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はてなキーワード: なのだとは

2016-05-25

ブログに何かを書くハードルが高い

互助会ブログの内容は薄い」

これがはてな民の総意であったが、じゃあブログって何書けばいいんだろう?

学術的にも資料的にも価値のあるブログが書ければいいんだろうが、そんなのほとんどの人には無理だ。

例えば、カトゆーさんが書いているレベルのものが書ければ理想である

ちゃんといくつものソースに当たって資料を集め、一つの知見を提示する形だ。

これは有用からネットほとんどの人に頷かれるような内容だろう。

でも、それと比べると凡百のブログの内容の薄さに目眩がしてしまう。

最近はてブを見ていても、100ブクマ以上ついている記事でも、このレベルに達しているものわずかで、

そのブログに書かれたたった一つのセンテンスのみで、バズっているだけである

得られるものは何一つないし、ただ雑談のためにブクマがついているだけである

とにかく、もう有用性が見出だせないブログを書くのが恐ろしい。

おすすめランキングってもう見飽きたけど、あれも何か情報提供しようというブロガーなりの試行錯誤の一つのなのだろう。

しかし、たいていのブロガーにはそんな提供できるような知見など何一つないのだ。

ブログを書くハードルは高い。

ちきりん化する高学歴中年女性たち

先日話題になった

京大出て専業主婦なんてもったいない」と言う人は、じゃあわたしが何をすれば許してくれるのか

http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352

東大文学部卒おばさんが、何がもったいないのか解説するよ

http://anond.hatelabo.jp/20160524012315

これらの話題

読んですぐに「すげぇちきりんっぽいな」と思った。

高学歴中年女性モデルケースはいくらもあるだろうが、

なんとなく「ちきりん化」する女性が多い気がしている。

メイロマおばさんもそうだ。どっちがどっち化してるのかは知らないけど。

要するに、問題からちょっと離れた立ち位置から意見を言うんだけど、その意見が「私」に立脚しているものから、聞かされたほうが結構確率不愉快になるということ。上記の東大京大シスターズもまさにそれだ。賢く論理も明快だが、その中身はまさに「私」。そのへんにものすごいちきりんのニオイがしてくる。「私」と「我」とはちょっと違う。あくまで、強烈に「私」なのだ

で、ちきりんとは別に高学歴中年女性の一つの大きなモデルケースと言えそうなのが勝間和代だけど、この勝間和代コース選択する高学歴中年女性結構少ない。なぜなら、この勝間コースは「努力して自分が変わろう」というスタンスからだ。そりゃ辛いもんな。まぁ、勝間和代に関していろいろとアレな部分はあるけど、「成長をしよう」という一点だけでちきりんメイロマコースよりも遥かに上等だと思う。だからなのか勝間コースにはあんまり「私」が多くない。と思う。

どうでもいいけど勝間和代って今麻雀やってるらしいぞ。

別に公共心を持てとか、成長しろとかそういうことは言わんけど。

自分を外部に置きながら「私」についてばかり話すのはよせ。

底辺ネットライターが思うこと

ここ数年で、誰でもやろうと思えば文字で稼げるようになった。ライターを名乗れるようになった。

私も最初ライターと名乗っていたが、最近では自分のことを「底辺ネットライター」と呼んでいる。

私よりもっともっと下の人はいる。会社から仕事をもらって他のライター文章を見ることもあるのでそれは知っている。

お前よくこんな文章で金をもらおうと思ったな、ってやつもいる。

でも私はそんな連中とひとくくりで「底辺ネットライター」なんだ。クライアントからすれば。

最初のうちは文章を書くのが楽しくて仕方がなかった。

単価に見合わない時間がかかっても、記事を書くための知識を吸収する時間は楽しかった。

規定文字数を大幅にオーバーしてしまってもそれを惜しいと思わなかった。

雑誌ライターは違うんだろうけど、ネットライター文字数オーバーすればオーバーするほど喜ばれる)

今は違う。私は底辺ネットライターだけど、私よりも更に下の人たちが、私より質の低い記事を納品して、同じだけお金をもらっていることにむなしさを感じるようになった。

懇意にしてもらっているクライアントは私にだけ特別単価を支払ってくれているので、そこで働いている分の報酬は良いのだけど、それ以外のクライアントから受ける仕事は私を「ゼロから判断するから、安い。

そうして私は記事を雑にこなして納品するようになった。それでもOKが出るので不思議ものだ。

そして私が納品した記事は主にアフィリエイターたちに使われる。

ネットの海に私の記事が放り投げられる。

そうしてネットの海が少しずつ汚染されていく。

私たちのような底辺ネットライターが書いた記事検索エンジンという機械評価され、検索されると上位に表示される。

雑に書いた価値のない記事なのに、それがあたかも正しい情報ですという顔をして上位表示される。

自分で書いておきながらハッキリ言って気持ち悪い。

私が書いていることの大半はウソだ。特に懇意にしてもらっているクライアントにアップしている記事は50%のネット情報と50%のウソでできている。

それでもちょくちょく「こないだの記事サイト上位表示されたので記事を増やしましょう」とか言われる。

はは、あん記事上位表示されたところで信じるやついるの?って思うけど、そこから商品がそれなりに売れているということは信用されているんだろう。

仕事のために記事を書く時は溺れているような気持ちになるのに、こうして増田を書いていると活き活きと海の中を泳げているような気持ちになる。

今ここに書いている文章は、推敲などせず、ウソも書かず、ただ好きなだけ好きなことを書けているからなんだろう。

自分でもなかなかに支離滅裂文章を書き殴っているなと思うけど、これがとても気持ちいい。

増田という隠れ蓑を使っていることも、誰にも私と言う人間非難されることがないという安心感がある。

商品名検索して出てきた記事なんて大半がウソだ。お金をもらうために誰かが書いた嘘記事だ。

全部ウソだ。金なんか借りるな。痩せたきゃ運動しろ。食うな。シワもシミも歳取ったらできるもんだ。それを食い止める術なんて美容整形しかない。

安くで済ませるために適当記事をうのみにしちゃいけない。そうして誰かの養分なっちゃいけない。

企業サイト説明文章を読んで納得してから買う分にはすごくいいと思うけど、アフィリエイターに金を流すなんて本当にもったいない

全員が全員とは言わないけど、アフィリエイターほとんどは、自分で何も生み出すことができず、面倒なことが嫌いな人たちばっかりだ。だから人を低賃金で動かすんだ。

この話に結末なんてない。だって私が今迷いに迷っている最中なのだから

昔のあの、海の中をすいすいと泳ぐような気持ち良さが味わえるなら、低賃金で働いたって全然かまわないのに、ウソ記事ばっかり書いて、疲れた

正直なことが書きたい。本当のことが書きたい。

検索上位表示されるサイト基準が「素直さ」「誠実さ」ならいいのに。

グーグルさん、早くそういったものを読み取れる人工知能を作ってくれ。

そしてネットの海をきれいにしてくれ。そうしたら私のついた嘘もなくなって消えて心が軽くなる気がする。

ここまで罪悪感にまみれたみたいなこと言ってるけど大した嘘はついていない。せいぜい「私コレで痩せました」「ここでお金を借りたらお得ですよ」ぐらい。

お金を借りてお得ってなんだ。金利がかかるんだから絶対にお得なはずないだろう。

こんなもんに騙されるなバーカ。ちゃんと自分の目で真実を見ろ。目を背けるために金を払うな。

1番のバカお金のためにウソ記事書いている私ってことでいいから、みんなあんまりネット記事を信じすぎないでください。

私みたいな底辺ネットライターが1000円欲しさに書いている記事なんだよ。

▼追記

たくさんブコメいただいてありがとうございます

文章を書くのが楽しい私にとって文章を読まれることはとても快感です。快感ありがとう。ビクンビクン。

久しぶりに文章を書いてうれしい楽しい気持ちになれた。批判すらドキドキした。ありがとうはてな匿名ダイアリー

「全員が全員とは言わないけど」と先に断ってあるけど、アフィリエイターの全員が「何も生み出すことはできない」とかはもちろん思わない。

ちゃんとした文章書いて使ってるアフィリエイターがいることももちろん知っている。

アフィリエイター自身がきちんと調査して文章作って書いて、っていう記事を見ると、この人はいい人だなぁ、って思ったりする。(ここでの「いい人」はブラック記事じゃないってこと)

ちょっと前にはてなで見かけたhuluシリコンバレーというドラマを薦めるためにシリコンで尻を作ってバレーするとかい記事は、書いている人がちょっとうらやましいと思った。

効果のないサプリメントをあたかも飲み続けて効果がありましたみたいなことを書いてください!っていうアフィリエイターうんざりしている。

アフィリエイター全員をDISってるわけではないです。

最初かわいいごまかしだった。

商品を薦める時はその商品を試させてくれて、「メリットデメリットを書いてください。ちょっとメリットを強調してね」みたいな。

今は商品を試させてもくれない。販売ページを読んで使った気になってね!って感じで発注される。

それどころかNGを出していたジャンル仕事も注文されるようになってきた。丁重お断りさせていただいているけれど。

多分、アフィリエイトで稼ぐことが簡単じゃなくなってきてるんじゃないかな。

個人の生活費ならともかく、会社アフィリエイト収入経営してるわけだし。相当な金額を稼がないといけないんだろう。

それでなりふり構わなくなってきてるんだろうな。

ここで書き殴って、私を知らない人から意見を聞かせてもらって、やっとブラック記事ばっかり発注してくるところとは手を切ろうと思うことができました。収入一時的に減ろうとも。

少数ながら正直な記事を書かせてくれるクライアントはあるので、そことのパイプを太くしていこうと思う。

こちらのクライアントから仕事名前を出してやらせてもらってるけど、名前が出ても全然かまわないって思って出せる。

ブラックブラック記事では名前なんて絶対に出したくない、というか私ってバレたくないので文体をすごく変えている。

きれいな海がみたいと言いつつ産業廃棄物たれ流しているような自分のままなら一生自分のことを好きになれる気がしない。

仕事別に「好き」じゃなくてもやっていけるし必要に応じてやっていくもんだと思うから別に好きになれなくていいけど。そういう選択肢もあるけど。

でも一生自分を好きになれないままだと苦しいと思う。ネットの海で泳ぐどころか自分の海で溺れ死んでしまう。

その前に追記が長すぎて追記で溺れ死んでしまうな。とりあえずこれから人生がんばります

http://anond.hatelabo.jp/20160525104053

それだけの財源をどこから確保するつもりなのだね?

どうせ、財源なんて考えてなかったんだろう?

これだから素人考えは役に立たないんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160525100308

何故「仮にも創作なのだから」という前提がついて来るんだ? 創作者じゃない人間も沢山使ってる言葉だろう

この手の話はまず男女逆にしてみて、同じ感想が出るのか試してみると面白い

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今朝、出勤前のわたし洗濯をしていたら、同じく出勤前の妻が、昨日洗って乾かしてあった食器(夕食で使った食器:妻が洗ったもの)を食器棚に片づけてくれた。

ついでにシンクにおいたままの洗い残しの2つのマグカップ(昨日の夕食後に妻と私が使ったもの)も洗ってほしいと頼んだところ、「仕事から帰ってきてからやる」と言われたので今やって欲しいと伝えた。

妻は平日、仕事で帰りが常に私より遅く、結局は先に帰ってくる私が洗うことになるからである。いつもそうである。朝残っている家事を夜にやるのは私。だからキッチンに立っている君にぱぱっと洗ってほしいと頼むと、「じゃあゴミ捨てはあなたがやってね」と言われた。



別にゴミを捨てるくらいやるよ。ただ玄関に置いてあるごみ袋(私がまとめたもの)を出勤前にマンションの前に出しておくだけなのだから特別遠い場所や面倒な場所ゴミ捨て場があるわけでもないし。

何ならマグカップ2つ洗うのだって私がやったって良いし。



妻の中では、「洗って乾かした食器を棚に戻す」と「マグカップを2つ洗う」が家事「2件」としてカウントされるたのだろう。

で、そこにゴミ捨てもプラスされて、「私だけ家事3つは不公平からゴミ捨てはあなたがやってね。あなた洗濯物(1個)だけなんだから」と思ったのだろう。



しかし妻よ。

その食器を片づける作業をいつもしてるのは私なのだよ。その際にシンクに残ったマグカップも洗ってる。

毎朝洗濯物を干してるのも私ですし、仕事から帰ってその洗濯物を取り入れてただんでるのも私です。

部屋の掃除だけでなくお風呂トイレ掃除やってるのも私ですし、トイレットペーパーとか石鹸とか消耗品買ってるのも私ですYO

もちろん料理も、その買出しも私ですねはい



年収はほぼ変わらないので生活費折半

妻はナチュラル自分が良い妻で、家事もちゃんと手伝っていると思っている(食器洗いはいつもやってくれるしたまに掃除洗濯物も手伝ってはくれるし)。

から何か頼むと「何で私ばっかりやらなきゃいけないの!」みたいになる。



楽しい人だし仕事一生懸命やるから良いけど、こういう小さいことで地味にストレスがたまってしまう。

「妻は褒めて伸ばせーっ」てよく言うけど、元々家事しない人に自分と同等に家事してもらうようになるのは難しいと思う。

褒めてやってもらえるようになっても彼女らにとってそれは「当然のこと」ではなく「お願いされたし喜んでもらえるから頑張ってやったこと」なので所詮言われないとやらないし何個か連続してお願いすると「何で私ばっかり」病が発病しちゃうの。

そんな感じでけんかになるより自分でやっちゃった方が速いから大半はもう自分でやっちゃお、ってなる。

そしてたまるストレスと将来への不安(子供は持てないよな…という)…



ま、自分でこの人を選んだんだから仕方ないんだけどね。

日常家事を当たり前にできる妻を持つ男性の皆様、どうぞ奥様を大切にしてください!

http://anond.hatelabo.jp/20160524175814

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ツイッター字数制限を解除すると思いますか。

未来のことは誰にも分からないし、私は関係者でもないので断言は出来ない。

ただ、「するべきではない理由から推測して答えることは可能だ。

ではまず本質的なことからいうが、大衆ネットアウトプットする行為基本的に「つぶやきなのだよ。

考えてもみろ、不特定多数読み手存在する場所で、理想読み手を期待して書くことを。

というより、そもそも「理想読み手」なんてもの存在しないがな。

から、それは大体の人にとって孤独作業なのだよ。

まあ、仮に読み手に寄り添わないとしても、極端な話「壁にでも話している」としても本質的には同じことだが。

でも、そうやって「何かを特定場所で発露すること」が、多くの人にとって必要ことなのさ。

個人のリソースの割き具合によっては「承認欲求」だの「自己顕示欲」だのと表現しても良いが、その次元にすら達していない行為表現するのに「つぶやき」ほど適切なものはない。

これはネット一般層に普及するずっと前からビデオゲームにすらいわれていたことだ。

しばらくして、その行為に特化したコンテンツであるツイッター」が出て、普及するのは必然だったわけだ。

まりツイッター字数制限を広げるべきではない理由は、ウリを捨てる行為からさ。

ツイッターでは日々、様々な人が思い思いにアウトプットしているが、いずれにしろつぶやく」ことは本質的な、核となっている部分だ。

字数制限が上がっただけで、別に140字内で書いていた人はそのまま使えるし、連続して関連したツイートをしたい人にはそっちの方がいいと一見思えるかもしれない。

だが、短い字数の中で何かを書くことをいくら連続させたところで、それらをまとめて書くこととは似て非なるものだよ。

今回、学ぶべき教訓はこうだ。

「『1400』と、『140×10』を同じだと即答する人間に、ツイッターを使うことは難しい」

短歌だったり詩だったり小説だったりラノベだったり、雛形が変われば書きたいことは同じでも内容は変わってくるということさ。

もし君が変わらないタイプなら、それは個人にとって何かを発露するために適した雛形が他にあるということ。

現時点でのツイッターUI100%満足できるものだというつもりはない。

だが、人々が何かを発露する行為が「つぶやき」ではなくなるとかでもない限り、字数制限を広げるのは英断はいえないね

まり質問の答えはNOだ。

はいったものの、「なぜ発露するのか」を自分ですら良くわかっていない人が多いのが実情だから運営的な側面から見た場合は答えは変わってくるだろうがな。

……私か?

前に答えただろう。

ピンサロアジア

ユーロビートに合わせてミラーボールが踊る。

1984年ディスコタイムスリップする。

胸の高さまでしかない壁で仕切られた1畳半の空間。ここでは踊れない。

「9番さん、十分前です」競り師のような言い回しが耳に入る。

箱に詰められたマグロが並ぶ魚市場にいる。視界に映るのは壁に囲まれ天井だけで、ふと自分マグロなのだと気づく。

「初めまして。」化繊のブラウスとチェックのスカートを履いた女の子が立っている。

僕はピンサロにいる。

ソープランドに一度だけ行ったことがある。待合室で肩をすぼめた年配者に囲まれていると病院にいるような心持がした。それに比べてピンサロに来る人は様々だ。いかつい革ジャンに片耳ピアスのお兄さん。隙のない髪形をしたサラリーマン。もちろん影の薄いおじさんも。彼らが隣の箱の中で下半身だけ服を脱いで体育座りをしていると思うと、そしてドアを一枚隔てれば代わり映えの無い日常が続いていると思うと、愉快な気持ちになる。

初めてピンサロに行ったとき、僕は18だった。俯きながら初めて来たことを伝えると、じゃあまずキスしてみよっか、と2つ年上の女の子は応じた。まだ靴紐を上手く結べなかった6つの僕の代わりに結んでくれた6つ年上の女の子を思い浮かべながらキスをした。

吉祥寺ピンサロで会った女の子キスがとても上手だった。ベルトを緩めることなく30分が過ぎ去った。また会いたいと囁いても応えは無かったが、最後に手渡してくれた営業用の名刺には彼女アドレスが記されていた。

ちょうど1週間後の新宿駅東口で彼女と再会した。ルックスはただ凡庸でどこか垢抜けなかった。それでも気合の入ったメイクと一番のお気に入りだろう花柄ワンピースに身を包んだ彼女はとても綺麗だった。

駅に近くて夜景の見れる、そして料理は酷い、個室居酒屋食事をした。

彼女栃木から出てきた、都内女子大の2年生だった。慶応とのインカレサークル所属していて、慶応生の彼氏がいた。家族仲も良く友達が少ないわけでもない普通すぎる女の子、この子があのミラーボールの下で男のペニスを咥えていること、それが僕には信じられなかった。

自己紹介代わりのありきたりな会話が終わって数秒の沈黙が生まれた。

大学ではみんなお互いを値踏みし合っていて、あそこで本当の友達を作ることなんてできないの。彼女は言った。お店で働く女の子の方が私は好き。

僕は何を言ったらいいかからなくて、絹豆腐を掬うときのように、多分そんなふうにして言葉を返した。

あなた面白い話をしてくれるわけではないけれど優しい目で聞いてくれるから好きよ。彼女はそんなことを言ってくれた。それからキスをした。横目で新宿夜景を見ながら、ここには何でもあるけど何もないのだなと思った。

それから歌舞伎町レンタルルームセックスをして、そして別れた。

長期休みにはアジアに行った。パスポート航空券お金と数日分の服と石鹸、それと地球の歩き方だけバックパックに詰めて。いつも入国したその日に3ドル以下でサンダルを買い求めた。

初めの頃はむこうで何を見るか前もって決めていた。そして地球の歩き方のページの角を折った。

ガイドブックに載っている名所を見て、食べ物を食べた。それがオリエンテーリングしかないと気づいてから日本を離れるまではガイドブックを開かないようにした。道に迷ったら拙い英語で尋ねて、宿で会う日本人に勧められた場所を訪ねた。

どこに行っても異邦人であるということが楽しかった。誰も自分を助けてくれない場所で、自分直感だけで行き先を決めること。自由だと思った。その全能感も回数を経るうちに、旅行者に与えられた選択肢の中から選び取っているだけだとわかり、失われた。

まり、僕の財布の中では福沢さんが微笑んでいて、何でも買うことができた。ただし、コンビニしか買い物をしていなかった、ということだ。

それでもアジアに行き続けた。

コルカタで、俺の車に乗れと馴れ馴れしく触ってくるタクシー運転手の汗ばんだ手。

雨に降られて入ったルアンパバーンカフェで、まとわりつく湿った服と少し粉っぽいコーヒー

ホーチミン信号の無い横断歩道で、自分の周りを通り過ぎていく原付騒音と顔にかかる排気ガス

ただ、それだけのために。

上手く人と関われない僕はピンサロアジアが好きだった。

そこでしか得られなかった何かがあった。

肌に触れる感覚があった。

子供の頃の俺の家は一夫多妻みたいな状態だった

うちの家系で俺の父だけが唯一経済的一定成功を収めていたということを最近知った

そして俺の親類縁者の多くが、俺が生まれてすぐくらいの時期に大きな借金を背負っていたようだった

そのため、父は路頭に迷いそうになっていた親類縁者の世話をそれなりにしていたらしい

の子時代母親記憶が非常に曖昧なのもそれが原因だと知った

俺の母親は父と共に今も健在なのだが、俺自身の「母親」の記憶に実母の印象はあまりない

何故ならば、当時の俺の家には母と同年代女性が何人も住んだり出入りしたりしており、全員が何らかの形で俺の母親の役を演じていたからだ

母の姉妹、父の妹(要するに俺の叔母)、父の従姉妹と、時期や期間にばらつきはあるが、俺が「母親」と認識していた女性は(実母も含めて)5人か6人いたと思う

幼稚園卒園式、小学校入学式、毎年行われる運動会授業参観小学校卒業式中学校入学式あたりまでは常に前述の女性陣の誰か一人か二人が出席していた記憶がある

あるとき親しい友人にそれを話したら「まるで現代一夫多妻制だな」と呟いてなるほどと感じた

もっとも、父と母以外の女性達の間には特にこれといったものはなかった

実際のところ俺が十歳になるまで父と母と俺は同じ部屋で川の字になって寝ていた

居候していた女性も一人は最初から既婚者で、残りは俺の家から離れた直後に結婚していた(むしろ結婚が決まるまでの間だけ俺の家に住んでいた、というべきか)

特にそれ以上のドラマオチがあるわけではない

何となく今思い出したのでここに書いてみた

脆さが隠せていない

元の増田が克服できていないであろう・これから直面するであろう問題を指摘している。

非常に思いやりに溢れていた文章だ。

しかしながら、この増田もまだまだ自分の抱える問題を克服できていない、かつ、

それを自覚していそうなのが少々心にくるものがある。

 

簡単言葉で表すと、「自分人生を歩めなかったこと」が彼女を蝕んでいる。

そんな自分を認めることで、それすらも認められていない人間差別化し、プライドを保っているように思えるのだ。

プライド空虚ものだと自覚しつつも、

彼女は未だにプライドに縛られ、本当にやりたいことを抑えているだろう。

仮に編集者になることが本当にやりたいことであるならば、

形がなんであれ彼女の年齢からでも達成可能なはずである

彼女は、ある程度自分プライドが保たれるレベル組織編集者のみを想像しているのではないだろうか。

それは結局、編集という仕事に対する情熱ではなく、自らのプライドを保つための餌でしかないのではないだろうか。

もしくは、「編集者になりたかったこと」自体防衛機制に過ぎず、自身へ向かうネガティブ感情の原因をそこに向かわせることで、

他のコンプレックスから目を背けようとしているのではないだろうか。

 

内心彼女はどんな行動をすれば清々しい人生になるか気づいているのだろう。

それをしてうまくいかなかった時、プライドが傷つくのが怖いのである

まり親の期待に応えることだったかもしれないが、

このままではいつまでたってもプライドを保つために生きていくことになるだろう。

10年後には自分人生に対し、別の原因を持ち出して正当化している姿を想像してしまう。

それを打破し、本当に自分人生を生きるためには、

やりたいことを考え、一度プライドを砕かない限り難しいのではないだろうか。 

 

ネットには行動力のない人間が多いように思える。

しかし、現実の人々は自らのコンプレックス立ち向かいプライドをズタズタにし、血みどろになる経験をしているものだ。

向こう見ずなり、愚かなどではなく、自分欲望人生に対して真摯なのだ

そこから逃げてきた人たちが、逃げてきた自分正当化するために脆弱理屈をこねくりまわし、

プライドを保とうとしているのをよく目にする。

だが、彼ら彼女らを救う手段は、主体的な行動のみなのだ

 

http://anond.hatelabo.jp/20150309011809

最近ブログが楽しくなくなってきた

当方、読む専のネットユーザなのだが、最近ブログを見るのがつまらなくなってしまってきた。



「今月はアクセス数○万いきましたー」とか「○円もうかりましたー」やらの記事は、

「同じような記事ばっかで飽きたよー」とはおもったけどそれまでだったんだ。



効率的クリックさせる広告の置き方」とか「SNS連携ボタン作りました」とかの話ばっかになってるのも、

まらないし、それはそれで技術記事かなと思って読んではいたんだ。



でも、最近は「30分で1記事書く方法」とか「○年続けないといけない」とか「1日○記事」とか「量産」とか「1000文字」とか

およそ読ませることを考えてない、読者が苦痛に感じようとなんだろうとbotがそれっぽく判断すればそれでいいという話ばかりで、読まされてる感じが強くて心が折れたというか、「読む意味あるのかな」ってつい思ってしまった。

その手のノウハウって昔から色々あったんだろうし、botの方を向いてブログ書いてる人の記事もいっぱい読んできたとは思う。

でも、おおっぴらに「読者を騙せ!」なんて記事が連日ピックアップされちゃ、読む側としても気分悪いよね。

大手新聞社以外のメディア記事も増えてきているし、ブログはまとめて読むのをやめようと思う。

その方が新しい気づきもありそうな気もするし。

正直付き合ってられないと思った。

顔のいい慶応大学に進学した女の子

最近高校の時の同級生である顔のいい慶応大学に進学した女の子Facebookを覗いた。

非常に楽しそうである

何も自分よりも苦労していないのに慶応大学に入れて、顔が良いというのは非常に腹立たしい。

こんなことを言うと、顔のいい女も苦労しているだのという低いレベルなことを返してくる人間がいる。

やっぱり、あの女は有利なのだしか思わない。

高校生の時、薬の副作用やらで顔は吹き出物まみれで腫れて散々な目に遭った自分はクソ大学底辺学部にいるのだ。

あぁ、一生あの女のような幸せは手に入らないのだ。

どんなに努力しても買えないのだ。

今日ニキビ跡でドロドロな皮膚が張り付いた大きな顔に薬を塗って寝る。

最悪だ。

とりあえず慶応通信の願書を取り寄せる。

2016-05-24

なぜアイドルをやめるという選択肢がないのか

アイドル女性がめった刺しにされたというニュースを見てまっさきに思ったのが警察相談するほどに身の危険を感じていたのになぜアイドルを続けていたのかということだ。

事件が起きるまでこんなことになるとわからなかったのはもちろんそうなのでたいへんに誤謬がある言い方になるかもしれないがなぜそこまでしてアイドルを続けるのだろうか?AKB握手会でノコギリで襲われたということもあったがノコギリで襲われたら普通どんな仕事でも辞めることを真っ先に考えないのは異常に見える。

はてブでも「なんでアイドルをやめなかったのか?」というコメントはなかった。無作為に愛をばら撒けばおかしな奴もでてくるし狂人抑制する術が事実上ない以上はアイドルをやめるという選択を持つべきではないだろうか?ツイッターも削除して事務所もやめてただの大学生に戻る。一ファン言動アイドルをやめるということは不特定多数相手にする商売では難しいのかもしれないがファンアイドル社会的な衣を脱げば別段変わらない一人の人間なのだから一人の人間のために動くということがむしろ普通のように見える。

なぜそこまでしてアイドルをやりたいのか・・・いややりたいのは良いがなぜ身の危険を感じるほどにやりたいのかやめるという選択が出てこないのかわからない

舛添要一の一連の騒動により、俺の中で株が上がっている人物

片山さつき



知ってのとおり、舛添要一の二人目の妻である

舛添要一との結婚生活について片山さつきはボロクソに書いており、以前は「事情からして舛添に対する感情が悪いのは致し方ないと思うが、悪く言いすぎではないか

舛添がロクデナシなのはともかく、片山さつきが良妻だとも思えないし舛添の酷いエピソードも話半分くらいなのだろう」程度に思っていた。

だが、舛添の酷さが明らかになるにつれ「片山さつき政策同意するかどうかはともかく、それとは別に舛添との離婚は舛添が全面的に酷かったのではないか」という方向にシフトしつつある。

舛添は辞めるべきか?

公私混同は良くない。当たり前。公人としての自覚があれば、公の金など不用意に使いたくないものだ。

しかしそうでない人も居る。きっと多くいる。個人事業主や、中小企業社長が個人の出費を経費に紛れ込まして節税をするのと同じ感覚で公金を引っ張るバカがいる。

舛添さんが公人として自覚が足り無かっただけの話だ。早々に謝罪反省是正、返金をすればいいだけの話しだった様に思う。もちろん支持率は落ちるし次の選挙は知らない。

辞任や不信任などと言う話でなかったように思う。ホリエモン氏が選挙費用や、どうせ大した人がいないことを理由些細な事だと言っているように、都知事と言う役職からみれば些細な事だとも思う。

しかし結局、圧倒的な公人としての自覚の足りなさが、致命的なのだと思う。謝罪が出来ない。非を認めない。知事であり続けたい。東京都の為、都民の為と言う思いが見えない。

東京都民に対する信念、情熱が微塵も見えないのである

ホリエモンの言う通り、他に人材がいないかもしれない。しか理念が微塵もない政治家は害毒でしかない。

舛添要一東京都知事は、辞めなければならないほど酷いことをしてはいないが、東京都知事に相応しくない人間性が露見した結果、辞めるべきなんだ。

家事日常でない人は褒めても伸びない

今朝、出勤前のわたし洗濯をしていたら、同じく出勤前の夫が、昨日洗って乾かしてあった食器(夕食で使った食器:夫が洗ったもの)を食器棚に片づけてくれた。

ついでにシンクにおいたままの洗い残しの2つのマグカップ(昨日の夕食後に夫と私が使ったもの)も洗ってほしいと頼んだところ、「仕事から帰ってきてからやる」と言われたので今やって欲しいと伝えた。

夫は平日、仕事で帰りが常に私より遅く、結局は先に帰ってくる私が洗うことになるからである。いつもそうである。朝残っている家事を夜にやるのは私。だからキッチンに立っているあたなにぱぱっと洗ってほしいと頼むと、「じゃあゴミ捨ては君がやってね」と言われた。

別にゴミを捨てるくらいやるよ。ただ玄関に置いてあるごみ袋(私がまとめたもの)を出勤前にマンションの前に出しておくだけなのだから特別遠い場所や面倒な場所ゴミ捨て場があるわけでもないし。

何ならマグカップ2つ洗うのだって私がやったって良いし。

夫の中では、「洗って乾かした食器を棚に戻す」と「マグカップを2つ洗う」が家事「2件」としてカウントされるたのだろう。

で、そこにゴミ捨てもプラスされて、「僕だけ家事3つは不公平からゴミ捨ては君がやってね。君は洗濯物(1個)だけなんだから」と思ったのだろう。

しかし夫よ。

その食器を片づける作業をいつもしてるのは私なのだよ。その際にシンクに残ったマグカップも洗ってる。

毎朝洗濯物を干してるのも私ですし、仕事から帰ってその洗濯物を取り入れてただんでるのも私です。

部屋の掃除だけでなくお風呂トイレ掃除やってるのも私ですし、トイレットペーパーとか石鹸とか消耗品買ってるのも私ですYO

もちろん料理も、その買出しも私ですねはい

年収はほぼ変わらないので生活費折半

夫はナチュラル自分が良い夫で、家事もちゃんと手伝っていると思っている(食器洗いはいつもやってくれるしたまに掃除洗濯物も手伝ってはくれるし)。

から何か頼むと「何で僕ばっかりやらなきゃいけないの!」みたいになる。



楽しい人だし仕事一生懸命やるから良いけど、こういう小さいことで地味にストレスがたまってしまう。

「夫は褒めて伸ばせーっ」てよく言うけど、元々家事しない人に自分と同等に家事してもらうようになるのは難しいと思う。

褒めてやってもらえるようになっても彼らにとってそれは「当然のこと」ではなく「お願いされたし喜んでもらえるから頑張ってやったこと」なので所詮言われないとやらないし何個か連続してお願いすると「何で僕ばっかり」病が発病しちゃうの。

そんな感じでけんかになるより自分でやっちゃった方が速いから大半はもう自分でやっちゃお、ってなる。

そしてたまるストレスと将来への不安(子供は持てないよな…という)…



ま、自分でこの人を選んだんだから仕方ないんだけどね。

日常家事を当たり前にできる夫を持つ女性の皆様、どうぞ旦那様を大切にしてください!

理想主義の人々

自分から高らかにマイナス面(遅刻しといて朝弱いからさーとか)を免罪的に宣言する人は俺はお前のためになんの努力もしないからなじゃあのって意味になるし失礼だから気をつけろよなみたいな話が話題になって、何人かがちらほら「他人のために変わるなんてちゃんちゃらおかしくね?」みたいにいっててははーんって思ったけど、そういう人って本当にロマンチストだよね。

おそらくそういう人の中で人間関係というのは、貝合わせみたいに、幾多の人間性と自分人間性を重ねてぴったり合ったら友達恋人という考え方なのだろう。

ロマンに溢れる。

現実的には、人付き合いにはコストがかかる。これを理解しない人はネガティヴな人でもポジティブな人でも怖い。もちろんそれが、流行を全てチェックしてどんな話題にも対応できるようにする(たとえ個性を失うことになっても)ことと人もいるだろうが、もっと単純な話だ。時間がうるさいやつと遊ぶ時はそいつの時だけでもなんとかするようにする。あるいは自分時間のうるさいやつなのであれば時間を守ってほしいなら、守ってもらえるか守らなくてもいいようにするかのどちらか。理想主義者は手強い。「そこが符合しなければ付き合わなくて良い」となるから。それがたとえ1だろうが100だろうが。それで我々の貝が擦り合わないならそれまでとなってしまう。

人間関係に支払うコスト絶対自分キャパティを超えてはいけない、なので、支払えばいいというものでもない。大事なのは支払われているという自覚。姫がわかってサークルクラッシュするのか、わからないでサークルクラッシュするのかでは天と地の差がある。

まあ、つまり、そういう理想主義者時間に遅れてくるのを見越してこっちは色々やってるんだよねー……ってことなんだけど。ただ理想主義者は手強いのでやりたくないのであればやめれば?私はそうする。と言ってくるわけだ。つよい。

ババ抜きで勝ちたい時、そういうルールがなくて相手に怒られないなら、僕は相手の手札を覗くだろう。ただ自分は覗かれたくない。だから覗くほうを我慢する。人間関係に払うコストも同じことだ。自分は勝ちたくて勝ちたくて仕方がなくてもずるしない、でも相手執拗に覗いてくる。そんなんじゃゲームにならない。同じことだ。

多様性理解するのはエネルギーがいる。だからこそ人類は今まで多様性を捨ててきた。共通ルールを抱えてる人間が多い方が安全からだ。人を殺してはいけないというルールの中で生きてる人間が多いから、私たちは殺される恐怖に晒されながら生きる必要がない。20代結婚するものと思ってれば周りがさせてくれる。みんな高校に行ってるから親もぼんやり高校に進学させてくれる。……多様性を認めるというのは、別なルールで生きている人間と触れ合い、存在することを認知するということだ。合わせる貝が合うかどうかわからない、無理矢理合わそうとして壊れてしまうかもしれない世界。そこで壊れてしまう前に引き剝がしたり、少しの工夫で合うかもしれないという可能性を探している。多様性のある世界の、現実的生き方だ。つかれる。しかし疲れない手段を取ってもどこにも行き着かないとわかっているからする。僕が一つも気を遣わないで、地の果てまで共に行ける運命の人が一体どこにいるというのだろう。それも何人も。地球いるかさえも怪しい。しか孤独現実的にそこに存在しているのだ。架空人間を待ってはいられない。

人のために変わるってね、別に趣味人格を変えろってはなしじゃあないんですよ。当たり前だろ。

今時の社員教育はこんなもの

先日自動車点検の事でディーラーに連絡の電話を入れた。

電話になかなか出てもらえず、コール音を10回まで数えたところでやっと出た。

でたのは比較若い女性。会話の内容は、

「L○○、T○○店でございます

   「○○区の△△と言います担当の□□さんお願いしたいのですが」

申し訳ございません。□□は本日休みをいただいています。」

   「....」     (続きを待っているが)

「....」        (何も言わない)

   「それで、私はどうしたらいいのですか?」  (と思わず聞いてしまった)

「□□はXX日まで(4日後)お休みをいただいています。」

   「....」

「....」

   「じゃあ、オンライン点検の予約を入れておくので見ておいてください」

と言って電話を切った。

1.電話は3コール以内に出なさい、という教育は今はしないのだろうか。

2.待たせた後に(電話に出るのが遅くなったのに)「お待たせいたしました」とひとこと言うようには指導していないのだろうか。

3.「担当者休みです」とか「4日後まで来ません」ときっぱり言い切るだけでなく、相手の用件をたずねることはしないのだろうか。 

  この業種なのだから故障事故で困っている可能性を考えないのだろうか。

という感想を持ちましたが、今時はこれが普通なのでしょうか。

一応国産では高級車を扱っているディーラーなのですが、いつも対応にはがっかりします。

その点、クックパッドてすごい

専業主婦が全体に公開できる業務上の(趣味ではないという意味表現って基本的育児ぐらいしかなかった。

子どもは親の表現物なんて自覚はないだろうけれど、母親はそれが表現物だという部分に少なからず心当たりはあるだろう。

からいくら文学部で培った知恵を応用して、高度な収納理論洗濯理論を築いたとしても、「プチプラじゃない」とか「作業工程が複雑でしょ」などの理由を背景に、多くは「おばあちゃんの知恵袋」としての村の共有ナレッジにも満たず、そのせいで「彼女理論は全体に公開すらしていなかったので、そもそも存在していなかった」ものとして扱われた。

それは「子どもがいない専業主婦なんて絶対暇に決まっている」という卑しい憶測昭和怪物江川卓を生み出してしまった。



そこで、クックパッドの登場というわけだ。

誰がなんと言おうと、専業主婦の全体に公開できる業務上表現だ。

全体に公開する業務上表現は紛れもなく社会貢献だろう。

みなが文学部で培った知恵を料理レシピ公開の見出しリード文に発揮する。

ギャル主婦がその表現デコって真似る。

それを見た文学部卒がデコる表現に染まる。

最ッ高に、ハイってやつだァッ♪



専業主婦業務隠蔽やすいというのは認めるが、一方で公開する手段がなかった線を考慮してもらえないのだろうか。

隠蔽やすい=社会貢献していない。だって見えないから。見えない成果なんて信じないというマネジメントは、短期的に結果は出やすいだろうけれども、長期戦には不向きだ。

具体的には熟年離婚に繋がる。

また、例えば、あなたの奥さんが「ねえ、クックパッド登録したいの。月々280円でもっとあなたのご飯を豊かにできるわ」と言った時に、「280円だと年間2800+560円から……3000円ちょいか。それを支払う費用対効果は? KPIは? 既にいまのお前の料理満足度100%のおれからするとリターンがないんだけど」とかちょっと嫌なこととちょっと嬉しいことを言ったりして心をぐらぐらさせて黙らせていないだろうか?

あれは家庭内費用対効果はもちろん大事だけれど、業務の一部を可視化、透明化しようとしている専業主婦プロとしてのマインドが生み出した主張なのだ

軽く見られては困るのだ。



わたし子どもを産めないし、足のせいで長時間働けない専業主婦だけど、そこら辺の主婦には絶対に負けないぐらいの気持ち専業主婦をやっている。

ただ、亜鉛不足による味覚の問題なのか、料理ちょっと苦手だったらしかったので、クックパッドランキングに入ることは難しくて、旦那にも「ったく口ばっかだな」と笑われて悔しい思いをしたけれども、それでも、ああいうのの掃除版とか、洗濯版とか、収納版とかあれば優秀な専業主婦であることを証明できるのにといつも思っている。



http://anond.hatelabo.jp/20160524045830

日本義務教育於いて、水面下に不気味に根をはる同調圧力の闇。「みんなちがってみんないい」教室アクセサリーの様に飾られた、違和感たっぷりの詩。

だれも、その違和感を口にする事はない。

金子みすゞが望んだ世界とは一体、どんなものなのだろうか。

同調圧力」というもの概念として幽霊のように存在するのだとしたら、そのメリットとして考えられるのは「治安維持」「思想教育への導入の安易さ」しか思い浮かばないのだが、他にもあるのか?誰か教えてくれ。

大学」に行く意味大学生が考えてみる

最近いろいろと「大学」についての話が

飛び交っている

私は現役の大学生なのだけれど(決して頭がいい大学ではない)

多分、いま大学の話をしているのはおばちゃんとかおじちゃんとか

やる気のない大学生を知らない

やる気のない大学を知らない

学問を分かってる

多分、そんな大人の人だと思う。

私も成人したから、大人の部類には入るのだけれど、

学問なんてよく分からないし、やる気のない大学生は近くにいっぱいいる

東大の人があれやこれや、とか

京大の人が専業主婦、とか

大学に行って何かを掴めたのならばそれだけで充分だと思う

私の通う大学は、真正から頭良い!とは言えない

けれど、馬鹿でもない…と思う(大学の良し悪しはあまり分からん

高校は50そこらの自称進学校だったから、20歳になった今では

高校友達ほとんどはもう働いている(美容師とか保育士とかトリマーとかデザイナーとか)

Twitterつぶやきは、子供可愛いだとか、残業がきついとか。

私は高校結構一生懸命勉強して、

その高校から行くには褒められるだけの大学入学した

けど、まわりにいたのは他称進学校のやる気のない、

いわゆる「就職するのに大学行かなきゃだめじゃん、でも勉強とかくそだるいなあ」

と思ってる人たちばっかりだった。

私は法学を専攻しているのだけれど、正直足を引っ張られまくりというか、邪魔

高校の時はこの人たちのほうが頭良かったのになんなんだよ、

なんでやる気ないんだよ

と思うこともいっぱい。今もそう思ってる。

けど、その人たちが就職活動一生懸命するかと言われると全然そうじゃない

大企業は難しいな〜、面接で喋れるネタなんて持ってないし

あ〜働きたくない、勉強したくない、パズドララブライブしてたい

そんな人たちばっかり(もちろんやる気のあるひともたくさんいる)

議論になってるのは高学歴もったいないって話だけど、

私が大学に入って強く思うのは

学問を学ぶうんぬん以前に大卒じゃないと就職できない

ってこと。

高校からずーーっとそんなこと言われる

専門職じゃない限り大学に行く

高卒就職した子も見てきたけど、やっぱり待遇給料も違う

っていうかこんな良くも悪くもない大学学問にたどり着くひとがすごく少ない

大学をなんだと思ってんの?投資だよ?

みたいなことを言ってる人も見たけれど、

「そこそこの所に就職するために肩書きを貰うところ」

だよ。

学問をしようと思って大学に来る人なんてもう少ないよ。

先生たちもよく言ってる

最近学生はやる気がないとか、授業中にケータイばっかり、

ゼミでも寝だす。

多分私の大学はまだマシなほうで、もっと底辺になると

目が当てられない。

大学就活するとこだよ

四年生なんてほぼ就活だよ。そういうカリキュラムだよ。

回生から就活準備だよ。

いっき勉強できる期間なんて、少ないんだよ。

うちの法科大学院ももう潰れる

はー、

ゼミもやる気ない人ばっかり。

民法やりたくないか憲法ゼミ来て

けど勉強しないしやる気ないし、

なーーーーんも喋らん

だんまり

これが現状だよ。

専業主婦「程度」あるいは家事「程度」の感覚

まあ聞いてくれ。

しょっぱなから話を聞いてもらいたい態度でないことくらい分かってる。

だけど「主婦って大変なのよ」「主婦だって間接的にお金につながっている」的な論に私は大反対なのだ

無職卑下する気もなければ主婦のものを見下すわけじゃないけど、前述のようなことをいう輩を私は批難する。

なんかね、そう言うことをいう人って「私だって頑張ってるんだもん!きゃぴっ☆」的な、あざとさというか名状しがたいぶりっこ精神を感じる。

自分で書いておいて何だが「いぶりがっこ」に空目した。

さて、まず旧帝大を出て専業主婦をやっている人に対する「もったいない」という他者感覚について。

これは論点先取して「何者にもなれない人たち」が欲している「何者かになれる可能性」を破棄しているからだと思う。

歴史教科書の1ページに載る悪逆者をせせら笑う人の99%は歴史教科書の1行にすら載らない、100年後には99.99%名前すらも思い出されない存在だ。

しか旧帝大に行ったことがない人は、旧帝大に行くといずれは役職就任し、社史の1行にでも、あるいはニュースの1枠、または雑誌の1ページにでも紹介される、言わば存在証明を残すことができると思っている。

これは単に勘繰り過ぎと思われるかもしれないけど、きっと年を取っていくに連れて意味が分かるものだと思うよ。

とにかく自分歴史上に存在したことが「親族以外の誰か」に認められる機会が多くなる。

子どもがいる」だけで自分存在が残せたというのはダメだ。

人は客観的評価を多少なりとも欲するわけで、親族から評価第三者委員会ならぬ当事者委員会から評価から満足しないんだ。

ともかくだ、言いたいことは「もったいない」に関することじゃないから、取り敢えずは

「何者にもなれない」人たちからすれば「何者かになれる可能性」を捨てていることだからもったいない」という言葉になるんじゃねーのかなーというくらいにしておく。

本題の勝手に命名した「専業主婦称賛論」だけど、本当にフ○ックだと思っている。

間接的にお金につながっているのは事実であろう。これは認める。

だけど、一人暮らしをしながら働く人たちがいるなかで何やってんの?

まりは働きながらでも多少は面倒であれ出来る程度のことなわけよ。

それを「専業主婦だって大変なんだから」とか「家事だって時給換算すれば・・・」と一体どの口が言うのか。

ところで、お金は「他者から絶対的評価基準の一つだと考えている。

仕事の程度を数値化したもの賃金で、他者からあんたの仕事なら、このくらいなら払うことができるね」という評価だ。

上述の「何者かになれる」かどうかの蓋然性は、この賃金で有る程度は推し量ることができると思う。

まあ何にせよ、知名度とか色々な対外的な要素はあるけれど、今は単純に考えて欲しい。

さて、主婦にはその絶対的他者から評価がない、つまり「これくらいなら出せるかな」という仕事としての対価はゼロだ。

時給換算すれば・・・という考えは、他者から評価という観点が欠落している。

そういう他者から評価というものお金であるのだから、時給換算できる性質のものではない。

まり主婦あるいは家事はそもそも仕事ではない。したがって主婦とは無職であるQED

無職を見下すつもりはないけれど、無職が「私だって頑張ってるんだもんっ☆」て宣のは感心できない。

個人的には家事などの時間仕事に使いたいと思っている。

家事代行サービスを隔週で頼んで、1回2時間の月額にして1万9000円のお支払い。

掃除洗濯からから何までピッカピカにやってくれる。

ゴミだって回収してくれるし、買い物も頼んでおける。

家事をしなくていい時間で2万円弱を生み出す仕事が出来るのだから万々歳だ。

そういう意味主婦は確かに間接的にお金につながっていると言える。

だけど月1万9000円と同じ働きならば正直パートにでも出て欲しいね

言い方は酷く悪いけど、その程度のことなんだ。

それを袈裟切りでもせんとばかりに「専業主婦だって大変なの!」というのは、ちょっと認識を改めた方がいいと思う。

そういうと、認識を改めるのは増田の方だと言われるかもしれないけれど、以下のことから専業主婦称賛論」に賛同できない。

一人暮らしでも出来ている程度のこと

主婦は時給換算できる性質のものではなく基本的無職であること

家事代行サービスで補える程度のこと

子どもが出来たなら、その時こそ専業主婦でいればいいと思う、なれるなら専業主夫でもいい。

ただ、その時に「専業主婦称賛論」が出るのであれば結婚生活を考え直した方がいいかもしれない。

将来的に化けるぞ、たぶんね。

その時にはもう遅いか

食べてしまいたいと思ったほど可愛く思えても、その時なんで食べてしまわなかったんだと後悔する日が来る。

きっとね。

からおしつけられる”もったいない”に負けてはいけない

もったいない”という考え方は確かに美徳だ。

ただ、履き違えてはいけないのは、それはあくま自分のものに対して使う時だけだということだ。



なぜなら、他人のものに対してもったいないという思う感情は、つまり、それを自分がほしいと思っていることを表明しているに過ぎないからだ。

他人が何かを必要としていない、もしくは何かの価値を見いだせず無駄にしている。

そんな時にもったいないと感じるかもしれない。

しかし、忘れてはいけないのは、必要とされていなかろうが、無駄になっていようが、それは他人のものだということだ。

それに対して、ただもったいないとだけ言葉を発すれば、それを欲しがっていると思われても仕方がないのだ。



もしそれを、その人の立場になってもったいないと思えたなら、すべきことはその活用方法見出してあげることのはずだ。

それこそが本来の「もったいない無駄にしない」という美徳であり、相手に対する思いやりのはずなのだから

まり、ただ人から押し付けられる「もったいない」は、人から価値を奪おうとする体の良い口実にすぎないのだ。

そんな他人の小賢しさに心を乱す必要なんて全く無い。

そんな人間にはこう返してやればいい。

「ご心配なく。あなたこそあなただけの特別価値無駄になさらないでね」と。



京大卒の主婦に対する反応を見ていささか絶望した。

もったいないと思っている人間あんなにも多いとは。

しかも、誰ひとりとして、その才能に活用を見出そうとするものはいなかった。

それほどまでに、日本他人のことばかりを気にする国民ばかりになってしまったのだ。

これの国は本当に死んでしまったのかもしれない。

あれから2年くらい経ったのだが。

anond:20131218124851


 婚約者に怒られたのでfacebooktwitterをやめた。友達との連絡は全くと言っていいほどなくなった。

僕は人気者ではなかったけど、そこそこ友人がいた。勿論、今も友人だ。会う事が出来れば。


 何故こうなっちゃったんだろう。何故facebooktwitter女性の友人がいてはダメだったのだろう。別に

付き合ってた、とかチューした事あるぜ、とかじゃないんだ。そもそも会った事すらない人の方が多かった。

 それなのに

「この女はどういう知り合い?」

「いや、会った事ない人」

意味わかんないなんで会った事ない人と繋がってるのよ」

というやり取りの応酬

 結局

「会った事ない人なのだから縁を切っても問題ないでしょ?」

という話になった。

 僕は人間関係を拘束される事が耐えられなかった。だから、全部やめた。

 その結果、2人は円満だ。でもまだ結婚してない。だって戸籍持ってきてくれないか婚姻届出せないんだもの

そして婚約者ドラマを家で見るのが好き。俺何してりゃいいんだよ、こんなつまらないドラマ見るのに毎晩

付き合わされて。

できる男の時間管理

なんて雑誌を読んだ。プレジデント系のよくある雑誌だ。

結論はどいつもこいつも寝てなかった。俺は8時間寝たいからどうすればいいのかを考えているばかりなのだが、こいつらの情報はなにひとつ役に立たない。たいしたことねーな!