「ダメ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ダメとは

2016-09-28

コンテンツへの理解が浅すぎるkawangoにはまじで失望した

 ライトノベル主人公努力しちゃダメなんです。読む側が自分投影できなくなるからです。ヒロインは都合よく向こうからやってくる。超能力などの能力は、いつのまにか勝手に身についている。今のライトノベルの多くが、そういう設定で書かれていますよ。

――恋人能力努力して勝ち取るのではなく、何もしなくても、いつの間にか恋人能力を手に入れているという設定でないと売れないということですか。その努力過程こそが、今までは物語の根幹だったはずなのに。

 そうです。今は努力できる立派な人物主人公だと、読む側が気後れして感情移入できないんですよ。主人公は読者と同じ等身大の人間。そして、主人公に都合のいい物語を求める傾向が進んできた。文学の世界でもそうなってきていると思います。


http://www.yomiuri.co.jp/yolon/ichiran/20160923-OYT8T50010.html

カドカワトップのくせして、この理解はまじで浅すぎやしませんか?

本当にいい作品を送り出す気があるのかと、100回は問いたくなる適当物言いにイラッと来た。


そもそも、最初からチートを持って最強になることを「俺tueee」と揶揄されていたりするのはここ数年だけで、ジャンプなら北斗の拳るろうに剣心バスタードにBOY、過去の作品をあげればきりがない。みんな大好きガンダムアムロだって最初からワンランク上の人種だったわけですよ(あぁ、若い子的にはコーディネイターキラ・ヤマト君の方が)。最強主人公が昔から愛され続けているのは明らかだ。

努力に対して気後れする」というのは、どう考えても浅すぎる考えなので、ただのサラリーマンオタクである俺が、超主観的にけれどkawangoよりはまともに、「最近ラノベ」っていうのを推論してやろうと思う。

ちなみに、全て根拠のない仮説だから、定量データ大好きなコンサルマンは読まなくていいぞ。己の中のロジックで書き殴っているだけだ。

正直こんなことすること自体、市場に対しての傲慢であることは理解したうえでだが、「カドカワトップの発言」に怒りしか沸かないため、久しぶりに筆を取る。


自己投影がしやすいのは「努力云々」ではなく「異世界転生」の方である

努力云々が拒否されているかは正直わからん。少なくとも言えるのは、将棋の天才が努力する「りゅうおうのおしごと!」は最近ラノベではピカイチ面白いってことだ。そして、幼少期からガチ人生を変えようと努力を重ねて、家族を守るために死にものぐるいになる「無職転生」もまた名作であることを俺は支持する。

俺が言いたいのは、自己投影は「努力できる立派な人物」にしづらいのではなく、「異世界転生」にしやすい、ということである。しやすいなんて言葉も生ぬるいくらいに「ファンタジー自己投影出来る現代最強の装置」と言っても過言ではない。

ファンタジーという題材自体、本来は自己投影には不向きなものだ。なぜなら、今の自分と照らし合わせて「そこにいる」ことを想像することが難しいから、ということは理解できるだろう。

我々が住んでいる現代、つまり高層ビルが屹立し、夜も煌々と電気の光が輝き、インターネット交流を重ねる世界」と「石畳を馬車が走り、騎士団が剣を振りかざし、魔法世界の理である世界」では、あまりにも違いが大きすぎる。そこで生まれ育った主人公感情移入するのは、本来はしづらいもののはずだ。

ただし「異世界転生」は違う。

自分が今いる現代、と、異世界であるファンタジー世界が、まずつながるところからスタートする。たったこれだけ、これだけで高水準の自己投影を得ることが出来る。

それは突然足元に現れる魔法陣か、はたまた気づいたら目の前に迫りくるトラックなのか。きっかけはどちらでも良い。今の自分が、異世界に行けるという想像力カジュアルに補間してくれるのが「異世界転生」である

何故か。

第一に、主人公がまんま現代に存在してそうな、ふつ~~うな人物であることが重要だ。もちろん最初から古武術マスターして、スキルを盗む能力を授かるような人外主人公もいたりするが、基本は自分を重ね合わせられる主人公である高校生帰宅部で友人は少ないが仲の良い親友もいる。進学はどうしようと悩む2年生。趣味ラノベ。ほら、想像やすいだろう。

第二に、異世界転生ってほんとにあるかもしれないだろ?という、諧謔が含まれるちょっとした夢である。死後の世界なんて誰もわからんし、宇宙にある元素だってまだわからん。もしかしたらマナを利用した魔法陣は発生するかもしれないし、事故で死亡したあとには神様スキルを選ばせてくれるかもしれない。

「異世界転生」なんてねーよ、と鼻で笑うことは可能だが、誰もそれを証明することは出来ないのである。だからこそ、現代と異世界のつながりを、「ないな」と思いつつも受け入れることが出来ているのだと、俺は考えている。

ほら、スパイラルマタイすると本当の自分になれるんだろ??

重要なことだからもう一度言うけど、「現代」と「異世界」をカジュアルにつなげる「異世界転生」は紛うことな物語発明である最初トラック走らせた人には3,000ガバスあげたい。


いつかは覚める。「異世界転生」が流行っているのはブームでしかない

「異世界転生」がすごいものであることは説明した通りだ。かくいう俺も、毎日仕事帰りにはブックマーク登録しているなろう作品を消化しつつ、健気にスコップしたりもしている。本屋の棚にならぶラノベも、以前よりも増えたなと感じることはある。実数はしらん。マーケティング大好きくん調べてください。けれども、これは現代の若者云々のような下らない推論なんかによるものではなく、あくまブームの1つだと俺は考えている。

ところで、俺は30代前半のおっさんだったりするわけだが、中学生にはじめてブギーポップを読んでこの世界に足を踏み入れた。かどちんの作品は今でも全部読んでいるけど、ハートレスレッドが俺は大好きなんだ。あの頃は「セカイ系」なるものが流行っていて、なんだか薄暗いイメージ作品が人気を集めていた。細かいこたぁいいんだよ!と言わんばかりに、世界観設定などをあえて曖昧にして、読者に考えを委ねるような作品だ。正直俺はTVアニメエヴァンゲリオンが嫌いである。新劇場版は好きだぞ。

まぁつまり、今とは確実に違った主流だったと考えてよいだろう。

オタクの狭い世界でいうとその後に泣きゲーメインストリームを走り、鍵と葉をプレイしないオタクオタクに非ず、と総括しはじめるオタクもいたハード時代だった。その後はいわゆる「新伝奇(この言葉あんまり好きじゃないんだけどな)」と呼ばれる作品にわかに注目を集め、PCゲーでは月姫Fateラノベでは戯言シリーズ、禁書、シャナが生まれていった。まだ少し薄暗さやきな臭さみたいなものが世界に漂いつつも「物語曖昧にしない設定」が練られた作品が多かったイメージだ。そんな中、生まれでたゼロの使い魔最先端だったんだろう、異世界転生の走りだった。お悔やみ申し上げます。

物語ムーブメントはここでもまた変わっていたわけだ。時代時代においてムーブメントはあり、「異世界転生」もその系譜の1つであると考えても不自然ではないだろう。美味しいものがあれば、それを食べ続けたいと思うのは至極当然の話しだ。最高の自己投影が出来る「異世界転生」をひたすらむさぼるのも、ただの欲求の発露だろう。

人間は成功体験にもとづき、欲望を繰り返し続ける生き物らしい。ソーシャルゲームの初期ガチャでURが引けるのは、その辺の心理ゲームに応用している可能性があるから気をつけるといいぞ。俺はFGOに毎月1万円課金している微課金兵だから、安心していい。

1つ面白いものを引き当ててしまったら、次に何かが来るまで、同じ成功体験を求めて同じものを摂取する。それは俺が辿ってきたオタク人生を照らし合わせてみても、超主観的に正しいと主張させていただく。

正直「異世界転生」は飽きてきたんだけどな。


コンテンツ消費にかけるカロリーの許容値は下がり続けている

最後にこれも超主観的な仮説だ。

エロゲisコンテンツの頂点。SF小説isオタク原書ラノベis心のフレンド。最高の1冊は「天冥の標」と豪語する俺だが、最近コンテンツの摂取にカロリーが高すぎて億劫になってきてしまった。

昔のエロゲと言えば、長いプレイ時間を経て没入感が高まり、最高のカタルシスを最後の最後にぶちかまされる、そんな作品に90点が付いたものであるゲームもそうだ。長時間プレイするRPGは食指が伸びない、仮に触れたとしても10時間ギブアップ。本気でコンテンツと向き合うのに気力が必要なのだ


なぜかと考えてみると、コンテンツとの向き合い方が昔と大きく変わってきてしまったことに気づく。

例えば、インターネット。不覚にも、kawangoのdwagnoが作り上げた「ニコニコ動画」は短尺でコンテンツを楽しめる世界観を作り上げた。1本5分~15分程度のユーザークリエイティブな動画が数多く投稿され、それをつまみ食いする時代2007年くらいから始まった。当時はアイマスのXBOX版プレイ動画をただただ見ていた記憶がある。その後に初音ミクや東方、まぁニコ動周りは色々とブームが起こっただろう。id3万番台の古参だからたくさん見てきたけど、今はたまにはてブに上がる動画を見るだけである

アニメでいえば10分尺が増えてきた。ややもすれば5分。手軽に見れる極致と言って良いだろう。あいまいみー作品構成は完璧だった。神アニメと言って良い。

デバイススマホ利用がメインユースである。スキマ時間にいじって、Twitterを見たり、ソシャゲのスタミナ消費したり(最近スタミナ系減ったね)、もちろんニコ動Youtube商品宣伝見たりするのも楽しいだろう。若い子ならsnowとかsnapchatとかもあるな。comicoリライフが地味に好きだから、毎週土曜日更新が楽しみだったりするよ。

それが気づくとスキマ時間だけじゃなく、家に帰っても弄っていたりする。これを読んでいる皆もそういうことが何度もあったはずだ。

そうやって俺たちは、気づけば「カジュアルに消費できるコンテンツ」ばかりを楽しみ、それに慣れてしまった。「うわ、これ疲れそう」なんて言いながら積んでいるコンテンツ、皆はないだろうか?俺はある。たくさんある。以前は何を差し置いても、翌日の仕事に差し支えたとしても、徹夜してでも、読む。プレイする。そんなコンテンツが、いまや時間のある時に消費するかと積み積み。

もちろん時間があればいい。気力を振り絞って得られるカタルシスが最高であれば、なお良しだ。ラノベ読んでてよかった、エロゲやっててよかった、この年になっても年1くらいで感じる瞬間だ。

でも、その時間はいつの間にか、生活を縛るカジュアルコンテンツ侵食されてしまっているのが現実であるカロリー計算をした瞬間に、さすがにラーメン二郎は無理、と避けてしまうのは年を取ったからではなく、現代の生活カジュアルコンテンツに束縛されているからだと俺は考えている。

そんな中、最近ライトノベルやなろう小説には、カロリーに優しいコンテンツが多い。それが「安定して人気の出る作品であるというのが持論である。(爆発的ヒットではなく、一定数さばけるという意味である)


ポイントは2点である。「期待値を裏切らない」「スキマ時間に読める」

小説はそもそもコンテンツとして消費にかかる時間が長い。ハズレを引いてしまった時の時間的損失は読み手にとってつきまとう課題である。それを解決しているのが、昨今のラノベパッケージであると理解している。

表紙、タイトル、帯、あらすじで、中身を想像出来る。そしてそれが期待値とずれないことが重要である。大ドンデン返しみたいな疲れるものはいらない。想像した快楽を得られ、時間というコストに対して最大限のパフォーマンスを出したいのだから。なろうの作品を読む前にタグをチェックして「ハーレム」を探しているそこの君。君だよ君。

そして、ここまで何度も述べているように、カジュアルに読み進められるパッケージとして、なろうの形式は最適化されている。1話あたり5,000~10,000文字の文量は便所でうんこしながらでも読めるだろう。通勤中であれば、2,3話読むことも出来る。区切りもつやすい。はてブで糞みたいなエントリーを読むのと同じユーザー体験で、自分が好む小説を摂取できるのだ。そりゃあ楽な方楽な方に行きたくなるのが人というものだ。

kawangoの話はラノベのくだりだけはまじで許せなかったが、大筋同意できる意見も書かれている。

まりユーザー自分の好むメディア自分に都合のよい物語を選び始めているということです。もちろん昔から、人々は基本的自分にとって心地よいメディアを選んできたわけですが、まだ選択肢が少なかった。ところが今は、どんどんパーソナライズ化が進んできて、自分が信じたい情報、接したい情報だけが集まってくるようにするということが、ネットを通じてできるようになったということです。

心地よい作品を得たい、これは今に始まった話ではなく昔からそうだ。それを加速したのはネットであり、生活リズムによるものだと俺は考えている。

ジョブスのせいでエロゲをまともに出来なくなったからあいつは地獄に行けばいいと思う。まぁiPhone7は買ったけどな。


こういう状況をぶち壊すのがあんたらの役目なのでは?

そうは言っても、先にも述べた通り、コンテンツムーブメントはいつか終わりがくると俺は思っている。あれだけ若いオタクの間で跳梁跋扈した東方ですら空気になりかけ、俺が大好きだったKeyだっていたるんが退社するんだ。時代は流れていく。それはもう人の手では止められるものではない。

その転換点は、代替となる成功体験でしかないだろう。

ブギーポップではじめて感じたライトノベルという時代の到来。雫、痕、ToHeartからはじまったビジュアルノベルの胎動。なろうで形作られた異世界への特異点

生まれ、壊され、生まれ、壊され。その繰り返しの中で、コンテンツは洗練されて進化を続けてきたのだから、今を変えていくのは強烈な快感を与える新しいコンテンツでしかない。

オタクコンテンツトップランナーであるカドカワもといKADOKAWAが、それを担わずして誰が全うするというのか。「努力できる立派な人物主人公だと、読む側が気後れする」だって?まじで言ってんのかあんたは?

そんな下らない仮説を振りかざして、閉じたコンテンツ世界を作り上げるのがあんたらのやりたかったことなのか?違うだろう?

今のライトノベルには面白い作品がたくさんあるぞ。エイルン・ラストコード読んだか?ライトノベルで熱血ロボットとか新しすぎだろ。最高にアガる作品だぞ。正直アニメ微妙だったけど、天鏡のアルデラミンも読んでて震えるわ。風呂敷たたみ始めるの早すぎてちょっとおっちゃん心配だけどな。

あんたの会社の社員めっちゃチャレンジしてるんだぞ。わかってんのか?

にも関わらず、トップあんたがその斜に構えた態度でいるとか、作り手とユーザー舐めすぎだろう。看板背負っていることを、どうか自覚してほしい。

俺はあんたが作ったニコニコ動画という世界にはじめて触れた時、新しい時代の到来を感じたんだ。実際に、2000年台後半はニコ動時代だった。コンテンツのあり方を変えた1つの要因だったことは確かだろう。

サービスでもいい、コンテンツでもいい、もう一度それを作り出すくらいの気概を俺たちユーザーに見せ続けて欲しい。閉じこもった推論だけ振りかざしていたら、そこに未来はなくなってしまうんだから



どうか。期待しています。

だれかと旅行したい…

地味な田舎行って色々突っ込みたい

一人じゃダメなんだ

大食いダメなら相撲ダメなんじゃないか

新聞投書欄大食い番組が叩かれていた。

そんな無駄に食う分があったらアフリカの子供に……という、いつもの理屈である

なんでも、終わった後は吐いてるらしいから、確かに食べ物無駄と言われてもしょうがない。

投書では触れられていなかったが、危険というのももちろんある。



しかし、よくよく考えてみると、食い物を無駄に消費するという点では、他のスポーツも同じだ。

例えば相撲力士体重別ではないため、基本的には太るほど有利なルールになっている。

から、彼らは毎日のように、稽古をしては大量に食って寝る。太るのも仕事のうちだという。

小兵で活躍すればもてはやされるが、それはレアケースだからで、やっていくのは厳しいのだろう。

まり力士でいる限り、不必要に食うことがほぼ必要とされている。

みんなそんなことはわかっていて、でもまあしょうがないよね相撲から、とごまかしているのだ。

けしからんからテレビ中継なんかやめてしまえ、という年寄りの話なんか聞いたこともない。

大食いとの差はただひとつ。その光景テレビで直接見ずに済んでいるだけだ。

からあの体を見ても何とも思わないのだろう。



もっと言うなら、相撲だけの話でもない。

野球がなければ、高校球児が丼飯を3杯も食う必要だってないが、誰もそのことは非難しないのである

心に余裕を持たせるという趣旨でいえば、別の環境に連れていかなくてもしっかり情報咀嚼して飲み込むだけでもだいぶ違うと思うんだけど。ウェブ世間を行き交う情報量が圧倒的に増えたから、せめて貧しても鈍しない世間になるようにしていきたい。

小学生の頃にNetscape Communicatorの向こうに見えていた空間は、こんな悪態つく場所でもなかったし、人を血祭りにあげる場所でもなかった。もっとキラキラしてた。

そんな場所にしていく……のはもうダメだとしても、貧しそうな人が鈍しないように差し伸べていけるようにしたい。フロントエンジニアの端くれとして。がんばる。

まずはできれば定時後に出火した案件を火消しできるくらいには体力温存できるようにしなきゃね。なかなか厳しいけど。

コスパが悪い人を殺したいんでしょ?

とある人が透析患者を殺せだのなんだのって言っていますね。向こうのコメント欄にも似た考えをされる方が多くいらっしゃっています


でも、あの光景ネットだけじゃないんですよね。私も知り合いがそういう考えだからよくわかる。「でも餓死するニュースが定期的に上がってくるじゃない。それが起こるってことは、ダメな奴には社会が引導渡しているんでしょ」って。それを聞いて耳を疑った。そういう考えをする人がこの世にいることにびっくりした。


ホッテントリにその記事が上がってきても、もう私驚かなかった。金の巡りだけが世間で、血栓のように金の巡りを悪くしているところが憎らしいんでしょ。そういうことでしょ。


そう思うと、彼の予備軍ってたくさんいると思う。「コスパ最高!」なんて有頂天になって紹介してるホッテントリ、さんざん見るもの公益施設を収支でしか考えない人も山ほどじゃない。図書館を賑わいの拠点に据えちゃう市も同じ傾向にあるよね。


彼、この先透析患者の次は誰を狙うかな。私みたいな特定疾患患者も当然狙いの一つなんでしょうね。月に5000円しか払わないんだもんね。コスパ悪いよね、ごめんね。8時間働くのがやっとだから自己負担が1万円だったとき結構辛かったのよ。



いま要るのは、彼を燃やしたてることでもお詫びを強いることでもなく、コスパ優先の思想が全てじゃないことを理解してもらうことだと思う。もっといろんな見方ができるような大人になってほしい。

貧すれば鈍する」とはよくいうけれど、追いつめられることで鈍すると思う。経済的になのか分からないけど、鈍しているとすれば様々な環境へ連れていっていろんな見方があることを知ってほしい。いじめられっ子が別の環境体験することを勧められるように、この方にもそういう環境体験してほしいな、って思ったりする。心に余裕できるから

http://anond.hatelabo.jp/20160927200102

ご苦労様とは思うし同情もするけど、増大する医療費問題とは別だね。

お母様の様に遺伝によってやむを得ず発症した患者さんは該当しないとしても

医学的かつ統計的に見て、自業自得である担当医ないし行政担当者判断しうる患者自己負担額はあげるべき

そうしなければ、お母様の様な、本当に支援必要患者に対して治療を行う資金がなくて

一律して透析患者を切り捨てる時がくるかもしれない

リベラル層が日本がもうダメだとよく言う、本当にダメになった時はそうなるんだよ

そうなる前に、切り捨てるライン合理的に引くのが、子ども社会を引き継ぐ大人の務め

憲法25条を唱えたら、無限国家予算を手に入れることが出来るというような夢は子供が見ればいい

2016-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20160927222834

ルールの多さというより押したらダメなのにポジションの取り合いが許されるってのがあいまいで正直よくわからん

http://anond.hatelabo.jp/20160927071136

チグリスとユーフラテス』を思い出した。『チグリスとユーフラテス』で主人公ルナは、人口が減少しつづけたある植民惑星最後の人間となった。日本から移民した数百人だかが元になって、最初人口増えたけど、原因不明不妊蔓延して、色々政治的に介入(妊娠できる人を徹底的に保護した)してもダメだったという話。

最後の一人」だけいても話にならないので、異なる時代コールドスリープされた人たちを起こしてルナ対話するという形で物語が進む。SF大賞作品だが、登場人物はほぼ対話しかせず動いたりしないので、いわゆるSFとは読後感がかなり異なる。

詳しくは覚えてないので http://plaza.harmonix.ne.jp/~usausa/usa40shi/bok/usa41017.html から説明を借りる。

物語はそうした特権階級の一人であるマリア・Dが目を覚ましたところからまります。ですが呆然とする彼女の目の前に立っていたのは幼児のような可愛らしいドレスを着てぬいぐるみを抱え、幼い言葉を話す一人の老女。七十は過ぎているだろう彼女自分を「ルナちゃん」と名乗り、惑星ナイン最後の子であると語ります移民から四百年を経て、マリア・Dの時代ですら出生率が極端に低下していたナインルナ最後に滅びようとしていました。

ルナによるコールドスリープ覚醒ナイン時代をさかのぼりながらマリア・Dからダイアナ・B・ナイン関口朋美、そして移民船を率いたキャプテンリュウイチの妻であり惑星ナイン女神とされるレイディ・アカリへと続きますルナ目的復讐、そして問いかけでした。自分はなぜこのような世界に生まれなければならなかったのか、そしてそれ以上に、ルナの母はなぜこのような世界であるにも関わらず、自分を生むことを選んだのか。

ちなみに『チグリスとユーフラテス』はよくブックオフで100円で売っている。

クロスポスト https://redd.it/54py3r

http://anond.hatelabo.jp/20160927071136

うんこするのと同じくらいの感覚子供を産めるようにしなきゃダメだよ、ニッポン

http://anond.hatelabo.jp/20160927130728

これはゲームにもよるけれど、

基本的女の子セックスするシーンがあります

エロ画像数枚分+官能小説のHシーン描写が喘ぎ声付き紙芝居で観られることが多いかな。



ただ、ほとんどはゲーム選択肢を適切に選ぶことで、一応のストーリーが出来上がり

その結果としてのセックスがある感じに進行するので、嫌いになるほどエロ要素満載ってことは無いと思います

フェラとか縄とか特殊性癖っぽい変態プレイをするゲームもあるので、

そういうのが生理的ダメだとやらない方が良かったと思うかもです。

苦手な場合は、ひたすらクリックでそのシーンを素早く終わらせることもできます

木星「ああ~~~~僕のエウロパから間欠泉が射ちゃう!射ちゃうよ~~~~!!ねえもういい?射しちゃっていい?あ~~もうダメ我慢できない~~~!!」

君の名は。』は、やっぱ辻褄合ってないなー【ネタバレあり】

http://anond.hatelabo.jp/20160925060352

辻褄あってるというか「整合性の塊」なんてコメントもでるくらいだけど、やっぱ辻褄あってないんだよなー



わかり易い例は、一番最初の場面と最後の場面。



映画の始まり彗星が落ちてくる場面のあと、瀧と三葉がそれぞれ東京暮らししている家で目覚めて、

2人とも「何かが消えてしまったという感覚けが、残る」という意味のことを言って、出勤。

電車に乗って、それぞれドアの近くに立って外を見ながら、

「ずっと誰かを探している、そんな気がする」「そんな気持ちになったのは、たぶんあの日から」となる、



そして、瀧は、自宅団地というかマンション屋上っぽい場所割れている彗星を見上げている場面の回想シーンになる。これはいい

しかし、三葉のほうは、浴衣姿で、割れている彗星を眺めているシーンを回想する。これは明らかにおかしい。

東京で生きている三葉があの場面を回想するはずがないから。



彗星落下日に浴衣姿だったのは、【彗星が落ちて500人死んだ時】のものだ。

考えてみて欲しい、彗星落下日に避難訓練というテイで奇跡的に三葉も四葉テッシーらも死なずに住んだあの日

中身が瀧の三葉は、朝、制服姿で学校に行って、「このままじゃ全員死ぬ」とか言って作戦を練るも、

中身が瀧の三葉は、「俺じゃダメなのか」ってなって例の酒のある場所に行って三葉と会う。

あの日、中身が瀧の三葉も、中身が三葉に戻った真三葉も、一度も浴衣姿にはなってない。

制服姿で街中をあちこち走り回って、彗星落下のグラウンドゼロ周辺から住人を避難させたわけで。

からこそみんな生き残って東京電車に乗れて、そして最初の場面が最後の場面につながるわけで。


世界線が変わって2人が入れ変わって奔走したわけでない浴衣姿の時にも被害でなかったってなら、

東京電車に乗ってる2人は入れ替わりもなく出会うこともないし。

浴衣姿で空を見上げていた世界線でさえ2人が出会うならそれはもう単なる運命しかなくて、

辻褄合ってるとかじゃなく、辻褄合わせようとして設定とかあれこれこねくり回しているレベルにすぎない。

彗星が落ちてくるクライマックスで流れていたRADの歌の

運命だとか未来とかって言葉がどれだけ手を伸ばそうと届かない場所で僕ら恋をする」ってことと真逆のことにもなるしね。

落ちてくる彗星、死んだはずの人々、そういう運命を、互いを好きだという2人の行動で変えたからこそ、その2人がラスト出会うことに意味があるわけだし。





個人的にこの作品大好きでだから何度も劇場に行ってるわけだけど、辻褄合っている、整合性の塊みたいなのは言いすぎかな。

自分の大好きで最高だと思う作品が、完璧誤謬矛盾もない素晴らしい作品だ、

あるいはほとんど矛盾もなくほぼすべてのことに説明がつくんだ、と思い込みたい気持ちや、

自分の大好きな作品へのツッコみや批評を、まるで自分否定されたかのような気になってイラついてしま気持ちはわかるけどね。

設定ゆるゆるだしツッコミどころおかしなとこともあるけれど、俺は好きだよ、おもしろかったよって言ってる人たちはずっと真摯だよね。



バイト学校行ってるのにまったく時間のズレに気づかないとか、都合のいい部分だけ忘れる、とか、

そういうあれやこれやのご都合主義解釈や、スピンオフ小説や、監督の後説でツッコみどころもなんとか説明できないことはない、

くらいのレベルお話って、少なくとも「辻褄合ってる!すごい!」って言えるレベルのものではないと思うよ。

盛り上がる印象的なシチュがまず第一で、それらのつながりの辻褄はこの映画はお世辞にも上手いものじゃない。

でも俺はおもしろかった。俺はあわなかった、そういうことでいいじゃない。

互助会ブログが鬱陶しい

内容がない。ブログ本編に限らずそのブコメも「参考になります」「最高です(笑)」「よくわかりますw」といったものばかり。いつも同じ人同士でブクマしあっている。

鬱陶しい。

はい弱者の戦略としては理解できる。

そうして互いの承認を得ることはすなわちモチベーションを得ていることとほぼ等しい(そのモチベーションの先にはアフィリエイトでの金欲が大きいのだろうとは感じるが、それも否定するものでもない)。

時たま、互助会の外からブクマする人も出てくればモチベーション流入数の正のフィードバックも得られるだろう。

互助会の中にもきっと様々な理由でやめる人も出てくるはずであるから、続けていさえすれば相対的につまらないものが淘汰され、そのうち文才を花開かせた者が私を、あるいは社会を楽しませる記事を書くようになる可能性も当然ある。たとえ今、ブログの中身がスカスカであろうともしかしたらという将来を見ればすぐさま否定する必要もないだろう。テキストサイト時代Flash時代YouTube時代、何度も繰り返されていたことだ。

が、ここしばらく(1週間程度)露骨商品アプリの紹介を始めた互助会ブログがいくつかある。テメーらはダメだ。つまらないだけでなく、ホッテントリにつまらないものを垂れ流すのだから

と怒りを感じたが、こうして文字に起こしてみると何に怒っているのかよく分からないのである。私が何に怒っていたのかを心の中で整理し直すと、単純にステルスマーケティングアフィリエイトに対する忌避感が中心にあるようにも思うが、それは上に書いたようにモチベーションの一つとして否定する気はない。美学問題とまとめることもできる気がするが、美学こそ誰と共有できるものでもなかろう。

それにホッテントリにつまらないものが流れたからといってなんだというのだ。そもそもホッテントリなんてものを見るほうがおかしいのかもしれない。よく、はてブは気に入ったブックマーカーお気に入りに入れるのがよい、という意見を見るから、それを実践していない怠惰自分がいけないと考えてもよいはずだ。そもそもつまらないならはてブなんて見ずにいつも通りPCから離れて本でも読めばいいのだ。なぜとやかくいう必要があるのか。

互助会が互いをブクマすることでブクマ価値基準を根幹から変化させるのがいけないようにも思う。

となると自分にとっていつの間にかブクマが高い価値を持っていたのだな、と気付かされたのだった。

つの間にか互助会に対して感じていた怒りが徐々に浄化されたのでひとまずここまで書いてメモとしておく

2016-09-26

電通不正請求問題」へ物申す

当方、専業代理店業界インサイダー



電通個社ではなくインターネット広告業界全体の問題だ」論

いやね、アホかと。なにこの論調?とりあえずは完全に電通個社の問題だろ。こんな虚偽レポートなんて普通に商売していたらあり得ないし、まっとうにやってる側がただワリ喰う話であって。単純なレポーティングミスだけで110件も起きるわけねーだろ。工数が多いのは事実だが、レポート普通にきちんと出せるから。こんな電通が巻き起こしたクソみたいな詐欺事件で、なんで業界全体の構造論の話にすげ替えるわけ?百歩譲って、同種の問題が起きてないか確認するうえで「クライアント側」がそう言うのは分かるが、代理店側がこのタイミングでこういう全体論に落としちゃダメだろ。まさか自分たちもやってるから全体論にしたいのか?ましてや電通関係者、テメーらが述べるのはありえない。




普段広告業界かくあるべし」唱えているレガシー、もとい総合代理店方面の情けなさ

なんつーかさ。「クライアント舐めきった体質」と「デジタルメディアキャッチアップ出来ていない低スキル」のコンボの話じゃん。これ。普段からテレビより)儲からないデジタルメディアを軽くみて、楽ちんなテレビ利権構造をなるべく維持したい、だけどみんなデジタルって言ってるしそろそろマジでやらないとヤバイよね、、、つーなかで起きた事件じゃん。

普段は、「業界全体のことを考えるとウンタラカンタラ」とか、「専業系は分かってないからドーノコーノ」と言ってるくせに、こんなクソみたいなことやらかして、説得力1ミリもねーから利益率低くて儲からいか子会社に全部投げて、低い付加価値の割に手数料はレップと代理店両方の分貰います、って、はっきり言って日本生産性落とす寄生虫しかないよね。情けなくないのかな?専業代理店クライアント成果へコミットして死ぬ気でやってるんだよ。




普段facebook その他で威勢のいい連中がダンマリ現象

笑えるよね。普段調子に乗ってメディア論広告論、業界こうあるべき論だとか語ってる連中ほどダンマリ。超カッコ悪い。なんか普段いろいろ偉そうに言ってるけど結局ポジショントークしかないっていうのがこういう局面で分かるよね。典型意識高いニュースアグリゲーション系とか、ブログでありがたいご高説垂れている方々。お前らもう喋るな。意味いから。ダサい




結局、代理店ってなんのためにいるの?という話に落ち着く

基本的にはさ、デジタルメディアっていうのはクライアントが直接バイイングできるわけ。テレビCMみたいに電通さないと買えないメディアなんて一つも存在しないんだよ。取引口座ひらけばネット(原価)で管理できるわけだし。それをクソもミソもごちゃまぜにして、「わんすとっぷさーびす」とか言っちゃう丸投げモデルからこういうアホみたいな騙され方しちゃう。ただ大きな広告営業網をもっているのが電通からメディアは気を遣うだけであって。

そこを内製化するのは大変だからオペレーション引き受けるっつー話だし、クリエイティブ提案メディアまたいだ広い知見こそが代理店に求められる役割のはずだろ?少なくともこっちはそういう提案してるつもりだよ。広告主の皆さん、もうそろそろ電通に騙されるのをやめて目を覚ましたらいかがですかね。

アクティヴレイドが納得いかなくて辛い

単発回はいいよ。どれも面白い。でも本筋が納得いかねー。



1期のとき日本のあらゆるインフラ統合管理してる「オロチ」なるシステムが、テロ組織ロゴス」にクラックされて乗っ取られた≒日本が乗っ取られたっていう話だった。

そんなバカデカい上に複雑なシステムあってたまるかよ!? 何人を鬱と過労で殺せばできるんだ、このシステム!? しかクラックされるって!

まあラスボスの脅威を示すには、それだけデカいことやってくれた方が分かりやすいし、それは作劇上の都合として見逃がそうと思った。

けどその決着がミュトスロゴス創始者)は仲間を欲しがってたけど、バード(もう一人のロゴスメンバー)は仲間とかどうでもよかったのでミュトスに見切りを付け、そこから情報漏れて全部解決しました。ミュトス未成年だったのでどうにか説得して逮捕しました、っていう脱力オチで……。

まあ一貫して法に基づいて犯人逮捕する警察を描いていたから、作品としては正しいんだけどさ……敵から情報流出無しでオロチ回復させるのも、ミュトスの正体を突き止めるのも難しいだろうし……それにバード超法規的措置国外に逃げたのは、2期に繋げるつもりだからだろうし……。



そうやって もやもやしながら迎えた第2期。まあ相変わらず単発回は面白かった。

けどやっぱり終盤になって馬脚を現した!

問題はLiko(リコ)だ。美少女アバターCV黒沢ともよ)を持った、現実で言えばSiriCortanaのようなソフトだ。作中世界では誰が作ったかハッキリしていないにもかかわらず、広く普及している。

しかしこいつは1期の終盤で、その正体がロゴスによって作られたマルウェア「ベヌウ」と明らかになった。Likoはミュトスの指示一つでベヌウへと変貌し、民間のありとあらゆるデバイスを乗っ取って使用不能に陥らせたのだ(これ+オロチ乗っ取り日本全体が機能不全になった)。

にもかかわらず、2期になってもLikoは使用が続けられていたし、警察内部でも平気で使われていた。だからきっとLiko自体はどっか他所の人が作ったもので、作中に登場していたロゴス製の改造パッチを当てたらベヌウになるのかな……と脳内で補完してした。パッチ問題ならパッチさえ当てなければいいわけだし。

なのに2期終盤で警察捜査協力しているミュトスが、Likoは僕とバードが作ったって言っちゃった上、目の前でLikoをベヌウへと変化させたのだ。

人をバカにすんのもいいかげんにしろ!? なんでテロ組織の連中が悪意を持って作ったと分かってるソフトを平気で使ってんだよ!? それも警察内部でまで! せめてバックドアは潰しておけよ! なんで野放しになってんだ!?

しかデバイス内部のありとあらゆるデータクラウドアップロードするなんていう、邪悪すぎる機能まで付いてやがった! 乗っ取りだけじゃなくてデータ泥棒もやってたのかよ! 何年使ってんだ! 誰か気付けよ! 警察なんか機密情報流出危機だぞ! ダイハチ潰れるどころじゃ済まないぞ!

勘弁してくれよ谷口監督! そりゃ破壊されたSDカードに入っていた証拠データを手に入れるには、そういう設定でも用意しとかないと無理だろうけどさ! バードがLikoにミュトスの知らないバックドアを作ってて、それを悪用したら1期の二の舞じゃねーか! そうはならなかったけどさ!



他にも現場暴走を終始肯定するつくりになってたのも嫌ーな感じだった。権限を拡大したら その分のリスクも増大するだろうに、絶妙オブラートに包んでやがる。直接ダイハチダイクが批判されてる描写は1期のとき女子アナ生中継で叩いてたくらいだし、それだって半ばギャグのように描写してた。他は否定的な声が云々って台詞だけ。視聴者ストレスを軽減させる手法としては上手いと思うけど、そうやっちゃうのかよというガッカリ感も大きい。

2期では叩いてたマスコミダイハチにベッタリになっていた。1期でロゴス事件解決たからだそうで。それでダイハチダイクが何をしようが、批判の声は視聴者には見えないようになっていた。

からバードが先のLiko問題と合わせて、そういうダイハチダイクの終わり良ければ全て良し体質を世間に大々的に流出させて、第三機動強襲室全体の失脚を狙ってこないもんかなーと思ったけど、大事件起こしてダイハチにぶつけるだけっていう単純で普通な話になっちゃった

まあ最初から最後まで無敵のダイハチダイクが事件を確実に解決してハッピーエンドっていう、ストレスフリーお話にするつもりだったんだろうけど。それで……それでいいんだろうなぁ。



ここまでの不満は、全部俺が勝手に変な方向に期待持っちゃったり、余計なことに引っかかったりしただけの話ではある。

オロチしろ、1期のラストしろ、Likoにしろダイハチ権限拡大にしろ、作中でそういうものだと(肯定的に)描かれていたのだから、そういうものと素直に受け取るべきだった。でもそれができなかった。

まり俺はアクティヴレイドを楽しめない人間だったということだ。悔しいなぁ。最後まで付き合ってやっぱりダメでしたっていうのは。

こういう感情を表に出せばアンチだ殺せー!されるのも辛い。ストレスフリーを狙って作られたであろう作品ストレス溜めこんでやんの。バカじゃねーかな、俺。



そういえば谷口アニメだとガン×ソードも前半の単発回(実のところは伏線を張る回)の方が世界が広がって面白かったけど、中盤以降で伏線回収する度に、話が盛り上がるのと反比例して、作中世界がラスボスを中心に狭くなっていくようで心底ガッカリしたなぁ。

感覚としてはこれに似てるかもしれない。キャラや基本設定は嫌いじゃないけど、メインのお話が進んでいく度にえー……なんで……? ってなる。これも勝手に変な方向に期待持っただけではあるけど。

性に合ってないのかなぁ、谷口悟朗監督作品ガン×ソード以降でもコードギアスは楽しめたし、彼が原作(となんたらプロデュース)を務めたファンタジスタドールも最高だと思ってたんだけど。原作ありの純潔のマリア面白かったなぁ。

ってことは作品によるのかなぁ……。そうだといいなぁ。次回作こそは楽しんで見たいから。

上司の子供がキラキラネームだった

新卒入社して半年

直属の男性上司は、テキパキと仕事をこなし、残業を強いることもなく、愛想がいいとまでは言わないが普通に部署内の雑談にも参加する人間だ。

私の育成が自分仕事の一つだと思っているようで、根気よく教えてくれる。

他の上司というものを知らないから、「可もなく不可もなく」だと思っているが、「不可がない」時点で実際にはかなり恵まれているのだと思う。

しか今日上司へのそんな思いは粉々に砕け散った。

彼の、今年大学卒業するという息子の名前が、2010年代まれといってもおかしくないようなキラキラネームだったのだ。

簡単にいうと、ラ行で始まりラ行で終わる名前だ。

雑談の折に、不意にカミングアウトしてきて驚いたのだが(他の社員さんたちも知らなかったらしい)、さらに追い討ちをかけるように、上司自分がつけたというそ名前に誇りを持っているようだった。

その瞬間、それまで抱いてた「まともな人だなぁ、堅実な人だなぁ」という思いは砕け散った。

恋心や憧れの類は一切感じていなかったが、自分を教え導いてくれる上司のことを、まっとうな人間だと思いたい気持ちがあった。

しかし、もうダメなようだ。

自分でも驚くくらいに、急速に心が上司から離れていく。

何を言われても、「ハッ、こんな名前つけるやつ…」という思いが勝手に湧いてきてしまうのだ。

結びの言葉が思いつかないが、とりあえず〇〇君に幸あれ…と思わずはいられない。

彼氏が勃たない

付き合って3年

彼氏32

私25

彼氏最近ダイエットを始めた

私も始めた

彼氏はほぼ毎晩一人でしてるらしい

私はあんまりしない

ビデオじゃちゃんと出来るのに

私とだとダメってどういうこと?

もう魅力とかないのかな。泣きそうになっていたら

そちんでごめんねと謝られた。

他の男性とする気はないので治してほしいけど、どうすればいい?

薬とかは絶対に断られるし、本人はそんなに気にしていないみたい

(一人で出来るから)

あーーーつらい。

関わりたくない人がいる。

先日、職場普段はあまり仕事しない人と組むことになった。(仮にAさんとする)

Aさんは、かなり細かいところまでこだわりを持って仕事をする。

仕事だし、それは当たり前のことなのだが、時にそれがAさん自身を追いつめたり周囲をうんざりさせたりしていた。

先日の作業で私がやるのは簡単作業のはずだったが、とある事態が発生したために簡単ではなくなったのだ。

作業するのに必要データが届かず、代案でやることに決まったときに、ああこれダメだと直感したのだ。

この感覚は初めてではなかった。

私が配属されたときに、Aさんが担当していた仕事を引き継ぐことになり、指示をもらいつつ必死に進めていたのだが、

Aさんは、なんと途中で体調不良ということで長期間休みに入ってしまったのだ。

その時点でまだ全体の3分の1しか引き継がれていない状態で、半ばパニックに陥りながら作業をしたのだ。

その時と違ってAさんはいるというのに、なぜか同じ感覚になった。

なんかややこしいことになりそう、と。

結果として、予感は当たった。

Aさんの指示と、作業内容がかみ合わない箇所がいくつも出てくる。

提出の段階になって、最初に言っとくべきだろうというようなことを言ってくる。

そのために見直しが発生し、時間が余計にかかる。

この人、わざとやっているんじゃないかとも思いかけた。

Aさんからは、作業の出来が悪いとのお言葉をいただいた。

私はAさんの顔を見ることができなかった。なぜか?

疲れ切っていたからだ。まあ、カチンと来ていたのもあるけど。

今回の件について話をしたいらしいが、どう答えたものか。

正直、もう、私が全面的に悪かったでいいから、話とかしたくないんだが。

私も、初めての人と組むときがあるからAさんの大変さはわかる。

でも、なんかAさんとは仕事したくない。

2016-09-25

プラスではダメなんですか

anond:20160726210239

http://www.pokemongo.jp/plus/

ぽけGOプラスのなんでもできるボタンを傘の取ってで押すんだよ!

 

なにスマホしかない?では傘のJにカバンコンビニ袋さげたそのJの上を右手中指~小指で持つじゃん?

左手スマホかまえて~

自由自在右手人差し指ボール投げられるじゃん?はい論破

 

それもだめなら全身カッパ来て荷物は防水リュックで担いでジップロックにぶっこんだスマホ

まあ、傍目では単なる不審者だけどね。

http://anond.hatelabo.jp/20160925223624

◯◯をしたくなくなったら?

☓☓がどうしてもしたくなくなったら?

前者もありえるけど、後者もありえる。どっちもよく聞く話。

そこを無意識に蓋をしてると、結局、身体か心を壊して入院する。

リソースは有限。無理は貯まる。人は本来、そのような構造になっていない。

ま、ただ、ニートダメだね。それより悪い。

趣味でさえ逃げ出した

プラモデルを改造していて、自分技術では無理だと分かって、仕様を変えた。

可変もののキット改造で、最初は完全変形を目指していた。30年近く前にデザインされた変形だから現代なら容易に再現できるだろうと軽く見ていた。

ダメだった。どうしても自分技術では強度とデザインギミックを並立させられなかった。それで組み替え変形で妥協した。

そこから先はすいすいと進んだ。組み替え用のピンを作ったり、差し込み口を空けたり、それであっさり形になってしまった。

ずいぶん長いこと悩んでいたというのに。

いままで組み替え・差し替え邪道だと思っていた。無闇にパーツが余るのも嫌だった。しかしいざ自分が作ることになると、これはこれで合理性がある選択なのだと気付かされる。

辛い。限界の苦しみの中で、自分否定していたものに救われたことが辛い。そしてそれが逃げでしかないことも辛い。

なによりプラモデルなんか趣味しかないのだ。それも改造なんて、あまりにもマニアック趣味だ。その趣味の中でさえ逃げたのだ。



昔「改造しちゃアカン」なる名言があった。これの本意は「キットの味わいを楽しめ」ということだったと思うが、今はもっと手厳しく聞こえる。

「生半可な技術しか持たない人間が、プロフェッショナル設計した工業製品たる模型キットに対し手を加えるなどおこがましい」と。

そのキットになにかが出来ていないときは、たいていなんらかの問題コストや強度がほとんどだろう)があって、あえてそうしているのだ。それはプロ判断なのだ

それを分かったつもりで何も理解できていなかった俺に、キットを改造する資格など最初から無かった。

逃げ場だと思っていた趣味世界でも逃げることになったのは、当然の帰結なのだ

俺は次にいつプラモデルと向き合えるだろうか。しばらくはパテもアクリルも見たくはない。

スカイプでチ◯コを晒したら同級生にばら撒かれた

若気の至りだったんだよ…しゃーねーだろ…チ◯コ見せて言われたら見せるだろ…そういう年頃だったろ…

うその話するのやめろよ…許さねえからスクショ撮ってばら撒いた女今でもゆるさねえから…いやその後の自分の行動がダメだったんだ…それでもゆるさねえから

TEDSD移動できなかった

アプリデータSD移動はストリーミングコンテンツスマホで楽しむための基本だと思うのに

ダメアプリってけっこう多いんだな

余裕がない人間他人に厳しくなる

障害者が殺された事件。、「使えない人間はいらないのかと背筋が凍った」とか生きる権利がどうのと話す人がいる。使えない人間はいらない、障害者に対してだけじゃなくみんなそれは思ってるでしょ。カス死ねって。カス死ねという思いは誰に対しても平等。だからなぜ障害者に対してだけはダメなのか