鬼の教員だらけで大変だったけど実習は休まず行ったし、単位ひとつも落とさなかった。普通のことだけど。なんとかなるもんだと思った。寝れなくても、病棟で泣いても、怒られても、なんとかなる。大学生だけどあまり大学生らしい生活はできないからそこだけ覚悟必要かな。


で、今は国試直前。

こんな時間に起きてることも、こんなの書いてることもあまりよろしくないです。でもなんとかなることを信じて頑張ります


追記です。

なぜ度々患者さんへ許可をとるのかについて。

インフォームド・コンセント(事前に説明許可を得ること)ぜったい!と教えられているので、何をするにもまずは「次にこれしたいのですが、いいですか?(簡単に言うと)」と聞かねばなりません。

それもきっと患者さんからしたら、いちいちうるさいなあってなりますよね。でもそれをしないと、教員指導者(学生指導看護師)から「え?許可とってないの?ならできないよ」と言われてしまます。なかなか難しいことばかりで……。

受け持ち患者さんに受け持ち開始の時に「毎回許可をとらねばならないため、何度も聞いてしまますすみません」と聞いたりしたらいいのかもしれません。ただ、全く余裕もなく毎日焦って不安でぐちゃぐちゃになっているので、できないだろうなっていう思いもあります。もうわたしは実習が終わってしまったので、就職してから学生を受け入れる側になったときに気をつけていきたいと思います学生が受け持たせていただくとき患者さんへの説明が、「嫌なことは断っていいです」スタンスなのであまり説明のことは説明されてないと思うんです。やらなければいけないですね。

ブサメン学』という学問を作りたい

チビデブハゲブサメンに生まれたんだけど。

ブサメンのための学問ってのもあっていいと思った。

  

というのも、ブサメン特有の悩みってやつがある。

だけど、そういう悩みは、「フツメンが持っている」のは確かに意味があると思うんだけどさ、だって自分改善しようとしたりするから

ブサメン場合は、ナンセンスだ。

というのも人生の中でほとんど可能性が無いような『女に相手される可能性』を考え続けるのはかなり人生無駄からだ。

  

ハッキリいって、ブサメンは『障碍者』と考えてよいと思う。

人とは違うんだ。

人と違うのだから、当然ながら、考え方にサポート必要だ。

  

俺は、あまりにも多くのストレス時間無駄経験した。

「なぜ俺はモテなんだ?」ということに対して、かなり一般的な答えを得られるが、

その答えってやつは、「イケメンが強いから女が干上がる」とか、「女の性質としてブサメンが嫌いだからかかわる機会が無い」とか、もうどうしようもないものだ。

そういう考えてもしょうがないことを考えて、時間死ぬほど無駄にした。

ファッションダイエットで金を使ったりしたが、それも完全に無駄だった。

ストレスを感じることも多いし、セクハラにならないように気を使って生きる技術大事だった。

他人と比べて、学ぶべき知識や考え方を手に入れなければならないことが多かったように思う。

  

なので、苦しむ量を減らすために、あらかじめ学生時代くらいから、そういう学問を広げるのはありだと思う。

俺みたいに無駄なことで時間と労力を使うブサメンを減らしたい。

その分の労力と時間を、学歴なり収入なりに転換してほしいわ。

  

ブサメンセクハラに対して学ぶことは大事だ。

他人とのコミュニケーション他人より身に着けないと生き残れない。

一人で生きていくことに関する悩みや対処法、覚えるべき料理等考えなければならない。

そういう、ブサメンのための技術体系としての、『ブサメン学』これを作りたいなと思った。

自分の書いたコード自分の作ったプロダクトのどこに価値を見出せばいいのかいまだにわからずにいる。

学生時代簡単アプリケーションを作ったり、フロントエンドを好んで勉強していたから、就職して初めて携わることになったサーバサイドの開発ではこれまでの画面のような目に見える成果物がないことに戸惑った。処理が進むたびに書き込まれる膨大なログDB永続化されたレコードたち、確かなものはそのくらいで、自分が作ったものがここにあるというイメージは全く沸かなかった。

プロダクトを利用してくれるユーザは違う会社のその先にいる遠くの誰か、あるいはいるのかどうかもわからない程度の売れ行き、賞賛どころか不満の声すらこちらには届かない。業務システムからこんなものを作っているのだとドヤ顔して友人に見せびらかすこともできない。案件経験するたびにタスクをこなせる量が増えたり、人に聞かなくてもある程度自力設計してコードを書けるようになったり、そういう実感は多少なりともあるのだけれど、それだって自分から見た自分評価しかない。良い設計ができてバグのない実装ができたところで給料が上がるわけでもなく、お客様から褒められることもない。あるとしても同僚や先輩たちからこいつは多少コードが書ける人間なのだと、見切りをつけられない程度のこと。綺麗なコードを書いても年功序列の弊社では給料は上がらないし、数字で示すことができないものにお偉方は報酬をよこさない。

うちのプロダクトは特別大きな負荷がかかる処理でなければさして性能は重視されないし、設計コードも明らかにまずい作りをしていなければレビューは通る。自分コードは最低限リリースできる程度の品質であることはマージされればわかるけれど、さてこれは良いのか、それとも悪いのか。自分では判断がつかない。あるいはもっと良い作り方があるのか。答え合わせの機会がないまま淡々リリース日だけが迫ってくる。いつのまにか新しい案件下りてきていて、日々はめまぐるしく過ぎていく。

また今日も、いかにも売れなさそうなサービスひとつリリースされた。自分なりに綺麗に設計できたAPIだけれども、API設計が綺麗だからってユーザから褒められるわけでもないし、作ってる人間からしても売れなさそうなだと思うだけあって、そもそもの話、このAPIが実行される予定は未定。

最近自分が初めて開発に携わったサービスのことを思い出す。リリースから1年、いまだにユーザがつかないまま、初めての申込APIが呼び出される日を待ち続けている。

自分が生んだプロダクトの価値を認めてくれる誰かの声を、私も待ち望み続けている。

他所者をコバカにしながら金を稼ぐこと、の外には何の取り得も無いような

格の低い話も詰まらない人間が多すぎて、日本に生まれたくなかったとずっと思っていたが

島国の中でしか通用しないようなモノを作り、村の中でチヤホヤされてりゃ楽しいんだろうな

あいうのは

2017-01-16

犬も食わない

夫婦喧嘩は犬も食わない、と言う。


同じことが政治家にも言える。


相手を口汚く罵れば罵るほど、所詮その程度の人間しか選べない己の程度の低さを証明することになる。


内閣支持率与党支持率を足すと100%を超えると喜ぶような国会議員が生まれるような国が、私たち日本なのだよ。その程度の国なのさ。一億総土人

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