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2016-08-26

ホットスタートが嫌い

小説の書き出しとかのホットスタート

小説じゃなくて映画とかアニメとかでもなんだけど。


特に映画小説

アニメ漫画特に連載もの)はまだわかる。

2話目を見て貰えるか、それ以前に1話を最後まで見て貰えるかの勝負だろうから

映画も見せ方としてなんとか許せる。

だけど、小説立ち読みして数ページ読んでから買うか買わないか決める奴が果たして居るのだろうか?

本屋小説とかビニールに包まれて読めないことも多いし。



何故に時系列を崩してまで、アクションシーンから始める必要があるのか?

そんなふうに思ったのは、異世界チートものWEB発のラノベを読んだからなんだけど。

WEB小説って基本的にだらだらと設定説明とかからまり(作者がそんなに知識技術いから。日本での生活して、死ぬとか魔法陣巻き込まれ召喚とかのテンプレ)、だらだらと話が進み、

人気が出たり、作家に才能あったら徐々に盛り上がって行ったりそういう作品が多い気がする。

(そもそもテンプレで、ステップアップ展開あるのでそれをなぞるとそうなりがち)



で、人気が出たWEB小説小説賞に入賞したり、出版社からスカウトされたりして書籍化ってなるときに。



編集がアホなんだか、馬鹿の一つ覚えみたいに、アクションシーンをぷろーぐに持って来たりする。

すごい強敵に苦戦するとか、すごい強敵無双するとかパターンはあるけど。


で、特に謎を残すわけでもなかったりする。



いやね、書き出しが重要ってのはわかる。新人賞とかだと今でも言われてたりする。

小説学校とかでも技術ひとつとして教えてたりするんだろう。

そやかて、テンプレなぞったWEB小説ですやん?

どうせ、異世界への召喚の経緯とか過去に戻って描写するんですやん?

そんな話で、しかも紙書籍で(冒頭が立ち読みできる電子書籍に的を絞ってるんならまだしも)、

単にアクションシーンから始めたいがためのアクションシーンって冷める。


後々意味があったり、興味を引く謎とか残して、謎解きを楽しみにできるんならまだしも。

ほんとにホットスタートのための時系列いじりとどうでもいいアクションシーンスタートは止めてくだされ。


こっちはあらすじとかネットの評判とか見て最初から最後まで読むつもりで買うんだからさ。

半分ぐらいまではつまんなくても読むよ。買った本だったら最初の数ページで投げ出すことなんてしないから。

2016-08-25

ガルパン劇場版はつまりチョロQ

ミニチュア仮想戦車戦とアイディア勝負面白くなければ楽しめないものだと思った。

終始状況がわかりにくく集中力が途切れてしまう。

その代わり最後の盛り上げ方は流石に劇場版という感じ。

あのガジェットやあのガジェットをあの場所に入ってから使うという楽しさは確かにあると思う。

これは要するにミニチュアの中で近未来のよく出来たチョロQが戦っているという構図なんだろう。

非常におっさん風の解釈申し訳ないけど。

http://anond.hatelabo.jp/20160824231807

大部分の女はそういう生き物だぞ。

正論とか解決策を聞きたいんじゃない、それは大変だったね、と共感して貰いたいだけだ。

今回の件でクソ女だという事が分かって良かったじゃない。これで次の女に乗り換えられるよ。

今後の被害者を出さないという観点からは、君が最後まで面倒を見る必要がある。

瞑想」について

瞑想」――言葉だけは誰しも聞いたことあると思う。なんとなく、座って目を閉じて心をリフレッシュできるもの?というくらいの一般認識はそこそこ広まっているとしていいのだろうか。

かくいう私も今年になってから始めたのがこの瞑想。寝る前に15分くらい実践している。例として挙げるには恐れ多いけれど、アップルコンピュータ創始者であるスティーブ・ジョブズ氏や、京セラ名誉会長でありJALを再建させたことも記憶に新しい稲盛和夫氏も実践しているらしい。

今やブームになっているとまでは言いがたいが、知っている人はやっている、心身のリフレッシュ方法だ。瞑想はいったい何なのか?その実践方法瞑想による効果について私なりにお伝えしたい。

■「自分思考自分の考え」というのは誤り

細かな歴史や背景については検索すればいっぱい出てくるのでここでは省略するが、発祥はもちろんインド仏教からだ。しかし、現代人の多くが実践している瞑想はそういう宗教的目的ではなくて、強いて分かりやすく言えば、雑然とした頭の中をすっきり整頓させることを目的としてやっている。

まずこの「雑然とした頭の中」について理解するための方法として、あなたにもぜひ試してみてほしいのだが、「10秒間、何も考えないでみる」をやってみてほしい。いかがだろうか。みな、「気づくと何かを考えて」いないだろうか。たった今、自分で何も考えないと決めてかかったにもかかわらず、気づくと何かしら考えているのだ。

まり人間思考というのは一見自分制御しているようで、実際はそうではないことが分かる。あなたに今思い浮かんだその思考は、あなた自身制御によって浮かんだ思考ではない、という点だけはまず基礎知識として知っておいてほしい。

ストレスの源である自我と関わりのない時間もつ

この自らの意思とは無関係自動的に湧いてくる思考のことを自我と呼ぶ。人間ストレス精神的な苦しみはこの自我によってもたらされる。つまり自我自分自身と捉えてしまうことによって、日々嫌な思いや嫌な気持ちを味わってしまっていると理解していただければと思う。

釈迦様ですら、この自我のことを悪魔と呼んだくらい、人間にとって厄介な存在ものなのだ瞑想とはそんな自我と関わりのない時間もつための手段ひとつになる。

基本はリラックスして座る、鼻でゆっくりと呼吸する、呼吸に集中する

瞑想をする理由が分かったらあとは実践あるのみとなる。実践と言っても学校勉強ビジネススキルアップのように小難しいことは一切ない。基本は、

リラックスして座る

鼻でゆっくりと呼吸する

意識を呼吸に集中させる

の3つだけ。本を読んでみるとマントラを唱えるとか色々あるけど、要点としては変わらない。最初のうちは自宅のベッドなど静かな場所でやった方がいいだろう。慣れたら昼休み中のカフェでもできたりするそうだ。

基本はリラックスして座る、鼻でゆっくりと呼吸する、呼吸に集中する

座り方も写真のようないかにもな座り方があるがそれにあまりこだわらなくてもいい。大事なのは自分が本当にラクできる座り方であること。ラクに座れたら、次にゆっくり鼻から息を全部吐く。吸う時は鼻に任せる感じで、またゆっくりと吐く、これを繰り返す。

最後に何より難しい「意識を呼吸に集中させる」だが、自分の呼吸を五感で感じるつもりでスーハーする呼吸音に耳を傾け、肺に入る空気を体で感じる。慣れるまではこの呼吸に集中するのが難しく感じるが、集中してしばらく続けるとコツがつかめるはずだ。

■頭に浮かぶ雑念とは戦わない

無事、瞑想の態勢に入れたあなたに改めて伺いたいが、いかがだろうか。慣れるまでは先ほどの「思考の大群」が頭に押し寄せては来ないだろうか?

私も始めたばかりの頃は、あまりにこの思考邪魔すぎてとても瞑想どころじゃなかった。しかし、ここで超大切なコツをひとつ。その邪魔思考を決して消そうと思ってはいけない。なぜなら、その消そうとしているあなたの思いですら、あなた思考から出てきているものからだ。

非常にややこしく感じるかもしれないが、ここではそういう思考に決して立ち向かってはいけない。ただただ、浮かんでくる思考を、映像を眺めるかのように傍観し続けてほしい。

■まずは1日15分から。何が変わるかは人それぞれ

瞑想はやり過ぎはいけないと言われている。また、非常に集中力を要するものなので、最初タイマーをセットして15分を目安に実践してみるといい。上手くやれれば最初の1回目から効果を感じることができるかもしれない。他にも、実践している人の声として、

集中力記憶力が向上する

まらないことで怒らなくなる

考え方がポジティブになる

熟睡できるようになる

自信がつく

などがある。私も始めてから3~4ヵ月ほどだが、昼間の集中力は明らかに向上した(気がする)。科学的に集中している時間を計ったわけではないので断言はできないが、実感できるレベルにまでは十分向上している。

あなたは何が変わるだろうか?やり過ぎに注意しながらも、楽しみながら実践していただきたい。

大人の発達障害って多いのかな。

少し前に母親が亡くなって、父親と昔話とか思い出話とかをすることが増えたんだけども。

「昔、母さんにお前の性格のことで『ええ!信じられない!』ってことを言われたけど、何言われたか思い出せない」と、言い始めた。

そんなこと言われても、こっちは何なのかさっぱりわからないんだけど。


でも、もしかしたら、発達障害かなにかのカミングアウトだったのではないだろうか、と思うようになった。

学生時代無気力すぎたり、遅刻が治らなすぎたりして、学校から紹介された心療内科へ何度か一緒に通ったことがあるからだ。

かわるがわる、いろんなテストを受けた。カウンセリングも受けた。

そのときは、自律神経失調症ということで診断書を書いてもらったはずだ。少なくとも、自分はそう聞いた。


なんとなく気になって大人の発達障害をググりまくってみると、あてはまりすぎて愕然とした。

もちろんあてはまらないこともあるけれど。

ネットで、エイメンなんとかいテストをしてみた。

辺縁系ADDかもしれませんね、みたいな結果だった。


でもよく考えてみれば、小さい頃からとても矛盾を抱えていたように思う。

誰でもすぐできる簡単なことが、とても難しくて時間がかかったりした。

支度は時間通りにできていて、あとは家を出るだけなのに遅刻したりした。

家の鍵をかけたかどうかを忘れて、鍵がかかっているか一度確かめに戻って、安心して出発したらまた鍵をかけたかどうか忘れたりした。


数学テストでいえば、最後証明問題はすぐできるのに、問1の計算問題は一番の難問だった。

ただ、難問は解けていて、計算問題の解け具合で加点する感じだったから、テストの点だけはよかった。

自慢するわけではないけれど、同級生に旧帝レベルゴロゴロいる学校に通っていた。そこでも成績は悪くなかった。

でも、いい大人のいまでも一桁の暗算すらちょっと時間必要。おつりの計算もとっさにはできない。


勉強でも、学校でも、家の生活でも、こういう理解されない矛盾が頻繁にあった。


どうしてこれができないの、といわれても、言い返す言葉がなかった。

できないからできないというと、反抗的だと言われた。

できないか時間をくれというと、なまけていると言われた。

すぐできることをしようとしない、頭でっかちの性根が曲がってる子だと思われた。


とても生きづらかった。

そして、今も、とても生きづらい。

http://anond.hatelabo.jp/20160823214700

つり革に掴まりながらスマホ見てたら、隣の人がなんか持ってたんだよ

ゴールドというかコッパーというか黄色っぽい色合いの刃物

ギョッとして、ちゃんと見れなかったんだけど

背のあまり高くない大学生ぐらいの男性だった。そんなイキった格好はしてなかった。

ぐぐったけどシースナイフという形の奴だと思う

小さいけど鍔があったか包丁ではなかった。刃の背はまっすぐでザギギザとかは無かった。

柄は焦げ茶だった。

これ刺されたら普通に死ぬな。町中で熊にあったらこんな気分になるのかなと思った。

わりと満員に近かったけど、周囲は普通だった気がする。

男性の前に座ってる人、たぶん女性は気ずいてたかもしれないけと、ちゃんと確認できなかった。

男性はじゃっかんナイフちらちらさせながら落ち着きがない様子だった

とりあえずこっちが気づいたことに気づかれないようにしようと思って

でも、いきなり刺してきたらカバンで防がなきゃとおもって

カバンだけはしっかり握ってた。

で駅についたんだけど、男性がドアの方にいたから、背を向けたらやばいと思って

横歩きで平行移動して、最後は前の人を追い抜くようにして脱出した。

とにかく駅員さんに伝えなきゃと思って窓口に行ったんだけど

先客の対応してて、かなり待った。

全然先客の対応が終わらないので最終的には割りこんで伝えれたんだけど

駅員さんも困惑してた。先客も「あらまあ…物騒だわね」って。

でも結局騒ぎやニュースにはなからなかったみたいだから

すぐにナイフしまったのか、もしくはナイフ形のおもちゃを見間違えたのかもしれない。

同僚の死を聞いて

つい2分ほど前、行方不明になっていた同僚が遺体で見つかったという連絡を受けた。

同僚と言っても、その人は夫婦経営の勤め先の男社長丁稚自分は女社長アシスタント(まぁ丁稚と変わらない)だったので、

普段はあまり接触がなかった。


金曜日日中、島のリゾート物資仕入れてそのままトンボ返りという時、

物資購入のお金を手渡したのが最後の接触だった。

ランチ買いたいかちょっと釣り貸りていい?」

13人兄弟大家族で貧しいお家の彼に、嫌々ながらも了承したのが最後の会話だった。


気まずそうな笑顔が印象的だったが、今はもう思い出せない。


金曜日夕方までにリゾートに戻って、土曜日の朝はリゾートのチェックアウト客の、本土へのボート送迎をするはずだった。

夏休みでちょうどその島に滞在中だった上司からメールがあった。


「彼が戻って来ません。ちょっと家まで行っていつ出たか確認してもらえますか?」


この時自分は、

「ああ、またここの現地民あるあるのスッポカシだ。」

と、彼が勘違いかわざとか、その日中に戻らないといけない約束を破ったのだと思った。


その頃彼は、小さいモーターボート大海原を漂流していたのだ。


事故なのか事件なのかはまだ分からない。

まだボート運転勉強中で完璧ではない彼が、高波で操縦を誤ったのかもしれない。

日本と同様に、隣国とのいざこざがあるこの国で、隣国の武装船に襲撃されたのかもしれない。

貧しい人が多いこの国で、船で麻薬を運ぶ輩か泥棒に狙われたのかもしれない。


命の価値はみな平等だと耳にするが、この国では命の価値日本よりも軽すぎるように感じる。

お隣の国ではもっと軽いようだ。


自分が彼を短時間でも引き止めていたら、

彼にお金を渡すのではなく、お弁当を買って渡していたら、

少しでも違う結果になったのだろうか。

いや、なんの影響もないに違いない。

それでもタラレバの考えは尽きない。


涙を流しながら知らせてくれた上司は、彼に思い入れがあったのだろう。

お葬式には行きたい」

と、既に先のことまで考えている。


反して自分は、今のところ何の感情も湧かない。

悲しいとか悔しいとか無念とか、怒りも悲しみも出てきていない。

お葬式に参列したとしても、多分このままなのではないかと思う。


日本のへんてこな食生活を話した時にものすごい顔をして反応したっけ。

でも何を思い出しても何も感じない。


昨年のことになるが、日本で勤めていた会社の元同僚から、仲良くしていた非常勤のおじいさんの死を知らされた。

かたや若手に位置していた自分、かたや定年まで務め上げ、家族のために定年後も務めていたおじいさんの先輩。

所属替えで本社勤務となって最初部署で知り合った。

そして人事異動で別の部署となったものの、自分退職する前年度までは、たまたま同じ部署の配属に再びなって、

通路を挟んで背中合わせで座っていた。

よく雑談をして、冗談から真面目な話題まで、通路を遮ってしていたものだ。

おじいさんの死を聞いても、何の感情も湧かなかった。

今でも何も湧かない。


身近な死はあと1つ、自分祖父の時だけだ。

それでもメールで母に知らされた時も、何の感情も湧かなかった。

亡くなった祖父と対面した時、初めて涙が流れて、告別式の時は参列者に礼をする時に大量の鼻水がそれこそ滝となって流れたことに慌てた。

お骨を拾う時の、火葬機械から漂う熱がまだ忘れられない。

祖父の死は今の自分にとって、唯一大きな「死」なのだろう。


最近太宰治の娘である太田治子エッセイを読んだ。

お母さんに対する、未練と言っても良いくらいの、良い意味のしつこさを感じた。


自分最愛である母が亡くなった時、自分はどうなるのだろう。

今のところ母の次に愛する彼氏が亡くなった時、自分はどうなるのだろう。


今夜は眠れそうにない。

めっちゃきもい

わーーーめっちゃきもい

期待してた自分きもいしその結果きもい女に負けてた自分きもいしなの最後までなんかねばってたのもめちゃくちゃきもい


たからみたらもっともっとキモかったかもしれないのがもっともっときもい

あーほんとこういうのがいやだったんだよぉ

市場にほうっぽりだされて

こうして見せつけられる

そして傷つくそれが嫌だったんだよ

それだったら最初から

早く帰る人のがいいよ

なんか粘った末笑い者にされちゃってる自分が本当に死にたい


けど唯一こうして思いの丈を書けるのがはてななんだよ!!!!!

まじ笑ってんじゃねぇ

死にたい

ああ死ねない

またこういう気持ちを持って生きていくしかない

そもそもさっき帰らなかった???

なんでまたでてきた???

あー死にたい

いっそ殺してくれ

でもこの思いを書く場を提供してくれてほんとありがとうはてな

http://anond.hatelabo.jp/20160825001245

紛らわしいタイトルだし本題と関係ないし削除しようか最後まで迷ったのだけれど、これがなければそもそもなぜ澤井の本を借りたのか説明できなかったのでできる限り記述を薄くしてすぐ本題に入ることで混同を避けようとした

流し読みしたせいで誤解したというのは、まあそういう人もあらわれるだろうと予想していたが受け入れられるリスクではあった

読むのも書くのも普段英語ばかりなので、日本語らしい文章ということになると自分も苦手なのは自覚している

2016-08-24

はてなーが案外やさしかった件と、その他のもろもろ

母親結構な金が注ぎ込まれてる」(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626 )を書いた元増田です。




まずは予想をはるかに超えて、多くの方からかいコメントをいただいたことに感謝したい。

こんなにブコメがつくとは思わなかったし、ついたとしても、もう少し甲論乙駁するブコメになるかとおもっていた。





お金ことなど気にすることはない」という趣旨コメントを多くいただいた。

本当にありがたいし、そういうコメントに対してこんな返し方をするのも失礼なのかもしれないが、

本心を言えば、多分、そういう言葉をくださる優しい方々が心配するほどには気にしていない。

母は、当然の権利行使しているのだと思っている。



ただ、やっぱり現実に「60万円」という金額を見ると驚かざるを得ないのは事実だし、

どちらかというと気にしているのは「俺らが後期高齢者になっても、これが続けられるのか?」ということなのだと思う。

日本現在人口ピラミッドをみれば、そう思わざるを得ない。

その解決方法が、少子化対策なのか一億総活躍社会なのか、はたまた移民の受け入れなのか、難しいことはよく分からないが。






「きちんとQOLが保たれているから、ちゃんとしたお金の使われ方だ」「寝たきりに金を注ぎ込むのとは違う」という趣旨コメント散見された。

それはそうなのだが、ただ、では、どこで線を引くのかと言われると、それはそれで難しいのではないかと思う。

一度線を引いたら、その線の位置だんだんずらされていくのではないか? という危惧もあるし。


母はガンの罹患前、「あたしは別にそんなに長生きしたいとも思わない。元気なうちにポックリいきたい」という趣旨のことをよく言っていたが、

逆にガンと戦い始めてから生への執着が強まったように見える。

多分「長生きなんてしなくていい」というのは健康が当たり前な人の贅沢なのであって、

実際、死を意識し始めると、すこしでもそのタイミングを先に延ばしたいと思うのが本能なのではないか?と、最近考えている。

「いつ死んでもかまわない」といっている人に、「じゃあ、あした死んでもらいますね」というと、大多数は「え? ちょ、ちょっと、もう一日待ってくれ」と言い出すのではないか

で、「もう1日」が毎日続くのだろう。






自分の書いた増田リツイートされて回ってくるというのも、初めて経験した。

そのなかで @natorom さんが「はてな匿名ダイアリー抗がん剤加療中のstage 4の母親の話。医療費がメインのエントリーだけど、

現在抗がん剤治療リアル副作用がないわけではないけど普通に生活可能)が描かれている」

と、拙文を紹介してくださっていたので、この辺のことも触れておく。


母が抗がん剤治療を受けている、というと、患者ことなど考えない医者にやたらめったら薬を打たれ、

副作用でのた打ち回って悲惨きわまる闘病生活を送っているに違いないと勝手に思い込んで慰めてくれる人が、少なからずいる。

はっきりいって迷惑だ。

確かに、副作用がないわけではなく、特に新しい抗がん剤に切り替わった直後などは、食欲も落ち、夜中も何度もトイレにたって、

日中ほとんど寝たきりになっていることもあるし、母がレディースアデランスの愛用者になっているのも事実だ。

初めての薬を投与して、一週間後の最初の検診までの期間は、当人家族も緊張はする。

どの程度の副作用がでてくるのか、医者だって正確なところはわからないし。

薬を変えてはみたが、どうやら医者が当初想定したほど腫瘍マーカーが下がらなかったらしい、という局面にも遭遇した。



からといって、その他の期間は、時に温泉旅行に出かける程度に回復するわけだし、勝手イメージで同情されても困る。

そういう人に限って「自分想像しているような、苦しそうな闘病生活」を送っているわけではない母をみると

今度は、「あら~、大変かと思ったら元気そうじゃない! よかったよかった! もうすっかり良くなられたのかしら!」などと、トンチンカンを言う。

「アタシだって病気と闘っているのに・・・」という母の愚痴を聞くのは、こういう人とあった後だ。


確かに、今ほど抗がん剤進歩する前は、いろいろと悲惨な状況もあったのかもしれないし、病状によっては、かなり大変な副作用を併発することもあるのかもしれない。

だが、別にがん患者がすべて、あなた想像するような悲劇の中で生きているわけでもないし、だからといって病気の大変さがないというわけでもない。

おそらく大半の現場医療関係者は、真摯に最善の治療法を(保険でまかなえる範囲で)考えているし、

製薬会社だって別に人の命を食い物にして儲けることだけ考えているわけでもあるまい。

とりあえず、何十年前の知識で、抗がん剤批判を繰り広げて金儲けするのはやめろ、近藤誠

(実際、母親世代には、まだまだ近藤誠信者と思しき人がいる。そういう人との付き合いは、なんとしても切るのが吉だ)



早期発見できた人は違うのかもしれないが、「ステージⅣで発見」という状況だと、「基本的に治ることはない」というのが、周りの人間にとっても難しいところだ。

当人もっと大変なのだろうが、自分当人ではないので、本当のところは分からない)

普通病気のように「頑張って、治しましょうね」という励まし方はあり得ない。

いかに上手に付き合っていくか、いかに現状を維持していけるか、というスタンスで付き合えないと、患者家族双方にストレスたまることになろう。

しかも「いつまで続くか分からない」「いつ悪い方向に進むかわからない」という不安を抱えながら、である

この辺、バランスを取れなくなった人が、「奇跡治療法!」とかに走るのだろう。

奇跡はめったに起きないか奇跡なのであって、その奇跡自分には起こると考えてしまうのは「逃げ」だと思うけれど。




先日、とある観光名所にいったとき、「健康」とか「長寿」とか「家庭円満」などと書かれた名産品が売られていた。

ちょっと考えた上で「長寿」のヤツを、母の土産に買って帰った。本当の意味で「健康」を回復することがない人に、「健康」を祈願するグッズを渡しても白々しいからだ。


ちょっと迷ったが、母に「『健康』ってやつもあったんだけどさ、まあ、いまさら健康』ってのは無理だから、『長寿』にしたよ」と言ってみた。

母は、「そうねえ、もうちょっと早く『健康』のヤツがほしかったけど仕方ないわよねえ」といって笑っていた。

ああ、この人は強いな、と思った。



長くなってしまったが、最後にもう一つだけ。


60万超の治療費にたいして1万5000円という負担に関して。

これは、母が後期高齢者で、かつ、健康保険の仕組みにおいては、もっと収入の少ないカテゴリに分類されているので、この金額になる。

(なお、自分とは世帯は別)

もし、母がもっと若かったり、年金以外に収入があったり、夫(自分の父)が生きていて収入があったりしたら、もっと請求されている。

まり、母は医療費世界において「相対的貧困者」とされているおかげで、この程度の負担で済んでいるということだ。

ここで「でも、温泉旅行いったり、映画見に行ったりしてるんでしょ? もうちょっと払えるんじゃないの」とか

「息子、治療費全然だしてないのかよ。親子なんだから出させろよ」とか非難されたらと思うと、ぞっとする。

だが、どうやら世間は、子供貧困に対しては、似たようなことを平気で言うようだ。

ぶっちゃけていえば、あと長くても10年は持たない老女よりも、この先何10年もこの国を支えていく若者のほうが、

ROIは確実に大きいと思うのだが、なぜこうなるのかは、考察に値すると思う。




いずれにしろ、この話題は、増田でこそいろいろ吐き出せるネタであった。

この世に増田があったことに、感謝したい。

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040

そりゃ、価値観の違いを見て論戦ふっかけるのと同じ理由だ。



自殺ってのはいうなれば「死んだ方がマシ」という判断だ。

俺みたいなのは「それを言っちゃお終いよ」という立ち位置だ。



死んだ方がマシって言えば、どんな成功者だって死んだ方がマシだよ。

人生どんなに成功したってどうせ最後には死んで無に帰るんだし、

「終わったら全部ボッシュート」ってゲームにいつまで付き合うんだって気にもなるよ。



けどまあ、「そうは言っても自分から死ぬのもどうにも気分が良くない。義理も欠くし・・・。皆なんだかんだで頑張ってるだし俺だって・・・

という割と曖昧理由で死を退けてるわけだ。

「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」というのは、割と大きな命題で、そうそう答えを持ってる人なんておらんのよ。

万人が納得する生きる理由なんてものは、お釈迦様だろうがイエス様だろうが、地上でひねり出した人なんていないだろうよ。



そういう状態でどうにかこうにか騙し騙しやってる時に、「死んだ方がマシだから死にます」とか言い出す奴がでてきたら、

そりゃあ文句の一つも言いたくなるよ。

お前、それを言っちゃお終いだろって。

「死んだ方がマシ」って理屈が通るなら、そもそも生まれてくる事自体間違ってんだよ。

理屈に従ってちゃ生きてらんねえんだよ。



こっちも損を承知で生きてるんだから、一人だけお利口さんに楽になってんじゃねえよって、

「一番簡単解決方法に飛びついてんじゃねえよ」と言いたくなるよ。



から自分が死なない、死ねない理由ぶつけて止めるんだよ。

美少女アニメに救いを求めるオッサン

NEW GAME!第8話はロリ要員として涼風青葉と双璧を成す、桜ねねを中心に物語が進行する。



比較的序盤に、八神コウが冷蔵庫に入れておいたプリンをねねっちが食べてしま事件が発生。

恐ろしいことに、この死ぬほどどうでもいい事案は最後最後まで引っ張られ、尺の大部分はプリンの話なのだ



おっさんたちはよほど辛い現実から目を背けたいのだろう。

あぁ、本作を途中から観始めた諸兄諸姉のために補足すると、この作品デスマってるゲーム開発現場過労死寸前のおっさんたちの幻覚漫画アニメ化したものである

ゲーム会社でありながら、プリン消失に気づく心の余裕がある一点だけ見ても、完全にファンタジーであることがお分かりいただけるだろう。

今回のサブタイは『夏休みだぁああ!!』であり、無論おっさんたちの叶わぬ願望、魂の咆哮に過ぎない。

この作品は夢、なのだ文化祭前日が永遠に続く友引なのだ

ちなみに登場人物たちが鋭意制作中のゲームは『フェアリーズストーリー』というタイトル

妖精さん(フェアリーズ)はおにゃの子たちだろうか、それともおっさんたち? いずれにしても本作は労基法の埒外に広がる幻想世界舞台としており、妖精さんはきっと必ずいや間違いなくいるに違いない。



しかしながら、おっさんたちの妄想に終始しているというわけではなく、ときおり垣間見える現実物語に奥行きを持たせており、日常系アニメに飽いたユーザーの視聴にも耐え得る作品だ。

例えば、冷蔵庫の中にレッドブルがチラ見えしたり、青葉とねねっちが土下座したり、寡黙なひふみん(今回は一言も喋らない)が失語症発症した従業員メタファーだったりと、ところどころにおっさんたちからSOSが挟まれている。

エンターテイメント性を維持しながら、業界の窮状を訴える社会派アニメなのだ



と、一見無意味に思えるプリンの話から、これだけの言説が批評として引き出せる。今期の覇権アニメであることは論をまたない。

なお、次回のサブタイは『出勤しちゃいけないんですか?』である。労基が入ったのだろうか。

パパ活調べてみた、そして「パパ役」側の本当の欲求とは

大体わかった。

 

パパ側はパパ活している女性金銭感覚崩壊させて人生壊れるところを観察したいのであって、

自尊心を満たしたいだとか愛が欲しいとかそんな理由からパパをやっているのではない。

金で人の人生を壊してそれを観察するという物凄いコストパフォーマンスのいい娯楽をしている。

可愛い子であればあるほどその子人生のものレイプするのを楽しんでいる。

普通の娯楽で他人人生破壊なんてできない。

性的要求もなく単にお金をあげているだけなので違法性も全くない。

もちろんコストは掛かるが、金持ちならその条件を満たせる。

パパ活してる女はこのどこまでも暗い欲求に気付かない、金の方が眩しいから。

パパ活は金をそういう使い方をするしかコミュニケーションを取れなくなった男の最後希望であり娯楽。

 

これは実況者に色々物を送りつけて支援して暴走して破滅するのを見るパトロンの欲求と全く同じもの

少し要求コストがあがるのと相手馬鹿から女の子に変るだけ。

風磨くんにはがっかり

少クラ春休みSPにて、オタクを見事裏切ってきたふまけん。

ふまけんが好きだからこそ、全力パフォーマンスで魅せに来てくれるふまけんが好きだからこそ、あのビリビリDANCEにはショックを受けたオタクは多く、例に漏れず私もそのうちのひとりだった。

そんな何ヶ月か前の事を今さらになって思い出すのは、風磨くんの某雑誌においての例の発言のせいである。

それは、「中島と絡めば喜ばれるだろうけど、そこは裏切った方が面白いと思って」(ニュアンス)みたいな事を言っていた一節だ。

なるほどね、だからあのビリビリDANCEね。って納得するとでも思ったか?まずあの少クラ春休みスペシャル企画を、彼はどう捉えて居たのだろうか。ふまけん好きなオタクを裏切ってさぁ面白がってくれと捉えての、あの態度だったのだろうか。

ねぇ風磨くん、そうじゃないでしょう。

私はあの企画を、「さぁよってらっしやい見てらっしゃいのシンメとしての商品アピール市場」のようなものであったと考える。

どのグループにも一定シンメ需要はあって、そこに惹かれるオタクは少なくないからこそシンメ商品として、グループ武器として、魅力として成り立つ。

「ねぇお姉さん、シンメをお求めですか?ちょっと僕らのパフォーマンスを見ていってよ、ちょっとでも魅力を感じたら是非とも応援してってよ」と全力アピールする場所であり、1人でも多くのシンメ萌えオタクを墜す最強シンメは一体どのシンメだろうかとシンメ力を競い合ってファンを奪い合う、そういう熱いステージなんだよ。

お前が「面白い」と思って裏切ってジュニアと一緒にうぇーいwwwする様な、そんなステージじゃないんだよ。

ふまけんがしっかりと固まればそれはSexy Zone武器になる。そんなことは既に皆が知っている事だし、斯く言う私もふまけんの魅力からSexy Zoneファンになったひとりである

しかしながら風磨くんは、先述したような熱いステージで手を抜いて、生ぬるいパフォーマンス提供し、新たなシンメオタク新規ファン獲得の絶好の機会を、愚かにもみすみす逃したのである

私は一気に気持ちが萎んでいくのを感じた。

ああ、がっかりだ。と思った。

ふまけんを応援するのは辞めようと思った。

「どうにかしてファンのみんなを喜ばせたい」と考えてくれるのが、私の好きなアイドルだ。「裏切ってやったぜどうだ面白がってくれ」なんて、なんにも面白くないよ。

さよなら、ふまけん。

最後になったが健人くんはなんにも悪くない。健人くんの事だけは、これからもずっと応援していくつもりだ。

ただ、彼の居るグループを愛する事は、私にはまだ難しそうだ。

道ならぬ恋(笑)におちた女の独り言

道ならぬ恋、というヤツに今現在の私は身を置いている様だ。

様だ、等と断定を避けたのは私自身この状況に大いに迷っている有様で、認めたくもあり、しかし認めたくもないという思いの間で立ち尽くしているからに他ならない。

頭を整理するためにも、と言うことでこんなふうに書き出し始めた。

そんなもんチラシの裏にでも書くか穴でも掘ってその中に喋らんかい、と思われるかもしれないが、恋愛ごとに悩みを募らせる女性のご多分に漏れず、私にもどうしても誰かに話を聞いて欲しいという構ってちゃん根性がある。

故にこの場を選ばせて頂いた。

前置きが長くなったがこれより先は一人の女が悲劇(笑)に身をやつした己に酔いしれているだけの何の面白みも無い独白だ。

読むも読まないも、自由にして頂きたい。





さて、非常にありきたりな話ではあるが、私が私のこの恋を道ならぬ恋と呼ぶ理由は恋の相手が既婚者で子供いるからだ。

幸いにも、相手が私に対して恋愛感情を抱いていない事と、私にも理性とそれを上回る恐怖心があるお陰で明確に道を踏み外している訳では無い。

ならば別に良いではないか、と思われる方もいらっしゃることだろう。

問題が無ければ、誰が誰を好きになるのも自由だと。

私もそう思っていた。

恥ずかしながら、私は過去に幾度かの恋の中で既に恋人がいる人を好きになった事もあり、その理論で武装して開き直った事もあった。

しかしその言葉を発している時の自分は、大体が「苦しい恋」に酔いしれていた。

悲劇のヒロインであるかのような、大層な自惚れだった。その人が好きだったのではない。私は苦しむ私が好きだった。



だが、苦しみというものは、外的要因だけからなるものでは決してない。

その外的要因を受け、それらが内的要因へとシフトして初めて本当の苦しみに転化する。

私にはそれがわからなかった。



私が恋心を抱いている人は、私より二回りも上の他部署上司だ。名を仮にAさんとしよう。

部署とは言っても、私の属する部署とはかなり密に連携を取るので、Aさんとはほぼ毎日顔を合わせる。

私が去年新入社員として今の会社入社してから、何かと絡んできてくれた人だった。

最初は何の想いも無かった。互いにからかいあってふざけるだけの他愛も無い関係だと信じてやまなかった。

どちらかと言うと、兄を慕うような、いや、年的にいえばむしろ父親を慕うような感覚に近かっただろう。

ただ、私は年上の(失礼を承知で言うと)いわゆるおじさん世代と昔からウマが合いやすかった。

なのでAさん以外にも、そういう風にからかいあう男性上司は何人かいた。なので別段その気持ちに不信も抱かなかったし、周囲からも「おじさん達と仲良しな子」程度にしか認識されていなかった。

何よりもAさんには妻子があるのを私は知っていて、からかいあってはいても大きく踏み込むような事はしなかった。



だがある時、それは起こった。

年末部署混合の飲み会が行われた。

何度か部署混合の飲み会は行われていたのだが、Aさんが参加するのは初めてだった。

初めて同じ席で飲めるという事で、私はガラにもなくはしゃいでいた。

この頃には既に周囲からも「Aさんと仲良くコントやってる賑やかし要員」という感じに扱われていたので、私もその役を演じようとしていた節がある。

少し遅れてAさんが参戦する頃には、私もほろ酔いで上機嫌この上なかった。

わざわざ席替えをして、Aさんの隣に腰を落ち着けていつもの様にからかいあった。

だがこの時はほろ酔いで羽目が外れていた分、私の方がAさんをからかっていた。

恋人にするならAさんが良い、等と間抜けなことを口走った記憶もある。

しかしその後、再び席替えをして私は別の先輩の隣の席へと移動した。

もうこの時には完全に出来上がっていて、記憶も正直曖昧だ。

ただ、何席か離れたところにAさんがいるのをちらりと見たのだけは覚えている。

私の記憶は一度そこで途切れた。



気付いたら私は吐いていた。

正確に言えば吐きそうになっていた。

だが寸でのところでAさんがおしぼりで私の口元を抑えてくれていた。

私が吐きそうになっていたのを誰よりも早く気付いたAさんが、慌てて私の所へ駆け寄ってきて口元を抑えくれたのだ。

しかも一度はおしぼりでなく、そのまま素手を差し出していた。

彼は私が堪えられずに吐いた時には、それをそのまま素手で受けるつもりだったのだ。

吐き気朦朧としながら、私は近くにあるAさんの体温を感じて、ただただ混乱した。



この人は何故気付いたのか。

何故駆けつけてくれたのか。

何故躊躇わなかったのか。



その後は女子の先輩にトイレで介抱して貰いしこたま吐いて、そのまま帰宅の途に就いた。

翌日は当然二日酔い。起き上がれもせず、辛うじて這うようにトイレまで行きそこで一日を過ごした。

しかしそんな中でもAさんのあの体温がまだ近くにあるような気がした。

心臓がざわついた。



大きな温かい手のひら、耳元で何度もかけられた身を案じてくれる言葉、今までに無い程近い体温、洗剤の匂いに微かに混ざった煙草香り



しまった。

好きになってしまった。



瞬間そう悟った私は、吐きながら涙も鼻水もボロボロ便器に零して泣いた。

嘘だ。

それが私が一番に考えたことだ。

目の前が真っ暗になった。

初めて感じた絶望だった。

始まった瞬間に終わる、しかし長く続く恋が始まったのを感じたせいで、だ。



苦しみは外的要因だけからなるものでは無い、と私は前述した。

外的要因と内的要因の二つが揃った時、初めて苦しみは始まる。

叶わぬ恋をしたから苦しいのではない。叶わぬ恋が叶っても叶わなくても、どこにも幸福が無いことに気付いて苦しくなるのだ。

叶わぬ恋であり続ける事が相手幸せであることに気付き、既に蓋もできない程に大きくなっていた自分の心を持て余し続ける。

まるで真綿で首を締められているような、そんなある種心地良さを纏った不快感が心に根を張る。

根は奥深くまで伸びて、やがてどうしても取り除けなくなる。

そうしたら最後

何度芽を摘み取っても、根から再び新しい芽が生えてくる。

繰り返す。



不倫を望んでいる訳では無い。

離婚して欲しい訳でも無い。

それなのに、心のどこかで叫ぶ声が聞こえるのだ。

「愛して欲しい、私を選んで欲しい」と。

その度に根は深くなる。



幸せになって欲しい。

でもあの人の幸せを願う度、心がジクジク痛んでいる。

私の隣で幸せになってもらいたくて、けれど私の隣ではあの人は幸せになれない。

矛盾した感情思考

私は怖い。

この感情のままにあの人を傷つけてしまうのが、不幸にしてしまうのが怖い。

どうか私がこのまま臆病者であることを願う。

あの人の何をも壊してしまわないよう、優しいあの人を傷つけてしまわぬよう、ただ恐れ、縮こまって生きてゆくことを願う。




こんなくだらない文を読んでくださった方、本当にありがう。

我が身可愛さの胸糞悪い文章で、大変申し訳ない。

ここにこうして公開した事で、心が幾らか軽くなった。

頭の整理もついたし、今後も周囲及びAさん本人にもこの感情がバレないよう上手くやっていける自信もついたところで、この文章の締めとしたい。

ゴリラマン最後の一冊がない問題

先日、家の本棚からゴリラマンを手にとって読み進めていたのだが、全19巻ののところ、18冊しかない。

最終の19巻はどこにもなかった。

確か高校生の頃にあつめてて、最終刊の当たりで卒業してうやむやになっていた。

そもそも本棚ゴリラマンだって20年近く忘れていた。のではあるが、やはりそこまで集めたなら最後までそろえろよ。




一瞬、タイムマシンに飛び乗ってぶん殴りに行こうかと思ったが、その頃の俺の方が圧倒的に強いのは確実なので寸前で思いとどまった。

まったく、日本死ね

自分セックス離れ

若い頃は彼女を作ろうと頑張ってた

慣れない合コンに行ったり友達の紹介だったりと

そして運良く?過去に何人かと付き合うことができ

据え膳だったり本当に好きになった相手だったりと

最後まで事を及ぶ事ができたんだけど・・・

 

なんというか

セックスが凄くいいもので満たされるものだという幻想

勝手に抱いていた気がする

過去を振り返るとギュッと抱き合うだけのほうが凄く満たされてた

 

だいたい最後まで事に及ぶまでのプロセスが面倒だし

時間もかかるしお金もかかる

まぁそう考えてる時点で考え方自体が悪いのかもしれない

 

デートやら事に及ぶ雰囲気まで持っていくのが面倒なだけかと思い

そうゆうお店に行ったこともあるけど

悪くはないんだけど・・・そんなにいい感じでもなかった

 

今はネットさえあればおかずには困らないし

手軽だし時間もかからなくて済む

お金もそこまで必要なくて相手のことも気にしなくてもいいか

自分一人のほうがすごい楽だ

 

極め付けに最近だとVR

あれはアカ

余計にその気持ちが加速する

将来的にはアレのせいでセックス自体AI相手にやってそうな気がする

 

昔はセックス以外にも子供が欲しかったというのがあったけど

今はもう相手のことを結婚したいと思えるぐらいの信用をすることが難しいので

基本的には考えてない

 

まだ三十路前だけど

これは枯れてしまったということだろうか

独身の身で妊娠たかと思った

すごくナーバスになってたさっき、妊娠検査薬試したらラインが出て取り乱した。

ほんとにものすごく取り乱した。


最近思い当たるのは二人。

一人とはもう切れたけど、その人の可能性大。

連絡しようか迷った。すごく考えた。

もういい歳だし、シングルマザーでいけんじゃないかとか、

父親(と思われる方)に連絡したらまたつながるんじゃないかとか。



5分くらいモーレツに考えて、よくよく説明書見たら陰性の印のラインだった。

写メまでとったのに、完璧に陰性のラインだった。

最後にやってからオリモノすごいし、少し不正出血するし、完全に想像妊娠してた。



いい歳だから赤ちゃん欲しいと思ってたけど、いなくてホッとした。でもちょっと残念。

5分だけうろたえさせられた想像上のあかちゃん、いつか産まれますように。

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160823230616

大丈夫だ、安心しろ日本大企業は、仕事ができないという理由では人は切れないのだよ。ただ、いろいろ所属部署が変わるかもしれないが、最後はらくちんな部門にたどり着き、悠々自適生活保証されるさ!そうなるためにも勤怠はきっちりな!無遅刻無欠勤だけは死守できれば、活路は開ける!

同級生馬鹿にするためだけに化粧を勉強している

僕は中学卒業してからすぐにスキルもないのに化粧をしてツイッター自撮りを上げた同級生を何人も目撃している。

僕は彼女らを馬鹿にして自分精神的な安定を求めるためにツイッターリストに入れて監視しているのだが、どうも「ヘタ」と「センスがない」しか言えず困っていた。

しかししばらくして気がついたのだ。化粧に詳しくなれば事細かく馬鹿にすることができ、僕の精神さらに安定する。

そんなわけでまぁまぁ詳しくなってきた。最後に一番最近の知り合いの自撮りを見て思ったことを書いて終わりにする。

アイライン太すぎだしチーク位置はもうちょっと下でもっと薄くしろ、この化粧にこの色の口紅は合わないのでもっと濃いのをつけろ、グロスも塗れ、シェーディングを使うとそのえらなんぼかマシんなるよ、鼻高くはないんだからもっとハイライターを入れなさい、なんでこうファンデーションを厚く全体に塗るかな、高校生で肌も綺麗なんだから真ん中らへんから伸ばすだけでいいしコンシーラーもっと使いなさい、なんでアイシャドウをそんなに濃く塗るかな、目が小さいのが悩みならアイプチなりなんなり方法はあるだろう、でもアイラインガタガタじゃなくなったか最初よりだいぶ良くなったね、頑張れ」

以上。

http://anond.hatelabo.jp/20160823143352

それで、なぜ

米軍を中心とした国連軍の飽和攻撃でも駄目だった!」

「ゴッジーラは…化け物か…いや…神…か…」

「我々はゴジラに対してなすすべがないのか…!?

オーマイゴ…オーマイ…」

日本!お前だけが頼りだ!」

「頼む!!」

「サムラァイ!」

GO!ヤシオリサクセン!」

って流れにできなかったというと

今の日本世界危機を救えるだけのイメージがあまりにも現実とかけ離れすぎてたから。

もうこの一点に尽きる。

昔のロボコップ3の敵役が日本産忍者ロボット時代ならまだしも

GDPアメリカのみならず中国にも負け、

国債は膨らみ年金問題も山積み雇用は増えず非正規の救済もなく移民を取らない代わりに国民全員が奴隷化していく斜陽の国。

日本もまだまだしてたもんじゃないなと傷の舐め合いでシックスセンスし合うような国力だと客観的判断してるから

なので今の日本人日本人世界を救ったなんてストーリーは到底受け入れられないし納得されない。

せいぜい板挟みされてこき使われて泥被らされてる中でストロー使って新鮮な空気を吸えましたくらいの落としどころじゃないと共感してもらえなかったってこと。

それが核使えば終わるだろうな=バンカーバスターでのダメージ有効描写、との東京なくなっちゃうらめえええ電車アタックストロー注入!ってオチ

空想ですらヒーローになれない国。

世界はちゃんと救う方法はあるけど自分たちが被る泥を減らすための努力しました、というだけの話。

電車アタックなんてこれがインドネシア中東に出てきて応用できるわけないじゃん。

完全に日本という特殊環境下でできた作戦

未来的にも救ったのはマジで日本だけなんだよな、これ。

から電車の無い田舎感情移入できないって日記があったんだよ。

冷却液なんてデータもらった国はどこでも思いつくわけだし。

日本世界を救った!って話を見せられると恥ずかしくと顔赤くなる国。まだまだ恥は捨てたもんじゃないな。

そんな国の状況と国民性によって不幸にも最後で捻じ曲げられた脚本

俺がシン・ゴジラで一番悲しかったのがこれ。

 

どこまでも自虐体質。

そのくせ変にプライドが高い。

まさにシン・ゴジラを持ち上げてる層の性格ターゲットにしてる。

庵野の得意分野だな。

なので冷えた目でしか見れない人はとことん違和感しか目に写らない。

 

最後の人間が出てきそうなのも本当にこの後無事ゴジラ解体できるのか?という日本人の詰めの甘さを臭わせるエンドにしか見えない。

何度もいうけど冷却後の対応について何も話されてないのがもうね。

考えるのがめんどくさくなった感がパない

http://anond.hatelabo.jp/20160823143352

ゴジラそれ自体東京への被害はそんな大したもんでもないだろ。

少なからず地下から移動しようとしてた矢口らは助かってるし、映像では至近距離にあるビルプロトンビームが直撃してもビルに損害こそあれビル構造破壊するには至ってないわけだし。

何より、最後のヤシオリ作戦で前哨基地として「安全地帯」に設定された科学技術館位置って東京駅から1.5kmも離れてないんだぞ。ゴジレーザーの威力は実はそんなに大したもんでもないと言える。

それでも進路上及びゴジラの周りは壊滅的な損害を受けるだろうし、周りは放射能汚染されるからやばい事には変わらんが、東日本大震災と比べたら被害大分小さいんじゃないだろうか。

何より、「360万人の避難」ってことは実は23区全員が避難してる訳じゃないってことだからな。

映像ではすごいように見えるけど規模は多分超大型台風とかそのくらいだよ。

通常兵器効果があるなら最大火力?

から「後から判明したこと」から遡って「なぜあのときああしなかったの?」と言うのは無しでいこうよ。小学生じゃないんだからちゃんとストーリーの中での必然性を語ろうよ。



エネルギー切れるまで打たせろ」→ゴジラが一通り東京荒らし尽くして制止している状態が「休眠」であると「仮定」できるようになって初めて言えること。それ自体ゴジラ停止から数日後でしょ。

無人機使ってから誘導兵器云々」→だからそれも後出し軍隊同士の戦争じゃなく「どんな進化するかわからない不明生物」との戦闘なんだって相手の出方が全く予想できない状態で「相手停止!一斉攻撃!」なんて指揮したらそれこそ負けフラグのものでしょ。ましてそこに「群体化・有翼化」なんて可能性が出てきたら、確実に「通常兵器による攻撃差し控えよう」という判断になるわ。

「休眠してる間に次なる進化可能性を誰も考慮してないの?」→だから、それがあったからこその国連の「核攻撃やむなし」って判断でしょ。ちゃんと見てた? その考察あったから安田くんも「そりゃ選択肢としてはある」って言ったんだよ。むしろ、群体・有翼化して四方八方に飛び散るかもしれない(そして各地で再び巨大化するかもしれない!)生き物に対して、あなたが「物量作戦空爆が上策」と思ってるのが不思議で仕方ないよ。

結果論結果論、そして穴だらけの考察あなたの書いてることは、普通に全てシナリオの中で解決がついてることばかりだよ。あなたが「おかしい」と感じるのは、端的に言って読解力不足のせいなんだよ。

ハッキリ言うけど、そもそもあなた最初は「群体・有翼化」の話が作中で出ていたことを完全に見落としてたでしょ? そのレベル記憶作品の「あれがおかしい、これがおかしい」と言うのはちょっとどうかと思うよ。

それにね。「シン・ゴジラ」のラストは、「みんなでゴジラ倒したったwwwやったぜww」じゃないんだよ。あなたはそれさえ分かってないんじゃないの? ラストシーン尻尾の大写しは、最後最後で「ほんとにギリギリ幸運による成功だったに過ぎない」「一歩間違えたら最悪の事態だったかもしれない」「しかもその悪夢はまだ終わってないかもしれない」ってことをあの映像で観ているものに見せつけて、最後にゾッとさせる系のエンディングだったんだよ? 人類ゴジラ禍をまだ全然逃れ得ていないし、だからそもそも「あの攻撃が後から見てもベストでした」なんてこと、映画の中でも誰も言ってないしそういう作りにもなっていない。ただ「その時点その時点で得ていた情報の中で、各自が最適を選びながらがんばった」という話だったんだよ。各自の行動に、ストーリーご都合主義的で不自然かつ間抜けな見落としはほとんどない。そういった完成度の高さも、あの映画評価されてる一因なんだよ。

もちろん、本当のところ映画制作の都合上「そう言いつつも、この絵を見せたいからこうしたんだよねー」という部分は、そりゃある。映画からね。「リアル」と「リアリティ」は違うからね。ただ、その嘘の見せ方自体もかなりうまかった。納得して許せるなと思えるレベル。その意味で、あの作品の防御力はゴジラ並に堅い。だから、あの映画に切り込みたいならもっと違った角度、切り口、意表をつくアプローチ必要なんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160823104151



なお、タイトルの「通常兵器による最大火力」について一言考察。ここからはオマケ。

アメリカには「通常兵器有効」だというデータはあったのだろうけど、それに加えて、ゴジラレーダーのような能力を備えることまで予測していたのかもしれないね。でないと『同質量の金と同額』とまで言われる世界一高価なステルス爆撃機B2を(しかも3機も!)投入するのは不自然から。そして爆撃に使用するのは外しようのない、最大火力の誘導兵器である地中貫通爆弾バンカーバスター

まり、この時点ですでにアメリカは「普通に適切と考えられる最大の兵力」を投入してるんだよね。しか当事国同意を得ないうちに素早く。アメリカいか危機感をもち早期収束を焦っていたかが分かるね。しかし、そんなアメリカですら残念ながら予測できていなかったことが二つあった。「ゴジラ攻撃の対空レーザーへの進化」加えて「バンカーバスターで貫くことはできても死なないどころか怒らせただけというゴジラ身体構成(結果、馬鹿みたいに被害火災とおそらく放射能汚染)が拡大)」という2点。この2点のミスは致命的でかなり痛い。結果、米軍全体でも21機しか保有しないB2のうち3機(しめて約5000億円?)とその搭乗員を失い(エリート爆撃機乗員6名以上…プライスレス)、同盟である当事国の首脳陣をほぼ全滅させ(プライスレス)、同首都に壊滅的な打撃を与え(東北震災の約10倍としてざっと数百兆円? 円と株の暴落による世界経済への影響は…少なくとも米国債ドル暴落にも歯止めかからないレベルの打撃はまさにプライスレス)…。これ、単なる「攻撃作戦失敗」の域を越えてるよ?! いくら大統領に巨大な権限があるとしても「判断ミス」追及されたら辞任どころか死刑になってもおかしくないくらいの大失態だよ? ゴジラ対処する必要がある超非常事態からこそギリギリ責任問われずに済んでるけど。結果、アメリカ自分判断では動けなくなり、国連主導の解決策に移行するしかなくなった。その国連判断が、中露という地勢的に近隣な国々を中心とした「核攻撃止むなし」という結論であって、「通常兵器でなんとかしようとしてた前半」と「核攻撃止むなしの後半」では主体が変わってることもけっこう重要ポイントですね。

http://anond.hatelabo.jp/20160823115421

初代ゴジラ足音東京大空襲再現したんやで。まぁ映像技術が今と違うので映像として見せない演出選択肢がいまより豊富だったのかもしれないが

重さの表現ってけっこうむずかしいわりに表現が地味で、アニメはわりとちゃんと重量感の表現ができていることは多いが、マンガは軽すぎの場合もよくある。小説は動きが静止していることのほうが多く、発展途上の分野だ(しかしできたとしても地味

初代ジュラシックパークの水でティラノサウルス足音表現するの好きだったなぁ…エメゴジではちょっと大げさなくらいに振動表現をしていたが、ギャレゴジは白眉だった。ゴジラが吠えるときにわざわざ手前を横切る中華街の提灯をフレームインさせたのって、ゴジラの咆哮のせいで震える提灯で音量を表すためだからね。しかもあれ、最後に切れてるし。めっちゃ地味だけどああいう細かいところの演出があるとホントリアル感が増すので、これから特撮映画界は物理モデリングを頑張って欲しいと思う。

シンゴジの白眉はひとによって違うだろうけど暗闇の中で尻尾振ってるゴジラだろうなぁ…。庵野さんはああいう不気味さや無機質さの表現うまいよね