はてなキーワード: ブクマとは
SPモードとかの必須アプリのダウンロードだけで定額MAXまで行っちゃう
ってのがあるけど、その他にも重大な問題があることを発見しました。
1.家電量販店でドコモのスマホを購入してパケ・ホーダイ ダブル2を契約。
2.手続きに時間がかかるから閉店までに取りに来てくれればいい、とのことで特に慌てずゆっくり時間を空けて取りに行ってから帰宅。
3.とりあえず急いでWi-Fi繋げなきゃ、と思ったところ本体起動時間が既に数時間経過していることに気付く。
4.なんで数時間経過してんの?と家電量販店に電話すると、手続きを行った者に確認して折り返します、とのこと。
5.十数分後に担当者から電話が来て、簡単な接続確認をして放置してましたが何か?電源入れっぱなしでの引き渡しは普通ですが?的な回答。
6.その間パケット代発生するだろうが!アンタじゃ話にならんから上の人間に代われ!と言ったら、わかりました掛け直します、とのこと。
7.数分後上司らしき人間から電話が来て、すいませんこちらの対応に落ち度がありましたので定額MAX分の商品券を送ります、となって終了。
要するに売る側もパケ・ホーダイ フラットが前提だと思ってる。
まだ手元にない状態で発生したパケットにお金を払うのはバカらしいよね。
ダブル定額系とかで買う人は、引き渡し時に電源が入ってたら文句言ったほうがいいよ。
本エントリは
って話じゃなく、
知らない人は何も知らないまま、売る側が当たり前のように無断で客のリソース消費してる!
もっとちゃんと売り側の意識を改めてもらうためにはココをツッコめば良くね?
ってのが真意です。
最後の上司らしき人は、4~5本のアプリをインストールしたことも話してました。
おそらくモ○ゲーとかのロクでもないアプリです。
その言葉は本当に本音なのでしょうか?
小学生の話を聞いてる時でも「私がこういってほしいと思ってることに合わせてるかも」って考えちゃう時もあるしね。
ここでいう本音はわたしが勝手に定義したもの。本文で述べたような「構造の中で本音の位置にあるもの」を、便宜的に本音ってことにしてる。(図をかきながら説明できれば手っ取り早いんだけどね)
言った言葉を土台として、そこからいろいろ話が伸びてくれれば、その土台となった部分が本音だったんだろうって思うことにしてる。
あと特徴として、感情が表に出てる時の話は、まとまりがなくてぐちゃぐちゃしてることが多い。
そういうものを「これは本音だから」ということでこちらが黙って聞く。
相手も本音のつもりで、真剣に喋ってもらう。そういうお約束ごとみたいなものでもある。
そういう訳で、厳密な定義はない。使えりゃいいんだよ、程度の大雑把な感覚で捉えてる。
そもそも価値って何なんでしょうか?
価値には人によって変わるんじゃないでしょうか?
そのとおり。大事なのは「何が価値か」ってことよりも「価値はどこで発生するか」っていうことと「どういう時に価値を感じるか」だ。そして「どこで」は言葉を受けた人の心の中、「どういう時に」はそれが自分にとって役に立った時or気に入った時だ。「価値って何か」の答えは、この2つの条件を満たしたもの、ってこと。この考え方は、ブランディングの本から拝借したもので、私オリジナルってわけじゃないです。
受け手が意味を理解できること、そしてできれば役に立てられることによって価値が生じるんだ。
そのために、言葉と受け手の大事な所と結び付けられるように工夫する必要があると考えてる。
だから、
これについて、あなたなりの考え方もあると思うけれど私自身はただ言葉にしただけのものに価値は認められない。
そこに価値があるっていうのは簡単だけど、それじゃもったいないと思うんだ。
だから、本人がぐちゃぐちゃしたものをただ言葉にすることで価値があると感じたなら、本人にとっては価値がある。
でも、そのままだと周りの人には伝わりにくいと思う。
気持のぐちゃぐちゃした部分って、すごく大事なものになりうる、と思ってる。
それは、自分には使い方がわからなくても他の人が使い方を理解して教えてくれるかもしれない。
でもそこで終わりにするんじゃなくて、
それを自分でもよく振り返って使い方を考えてみたり、
他の人に見てもらえるようにちょっと一手間かけるといいかなってこれはおすすめ。
それでね、すごいな、と思うのは、こういうのって教えなくても皆できてるんだよ。
私はいちいちノートに書かないと自分の本音を自分でチェックして分析して、とかできないんだけど
むしろ生徒の方が、そういうの上手にできてる事が多いの。
もちろん語彙の問題とか考え方が単純だとかいろいろあるけど、ちゃんと自分にとって大事な事を考えてるの。
そういうのを聞くのって、私にとってはものすごく価値があることなんだよね。
むき出しの本音見たくないのにTwitterしても誰もフォローできないんじゃ
はてなでウェブ上を巡回していると気づくが、ブクマ数毎に記事・ブコメの質が変わってくる。ただブクマが多ければ記事の質も比例してよいというわけではなく、数に応じて傾向がある。
人気ブクマには上がらず、その情報を探していた人にとっては有用な情報が記事になっている。またはブクマする癖のある人がふらっとブクマしただけ。
その情報を探していた人にとっては「非常に」有用な情報が記事になっている。特定の人ではなく、特定の分野(カテゴリ)に属する人が集まり、コメントも属性の近い人同士で有用な意見が集まる。
この辺りからホッテントリに表示されるようになり、特定の分野に関係の無い人、また同じ分野でも記事の意見に否定的な人が集まってくる。id指定のディベートも起こるようになるが、「あなたはこういう意見、私はこういう意見」という互いに頬をひっぱたき合って互いに納得する、調和が取れた状態で落ち着く。
ブクマが二分している状態または片方の勢力にドヤ顔でケチをつけ、「多数勢力になびかない俺かっこいい」的コメントを残す人(はてな村中級者に多い)が段々出てくる。
※ただ、既に31〜100ブクマで議論が交されたところにいきなり踏み込むと、その議論が起きるまでの経緯なしに目にすることになるので「何こいつら熱くなっちゃってんの」となってしまう心情は理解できる。
このような流れなので、せいぜい250ブクマまでが記事、ブコメ共に楽しめるバランスのいい状態。これ以上ブコメがつく記事については、そのブクマ数に達するまで短期(0〜2日)か中長期(3日〜)かで質が分かれる。
割と常識過ぎてその筋の中上級者には記事にする気すら起きないような内容(Excel で If の空白処理とか)だが、初心者には目からウロコとなるような記事はホッテントリに上がるや否や凄まじい勢いでブクマがつく。こうなると、「やり方が間違っている。正しくは○○だ」という親切心や「こんな適当な記事でブクマ数集めやがって」という嫉妬、「なんでこんなブクマついてるの」という、ブクマするお前が言うなっていう大衆忌避のブコメがダイソン状態で集まってくる。こういう記事は内容だけ軽く頭にとどめておき、ブコメの阿鼻叫喚ぶりをサラっと眺めてページを閉じるのが精神衛生上ちょうどよい。自分も熱くなってしまったら負け。
こちらは、記事の内容がよく推敲されておリ、脊髄反射的によさげな雰囲気だけでブクマされたものではなく、内容を丁寧に読んだはてな村民が丁寧にブクマした結果で時間を掛けてブクマ数が増えているため、内容が自分に合っているのであれば素直に便乗してブクマしておくべき記事である。ブコメも(ブコメ数)/ 100 ぐらいの数で記事に新たな視点を加えるような建設的・効果的な意見が上がっていることも多いので、はてな村民としては「ブクマが多いページをブクマして多数になびいたら負け」という気持ちからブクマをせずに閉じてしまいたくなる衝動にも駆られるがそこは我慢。新しい知識を得るための痛みだと思って恥を捨ててブクマした方がいい。
2011.3.11 の震災以降、情報に敏感な人が増えたのか、昔よりも記事のブクマ数が増えてきたように思う。ユーザ数が増えることは称賛すべきことだけど、(どんなサービスでもそうだが)多くなりすぎるとノイズが増えすぎてコンテンツの質を損なってしまうことが多々ある。
だけど読むべき記事、読まなくていい記事、コメントしなくていい記事など一人ひとりで基準を持って使っていれば、(時代の流れやユーザ数の遷移に伴って基準は修正しなければならないけれど)自分が得たい情報以外に無駄な感情や精神力を使わなくて済むので、はてな村の皆様もぜひはてなリテラシーを高めて過ごして頂きたく。
http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20120207
http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20120208
こんなくだらない口げんかで相手に脅し掛けるためだけにいくら使ったんだこの人。
時間と金を掛けてこんなことやりにいって、楽しかったんですか。何か元が取れたんですか。
本人すら何も得ていない、当然周りも何も得られない、本当に完全に金と時間をドブに捨てただけだよね。
どうせ捨てる金なら、震災復興やら恵まれない子供やらのために寄付したりとか、他にもっと有意義な使い方はあったろうに。あるいは、東北の被害の少ない地域に旅行に出かけてお金落としてくる方がはるかに有意義だろうに。
Midasに「殺せるもんなら殺してみろ」と言いに行くことがそんなに大切だったのか。チャイムがちゃ押しして誰も出てこなくてさあ帰ろうかって時、さぞドヤ顔をしていたのだろうな。
交通機関に何使ったかしらんけど、新幹線かな? こんなくだらないことのために電力を浪費。馬鹿じゃなかろうか。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120207/1328600080
ハックルファンとして、最近の彼の記事の腑抜けぶりには強い憤りを感じていたが、これはもう限界だ。
おおハックルよ、最近の浮気性ぶり、他人の言葉を借りるだけで自分の言葉で語る不甲斐なさ、すべてがなさけない。
この頃から比べての劣化ぶりはどうしたことだ。全盛期を思いだせよ。
もっとご自慢の感性で、文章力で、はてなの駄目なところを抉れよ。それができないなら少なくともはてなはやめてしまえ!
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080611/1213162474
岩崎夏海という人の書いた文章と、はてな民によるツッコミが共振して、
ハックルさんに対する2ちゃん民の記事を取り上げる記事などを取り上げる事案が数件あったが、
彼のベストセラー作もしドラについては、ほとんど興味を持っていないことからもわかる。
よく知らない外部の人間からみたらただのキチガイにしかみえないが、
実際は高度なお約束から、作者と読者の強い相互理解成り立っている、ハイコンテクストな娯楽なのである。
時代こそ浅いが、歌舞伎のような伝統芸能の一種と考えるのがふさわしい。
現代風に言うならば、完成度こそ低いが、いや、完成度が低いからこそみんなに好かれる、
アイドルは、読者との間の関係の強さが全てだ。
ファンが求める虚像をどれだけ上手に演じられるのか、それが全てである。
その点、この岩崎夏海という人物は類まれなる才能を持っている。
彼は、精神科医の診断によると承認欲求の赤星巨星といっても良いほど承認欲求に飢えており、
周りなど気にせずマイペースに記事を書いているように見えて、
実際のところは強烈に読者を意識して意識して意識しまくっている。
ハゲって言われただけですぐに傷ついたフリをしてみせるなど、読者に媚を見せることに一切のためらいがない。
自己を見失ったり、自己イメージが磨耗して続けられなくなるのが、彼はそうならない。
いかなるメカニズムかはわからないが、彼の自己イメージは尽きせぬ承認欲求の供給によって常に明確に保たれており、
日本一のベストセラーを達成しても、常にむっつり不機嫌顔を絶やさず、負のレジリエンシーを維持し続けていた。
彼は、まさにアイドルとなるべくして生を受けたような、選ばれし存在だった。
ところが、最近の彼はちょっとおかしい。具体的に言うと、結婚の発表があったころからだ。
彼のアイドルらしさが薄れてきている。彼自身のスタンスが薄れてきている。
最近の彼の目は応援している観客の方をみておらずなにやら見当違いの方向を見つめているような印象だ。
ありえないことに、「彼が自分の頭で考えたことについて話をしようとしている」ようにすら感じられる。
彼が人気であるのは、彼個人の思考や目の付け所などは一切関係がない。まして文章力はゴミクズのようなものだ。
それでも人気があるのは、なぜか? 誰が彼を愛しているのか。
記事を更新したら30分以内にはてブを貢ぎに来る愚民どもではないだろうか。
その原点を振り捨てて、新しく進もうというなら、周りくどいことは抜きにして、堂々と宣言するべきではないか。
礼儀さえ尽くされていれば、我々は彼の変化を心から歓迎するだろう。
しかし今のようなつまらない記事でお茶を濁されるのは、絶対に許せない。
ピントのぼけたつまらん記事を書くくらいだったら、家族サービスに徹してください。
今のままだと50ブクマ越えられないと思うんで、しっかりしてください。
50ブクマ越えられないへっぽこ記事を書いてるハックルなど存在する意味がハゲくらいしか見いだせない。
http://d.hatena.ne.jp/renewal49/20120203/1328276390
この記事面白いなー。
しかしどっちかというと逆の問い「どうやって金払わせるか」のほうが面白いと思うのでこっちも考える。
「価値のラインが出来てしまえば、そのラインまでは払ってしまう」ってことでもあるよね。
んで、グリーたんとかDeNAきゅんはとってもこのラインを引き上げるのが上手。
価値はそれぞれの人の心の中にあるんだよ=心理操作しだいでゼロからでも作り上げられるんだよって
シレっと答えられる人が今の勝ち組さんなわけですね。
で、具体的にどうやってるんだろうとおもって興味は出てきたんだけど、
自分ではソーシャルゲームをやったこともないしなんか怖いのでやるつもりもない。
というわけで、いろいろ参考記事まとめてみた。
とりあえずこのあたりのテーマで、おすすめの記事があったらトラバとかブクマで教えてくださると嬉しいです。
他にこのあたりも考えろボケっていうのがあれば是非教えていただけると助かります。
これについては
http://alfalfalfa.com/archives/5117421.html
http://blog.livedoor.jp/borisgoto/archives/52070071.html
という記事がめちゃくちゃ詳しい。これについてはもう完全にパチンコで培った技術の有効活用。
何回説明されてもゲームシステムが理解出来ないのだが、
まぁ取引あるところではレアカードの価値が上がっていくのは当然だろう。
http://siusiu.blog.shinobi.jp/Entry/517/
カードの価値を維持するために、経済学的(笑)な知識もフル稼働する必要があるとあって
私がかんがえているよりずっと高度な商売をやってることがわかる。
んで、二次元のキャラを愛するって気持ちが全然私にはわからんと思ってたら
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20120203/1328284471
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1694107.html
こういう記事が上がっていて参考になる。
そろそろ「モバゲーがエロすぎ」って記事もどっかがまとめると思うが、このあたり見てると
しかし大前提として、上記のような仕掛けができるようになるためには、
まずそのゲームに入り込んでもらわなければいけないわけで、
昨年、俺が書いて1200ブクマくらい集めた増田エントリがアフィリエイトサイトに転載されていた。
もちろん、コレ自体はいいんだけど。これまで書いた他の文章もほとんど全部どっかのまとめサイトに転載されてたし。
ところが、今回のサイトどこを探しても転載元を示すリンクも、そもそも転載である旨の表記もない。
親切なはてなーの皆様がブコメやらツイートやらで「無断転載だ」と指摘してくれてはいるけれど。
で、まぁ俺も別に嫌儲な人ってわけじゃないので。個人がまとめブログを作って
ついでにアフィ張ってお小遣い稼ぎするくらいは別にいいと思うんだけどね。
でもさー、life hack japanさん。あなた、サイト5つくらい持ってるよね?
http://lifehack-japan.biz/さんよぉ。これは、まとめサイトを作るのが主目的ってわけじゃねーよな。
カンッペキに営利目的だよなぁ。ニュー速が死んだんで新しいエサ場探してるんですかね?
俺は匿名で書いた以上、別段その文章がどういう風に利用されてもそれほど文句はないんだけどさ。
それでも、自分の書いた文章が自分の預かり知らぬところで公開されてると、何らかの批判が来たときに
俺がそれに応答できないのがまず困る。そして、俺はエントリについたブコメやツイートをニヤニヤ眺めるのが大好きなんだ。
ところが、転載されてることに気づけないとそれも出来ない。今回はたまたま気づいたから良かったけどね。
本ブログやらIDやら晒して暴れてもいいんだけど、それやると俺はここに匿名でアホな記事を書き込むのが
すごくやりにくくなるし、何よりニュー速みたいなアフィ騒動が起きて欲しくもない。俺の本業にも障りが出そうだし。
結局、ネームクレジットをつけたくないから増田で書いてるわけで。
とはいえ、匿名のまま「俺の記事でアフィるな、せめて転載である旨明記しろ」とか叫んでもあんまり意味はないよな。
そういうわけで、転載するならするで最低限のスジ通して欲しいもんだ。
そうすれば、お互い気持ちよく過ごせるし面倒もない。そうは思わないかな。
というか、そろそろネット上の匿名テキストに関する著作権のガイドラインが出来てもいい頃だと思うわ。
転載であることを明記したとしても、ここまで明らかに営利サイトなのが見え見えだと結構イラっとする。
2chの書き捨てならともかく、それなりに手間かけて書いたテキストだからなぁ。
アフィは滅べとまでは言わないが、2chと違って増田はログ消えないわけだしなぁ。
どーなのよこれ結局。
http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20120121/p1
むちゃくちゃ同意。
人の笑いや泣きがどれだけ簡単に操作できるかについては
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8905211 でも見れば一発で分る。
世の中って、感動屋の方が人を動かすことが多いのだよね。
というか、本当に
・「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」
・より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生はオウム真理教の信者よりもつまらないことになってしまう
こういう人多い。
で、こういう人が多く集まって、それが正しいのだって空気が形成された空間、プチ社会は本当に息苦しい。
私にはこれが形を変えた体育会系とか吉本喜劇のクソヒエラルキーのように、脳が酸素欠乏になればなるほど偉いみたいなドMの集団にしか見えない。
はてなは、そういうのが苦手な人が多いと思う。他人に笑顔を強いられるくらいなら自虐することを選ぶくらいそういうのが嫌いな人が多いと思う。
上の記事のような、ユーモアやアイロニーでこういう空気に冷水を浴びせる記事が人気になりやすい。
多くの人が批判記事を書いて抵抗の意思を示す。
ハイテンションな人がちょっと本気をだせば、あっという間に2500ブクマ越えを達成してしまう。
ゲーセン少女など可愛く思える、病弱な少女を酷使して死に至らしめておいて、泣けばすべて許されるという初期ケータイ小説的な道徳を描いた虐待推奨小説が300万部のベストセラーになることを止めることはできない。
ハイテンションな人の熱狂には結局勝てないのだ。
その理不尽な現実はますますはてな民を苛立たせるが、早いところ受け入れざるを得ないのも事実だろう。
頭が冷えているときは、「人と人って簡単に分かり合えないよね、というか絶対に分かり合えないよね、みんな一人で生きて一人で死んでいくんだよね」ということと向き合わざるをえない。
そういうのは人気がでない。人気が出ないと言うか、あまりオススメしない。
特に今みたいに、支えとなるものが金くらいしかなかったのに金すらもない状態で、そういう訓練したことがないのにいきなり一人で向きあうのはむしろ危険だとすら思う。
ある程度みんなそれがわかってるから、すごくつまらないことでも共有して盛り上がってハイテンションにはしゃぐ。
とにかく泣く、怒る、やばいやばいと黄色い声で絶叫する。そうやってうすっぺらい経験を少しでも濃いものとして錯覚しようとする。
自殺しないで生きていくためにはこういう必死の努力が必要なんだろう。
そういうことを考えると彼らは彼らなりに生きるのに精一杯なのであって、愚か者といって批判するのもなんか違う気がする。
命がけではしゃぎまわり、群れようとする彼らには勝てない。
でも負けを認める必要もない。負けを認めて、彼らのルールに適応しようとして頑張ってモテ系の記事を読んでも、どうせ一度冷めた熱は上がらない。
日本人のうち9割はドMなんだ、でも僕はMじゃないんだ、体育会系ではないんだ、とはっきりとカミングアウトする勇気が必要。
意識して別路線を選ばないと、その自覚を持ってないと、生きるのが苦しくなる。
そんなことより今週のハンターハンターがめちゃくちゃおもしろくて生きるのが辛い
うわーそうきたかー。 蟻編とはなんだったのか、どころか、24巻あたりの伏線がこんなところで生きてくるとは。富樫神すぎるだろ。
追記
だから、私はその上下とか高低ってのがいやだから、横に広げようとしてるわけよ。ヨコのものをむりやり縦に考えないといけない病気でないならそこは理解してください。
H×H単行本はシリーズ累計5500万部でていてケータイ小説のトリプルミリオンなんか鼻で笑えるくらいハイテンションな人御用達コンテンツと思うけど。あたなが横と思ってるものこそ縦かもしれんぜ
系のツッコミありがとう。それについては一つ目のトラバの返信に書いてあるから読んでね♪
ハンターハンターを好きなオレは縦社会から抜けだしたヨコの人間だと主張するつもりもないし、どんなマイナーな作品が好きだろうが、それはただのマイナー好きです。
あと、文中でも述べているように、ハイテンションな人たちを批判するつもりは全くないんですよ。それどころか彼らの気持はよくわかるつもり。
私が言いたいのは、「ただそこしか居場所がない」という考えから抜け出したい、ということなんですね。
必要ならみんなで盛り上がっていい。 何かをきっかけにして、人とつながりあう感覚は時々必要になります。キャッキャウフフな人たちを批判するつもりなど毛頭ない。
分かりやすいように話をぐっと傾けると、「・・・してたら楽しかった!」が逆転して盛り上がることやつるむこと自体が目的化され、常態化されるような状態は嫌だってことです。
これずっとやってると感情が薄まるんですよね。良い方向でも悪い方向でも自分の頭が麻痺してくる。
形的的を追い求め過ぎて、外からみるとリア充だけど中身は・・・って経験は誰にでもあるでしょう?
・・・と、ココらへんまで話を傾ければ誰にでもわかってもらえるとは思うんだけれど、私がいいたいのはそこまで傾けない状態のことです。
ここまで極端な話をシなくても、もうちょっと手前の微妙なところで、しんどいって言うくらいはいいじゃない、と思うんですがどうでしょう。
単純に言えば、あんまり周りに振り回されずに、好きでないものや、必要でないもの、必要でないタイミングにはNoという。
その代わりに好きなものやここだというタイミングではワッと楽しみたいです。感情を濃くしたい。そんだけ。
追記2
反応が帰ってくるのは予定していたとおりだけれど、内容は予想以上。我ながらナイスアシストができたと胸を貼りたい気分。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120124/1327388248
彼がまともな記事を書くと、普段の彼とバッティングするというのが非常に味わい深い。
私はこれからも岩崎さんの綺麗な面を際立たせるような、彼がまともな記事をかけるような問題提起をしてきたいと思います。
今回は、直接作品について、しかも悪口の形で触れてしまったのである意味反則です。
そうではなく、岩崎さんの正義の心を激しく揺さぶるようなテーマを提供していきたい。
最近岩崎さんはスランプらしく、自分で考えて記事を書くことができないみたいなので、みんなもアシストして行きましょう。
あと非常に悲しい誤解があります。
またぼくの悪口がはてなに書かれていた。
私は岩崎さん個人は大好きですよ。
自分はこんなにタブを開いているが読んでいるのだろうか、全て読む必要があるのだろうか、したいことはなんだったんだろうか。
はてブやツイッターを見ながらタブでどんどん開いていき、読むのがめんどくさくなったらブクマをはる。なんのための情報集めだったんだろうか。
有益な情報がたくさん見つけられて、興奮する瞬間もある。
『有益な情報』、特に『ライフハック』と呼ばれるものは”方法論”で、”こうすればうまくいく”とか”これはよんどくべき、やっておくべき”だとか。
そんなこんなで、情報を集めたあと、実際に自分の行動を選択する瞬間がやってくる。
現実に活かす時だ。この時を待っていた。
有益な情報の中から『選択』をする。全てをやる時間はないし、それぞれの情報には齟齬が生じる。そこで取捨選択が必要になってくる。
このときに無意識なうちに心がけてしまうのが、『一番公平で』、『一番万人に通用しそうな』、正しく一番『合理的な』方法や情報はどれであるか。
ここで変なのが、はなっから『自分』が存在しないということである。合理的というのはいかに自分を消すかということであり、万人に通用するような一般則をみいだすかである。自分という文脈を完全に無視している。ある意味自分を否定することから始まる。
もう一つおかしなことがある。選んでいる自分自身は『合理的』・『無私的』かもしれないが、その情報は論理の飛躍があるかもしれないし、誰かの主観が凝り固まったものかもしれない。
ここで言いたいのが、論理の飛躍や、主観の凝り固まりが情報の質を著しく損なうものであるかといえばそうでもない。
むしろ、強烈に面白いと思われる物、人、情報は往々にしてなんらかの論理の飛躍、論理では説明できないなにかを内包している。
面白いというのは価値である。絶対である。面白さ=品質である。
しかし、面白い情報を集めることに意味があるのだろうか。それらを厳選して、凝縮して、合理的に、無私的に。
集めている段階から自分を殺しているのだから、自分の血にも肉にもならないし、なったとしても魅力的ではない。つまり面白くない。
情報の質はそれぞれ高いかもしれないが、それが脈絡なく量となって降りかかって来る頃には無価値となる。
結局人が求めているのは成長と共感である。自分自身の成長を感じる、か、自分自身と照らし合わせる、の2択である。
その情報が嘘かホントか、合理的か非合理的か、が問題になる情報は少ないし、そもそもインターネットという媒体にはそぐわない。
嘘でもいい。自分にフィードバックがあれば。自分にフィードバックを求めるためには、インターネットの中に自分を置かなければならない。虚構の固まりの中に。
発しなければ、返ってこない。今受け取っているものはその他大勢に発せられた無価値なものである。孤独を催させ、自分を否定するだけのものである。
ライフログとしてのインターネット。情報を体験に変えるものと信じて。
いつも何気なく、インターネットを見ていたブラウザ、Internet Explorer。Safari。どれもただブラウズ=閲覧という意味を越えている。
もともとそうなのかもしれない。自分自身が入っていかなければならないのかもしれない。インターネット探検家として。
インターネット探検家。私自身、いつもそうありたいと思っています。
そして今、卒業して新たな人生を踏み出すあなた方にもそうあってほしい。
ありがとうございました。
あんまり関係はないんだけどこの記事を受けて。
■Google+が作る「繋がりによる検索の世界」が侵食するSEO,SEMのこれから
googleが目指すべきは、facebookではなく「はてブ」だと思う。
その先を目指してくれ。
そのクラスタによるキュレーションを反映した検索結果じゃないか。
ざっくりいってしまえば
に応える検索。
今は意外にこれが難しい。
その記事のタイトルっぽいワードをいれてもさっぱりあがってこないのな。
ここがうまくいけば、ブクマしてても、し忘れててもどっちにしてもgoogle検索で
その記事にたどり着くという遷移ができる。
google+が向かうべきは、「だれもがまずそこにログインする」ような
コミュニケーション重視のSNSじゃなくて、+1しておいてあとで読むとか
記事に対する軽いコメントや議論ができる、まさにはてブのような機能とか、
使いやすいオンラインブックマークとしての機能に、ソーシャル要素をがっちりと盛り込む
ことじゃないか。
「webページに対する言及や、キュレーション()を前提としたコミュニティ」
NAVERまとめ()みたいなページつくれる機能をいれてもいい。
・+1スクリプトレットに、はてブ、facebook、twitter等への投稿機能をもたせて展開
・ブックマークの傾向により、暗黙クラスタを形成する(google様ならできるだろ)
このあたりのアルゴリズムは本領のはずなのでなんかうまいこと考えてくれ
・その結果が検索結果に反映されると言いはる
これで勝てる。
今のブックマークは昔と違って、「よく行くサイト」とかじゃなくて、
「あとで読む」「だれかと共有しよう」とかそんな理由で気軽にされるものなわけで、
それと検索結果への反映はものすごく親和性が高くて、そしてこれはgoogleにしかできない。
だいたい目的がコミュニティの形成ではなくて、最終的には検索を使ってもらうことなわけだ。
なんでGoogle Bookmarksをこんな状態で放置しているのかw
個人的には、検索結果に顔がでてきて、この人も+1してますってのはまぁわかるんだけど
http://anond.hatelabo.jp/20120111170644
PrayforJapan.jp作者もっち@mocchicc(20歳CEO)のメンヘラストーカー遍歴がやばい件
これで上記の記事を消しても、書いた方は逃げられないよ。
http://megalodon.jp/2012-0111-1716-40/anond.hatelabo.jp/20120111170644
この人は他にブクマがなくて、これが初ブクマ。偶然にしては、出来すぎかな。偶然だったらスマソ。
しかし、新規IDらしく誰かは分からず。私怨で書かれたのか、赤の他人なのか、訴訟になれば分かりますな。
http://megalodon.jp/2012-0111-1726-26/b.hatena.ne.jp/IYoshikawa/
池田信夫氏が自身のブログではてなブックマークのコメントを禁止した、というのは記憶に新しいところで、その対応も大人げないなぁ、と思う一方で、別に氏を擁護するわけじゃないんだけど、確かにTwitterなどと比較すると、はてなブックマークのコメントは偏りが酷くなるケースが多いのもまた事実なわけで。
自分も経験があるけれど、同じ記事の反応なのに、Twitterの意見が8割は同意や文章の拡散目的でRTをしているのに対して、はてなブックマークのコメントは半数近くが人格批判や揶揄などで埋められていたのを見て、こんなに露骨に差が出るものかと驚いたことがあった。(特に200ブックマーク目あたりまでが酷い。)とにかくはてなユーザーで多いのは、文章の内容を見ていないのか、文章から真意を汲み取るということができないのか、言葉の表面から受ける人物の印象に対する批判に終始するのである。つまり「雰囲気」だけで批判している。意見ですらない。あるいは最初から批判ありきで物事を見るあまり、本筋とは関係ないどうでもよい揚げ足取りや根拠のない批判ばかりになってしまっていて、やっていることはマスコミとたいして変わらなかったりする。
そもそも、はてブがリリースされた当時は、記事を叩いたり冷やかし目的でブックマークするユーザー自体ほとんど居らず、「これはひどい」系の記事にブクマが集中することも滅多になかったのだが、いつからか、はてブ自体もまた「馬鹿をウォッチする馬鹿」に成り果てている。
はてブに提案したいのは、いいね!目的のブックマークなのか、ひどいね!目的なのか、一目で判断できる仕組みを作った方がいい。それだけで多少はマシになる。
続き。
■「呪い」はツールで封じるべき