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はてなキーワード: なのだとは

2016-09-29

庵野秀明って嫉妬されるタイプだよなあ

最近の色々を見て、改めて思ってたのだけど、その一因が先ほどふと分かった気がする。

というのも、「庵野秀明新海誠への嫉妬燃えているに違いない」というどこぞで見かけた馬の骨因縁ツイートがあまりにも自分イメージと違うことで、何かそこにメンタルヘルス用語で言うところの投射があることに気づいたからだ。

 

まず、このツイート根本的に見誤っている事実として、庵野秀明という人物は、あの業界人間にしては極端に他人に対する競争意識というのが低い。

少なくとも、表立ってはそれを感じさせない人物だ。

今までそれと意識した事はなかったが、改めて探してみると、他人への嫉妬妄執が感じ取れる言動というものが本当に少ない。

自分以外のクリエイター作品はまず肯定的に評するし、作品比較して善し悪しを語るということにも熱心ではない。

富野由悠季の『そういう部分』をリスペクトしている割には、本人は驚くほど『競う』とか『順位を争う』とかという発想とは無縁の人物だ。

 

その代わりに顕著なのが、強い自意識だ。

ここで用いる言葉は、自尊心ではなく自意識、というのが妥当であるように思える。

ある種、究極のナルシストとでも言うべきか、他のクリエイター自分との力関係などまるで我関せず、ただ自分がどれだけ自分を見てる人に印象的に映るかということだけを考えている感じだ。

自分自分の客』だけが世界の全てであると言っても良い人なのだ

そういう意味で、セカイ系かいう古くさい言葉で語られる彼の作品類型は、彼に見えている世界観のものであるという事が改めてよくわかる。

 

当然の帰結として、庵野秀明が強い悪感情を抱くのはただ一つ、『悪い客』だけになる。

庵野にとっては同じ業界人などライバルでもなんでもない。ただ客だけが自分の戦うべき敵であり、「自分を分かってくれない」悪い客だけが究極の憎悪対象なのだ

幼稚と言えば幼稚なのかも知れないが、庵野にあるのは「なんで必死にがんばってる僕をわかってくれないんだ」という承認欲求だけで、それ以外の事は良くも悪くも何も考えていないのだ。

エヴァンゲリオンの、俗にいう『旧劇』は、庵野の強い憎悪ルサンチマン産物であるという事実は有名だが、それはあくまで『悪い客』に向けられたものだ。

庵野は、気に食わない批評家もっと有り体に言えば『オタク』に負けるもんかと闘志を燃やす事はあっても、かつて一度たりと同じ業界人に対する『対抗意識』で燃えた事などはないのだ。

 

しかるに、庵野がことさら嫉妬されがちな人物で、また冒頭に書いたような「若手を嫉妬しているに違いない」などという頓珍漢な言いがかりをつけられまでするという事実は、非常に興味深い。

庵野という人物は、常に競うという事とは無縁で、ただ『自分』を分かって欲しいという自意識だけでここまで来たクリエイターだ。

その事実は、取りも直さず、庵野秀明オンリーワンであり、別の言い方をするなら「自分トップに立てる土俵でだけ戦って来た人物であることを意味する。

だがそれこそが、自分土俵を作れず、他人と競う、オンリーワンナンバーワンとして嫉妬するということしか出来ない種類の人間には、もっと攻撃されやす属性なのではないだろうか。

 

究極のナンバーワンであるオンリーワン庵野は、彼らの目には常に妬ましいものとして映るだろう。

なんとかして、自分たちと同じ『競争』のルサンチマン庵野を引きずり込みたい。

庵野が気にした事もないような『軸』で、庵野ナンバーワンでなくなる軸で、庵野嫉妬して欲しい。

そんな願望が、このツイートのような、あまりにも庵野キャラクター齟齬を来す『勘ぐり』として現れるのではないだろうか。

 

彼らは往々にして、実際には自分で戦う事の出来ないただのオタク、つまり『観客』だ。

庵野秀明新海誠嫉妬して闘争心を燃やす事はまずないだろうが、このような、新海誠出汁にして、庵野いちゃもんをつけたがる『観客』がいる事実は、まだまだこれから庵野を奮起させ続ける可能性が、まあ、確かにある。

アニメや周りの人間を見ているのが辛い

アニメや周りの人間を見ているのが辛い。

アニメでの幸せ描写を見ると、自分には一生手にはいらないものだということを感じて苦しくなる。

最近は、妙に人間関係リアルアニメ流行っているのかますます苦しくなる。

自分の通う頭の悪い大学で、ある一定基準以上の容姿人間を見ると心底苛立ちっぱなしである

彼らが持っていたり得ているものを、醜い人間である自分は手にはいれることが出来ないのだ。

深いニキビ跡が大量に付いた見ていられないほど汚い皮膚や酷いくせ毛や大きな顔がどうにもならなそうなのだ

見てくれの良い女や男の容姿幸せ自分には来ないことに絶望する。

あるアニメを見て、そこの背景のモデル地があるスペインに行きたくなった。

他にもプラド美術館ゴヤなりを見たいというのもあった。

しかし、そもそも旅行自体に行く気力が失せた。

結局は容姿が汚いので、楽しくなれないと感じた。

また、美術が好きではなかったことに気づいたからだ。

人生の質を高める一番の近道を教えよう

オナニーの質を高めることだ。

人間人生においてこれほど手軽に気持ちよくなれることは他にない。セックス社会的成功ギャンブルもかかる手間とリターンの期待値を考えれば非常に効率が悪い。亀頭クリトリスにローションを塗ってコスるだけでいいオナニーの圧倒的コストパフォーマンスに勝る物など人生にはない。

何より自分の手を動かすことが快感につながるのが非常に脳にいい。そんなことはないと茂木健一郎が言ってきたら頭のブロッコリーを引っこ抜いてやる。自分の手で自分幸福状態に導く行為が生み出す自己効力感によって現代人に不足しがちな自己肯定感が補われ、脳が健全状態に近づいていく事は科学的にも間違いない。

だが、そこに1つの壁が立ちはだかる。それはオナニーへの忌避感だ。人間本能社会文化は子作りに無関係な性行為非生産的として敵視し続けてきた。そもそもオナニーという言葉自体が、膣外射精をしただけで天罰がくだるというくだらん言い伝え副産物なのだから恐ろしい。人生幸福を見出すことよりも、遺伝子に命じられるまま生むこと増やすことばかりを考えていた原始的風習が今なお我々を苦しめているのだ。

我々はこの「オナニーは悪である」という考えを取り払わなければいけない。それによってオナニー幸福度高まる。心の何処かでそれをしている自分否定しながらの行為というものは、何事であれ己に苦しみを与え脳や心を破壊し続けるものだ。だから我々はオナニー気持ちよくするためにオナニー肯定しなければいけないのだ。そもそも何故オナニー否定する必要があるのか。余分な性欲を処理することは脳のリソース管理家族計画を通しての人生設計において必要不可欠な物だ。前時代前例主義に我々の世代までもが合わせる必要はない。オナニー肯定しよう。そして屈託のないオナニー快楽により人生を豊かにしよう。Let'sオナニーLet's自己実現

2016-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20160928053429

別に読者は努力する主人公が嫌いなわけじゃない。

主人公が下手な負け方する」のが嫌なんだ。



努力する主人公」というのは、必然的に苦戦する事も負ける事もある。

苦戦も負けもしないのなら、何のために努力してるか判らんからね。

ジャンル的に、努力する主人公は負けもする物なのだ



しかし、当たり前だが主人公が敗れるというのは割と読者的にはキツい展開だ。

別に自己投影してなかったとしても、

贔屓のチームがライバルチームに惜敗したりボロ負けしたりしたらアンチクショウって感じがするだろう。

主人公が負けてなお、読者にストレスを溜めないというのは非常に高い手腕が要求される。

多くの作品はここでしくじって、読者(の一部)にフルボッコにされる。

スポーツなら相手チームの悪口を言えばいいが、創作物主人公が負けたら戦犯は作者だからだ。



アンチ大量発生させる失敗パターンとしては、ぱっと思いつく代表的ものとして

・「同格または格下(に見える相手)に負ける」

・「性格の悪い嫌味な敵キャラに負ける」

・「長々と戦った末に負ける」

・「一度勝った相手に負ける」

・「再戦してまた負ける」

・「滅茶苦茶強くなったはずなのに新キャラに負ける」

・「普通に戦えば勝てる相手なのに、何か無理矢理な展開で負ける」

・「負けたついでに主人公がド凹みする」

・「負けて周囲の評価も下がる」

といった物がある。

この辺やっちゃうと、感想欄とかAmazonの星とか見るも無残だね。



その点、H×Hとか北斗の拳とかは上手いね

基本的に格上にしか負けないし、戦闘が短いから「延々じらされた挙句に負ける」というストレスフルな事にならない。

しかも、負ける前に一矢報いて相手や観客を驚かせるのも忘れない。

スパっと負けて、すぐ立ち直る。

こういう、負ける時の作法をちゃんと守ってれば、努力修行が読者に嫌われる事もない。

ドラゴンボール天下一武道会天津飯に負ける所とか、凄く上手かった。

試合としては負けだけど、実質的には勝ってたと言ってもいいし、相手もそれを認めてる」という状態を上手く作って読者のストレスを逃している。

そして、修行した後は圧倒的に強くなっていて、それまでの強敵簡単に屠りさっている。

※そうなると次に「ストレスなく苦戦する」ためには圧倒的に強い相手自然に登場させる必要がある。

フリーザまではそれが上手く回っていたのだが、

宇宙最強」であるはずのフリーザの後に「実はもっと強いやつが地球にいた」という無理矢理な展開を持ってきてしまったため、割と叩かれる事になったのは避けようがなかったとも言える。

だってフリーザより弱いやつ今更出して苦戦するわけに行かんだろ・・・



まあ要するに、「努力する主人公を書きたいなら、苦戦や負けをよっぽど上手くやれ」って話よ。

http://anond.hatelabo.jp/20160928185212

はてブといえば大喜利wwwwみたいな感じで騒いでるけど。

← そうなの? それは初耳なのだが.....

http://anond.hatelabo.jp/20160928215416

”度量”なんて

ちょっと気にいらないことがあると消し炭になるまでしばき上げるネット民とは無縁の言葉だよなあ。




炎上させる方もする方も社会を正常に保とうとする動機として出どころが同じなのだ

警察は本当に屑しかいね

飯食いに街へ行ったらすごい人混みだったのだが、そこでとあるカップルの片方に肩がぶつかった

こちらはすぐに謝罪したのだが、いてーなくそ死ね、って吐き捨てて去っていった

まりにむかついたので追いかけてお互い様だろって言ったら肩を強くつかんでなんだよって言い返してきた

これは変なやつに絡んでしまったなと、危険を感じて最寄りの交番へかけていったら、一方的に俺が悪いことになっていた

見に覚えのない蹴りを入れられただの、女は妊婦なのに最悪な男だの、あることないことまくし立てる

防犯カメラ調べればわかるから調べてみてくれ」って俺が主張しても、そんな事件ではないか意味がないという

なら片方の意見だけ信じるのかっていうと、結局独身家族と住んでいない俺が悪いみたいな言い方をされた

どうはたから見てもDQNで柄悪いのはDQNカップルなのだが。

まるで俺が犯罪者のように扱われた

結果的警察署まで連行されて、お前のようなやつがいから困るだの

きちんと謝罪すれば問題いから謝れだの、今後このようなことはしませんと書かされた。

冤罪ってのはこうして起きるんだなってよくわかった

本当に警察一方的に片方を責めるし話を聞かない

電車痴漢冤罪になったら走って逃げろが正しいのはここから着てると思う


警察は本当に市民の味方ではない

何度も言うが、一方的独断偏見のみで事情聴取もまともにしない警察は屑だ

かかりつけ薬剤師への疑問

ヤフー知恵遅れではまともな答えが返ってきそうにないので、ここでこっそり聞いてみたい。

去年頃からかかりつけ薬剤師制度に関するニュースを耳にしているが、どうもよくわからない部分がある。

また、国としては、どうも今ある門前薬局を減らしたいらしいが、この理由もよくわからない。



薬剤師

調べてみたところ、かかりつけ薬剤師には、半年同じ薬局で働く、週32時間働くなどの要件がついている。

まり、かかりつけ薬剤師とやらになってしまうと、フルタイムで働いた上、

平気で夜中に叩き起こされかねない。労働環境としては相当悪化するのではないか

相応の手当や昇給があればいいが、たぶんそんな景気のいい話もないだろう。

薬剤師女性の皆さんも活躍していると聞く。だったら私はパートでいいワー、とはならないのだろうか。

患者

患者側のメリットとしては、飲み残しが減り、飲み合わせが悪い場合に指摘してもらえるらしい。

しかし、これもピンとこない。わざわざ薬局統合しないと、どうにもならないのだろうか?

近所のかかりつけ薬局に通ってくださいとのことだが、今の門前がなくなった場合どうなるのだろう。

例えば、1丁目の眼科と、2丁目の皮膚科に通う場合、今まではそれぞれの門前に行けばよかったのが、

わざわざ4丁目の薬局に通わなければならないとしたら、ひどく面倒になってしまう。



そもそも、患者としては、現状だと薬剤師先生に聞きたいことも、教えてほしいことも特にない。

より正確に言うと、病院だけでも散々待たされるので、薬局に着く頃には、

「もう何でもいいから、さっさと薬だけくれればいい……」という気分にさせられている。

経営

というわけで、かかりつけ薬剤師という制度が誰のためになるのかもいまいちよくわからないし、

まともに機能するかも相当疑問が残る。

結局、国が医療費ケチりたいだけなのだろうか?

あと、門前を潰した場合どうなるかも謎だ。あれ以外だと近所にはドラッグストアしかない。

そして、都会のマツキヨがどうだか知らないが、郊外ドラッグストアはもはやドラッグストアではない。

店舗面積の大部分は、薬と何の関係もない食料品だの雑貨だので占められている。ただのスーパーだ。

彼らが儲けるために、我々が不便しなければならないのだろうか?

誤解するやつは許せんと怒る人いるけどさ

 誤解するやつは許せんと怒る人いるけど、人と人とが会話しているときに完全に相手に伝わるなんて現実には不可能なんだよ。心読めと言われて不快だとかい愚痴増田もあったけどさ。ちょっとした誤解、勘違い解釈の間違い、なんと表現してもいいけど「言葉意味発言者意図に100%合うわけではないように受け取ってしまった」なんて社会で生きてれば無茶苦茶よくあることなんだよ。それにいちいち怒ってる人は何なんだろうか。

 とんでもないぶっ飛んだ曲解ならともかく、「ありがちな間違い」ぐらいのことで、重大犯罪を犯した人間かのようにあつかうのが当然だと思ってる人には認識を変えてもらいたい。「俺の発言を誤解したな、それは俺に悪意を持ってるからだ!」なんて、そんなにいちいち悪意を考えてないっての。「お前の解釈は違う!」と怒る気持ちはわかるけど、どう違うのか説明して終わりにすれば良いんであって、いちいち大問題にしようというのはおかしい。

 受け取る側だけでなく、発信する側についても言える。言葉意味勘違いしていて不適切な言い方をしてしまうこともあるけど、それを見かけるたびいちいち重大以下略

的を得る」と書いたのに機械的に反射してお前は何たる愚かな人間なのだ!と罵るようなレベルの人には辟易する。的を射るが正式から違うよ、と平和的にいえばいいだけの話じゃないのか。

 そりゃまあわかってもらえなかったら傷つく。それは当然だけど。じゃあわかってもらえるように相手質問に答えたりすればいいだけなのに、なにを無駄好戦的になるんだろうか、と思う。こんなコミュ障の戯言も、どうせそういう人たちには「こいつ何もわかってないくせに増田に書きたててる大悪人だ」とか思われるんだろうけど。

http://anond.hatelabo.jp/20160928053429

「昔は」努力型だったよなぁ。

巨人の星とか、キャプテンとか記憶しているけれど、ボンボンだかコロコロだかのラジコン漫画も、血豆作ってコントローラ技術を高めてた。

そして、今の子供がキャプテン主人公谷口 タカオ」に感情移入するかと言えば、それは微妙だろう。

世界生物が受け入れられやすいのは、転生先がゲーム世界と同じであるから

そこはゲーム世界であり、「自分が知っている世界なのだ

社会制度魔法体系なども、とてもゲーム的だ。

MMO普通になってからは、SAOや境界線上のホライゾンなどが出たが、あそこまで行くと現実の延長線上という事になる。

例示されたゼロの使い魔とも違うのだ。


北斗の拳シティハンターと、SAOやゼロの使い魔が違うのは、設定とはいえ強い背景を持つ大人であるか、なんでもないそこらの凡人であるかの違いだ。

聖闘士星矢ですら、血反吐を吐く修業を経て聖闘士になる。

生物は、何でもない凡人が、いきなりかめはめ波が打てたり、セブンセンシズに目覚めたりするもので、kawangoの分析にも一理ある。

CSおじさんはなぜスマホゲーを批判するのか

時代は変わったのである

老害はいつの時代若者文化批判する

60年代ビートルズ流行っていたときにその時の老害は「ビートルズとその真似をしてジーパンを履く最近の若者けしからん!不良だ!」と批判した

しかし、そのビートルズ世代は今の音楽業界批判自分たち価値観押し付けようとする立派な老害となっている

もっと時代を遡れば明治大正の頃小説流行っていたときその時の老害は「最近の若者小説ばっか読んで!けしからん漢文を読め!」と批判した

ゲームも同じくCSオジサンと呼ばれる老害が「最近の若者スマホゲーばかり!ガチャばかりしよって!なぜPS4を買わないのか!けしからん!」と騒いでいるのである

こういったCSおじさんの過剰なまでのスマホゲー批判には理由がある

スマホゲーの台頭により自分たちの好きなコンテンツコミュニティがなくなるのではと恐怖を抱いているからだ

スマホゲーは当たればとてつもなく儲かるので必然的メーカーCS部門を縮小、廃止スマホゲーに力を入れる

そうなると発売されるCSソフトの本数は減っていく…そして市場規模は激減し、またメーカーCS部門を縮小しまますスマホゲーに力を入れるのである

CSおじさんは声だけでかい少数派の金払いの悪いゲーマー(笑)なのだから多数派の金払いのいいゲーマーのいるスマホゲーに力を入れるのは当然である

そうした繰り返しによりCSおじさんはやがてCSソフトが一切発売されなくなり、CSゲー自体がなくなってしまう!と恐怖を抱いているのである

そのためCSおじさんは自分たちコンテンツコミュニティを守るために必死スマホゲーを批判するのである

しかしその努力もむなしく2015年CSゲーの市場規模は2000億円を割ってしまった、このまま消滅するのは確かであろう

やがて日本スマホF2Pオンリーとなり、CSゲーは本当にマニアけがやる超ニッチ産業になる

どの娯楽業界においても老害が新しい文化批判するのは上記のように新しい文化老害の好む文化を滅ぼし、

自分たちコンテンツコミュニティ消滅することに恐怖を抱いているからだというのは明白である

いろいろ書いたわけだがCSおじさんに言いたいのは、自分たちの好きなゲームがなくなってほしくなければ月に10本、新品でソフトを買う、それはできるよね?

ここの外人スパムでよく見かける

「部使え」って何なのだろうか。

「ぶつかれ、俺のスパムサイトにぶつかって来い」的な感じ?

頭の悪い人が多すぎて生きづらい

多様なもの見方ができない人が多すぎて疲れる。。

物事の結果の原因なんて複数あって、各要因がどの程度影響を与えているかを考えなくては

原因と結果なんて明確につかめない。

にもかかわらず、自分が信じたいものばかり信じようとして、客観的情報遮断する。

そんな人がすごく多いように思う。

自分高学歴で、周りを見てて大人になれば大半はこういう能力は身につくと思っていた。

だけど、実社会全然そうでもない。

 

断定的なものの言い方をする人が多すぎる。

それで、説得力を感じてしまってその人を信じきってしまう人も多すぎる。

そして、その集団の中ではそれが真理になってしまう。

明らかな反証があっても、「空気読めない」という言葉で潰されてしまう。

なんかすごく疲れた

テレビでは大人を美化して捉えすぎだよ。

そもそも日本国民自体に欠陥がたくさんある中で、なんで、人の悪い部分を指摘しないままなのだろうか。

彼らを相手していると、幼稚園児をあやしている気分になって疲れる。

自助グループなんかその傾向が強すぎる。。。

せっかく救いを求めても、その集団で出ている結論に異議を唱えたら村八分

もっと客観的科学的なもの見方ができればその集団知識も積み上げられ、対策方法蓋然性の高いものになるのに。

 

結局人間なんて猿の集団と変わらないんだろう。

そういう風に思わされて疲れる。

もう限界だ なぜ安楽死がないのか

もう限界だ。

自分自分である事にたえられない。

自己肯定感が低いのは確かにそうだ。

だが、客観的に見たスペック社会自分を低いカーストへと固定化しようとする。

それが嫌で嫌でたまらないのに、なぜそれを甘えというのか。

自分高学歴の世界にいた事があるからわかるが、

結局勝ち続けている人たちは負けている人から搾取する事をベースに考えている。

努力能力免罪符自身合理化し、負けた人たちは生活できるだけでもありがたいと思えという。

それはシステム上そうならざるをえなかっただけであり、システム自体に疑問を抱かない。

彼らの言う大人であるくらいなら、まだ堀江貴文氏のように問題提起をしてそれに立ち向かう人間の方が人間らしい。

いや、大人であると思う。

自分もそうやって生きていたかったのに。

そうすることすらできない自分能力の低さと病気が生きる気力すら奪ってしまった。

もっと力を得て、困っている人を助けたかった。

一つでもいいから歪んだシステムを正したかった。

でもそれはもうできない。

悔しい。

 

今は自分がどういうプロセス死ぬしか考えられないが、

その過程でかならず迷惑がかかってしまう。

安楽死制度さえあれば、その迷惑の量を減らす事ができる。

にもかかわらず、なぜ安楽死制度がないのだろうか。

結局GDPを向上させるための消費装置政府は失いたくないだけなのだろうか。

頼むから、この世に絶望し、死ぬ事でしか救われない人たちの負担を軽減する手段模索してほしい。

安楽死があることによって救われる人間がどれほどいるだろうか。

お願いだから安楽死制度を整備してほしい。

それが生きている人間絶望した場合に、少しでも苦しみを減らす手段となるのだから

理想上司ゴミクズ以下な件

・気軽に話しかけて気遣ってくれる

自由仕事を任せてもらえて信頼してくれている

・叱る時は厳しく叱り褒める時は喜んで褒める

リーダーシップがある

最後にはきっちり責任を取って部下を守ってくれる

しくじり先生見てたらこんなテロップが出てきた。

何だこりゃ。こんな人材ゴミクズすぎる。

こんなことをやり始めるのは、自分の成長が止まった人間だ。

自分ではもう結果を残せなくなった人間自分立場を守るために、人望という盾を作ろうとするとこうなるのだ。

それにまんまと騙されて甘い環境でグズグズ育った人間に有能な人間がいた例しがない。

出来上がるのは従順面白みのない、それでいて少しでも環境が悪くなれば文句ばかりいうクソ社畜だ。

有能な人間とはどのような環境下でも自らの役割見出し活躍する人間のことだ。

どんなに人間性が破綻していたとしても、金を稼げる人間がそこにいるならば、そんなことは期待せず黙って働き金を稼げば良い。

自分無能を棚に上げてこんな理想ばかり人に押し付けからいつまでたっても無能なのだ

日本未来を嘆く前に自分のゆるい人生を嘆きなさい。

綺麗事ではなく生存とは戦争のものだ。

その時代にあった戦い方を身に着けずして生き残ることは不可能だ。

女性オタクがいないことになっている」という言説の難しさ

よく、オタク界隈でジェンダー的な話をする際に

女性オタクがいないことになっている」

という言葉発言する人がいる。


しかし、実はこの言葉結構めんどくさい。


「(女性側の文化文脈無視しているので)女性オタクがいないことになっている」

根本的にはこういう話だと思うが、問題なのはそれ含意しているかどうかと言うことになる。


例えばパンチラ描写は非常に男性的な文脈女性オタク無視しているという発言は「パンチラを好む女性」という存在を端から無視しているかである

この無意識ジェンダー規範が話をややこしくする。

まり女性女性性的描写は好まないというパーソナルな自己認識無意識に全体化しているのである

実はこのような無意識の全体化というのが最近ジェンダー界隈のあちこちで見られる。

「女はこういうもんなの」

という社会の悪癖の無意識露出なのだが気づいていない人があまりにも多すぎる。


はたして女性無視しているのはどちらだろうか。

コンテンツへの理解が浅すぎるkawangoにはまじで失望した

 ライトノベル主人公は努力しちゃダメなんです。読む側が自分投影できなくなるからです。ヒロインは都合よく向こうからやってくる。超能力などの能力は、いつのまにか勝手に身についている。今のライトノベルの多くが、そういう設定で書かれていますよ。

――恋人能力を努力して勝ち取るのではなく、何もしなくても、いつの間にか恋人能力を手に入れているという設定でないと売れないということですか。その努力の過程こそが、今までは物語の根幹だったはずなのに。

 そうです。今は努力できる立派な人物主人公だと、読む側が気後れして感情移入できないんですよ。主人公は読者と同じ等身大の人間。そして、主人公に都合のいい物語を求める傾向が進んできた。文学世界でもそうなってきていると思います


http://www.yomiuri.co.jp/yolon/ichiran/20160923-OYT8T50010.html

カドカワトップのくせして、この理解はまじで浅すぎやしませんか?

本当にいい作品を送り出す気があるのかと、100回は問いたくなる適当な物言いにイラッと来た。


そもそも、最初からチートを持って最強になることを「俺tueee」と揶揄されていたりするのはここ数年だけで、ジャンプなら北斗の拳るろうに剣心バスタードにBOY、過去作品をあげればきりがない。みんな大好きガンダムアムロだって最初からワンランク上の人種だったわけですよ(あぁ、若い子的にはコーディネイターキラ・ヤマト君の方が)。最強主人公が昔から愛され続けているのは明らかだ。

「努力に対して気後れする」というのは、どう考えても浅すぎる考えなので、ただのサラリーマンオタクである俺が、超主観的にけれどkawangoよりはまともに、「最近ラノベ」っていうのを推論してやろうと思う。

ちなみに、全て根拠のない仮説だから、定量データ大好きなコンサルマンは読まなくていいぞ。己の中のロジックで書き殴っているだけだ。

正直こんなことすること自体、市場に対しての傲慢であることは理解したうえでだが、「カドカワトップの発言」に怒りしか沸かないため、久しぶりに筆を取る。


自己投影がしやすいのは「努力云々」ではなく「異世界転生」の方である

努力云々が拒否されているかは正直わからん。少なくとも言えるのは、将棋天才が努力する「りゅうおうのおしごと!」は最近ラノベではピカイチ面白いってことだ。そして、幼少期からガチ人生を変えようと努力を重ねて、家族を守るために死にものぐるいになる「無職転生」もまた名作であることを俺は支持する。

俺が言いたいのは、自己投影は「努力できる立派な人物」にしづらいのではなく、「異世界転生」にしやすい、ということである。しやすいなんて言葉も生ぬるいくらいに「ファンタジー自己投影出来る現代最強の装置」と言っても過言ではない。

ファンタジーという題材自体、本来は自己投影には不向きなものだ。なぜなら、今の自分と照らし合わせて「そこにいる」ことを想像することが難しいから、ということは理解できるだろう。

我々が住んでいる現代、つまり高層ビルが屹立し、夜も煌々と電気の光が輝き、インターネット交流を重ねる世界」と「石畳を馬車が走り、騎士団が剣を振りかざし、魔法世界の理である世界」では、あまりにも違いが大きすぎる。そこで生まれ育った主人公感情移入するのは、本来はしづらいもののはずだ。

ただし「異世界転生」は違う。

自分が今いる現代、と、異世界であるファンタジー世界が、まずつながるところからスタートする。たったこれだけ、これだけで高水準の自己投影を得ることが出来る。

それは突然足元に現れる魔法陣か、はたまた気づいたら目の前に迫りくるトラックなのか。きっかけはどちらでも良い。今の自分が、異世界に行けるという想像力カジュアルに補間してくれるのが「異世界転生」である

何故か。

第一に、主人公がまんま現代に存在してそうな、ふつ~~うな人物であることが重要だ。もちろん最初から古武術マスターして、スキルを盗む能力を授かるような人外主人公もいたりするが、基本は自分を重ね合わせられる主人公である高校生帰宅部で友人は少ないが仲の良い親友もいる。進学はどうしようと悩む2年生。趣味ラノベ。ほら、想像やすいだろう。

第二に、異世界転生ってほんとにあるかもしれないだろ?という、諧謔が含まれるちょっとした夢である。死後の世界なんて誰もわからんし、宇宙にある元素だってまだわからん。もしかしたらマナを利用した魔法陣は発生するかもしれないし、事故で死亡したあとには神様スキルを選ばせてくれるかもしれない。

「異世界転生」なんてねーよ、と鼻で笑うことは可能だが、誰もそれを証明することは出来ないのである。だからこそ、現代と異世界のつながりを、「ないな」と思いつつも受け入れることが出来ているのだと、俺は考えている。

ほら、スパイラルマタイすると本当の自分になれるんだろ??

重要なことだからもう一度言うけど、「現代」と「異世界」をカジュアルにつなげる「異世界転生」は紛うことなき物語の発明である最初トラック走らせた人には3,000ガバスあげたい。


いつかは覚める。「異世界転生」が流行っているのはブームでしかない

「異世界転生」がすごいものであることは説明した通りだ。かくいう俺も、毎日仕事帰りにはブックマーク登録しているなろう作品を消化しつつ、健気にスコップしたりもしている。本屋の棚にならぶラノベも、以前よりも増えたなと感じることはある。実数はしらん。マーケティング大好きくん調べてください。けれども、これは現代若者云々のような下らない推論なんかによるものではなく、あくまブームの1つだと俺は考えている。

ところで、俺は30代前半のおっさんだったりするわけだが、中学生にはじめてブギーポップを読んでこの世界に足を踏み入れた。かどちんの作品は今でも全部読んでいるけど、ハートレスレッドが俺は大好きなんだ。あの頃は「セカイ系」なるものが流行っていて、なんだか薄暗いイメージ作品が人気を集めていた。細かいこたぁいいんだよ!と言わんばかりに、世界観設定などをあえて曖昧にして、読者に考えを委ねるような作品だ。正直俺はTVアニメエヴァンゲリオンが嫌いである。新劇場版は好きだぞ。

まぁつまり、今とは確実に違った主流だったと考えてよいだろう。

オタクの狭い世界でいうとその後に泣きゲーメインストリームを走り、鍵と葉をプレイしないオタクオタクに非ず、と総括しはじめるオタクもいたハード時代だった。その後はいわゆる「新伝奇(この言葉あんまりきじゃないんだけどな)」と呼ばれる作品にわかに注目を集め、PCゲーでは月姫・Fateラノベでは戯言シリーズ禁書シャナが生まれていった。まだ少し薄暗さやきな臭さみたいなもの世界に漂いつつも「物語を曖昧にしない設定」が練られた作品が多かったイメージだ。そんな中、生まれでたゼロの使い魔最先端だったんだろう、異世界転生の走りだった。お悔やみ申し上げます

物語のムーブメントはここでもまた変わっていたわけだ。時代時代においてムーブメントはあり、「異世界転生」もその系譜の1つであると考えても不自然ではないだろう。美味しいものがあれば、それを食べ続けたいと思うのは至極当然の話しだ。最高の自己投影が出来る「異世界転生」をひたすらむさぼるのも、ただの欲求の発露だろう。

人間は成功体験にもとづき、欲望を繰り返し続ける生き物らしい。ソーシャルゲームの初期ガチャでURが引けるのは、その辺の心理ゲームに応用している可能性があるから気をつけるといいぞ。俺はFGOに毎月1万円課金している微課金兵だから、安心していい。

1つ面白いものを引き当ててしまったら、次に何かが来るまで、同じ成功体験を求めて同じものを摂取する。それは俺が辿ってきたオタク人生を照らし合わせてみても、超主観的に正しいと主張させていただく。

正直「異世界転生」は飽きてきたんだけどな。


コンテンツ消費にかけるカロリーの許容値は下がり続けている

最後にこれも超主観的な仮説だ。

エロゲisコンテンツの頂点。SF小説isオタクの原書。ラノベis心のフレンド。最高の1冊は「天冥の標」と豪語する俺だが、最近コンテンツの摂取にカロリーが高すぎて億劫になってきてしまった。

昔のエロゲと言えば、長いプレイ時間を経て没入感が高まり、最高のカタルシスを最後の最後にぶちかまされる、そんな作品に90点が付いたものであるゲームもそうだ。長時間プレイするRPGは食指が伸びない、仮に触れたとしても10時間ギブアップ。本気でコンテンツと向き合うのに気力が必要なのだ


なぜかと考えてみると、コンテンツとの向き合い方が昔と大きく変わってきてしまったことに気づく。

例えば、インターネット。不覚にも、kawangoのdwagnoが作り上げた「ニコニコ動画」は短尺でコンテンツを楽しめる世界観を作り上げた。1本5分~15分程度のユーザークリエイティブ動画が数多く投稿され、それをつまみ食いする時代2007年くらいから始まった。当時はアイマスのXBOX版プレイ動画をただただ見ていた記憶がある。その後に初音ミク東方、まぁニコ動周りは色々とブームが起こっただろう。id3万番台の古参だからたくさん見てきたけど、今はたまにはてブに上がる動画を見るだけである

アニメでいえば10分尺が増えてきた。ややもすれば5分。手軽に見れる極致と言って良いだろう。あいまいみー作品構成は完璧だった。神アニメと言って良い。

デバイススマホ利用がメインユースである。スキマ時間にいじって、Twitterを見たり、ソシャゲのスタミナ消費したり(最近スタミナ系減ったね)、もちろんニコ動Youtube商品宣伝見たりするのも楽しいだろう。若い子ならsnowとかsnapchatとかもあるな。comicoリライフが地味に好きだから、毎週土曜日更新が楽しみだったりするよ。

それが気づくとスキマ時間だけじゃなく、家に帰っても弄っていたりする。これを読んでいる皆もそういうことが何度もあったはずだ。

そうやって俺たちは、気づけば「カジュアルに消費できるコンテンツ」ばかりを楽しみ、それに慣れてしまった。「うわ、これ疲れそう」なんて言いながら積んでいるコンテンツ、皆はないだろうか?俺はある。たくさんある。以前は何を差し置いても、翌日の仕事に差し支えたとしても、徹夜してでも、読む。プレイする。そんなコンテンツが、いまや時間のある時に消費するかと積み積み。

もちろん時間があればいい。気力を振り絞って得られるカタルシスが最高であれば、なお良しだ。ラノベ読んでてよかった、エロゲやっててよかった、この年になっても年1くらいで感じる瞬間だ。

でも、その時間はいつの間にか、生活を縛るカジュアルコンテンツ侵食されてしまっているのが現実であるカロリー計算をした瞬間に、さすがにラーメン二郎は無理、と避けてしまうのは年を取ったからではなく、現代生活カジュアルコンテンツに束縛されているからだと俺は考えている。

そんな中、最近ライトノベルやなろう小説には、カロリーに優しいコンテンツが多い。それが「安定して人気の出る作品であるというのが持論である。(爆発的ヒットではなく、一定数さばけるという意味である)


ポイントは2点である。「期待値を裏切らない」「スキマ時間に読める」

小説はそもそもコンテンツとして消費にかかる時間が長い。ハズレを引いてしまった時の時間的損失は読み手にとってつきまとう課題である。それを解決しているのが、昨今のラノベパッケージである理解している。

表紙、タイトル、帯、あらすじで、中身を想像出来る。そしてそれが期待値とずれないことが重要である。大ドンデン返しみたいな疲れるものはいらない。想像した快楽を得られ、時間というコストに対して最大限のパフォーマンスを出したいのだから。なろうの作品を読む前にタグをチェックして「ハーレム」を探しているそこの君。君だよ君。

そして、ここまで何度も述べているように、カジュアルに読み進められるパッケージとして、なろうの形式は最適化されている。1話あたり5,000~10,000文字の文量は便所でうんこしながらでも読めるだろう。通勤中であれば、2,3話読むことも出来る。区切りもつけやすい。はてブで糞みたいなエントリーを読むのと同じユーザー体験で、自分が好む小説を摂取できるのだ。そりゃあ楽な方楽な方に行きたくなるのが人というものだ。

kawangoの話はラノベのくだりだけはまじで許せなかったが、大筋同意できる意見も書かれている。

まりユーザー自分の好むメディア自分に都合のよい物語を選び始めているということです。もちろん昔から、人々は基本的自分にとって心地よいメディアを選んできたわけですが、まだ選択肢が少なかった。ところが今は、どんどんパーソナライズ化が進んできて、自分が信じたい情報、接したい情報だけが集まってくるようにするということが、ネットを通じてできるようになったということです。

心地よい作品を得たい、これは今に始まった話ではなく昔からそうだ。それを加速したのはネットであり、生活リズムによるものだと俺は考えている。

ジョブスのせいでエロゲをまともに出来なくなったから、あいつは地獄に行けばいいと思う。まぁiPhone7は買ったけどな。


次を作るのがあんたらの役目なのでは?

そうは言っても、先にも述べた通り、コンテンツムーブメントはいつか終わりがくると俺は思っている。あれだけ若いオタクの間で跳梁跋扈した東方ですら空気になりかけ、俺が大好きだったKeyだっていたるんが退社するんだ。時代は流れていく。それはもう人の手では止められるものではない。

その転換点は、代替となる成功体験でしかないだろう。

ブギーポップではじめて感じたライトノベルという時代の到来。雫、痕、ToHeartからはじまったビジュアルノベルの胎動。なろうで形作られた異世界への特異点

生まれ、壊され、生まれ、壊され。その繰り返しの中で、コンテンツは洗練されて進化を続けてきたのだから、今を変えていくのは強烈な快感を与える新しいコンテンツでしかない。

オタクコンテンツトップランナーであるカドカワもといKADOKAWAが、それを担わずして誰が全うするというのか。「努力できる立派な人物主人公だと、読む側が気後れする」だって?まじで言ってんのかあんたは?

そんな下らない仮説を振りかざして、閉じたコンテンツ世界を作り上げるのがあんたらのやりたかったことなのか?違うだろう?

今のライトノベルには面白い作品がたくさんあるぞ。エイルン・ラストコード読んだか?ライトノベルで熱血ロボットとか新しすぎだろ。最高にアガる作品だぞ。正直アニメ微妙だったけど、天鏡のアルデラミンも読んでて震えるわ。風呂敷たたみ始めるの早すぎてちょっとおっちゃん心配だけどな。

あんたの会社社員めっちゃチャレンジしてるんだぞ。わかってんのか?

にも関わらず、トップあんたがその斜に構えた態度でいるとか、作り手とユーザー舐めすぎだろう。看板背負っていることを、どうか自覚してほしい。一度御社ラインナップを洗ってみて、いかに自分の認識がおぽんちなのかを理解してくれ。ラノベ多様性があって素晴らしいものだぞ。

俺はあんたが作ったニコニコ動画という世界にはじめて触れた時、新しい時代の到来を感じたんだ。実際に、2000年台後半はニコ動時代だった。コンテンツのあり方を変えた1つの要因だったことは確かだろう。

サービスでもいい、コンテンツでもいい、もう一度それを作り出すくらいの気概を俺たちユーザーに見せ続けて欲しい。閉じこもった推論だけ振りかざしていたら、そこに未来はなくなってしまうんだから。



どうか。期待しています

手取り20万だがカード支払い30きたよ

絶対リボなんてしない!

まぁどうにかなるさ

貯金は減っていくが

女に貢いだ分だけ俺は幸せなのだ

2016-09-27

もう待機児童問題は無理ですと発表しよう

まだ何とかなると思うから悪化しているわけで

頼れる親族の有無、障害配偶者旦那が低年収人間だけ入れよう

というか元々認可保育園の優先事項は発表されているはずなのだから政府最初から一般人は入れたらラッキー程度に説明しようぜ

うつ気味の時は何も喋らず、ただ微笑んでほしい

生理前のせいか落ち込みが酷く、憂鬱だ。


自分子宮内膜症である為、通常よりも生理痛がかなり重く、

鎮痛剤を飲んでもうめき声を上げてしまう程であるが、

そんな生理痛よりも生理前〜中の、この抑うつ気分の方が100倍辛い。


人と話すと、仕事の話であれ楽しい内容の雑談であれ、自分の話す内容が全て失言に思えるし、

(というか熟慮できず話してしまうので実際失言している、)

それによって相手不快な思いをさせ、嫌われたであろう事に傷つき、

またその会話内容を何回も反芻してしまうし、

そんな調子で何人とも会話するので、夕方には

今日話した人全員に嫌われた!!人を不快しかできない私は死んだ方が世の為だ!」

という状態になっている。


親の顔を思い浮かべて希死念慮は毎月やり過ごしているが、

憂鬱になるだけなのでなるべく誰とも話したくない。


「私はあなたの死を望んでいませんよ〜〜」

というサインは受け取りたいので、

人が喋らずに目が合ったら微笑んでくれれば最高なのだけど。


流石にそんな手前勝手な願望は誰にもお願いできないでいるが、

いつか結婚したらパートナーには「生理前は笑顔多めでよろしく」とお願いしてみたい。

「今いる子供たちのために、これからの子供たちのために産まなきゃいけないんだ!」ってことは、障害者を産んだら・・・おそろしいおそろしい。

http://anond.hatelabo.jp/20160927071136

こういうブコメを読めてよかった。

こういう親がいる間は子供を持ってはいけない。

子供のうちから経済論理評価されそれに耐えられない子供は死ななければならないというのが彼らの本心なのだから

いつまでも蓮舫

池田信夫さんと八幡和郎という二人がどうにも気持ち悪い。

いつまで蓮舫蓮舫連呼するのでしょうか。

二重国籍問題は、それほど大きな問題でしょうか?

彼ら二人は、蓮舫氏が二重国籍者ではないと言っているにも関わらず、憶測に推測を重ね、二重国籍可能性と追及を続けていた訳だ。

結果、蓮舫二重国籍だったんだけど、手続き上の齟齬があって本人も思い違いをしていた訳だ。もし確信犯的であれば問題だが、そうでなければ、何が問題なのだろうか。

蓮舫台湾籍を持っていたからと言って、蓮舫台湾の支配下にある訳ではない。

プロフィール詐称と言っても、彼女民族としての二重性を持っていたのは誰でも知っていることなのだから彼女政治家として活動する上でそれは常についてくることだ。

別に台湾籍の有無は彼女政治信条政治的行動に大きな影響を与えるものではない。彼女台湾ハーフ、いやダブルだと言ってるわけで、それを踏まえた政治家なのだ

さて池田何某と八幡何某、すごい理路整然に論理を組み立ててるように見えるが、その根底にあるのは、くだらない民族主義であり、差別意識以外の何物でもない。

結果として、蓮舫二重国籍だったけど、

彼らは、蓮舫ハーフで、ややこしい手続き必要なので、不備がある可能性があるというだけの推測で、実は何のソースもなく、ただのタレントだった時の雑誌のいい加減な記事や、裏書のないプロフィールを元に大騒ぎをしたわけだ。

とりあえず、ハーフから騒いだんだ。ただそれだけなんだ。たまたま手続き齟齬があっただけで、ちゃんと放棄できている可能性もあったわけだ。この二人、大騒ぎしてたけど、なんの裏付けも無かったわけだ。

ジャーナリズムと言うにはあまりにも無責任だ。

恋する寄生虫ver9

http://anond.hatelabo.jp/20160927040319

現在:P304-

9つの物語



比翼は傷付き飛べなくなるか

高坂からエロスにより卵を大量に植え付けられ、苦悩がなくなったりしないかなあ」と思ったり

相変わらず自分ゲスであるが、自らのダブルスタンダードを許すのは仕方がない

これも自分






さて、読了、読み終わり、読み終わった

なんともきれいに終わってしまい、感想はあまりない

自分自我違和感のある結論、結末ではなかったからだ

死一宇なら、生きていれば、否、生きるしかない、生きる理由は生きる以外にはない、つまりであるという結論を持つが故に

自分にとって、この後がいくら死だったとしても、生き汚く生に延びて欲しい、延びるべきであると思ってしまうのはどうなのだろうか

主観幸福を優先するといいつつ、死を根拠なく否定するダブスタっぷりに、呆れるばかりである

まあ、なんでもいいか




意図したわけではないが、章数と同じだけこちらもエントリを書いた

これから2chとげんふうけいのtwitterでも覗いてみようかと思ったが

わたしはもう、ねむい



人を選ぶ作品であった

正に、悲哀と苦悩を持たない、それも同じ質でない場合には触れ得ぬ作品であった

げんふうけいは、同じ時期に同じ体験をしたものを惹きつける何かを持っていると思う

そうした構造村上春樹である

しかし、あの当時のvip、そのネット文化、というよりその背景にあるなにかしらの共有物を持っているあの当時の人間として

そして、リアルタイムで進行するこの世代として、この経過がどうなるのか、一緒に流れていきたい

もう ねゆ はしってねゆ(ときかけ)

 小説はもと/\毒のあるものです。苦悩と悲哀を母胎にしてゐるのだからね。苦悩も悲哀もない人間は、小説を読むと、毒蛇に噛まれるばかり。読む必要はないし、読んでもムダだ。

 小説劇薬ですよ。魂の病人のサイミン薬です。病気を根治する由もないが、一時的に、なぐざめてくれるオモチャです。健康な豚がのむと、毒薬になる。

 私の小説を猥セツ文学と思ふ人は、二度と読んではいけない。あなたの魂自身が、魂自体ふるさとを探すやうになる日まで。

 私の小説は、本来オモチャに過ぎないが、君たちのオモチャではないよ。あつちへ行つてくれ。私は、もう、ねむい。

恋する寄生虫ver8

http://anond.hatelabo.jp/20160927034346

続き

現在:P298



終盤になるに連れて、他のことを考えることが多くなった

性格には、他のことを書くことが多くなったように思われた

内容に傾注しているから、カウンターなのだろうか


そして、内容は終盤である

だめだった、ようだ

2chでの若干のネタバレ、後味が悪い、モヤモヤするという予感が実現しようとしている



そして、連想が進む

アポトーシス、いらなくなったら消えようとするシステム

戸田誠二を思い出す

幸福の背景は不幸

家電会議って何なん

赤星くれるって言うから行ってみたけど、意味わかりません。

あれは何なのだろう。

これ以上書くと変なこと言いそうなのでここでやめる。