はてなキーワード: なのだとは
お風呂に入っていたら、異性が入ってきて
現代感覚ではそこまでの反応をとるかは分からないけど、恥ずかしがる人は多い気がするので納得できる。
外国人が川を眺めていたら水浴びをしている女性を見てビビったという話を聞いた。
向こう(女性)は気づいているけどお構いなしに水浴びをしたそうで。
んじゃ、ちょっと前(?)の戦国時代ってどうなんだろうと思った。
というのも戦国時代を舞台にしたアマチュアによる小説を読んでいると、
そういう展開が出てくるとやっぱりエッチー☆という反応が当たり前に書かれている。
http://anond.hatelabo.jp/20120222005841
「無期なら、最速7年で出られる可能性がある」というのは間違っていないんだが、平均すれば23年から30年は服役しているものなんだ。「7年で出られる」と希望を持って刑に服した罪人が、10年経っても15年経っても釈放される気配もないとなったら、徐々に「刑を科されている意味」を理解していくかも知れない。
つまり「これは罰なのだから、決して、楽に生きさせてくれはしないのだ」ということを理解する可能性はある。
私は本人が「自分は更生できないかも知れない」と思っているのなら、あっさりくくってやるのが慈悲というものだと思うけど。冷たいかな。
橋下大阪市長が府知事時代におこなった、自由主義的な行政改革を応援はしていたものの、
島田紳助の盟友だった、という事実のせいで、今ひとつ、彼を信用出来なかった。
なぜ、左翼連中に叩かれながらも懸命に働いている彼を信用出来ないのか、自分を責めたことすらある。
島田紳助は昨年、暴力団との親密な交際が発覚したという理由で引退したけれども、
本当に責められるべきはそこではなく、吉本の女性社員を、人気のない部屋に引きずり込んで、
壁に顔面を4、5発以上もたたきつけ、ツバをはきかける……という、度の越した暴力事件を起こしたことだ。
立場の弱い者に対して、数々の暴言や暴力をふるいつづけていたことが、ときおり報道されていた紳助。
彼の嗜虐性、異常性、卑怯性、利己主義ぶりなどは明らかだろう。
そして橋下は、紳助の暴力行為が発覚した後も、紳助の番組で長い間、人気弁護士として活躍を続けていた。
確かに弁護士は、人格が最低な人間の人権を守るために、活動しなくてはならない場合だってあるだろう。
だが、紳助の番組に出演する主な理由は、弁護士の矜持とは別物だ。
もしも橋下が倫理を重んじるタイプならば、紳助の暴力行為が明らかになった時点で、潔く番組を辞めるべきだった。
しかし、橋下はそうしなかった。
義理もあるだろう。
紳助がよっぽどうまく立ち回り、橋下ら「先生」には、自分も含めた芸能界の汚い部分を見せようとしなかった……
そんな可能性だってある。
それに、もしも橋下が番組を降板していたとしたら。
自分が裏切られたと感じた紳助が、橋下を許しはしなかったに違いない。
当時、芸能界に大きな支配力を発揮していた紳助によって、芸能界から干されてしまった可能性だって、ある。
そのことだけで、橋下という男の人間性を判断してはいけない……と自制していた。
ところが、である。
最近の彼の主張は、自己責任論が過ぎ、ついには小学校で留年を認めるべき、なんておバカなことを言い始めた。
そのトラウマは、小学校の知識を習得することよりも、もっと深刻な悪影響を与えるだろうと、彼は考えないのだろうか。
彼には、弱者……特に、いくら努力をしても結果を出せないような、真の弱者をいたわる根本的な感性が、欠けているのじゃないか。
過労死を従業員に強いた渡邉美樹を、大阪市の特別顧問を迎えたのは象徴的ではないか。
低所得層からのし上がり、努力家で、基礎能力やコミュニケーション能力が大変高いという点で、共通している。
そして、努力への過度の信仰と、無能者への強烈な侮蔑感も共有している。
彼らにとっていたわるべき弱者は、強者へなれる素質があるのに、社会的な要因で弱者であることを強いられてしまった者たち。
真の弱者、無能者や低能者に共感する能力が、完全に欠けているんじゃないのか。
それが彼らに共通する価値観なのではないのか。
努力をしても結果を出せない、という事実に思いを馳せる想像力、共感力が彼らにはない。
怠惰な連中を排除するのにはおおいに賛成だ。
だが、弱者が人並みの努力をして、人並みの結果を出せないことは責められるべきことなのか?
橋下らは、弱者が他人の数倍の努力をおこなうことは当然だというのだろう。
だが、他人の数倍の努力ができるのは、それだけの体力を持ち合わせた者に許された特権。
それが彼らには理解出来ず、共感も同情もできないのだ。
橋下の目には、帰国子女という恵まれた立場でありながら吉本のマネージャーをしている女性などは、努力を怠った無能者に見えたのかもしれぬ。
「無能者へ暴力を振るう人間」を許容できたから、橋下は紳助と盟友であり続けたのではないのか?
怠惰を改めない左翼でもなく、弱者を侮蔑する右翼でもなく、真実は真ん中にあるのじゃなかろうか。
怠惰を改め、無能者の努力を評価する。努力をおこなった強者は果実を得るが、その分、低能者の失敗もカバーする。
そして、お互いが尊敬し合う……それが私の目指す社会であり、橋下を応援出来なかったのは、彼と目指すべき理想が異なっていたからなのだ。
「死刑囚が出てこなくなるのがうれしい」を
「出所」ではなく「新たに発生しなくなる」に取るのが?
「死刑囚」は定義からして出所できない。死刑になるのだから、娑婆に出てこない。
つまり、わざわざ「出所しなくなるのが嬉しい」と記述する意味はない。
よって、「死刑囚が出てこなくなる」は、「発生しなくなる」の意に取る方が自然。
それでもちょっと表現として苦しいが、原文がそうなんだから仕方がない。
さらに元の文では「凶悪犯」だったが、改変に意味はあるのか?
まず、「凶悪犯が二度と世間に放たれないのがうれしいな」っていう人は
当人の利害の感覚であるというだけで、「当然である」ということにはならない。
ツリーの大元の増田では、そのような主観の類が「当然である=非難を受ける謂れはない」とされている。
ところが、もちろん、謂れはある。それを指摘している。
述べなおすのは面倒なので適宜ツリーを追ってもらいたい。
君は持って回った言い回しや言葉遣いをやめたほうがいい。知性が追いついてない。
自分でも何言ってるかわかんなくなること多いでしょ。
私は正確であろうと努めているにすぎない。知性がないからこそ。
いろいろと考えている人はいるけど、本当のところ何の根拠もないんだよ。あったんだけど無くなったと言うべきか。
五行説が生まれ、陰陽と結びつき、年月日時の干と支にそれを振り分けた。
世界の全てが陰陽と五行に分類できるという考えから、特定の年月日時に生まれた人がその陰陽と五行の影響を受けるだろうと推察し研究した結果、何かしらの相関関係がありそうだという結果が集められた。
今は陰陽も五行も信じられていないのだけど、この何かしらの相関関係がありそうだ、という感覚だけが残っているというのが現状。
なんで今回の判決「以前」を論じるんだよ、苦しい奴だなあ。
出所者は確かに減る。わずかだが確実に。
というのも、出所者が減ることを喜ぶ心理は、実は被害者のものではないのではないか、と考えられるから。
これは被害者の「出所という選択肢がないことで救われる」という心理とは端的に質を違えている。
これは「近所に刑期を終えた凶悪犯罪者が来るなんてイヤだ」という外野の心理である。
心理としては理解できないでもない。いち外野の同類としては。
しかしそれを元増田のように、「極めて当然の感情」とまで拡大するのは問題があると考える。
外野の感情は外野の感情だ。外野の数が大きいということは感情の妥当性普遍性は担保しない。
被害者とその関係者、加害者の関係者が完全に置き去りになっている。それでは「当然」とまではとても言えない。
現に外野は「出所者が減る」ということをイコール死刑囚が増えるという風に捉えすぎる。
出所者を減らす方法は少なくとももう一つあって、そもそも入所したり裁判にかけられたりするような事案の発生を防ぐという発想があってもいいし積極的に実行に移すべきなのだが、「近所に犯罪者が来なければ何でもいい」くらいの大部分の外野はそこまで心が回っていない。
「ウチの近所にはあのとんでもない元犯罪者は絶対来ない!ひゃっほう!」で止まってる。
よく分からないのだが、刑罰って被害者のためのものなのだろか。
被害者が仇討ちしようとして社会秩序が荒れるところを国家が代わることで抑えるというのならわかるが、でも仇討ちっていつの時代だよ。
あ、そうかそうか。
妙に納得した。
現実ことなのに、それは自分のリアルとは直結しない、フィクションと同じように感じて、喜んでいるる人達が多いってことなのだな。
極めて当然の感情じゃないのか。
無実の者が殺されると悲しい、悔しい、怒り。凶悪犯人が死刑になるのは嬉しい…とは違うな。好んで起きて欲しい事柄じゃないけど、やはり生きてるよりはいい。
こういう当たり前の感情を屁理屈でないがしろにしない社会の方が、いい社会だと思う。
所詮「人を殺してはいけない」というルールだって元は「殺されたくない」「身内が殺されると悲しい」という人間の感情なのだから、裁きに感情が入ってもおかしくない。
>真実を追及する学問を衰えさせ、株の乱高下にかまけて目の前の生活にひいひい言ってる愚民しか育たぬようにする
>世界規模の大学職業訓練校化は、どうやら世界政府の陰謀らしいがなw
単純すぎるモデルに見えるがあながち間違いじゃないかもしれん。
外国の投機筋や国内の大土地所有者にとってはそういう人間が多ければ多いほどよい。
余剰なホワイトカラーをブルーカラー化する。経営管理層に立つ人間をできる限り少なくする。
貧富の差が以前より拡大するが、国が下層から租税を毟り取り、上層(法人とその所有者)を優遇することで、
日本国内にカネは残る。これは国外の投機筋にとって都合が良い。
なぜかって?運用可能な状態が続くからだ。ここで専門外の経済理論を展開して弱点を晒すつもりはないが、
運用可能な状態が続けばいずれバブルも再び起き、自然災害や戦争も起きる。その時に一儲けすればよい。そういう心理なのだ。
国の構造が置き換わり始めていることに気付け。
ショック・ドクトリンに負けるな。
だからそれ君のイメージで証明できないよねっていうやりとりをもうしたじゃん
殺人事件の被害者の凡人について「学生時代」「周囲の声」程度以上に掘り下げて報じて視聴率取れた事例があるの?あるなら例を頼むよ、
って言ったよね?
相手するだけあほらしくなるなこのバカは
http://anond.hatelabo.jp/20110824130137
を読んだ。中々オモシロく読んだけれど、このヒトはちょっと「起業家」ってモノを勘違いしているフシがある。
僕は起業家で、インポーターである。海外から売れそうなものを日本に持ってきて、何らかの付加価値をつけて卸す。
また、自分自身でも最終消費者に売りつけるルートも持っている。そういう仕事をしている。
二十代後半の割りには良い収入を得ているし、それを得るためには徹底的に自分を売り物にしてきた。
考えても見て欲しい。輸入をやるには「カネ」が要る。どうしようもなく初期資金がなければ話にならない。
他に何が要る?ルートがいる。煩雑な貿易実務をやるためのスタッフも要る。無論、語学も要る、専門知識が要る。
そして何より、人脈が必要だ。ちなみに、これで必要なものの半分である。ここまでが「輸入するため」のもの、
この後に同じだけ、あるいはそれ以上の「売るため」の要素が必要になる。
最も、アイティーって世界はこういう泥臭い要素の全く無いすばらしくステッキーなところなのかもしれない。
いいコンテンツは羽根が生えたように消費者の下へ飛んで行き、製作者には莫大なカネが転がり込む、
そんな夢の国なのかもしれない。その夢の国では営業も要らず、また広告も価値を失い、ただ商品の本質だけが評価されるのだろう。
また、初期資金も要らずアイデアと技術は現金とほとんど等価であるようだ。すごい、素晴らし過ぎる。
泥臭い田舎モノの商人であるところの僕には全くわからないことだ。
しかし、僕が思うに元増田は起業家の未来を憂う前に、自分のオツムの具合をなんとかした方がいい。
そして、彼の意見に賛同した人たちは、とりあえずクスリを抜くことを進める。ラリってるよ、あんたたち。
起業家なんてものは「自分を偽装して売り込む才能」が全体の99%で、あと1%は誤差だ。
すばらしいコンテンツがあれば、それに越したことはない。しかし、「微妙なコンテンツ」でも売り込むのが、商人だろう。
そもそも、「すばらしいコンテンツ」なんてこの世には無いのだ。「すばらしいと多くの人が思うコンテンツ」があるだけだ。
商人がすべきことは「すばらしいコンテンツを世間に広める」ことではない。
「手持ちのコンテンツを世間に素晴らしいと思わせる」こと、そして儲けること。目的はこれ以外に無い。
逆に言えば、そのためなら何だってする。自分は天才で、これから先莫大な儲けをもたらす。
協力者や出資者、あるいはスタッフにそう思わせなければ、社長業なんてやれない。出来て当たり前なのだ。
「カンファレンスとかに呼ばれて、”僕は起業家だ。”というどうでもいいプレゼンをする」
ことこそ、起業家の最大のお仕事なのだ。それが資金を引っ張り人脈を形作る。
逆に言えば、どれだけいい商材を持っていようと、これが出来なきゃハナシにも何にもならない。
更にいえば、「自分でコンテンツを作る」なんてのはスマートじゃない。他人が作った、あるいは発見したコンテンツを
横合いからカスメとって収益ベースに乗せてこそ「起業家」だろう。
最近の起業家はなんかきもちわるい。「イノベーション」だのなんだの、ワケのわからない横文字やら人名を駆使する一方、
「どうやって初期資金を引っ張る?」だとか「税金どーする?」だとか「スタッフをなるべくカネかけず確保する」とか
その辺を全く見かけない。コンテンツそのものなんてこれをクリアしてからでお釣りが来るだろう。
起業家にとって一番大事なものはコンテンツでも能力でも技術でもない。出資者と協力者だ。
「自分を売り込んで偽装する」ことこそが起業家の本質だ。だから、起業家を目指す人たちは
どんどんブログで自分を売り込め、twitterで信者を量産しろ、出資者をふん捕まえろ。
それが出来ない奴がどんな良いコンテンツを開発したり発見したりしても、そんなもの絶対売れない。
起業家ってのは「売る人」だ。「作る人」じゃない。別に作ったっていいが、売ることが最終目的だ。
儲けを出す起業家だけがいい起業家だ。それ以外はゴミだ。素晴らしい技術や発想を持っていたところで、
そーいうゴミがいるおかげで、僕が儲かるんですけどね☆
http://anond.hatelabo.jp/20120220232516
殺したほうに、毎日介護で疲れていた。とか、家庭内暴力で悩んでいた。とか、精神病があった。とか、なんらかの理由があれば、考慮されて減刑されるということだろう。
特にこの裁判は「被害者遺族の感情がないがしろにされている」と訴える団体と結びついた結果、遺族の感情がかなり汲まれた可能性も高い。
身内同士で殺し合ったら、誰が「遺族」になるんだか、はっきりしないからね。
私は旦那さんの成長ぶりを神々しく感じた。最初は、ホント、ものすごく酷い態度で(無理もない。赤ん坊まで叩き殺されたんだ)周りが諌めるほどだったのに、終結した今では「犯罪が起こった段階で、みんな敗者なのだと思います」と言っていた。そこまで来るのに、どれほどの苦労があったろう。
基本無料のゲームなのだが、レアカードを有料課金の仮想ガチャガチャで獲得できるというえげつないシステムで大人気。
http://d.hatena.ne.jp/kikori2660/20120209/p1
を読むとずいぶん酷いらしい。
モバイルSNSゲームが儲かる本当の理由。かーずSPはなぜ15万もつぎ込んだのか?
こういうことを続けてたら早晩社会問題化し、課金システム自体が法規制されちゃうじゃん?という気がするのは当然だろう。
社会問題にならない程度のほどほどの稼ぎでずっと長期間やってったほうが最終的に収益は大きい。
一年二年でドバっと稼いでも、法による規制がかかっちゃったら意味ないじゃん?なんでそうしないの?と思っていたが、謎が解けた。
ソーシャルゲーを作っている彼らは、そもそもこの大量課金時代が長続きするとは思っていないのだ。
ユーザーに途方もない課金を課す(馬から落馬だけどいい言い回しが思いつかないから許して)システムは、ユーザーの射幸心を煽る仕組みで成り立っている。
ソーシャルゲームのメーカーはたくさんある。サードパーティである彼らがこのゲーム市場の先行きをどう見ているかがこの問題の鍵になる。
ちょっとだけ寄り道して「囚人のジレンマ」という命題を見てみよう。
二人が逮捕された罪は微罪で、黙秘していれば二人とも懲役1年にしかならない。
「もしお前が自白して、相棒が黙秘していたらお前は司法取引で無罪放免にしてやる。
しかしお前が黙秘して、相棒が自白した場合はお前は懲役5年だ。
二人とも自白した場合は、まあ情状酌量の余地があるから懲役3年だな」
| アリス黙秘 | アリス自白 | |
|---|---|---|
| ボブ黙秘 | アリス懲役1年,ボブ懲役1年 | アリス釈放,ボブ懲役5年 |
| ボブ自白 | アリス懲役5年,ボブ釈放 | アリス懲役3年,ボブ懲役3年 |
アリスもボブも黙秘を貫いたほうが明らかに総体としての利益は大きい。
二人で合計2年の懲役で済むのだから。しかし、自分が黙秘していても、相手が自白したら?
その疑念がアリスとボブに自白に走らせ、結果として二人で合計6年の懲役を食らうことになる。
なんてこった。二人ともが「合理的」な判断をした結果、最悪の結末に達してしまうとは。
アリス社とボブ社というソーシャルゲームメーカーがあったとして、各社には二つの選択肢がある。
自制してほどほどの課金で我慢する。この場合10年間毎年1億円の利益が得られる。
ユーザーからかっぱぎまくる。この場合、年間3億円の収益が得られるが、社会問題化して2年後から法規制が入る。以後は収支トントン程度にしか稼げない。
| アリス自制 | アリスかっぱぐ | |
|---|---|---|
| ボブ自制 | アリス10億円,ボブ10億円 | アリス6億円,ボブ2億円 |
| ボブかっぱぐ | アリス2億円,ボブ6億円 | アリス6億円,ボブ6億円 |
アリス社・ボブ社ともに自制して稼いだほうが収益総額は多いのだが、自社だけ自制して他社にかっぱぐ戦略を取られたら最悪の結果になってしまう。となると、結局はかっぱぐ戦略を採ったほうが得…というよりも利益は期待できる。
実際はアリス社・ボブ社以外にもチャーリー社やデボラ社といった複数のゲームメーカーが参入してるので単純化はできないけど、一社でも「かっぱぐ戦略」を採ったら法規制は必至。
なんてこった。各社が「合理的」な判断をした結果、最悪の結末に達してしまうとは。
それはソーシャルゲームのプラットフォーマーであるところのモバゲー社が自主規制をすることだ。
プラットフォームを提供しているモバゲー社がゲームメーカーに「自制する」戦略を強制することによって最悪の法規制は回避できるだろう。
「自制」戦略と「かっぱぐ」戦略の収益はそれぞれの100倍だとして
| モバゲー自制 | モバゲーかっぱぐ | |
|---|---|---|
| グリー自制 | モバゲー1000億円,グリー1000億円 | モバゲー600億円,グリー200億円 |
| グリーかっぱぐ | モバゲー200億円,グリー600億円 | モバゲー600億円,グリー600億円 |
なんてこった!モバゲー社とグリー社が「合理的」な判断をした結果、ソーシャルゲーム市場が衰退してしまうなんて!
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あなたにとっての虐待の定義とはなんだろうか、被害者が加害者の保護下であるという関係を除けばあらゆる虐待は存在するが、今回は主に成人と未成年の間、親と子の間に存在する虐待について論考していこうと思う、なぜなら家庭というのは非常に外部と隔たれた空間であるからだ、教育の場であったり労働環境での虐待と比較するとお互いの利害に関係のない第三者の目に触れる機会は一気に減る、その分陰湿であったり陰険になるなどの諸問題は生ずるが同じ様な虐待が発生した時に他との比較が容易で無いという点において、また未だ家庭内部の隠され閉ざされた空間で行われている虐待についての個々の認識を明らかにしていく事が、この世から虐待による悲痛、声にならない声を浮き彫りにしまた被害者自身がより客観的に自己の被害状況を分析し気持ちの整理をつける事でより良い明日へと繋がる事を祈り進めていきたいと思う。
虐待の種類
虐待にも様々なものがあるが、一つに基本的には相手の事を思っているか?という漠然とした表現にその発生源を求める事ができる。もう一つは、相手の事を思ってしているという認識の行為が結果的に同じ結果を生じさせているという虐待について、また意図的、偶発的を問わず“何か”をしなかったという事が虐待になる事もあるので、それらを比較しながら論拠していきたい。
一、【故意】例
二、【過失】例
例えば、子供が他人の所有物を不当に取得した時などに“叩く”などの痛みを与える事で子供の犯した不当な行為を是正させようというもの、これでは罪を犯してはならない理由が“叩かれる”からだとの理解を子に与えかねない。裏を返せば叩かれてもいいくらい欲しい物であれば不当に他人から奪っても良いという事になってしまう。人間なのだから例え時間をかけてでも、物には“持ち主”という所有の概念があり、他人の所有物を正当な理由なく勝手に奪ったり何かしてはいけないと教えるべきだ。こういうと小さな子供にそのような説明をしてもわからないという人がいるようだが、行為の是非は痛みが伴うかどうかだと理解させてしまう可能性を与える行為こそ余計に子供が所有の概念を理解する事を阻むだろう。
三、【認識ある過失】例
意図偶発問わず放置に至った時に、その放置によって苦痛が子供に生じるかもしれないと認識しながらも「もう我が子の年齢なら大丈夫だろう」と本人を介さない判断で放置した結果、実際は子供が精神的苦痛等を生じていた場合の虐待
※本人の事前の意思を汲んだ上での放置で、実際に子供に苦痛が生じても生じなくても、第三者から客観的には虐待と判断される場合も有る。
四、【未必の故意】例
意図偶発問わず放置に至った時に、その放置によって「子供に苦痛は生じる」と本人を介す介さない問わず判断し放置した結果、実際に子供に精神的苦痛が生じていてもいなくても構わないと思う虐待
他にも虐待時の心模様は分析できるが、虐待による不都合が生じるかどうかという点では、これらの行為が多岐に又、継続的に行われるかどうか、そして被虐待児の個体差に寄ってでしか判断できない事とより効果的な虐待ラインの線引きをする為に虐待の回数、頻度、継続性やその子供の人生に不都合が生じたかどうかは度外視し“その行為が虐待なのかどうか”に的を絞って進めていきたいと思う。
それでは、ここから思いつくままに、もっとイメージを換気しやすい実例を列挙していきたいと思う。
一、お父さんと息子がプロレスごっこをしていて上手く技が決まり泣き叫ぶ子供に対してもなかなか技を解かなかった。
一、食事を親の許容時間内で食べられずゆっくりと遅い食事スピードの子供に対して、精神的な怒りを顕わにし、その怒りを子供に伝えた。
一、兄弟喧嘩をした子供に対して、親の判断で判決を下し、制裁として一度の食事を与えなかった。
一、何時にお客様が来るからそれまでに部屋いっぱいに散らかった玩具を綺麗に片づけておいてねと子供に頼んだのに、その時間になっても部屋を片づけていなかった為、児童の頭部に真上から握りしめた拳の中指第二関節の先を尖らせた部分を振り落としそれなりの痛みを与えた。
一、子供が学校から持ち帰ったテストの結果を見ると20点と書かれてあった、問題内容や平均点などがどのような状況なのかは関知していないが主観的に悪い結果だと思ったので「なにこの点数は?」と冷めた表情で悲しみを子供に伝えた。
一、子供達数人を祖父母に預け遠方に行くことになった際に、お土産を買う事になった、その際個々の子の長男、長女、次男、二女などそれぞれにお土産を買う際に、自分の子に対する好きの程度が“ひいき”としてお土産の質にも反映された。
一、子供が食事に対して好き嫌いを顕わにした時に、栄養学的な事、勿体無い事、また添加物や農薬、化学調味料等による影響を考慮せず、また食べる事や残す事を“怒り”や“恐怖感”と共に子供に迫った。
一、子供に玩具を買い与える等の条件を設けてお手伝いさせたり、肩を叩かせる等した後に、その約束に対しての意識をおざなりにし約束をまだ守っていない。
一、子供に早く寝ないとお化けや怪物、悪魔に襲われるなどと自分の信じていない事実を信じこませ嘘の恐怖感で持って子供を自分の意図した時間帯に寝かせてしまおうとした。
一、家庭内でだれかの所有物が紛失した際に、証拠なく過去の行動等から子供のだれかが盗んだのではないかと疑いそれを子供に伝えた。
一、子供が嫌がったり、将来思いだした時に嫌だと感じる可能性がある行為を何らかの脅迫や脅し、また体格差による優位条件を利用して行った。セックス等
等々、枚挙に暇が無いが、突き詰めていくと、同意や相互の了解、約束の無い事で自分の保護下にある者に対して怒りの感情や、隠避の態度、また虚偽の同意や相互の了解、約束で保護下にある者の言動を操作したり、当初は嘘のつもりはなく結果的に不本意であったとしても謝罪無く保護者の立場を利用して子供の意思、期待を蔑ろにする行為を虐待と定義する事で、確かに、ほとんどは大した事のない軽度の虐待ばかりが散見するとは思うが、その浮き彫りにした小さな声の中から、継続的であったり深刻な状況に陥っている児童を露わにする事で虐待親からの保護活動がより進むのではないだろうか。
次に、虐待をされた側の福祉ではなく、虐待をしてしまった側の福祉を考えてみよう。確かに、認識の無い虐待の方が子供の悲痛は重いだろうが、罪悪感を認識しつつも己の言動を制御できず我が子に対してしてしまうという行為としての虐待の加害者も罪を理解しているという点においては周囲が手を差し伸べるべきではないだろうかと思う。何度も閉ざされた家庭内の出来事である事は強調するが、親自身が現在において健全であると因果関係の立証なくして自分の生育環境を我が子にも模倣するという事は大いにあり、その今現在健全である事はわが身が程度の差こそあれ受けた虐待が今のわが身の為になったと解釈しその虐待行為をまた我が子にしてしまうと言う物だ。
良かれと思いやっている事なのだがこの場合本人の気分もなぜか優れないという事が多いように思う。どうも本当はこんな事はしたくはないが、我が子の将来の為に体罰や強制、十分に説明のできない因果関係の不明な理由によって我が子の言動を統制するのは止むを得ないを自己を正当かするのだが、なぜか当の親自身は心のどこかに陰りを想わせる精神状態に陥ってしまう。
こんな時、もしも閉ざされた家庭でしかも虐待というナイーブな情報について共有でき、また素直な気持ちで自分の行為が虐待なのか虐待でないのか話しあえる場、意見交換できる場があったらどうだろう。
子を持つという事は責任が伴う。
ないものは仕方がない、生殖の自由を制限することもまた違うであろう
親になったからといって、社会は一律に保護者の責任を追及しても良いのだろうか?
そこに、責任という耐えがたい重圧感を与える事が、自らの育児教育能力を自己判断し自信が持てなかったり自己否定の念の押しつけられた時、弱者である子に対し“教える”という行為をしなければならなくなった時に怒りの感情が“怒る”という形で子に向けられてしまうのではないだろうか。
“怒る”について考えてみよう。
子供が何か良くない事をした時に「コラーッ」と怒った場面を創造してみて欲しい。
それは、子供がスーパーで売り物を食べ始めてしまった時かもしれないし、子供が自分で行きたいと言って行き始めた何かの教室を勝手に休んだ時かもしれない。
私や貴方はいったい何に怒っているのだろうか?
子供が確かに一度はしてはいけない事だと理解したのに、私欲のために再三した事が許せないという怒りだったかもしれないし、貴方がせっかく拠出した習いごとの月謝を無駄にされた事かもしれない。他にも様々な解釈はできるが“怒り”がなぜ生じるのかをよくよく考えてもらいたい。
そこに“悲しみ”はないだろうか?
人は悲しくないのに怒る事はあるだろうか?
元の感情として、自分が悲しくなる何かをされた事や身内が誰か他人を悲しませてしまう事が悲しくて、そんな思いはしたくないから“怒る”のではないだろうか?
子供には貴方や私が怒る理由を理解するのは難しい
まだ悲しい気持ちから怒りに転化したという実体験も希薄だろう。
これを読んでくれた貴方には
どうか
どうか素直な感情で我が子と接して欲しい
悲しい時には悲しい気持ちを我が子に伝えよう
あなたがそんな事したら、お父さん悲しいよ お母さん悲しいよ って
私や貴方がが無碍に他人を悲しませたいなんて思わないように
子供の純粋が気持ちとして、他人を悲しませるような事はしたくないという純粋が感情がある事を期待しよう
怒りは「快」「不快」という根本の感情よりも一段階上の複雑な感情だからだ
例え我が子にでも、悲しい思いをさせられたら「悲しい」気持ちを表してみよう。
きっと、わかってくれるはずだ
今からでも遅くない 例え貴方の子供が既に成人していたとしても
本当はどう思っていたのか? あの時は悲しかったんだよ だからあんな事をしてしまったんだと
また貴方の子がさらにまた子に対して同じ事を繰り返し、子が将来、あなたと同じ苦しみをする事を回避する為に
勇気を振り絞って、例え過去の事であっても当時の本音の素直な気持ちを話してみよう
きっと、貴方を許してくれるはずだ 貴方はもっと楽に生きるべき存在なのだから
@awaikumo
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120216/1329397597
これからは、「仕事を提供できる人が求められる時代」が来ると思う。
「仕事を提供できる人」とは、必ずしも人材派遣会社ということではなくて、雇用を創出できる人ということだ。
いうならば「ジョブメーカー」。これからはジョブメーカーの時代である。
これは間違いない。
多分、この記事のテーマであるウロボロスをイメージして書いてるんだと思う。
全部の文が同じ事を言っている。
前の文のおしりを後ろの文が食べて、またその文のおしりを後ろの文が食べて、グルグル回っている。
ジョブメーカーならぬ無限文章メーカーである。文章のウロボロスである。
何時まで経っても終わらないので、最後に「これは間違いない」で切るところもセンスが光っている。
彼はこの一見不毛なだけにしか見えない悪文の手本のような文章によって、IT業界の不毛さをわずか4行で示しているのだ。
「この文章にイラっとした人は、ウロボロスがいかに不毛なことかわかったはずだ。
そして、その不毛さを解消するためには、わたしがガツンとぶった切るしかない」と、解決策まで含めて表現している。
彼にとって重要なのは、文章としての美しさではなく、文章によってより深い真実を直感的に云々かんぬん
とにかくなんというセンス。これは間違いなく270万部作家のオーラ!
それはともかく、アフィリが無いことや、
彼が主張する「次世代に求められる能力」の内容が変わっていることから
ハックルさん的には次の本を出す予定なのだろうかな、などと期待が高まる。
お笑いスクールでの指導などを踏まえた、エンターテインメントやプロデュース部分について触れることということであれば、
いよいよ彼の本丸部分が解放されるということになるのだろうか
女性幹事は俺を「高学歴で有名会社勤め」という風に認識してる。
同僚を連れて行くと言ってしまったものの、やっぱり高学歴を連れていかないとまずいものなのだろうか。
予定では高学歴以外に取り柄のない俺、イケメン(高卒)二人という感じじゃあダメかな?
なんとなく、これを読んだら学歴で人を差別する人間も少なからずいるようで、高卒を連れていくと女性側にがっかりされそうで怖くなった。
1.加害妄想について
加害妄想とは、自分が相手に不利益を与えてしまう・しまったという妄想だ
言葉による暴力、振る舞いによる加害、自己臭や自己造形とうの不快なものを与えてしまうという迷惑
「こんなことをしたら嫌われてしまう」「こんなことをしてしまったから、きっと不愉快に思われている」
一種の自意識過剰だ
それと同時に、過剰なそれは対人恐怖をも招くことになるだろう
加害妄想を持つがゆえに、人に接する時の自我をとにかく綺麗にしようとするのだ
誠実で、正直で、優しく、思いやりがあり、等々
そして、自分の素の部分を隠して接していく
そうした人ばかりだから、表面上だけをなぞるような人間関係が氾濫する
3.加害妄想を持つ人の原因と結果について
では、そうした人達はどの様な形で人と関わる欲求を解消しているのだろうか
Twitterやmixi、ニコニコ動画や掲示板、モバゲーはてなといったSNS的なもののことだ
それと同時に、サービスから離れることで緊張化した人間関係を破棄することが可能だからである
この2つを利用し、時として自分を守り、時として対人接触欲求を満たすことが出来る
ここにおける問題は、「人間関係全てをネット上だけで賄えない」という事である
そして、目の前に相手が居るような直接的な人間関係において必要な対人スキルはネット上の人間関係では育まれない
なぜなら、ネット上では理想的に振る舞え、逃げる事が可能だからだ
そうした環境であれば、互いの主張や要求の対立が生じる事は少なく、生じても逃げることで回避する事が出来てしまう
相手に踏み込む経験の少なさによって、相手に踏み込む事への不安が発生する
その不安を正当化するために、「自分は相手を不快にさせてしまうから踏み込まない」という加害妄想が発生する
もちろん、実際に不快にさせてしまった=加害してしまった事はあったのかも知れない
しかし、そうした経験がなければそもそも相手との距離感の測り方は、対人スキルは育たないのだ
4.終わりに
ここは本筋とは関係ないが
名家に生まれた彼女は生まれつき大人に囲まれて過ごすことになる
それにより、幼い頃から礼を尽くす事を強いられ、他人に踏み込むという経験が欠如する
また同時に、名家ゆえの敵の多さから自分を守るために悪態を吐く事で距離を空ける行為を繰り返す
そうした自分を恥じて、「人と真っ当に関われるようになるまでは一人でいる」と実家を出て集合住宅で一人暮らしを始める
そこで、夏目残夏という人物に「人と真っ当に関れるようになるには、他人の中で傷ついたり傷つけたりする必要がある」と指摘される
実家に帰る高速バスでのこと。僕の座った席は2Bだった。進行方向に向かって左側、前から2番目の通路側だ。
隣の通路側に座っていたのは角刈りでメガネをかけたオッサン。ポツポツと髪に白髪が交じるのを見ると、50代後半~60代ぐらいだろうか。隣に誰かいることは別に不思議ではないし、別段話しかける必要もない。3時間ほどで故郷に辿りつくし、そもそもその時間は寝ていればいいだけの話なのだ。バスが動きだすまでの時間、手持無沙汰だったのでたまたまカバンに入っていた週刊誌を手に取って読んでいた。
突然、オッサンは自分の右ポケットからハンカチを取り出そうとした。社内は狭くひどく窮屈だ。足を広々と伸ばすことはできず、彼の肘が僕の胸に当たる。しかし、オッサンの様子がおかしい。なかなかハンカチを取り出すことが出来ず、グイグイと肘が僕に押しつけられた。
「何やってんだ? この人……」と思って僕は体をのけ反らせ、肘打ちを回避する。すると、オッサンはドスの効いた声で僕に言ってきた。
「お兄さんよぅ、ここまでが俺の席だからさぁ……。わかる?」
と、オッサンが指さすのは前の席の仕切り。どうやら領土を主張しているらしい。が、明らかに前の座席は、僕たちが座っている席よりも広いのだ。
最近の高速バスには2~3席ほどプレミアムシートが付いている。通常のシートが4列ならばプレミアムシートは3列。クッションも格段によいものを使っており、足元も広い。料金だって1000円上乗せするだけなので、それほど高くはない。オッサンがいう領土権が認められるのならば、僕の左足付近までオッサンの席になってしまう。半ケツが通路に出た状態で座ってろという意味らしい。「んな、理不尽聞いてられっか」と思って反撃に出る。
「前の席はプレミアムシートなんだから、広いのは当たり前でしょう。区切りはココですよ?」
と、僕は僕とオッサンの間にある肘かけを指差した。だが、オッサンは続ける。
「おまえよぅ、肘当たってんだよ」
何を言っているのかまったくわからない。
「そもそも肘打ちしてきたのはアンタだろ?」
と、さっきオッサンが僕にした肘打ちに対しての文句を言う。どうやら、オッサン的には、僕が週刊誌を読んでいるときに肘かけを使っており、僕の肘がオッサンに当たってきた。つまり、先に領土侵犯をしていたのは僕の方だという言い分らしい。だから、報復としてハンカチを取り出すフリをして肘打ちをしてきたようだ。
オッサンはメガネを外し見下すように威圧的してくる。それ以上、何もしゃべらなかったので、こちらも応戦することはなかった。が、「面倒な人が隣になったなぁ……」という思いでいっぱいだった。
道中、オッサンは柔道のルールブックを読んでいる。年齢的なことを考えれば指導者か何かだろう。よっぽど、「故意の肘打ちは柔道じゃ反則技じゃねーのかよ!?」とか、「てめぇみたいな権利だけいっぱしに主張するヤツを“老害”って呼ぶんだよ」とか、捨て台詞を吐いてやろうかと思ったけれど、また面倒なことになるのも嫌なので止めた。
二度と来ないとまで書かれたようだから、よっぽど地雷だったんかなと思ったけど
むかつくのは確かにあるから、閲の立場からすれば分からないでも無い
その時の管理人の態度は、別にスルーで良いと思うけど、謝罪と今後の対応とでまあ大人
かと思いきや、請求制の裏サイトの条件が変更し、文句言われた作品を全ページ修正
突然にサイト改装したり、コメントレスページを追加したり。おそらく前のページを自然に消すため
かなりむかついているみたいw
日記やサイト上では押さえているみたいだけど、行動に滲み出ている
返信要らない・二度と来ないと言われても、何か書かずにいられなかったみたいだしw
わざわざ直さんでも。修正するあたり真面目なのかな?
腹が立ったからか。自信作だったのかな?
18禁が20禁になったけど、20才以上なら問題ないとでも思うのかな?
前置きして注意してもらうようにとあるけど、設定の問題でなく
粘着せずに二度と来ない宣言してくれるだけましと言ったら駄目か
おそらく好意的な閲以外に慣れていないみたい
砂かけしたくなるほどの話ってどんなのだろ。気になるw
よっぽど好きなサイトでなきゃ、請求なんてしないけど、それ目当てに請求したくなった。
ふと疑問