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2016-08-27

上手い喩え話?

当時、合奏グループメンバークリスチャンがいて、そこから教会のご厚意で、ミサが終わった午後に練習することが何度かあった。

その時、たまたま合奏を聴いていたドイツ人信者さんからあなたモーツァルトおかしい」と言われ、後でそれを楽器先生に話した所

ヨーロッパ人の言うことはあんまり気にしないほうがいいよ」と言われた。

そこから現代ヨーロッパ人にとってのクラシック音楽の受容」という話になって、先生から出てきたのが以下の喩え話。

個人的にはかなり納得した。

同時に、海外で認められている日本人演奏家は、冗談抜きで凄い存在なのだと実感した話だった。

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160825155848

発達障害グラデーションではない。

発達期に発症する(明らかになる)一群の疾患を指した、ただのカテゴリー名にすぎない(DSM-5でいう「神経発達障害群」)。

グラデーションと言われているのは自閉スペクトラム症

また、「自閉スペクトラム症」というのは、あくま自閉症および言語発達に遅れのなかったアスペルガー症候群までを含む、自閉的な特徴を持つ障害スペクトラム表現したものであり、

「正常範囲から重度の自閉スペクトラム症までのグラデーションスペクトラム)」という主張は精神医学界でコンセンサスを得られた意見ではない(※)。



※「正常範囲から重度の自閉スペクトラム症までのグラデーションスペクトラム)」という主張をしているのは、アスペルガー症候群を世に広めたローナ・ウィングである

2016-08-24

発達障害めんどくさい

自分発達障害疑い。専門の外来にかかっている。IQ全検査の値が120前半、言語130ぐらい、動作110くらいで、主治医によると発達障害に特徴的な凹凸はないので「疑い」止まり。ただし主治医主観ではエピソードなどを聞いているとASD強めに感じられるとのこと。自分としては典型的ADHD。締切の段取りうんことか部屋が常に空き巣被害現場とか。

・「ひとの気持ちがわからない」。感情の動きとか、「傷つく」と苦しいとかは経験的に知っていて、それを他人敷衍して考えることは出来るので、「傷つけないように心がけて動く」ことはまあまあできている、と思いたい。ただ、傷ついた人のケアとかが致命的にダメ。泣くときとか一人で泣いて気を落ち着けたい派なので人前で泣くともはや泣いた原因より泣いたこ自体が悔しく、ほっといてもらいたいタイプ

・上記を敷衍して仕事の先輩が隣のデスクで泣いてたのをそっとしといたら「ほっとかれた」「無視された」と思われたらしく、最近無意味にあたりがきつい。雑談一切ふってこなくなったしそれどころか業務にぼちぼち響き始めている。

しかし先輩は先輩でスケジュール詰めすぎて突発でこっちに穴埋め振ってきたりしているので、ぶっちゃけ塩対応していることで自分自分の首絞めてる感があるように見える。(雑談カットは過集中のケがある自分的にはほぼノーダメージ)

・これまでもぼちぼちと悪気なく不快心持ちにさせて下さった方なので(こっちがやってる仕事唐突に「引き継ぐ」宣言しておきながら、「過去メールをほじくり返すのが面倒で時間無駄から」という理由で詳細まとめた資料について口頭説明を求めるなどされる。「都度CC送信しろ」という指示はなんだったのか。こちらの時間無駄にして良いと思ってる的な言動ナチュラルにある)ただでさえ前々から嫌気が差さなくもない状態だったのだが、それがじわじわエスカレートしつつある。ぶっちゃけもうフォローしたくない。

・昨日は残業して作業してるときに、「自分がやりたい仕事があるし増田は今急ぎの仕事とかないはずだから端末空けろ(意訳。物言い自体もっと柔らかかった)」と言われて端末譲って帰ったがなんか納得いかない。先輩がやりたい仕事があるのは良いんだが、私はその時やってた作業以外にルーチンでこなさなきゃならないのがあと二つ残ってた。しかもうち一つは今週木曜までに目処をつけてその先輩に報告せねばならんやつだ。それを「他に仕事ないはずだよね」と来た。それはなくね? それはありえなくね?? 木曜ぐらいまでを目処にしろ言うたのはアンタやで?

・発達あるあるだと信じているのだが、こういう細かいエピソードはだいたい全部覚えている。何なら書き出せるのだが、書き出して提出するとなぜか見た人は大抵ドン引きする。書かれている内容にではなく、「こいつよくこんなに細かくいくつも覚えてんな」というところにである

・覚えていることに引かれるのなら、その都度「それはやめて」と訴えれば良いかというとそうでもない。というかそれやると一発で「反抗的」「ケチ」「不寛容」「自分のやり方に固執しすぎ」などなど悪名高くなること請け合いである(ただでさえ仕事の仕上がりの精度を気にしすぎていると言われているのに!)。何より、経験から「まず相手の言い分をのみ、できるだけそれに沿うように動く」ようにしてトラブル回避を試みるよう行動様式が固まってしまっている。上記の「他に仕事ないよね」への腹立ちを今ごろ言語化しているあたり典型的

・健常者ってこういうときどうしてんの? どう持ち込んだら「自分にも非があった」みたいなことを認めやすいの?? それともアレか、私が神経質すぎるのか? でもこの調子で突発的に作業ペース乱されると、ただでさえ締め切りまでの段取りがアレなのにキャパ超えてまうんで困るんですけど。仕事の成果が出ないという意味でも困るし、この先輩たぶん「締切守れ言うたやん」って指導してくるはずで、それにこっちも内心で「おまいう」ってなってしまって良くないと思うんだよね。

転職とか配置換えは視野に入れない方向で(仕事内容自体は向いてるので辞めたくない&代われる人員居らん)、なにか良い案ないですか健常なるみなさま。あるいは宇宙人仲間たち。

2016-08-23

どこにも書いてなかった字が綺麗になった秘訣

文字書いてますか?

キーボードのほうが早いからって、手で書くのを諦めてませんか?

色々と試行錯誤した結果に、自分文字が一番きれいになったどこにも書いてなかった要因を見つけたので書くよ。

それはね、ペンを紙に設置した瞬間に少し溜めるということ。

よく習字なんかを見てると、筆をトンとおいてからすーっと書き出しているのを目にすると思うのだけどあれと同じことだよ。

そうするとどうなるかというと、自分が目指したい方向にペンをしっかりと引けるようになる。

線がガクガク揺れてしまっている人は、このトンっという溜めをしたことがない人じゃないかな?

ネット検索すると、ペンの持ち方、空間の開け方、斜め上に上げて書くとか色々コツが書いてあるけど、書道世界では基本中の基本とも言えそうなこの一瞬の溜めをつくる必要性はどこにも書いてなかったよ。

嘘だと思うなら、まずは一を書いてみよう。

何も考えずに真横に文字を引こうとすると角度の定まらない波打った線になってしまわないかい?

ところが、まずはペンをトンおいて一呼吸してからにのばしてみると、、、そして最後トメ

格段に綺麗になった気がしないかい!

その要領で他の文字チャレンジ

ところでとめはね払いにも含まれない、この書き出しのことをなんて言うんだろう。

言語化されたもの出会えなくてえらく遠回りした気分だよ。

名づけていいなら”出だしトン”だけど、もし名前があったら教えて。

ということで、綺麗な文字を書くのに必要なコツは、とめはね払いに出だしトン。

出だしトン。

続【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

前回のまとめと補足

前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。

その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テスト記述試験大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法採用を後押ししてしまっているという点にある。

いくつかのコメント飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。

しかし、その一方で、私は文科省国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解バイアス資質問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。

これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。

今回批判したいこと

今回私が批判したいのは、8月19日朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である

前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。

はじめに結論をかけば、

氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。

私が特に重要視している記事記述は次の2つの記述に集約されている。

この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。

記述問題形式

氏岡氏の8.19付解説記事最初記述について考えたい。

私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述問題において何を問うかという点に関する検討理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである

特に、「文章理解説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者可能になったと断定している点である

国公立大学二次試験国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章記述の内容把握や根拠説明要求するものになっている。

一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学2016年度だと例えば滋賀県立大静岡大首都大学東京島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。

では、新共通テスト記述問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。

高大接続システム改革会議の最終報告には、

国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報多角的視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)

とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句一見氏岡氏の記述合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分言葉説明することを指していると通常は解釈するように思う。

実際、

大学入学希望学力評価テスト仮称)」の記述問題については、現在国立大学二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力評価と採点等テスト実施に当たっての課題解決の両立を目指す。(p.56)

と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。

まり「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。

仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、

自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。

では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。

解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価観点を踏まえつつ、各大学学部)はアドミッションポリシーに基づき独自の採点基準採用することができ、各大学学部)の主体性が発揮できる。

ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。

というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものからだ。

全国共通試験への記述式・論述問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力評価するための大改革であり、適切にその能力評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧あり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。

これは、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテスト場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。

また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テスト問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいか記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである

また氏岡氏は自身ツイッターで次のように述べている。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。

しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。

読売新聞8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。

国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテスト1月中旬実施しても、大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。

これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。

「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。

上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?

また国公立二次試験を見ても、単独で200~300字の記述要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である

もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。

今回のまとめ

まり考えられることはいろいろある。

といったことだ。

 しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告から乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。


 実は、国立大学協会論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。

そもそも、記述式・論述問題評価すべき能力いか構造化できるかは、根源的な課題である評価すべき能力構造化があって初めて、各大学学部)はアドミッションポリシーの中に、記述式・論述問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識ノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力構造化に向けた記述式・論述問題設計理論構築、体系化が喫緊課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学個別試験における記述式・論述問題に関する実績を調査分析することなど、この課題積極的に取り組んでいきたい。

これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述問題形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。

2016-08-22

勝手に答えよう(シン・ゴジラへの一省察

不満点はそれだけか(http://anond.hatelabo.jp/20160822144854)の突っ込み面白かったので勝手に答えてみる。なお当方は一応2回見た。

さて増田の疑問の半分くらいは「非常時なんだから仕方ねえ、という意味リアル範囲内」と感じた。これは個人的感覚避難者の行動も、巨災対メンバー挙動も。私物持ち込みにしたって、そもそも非常時のほぼ非正規組織の中でのことなんだからセキュリティレベル下げ本人の希望最優先でとなるのも納得できなくはない。ただ、「地震の時のように避難するのはおかしい」というのは、作中描写があったので(都庁本部で「対策マニュアルがない」と問題にしているシーンと、消防隊員か何かが「地震用の避難マニュアルでは役に立ちません!と本部らしきところと通信しているシーンが有ったので、多分そういう点も柔軟に対応できず結局既存地震マニュアルしか避難指示が出せていないと見ているものに悟らせ、絶望感が一段と増す描写)この点については、特に不審には思わなかった。地下鉄民はゲロから助かるのか、という点は、まあ東京地下鉄防空壕使用になっているという都市伝説でもって勘弁してやってくれ。そこは国家機密なので(笑)

それよりも、あらためて増田の指摘で気付かされたのは、振動の少なさ」「逃げ遅れ」「海自の見失い特にコレは、鑑賞時に自分もやや引っかかっていた点なので、それを思い出させてくれたことを感謝したい)そして「地面踏み抜かない」といった非常によい指摘から、明確に一つの結論が導かれるということだ。上映中、これらの点について、自分がそれほどの違和感を感じなかったのはなぜか、ということ、それから、今回のゴジラの最大の特徴であるあのゆらゆらと宙に揺れる巨大な尻尾違和感とを含めて、それにこたえたい。




ここから導かれる結論は、シンプルだが「あのゴジラは実はスカスカなのだということだ。もちろん一定の重量はあるだろうが。一番最初総理記者会見は、今から思えば伏線だったのだ。「陸上であの巨体の生物自重を支えられるとは考えられない、だから上陸はしない」と。だが上陸した。なぜか? 答えは簡単だ。「巨体に見合う重量がないから」だゴジラのもたらす圧倒的な破壊のせいで、劇中の人物も、見ている我々もうっかり忘れそうになるのだが、今振り返ってみればおそらくそなのだ。見ている人が、どこかで「重量があまりないこと」にも心の底で気付けるようにした様々な仕込み…それが増田の指摘ポイントなのではないだろうか。

海自が見失った原因もおそらくそこにある。まあ、レーダーまで装備する(笑)生き物なのだからソナー打ち消す能力くらいあってもいいのかもしれないが、海中でいったん質量に見合った大きさに戻ったとみる(そして上陸前に海辺まで近づいてから巨大化した)のが妥当ではないか。「折り紙、食べてないんだ」という間准教授気づき重要だ。折り紙の鶴のように中身がないのだ、最初から。だから時間にあれほど爆発的に巨大化できたのだ。外殻こそ固いが内部はスカスカ…というのは、バンカーバスター命中シーンでも思えば描写されていたようにも思う。本来あれは、外殻を突破して内部を破壊する爆弾だったはずだ。だが、想定外スカスカな内部のため、ゴジラの体をあっさり「突き抜けてしまった(だから内部にはそれほどダメージを与えることができなかった)」のではないだろうか? また、血液凝固剤があれほど一気に巨体に浸透したのも、東京駅真上にいたのに(地下30mまであるのに)地盤を踏み抜いていないことも。あれほどの銃弾爆弾を跳ね返す体皮の固さを持ちながら、列車突撃ビル崩壊といった質量攻撃に意外ともろかったことも。こう考えると、劇中の様々な謎が解けそうな気がする。



自分が、増田の指摘した点について、正直鑑賞中に上のようなことを考えて納得していたわけではない。あくまで「不自然に感じなかったのは、うっすらとこういうことを感じていたせいではないか」と、後付けで言語化してみただけだ。異論反論は認める。できれば二度目の観劇を踏まえて。


http://anond.hatelabo.jp/20160822144854

(追記)

一個忘れてた。「パターソン日本語ます問題」。これは、まあアレだよ。その分英語上手くないところから推察して、つまり忙しい両親でなく被爆一世である日本人祖母に育てられたんだよ! 日本語上手いのに敬語苦手なのもそれが理由だよ。そのせいで子供のころからいじめられてきて、それが彼女の強烈な上昇志向アメリカという国へのプライド原動力になってるんだよ。以上、解決

http://anond.hatelabo.jp/20160814180024

俺もゴジラの長文レビューとか読むと、自分にはこんな言語生成能力はないと劣等感を覚える。

ブコメ程度の短文ならそれっぽいことはいくらでも書けるが。

「それを考えるのが君の仕事

なんか違うんだよね〜。しっくりこないっていうかさ〜。

え?ストーリーとかキャラのどこに違和感があるって?

いや〜言語化するのって難しいからね。わかんないよ。

でもなんとなく違うんだよね。


っていうかそれを考えるのがキミの仕事から、キミが考えなよ。




ボクら編集最初の読者だからさ、ボクらが面白いって思わないものは、読者も面白いって思わないわけ。

から面白いもの持ってくればオールオッケー。それだけじゃん。

何か難しいこと言ってるボク?言ってないよね。






編集者普通の読者と違うのは、「違和感言語化する力がある」って点だと思う。

言語化出来なくても、作家と一緒に考えようとすれば、いずれ答えは出る。

でもそれすらやりたがらない編集者ってなんなんだよ...。


早く変わってくれ…。

2016-08-20

芦屋広太プロマネ歌留多」がどうしようもなくダサい

たまに調べ物をしていると引っかかるIT Proというサイトに、さらにたまに表示される「芦屋広太プロマネ歌留多」というものがある。これがまたどうしようもなくダサい。あまりにもダサすぎて他を読むためにググってしまったくらいだ。



せっかくなので、目についたものから選りすぐりにダサいものを挙げてみる。

・を・・・うをんつ(ウヲンツ)は十分に聞いて推理する

・ね・・・ネガティブ情報で諦めてもらう

・し・・・自分以外を悪者に!

なんかもう、字面をみただけで技術に疎い「IT系」のおじさんの顔が浮かぶ。こんな人種がまだ呼吸をしているようだからSIerウォーターフォール時代遅れ言語を使い、価値の低い仕事しかできないのだろう。これらの加留多は5年以上前に書かれたもののようなので、現代ではもう少しマシになっていることを願う。



ちなみに下記も古い記事だが、やはり作者の芦屋広太自身どうしようもないパワハラおじさんだということがわかる。

今更、芦屋広太氏の話。

http://blog.goo.ne.jp/njomoparo/e/18e68f93e56ec9c58c2d6704f26ce144



IT Proには、この目障りな文章を表示しないよう迅速な対応を求めたい。

2016-08-19

食いつぶされるぐらいなら

高齢化社会でどんどん若者、中高年の負担が大きくなっていくので

今のうちに海外に逃亡しないとまずいと思うんだけど

 

海外に行くには言語の壁と治安の壁が大きくて

なかなか行動にうつせそうにない

 

将来が不安すぎて

今の日本子供を作るために結婚をする気になれないので

もうある程度働いてお金を貯めたら

高齢者どもに食いつぶされる前に

体が健康なうちにドロップアウトして

今ある貯蓄が尽きるまでの生として遊び呆けたほうがいい気がしてきた

http://anond.hatelabo.jp/20160819103556

わざとあおる文章で要点が見えにくかったのは申し訳ない。

日中自国語読みするのは、協定で決めたから。

ここまではいいよね。

で、その理由は2つ。

1. 中国語方言が激しくて、「まろん」では北京周辺しか通用しない。

2. 日本語中国語言語体系が違いすぎて、中国語発音カタカナで表しきれない。多くの日本人発音できない。だから日本語読みする。

ここまではいいですか?

Walt Disney の喩えはちょっと違うんじゃないかな。

Michael Jackson日本通用している「マイケル・ジャクソン」と読むか、原音に忠実に「マイコーゥ・ジャークスン」と読むのか、が喩えにいい気がする。

ハラヒロシ→アライロシ

マオツートン→猫沢東

は、現地語読みする弊害について書いたつもりなのだが。



以下、蛇足ブーメランになりそうな気がするのだが、

日本人毛沢東の毛をちゃんと発音できないのも日本語発音問題

ピンイン(Mao)でもカタカナ発音(マオ)でも、四声が脱落して「毛」と「猫」の、どっちの漢字のことかが分からなくなるのが問題

2016-08-18

社会問題としての広がる女装裾野

少し前に男の娘という言葉流行ったが、そのムーブメントは去ったように思われている。

http://matome.naver.jp/odai/2134149251375308901 『男の娘ブームです!』

http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/asaloon/1405243950/ 『男の娘ブームとは何だったのか

しかし僕はどちらかといえば定着したのではと考えている。ある一定市民権を得て、男の娘というジャンルムーブメントから離れて、女装、もしくは女装子という一段階上ステートとしてくくられたのではないかと思う。

少し近接してしまいそうなので先に断っておくことがある。

世間ではLGBTについて、ジェンダー課題について議論されているようだ。僕はあまり調べていないが、そのような特集がよくあるようである

心のことであるとか、様々な議論がなされているのだけれども、僕はもっと深いところでの事情があるのではないかと思っている。

ここではそのような課題について気論するつもりはない。

それでは何の話題なのかというと、性別境界曖昧になっているのではないかという疑問が主題である

若い人はセックスをしないというけれども、データでもそれは少しづつ出てきている。

http://matome.naver.jp/odai/2142314033149402301 『草食系絶食系へ退化?若者セックス離れが止まらない!!』

http://saras-media.com/12982 『20代処女高齢処女が増加中?年代別・処女割合が明らかに』

調べ始めたのが最近だろうから昔のデータとの比較はできないだろうけれども、それでも肌感的にも自分は同じように感じている。

ただし、スーパーマジョリティー、スーパーメインな人たちというこれまで(もこれからも)メインカルチャーど真ん中にいる人たちが世の中の大部分を占めていることは間違いない。そしてそういう人たちは上記記事には当てはまりにくいだろう。

しかし、その傍ら、女装中性的、もしくは無性といった輪について、20年前であればスーパーマイノリティだったジャンルスーパーとはつかないマイノリティになってきているのではないだろうか。それこそ20年前であれば、人口比0.0いくつ%という数が、下手をすると予備軍を含めると1%台まで急伸しているのではないか想像している。(あくま想像範疇であることに留意されたい)

かといって、新宿二丁目の規模が100倍になっているかと言われればそれは違う。むしろ横ばいか、下火なのではないだろうか。

【最もゲイで溢れていた1990年代と比べると、目抜き通りは閑散とし、人通りは減っている[要出典]。異性愛者向けの店舗オフィス、そして異性愛女性の客が増え、ゲイタウンとしての特色も薄れてきている。(抜粋出典wikipedia : https://ja.wikipedia.org/wiki/新宿二丁目)】

2丁目はまた別の機会にきちんと調べる必要がありそうだが。

ここから先はほとんど僕の勝手想像上の物語だ。

そこでまた仮定になってしまうが、変身願望と十把一絡げにしてしまうのは間違っているような気がしないでもないが、女装は単純に化粧をして、女物の下着と洋服を履いて着て、オネエ言葉を使い、一時的女性の偽物になりたいのではないかと、考えてみた。また、現代女装において、ゲイ必須の項目でなくなったこともあるのではないだろうか。

自分に置き換えて考えてみる。(自分女装をする、限定バイセクシャルである

女装をすることに対し、一時的な非日常感を味わいたいわけではない、自分がそれでは継続的に留まるべき性であるという責任も持ちたくない。かといって、男性であることを意識したくない。体の良い逃げだとも考えられるが、そうすることで自律することを怖がる自分をなんとか支えているのではないかと思う。

たまたまかもしれないが、女装さんのフォロワーを見ていると、決して異性と上手に、もしくは世間と上手に渡っていけている人間が多いとは思えない。これは僕個人の一所感である

話は変わってしまうが、女装をしたいという人間が増えているような気がする。僕の過疎放送に来てくれる中にも、少なくない数の、女装をやってみたいんですがどこからやればいいかからなくて、という質問が寄せられる。僕は暦だけは長いが、何も教えられるようなことはないと思い、うまく言語化できないのだけれども。

これは、またあくま憶測しかないのだが、学校社会といったものとうまく馴染めない、もしくは馴染んでいるつもりなのだが、心ここに在らずといった、自分三人称視点で見てしま人間が、自分肯定する手段の一つとして、女装という選択をとったりするのではないだろうか。

昔で言えば一人でゲーセンスコアラーとかしていたような、もう少し最近ならヒトカラが好きな層、そんな人たちが、違う選択肢として取るのではないだろうか。

ゲーセンはあまり明るいニュースもなく、カラオケ自体も、以前に比べて減っているように思う。

その代わり、もうニコニコ生放送は古いかもしれないが、ツイキャスやショウルームなど、自分から少ない人間に発信できるメディアは、どんどん増えている。自己承認欲求をかむアウトすることはしないがインターネットならばさらけ出せるという人間が増えているのではないか

ユーストや、YouTubeなどと決定的に違うのは、コンテンツを作っていくのではなく、自身コンテンツとして売っていこうとしている点であろう。

これは、エロライブチャットとあまり違いはない。言い方は悪いが、安く身売りをしているのだ。

そうすることで、数字も伸び自尊心は保たれる。

これまで明言してこなかったが、女装する男性は、多くはヘテロセクシャルだと僕は考えている。女装同士は友達にはなれど、性的交渉相手ではないのではないだろうか。どの程度がバイゲイMTFノンセクシャルなのかはわからないが。今の所調べようがない。

想像するに、童貞というキーワード気づきをもたらせてくれるのではないかと思った。

女装をする人は、もちろん例外はあれど、ほとんどが独り身の男性である童貞ではなくとも、童貞感覚を持った人間童貞観念を捨てられない人間なのではないかと思う。自己愛が強く、他人から愛情を上手に受け止められない人が多いのではないかと思う。もしくは他人から愛情というのはデータ証明されるもの言葉や行動など)が伴わないと感じ取りにくいのではないだろうか。

脱線してしまった。童貞というキーワードを持ってくるには少し理由がある。

比喩として童貞を失うということは、大人への強制的な一歩を踏み出させるものではないかと思う。

また、僕が師事させていただいた教授が『日本という国は、年齢に比例するように年を取らなければならない社会である』というようなことを言っていた。そのように、すべての行動に責任を取っていかなければいけない社会なのである

もちろんこれは成熟した成人であれば、何を当たり前のことを、となるのかもしれないが、成熟した人間がどんどん減ってきているのだと仮定すると、(あえて厳しい言葉で書くと)未成熟人間が取るべき責任から逃れる方法模索してもおかしくないと考える。

責任というと、あまりにも重いものに感じるかもしれないのだけれどもうまいたとえが見つからない。

さて、そこで冒頭の性別あいまいになってきているという話である

この国において、終身雇用制度は終わりを迎えようとし、世界的に見ても賃金の低い国になりつつある。

そんな社会で生まれ持った持つべき男らしさというものから身を離そうとするのは不思議なことではないのではないだろうか。

嫁を取り、社会に貢献する義務を果たしたくないと思っても仕方がない。

かなり突飛な発想であることは意識しているが、あえてここでは上記のように締めくくらせていただく。

そのうえで、そのように責任を負いたくないモノと社会とがもう一度きちんとささあえあっていけるインフラ必要だと考えている。

それは産業であり、インフラであり、思想である

女装者が、女装者として生きていかなくてもよい社会づくりをするのか、女装者として生きても十分な責務を果たせる社会を作るのか、それはわからない。

ただ、こうあえて書いてしまう。

上記はれっきとした社会問題なのだ

まりゅう」「もうたくとう」でなぜあかんのか

オリンピック見てます

中国卓球の馬龍選手、強いですね。

で、ちょっと馬龍選手をググってみました。

そしたら「まりゅう」でなくて「まろん」と書かれているサイトがいくつか見つかりました。

ていうか、「なぜ現地語発音の『まろん』て書かないのか?」てサイト

いや、普通に考えたら「まりゅう」だろ。

昔、中国との協定で「自国の読み方をする」って決めましたから。

で、もう一度「中国語」「現地語発音」でググってみると、質問サイトとかで質問者が吠えてますね。「なぜ現地語発音しないのか」と。

例えば

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6570812.html

いや、それ無理ですから

理由は2つ。

中国語方言が多すぎて(というか、全く別の言語と思えるほど方言がきつくて)、「まろん」だけでは北京周辺しか通用しないのです。

現地語発音できない場合があるのです。

例えば、日本人は th の発音ができないし、フランス人は h の発音ができない。中国人日本語のバとパの区別ができない。

原啓さんがフランスに行って、「アライロシ」と呼ばれて、「いや、アライロシじゃない、ハラヒロシだ。もう一度言ってみて。」なんて言うのが正しいのか、てこと。日本語読みをフランス人強制するのが正しいのか、てこと。

以前ドイツに行ったときホストファミリー名前に o ウムラウトがあって、どうしても発音できず(大学では第二外国語ドイツ語だったのにね)「メヒトヒルデ」と呼ばせてね、といったこともある。私の名前外国人には発音しづらくて、妥協案の「アッキー」って呼んでもらった。

それでも「現地語発音しなさい」というなら、すればいい。でもあなたの「マオツートン」、「猫沢東」ですから

年収を上げたいなら、webを出ている場合ではない。

なんかイラッとしたので反論したい。

ちなみに年収主題かもしれないが、

言っていることも矛盾が気になった。

あと、自分匿名感情的な指摘なので、支離滅裂していることは最初に謝っておきます

やはり、web世界にいるだけじゃダメですね

どの会社web仕事はしていても、お客さんはweb世界だけではないので、

言うほど閉鎖的なものではない。

スタートアップとかは、web × 他業種だったりして、

他業種について、本業の方と同レベルで詳しくなることもあるんじゃないかと。



できる人とそうでない人の違いはどこにあるかというと、仕事の幅なんだそうです。

別にweb関係ない。どの業界でもそうだろ。



技術の幅が狭いエンジニア、例えば「JavaScriptしかできません」のような専業エンジニアがいる。これは東京に多いんだよ。

逆に、大阪には、仕事の幅が広いエンジニアがいる。大阪場合、「なんでもやれる」と言えないと仕事がとれないから、結果、フルスタックエンジニア生まれる。

なんとなく言いたいことは分かる。だが、

一方、大阪エンジニア自己評価が低く、基礎的な技術をしっかり学んでいるそうです。PHPからRubyといったように言語浮気をしようとしないんだとか。

おいおい他言語浮気はしないけど、一言語だけではダメとかどっちなんだよ。

何でもできるんですか、それとも知ってることだけですか?

フロントとバックの違いは浮気にならないとでも言いたいのでしょうか。

でも、言語としてはjsphpの2言語となるので1言語以外をやるなら、それは浮気ととれるでしょう。

結局、言葉遊びで「言語浮気」って使いたいだけだろ。浮気定義からやり直せ。

加えて、東京大阪の違いは分かった。だが、東京ディスる必要はない。

他人から聞いてきた話を引用するなら、不快になると分かる箇所くらいオブラートにつつめ。

今はweb仕事が多くなったけど、インターネットがない時代にはもっと他にもエンジニア仕事があったわけ。

別にだってweb以外はあるだろうに。なんなら、エンジニア不足って言われているんだよ?? あと、IoTでググって。

あと、web世界だと35歳になったプログラマーが悩むなんてことがよくある。これは、35歳定年説を信じてのことなんだけど、気にする必要はない。そんなの実際はないから。

おそらくですが、「35歳定年説」をそのまんま鵜呑みにしてるのは、webで働いてない人がほとんどかと。

web系の人は、ずっとプログラマーでいく意識が強い。生き残るために新しい言語を求めてしまうけど、そうじゃなく、仕様書を書いたり、情報処理勉強をしたりして基礎的なことを学ぶ方が賢いよ。

プログラマーバカにし過ぎ、基礎をやってるやってないは個人差。プログラマという職業関係ない。

ギャルIQが低いといっているのと何も変わらない。

実際は勉強のできるギャルはいくらでもいる。

から、稼ぎたいなら銀行システムを作ったほうがいい。ペースもゆっくりだし。銀行システムは作るのに数年単位かかるしね。

数年かかるのはいいが、終わらないのは困る。「みずほ銀行 システム開発」でぐぐれ。


特にweb世界はまだ単価が低く、紙の方がギャラが高いというのが現状。なので、割のいい仕事をしたいなら、やはりwebを出ないといけないんですよね。

また、手を動かす仕事から離れる話でも、最近思うところがあるんです。先日、界隈の人と話した時に「目立ってる人より、影に隠れている人の方が稼げてる」なんて話を聞いたんですよね。

これって、ライター世界にも当てはまっていて、注目を浴びているライターよりも、その人に仕事を振る人、編集をする人の方が効率的に稼げてるなんてことがあるんですよ。

単価の話関係ないじゃん!!

用は、管理職系の方が給料高いんですよって言いたいんでしょ。

ついでに具体的な年収記載してから言ってください。

仕事を振る人の方が効率的に稼げていることもあるでしょう。

あ、もしかして、この文章アウトソーシングですか?(煽り

なので、この記事を読んで、その重要性に気づいたエンジニアデザイナーライターなどの専門職の方は、ぜひ将来のキャリアについて考えてみてください。

その重要性ってなに?

フルスタックになること? 情報処理資格をとること? 管理職を目指すってこと?

それとも、Webをでること?

締めで使う「その」という指示語の範囲が広すぎる。記事の内容をまとめた後に使ってください。

それと、年収をあげるのは、別にプログラマのままでもできるんじゃない?

基礎を勉強して、フルスタックになって、

プレイングテクニカルディレクターとかになれば、

そこそこ給料はよくなりそうだが??(そんな職種があるかは知らんが)

金額会社次第でしょ。



提供:らふらく(@TwinTKchan))

お前が聞いてきたはなしじゃねえのかよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

社長から聞いてきたーというくだりもそうだけど、

89世代意識高い「系」だったら、平成生まれ視点での言葉を言ってほしいわ。


この増田を読んで、煽り重要性に気づいたブロガー意味のある煽りについて考えてみてください。


「聞いた話をうまく活用しているサイトはやっぱアソコだよな」

エロサイトか。

http://anond.hatelabo.jp/20160817121752

普通女性身体ステータスが一番異常な時期で、長くても1年続かないから傍にいてあげれないかなあ。

子供が生まれたらもっと生活パターンに影響あるのに、ゲームとか飲み会ってそんなに優先順位高い?

自分経験していない事や言語しづらいことに対する共感力を、奥様を通して練習しておくと、子育てにも効果あると思うよ。

2016-08-17

http://anond.hatelabo.jp/20160817125405

どちらかというと女の方が細い事は覚えてる。浮気した時、失敗したとき、大昔の話の細い部分覚えてるのは女じゃん。

必要情報自分にとって)は覚えていないんだと思う。

流石にそれは覚えてるけどエヴァゴジラが同じ曲使われてたところであれサービスみたいなもんだからとくに映画評価には必要ないし。

映画も細い部分覚えているが、言語化して「あそこがアレだから興味深い」みたいな話は女同士ではあまりしない。

だいたい男の映画感想は女のそれとは方向性が違う。

あれこれ意味をもたせて理屈面白いと感じる傾向は男性の方が強い。

こまけーこたぁいいんだよ。

面白かったんだから

ハセヒロ尊い

語源の楽しみ

語源の楽しみ。家にいて、そこらへんにある言葉を拾うだけでいろいろ考えた気になる。暇なときに最適な楽しみである

たぶん、それで得られる思索は、ほんとに言語学とかやっている人には当たり前のことなのだろうけど、まあ趣味ですから、許してほしい。逆にそういう専門の人の面白い語源の本もまた好みである



アメリカ上院はSenate。この語源ラテン語Senatus、すなわちローマ元老院。その単語をそのまんま使っているということに僕は衝撃を受けた。つづりの違いは言語の違いに過ぎないから、たぶんアメリカ人学校歴史の授業で、ローマ歴史を学ぶ時とアメリカ合衆国政治機構について学ぶ時に同じ単語Senateをもとに学習しているわけである。そこに歴史の一貫する深い流れを感じ取ることが、感覚としてあるのではないか。ちなみに下院House of Representativesで、一般名詞形成されている。

ところで、どうしてこのように名付けたのだろう。

たぶん、アメリカ民主主義が、設立当時はイギリスよりもフランス継承している意識が強かったことに由来しているのだろう。イギリスは、貴族院庶民院下院)であって、それぞれHouse of LordsとHouse of Commons。それに対し、フランス上院下院は、SénatとAssemblée nationaleであり、上院には同じ単語使用している。フランス上院のことは日本語訳でも直接的に「元老院」の訳語をあてることもあるようで、Wikipediaはそうしている。単語としては同じなんだからアメリカ上院も時には元老院と呼んでもよさそうだ。

アメリカ上院議員はSenator。オバマ大統領大統領選を戦っているとき、「Senator Obama」とよく呼ばれていた。

このときこのひびきは通常の日本語訳では「上院議員オバマであるが、原語では「元老院議員オバマ」と同じものなわけであり、これはつまり歴史を好むアメリカ人にとっては「元老院議員カエサル」と同じ響きをもって伝わっているのだろう。ここがうらやましい。

明治維新が起きてすぐのころ、明治4年の制度では正院の長は太政大臣であり、三条実美が就いていた。過去太政大臣と言えば、藤原道長であり、平清盛であり、当然のことながら、豊臣秀吉である。なんで「太政大臣」の名前を廃したのかな、と残念に思うところ。

もちろん、より有名なところ(だが現在には継承されていないもの)として、ドイツ皇帝カイザー」、ロシア皇帝ツァーリ」は、それそのものローマ皇帝または副帝の称号カエサル」を引き継いでいる。

こういうのを見ると、欧米では歴史単語レベルで地続きであることが多いのだなと思う。しかしもちろん日本でも、大連(おおむらじ)と大臣(おおおみ)の権力争いの末大臣家が勝ち残ったことが、現在でも内閣大臣名称に残っていることなどは、語源から歴史の深みを感じるところではあるのだ。



・・・これを読んで「そんなの誰でも知っとるわアホ」と思った方による、より深い考察も歓迎でございます

http://anond.hatelabo.jp/20160816234706

理論的な解説してもらったことあるけど

本当に短時間でそんな色々なこと考えてプレイしてるの?って思っちゃってそれはそれで嘘臭く感じるもんなんだよね

実戦だとやっぱり瞬発力が必要だったり考えてから動いてるようじゃ負けみたいな部分があるから

やることと見ることには越えられない溝があるみたいなもんで観戦者が完全に納得がいくように言語化するっていうのは結局不可能なのかもしれないって思う

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「すいすいすいようび」って何ですか。

このサイトとあるユーザーが書いている日記ワードとして認知されているな。

カテゴリ化されていないが投稿間隔が短いので、このサイトを利用し続ければ、いずれ目にする機会もあるだろう。

特徴の一つとして、見出し回文とされている。

まあWikipediaによると、回文とは「始めから(通常通り)読んだ場合と終わりから(通常と逆に)読んだ場合とで文字ないし音節の出現する順番が変わらず、なおかつ、言語としてある程度意味が通る文字列」のことらしいので、それに則った場合微妙な出来のものが多々あったりもする。

内容は、前半は雑感、後半はその日摂った食事や、飲んだデトックスウォーターなどが、女性語で書かれたものとなっている。

最後に「すいすいすいようび」、「今日も頑張りましょう」で締めくくられる(日記によって、表現微妙に違いがある)。

なお、別に水曜日とか関係なく投稿される。

多少の差異こそあれ、ある程度のお決まりに沿った内容から、この界隈では「水曜日」とか「回文」とか「デトックスウォーター」といえば、その日記や筆者を指すこともあり、ややも概念化している。

なぜ水曜日か、明確な元ネタなども分からないが、モチーフだと思われるCMが一昔前あったらしい。

CMは「日本防火協会(現在は「日本防火防災協会」という法人名らしい)」という一般財団法人の名義で製作され、1970年代 - 1980年代頃に放映されたようだ。

CM曜日ごとに種類があり、水曜日編で「すいすい すいすい 水曜日」というフレーズがある。

CMの内容も「水を大事にしよう」、「一日一善」といったメッセージから、恐らくこれがモチーフと考えてよいだろう。

余談だが、少し前にツイッターとかで「すいすいすいようび~」と書いた後に泳いでいるっぽいAAを乗せたネタトレンドになっていたな。

どうも曜日ごとにAAネタがあるらしいから、同じくモチーフは件のCMだと考えられる。

2016-08-15

考えていることをうまく話せない

自分思考発言を一致させようとするあまり、ぐちゃぐちゃした思考をうまく言語化できなくて、話す内容を考えるのに時間がかかりすぎて会話のテンポについていけず結局適当なでまかせをぽんと言ってしまう。

話をわかりやすくするための事実の捨象とか誇張を頑なに避けて事実に忠実に正確に伝えようとしても、まとまらずわかりにくい話になるだけなんだろうな、たぶん。


自分思考そのままを表現することができないなら、自分の考えてることとなるべく近くかつ一般的理解されやす言い回しストックを準備しておくしかないのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20160815152729

障害者にわざと営業やらせ会社があるね。

移転前の会社によく「道にある案内地図に会社名前を載せて下さい。」という身体障害者営業がよく来た。

道端にたまに見かけるブリキでできた住居表示板の地図会社名前を入れてくれるのだという。

不審に思い、雑居ビルに入居していたので弊社の一存だけでは決められません、ビル管理会社に聞いて欲しいと丁重お断りした。

しかし、私以外の人がその後対応したら「町内会絡みで載せることになっている。」と強制されたようで掲載20,000円を立て替えてしまっていた。

もちろん法人なのでその地域町内会などには入っていない。

慌てて領収証にある会社電話したら増田電話相手のように要領を得ない言語不明瞭な相手が出て紋切り型の返答しかもらえず結局諦めたことがあった。

あれは加担している障害者本人もわかっているのかどうか定かではないが、障害者悪用する詐欺のような組織存在する。

2016-08-14

http://www.goodbyebluethursday.com/entry/shingodzilla_review

ラスト「当たり前でしょ、映画なんだから」で笑った。よかった被災した人は居なかったんだ……

彼的には思い出し笑いならセーフということか。

シン・ゴジラ観賞中、あまりリアル破壊っぷりに「こんな破壊されてる時にこんなにときめいちゃって不謹慎では?」というのが脳裡を過ぎってしまうのは、東日本の影響を受けた身としては致し方なく(というのも言い訳かもしれない)

ていうか、それを想起させるように作ってんだろうし不可避でないの?

不謹慎とか虚構に対して何を言ってんだ自分は」となったあとに「これが現実虚構」と終始ニヤニヤしながら見シン・ゴジラ面白かったよ。

ブコメにあったけど、笑えばいいと思うよ。

ただ周囲に対してアピールする笑いは私も好かん。それはわかる気がする。

そういう思いを自分で上手く言語化出来ないから、上手いこと書いてありそうな感想ブログを今から探しに行くところ。

2016-08-13

言葉定義をやたらと狭めたがる人は一種言語新作を起こしてる説

世界大百科事典 第2版の解説

げんごしんさく【言語新作 Wortneubildung[ドイツ]】

造語症neologism〉ともいわれ,語あるいは語の一部を合成して新しい語をつくること。これは個人的につくられた,すなわち私的意味または音声をもった言葉であり,日常的な言語使用規範からはずれている。臨床的には精神分裂病者にしばしばみられ,あるもの無意味であるが,あるものはわれわれの言語では適さない,病的な新しい体験表現するためにつくられたものとして理解することができる。たとえばブロイラーによって報告された妄想患者は,幻覚によって影響される仕方を〈関係書類一式の道〉とよぶ。

2016-08-12

[]

今回はメテオ

宙のアポリア #13

些か言葉説明しすぎなキライがあるよね。

ストーリーや展開、キャラ言動とかに説得力を持たせるには、理詰めや言語化が大事だってことは分かる。

けれども、逆にそれがリアリティを削いだり、不自然になってしまっている部分もある。

だってほとんどの人間自身の感じたものを、すべて言語化しようとはしないし、できないから。

それに、いくら千の言葉を用いたところで、それを全ての読者に正しく読まれて、かつ納得して貰えるかなんてことは不可能なのだから、あえて「理屈を不足させる」っていうのも手法としてはアリだと思うんだけどなあ。

読者側に考察想像する余地を与えるってのも、楽しく読ませる上では大事だよ。



ゆーあい 第16話

無駄に反射神経すごいな。

まあ、鼻血が出なかっただけ進歩はしているんだろう。

あと、巻と美咲の何ともいえない関係は未だ継続中か。

何もないならないで一向に構わないのに、宙ぶらりんな状態からヤキモキするなあ。

いや、そう思わせるのはラブコメとしては定番ではあるんだが。

おー、直接的なエロ描写はないが、登場人物たちの感想と同じく「なんかエロい」と思わせてくれるね。

本旨から徐々にズレていく展開は予定調和だけれども、この巻と勇介の疑惑まだ引っ張るのか。

今後も定期的にオチとして使われそうだ。