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はてなキーワード: 過去とは

2016-06-25

30代正社員手取りと遺族年金の差がほとんどない件について

母と父は10歳差の年の差婚で、父は6年前に他界した。その母の遺族年金は約15万円。厳密には、本人の厚生年金(勤務期間は結婚10年弱)+国民年金+遺族年金の合計だが、面倒なので遺族年金と記す。国民健康保険税(以前は国民保険料だった気がする。いつから変わった?)は、年金から天引き個別納付、どちらなのか知らない。天引き場合は、遺族年金の額は、天引き後の金額かもしれない。母は、一人っ子の娘に何も渡さず、父の遺産を全額相続したため、多額の貯金があり、自宅の住宅ローンも完済済み。にも関わらず、「年金だけでは足りない」という。



夫は、30代後半、理系4年制大学卒業したフルタイム勤務の正社員年収は320万~370万円程度、手取りは18万~23万円程度。残業代が出るため、月によって変動する。去年までの最高年収は29歳、リーマン・ショックの前。年々、残業規制され、年収は、増えるどころか減っている。ただ、扶養家族がいると、家族手当が加算されるため、子どもが生まれ自分育児休業中だった去年は、年末調整時に大幅に加算され、年収過去最高を更新した。幸運にも、4月に第一希望保育園の1歳時クラス入園でき、夫婦共稼ぎに戻った今年は、以前の水準に戻るだろう。



重要から再度書く。残業ほぼゼロまたは僅少時の手取りは、フルタイム勤務にも関わらず、18万円台。残業ゼロだと、18万円を切る。結婚以来、ずっと無職で、傍目にはヒマを持て余しているように見える母との収入差はわずか3万円だ。このことを母本人に訴えると、年金にはボーナスがなく、働いていればボーナスがあるのだから、トータルでは全然違うというが、30代にとって、ボーナスは「出たらラッキー」という位置づけであり、実際にリーマン・ショック直後はゼロだった。それ以降も、大手企業の平均賞与支給額には程遠く、むしろ住宅ローン減税の恩恵感謝している。住宅購入以来、年末調整を行うと、夫の所得税ゼロ住民税もかなり安い。さまざまなリスクはあるものの、現状の制度と低金利が続く限り、適正な金額を借りて、10年に一度、家を買い替えたほうが貯金を増やせる。



自分は、夫と同い年で、4年制総合大学文系学部卒業し、20代前半で東京都内会社転職した。同時に年収が大幅にアップ。最高年収は、やはり29歳の時で、業界の動向、給与体系の見直しなどの影響で、今後、何年働き続けても、その金額を超えることはないだろう。出産前の年収は370万~430万円程度。給与計算関係で、今月支給された6月分の給与で、やっと仕事復帰後の手取り額がわかった。保育園子どもを迎えに行くため、毎日17時で退社した場合手取りは、以前より少ない22万円前後。翌年以降は、住民税を支払わなければならないため、さらに1万5000円程度下がるだろう。保育料は、通常+延長保育料+教材費で約5万円。同じく翌年以降は上がると思われるが、それでも収支はプラスだ。勤務時間が減ったにも関わらず、裁量労働制のため、大幅な減給にならず、会社には感謝している。けれど、この水準でも、母の遺族年金との差は少ない。



夫婦2人で比べると、自分のほうが年収が高く、お金がらみの話をすると、夫はムッとする。今の9対1の家事負担を、せめて収入に応じて半々にして欲しいと訴えても意に介さず、子どもが生まれる前と変わらず、マイペースで過ごしている。互いに年収が多かった20代後半に貯金していたため、どちらかが専業主婦主夫になっても、しばらくは生活できるが、毎月の収支は赤字になり、やがて貯金は底をつく。



30代前半ではなく、もう30代後半。2人とも昇給の見込みはなく、子どもが一人でごはんを作って食べられるようになるまでは、労働時間は最低限に抑えたい。個人年収400万以下の片稼ぎでは、子どもは一人が限界共稼ぎなら、経済面ではそこまで厳しくないが、夫を含めた家族や友人、職場の同僚など、周囲の理解・協力がなければ難しい。夫の実家は遠く、実母は金にうるさい毒親、リアルな友人はゼロ、という状況で、第2子を望むことは、始めたばかりの無理ゲー子育て」の難易度さらに高めるだけだ。少子化に歯止めをかけるため、国の政策として、結婚するカップルを増やし、出生数を増やしたいなら、今の民間中小企業給与水準に比べ、高額の厚生年金・遺族年金を減額し、その分、児童手当や保育・教育関連の予算を増やして欲しい。



これでも、恵まれているほうだと自覚している。だからこそ、言いたい。無職高齢者と、毎日、懸命に働く労働者自由にできる金額ほとんど変わらない現状は、歪んでいる。一刻も早く是正して、羨ましくてムカつくけれど、今の20代下の人には、多くの子どもを産んで欲しい。高校卒業後の進路、勤務先・職種選びに失敗すると、お金に悩み続ける人生になる。

http://anond.hatelabo.jp/20160625000923

「何党に入れる」かではなくて、一票の影響力を強めるために「与党現職以外に入れる」のが正解。

そして、かつての自民党支援者のように「要集めに貢献することで自分たちのお願いをやってもらおう」というのが最悪の行動。

ともかく日本人は、今の選挙制度クソゲーレベルシステムであることについて問題にする必要がある。

たとえば最高裁判官審査過去最大でも15%、最近では10%にもとどかない事実認識すべき。

http://anond.hatelabo.jp/20160624165045

要するに、科学技術歴史過去のどこかから枝分かれさせて、

ある技術現代以上、"その他の技術現代未満の発展具合"、と

言わばステータス配分を異にしたものが「スチームパンク

って事でいいんじゃなかろうか。

スチパンは語義的に蒸気機関進化したもの限定って主張も分かる。

でも広義に上述のニュアンスを指して言う人もいるのだろう。

なぜって、それを「スチームパンク」以外にどう表現するか分からんから

言うとしたらサムシングパンクとか?進撃なら立体機動パンク

でも、スチパンの元になったサイバーパンクだと、よりSF色が強くて、

科学技術はぜんぶ現代上位互換ってことが多いけど

スチパン現代より劣ってる部分があってその制約が物語を引き立てる事が多い。

そういう要素はやはりスチパン特有なので、

「スチパン」って単語にその感覚を仮託するしかないわ、みたいな。

2016-06-24

[] 対人論証

論理学で、論点相違の虚偽の一。論者の地位職業・経歴・性格主義などを理由にして、論者の主張の真偽を判断しようとするもの

  

・A「私は生活必需品消費税廃止するべきだと思う」

・B「A氏はそんな事を主張しているが、彼は過去傷害事件を起こしている。そんな者の意見を取り入れる事はできない」

Bの発言は、Aの主張そのものではなくA自身に対して個人攻撃することで反論しているため、対人論証となる。

「Aが傷害事件を起こした」という事は、A自身の信用を失墜させる効果はあるが、Aの主張の論理的な正否とは無関係であるため、

論理的には正しい反論ではない。このように、論敵を貶めて信用を失わせようとする目的で行われるのが対人論証で、人身攻撃一種

同時に、相手の主張の正否から相手を信用できるか」への論点のすり替えでもある。

  

https://kotobank.jp/word/%E5%AF%BE%E4%BA%BA%E8%AB%96%E8%A8%BC-557518

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A9%AD%E5%BC%81#.E5.AF.BE.E4.BA.BA.E8.AB.96.E8.A8.BC_.28ad_hominem_abusive.29

http://anond.hatelabo.jp/20160624164827

契約上は、6億円払わないといけません。

土地財産何十億と持っている人が、こういう事件ときに限って6億払わなくて済むなんてあり得ませんよね。

からFXブローカー明日までに払えとか言います

この人がすんなり払えれば、それでおしまい



でも、往々にして払えないこともあるわけです。

そいう場合FXブローカー資産状況からいくらまで払えるか確認して、払えそうな額を払ってもらいます。。

残りは借金ということで、死ぬまで働いて払うことになります




過去には、これで自己破産した人も居ます

世界もっと反知性主義者たちの相次ぐ勝利に危機感を持つべ

なぜ過去から学ぼうとしないのか、なぜ見過ごしてしまうのか?

同じ市民ならもっと警戒して警鐘を鳴らし続けるべきなのになぜ放置してしまうのか?

49%の市民たちはなぜもっと危機感を募らせてアンチ反知性主義活動をしなかったのか?

民主党政権設立時もそうだった

何となく不安の種が何事もなく大きな実を付けた

どこか他人事だった

そしてその負債の泥を反知性主義者たちと仲良くおっ被り咀嚼させられて

やっとこさ自体の重大さに気付き慌てて行動した

遅すぎるんだよ

そしてもっと過去から学ぶということは

格差を例え上流階級に生きる人間とて放置してはいけなかったということだ

下流世界人間放置奴隷化し続けているとこういう全体攻撃魔法のようなメテオ行為を平然と行ってくる

それは巡り巡って自分たちの損害にもなる

なので下流世界にも叡智という雫をキチンと垂らしていくべきなのだ

何せ大昔の奴隷と違い、こいつらには選挙権があるから

知恵がないからこそ何が悪くて何が良いのか判断できないのだ

反知性主義者には知性を与えることがエリートたちの宿命であったはずだ

離脱に喜ぶイギリス人女性の頭悪そうな低所得笑顔画像を見ながら憂鬱な思いだ

本来貴族がこういう人間たちを導くモーセ役割があったはずなんだ

そうじゃなければ村長が考えをまとめて導いてきたはずなんだ

いつからだろうな

今はもう鎖に繋ぎ忘れた野犬でしかない

増田福井県民なんて私しかいないだろうから言わせてもらうけど

福井県民はバカなの?

正確には私は結婚で夫の地元福井に越してきて福井県民歴1年だから純粋福井県民とは言えないけど


もともと東京に住んでて結婚して福井に住むことになったとき

福井ってどこだよ とんでもない田舎なんだろうなあ」

不安を感じてた


でも住んでみて

まあこんな田舎もいいかもなと思えるようになった

まず食べ物が美味い

そりゃ高い金払って高級店行けば東京のほうが美味しい店あるかもしれないけど

私のような庶民にとっては「スーパー普通に売ってるものが美味い」というのがありがたい

米も美味い

それで素材がいいのか田舎(福井)の人って舌が肥えてるのからなのか料理も美味しい



海も超綺麗

沖縄かな?ってレベルの海が車ちょっと走らせただけである

車社会も慣れてきた

毎日満員電車に揺られてきた人間としては移動時間プライベートタイムというのはなかなか快適だ



でもやっぱ都会が恋しくなる時もある



そんな中今年の春にハピリンかいう(福井にしては)でかいビル福井駅前に建った

再開発商業ビル?ということでマルイ的なのを想像して

福井にもこういう建物できて都会の良さを取り入れていけばさらに快適になるじゃん!

とこないだワクワクしながら行ってみた



結果はがっかり

正直泣きたくなるくらい失望した

ほんとに何もない

福井土産屋みたいなのと飲食店だけ

マルイ的要素皆無

一番混んでるのはバーガーキングかいう「逆にたくさんありすぎて行かない」系のチェーン店(ただし福井では初出店らしい)

1〜2階がそんな感じで上に何があるのかといえば会議室的なのとプラネタリウム()

夜中に車30分ほど走らせれば満点の生夜空が見れる田舎プラネタリウム()

それが5階までで

それより上は全部マンション


もう馬鹿すぎて失望して悲しくなった

せっかく福井が好きになってきたのに

これなら馬鹿かいイオンモールでも作ったほうが万倍マシ




ただこれ福井県民が馬鹿かというとそれとも違うみたい

夫含め福井県の人に聞いてみると

「ああ、ハピリン() どうせスッカスカの無駄施設でしょ」

みたいにスゲー冷めてる

なんでも過去にも駅前に似たようなビル建てて大コケしてるらしく

どうせそれと似たようなものになるんじゃないかというのが大方の予想で

ハピリンに関しては「やっぱりな」みたいな感覚らしい


そうなると本当に馬鹿なのは福井県民じゃなくて

福井県のお偉方ということか


あんな「どうせ田舎者はこういうの好きなんでしょ?」と馬鹿にしたようなビル建てて「再開発」とか

ほんとに田舎バカにしてるのって東京の人じゃなくて

その地方行政なんじゃないのかと思った

過剰適応は死を招く

適応することで人間は生きていけるけれども、それが過剰になりすぎると人間死ぬ

適応しないと生きていけない人間たちが過剰適応で死んでいく。

良い例がブラック企業で働いて過労死だ。

あれはブラックに過剰適応してしまった結果だと思う。

人間、何かしら生きる手立てはあるはずなのにそこにすがりつくしかないと考えてしまう。

いや、考えもせずにすがりついてしまうのが過剰適応何だと思う。

過去自分も過剰適応だった。何をされても親の元にいた。

怒鳴られても、蹴られても、何をされても親の元にいた。

所謂バカなのかもしれない。

でもそれも過剰適応なのだろうと今なら思う。


たまに、今の自分も過剰適応になってないか不安に思う。

みんなはどうなんだろう。

2016-06-23

記憶の砦

この芝生に覆われた海を望む丘には、民族制度境界存在しない。それらからはとっくに離陸しているのである。そこには文化すらない。ただ一九四五年の夏、鉄の暴風が吹き荒れ地獄絵図が展開されたその時の光景亜熱帯のあたたかな風の中で凍りつき、記憶モナド還元され刻印されている。

ここに建つ石碑群は海に面していることもあり、砦のようにも見える。記憶忘却されることによって彼らの死はとどめを刺されることになる。それに立ち向かうために砦はあるのだろう。記録がみずから動きだすことはない。記録を動かすことができるのは、動態としての記憶を生成できる、生者でしかない。いつか誰かが、記録に還元されてしまった自分記憶なかに生き返らせてくれることを、彼らはただ、砦のなかで待ちつづけているように見える。

ところで、たんなる名簿にすぎないようなこのアーカイヴにも、文脈はある。それはまず凍結した時間であり、丘へとつづく道路であり、しして二七万六千五百の人命という累積自体である

それだけではない。さらに上位の文脈がある。それは、文字の記録に変わり果てた犠牲者にたいする絶対平等、そして、それ以外のいかなる文脈の関与も許さないという態度である。この文脈提示するもの過去ではなく、むしろ未来であろう。

(記憶のゆくたて pp283-284)

http://anond.hatelabo.jp/20160623144555

ブコメの方が衆目に晒されるので反論が無くても怖い。

あと過去ブコメから粗探しされる恐れがある。

あと粘着される恐れがある。

書評桃太郎

これまじですげーんだわ。桃が川上から流れてくるって最近アニメでもありえない設定じゃね? マジ作者天才

その時の擬音もどんぶらこっことか斬新すぎ。しかも無警戒に桃切っちゃうばーちゃんとかただでさえグレートなのに、

その中からまれ桃太郎とか、ぶっ飛び過ぎ。せいぜい桃の擬人化だよな。いきなり切っちゃうとかやべえし。

鬼が鬼弱すぎとか主人公無双しててぶっちゃけ強さ比較? みたいなのが成り立たないレベル

からまれた奴に接収されちゃうみっともない勢力も勢力だわ。

このあとあれだよな、ぜってー出生の秘密とか過去回想始まっちゃうでしょ?

実は心の傷がー、みたいな。あれ? ないの? マジ作者天才。こういうの待ってたんだよぉ!

自分に負けて同人をやめた

最近よくツイッターで「同人をやめた」文が流れてくる。

やめた人の理由は様々だ。わかるわかる、と思うことも、その逆もある。

読んだ人の反応も様々だ。「参考になる」というひとも、「もとから向いていない」という人もいる。

そういうものを読んでいるうちに、私も吐き出したくなった。

別にかわり映えしない話だし、今までの「やめた」話の中と根本は一緒で、でももっとどうでもいい理由だと思う。

誰かに読ませたい、わかってほしい、というより単に自分がすっきりしたいから書く。

私が同人をやめた理由は、自分に負けたからだ。

私は半年前に同人活動をやめた。でもピクシブは読むし、イベントにも一度行った。買い手として。

書き手としての活動は7年くらいやってた。超ピコ手文字書きだ。

どれほどのピコかというと、1イベント10部売れればうれしくなる程度のピコだ。7年目で。普段は3~5部といったところだろうか。

いわゆる旬ジャンルにいることは少ない。

正しく言うと、入ったときは旬でも、そこから平気で2~3年いるのでいつの間にか流行が終わっているのだ。

1クールアニメに3年一筋でハマっている。もちろん「そんなの全然長くない」という人も多いかもしれないし、それは全然否定しない。

ハマるのはだいたいマイナーCPだ。ピクシブで見かけるのが私の作品だけ…という経験は無かったが、書き手仲間が片手で足りる、作品数は一桁、やっと二桁、くらいの畑にいた。

大阪に近いところに住んでいるので、大阪イベントばかり出ていた。

数少ないCPだったけど、書き手さんが西に固まっていたのか、大阪イベントに参加して下さることが多かったのが幸いだった。

買い手として東京に行くこともあったが、ごくまれだった。

そんな中で、東京イベントに初めてのサークル参加を決めた。

読んでくれる人がどれほど少なくとも、やっぱり本を出すのは楽しい

それも、オンリージャンルであればなおさら楽しい

当時(やめる直前)ハマっていたジャンルはやはり旬ではなかったけれど、そこそこ大きくて、半年に1回は東京大阪オンリーが開かれていた。

たまには東京でもいいかな、と思って、日帰りの予定で申し込んだ。

原稿中は仕事の引き継ぎでごたごたして危うく落としかけたけど、「せっかく東京まで行くのに落としたらシャレにならん!」となんとか書き終えた。

出来がいいかいかはわからないが、気に入ってはいた。自分で書いたんだから当然可愛い

サンプルを上げる。ブクマがつかない。

当日売れるかはともかくとして、これまではサンプルを上げるとある程度ブクマはついた。

ピクシブ一桁CPから仕方ない。だけど、少し不安だった。

当日の結果としては、1冊も売れなかった。

1冊しか売れなかったことはあった。1冊も売れないのは初めてだった。

「本が売れない」ことにへこんだわけではない。

それなら、1イベントで3冊しか売れない人間が7年も続けてない。

売れない理由を、マイナーCP本ばかり出していたことに求めるつもりもない。

どれほどマイナーCPだろうが、上手い人の作品は売れる。

自分はその土俵に上がれなかっただけだ。要は下手なのだ

マイナーCPであることは理由の一つかもしれないが、すべてではない。


わたしには10年来の同人がいる。

彼女も私と同じく、ピコ手小説書きだ。

私ほど極端ではないにせよ、メジャー以外のCPが好きという共通点もある。

マイナー、と言いたくないのは、ある一定供給コミュニティ存在するから。そもそもこんな線引きすることも言ってることと矛盾してるとは思う)

活動ジャンルが被ることは10年で1度もなかったけど、萌えを語り、時には愚痴をこぼしてきた仲だ。同人関係無しに遊んだり泊まったりもした。

同時期、彼女大阪イベントに出た。

彼女の本は私相手にもさんざん語った妄想をしっかり形にしたものだ。

サンプルをあげた段階で「過去最高にブクマがついた!」と喜び、終わった後も「いっぱい買ってくれた、完売した」と嬉しそうだった。

嬉しいよな、わかる。めちゃくちゃわかる。私だって過去最高に売れたときは嬉しかった。

初めて、自分がみじめに感じた。

こっちに気を遣えよ、って思ってしまった。

当然そんな義理はない。必要もない。言葉にしなかったけど、それは立派な八つ当たりだった。

ちなみに彼女が売れていたというのは、今回が初めてではない。

彼女文章自分の好みとは少し外れてることもあって、ずば抜けていると感じたことはなかったけど、優しく温かみのある文体で上手だと思う。癖が無くさらっと読めて、気持ち良い。

実際同じピコ手とは言え、彼女は私が数回のイベント通販含めて1年かけて売り切る量を、1イベントで売るだけの力があった。

だけど、私は勝手に、彼女と同じだけの力のつもりでいたのだ。


ここからは、これまでの「やめた」人と同じことを書く。

わたし同人動機は、好きだから書く、書いたものが形になる、嬉しい。楽しい。それだけだった。

手に取られる量は関係ない。1人でも、知りあい以外の方がスペースに来てくれたらうれしい。

アフターはもちろん楽しいけど、それはメインじゃない。

ありがたいことに感想もらって泣いたこともある。お手紙もらった数は年数の割に少ないと思うけど、全部大事にとってる。

その気持ちが大部分であることは、未だに変わりはない。

だけど、その日1人も立ち止まられることのなかった私は、過去最高に売れたと喜ぶ彼女を妬んでしまった。心の中で八つ当たりをしてしまった。

何度も言うけど、売れる/売れないはCPよりも力の差だと思ってる。

上手い人の作品は、どんなCPだって売れる。

欲しい、と思わせる。知りたい、と思わせる。それだけの力がある。

から売れる。「上手い」ってそういうことだ。

私は、誰一人の手にも本を取ってもらえなかったこと、つまり自分が「下手だ」という評価を下されたことに耐えられなかった。

一番の問題は、自分が「下手である」ことではない。「下手であると認められない」ことだ。

下手だって、それを認められれば「もっと頑張ろう、上手になりたい」と思えるから

私もずっとそう思っていたつもりだった。「彼女に勝ちたい」でも「もっと売れたい」でもなく、純粋もっと自分の筆力をつけたいと思って工夫して、努力してきたはずだった。

本を出す度にちょっと書き方を変えてみたり、好きな本(同人誌ではなく)を真似してみたり。気付かれたことはないけれど、変化は自分がわかる。成功した時は嬉しい。

だけど、「なんで彼女の方が売れるんだ」と妬んでしまった自分いたことに気付いてしまった。

そう感じること自体彼女を見下している。

彼女だってアピールしないけど、きっと毎回いろいろ工夫している。

そんな人に対して、こんな失礼なことを思ってしまった自分は最低だと絶望した。

きっと、その「なんで」の前には「私もこんなに努力してるのに」がつく。

「私もこんなに努力してるのに、なんで彼女の方が売れるんだ」。

自分のために努力しているつもりだったのに、そうではなかったこと。

自分が感じていたいちばんの楽しみと、別の評価軸を持ってしまっていたこと。

友人に嫉妬してしまったこと。

自分の心は、すべて自分プライドに裏切られていた。

そういえば数年前、彼女に「初めて完売した!びっくりした、嬉しかった」と報告を受けたときになんとなく心がちくりとした。

その時に気付くべきだったのだ。私はもう、自分プライドを飼いならせていないことに。


私が同人をやめた理由は、自分に負けたからだ。

自分のもっている、高すぎたプライドに負けたのだ。


たかったあんスタの舞台、見たい見たいって唸ってた私よりも、そうでもなさそうだった彼女が良い日程を当てたことさえも妬ましく思ってしまって、まずいな、って危機感覚えた。私だって小西くんが見れない訳じゃないのに。


誰かに読ませたい、わかってほしい、というより単に自分がすっきりしたいから書く。

ブログ冒頭に書いたこの一文は、私が同人活動をしていた元々の理由と全く同じだ。

ここでもプライドを飼いならせなくなるのは嫌なので、私のはてブはこれが最初最後です。

AV女優自分語りほど寒いものはない

いわば動物園の猿が人間言葉を話し出して周囲の人間が驚いている程度のことなのに、本人たちは本気で語るだけの価値があるみたいな口ぶりなところが。

どんなに壮絶な過去があったり、あるいは逆に意外なほどビジネスに徹していたりしても、所詮は同じサル山の猿。

そういう自分語りAV作品と同じ使い捨ての消費対象に過ぎないわけで。



あの元AV女優にして元日記者女性、まあまあ賢い人なんだからそれに気付いていないはずがないのに、

そういう寒いことをやってしまうあたり、やっぱり元AV女優肩書では日経に出入りしにくかったから仕方なく辞めたんだろうな。

そして自分の経歴を切り売りして身銭を稼ぐ、と。ああ、寒い



もっとアホな人気AV女優なんか、喜々として自分語りしてしまうところ、やっぱり一般人感覚から逸脱している証拠なんだろう。

くまみこ増田評を見る限りだと原作レイプに怒ってるだけなんだな

原作信者が増えて良かったと胸を撫で下ろす訳にも行かないんだけど

怒る理由が一様に原作レイプした事やそれに類して脚本家が逃亡した事を揶揄したり

それを咎めたりするだけで、結局原作レイプした事に怒ってるだけに見えてならない。

根本的な問題が残っているんだけど、多分原作レイプした事に一貫していて気付かないんだろうな。



極端な話、くまみこは全体を通してみれば面白かった。

ただ、最終回解釈原作改変が拙かったというけど、本当に最初から本編見ていたのか些か疑問が残る。

というのもちょこちょこ原作が改変されている。

それらは原作信者による改変考察とそれへの批判が各所で行われてるので割愛するけど

要はこの騒ぎの発端は都会に憧れる主人公が極度のコミュ障で都会に行くと石を投げられるからもう田舎でいいやって人生諦めた様が問題だったようで、

それに関した過程適当だったり改変だったりで色々問題だったとか。



でもさ、根本的にくまみこはつまらないアニメなんだよね。

田舎娘が都会に憧れるのは良いけど、ユニクロで買い物したり、しまむらヤンキーと買い物したり、ヴィレヴァンに買い物に行ったりで

要するにひとりでできるもん!じゃないや、はじめてのおつかいアニメでやってるだけだよね。

で、俺は都会暮らしなんだが俺みたいなのにはあまりにも痛々しくて見ていられない訳で、

都会から帰ってきてクマのナツに今日は楽しかった、怖かった、悲しかった、嬉しかったを報告して良かったねで終わる。

ただ、それだけなんだよね。



なのに、原作改変してコミュ障のまちが発狂して精神崩壊したのは可哀想だって見た人皆がドン引きした、ただそれだけなのに

やたらと脚本を叩く叩く。

要は原作からしてニュアンスの違いはあれど、コミュ障の子供が都会暮らしする為に都会ごっこをやるだけの作品であって、

冒険心で都会行って痛い目にあって帰ってくる、それのどこにクソさがあるって言うんですかね。



はっきり言いますよ。

増田民は便乗でくまみこ叩き過ぎ。



別にお前らの都会への妬みとか聞いてないから、

ああ、このアニメクソだったわ~。

これでいいじゃん。

何を高尚ぶってくまみこのここがおかしいとか嫌いとか脚本逃げた事より監督問題しろとか言ってんだよ。

くまみこ面白かった・つまんなかった。

これだけを話題にしてればいいじゃん。

何か色々釣られ過ぎでしょ

何かアニメ見るよりほかの事やった方がいいんじゃないの?

来季アニメもうすぐ始まるよ。

それに備えて他のアニメ消化しなきゃ、だよ。

くまみこなんかもう過去アニメと思わなきゃ前に進めないじゃん!

想像力」はけして人間を救わない。

 よく貧困やなんかの社会問題系の記事で「一番の問題想像力の欠如だ」みたいな言われ方がされている。

 しかし、想像力とはそんなに万能なものだろうか。

 そんなに簡単想像できるものだろうか。

 人間基本的自分の見たもの経験したものについてしか考えられない。

 それ以上の領域踏み込むためには類推だとか連想だとかが必要で、それにしたってある程度の下知識が求められる。

 そういうものをぶちやぶって想像力を飛躍させるレベルともなると、これは一つの才能だ。だから小説家なり漫画家なりで金を取れる。


 誰もが小説家になる必要はない、弱き隣人に思いを馳せるのにそんなに大したコストはかからないと人は言うかもしれない。

 だが、大したコストなのだ

 社会問題を考えるうえで必要とされる「想像力」とはすなわち、「他者の痛みについての想像力」だ。

 痛みこそ、自らが体験あるいは目撃しないと想像することができない最たる感覚だ。

 実際にその痛みを体験したものでさえ、いったん過去としてしまえばすぐに同じ痛みを味わっている他者に対して冷酷に振る舞える。ルサンチマン。卑近なところでは、体育会系年功序列がいい例だろう。


 そもそも共感に訴えるロジックは、その感情を共有できない人間包摂できない問題を抱えている。

 共感能は誰にでも備わっているようで、グラデーションがあるものだ。映画で人が刺されるシーンを観て自分まで同じ箇所がキリキリ痛むような人もいれば、サイコパスと呼ばれる人々はまったく共感というものを持たない。その二つの極のあいだで我々は「すぐもらい泣きしてしまう人」や「反応が薄い人」として生きている。

 たしか共感に訴えるショッキング事件は、短期的には法改正などにつながりやすい。しかし、よほど特異でセンセーショナルなケースでないと大衆は食いつかない。たとえば未成年集団で残虐な事件を引き起こす、だとか。

 そこが難しいところだ。貧困など、恒常的で身近な問題共感通用しにくい。


 状況を良くしたいのなら、我々に「想像力」などないと認めるところからはじめるべきだ。

 人間他者に対して無関心なのは今に始まったことではない。その状況を了解したうえで、どうやってゲームに勝利するかだ。

 となると、やはり構造的に問題の根を断つ方法を見つけなれけばならない。なるべく人的コスト必要としない方法がいい。

 てっとりばやく、ゲームルール策定する側に回れれば話は早い。

 権力

 権力

 権力を手に入れろ。


 増田たちよ、栄達せよ。


 日本支配するのだ。


 そうして、クソを漏らす自由を。


 そうして、朝の山手線すっぽんぽんになる権利を。


 ハイルしなもん

 ジーク増田


 増田たちよ、権力を手に入れろ。

 

2016-06-22

日本共産党 あさか由香第一声での訴え】

【あさか由香第一声での訴え】

みなさん、こんにちは参議院選挙立候補しました、日本共産党のあさか由香です。

全国に32ある一人区の全てで、市民野党統一候補が実現しました。今回の選挙は、政治を変えるチャンスです。この神奈川選挙区は4つの議席を争う複数選挙区です。みなさんのお力で、ぜひ私あさか由香を押し上げていただき、この神奈川でも自民党公明党を必ず少数派に追い込みましょう。

私は国会議員になってやりたいこと、たくさんあります。そのうちの一つが、ブラック企業を必ずなくしたいと思っています

私は大学卒業後、システムエンジニアとして働きました。夜9時に帰ると「早いね」と言われ、土日出勤が当たり前の中で、身体を壊す同僚や上司を見てきました。今、1歳と4歳の子どもがいますが、孤独子育てをしているママたちにたくさん出会います

長時間労働で心や身体を壊す、平日、パパが育児に関われないのは働く人のせいでしょうか。

非正規労働者給料正社員の5割台。「明日から来なくていい」の一言でクビになるのは非正規で働く人のせいでしょうか?今問われるべきは自己責任ではなく政治の責任です。

サービス残業倍返しに、長時間労働の上限、同一労働同一賃金原則をしっかりと法律に書き込むことは、政治しかできません。だからこそ私は、政治を変えたいと思いました。私、あさか由香、ブラック企業をなくし、8時間働けば誰もが普通に暮らせる社会をつくるために全力を尽くします。

今、0歳から高齢者まで、多くの人が苦しんでいますもっと1人1人が大切にされる社会は必ずつくれます

私も子ども保育園に入れず苦労しましたが、詰め込みではなく、どの子の発達も保障する安心安全な認可保育園3,000カ所、30万人分を作ります危険軍用機オスプレイ1機の購入費で80か所以上の保育園をつくることができます。私、あさか由香はオスプレイよりも、保育園を優先させます

私も4つのバイトをかけ持ちして奨学金も借りながら大学に通いました。海外留学をして驚きました。フランス学費は3万円、世界では返す必要のない奨学金が当たり前です。学費の値下げ、給付奨学金をつくるのに必要予算は3,600億円程度ですが、大企業減税4兆円の10分の1の予算で実現が可能です。

お金がないわけではありません。お金の使い方、税金の使い方を変える必要があります。そして税金の集め方も変える必要があると思います

所得1億円を超える方の税の負担率が、下がっています。この富裕層の方への優遇をやめれば3兆円の税収を確保することができます。今、様々な優遇のために中小企業よりも大企業の実際の税負担率が下がっている、この大企業への優遇をやめれば、6兆円の税収を確保することができます消費税増税は延期ではなくキッパリと断念する。消費税増税しなくても将来不安なく暮らせる年金制度を作るなど、社会保障を拡充することは可能です。みなさん、この道をぜひあさか由香に切り開かせてください。

経済も大きな争点の一つです。アベノミクスで、確かに大企業過去最高の利益を上げていますが、働く人の実質賃金は5年連続個人消費は2年連続マイナスと、今、不況が広がっています。私あさか由香、企業の9割、雇用の7割を支える中小企業業者への低すぎる予算アメリカフランス並みの1兆円規模に引き上げ、地域経済技術応援します。最低賃金を時給1,500円に引き上げ、日本経済の6割を占める家計をあたため、経済成長をつくります

みなさん。今回の参議院選挙、最大の争点は、安倍政権暴走を許して良いのか、安倍政権憲法まで変えられて良いのかどうかです。原発も、TPPも、沖縄の新基地建設も、すべて国民多数の声を無視して強行する、こんな政治は、もう終わりにしましょう。

私、あさか由香、原発ゼロに、再生可能エネルギー先進国を目指します。TPPではなく、食料主権経済主権尊重されるルールを広げていきます。二度と米軍犯罪が起こらないように沖縄連帯して、この基地神奈川でも、米軍基地撤去すること、原子力空母の母港化撤回を求めていきます

国民の8割が納得していない安保法が強行され、戦後一人も殺さず殺されなかった自衛隊員海外で殺されるかもしれない。銃を向ける相手アフリカの10代の少年兵かもしれません。私は、安保法は絶対に許せません。だからこそ立候補を決意しました。

憲法9条を守れの声は国民の、そして若者の願いです。ASEANでは年1000回にわたる会合を開き、紛争絶対戦争にしない仕組みを作っています日本平和を守るのに必要なのは安保法で軍拡競争することではなく、憲法9条いかした平和外交戦略です。

安保法を廃止し、戦争しない日本子ども達に渡しましょう。

政治はみなさんの一票で必ず変えられます。この政治を変えましょう。

日本共産党市民野党の共同をさらに広げるために全力を尽くします。私、あさか由香、個人の尊厳が何よりも大切にされる社会を作ることを、みなさんにお約束します。比例は日本共産党へ。神奈川選挙区は、私あさか由香を国会へ押し上げてください。全力でたたかます。みなさん一緒にたたかってください。よろしくお願いします。

白猫プロジェクトが落ちぶれていくさまを見るのが楽しい

どこを見ても最近は見るに耐えない状態になっていて楽しい

声優として出ている人がリアルイベントで泣きながら「今後の運営に期待しましょう」とか言うくらい落ちぶれてる。

ソシャゲなんて問題だらけだけど、出演者がそんなことするの聞いたこと無いよ。

ネタだけど杉田土下座してたし。

 

毎月のようにインフレして過去キャラがどんどん投げ捨てられていくのは心地良くない。

1年以内に始めた人たちもようやく好きなキャラが捨てられる側になってクソゲーだと認識したようだ。

ざまぁみろ。

 

浅井プロデューサー特に嫌いだ。

キャラを演じてるのが露骨過ぎてうざい。

黒猫ニコ生放送時は素で楽しそうにしててさらにうざい。

白猫のニコ生時はあんな顔したことないのにね。

ユーザーヘイトを集めるためのピエロかもしれないけどあいつがTwitter始めてからろくなことがない。

調子こいてたから道を踏み外すのも遠くないだろうと思っていたけど早かった。

 

そんな状態でも売上はそこそこ上がっててソシャゲすげえと思う。

さっさと色々と規制しろ

試しに遺書を書いてみるとして

前提として、全くこれっぽっちも死ぬ気はないです。

ただ躁鬱で何をやらかすかわからないのと(人様に迷惑はかけないようにとは心がけている)、遺書という形に今も気持ちアウトプットすれば見えてくるものがあるのではないかと思って、このように考えたわけですよ。

さて、私が遺書に残したいことはなんだろう。

捨て台詞のようなものなら、少しくらい泣き言を言おうか。

真っ先に出てこなかったのが情けないが、感謝言葉必要だろう。

死ぬ理由は訴えたら楽になるのだろうか。それを死ぬ前に言おうと言う気にはならないだろうか。


私が泣き言を言うなら、やはり理解して欲しかったという言葉が出てくる。

もう少し遡るなら、過去への恨み言になる。

私が躁鬱を発症した時、親はそれを認めてくれなかった。

からしたらそれは優しさ…親なりの励ましだったのかもしれないが、私にはだいぶ堪えた。

「そんな子を産んだ覚えはない」という言葉は、「だから(私の子なのだから)躁鬱なんかではない」という意味合いだったと後から言い訳がましく言われたが(言い方に棘があるのを見て分かる通り、私はこのセリフをずっと根に持っている)その言葉に私は見捨てられたかのような絶望を覚えたものだ。

薬を飲んでいれば叱られ、取り上げられ、仕事を休めば「俺は仕事を休んだことなんてない」という励ましにもならないオヤジの自慢話だけを永遠と聞かされた。

私はカウンセラー相談して家を出た。

その選択は間違っていなかったと信じたいが、やはり一人きりでの闘病生活は苦しい。

正直言えば助けて欲しい。

食事もままならない時は食事を作って三食差し出してほしい。

朝は起こしてほしいし風呂には入れて欲しい。

なんだ、介護か。私は介護してくれる人間がほしいだけか?

理解して欲しかったとはなんだろう。

理解してもらえたら私の心は安らいでいたのだろうか。

からないなーーー。

真っ先に出てくるあたり、根に持ちすぎていて笑える。

死を選ぶいうことは現状への不満があるはずだ。

現状の不満はなんだろう。

現状

・働いているがクビになりそう(出社率が悪すぎる)

・金がない

食事は1日1~2食

風呂は2日か3日に1度

・部屋はもう半年以上掃除していない

・独り身

精神障害手帳2級

こんな感じかな。宝くじ当たったら死ぬ必要なさそうだね。

そもそもクビになっても生活保護とかまだ生きていく道はありそうだけど、そっちはどうなんだろう。メンタル的に耐えられるのかな。何か、道行く人全員に萎縮しそうだ。

再就職はどうだろう。難しいかな。

多分、未知が怖いんだ。

脱線した。遺書だよ遺書

死にたい理由はなんだろう。

状態

よく幻聴がする…いや、独り身だから、実際に鳴ってるのか幻聴なのかわからないけど。

ずーっと電話ベルの音。悪口。お母さんの声。虫の羽音。

匂いもたまにおかしい。ものが腐った匂い(部屋が汚いから?)りんご匂い

見えるもの。視界の橋に虫。

感覚はどうだろう。虫が腕を這う感覚

夢見も悪い。家族の夢を見る。

改めて、これはわりかししんどい。死を選ぶ理由になりえる気がしてきた。

大きいのはなんだろう。周囲とのギャップかもしれない。

私が良かれと思ってやったものを怒られる。

周りの気づかい理解できない。孤独を感じる。

考え方が違いすぎてしんどい

異星に迷い込んだ気分。

何か中二病みたいなこと言ってるけど、本当に周りと別の生き物のような気がしてつらい。

うまく言葉にできないということは、私がまだこの問題を捉えきれていないのだろうか。


一旦、ここまでにします。

書いてみただけだから死なないでちゃんと生きていきます

まりお叱りの言葉は聞きたくないからご容赦くださいね

2016-06-21

大宅壮一文庫TV版がほしいのに誰も作らない(作れない)クソ社会

大宅壮一文庫」が存続の危機に|NHK NEWS WEB

http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2016_0621.html

戦後雑誌を網羅している私設の専門図書館大宅壮一文庫

文化風俗流行・世相を知る上で雑誌はかかせない。

しかし少なくとも80年代後半から日本では、雑誌新聞以上に世相を知るのにかかせないのがテレビだってことには誰も異論は挟まない。

その時から日本ワイドショー情報番組支配された。

80年代まれの者はテレビ洗脳された。

過去文化の広まりを知る上でテレビは欠かせない。

しか過去放送内容を研究者自由に手に入れることはできない。

大昔のフィルムは残ってなくとも、80年代以降の放送内容くらいはテレビ局に残してあるだろうに。

テレビ反省しないのは、放映しっぱなしでアーカイブを残さないからだ。(新聞社でも縮刷版残さないとこあるけど)

放送された全てのテレビ番組が録画され、そこに行けば誰でも自由に視聴し、参照することができる、テレビ大宅壮一文庫のような場所を作るべきだ。

例えば、10年前に「福島瑞穂朝まで生テレビでこんな酷いことを言った」というデマコピペ流行り、検証するのに非常に面倒くさい方法が取られたが(2chの実況ログから検証された)、テレビ文庫があればそこへ行って過去朝生をチェックするだけで、デマだと簡単証明することができた。

例えば、舛添の政治資金問題に多大な放送時間を割いているワイドショーに疑問を抱けば、過去政治家政治資金問題放送時間と比べて、その異常性を調べることができる。

今、非合法的にだいたい全ての番組が一旦はアップロードされるようになっている。しかし、権利者に即座に消され、アーカイブとして残ることはない。

よくネットでは、「○○の言葉はどんなふうに広まった?」みたいな記事が人気になり、新聞雑誌を中心に調査されているが、テレビを調べなくてどうするんだっていつも思ってた。

何かテレビ無視されている。調べられないのは分かるけど、それならそうと言及すべきだろうと。それもこれも、テレビが全くアーカイブを残さない、公開しないからだ。

別にネット自由にさせろというわけじゃない。しかるべき場所しかるべき人がしかるべき手続きを取れば、誰でも視聴し研究できるように保管されてればいいだけなのだ

しかしそういう文化的行為に全く無頓着民放テレビ局広告代理店はほんとクソ

http://anond.hatelabo.jp/20160621210541

そりゃそいつだけを見たら不良だった頃よりは今の不良でなくなった後の方がいい人間になったんだろうからある程度評価する価値はあるのは分かる

でも元が下の下だからって表向き中の下~並程度の素行の人間になるだけで無駄評価されたり武勇伝っぽくなるのはおかしいと言われてるんだろう

大体そういうのはそいつ過去を重く反省する態度があった上で、「昔はこんなことしちゃってた」という告白の話があるならともかく、

「昔悪いことしたけど今はこうなった俺すごいでしょ」みたいな調子武勇伝っぽく語ったり語られたりすることが多いのがダメなんだよな

そんな風に告白する奴はそもそも根っこの部分じゃ更生できてない可能性が高いし評価する気になれない

そういう奴は何回何かを成し遂げても「(仮)」がつくようなもの


簡単に言えば10回悪いことした後100回続けていいことしたら、やっと1回もいいことも悪いこともしてない奴に追いつけるくらいのものであるべきで

10回悪いことした後に1回いいことしだけですぐ他の人に追いつけるような考え方が批判されるのは当然

「昔は苦労したから今ももっと苦労しろ」とは全然違うだろ、昔も今も悪いことしたらダメだろ

不良がそんなこと言われてもっとひねくれちゃうなら、そんなんだから不良なんだし、そんな奴はどうせ更生できない

ご褒美与えないと更生しないような奴は自称更生した後も表向き装ってるだけに過ぎなくて、ふとした拍子に簡単に不良に戻る可能性がある

それに、その理論は「俺は真面目に生きてて褒められてこなかったのに」という側が「更生した不良は褒められるべき」なんて言われたらこの後は真面目に生きる気失せちゃうしひねくれて不良になっちゃうぞ…ということを許すような理論になる

どんなツイートでもfavする人の心理がわからない

たまにフォロワー数の多い人のツイートRTでまわってきたとき、興味本心でその人のツイートを読みに行ったりしてるんだけど、

すごくどうでもいい日常的なツイートにまでfavをつけてる人がいるんだよね

たとえば「おはよう」とか「今日のご飯はこれ!」とかそういうの

前者はまだ挨拶代わりなのかなとは思えるけど、後者とかになってくるとさすがにそれはfavる必要があるのかと思ってしま

あれか、favをつけることによって相手にしてもらえるだろうという自己顕示欲的なものなのか。それならメンションしたほうが気づいてもらえるぞ


と、現在進行で過去の全ツイートをfavしてくる人を見ながら書いてる

正直怖い

http://anond.hatelabo.jp/20160621121610

なるほど、一理ある。

はいえ、ブランドって過去歴史や重みがあってこそブランド足りえるから、それ故にそれを違えてしまうことはなかなか難しくなってしまったんだろうね。

ちょっとdisられたら顔真っ赤でワロタ

http://anond.hatelabo.jp/20160621113615

へえ、反省の仕方が悪かったら

×やりかたの悪い反省

反省を装った自分語り自己陶酔

外野のお前らを満足させるまで謝らなきゃいけないし

「満足させるまで」もクソも、このDV君は過去に傷つけた彼女に1度でも謝ったの?

謝ってねーだろ

ふつーは”外野”に逆ギレする前にそっちを気にするもんなんだよな

当人自己イメージのような”人にお説教かませるほどレベルの高い真人間”ならなー

外野のお前らは好き放題叩いてもいいんだ。

この薄汚く気持ち悪い自己陶酔DV野郎に限らず

全ての増田は好き放題叩いていい存在なんだが?

お前ここは初めてか? 力抜けよ

反省の仕方が悪かったら一人の人間集団で叩いても許される免罪符になるんだ。

繰り返しになるが&最初から言ってることだが

×やりかたの悪い反省

反省を装った自分語り自己陶酔

な。




気持ちわりい性格の男が賞賛されるつもりで自己陶酔自分語り説教を書いたら

そのうすっぺらい幼稚な人格を見透かされて指摘&嫌悪殺到したってだけじゃん。

期待通りでない感想付けられるのが不満だっていうなら不特定多数向けに何かを発信したりするなよ。

自分の思い通りに誉めてくれる大人しくて怯えた女か人工知能とだけお喋りしてろ。

最近のVRはいいみたいだぞ。

就職活動を終えて。

就活が失敗して死にたい

と言ってる人がいると聞いて、

少し考えてみたことを書いてみます

ちなみに大学4回生就活生です。

6月半ばに第一志望の会社内定を頂いたところです。


私の本命企業経団連には関わっていなかったので1月から第1時期の選考スタートしておりました。

もちろん私はみんなと同じように3月から就職活動を本格的に始めていたので、今の会社出会った時は第三時期の選考スタートしていました。4月から選考が始まって、6月の半ばついこの間に最終選考合格しました。

まるで勝ち組のようなストーリーですが、

私は特に意識高い系ではないので就職活動にそこまでやる気もなく、かといって働きたくなーい就活ヤダヤダーなわけでもなく、みんながしてるからしよーというお気楽な感じで受けておりました。

ただむやみやたらに受けるのは時間お金無駄だと思ったので、

というか単にめんどくさかったので

本気で興味がある業界

本気で働きたいと思える会社しか

受けませんでした。

エントリーしたのは10社くらいで、

ESで落ちたのが1社、

2次選考で落ちたのが2社、

日程がかぶった等で途中で選考を辞退したのが3社、

最終まで進み内定を頂いたのが4社

ですね。

お祈りメールにはそれはそれは落ち込みましたが、でも本気で心の底からそこの会社に入ってその仕事がしたかったのかと自分に問うたらそうでもなかったり、、という感じでした。

第一希望には受かったのでオールオッケーです。

自慢がしたいのではありません。


何が言いたいのかというと、

こんなことで死なないでください。

就職活動しんどいことばっかりですが、ただの人生の一部ですよ。

そして受験じゃないから失敗とか成功とかないと思います

私は落ちた時も自分が悪いだなんて思ったことなかったです。

だってちゃんと自己分析もしたし企業分析もしたもん。

それで落ちたなら、あーこの会社と縁がなかったんだなー

しろ私と相性が悪いなんて残念だな、とさえ思ってました。

高飛車に生きてます

傷つかなくていいかオススメです。


1つでも内定があったら成功なんですか?

勝ち組なんですか?

大成功勝ち組は、本気で自分が働きたいところから内定を頂いて、いざ入社してみても自分想像通りもしくはそれ以上にやりがいのある仕事で、大変だけれど仕事楽しい!!と思えて初めて成功者だと思います

私たち就活生は成功失敗の判断領域には達していないですよ。

から死にたくなる必要はありません。


死にたくなるほど頑張ってるんですよね。

努力方向性が少しだけ違うところを向いているのかもしれません。

もう少し自分に目を向けてみて下さい。

内定さえもらえればどこでもいい、と思ってたらどこからも受からないです。

絶対そうです。

自分が働いてるはイメージが持てるところを受けてください。

絶対成功します。

そしてもっと真剣

過去自分を見つめ直して、

未来自分を見据えてください。

何もすごい経験なんてなくても私は受かりました。

サークルも入ってないしゼミ研究もしてないし留学も行ってないしインターンシップも行ってません。

面接で話したのはアルバイトのことくらいです。

自分の生きた言葉で喋れたら経験はなんでもいいと思います

自分のことだけ考えてたら受かりますよ。

落ち込んでもいいですが、やけくそになったらだめです。



まとまらなくてすみません



でも就職活動で死にたくなる人がいるのは悲しいです。


こんなことで死なないでください。

ガチ人生かかってる重要な時期ですが、暗い気持ちでやっても何もうまくいきません。

あと人のせいにしてもうまくいきません。

選考に落ちたとしてもあなたは悪くないし経団連も悪くないです。


絶対絶対絶対こんなに世の中に会社があるんだからあなたが行きたいと思えて、あなた必要としてる会社があります

絶対あります

死ぬくらいなら就活やめてワーホリにでも行ってください。

誰でも行けますよ。

とにかく死ぬ必要はありません!!

まだ20代前半でしょ?

人生から始まるんですよ、

目の前の就活だけじゃなくて人生規模で物事を考えてみて下さい!


ちなみに私は大学受験、失敗しました。

死にたくもなりました。

本当に飛び降りようとしようと頭の中で考えてめんどくさくなってやめました。

そしてそんな無駄なことであと80年くらいの命粗末にできねえと思って今生きてます

一緒に100歳まで生きましょう



長ったらしい駄文失礼しました。。。

音楽家はもうちょっと大人になるべき

http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/989697

このネタ、定期的にやってくるね。見るたびにほんとクソだなって思う、こういうこと平気で言うアーティストって。

結局、世の中の事象を表面的にしか捉えられない極めて残念な頭脳の持ち主だってのが露見するからこういうのはできるだけ見たくない。

CCCDレーベルゲートCD(以下CCCD統一)は、別に必要が無いのに突然作られたわけじゃない。ビジネスとしてそれが必要だと判断されたから作られた。それが成功か失敗かに関わらず、産業を護るための1つの手法として作られた。

当時、音楽世界を猛烈な勢いで襲ってきたのは、「印刷技術陳腐化」と、「それに伴う経済圏破壊」だ。

音楽が、中世パトロン音楽家が養われていた時代から先に進めたのは「印刷」の技術のおかげだ。楽譜印刷し、アナログレコード印刷し、そしてCD印刷することで音楽お金に変えることに成功した。1つのマスターを大量に印刷し複製すること、その「印刷」が特別技術であったからこそ、そこに金銭的な価値が生まれ音楽を金に変えることに成功した。

マネタイズが上手くいった場合恩恵などいまさら語ることではないと思うが、その金がさらなる設備投資を生み、最高峰音楽スタジオを作っただけでなく、作品多様性文化としての多様性をも生んだ。1作品の売上で1度失敗したらすべてが終わる世界ではなく、大衆に広く伝わる音楽から、極めてマニアックでありながらしかし深く深く誰かの胸に突き刺さるような、採算を考えたら許されるはずのない作品さえも許容できる余裕が生まれた。80年代90年代音楽を見ればそれは一目瞭然であり、多様性こそが文化としての豊かさだというのは誰の目にも明らかだ。それもこれも、マネタイズが上手くいっていたか可能になったことだ。

この辺の「ありがたみ」を、元記事音楽家などはきっと理解していないんだろうと思う。もっとも恵まれ時代活動し、勝手に思うがままにできていた世代特有傲慢さ。プラットフォームを築き上げることがどれだけ大変で、それを維持することがどれだけ重要なことか、まったく理解していないんだろう。いい歳こいてるくせに。

それらの恵まれた状況をもっとも大きく変えたのは、「家庭用パソコンCD-ROMドライブが搭載されるようになった」ことに他ならない。その時点で「印刷」の専売特許が失われ、「印刷」が家庭レベルに落ちた。誰でも印刷ができるようになってしまった。ここでいう印刷とは、CD-Rに焼く行為のみならず、HDDデータを取り込む、そのデータコピーする、これらすべてがつまるところ「印刷」だ。誰でも自由印刷ができるようになった時点で、そこに金銭的な価値を維持できるような専売性は無くなった。

それをいち早く察知したのは、アップルグーグルだ。彼らはしきりに「おまえの持っているCDパソコンに取り込め」とけしかけた。とにかく入れろ入れろとしきりに促した。同時に「その取り込んだデータをどうするかはおまえ次第だから知らないけどな」と、極めて狡猾な態度をとり続けた。スティーブジョブズが本当に音楽家を救いたかったのだとしたら、やるべきことは人々にCDパソコンに入れさせコピーさせることでは無いことは彼も気付いていたはずだ。気付いていながら彼は巧みにポジショントークを繰り返し、自社製品を売り、むしろ自社製品音楽を救うとまで言ってのけた。そして、それに音楽家たちはまんまと騙された。

音楽パソコンにさえ入れさせれば、後はユーザー勝手コピーするなり、ネットにアップするなり、金も法も関係なく勝手にやり始めることを彼らは知っていて、それを積極的に促した。

なぜ彼らはそれができたかといったら、それは「彼らは音楽投資をしていなかったから」に他ならない。制作費やスタジオ設備に一銭も出していないからだ。音楽CDプラットフォームを作ると同時に音楽制作も始めたソニーには、ビジネスを通じて音楽文化を育てる気概があった。対してアップル音楽制作には一切触れようとしない。彼らは単に、はちゃめちゃコピーマシンと、投資はせずに回収だけするプラットフォームを作り上げただけだ。

そうやって彼らが「パソコンにじゃんじゃんCDを入れちゃって~」とやり始めた時、当然、それに抗わなくてはならなかったことを想像もできないようなら、もう一度中学生からやり直した方がいい。

コピーコントロールCDという名前が表すように、コピーコントロール、つまり印刷」をコントロールする必要があった。そうしないと、音楽を育むための全ての経済圏破壊されてしまうからだ。指を咥えて待っているわけにはいかない。対策を講じなければならない。

明らかに不利な立場だった。何もしないと責め立てられ、やろうとすると「考えが古い」と叱責される。アップルグーグルが上手かったのは、いかにも「先進的で素晴らしいパラダイスを目指している」ようなイメージアーティストたちへも擦りこむことに成功していたことだ。その先に実際には何もなくても、イメージさせてしまえば勝ちだ。あの頃のみんなに「10年後、音楽アイドル大人ホストサーカスしか残ってないよ」と教えたらどんな顔をするだろうか。

実際にはCCCD技術はあまり褒められるようなものではなかったし、それは作った側も認めている。技術アイデアが足りなかったのだとは思う。しかし同時に、何もしないわけにはいかなかったこともちょっと理解してやったらどうだ。いい大人なんだから

当時、全てのレーベルCCCDを出していたわけではない。人を「犬」呼ばわりするほどCCCDが嫌なのだったら、違うレーベルからリリースすればよかったではないか契約などのせいでリリースせざるを得なかったのだったら、裁判でもやって争えばよかったではないか制作費をしこたま出して貰って、ワガママもできるだけ聞いてもらいながら制作をしていた人間が、気分でボロクソに言うのって本当に程度が低いと思う。

CCCD正式にはコンパクトディスクでは無い。redbookのCD-DA規格に準拠していないからだ。つまり厳密なことを言えば、CCCD対応していないCDプレーヤーCCCDをぶち込むのは、CDドライブにフロップーディスクをぶち込むのと大して変わらない。

ここで「だからプレーヤーが壊れたのは自己責任」などとは言いたくないし、その辺りは確かにソニーエイベックスのやり方や啓蒙の仕方、技術には問題があった。 だが、何かしらの対策をしないといけないのは明白で、それに対して失敗したからといって上から目線でボロクソに言うのはまったく関心しない。

実際、あれからCCCDは多くの非難を浴びた。ほぼ同時期に、アップルiTunesにまったくもってクソみたいに使いにくいDRMを自ら導入し「ほら、使い辛いでしょ?」とお決まりポジションで言ってのける演出をし、そして業界全体が「コピー禁止DRMはやってはいけない」という風潮になり、まんまとIT屋の餌食になった。 すぐ近所でゲーム映画DVDは「私的複製許可するけど、鍵は外したら怒るよ」というクレバーなやり方を開発し、一定の効果を上げコントロールできているというのに、音楽だけは「複製は許さなくてはならない」という空気に飲み込まれた。そんな馬鹿な話はない。それもこれもアップルグーグルの熱心な啓蒙のおかげだ。

そしてレーベルアーティスト制作費が出せなくなった。 自宅で制作したような貧乏臭い音のショボイ作品しか作れず、過去遺産にしがみつくしかなくなった。若いアーティストたちはどんなに才能があろうと、お金を掛けた制作をさせてもらえずバイトをやめることができなくなった。毎晩、叙々苑弁当を食わせてもらってた上の世代がこぞって「音楽をタダで聞かせればファンが増えてもっとカネになる!」とかいうアホみたいなIT屋の理論鵜呑みにし業界をその方向へ誘ったがために、明らかに業界は縮小し、文化は萎縮し、これから先の若い才能は音楽などやらなくなってしまった。

おまえが良識のある音楽家たちを「犬」呼ばわりするなら、おまえはあいつらのポジショントークセールストークを無邪気に信じこんでお花畑を目指してたIT「犬」だろうが。    mn3