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2016-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20160826144234

犯罪者がでたら一族郎党全員を犯罪者と一緒に刑を科したほうがいいってことね。

ついでにそいつ小学校高校大学担任は全員減給処分

会社社員管理不行き届きでお取り潰し。

直属の上司見せしめのため家族もろとも犯罪者と同じ刑に処す。

http://anond.hatelabo.jp/20160826122551

たぶんガンとかの延命治療胃瘻とかの治療がごっちゃになってるんじゃないか



ガンの延命治療とかは本人が望まない限りやらない。治療に伴う苦痛説明を受けて、最近拒否することも多い。



他方、高齢者に対する胃瘻とかの治療場合、必ずしも「延命されると家族負担」ということにならない。

しろ、こういう治療家族選択するのは、年金保険によって経済負担は少ないし、黙って死なせるのも忍びないというケースが多い(本人はもはや意識がない)。

延命治療って生き地獄じゃない?

まだ若いならわかるよ

やりたいことがあったりまだ先に見込みがあったりと

 

でもさぁ

もう寿命という名で目の前に死が迫ってきている

老人たちに延命治療って意味あんの?

 

エゴで本人に生き地獄を味あわせているだけじゃないの?

支えてくれる家族だって負担だし

本人だって痛みが無いわけじゃないんだから

 

尊厳死検索すると反対する人がいるんだけど

 

家族へ遠慮して延命選択しにくい人たちがいます

 

延命されると家族負担です

残り僅かな先の無い命とまだ未来ある家族であれば

第一未来ある家族を考えさせてください

 

医者だって手が空いているわけでもないんだから

限られたリソース有効活用できるように

先が無いご老人には退場して欲しい

被害者自分の娘だったら

実兄に被害受けた妹としてはそりゃ無理だよって思う。

兄がひきこもりだったからって「あんたが我慢してくれ」って泣きながら母親に言われたし

父親には「俺はあいつ(兄)の気持ちがわかる」とか言われるし

元々仲良くなかった家族さらに嫌いになった。

父親には母親が直接伝えるって言われたのに

母が死んでから聞いてみれば

「ただ夜中にお前(私)の部屋に立っていた、としか聞いていなかった・・・俺は何も言えない」とか言われるし。

ホント吐き気がする。

動物に服を着せるの嫌い

犬とか猫とか。首輪も同じくなし。

彼らのいるべき社会から引き剥がし人間社会監禁するという行為だけでも既に畏れ多いのに、更に人間社会価値観までも押し付けるなんてとても考えられない。

首輪とかあれ首に違和感あるだろうし、かゆいだろう。

服なんて体温調整ができなくなって熱いだけじゃん。

みんな口ではペット家族だとかいうけど、所詮ペットペットしか思ってないんだな、ってそういうのつけてる人見ると思う

子供を生む事にデメリット

子供一人の養育に3000万以上は必要になる

塾なし習い事なし公立でも

子供一人につきタワーマンションの一部屋を買う感覚必要

しかもタワマンは損して売却できるが、子供は捨てたくても基本捨てられない

子供を捨てるには、育児放棄したというアリバイを作る必要があり、多少の前科になる可能性はある

が、子供を捨てずに破綻するのは良くない

無理心中を装うのもいいだろう

家族全員で生活保護もいいかもしれないが、ネトウヨが叩くほど贅沢ではない

学歴が低くなり、子供貧困連鎖させるので、成人後も自分迷惑がかかる可能性が高い

それでなくても障害病気、怪我で親の人生設計を狂わされる

子供を産めるのは社会が安定し景気が良かったとき価値観で、

まり、それは昭和平成初期の価値観

もう、その時代は終わった

その時代の豊かさを食いつぶしながら、長期低迷の打開策を探っているのが今の時代

こういった時代デメリットに納得している人が子供を産まないと不幸になる

進学校に行けないなら生きてる意味を見いだせない

進学校に行けないなら、僕が存在する意味はあるのだろうか。

自分中学校では、1クラス分以上が、首都圏トップクラス高校(偏差値70-75)に進学する。比較的、教育水準が高いのではないかと思う。

僕もみんなと同じように、トップ公立高校を目指しているのだが、家族からは おまえには無理だ と言われる。通っている塾は「まだまだ目指せます」と、正反対なことを言う。

塾では一番上のクラスにいるけれど、その中では底辺だ。近所の普通中学に通っていれば、トップ20には入れたんじゃないかと思うけれど、自分中学ではせいぜい平均。

実力が伴っていないのにハイレベル環境いるから、理想けが先歩きしてしまった。トップ高を志望しているけど、今の学力じゃ全然入れないことはわかっている。でも、それを下げることができない。世間体プライド邪魔をする。

だあれも知らないような学校に行って、コンプレックス抱えながら生きるのって楽しいんだろうか。そんな価値観を持ってしまった。

この環境にいなければ、もっと狭い世界で、幸せに生きられたのかもしれないな、と漠然と思ってしまう。

でも今の自分は、 幸せ にならなくてもいいから、とにかく偏差値教育での 勝ち が欲しい。

2016-08-25

コミュ障じゃないのにセルフレジを使うなよ!

ご存知の通りセルフレジコミュ障店員とのヤリトリなしに会計を済ませられるノーベル賞級の画期的発明である

しかしどうしたことか、このセルフレジにあろうことか家族連れやカップルなど明らかにコミュ障ではない人間が並んでいるのである

君たちは有人レジに並ぶべきだ!ここは僕たちコミュ障のためのレジだぞ!即刻立ち去れ!

などとコミュ障なので言えるはずもないのだ。

今このときも、どこかのスーパーセルフレジ蹂躙されている。

僕の家の表札には苗字が3つある

僕の家の表札には苗字がみっつある。いろんな人になんで?って聞かれるから天邪鬼な僕はここに書く。

まず家族構成と各苗字の紹介。父(苗字A)、母(苗字B)、僕と弟(苗字C)となっている。

事の発端は離婚である。今の父親とは血が繋がっておらず、Cという苗字を持つ父がいた。

僕が小学生の頃に母親が叩かれてるのを見て思わず離婚して」といったら3日後には家にいなかったことを覚えている。

この瞬間に母親は父(苗字C)とのつながりを消したかったらしく、母が元の苗字であるBに戻した。

しかし僕と弟はCという苗字に合わせて作った名前だ、と言われて育ってきたため名字を変える気がなく、それを理由兄弟揃って苗字はCのままだ。

しばらくして僕が高校に上がるときお金もない、休みもない、元父から養育費はたまに止まるで母が精神的にまいってしまい、母が出会い系登録した。

この出会い系が非常にうまくいって今の父(苗字A)と出会って同棲、今では内縁の父として家族の一員としてしたわれている。

これが僕の家の表札に苗字が3つある理由であるちょっとややこしいが理解してくれたら幸いである。以上。

http://anond.hatelabo.jp/20160824231807

君が悪いと思うけど横入りされて蹴られた事では彼女全く悪くないのに責める意味が解らない

同棲相手っつったら家族なのに

想像してみなよ、自分は全く悪くない理不尽暴力を受けて

いじめっ子に横入りされて殴られた」とか家族に言うたびに無理やり君の非をあげつらって

「それは横入りされる隙を作ったお前に問題があった」と責めてくる家族と同居してる状態

凄くストレスまりそうだし私ならあなた同棲絶対に無理

興信所に探られてる

結婚相談所見合いして結婚が決まったら興信所調査が入った。


実家の斜め向かいの家に兄の地元のローン会社を名乗る人から電話があって、

うちの家族構成とか近所での評判とか根掘り葉掘り聞かれたらしい。

兄に確認したけどローンの予定はないし心当たりは一つしかない。


全部正直に話してるし探られて困ることなんて何もないんだけど、

こっちの言うことを全然信用してなかったのかと思うと悔しいやら悲しいやら。

本人が把握してるか聞いてみるけど回答次第では白紙に戻すことも考えてる。


結婚前に興信所を使って相手の身元を洗うのって、みんなやってるの?

貧困女子高生家族は月いくら生活してると思ってるの?

贅沢しちゃいけないのか?って言ってるやつは絶対勘違いしてるから

念のために言っとくけど二人家庭の貧困線は年173万だから

あとバイト代も含めての合計だからね。姉から現金支給があったらそれも所得からね。

そこから家賃引いていくら生活してると思ってるの?

年収200万でも貧困だってのは無しね

NHK厚生労働省によるとって言ってたから、その基準で考えてよね。

さあ答えろや

http://anond.hatelabo.jp/20160824212758

いくら好きでも許せない許せるって…

からそれが間違ってるっつってんだよ。

お前自分の親がどれだけ許せないことしたとして簡単に縁を切れるか?

父親母親どっちでもいいが金輪際関わらずに死ぬまで一度も会わない関係にできるか?

できないだろ。

理屈じゃないし感情でもないんだよ。

それが家族関係性だっつってんの。

血が繋がってないやつと家族になるってそういうことだから

好き嫌いを超越したところで約束するから成立してるの。

例え夫が犯罪者になってもそれでも見捨てられないんですってくらいの関係から結婚したくなるの。

じゃなきゃ打算的なものしか残ってないから。

嫌いだから見捨てるって考えなら一生結婚生活無理だっつってんの。

家庭内暴力にしたって暴力振るうのが男側限定なのがもう被害者意識すごいねあなた

自分相手暴力振るう可能性は全く考えてないんだな。

言葉暴力にしたって自分がやる可能性は十分あるのに自分がやったときはどう償うつもりなの?

ワンミスしたら離婚の口実になっちゃうわけ?

自分だけは例外扱いするつもりだろ?

 

違うって。

嫌いになったから別れるとか

絶対許せないから別れるとか

恋人関係の延長線上にしか結婚を想定できてないってことが

相手にも伝わってしまってるから彼女ならいいけど嫁はないわw」って反応しか帰ってこんのよ。

男はお袋が欲しいの。+αで子どもが欲しいの。

どこまでいっても潜在的マザコンから

自分母親かもしくは子ども母親になれる女が欲しくなるから結婚するの。

出なければゴリゴリマウンティングしてくる高スペック男性よ?

俺が教育してやるってタイプしか来ませんよ?

当然落ち度がある相手にはねちっこく質問してきてあなたの嫌いな理論的な攻撃しまくるよ?

それも嫌だってうから独り身なんでしょ?

教育されたくない。

母親にもなりたくない。

じゃあ、あなた結婚相手に何をしてあげるつもりなの?

ただいてあげるだけ…とか?鼻水出る。

 

あなた結婚したいとか口では言ってるけどまるで結婚生活イメージできてないでしょ?

単に独り身で終わるのが怖いからそういう欲求が出てるだけだけど

その状態で間違っても結婚したら孤独死よりも何倍も恐ろしい不幸しか待ってないよ?

真剣結婚して何が欲しいのか考えてみ?

単に面白いやつを傍に置きたいだけなら結婚じゃなくていいから。

普通に独身男性面白そうなやつ見つけて遊びに行けばいいだけでしょ。

結婚相手不安解消の素材にしようと考えても目的は果たせないって。

http://anond.hatelabo.jp/20160825100033

やっぱり俺は頭が悪いのかな?

でも、毎日死亡事故なんて頻繁にあって、その中からどれを記事にするかを選んでるからポケモン事故してようが、メールチェックで事故してようが、俺にとってはどちらも同じぐらいの価値に思えるんだよね。

いい例が思いつかないけど、俺にとってポケモンイングレスの違いは、上司からメール家族からのそれかを気にしてるように思えてしまうんだよ。

重要なのは運転中に運転以外のことをしていて事故ったということで、その内容がメールなのか電話なのか、ポケモンなのかイングレスなのかはどうでも良いことに思えるんだよね。

いっぽうで、本当に価値があるのは統計だと思ってるんだけど、運転中に何をしている時に事故が多いかっていう統計にはニュースバリューが無いって言われるから、うーん、と思ってしまう。

同僚の死を聞いて

つい2分ほど前、行方不明になっていた同僚が遺体で見つかったという連絡を受けた。

同僚と言っても、その人は夫婦経営の勤め先の男社長丁稚自分は女社長アシスタント(まぁ丁稚と変わらない)だったので、

普段はあまり接触がなかった。


金曜日日中、島のリゾート物資仕入れてそのままトンボ返りという時、

物資購入のお金を手渡したのが最後の接触だった。

ランチ買いたいかちょっと釣り貸りていい?」

13人兄弟大家族で貧しいお家の彼に、嫌々ながらも了承したのが最後の会話だった。


気まずそうな笑顔が印象的だったが、今はもう思い出せない。


金曜日夕方までにリゾートに戻って、土曜日の朝はリゾートのチェックアウト客の、本土へのボート送迎をするはずだった。

夏休みでちょうどその島に滞在中だった上司からメールがあった。


「彼が戻って来ません。ちょっと家まで行っていつ出たか確認してもらえますか?」


この時自分は、

「ああ、またここの現地民あるあるのスッポカシだ。」

と、彼が勘違いかわざとか、その日中に戻らないといけない約束を破ったのだと思った。


その頃彼は、小さいモーターボート大海原を漂流していたのだ。


事故なのか事件なのかはまだ分からない。

まだボート運転勉強中で完璧ではない彼が、高波で操縦を誤ったのかもしれない。

日本と同様に、隣国とのいざこざがあるこの国で、隣国の武装船に襲撃されたのかもしれない。

貧しい人が多いこの国で、船で麻薬を運ぶ輩か泥棒に狙われたのかもしれない。


命の価値はみな平等だと耳にするが、この国では命の価値日本よりも軽すぎるように感じる。

お隣の国ではもっと軽いようだ。


自分が彼を短時間でも引き止めていたら、

彼にお金を渡すのではなく、お弁当を買って渡していたら、

少しでも違う結果になったのだろうか。

いや、なんの影響もないに違いない。

それでもタラレバの考えは尽きない。


涙を流しながら知らせてくれた上司は、彼に思い入れがあったのだろう。

お葬式には行きたい」

と、既に先のことまで考えている。


反して自分は、今のところ何の感情も湧かない。

悲しいとか悔しいとか無念とか、怒りも悲しみも出てきていない。

お葬式に参列したとしても、多分このままなのではないかと思う。


日本のへんてこな食生活を話した時にものすごい顔をして反応したっけ。

でも何を思い出しても何も感じない。


昨年のことになるが、日本で勤めていた会社の元同僚から、仲良くしていた非常勤のおじいさんの死を知らされた。

かたや若手に位置していた自分、かたや定年まで務め上げ、家族のために定年後も務めていたおじいさんの先輩。

所属替えで本社勤務となって最初部署で知り合った。

そして人事異動で別の部署となったものの、自分退職する前年度までは、たまたま同じ部署の配属に再びなって、

通路を挟んで背中合わせで座っていた。

よく雑談をして、冗談から真面目な話題まで、通路を遮ってしていたものだ。

おじいさんの死を聞いても、何の感情も湧かなかった。

今でも何も湧かない。


身近な死はあと1つ、自分祖父の時だけだ。

それでもメールで母に知らされた時も、何の感情も湧かなかった。

亡くなった祖父と対面した時、初めて涙が流れて、告別式の時は参列者に礼をする時に大量の鼻水がそれこそ滝となって流れたことに慌てた。

お骨を拾う時の、火葬機械から漂う熱がまだ忘れられない。

祖父の死は今の自分にとって、唯一大きな「死」なのだろう。


最近太宰治の娘である太田治子エッセイを読んだ。

お母さんに対する、未練と言っても良いくらいの、良い意味のしつこさを感じた。


自分最愛である母が亡くなった時、自分はどうなるのだろう。

今のところ母の次に愛する彼氏が亡くなった時、自分はどうなるのだろう。


今夜は眠れそうにない。

長年死にたいと思っている人間が、「自殺を止める人の気持ち」につい

私が、なぜ死にたいか、社会的ステータスや状況なんかは別の記事として投稿しようかと思います



今日記事が目に入ってなんとなく。

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040




現実世界では(インターネット上の話ではともかくとして)エゴがどうとか以前に、無意識的に止めようとすると思う。

例えば、ちらほら人通りのある橋から目の前で人が飛び降りようとしていたとする。

格好や目つきや動きがよっぽど変ではないかぎり、止めようとすると思う。

止めようとするのが怖くても、警察電話の一報くらいはしようとは思う。


高校生の頃に、飲食店で財布を忘れて戻ってきた客が急に怒りだして暴れだしそうにしていたことがあった。

隣にいた友人や他の客はすぐに止めに入ったし、私もすぐに警察に連絡した。

意識を失っている人がいたら救急車をすぐに呼ぶと思う。

現実世界自殺を止めるってのは、そういうことと似たものだと思う。





自分所属している社会コミュニティ(会社学校、旧友、家族)なんかが

どう反応するのか、なぜ反応するのか、というのも気になる話ではある。



もし、自分が新しいコミュニティに移行したとして、初めからかなり自分勝手に振る舞って、周りからの印象が最悪、1ヶ月くらいでいなくなったとしよう。

そういう人は、誰から自殺を止められないし、どうでもいいって思う人がほとんどだと思う。



仕事が出来なくて、怒鳴られている人がいたとする。同僚や上司とある程度の会話を普段しているなら、

仕事的には邪魔でも、長く過ごすと少しは情や想像力が働くので、無意識的に心配してくれるときもある。



一般的には、所属する社会がある程度健全機能しており、自分も人並み程度に人と情のやり取りをしていれば、不登校の子どもにはプリントを持っていくシステムがあるように、

人の死を心配するってのは自然に組み込まれてるもんだとは思う。それは割合的には小さくはあるものの、一応多数の部類だとは思う。



会社にしても、学校にしても、ワタミ過労死一橋大学アウティングのように

責任を有しており、追求される可能性があるので、大きなリスクを小さくするためにも自殺というものは避けさせないといけない、

そういう論理からの力場も存在するとは思う。



ある人が自殺を止める理由については、一概にこうだから、とは言えないとは思う。

自分生存ルールなんかを把握できるほど人間は頭がよくないし、学問的に分析しようにも世界中コンピュータを集めても計算量は足りないと思う。



はてブの、矢口ベッキー狩野英孝不倫記事コメントを見ると、その人がそれぞれ違った叩きと擁護と無関心をしているように、

自分でもよく考えずに自殺を止めたり止めなかったりするんだと思う。動物的な本能人間的な社会性や自分経験、保身、いろんなものが混じってると思う。





エントリー主は、自分死にたいはずなのに、どうして他人自殺通報したんだろうというところに何か引きづられているのだろうけど、

「何を読んでも、自分死ぬべきだと思う」と思っているからこそ、自分の考えと発言矛盾で混乱しているだけで、

少なくとも現時点で死んでいなかったり、変な行動や犯罪的なことをやり警察連行されていないということは、

生の論理や生の執着、死の恐怖結構こびりついていて、現在の生と将来の生への逃避ばかりに目が行っていて、

それが同時に存在するということに目が行っていないだけだと思う。

通報した理由は、ハッキリとはわからないけど、自分の考えたり想像したりしていることが、死だけではなく、生についても自分の知らない裏側できっちり考えていることは確かだと思う。




>「しかしなぜ、自分を変えられるからあなたは変われるから死ぬべきではないと言えるのだろうか。」

これは、現実的な人がいう自分の変わると、印税をもらえる人のいう自分の変わる、自分の想定する変わる、を分けて考えた方がいいと思う。

私は、3年間くらい死にたいって思っていて、今も、今すぐに死ぬボタン、みたいなのがあったらその日のうちに押すなーとは思っているけど、

死にたいって思い始めた当初と現在を比べると、変わったことはたくさんある。

少なくとも、前向きに生きてみようかな、と思い始めている時期は数ヶ月間あったり、

普通に何気ない会話も心地よい気持ちでできるし、

超たま~にではあるが、温泉行ってみようだとか、シンゴジラ見に行ってみようだとか、楽しみを実行したいという気持ちも生まれることもある。

昔は、外に出て誰かが歩いているだけで陰鬱気持ちになっていたのが、今は特に何も思わなくなっている。

その程度には変われるし、いい出来事も起きたりはする。

けど、長い間生きることをメリットとは思っておらず、やっぱり死んだ方が楽だろ、とは思っていて、そこは変わっていないと思うし、

あと数ヶ月したらいつの間にか死んでいるかもしれない。




死ぬ時は、死んだ何日か後に増田記事自動投稿するようにPCに仕掛けておいて、死ぬ思いなんか残しておこうかと思う。それは死ぬ前の楽しみ。

その時はブクマお願いします。

2016-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20160824211019

その人が当時相手にしていた「世間」と、

その人が現在相手にしている「世間」は別物。

いま、次の仕事をしたいらしくて、そうすると、次の「世間」も別のものになる。

そんなわけで、「世間」というのはうつろうけども、

嫁さんとか子供といった家族は、増田の言う通り、変わらない。

もうわがままについていけないので、ほうっておくけども。

いくら好きでも許せない欠点はあるよ。

いちばん許せないのは配偶者暴力言葉暴力も含む)。

「パパ活」はまったく興味がない。お金が欲しいわけではない。

「パパ活」に関心のある女性のほうが少ないと思うけど、

なぜツイッター増田では、こんなに気にする男性がいるの?

結婚式にも関心ない。どちらかというと、相手のほうが挙式したい人だった。

はてなーが案外やさしかった件と、その他のもろもろ

母親結構な金が注ぎ込まれてる」(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626 )を書いた元増田です。




まずは予想をはるかに超えて、多くの方からかいコメントをいただいたことに感謝したい。

こんなにブコメがつくとは思わなかったし、ついたとしても、もう少し甲論乙駁するブコメになるかとおもっていた。





お金ことなど気にすることはない」という趣旨コメントを多くいただいた。

本当にありがたいし、そういうコメントに対してこんな返し方をするのも失礼なのかもしれないが、

本心を言えば、多分、そういう言葉をくださる優しい方々が心配するほどには気にしていない。

母は、当然の権利行使しているのだと思っている。



ただ、やっぱり現実に「60万円」という金額を見ると驚かざるを得ないのは事実だし、

どちらかというと気にしているのは「俺らが後期高齢者になっても、これが続けられるのか?」ということなのだと思う。

日本現在人口ピラミッドをみれば、そう思わざるを得ない。

その解決方法が、少子化対策なのか一億総活躍社会なのか、はたまた移民の受け入れなのか、難しいことはよく分からないが。






「きちんとQOLが保たれているから、ちゃんとしたお金の使われ方だ」「寝たきりに金を注ぎ込むのとは違う」という趣旨コメント散見された。

それはそうなのだが、ただ、では、どこで線を引くのかと言われると、それはそれで難しいのではないかと思う。

一度線を引いたら、その線の位置だんだんずらされていくのではないか? という危惧もあるし。


母はガンの罹患前、「あたしは別にそんなに長生きしたいとも思わない。元気なうちにポックリいきたい」という趣旨のことをよく言っていたが、

逆にガンと戦い始めてから生への執着が強まったように見える。

多分「長生きなんてしなくていい」というのは健康が当たり前な人の贅沢なのであって、

実際、死を意識し始めると、すこしでもそのタイミングを先に延ばしたいと思うのが本能なのではないか?と、最近考えている。

「いつ死んでもかまわない」といっている人に、「じゃあ、あした死んでもらいますね」というと、大多数は「え? ちょ、ちょっと、もう一日待ってくれ」と言い出すのではないか

で、「もう1日」が毎日続くのだろう。






自分の書いた増田リツイートされて回ってくるというのも、初めて経験した。

そのなかで @natorom さんが「はてな匿名ダイアリー抗がん剤加療中のstage 4の母親の話。医療費がメインのエントリーだけど、

現在抗がん剤治療リアル副作用がないわけではないけど普通に生活可能)が描かれている」

と、拙文を紹介してくださっていたので、この辺のことも触れておく。


母が抗がん剤治療を受けている、というと、患者ことなど考えない医者にやたらめったら薬を打たれ、

副作用でのた打ち回って悲惨きわまる闘病生活を送っているに違いないと勝手に思い込んで慰めてくれる人が、少なからずいる。

はっきりいって迷惑だ。

確かに、副作用がないわけではなく、特に新しい抗がん剤に切り替わった直後などは、食欲も落ち、夜中も何度もトイレにたって、

日中ほとんど寝たきりになっていることもあるし、母がレディースアデランスの愛用者になっているのも事実だ。

初めての薬を投与して、一週間後の最初の検診までの期間は、当人家族も緊張はする。

どの程度の副作用がでてくるのか、医者だって正確なところはわからないし。

薬を変えてはみたが、どうやら医者が当初想定したほど腫瘍マーカーが下がらなかったらしい、という局面にも遭遇した。



からといって、その他の期間は、時に温泉旅行に出かける程度に回復するわけだし、勝手イメージで同情されても困る。

そういう人に限って「自分想像しているような、苦しそうな闘病生活」を送っているわけではない母をみると

今度は、「あら~、大変かと思ったら元気そうじゃない! よかったよかった! もうすっかり良くなられたのかしら!」などと、トンチンカンを言う。

「アタシだって病気と闘っているのに・・・」という母の愚痴を聞くのは、こういう人とあった後だ。


確かに、今ほど抗がん剤進歩する前は、いろいろと悲惨な状況もあったのかもしれないし、病状によっては、かなり大変な副作用を併発することもあるのかもしれない。

だが、別にがん患者がすべて、あなた想像するような悲劇の中で生きているわけでもないし、だからといって病気の大変さがないというわけでもない。

おそらく大半の現場医療関係者は、真摯に最善の治療法を(保険でまかなえる範囲で)考えているし、

製薬会社だって別に人の命を食い物にして儲けることだけ考えているわけでもあるまい。

とりあえず、何十年前の知識で、抗がん剤批判を繰り広げて金儲けするのはやめろ、近藤誠

(実際、母親世代には、まだまだ近藤誠信者と思しき人がいる。そういう人との付き合いは、なんとしても切るのが吉だ)



早期発見できた人は違うのかもしれないが、「ステージⅣで発見」という状況だと、「基本的に治ることはない」というのが、周りの人間にとっても難しいところだ。

当人もっと大変なのだろうが、自分当人ではないので、本当のところは分からない)

普通病気のように「頑張って、治しましょうね」という励まし方はあり得ない。

いかに上手に付き合っていくか、いかに現状を維持していけるか、というスタンスで付き合えないと、患者家族双方にストレスたまることになろう。

しかも「いつまで続くか分からない」「いつ悪い方向に進むかわからない」という不安を抱えながら、である

この辺、バランスを取れなくなった人が、「奇跡治療法!」とかに走るのだろう。

奇跡はめったに起きないか奇跡なのであって、その奇跡自分には起こると考えてしまうのは「逃げ」だと思うけれど。




先日、とある観光名所にいったとき、「健康」とか「長寿」とか「家庭円満」などと書かれた名産品が売られていた。

ちょっと考えた上で「長寿」のヤツを、母の土産に買って帰った。本当の意味で「健康」を回復することがない人に、「健康」を祈願するグッズを渡しても白々しいからだ。


ちょっと迷ったが、母に「『健康』ってやつもあったんだけどさ、まあ、いまさら健康』ってのは無理だから、『長寿』にしたよ」と言ってみた。

母は、「そうねえ、もうちょっと早く『健康』のヤツがほしかったけど仕方ないわよねえ」といって笑っていた。

ああ、この人は強いな、と思った。



長くなってしまったが、最後にもう一つだけ。


60万超の治療費にたいして1万5000円という負担に関して。

これは、母が後期高齢者で、かつ、健康保険の仕組みにおいては、もっと収入の少ないカテゴリに分類されているので、この金額になる。

(なお、自分とは世帯は別)

もし、母がもっと若かったり、年金以外に収入があったり、夫(自分の父)が生きていて収入があったりしたら、もっと請求されている。

まり、母は医療費世界において「相対的貧困者」とされているおかげで、この程度の負担で済んでいるということだ。

ここで「でも、温泉旅行いったり、映画見に行ったりしてるんでしょ? もうちょっと払えるんじゃないの」とか

「息子、治療費全然だしてないのかよ。親子なんだから出させろよ」とか非難されたらと思うと、ぞっとする。

だが、どうやら世間は、子供貧困に対しては、似たようなことを平気で言うようだ。

ぶっちゃけていえば、あと長くても10年は持たない老女よりも、この先何10年もこの国を支えていく若者のほうが、

ROIは確実に大きいと思うのだが、なぜこうなるのかは、考察に値すると思う。




いずれにしろ、この話題は、増田でこそいろいろ吐き出せるネタであった。

この世に増田があったことに、感謝したい。

http://anond.hatelabo.jp/20160824210219

自分ありのまま言ってるけど

その相手欠点を許せないのが最大の結婚への障害だって気づかないの?

結婚生活始めてから初めて知る相手の側面なんていくらでも出てくるんだぞ?

完璧人間なんてこの世にいないし、あんたもそうだろ。

そのたびについて行けないとか言ってたら生活できるわけがない。

結婚式したいだけならお一人様でも結婚式できるから予約してこい、今そういうサービスしてるから

結婚とは何があってもお互いが許し合い支え合うという約束の元に結ばれるものから

赤の他人同士が一つ屋根のしたで家族になるってそれほど固い誓いがあって初めて成立するんだよ。

何となく気に入った財布をゲットしたいならパパ活してろよ。

あの頃の俺のような人を救うにはどうすれば良かったか

あの頃はもう死ぬしかないと思っていた俺だが、

結局セーフティネットと運によって、家を買い、良い同僚に恵まれ趣味にも打ち込んでいる。

家族さえ持てはしなかったがそれでも幸せに暮らせるまでに救われてしまった。

そんな今思うことは、あの頃の俺のような人間に対し、今の俺が何かできることはあっただろうかということだ。



セーフティネットもっと分厚くするよう国に働きかけられないだろうか。

そして分厚くしたセーフティネット恩恵を受けるべき人に受けさせることは出来ないだろうか。

運を手に入れるキッカケは偶然応募した会社のお陰だったが、そういった会社出会う機会をもっとやすことは出来ないだろうか。

ブラック企業をこの世から根絶することは出来ないだろうか。

日本男性腋毛陰毛などの体毛を剃ることを一般化させたい

腋臭で悩んでいて腋毛を剃れば軽減されるというのを見て

意を決して剃ってみたんだが…

これが驚くほど臭わない!!

 

もちろん個人差などあるかもしれないが、

自分は汗かいとき特有のあの脇の下のムワっとした感覚がなくなり、

汗をかいても脇の皮膚の下空気の循環がいいのですぐ乾く。

本当に快適になった。

なんでも臭いの原因は汗の成分をそれを好む細菌が分解することで発生する物質が原因らしい。

まり腋毛が生えているとそれだけ表面積が増えて細菌が増殖しやすくなる。

髭が不潔なのと同じだ。

いつも汗かいたあとはスプレーをしていたけどそれでも気になっていたのに

今では少しトイレで水で濡らしたハンカチで拭いてきたらべたつきもなくて快適。

もう快適。

こんなことなもっと早く腋毛を剃っておけば良かった。

夏になるたびに剃ってたら憂鬱な気分を過ごさずにすんだのに。

 

それでタイトルに戻る。

男が腋毛剃ってたら気持ち悪いというのが日本社会一般的常識

すね毛や腕毛でも女性から支持を得られず嫌悪感を抱かれる。

この常識を何とかしたい。

先進国の中で男の剃毛が許されていないのは日本くらいだとか、

別に欧米かぶれになりたいわけでも欧米文化妄信的なわけでもない。タトゥー怖い。

ハッキリいうが剃毛にはメリットしかいからだ。

衛生的に不潔だし、毛のせいで洗いづらいし、見栄えも気持ち悪い。

正直オリンピック水泳体操でも腋毛モジャモジャで飯食ってたら食欲なくなる。

汚い。

この感覚日本寄りというよりも欧米寄りだろう。欧米か。

あちらではシャワーときに男でも全身の毛を剃るのは一般的で下の毛も剃る。

それくらい剃ってて当然、なぜなら汚いでしょ?という感覚らしい。

俺はあまり詳しくないがその感覚がとても羨ましいし男が剃ってても社会的に奇異の眼で見られない環境も心底羨ましい。

日本美容メーカーは男の剃毛一般化させる取り組みをしてもいいのに

ずっと女性しかターゲットにしていない。

男の美容品なんてドンキホーテエログズコーナーくらいのシェアしかない。

真面目に取り組む気なんてサラサラないのが伝わってくる。

だってベタベタは嫌だしサラサラになりたいんだ。

 

腋毛をそって腋臭を軽減させたのまではいいが、

もし同僚に見られたり家族に変な誤解を抱かれないか不安を抱えることになった。

腋毛剃ってるのをバレたとき言い訳も面倒だしそもそも言い訳する必要あるのかとか要らないことを考えてしまう。

 

なので日本の常識を変えたい。

男も剃るべきだと。

しろ女も陰毛を剃れと。

陰毛も汚くてしょうがないが社会常識のせいで剃れない。

本当に不幸だと思う。

剃った方が快適なのは分かってるのに日本の常識がそれを拒んでくる。

悲しいよ。

 

今は俺は男なのに腋毛剃ってツルツルの快適だぜと心の中で思って

職場では精神的な優位を感じているがこれがバレたら逆転だろうなという不安がある。

そのドキドキがつまらない日々の仕事ちょっとだけ刺激的な非日常にしてくれるアクセント

ぜひ、増田にも試してほしい。

 

PS:

どういったメリットがあるのか一応簡潔に書いておこう。

・清潔を保てる

汚れは皮膚という表面に付着するゴミが原因だが毛があるということはそれだけゴミが付着しやすい。

ゴミが付着すると細菌の温床にもなり自分のような腋臭に悩まされたり悪い常在菌が住み着く可能性もある。

陰毛は毛じらみが付くかもしれないし汚れやす局部の汚れが陰毛に付きやすいのは不衛生。

防御的な役割は服を着るようになった時点でほぼないに等しいので剃っても問題ない。

 

違和感を感じなくなる

実は毛があることで日頃から服や体とこすれて違和感を感じているはずだが

まりにも恒常化しているせいで認識をやめてしまっている。

しかしそれば分かるがこの感じていた違和感というストレスを0にすることができる。

剃毛後の変化はまさに快感、まさにストレスフリー

あの腋毛のジャリジャリとしたこすれるノイズが無くなったのを実感できる。

楽しい

 

・洗いやす

表面積もギミックも毛というものは洗いにくいことこの上ない。

だってちゃんと流し切れてるか半信半疑だし確信が持てるくらい洗うと時間が掛かる。

腋毛がないとゴシゴシゴシゴシ、これで終わり。

毛がついていたときほどの不信感は消失

毎日軽く髭剃りでサッサッサと剃ってあとは石鹸でゴシゴシで終わり。

不信感なく洗い終わることができる。

時間精神的なストレスカット

コスパ最高。

 

・なんか綺麗になった気がする

完全に思い込みだが鏡を見たときにはみ出ていた気持ち悪い腋毛がロストしただけで体が綺麗になった気がする。

体型維持のために始めた腹筋も楽しい

シルエットがスッキリして体のラインをよりカッコよく引き締めていこうと前向きになれる。

歳を取ってすこし崩れてきて自信喪失してたがまだまだ俺も行けるなという気分にさせてくれる。

ボディービルダーは腋毛生やしてないもんな。

http://anond.hatelabo.jp/20160824131231

そういや法律の「わいせつ概念については「芸術ポルノか」って議論があるけど、水遊び動画とかだとあんまり議論ないな。「楽しい家族動画ポルノか」ってか。

まぁこ場合製造者幼女の親父だし、被害届出す奴がいないのかな。

俺は末期的な患者医療後期高齢者医療はムダがあると思う

http://anond.hatelabo.jp/20160823232626

を読んで言いたいことがある。

今実際保険診療を受けてる人に対してなるべく抑圧的でない書き方をしたいと思ったが

どう考えても抑圧性は入るので先に謝る。すまん。

元増田家族やお母さんになんの文句もない。よい時間を過ごして欲しい。




ただ、自分の話に引き付けて言うのであれば

俺は自分がどうせ助からない難病になった時や

後期高齢者状態で難しい病気になった時には

金銭的にフルまで医療を受けたくない。

それのほとんどの支払が医療保険で賄われるとしてもだ。




そういう末期の”贅沢”を放棄する見返りは何かと言うと、

健康な時期に毎月支払っているバカ高い社会保険料の減額だ。

俺のように大した給料じゃない人間でも収入の15%が健康保険料と年金保険料だ。

サラリーマンなので半額を会社負担してもらっててこれだ。

年収500万なら75万を抜かれ、全体150万が社会保険料として発生してるわけだ。

話になるか?これ。

俺はここ数年で虫歯になった親知らずを抜きに行った以外では保険を使ってない。

凄く長生き出来たら最期は頭がぼんやりしながら年間何百万何千万健康保険を飲み込む沼のような爺さんになるかもしれない。

(その頃まで制度が維持できてたらの話だが…)




年取って最終的に難しい病気になって(ほぼ全員なるぞ)

クッソ高い医療費を払って苦しい状態で少し命を延ばすことにどれほど意味がある?

ここをカットするのが怖いと思うのはただの貧乏性だ。

「命を大事に」というのはみんな必ず無常で全員死ぬと言う現実から目をそらしている。




有限の命の配分として

まだ健康なうちに収入からものすごい割合を抜いておいて

体も頭も元気でなくなった時期によくわかんないまま高額な薬をぶちこむ代金にする

そこにちゃんと冷静な判断は有るのか?




それを抜かれなければ結婚したと言う人間も居るだろう。

そこを抜いておいて、不運にも身体が駄目になったりどうしようもなく老いたあとにジャバジャバと使う。

この消費の仕方はただの貧乏性ってもんじゃいか

リソースの配分はそれで合ってるのか?




もちろん難病患者後期高齢者が、なるべく苦しくなく惨めでなく良い最期を迎えられるようにはして欲しい。

それは自分が同じ立場になっても望むことだ。

まだ若い人が難病にかかって、何億も医療保険を使えば命を繋げる、という状態なんかは判断が難しいとこだ。

からまず高齢者医療の話をした。




俺が現役の間(あと何十年もある)にこの制度は変わらないだろうから

これは俺の為の議論ではない。

けれども必ずやって来る死にビビっての偽善議論、配分を間違えた議論個人社会も不幸にすると思う。

全員必ず死ぬんだから、よく生きてよく死ぬ為のプランを考えるべきだ。

高齢者に歯止めなく医療費を注ぎ込む今のやり方は死を否定して遠ざけようとしている愚かな感情が混ざって居るように思える。




http://anond.hatelabo.jp/20160824102650

できればイギリスのようにどれだけ薬を使おうが医療費一定、みたいな制度が出来てくれればいいのになあと思ってます

地獄ですよあれは。

不合理に陥る制度です。

経済的観点を失って誰もがフルまで医療費かけようとするようになります

リソース無限に湧いて来ないのに、誰がそれの支払をするんですか。

それはそれとして、今は大変で色々手に付かないでしょうが

なるべく心静かに頑張ってください。

http://anond.hatelabo.jp/20160823183045

以前、入院設備のある大きめの精神病院精神科にかかった時に、

診察に際しての基本的情報として個人情報を色々と書かされたことがある。


その書類の欄にあったものは、氏名、家族配偶者や子の有無)、最終学歴を書く欄はあったけど、出身大学、専攻みたいなことまでは書く必要はなかった。

出身地職業会社員なら会社名と役職)もしっかり書かされた。

会社役職については特にしつこく聞かれた。

「具体的にどういう仕事をしているのか」という所は特に細かく。

職業上のストレスで発病したっぽいので、原因を探るために特に詳しく聞かれたのかもしれない)



家族構成を書く欄はあった。

兄弟はいるか、いたら何歳か、彼らとは同居か別居か、そんな情報を書く感じ。

家族出身地会社名とかの欄はなかったよ。

だけど、自分の病歴と家族の病歴を書く欄があった。

血縁者に精神病の人がいるかどうかは聞かれた。(病気遺伝由来かどうか確かめるためかな?)



治療必要なのかなと思って素直に書いた&言ったよ。

基本的に、病気関係ありそうな個人情報はどんどん突っ込んで聞いてくる感じだよ。

大学会社について詳しく聞かれたんなら、医者病気の原因がそこにあるかもしれないと思ったんじゃないかな?

2016-08-23

母親結構な金が注ぎ込まれてる

母親がガンとの診断をうけて、もうすぐ5年半になる。

診断されたときには、ステージⅣで5年後生存率は20パーセントといわれていたが、幸運なことに、今でも調子がよいとき自分で車を運転して病院に通う程度に元気だ。




病院は、昔の社会保険病院(何年か前に制度改革名前変わった)だから、まあ公立みたいなもんで、いわゆる「保険範囲内」の治療を続けている。

最初の1年に2回ほど手術はしたが、あとは抗がん剤治療

基本的には、抗がん剤を月に一度うって、それから週一で検診をうけて、また抗がん剤うって、が基本パターンで、

だいたい抗がん剤うったあと数日はかなりダルそうにしているが、それ以外の期間は、病人とは思えないほど元気だったりもする。

その時期に人とあうと、誰も彼も「お元気そうでよかった!」というもんで、

「アタシだって病気なのに・・・」というのが数年来の悩みで、その手の愚痴はもう、聞くだけ聞いて右から左に流している。



で、ある薬が効かなくなったり、副作用が強く出てきたりしたら、新しい薬に変える。

薬が変わるごとに、医者から家族も同席した上で説明を受けるのだが、素人が聞いても分かったような分からないような話にしかならず、

結局は「先生のご判断にお任せする」しかない。




主治医は無愛想かつ若干コミュ障気味で、正直感じは悪い。

母がかかるようになった当初、入れ替わり立ち代り看護師が「愛想は悪いけど、腕は確かな先生ですよ」とフォローに来たくらいだ。

まあ、その分、ある意味で信用はしている。余計なお愛想や、変に希望を持たせることも言わないし。

でも、実際、この先生が合わなくて転院していった人が、いなくはないらしい。

なんっていうか、身もふたも無い言い方をしがちなので、そういう人がいるのはよく分かるし、

そういうときに、なんか笑顔でへんな希望をもたせる代替医療屋が近づいてきたら、コロっといってしまうのではないか、などと思う。




で、3ヶ月ほど前、また抗がん剤が変わった。

今度の薬は、数年前に認可されたばかりで、はじめは肺ガンにつかわれており、母のガン(卵巣ガン)に使われるようになったのはごくごく最近であり、

母の主治医は初めて使うらしい。

「高額の薬ですけど、保険が利くようになりましたからね」と説明を受けた。




幸い、母には向いていたのか(抗ガン剤の向き不向きは、その人の病状やら体質やらガン以外の持病やらによって千差万別らしい)、

最初の投与のときは、若干副作用が重く、体重もかなり減り、心配もしたが、

その後は、当初のときほど副作用が重くない様子で、血圧も安定し、なにより腫瘍マーカーの数値がよい。

で、食欲も旺盛で、下手したらガンになる前よりあるんじゃないか?というくらいになり、実によく食べている。

なのに体重は増えないようだ。

よく分からないが、ものすごい勢いで体内のがん細胞を殺しまくっているのかもしれない。

この夏も、暑い暑いといいながら、友人と映画見に行ったりしている。




というわけで、医学進歩は、はなはだありがたい限りなのだが、請求の明細を見ると、やはりいろいろと考えてしまう。

母の抗がん剤治療には、1回60万円以上の金が注ぎ込まれているのだ。

ところが、後期高齢者である母は、高額医療費免除勘定に入れれば、実質1万5000円程度しか払っていない。

この数字をみると、ここ数年、ほとんど医者にかかったことのない自分健康保険料が「高い!」などという気分は、吹っ飛ぶ。

こんな風では、確かにこの国は医療費でつぶれてしまうのではないか?と思わないでもないが、

そんなマクロな疑問を、目の前の親の病気というミクロな大問題を前に考えていられるほど、自分大人物ではない。




今の抗ガン剤も、いつまで使えるのかよくわからない。

一般論としては、どんなに長くても2年がせいぜい、らしい。

まあ、まだ使用例がさほど多いわけでもないので、医者もよく分かっちゃいないのだが、いずれ限界がくるのは明らかだ。

そこで、また新しい薬が出てきて、今度は1回100万(自己負担は2万数千円くらい?)みたいなことになるのかもしれないが、

そうなればまた、日本医療制度感謝して、淡々母親のことを見守ることになるのだろう。





なお、ちょっと話は変わるのだが、素人ながらに母親とその周辺にいるガン仲間をみていると、

今のところガンに特効薬は無いのだが、



1 日ごろから「ガン以外」は健康であること

2 食生活がちゃんとしていること




が、かなり大事なのだろうなと感じさせられる。

大体、ガン以外に持病があったり、肥満だったりする人は、正直、ガンになってから生存年数が短いようだ。

治療には体に負担がかかるので、「健康(ガン以外)」でないと絶えられないものらしい。

幸いにして母は、患う前、年齢の割には健康診断の星が格段に少ない人であった。


あと、やっぱり食事が偏った人や、食欲が無くなった人は、どんどん衰弱していく。

その辺は母も思うところがあるらしく、毎日時間をかけて野菜ジュースつくったり、いろいろ献立考えては買い物に行くのが

ちかごろの生きがいになりつつあるようだ。



はいえ、そんなのは対症療法で、結局は高額な薬を主軸とする治療に頼っていかざるを得ないのが現状なわけで

これから先、どのくらいの期間にわたって、どれくらいの金額が母の命に注ぎ込まれていくのか、

できるだけ考えないことにしている。



(2016/08/24)

追記書きました。

http://anond.hatelabo.jp/20160824212145