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はてなキーワード: 人間関係とは

2016-07-31

なんで死ぬねん

友だちが死んだ。

ていうか死んでてん。

そんなの知らんから、何度もメッセージ送ってたし。

さらっとアカウントが消えたとき、どっか遠い外国でも行ったんかな?と思ったし。

普通、死んでるなんて思わんし。

全然連絡取れんから、みんなにきいた。

みんな、何も知らんかったから、連絡取るの諦めた頃に

自分自分の命を断っとったって、知り合いから連絡があった。

こないだ、飲みに行ったばかりなのに、なんでやねん

めちゃめちゃ飲んでベロベロで、笑とったやんけ。

今度、あんたの家で飲み会やろな言うてたやんけ。

ハア?

アレなんやねん。

ウソけ?

ダボ。

自分のやりたいことやって、生きてるん見てて、

めちゃくちゃ刺激受けて、おかげで、おれすごい頑張れたし。

SNS見返して、楽しそうにしてるん見るのが、苦しいわ。

なに笑てんねん。

ヒントよこせ、ヒント。

金に困ってんねやったら、当面の分くらい、工面したるっちゅうねん。

人間関係で困ってんねやったら、怒鳴りこんだるっちゅうねん。

病気なんやったら、一緒に病院行ったるっちゅうねん。

別になんとでもなるやん。

てか嗚咽止まらんし。

焼き鳥屋でこれ書いてるから、恥ずいわ。

ビールまずいし。

残すし、多分。

頼み色々聞いてくれたん、ありがとう

またお願いしよう思て、連絡取りたかってんけど、もうええわ。

もう何も出来んやん。

死ぬなやボケ

2016-07-30

普通に生きてたら同性も異性も等しく嫌な人いるって結論になるけど

ネットで異性を一方的に憎んでる人ってどんな偏った人間関係で生きてきたんだろう

だいたいロウアーミドル以下なら性差よりアッパードル以上との間に圧倒的差を感じるし

発達障碍者なら性差より定型との間に圧倒的差を感じるし

機能不全家族なら性差より非機能不全家族との間に圧倒的差を感じるから

ジェンダーを中心に語りまくってる人達に対してあまり社会不利益を被ってる弱者という印象が持てない

2ch負け組や毒親論やメンヘラスレではほぼジェンダー話題はされてない

2016-07-29

30歳からでも人格は変えられるのかな

私は30歳の地方都市在住の男だ。これまで何度か転職経験がある。

先日また機会が巡ってきたので気軽に転職しようかと考えた(上京する必要がある)。

交際している女性に軽い気持ち相談すると強く反対された。

彼女は私の

ちょっとしたきっかけで仕事を変えてしまえる我慢や”一貫性の無さ”

自分が辞めることで周りの人間迷惑を被ることを想像できない思慮の”浅さ”・気遣いの無さ

金銭面の条件や業務内容の真新しさでのみ会社評価しようとする態度の”傲慢”さ

・当たり前のように彼女がついて来てくれると思っている”自分中心”の考えの甘さ・”勝手”さ

を次々と指摘し、人格的に問題があると断じた。

仕事においても、恋人との交際においても、必ずそこには人間関係があり、

少なからず周りの人間の世話になっているわけであるから

自分の行動が関係する人にどういった影響をもたらし、

彼らはどう感じるのかを慮って行動するべきだと言われた。

総合して”人を思いやる心がない残念な人”という評価であった。

ここまではっきりと自分人格批判されたのは初めてだった。

彼女にも溜まっていたものがあったのだ。

ショックだったけれど、過去自分言動を思い返してみると

批判整合するように思えてしまい何も言い返せなかった。

恋人は、基本的には随分と私を気に入ってくれているようだ。

からこそ時々に感じる”人間性の欠如”に不安・不満がつのり、

転職話を契機としてついに爆発したということらしい。

怒るのにもパワーがいることとだろうし、

私のことを考えて指摘してくれたのだと思う。

””でくくったのは実際に恋人の口から出た言葉だけれど、

こうした強い非難を浴びても、私は彼女から離れたくないと感じている。

私は人格改善して彼女全面的に信頼される人間になりたい。

から始めればよいのか。

果たしてから人格を変えることはできるのだろうか。

2016-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20160727122254

お前自分インタビューされた場合を考えてみろよ。

殺されるのがおっかなくて無難なことしか言えんだろ。

そいつが必ずしも死刑になるとは限らない。出所して、その時のインタビューのことを覚えてて、自分に恨みをもって殺しに来る可能性はゼロではないだろ。

仮に人間関係が嫌になって会社辞めたとして、転職会議に1件も会社口コミ評価も書いてるやついなかったとして、それでも書き込もうと思う?

在職中のやつが「これ書いたの絶対増田じゃん」って思うだろうし、転職の際に前職調査をされた時、自分不都合なことが知られる可能性が増えるだけだろ。

公の場で「実はやばいやつだった」なんて言うやつは、何も考えていないバカか、自分安全とか根拠もない自信のある大バカだけだ。

本当にそういう有益情報を持っているなら公衆電話から警察通報するとかして、安全場所から慎重に石を投げたほうがいい

増田が一番真面目すぎるのではないか

http://anond.hatelabo.jp/20160727001746

を読むと、研究室によくある光景が描かれていた。

しかしながら実験器具を壊すことも、それを弁償しろ!と怒る指導員がいることも、それがブラフであることも、

学生が弁償しますと反省の意を示すことも、実際には弁償しないこともすべて「稀によくあること」だ。

こんなことは教授にとっては「またか」と思うだけの案件であり、研究室にいればそんなことは想像に難くなく、

それをせずに同僚に激昂する増田が一番真面目すぎるのではないだろうか。

自分が同僚なら、同じ状況ではHを慰めるような言葉をかけるだろう。

実験をする以上、器具が壊れるのは防げない側面もあるわけで、それを弁償するというポーズをとっているだけだとしても反省としては十分だ。

彼がやるべきことはやっているわけであり、そこから彼を追い詰めるのは、あなたの言う「融通が利かなかったり,他の人に不憫な思いをさせてしまう」行為に他ならないと思う。

いずれにせよ、メールを受け取った教授はHのことを面白い人間だと思っているだろうし、

そんなことで深刻に悩んでしま人間だと教授評価しているのであれば、それこそ増田人間関係シビアに考えすぎだろう。

 

そして、率直に言って、増田が怒っている理由が私には理解できない。

おそらくHが、増田の中での「すべきでない」行動を行ったという、理想との乖離あなた感情的にさせているのではないだろうか。

それはいたって真面目で独善的な考えであり、あなた言葉引用するなら、「その真面目さは何かが歪んでいる」と思うのだ。

日記が書かれたのが深夜であることから増田はおそらく疲れているのではないだろうか。

疲れが正常な思考を妨げ、突発的に怒ってしまい、実はその理由というのは後付けなのかもしれない。

から考えたら論理的でなく感情的な私憤だったということはよくあることだ。

いずれにせよ大した案件ではないと思うので、肩の力を抜いて、少し休息をとってみてはどうか。

2016-07-26

なぜ書いていたのか

以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。

そしてブログ文章を書くことで、その怪物とどうにか闘っていくのだ、と当時の自分は考えていた。





その後所属する組織が変わることで、社会から隔離されたような不安定身分から、それなりに安定した社会的身分を得ることが出来て、プライベート人間関係でも新たな要素が加わったりするなど、公私ともに安定した生活を得ることが出来たが。その一方で、ブログを書くという習慣はその頃から無くなった。

特に大きかったのは、プライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、それ以来ブログを書きたいと思うことはほとんど無くなった。

自分が何かを悩み始めれば、電話なりLINEでいつでも聴いてくれる人が出来たので、1人で悶々としたものを内に抱え続ける必要が無くなった。




ただそれだけの話なのだが、当時の自分、血を滲ませるようにブログ文章をつづっていた当時の自分はそれを聞いて納得するだろうか。

社会対峙するつもりでブログ文章を習慣的につづり続けるという行為は、公私の生活が安定し始めた途端に消滅してしまったのだと当時の自分が聞いたらきっと、じゃあ自分自分なりに誠実に書いていたそれらのものは一体何の価値があったのだ、と感じて悲しくなったり、社会的身分が安定して私生活が充実したからといって、ひとりで世界対峙する思考を捨ててしまったお前は腰抜けだなどと今の自分のことを責めるだろう。

当時の自分は、周囲への怒りを原動力にして自分を取り巻く環境社会糾弾し続けることが状況を前進させるのだと思っていたし、それが社会にとっても有意義なことだとさえ思っていた。




あのときブログ文章をつづることがいずれ、この境遇から少しでも自分を進ませることにつながる、と考えていた。

あるいはブログ文章をつづることは、このクソ現実を変えるための有意義行為であるかのようにすら感じていた。

それは有意義もなにも、自分が辛いのはこの世界を作ったお前らのせいだ、と自分が苦しいのを自分を取り巻く環境のせいにすることでしかなかったのに。




当時の自分は、自分が辛い状況に置かれることになった大本の原因は自分を取り巻く環境社会にあるのだ、と決めつけていた。

そしてそういう思考の枠組みが、単なる思い込みであることに気がついていなかった。




今振り返ると、当時の自分は、自分を取り巻く世界自分自身とを対立させてしか物事を考えることが出来てない。

社会vs自分、という構図でいつも物事を考えていたし、その二項対立に固執していたのだと思う。



そしてその二項対立から導き出される「社会」というものは、現実自分身の回りを取り囲む、顔の見える範囲での人との関わり方というものから乖離した、自分の頭の中だけで作り出されたものだった。

現実自分の周りにいる、顔の見える人たちとの関わり方に対して責任を果たそう、という考えを持つことは無かった。

そして現実に実際の人々と関わりを持つことを避けてきたために、自分の頭の中で「社会」というものは、ひたすら暴力的衝動に突き動かされて自分のことを搾取する理解不能怪物のようなものだ、という考えばかりが占めるようになった。



そもそも当時置かれていた環境は、今思い返すと、そんなに思い悩んで苦しむようなものだったのかすら怪しい。

一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に状況を悪化させていただけだったように今は思える。




当時の自分はどうしてそこまで頑なに自分世界から切り離して物事を考え続けていたのだろうか。

どうしてそのような二項対立は公私の生活が安定することでいとも簡単に消し去ったのか。




けっきょく私は、自分の周りの世界に対して、どうして自分の欲求を満たしてくれないのだと怒っていただけなのだと思う。

どうして自分の欲求に沿った環境を用意してくれないのだ。どうして皆もっと私に構ってくれないのか。そう思っていた。





いくつかの偶然と幸福が重なって、私のその欲求のいくつかは叶えられた。欲求が満たされない頃は赤ん坊のように泣き喚いて不満を表明していたが、腹が満たされオムツを替えられると、また母の胸の中ですやすやと眠り始めた。




から、あぁそうだ、自分たまたま幸運が重なって、母乳で腹を満たされ湿ったオムツも変えてもらえたから、それで泣き喚くのを止めただけなんだ。





たまたま欲求が満たされたから、母に対するギャン泣きを止めただけで、決して自分の足で歩き始めたわけではない。




いま腹いっぱいのうちに、母がいなくても大丈夫なようにひとり立ち出来るようにすることが、今の自分がするべきことだ。

50代女性主婦です。

夫と25歳長男、22歳次男大学生)と17歳長女(高校生

との5人暮らしです。

25歳長男には知的障害があり、療育手帳もあります

作業所に通っていましたが、人間関係でのトラブルが多く

辞めてしまいました。

職員の○○がムカつく、通所している○○さんが嫌い、

など、人が自分の思い通りにならないと些細なことでキレて

暴言を吐いたり、近くのモノを投げたり蹴ったりなど

してしまます

作業所はこれまで3か所通いましたが、どこも合わず辞めました。

精神科にも通って安定剤などもらっています

今は自宅にいますが、些細なことで怒り、食器などを割る、

殴る蹴るの暴力暴言があり、家族全員、長男を腫れ物に触るような

扱いをしています

困り果てて、息子を精神科病院入院させてくれるよう

頼みましたが、断られてしまいました。

周囲が自分の思い通りに動いてくれると息子は落ち着いています

私達家族は息子のいいなりのようです。

もう限界です。

私達夫婦次男、娘も。

息子を一人暮らしさせようとも考えましたが、私達を追いかけて報復

するようなことを言います

アドバイスいただけると幸いです。

疲労のため乱文となってしまいましたが、どうぞよろしくお願いいたします。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2014/0826/676636.htm

 

障害者就労施設で働いてる者です。

障害者を連れて有料公園に2時間、遊びに行くプログラムがありました。

私が同行する障害者の方は20代知的障害者男性だったのですが、他の職員から教えてもらった前情報は、「力が強く、暴力的で殴るのと頭付きが得意」「子供をみると追いかけるクセがある」「ボタンを見ると押してしまう、以前、踏み切りの緊急ボタンを押してしまった」「話す事も、話を理解することも出来ない」の4つです。

公園なので子供も多く、左手首を握って歩いておりました。

スタッフからの指示で「暴力振るうと危ないから、人気の無い方で散歩してきたら?」との事で、スタッフと離れ、2人きりで散歩していました。

有料公園なので、とても広く、本人は気の向くまま色んな方向へ行きますが、どうにか人気の無い方に行ったのですが、たまたま前方に小学校低学年の男の子がいました。

私の連れていた方は腕を振り払い、子供の方へ猛ダッシュしてしまったので、追いつき捕まえたら、それが不満だったらしく、私に殴りかかってきました。

初発は顔面にヒ当たり、メガネが吹っ飛び曲がってしまいました。

ここは前から両手首を持ってパンチを打たせない状況は作ったのですが、頭付きが得意なので、この状態から頭突きを連打してきます

手首を持ちながら後方に下がって避けましたが、力が強いため、また手を振り払い子供の方へダッシュします…

また捕まえましたが、そうすると、また私に対して猛攻撃

最終的には子供の事を忘れたのか、ずっと私に対して殴りかかったり、頭突きしたり…

そんなこんなで私も体力が無くなってきたので、ヘッドロック状態にして抑えたのですが、今度は後ろから髪の毛を引っ張ってきます

40分は、こんな状態で「もう体力の限界かも…」と思った所、女性スタッフが近くに来たので状況を説明女性スタッフは近づいて言葉で怒った所、女性スタッフ頭突きを数発入れて女性スタッフはダウン…

もうしょうがないと思い、またヘッドロックをかけて、そのまま車に閉じ込めましたが…

もし最悪自分の体力が切れたら他の方へ迷惑がかかってしまます会社では障害者の方に「打撃は禁止」との事だったので先輩に今後は職員2人で対応したいといいましたが、それはムリとの事

なので合気道など習って安全に取り押さえようかと思ってもいます

どういった対応がよいのでしょうか?宜しくお願いします。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1169701001

 

毎朝、会社に向かうバスに乗る時に

体の大きな知的障害者男性)に暴力を振るわれます

朝、バスは1本しかありません。(非常に田舎です)

7時のバスなのですが、それが朝一番バスです。

その後は2時間後なので会社に間に合わないので

これに乗るしかないのです。

最初は髪をひっぱったりという程度だったので

私がはっきりと大声で『やめて!!!』と怒鳴ったのです。すると、どんどんエスカレートしてきて

今では、拳で殴ったりします。

警察相談しましたところ、最初のうちは、そのバス時間パトロールしましょうという事になったのですが

おまわりさんがいても、おかまいなしで暴力をふるってきました。

おまわりさんを通して、ご家族の方に注意を促してもらったのですが、その人のご両親はいなくて、80歳に

なるおばあちゃんと2人暮らしで、おばあちゃんも

何が何やらというかんじだったそうです。

まりにも私ばかりにその人がからむので、おまわりさんに『何か過去関係がありましたか?』なんて

尋ねられて、非常に不愉快な思いもしました。

でも、越したばかりですし、会社に行かないワケにはいかないので、

今は、私はバスくるまで隠れて、こっそり乗車していますが、だんだん周りの目も『あの人が何かしたんじゃないか』なんて言い出してきて、なんで私がこんな思いを?と悔しくてたまりません。

また、引っ越すにも、お金がありません。

どうしたらよいでしょうか。

アドバイスお願いします。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1169701001

 

知的障害者施設(通所)です。

利用者の方で、送迎時(車で走行中)に急に暴れ、職員に対し殴ってきたり、引っかいたり・・・

他の利用者さんも、もちろん同乗していますので、かなり危険なのですが、

反撃や縛り付けることは虐待になるし、

保護者に言っても「障害者から・・・」「仕事でしょ」と言われるだけで

一向にらちがあかず・・・

このままじゃ、職員が根をあげて辞めていくはめになりそうです。

みなさん所では、暴力行為に対して、どうされてますか?

http://www.wel.ne.jp/bbs/article/161588.html

2016-07-25

ファッションやおしゃれは、結局は泥臭い体育会系である

見た目がキラキラしたり、チャラいかったりするので、汗臭い体育会系的なものとはかけ離れたイメージがある。

だが、そこにたどり着くまでの労力やら知識やらに関しての内実はものすごく泥臭い

というか見た目を綺麗にしようとするほど内実は泥臭くなる。

はっきり言ってものすごく体育会系であり、マッチョイズムやらと親和性が高い文化と言わざるを得ないと思うのだ。

肉体的というよりは精神的な意味での体育会系的、というカンジだ。



いや体育会系から邪悪だ、みたいに言ってるみたいに見えるが、けしてそうではない。

体育会系的苦労があるからこそ、人間関係やら何やらで成果を得られることの喜びが大きい、というのはあるだろう。

ファッションの素晴らしさは体育会系であるからこそ、なのである

だがそれ故に苦手意識を抱いてしまう人が多い、というのがあるのではなかろうか。



要するに何が言いたいかと言うと、ファッションに苦手意識がある方は、

ファッション体育会系なんだ!」と開き直って認識することにより、精神障壁が薄くなるのではないか?と思うわけだ。

…いや逆によりトラウマ感が増してしまうのだろうか?



(下のエントリを見て書いたがなんかあん関係なくなってしまった)

http://anond.hatelabo.jp/20160724235331

自分冷たいやつだなあという瞬間

家族からぬくぬくと育てられて

「お前は優しいやつだから

と言われながら育った。


何も疑わなかった。

「俺は優しいやつ」というキャラ意識しながら今まで生きてきた。

友達からも「お前は優しい」「○○くんは優しいよね」って言われて

まぁニタニタ笑って生きてきた。


いまは大学生になって、地元からも離れて過ごしている。


最近は、他人グループ作業をするたびに思うのは、

自分は本当に自意識過剰で、それまで自分が優しさと感じていた自らの行動は全て、自分のために行ってきたことで

本当は自分は優しい人間なんかじゃなかったと気づいた。


誰かが本当に他人へ尽くして頑張っている姿を見たり、感謝気持ち友達にお祝いしてあげているシーンを目前とするとドキっとする。


自分はどこかで人に感謝しても、何かをしてあげても、腹の奥底では「これは単なるポージングであって、本当に感謝してないんだ。この行動によって、将来的には自らに良い影響で返ってくるはず。これは未来自分のための行動。」なんて思う。

就活なんてほんとうにそうで、就活のために就活に有利になることなら、その行動に気持がなくても単なるカタチでしかないことを一生懸命になっている。


から自分と深く関わっている人達は、いずれ自分本心を察して「こいつはマジで仲間のことなんかこれっぽっちも考えていなくて結局自分しか考えてねーじゃん」なんて思ってるんだろうなって思う。


何か人間関係でトラブったとして、その場しのぎでまずは下手に出て謝る。ただこれもまた、ポージング。内心では「おめーだって悪いじゃねーか。クソが。」って思う。ただ、そんな風に感じていてもSNS他人に直接ぶつけることはない。そうすることで他人からは「優しいやつ」というイメージを保ってきた。マジでやなやつ。

そんな自分嫌悪感を抱いて、つらくなる。


自分冷たいやつだなあ、そんな風に思う日が多すぎて憂鬱

http://anond.hatelabo.jp/20160725091731

今の世の中にはファッションをモノサシに人間価値判断する(される)文化普通に存在していて、ファッション興味ない人間から見れば「何そのルッキズム。何でオレが損しなきゃいけないの」と思うのも当然のことでしょう。だから元増田は「そんなにそのモノサシ(ルッキズム)が重要なら義務教育しろ」と言っているわけだよね。

なんでそういう狂った理論になるのか疑問だけど、元増田は損なんかしてないよ。

ファッションに興味をもって共通文化を持ってる人たちが「ある種のサービス登録している」というだけだ。村の中で自分以外が全員応募者全員サービス当選しても、別に自分が損をしたわけじゃない。自分は応募してないから、当たらないのは当たり前だ。

ファッションは「ある特定互助組合所属しているというユニフォーム」みたいなものだ。組合への参加コストは、このユニフォームを自前でそろえて、同じ種類の話題を学び、定期的に組合会合に出席することだよ。それだけのコストを払う見返りとして、季節ごとの催事に誘われたり、一定情報ネットワークに参加する権利を与えられたりする。それが古代から続くローカル人間関係であり、若者文化の中では「リア充」とかいわれる生活基盤だよ。

コストを支払って同族だと認められることにより様々な恩恵うけられる」サービスなんだから、その互助会に参加したければコストを支払えばいいだけの話で、「損をした」という話ではないよ(それが支払えないほど貧しい人がいるというのは別の問題だ)。

2016-07-24

休日出勤職場

一息つこうとベランダに出て、ふとリンドバーグ夕焼けを口ずさんでいたら、涙ぐんできた

俺にはそんな名残惜しむような人も思い出もないんだけど

しろなんでないんだろうなって

結構真面目に、頑張ってきたんだけどな

だけど結局仕事人間関係もうまくいかなくって

誰にも頼れず自分自分のケツふくしかなくって

そうしている間にまた新しいミスがどんどん積み上がっていって

若い頃には、これを乗り越えればより良い未来があるんじゃないかという漠然とした希望のようなものもあったけど

この年になるとそんなことはあり得ないんだって現実が立ちはだかってくる

自分は言われたことをこつこつこなすことしかできないのに

そんな自分が嫌で、やればできるんじゃないか勘違いして

でもやっぱり何もできなくて、今さら定期昇給のあるような仕事には就けなくて

できなくて怒られながら迷惑を掛けながら生きていくか

アルバイトみたいな給料工場かどこかで働くしかなくて

でもそうまでして生きていく意味が見出せなくて

それでも生きていくしかいから生きていくんだけど

家に帰り着いたところで尻尾を振る犬さえいない

以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。

そしてブログ文章を書くことで、その怪物とどうにか闘っていくのだ、と当時の自分は考えていた。





その後所属する組織が変わることで、社会から隔離されたような不安定身分から、それなりに安定した社会的身分を得ることが出来て、プライベート人間関係でも新たな要素が加わったりするなど、公私ともに安定した生活を得ることが出来たが。その一方で、ブログを書くという習慣はその頃から無くなった。

特に大きかったのは、プライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、それ以来ブログを書きたいと思うことはほとんど無くなった。

自分が何かを悩み始めれば、電話なりLINEでいつでも聴いてくれる人が出来たので、1人で悶々としたものを内に抱え続ける必要が無くなった。




ただそれだけの話なのだが、当時の自分、血を滲ませるようにブログ文章をつづっていた当時の自分はそれを聞いて納得するだろうか。

社会対峙するつもりでブログ文章を習慣的につづり続けるという行為は、公私の生活が安定し始めた途端に消滅してしまったのだと当時の自分が聞いたらきっと、じゃあ自分自分なりに誠実に書いていたそれらのものは一体何の価値があったのだ、と感じて悲しくなったり、社会的身分が安定して私生活が充実したからといって、ひとりで世界対峙する思考を捨ててしまったお前は腰抜けだなどと今の自分のことを責めるだろう。

当時の自分は、周囲への怒りを原動力にして自分を取り巻く環境社会糾弾し続けることが状況を前進させるのだと思っていたし、それが社会にとっても有意義なことだとさえ思っていた。




あのときブログ文章をつづることがいずれ、この境遇から少しでも自分を進ませることにつながる、と考えていた。

あるいはブログ文章をつづることは、このクソ現実を変えるための有意義行為であるかのようにすら感じていた。

それは有意義もなにも、自分が辛いのはこの世界を作ったお前らのせいだ、と自分が苦しいのを自分を取り巻く環境のせいにすることでしかなかったのに。




当時の自分は、自分が辛い状況に置かれることになった大本の原因は自分を取り巻く環境社会にあるのだ、と決めつけていた。

そしてそういう思考の枠組みが、単なる思い込みであることに気がついていなかった。




今振り返ると、当時の自分は、自分を取り巻く世界自分自身とを対立させてしか物事を考えることが出来てない。

社会vs自分、という構図でいつも物事を考えていたし、その二項対立に固執していたのだと思う。



そしてその二項対立から導き出される「社会」というものは、現実自分身の回りを取り囲む、顔の見える範囲での人との関わり方というものから乖離した、自分の頭の中だけで作り出されたものだった。

現実自分の周りにいる、顔の見える人たちとの関わり方に対して責任を果たそう、という考えを持つことは無かった。

そして現実に実際の人々と関わりを持つことを避けてきたために、自分の頭の中で「社会」というものは、ひたすら暴力的衝動に突き動かされて自分のことを搾取する理解不能怪物のようなものだ、という考えばかりが占めるようになった。



そもそも当時置かれていた環境は、今思い返すと、そんなに思い悩んで苦しむようなものだったのかすら怪しい。

一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に状況を悪化させていただけだったように今は思える。




当時の自分はどうしてそこまで頑なに自分世界から切り離して物事を考え続けていたのだろうか。

どうしてそのような二項対立は公私の生活が安定することでいとも簡単に消し去ったのか。




けっきょく私は、自分の周りの世界に対して、どうして自分の欲求を満たしてくれないのだと怒っていただけなのだと思う。

どうして自分の欲求に沿った環境を用意してくれないのだ。どうして皆もっと私に構ってくれないのか。そう思っていた。





いくつかの偶然と幸福が重なって、私のその欲求のいくつかは叶えられた。欲求が満たされない頃は赤ん坊のように泣き喚いて不満を表明していたが、腹が満たされオムツを替えられると、また母の胸の中ですやすやと眠り始めた。




から、あぁそうだ、自分たまたま幸運が重なって、母乳で腹を満たされ湿ったオムツも変えてもらえたから、それで泣き喚くのを止めただけなんだ。





たまたま欲求が満たされたから、母に対するギャン泣きを止めただけで、決して自分の足で歩き始めたわけではない。




いま腹いっぱいのうちに、母がいなくても大丈夫なようにひとり立ち出来るようにすることが、今の自分がするべきことだ。

オンライン要素のある名作ゲーム

調べればいい話しか出てこないけどやり込み勢の人間関係ロッド

有名なプレイヤーを持ち上げてちやほや、どうでもいい人は心の中で見下す

アーーーーーめんどくさ

文章を書く

文章を書く。特に書く事は決まっていない。




以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。


その後生活の拠点を移し、人間関係でも新しい要素が加わったりして、ブログを書くことは無くなった。

早い話がプライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、ブログを書きたいと思うことが無くなった。

2016-07-23

気遣いができない人間に限ってやたら

気遣いを求めるこみにティーを敵視する傾向について

田舎が嫌だ嫌だと言う事を書くやつね

嫌な理由しょうもない気遣いを求められるのが嫌だと言うことを書いていたりするわけだが

そいつブログを見てる限りだと波の人間よりはるか気遣いができないやってない人間

それ単にお前が気遣いが下手くそから人間関係がうまくいかにしんどい思いしてるだけじゃねーのと

波の人間だったら普通に合わせられるところが合わせられなくて苦しい思いをしたり劣等感を感じたりするところのイライラをぶつけているだけのように見えてちゃんとした田舎批判になってない単にお前がダメなやつだと言う所露呈させていることが多い

2016-07-22

シロクマ先生(というか医者)に地方ネタを語ってほしくない

だって、彼らは条件が気に食わなければ、よそへ行くこともできるわけでしょ?

もちろん人間関係組織のしがらみはあるだろうが、腹さえくくればどこでもやっていける。

田舎を出て別の田舎にも行けるし、田舎と都会を往復することも可能だ。

それも、生活レベルを落とさずに。



地方絶望はいろいろとある

交通が不便だの、似たような店しかないだの、似たようなヤンキーしかいないだの。

でも、忘れちゃいけないのが、そこから身動きが取れないことだ。

クソな環境とクソな住民に馴染めず、それでもここを離れると、

縁もゆかりもない場所に行かなければならない心細さ。

地方が窮屈というのは、個人的にはそういうのを含めてのことだと思っている。

しかし、いつでも地方から逃げられる人が、それを語って語り尽くせるものだろうか?



地方重力に体を引かれる辛さは、いったんそれを振り切る術を得た人間にはわからない。

もし、昔はそれを体感していて、今頭で理解することはできたとしても、

たぶんもう体は忘れていて、肌感覚に蘇らせることは二度とできないはずだ。

え、じゃあ教えてよ

これからでもできて人間関係めんどくさくなくて、潰しが効いて、定年までできて簡単でカネがそこそこな仕事

自分の欲求を棚卸ししてみたら

なるべく金と人間関係に煩わされない生活を送りたい、本当にこれだけしか残らなかった。

立派になりたい、尊敬されたい、あと結婚したいなんていうのは、結局全部他人の都合でしかなかった。

気付くのが遅すぎた。

http://anond.hatelabo.jp/20160722004251

その解釈は違うと思うなあ。どう違うと言われるとキレイには答えられないけど。

何にしろ、世の中が理不尽にできている以上、「どうしようもなさ」を受け入れることは必要だし、

それを「世界が悪い」「拗ねている」と解釈するのはちょっとひねくれている気がする。



元増田女性が思い通りにならないことを受け入れた上で、女性距離を置くって選択したんだから

それはそれで一つの立派な選択肢だと思うよ。ちゃんと考えた上で、世界?との向き合い方を見つけ出したんだよ。

逆に、トラバ主さんは人間生き方を一つに狭め過ぎだと思うな。

すべてを得ることはできない以上、何かを諦めることも大切。もう少し柔軟な考え方ができるといいね



あと、どんなに他人目線物事を考えても、究極には自分目線での考えの枠を超えられないことこそが

人間関係アイロニーとか困難さだから、そういうところもちゃんと踏まえてね。

2016-07-20

プログラマーの次の転職先のおすすめ教えて

今すぐではないが今年中に必ず辞めると決意した。

理由人間関係による多大なストレスという甘ったらしい理由だが、もう限界なのでそこは多めにみてけろ。

で、もうIT業界に戻りたくはないと考えているんだが、人間関係希薄な、1人で同僚や上司と関わることな仕事ができるものって何かある?

福祉とか工場とかかなあ。可能なら正社員として採用されたいところだが、まあそれが無理でも正社員クラスの月給は欲しいかなあ〜

同じような経験をした人の回答お待ちしてます

高校で感じた女子高生への誤解

幸いなことに女子校ではなく共学の高校で働き始めた。

運がいいのか制服デザインは今ひとつなので萌える要素がない。

1000人規模の学校だが、思ってた以上に美少女はいない。

ロリではないので性の対象としてみることはない。

仕事を始める前は男友達に手を出さないようにとか冗談半分で言われたが、女子高生は思ってたほどエロくない。

ただクラス内の人間関係だけは把握しようと思い、観察をしている。

授業中にいちゃつく生徒もいるけど、顔がキモかったり。

女子校だけだと思ってたけど、スカートをおっぴろげてる子たちが普通に教室にいる。

体育の時間水泳着のデザインが昔とはだいぶ違うので、エロくない。

何か女性って体重が軽いって幻想があるけど、けっこうな質量を感じる。

思ってた以上に元気よくてにぎやかだけど、普通に挨拶もしてくるし割りと素直。

女の子だけで固まっていると何を考えているのかはよく分からない。

でも分からなかった問題理解した時の笑顔は誰もが輝いてる。

中学生は成長途中でとてもアンバランスだけど、高校生は肉体的に完成されてきている。

子どもというよりも大人に接するようにしている。

JKへの妄想は今までなかったけれど、多分これからもないだろうな。

自分みたいな大人にならないように、まだ将来のことだろうけど、今は勉強してアンテナを広げて欲しい。

いろんな発見があって楽しいので、大学時代教職課程はとっておくことをおすすめする。

2016-07-19

本当に怖いのはブラック企業よりブラック職場

どんなに一流のホワイト企業に勤めてても結局は職場人間関係で決まる。

ブラック職場が一番怖い。



一番最高なのは

本人の能力はそこまで高くなくても落ち着いていて包容力がありムードメーカートップ

嫌われ役を買って出て徹底的にミスを見逃さない鬼の上司となることが出来る事ナンバー

この関係が一番いい。

若手が一番成長して、中堅がダレない空気ができる。



一番最悪なのはこの全く逆。

鬼のトップ

仏のナンバー

この組み合わせが一番ヤバイ

どんなホワイト企業でもこの組み合わせの職場は大抵うつ病や早期離職者が出る。

2016-07-18

ネット辞めたのは、理由いくつかあるんだけど、ネット政治談議しててもしょうがないなと思った。

ネットでわーわー言っている人って、横着に見えちゃう

体動かさないとだめだって

実際署名イベント陳情などを手伝ってみると、そういうのに慣れた市民がいて、こういう人が実際に動かしていくんだなって思った。

いま私がやるべきなのは家事であり、仕事であり、身近な人間関係大事にすることだ。

生活こなして余った余暇しか何かできない。

ああ、やっぱり知能が低いんだなと納得

なるほど、責任が増す事を負担と捉えているわけね。

その考え方、親や社会に甘えているクソガキの発想なのだけど、そういう甘ったれに言える言葉は「グダグダわずに働け」しかいね

お前が生まれる前から大多数の人間が通った道を、お前だけが通りたくないはワガママしかない。

負担が増えてると言ってもね、日本の歴史から見ればボーナスタイムだった朝鮮戦争バブル期までと比較しての話だろ。

ちなみに朝鮮戦争~あたりは労働基準法なんて無いに等しく、1日12時間以上労働休日出勤当たり前の世の中だぞ。そっちの方が良いのか?



非正規飲食介護は、言っちゃあ悪いがクズの吹き溜まりだ。」という偏見提示することで半数以上を占める小売・サービス業従事者および非正規家族や友人との関係悪化し生きづらくなり死にたいと思うようになるという可能性を見事なまでに保証している。


偏見じゃ無いよ、ただの事実。まともな人間はまともな職場に固まっている。

例えば派遣工場勤めや警備のアルバイトとか行ってみ。休憩室の話題は酒と車と女とパチンコしかいから。

あとね、飲食サービス介護労働者の多数を占めるけどね、現場非正規本社社員マネージャーは違う人種から。一緒にしてる時点で社会経験の浅さが露呈している。

なんやかんや言っても、日本はまだまだマトモな人間が多い国だよ。お前の周りは知らんけどな。



こういう発言を見ても、市場制約という概念がない橘玲をありがたがる水準の経済学を学んだことすら無い腐れ脳みそである、という事実が見て取れる。


市場制約ね。言葉だけ使って嬉しそうだけど、市場制約と言うなら2016年は空前の人手不足から制約は無いに等しいな。

どうしても時給数百円で働きたい人以外は、ちゃんと探せば職にありつける状態だ。

会社勤めした事無いんだろ?難しい言葉使うなって。普段使ってないのだから



ほんとうに勉強大事だ。具体的な指摘のできないバカにかぎってマウンティングするだけで満足するようになる。


本当に勉強大事だと思うよ。少なくとも就職マネーリテラシーについてはちゃんと書いてるのに、ここまで的外れ自己意見反論とは書かない)しか出ないとはね。

要するにバカから就職出来ないし、コミュ障から人間関係が悪く、運も悪いので実家が細くて金も無いってだけだな。そりゃ死ぬしか無いわ。

まぁお前はバカから、そこから出られないよ。一生沈んで生活保護でも貰ってろ。


http://anond.hatelabo.jp/20160718082800