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はてなキーワード: 少年とは

2016-09-26

朝ドラ史観気持ち悪さ

最近流行りという、異世界召喚されて現代の○○を駆使して云々、という作品についていけない。

そう思うのは、異世界にもその世界なりの歴史があり、そして流れがあるのであって、

それをさも現代主人公活躍するための踏み台のように描くのは、なんか歪んでるなーと感じるからだ。

まあ、あのジャンルも過当競争と淘汰が進んで、今はお約束に当てはまらない作品も増えているのだろうが。



似たような例が、歴史もの朝ドラだ。

朝ドラ史観では、主人公である女のやることはおおむね正しく、そして先進的というのがお約束になっている。

そして、主人公が直面する問題は、たいてい現代日本にもある何かと相場が決まっている。

たまに見ると、あ、これは流行りの××のことが言いたいんだな、というのが鼻につく作りになっていて、

正直気持ち悪いと感じる。



まあ、ドラマしょうがない。あくまフィクションだ。

当時の風潮をそのまま描いたら、場合によっては炎上しそうである

しかし、何か主張したいことがあるのなら、歴史を借りるべきではない。

それでリアリティを補強しようとするのは卑怯だと思う。

これはフィクションです、異世界ファンタジーですから、と断りを入れる謙虚さが必要ではないか

昔、『少年H』を読んだ時に感じた違和感の正体も、今から思えばそれだった。

あの作品では、戦時中の奇妙な空気に対し、作中の少年たちが冷静すぎるほど冷静にツッコミを入れていた。

そこだけはっきり、時代感覚がずれていたのだ。

フィクション自伝曖昧な(そしてたぶん意図的にそうしている)作品で、ああいうのをやるのは反則だと思う。

2016-09-25

思春期少年から大人に変わる

これよく考えたらクソつまんない歌詞だよな

徳永クリスタルボイスでごまかされてるけど

聲の形」見たのでおすすめする

はじめに

公式の書き方や、巷で燃えてる情報だとどんなところが魅力なのか分かりづらいなと思ったので

見るかどうか迷ってる人に向けて

どういうところが面白かったかなど書きます

 

ある程度あらすじを書かないと正直何も言えないので

導入部分だけネタバレします(いじめあたり)

 

もちろん大事な部分はネタバレしませんが

情報ゼロで見たい人は読まないようにしてください

 

ちなみに原作は読んでいません、あと私はおっさんです

  

全体的な感想ネタバレ無し)

正直予想を遥かに超える良い作品でした

Key作品を手掛けていたときのような京アニ彷彿とさせます

キャラの繊細な心理描写が、鼻に付かない程度に上手く表現されていて

一冊の小説を読んだかのような読了感を覚えました

 

テーマも非常に面白いです

一般的物語というのは人と人の関係によって生じるものが多いですが

この作品は「いじめっ子いじめられっ子障害者)」です

このような加害者被害者という関係性の作品は無いこともないですが、ここまで真正から

アプローチして面白くできていることに驚きました

まるで新しい味のラーメンを食べたときのような、「なんだこれ、旨いな」感がありました

 

原作シナリオ大分改良を重ねられているらしく、映画もできすぎているくらいによくできています

特に登場人物の心の変遷が面白いです

 

おすすめできる視聴者層ネタバレ無し)

この話は、もし小説だったなら学校図書室に置いてありそうな話です

なので、老若男女問わずおすすめできると思います

 

もちろん、もっとハチャメチャな展開を希望する人にはおすすめできませんし

小学生には難しいかもしれません

 

導入部分のあらすじ(ネタバレ

物語主人公石田将也が自殺を図る意味深なシーンからまり

そもそもなぜそうなったか小学校時代に遡ります

 

石田は小6の頃、元々粗暴なガキ大将タイプ少年でした。

どのクラスにも一人はいるような悪ガキですが、割りとクラスに溶け込んでいました。

 

そのクラス聴覚障害者西宮硝子が転校してきます

障害を持った児童普通学級に入ることはままありますが、様々な要因により、このクラスではうまく行きませんでした。

やる気のない教師。陰口を叩く女子。やがてそれはエスカレートしていき、明確にいじめに発展していきます

 

石田も、何を考えているかからないような彼女に対して「気持ち悪い」と思うようになり

途中からはいじめ筆頭として直接手を下すような存在となっていきました。

 

しかし、補聴器を何個も紛失させるなど度が過ぎたため、ほどなくしていじめがバレます

そしてクラスメイトはその罪を全て石田に負わせました。

それどころか、今度は仲の良かったクラスメイト石田いじめターゲットとするようになります

 

母親にもバレ、大金を弁償するという苦い思いをする石田

その石田に、いじめられていた西宮けが優しくしようとします。

しかしその行為理解できず、石田さら西宮に辛くあたるのでした。

 

そのまま何も解決せず、西宮は転校してしまます

 

石田は小6から高3まで「いじめっ子から近づかない方がいい」という理由いじめられます

それによってか、西宮硝子に対して行った罪の重さを自覚し、結果すっかり自己否定人間不信のような鬱屈した人間と変貌します。

人の顔すらまともに見れなくなった石田は耐えられなくなり、母親が払った弁償金をバイトで稼ぎ、そのまま死ぬつもりでいました。

 

そんな中、石田は通っていた手話教室で5年ぶりに西宮硝子と再開します。

果たして2人はどうなってしまうのか!

 

※ここまでが導入部分で、こっからスタートだと思います

おさえておきたいポイント

要点

 

疑問

これらが分かったとき、私は「いい作品だ」と思いました

その後の展開は?

 

石田西宮クラスメイトを中心に展開しま

 

個人的面白いと思った点

 

石田とともに罪悪感を覚える

最初石田○ねとしか思いませんが、いつの間にか感情移入していきます

すると西宮とどうなろうが、必ず罪悪感がつきまとい、優しい行動にすら違和感を覚えていきます

「俺なんかが話していいのか」「嫌がっていないか」「喜んでもらうにはどうすればいいのか」

そんな感情ラブストーリーで感じるものに少し似ていますが、罪の意識が強い分、別の何かです

喩えるならヤマアラシジレンマでしょうか(エヴァネタ

このモヤモヤ感は是非味わってほしいです

 

登場人物の変遷が面白い

西宮という存在によって、登場人物が思い悩みます

そして西宮自身も思い悩みます

 

そのどうしようもない中で、状況だけが変わっていきます

その登場人物の心情や状況がどんどん変遷していく過程面白いです

  

小学校時代西宮登場前と後、高校時代西宮登場前と後と、フェーズが多く

その上家族まで関わってくるため、なかなかに層の厚い話に仕上がっています

 

登場人物の配置

周りの登場人物が、いじめ筆頭から部外者まで連綿と配置されているところも面白いです

現実でも問題の中心に近い人だけが存在するわけではありません

西宮と他の者、石田と他の者の距離感一定ではないのですが、そのことで良いテイストが出ていると思います

  

加害者被害者

加害者被害者というテーマは実際のところ非常に難しいです

バランスを欠くとどちらかにご都合的になったり、ダレたり、気持ち悪さが残ります

でもこの作品はそういう灰汁が出てないんですよね

 

永束くん

永束くん

 

おわりに

聲の形はいいぞ

 

2016-09-23

ちょっと違うんじゃないかなあ

「乳くらい揉めないかなあ、と淡い期待もつこと」と、「『怒らない?』という前置き、からの『女友達に見せつけ』」との間にはかなりの距離があるし、そこを踏み出せない「平均的男子高校生」なんてそれこそ山ほどいるんじゃないの。失礼なことしてメンゴメンゴで済ませてるこいつの行為は「失敗」というようなかわいいもんじゃないとオレは思うんだけどね。



もし調子乗ったLINEの内容をうっかり見られて、激怒され、平謝りとかなら、まあかわいい「失敗」だし、それならオレもクズ予備とまでは言わないよ。そんなんに目くじら立ててたら、それは確かに「世の平均的男子高校生」がカワイソウすぎる。そこまで駄目なら、生き残るのは相当な特殊層だわな。でも今回のはそういう話じゃないだろ? 明らかに分かって意図的にやってるこの男の行動、もうちょいゲスい心根からくるやらしい行動だとオレには思えるな。今はまだ手の内が見え見えだが、それでもゲスゲスだしゲスなりの効果のある行為だよ。こういった「失敗」を「許させる」ことで、こいつの得るアドバンテージは確実に「ある」。本質的意味で、こいつは別に「失敗」なんてしてなくて、むしろハッキリ責めない元増田性格計算した上で狙い通りの結果を得てる、とも言えるよ。



たとえば…少年野球でも、手元狂った死球意図的なビーンボールは全くの別物と考えるべきだと思うね。効果計算して意図的にビーンボール投げるようなやつは、たとえ少年で、矯正可能性はまだあるとしても、決して「平均的な野球少年」とやらではないし、そう扱って大目に見たりはするべきじゃないと思う。やっぱりオレには、この男、放置しておけば確実にクズに成長すると思われるね。



とりあえず、オレが元増田のとーちゃんなら、「そういう男は即殴れ」と教える。今回殴れなくても、次にチャンスがあれば確実に殴れ、と。その方が「まともな男」に出会える確率は上がると思うがなあ。まあその「まともさ」つーのも「オレの基準で」に過ぎないけどな。

http://anond.hatelabo.jp/20160923150031

2016-09-22

少年ジャンプ漫画には本当に不幸な主人公を描いてほしい


ジャンプ漫画には才能や環境や友人や親や運に恵まれ主人公ばかりが出てくる。

何を読んでも、あー結局才能かって感じになるから全く共感できない。

今のジャンプ漫画主人公キラキラしすぎてる。リアリティがない。



救いや希望が皆無な主人公底辺でのたうちまわって最後には自殺するような作品が読みたい。

努力友情勝利とは無縁の主人公が生きることに苦しむ漫画が読みたい。

平凡な能力を持っていて環境が劣悪で運にも見放されたような主人公が死に物狂いで行動してなんとか食い扶持を確保してエンドっていう漫画が読みたい。

そして、本当に子供に読ませるべきなのはそういう作品だ。



この漫画主人公底辺で頑張ってるんだからスクールカースト底辺の僕もがんばろ!と思えるかもしれんし、「主人公とそっくりだ…自分も将来こうなるのか…そうなる前に死のう」と人生損切り(自殺)という正しい選択を早いうちから行えるかもしれん。

少年漫画役割子供人生を教えたり夢や希望を与えることだ。今のジャンプ漫画はそれがない。むしろ人生ハードモード少年の夢や希望を奪い、人生認識を歪ませる作品ばかりだ。



今後、少年ジャンプ編集者はよく考えて作品を選んでほしい。

2016-09-21

語られることのない凄い4コマ

http://anond.hatelabo.jp/20160921121536

2010年頃、ヤングチャンピオン列に連載されていた「ププッピDo!」。

アオリは「ちょっとエッチな笑える学園4コマ!」

で、内容はというと

タイトル燃え萌えナース!」

1~3コマ ぶち抜きで裸の女の子の絵

4コマ目 鼻血出して勃起した少年が親指立てて「童顔巨乳がGOOD!」

こんな3コマぶち抜きで裸のイラスト書いて4コマ目にコメント書いてあるだけのものが続く

えっ、どこが学園4コマ?どこが笑えるの?っていうか、これが4コマって呼べるの?

いろいろ衝撃を受けた。もうこれは漫画ですらない。

漫画が盛大に崩壊した例として単行本が出たら買おうと思っていたが

とうとう単行本が1冊も出ないまま終わった

斃の形【序盤あらすじ】

子供の頃はやんちゃだった。訳もわからずノリで体の不自由少女を苛めたりもした。

しかし、時が経てばその行為意味理解する仲間が徐々に現れてきた。

人を苛めるということは人倫にもとる行為であり、悪である。やってはいけないことだ。

バカだった私はその事を理解するのに、他の仲間よりも大分遅れをとった。

その報いは、竹内という教師一方的断罪によって、被害者少女への賠償という形で訪れる。

その後の人生悲惨だった。苛めの主犯格からターゲットへの格下げである

しかも、「悪」であった人間を叩くことができるのである。私は、合法的に人々の歪んだ全能感を満足させることの出来る都合の良い玩具になったのである

そして何年も経った。

私は高校生になったが、中学校時代よりコミュニケーション障害発症してから友達と呼べるものは愚かクラスの中で話し相手になるような人間もいない。

ただ時が過ぎるのを待つ日々であった。苛められないように、存在感を消して。

しかし、ある時そんな私にも転機が訪れる。

学校屋上から、一人の男子飛び降り自殺をしたのである天然パーマで背の小さく、尚且つ小太り。いかにも虐められそうな見掛けをしていた。名を永束という。

私にはその少年の<斃>が、これから数ヶ月の間に見ることになる様々な<斃の形>のほんの始まりに過ぎないことを、そのときは知らなかったのである

2016-09-20

ネタバレあり】蟹の形 あらすじ

小学校時代に耳の聞こえない障害者である硝子という少女を苛めていた石田少年

石田少年は決まって硝子少女補聴器を奪い去って何処かに放り投げてしまうのであった。

しかしその悪行も何度も重なれば懲罰の議に掛けられる。補聴器とは、小学生の考えうる金銭感覚では到底支払うことのできない程度に高価な品物だったのである

かくして高額な賠償金支払いを求められた石田少年は、義務教育の直後からアラスカ沖のたらば蟹漁船クルーとして働くことになる。

15年契約である。一度日本を離れれば、半年はずっと船の上での生活を迫られることになる。

冬のアラスカ沖でのたらば蟹漁は過酷を極める。地引網を引き上げる機械に腕や足を持って行かれ、クルーがそのまま海の藻屑となりたらば蟹の栄養となってしまうような事故が相次いだ。あるいは、極寒の吹雪が吹き荒れる海上で、寒さに負けて天使意識を持って行かれる者もいた。

そうでなくても船内の生活慢性的食糧不足に加え、娯楽の不足から発生するストレスが、船内の生き残った船員たちに有りもしないヒエラルキーを<形>作っていったのである

(ネタバレ注意)瞽の形 感想

石田かい主人公の周りには常に可愛い女の子が何人もまとわりついている。

だが、主人公は目が見えない障害者。まとわりついてくる女の子の事を全く認識できない。

手を探れば胸を揉む、何かを触れば尻が揺れる。そんな周りから見れば桃源郷とも言える環境であっても、当人の目が見えなければそれはスライムに覆われた中で生活するに等しい。

であるが故に幸せを実感出来ないのは不幸なのか否か? を問うような作品であった。

なお、劇中クライマックスシーンでは突如として現れる巨大ダンプカーに、石田少年及び周りの少女たちが巻き込まれて吹き飛ばされる場面がある。

この時、石田少年以外の女子は全員全身を強く打って即死するのであるが、唯一生き残った石田少年が直前の状態と変わらず血と臓物塗れの肉塊の中でうざったそうにしている表情は一見価値アリだと感じた。

見えない方が良い<形>だってあるのだと。

(ネタバレ)茸の形

高校三年生石田将也少年はある日小学校時代に苛めていた少女と再会する。

そこは市民会館であり、手話ワークショップが開かれていたーーようにみえた。

しかし、そこは手話教室などではなく実際は手コキ教室だったのだ。

手コキ教室に通う少女練習に使うモノはーー茸。

その<形>は、将也少年下腹部に生える茸のそれと、どことなく似ていた。

贄の形 (未見の方注意。ネタバレがあります)

小さい頃に小動物を殺しては人の目に見える場所放置し、写真を撮り拡散させることで「神への捧げ者」とする秘密めいた儀式を行っていた将也少年が、ある日人身御供として地鎮の儀式に捧げられようとする少女・硝子に恋をする。

しかし、将也少年組織のしきたりには逆らえず自ら硝子を神への生贄として捧げてしまうのであった。

そして後悔に苛まれながらも青年になり、広い世界を旅するようになった将也青年は、世界中で今も行われている「生贄」の様々な<形>を目にするのであった。

2016-09-19

釣れていますか?

と声掛け…釣り人次々突き落とし逃走 少年か、殺人未遂容疑で捜査

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160919-00000516-san-soci

2016-09-18

大学中退して起業()予定の18歳が笑われてるけどさ

金曜日に、ホッテントリに↓の記事が上がってて、読んだ人は多いと思う。

 

4ヶ月で大学中退起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。

http://www.ishidanohanashi.com/entry/2016/09/15/193000

 

んで、ブコメをみたら、嘲笑の嵐ですねww

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.ishidanohanashi.com/entry/2016/09/15/193000

 

40年前ならヒッピー、30年前なら新興宗教20年前ならマルチ商法10年前ならバックパッカーやってたような層が2016年にやるのがブログ起業なんだろな

おかしセミナーにハマった息子が起業するとか言って大学を辞めてしまいました」 そろそろ被害者の会が結成されそうな予感(ワクワク)

おいおい。楽な方に楽な方に流されてるだけじゃん。挑戦でも何でもない。ただの逃避だ。あと書いてる事が全てポエムしかない事に気付いてるんだろうか。

煽りブロガーにいいように洗脳されてるように見えて、個人的にはモヤモヤするなあ。皆似たようなこと言って同じようなことやってるから区別がつかない。

意識高い高いし過ぎて、胡散臭い人脈にハマってしまったようだな。なぜ起業中退がワンセットなのか、学生のまま起業すれば良いじゃ無いか・・・

 

 

まあ俺も、この人が成功しそうには思えないし、痛々しいなぁって思うよ。

レールに乗りたくないっていうけど、名前もきいたことない大学に入ってる時点でこいつはまずレールに乗れてないからな。

それに、「挫折体験かいうのが高校部活の話で萎えた。しかも何が挫折なのかよくわからんし。企業就職面接における自己PRで「サークル」の話をしても、じつは採用担当には全くウケないわけだけど(とはいサークルバイトぐらいしかネタがない学生が大半なんだけど)、多くの大学生世間を知らなくて、その話題社会人にとっていかにつまらんかを想像できてない。そこへきて高校部活かよ、と・・・

他にも言ってることがいちいち、凡庸のものなわけ。ブログカレッジ()界隈の定番クオリティって感じ。

それでブコメで叩かれるのはよくわかるんだ。

 

でもよく考えたら、俺だって18歳の頃は似たような感じで迷走してたわ。

 

高校はけっこう偏差値が高かったんだけど、大学いくのダルかったから、卒業後は微妙IT系専門学校にいって時間つぶしてた。

IT系っつっても、俺は起業とかはまったく目指してなくて(今みたいにWebサービスとかスマホゲームベンチャーみたいなわかりやすモデルもなかったし)、言うのも恥ずかしいんだけど、漠然ゲーム関係クリエイターのようなものか、つながりが変なんだけど作家みたいなものを目指してた。今は自分でもバカだなって思うし、むしろ意味分かんないぐらいなんだけど、とにかくそんな感じだった。

でも大した努力はしてなかったね。要は、面倒なことから逃げてただけ。そして努力から逃げるための言い訳として、「他のやつと同じように無難大学行って就職するなんてダサい」みたいな妙な美学自分なかにあったんだよね。

その時のマインドは、けっこう↑のやつと似てるかもww

まあ似てないかも知れないけど、安易に↑のやつをバカにできない程度には痛々しい若者だった。

 

違うところがあるとすれば、もともと勉強はできるほうだったことと、周囲に埋もれるタイプではなかったことかなぁ。

ただそれも俺の場合は悪い方に出てたね。タチが悪いと自分でも思うんだけど、それなりに偏差値の高い高校を出てるから、心のどこかで専門学校の周りのやつらを見下してるところがあった。地元専門学校だったから、俺の高校名を聞くとだいたいみんな知ってて、「えっ、その学校からなんでここに?」みたいなことを言われる状態しょうもないけど、ちょっと数学っぽい話になったときとか、難しい漢字が出てきたときとか、俺しか分かる奴がいないみたいな場面がたまにある感じ。

そうすると自分がなんとなく、選ばれた人間みたいな感覚を持ってしまうんだよね。しかも、もともと小さい頃からあいつは変わってる」みたいに言われることが多くて、要は個性的少年だったこともあり、「俺はとにかく、何かで成功するはず」みたいなイメージを持っていた。

高校同級生は、旧帝〜駅弁ぐらいまで幅はあったけど、まあふつう大学に行ってて、たまに集まると俺は何をしてるんだという話になるわけだけど、「変な道に進んでるけど、俺はこれでいいんだ」みたいなことを語ってた気がする。

 

しかしその学校に入ってしばらく経つと、自分には特に目立った才能がないことがだんだんわかってきたのと、「努力から逃げているだけ」ってことにも気付いてきて、焦りを感じ始めたな。あの頃は苦しかった。同じ学校の、バカにしてた同級生がなんかのコンテスト入賞したというのを知ったり、同じくバカにしてた先輩がけっこういい会社就職したと聞いたり。

 

それで俺の場合は、↑のブロガーのように起業とかをするのではなく、色々考えた結果、レールに乗り直す方向に行きました。

学校中退して、受験勉強して大学に行くことに。さすがに私学に行くのは親に悪いと思って、実家から通える国立に行ったんだけど、専門学校入学金とか授業料ってけっこう高かったから、親のスネはかなりかじった感がある。

 

んで大学に行ってみるとさ、これが思った以上に面白いわけ。

↑のブロガー大学がつまらんと言ってるけど、俺の想像ではそれは偏差値の低いところに楽して入ったからであって、ほんとは大学ってけっこう凄いところなんだよね。いろんな専門の人がいるし、教授の中にはその分野では世界的に有名な人とかもいるわけ。

それに勉強って、やり始める前はダルいんだけど、やってみるとどんどん視界が広がってきて、あれも知りたいこれも知りたいってなるんだよね。

「レールに乗る」とかいうけど、一回乗ったら終わりじゃなくて、案外「乗り換え」のタイミングが何度もあるんだよ。そして大学に入った後のレールって、1番線から3番線みたいな狭い範囲じゃなくって、100本、1000本って単位であるから、ほんと自由だし、自分自身の工夫や努力リスクテイクが試される世界だと思う。

さっき偏差値が低い大学バカにしたけど、偏差値が低いところでもある程度以上まじめにやれば、似たようなもんだと思うわ。

 

それで俺は結局、親のスネをさらにかじる方向、つまり大学院にも行くことにした。修士就職するかどうかは迷ったけど、結局博士課程まで出て、今はそこそこの大企業材料系の研究職についてます博士課程ぐらいまでいくと、レールに乗っても電車勝手に動いてはくれないというか、レールが途中で切れているような世界から、もはやレールに乗るとか乗らないとかい概念はどうでもよくなって、努力するしかない。

就職したときもさ、そりゃ起業する人に比べれば安全選択肢だったかもしれんけど、レールに乗ったまま楽に進んできたとか、レールに沿って決められた行き先に流されるように辿りついたという感覚はなかったなぁ。そして今も今後もけっこう競争があるから、気を緩められない。

 

振り返ると、高校卒業時に「レールに乗りたくない」と思って大学受験回避し、これはまずいと思って「レールに乗りなおそう」と大学に行き、行ってみたら「レールが多すぎてカオス」な状態経験し、しか自分で選んだレールを少し進んでみたら「レールに乗ってても電車が進まない」、そして「レールが途中で切れている」みたいな世界に至って、ぜんぜん安易ではないところに来てしまったわけです。

なんていうかさ、冒頭のブログ主がいうような「レールに沿ったつまらない人生」って、どこにあるんだよって感じがするわ。

 

 

冒頭のブログとそのブコメを読んで、俺がまずブログ主に言いたいと思ったのは、「レールに沿った人生」ってそんなわかりやすものはどこにもねーよってこと。

このブログ主は、大学に行って企業役所就職する人たちを「レールに沿ったつまらない人生」とか言ってバカにしてるかもしれんけど、それは視野が狭い。大学に行って就職するのって、そんな単純なものではなくて、いろいろな自由不安や試練があるものなんだよ。俺は研究職だけど、事務職でも営業職でも、付き合いのある範囲で聞いてると、同じように自由多様性があるように思える。

 

それでブコメの人たちに言いたいのは、「べつに18歳ぐらいなら血迷っててもいいでしょ」ってこと。俺は↑のブログ主が、起業成功するとは思えんよ。まぁよく知らない人だから、ひょっとしたら成功するかもしれんけど、直観的にいえばこいつはダメだろう。

だけどまだ18歳だぜ。このぐらいの年齢で多少血迷ったことを考えるのはむしろ健全なことだと思うし、俺みたいに後からレールに乗り直す道だってあるんだよ。社会人になってから大学大学院に行く人だってけっこういるでしょ。

ブログ主を叩いてる人たちだって、多かれ少なかれ若い頃に迷走してるんじゃないかと思うし、むしろ迷走した経験のないやつの人生なんて厚みが足りないとすら思うよ俺は(半分は自己正当化だけど)。

 

双方に言えるのは、キャリアって今の日本でもけっこう多様なんだということをあまり認識してないってことかな。それを認識してたら、こんなブログを書くことも、こんなブログ過剰反応することもないはずだ。

 

 

(追記)

あと↑のブログへのブコメを見てて気になったのは、「好きにすればいいけど、親に頼るなよ」とかいコメがチラホラあったことかな。

べつに、頼れるなら親に頼ったっていいでしょ。経済力があるなら。

それに、外野いくら「親に頼るな」「自己責任」なんて言ったって、親はなんだかんだで、子どもサポートは最大限したいと思うもんだと思うよ。

俺はまだ子どもが小さいけど、こいつが大きくなって血迷った選択肢に走ったら、「おいおい落ち着け」と一応は言うものの、心のどこかで、「俺の財布が尽きるまではセーフティネットになってやろう」って考えると思う。

俺は自分の親のスネをかじりまくっていて、けっこう負担をかけたと思うけど、どっちかというと親は息子の成長ぶりに満足げに見える。だから俺はその恩を、親に返すというよりは、むしろ自分の子ものわがままを聞いてやるという形で返していきたいと思う。

 

 

ホッテントリ入りしてたのでさらに追記》

気づいたら総合トップにいて、本エントリへもブクマがたくさんついていた。まとめると、

というのが主な反応。なるほど。

彼のブログの続きをみると、一応、Webサービスの開発に挑戦しているみたいなので、「起業」という名の「アフィブログと有料サロン」みたいなビジネスモデルに走らないことを祈る。

 

映画聲の形」"私(達)の時代の話をしているんだ"

2016年9月17日今日公開の映画聲の形」を観てきた。

写実的実存感に溢れる流麗な映像と共にかかるThe WHOのMy Generationに、山田尚子監督京都アニメーションの円熟と"私(達)の時代の話をしているんだ"という監督の高らかな宣言を感じた。

単行本7巻分の原作を2時間シェイプアップされた映像は、大胆な再構成説明要素の排除で進行される。

この映画は将也の物語だ。

原作で描かれた硝子の主観ほぼほぼ排除されている。硝子は聴覚障害があり、手話不明瞭な言葉しかコミュニケーションを取ることが出来ない。

それは劇中でもありのまま描かれ、我々健聴者は彼女が何を言っているのか正確に理解できない。

将也や、その他の登場人物の反応で保管できる部分はあるが、原作のように硝子の視点も用意されておらず、想像範疇を出ない。(なんとモノローグすらない)

まり観客は彼女同化することを構造上許されていないのだ。(これは字幕上映を観ることで考えが変わるかもしれない)

物言えぬ硝子を介して、将也はコミュニケーションを、人の間で生きていくことを学ぶ。

しか原作で大きく扱われていた周辺登場人物との関係欺瞞に満ちた映画作り〜かつて失くしたコミュニケーションの復活・その崩壊・硝子による再構築)も排除されている。

将也の成長物語のみに徹底的にフォーカスした結果、将也の成長を促す硝子を含むすべての周辺登場人物へのフォーカスを切り捨てたのだ。

それでは山田尚子監督及び京都アニメーションスタッフ陣はどのような物語演出方法を取ったのか?

それは徹底的なリアリズムと情感を託された映像密度と、そこにあるもの以外語らない、という選択だったのだと思う。

ノイジーでインダストリアル劇伴と静かに喋る将也と物言えぬ硝子。大きなカタルシスを用意するでもなく(物語上には存在するが、ここで挙げるのは演出上のカタルシス)、ただただ丁寧に心の機微は描く。

その役割言語化されたコミュニケーション大前提劇映画では異常なほど、人物(言語)ではなく映像に委ねられている。

象徴的に繰り返し映し出される様々な花のモチーフにも、それぞれ意味があり、雄弁に語る。しかしそこに言語はない。

とても静かな映画だった。

それは聴覚障害コミュニケーション少年の成長、という大きな主題映像化する上でベター選択だったし、原作モノを再解釈して色を付ける、しかあくま原作範疇から出ることはせず、映像化にあたっての最良の選択だった。

けいおん!」で見せた山田尚子監督バケモノ級の構成力がいままさに円熟しているのを感じずには居られなかった。

もちろんその演出選択できる体力としての京都アニメーションスタッフ技量があってのこの映画だったと思う。

響け!ユーフォニアム」で到達点を見せたと思われた、写実的被写体キャメラ存在を追求した京都アニメーションレイアウト撮影までの画作りの更なる進化があってこそ、将也の心情に寄り添った雄弁な映像は生まれたのだ。

先週観た「君の名は。」で新海誠が描いていた、印象だけで構成された陳腐空虚しかないセンスの欠片もない映像と退屈で死にそうなほど単純なボーイミーツガールポストエヴァ世代の終わりなき呪縛を今作は問題外と言わんばかりに完璧凌駕していた。比較対象雑魚すぎるきらいもあるが、あらゆる意味次元が違った。

新海誠代表されるセカイ系次世代として2000年代後半に登場した、近景に特化した所謂空気系旗手として君臨した「けいおん!」は物語歴史の中でノスタルジックかつアブストラクトエポック作品だったが、その監督である山田尚子京都アニメーションさらなる次世代を紡ぐ、体制側・システムとしての完成をみたのが今作だったと思う。

オルタナティブとしての物語自分ストーリーとして受け取る現世代のための物語装置を創りだすシステムとしての京都アニメーション

圧倒的なクオリティと確実なチョイスで、先陣を切りそれを体現していく山田尚子恐ろしいことに今回は萌え武器にもしていないのだ。

派手な爆発も、世界を救う大いなる力も、悩める個人と直結したセカイも、今作の持つ超弩級の冷静さの前では旧態依然とした使い古されたアイデアしか無かった。

それでも丁寧に丁寧に人の手で作られたアニメーションは、絵が動き、実写以上の実存感を持って我々の心に寄り添い訴えてくる。

時代に生きられることに感謝し、最大級の賛美を持って新時代の幕開けを向かい入れたいと思った。

必見。

最悪な夏休みだった


夏休みは最悪だった。

行動すれば何か変わると思ってた。人生好転する出来事出会えるんじゃないかと思った。漫画的なドラマチックな幸運が訪れるんじゃないかと思っていた。

ベリーハード人生を生きているキモイ顔と肌の恋愛負け組灰色青春無気力アトピーゾンビに転機が訪れることはなかった。

現実非情である

海に行った。

半袖半ズボンで行った。水着アトピーゾンビウイルスの汚さがさらされるのでやめた。

まれた健常者たちが楽しそうに人生を楽しんでいた。容姿に優れた女のほうが露出が多いのが面白かった。

アトピーゾンビウイルスの汚い肌に潮風が染みて痛かった。同い年くらいの健常者男女が楽しそうに砂浜を歩いていた。

ギャル男みたいな人たちから嘲笑を受けた。二十代女たちの笑いの対象にされた。

きもいだのやばいだの小声で言われた。

アトピーゾンビ友達恋人いたことがない。海で対称的な人生を見せられた。行かなきゃよかった。

プールに行った。

友達家族恋人と一緒の人が多かった。アトピーゾンビは汚い容姿と肌なので服を着て徘徊した。

アトピーゾンビ人生いか悲惨で不幸でつまらないでごみなのか再認識できた。よかったよかtった。

一人でプールに行っても何もいいことない。ナンパできるほど容姿に優れていれば違ったのだろうが。結局容姿がすべてなんだなと思った。

あーいやなこと思い出した。アトピーゾンビウイルス治療の影響で眉毛がなくなったんだけど、それを恵まれ他人の健常者中学生馬鹿にしてきたのだ。まゆげねーwwwwうけるwwwwゲラゲラって感じだ。まあいいや。行かなきゃよかった。いやな思いでが増えただけだった。

夏祭りに行った。

浴衣姿の女の子が沢山いた。一生こういう女の子たちと関われることはないんだろうなだってキモイアトピーゾンビから。と思った。

カップルも多かった。一緒にたこ焼き食べてたり祭りの外で雑談してた。楽しそうだった。アトピーゾンビ人生には一生ないイベントなんだろうなと思った。

同い年くらいの男女六人組が楽しそうにしてた。見下されそうでびくびくして下を見て早足で横を通り過ぎてすぐ祭り会場の隅っこに隠れた。

彼女らは今が人生ピーク!って感じが凄いした。

アトピーゾンビ人生には起きないイベントを当たり前のようにこなしてていいなーと思った。

あのなかで片思いや両想いの人がいるんだろうな。ドキドキして楽しいんだろうな。

青春を謳歌しているな。あのグループ容姿に優れたひとばかりだから人生楽しくて仕方ないんだろうな。

アトピーゾンビ容姿に優れていたらあの輪の中に入れたんだろうな。

人生は生まれてきた瞬間に勝負がついてるんだな。と思った。

その思い出が生きる活力になるんだろうな。アトピーゾンビ人生つまんないな。

まれてきたのが間違いだったな。虐待いじめアトピーゾンビウイルスもなければ楽しい人生だったんだろうな。

健常者のサンドバックとして生まれてきたんだろうな。日本で一番不幸なアトピーゾンビはいつになったら楽しいイベントが起きるんだろうな。と思った。


花火を見た

田舎花火を見た。糞田舎らしく、何の感動もないつまらない花火だった。

ぼーっと何も考えずに眺めていた。周りの健常者は楽しそうにしていた。

どんな花火でもまともな家族容姿の優れた友達恋人とみれば美しい思い出になるのだろう。

ただつまらない思い出が増えただけだった。みなきゃよかった。


ギターを買ってみた

一万円くらいの安いギター初心者用の教則本を買った。

ギター教室に行くという選択肢脳内にあったが、キモイ肌とでかい頭と一重と腫れぼったい唇とでかい鼻と、がさついてる顔のアトピーゾンビギター教室に行っても、「その顔でギターwww鏡見ろよ不細工wwなんか肌キモイしwww近づくなよばい菌ww」と講師や生徒に笑われるだけだろうから辞めた。

教則本についてきたDVDをみた。顔は隠れていたが、容姿が優れてそうな人がギターを弾いていた。

二週間くらい毎日練習していたが、何が楽しいのが全く分からなかったかギターを投げ捨てた。

そもそも音楽素養ゼロ音楽に全く興味がないことに気付いた。バンドの仕組みのことも何も知らない。有名なバンドギタリストも知らない。

容姿が優れていて虐待いじめもなければ友達バンドを組んで楽しい時間を過ごせていたのだろう。

友達ができたことがないか音楽知識がない。友達好きな音楽の話をするような時間を持ったことがないから、人生貧困である

ギターなんて買わなきゃよかった。金と時間をどぶに捨てた。最悪である



ボカロ曲を作る

初音ミクボーカロイド曲を作って愚民どもにちやほやされようと思った。適当既存の曲を歌わせてみた。パラメーターをいじってみた。飽きた。

そもそもオリジナル曲を作れるだけの能力がなかった。曲を作る熱意もなかった。

音楽素養がはぐくまれる恵まれた家庭環境に生まれてきたかった。

アトピーゾンビの家にはCDが一枚もない。あるのはテレビだけ。漫画も本も雑誌もない。

そんな家のアトピーゾンビであり、人生経験に乏しい灰色青春持ち恋愛負け組不細工愛着障害ゾンビがいい曲を作れるわけないのであった。

いい曲を作るには豊富人生経験必要だ。アトピーゾンビにはそれがない。

初音ミクなんて買わなきゃよかった。金を無駄にした。


ペンタブを買って絵を描いた

ペンタブと一緒に入門書を買って数週間練習した。けど、絵を描くことの何が楽しいのかわからなかった。

今まで生きてきてまともに絵を描いたことなどなかった。一緒に画力を高めあう友達いたこともないし、イラストレーター名前も全く知らない。絵に興味を持ったことがない。賞をもらったこともなかった。

そして、アトピーゾンビは絵を描きたいのではなく、他人からちやほやされて承認欲求を満たしたいだけだと気付いた。

ペンタブごみになった。買わなきゃよかった。金と時間を無駄にした。最悪である


小説を書いた

漫画を描きたかったが、絵が描けないか漫画かけないし、しかたないか文字だけで自己表現できる小説を書くことにした。

小説の書き方とかストーリーの作り方とかの本を読んだ。

ラノベのようなご都合主義ハーレムストーリーを書いたり、鬱屈した性格ねじ曲がった少年孤独なニヒルストーリを書いたり、異世界物を書いたりした。全部短編だ。

しかし、どんな小説を書いても現実は何も変わらないことに気付いた。文章力がないし、ストーリ構成稚拙でつまらない。やはり才能がないのだろう。

売れれば億万長者になれるようだが、本を一冊書くだけの能力熱量も持ち合わせていないから無理だ。

時間の無駄だった。最悪である


プロゲーマーを目指した

ゲームプロになろうと思いゲーセンに行った。

梅原のような格ゲープロになれば億万長者だし、人から尊敬もされるしで最高の職業だと思った。

遊びが仕事になるとか最高だなと思った。ネット格ゲーうまい人が集まっているゲーセンに行った。

後ろからこっそりうまい人のプレイを見ていた。アトピーゾンビでも出来るんじゃね?と思った。

所詮ゲームだし、こいつらよりアトピーゾンビのほうが若いから技術習得も早いだろうと思った。

なんで、対人プレイはまだ早いと思いCPUと戦った。操作方法がよくわからなかったから、適当ガチャガチャやったら負けた。次に操作を覚えながら戦ったら負けた。まったく歯が立たなかった。後ろから笑い声や嘲笑が聞こえた。

まるでアトピーゾンビ人生みたいだなと思った。負けに負けて何も得られない。嫌な思い出が脳に積み込まれていくだけ。

思えば、小学生の時、友達のふりをしたいじめ加害者の家で対戦ゲームをやらされたとき、いつも負けていたのを思い出した。

お前w何にもできないんだなw笑えるwと言われたのを思い出した。

ゲームの才能が皆無だということを思い出した。そもそもゲーム自体ほとんどやってこなかったからおそらく好きじゃないのだろう。好きではないもの仕事にするのは人生の浪費だ。やーめた。時間と金無駄だった。


ライブを見に行った

CDで聞くよりもドラムベースが目立ってて音がでかくてかっこよかった。

ライブに出る人は容姿に優れている人が多かった。とくにボーカルは。汚い顔と肌のアトピーゾンビライブに出たら歓声ではなく悲鳴が聞こえるだろうなと思った。

観客は健常者がほとんどだった。健常者同士で楽しそうにライブに参加していた。カップルも多かった。

グルグル回るやつとかモッシュとかやってみたいと思ったが、きもいアトピーゾンビが健常者の近くにいると気持ち悪がられるので後ろのほうで一人で遠くから見ていた。

アトピーゾンビが健常者だったらなーと思いながら指をくわえながら観客を見ていた。

ライブ会場は場違いな感じが凄かった。もう行かない。


タイに行った  

日本より閉塞感が無くて良かった。容姿に優れた人が少なかったので気が楽だった。町の人も緩い感じというかい意味での適当さがあって居心地がよかった。でも、一人で行っても楽しくなかった。

容姿に優れた友達恋人と一緒に行かないと海外旅行はつまらないなと思った。

あと、タイにも美醜格差があって、容姿の優れたもののほうが楽しそうに生きていた。

健常者ランドという名の惑星地球では美醜によって幸福度が変わるということを確信した旅行だった。




秋葉原に行った 

電車男のような恋愛イベントが起こるんじゃないかと期待した。

もっと萌え萌えしてる場所だと思っていたけど、思ったより電気街っぽかった。

容姿に優れた女が容姿に優れた健常者が店員の店のチラシを配っていた。容姿に優れた男がナンパをしていた。ナンパ容姿に優れたものしかできない。キモイ顔でキモイ肌の非健常者で虐待いじめを十数年受け続けた精神疾患障害アトピーゾンビにはできないことだ。死ぬまで一生。

アキバには友達恋人と一緒の人がたくさんいていやな気持ちになった。電車男のようなイベントはなかった。

メイド喫茶に行こうとしたが、

行かなきゃよかった。

田舎に行った

田舎の夏にあこがれがあった。沢山の緑と青い空。美しい蝉の声。白いワンピースに麦わら帽をかぶった少女

古びた駅。川遊び。虫取り。そんな美しいものを沢山思い描いて田舎に行った。

現実では、じじばばばっかりで若い人が全然いないし、白ワンピ少女はいないし、蝉の声はうるせーし、川ねーし、駅は薄汚れてて汚いし、日陰がぜんぜんないか暑いし、なんにも娯楽施設がないからつまんねーし、自販機すらまともに無いから喉が渇くし、最悪であった。

虫取りしてみれば、蚊が沢山飛んでるし、蜘蛛の巣には引っかかるし、カブトムシはいないしで最悪であった。

田舎なんかにくるもんじゃねーな。と思った。


カラオケに行った

ヒトカラをした。友達恋人とワイワイやったら楽しいんだろうなと思った。もう行かない。


瞑想をした 

アトピーゾンビウイルスの痒みでまともに瞑想ができた気がしないが一応手順どおりにやった。

瞑想中は虐待や虐めの記憶や、一生完治することがないアトピーゾンビの醜く赤黒い顔やカサカサの気持ち悪い肌が映像として出てきたり、灰色青春持ちであるキモイごみアトピーゾンビとは対照的な明るく楽しい学生生活映像が出てきた。

友達がいていじめ虐待もなくて容姿が優れていて彼女がいて勉強運動するときアトピーゾンビウイルス邪魔されないで楽しく取り組める人生映像として流れてきた。

こういう人生がよかったという深層心理が浮いてきたのだろう。

一週間ほど続けたが、ただ苦痛なだけで何がいいのかわからなかった。やらなきゃよかった。



筋トレをした

これは今でも続けている。なぜなら自殺して死体になったときに体が軽いほうが運ぶ人の負担が少なくて済むからだ。筋肉がついてなんか変わったかというと特に変わらん。まぁそんなもんだろうな。



結局どこに行っても容姿に優れた美男美女人生を楽しんでいる姿を見せられただけだった。

結局、容姿に優れている健常者のための世界なんだなここはと思った。


やらずに後悔よりやって後悔という言葉は恵まれた健常者なんだなと思った。

非健常者であるアトピーゾンビは行動なんてしなければよかった。苦しい記憶が増えただけだった。身の程をわきまえるべきだった。分相応の生活というのをすべきだった。


まれた健常者学生夏休みには二度と戻ってこない青春時間を目いっぱい楽しんでいるのだろう。

それが生きる活力になるのだろう。そして成人しても仕事もうまくいって老人になっても穏やかでいられるのだろう。

一方、非健常者であるアトピーゾンビは両親から虐待同級生からいじめを数十年受け続け、何もいいことがないか人生に。だから無気力になる。灰色青春持ちで、仕事もやる気が出ず、首になる。

そして、人生に恵まれてきた健常者が言葉金属バットアトピーゾンビをぼこぼこにたたく。

健常者恵まれた人は甘えだの努力が足りないだの言ってくる。健常者より努力してるっつーの。やってらんね。くだらない人生が確定してる。健常者に負ける人生が確定してる。アトピーゾンビウイルス治療努力は報われない。評価もされない。スキルもたまらない。生きてるのがばかばかしい。


推敲しないで書きなぐったかおかしいところたくさんあると思う。まぁいいや。

何も得られるものがなかったいろいろ行動したけど。無駄な時間と金を使った。

とにかく最悪な夏休みだった。

終わり!!!

Re:君の名は。ネタバレ感想と疑問点。

君の名は。ネタバレ感想と疑問点。いつから瀧は三葉を好きになったの? - 薬剤師メソッド へのレスです。

http://method-of-pharmacist.hatenablog.com/entry/%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%90%8D%E3%81%AF%E3%80%82


適当に取り留めも無く書きます

>そもそも「入れ替わり」の原因って何?

>二人が入れ替わった理由って、物語中で明示されていましたっけ…

>三葉の家の血が、「入れ替わりの夢」を見せる力を持つからってことでしょうか?

>一葉おばあちゃんも「昔私も同じような夢を見た」って言ってましたよね?

>「入れ替わり」が起こったのは、三葉が持つ特殊能力

二葉さんにも、同様の事が有った様です。

妄言宮水血筋か」と、宮水トシキ氏(三葉と四葉の父)が言ってましたから、彼も、常識的には理解しがたい事を、奥さん(二葉さん)から聞いて居た筈です。

一葉さんとの会話で、瀧入りの三葉の「その能力は、この時の為に有ったのでは」て発言が、部屋に飾ってあった宮水歴代の方々の写真が映っている画面で、有ったかと思います


>「この古臭いから解き放たれて、

>都会のイケメン男子として暮らしたい」という三葉の願い(遺志?)が、

>3年先の世界で生きる瀧との入れ替わりを実現したんでしょうか?

破滅認識回避」てのも大きいかと。

運命の人”との出会いでもありましたが。

過去隕石落下当時や、200年前の大火でも、似た様な事が有ったのかもですね。


>なんで瀧と入れ替わったの?

>なんでわざわざ3年先に生きる17歳の瀧と入れ替わったの?

>三葉の死亡、糸守町の壊滅を防ぐために?

そうであろうかと思われます


>「3年のずれ」、途中で気づきませんか?

>三葉の世界2013年、瀧の世界2016年ですよね。

>二人の世界に3年のずれがあることを、

>お互い入れ替わっている間に気づかないもんなんですかね。

スマホ開けば今は何年何月何日かとか、

テレビを見ればその日のニュースがどうとか、

友達と話せば微妙話題おかしいこととか、気づかないものですかね…?

>本編では瀧は「糸守町は3年前の事故で壊滅した」ことを、実際に岐阜県に行って初めて気づきます

>そして、三葉が2013年までしか生きられなかった人物であること、

自分が「入れ替わり」で経験した世界2013年だったことを、そのときやっと気づきます

>正直、もっと早く気づかないんですかね?週に2~3回は入れ替わってたし、日記もつけていたし。

入れ替わりの発生期間は、何度も有ったにせよ、そんなに長くはなかったのでは。

もう少し長く続いていれば、また違ったかもです。

それと、日記では、年は省いていたのでしょう(確か、スマホアプリでも月日だけだった様な)。

また、「夢」で見聞きした情報は、醒めた後は、断片的に不鮮明に成る様です。

よって、戻っている間は、時間のずれに気付けなかったと思われます

瀧が糸守町を探していた折りも、探索中は名前認識していませんでしたが、ラーメン屋夫妻から聞いて「そう、糸守町!」と思い出しました(一旦認識はしても、覚醒中は薄れるという事)。


>なんで瀧は三葉を好きになったの?

>なぜ瀧が三葉に入れ込んで

>命がけで三葉を助けに行くまでになったのかが、あんまり伝わってきませんでした。

>このとき三葉と出会った記憶無意識に刷り込まれていたから、

>瀧は三葉のことを好きになったのかな。

>序盤でも、三葉に組紐を託されるシーンが夢の中に出てきていましたよね。

思春期少年にとっては、可愛い女の子と知り合えた時点で、大事件ですよ。

ましてや、その子が死んじゃう(死んじゃっていた)んですよ?

で、瀧の感情は。

入替わりの日常化/

奥寺先輩とのデートと其の不調、「別の誰かが意中に居るのでは」と指摘される/

入替わり起きず、連絡も不通。不安/

糸守探索、発見驚愕/

惨事と三葉達の死の認識、どん底/

諦めきれず、御神体の所まで行き、口噛み酒を飲む/

トリップ。三葉の人生俯瞰し、三葉が自分に逢いに来てくれ、組紐を託してくれた件を認識(その時の事を思い出す)/

最後の入替わり発生/

カタワレ時、奇蹟的な出会い

過程で、強まっっていったのでは。

こうやって見ますと、特に、《三葉が自分に逢いに来てくれ、組紐を託してくれた件》で、キュンときますかねえ(“刷り込み”も、有るかもですが)。


東京である必要ってあります

>いや、大都会ではありますけど、

別に東京舞台じゃなければならない理由って、なかったかなーって思います

元ネタラジオドラマ君の名は」が、東京舞台ですし。


>なんで彗星衝突事故のことを瀧が知らないの?

>3年前の事故はいえ、彗星日本に落ちて500人以上死亡したって、

>未曽有の災害だと思うんですけれども。

災害を知ってはいても、自分が入れ替わっている人間の住む町との認識が、上述の理由により、無かったのでしょう。


アラサーになってから運命の人と再会する、っていいですね。

最後、瀧は就職したばかりで22-23歳くらいで、三葉は25-26歳くらいです。

>そういや三葉は東京へ瀧に会いに行ったとき14歳の瀧」を見つけたわけですけど「あれ?子供じゃん?」って思わなかったのかな。

彼が、入れ替わっていた瀧だと、見て、直感したのでしょう。


>あのとき14歳の瀧に邪険にされたから、そして組紐を瀧に託したから、三葉は髪を切ったんですね。

願掛けみたいなものではないかと思いました。


(文責.ID:popoi)

2016-09-16

恥ずかしながら気づきました

30手前の29歳にしてやっと気づきました。

オタク根暗ネガ引きこもり破滅主義者日雇い労働者正社員→見下し型人間自暴自棄

このような変容を遂げてきたオイラだけど最近やっとわかった。

イラ人生はオイラの物だ。

美しいと感じる心も平穏を愛せる心もごはんを美味しいと思う心も

負けないぞと思う心も頑張るぞと思う心も優しくしたいと思う心も

全部オイラのものだ。

目に写る景色はオイラが見ているものだ。

キラキラ太陽の光を反射して光るアスファルトや葉っぱはオイラが見ている。

10年前も20年前もオイラは変わらず見ていた。

イラの心はあの頃から何一つ変わってない。

不思議と光と思い出とキラキラ光るものと全部をオイラは今でも持っていた。

子どものころママチャリの後をついて自転車を漕いでたとき気持ちを今でもオイラは思い出せる。

イラ少年の心残ってた。

イラに分かりやす青春は無かったかもしれない。

でもオイラにも誰にでも持っていたあのキラキラとしたものを受け止めるものがあった。

イラそれがわかった。

イラは何も変わっちゃいなかった。

大切な物は変わっていなかった。

イラ自身が気づかなかっただけだった。

からイラは変わる。

イラの心は死んでなかった。

イラは生きる。

イラは歩く。

イラは、紡いでいく。

2016-09-13

Re:水星さん家》2016-09-12 “『君の名は。』の腑に落ちなさについて”

君の名は。 の腑に落ちなさについて へのレスです。


http://mercury-c.hateblo.jp/entry/2016/09/12/224030


>三葉に比べて瀧側の物語はあまり希薄ではないだろうか。


そっちの方が、お客さん達が入り込み易いのでは?


>瀧が三葉を助ける話に変わってしまったように感じた。

>ここで、事件において瀧の側も何かしら影響を受け、

>それが将来に繋がっていくなどがあれば、まだ2人の対等関係が維持されたはずだが、

>そういったことを描くにもやはり瀧側の物語希薄であったように思う。


思春期少年にとっては、可愛い女の子と知り合えた時点で大事件ですよ。

ましてや、その子が死んじゃう(死んじゃっていた)んですよ?


あと、リストバンドにしていた組み紐が、伏線に成っているのですね。

瀧は、三葉と、実は中学生当時に出会っていた、と。


>三葉の環境に対する不満はどうなったのか。

>同じように三葉が抱えていた田舎への不満と東京への漠然とした憧れも、

大事件により有耶無耶に流されてしまう。


普通に、全部、物理的に吹っ飛びましたね。

故郷喪失してから、其処への想いを痛切に感じるとか、まあ、有ったでしょうけど、其処は観る側が想像すべきかと。


>三葉の家族問題果たして解決されたのか? 

>そこに三葉はどう影響したのか?

>それには入れ替わりの、また瀧の影響があったのか?


直談判の場面で、町長室にお祖母さんと四葉ちゃんが居ましたが、あれ、三葉の異変について話していた可能性が有る様です。

祖母さんが、自分二葉さんにも、その様な現象未来の誰かとの精神の入れ代わり)が有ったと、お父さんに証言していたかもしれません。

お父さんは、「妄言宮水血筋か」と言っていたので、お母さんから其の種の話を聞いていた可能性も有ります(或いは、この2人の間にも入れ替わりが?)。

で、この事象は、お父さんが神社を捨てる切欠となった、二葉さんの早世(病気に成っても、町から出ようとせず、治療の最善手を放棄していた由)の問題にも繋がる様です。

お母さんは、お父さんが妻の死を悲しみ神社を捨て、町長成る事、巡り巡った結果、大惨事から避難可能とした事など、先々の大筋を把握していた可能性が有ります


父親に直談判するシーンにその答えがあったはずだが


とりあえず、三葉父の家庭の事情個人的な心情は、加納新太さんによる小説君の名は。 Another Side:Earthbound』(角川スニーカー文庫)を読むとイイらしいです。


家族を飛び出し「姓」を捨てて「個人」として生きる、

>そういった選択があって名前だけを呼ぶならわかるが、

>そのへんが省略されて

>ただ互いに名前だけを呼ぶことに違和感があって、

>瀧が三葉が相手名前を呼ぶたびに、

>ぼくは腑に落ちないのだった。


瀧と三葉、両者の関係は、ダイレクトに、個人個人の結びつきです。

立花家と宮水家とかが前提に、入れ替わり現象が発生していた訳ではありません。


・追記

宮水家の血統に伝わる不思議とか、父親権力の要素で、三葉と其の環境を重視する(故に、“主人公2人の結び付きは個的なものではない”、由)意見が有りましたが。

環境が如何であれ、両者は、其々の自由意志で動いたのです。

宮水無関係な瀧は、瀧であればこそ、三葉だけではなく、縁もゆかりも無い人々をも救う為に動きました。

糸守と宮水家に生まれ育った三葉は、彼女自身であればこそ、同様に動きました。

自ら無為に見える死を選び、状況を導いた(と思われる)二葉さんについても同様。


(文責・ID:popoi)

http://anond.hatelabo.jp/20160912084440

マシンガンを正面から撃たれても主人公が無傷だったり

ハッキング成功画面が何故か最初から設計され実装されていたり

「3秒」の間にものすごい量の言葉が喋れたり

歴史改変されたら居なくなるはずの人が歴史改変成功させたり

少年が剣で20m級のドラゴンをばっさり倒したり

何か月も旅したはずの人が、物凄く小奇麗な衣装を纏い、温泉にでも入りトリートメントしたかのような艶の髪だったり


こういうので「だまされた」とか思うアホはいない

演出」をそのように受け取れなくなる仕組みは単純で、「嫌い」だから

無関心にもなることが出来ず、ひとこと言わずにいられない

でも、嫌いだとだけ告げるのはプライドが許さな

から一生懸命に貶すのである

そして、自身の貶しがいか正当性があるか、有象無象の貶しとどこが異なるのか、言葉を重ね切断処理をするのである


物理学者のように



かわいい

2016-09-11

これフェミ

女性少女幼女)にひどいことをした男が、

やったこと以上の制裁を受けてのたうちまわっていたり死に至る過程を見ると

心の底からスカッとする。



海外グロ動画なんかを紹介するサイト

幼女強姦した男が村人にボコボコにされて火をつけられて死亡とか。



男(少年男児)にひどいことをした男がそうなっても何の感慨も無いあたり、不思議

普段は男対女とか、フェミとかクソと思ってるはずなのに

このスカッと感は何なのでしょうか?

2016-09-06

仕事町田営業に行った妹が、こひつじ幼稚園バスを見かけたと云う。

バスの見た目全く変わってなかったという妹の言葉

そこまで覚えてないわっ!と突っ込みながらも、

大好きだったなーというスタンプにはうん、ってつい自分も頷いてしまった。

自分も大好きだった。



立地が二十年以上変わってないなら、高ケ坂って住所の名前の通り、

幼稚園は今も坂の途中にあるはずだ。

通学のバス亭、あるいはお昼寝の後にサッカーをするために幼稚舎の外を出て、

坂の下の駐車場まで登り降りしたのはなぜか記憶に新しい。

六歳児の自分にはきっつい坂だと思ってたけど、

高校の頃にママチャリで登ろうとしてしんどかったのでやはり急坂だったと思う。



坂を真っ直ぐ行けば幼稚園入り口、途中で左に折れて

さらに登れば町田図書館だったがそこまで行った記憶はない。

この道をもしもあっちへ進んだらその先には何があるのだろう。

あの丘の向こう、なんて憧憬を初めて覚えたのもこの道で。



反対に振り返れば、とても眺めは良かった。

なんてことない、郊外住宅街が続くだけだったけど、

自分暮らしている世界が何倍にも広く大きくいつも感じられた。

幼心に感じた開放感は今も強く覚えている。



逆に、自分はすっかり忘れてしまったのだけれど

親と飲めば、今でも時々この頃の自分にまで話が遡ってからかわれる。

覚えたてだった「地球」をどんなモノの例えにも使ったのでついたあだ名地球少年

地球は廻っている、とどこかの科学者セリフママさん先生の前で発表したら

いたく褒められたのをすごく嬉しがってのことらしい。

とても単純で、でもその後のアレコレに比べたら毒がない話だと思う。



http://m-kohitsuji.xsrv.jp/wp/archives/6128/

そうだ、この変なつぼ。まだ作ってるんだ。デザインも変わらない。

実家が引っ越すまでは少なくともあったっけ。

記憶もモノも、物持ちが良すぎるのはコトだと思う。



計算したら自分がここに通いはじめたとき、母は今の自分と同い年だった。

タラレバ女子を読んで、分かるーとゲラゲラ笑ってる場合じゃないよ!でもまだ

……先のウェブサイトで、保育時間の延長という案内があって

幼稚園でも保育園と同じくらいの時間まで追加料金で

子どもを預かってくれることを知った。

つい、そんなところまで読んでしまう。

2016-09-04

君の名は。Xデーの前日に三葉は何をしていたのか?

ネタばれ

どうにも理解できなくてイライラするので、まずは瀧の肉体を基準にして時系列に整理してみたい。

ここでいうXデーとは、瀧にとっては先輩とのデート日であり、三葉にとっての彗星落下日を指している。

日時 瀧の動向
3年前 中学生の当時に電車で三葉と出会っているが、この頃はまだ何も知らないので三葉のことを当然理解できない。この時に組紐を貰っている。
また、糸守町に彗星が落ちたことはニュースになっており、テレビで見ているので事象としては知っている。
入れ替わり開始 眠ることをスイッチとして、突然三葉と入れ替わる事象が発生する。
互いにメモを残してやり取りしながら、それぞれの日常が同時進行で進んでいく。
Xデー前日 瀧の肉体は三葉が中身として過ごしている。
明日は先輩とデートだよ」「デートが終わるころには彗星が見えるね」のメモを残す。
Xデー 先輩からの連絡でデートと気付き、一日を過ごす。
三葉のメモを見るが、彗星意味理解できない。
糸守町に来訪 入れ替わりが起こらなくなりしばらく経つが、ある時記憶を頼りに糸守町へ行き、山で口噛み酒を飲む。
ここで三葉との入れ替わりが行われ、三葉は糸守町がなくなっていることに気付く。「私、あの時死んだの…?」
カタワレ時開始 カタワレ時が始まる。その場で瀧と三葉がそれぞれの肉体に戻り、イチャコラする。「名前書いておこうぜ。」
カタワレ時終了 そんなこんなでカタワレ時は終了。三葉は突然消え、記憶は吹き飛ぶ。「俺はどうしてここに来た?」
その後 何事もなく日常に戻る。歴史が変わっている。糸守町は避難完了しており無事だった。三葉と出会う。おわり。

瀧の行動が分かったところで、次は三葉の行動をまとめてみようと思う。

日時 三葉A 三葉B
3年前
入れ替わり開始
現代」の瀧と入れ替わりが行われる。メモをやり取りしながら日常を進める。 -
Xデー前日 三葉の意識は瀧の肉体に入りメモを残している。
そのためここには瀧の意識が入り、通常の日常を過ごしているはずである
または
東京へ行き、瀧と先輩のデートの様子を見ようとする。
テレビで「彗星明日最接近」の文字確認する。
中学生の瀧と出会い組紐を渡す。
-
Xデー(朝) 特に何もしていないと思われる。 彗星危機を知っている瀧との入れ替わりが行われる。住民避難計画を立てる。
父親を説得できない。「俺じゃダメなのか?」三葉を探し始める。
「そこに…いるのか?」山へ向かう。
Xデー(カタワレ時) 特に何もしていないと思われる。 瀧と出会う。お互いに元の体に戻る。
Xデー(夜) 糸守に彗星が落ち、全滅End 避難計画の続きを実行。瀧の名前は忘れる。True End。

三葉が2人になってしまったがまあこれはパラレルワールドなのでしょう。

Xデー当日以降の三葉Bは瀧の口噛み酒をトリガーとして発生したものである

 

さてXデー前日の行動が特定できないことになってしまった。

瀧は三葉からメモを受け取っており、入れ替わりが行われたと考えるのが妥当かとも思われる。

しかし、東京に行ったことはXデー当日の四葉証言されている。「昨日は急に東京に行ってまうし、お姉ちゃん、ここのところずっと変やよ!」

また瀧は物理的に組紐を所持しており、三葉から受け取ったものでなければ何だというのか。

というか、何故デートの前日に東京へ向かったのか?←ここが最も理解できないポイント

 

これらの矛盾解決するにはどうすればいいか

案1)三葉と瀧は単純な入れ替わりをしていたのではなく、三葉が時と場合に応じて意識を分裂させ、瀧の肉体を乗っ取っていたのではないか

少なくともXデーの前日において瀧の意識は三葉に入ることすらできず、空白の状態になっていたと想定できる。怖い。

案2)三葉という少女など存在せず、全て瀧という少年妄想であり虚構である

美少女タイムスリップおよび入れ替わりが行われて村を救う物語などというのがそもそも都合のよすぎる妄想なのではないか。さよ教かよ。怖い。

案3)私が何か読み違えている。

この可能性が高いとは思うのだが、どうにもどこが間違ってるのか分からない。ちなみに映画は見てません。小説版のみ。

案4)新海誠脚本ミス

言いたくはないが一応疑惑として挙げてみる。

 

カタワレ時に何で会えたのとか三葉は何で消えたのとか色々思うところはあるけどそれはフィクションからで済む話ではある。、

でもXデー前日の行動で辻褄合わないのは気持ち悪い。どうなってんの。誰か教えて。

(追記)

ググったところ既に指摘がなされており、「彗星が見えるね」のメモ彗星が最接近の前日だという説明が一番しっくりきた。そりゃ最接近じゃなくても観測はできるわな。

まり三葉は彗星落下日の前日は東京に行っており、前々日に入れ替わりをしてメモを残してきたと。なるほど。

2016-09-02

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1609/01/news125.html

内容はどうでもいいけど、「小型コンピュータ」って言葉が「少年コンピュータ」に見えて、どこぞの天才少年が開発したのかと思った

2016-08-29

ゼロゲーム化されるらしいけど

主人公の男が女を娶るゲーム失笑している。

あのアニメって異世界に飛ばされた世間知らずの少年の成長譚を描いたもののはずなのに、なぜ女を娶るゲームになってしまったのか。

それとも実は、女を品定めするだけのポル産アニメだったりするのか。

 

瀬尾結月と大萩牡丹死闘を繰り広げる格闘ゲームはまだですかね…

2016-08-25

[]小川 麻衣子ひとりぼっちの地球侵略」再読※2巻まで

新刊たから一応もっかい読んでみるかと再読開始

うん、絵はうまいけどマンガとして自分にとってはやっぱり微妙だな

でも初見よりも作者が何を伝えたいのかが冷静に見られるようになった気がする

孤独宇宙人の先輩の、天然さ、ふとしたときに見せるもろさ、弱さ、かわいさ

・それに翻弄される少年

・そうやって翻弄される中で若いころありがちな悩みともリンクさせて自分探しをしていく少年

・メインストリーはおまけ

って感じ

一応めっちゃたくさん?でかい宇宙人が近い将来やってくるってのがクライマックスなんだろうなって感じはしてるけど、

あくまでもメインで楽しむべきは先輩かわいいってのなんだろうな

からそう感じられない人にとっては何も面白く感じられない

んーあとは主人公少年空気すぎるのがなあ・・・

あと双子兄弟結構鳴り物入りで出てきて、宇宙人遭遇シーンものぞき見してて意味深セリフ吐いてる割に、

それについての展開なしでまた新キャラが3巻で出てきちゃってるから

なんかあわただしいっつうか、消化不良気味な状態が続いてカタルシスがないままぐじぐじ続くのがなんとも気持ち悪い

とりあえず続きよみます