「一年」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 一年とは

2016-12-06

キュレーションメディアと転職

個人的な話だが、先月転職し新しい会社に入った



前職には待遇面での不満はなかったし、

自分が作り上げたサイトにも愛着はあった



しかし、異動先が不満だった



それがキュレーションメディア



DeNAさんではないが有名企業がやってるキュレーションメディアだ

その企業ではキュレーションといえばその部署ぐらいな感じで、

その部署では複数サイト運営されていた



キュレーションメディアがどうやって運営されてるかを知るいい機会にはなった

あの部署は自社内に大量のバイトライターを用意し、記事を増やしていた

完全にフリーユーザが書いた記事なんてなかったんじゃないか



私自身元々キュレーションが好きでもなんでもない

あれはコピペサイト

2chまとめと大して変わらない

利用者としては便利だが運営側立場に立ちたくない



それでもなんでその部署にいたかと言うと、いつの間にか部署が異動していたからだ



そんなおり、その部署で唯一キュレーションじゃなかったサイトが閉じるかもしれないという話になった

それが私の担当サービス

部長判断的にはキュレーションメディアになれば残す。じゃなければ閉じようくらいの感じ。

まぁ、厳密には違うけどニュアンスはそんな感じ



キュレーション嫌いな私はなんとか抵抗して一年を耐え忍んだ

しかし、事業が伸びてないチームにそんなに人員はいらない



異動先を選ぶ事になり何人かの部長執行役員と話をした



キュレーションが嫌いです



こういうと何人かの執行役員はこう切り返す



好き嫌い言えると思ってるの?会社だよ?命令すればそれで終わりだよ?



そして私は退職を決意した



退職しなかった場合キュレーションメディアに異動し、

日夜SEO対策とか、そういう作業やっていたんだろう

しかし、何よりその執行役員発言がムカついた



安易だと思ってるけど好きな事を思いっきりやる

私はそれがやりたい



昨今のキュレーション叩きを見ると

ホントにあの時キュレーションメディアに異動しなくてよかったと思う



キュレーションメディアなんて全部なくなればいいのに

http://anond.hatelabo.jp/20161206204648

情熱大陸(だったと思う)で一年の半分は海外NPO活動して

もう半分は日本フリーランス医者やってる人が出てきたけど

あいうことってどうやったら可能なの?

[] 彼女特別記念日を過ごした話

MASUDA Advent Calendar5日目の記事です、遅刻してすいません。

今日は、彼女とお付き合いを始めて一年記念日を過ごした話を書きます



私は、今でこそアイドルですが、小さいころは父親と同じプログラマーになろうと思っていました。

特に「ああ、プログラマーって格好いいなあ」と思ったのが、毎年父が結婚記念日にする、母親への感謝メッセージの送り方が、格好いいなあと感じたのがキッカケです。

その送り方というのが、家族専用グループウェアに母がログインすると、綺麗に飾られたページが立ち上がってきて、そこにメッセージが書かれているというものです。

もちろん、そのページのデザインも凝っていて印刷すればメッセージカードとしても映える出来なのですが、

父親曰く何より見て欲しいのが「毎年、俺がまだ使ったことがなかったり勉強したことがないアーキテクトを使ってページを出してるんだ」ということだそうです。

そんなことを言われても、プログラムのことを何も知らない母には、ちんぷんかんぷんだったのでしょうが、それでも母は楽しそうに父の話す「メッセージカード実装方について」を聞いていました。

なので、私も三カ月前からコーディングを始めて、付き合って一年記念日メッセージカードプロダクショングループウェアに配置させてもらい、彼女に送りました。

正直、このメッセージを読んでも彼女あんまりピンとこなかったそうです。

そうですよね、私にとってはJavaScriptアニメーションを描くのは始めての経験でしたが、今時Webでよくある表現ですから、私の苦労を汲み取ってくれ! という方が無茶です。

けれど、夜に二人で会った時に、この話をしました。

父が母に毎年送っていたメッセージカードの話を。

それで、彼女も、そして何より私も気づきました。

私は、彼女と、家族になりたいんだ、と。

毎年毎年を二人で過ごして、それをお祝いしたいのだ、と。

二人して、話をするまでそれに気づけないなんて、おかしな話ですよね。

でも、こうして、二人で一年を過ごせたこと、これから一年を過ごしていきたいこと、ずっと一緒にいたいことを話したら、なんだかとてもうれしい気持ちになりました。



ところが、その後彼女が凄くいやらしいニヤついた顔で

「うひひ…… 実はあたしの両親もよく二人でヤッてることがあってね……」

私は「ああ、オチが読めた」と思いつつも、それが何か尋ねると。

「そりゃあ愛し合う二人がいて、あたしという子供がいる以上、結論は明白だよね! さあ! 泉さんのお山を登らせてね! お洋服の上からじゃなく直にでいいよ! 毎年なんて迂遠なこと言わず毎日揉ませてね! 」

という感じで、結局いつも通りの愛海ちゃんとの過ごし方になってしまいました。

だのに、なんだかとっても気持ちよかったです。

ある歳末

ある歳末

昨日来た新聞に、年末期は、オレオレ詐欺、振り込み詐欺等の特殊詐欺犯罪一年で一番多い月であると書いてあった。私の経験では次に奴らが活発に活動するのは8月のお盆前の頃。詐欺集団会社経営から中間決算年末決算をやるらしい。

7、8年前に、友人から聞いた話。ネットチャリティークリスマス会のような催しがあると聴いて、善良な市民が出掛ける事にする。指定された駅に行くと、会場までの貸し切りバスが待っていた。その行き先表示窓には、主催団体名称記載されていた。「天華の救済」と書いてあったそうだ。善良な市民は、バスには乗らずに帰っていた。代わりに警察刑事さんのような印象の男性が一人で乗り込んで行ったという話だった。

今年は九州熊本震災があって大変であったが、カルト宗教熊本不動産問題裁判沙汰を起こしているのは有名で、カルト宗教不動産物件というのは、到るところにあるから、注意が必要な、社会鍋の歳末でした。

うそつき自分自身うそつきから真実インチキ区別自分自身がつかない。それとも、ウソ真実区別を見分ける真っ当な正しい目を産まれながらに持っていないから、詐欺師になるのか、ニワトリが先か、卵が先に存在たかの論争のようだが、平気でウソをつく人種がいるってことさね。可哀想にね…。

2016-12-05

家が狭くて愛が腐りそう

狭いんだよ。狭いならまだしも引っ越すかもしれないからカラボの1つも許されないってなんだよ。

働けないから贅沢言うななんていうけどパソコンから眼鏡の小物まで直置きしててごちゃごちゃなのを整理したいのの何が贅沢なんだよ。北欧雑貨とか一言も言ってねーよ。

引っ越しまで待とうなんてしてたら一年もこのままでよ。プラモの箱とスプレー缶が散らばっててさ。もうわけわかんねーよ。趣味のものを捨てはしないがどっかしまえよ。

掃除機とか箒どころじゃねーよ。もう掃除機の置き場所もろくにない。布団を置く場所だってろくにない。衣装ケースがなくてクローゼットハンガーにかけきれないズボンが散乱して洗い直し。

破れまくった服にアップリケも糞もねーよ。狭いキッチンイライラしながら料理するだけで疲れてるんだよ。

添加物に繊細な旦那から冷凍食品も使えない分自炊は欠かせねーのになんで上に棚が全然ないんだよ。食材すら邪魔だわ。


収納本とか知るかよ。あいつらクローゼットとかキッチンの引き出しとかバカバカ持ちやがって。キッチンの引き出しもねーし食器棚も置けねーんだよ。

洗剤をみんな洗面所の棚にしまえ?洗面所風呂場と一緒でんなのねーんだよ糞が。

節約しなきゃいけないのに買いだめ効かない程家が狭いんだよ。

足の踏み場もないゴミ屋敷との比較自分を慰めるのも阿呆らしいんだよ。

こんな働けない愚痴だらけ糞女の私を側に置いてくれてるのはすごく嬉しい。感謝してる。書きながらに泣きそう。一人の時にもう何度もこんな家もう嫌だって泣いてきた。

ADHDだけど実家にいる頃は物を減らしたり掃除機かけたり、趣味だってパソコン内部で完結してて、服にこだわりもないからそんな物持ちまくりではなかったんだ。

なのにこのごちゃごちゃで家にいるのに嫌気がさすこの部屋がすごくしんどいゴミを捨ててもそもそもゴミでない物だけでものがいっぱいなんだ。ゴミ箱くらい買いたいのにいまだにビニール

一人暮らしもろくにしたことな人間の甘えなのかもしれない。働きながら生活回してる人ってすげーんだなって思ったり、割り切ろうと難度も頭を回した。

だけどダイニングテーブルレンジ炊飯器で埋め尽くされてる。服を減らしたりシャンプーや基礎化粧品を減らしたり、自分の中で工夫はした。

フライパンと小型の鍋が1つずつで、調味料節制しているつもりだ。買いだめだって多くて1月程度までである

しかしこれ以上はどうしたらいいかからない。旦那とは一緒にいたいがこの空間から逃げたくてたまらなくなる。

日本死ね」はなぜ燃えたのか

結論から言うと、ウヨとサヨの対立から

言葉遣いが悪い」「子供に真似してほしくない」といった否定の声が上がっているけれど、言葉遣い問題なんてたいした可燃性はない。実際今回の流行語大賞では「ゲス不倫」というとても綺麗とは言い難い言葉が選ばれているけれど、それが言及されるのは「日本死ねはいかがかという話題のついでに触れられる程度で、まったく燃えていない。反発を招いている根っこは言葉遣いにはなく、わかりやす攻撃できる箇所として言葉遣いの汚さが選ばれていると見るべきだ。

根っこにあるのは党派対立であり、右翼たちの反発を招くポイントが含まれているがゆえに右翼たちによって燃やされているのだ。

では右翼たちの反発を招く真の炎上ポイントはどこか。

ひとつめは死ね対象日本であること。

そしてふたつめは野党に利用されたという点だ。

右翼たちは愛国を掲げている。日本は素晴らしい国であり、日本攻撃されることは許せない。

そんな右翼たちにとって、「日本死ね」は感情的に反発せざるをえないフレーズだったのだ。

石原慎太郎氏は件の増田に対し「こういうこと言うんだったら韓国でも中国でも行ったらいいんだよ」と発言している。また、流行語に選ばれたあとのネットの反応に「日本死ねがいいんだったら韓国死ねもいいのか」というものが見受けられた。

元々の話題日本の保育行政待機児童問題であったはずのものに対して韓国名前が出されるというのはかなり唐突に感じる。

しかし、日本死ね反日韓国という連想ゲームがなされたのだと考えると非常に自然理解できる。

元は単なるネット上での話題に過ぎなかったもの民主党(当時)の山尾志桜里氏が国会で取り上げたことで全国区話題となり、流行語大賞において受賞者に選ばれたのも山尾志桜里であるというのも重要ポイントだ。

右翼たちにとって民主党民進党)は敵である。敵が手柄を上げてニコニコしているというのはこれはもう大いに気に食わない。少しでも攻撃できる箇所があるなら叩かずにはいられないだろう。


ここで議論の発端となったつるの剛士氏のツイートを見てみよう。

@takeshi_tsuruno

(´・ω・`)oO(『保育園落ちた日本死ね』が流行語。。しかもこんな汚い言葉国会議員が満面の笑みで登壇、授与って。なんだか日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました。きっともっと選ばれるべき言葉や、神ってる流行あったよね。。

皆さんは如何ですか?#流行語大賞

2016年12月2日 08:18


ここで批判対象となっているのはまさに山尾氏である。これは「民進党叩きツイート」であり、であるがゆえに民進党を叩きたいネットユーザーたちが共感を示し「炎上」に至ったのだ。

と、ここでこう疑問に思う人がいるだろう。つるの剛士別に右翼じゃないし、党派性から民進党叩きしてるわけじゃなくて素朴な感想を書いてるだけでしょ、と。

確かにつるの剛士氏は右翼として認識されているタレントではない。しかし、彼は右翼言説の影響を大いに受けているはずだ。

以下に彼がツイッターフォローしているアカウントの一部を列挙する。

百田尚樹

櫻井よしこ

高須克弥

WiLL編集部

西村幸祐

山際澄夫

石平太郎

石井孝明

三橋貴明

竹田恒泰

KAZUYA

青山繁晴ファン「淡交」

青山繁晴有本香語録

青山繁晴BOT

武田邦彦bot

この他に自民党維新の会議員も多くフォローしている。

はっきり言ってこいつをフォローしてるのは一発アウトだろと思うような偏った人物が何人もフォローされており、表に露骨に出さないだけで相当に右翼言説の影響を受けていると推測されるし、彼が中立立場からモノを見ているとみなすことは難しい。ツイートにわざわざ「日本人としても」などというフレーズ差しまれているのは右翼言説の影響なのだろうか…と穿った見方もしたくなる。



そして、左翼たちからすると関心の重点は待機児童問題にあり、言葉遣いが悪いだのなんだのいう論点はまったく本質的でない、もっともらしいだけのただの難癖に感じられる。件の増田の怒りに対して共感を覚えるがゆえに言葉遣いがどうのといって怒りが相対化されることが非人間的に感じられる。例えばいじめ被害者加害者を殴ったら暴力はいけないと言われる場合のように。

から左翼左翼で「日本死ね」叩きには反発をするし、左右で殴り合いになるのだ。



俺はネットでのクソの投げつけ合いが大好きだからこういうガソリンみたいなエントリを書いてるけど、建前ではこんな話はくだらなくて待機児童問題解決こそが大事だよなーと思います

来年はい一年になるといいねハム太郎

2016-12-04

気が付けば、なんとなく人恋しい夜に連絡できる知人がいなくなっていた

普段一人では、ほとんどお酒は飲まないんだけど、今日はなんとなく思いたって、スーパー発泡酒を買って帰った。

飲み会ではそれなりに飲んだりするけど、一人暮らしのこの部屋で誰も相手無くお酒を飲むのは、一年ぶり位だと思う。

350mlを2本開けてほろ酔い気分になった今、ちょっと人恋しくなったりして、誰かと話したいなという気持ちになっている。

それで、こういうときになんとなく誰かに連絡をしてみようかなと思ったのだけど、そういう相手に思いを巡らしてみた結果、

誰一人として連絡する相手が思いつかなかった。


アドレス帳を一通り見ながら、「一人で飲んでたら人恋してく連絡してみたよー」って、気兼ねなく言える人が一人もいなかった。


そういう事実に気付いてすぐ、ああ、これはやばいなと思った。そういう相手がいないこと自体やばいし、それに気づいていない

自分人生の進捗状況とそれに対する意識も相当やばい

これ、いつからだろうと思って、記憶をたどったら、たぶん5年前くらいからだなと思い当たった。

それは単純に年齢的な事情で、それまでそういう時に連絡していた知人は今ではもうみんな結婚していたのだ。

同性でも異性でも、既婚者が、日曜日の夜11時に、独身酔っ払い話に好意的に付き合うことはないだろう。

その昔、みんながみんな独身だったころは、日曜の夜だって、誰かしらは暇だったし、何なら向こうから連絡があったりもしたよなと思った。

今、私のもとに誰からそうした連絡がくるだろう。飲み会の誘いはある。食事の誘いもある。仕事私生活のあれやこれやについて、相談を受けることも時にはある。

だけど、一人で過ごす夜に、ただなんとなく人恋しいなと思った誰かから連絡が来ることは、今はもうなくなった。


私だけが、その場所にいる。今でも。


そういう事実に気付いて、唖然とした。

そんな日曜日の夜です。

http://anond.hatelabo.jp/20161204113342

USBメモリって一年放置してると、中身がどうなってるか分からないイメージ

公立学校教員について考えること

効率学校先生になって数年経ったので思ったことを思うつくままに書く。少し悪意がある。

私自身は他業種を経験してきた中途臨時任用講師である雇い止め構造のために正規雇用に比べれば、ボーナスなどで手取りが劣るが、

最近正規採用されることに魅力を感じなくなって来ている。



学校先生別に知的エリートではない。

殆ど教員大学卒だというのが信じられないくらい、科学リテラシーというものがない。

採用選考基準知的に優れているというのを考慮してないのだろう。そりゃEM江戸しぐさ蔓延するだろうし、かけ算の順序を自分で考えられない人間多数派になってしまうだろう。

子供のあしらいは上手い。だが、お勉強の教え方が上手いかどうかは、個人資質によっているようだ。体育会系の奴は本当にバカだ。

ただ、小中学生は体力と学力はそこそこ相関するので、体力を伸ばすアプローチ有効なのだと思う。向いてない人を辞めさせる構造がないのが問題なのだと思う。



学校先生は美しい日本語というのに興味がない。

会議で一人の人間が五分話したら、10回は「させていただく」を使う。「します」でいいだろ。五人が喋れば50回聞く。

電話の応対もガチャガチャである。ただし、地域によっては身内の教員に「先生」と付けなければ保護者が図に乗ってしまうので、身内に敬称を付けざるを得ないという構造もあるようだ。それでも醜い表現だと思うが。



学校先生時間がない。

忙しい上に残業という概念がある世界経験したことがないので、ほとんどの仕事気合いでやっている。効率化の仕方をしらない。

ほとんどの人が大学卒業したあと、先輩の仕事ぶりをあまり間近で見ないままにOJTで仕事を覚えていく。

その為、仮に大学で覚えそびれたとしても、先輩や同僚から学んで、或いは仕事をサボってブラウジングしてる間に身につけるようなPCの使い方を身につけていない。

コピーペーストを知っているのはましな方で、ショートカットキー、気の利いた検索方法を知らない。コマンドバッチを書いてデータバックアップを取ったりしない。

忙しさのせいで、自分磨き時間を作れていない。他業種の人と交流する時間を取れていない。同業種の人とくっつく奴ばっかりだ。バカなのだと思う。

残業をもらうということを若いうちに経験しそこなったために、自分の1時間価値というもの考慮していない。

そこそこ偉いということになってる管理職人間教育委員会プリントアウトでよこした元がHTMLベースであろう資料に書いてある数値をエクセル入力して、

円グラフを作っていたりする。ものは、全国学力テスト結果の細目だったようだ。どうだ泣けてこないか校長という人種もっと酷い。

あなたはこんな人々に導かれている大人集団にまかせて、子供がITを使いこなすビジョンを持てるか。

時間がないといえば、地域格差もあるのだろうが、平気で給食費を踏み倒そうとするPも居て、余分に手紙を書いて渡して、

電話を掛けて無視され、家庭訪問をして無視されるという対応をしている例などもある。子ども手当減らして国庫から給食費を出せばいいのに。



学校先生別に大して人間的魅力があるわけではない。

子供といえば、あらゆる書類子供と書いた表現を「子ども」と頑なに直してくる。バカなのだと思う。

文科省が省内の書類表記統一する通達を出したことも知らないのだろう。矢玉四郎サイトも知らないのだろうし、本を読まないか矢玉四郎も知らないのだろう。

そうだ。本を読む人間は少数だ。ほとんどはバカなのだ

殆ど人間一社経験しかしていないので世間知らずである

ほとんど唯一と言って良い、よそでできる経験というのが、教育委員会への出向である

こちらは、地方行政機関なのだから残業代という概念経験しても良さそうなものだが、現役教員との格差を産まないためか、こちらも二級市民的に

慢性的サービス残業を行っている。採用試験に落ちた人間来年度の講師やらないかという連絡を日曜日に掛けて来たりする。

お前が落としておいてその言い草はなんだ? 来年の働き手が足りないということが今わかっているなら、採用枠を広げればいいのじゃないかバカ死ね

そういう非効率的な働き方を経験してきた人間現場に戻ってきたら管理職様なのらしい。バカバカ言ってきたが、気の毒である

教頭という立場の人々の働き方は非人間的である。おそらく90%以上の教頭という立場人間過労死ラインの向こう側で仕事をしている。

労働組合地方格差があるようだが、有名無実化しているようだ。

仕事に追われた、余暇の使いみちをしらない人間的魅力に乏しい人を生み出す構造しかない。



学校先生はわりとちょくちょく心を病む。

自分自由になる時間を作らずに、非効率的仕事と向き合って会社の外に付き合いを広げていかないのであれば、調子を悪くするのも当然だ。

気の毒だがバカなのだと思う。



学校先生別にイノベーティブではない。

悪い意味保守的である冒険心がない。気の毒に50代になっても自分がなにかを変えたという体験をしてこなかったのだろう。

学校先生研究をしているということになっているがその準備に大わらわになる一方でその研究とやらを積み重ねている様子が感じられない。

刹那的というか、近視眼的というか、一年こっきりの思いつきを繰り返しているように見えてしかたがない。

その研究とやらの成果が仕事教育)に活かしにくい構造もあるのだと思うが、こんだけ毎年研究を繰り返しているのならば、教育技法というのが、どんどん洗練化されても良さそうなものだが、十年一日な進歩しかしてないように見受けられる。

都道府県別の学力格差というのがあるのなら、愚直に先進的な地方のやり方を丸パクリしてみればいいのだ。



学校先生は社内/省内キャリアアップというビジョンを持たない。

しかしたら、正社員であらせられる人々の中ではあるのかもしれないが、自分過去の実績と現職ポストを振り返って、ゆくゆくのビジョンというのを持ってない。

少数の士官以外が全員現場一兵卒という構造もあるのだろうが、自分の将来展望についての話をしない。そもそも、同僚ととりとめのない話をする時間をそれほど持たないようなのだが……。そして、人事の内示がでるのが遅い。



女性発言力はそこそこある。

ここは評価していいところだと思うが、地方格差もあるのか管理職の登用というところでは、グッと下がるようだ。

管理職になれば今まで以上に奴隷のようにこき使われるのだ。旨味を感じられなくてもしかたがないのだと思う。

これは言っておきたいが、子供の美醜について口にするのは圧倒的に女性教員だ。イケメンという言葉カジュアルで使いやすいというのも

あるだろうが、これが男性教員子供の顔貌についてあれほど口にだしてたらと思うとゾッとすると思うのだが、どうだろうか。



◯親はもっとバカ

もちろん、全ての親がということはないが、公教育の失敗例というのをまざまざと目撃してしまう。

そこそこ都会でさえこの程度なのだから地方については考えたくもない。



お前はどうなんだと言われると思うがそこそこのクズだよ。

2016-12-02

日本死ねって部分だけフォーカスされて保育園問題解決しないまま年を超えるあたり

日本問題解決能力の無さが浮き彫りになった一年でございました

http://b.hatena.ne.jp/entry/shiba710.hateblo.jp/entry/2016/12/01/144225

んー

まあ感想文としては上出来なんじゃないだろうか

客観性の強い分析と比べて、こういう「あるレンズ(この場合右手主人公説)を使ってこういう風に見立ててみました」という趣向はどうしてもこじつけ感を感じるのであまり評価をする気になれないんだが



今年は『君の名は。』を筆頭に、映画音楽の新しい関係を感じさせる良作が相次いだ一年だった。従来の主題歌タイアップよりも深く踏み込み監督アーティストががっつりとタッグを組んで制作した作品が結果を残している。

新しい関係と言われても正直ありふれた普通の、いやむしろ当たり前と言ってもいい製作法としか思えないが、もしかすると映画では本当に珍しいんだろうか

それはお気の毒に




コトリンゴ:「主題歌」という役割分担が難しくて。“悲しくてやりきれない”もあるし、どちらを主題歌にするのか最近まで決まらなかったんですけど、結局映画用に新しく録り直した“悲しくてやりきれない”はオープニングテーマで、主題歌は“みぎてのうた”ということで落ち着きました。

へーーー

主題歌」と「オープニングテーマ」って、違うんだー

挿入歌」と「オープニング・エンディングテーマ」の違いならわかるけどー

あるいは「主題歌」が文字通り作品の内容を反映させているというのならわかるけど、その場合、別の曲と役割分担で悩むということ自体おかしいですよねー

主題を反映させている時点で主題歌なんだから

違いをちゃんと説明できるんですかねー?

なんとなくのフィーリングですかー?

悪い意味で、文系

中身の伴わないレッテルに振り回されるなんてはっきり言って馬鹿だとしか思えないけど、そんなので騙される連中も一定数いるだろうから全くの無意味ではないんだろうねー



意味の無いレッテルというのは「主人公」にも同じことが言える

作中で明言されていない役割なんてどうでもいいわ



そうやって読み取るのが、作品の正しい受け取り方だと思う。

くだらない

誰の言葉かは忘れたが「作品解釈に明らかな誤読はあっても正解は無い」

正しい受け取り方が存在するというのがどうしようもない勘違い

そんな勘違いをしているか

だけど、主人公を「右手」と捉えると、その印象が逆転する。

別に逆転していないもの勝手に逆転したかのような錯覚を覚えることになる

自分は予断をもって作品を鑑賞していましたアピールしかなってないんだよ



全体的にはまあ良いとしても以上の点は気になった

2016-12-01

週間文春「ユニクロ潜入一年」を読んで

今週の文春。

連載なので、具体的に某ファストファッション企業の売り場から見える実態と闇の深さの考察は次号を読まねばならず、

今週は導入部分といったところか。

しかし、今回触れられていたバーゲンと呼ばれる催事間中販売員店舗業務従事する労働者過酷労働環境プレッシャーは、

いくら初めから納得の上で課せられた「仕事」とはいえ、読んでいて本当に胸が痛くなる。

自分にも身に覚えがあるからだ。

自分10年間、某大手アパレル店長をしていた。

アパレル流通においてSPAの中で店舗対面販売部門は、その売り上げを通信販売・無店舗型のインターネット取引に取って代わられつつある。

販売員を長時間拘束し、人件費家賃含め諸経費がかかりすぎる店舗経営というのは、これから縮小の一途をたどるのは明白だ。

売り場は、今、時代に即したやり方でもっとスピーディー情報伝達体系を模索して変化しなければ生き残れない。

しかし、記事を読む限り、そして同業他社の様々な人たちから聞く限り、

いまだに売り場というのは原始的かつ高圧的なトップダウン形態支配されている。

ブランド名商品力だけでは響かぬ、移り気で流動的なお客様が購入に至る過程において、

接客販売」というのは、

商品の力だけでは補えぬ「知識」「信頼」「安心」を生み、ブランドファンを増やすという点において、非常に重要仕事だ。

広告ネームバリュー商品力だけでは補えない、人と商品との「出会い」と「絆」は、

しろ今こそ実店舗経営は他社との明確な差別化を訴求するための、強力な武器になりうると思う。

売り場は、そこに行った者にしか味わえぬ強烈な「体験」がある。

販売員お客様個性に合わせて演出し、魔法をかけ、喜びと優越感を体感してもらう。

だが、その売り場に今となっては「数字」「雑用」「クレーム処理」ばかりが、しわ寄せのように押し寄せる。

働いている人々のポジション賃金も、本社に属する者より低く安い。

過去には現場重視の会社も多々あったが、この不況でグッと数が減った。

年齢が上がり売り場に立てなくなった古参販売員の他業種への流出も、具体的な受け皿がないままダダ漏れ状態

数字キッチリ取れるほどの販売力、心地よいサービス提供する接客力というのは、数ヶ月〜1年ではなかなか身につかない。

しか販売離職率は上がり、キャリアの浅いバイト派遣ばかりで、接客スキルの質の著しい低下も、最近はとても目に付く。

「売り場重視」「働きやす環境」を謳う何社かも、比較すれば他の業界に比べ圧倒的に賃金福利厚生共に水準には全く届かない。

今回のこの連載が、業界においての接客に携わる人たちの労働待遇改善地位向上の動きにつながりますように…と、

応援意味も込めて文春を購入した次第。

一浪受験に失敗した人の末路は学歴ロンダだった

大学受験で以前こんな感じの記事を書いた。一応、その続きです。

一浪受験に失敗した人の末路は
http://anond.hatelabo.jp/20130311000638

結論から言うと来年から東大大学院に行くことになった。
表題結構煽ってる感じするけど、書きたいのは「学歴コンプは院ロンダで発散しよう!」みたいなやつじゃない。
まあそういうの書いた方が反響がありそうだが。


んで、じゃあここでなに書くつもりなんだよwって話だけど、院ロンダの話より前の記事の続きで、ただ切り替えが大事って話。

上の記事の後、失意のうちに大学に入ってずっと引きずって、仕方なく入ったサークルにも顔を出さず。無為に過ごしていた。
そうして一年終わる頃、友達に誘われてちょっと企業説明会に行った。そこで聞いた話は覚えていないが、様々な仕事はやけに面白そうに感じた。
そしてその時に「ああ、この先の人生って今よりずっと長くて、ずっとやっていかなくちゃいけないんだなあ。」と理解した。

サークルに出て部長をやったり、バイトを始めたり、気になったことを自分勉強したり、そこから大学生らしい大学生をし始めたと思う。
くだらないがやはりそこから様々な学びを得た、これは前を向いたからこそ得られたものだ。
理系にしては珍しく就活もし、より環境の良い外部の院を受けるというのも、この先自分がどうあるべきかを考え続ける積極的姿勢が作られたからだろう。
学歴コンプはそのうちに消えていた。奇しくも東大大学院入学することにはなったが。


失敗をしない人間など正規分布の2σより上の層みたいに思っておけば良い。
多くの人間は失敗する。
失敗したときに次に行動をできるか、失敗の中から成功を見出せるのか、これが僕が体験したこと。愚者経験に学ぶは正しい、こんなの早くに気づけばよかった。




P.S.
ロンダしたい人、まあ勉強頑張って下さい。僕は過去問3年分解いただけでそんなしてないです。
ロンダは認めねえ!って人、認めなくてもいいです。東大の良い研究環境を僕が寄生虫としてしゃぶりつくすだけなので。
仮面浪人二浪を考えている人、失敗したらしたですぐに次を考えるだけのことです。ひょっこり院で東大入れるかもしれません。
くだらない記事書きやがって!って人、僕もくだらないと思っています
ただ注意して欲しいのは失敗を肯定しているわけじゃない。京大は今でも入りたい。
ただ、失敗を引きずって無為に過ごしてはダメだった。再受験だろうがなんだろうが、次に目線を合わせなきゃいけない。時間は過ぎるのだから

2016-11-30

僕と彼女セックスレスです

僕と彼女は付き合いはじめてもうすぐ3年になります

しかしこの一年まったくセックスをしていません。

キスはしてくれますが舌を使うのはダメです。

最初普通に出来ていましたが、ある日から断られるようになりました。

彼女には元々潔癖症なところがありましたが本人に理由を訊くと、性的なことが気持ち悪く感じるから、ということでした

きっかけは電車痴漢に遭ったことのようで、彼女自身スキンシップは取りたいが気持ち悪くてできないと言われました。

一度、「セックスしたいなー」と独り言を言ったことがあります

すると彼女風呂上がりに泣きながら裸で出てきました。流石に泣いて嫌がってる子とは出来ないのでその日は落ち着かせて寝ました。

それから僕たちは遠距離恋愛することになって、連絡は毎日取っていますがしっかりとした話し合いの場は持てていません。

会うときは「滅多に会えないのに難しい話し合いで時間を使いたくない」という気持ちや「もしも話し合いがうまくいかなかったら次に会うまで気まずいままだし下手するとフェードアウトしてしまうかも」という不安もありお互いその話題には触れずに遊ぶだけです。

それに僕は彼女しか経験がないため、いざ二人で問題に向き合ったときに余計なことを言ったりうまく出来ずにこじらせてしまうかもと思います

僕たちはどうすればいいんでしょうか

2016-11-28

保活は死活~居宅内で働く個人事業主の訴え~

自営業フリーランスなど、個人事業主で居宅内労働者の認可保育園入園指標が低い理由は?

それは、自治体保育課の職員無知からにつきる。居宅内労働者育児仕事が両立できるという、空想論を信じている事が一番大きな原因だろう。

私は居宅内で仕事をする個人事業主である

上に3歳と、下に0歳の子供がいる。

子供出産し、産休後すぐ仕事を再開した。生後2ヶ月未満の赤ちゃんを預けられる保育園は限られており、空きもなかった。

個人事業主には『育児休業制度』がない。そういう法律が作られていないのだ。もし、産後仕事を休むとすると、それは『育児休暇』となる。

育児休業と育児休暇の違いは何か?

育児休業』は、労働基準法により定められている被雇用者のみが利用可能制度だ。出産し、育児の為に仕事を休む事ができる有難い制度育児給付金まで貰える。だいたいの雇用者は約一年近く育児休暇を取得して保育園入園を果たし復職する。

一方、『育児休暇』とは。

自営業フリーランスなどの個人事業主が『勝手育児のため仕事を休んでいる状態』を意味する。制度ではない。休んでいる間の収入は0。そもそも個人事業主に、育児の為の法律存在しない。

まり産後不自由なく育児に集中できる被雇用者に対し、個人事業主は、産後すぐ業務を開始せざるをえないのだが、なぜか保育園入園指標が高く設定されているのは、産休育児休暇も満足に取れ、なおかつ手当まで出る、いたれりつくせりの被雇用者のみなのだ


おかしい。

居宅内労働個人事業主は、これほどまで差別扱いを受けなければならないのか。

なぜか?

その裏には、自治体ならではの理由があると考えられる。

それは、法律に守られている方を優先しないと、『法的トラブルに巻き込まれた時が面倒だから』ではないだろうか。

なので、法律自体存在しない個人事業主の子供を保育園入園から蹴落とす事など、自治体にとっては痛くも痒くもない。待機児童の多い地域なら、なおさら個人事業主の子供を優先する気など最初からないのだ。

個人事業主や、居宅内労働をする者の指標の低さを自治体(市・区役所)の窓口や、電話質問してみると、職員は口を揃えて言う。「そういう決まりから」と。それで終わり。

窓口に来る保護者平等になんて見ていない。

ちなみに、私も役所職員から言われた言葉は、「家で仕事してるなら子供見ながらできるでしょ。自由きくんだし。」だ。噂だと思っていたら、本当に言われた。

何度でも言うが、自由がきくなら最初から保育園に申し込まない。自由がきかないから、同時に保育と仕事が成り立たないか子供を預けたいのだ。

また、職員は「一時保育を利用したら?」と軽々しく言う。職員達は、自分達の管轄する地域の認可・認証無認可保育施設の一時保育枠に空きがめったに存在しない事、0歳は受け入れていない事を全く把握していない上に、保育施設に対する知識が無さすぎなのだ。この現状を私が説明すると「え?そうなんですかー?」と他人事の返事。

そして、いか個人事業主自由がきかない立場なのか、全く理解されない。

仕事内容には、外部との打合せもある。クライアントオフィスに出向く事も多々ある。そこに、子連れで行けということか?

ぐずる子供を抱き抱えながら仕事しろというのか?

書類は破かれ、パソコンキーボードは滅茶苦茶に叩かれ、筆記用具を口に突っ込まれ…その度に離席して、仕事電話子供の泣き声でかき消され、魔が差して我が子をぶん殴りたくなる気持ちが抑えれなくなる。しかし、居宅内労働者実態を知ろうともしない行政の連中は、「仕事しながら子供を見れないのは、要領が悪いだけだ。」としか考えていないのだ。

例えば、こんな話。

0歳児と3歳児を抱えながら働く女性が二人いるとする。

一人は、会社員育児休暇中。上の子保育園児。祖父母が近くに在住。上の子のお迎えは、祖父母がしてくれる。夫はだいたい早く帰宅するので子供の面倒を見てくれる。時間に余裕があり、温かい料理を作って家族全員で笑いながらの食事。夫が子供風呂に入れてくれ、自分は後から一人でゆっくり入浴。子供は21時には就寝。女性自分時間を満喫し、23時には就寝。

アベノミクス理想としている家庭像であり、女性像だ。

もう一人は、居宅内労働個人事業主。こちらも上の子保育園児。身内は全て遠方の県外に在住。夫は激務で家に帰ってこない日がほとんどだ。仕事をしながら、子供の世話も家事も全て一人でこなさなければいけない。今日仕事3分の1も進んでいない。日中0歳の子供はずっと昼寝をせず、一人遊びも5分が限度。母乳ばかりを欲してはぐずり、何度も仕事する手を止める。子供仕事道具に手を伸ばしてくる為、スムーズ業務が進まない。ほとんどが育児時間を割かれる。じっくり子供と遊ぶ時間も余裕もない。御飯を作る時間もない。今日自分と上の子コンビニ飯。下の子毎日パウチ離乳食。お風呂に入れる時間なんなてない。もう何日コンビニ飯だろう。お風呂最後に入れたのいつだっけ。23時、子供を寝かしつけるにも寝ない。もう2時間は過ぎた。イライラして怒鳴りつける。上の子の頭を叩き、下の子に無理矢理添い乳をして必死に寝かせる。もう頭が回らない。ようやく二人共眠った。仕事の続きをしようと布団から出ると、0歳の子供が泣き出した。あぁ、また仕事が進まない。また寝かしつけをしなければ。時間けが過ぎていく。納期が間に合わない。今夜も自分はまともに眠れない。大きな仕事をしたくても、こんな環境じゃ受注できない。また吐きそうだ。毎日吐いてる。死にたい死にたい

認可保育園、なんで一時保育が1歳からしか受け付けてないんだよ。認証保育園、なんで当日に通常保育の園児が欠席した時しか預かってくれないんだよ。ベビーシッター、高額すぎて払えば生活ができない。消費者金融に手を出せってことか?ファミリーサポートサポート会員が少なすぎて助けて欲しい日時が合わない。生きてるのが辛い。

理想だらけのアベノミクスの裏にある、暗くて黒い家庭と、独りきりで追い詰められる女性の現状だ。政府が知らない、ある家庭の実態

さて、問題入園の優先度が高いのは、上記のどちらの女性の子供か?

正解は、前者の女性の子供。

理由は、この女性が『居宅外被雇用者』で、保育利用基準指標が高いから。

『居宅内個人事業主である後者は、どんなに産休後すぐに仕事を頑張っても、どんなに身を粉にしても、家庭環境地獄のように荒んでいても、精神崩壊ギリギリライン子育てをしていても、保育園入園優先順位にそんな事情は一切関係ない。保育園利用基準を低く設定されているが為に、申込児の中から一番優先度が低い扱いになる。全ては、指標の高い順なのだ


生活が、どんなに荒んでいても、母親の姿が見るに耐えられない状態でも、ワンオペマザーでいつ倒れてもおかしくない状態でも、毎日子供コンビニおにぎりしかあげられない状態でも、育児放棄に近い状態でも、認可保育園への入園に優先されるのは『居宅外雇用者母親の子供』なのだ。それほど『居宅外被雇用者』の指標は高く、『居宅内労働個人事業主』の指標は低く設定されている。

指標が全て。

個人事業主として働く人間は、自治体偏見で設定されている低い指標から逃れられないのだ。どんなに頑張っても投げつけられるマイナス指標

「今年頑張ったら、来年こそは入園できる!」なんてことはないのだ。待機児童になり、一年死に物狂いで子供を見ながら頑張って仕事をしても、同じく待機児童になって育児休業期間を延長した子が優先されるのだ。なぜなら、いくら仕事を続けた所でも、居宅内で育児をせざるを得ない為にマイナス指標が発生し、結果、総合指標個人事業主は負けるのだ。

理不尽

こんなにも生活に差があるのに、保育の必要性が高いとされるのは、『居宅外雇用者母親の子供』。



それが、待機児童ワースト1の世田谷区式認可保育園入園優先方法なのだ。多分、他の区や他県も優先方法はたいして変わらないだろう。

自営業フリーランス保活ブログや、自営業の方が役所に送った保育園不承諾についての意見等たくさん目を通してきたが、皆口を揃えている。「不平等だ」と。「育児休業中の会社員には勝てない」と。自分は今、預け先がないまま必死で働いているのに。そして区からは、子供の預け先が確保できないのに「自宅で育児してますね。はいマイナス6ね。」と、理不尽マイナス指標を投げつけられるのだ。

では、育児放棄すればいいのか?預け先もない、仕事は進まない。だったら、育児放棄して仕事に集中すれば、保護者が保育をしていない状況だと判断してくれるのか?どこまで自営業を追い詰めるのだ。有料での預け先すら空きがない現状なのに、そこを無視してマイナス点をつけるなんて不公平すぎる。預け先があれば、とうに実行している。ないのだ。探しても探しても、ないのだ。ようやく0歳児の一時保育をしている無認可施設を見つけたが、満員かつ、0歳はこれ以上受け入れないと、どこも揃って言うのだ。

数年前からメディアにも出ている、子連れ可能コワーキングスペースも利用してみた。結果は全く仕事にならなかった。いくら子連れ可能ワークスペースだろうと、子供の世話は自分でしなければならない。結局、居宅外で仕事をするにも、子供が一緒だと逐一仕事邪魔をされて業務にならないのだ。

普通主婦業でも、夕飯作りや掃除最中子供邪魔すると「家事ができない」と嘆く人が多いが、

子供を見ながら仕事をするのも同じなのだ。全く仕事ができないのだ。


私は再び待機児童になれば、廃業せざるをえない。

私に仕事の依頼をくださるクライアント申し訳がないが、働けないのだ。

そして、子供をこれ以上産む気にはなれない。兄弟がいる場合、下の子待機児童になって働けなくなると、上の子保育園に通園していても退園になるからだ。

こんなに不満を抱える個人事業主がたくさんいる。保活に対して不平等経験をした個人事業主達で立ち上がり、納得のいかない保育園選考基準指標のあり方に対しての署名運動や抗議を、区や政府に対して起こす必要は十分にあると思っている。

居宅内労働者の大変さを、もっと知ってほしい。もう、役所政府も、目を背けないでほしい。だから日本女性は輝けないのだ。働く女性、働く母親理解していない奴らで保育や育児に関する政策を作るな!

ちなみに私は、保育園をただ増やすだけのやり方には反対である保育士待遇を良くする事、保育の質を守る事、働く親、働きたい親と、その子供達に平等な保育環境を与えてくれる事を望んでいる。土地関係上、保育園が増やせないなら、代案を。政府的外れ対策は、無駄が多すぎるのでやめてほしい。現場の声を聞け。

来年、再来年に用意してほしいのではない。

今、必要なのだ

今回もまた不承諾通知が届いたとすれば、それは区から「死んで下さい」と言われているのと同じ宣告だ。

人間らしく、生きたい。

私も、子供も。

2016-11-27

東京大学総合図書館書庫をさまよう―中島敦「斗南先生」によせて―

東京大学総合図書館を、平成29年度の一年間閉館する計画が決定されたという。

図書館の開館に合わせ旧図書館改修工事を進めるという段階的な予定が、なぜか、いつのまにか前倒されたらしい。

人々が書き残した文章から過去社会に迫る。そうした人文学を志す私にとって、何よりも思考の源泉となる場所がこの図書館であった。


一年間閉館という自己否定暴挙を取ろうとするのは、畢竟、図書館大学当局内ですら図書館価値が共有されていないからだろう。

議論になるような大きなことを言うのは苦手なので、ここでは私が総合図書館書庫をさまよった話を記したい。



ある日、昼食から総合図書館に戻った私は、三島由紀夫が「灯台のようだ」と表現した階段を4階まで登った。

進まない研究から目を背けようと手に取ったのは、『中島敦全集第一巻(筑摩書房1977年)。

山月記」や「名人伝」といった誰もが知る短編を読むつもりだったが、「斗南先生」という作品が目に入った。



斗南先生とは、中島敦の伯父にあたる無名漢詩中島端のことである

幼少より秀才の誉れ高く、「にもかゝはらず、一生、何らのまとまった仕事もせず、志を得ないで、世を罵り人を罵りながら死んで行つた」。

その遺稿集『斗南存稿』(文求堂書店1932年)を帝大・一高の図書館に寄贈するよう、中島敦は親戚に頼まれる。

気質が似ているとも言われた伯父の晩年の姿を思い出し、躊躇しながらも、遺稿は郵便小包で寄贈することにした、という私記の体をとっている。



一通り読み終えた私は、寄贈されたというその遺稿を確かめに、がたがたのエレベーターで一階に下り書庫に分け入った。

私の歩みに合わせて明りの点く書庫を、請求記号を書きとめた紙をたよりにさまよう。

書庫のなかでもとりわけ人気のない、和装本の並ぶ一角でそれを見つけた。

中島敦が寄贈してから80年余が経つその本は、周りの本とともにわずかに埃っぽく並んでいた。

案に違い、他人が頻繁に開いたような跡も、ましてや書き込みもない。

それと知らねば目立つこともない一冊の本にも、一篇の物語がある。ろくに読めない漢詩に目を通しながら、そんなことを思った。



もし反対運動が実って来年度の閉館が撤回されたとしても、数年もすればあの暗い書庫をさまようことはできなくなる。

本を求めてさまよい、手にとって過去を思うといった行いは、ありふれていながら何と贅沢なものだったのだろうか。

知に触れる日々を、願わくは、私から奪わないで欲しい。

同期が結婚した。

入社して四年目。今年、同期が二組結婚した。

どちらも入社から付き合っている彼女がいて、陽気なアウトドアタイプで、同期で旅行やら遊びやら飲み会やら散々やった。彼女がいても同期の女の子と二人きりで遊んだり飲んだりしてた。特に特定女の子と、あいつら仲いいよな、と、同期の間で言われていた。

案の定遠距離の仲の彼女と別れて、片方は付き合って一年、もう片方は半年結婚した。今年の秋と冬だった。


立場の違いといえばそれまでだけど、私には遠距離の仲の彼氏がいるので、どうにも「遠距離の仲で別れた彼女」の存在が頭に浮かんで素直に祝えない。

いや、おめでたい席ではちゃんと祝うけどさ。心から祝福は出来ない自分がいる。


あと、自分彼氏がその結婚した同期達みたいな男じゃなくてよかった、みたいな見下した気持ちも、正直なところある。

彼氏は毎月会いに来てくれて思いやりを行動で示してくれて、すごく素敵な人で来春結婚する予定。

Firefox一年後のやつ

Scrapbook自分も気になったけど、Scrapbook xとかもあるのでどうにか対応してくれると信じたい

本当は日本人作者の元祖対応してくれると嬉しいのだけど

2016-11-26

アラサー世代2016年収支報告会Advent Calendar

はじめに

当方企業研究所勤めのアラサー世代(夫婦のみの世帯共働き)。周囲に貯金ゼロ勢とマンション買った勢しか可視化されておらず、この世代の平均的な収支と今後のための投資計画が知りたかったので、まず自分が書いてみることにした(収支は私の分のみ掲載)。匿名のほうがblogよりも広まりやす話題だと思ったので。

2016年の収支

2016年の収支は大まかにはプラス100万だった(後述するが、プラスの分はほとんど投資に回される)。傾向としては毎月収支が平均プラス5万程度で推移して、ボーナスなどを含めて最終的にプラス100万という感じ。去年も計算したが、ほぼ同額だった(給料は上がっているはずだが、収支は変わらずで少し悲しい...)。現在貯金額は350万程度。使いまくっているわけでもないが、切り詰めまくっているわけでもない。欲しい服を気の向いたときに買ったり、PSVRを勢いで買ったり、年に2回くらいは旅行に行ったりしている。院卒なので、働き始めて3年くらいしか経過したが、自分収入支出がどれくらいで、一年の終わりには収支がこれくらいになるというのが掴めてきた。ちなみに、学部と院で奨学金を借りていたため、毎月2.8万ほど返済を続けている。返済完了まであと10年くらいかかりそう...。

収支を正確にトラッキングする方法

なお、収支の計算レシートから記入しているととてもやる気が持たないので、moneyforward自分は使っている。ほぼ全ての口座をmoneyforward登録し、毎日コンビニスーパーでの買い物もクレジットを使っているので、レシートから入力する手間はかなりかからなくなっている(ゼロではないが...)。使途不明金も年間3万もいかないので、ほぼ確実に自分の収支に関してはトラッキングできていると思う。こう書くと頑張っているっぽく見えるけど、いかに頑張らないで継続的に収支をトラッキングする仕組みを整えるかを考えていたら、自然とこうなった。

moneyforwardに口座のあれこれを預けるのはどうなのかというのはよく聞かれるが、自分収入支出がいったいいくらかも分かっていない状態で5年も10年も生きているほうがよっぽどリスキーだと思ったので登録している(働き始めた最初の年の自分もそうだった。あれを続けていたらと思うと恐しい...)。閲覧のパスワードと実際の取引パスワードが分かれているところも増えているので、どんどんそういうのが普通になっていって欲しい。

老後に向けての作戦

毎年100万貯金していくと65歳には4000万程度貯まっていると思うが、夫婦で老後をそれほど不自由なく暮らすにはいくら必要かを本を読んで計算してみたところ、7500万程度必要ということが分かった(90歳くらいまで生きるという想定)。年収はそんなに上がることは期待しないほうがよさそうだし、かといって直近の生活も切り詰めたくない...。そんなわけで数年前から確定拠出年金インデックス投資を始めている。1年に100万の投資を3.5%程度で運用できると65歳には7500万を越えていそうなので、3.5%運用を目指す。

確定拠出年金NISA

確定拠出年金は老後まで引き出せないというデメリットもあるが、節税効果(掛金/運用益が非課税)が圧倒的に大きいので、老後への投資を考えるならやっておいて損はないと思っている。私の場合企業確定拠出年金だったので、限度額の5.5万を毎月回している。残りはNISA(こちらも運用益が非課税)に回していて、株式投資信託に回している。個別銘柄を選んでいると日々落ち着いて生活できないので、インデックス投資をしていて、選ぶやつも運用コストが低いものを重視して選んでいる。日々の株価の変動で売買したことはなく、buy and holdでやっている。株式投資信託リスク運用マネーなので、一年価値が最悪1/3くらいになるような自体があっても死なずに生活していけるように、国債も一緒に買うようにして、自分が許容できるリスクを満たしながら、3.5%運用を目指して頑張っている。頑張っているといっても年始NISAの分投資して、後は放置しておくだけだが...。

皆さんの現状報告お待ちしております

日々こんな感じで収支を振り替えったり、投資計画を立てたりしているわけだが、同世代の他の人がどんな感じでやっているかを聞けるとうれしい。

育ってきた環境が違うから

今まで日本人しか付き合ったことがなかったんだが、

一年前に外国人恋人ができた。

日本人と付き合っている時は

「どうして分かってくれないのだろう⋯⋯」

と思い悩むことが多々あったが

今は相手外国人ということもあり

「育ってきた環境が違うから、分かりあえなくて当たり前」

くらいの気持ちでいるため

何かあってもあまりストレスを感じず

逆にその分かりあえなさを楽しみつつ

仲良くやっている。

かつての恋人たちに対しても

このくらい大きな心で接することができれば

もっとうまく付き合えたかもなぁと

少し思う。

東京大学総合図書館の閉鎖について

東京大学総合図書館来年一年間閉鎖になるということらしい。蔵書もほとんど使えなくなるということだ。

しかも、理由が「来年度の予算が突然増えたから」である

東京大学図書館工事は段階を追って進めていくことで、図書館全面的な閉鎖を避ける計画であった。

しかし国から予算来年度突然出ることになったのである。そのような予算来年度中には使わなければならない、というのがお役所仕事だ。

こうして、来年度中にその予算を使ってしまうために、工事の予定を早め全面的な閉鎖ということになったのである

その年の予算はその年のうちに使わなければならないという、慣習、構造が起こした悲劇だろう。

予算が増えて、図書館が閉鎖、なんてまるでディストピアである。いつのまに私たちはこんな国に住んでいたのだろうか…。

せめて図書館の蔵書は全面的に貸し出し可能状態にしてほしい。そうでなければ、東京大学大学と名乗ることすら恥ずかしいことである

大人版「耳をすませば」が始まるかもしれない

耳をすませば」というスタジオジブリ製作劇場アニメをご存知だろうか。

時折金曜ロードショーで放映され、その度に大きいお兄さん達を鬱に追い込んでいる悪名高き作品である

知らない人は、申し訳ないが説明が面倒なのでググってほしい。



映画が公開されたとき1995年で、僕は当時高校1年生だった。

ちょっと恥ずかしいのだが、僕は死ぬほどこの映画にハマった。

あの頃、自分雰囲気天沢聖司に近づけたり、言動ちょっと彼を意識していた。今思うと痛い奴だと思う。

そうして、図書館に通いつめた。それまであまり本を読まなかったのに。

最初ポーズだったけれど、本は読んでみると面白くて、すっかり読書家になった。

今は、少し本に関わる仕事をしている。人生というのは不思議ものだ。



僕は引越しが好きだ。そして、引越し先の近くに図書館があるというのが譲れない条件のひとつになっている。

一年ほど前に今の家に越してきて、休日仕事の後に近所の図書館に通い始めた。都会の図書館というのはかなり遅くまで開いているのだ。



そのうち、ある女の人にいつも遭遇することに気が付いた。二週間に一回ほどの頻度で彼女の姿を見た。

館内を長時間うろうろして本を選び、いつもどっさり借りていく。

彼女の年齢はよくわからなかった。二十歳~三十歳の間のどれでもおかしくはない。

長い髪をひとつにくくって、素朴な感じで化粧っ気のない人だ。

でも、いつも分厚い本を抱えてちょっと嬉しそうにしていて、何だかシンパシーを覚えた。



知り合いというわけじゃないし、そもそも彼女は僕を認識しているとは思えないから、当然挨拶なんかしない。

が、図書館に行く準備をしているとき何だかそわそわするようになってきた。

でも、僕は声をかけることができないでいた。



ところで、僕は図書館が好きだが書店も好きなので、よく行く。

目利きの店員がいるこじんまりとした書店も好きだが、やっぱり全国区レベルのでかい書店が便利で好きだ。

僕の一番好きな本屋は近くにないのでそんなに頻繁には行かないが、ときどき訪れていた。

ちょっと前、久々にその本屋に行ったら、なんと、例の女の人を見かけた。文芸書コーナーで。

彼女もこの本屋によく来るのだろうか?

きっと彼女はあの図書館からそう遠くない場所に住んでいるだろうから、もしかしたら僕と行動パターンが似ているのかもしれない。

そう思って、ますます親近感を覚えた。

だけど、やっぱり僕は声をかけることができなかった。



だってストーカーみたいじゃないか

だいたい何て話しかければ良いんだ。

気持ち悪く思われるだけならいいかもしれないが、僕のせいで彼女図書館本屋に行きづらくなったら可哀相だ。



僕は「大人版・耳をすませば」を始めたくてしょうがない。

でも、ここは昔の学校図書室ではないので、貸し出しカードのような魔法アイテムはない。

どうやって物語を始めたらいいのだろう?

2016-11-24

女装世界

http://anond.hatelabo.jp/20161123235437

ゲイ世界はあまり詳しく無いが、自分女装世界は詳しい。

意外とゲイ女装って別のコミュニティで、女装一見すると普通で地味な人が多い。

深く話すまでは、趣味女装していて、実は良識人で知的なんですよというフリをする。

女装する人たちの欲望は内向きなもので、ナルシスト人間が非常に多い。

自分の美しさを証明する、自分の優位性を確保する、そんな目的女装している人間が多いと思う。

社会では不当に自分は扱われていて、自分はちやほやされるべき存在

そういう想いを実現させる手段として女装をする。

時には、女性への恨みが深く、恋愛市場で不遇な扱いをしてきた彼女らよりも、女性的な魅力を持っていると確信することでその復讐を果たそうとしている人間もいる。

自分より綺麗な女じゃないと付き合えない、なんてセリフは掃いて捨てるほど聴いた。

 

ゲイ経験人数が多いのが特徴とあるが、女装援助交際割合が非常に多い。

どんなにおとなしそうでも、どんなに女装が似合っていなくても、パパのような人がついており、

服を買ってもらったり、コスメを買ってもらったり、女装ハプニングバーイベントに連れてってもらっていたりする。

趣味で始めたと公言していた子持ちの中年も、半年後にはSNSで「アナルマゾ奴隷です。男のご主人様を募集しています」だなんて書き込んだりしている。

子持ちだろうが既婚だろうが関係無い。猫をかぶっていても、最初ノンケだって言っていても一年以内には男性経験豊富になる。

 

若い年代に限れば、その世界は完全にルッキズム支配されており、容姿女性であるかどうかがヒエラルキーを決める。

特定地位までいけない者は女装世界に敗れ公の場を引退をし、個人間のやり取りで別のパパを探し続ける。

ある程度以上の者のうち何割かは、認めてくれている世界自分こそが真実自分だとおもうようになり、性転換まで行き女性世界一般人に逆戻りする。

中途半端な者はその世界にとどまり続け、経験が長い分女装評論家を気取るようになる。

ルッキズムが染み込んでいるので、時には、性同一性障害である人々を見下し、矮小な者として扱うようになる。

 

時々、本当の性同一性障害のコがその世界に迷い込むが、繰り広げられている惨憺たる光景を目にすると、すぐにその場から逃げていく。

ルックスという戦闘力マウンティングを繰り広げるその世界は、さながら男性的な世界とも言える。

 

一時期、女装ブームだなんて言われていた時期もあったが、その実情を目にした時、嫌悪感を抱く人間が続出することは想像に難く無い。

表面では仲良くしていても、コミュニティの裏側やネット掲示板などでは醜い貶しあいを続けている。

知り合うことで損をする人がたくさんいる。

一見すると特異で面白そうな人間に思えても、本当に関わらないほうがいいだろう。

表でどんだけ笑いながら趣味ノンケだと言っていても、裏でやることはやっているのだから

2016-11-23

若者はなぜ我慢が足りないのか?

たぶん若者(ざっくり言うとバブル景気終焉後の世代から)は、

死だったり絶望だったりを意識してしまってるからじゃないかなー。

もう無意識的に悲観的な見方がしみついちゃってる世代なんだと思った。

から仕事も3年未満で辞めちゃう

それどころか3年も我慢してる場合じゃない、その間に事態もっと悪くなる可能性を想像ちゃうから

         新卒入社後、たった一年間で転職予定のとあるゆとり世代より。

なぜみんないつの間にか伴侶あるいは恋人あるいはセフレができるのだろうか。

おかしい。

私の知らない所で何か特別儀式でも執り行われていて、そこでお互いの相手に求めるニーズさらけ出し、出会い、逢瀬を重ねてそんな関係を築いているのだろうか。

これが二十数年くらい前の話ならまだ分かる。お見合いという出会いのチャンスがあって、客観的に見て結婚が無理そうな父も母と出会った。世間バブルお金がたくさん出回っていて、一つダメでも次で取り返すような、そういう空気も生まれやすかったのかもしれない。

しか現代でも大学生にもなれば「恋人がいる・いた」が普通経験済みも学年が上がるにつれ普通になっていく。キャンパス内でも多くの若いカップルを見かける。

私は年齢=彼氏いない歴喪女オタクのため、関わる人もそういう人の割合が高めだが、オタクでも恋人がいる人は一定数いる。

なぜだろう。そういう人々に出会いきっかけを聞くと

一年の頃の外国語クラスが一緒で、みんなでよく懇親会をしてた」「オタクサークルで一緒で、みんなでよく遊んだ」と言う。

とにかくよく会ったり話したりする機会が多いのはわかった。

しかしそこからどうやって恋人にまでなってるのか、知りたいのはそこだ。

単純に私の対人スキルと表情の固さがよくないのかもしれないが、私は「そういう(恋愛へ発展しそうな)雰囲気」を体験したことがない。そのためそんな雰囲気は今の若い人同士に実在するのか?と思う。

そして出会ってせいぜい数年で、全くの他人に体も心も預けられるようになるまで親密になったりするものなのだろうか。

以上のような疑問がずっと頭の隅にあった。

私は一生こんな感じだろうから、どこかの誰かと恋仲になったり、ましてや結婚なんてあり得ないだろうと思っている。

本音では絶対嫌だとも思う。結婚なんてよくわからない契約をするのは怖いし、他人同棲なんて出来る気がしていない。

でもたまに、私は一生独り身で寂しく歳をとってしまうのだなあと思うと悲しくなる。

ただ血が出てあらゆる場所が痛いだけで、将来何の意味もなさないのに生理がくると辛くなる。

性欲も絞り出せばあるので、いわゆる愛のある交わりをしたいと衝動的に思ってしまう。

喪女オタクが何を戯言を、もともと自分二次元を選んだのだろうと言われるかもしれないが、実際そうなのだから仕方ない。

あと二次元を選んだのだのは確かだが、それは高校生の頃に既に後戻りできないほどオタクで人と関わるのが怖かったからで、今更後悔はしていないがあの頃もう少し頑張ればこんな(少し前の価値観を持つ)社会から見て絶望的な未来も避けられたのかもしれないとは思う。

結局、結婚しようが恋人セフレがいようが時折寂しくなるのはあまり変わらないと思う。むしろ不安要素が増えることで寂しさが増幅されるかもしれない。

だけどやっぱり一時的でも誰かと強く結ばれている確証が欲しいのだ。

ということで世のカップルはどうやって出会い、話し、関係を築いているのか知りたい次第。