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はてなキーワード: 目線とは

2017-02-24

いい加減男性から性的搾取が酷い

三次元二次元もどちらも酷い。

アニメ放送されればポルノイラストが秒で投稿され、一方的に消費されていく。

Twitterの男達は何も考えず、シコっただの抜いただの年中脳味噌男性器に支配されている。

彼らがみる女性基準可愛いか、エロいか、抜けるか。

そんな単純で気色悪い基準女性は晒され続け、疲弊していく。そんな目線で私を見ないでくれ。

女性男性おもちゃではない。

Twitterポルノコンテンツが流れてくると吐き気がする。そういった状態に非を唱える人間が少ないのも女性が抑圧されている証左だ。

男は女性の肉体にしか興味がないという事実絶望する。

全身に虫が這い上がるような嫌悪感に犯される。

頼む、死んでくれ。

http://anond.hatelabo.jp/20170224115110

はてなユーザはみんな正社員もしくは経営者から、みんなその目線で語ってるけどな

http://anond.hatelabo.jp/20170224111154

そういうのはお決まり

同性愛から目線が怖い…」→「同性愛者にも選ぶ権利はあるんですよ(キリッ)」

の脳無し猿でもできる簡単テンプレが色々説明しながらじゃないと使えなくなっちゃうので……

2017-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20170222001148

いや、そもそも自分増田にいる人間だというのはここに書いてる以上大前提だし、その点は元増田と同じようなウィークポイントのある人間から

普通に羨ましいけど。

博士号取得者なんてほとんどその時点で一部以外は負け組みたいなものという風潮あるじゃん

そういうハードルを、高学歴なのに背負わせれて、それでも勝ち組になれたってのは自分のような底辺目線だと普通に羨むべき凄さだよ。

2017-02-20

何か最近お気に入りがつまらないので意を決して相当手を入れた

in・outで総勢4、50くらいはやったか

前々から、こいつ最初面白いと思ってたんだけどよくよく見てると大したこと言ってないよなあ、

というのがすでにいくつかあり、

更には最近なんだか変節したのか妙に偏ってきたよなあ、

というのもいくつかあったのだが、

今まで面倒だったので放置していたのだ。

これを今回一気に断舎離した。

一方inの方はかなり簡単に決めた。

面白いブコメのやつでその前後のも含めてまあ良さそうと思ったのを片っ端から入れた。

outに比べてinが相当おざなりではあったのだが、

まあ今後こまめに面白くないと思ったやつをoutにすれば良いだけの話だ。




それから、心の底から好きなidが1つある。

人間関係の心の機微のようなものに好んでブクマをする人で、

自分の弱さを自覚しながらも健気に頑張って生きていこうとしている人で、

ブクマするのも優しい目線からのものが多く、とても好きだ。



私はその人とフレンドであることがとてもうれしいし、

こういう感じの人とのフレンドがもっと欲しい。

それから今日、その人からスターをもらえて、何より嬉しかった。

明日からの一週間、また頑張って生きていけそうだ。

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170216211630

まったく同意です

特にリスクを取りたがらない世相という指摘には首の上下高速運動でもげそうになるくらいです

育児休暇なんかも典型的なんだけれど、じゃあその穴埋めをどうすればいいんだよ?という話です

サラリーマン側のはてなの人々は自分たちこそは経営者という権力者にこき使われている弱者だという自己イメージを持っているようですが、

その自己イメージを利用して巧妙にリスクから逃れようとしているのではないかとすら思えてしまます

彼らが逃れたリスクは一体誰にお鉢が回っているのだい?という

結局、一番立場の弱い人間リスクしわ寄せにさせているだけじゃないか?という

彼らは自分たちが一番弱いと傲慢にも思っているから、

彼らより弱い立場の零細起業者が存在していることなんかに絶対に気付こうとしないのです

零細起業者の所得なんて、彼らのような守られたサラリーマンとは比べ物にならないほど薄弱なものですよ




起業家に対して厳しいというより、異常なほど「無関心である」というのが実相ではないか

無関心だから、何もわからないし、理解しようとしないのです

彼らは弱者をこれ見よがしに理解しようとしていますが、

それがウワベだけというのはよくわかることでしょう



今はまだ問題は表面化しないでしょう

ただいつまで経っても労働者側の意識ばかりで、

起業家目線を決して身につけることなく彼らが今後も変わらずい続けた場合

いつか必ず破綻しま



そう、

「ちゃんとお給料を払う人がいなくなるから」です

資本の無い起業家は彼ら労働者によって駆逐されてしまうのですから

給料を払うのは、超大資本しか残されていません

そんな資本家は、そうなったら今の給与水準じゃ考えられないほどのダンピングをするに決まっています

起業家を大切にしない労働者は、

巡り巡って自分の首を糸くずになるほどまでにギューギューに圧縮して締め上げることになるのです

「長期的な利益犠牲」という視点、まさしく慧眼だと思います




しかしながら、トランプ大統領誕生して以後、

労働者権利ばかりを主張する人々はますます増長する勢いのようです

どうやら、・・・起業家の人を大切にするような精神は、中期的にはまず望みようもないでしょうね

これも日本選択なら仕方がないことです



ただ、わずかばかりの望みもあります

はてなにも多少ものの分かる人がいます

id:REVさんなんかは「龍穂の内政の皇帝を」というタグでこういった問題をよく指摘していますので、ご参考になさっていただければと思います

http://b.hatena.ne.jp/REV/%E7%95%99%E4%BF%9D%E3%81%AE%E7%84%A1%E3%81%84%E7%94%9F%E3%81%AE%E8%82%AF%E5%AE%9A%E3%82%92/

初めて生で女の子の裸を見た時の感想

裸ってあっけないんだなって。AVでは勿体ぶってもったいぶって裸になるのに、

現実は数枚ぺっぺ~~~と脱がしたらもう裸。

そして、肌の色味の生々しさ。人間だなってなる。

ここで気付かされる。自分AVで見ていた裸は、

照明によってドレスアップされた、いわばお土産屋のお菓子みたいなもんだったこと。

実際の裸は、艶かしく輝いてはいないし、リアルのもの

そりゃそうだよな~女の子にんげんだもの

自分の裸なんて普通に自分の裸だもんな。

女の子側の目線で見たら、自分の体なんて、

ただの自分の体なんだもんな。なんも特別なことはない。

僕はただただあたりまえのこの事実に気づいてしまったのだった。

■追記

相手素人です。

彼女ではありません。

付き合ってないし、僕は好きじゃないのに失礼な気がして最後まではしていません。

結果的に断る方が失礼だったと後から気づきました。

あそこがびっくりするくらい無臭でした。

肌は決して汚かったわけではありません。むしろキレイな方だと思います

2017-02-15

普通が一番いい

友達には話してないけど案の定ADHDだ。うちの母親父親もその気があるので遺伝率ぶっ高い。前々からwebとかのセルフチェックやると「気になるなら通院」とか言われるし、時間などの約束を守るのがなんかツラいので時々すっぽかすのはよくある。いや、つらいって言うか、単純に感情云々の前にスイッチが入らない。スイッチが入らないか仕事納期とか結構遅れるし、部屋は汚いので時々テレビゴミ屋敷特集やってたらいつか自分がそうなるんじゃないかと思ってゾッとする。他にもいろいろあって毎日憂鬱になる。同じく怒りのスイッチが入っちゃうとキレたら止まらないのも時々ある。母親ちょっとアレなのでこの間、


「もう少し自立してください。」


って何も考えずに言われたので何十年ぶりに大喧嘩したけど、母親はどうして俺が怒ったのか一生理解出来ないと思う。何も考えてないし、昔からそういう人だから何も考えずにズケズケ言うのでなるべく一緒に居たくない。



からお金管理死ぬほど出来ないので酷い時には一日の食費が300円以下になる。どこの国の貧困層だよ。あまりに困ったのでいろいろ調べて近所の区役所にある福祉課みたいなところでお金管理してもらうサービス探して登録した。元々年金暮らしとかの身寄りが居ないお年寄りサービスなのにお年寄りじゃない中年が来たからはじめは向こうも半信半疑だった。担当の人に状況を話すと向こうもエキスパートなので話は聞いてくれて献身的にやってくれるが、約束した事が全く出来ない。だけど状況は改善してる。ついでに話すと図書館で借りた本も1年以上返せなくなくて漠然と困ってる。毎月電話が来るけど本が返却できないし、こないだも担当者が返しに行こうか?って言ってくれたけど、いい年した大人なのに本も返却できない自分は人として足りなさすぎてその後少し悲しくなった。最近は毎月交通違反徴収警察がやってくる。



ただ一つだけ長所があって、測ったらIQ自分もびっくりするぐらいに高くてRPGのアビリティの振り分けが失敗したおかしな突出したキャラが出来てしまったが感がすごくある。中学生の時に担任先生プライバシー問題から言っちゃいけないけど、お前はクラスで突出してIQいからがんばれって言われたのを思い出す。誤解されると嫌なので言っておくと別に自分特別存在とか思った事一度も無い。

人の顔と名前を覚えるのがとても苦手だけど、仕事の打ち合わせとか、バーで人と話しても顔と名前は思い出せないけど、会話の内容はかなり記憶していて次会った特に半年前ぐらいだと誰がどこに座っててどんな会話したとかほぼ忘れないので時々気持ち悪いって言われる。



基本的に誰にも言ってない。言ったところで理解されないし、してもらおうとも思ってないし、どうせ偏見になるので誰にも話したくない。こないだも心優しい友達



自分も少なからずそういうところがありますよ」



って慰めてくれた。優しい。でもきっと根本的に伝わってないって思うからやきもきするし、なんか自分短所を押して話すのもちょっと違う。レイヤーがずれてて疲れるし、友達が悪い訳じゃないか申し訳無い。結局最終的に根性論になるし、精神病んじゃう人がネットアウトプットしてるの見ても誰徳なんだろう?って思う。逆の立場なら心ないか絶対努力問題とか上目線で言っちゃう理解がないってこういう事だ。だから僕の周りは僕のADHDを知らないので「基本ポンコツだけどやればすごく出来る人」みたいな評価になってる。社会人に求められるのは野球に例えると「2割でも打てばいいか毎日バッターボックスに立つ人」だけど、僕は基本1割未満の5分ぐらいでたまに10割に近づくので普通に会社は使いにくいのは自分でもよく分かる。結局フリーランスになってスイッチオンオフ活用する生活してる。



そんなこんなで通院してた事があった、病院でもらったクスリをもらうと自分の中で変化が起きた。

まず、数日に一度部屋でほうきとちりとりを持ってて部屋でニヤニヤしちゃった事がある。ゴミ屋敷に近づいてる僕の部屋がいままでより"は"きれいになってた。床が見えてるんだもの



あと、昔から疑問になってる事があって、怒りがやって来た時に友達

「寝て起きたら忘れるよ」

って言ってくれるけど、そんなやついるのか?って思ってた。そうなったらもうダメ。寝ても覚めても何年経っても怒りなんて収まらない。未だに何十年も前の怒りとか簡単によみがえる。だから最終的に当事者トラブルになる。上にも書いたけど、嫌なやつは無神経なので何言ったか覚えてないだろうけど、言った本人が忘れてても、僕は場面状況から思い出すからムカつく奴はきっと死ぬまで忘れない。嫌な奴と会わないようにしてたら友達ほとんど居なくなった。だったけど、クスリを飲んでたらイライラしなくなった。まーいいやみたいになった。ホントに寝て起きたら怒りが結構収まってる。自分でもブレイクスルーみたいになった。ちょっと感動して主治医に、



先生!今までマイナスだったのがクスリ大分プラスになってるんですね!」



と興奮気味に話したら主治医が、



田中さん。言いにくいのですが、世の中の人普通レベルがここぐらいですね...」



って悲壮感出して来たのでそこが何となく切な面白い感じだった。お笑い面白いのは切なさが含まれるところだ。同じく、別の日も自分性格的にハッキリわかっていた方が楽なので率直な意見を聞こうと思って自分の程度が5/10ぐらいかな?と思って聞いたら



「大変申し上げにくいのですが、8か9です」



ってまた切な面白いがきた。



結局、何となくいつもの億劫がやって来て病院に行かなくなったけど、自分の中では答えが出てて、クスリを飲んでるときには真人間に近づくけど、別人になって毎日頭がぼーっとする。頭の回転も悪くなってるのがわかる。実はそこが一番悲しくて、鬱病の人がマイナスになって健常者の時のプラマイ0に戻るのと違って、何十年もこれでやって来て急に別人になったら今までの自分は何だろう?大層な話だけど、アイデンティティって何だろうってすごく悩んだ。クスリを飲んでる今後の人生自分人生なのだろうか?ってなったのが大きい。だからいろいろ諦めて自分人生を受け入れることにした。クスリで踊らされる人生は僕の人生じゃなくて他人人生だ。



から頭の回転が人より抜群に速い。でも当たり前の事ができない。すごく困る。

自分問題点なんて俯瞰で見える。初見の人にはすごく頭良さそうって言われる。実際頭"だけ"良いし。だけど問題解決するための行動ができない。問題解決方法がわかるのに。車で例えるとエンジンフェラーリなのに足回りが竹馬レベル

美人が困るって意味ちょっとわかる。好きで美人に生まれた訳じゃ無いのに男から襲われそうになったり、ちょっと優しくしたら童貞勘違いする。毎日油断できない。ちょっと似てて頭良いって褒められるけど、頭良い"だけ"のポンコツなんて何もハッピーじゃない。人を見下してるんじゃなくて本当に普通がいい。毎日解法がない数学解いてるみたいだ。地獄ってそばにある。



最後に】

どうせブクマとかで心ない奴に、

「そんなこともできないなら頭悪いだろ」

とか謎の上目線で言われるだろうけど、そういう人はそういう認識で。利口なフリして揚げ足でも取ってろww


案の定文章の読解力の無い奴からの謎のコメント来たけど、じゃお前が俺と代わってくれよ。



【追記】

id:supu6000 こいつのコメントホントバカ医者で診断されたから書いた”だけ”なのにね。カミングアウトできない環境ってこういうバカいるから。

僕は診断もしてないし専門家判断がないのに勝手アスペ呼ばわりしたり、それって差別って理解してないのかな?



http://anond.hatelabo.jp/20170217144516

こういう考え方しかできないのって本当にかわいそうな人ですね。

単純に心優しい人に感謝を述べただけなんだけど。勝手につけあがる呼ばわりとかウケる

別に文筆業じゃないのに、事実だけを書いてもネガな事しか考えられないって人として欠落してるなw

この人は問題認識ができない気の毒な人なんだろうな。読解力とか弱そう。



id:IvoryChi

上にも書いたけどさ、言語理解が高いっていうなら文筆業でも無い俺にそこまで求めて、勝手副作用呼ばわりすんなよw

そっちの方が問題だよ。こういう頭良いフリしてるバカが一番苦手。



キリが無いからやめよう。

こいつらが健常者なら僕は永遠に障害持ちでいいし、一生リアルでもカミングアウトしなくてもいいやww

こういう奴らが世間にはたくさんいるかぎり差別とか永遠に無くならない。

2017-02-14

たまに猛虎弁が乱舞するなか本物の関西弁を使っていいやと勘違いした関西人が堂々と関西弁でまくし立てて猛虎弁使いからも引いた目線で見らてるあのえも言われない現象を観察するのが趣味です。



見合い趣味を聞いた相手女性は語った。

ししおどしの音が響いた。

違いがわからない

http://toyokeizai.net/articles/-/158048

デキない男とデキる男の特徴が3つずつ挙げられている。

(1)勝ち負け重視

相手との関係を「勝ち負け」で評価するのが、相手より優位に立つかどうかを重視するDFDNオトコの特徴です。議論をして「勝った気」になっているあいはいいですが、実力がバレて敗北感を味わうと、泣きたくなるくらい心にひびが入ります

(2)現実否定

すると、「これはホントのオレじゃない」「まだ本気を出していない」と思い始めます。うまくいかなかったという都合の悪い現実を受け入れられない、心理学でいう「認知的不協和状態突入します。

(3)環境否定

「オレは悪くない」「悪いのはアイツ」「環境タイミングが悪い」。ピンチスランプに陥ると、その原因を周りのせいにしたり、周りに怒りをぶつけてしまう。もはや、心が折れてしまうまでのカウントダウンが始まっている状態です。

相手より優位に立ちたいし、立てると思い込んでいるDFDNオトコだからこそ陥りやすい、心が折れるまでの3ステップです。



(1)「負けた」ことを受け入れる

彼らいわく、「泣いても、結果は変わらないでしょ?」「次、結果が出るようにするしかないじゃない」とのこと。悔しいけど、うまくいかない結果を受け入れる。

(2)「うまくいかない」を受け入れる

最近スランプなんですよね」「どうも調子が悪くて……」。こんなピンチスランプは誰にでも訪れる「波」だと考え、どうしようもない状態に陥る自分を受け入れる。

(3)目線を変える

悔しい結果やスランプ状態にあるとき見方を変えて、考え方と気持ちを切り替える。デキるひとは「目線を変える」お作法を使って感情コントロールしていました。

前者がデキない男、後者がデキる男の特徴であるらしいが、ぴったり対応させているとおり、全く同じことを違う側面から言っているだけにしか思えない。どちらの思考も裏表不可分の状態でやってくるように思う。

後者のみに選別する方法も分からないし、後者のみに限定することができればよしというのもよく分からない。

これ系の視点を変えようというライフハック記事がいつもよく分からなくて困る。

2017-02-10

一億人奴隷

日本国民は、いつまで日本政府奴隷として生きなければならないんだろうな。

しか政府人間って基本坊ちゃん嬢ちゃんだから、まず一般的国民目線にはなれない。だから的外ればかり。

日本国民は、奴らのコマにすぎない。

この国にいても幸せにはなれない。

なぜなら、政府幸せ国民が嫌いだから

国民政府が嫌い。

嫌いな者同士。

2017-02-09

童貞を殺す女を見た。

帰宅ラッシュJR車両でその女を見た。

彼女コートなのかワンピースなのか何なのかよくわからない物を着ていた。

それを見た瞬間、僕は彼女童貞殺しであることを確信した。



グレーを基調とした締まりのないモノトーン

セーラー服のように肩から背中に垂れ下がった布切れには両側の隅に十字架の切り抜きがなされていた。

素材はフェルト。そのモコモコ感を童貞ガーリッシュだと思い込む。



こんな不穏なオーラを発する服を着込んで街を闊歩する輩など童貞殺し以外にはいないだろう。

頭頂部から肩にかけて華厳の滝の如く真っ逆さまに降ろされた童貞殺しの髪は、

ベールのように彼女の顔を隠していた。

僕は漆黒のその髪からちらと見える顔から目が離せなくなっていた。



化粧っ気のない、地味な顔。

いや化粧をしていてもパッと目立つようなタイプではない。あっさりとした顔立ちである

だがしかし均整の取れた造形ではある。



僕はまじまじと彼女の顔を観察する自分に気がつき驚きおののく。

童貞殺しは童貞に飽き足らず素人童貞である僕まで魔の手にかけようとしているのか?!

駄目だ。このままこの人を見つめていては駄目だ。

そう言い聞かせ僕は目線を逸らして下車する駅まで待った。

視線の先には190cmはあろうという長身女子中学生のそれ程の大きさしかない頭部がのっかった、

頭髪の薄いおっさんらしきアンガールズもどきがいた。



アンガールズもどきと僕。

永久にかみ合うことのない精神の波長。




僕は無事に目的の駅にたどり着き、プラットホームに降り立つ。

それまで自分が乗っていた車両童貞殺しを乗せたまま隣町のほうへ発車してしまった。

童貞殺しは多分明日童貞を殺し、オタクどもが集ったサークルという名のまやかし崩壊させる。

Aesthetics of Destroy

僕のいない世界彼女は生きる。



そんなことを思いはせながら改札を通ろうとすると横から割り込む若い男が。

何だと舌打ちしてその姿を見て僕はこう思った。



「あ、Suchmosのボーカルに憧れてるけど結果として藤井隆なっちゃった奴だ。」

印象。考察なし

http://anond.hatelabo.jp/20170208235429

寝落ちしそうだし消えると悲しいか更新かさねる


率直に書く。総合的な感想考察は落ち着いたら書くつもりだけど、壁打ち悲しいから書かないかも。(というか他作品観劇したらもう書けなくなるだろうから、勢いつかないと現実的に厳しそう)

トゥルーエンドではないけどグッドエンドはもう前回観れたから、推理の旅を終えていいようにも思っている。あとやはり証人が足りない。私の観たルートより先の話が展開されないと推理が苦しいし淋しい。



初見と印象が違いすぎる。

何が変わった? 私が変わった?

私のライフは零である。救いがまったくない。ほんとつらい。

今回はまったくもやもやしなかった。ただあるがまま受け止めてほんと苦しい。

今作はもうずっと『諸戸と簑浦』の話しかしていない。だからうつらい。世界に二人しか居ない。つらい。

嗚呼明日原作既読の友人にいろいろ質問しよう……



時系列順に。

ちなみに『私』と『箕浦』と《わたし》と《みのうら》と簑浦が出てきます



冒頭。諸戸屋敷にいる『私』。これめっちゃ幽霊に見えた。

手記の内容は、すべて完全に諸戸についての内容。つらすぎ。

『私』は諸戸を「哀れ」と評す。まじかよ。

奥さんがお茶を入れてくれてそれを飲んだはずなのに、誰かいませんか?的なことを言う。え、やっぱこの『私』お亡くなりになってない?

そして諸戸登場。語り部の『私』と会話する。おかしくない?

登場キャラクターが天の声に話しかけたりしなくない?

から最初は『私』も諸戸も亡くなってて、死後の世界に見えてならなかった。

てゆか、今日見た諸戸がこわくてこわくて、ずっとすごいこわくて。諸戸の亡霊みがやばかった。成仏してない霊感

初見は王子様のような諸戸だったのに、何が変わった? 私が変わった?

『私』と諸戸は二人で一緒に過去を振り返る。

諸戸との最初の決別、夜の告白の時、聞いてる時の『私』はものすごく悲しそうな切なく美しい顔をする。嫌悪の色ではない。

『私』は諸戸に「性愛には応えられないけれど一緒に遊んだりした友情には感謝しているし君もそれを喜んでいるように見えた」的なことを言うのだけど、これ少なくとも2回目撃している。隠喩だったかそのままだったか…どこだっけ思い出せない丈五郎と道雄だっけ…? すごいつらい。

あのね『私』と『箕浦』が互いに演じた《わたし》と《みのうら》、《わたし》は未来をすべて知っているようで(諸戸の死を含む)、《みのうら》は生きてるからすごく生命力のある反応をする。『私』が《みのうら》になって井戸出たときなんて、それまでとのギャップちょっとびっくりした。

ここで振り返ったのは過去から未来ではないけれど、どうにも諸戸から時間を感じない。(ミスリーみあるけど)

似てきたなと私が感じたのは、この冒頭の『私』と諸戸、諸戸親子、諸戸と吉ちゃん。親子はアフタートークでも言われていたけど…というかあの世界は「諸戸と簑浦に関すること以外すべてカット」されているので、全部が諸戸であり簑浦であってくるしくて無理。常にライフ削ってくる。

大人になってから。『箕浦』は「ここからは僕が」と言って登場する。おかしい。どうして語り部の語る内容にキャラクターが介入できる?

から私は、ああこれは『演劇なのだな、と気付く。原作では簑浦が口頭でこの物語を語ってくれるのだっけ?それとも小説? ここではその語り口が『演劇なのだと。

箕浦』は『私』が初代に渡そうとした指輪意気揚々と奪ってくる。《みのうら》演じている『箕浦』は本当に生命力に溢れてる。

嗚呼だめだ寝落ちたらもう思い出せない…『箕浦』だけは「諸戸と簑浦に関すること」が何もない存在だったようにも思えてくるけど、もう私の記憶証人として使えなくなってしまった。



『私』は決して初代を「美しい」と言わなかった。まわりくどく魅力を説明する。その形容自体違和感は無いが、乱歩が連載初期から意図的言語を使っていたのなら、初代を「美しい」と表現しないのは変だ。簑浦にとっての初代の価値が軽すぎる。

箕浦』は何についても「美しい」と言わなかった。やはり簑浦は矛盾や歪さを抱えていないか? それを『私』と『箕浦』で同時成立させていないか。『私』と『箕浦』は別々の役割をもった役者


初代は証言する。正面を向いて淡々と切々と語る。あれは諸戸のことではなかったかしら。初代だけに存在する追加情報の時だけ『箕浦』を見て『箕浦』に話しかけてやいなかったか

『私』のかんばせが本当に何の欠点も無いようなほど美しく、そしてとても表情豊かで観客をガンガン見てくる。目が合うとかじゃなくて、観客の目を見てくる。後方でも目を見てくる。つまり語りかけ度がぱない。あいつはメッセージを発している。

対して『箕浦からはそんな様子を受けない。《わたし》を演じる時間が短いからかもしれないし、セリフが少ないせいかもしれないし、ずっと座っているから私の座席位置がかすらずそう見えなかっただけかもしれない。

いや、ほかの『役者』もそうだった。わざわざ観客の目を見てきたりしない。あれは『私』だけだ。



箕浦』はハッキリと「ぼくは幸せだよ」と胸を張って言う。

(正確な表現を思い出せない…2時間以上の空間を丸暗記してそれを体験した自分心理思考記憶して寝落ちリセット回避はこのセリフ量だと流石に無理ゲー過ぎ…でも記録に残すならちゃんとしたい…)



初代が亡くなった時に現場での出来事にしっかり対応していたのは『私』。泣き崩れてずっと耐えているのが『箕浦』。

深山木を訪ねてからは、未来を知っている《わたし》役の『私』は度々悔しそう・つらそう・悲しそうな表情をする。

『私』には彼を救えないから? ねぇ、これ『私』にもそういった感情がちゃんとある描写だよ。



初代と深山木さんを亡くしてから場面転換の際にオープニング曲しか聞こえない音楽が入る。唸りをあげて悶絶する『箕浦』。あ、ここ襲いかかる諸戸の唸りと重なる。



諸戸に関係ないところでも、疑心暗鬼セリフはすべて『私』が言っていたように思ったけど…いやこれは断言して大丈夫では。

しかし確実に《みのうら》の口から「諸戸を疑っている」主旨の言葉が出たときは『箕浦』が発言するし、

諸戸から「君は疑っているんじゃないのかい」といった疑心暗鬼を抱いている主旨の言葉が出たときに対面しているのは『私』と、徹底していた。



諸戸と『箕浦』が家で初めて会話している時、諸戸を見つめる『私』がくそやばい。愛憎ぶちこんだ流し目破壊力軽蔑目線でもあっただろうか?嗚呼ほんと駄目だ脳がリセットされて正確に思い出せない!

ああ、でもここで諸戸を見つめる『私』は、『私』を見つめる諸戸に似ている。それは性愛を込めた時じゃなくて島で秀ちゃんに夢中になってる『私』を見ている時のそれ。


子ども残酷」って諸戸が説明したとき、めちゃくちゃ学生時代の簑浦思い出した。


しかし諸戸の話題が《みのうら》への愛についてから事件推理パートに移ってからはクソつまんなそうに家ん中ブラブラして諸戸の推理聞き流してる風に壺にしなだれかかってる『私』だるえろかわい過ぎだった。「ねぇ~まだぁ~?」してる子猫ちゃんかよ。たぶん唯一私が萌えれて心を緩められたシーン。


ずっと『私』は推理パートつまんなそうにしていたのかなと思いきや、だるえろかわいいのあそこだけで、曲技団に刑事と行った時とか身を乗り出して聞いていた。

いや、あれは『箕浦』の代わりに演じていたのか?

あそこ本当に諸戸が『箕浦』のことを狙っていた。すごくこわい。じわじわ距離詰めてくる。こわい。あれなんであそこにそんな描写入れたんだろう。あの時の話題は何だっけ…おとっつぁんについて?



深山木からの荷物を受け取るのはこの後だったかしら。

秀ちゃんの手記。まじつらい。ぜんぶ諸戸と簑浦の話でつらい。

ぜんぶ諸戸と簑浦の話であるから、『手記の秀ちゃん』に母親が居ないから、この舞台での諸戸にも母親が居なかった。(正確に言うと丈五郎母親の話をするが、諸戸は母親の話を一切しない)

原作未読であるので自分確認できないのだが、諸戸が母親について告白する場面はそんなにカット必要位置にあるのだろうか?

諸戸が母親から性的虐待を受け、それによって女性嫌悪感を持ち女性は愛せなくなったこと。親から愛情が与えられず性行為でだけ情を向けられたから、諸戸が簑浦へ向ける愛情性愛以外の多様さをみせられないこと。これらは諸戸の歪な愛を単なる超自我とイドのせめぎあいにさせず、諸戸が『かたわ』と比喩できる大きな理由となっていると思う。

それがカットされたというのはものすごく重大なのではないか

ここにある諸戸は性的虐待を受けていない世界線の諸戸?



手記の後に諸戸がどちらと会話をしていたか覚えていない…記憶の砂が零れ落ちていくの恐ろしい…

おそらく『箕浦』と話している? 系図帳から暗号見つけるのはここか?

島へ行く途中の列車?船?の中、諸戸が「疑っている?」と問いただすのは『私』で、その話題が終わるとすぐに『箕浦』に入れ替わる。

だめだここですべきは事実の羅列ではなく印象という目撃証言を残すことだ。



島に着いた夜。寝ていた『私』と『箕浦』。『私』だけが起き上がり、秀ちゃんと出会う。

そこに現れる諸戸。

私はここにめっちゃ違和感感じて、それまでの流れでやっぱり諸戸も登場人物なのかな…って思ってた気持ちが吹っ飛んだ。なんでここに諸戸が居るの?って思った。『私』と同じ次元存在から

で、原作既読の友人に確認してもらったら、原作ではここに諸戸は居ないししばらく諸戸と合流しないって……

それから呑気に毬遊びをする『私』と『箕浦』を見て、ここでも彼らは『役者』として並列であるめっちゃ感じた。対話をすることはあっても、物理的に直接交流するシーンはここが…あ、いや初代の指輪を奪ったね。そことここだけのはず。二人存在しないとできない行為から

まだ全然考察とか感想にまで至れていないけど、直感だけの変な話しだけど、

諸戸と『私』が同列であることと、『私』と『箕浦』が並列であることは、次元が違っているのですよ。だから諸戸と『箕浦』は同列ではない。

あ、それが《わたし》と『私』か。

わたし》と諸戸は同列。『私』と『箕浦』は並列に役者



五郎に帰れと言われてから、諸戸を助ける決心をして、諸戸からメッセージを受け取っているところも、井戸の中も、『箕浦』はずーっと冒険譚の主人公だった。キラキラクワク輝いていた。秀ちゃんへの恋とか初代の復讐とか諸戸への心配とかじゃなくて、冒険に夢中だった。

諸戸からメッセージを読むのは『私』で、あいつまた俺に変な気を起こしそうでいやだわ~的な愚痴をこぼし、『箕浦』もそれに乗っかる。「同性愛理解できない」ってまた言う。「頭では理解してるけど全然わかんねー」って言うのはどこだっけ。いやほんとに『箕浦』には友情以外まったく無い。微塵もない。清々しいほどに無い。脈ナシにも程がある。

前述した「諸戸も登場人物なのかな…って」考えに変化しかけたのは、同じく前述の事情聴取のシーンで《みのうら》を演じる『箕浦』をそれこそ蛇のような視線で諸戸が見つめていたから。スポットライトの当たらないところで。その時『私』はスポットライトの中で刑事事情聴取を聞き入っている。(時系列ぐちゃってごめん。でも記憶が蘇ったものをとにかく書いて残す)

ひえええあんな完全無欠の究極ノンケみたいな『箕浦』に言い寄っても絶対無理だよ諸戸なんで気付かないんだよ異常だろ…ってぐらい怖かった。対してワンチャンありそうに見えるのは『私』。否定してるんだけどなんか匂ってならない。なんか否定だけを信じられない。

あれか? 「『好き』の反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』」ってやつか?

(初見感想で書いた「《みのうら》も実は諸戸を愛していたのではないか?という容疑が浮かんでならない」のは、完全に『私』のせい。これは初見からそう。私はこれを初見で「諸戸カンチガイ乙‼」みたいに感じていたから、こいつは諸戸の疑心暗鬼が見せる簑浦だなと思っていた。)

諸戸は『私』を探しさまようラブファントムなのかと思っていたけど、全然《みのうら》演じてる『箕浦』も狙ってくる。

『私』と『箕浦』はだいたい一緒に舞台上に居るんだけど、諸戸が《みのうら》よりも『私』を優先して見つめたのは、

  • 箕浦』演じる《みのうら》が諸戸の手を握り返さなかった時
  • 箕浦』が寝ているところを抜け出して『私』が秀ちゃんと出会った時
  • 井戸の中で『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた時

諸戸は簑浦を探しさまようラブファントムという印象に落ち着く。



水責めから『私』はもがき出す。水喰らって噎せるし《みのうら》と諸戸に水ぶっかける。

序章でも鬼との出会いを思い出してる時に喉を掻くから原作にも白髪化がいつか描写されてないそうだし諸戸生理的拒否られてない可能ワンチャン…!?って一瞬思った。違った。

箕浦』ずっと脅えていて本当にかわいそう。諸戸に抱き締められてもノンケ過ぎて嫌悪感すら無い様でだだ死の恐怖に脅えている。…って、そうだ。『箕浦』は諸戸の性愛嫌悪感すら返していないわ。性愛なんてもの存在しないようにしか見えない。

ホモフォビア過ぎて逆に男性とキャッキャする現象」が何か科学的に存在しているのですか?(そんな感想を見かけた。)気になるので詳しい方に教えていただきたい。

そーいや江戸川乱歩同性愛を「研究」していたんだよねえ…



それまで『箕浦』を抱きしめて必死告白していた諸戸(この時の諸戸何故か記憶してない。零れ落ちた感覚もない)が、『私』に「嫉妬している?」と問いかけられた瞬間、逆鱗に触れられたように(地雷ぶち抜かれたみたいに)目を見開いて、そのまま『箕浦から手を離し、表情も目線も変えず亡霊というか亡者みたいにゆらぁりと『私』の方に移動していき、「ああ、嫉妬している」と答える。

これほんとめっちゃこわい。ラブファントムこわい。ホラーフィクションでよくある悪霊に追いかけられていたのが御札を持った瞬間にこちらが相手から見えなくなってあっさり追いかけられなくなる・あるいは逆に結界崩壊してそれまで見向きもしなかった悪魔が突然こちらに向かってくる、あれ。完全にあれでこわい。ほんとこわい。



諸戸を否定して死んでたまるかと逃げ出す『私』。諸戸は唸り雄叫びを上げてから『私』を追いかけたっけ?

確かここ最前列目の前に諸戸が来たのに私は目をそらしてしまった。それまでずっと三人の内をを覗きこんでいたけど、目の合うところに居る諸戸の瞳を覗きこむことはできなかった。

そして遂に『私』を捕まえた諸戸。手を掴み上げ触る。

なんというかね、性的意図をもって犯そうとする時って、例えば、頬を触る(唇を奪おうとする脅迫)、腿を撫で上げる(局部に侵入しようとする脅迫)、みたいな仕草がイメージやすいんだけど。諸戸は手なんだよね。いや、手を撫でられるのも十分性的な接触になりえるし、手を撫でてくる痴漢とかクソ質悪いと思うんだけど(あれって痴漢に該当するの?冤罪増えそうだから流石に法的には該当しなさそうだよね?まじきもい腹立つ)、もっと分かりやすセクシャル表現にしても良かっただろうに、なぜしなかったのか。手なのか。

同じ手でも手を舐めるとか頬擦りするとか自分身体に触れさせるとか、方法はいろいろあるのに。

あ、そうだ。秀ちゃんは吉ちゃんの手を取って自分の胸に触れさせていた。超嫌がってたけどあれは同じ手の使用でも犯されている感がわかりやすい。

あえて手であることがわかりやすいのなら、それは何か。



井戸の中での死についてのくだりも、秀ちゃんの手記で隠喩されたまんまでほんとつらい。もう死んでしまいたいという諸戸の叫び

そうだここ『箕浦』も死んでしまいたいと絶望して挫折して復唱していたのに、『私』が水を挿したんだよね…亡霊を呼び起こしてしまった。

諸戸が嫉妬していることを認めたのが、《みのうら》と秀ちゃんが結ばれてしまうかもしれないことについてなのか。(そう明言してた気もするけど)

それとも「本当はかたわものではなく、簡単な手術で醜い自分を切り離すことができること」なのか。

醜い自分を殺したいけど、殺したらきっと自分も死んでしまうと思ってる諸戸…まじ…



助六さんに「生きたくなかったの?」って聞かれた時に、「世間に顔向けできない」と言った諸戸まじ魂抜けてた。心ここに在らず。ライフが0。助六さんに心の内を回答する必要いか大正解しかしイドの超自我破壊自我乗っ取りを止められなかったことは、この時の諸戸の回答もあながち嘘じゃないなと。



あれ?と言うか水嵩が増さなくなったって表現、昨日あったっけ?

私は水嵩が増さなくなったことを知ってるから、初見ではセリフがあったはず。

『私』と襲いかかる諸戸の図を見ている『箕浦』の表情は、「死者を冒涜せぬよう省略」と『箕浦』が言った場面しか見えなかった。

と言うかこのセリフ初見では聞き逃してたかテラびっくりしたんだけど!

【今】はいつだよ!?って疑問が再浮上した。

初見のとき、序章で『私』が「なお、現在では差別用語となる言葉が登場するが、当時のなんちゃらを変えないためそのまま使用します」云々言ってて、「えっ!?『現在』っていつ!?『当時』っていつ!? 『私』が執筆したとき? 乱歩執筆した時? 私が観劇している今? ねえあなたは『いつの人』なの!?」って、超混乱した。

やっぱ諸戸亡霊なのかあああ??????って。

まだ決めていない。

少なくとも、丈五郎を目にした諸戸や、井戸を出た時の諸戸は、『登場人物の諸戸』だったから。



それにしても《みのうら》になった『私』の生命力

佐藤さんの『私』は表情がくるくる変わるしよく動くし観客の目をガン見してきて語りかけ度がぱないけど、アクティブなのにどうにも《わたし》の時は幽霊っぽかったの間違いじゃなかったんだな。ってめちゃ思うぐらい「生きてるかどうか」がなんか明確に違うんだけど。演技力?すごない?やばない?

わたし》になった『箕浦』と、《みのうら》になった『私』も言葉を交わす。「語り忘れたことあるかな?」

ラストは『箕浦』が読んで、『私』が諸戸の訃報を初めて知ったような顔をしている。井戸で《わたし》役になってからの『箕浦』は、諸戸が鬼籍であることを既に知っていた。

箕浦』はあまり『私』も諸戸も見ない。助六さんと井戸脱出しようとした時から、『箕浦』は正面向いてどっしり座って痛ましそうな顔をしている。あれ…顔背けてるのかな…

座ってラストを読んだあと、やって来て『私』に手を伸ばす諸戸の手を宥めるように下ろさせる。

ああそうだ、『箕浦』に向き直った諸戸の表情は見えなかった。

そしてこの物語の語り部は諸戸を憐れにも思っていると序章で明言している。


諸戸の訃報を握り潰すところ。あれね《みのうら》の憎悪というよりも、醜い半身へのやりきれない憎しみに見えた。悔し泣きみたいに表情を潰すところは正直感情が読めなかったよ。ある意味復讐燃えていた『箕浦』の様子にも近かった。



今回は推理するために三人をずっとガン見するつもりでいたけど最前列譲っていただけたのでピクセルに余裕できて他の演者さんもかなりしっかり拝見できた。

2017-02-08

観劇2回目の備忘録 舞台「孤島の鬼」2017版

http://anond.hatelabo.jp/20170207171941

8日ソワレ情報量が多いので走り書きのみ。感想なし。考察なし。

A列上手での観劇。(初見はH列下手での観劇


なお、私は2回目の観劇を謎解きとして挑んだことを大変後悔している。

よほど命知らずの探偵さんでない限り、以下の内容に目を通すことはおすすめしない。




  • これは『演劇である
  • 幕が開いた時点で諸戸は既に亡くなっている
  • それを《わたし》は知っている
  • 亡くなった諸戸が《?》のもとを訪ねてくる
  • 《?》と諸戸は二人についての話をする
  • 『私』と『箕浦』は別の役者である
  • 『私』は諸戸から簑浦への性愛疑心暗鬼白髪になってからの生きている《みのうら》(それまでの《わたし》)を演じる
  • 箕浦』は「孤島の鬼」のミステリー冒険譚、ノンケでまったく諸戸の性愛理解できない・感知すらできない、白髪になるまでの《みのうら》(それ以降の《わたし》)を演じる
  • オープニングは諸戸の家に押し掛ける前に入る。悶絶する『箕浦』。
  • 『私』の一人称は【わたし
  • 『簑浦』の一人称は【ぼく】
  • 原作確認:秀ちゃんとの逢瀬を夜中に諸戸に見咎められているのか
  • この『演劇』は諸戸と《?》についての話であるので、二人の隠喩および冒険譚要素以外はすべてカット
  • 探偵コンビ結成(意訳)の時の握手、はじめ『箕浦』は手を握らない。ぎょっとして『私』を凝視する諸戸。(情報量が多く忘れてしまったが、『私』が某かの反応を返してから)ようやく諸戸の手を握る『箕浦』。
  • 水責め時点から苦しみ出す『私』。冒頭で『私』が鬼を思い出した時と同じように喉を掻く。
  • 井戸の中「嫉妬している?」と『私』が声をかけた瞬間から、諸戸の目には『箕浦』が見えていない。ひたすらに『私』を求める。「ああ、嫉妬している」と答える
  • 箕浦』も『私』に襲いかかる諸戸のことを化物のようと言っている(セリフ正確に覚えておらずすみません。確実に恐ろしいと否定をしている)。そして『箕浦』は「死者を冒涜することになるから詳しくは言えない」と襲われるシーンを省略
  • 原作確認:そう、『私』も『箕浦』も「省略」する。これは原作にもあるセリフなのか?
  • 井戸出たときの諸戸の泣き笑いはなんとも表現し難い。変動するものでもありそう。なんというか、この時点で既に諸戸のライフ零になっているので、追い討ち受けたようなさま。限界越えた時みたいな表情。
  • 箕浦から受け取った手紙とは別にから諸戸の訃報を受けとる。ずっと語り部は『箕浦』。『私』は手紙を握り潰し憎そうな表情に見えた。なんか明らかに嫌悪してそうだったんだけど。諸戸が『私』へ伸ばした手を『箕浦』が宥めるように下ろさせる。成仏させるように『箕浦』が諸戸を連れ立ってゆく。


  • 白い毬を置いたのはスタッフさん?
  • 毬は風の動きを表しているけど、家の中に誰も居ない表現であると同時に(アフタートークの内容関係なく思ったのだけど)諸戸の亡霊が現れた表現なのか?
  • 君は美しいと言う人
    • 諸戸→『私』
    • 『私』→(記憶なくてごめんたぶん言ったよね)諸戸、秀ちゃん
    • 箕浦』言わない
    • 深山木→『箕浦』、諸戸
    • 手記の中の秀ちゃん吉ちゃん→(記憶なくてごめんたぶん)秀ちゃん (原作確認:手記の外では二人は声を発さないのは原作どおりか?)
    • 五郎失恋した相手
  • 『私』と『箕浦』は別人。また、《わたしである時は未来を知っており、《みのうら》であるとき未来を知らない。
  • 箕浦』も仕事内容は『私』と同じ。
  • 『手記の秀ちゃん』と『島で会った秀ちゃん』は別の存在。『島で会った秀ちゃんと吉ちゃん』は声を発さない。
  • 白い毬
  • 諸戸の衣装の汚れ見えた。すごく緑色に見えた。照明の影響すごく受けるから何色なのかわからない。『私』には黒いススのような汚れしかないのが気になった。諸戸と半々ではないのかしらん?
  • 『私』が明らかに《みのうら》に見えるのは井戸出たとき。『箕浦』が明らかに《わたし》になっているのは諸戸に襲われている時。上手からではここの『箕浦』の表情が見えなかったことが悔い。
  • 初回は焦点が集中し過ぎて見えていなかったけど《わたし》になっても『箕浦』ずっといた。
  • 『私』が演じる《わたし》は諸戸に向けて感情を込めた視線をすごく送るけど、『箕浦』をそのように見つめない。『箕浦』が演じる《わたし》は『私』にも感情の籠った目線を向けることがあるが、基本ずっと座って正面を向いて険しい顔をしている。
  • 恐怖とは襲いかかってくる諸戸で固定されている印象も受ける。ただ、それ以上にやはり『私』と『箕浦』の差異重要そう

つくづく世間ってバカだなと思うこと

昨日の帰り道、誰かが落としたであろうパスケースが”落とし物です”と書かれた紙と一緒に電信柱に貼られていた。

先日にも、子供のものと思われる手提げ袋が立て看板に吊るされていた。

こういうことをする人たちは自分が落とし物をしたことがあるのだろうか。

落とし物をした人が血眼になって探しているのは足元だ。

目線の高さに持って行かれたら見つけられるわけがない。



以前に家の鍵を落とした時、3時間以上探し回って見つけられず途方に暮れた帰り道に街路樹の枝にぶら下げられている鍵を見つけたときは安堵感よりも怒りのほうが大きかった。

その街路樹の前なら少なくとも3回は往復している。それなのに気づかなかったのは、落としたのだから足元にあると思い込んでいたからだ。

それを吊るした人はそれで親切心が満たされたのだろうか。

本当に親切をしたいなら少なくとも交番までは届けて欲しい。

しろ何の気なしに歩く人の目に止まりやすくなっていることで、悪意にさらされる危険性が増しているということがどうしてわからなかったのだろうか。



最近ネットを眺めていると、これと似たようなことばかりだということに気付いた。

彼らは問題解決したいのでも困っている人を助けたいのでもない。

自分自己肯定感を満たしたいがために、問題や困っている人を探しているのだ。

そこには解決も救済もない。

自慰行為世間に見せつけて悦に浸っているだけなのだ



これからの世の中は、そうした消費のされ方がより一層進んでいくだろう。

SNSの普及によって世界中が即座につながることができるようになったことで、今や彼らの自慰行為世界規模にまで展開が可能になったのだから

お互いがお互いの人生物語をお互いの自慰行為のために消費し合う世界がすでに始まっているのだ。

薄汚い欺瞞という手垢に塗れたパスケースを電信柱から引き剥がして地面に叩きつけると、高らかに響いたその音が、新たな戦いの始まりを告げるファンファーレに聞こえた気がした。

プライバシー侵害の抗議を受けた時の対応

とりあえずサイト運営側目線メモ。(参考にしたのはNAVERまとめ?)

サイト掲載されている情報とかがプライバシー侵害と抗議のメールをもらった時にどう対応するか?が今回のテーマ

・抗議のメールを送ってきた人が当人確認する。

 いたずらの可能性の除去。

 → 本人確認書類を送ってもらう。(いずれか2点だと最強か?)

 ・印鑑証明書住民票(いずれも取得から3ヶ月以内の原本

  運転免許証住民基本台帳カード

当人以外からの抗議の場合対応は2つ。委任状を送ってもらうか、当人以外は認めないか

プライバシー侵害証拠プライバシー侵害証明)を抗議者にしてもらう。

 →逮捕後、不起訴になった場合はその不起訴告知書とか?

 →実刑判決場合はその判決書類

児童買春場合は厳密に

 「前科等に関わる事実公表されない法的利益」か

 「公共の利害に関する事項」か を見極める。

 要は児童買春社会的に強い非難対象となるので、「公表されない利益」よりも「公共の利害」の方が大きいと。

 ※児童買春は不起訴になってもまた繰り返すんじゃないかと思うんですよね。


逮捕歴を持つ男性が、検索サイトから自身逮捕歴に関するURLリンクなどを削除するよう求めた裁判

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/346926/020300805/

弁護士サイトでの参考

http://www.fuhyo-bengoshicafe.com/bengoshicafe-12375.html


例えば、暴行相手を重傷にした人が社会復帰の為に該当記事を削除してくれと言われたら

被害者はどう思うんですかね? どっちを優先するんですかね?

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

めも・下書き

箕浦が諸戸の性愛を受け入れられない理由、私も最初世間体のようなものかしらと推理したけど割りとソッコーでなんか違うなと思った。

そうか、世間体を気にし、そこに拒絶の理由を望んだのは諸戸なんだね。

そして世間体とは諸戸の超自我でもある。

ここは諸戸のイドが超自我を壊して箕浦に襲いかかっている。

突然見ず知らずの相手から凌辱されるとなるとそりゃもう恐怖だけれど、箕浦は諸戸に何度も口説かれているのだから「改めて掘られかけたからって白髪になる程のもん? 箕浦くんどんだけだよ」みたいな超他人事の薄情な感想も少しあったのだけど、

ここは「諸戸の『イドが超自我を壊した』という恐怖体験」でもあるのだね。



スマボさん貴重なお写真ありがとうございます

演劇で白一色の衣装って割りとよくあるからあんまり深読みしなかったけれども、

「孤島の鬼」で「白」と言えば、箕浦白髪。諸戸の性愛を拒絶する色。

諸戸の衣装けが(外側は)真っ白であるならば、高潔、潔癖、嘘、なんかのイメージに加えて「諸戸の超自我世間体」みたいなものもあるのかも。

諸戸が生きる白一色の世界

その白い世界を消す暗闇。

「諸戸の衣装の内側の汚れは視力が足りなくて見えなかった」と言ったけれども、井戸の奥の暗闇の中では本当に諸戸の汚れがはっきりとは見えない・認識されなかったのだ。



追記。

原作未読×舞台観劇済み』の私と、『原作既読×舞台観劇』の友人とでひたすら「孤島の鬼」の推理をしているのだけど、これが非常におもしろい。

私は容疑が上がる度に「原作ではどうであるか?」を質問するのだけど、友人からドンピシャ舞台上で聞いた覚えがあるセリフが返ってくる。

まり舞台上で起こったことは原作での必要充分であったのだ。原作曲解してはいないのだ。

これは自分証拠漁りに原作を調べていては起こり得ない『脚本家と私達の原作認識が同じ』という発見をもたらした。

まぁ、友人の文学センスが冴え渡っていて『名探偵』であったから起きた事象可能性もあるけどね。



友人との対話の中で生まれ発見をいくつか拝借

  • 『秀ちゃんと吉ちゃん』、『諸戸の超自我とイド』、どれも望んでくっついた訳でも、対立した訳でもない。
  • から「『私』と『箕浦』」も彼ら自身意思で生み出したり解離したりする類いのものでは無いのでは? 理由道理も無いしね。
  • 原作『簑浦』どおりの『私』、原作『簑浦』とは印象が食い違う『箕浦
  • 同一人物であるはずの彼らをどうにも分け隔てているのは、諸戸の目線にあると思えてならない。
  • 諸戸から見た簑浦→『私』
  • 諸戸が見落とした簑浦→『箕浦

あ、そうか。「望んだ形とは違う」から名前が違うのか。

諸戸が欲しかったのは性行為を含む愛・《簑浦》。

プラトニックな愛・《箕浦》なら存在した可能性が微レ存だった。

『諸戸が見落とした簑浦からの愛の可能性・箕浦』は原作に対して創作にあたるから名前が異なるのでは?



追記。

これは「うみねこのなく頃に」ではないか

今夜の観劇観測検証する項目もっと精度上げていこう…

観劇後は推理を立て直そう。

これからどんどん日本治安は悪くなってくわけだけど

それが所得の低下や公的サービスクオリティの低下なのか欧米のような移民の方々の大量流入なのかは知らないが、日本治安はこれからどんどん悪くなっていく。

お前らこのままぼーっとしてていいのか?

一度生活水準を上げるとそこからは下げにくいって言うだろ?

なんだっけ。クラッシュ・バンディクー法則みたいな名前のやつな。

まり、これから治安が悪い状況に慣れてかなきゃいかないんだ。

ネット民は「治安悪いのきらーい」「ヤンキーこわーい」とよく言ってるけれど、これからはそれ以上の治安の悪さに慣れていかなきゃいけないんだぞ。

夜道も一人ではおちおち歩けなくなる。まあそれぐらいは外国の水準と同じなのでグローバル志向はてな民問題ないだろ。

しかし、現代日本人安全であること、治安がいい状況に慣れすぎてしまっている。

治安悪いのきらーい」「ヤンキーこわーい」では一歩も外に出られない状況になる可能性もある。

そんな状況になってしまえば、いくらホワイトカラー高給取り金で解決はてな民でも、肉食動物の群れに放り込まれ草食動物のようなもの

ビクビクしていては獲物とみなされ、暴力支配されるだろう。

そう、だからから慣れていくしかないんだ。自分肉食動物側になるんだ。

からでも遅くない。治安の悪いところに住み、生活水準を下げ、道行く人々を「こいつはワンパンシメれるな」という目線で睨みつける。そういう人間に徐々に変わっていくのだ。

今の無菌状態治安安全神話日本に慣れていては、5年後10年後ひどく苦労するぞ。

5年後10年後日の目を見るのは、俺達のような治安の悪いところに慣れた人間なのだ

危険に慣れていけ。

2017-02-06

舞台「孤島の鬼」2017版を観劇して

※私の答えが見つかったので、現在最終解答を書いています

ですが、この初見感想も非常に重要でしたので、是非お目通しいただいて推理の参考になさってください。



※表に出した最新考察と印象はこちら。初見感想の次にでもどうぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170209222825

http://anond.hatelabo.jp/20170212024356



夜明けて昨日の話。

推しの握手会が思いの外さっくり終わり、通りすがりのご夫婦に推し布教も楽しくできて、気力と時間が余ったので当日券でレッドシアター行ってきた。



とても面白かったのだけど、なんかこうすごくもやっとする原因を掴みたくて、江戸川乱歩原作の方の感想を漁り、こちらのブログに辿り着いた。

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

こちらを拝読してめっちゃスッキリしたので、スッキリしたこと前提に感想を書く。

ネタバレしまくるし、恐らく原作既読でも舞台観劇の方は先に舞台観た方が絶対面白いだろうから観劇予定のある方は読まないでくださいね



まず私がもやっとしたのが、「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」ということ。

こーゆー考察甲斐のあるタイトルや、善悪、美醜、世間自分の解離みたいなモチーフが出てくる作品だと、どうしても「果たして鬼とはなんだったのか?」と邪推してしまう。

そこでまず強烈に思い浮かぶのが主人公であるはずの『私』。

『私』役・佐藤永典さんのお人形のような美貌と、書いて字のごとく鬼気迫るお芝居、そして聞き慣れない失われた昔の日本言葉は、あまりにも『我々観客と同じ存在である共感し難い。

そもそも、主人公目線で語られる物語は、主人公感情移入させて物語に没入させることが狙いのひとつだろうに、全然『私』=箕浦感情移入できない。

ネタバレにならないことを祈って例を挙げると、演劇で観たことがあるミステリーだと『罠』『スリル・ミー』などが思い出される。)

これは『私』が作品の『語り部』であるため、強制的に観客が『聞き手』の役割を担ってしまうからでもあるかもしれないけど……

それにしたって、締めの内容からしても物語の本題が「『私』と諸戸道雄」の関係に集中してしまってならず、

そうすると、田中涼星さん演じる諸戸の執着心のおぞましさに沿ぐわない清廉でどこか儚げな美しさが、彼の一途な愛を健気で尊いものに感じさせてきて、その愛情を受け入れない『私』が何か恐ろしいもののように思わざるをえなかった。

でも、それっておかしくね?って思って。

ホモフォビアを受けることへの同情というか、同性愛差別への嫌悪感も逆手に取られているような気がする。「理由はどうあれ女の子は泣かせちゃいけない」みたいな、ずるい構図が仕組まれているように感じる。

自分が恋をしてフラれた時のこと・恋されてフッた時のことを参照すると、

いくら思わせ振りだったとしても応えてくれない相手の方が悪者だなんて絶対に思えないし、

どんなに周りから薦められてもどうにも受け入れられない相手はマジほんと無理。

目線だって絶対許せない地雷カップリングというもの実在する。

から「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」であるとは、理性的には到底思えない。

でもじゃあどうして「『私』が鬼」だと感じるような作品に仕上げてしまったのか?

これが冒頭に書いた「『私』が鬼のように見えすぎやしないか?」というもやもやの詳細。

この感情原作に対して正当なのか? 舞台版という二次創作であるが故の解釈押し付けなのか?

という部分が気になって、ググって辿り着いたのが先ほどのブログ

http://edogawamy.hatenablog.com/entry/2015/12/05/160636

Wikipediaに書いてあった、「陰獣」みたいな新作をとリクエストされて執筆されたのが「孤島の鬼」らしいというエピソードから勝手妄想して、

江戸川乱歩=諸戸目線で「創作された箕浦」が『私』なのではと解釈し、舞台版にめちゃくちゃスッキリできた。

諸戸道雄の死で物語が終わるのもさもありなん。

観客は真の主人公である江戸川乱歩(諸戸)に感情移入させられて、「諸戸の愛を受け入れない『私』は鬼」だと錯覚してしまうのではと。

田中涼星さんの白木蓮みたいな美しく一切の嫌悪感を感じさせない諸戸は、きっと江戸川乱歩ブロマンス結晶として大正解

対する『私』がエゴイスティックに語れば語るほど、それは作者(江戸川乱歩であり諸戸)の恋の哀しみの深さ、恋情の深さを伝えてくる。

女性に執心する姿がなんか気持ち悪く見える・描かれるのも作者による悋気からだろうし、諸戸に対して残酷過ぎる描写は傷付いた作者本人が語らせてるからだろう。

『私』が歪であればあるほど、「箕浦にもどこか諸戸(作者)を愛する部分があってくれ」といった願いの叫びに聞こえる。

(観ていると「箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑が浮かんでならないのだけど、『白髪になってしまうほどの生理的な恐怖・嫌悪』という動かぬ証拠は、容疑を否定してならず、この辻褄の合わないミステリーももやもやの一つだった。)

メタ推理として「陰獣」を出したのも、江戸川乱歩自身による己の殺害物語カタルシスにあるように感じられたから。自身を不幸の中で殺すことで、遺された人間へ爪痕を残すという側面も含めてね。

(愛を願いフィクションを書き綴るのに成就させず永遠片想いとして殺す……って、個人的めっちゃ萌える。)

作者による「ぼくが考えた最高に美しく残酷箕浦永遠に愛してる)」ってやつ。考えたというか、「恋愛疑心暗鬼の中で見えていた箕浦」。

しかしそれが本当に『箕浦』のすべてだったのか?



舞台「孤島の鬼」(2017)では、語り部の『私』と『箕浦』を別の役者さんが演じている。

私は原作未読であるため、同一人物であるはずの二人を別々の人間が演じるということが奇策なのか妥当なのかわからない。

でも、配役を知ったとき

美少年役もまだまだできそうな童顔の佐藤永典さんが30代で老人のような白髪姿になった『私』で、

佐藤さんより身長も高く年上にだって見えかねない美青年石田隼さんが20代箕浦過去の『私』」を

演じることが疑問だった。

いくら『私』は外見が変わってしまったといえど、あまりにも二人の外見が似ていないこともあってね。

「もう一人の自分」みたいな表現が出てくる演劇はいくつか観たことがあるはずだけど、原作未読とはい観劇前に違和感を持ったことはなかったように思う。(まあ大体そういった存在物語の核心中の核心に触れるので、配役表から対の存在公表されてることは少なそうだけども。)

しかし『私』を『諸戸が想い描く箕浦』とすると配役がまあしっくりくるし、『本物の箕浦』と役者を分けたことが大発明のように感じられる。

舞台上には二人の箕浦が同時に立ち、シーンによって他者とのコミュニケーション表現担当者が変わるのだけど(どっちが台詞を言うか、みたいな)、

諸戸と出会い親交を深めた学生時代箕浦はずっと『私』(佐藤さん)が表現し、

諸戸と別離大人になり恋人の初代との出会いから箕浦石田さん)は登場する。

石田隼さん演じる箕浦は、佐藤さんの『私』と同一人物のはずなのに、鬼なんて印象もなく何故か善良な青年に感じられていたのだけど、『私』の方が諸戸(江戸川乱歩)の色眼鏡認識された箕浦なんだと思えばこの対比はすごくいい。

 

「『私』は諸戸目線で見えていた認知の歪んだ箕浦であるため、『私』の歪さから箕浦も実は諸戸を愛していたのではないか」という容疑を持ってしまうが、

事実として『箕浦』は諸戸に迫られることに身体変調するほどの生理的な恐怖・拒絶を示している。

(皆さんは自分の体が深層心理拒絶反応で意のままに動かせなくなったことがあるだろうか。私はある。手から全身が痙攣してゆき、これしきのことで動じるな止まれ意識しても震えがまったく止まらない。だから私は生理的な拒絶は動かぬ心の証拠だと考えている。)

箕浦』は諸戸の性愛を受け入れることはできなかった。

しか性的に愛されないことが、『愛されていない』ということなのだろうか?

必死に求めるあまり諸戸からは見えなくなっただけで、性愛ではないけれども某かの情が、性愛にも決して劣らない尊い愛が『箕浦』にもあったのではないか

そういった諸戸の盲点が、諸戸が『私』と会話し夢中になっている時の『本物の箕浦』(石田さん)にあったのではないかと、舞台演劇となり二人の箕浦が居ることで私は考え至った。



物語としての「孤島の鬼」の作者は諸戸(江戸川乱歩)だという解釈は私が勝手にしてるだけなので、舞台版が諸々の采配をこの解釈で行ったかはわからないけど、改めて『私』と『箕浦』の登場場面の違いを確認しながら観劇したら面白そうだなぁ!

より妥当なところの分裂理由として「箕浦二面性」はあるだろうし、じゃあそれぞれの境界線舞台版ではどこだと考えられているか読み解くのも面白い

作中に登場する双生児は境目が見えたけど、二人の役者に分けられた一人の人物のメスは何処に入ったのか。

うろ覚えだけど、諸戸の告白以降は『私』が箕浦として生きているから、舞台では箕浦と諸戸は一緒に天国に行けたのだ、な~んて解釈ハッピーだよね。

(どちらかというと、諸戸が悋気を持たなければ、欲を出さなければ、あるいは悪い男になれていたら、箕浦と一緒に天国に行けたかもしれないのに諸戸が鬼の箕浦を生み出してしまった…って自己破滅エンドの方が私は好きかな。まさに疑心暗鬼を生んだ、的なね。)

(報われず自分に追い込まれ破滅した美しい男性テーマ舞台大好物なんです。)



延々と箕浦組について語って夜が明けてしまったけれども、他の役者さんや演出表現もとても良かった。

諸戸の父親最期に対して、主人公である箕浦』の感情が語られず『諸戸道雄』の感想セリフとして発せられたのも、諸戸の父親を演じていたのがまだ30前半と『私』に近い年齢の美しい河合龍之介さんで妖しい男の色気を放っていたのも、「諸戸の主観こそが語り部の『私』」であったとするならよりしっくりくる。

父親の変貌は、絶対他人箕浦よりも諸戸の方がショックな出来事だ。

父親越えなんてテーマもよくあるほど、子供から見た方が親はより巨大さ恐ろしさを増すし、親が壊れる様というのは「自分にも起こり得る恐怖」と「自分があれほど巨大に感じていたものとは一体何だったのかという虚無」感がぱない。私も父親経験たからわかる。

河合さんの怪演は本当に感じるものが多くあった。



舞台というもの面白いもので、同じ現実を同じ密室複数の人々と同時に別々の目線位置角度(物理的な意味で)から観測するものから

書籍映像物語を鑑賞する以上に「他者が見ていない『自分視点』」が感想を述べる際にものすごく意識される。

たとえ自分複数人居たとしたって、観劇した感想は同じにならない。

演出による印象操作完璧に同一にはできない。(それをぶち超えるクソチート暗殺者が『音楽』だと私は考え重要視しているけど、それはまた別の話)

から舞台は観るだけでも楽しいし、感想を言うのも聞くのも他メディアの何倍も楽しい



そんな訳でこれらの感想はすべて《私》の主観しかなく、原作者スタッフキャストが込めた意図真相はわかんないんですけどね。

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」、とてもよい観劇でした。

http://anond.hatelabo.jp/20170206010251

トトロって面白いまらないなんて目線で見る映画だっけ。

こないだも重箱するやつに引っかかってしんどかったんだけど、片隅はエンタメかという話。

いわゆる原義のエンタメは片隅も引っかかるので片隅はエンタメだという話をゴリ押しされた。

ではなく昨今エンタメといえばTVトークショー映画で言えば一大スペクタクルみたいなイメージがある。

そこで「片隅はもうちょい文学的な側面があるでしょ」

というと今度はエンタメ文脈が付加されて後年文学になりうる、とかめんどくさい話が出てきたり。

だったら進撃の巨人だって円谷プロから続く怪獣もの文脈変身ヒーローもの文脈を暗に含んでるので文学側面がありますね、とかわけわかんない屁理屈が出てくることになる。

じゃあトトロという作品に対して第一に上げる意識エンタメで間違いない言えるかどうか。

そうなるとこの元増田みたいな目線で見ることになる。まあ流石に釣り記事だとおもうけど。



ちなみに一番めんどくさかったのがファンタジーの話。

SFファンタジーなのでSFは広く取ればファンタジーです、と言ってゴリ押しするおかしなやつがいた時。

2017-02-05

[] #14-5「生活教」

荷席にあったのは、大量の飲料水だった。

それらは見覚えのある市販のモノで、未開封であり何の変哲もない

予想外の代物に弟たちは肩透かしを食らうが、数秒の沈黙のあとにミミセンが閃く。

「聖水か? この水は? 聖水として売っているんじゃないか?」

事態を上手く飲み込めない教祖は、弟たちにコロコロ目線を向けながら、坦々と説明を始めた。

「いえ、単純に私個人が使うものです。ちょっと前に水ブームがあったでしょ? ここに来る途中、在庫を持て余した店が安く売っているのを見つけて、衝動買いしたんです。効能はよく知りませんが、飲料水として普通に使えるので」

随分と面白みのない返答に、むしろ弟たちは疑念を強める。

教祖は状況を飲みこめないまま、車を人質にされて問答を迫られることになった。

政界進出とかするの?」

「……何だか、随分と知識が偏っていますね。そんな目的はありませんよ。信仰している人は他にいても、組織ではないですし」

「なんだよそれ、じゃあ何のために布教してんだよ」

「何って……教えを説いて、広めることに決まっているじゃありませんか」

「いや……だって、その“教え”ってのが……」

「分かりきっている? 当たり前?」

それは確かに弟たちの言おうとしていた言葉だったが、教祖自身から出てきたということに驚きを隠せなかった。

「それを分かっていて、何で」

「当たり前のことが、実は当たり前のことじゃないのです」

その言葉に弟たちは一斉に首をかしげる。




「人は時に『今さら』だとかと腐すけれど、それは誰にとっても今さらなことではないのです。掛け算の順序を逆にしても答えは同じことを子供が自ずと発見したとして、それを『今さら』だと腐す大人がいるでしょうか?」

もっともらしくも聞こえたが、弟たちは怯まない。

なにせ相手宗教なので、油断ができないのである

「いや……でも、やっぱり今さらだよ」

「仮に今更だとしても、その知識を自ら完全にモノにして、始めて知識は本当の意味を持つんじゃないでしょうか。ならば全ての人間がそうなるまで、今さらだと思われていることを反復して、提唱することは意義のあることだと私は信じています

「なぜ、それを宗教に絡めて?」

「一つの体系に限界を感じたからです。科学的な、現実に沿った教えは尊重されるべきですが、それでも取りこぼしはある。だから私は宗教を通じて生活をより良くする教えを、別の側面から広めようと思ったのです」

「あえて、非科学的なことを言っているってこと?」

本質的意味目的が同じであれば、私は一つの体系にこだわらなくてもいいと考えています。むしろ拘ることこそ、視野を狭くする要因になるとも思っています

教えに対して、予想外の理念に弟たちは顔を見合わせた。

教祖の言うことは詭弁な気もするし、おためごかし可能性も捨て切れなかった。

或いは他に見落としている何かがあるかもしれない。

だが、弟たちには何の論拠もなしにどうしても食い下がるような理由特にないのである




教祖の乗った車が走っていくのを見ながら、弟たちは自分たちの頭に残るモヤを何とかしようとしていた。

「どうなんだろう……宗教からといって頭ごなしに否定するなってのは、何となく分かるんだけれども」

「うーん……要はあの宗教が良いのか悪いのかで考えることになるんだけど……何を信仰していようが、それでヘイトを広めたりだとかもせず、むしろ善良な人を育てようとするなら、少なくとも悪いことではないのかも」

それで納得しかけた矢先、ミミセンが一つの疑問を投げかけた。

不安があるとすれば……信者たちは本当に、そういった理念を把握した上で信仰しているかってことだろうね」

「どういうこと?」

「同じ宗派からといって、同じ考えとは限らないって事だよ」

(#14-6へ続く)

2017-02-04

できる!モラハラ

あれ?

これってもしかしてモラハラ

気付いたときにはもう遅い。ストレスループガッチリ嵌め込まれ、顔色を伺い右往左往

モラハラを受けた身としてやり方を書いてみます。条件としては会社内での事です。

ターゲット

モラルハラスメントを行うにはターゲット吟味重要です。出来るだけ従順、素直、適度に無知な人を狙います

きちんとした社会経験を積んだ人は、すぐに論理性の破綻に気付きます。また、自信がない人であればなお結構

新入社員というポジションは割と良いターゲットだと思います

モラハラに移行する前までの行動

段階は3つ踏みます

①懐柔

②親和

攻撃

①ではターゲットに優しく近付き、褒めたり認めるような言動を繰り返します。俺だけがお前の良さをわかっている、という事を染み込ませましょう。また、目線は下に落としてはいけません。あくまで上からです。

ここでは信用を得ることが目的です。

①が済んでターゲットが心を許してきたら、②の段階です。二人の間柄がよほど親しくなったと錯覚させるため、プライベート情報を握るようにしましょう。介入するのも大変よろしいです。①程褒めたりしなくて結構です。悪いところを指摘し、自分ダメな奴だとターゲットに思い込ませて下さい。褒めると叱るを繰り返して、信用を崇拝に変化させて下さい。自信がない状態となれば、他人からの誉め言葉にも懐疑的となります。俺は認めてるんだけど周りはな……と優しく慰めてあげましょうね。

この状態関係が続けられるのであれば、③攻撃にまで手を出す必要はありません。

①と②の段階ではひたすらに金をつぎ込みます。ここで恩を着せまくる事が攻撃段階で生きてきます。金はターゲット我慢させる薬です。諦めるな。

しかしながらモラハラ醍醐味は③攻撃です。

相手に非を見付けたら粘り強く糾弾します。どんな些細な事でも構いません。大事なのはお前が悪いという一点です。

利用するべきワードをいくつか上げますので、是非利用してみて下さい。

大人になれ」「お前の感覚おかしい」「お前の事を買っていたが裏切られた」「信じていたのに」

周囲には自分は悪くない事をアピールしましょう。自分の非は一切認めてはいけません。しかし周囲にお前の方が悪いのでは?と言われるような事柄であれば、ターゲットへの攻撃は隠れて行いましょう。

②の効果ターゲットは周囲から孤立、もしくは一番仲が良い人は自分というポジションになっています。否応なしに自分が悪いという問題に目を向ける事となります

ターゲット絶対に逃がさないで下さい。誰かに相談させてもいけません。こんな小さな問題で周囲に迷惑をかけるのか?と縛り付けていく必要があります。この縛り付けにはダブルバインド効果的です。あまり心理学には詳しくないのでググってどうぞ。

とりあえずは要求命令に対してどのような反応をしてきても否定する、という事を覚えていて下さい。例えば「覚えてる?」a覚えてる b覚えていていないという反応の場合、aならば「自分に都合よく覚えている!」bならば「ごまかすな!」といった具合です。

疲弊したターゲット自分から離れようとしたら「ではこれとこれはもうしないで」等と周囲に迷惑が掛かる要求を行います。周りを人質に捕られたターゲットは、再びモラハラの中に身を沈めます

被害者になったら

まずは周囲に相談しましょう。全くの孤立無縁状態内戦線味方無しであっても、誰かに相談=モラハラへの抵抗です。

牙を抜かれた子犬ちゃん状態では全くお話になりません。相談することは戦う力をつけることです。大概のところあなたは悪くありません。自分が悪いのループから抜け出しましょう。

モラハラメール文書で行われたものであれば、コレクションしましょう。誰かに見せて笑い飛ばしてもらうのも良いものです。モラハラはポエミィなメールを送ってくれたりするので、酒の肴にするのも一興です。

反抗しないかターゲットにされたのです。反抗出来ないようにターゲットにされたのです。抗う力をゆっくりと養いましょう。

憎しみとストレス一朝一夕で消えるものではありません。被害に合う前に怪しいな?と思ったら距離をとってみましょう。

とりとめのない文章になってしまいましたが、何かの参考になれば幸いです。

http://anond.hatelabo.jp/20170204085245

散々言われてるが


  • 昔の方が遥かに「母親」だけではなく「女」全般に対して厳しく、今はマシになった
  • 子供権利尊重されるようになったため、「親」に対して厳しくなった

ってのが同時進行だから

子供が居ない「女」の扱いは大分マシになったけど、後者理由で「母親」に対しては昔とは違う意味での厳しい目線が生まれているので

今は「母親」だけが厳しく扱われていると感じるんだろう



ついでにそろそろ今時の女は甘えている、女尊男卑だーとか言うのが出てきそうだが

勿論男の方がずっと甘やかされている構図に変わりはない

でも昔の男と比べると今の男は多少厳しく扱われるようになって来てるから、上の世代と比べて物凄く損していると感じている若い男が多くて

それが老人ヘイトとかに結びついてると思う

(逆に女だと上の世代の女を羨ましがる若い女と言うのはほぼいない、昔の女の方が遥かに悲惨な扱いだったのを知っているから)

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170202224100

気のせい

視聴者に気づくほどの演じ方の違いなら、いくつもの現場を受け持ってる制作サイドはとっくに気づいてる

それでも、その演技で良しとして作品を完成させてるならそれは今のスタンダード

時代が変われば演技も変わる

もっと言うなら視聴者目線が、物語の本筋とは違うモブの演技にまで目が行くようになったのか

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