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2016-06-26

生きていられる理由おしえて

うえーんいろんなことがよくわかんなくなっちゃったよー

毎日楽しくないし全部どうでもいいよー

なんでみんな生きてられんの

続きが気になる作品もないし、最後まで見届けたい何かもないし、家庭もない

この世に自分繋ぎとめておく術がなくて今ギリギリ生きてるだけなんだよー

なんでみんな生きてられんのーねえー

そんなに面白いとあるなら教えてくれよ〜このままじゃちょっとダメなっちゃうよ〜

父親と話ができない。

正確には、私が話してる途中でいつも怒り出すので、そこから話を聞いてもらえなくなる。

そしてほとんど父親勝手固定観念をもとにした、推論のような反論をされる。

とりあえず最後まで話聞けよ……。

こっちもイラっとしたら反論ちゃうけど、これは火に油を注ぐようなものだ。わかる。

そうなると、後出しじゃんけんのように、過去のことをどんどん持ち出してきて勝手に怒りを増幅させる。

なんだよそれバイキルトかなんかかよ。自己¥かけてんじゃねえよ。

解せないのは、一理あると思って同意しても怒る。なぜだ。

どんな話でも最終的には「若い奴にはわからん」で強制終了させられる。

わかるって言ってるのに。わかろうと質問してるのに。若い奴をひとくくりに見下されて終わる。

どうやら解られたくないようだ。としか思えない。

シュタゲクリス父親のやりとりがあったけど、あれにすごく似ている。

うちには父娘2人しかいないのに、この親子関係どうすりゃいいんだ。

2016-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20160625231123

私の好きな男性なんですが、、、

とても快活な声で話す人です。最後に声を聴いたのは二年ぐらい前。

ウォーターフォールメリット

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/06/20/080807

から始まった何年ぶり何度目かのウォーターフォール (vs アジャイル) 論争だが,この記事もその反論記事支援記事も含めて,「ウォーターフォール採用する(せざるを得ない)理由」について書いてあるものはあっても,「ウォーターフォールメリット」について書かれた記事が見当たらないのには驚く。

各種記事

私は間違っていた。ごめん。ウォーターフォールは何のメリットも無い

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/06/20/080807

まずこの記事。「メリットはない」って言ってるんだから,書いてないのは当然なのかもしれないが,アジャイルメリット=なぜアジャイルがいいのか,についても書かれていない。これではFUDといわれてもしかたない。

日本アジャイル流行らない理由

http://ledsun.hatenablog.com/entry/2016/06/21/102501

日本アジャイル流行らない理由」≒日本ウォーターフォール採用される(消極的な)理由は書いてあるが,ウォーターフォールメリットについては書かれていない。

ウォーターフォール開発プロセス有効

http://ledsun.hatenablog.com/entry/2016/06/21/102501

タイトルから期待して読んだが,「ウォーターフォール課題と言われてるものは,実は解決されてるよ」という記述が大半を占める。

最後の一節は「アジャイル問題」として,「変化に人間がついていけない」点が挙げられていて,その裏返しでウォーターフォールがいいよ,ってことを言いたいのかもしれない。しかし,アジャイルは「変化に機敏に対処する」ことが眼目であって,何でもかんでも変化させなければいけない,というものではないので,指摘自体的外れに見える。

ウォーターフォールアジャイルを考える

http://arclamp.hatenablog.com/entry/2016/06/23/172941

冒頭,

まず、「ウォーターフォールは何のメリットも無い」は嘘です。何のメリットもないもの存在するわけないので。

とあって,メリットを語ってくれるかな,と期待させるが,結局「スコープが確定しているならウォーターフォールでいい」,という消極的採用理由が述べられるだけで,メリット積極的採用理由は述べられていないように見える。

ウォーターフォールメリット

ではウォーターフォールメリットは何なのか?

それを語る前に,まずウォーターフォール定義しておく。現在日本ウォーターフォールとして認識されているプロセスは,国防総省式の「戻りの線」なしのものである。即ち,確定した要件なり仕様なり(以下まとめて「スコープ」と呼ぶ)は変更しない。「ウォーターフォール」という名前自体が,この一方向性に由来している。従って,ウォーターフォール定義としては,「(フェーズゲートを超える際に)確定したスコープは変更しないプロセス」で良いだろう。

この定義に沿わないプロセスは,「偽ウォーターフォール」であり,以下に述べるウォーターフォールメリットを受けることはできない。メリット享受できないだけでなく,この種の「偽ウォーターフォール」は(「偽アジャイル」同様)大きな害悪を撒き散らす。

さて,「確定した要件仕様は変更しない」ことのメリットは何か。パッと思いつくのは「手戻りがない」ということである。確かにこれはメリットと言えるかもしれないが,手戻りがなくてうれしいのは主に作業者である。これでは弱い。もう一歩踏み込んで「手戻りがない」と発注者/受注者含め何がうれしいのか。

答は

納期 and/or コストぶれるリスクを小さくできる」

である

すごく当たり前のことなのだが,これが書かれている記事が見当たらない。

そしてウォーターフォールメリットはこれだけで,それ以外にはメリットと言えるものはおそらく存在しない。

やはりウォーターフォールにはメリットなどほとんどなかった

ここで,前節で登場した三つの要素「スコープ」「コスト」「納期」に注目してみる。

よく見るとこれらは,いわゆる「QCD」に対応している。ちなみにここでいう Quality (品質) は「バグがない」等の「問題の不在」だけを指すのではなく,本来意味での「品質」,即ち利用者の役に立つか,使いやすいか,ということまで含むものであるスクラムアジャイル)を知る人であれば,「トレードオフスライダー」の「品質」に相当するものだと理解してもらえればよい。

そうすると,前節のウォーターフォールメリットは,以下のように言い換えることが可能である

ウォーターフォールメリットは<品質を固定することで>コスト納期ぶれるリスクを小さくできる点にある」

これで問題が明らかになった。要するにウォーターフォールは,コスト納期のために品質二の次にするプロセスなのである

その結果,これまでどんなことが起きてきたか

あくまで変更を行わなかった場合

開発の途中で,要件仕様問題が見つかったとしても,あくまウォーターフォール定義に殉じると,出来上がるのは「使いにくい」「使われない」システムである

事業会社IT会社に転生させることが、これからSIerミッション」 ( http://gothedistance.hatenadiary.jp/entry/2016/06/20/153941 ) に,その実例らしきものがでてくる。

禁を破って変更を行った場合

これを行った瞬間からウォーターフォールはその(ほぼ)唯一のメリットを失い,混沌が始まる。

最も多いパターンは,発注者側が(もはやスコープ品質を固定するという前提が失われているにも関わらず)納期コストの確定というメリット享受を譲らず,プロジェクトデスマーチ化する,というものであろう。あるいは,コストは譲るが納期は譲らない,というパターンの方が多いかもしれないが,いずれにせよデスマーチ化につながりやすいことは間違いない。

そしてこの副作用として何が起きたかというと,受注者側がそれを見越して納期コストバッファを積むようになった。当然それは見積もりの不透明感につながり,発注者側に受注者が「ボッて」いるのではないかという不信感を植えつけることになった。要するにお互い不幸になったのだ。

うまくいくのは非常に限られた条件が成立する場合のみ

スコープの変更の必要が生じたら,どちらに転んでもいい結果は得られない。となると,ウォーターフォールがうまくいくのは,「スコープが明白で,変更の可能性が全くない」開発案件に限られる。統計をとったわけではないので,そのような案件がどの程度あるかはわからないが,直感的には「ほとんどない」のではないかと思う。なぜなら,そこまでスコープが明白であれば,今はパッケージSaaSのようなレディメイドのものを導入する方が安いし早いしリスクも小さいからだ。

もう一つの可能性としては,スコープが変更不要になるまで,とにかく事前の準備と調査を徹底的に行う,というパターンもありうる。しかし,これは「準備と調査」の過程事実上いろいろ試作することになる(そうしないと変更のリスクが消せない)ので,もはや作業プロセスの大半が実はウォーターフォールではない,ということになるだろう。

アジャイル銀の弾丸ではない

ではアジャイルプロセスを導入すれば,これらの問題はすべて解決するか,というとそういう話ではない。ウォーターフォールメリットが(ほとんど)ないことと,アジャイル有効であることとは,独立議論である

そもそも「アジャイル」というのは考え方であってプロセスではない。だから,考え方を理解せずにプロセスだけ導入すると「偽アジャイル」になって,害悪を撒き散らすことが多い。

アジャイルの考え方は,主に以下の2点でウォーターフォールと大きく異なる。

1. スコープの変化がありうることを前提としている

2. スコープ品質=役に立つこと(=使えないものを作らないこと)が最優先であり,そのためにコスト納期が変化を(ある程度)受け入れる

この考え方こそアジャイル本質であって,CI/CDやDevOpsなどは,変化にすばやく対応するための道具にすぎない。もっといい道具があればそれを使えば良いし,CI/CDがなくても変化に迅速に対応できるのなら使わなくてもいい。

また「スコープに変化がありうること」は必ずしも「スコープをできるだけ確定する」こととは矛盾しない。リスクを下げるために,スコープはできるだけ確定する努力をする,というのはアジャイルでも変わらない。変えるべき時は変える,という点が違うだけだ。なんでも後で決めればいい/変えてもいい,というのは「偽アジャイル」であって,害悪しかない。

もちろんこれがあれば何もかもが解決する,という類のものでもない。上述の2点があるだけで(少なくとも今のたいていの開発案件において)ウォーターフォールよりマシになりうるとは思われるが,別の問題(例:納期コストの変化をどう扱うかという問題)も,同時に導入されてしまう。特に日本では請負契約によるソフトウェア開発が一般的であり,これが「納期コストの変化」と絶望的に相性が悪い。

もっとも,今の「ウォーターフォール」によるソフトウェア開発が,請負契約の成立条件である契約時にスコープを確定(し,変更しない)」を厳密に守っているわけでもない以上,これだけを理由アジャイル否定するのはどうかとも思う。

契約については,IPA等でも取り組みがあるようだが,いずれにせよ契約を行うのは発注者と受注者であり,受注者側だけでどうこうできる問題でもないので,発注者側の意識の変化を期待するしかいかもしれない。

キラーストレスブクマカ

NHKで「キラーストレス」という特集をしていた。

何かとストレスの多い仕事をしているので、

今日くらいは、はてぶ巡りをやめてテレビをみることに。

ストレスのおそろしさ、ストレスによる突然死などを紹介し、

メインイベントストレスにどう対応するかの紹介に。

対応策のうち、最後の2つをひっぱってひっぱって。

とうとう紹介したと思ったら、

運動」と「瞑想」って。

ブクマカーか。

南国住み。 少女からお金を掠め取られている件。

 



村の中で一番長く話し、3番目くらいに仲のいい少女。若干おてんば気味でひょうきんな子だ。

遡ること数日前、ジュースの紙パックを利用したお財布から現地通貨200単位の札が消えていた。半月くらい前にもお金が無くなっているような気がしたことがあったが、今回は「気がした」ではなく、「消えた」、だ。

取られたと思われる時間に私の部屋に出入りしていた子どもは5人ほど。そのなかで今回の少女は一番年長だ。まさか、と思ったが、私の部屋に突出して出入りの頻度が多く、状況からみた消去法でもこの子マークするしかなかった。さらに500単位の札も数枚ベッドに置き晒しにしてあり、位置微妙に変わっていた(普段はカギのかかった鞄の中にある・小旅行明けで疲れてそのままにしてしまった) 。枚数は覚えていないのでもしかしたら1枚か2枚取られたかもしれない。仮に合計700単位として、これは現地の最低賃金の2日分強になる。その翌日だったかにオシャレめの洋服を着た彼女が私に、これ500するのよ、と言ってきた。さすがにその時点では確証を得られていなかったのと突然の言いかただったので英語Wow,expensive!と返すのがいっぱいだった。後で考えても盗んだ相手にわざわざ500するのよ、なんて言うものだろうかと思った。 まぁ、500は取られていないのかもしれない。

 

そして三日前、コイン紙幣の枚数を覚えておいた紙パックの中から13単位が明らかに無くなっていた。さらに昨日少女が出入りした直後に20単位札が、今日の午前も同様に15単位、午後に4単位、と私の財布の中身は順調に減り続けた。ちなみに最後の4単位はご丁寧にも5単位コインを1単位コインに擦りかえて財布の中の硬貨の枚数が減らないようにするという手の込みようだ。結局、残ったのは100単位札と2枚のコインだけ・・・しかコインの音をたてない謎の技術

 

 

昨晩は軽い人間不信に陥りすぐに寝つかなかった。怖いとさえ思った。これだけの悪事を重ねながらあの一点の曇りもないような瞳で微笑かけてきていたのだ。私は一体何者と親しく接していたのだろうか。私はどのように注意すれば良いのか、もしくは何か自然に止めさせる方法は無いか悩みながら考えた。

 

今朝の時点で財布に在ったのは100単位札と21単位硬貨100の札の余白に私はDaer Ronamay,From〇〇とエンピツで書込みを入れた。Ronaはいつ気がついたのか分からないが、最後の4単位を取ったさらにあとに私の部屋に立入った時に入れたのだろう、財布の中に畳まれた紙があるのが確認できた。私は今日あなたの財布を触りましたよ、というRonaの合図だ。

本人がいる近くで、何が書かれているかからないそれを取りだすのが怖く、市場へ歩いて行く途中で開けようと思った。

いざ取りだしてみると何も書かれておらず、紙幣サイズに近い、手で千切ったノート破片が100単位札と仲良く入れられていたのだった。

 

さて、ようやく本題なのだが私はこの白紙になんと書いて入れておくべきか。

表題「〇〇銀行」、 カスタマー:Rona、収支(バランス)を書いてお金貸してますよねアピール

・この際交換日記を始める

・Hallo!Ronamay!とだけ書く(読みましたアピール)

 

えー、文面から読みとれないかもしれませんが、取られたという事実に対し怖いと思うと同時にRona氏を何かギャフンと言わせたいなぁという気持ちもそれなりにありまして、何かしらの手段はないかなぁと思案しております

 


それはそうと特に今日の午後からだと思うけどRona氏が急にセックスアピールをかけてくるようになった。腕を私の体にくっつけてくる、脚を私の脚に軽く絡めてくる、市場野菜の包み紙の新聞エッチ写真パンツを指してこれは英語でなんていうのと「英語で」訊いてくる、男女の陰部の落書をしてこれは以下略井戸での水浴び(着衣)のポンピングに呼ぶ、などなど。

これナニ?セックスするから親や学校には言わないで的なこと? なんだよ、てめぇ まだ12じゃねーかよ。

 

最近、というか一昨日これとは別に、この国の子もの躾について、どうしても理解することができない「壁」にブチ当たりまして。それはこの国が豊穣すぎて、子供を甘っ甘に育てて多少怠けたオトナに仕上がってもまぁあまり困らないっていう、日本で聞いてると何を言ってんのか分からない背景があるためで——

 

そう、私が憎むべきはマンゴーリーなのだ。あれは人間堕落させ、希少性の経済原則破綻させる悪魔の樹なのだ

え?バナナも? ——いやあれはおいしいから。栄養もあるし。とにかく、全部マンゴーのせい!

国民ゴミポイ捨てをするのも、日本とのそれこそ目の眩むような経済格差も !

Rona氏が私からお金を取るのもマンゴーのせい!

きっと私の紙幣を見てどれだけ取っても無限に思えるマンゴー勘違いしてるんだ!(病院

 

ふぅ。建設的に。建設的に。

とにかくこの国の子どもを更生させるのはマンゴーリーがある限り無理。

考え方を変えてみよう。私はRona氏にこっそりおこづかいをあげてる。

・トーク 5分5単位

・ボディタッチ 1回10単位

・ムネのチラ見 1回20単位

・上半裸の水浴びの覗き見 1回50単位

友達女の子紹介 1人100単位

ほ、ほらね、正当な対価・・・!(収監

 

いやね、まじめに考えないとね?

あの年頃の女の子は何考えてるかわかんないからね。

ましてや文化習慣の違うところだからね。

 

いや、それとも、この際セックスして堂々と金を巻き上げようとするパターン

キミがもうちょっとかわいかったらヤバかったからね?

おじちゃんはロリコン童貞クズ野郎免疫いから手加減してね?

折角出てきた日本に返されるからね?(送還

 

 

表現規制問題に関して山田太郎議員の支持者やオタクが信用できない理由

結論から先にいうと、あんたたちが山田太郎議員を推しているのは、表現規制問題以外の部分も都合がいいからだけだろう

逆の言い方をすれば、いくら表現規制問題に本気で取り組んでいたとしても、民進党共産党を支持するつもりなんてさらさらないでしょ

いや、ときどき見るんだよ。オタク表現規制反対で一枚岩だとか、最優先事項だとか。何を綺麗事を言ってるんだと思うけどね。表現規制以外が気に食わなければ、支持するつもりなんて全然ない癖に。

オタク表現規制なんてどーでもいいでしょ。二の次三の次でしょう。

あの人たちはいうんだよ。党派性無視して、今こそとか。自分たちに都合がいい人が出てきたからって、都合のいいことをいってんじゃないよ。

昔の話ですよ。確か非実在青少年規制が通ろうとしていたときですよ。

自民党条例を通そうとして、民主党とかの野党が阻止しようとしてたわけ。表現規制条例が通るかどうかの真っ最中

そんな中でtwitterを眺めてると、流れてくるわけさ。民主党中国と仲がいいか表現規制賛成派だー。民主党表現規制では役に立つけどそれ以外はダメだ。一回や二回じゃないの、何回もつぶやきやRTで流れてた。

いや、別にオタクがどこを支持しようとしったことじゃないよ。確かに民主党ダメだ。ただ、条例がいま通ろうとするときつぶやくことかね、RTすることかね。そんなん選挙の前にでもすればいいでしょ。ダメなことはみんなわかってんだから

そもそも民主党共産党は何もやってくれなかったみたいなことを山田太郎議員の支持者の方はいうけどさ。何度も条例に反対したのは功績じゃないのかな。そこはまったく認めないんだっていう。

山田太郎議員の功績みたいなのを出したりもしてるけどさ。同じことを民進党議員がやっても名前を出して別に褒め称えないんでしょ。二次創作が守られたよかったよかっただけで、"なんとか議員の功績で""共産党のお陰で"二次創作が守られましたとはならない。わかってんだよ、あんたらのやり方は。

こんなことは昔からオタクをしてる人なら麻生さん支持の看板秋葉原にできたときからわかってることだろうけどね。表現規制賛成派の麻生太郎さんの看板が。

前に秋葉原在特会デモをするといったときに、秋葉原政治的中立から来るなとかいってた人がいたけど、麻生さんの看板を設置しててよういうよ。

いまは撤去されたから違うって? 毎度毎度の選挙後に自民党宣伝カーが秋葉原駅前に集まって、日の丸を振った人が囲む光景をみて、秋葉原中立なんていう人はいないと思うけどね。秋葉原は十分政治的な街ですよ。あそこまで都合よく自民党に使われてて、そうは問屋が卸さないでしょう。

かいうと、自民党勝手に来ているだけというだろうけどな。自民党自分たちを強烈に支持してくれる土壌がないと、選挙戦最後場所には選ばないでしょう。

フジロックくらいには政治的場所になってると思うけどね。

こんなことをいってもね、冷笑混じりにこれだから左翼はwとか、リベラルはwとかで済ませられるんだろうけどね。オタクなんてそんなもんなんだよ。わかってんだよ。理屈はなくてもそうやって馬鹿にすれば勝ち誇れるんだから、楽でいいよね。

彼らから綺麗事しか出てこない。信用できない。これが10年以上オタクをやってきて表現規制問題を眺めてきた自分結論。以上。

そんじゃーねー‼︎

買い専腐女子人生ふりかえり

年齢27

タイトルのわりに薄っぺら自分語りです。

中学時代

から祖母少女漫画雑誌を買ってくれていたこともあり、アニメ漫画は好きでした。

姉がいたので、姉がりぼん、私がなかよしを買ってもらって回し読み。

腐女子BLも知っていたし、男同士のやりとりにキュンとすることはありましたが、仲良くしてる男性アイドルを見てる気持ちだと思ってました。

高校生になって

クラス女子からおもしろいよ」と借りた漫画おもしろくて一瞬でハマりました。

その日の帰りにコンビニで連載雑誌立ち読みしそのとき出ていたキャラに衝撃が走り、完全に腐女子として覚醒しました。理屈じゃないんです。

当時はすでに携帯電話パケット使いたい放題プランはありましたので、携帯電話サイトを巡りました。携帯サイト主流の時代ですね。

しか腐女子として目覚めたことは誰にも言いませんでした。

漫画を貸してくれた子も、クラス女子オープン腐女子でしたが黙ってました。

今でこそスクールカーストという言葉がありますが、私は自分容姿に自信がなく当時で言う「イケてるグループ」「派手なグループの子達とつるむわけじゃないけれど、挨拶をしたり雑談はする中間位置キープしたかったのです。

ここでオープン腐女子と一緒に騒いでしまっては「普通の子グループから転落するのではと思ったのです。

そんな思いで隠れ腐女子としての人生が始まります

漫画を借りてから1ヶ月後にはサイトを作ってました。日記萌えを語り大好きなカップリング作品をたくさん上げました。

イベント同人誌即売会ですね。

もちろん興味はありましたが右も左もわからず一緒に行く人もおりませんし、なにより笑ってしまう話ですがイベント会場でクラス女子に遭遇したらどうしようという恐怖が一番にあり縁のない別世界のことのように思っておりました。

ありがたいことにサイトでは毎日のように感想がもらえるようになりました。

匿名web拍手が主流だったので気軽にメッセージをくださってたんだと思います

サイト運営されてる方からメッセージをいただけ、相互リンクバトンなどして交流しておりました。

しかしこれも笑ってしまう話ですが、交流が続いて会おう、オフ会しようとなったらどうしようと、身バレしたりブスだと思われたらどうしようという思いが強くなり苦痛になりました。

高校生でしたので、日記では少し「イケてるグループ」を気取っていたのです。

交流苦痛になったのでサイトは閉鎖しました。しか萌えを吐き出せないのはもっと苦痛でした。

性懲りも無くまたサイトを開設しました。休止や閉鎖を繰り返しました。

ちなみに、最初にハマったジャンル意外にもハマり、ほぼよろずサイトとしてやっておりました。

今ほど注意書きもなく好き勝手にしてましたね。

気付けば高校卒業です

わたし就職しました。当時の日記では萌えを語ることな愚痴日常のみだったような気がします。

当たり前ですが更新のペースが落ちました。時間感覚も変わりましたので自分はいいペースで更新してると思っても更新履歴を見たら2ヶ月が経過してたり。

そのうちなにも生み出せなくなりました。19歳の頃すっぱりサイトをやめて萌えを吐き出すことなく過ごしました。

変わらず漫画アニメは好きでしたが、このまま腐女子卒業かなと思っておりました。

しかし、22歳だったでしょうか、アニメを見て急激にハマる作品出会いました。即サイト開設。

マイナージャンルだったのでカウンターの回りや感想の数など寂しいものでしたがその作品が好きでただただ楽しかったです。

そんなときアンソロジーお話いただきました。オフ経験はありませんので悩みましたがお誘いいただけたことが嬉しくて参加させていただきました。

満足のいく作品が出来ましたが、なんといいますか、発行後の主催者様の対応に疑問を感じました。本は何ヶ月待っても届かず、お礼としてお菓子を同梱してくださってましたが賞味期限が届いた日の翌日だったり。

から気づいたことですが主催者様は熱しやすく冷めやすタイプの方ようで発行のときにはすでに別のジャンルのことで頭がいっぱいだったようです。

アンソロジーといえど初めてのオフ活動、がんばった作品結構なショックでジャンルに罪はありませんがもうそジャンルは見れなくなってしまいました。

集めたグッズなどはすべて売りました。

そして、今まで家族共有のパソコンが1台しかなかったのですが、自分パソコンを購入しました。たくさんのサイトを巡りました。pixivというものも知りました。

この頃すでに携帯サイトは下火だったと思います

大好きなサイトではイベントしかった!とよく綴られておりました。

アンソロジーの件は被害者のような気分でいましたが、オフのことを分かっていない自分にも問題があるのではと思いました。

初めてイベントデビューしました。

昔のように怯えることもなくパンフレットの注意事項もしっかり読み向かいました。

結果、とても楽しかったです。

ただ本を買うだけでしたがこんなにも楽しいのかと感動しました。よくわから一般のお店のように本を取ってこれくださいと渡したりしてしまいましたが。

それからよくイベントに行きました。

最初にハマったジャンル、もう誰も活動していないあの頃ハマったジャンル、大好きだったサイトの方は今このジャンルにいるのか。いろんな思いがありました。楽しくて楽しくてしょうがなかったです。

腐女子友達は相変わらずおりませんので、本を読むことで萌えを語り合ってるような気になったのでしょう。

少しでも萌えるジャンル出会うとすぐ同人誌を購入するようになりました。自分では創作しようという気は一切なくなっておりました。

25歳で衝撃的なジャンル出会いました。ジャンル自体は大きいものでしたがハマったカップリングマイナーでした。新幹線に乗ってイベントに行くようにもなりました。

このカップリングで久しぶりに自分で書きたいという思いが生まれました。しかし何年も遠ざかっておりましたのでうまくいきませんでした。買うことに慣れてしまったのでしょうね。

うまくいかなくても18歳のころより更に時間感覚が変わっています。あっと言う間に日だけが過ぎます

そして急に最近の話になりますが、某ソーシャルゲームに大きな動きがありました。

とても大きなジャンルなので私も例に漏れずハマり先ほどの衝撃的なジャンルほどではありませんでしたが、いかんせん少しでも萌えると際限なく買うようになっていたので、ジャンル内でもトップクラスの人気カップリングを大量に購入してました。

そうです。そのトップクラスの人気カップリングに大きな動きがありました。

急いでゲームを立ち上げわくわくしながら見ました。しかし私は首を傾げてしまったのです。

今まで受けだと思っていたあの子は攻めだった、こんな関係性なのか、まったく萌えませんでした。

このジャンル特殊なのは承知です。燃料になった方も逆燃料になった方もいらっしゃると思います

ふと、家にある1500冊を超える同人誌の山を見ました。

このジャンルアニメは見てたけど原作読んでないな。そんなものばかりでした。

最初にハマったジャンル、同時期にハマったジャンルほとんど同人誌を持っておりません。高校生でしたしね。

19歳まで二次創作していたジャンルは今でも大好きです。25歳で出会った衝撃的なジャンルも大好きです。どちらも原作を読むときはいい年してお恥ずかしながらドキドときめきます

しか同人誌を買っていただけのジャンルは本当に好きなのか分からなくなりました。

絵が好きだから買う、作家が好きだから買う、文の組み立て方が好きだから買う、皆さんいろいろな理由同人誌を買われるでしょう。

もちろん義理買いという言葉も存じております

私は買うことだけがしかっただけなのかもしれません。何度も読み返す本は一部です。

コレクター気質なのでサークルさんの本はすべて揃えたい気分になります

買ってるだけのジャンルの、原作はもうあまりわくわくしません。読んでないものもあります

イベントデビューしてからたくさんのジャンルにハマりました。たくさん同人誌を買いました。

ソーシャルゲームの件で気付きました。あまり二次創作は読まないほうがいい、と。

もちろん二次創作は最高です。大好きです。しかし私は二次創作だけを追うようになって原作を捨ててしまっておりました。

アンソロジー主催者様を熱しやすく冷めやすいと少々批判してしまいましたが、私がずっと創作を続けていたらそうなっていたのだろうか。それとも今でも最初ジャンル二次創作をしていただろうか。

後悔はしておりません。

1500冊の同人誌には楽しい思いをさせていただきました。手放したものもあるので、実際は倍は読んでいる気もしますが。

今、女性向けのジャンルはとても目まぐるしく動いております。サイクルがとても早いです。同人誌は時期を逃すと手に入りません。

しかし、今一度しっかり自分萌え原作への愛を確認することが大切だと気付きました。

最後に、これは某ソーシャルゲームへの批判愚痴ではありません。

腐女子としての自分愚痴です。

長くなりましたがお付き合いくださりありがとうございました。

TOKYOとその他。

東京地方を繰り返してきた自分販売業特に服飾系に対する雑感。



イ〇ンに比べて小売りはやっぱり厳しくて、そこで買い物するような人は本当に少ない。そんなことをつらつらと書く。



第一に、若者が少ない。団塊とその上のおじいちゃんおばあちゃんばっかり。

あの人達保守的思想は半端じゃない。強固で、染み付いて、それこそ白い服についたシミみたいに、ゆっくりゆっくり時間をかけて出来上がったそれはもう消えない。



第二に、みんなブランド大手のものが好き。それ以外で買い物をする理由特にない。

ここで挙がるのはSLPやLVLoeweじゃなくて、Hareや大手セレクトニトリスターバックスとか。

一番のブランドテレビの中の東京なんだな、とあらためて感じる。



第三に、小売りで買い物をするような人も、都内で見るようなセンスがいい一般人、今風にいうとCity boyみたいな、なんて皆無。

ほとんどがコミュニティの中での存在価値を買っているような人たち。

店側も本当はお客さんを選びたいんだろうけど分母が少なすぎる。少し無理をしてでも、コミュニティを作って、売り上げ、生活していく。お店に行っても内輪で会話をしているか自分のような新規はじろじろ見られて終わり。

(誤解がありそうだから先に書いておくけど逆恨みでこれを書いてるわけじゃない。むしろしょうがないと思ってる)

でも「地元」ではそれが売り上げだったり、信用につながるようだからもう抜け出すすべがない。どんどん店としての格や雰囲気はないがしろになっていく。

東京だとお客さんを店がふるいにかけるようなところがむしろ大事だと思っていた。良い言い方をするとターゲットを絞るということだけど、そういう人・力はもう地方にはない。



That's sell out



最後に、買った服を着ていくところがない。これが決定的だと思う。

若い子たちがデートに行く先はカラオケボーリング、飲みに行くくらいしか選択肢がない。どこも車でしか行けないようなところばかりで、別に着飾って気分を上げてまで行くようなところはない。

地元大学生の会話はパチンコ麻雀競馬、女、カラオケビリヤードくらいしかない。



だらだらと書いたけど、客の服装意識させるような良いお店・場所なんか田舎にはない。結局買った服を買ったところに着ていくことくらいしかない、上の話に戻る。



じゃあどうすればいいのかってすごく難しいと思うんだけど、自分地元にも面白いお店あるじゃん、って言いたい。

若い街だと老舗とかそういったお店も少ないけれど頑張ってるお店は見つけようと思えば、ある。



あとはうるさい爺婆を排除して、若者向けのイベントとかあったらいい。老害は自ら喪服を着るような気持ちを持ってほしい。




東京への憧れを葬って、その先へ

なぜかうまいトマトパスタの作り方

フライパンで湯を沸かす。火はずっと強火でさいごまで。

この時に塩とオイルとトマトをまるのまま入れとく。

トマトが水面から出てるようなら適当タイミングでひっくり返す。



沸騰したらパスタをそのまま茹でる。

茹だったら菜箸でパスタを押さえたりしながら適当に湯を捨てる。

多少の湯は残っててok。



オイルをドバッとかける。

フライパンを振ったりしながらトマトを潰す。

最後に塩コショウで味をととのえる。



以上。

 

 

もう全存在恋愛など絶対にしない

裏切られるだけの人生だった。

高校生のころから3年付き合っていた彼女には浮気して振られた。メール一方的に別れてくださいと言われた。なんでと聞いても理由は答えてくれなかった。知人から彼女浮気していたことを聞いた。ありふれた話だが僕にはとても耐えきれるものではなかった。そして僕はタバコを吸い始めた。

その後半年付き合った彼女にもまた一方的理由なく振られた。最後になかばレイプのような形で愛情を示すために襲い掛かった。しかしこれでもかと拒絶された。

それから半年たってさみしくなってデリヘルを呼んだ。同い年でとてもかわいくてきさくな彼女に言い寄ったが当然、拒否された。その後デリヘルホームページ彼女が500分で呼ばれて抱かれていることを知りひどい嫉妬を覚えた。

もうどうでもいい。恋愛義理を持ち込む僕が馬鹿だったのだ。もう愛することなどしない。ただセックスするためだけに口説くし同情などしない。女は簡単に裏切る。簡単になくくせに寂しいなんて腹の底では思っていない。女の涙なんか金輪際信じない。女の恋愛感情なんか信じない。好きになって惨めになって頭を下げたってこれっぽっちも情を寄せてくれたりなどしない。少なくとも僕は裏切るようなことなどしなかったし嫌だと思うだろうことは全て自制してきた。しか関係が続けば結局裏切らないほうが裏切られるだけだ。

もう全存在的に愛することなどしない。僕は簡単に裏切ることにするし嘘もつくし浮気もすることにする。もう女を手放しで信じることはやめる。もういい、もうどうでもいい。金輪際女など信じない。

2016-06-24

おれはカクヨム落選した人間だ.。だが撤退はしない。

http://togetter.com/li/991000

このまとめを読んで思ったことをつらつら書こうか……と思って帰ってみたら大幅に補記されてる! でも全部読み通す気力はないので(ごめん!)、とある更新部分までを読んだ段階での、生煮えのおれなりの感慨を書く。


おれもカクヨム小説の大賞を狙って投稿した人間だ。ジャンルは「恋愛ラブコメ」だった。

おれは結果としてカスリもしなかったようだ。でもおれは大賞を取った作品に対して、是非はクリエイティヴな「批評」として論じたいが、読まれた功績は素直に認められる。負け惜しみとか妬みとか嫉みとか、そういうものはない。

何故なら、おれは全力を出し尽くしたからだ。おれの持てる全ての力を振り絞って、作品に対して集中して書き切ったからだ。

おれもウケを狙ってショートショートを書いてみたりしたよ。カクヨムではそういうのもウケるみたいだからな。でもボロクソに言われた。

言われたことももちろんショックだったんだけれど、おれがショックだったのはそういう批判ではなく(批判する権利は誰にでもある)、その批判に応えられなかったからだ。作品がその批判に対抗出来る力を持っていないと思ったからだ。安直動機で書いたことを見抜かれたからだ。

読者は貴重な時間を費やして読んでくれるんだ。批判もまた、その好意の裏返しだ。それに対してきちんと応えられないウケ狙いの安易作品を書くことがどれだけ下らないことか、その時良く分かったよ。

逆に言えば、批判否定されてもそれに応えられるだけのものとは、大賞の受賞を逃しても納得出来るだけの、自分は精一杯全てを出し尽くしたと言い切れるもののはずなんだ。おれは大賞を狙った十万字の小説に対してそれだけの情熱を注げた。それは断言出来る。

おれは読んでないからなんとも言えないが、イスカリオテ湯葉さんの作品もきっとそれだけのありったけの力を振り絞って書いた作品なんだろう。だからまれるだけの力があるんだろうな。それは結局実力の差、あるいは時の運、その他諸々が絡み合って出された当然の帰結なんだ。

おれは『カッコーの巣の上で』という映画が好きだ。あの映画で、閉鎖的な病院から抜け出すべく水飲み場の台を持ち上げて窓ガラスを壊そうとするマクマーフィという男が登場する。そいつは結局その水飲み場の台を持ちあげられない。でも、最後にひと言言うんだ。「でも努力はしたぜ/チャレンジした」と。

おれの今の心境も同じだよ。おれは努力した。全力を振り絞って書いた。なけなしの力を、これ以上ないというほど、血を吐くような思いで書き切った。だから落選したが、ボロクソにも言われたが、不思議と傷はついてない。むしろ爽やかな気分だよ。やり切った、って充実感/達成感がプライドとして守ってくれるからな。

おれは努力した。燃え尽きたよ。これからまた小説を書くのかどうかは分からないが、おれはカクヨムという場は好きだ。だから撤退はしない。


っていうことを書こうと思って(そういう部分だけ読んだんだよ!)家に帰ったら、なんか怒りをこじらせた挙句の果てにご覧の有様だよ! でもここまで考えたことをムダにはしたくないので、敢えて増田で書き捨てる。ごめんな!

http://anond.hatelabo.jp/20160624212903

まあそれなりにつるんでた一応の友達のよしみで、最後に一度だけ真面目に忠告しろ

それで改まらなかったら心置きなく縁を切れ

プロジェクターと高級スピーカーAV鑑賞

知人の家に高価なシアターセット(総額100万超)があるので、ネタAVを見てみようということになった。

タイトルは今年前半で一番の話題作かもしれない「羽咲みはるDiscovery』」(blueray版)だ。



結論簡単に言うと、見れたものじゃなかった。

映画普通ドラマと違って、AV映像作品としてのクオリティ低すぎ。特に音声の録音環境が悪すぎ。

良い再生環境を使うと、元の作品の粗さが目立ってしまうことがあるが、まさにそれだった。

「羽咲みはるDiscovery』」は、比較的ちゃんと作られている方の作品から

前半のインタビュー部分で全裸になったところくらいまでは悪くなかったが、

いざ本番が始まると途端にクオリティの低さが目立ち始め、どこか白ける感じに。

最後まで見るのも退屈で、2回めの絡みの途中で再生終了。



まあ、所詮AVなんてそんなもんだよね、ということでAV鑑賞会はお開きになった。

ウラケンってデジタル作画になったん?

なんか表紙の塗りがデジタル使い始めっぽいのっぺりした感じになっちゃってるし漫画の方も最後の方まるっきり線のタッチが違ってるし。

元彼が自殺しそうで怖い

付き合ったり、別れたりを繰り返していた人とついに別れた。

二年以上付き合って、結婚も考えていた。だけど、いろいろな理由が重なって別れることを選んだ。

別れ話をすると決まって、「つぎ誰かと付き合ったらそいつを殺す」と脅迫してきたり、

「○○ちゃんと一緒にいれないなら死ぬ」などと言う人だった。もういい大人だというのに、私の気を引くのに必死だった。

普段はとても優しくて、わがままも受け入れてくれて、周りからも慕われている人なのに、別れ話をすると人が変わったように意味不明なことを言った。

怖かった。でも優しくされると、やっぱり好きだと思ってしまった。いま思えば精神DVだったのだろうか。

結局、ズルズルと1年も引きずってしまった。

そんな彼に疲れ、ようやく愛想が尽き、「もう無理、好きでもない、お願いだから一人にしてください」ときっぱり伝えた。

先週のことだった。

その日の彼はいつになく冷静で「わかった」と言って、私の家を出て行った。

「もうこの街に来ることもないだろうから最後に思い出の店で飲んでくるよ」

車で来ていたことを思い出した私は、「飲むなら電車か、代行で帰ってね」と言った。

23時。彼からラインが届いた。

「帰ります

きちんと電車で帰ったかどうか確認したくて電話をすると、運転しているような音が聞こえた。

別れ話をしたあとは決まっておかしな行動をする彼だ。まさかと思った。

「ねえ、飲酒運転してるの?代行だよね?お願いだから馬鹿なことはしないで」

そう言うと、電話が切れた。

すぐに掛け直したが「もうほっといてくれ。もうどうでもいいんだ。」と言って、切れてしまった。

飲酒運転をしている、と思った私はすぐに警察通報した。

しかし、「実際に飲酒運転をしている現場を見たわけじゃないんでしょう?それにどこにいるかからないなら探しようがない」と一方的に話を終えられてしまった。

しばらくして警官が家に来たが、今の状況では何もできませんということだった。

その後も何度も彼に電話をし、「飲酒運転だけはやめて、今すぐ車を止めて」と泣きながら訴えた。

私のあまりの泣きように驚いたらしく、彼も落ち着きを取り戻していた。

結局、代行で帰っていたらしい。最後までかまってちゃんだった。

一度、「あなたのことが怖い」と言ったことがあった。すると彼は、「何が怖いの?本物の銃を持っていること?」と答えた。

驚いて何も言えなかったし、冗談だと思った。本当かどうかなんて証拠もないし、ただただ恐怖に怯えている。

殺されることじゃない。彼が自殺してしまうんじゃないか、という恐怖だ。

彼は男性更年期突入している年齢だ。

自殺率が高い年代でもある。

私と別れたあと、会社も辞めてしまったらしい。

退職金海外旅行でもすると言っているそうだ。

彼が死んでしまわないかだけが心配で、つい連絡しそうになる。

彼が自殺するくらいなら、一緒にいてもいいと思ってしまう。

友達は私の身を心配してくれている。早く引越したほうがいい、とも。

本当は誰かに相談したいけれど、脅迫と呼べるほどのことでもないし、銃を本当に持ってるかなんて分からない。

しつこいメール電話があるわけでもないし、実害もない。ただただ見えない恐怖があるだけだ。

どうしたらいいのか分からない。一言、元気?とでもラインしたほうがいいのだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160624161930

ていうか俺がここで言いたいのは、

最後一言まで完璧に歌いきりたい人って実際そんなに居ないんじゃないのか?」

「見えない圧力でみんな仕方なくカラオケのしきたりを守ってるだけなんじゃないの?」っていう点なんだよね


もし違うなら素直に取り下げるつもり

http://anond.hatelabo.jp/20160624161236

けれどもそれには言い訳が必ずつきものだよね


「ごめん2番知らないんだよね」

「ここ長いんだよね」って


なぜ途中で切るのにこれらの言い訳必要かというとカラオケ最後まで歌い切るものという圧力があるからじゃないのか?

もしくは、途中でぶつ切ってもいいのはそれだけ気の置けない相手からだよ

途中でぶつ切る行為ちょっとした無礼にあたるのは事実だろ

やっぱり人間生活を支えている根本のパワーって知力やら筋力やらなんやらより、精神力だなあと。

勝って兜の緒を締めよとはよく言ったもので、自分の持てる能力を総動員して事にあたり、やっと勝ちを確信するところにたどり着いても、そこで精神力ちょっと緩んだ最後の瞬間にすべてが崩壊してしまう。

唖然として何も考えられなくなる。絶望する。死にたくなる。

だけど、そこからまた前を向いて歩き出すことができる。これも健康精神のおかげだ。

 

 

などと、ぎりぎりでトイレにたどり着くも安堵で気と肛門が緩んでしまパンツを下ろす前に漏れしまったものを今処理し終わって、しみじみ思う32歳の夏であった。

隙あらばスクールカースト語り始める洋楽親父は悲惨

オルタナインディロックピッチフォーク系を聴いてる奴は暗いナード!」

普通の人なら社会に出てから勝ち取ったステータスを誇りそうなものですが、

ポップやハードロックダンスフロア系が好きなカースト上位気取りの洋楽親父の一部は隙あらばスクールカースト語りでこんなマウンティングを始めます

一昔前ツイッターで「成人式ヤンキーが暴れるのはヤンキー優等生と一緒に過ごす最後の機会だからだ」という論で盛り上がりました。

マウンティング洋楽親父は成人式以降も洋楽という共通話題で暴れているヤンキーみたいなもんですね。

研究で高い知能の人はレディオヘッドスフィアスティーブンスなどを聴き、低い人はビヨンセという結果があります

http://sp.ro69.jp/news/detail/112223

もう社会に出た段階でポップやハードロックダンスフロア系が好きなマウンティング洋楽親父と彼らの言う“オルタナインディロックピッチフォーク系を聴いてる暗いナード!”の地位は逆転しているのでは?

写真談義に完全に乗り遅れたけど聞いて!

出張から帰ってきたらカメラ談義で手斧飛び交いまくってたことを知ってとても悔しい気分だよ!

僕も手斧で殴りあいたかった!

もう全然旬が過ぎた話題だけど、増田書くよ!



被写体への愛とか、アマチュア一眼レフ捨てろとか、手っ取り早く撮影できるコツを教えろとか、ひとまずみんな正しいよね。

だけど、写真を撮る上で本当に本当に根幹にある部分について誰もまだ言及してないことがあるよ。

それはね、写真に映る世界は撮り手が見てる世界しかないってことだよ。



だってカメラ透明人間ではないから、その空間には必ず撮り手がいるはずなんだ。

から写真には必ず撮影者と被写体関係性が映るはずなんだよね。

その関係性っていうのが、人が写真を通してみたいものの一つでもあるんだ。

例えば被写体とのダイレクト関係性を写す写真かといえば梅佳代ちゃんだよね。

あん写真コミュ症の僕には逆立ちしたって撮れないよ。

そもそも逆立ちできないし、でももしかしたらそんな惨めな姿を眼の前にしている人との意外な関係性が写せるかもしれないね



被写体との関係性を高い次元成功させているのはアンリカルティエブレッソンだよね。

彼は決定的瞬間を発明した人間として有名だけど、それよりもすごいのは膨大な数のストリートスナップだと僕は思っているよ。

どうしてそんな瞬間に居合わせたんだろうっていう写真もあれば、写ってる人に見つかったら大変なことになりそうなドキドキを感じる写真もあるよね。



被写体に愛があることは大事だけど、被写体に愛がないというのも関係性なんだ。

それをどちらが好ましいかは個人のセンスしかないよ。

商用であることを前提にしないなら、そんなことを気にする必要なんてないんだ。

それよりも何よりも愚かなことは、自らの関係性に目を背けて他人関係性を真似しようとしかしないことだ。

当然関係性というのは人に対してだけじゃなくてものに対しても生まれるよ。

被写体に対してどういう想いがあったかによって見え方だって変わってくるし、感じたままを写そうとすれば撮り方だって変わってくるよね。

そんな他人でも作れる写真いくら量産したって、自分にとって何の意味も持たない。

これだけは断言してもいいよ。



次に機材の話。

関係性の表現に大切なのは、機材の表現力だ。

だって自分の目から見える世界カメラに写る写真とは同じはずがないからね。

から自分の見た世界にどれだけ近づけることができるかを考えて、機材を選ぶんだ。

高ければいい写真が撮れるなら、みんな高い機材使うよね。

違うよね。

君が機材との相性が合わなかったり合ったりを感じるのは、君が見てる世界との違和感を感じているからだよ。

からアマチュアだって一眼レフを使ってもいいし、使わなくてもいい。

どちらでもいいけど、自分が追い求めるべきは、自分の見てる世界表現だと割りきったほうが、余計な機材を買わなくて済むよね。



最後に手っ取り早くいい写真を取るコツ。

それはね、自分自分以外の関係性に恐れず一歩踏み込むことだよ。

ただ周辺が写ってる俯瞰写真だっていいじゃないか

もしそれが自分と周囲との関係性を表現してたなら、それをつまらないと言われたら腹が立つのは当然のことだよ。

だって、人の中に交わるより遠くから冷静に眺めてる事のほうが好きだ。

からレンズ24~50mmの画角帯をよく使ってるよ。

もしその奥さんが自分と周囲との関係性を汲みとって写真に撮ってと言ってたとしたなら、そしたら話は早いよね。

彼女視点から何が見えればを考えればいいんだ。

僕は奥さんのことを知らないからなんとも言えないけど、例えば僕が奥さんと一緒にいる時は、奥さんと子供が楽しそうにしている雰囲気を奥さん目線で撮ったり子供目線で撮ったりするよ。

この人に限って言えば、デジカメじゃなくてチェキを使って撮ったら面白いかなって思った。

暗い部屋の中ならフラッシュが届く距離も限られてくるし、すぐに写真を渡せるから相手リアクションを楽しみながらコツをつかめるんじゃないかな?



最後に、もし写真を楽しみたいならハイスペック防犯カメラになるのだけは止めよう。

そこにいるのはカメラじゃなくてあなた自身だよね。

その風景あなたがいて初めて出来上がった風景なんだから、それをしっかり写真に収めていこうよ!

そうしたら、きっとカメラ役割が記録から記憶に変わっていくと思うんだ!

みんな偉そうなことを言ってる割には、こんな基本的なことも忘れてんじゃない?

xevra先生に限って言えば、自分との関係性が写っていることを知っているか写真を隠し通してる気もするけどね。

だってあんな人を見下げる人と他人との関係性が美しいわけないもの

アニメ制作陣は、脚本作った段階でもうちょい判断せーや

最初3話まで面白くて、続きを見ていく度に期待感がうすれてきて、

最後に今まで見てきた時間返せよ、ってなるアニメが今期は多かった気がする。


脚本の段階で面白い面白くないかわかるやろ。

面白くないもの一生懸命作ってるスタッフ気持ちになったらつらいわ。


制作の語って、最初脚本完璧に仕上げて、

面白いってなってから他の作業に進んでるんですか?

それとも、見切り発車でなんとでもなるやろ、みたいな感じで、

進み始めてから時間との戦いで、妥協ラインで仕上げてたりしませんか?


面白くないもの仕事としてこなす作業スタッフは、作りながらどう思ってるのかな。

面白くないわこれって思ってるのかな。

自分がやってる作品からなんでも面白く見えちゃうと思ってるのかな。


とりあえず、今期のくまみこカバネリの失速感だけはギルクラに通じるものがあった。

作り手側は、もちろん常に面白いもの作ろうとしていて、

面白くないものを作ろうと思っているわけではない故の結果、てのはわかっているが、

それでもいろいろひどい…


新しいことやってるけど評価はされない、って荒木監督がどこかでインタビューにこたえてたが、

それは完全に作り手のエゴしかないんやで…

自分の手がけたものが常に面白くないものとして評価されるような場合は、

もっといろいろ見直した方がいいんじゃないですかね。身の振り方とか。

http://anond.hatelabo.jp/20141120095408

一瞬自分が書いたのかと思うほど、私の体験とかぶっていた。

私の場合女性であった。(当時40歳)。

最初は軽い自己卑下な感じの人かと思ったら、どんどんエスカレートしていき、私も退職するしか逃れる方法がなかった。

マネージメント層も相当苦しめられ、最後彼女自爆して強制退職となった。

私が当時を振り返ると、統合失調症なのだと思う。現実には起こっていないことを現実として認識(その全てがネガティブなこと)し、その原因を外部に向けていた。

http://anond.hatelabo.jp/20160624002005

惜しいな。あと何年かすると無敵の男になれるじゃないか

20代最後一年を楽しく過ごせばいい。

何やってもいいよ。

2016-06-23

ツッペペツッペペツッペペツッペペ

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って50回繰り返しいってみ?

新しいホライゾン、開けちゃうから、まじで




この界隈、もう一つの視点とか批判ばっかりで

ぜんぜん実行ともなってない奴らばかりみたいだけど

そういう自分とおさらばしたかったら、やってみ?



まじで

人生変える最後のチャンスだぞ?