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2016-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20161208202518

今はだいぶマシになったけど今だけを切り取ってしか見れないお前からしたら「未だに」なんだろうね

自分たちで積み上げたものを見て「これはいよいよヤバいぞ」と感じたからこそ今みたいに少年にすり寄る方向に戻ってきたというのに

さすが馬鹿歴史から学ぼうとしない

馬鹿は常に前だけを見続けている(カッコいい)

もしかして週刊少年ジャンプの話してる?

http://anond.hatelabo.jp/20161208195838

 

お腐れ様に20単位で媚びまくった結果、

メインだったはずの少年読者が全く読まなくなって後続が続かずに年々購入数が減っていってる週間少年ジャンプの話してる?

お得意のアンケート至上主義編集無能打ち切りラッシュ進撃の巨人蹴りしまくった結果、

3アウトで才能のある作家他所出版業界からかっさらわれていった週間少年ジャンプの話してる?

かいうと「他の方がもっとヤバい」という紋切り型擁護と慰めしか言えない少年ジャンプの話してる?

2016-12-07

なんでタイ人少年日本なんかに残りたがるのか

タイのほうが希望が持てていいじゃん

Facebookの皆さんや保育園落ちた方々もそう仰られている

2016-12-06

田舎銭湯で感じる違和感

出張地方に行ったとき余裕があれば銭湯に入るのが私のささやかな楽しみ。この前行った銭湯になんかモヤっとしたので、メモしとく。

ネットで調べると、ホテルから結構近くに銭湯が有ったので直行すると住宅地の裏路地という感じの場所だった。建物の大きさは普通の民家と変わらないので、男女と書かれた暖簾がなければ、割烹料理か何かと勘違いしそうな佇まいだった。道路に面した壁に入浴料金が書いてあって、その横に手のひら大のホワイトボードがあり、「入浴マナー上月間」と書いてある。正確にはなぐり書きというか、パッと見で落書きと見間違える汚さだった。まだ、このときは若干の違和感を感じつつも都会に比べると安めの入浴料に嬉しく思っていた。

ガラガラ引き戸を開けると右側に下駄箱、左側にカウンターがある。カウンターに行って、お金を払おうとすると、そこに居た受付の兄ちゃんがロボットのように言った。

下駄箱に靴を入れて鍵をフロントに預けてください」

しかに、そういうシステム温泉は多いので納得した。しかし2畳ほどの玄関スペースに傘、靴などなど明らかに銭湯家の私物と思われるものがおいてある。1人か2人しか、お客は入っていなかったが傘立てはパンパンだった。なんか嫌な気がしてきた。それでも下駄箱に靴を入れ、その鍵を持っていつ洗ったかからないタオルが床に敷かれた上を通ってフロントに行った。

脱衣所へ向かうと、建物構造新築のもので清々しいが、不思議光景が目に入った。部屋の隅にはどう考えても利用客のものとは思われない私物が積まれていたし、自宅にあるような洗面台の棚には無造作に歯磨き粉とイソジンがそれぞれ複数個置かれていた。そして洗面台と壁との10cmほどの隙間に、シャンプー放置されていた。一体誰が何のために置いているのか。ゴミなのか? 友達の家にでも遊びにきたのかと錯覚した。そして、銭湯独特の石鹸臭がするわけでもなく、生活臭がした。祖父母の汚屋敷に行って、風呂に入らされた幼少期のつらい記憶フラッシュバックし、このまま帰ろうかと思ったが入浴料は既に払っていたので、留まった。床も壁も綺麗に掃除されていたので、リフォーム済みだということを自分に言い聞かせた。

浴槽も、洗い場も6人程度の小さめだがそこは至って普通だった。さっさと体を洗って湯船に入ると、激アツ湯だった。ふと壁面を見上げると、壁画が書いてある。ヘタウマというのだろうか、柔らかいタッチとでも言うのだろうか、普通銭湯壁画に期待される精緻さというものをこの壁画は全く満たしていない。素人落書き、あるいは職人を雇うカネすらなかったのかと疑いたくなる。そして、この銭湯も例によって山が描いてあったけれど、どう見ても富士山しか見えない山に文字地元の山の名前が書かれている。絵に文字を入れて説明するのは銭湯壁画としては最悪の部類に入ると思う。そして、山の手前ではハナタレ小僧が3人ほど草原キャッチボールしている。丸坊主少年は本当に腹が立つほど憎い顔つきでこっちを見ていた。隅の方にハゲオヤジチョコッアクセントで描かれていたが、もはや意味不明だ。一体どんなセンスをもってこの絵を作ったのか、私は理解に苦しんだ。乱雑な玄関私物放置された脱衣所と合わさって、不快な思い出になった。

体が温まったので、さっさと湯から上がりホテルへ一目散へ帰った。こんな銭湯だったらボロホテルユニットバスの方がよっぽどマシだと後悔したが、これもまた旅の思い出と言い訳している。私は、築ン十年のボロ銭湯でも楽しく入れるが、この銭湯では一体なにが自分不安にさせていたのか。

2016-12-04

いとうせいこうトーキングセッション2014夏

2年前の敗戦の日ころにNHKラジオで流していた五木寛之さんといとうせいこうさんの対談の冒頭部分の書き起こし。

誰かフルで持っていませんかね。

作家五木寛之さんをお迎えしております

まぁ、僕はもちろん戦争体験年代ではないのですけど、五木さんは?

はいっても、戦場体験は、もう3つくらい上になるとあるんですけど

少年飛行兵とか

僕らの世代は、ちょっと前で、終戦ときは、中学1年生でしたか

平壌の一中に通ってました。

で、引き上げていらっしゃって

戦争体験にもいろいろありましてね。

大本営とか通信部とか

丸々太って引き揚げてきて、村の人が

出ていってときと別人のようでなんて人もいた。


インパール作戦とか

いろんな悲惨体験した人もいるし、

僕は国に対して、万斛の恨みがあるんですけど

荒廃した国土に何百万って人が帰ってきたら迷惑なんですよ

から当時の内閣閣議決定でね

海外にいる残留日本人たちは、

そのままにしておきたい

シベリア復員兵もひっくるめて

方針があったみたいですね

僕なんかは、引き上げというよりも脱北ですね

38度線を徒歩で越えた口ですから

脱北者として、逃亡してきた

から70年になりますから、引き上げ者といってもピンとこない

あっ、帰国子女ですかと言われたりするんで、

棄民のようなかたち?

完全な棄民ですね。

捨てられてしまたかたち

内地のほうで、迎える日本の側でも

ほんとにあの時期に勝手外地に行って

戦争の真っ最中日本では麦のカスを食べていたとき

平壌では、チョコレートがあったそうじゃないかみたいなかたちでね

上海では、ジャズバンドもあって、ダンスホールもやってましたか

そういう裏返しも、恨みみたいなものがあるから、余計なものが帰ってきてということで、

引揚者って言葉は、当時は差別語でした。

そのことみたいなものだんだんだんだん、伝えられなくなって

粗雑なお話になって、

あるいは美しい物語になってね

アカシア大連なんてね。うらやましいなと思って

かつての植民地いたことを懐かしいと思える先輩たちのね

五木さんはそうではなかった

僕なんかまだいいほうでね

北朝鮮の北のほうの豆満国境ソ連

近くに入植した人たちが、軍に見捨てられて


デマが流れて、ピョンヤンに来ると列車があるらしいということで、

見るも無残な行列

避難民か引揚者かと同情しながら見てたんですけど

その人たちは、ありとあらゆる戦争の愚行というもの惨禍を受けてね

ボロボロになって、やってきてるんですから

引き揚げにしても戦争体験にしても千差万別ですよ

ひとことには絶対いえないですよ

それがもう伝わらなくなってきている


帰国子女だという人がいるということ


五木さんに今このお話を伺うことは、とても大きなことなのではないか

今、話すのは無駄だと思っているんですよ。

虚無感というかむなしさの中で

沖縄戦のいろんなことを語り部として、修学旅行の生徒に語って聞かせるようなガイドの人たちは、もうだめだ。やめようと。

早くやめろとかね。その間みんなスマホを見ている、ぜんぜん聞こうとしない

昭和史のかんどうさんも歴史を人は学ばない

僕は伝わらないと思う

言っても言ってもね、実感というのは伝わらない


僕はもう半ば諦めている

その人が

そうなるまでは、

体験というものは美化して伝わる

物語化して伝わったり

そういうクッションを経て伝わるんだ

と、悪いんですけど、嘆いているんですよ


しかし、まぁ、それが実感なのだろうと


マンツーマンで向かってお話をしていればね

なんとなく、口ごもる

話の中にもその人が語りたくない

っていう感じが伝わってくるでしょ

本当のことは語りたくないわけでしょ

引き揚げ体験にしても戦争体験にしても

本当の自分に対してやましさを持っている人たちは

語りたくないんですよ

から、僕も本当のことは語らない

ずっと今日までね、引き上げをテーマにした小説は書かなかった。

そんなもの書いてね、おーなかなかい作品だねなんて

言われたら、とてもじゃないけど、申し訳ない

確かにそうですね。

以上の内容から読み取れることは、戦争体験千差万別であること。



修学旅行原爆資料館に行ったら、呉の軍港も見て、岩国基地も見て、バランスをとっておくべき。

沖縄にいったら、ひめゆりの塔に行ったら、米軍基地も見ておきたい。

空爆でやられたところとそうでないところ。日本都市部がなぜか軍需工場扱いされていた事実

やられなかったところは、当時の日常の延長なんだよ。

赤紙がきて、動員された人。上を目指して、半島大陸に渡った人もいた。

そういう事実の積み重ねの上、生き残った人が今を作っている。ただ、それだけ。


http://anond.hatelabo.jp/20161204184643

http://anond.hatelabo.jp/20161204191739

悪の反対は善、善の反対は悪じゃ。正義の反対は、別の“正義”あるいは“慈悲・寛容”なんじゃよ

 正義とは、人の従わねばならん道理を言う。正義を行うとなれば、道理を守らせることにもなる。

 それは必要なことじゃが、問題道理が一つでないことじゃ。

 “殺すな・奪うな”までは殆ど思想共通じゃが、その先はバラバラじゃ

 “男女は平等”かもしれんし、“女性は守るべきもの”かもしれん

 “どんな命令にも従う”が正義なら、“悪い命令に逆らう”のもまた正義

 結局、みんな正しいんじゃよ。

 道理に関する限り、正しいことは一つとは限らないんじゃ

 じゃが、それでは困るから“法”がある。なにをしていかんかの約束じゃ。

 ……これも正しいとは限らんがね。

 じゃから、結局のところはその時々で何が正しいのかよく考える必要があるじゃろうな。

 結局のところ、みんなにとって最も良いことを探して選択するのが“善”なんじゃろう。

 じゃから正義が善とは限らん。ともすれば、自分の信じる道理他人押し付けることになるからな」

「……よくわかりません」

「じゃあ、最初質問に戻ろう。

 やらなきゃならんと思ったからやったんじゃろう?

 本当にそれが正しかったのか、最善のやり方だったのか、ときどき反省してみるんじゃな。

 いずれ、自分で納得できる時が来る」

「……はぁ。じゃあ、悪って何なんです?」

一般的定義から言うと、世の中のルールを破って他に迷惑をかける行為じゃな」

「でも、博士は“悪”なんですよね? どうしてわざわざそんなものをやってるんですか?」

「わははは、一般的と言ったじゃろ? ワシにとって、悪はロマンなんじゃよ。ロマン。わかるか? 

 ルールにとらわれないことじゃ!

 希望生命力突破点、新しいもの幸せになりたいという欲望

 昔は、“科学”も“自由”も“人権”も“平等”もみーんな“世の中の平和をみだす悪”じゃったんじゃよ」

まさか!」

「なーに、ちょこっと歴史の本を読めばわかることじゃよ

 それじゃあな、少年! 若いうちは悩んでおけよ!」

2016-11-29

http://anond.hatelabo.jp/20161129104143

至急っていうやつの9割くらいは惰性で至急ってつけてるからね。

急いでやっても確認の返事が2日後とか普通にある。

ファイル便で送って2日経って削除されてるからもう一度大至急送って!とか普通にあって笑う。

至急ってあっても(はいはいいつものやつね)って思うだけ。

本当に至急の案件はちゃんと優先してやってあげてる。

少年じゃないけど、こういうのは普段の行いだからね。

2016-11-28

[]

聖痕を読んだ。氏の小説をそれほど多く読んでいるわけじゃないか的外れなのかもしれないけど、比較的綺麗な筒井康隆が楽しめる作品だったような気がする。

はいえ、描かれている作品の設定は結構深刻。主人公である貴夫はその美貌ゆえに齢五つにして暴漢に襲われ性器を切り取られてしまうのだから

要するに幼くして無理やり去勢されてしまうんだけど、ホルモンなんかの関係却って生来の美貌が高まることになってしまって、波乱万丈な人生を送ることになる貴夫少年は幼少期から様々な困難に見舞われていく。

こんなような物語の立ち上がりと、裏表紙にあるあらすじがエロスを強調していたのと、独特のちょっと読みにくい文体とが相まって、後半にはおどろおどろしい展開が待ち構えているんじゃないか最初は思わされてしまった。

結果としてそういう読後感を味わう羽目にはならなかった。むしろ明るい家族小説を読み終えた気分。物語の終わり方から漂ってくる余韻は、結局のところ人間賛歌になっているような気がした。

登希夫の成長や、自らの出自を知った瑠璃と夏子が対面する場面、津波に襲われた子供たちの声が消えこときの貴夫の思いや、被災地での運命的な再開など、後半はドラマチックな場面が盛沢山だった。

ずっと旅のラゴスに似ているなと思って読んでた。旅のラゴスが一人の男の貫徹した人生を描いていたのに比べて、聖痕ひとつ家族と彼らに関わった人々の泥臭い人生を描いていたように思う。

性器を失い、根源たる欲を欠いた貴夫の周りで、人々は愛おしいほど欲にまみれて大らかに生きていたもの

あとがきに描かれていた、なぜ去勢されている主人公を題材として選んだのかとか、年齢や物語年代のことについてはよくわかんなかった。最後金杉君の長台詞メッセージがあるのかな。よくわかんない。

想像してたのと違って結構笑えたし、リベラル視線から描かれた人生観なり家族観のおかげで胸が温かくなる小説だと思った。

2016-11-27

80年代アニメでは常識だったこと

・顔の輪郭から口がはみ出る

少年タンクトップと短パン

駄々をこねたり否定をしたりするときに手足がエノキ状になって増殖する

・やたらと芸能人設定

・やたらとミュージシャン設定

唐突登場人物バンドを組む(組んでいる様子がジャケット採用される)

登場人物の一人は髪の毛直立+ヘアバンド+丸いサングラス

ケンカをすると後ろから頭を噛まれて血が出る

ギャグで血が出るとピューと水芸みたいになる

・人数が多いときに驚く発言があると、一コマ目が「・」になるワンテンポを置いてからコマ枠をつかむ勢いで全員が顔を寄せてくる



こんなとこですかね。

萌豚から見るユーリ on ICE

僕は、アイマスをこよなく愛する萌豚である

765では千早、346では卯月と珠美と藍子が好きだ。

アニマス春香千早関係性がすごく好きである



そんな僕が今期見ていて好きなアニメ響け!ユーフォニアム2ユーリ on ICEである

この2作品はなんか見ててよく似てるなとおもう。

ユーフォだと真剣吹奏楽に取り組む少女たちが描かれ、百合っぽい描写がある。

ユーリだと真剣フィギュアスケートに取り組む少年たちが描かれ、BLっぽい描写がある。



でもなんか同性同士の絆みたいなものがいいなって感じられるのである

ユーフォだと前期の8話が好きだ。

麗奈と久美子が祭り喧騒から離れた山の上で2人だけの話をする場面。

あれは画面が綺麗すぎたのも相まって、釘付けになった。



ユーリの話をしようと思う。

そういえば斬新だなと思った点が、勝生勇利がもう世界レベルトップ選手だということ。

メンタル豆腐で自信が持てずにパッとしなかった彼が、コーチとの出会いでどんどん内面が引きずりだされてるのが面白い

ユーリ7話で良い演技をした主人公・勇利と喜ぶコーチヴィクトルキスしたのかハグかの判断視聴者に委ねるようなシーンがあった。

僕はあのシーンをホモくせえと思うことは意外にもなかった。

それは彼らが努力したことを視聴者として知っていると同時に、あれを喜びを表す手段として見ていたからだと思う。

から、グッときしまった。



ユーリ男子フィギュアでよかったなと思っていた。

だって女子フィギュアだったら多分違うところに目線がいくから

純粋フィギュアものとして楽しめたか微妙なのである

煩悩に基づく意見で非常に申し訳ない限りだが、、

でもそんなことはないのかもしれないと最近思った。

僕はユーフォを見ても、登場人物エロいとかそういう視点で見てないことに気づいた。(水着回以外)



ただ一生懸命に何かを求める、あがき続ける。

それこそが2作品共通した美しさ、なのだと思う。



ちなみにユーリで好きなキャラクター最後に書きたい。

・ピチットくん(タイ)…僕はずっと信じてたけどね!と真っ直ぐいいきって実現するところにしびれた。SNS狂で現代っ子ぽいのに正統派の爽やかさがある。見てて気持ちいいというか、清涼剤。

・グァンホンくん(中国)…ただただかわいかった。ぬいぐるみのシーンにやられた。内面は意外と男らしいのも好印象。そういえば公式サイトに「夢はハリウッドセレブ」と書いてた。人は見た目によらない笑

・南くん…スケート演技がキャラクターを表してて好き。勇利を崇拝するだけじゃなく、真っ直ぐに意見を言ったのがよかった。



書き出したけど、目がくりくりで、真っ直ぐでかわいいキャラクターに弱いみたいだ笑

あと共通してるのは比較的低い身長か?

見ていて応援したくなるキャラクター自分は好きなんだと思う。

から多分、駆け出しアイドルから始まるアイマスにも惹かれたのだと思う。

2016-11-26

http://anond.hatelabo.jp/20161126145006

少年向けは「息子(主人公)が父を乗り越える」が主テーマの一つである事が多い

に納得。

全然関係ないけど、父親出世し過ぎると男の子供はきつそうだ。周りを見てて思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161125102758

キッズアニメじゃなくて少年アニメでは?

少年向けは「息子(主人公)が父を乗り越える」が主テーマの一つである事が多いので

父親最初から死んでたり序盤で死んだり行方不明だったりにするのが定石

父親が乗り越える価値もないようなヘタレだったら話にならないし、

目標たりえる偉大な父がいつまでも身近にいたら乗り越えられないからね

(そういうキャラが実父ではなく父親的な立場他人、という設定の場合も多いが

その場合も実父がいたらキャラが被るので出てこない)



少女向けの場合はそもそも少女は父に興味がないので出てこない事が多い

アニメ場合男性製作者の自己投影っぽいのが出て来る事もあるが、漫画だと大抵作者が女性なせいかスルーされる印象

あさりちゃんに触れてる人がブコメにいるけど、あれの父親原作では全然存在感がないのに

アニメでは話が変えられて「立派な父」扱いにされてた事があった気がする)

性向けだと家族アニメが多く父親存在感あるのが普通

少年戦士戦死したり病死したりするのを楽しむ今のアニメ文化は正直気持ち悪い。

気持ち悪いだけならいいけど、そこにストーリー性や主人公感を混ぜてくる今の少年戦士アニメは本当に害悪だと思う。

10代のうら若き少年童貞のままその辺の雑魚に殺されて終わる展開も酷い。

どう考えても少年戦士死ぬきじゃないと思う。

仮にもその昔男の子の憧れの職業だったりしたヒーローを夢のままで終わらせないでしっかり殺すという愚行は本当に呆れてしまう。

少年戦士黄金聖闘士犠牲のもと生きたまま地獄に行った聖闘士星矢は良い。

戦闘他人を殺しておいて「同じ技を反対側から叩き込めば生き返る」という謎理論による雑な蘇生も最高だった。

逆にドラゴンボールでは、何度も殺されたのに何度も生き返らされて強敵と戦わされる孫悟空は本当に辛いだけだった。

あんなのはもういらないんだ。

少年がボロ雑巾のように戦うなんてもういいですから。みたいな事を言ってたらアンパンマンだって放映できないですよねー。


http://anond.hatelabo.jp/20161125191537

2016-11-25

[] #7「少年と当たらぬ棒」(エピローグ)

「そして、少年が突き刺した棒がコレだと言われております

ガイドさんが、淡々説明をする。

へぇー、この時代でも直立だなんて。よほど悔しくて、力いっぱい突き刺したんだろうなあ」

同級生タイナイはそう呟きながら、感心しきりだった。

からすればこういうよく分からない、教訓めいたものは話半分で聞くぐらいが丁度いいと思うのだが。

まあ、タイナイもガイドさんがいる手前、やや過剰にリアクションしているのだろう。

それにしても、棒だと説明されているものの、棒というには妙な見た目だ。

俺の冷めた目線や、逆にタイナイの熱い視線など気にも留めず、ガイドさんは次の名所の案内を始めた。

弟のマスダはというと、ほくそ笑みながら皆の視線かいくぐって棒を触っていた。

触ったからといって何があるというわけでもないだろうに、ああいうのに対する弟の好奇心には感心するよ。

気が済んで帰ってきた弟の脳天にチョップを食らわすが、悪びれる様子もなく、かといって笑みを浮かべたりもしなかった。

不思議に思った俺は、弟に尋ねた。

「いやあ、棒が思っていたより硬くなかったんだ。むしろ柔らかい

確かにそれは俺にとっても意外だった。

口元がひくつく。

ちょっと興味が湧いて、もう少し話を聞いてみたくなった。

「ほぅ、どんな感じに柔らかいんだ?」

弟はうんうん唸りながら、自分の語彙力を駆使して説明しようとしていた。

「何というか……そう、ペットボトル! 空のペットボトルみたいな感触だった」

これまた予想外の回答に、俺の硬い表情筋が緩む。

「か、空のペットボトルか。お茶とか入りそう?」

「うーん、どっちかっていうとコーラとかが入っているタイプ!」

ガイドさんのしていた話や、あの棒らしきものが本当かは分からなかったが、ペットボトルを振り回す姿を想像して俺たちは思わず笑った。

2016-11-24

松坂大輔一言言いたい

そもそも松坂ホークス選んだことが1番の間違いだったと思う。これは活躍できていたとしてもそう。ホークス入った時点で色々な歯車が狂いだした。松坂ヒーローだった。憧れの存在で、スーパーマンだった。当時野球をやっていた少年はみんな松坂活躍一喜一憂していた。

ヒーローに対して、ファン絶対に像を思い浮かべると思う。こうあってほしい。こうあるべき。みたいな。

それをやり遂げ続けるからヒーローなんだと思う。イチローだって年とともに衰えるし、野茂松井晩年は本当に衰えてた。それでも彼らが未だにヒーローであり続けられるのは、成績云々でなくて、ファンに対しての像を裏切らなかったから。清原なんてある種はその像を裏切ってないと思う。あれは彼に抱かれていた一種ヒーロー像だったかもしれない。

2014年オフ松坂ホークス入ると聞いて、僕はその瞬間に「何やってんだよ」と思った。その理由は、ホークスに入った松坂が、たぶんヒーローでなくなると思ったから。

さっき書いたように、ファンヒーローに対して像を重ねる。こうあってほしいと。そして同時にストーリーを語る。「ここまで来る道のりにはこんなことがあった」と。そのストーリーが太いものからヒーローになる。もちろん結果も伴うけど、それと同じく文脈ものすごく色々な要素を含んでいて、それがみんなに語られる。

もし松坂ホークス活躍していたとしても、活躍の度合いによるけど、たぶん多く語られるものでもない。それはたぶん望まれているストーリーではないから。

日本に帰ってくるという話がでたときベイスターズオファーを出したという記事を見て、ベイスターズに入った松坂想像した。ベイスターズに行けば間違いなくスターであり続けられたと思っている。というかそれを見たかった。今と同じく故障で働けなくても、もっと応援されてんじゃないかって思う。それは望まれている像に当てはまっていたはずだったから。

松坂はその時代においては、常に最高の選手だった。そして同時に、常に逆境に相対する選手だった。

高校2年生では自身暴投で先輩の夏を終わらせた。乗り越えて春を制覇、夏はPL相手に延長17回を投げ切り、敗戦濃厚の準決勝奇跡的に逆転勝ち。最後ノーヒットノーランで優勝。プロに入って最初話題となったのは「リベンジ」。語られやすい話は逆境ばかり。でもそれを乗り越えて頂点に立ち続けたかヒーローだった。

松坂ホークスに入ったとき、既にホークスは頂点のチームだった。そして何の縁もゆかりもない。どちらかというとライバルのはずだった球団だ。ベイスターズに入れば、まず横浜高校時代活躍を思い起こさせる。「ベイスターズ松坂が帰ってきてくれた!」と。そして松坂高校時代にはベイスターズへ入りたいと話していた。ベイスターズには同級生の盟友、後藤武敏もいる。また、ベイスターズには優勝経験のある選手は少ない。メジャー帰りの経験豊かなベテランもいない。色んなものが伝えられることが想像できた。仮に選手として活躍できなくても、貢献できることが多く想像できる。

それでも松坂ホークスに入った。いまや常勝球団であり、もはや巨人並のヒールになりつつもあるそんな球団に。そこで生え抜きスターを育てていくべきホークス松坂のような選手を取ったこと、松坂のようなヒーロー像を重ねられている選手がそれと全く反する選択肢を選んでしまったこと。全てが悪手だったと思う。そして今この惨状である

それでもここまで堕ちたからこそ、期待される部分がでてきた。とりあえず来年少しでも投げられる兆しを見せて、あわよくばクビになって横浜に入ってほしい。今なら西武でも良いと思う。そして活躍してくれたらと思う。そしたら松坂が、もう一度ヒーローに戻れる気がする。早くクビになってくれ。頼む。そして次を見せてくれ。そう願っている。

このままでは疲れてなめてやってた奴で終わる。そんな松坂で終わってほしくない。

シン・オオカミ少年


オオカミ!!すぐにげて!!」



あのオオカミ少年オオカミに食べられてから5年。

今では別の少年羊飼いをしており、オオカミが来ると村人たちに必死の形相で繰り返し大声で叫ぶ。しかし……



「……オオカミじゃなくてキツネだったか

「まぁ、オオカミじゃなくてよかったじゃないか。無事が何よりだよ」



5年前のオオカミ襲撃時には、オオカミ少年や羊だけではなく、多くの村人も犠牲になった。

村人たちはオオカミ少年ウソが油断を招いた結果被害を拡大させてしまったことを反省し、新たな羊飼い少年には、オオカミを見かけたらすぐみんなに避難を呼びかけるよう、強く言い聞かせた。

この新しい羊飼い少年は、オオカミ少年とは反対でとてもマジメな少年であったが、良くオオカミを見間違えた。この前はタヌキだった。



「今度はキツネか。いい加減にしてくれよ。これじゃオオカミ少年と変わらないよ」

「大体、言い方が大げさすぎるんだよ」



避難場所に集まった村人たちの中の数人が愚痴をこぼす。

するとそれを聞いた他の村人たちが一斉に非難した。



「なんてこと言うんだ。5年前の悲劇をもう忘れたのか!?

オオカミの群れを確信してからじゃ遅いってことがわからないのか!」

オオカミかどうか判断する時間が無い以上、強く呼びかけるしか無いだろう!」

「まったく、お前みたいなバカオオカミに殺されればいいんだよ」



それ以降、愚痴をこぼした村人は何も言わなくなった。

その後も羊飼い少年の見間違えは改善されず、あれから更に数年経った今では多くの村人が羊飼い少年の呼びかけを聞いても避難することはなくなっていた。

ここまで信頼を失っているのにもかかわらず、羊飼い少年やその呼びかけに公然と異を唱えるものは誰もいなかった。

いまや羊飼い少年の呼びかけを非難することは不謹慎とされていたし、なによりそのことで村八分にされることを誰もが恐れていたから。



……




オオカミ!!すぐにげて!!」



オオカミの群れに追われた羊飼い少年必死の形相で叫んだ。

村人たちはその声を聞くと一旦足を止め、やがて何事もなかったかのように日常に戻った。




http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20161122/k10010777991000.html

[] #7「少年と当たらぬ棒」

とある村に、とある少年がいた。

彼は気骨のある若者であると同時に、反骨精神溢れる若者でもあった。

手ごろな棒を片手に村を闊歩して、時にそれを振りかざして見せたり、或いは素振りをして見せたり。

そうやって、自分という人間を誇示するのだ。

しかし、そんな彼の粗野な振る舞いを、いつまでも村長が見逃すはずもなかった。




ある日、少年村長と年長者たちに囲まれて詰問された。

貴様は何をやっている」

少年は怯まず、取り繕うこともなく、屈託のない表情で答える。

「見れば分かるだろう」

小癪な態度に年長者たちは色めき立つが、村長は依然として訊ねる。

生憎だが、年ゆえ目が悪い。見ても分からぬ」

村長毅然とした返しに、若者はフンッとあからさまに不機嫌そうな鼻息を吹き付ける。

周りを威嚇するかのように、大きな体で腕を広げて見せて答えた。

「棒を持って村を歩いている。それだけだ」

「それだけ?」

「振りかざして見せたり、素振りをしたこともあるが、当たらないという確信があるときだけだ。実際、これで人を殴ったことは一度もないし、そんなつもりもない」

実際、嘘を言っていなかったし、故に心から自分に否がないとも確信していた。

「まあ、それでも当たる人間がいるとするならば、それは自ら当たりに行くくらいだが、それは自業自得だ。俺は悪くない」

どうだとばかりに口元を緩めるが、村長は依然としてたじろぐ様子も見せない。

「ふむ、無理やりやめさせてもよいが、出来ればワシもお前に納得してもらった上でやめてもらったほうがよい」

すると、おもむろに町長は近くにあった小枝を拾い上げると、少年の顔のまえに突きつける。

それは触れるような距離ではなかったが、思わず少年は身動ぐ。

更に町長は、小枝を持った腕を振ってみせる。

当たることはないのだが、その勢いに怯んだ少年は後ろに倒れこんでしまった。

倒れた若者を見下ろしながら、村長はまた訊ねた。

「さて、貴様の真似をしてみたが、どうかな?」

村長の突飛な行動に、してやられただなどと少年は思わない。

すぐに立ち上がると、「ふざけるな!」と怒号する。

「異なことを。腕を目一杯伸ばしていたのに、それでも小枝はお前から離れておる。その状態から腕だけ振ったのだ。貴様も、そのつもりで振りかざしたり、振り回したりしていたのだろう?」

村長言葉に、さすがの少年も悔しそうな顔をする。

貴様は『殴っていない、殴るつもりもない』などといっているが、本来そんなものを振りかざしたり、振り回す時点で問題なのだ

村長は畳み掛けるように話を続ける。

「さて、貴様が納得した上でここでそれを置いて帰るならよし。できぬなら、これから毎日貴様の前で我らは振り続けよう。もちろん当たらないように。貴様のほうから当たりに行くなら話は別だが、それは自業自得なのだろう?」

若者はとうとう観念し、八つ当たりするかのように持っていた棒を地面に突き刺した。




それから少年は気骨溢れる生き方をしたが、棒だけは二度と持つことすらなかった。

後に彼が村長となったとき子供たちに「棒を持つな」と言い聞かせていたという。

(エピローグへ続く)

2016-11-23

当たらなければどうということはないからの狼少年

走行中の自動車に衝突されると死ぬかもしれない程度に危険だが、「くるま、にげて」とならず、車からメートルも離れていない歩道を平気で歩いているのは自分ところにやってこないという期待があるからなんだけれど



津波も1mはおろか30cmでも巻き込まれれば十分に危険ではあるが、水面が1m以上増水した時に浸水する場所が浜辺や河原、水辺など当然すぎる場所を除けば少ない



警告が

1mの津波威力オーバーだとなるのではなく

1mの津波被害範囲の狭さに慢心するようになる

2016-11-21

高学歴家庭なのに低学歴家庭だ


うちの両親は高学歴だ。世帯年収日本の平均を遥かに上回っている。

なのに、うちの家には高学歴家庭に当然あるはずのものが何一つない。



本、本棚雑誌新聞漫画絵画ピアノバイオリンワイン蔵、大量の名作ゲームハイスペックPC数台

プール書斎アトリエ、高級車、自家用ヘリ、自家用クルーザ、別荘、メイド執事使用

ブランド物の服、時計、バッグ、靴、宝石、高級家具、週四回以上の高級店での外食、月十万円以上のお小遣い



子供教養を身に着けさせるための図書館通い、美術館巡り、海外旅行国内旅行クラシックコンサートオペラ演劇落語雅楽ミュージカル

そして温かくてこの世のすべてを包み込む無条件の愛情



何もない。何もない。この家には何もない。

あるのは無駄に大きいテレビ暴力と金だけだ。ここはマフィアアジトなのか?




両親は重度のテレビ中毒者だ。

バラエティー、アイドルジャニーズ芸能人ゴシップ子供向けのアニメ(ドラえもん名探偵コナン)を夢中になって観ている。

体は大人頭脳子供の逆コナンである両親には、これといった趣味もない。どうやら、テレビから流れてきたものしか関心がないようだ。

その姿は脳に電極をぶっ刺されてひたすら快楽を与えられている人体実験被験者のようで気味が悪い。




関東ごみ高校に入るまで、職業といえばサラリーマンという漠然としたものしか思い浮かばなかった。

医者とか研究者とか教授という職業は別の星の話というくらい現実味がなかったのだ。

両親と職業社会のことを話したことはないし、親戚も全員サラリーマンだ。

プログラマーエンジニアなんてはてな出会うまでは完全に埒の外だった。知ったときはこの世にはそんな職業があるのかと衝撃を受けた。




学校という空間は家庭と習い事と塾で身につけたスキルを発表する場だ。

他の場所で学んだことを使って攻略するステージ学校なのだ

僕は習い事をしたことがない。習い事というものは遠い世界の話だと思っていた。

家庭が文化資本に乏しく、友達恋人もいなかったのが原因だ。




小学校プールの授業を男女一緒に受けたとき、何でまだ習ってないのに泳げる人ばかりなのかと女子スク水凝視しながら疑問に思った。

「何で皆泳げるの?前世で魚やってたの?」と授業の最底辺コースに入って、水に顔をつける練習をしていた僕は思った。




他の授業でも常に劣等感を感じていた。

音楽では、皆は習う前から音符を読めていたのに、僕だけ読めなかった。おまけにリコーダーでは変な音が出た。

体育では、スポーツ習い事をやってる大多数の人達に負けっぱなしだった。

書道では、僕だけ何度もやり直しをさせられた。他の人は小学生とは思えないくらい上手だった。特に女子

算数では、学校で習っていない解き方で皆すらすら解いていた。いつも僕だけ取り残されていた。




皆、塾で先取り学習をしているから、先生の授業を聞かずとも学校問題をすらすら解けるのだということを知らなかった。

「何で皆、まだ習ってないことなのにすらすら出来るんだ?なんでなんで???習わなくても出来るのが普通なの?僕が馬鹿なの?もしかしたら僕は知的障碍者なのかも…」と劣等感嫉妬心と悔しさと焦燥と絶望不安と虚無感に常に襲われていた。

そしてそれらに少しずつ脳と心が蝕まれていき、しまいには体がマヒしたようになり思うように体を上手く動かせなくなってしまった。

同時に、激しい劣等感から心を塞ぎ込んでしまい、人とのコミュニケーションが上手くできなくなり、結果的に対人不安を抱えたコミュ障になっていった。




両親はインターネットのことを良くわかっていない。

「なんかべんりなもの」程度の認識だ。

もちろんガラケー愛用者だ。それにスマホアイフォンとの区別が付いていない。

ユーチューブも良くわかっていない。何かCMでやってたやつ程度の認識だ。




そんな両親の片割れである父親が、ある日、いつものように酒を飲みながら、たばこをふかして下らないバラエティー番組アイドル番組を観てゲラゲラ笑っているとき、僕に酒を買ってこいと頼んだ。

断ると父親の怒鳴り声と打撃音、僕の少年合唱団のような美しい泣き声、そしてそれを馬鹿にするかのようなバラエティー番組の観客の笑い声が家中に響くため、仕方なく買い出しに行くことにした。

酒を買うときに、コンビニ店員に年齢確認をされるときは、「お酒を買わないと大変な目に合うんです(´;ω;`)」と泣き落とし作戦を使って切り抜けた。




「なぜ僕んちはこんな低学歴家庭みたいなんだ?高学歴家庭である僕んちに文化資本の欠片すら落ちてないのはなぜだ?うちの両親は高学歴エリートじゃないのか?高学歴家庭は食事中に親と子供でウイットに富んだ会話をするものじゃないのか?事あるごとに人生アドバイスを与えるんじゃないのか?子供エリート教育を施すんじゃないのか?いろんな習い事経験させて将来のことを考えさせたり心身ともに健康に育つようにするんじゃないのか?殴ったりしないんじゃないか無意味に怒鳴り散らしたりしないんじゃないか?月のお小遣いは十万円以上じゃないのか?僕が欲しいものを指さすだけで使用人がブラックカードを使ってそれを買ってくれるんじゃないのか?執事の物悲しそうな横顔に人生の深さを感じるんじゃないのか?可愛くて巨乳な無表情メイド事務的性教育で性に目覚めるんじゃないのか?」

庶民が足繁く通うコンビニで安酒を買った帰り道にそんなことを考えていた。




これじゃ高学歴家庭に生まれてきた意味がないじゃないか

親が外では高学歴エリートマン、家ではDQNというわけわからない家庭で育って精神障碍アトピーゾンビになるより、低学歴家庭に生まれDQNになって十代で犯罪しまくって金を稼ぎまくってドラッグセックス快楽を貪り、稼ぎまくった金を株で運用して配当を受け取る勝ち組アトピーゾンビになったほうが幸せじゃないか

低学歴家庭に生まれた人が羨ましく妬ましい。低学歴家庭に生まれたかった生命だった。

2016-11-20

過去施設で育った実験体という設定(加筆)

施設研究されている超人的な子供という設定の中興の祖はAKIRA大友先生にあると思う。オマージュとして定番になってる。

幾原邦彦もやってるし、元々オマージュアニメっぽいパンチラインでも幾原から孫引きオマージュが用いられていた。

オマージュアニメの側面があるフリップフラッパーズ最新話でもそうだし、キズナイーバーでも用いられている。

ところが割と複雑で、アニメに興味のない村上春樹1Q84の中で設定として施設育ちの設定を出してきている(厳密には違う)。

原作品の幾つかで村上オマージュされたことは割と常識的な話だったりする。しかし話はこれだけではない。

村上の方でも当たり前のようにオウム真理教意識されているし、これはオマージュ先の幾原の方でも行われている。

要するにあのへんの作品群は大体オウムから来たものだったが、孫引き孫引きが多くてそう簡単でもないよ、という話。

最近オマージュを重ねるごとにオウム部分が次第にスポイルされる傾向にあって、

オウムという意味のみにおいては、大友先生が件の設定における中興の祖である、という意見は必ずしも当てはまらない。

ところが攻殻機動隊SSSにおける子供たちが政府に利用される下りのシーンやS.A.C.11の子どもたちの話は少し違う。

あの表現大友先生無しで成立し得たかどうか疑問だと個人的には思っている。特にオウム臭いがしないからだ。

更にそこから派生したメタルギアソリッドシリーズでも「恐るべき子供たち計画」が用いられており、既に二次二次で原型をとどめていない。

もっとMGS攻殻機動隊のものに強く影響を受けすぎているので、引用として不適切かもしれない)

こうしてみると単なる実験施設ヘッドギアをつけた宗教団体行為が、大友克洋その人によって「子どもたちへの実験」という体裁を帯びたことも見えてくる。

逆接の逆接だが、こうした意味では大友先生はやはり「実験される子どもたち設定」を作った中興の祖である

と言ってもそれほど的外れではないと思う。



白装束を着た少年たちが意味ありげ施設ブツブツ言う、という設定は見飽きてきたなあ、と感じたので個人的に思い起こしてみた。

未見の人にとっては面白けりゃなんでもいいと思う。自分個人文脈棍棒を振り回す人たちが大嫌いなので。

というかあの事件後に生まれ世代がいるということの方に隔世の感を覚えざるを得ない。つまりあれが相当やばい事件だってことが空気ごと伝わらない。

村上1Q84で述べた「空気」はそうした分岐点としての境界線も入っている。



後記:

原文にてタイガーマスクが云々というツッコミが入りましたが、仮面ライダータイガーマスク改造人間ヒーロー文脈です。

指摘としては全く的を射ていないと思います



残響のテロル、未見なので見てみますノイタミナに外れなし。

過去施設で育った実験体という設定

施設研究されている超人的な子供という設定の中興の祖はAKIRA大友先生にあると思う。オマージュとして定番になってる。

幾原邦彦もやってるし元々オマージュアニメっぽいパンチラインでもそのオマージュが用いられていた。

こちらもオマージュアニメの側面があるフリップフラッパーズでもそうだし、キズナイーバーでもそう。

ところがこのオマージュは割と複雑で、アニメに興味のない村上春樹1Q84の中で設定として施設育ちの設定を出してきている(厳密には違う)。

原作品の幾つかで村上オマージュされたことは割と常識的な話だったりする。しかし話はこれだけではない。

村上の方でも幾原の方でも当たり前のようにオウム真理教意識されているし、これはオマージュ先の幾原の方でも行われている。

要するにあのへんの作品群は大体オウムから来たものだったのだが、最近オマージュを重ねるごとにオウム部分が次第にスポイルされる傾向にあるとも言える。

そうした意味では大友先生が件の設定における中興の祖である、という意見は必ずしも当てはまらない。



いい加減白装束を着た少年たちが意味ありげ施設ブツブツ言う、という設定は見飽きてきたなあ、と感じたので個人的に思い起こしてみた。

未見の人にとっては面白けりゃなんでもいいと思う。自分個人文脈棍棒を振り回す人たちが大嫌いなので。

というかあの事件後に生まれ世代がいるということの方に隔世の感を覚えざるを得ない。

まりあれが相当やばい事件だってことが空気ごと伝わらない。

村上1Q84で述べた「空気」はそうした分岐点としての境界線も入っている。

2016-11-17

もし宮﨑駿がゴジラを作ったとしたら

もし宮﨑駿がゴジラを作ったとしたら、「共生」がテーマになって、ゴジラの思いを汲む一人の少女少女の思いを汲む少年ゴジラの思いを汲み、実は地底生物だった(?)ゴジラ活火山火山口に誘い込んで、「ゴジラ、地底におかえり」と言ってゴジラを地底にかえすと思う。

多分クシャナのような人が「共生反対」、「自組織利益最大化」の立場からゴジラ巨神兵のように操って自分敵対する組織を壊そうとして、結果的日本に大損害が及び、ゴジラが第三形態まで進化し、クシャナ自身が巻き込まれて自滅するみたいなストーリーになるだろうと思う。

見られるよりも見たいまじで

はてな匿名ダイアリーの『売れないジャニーズJr.を好きになった。』『ジャニーズjr.認知された感想』という記事を読んだ。

私は5年ほど前からあるジャニーズjr.応援をしている。好きになった当時は、私も彼も中学生だった。身の回りではTwitter流行りはじめた頃だった。ジャニーズjr.個人テレビコンサートについての出演情報ジャニーズネットなどには掲載されない。情報収集のために私もアカウントを作ったが、それでも今よりはずっと少ない情報、そして小さな財力でファンをしていた。

現在アルバイトで稼いだお金ほとんどをジャニーズに使う生活だ。現場のための費用以外にヲタク遊んだり飲んだりするお金やそのための洋服代なども含む。正直、リア友と話すよりヲタクとして知り合った友達と話す方が私は好きだ。リア友と話しているとどうしても共通の知人の悪口や噂話に発展してしまうことがある。面倒くさい。その点ヲタクと共有する悪口などといえば、よくある事務所に対しての文句自担が置かれている環境に対しての愚痴などが多い。少なくとも私の場合はそうだ。そうだった。真剣に悩んではいものの、こんな話をやめられないのもヲタクの性である

ところがここ数年で仲良くなった友達数名の中に、いわゆる「つよいヲタク」がいた。担当はそれぞれ違うが、一緒にいると現実を忘れられてすごく楽しいし、ヲタクとしても人としても尊敬できる人たちだった。ただある日突然、会話の中に「列」という単語が浮上した。私は足を踏み入れていない域だったのでその場ではふーんそんな世界もあるのねと会話を聞いていた。しかし、その場にいた私以外全員が経験者だった。話を振られてしまった私が「そういうの行かないんだ…」と白状すると、一瞬静まり返った。怖かった。そしてスルーされた。

別に、だからじゃあ次並んでみようとかは思わなかった。並ぶ理由がないと思っていたからだ。けれど、並ばなければ聞けない楽しい話や、ヲタクだけじゃ予想しきれない次の現場についての話などもたくさんされるようで、少し悩んだのも事実だ。私は今の担当担当して5年経つが、そういった世界に足を踏み入れていないばかりに、最近好きになった人より私の方が彼のことを知らないような気がしてきてしまって、少し悲しくなった。担当歴が長い方が偉いなんて思ったことはあまりない。けれどそこで、なんだか少し悔しくなってしまった。

私が、応援しているjr.に求めてるものって、そういえばなんだっけ?

「見られたい」わけではなかった。なんなら私は自分顔面に恐ろしく自信がないのでできるだけ見てほしくない。彼の目にはキラキラ輝くペンライトと彼の名前が貼り付けられたうちわだけ入ってくれれば幸いだった。同担拒否というわけでもないので、彼が彼のファンに対しファンサをしている姿も好きだし喜んでいる彼のファンの子の姿を見るのも好きだ。たまに、私がその立場になってしまう時もある。正直、超うれしい。にやけてしまったり驚いたりしてしまう私の反応を見て楽しんでいる彼を見るのも大好きだ。書いていて、すごい矛盾してんなって思った。

私は、見られたい<見たい派だなと気づいた。どんなに近い席で入っても、バックを務める彼はどうしてもメインや他のjr.に被って見えなくなってしまう時がある。私はいつもそれが耐えられない。いるのに見えないのが耐えられない。だから、近すぎず遠すぎない距離を選ぶようになった。

そんなこんなで、5年という少なくはない期間、特定jr.をそこそこマメに追って来た。が、おそらく自担には認知はされていないだろうなと思う。(その周りのjr.やメインのタレントには認知されてしまたかなと感じるタイミングはある)

ファンレターは1度だけFC宛てに出したことがある。担当になった当時だ。好きになった理由やこれから応援したいんだというような旨の文章を書いた記憶があるが、なんせ中学生だった自分が書いた拙い文章だ。正直思い出したくもない黒歴史匹敵する。それ以来書いていない理由は、書こうとしても単に伝えたいことが「大好きだよ!」「応援してるよ!」以外に毎回見つからなかったかである。もともと、私は彼の自己プロデュース力に惹かれたのだ。そのため、「こうしてほしい・こうすればいいのに」という私の感情Twitterに吐き出したりたまに雑誌はがきを送ったりすればもう充分だった。なんだかんだ最終的には彼を信頼したいのだ。

私は妙に、自らの応援スタンスに潔白さを求めてしまう。チケットを定価の10倍以上で買うこともあるが、もうそれはその時の自担を見るためには仕方なかったと思い、割り切っている。

例えばEXではカンペ公式ペンラ以外使わないだとか、少年収で持つうちわは1本だけとか、本当にそういう変なところにこだわってしまうのだ。くだらないなと思うかもしれない。自分でも思う。相変わらず矛盾もしている。自担jr.の中では人気がある方だと思っているが、予測しきれない現場がなくなったわけではない。そしてなんとなく知る手段も知ってしまったわけだが、この性格のせいかそれを使う気にはなれないのだ。知りたいのに、踏み出せない。

少し考えて、そこまでするのがヲタクなら、私はヲタクじゃなくていいやと思った。

ヲタク友達から赤裸々な色々な話を聞くのは勉強にもなるしやっぱり楽しい。けれど、私がそこに足を踏み入れる勇気はまだない。

踏み入れれば、もう少し彼のことを知れるのかな。もっとみんなと色々な話ができるのかな。

私なんかの存在や感じたことを知ってほしいんじゃなくて、彼が思っていることを知りたいのに。

私なんかを見てほしいいんじゃなくて、彼のことが見れればそれでいいのに。

踏み入れれば、もっと深い闇を見ることになるんだろうな。

ヲタクって面倒くさい。

なのに、彼の担当はやっぱり楽しい

「菌」扱い某記事に対する私感

非常に読みにくく、推敲されていない文章でございます



事故により避難しなければならなかった男子生徒がいるらしい。

「菌」扱い、カツアゲまがいの恐喝を行いが行われたそうだ。

しかしこのニュースを知った私には、少しだけ羨ましいと思えたのだ。


というのも、その少年には「某災害の某事故があったからこそいじめられた、加害者非人道的であり犯罪行為を起こした」のだという原因と加害者の非をメディア世間が認めているかである

いじめの原因が社会的に認められることは、被害者にとって大変な救いなのではないかと通過者は思う。

もちろんメディア弁護士がどんな信念や建前を掲げていたとしても彼らも資本主義社会に生きる人間の一人なのだ

利益お金のにおいがしない社会の下層やしこりなど取り上げている余裕なんてない。


この一連の某事件告発に関して憤りを感じているらしい人権活動家自己承認欲求おばけは淘汰されて欲しいと感じるし、反吐が出る。頼むから私の関係のないところで生を全うしてくれ。

いじめ虐待差別ほとんどは普通人間が気を留めることもなく空気のように社会蔓延しているのではないのだろうか。