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はてなキーワード: 表現とは

2016-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20161204140124

最後の。

クレヨンしんちゃんはちゃんと「そういうろくでもないクソガキ」として描写されてるでしょ

行方正でお行儀のいいお子様という設定ではない

エロ批判された時にミステリー殺人描写を持ち出して正当化するのもそうだけど

その表現が用いられた文脈や背景を考えろよ

日本死ね」を巡る議論について思うこと

なんというか、言葉の俗な使い方って難しいなと。

死ね」なんて言葉、そのまま文字通りに受け取ると「私はあなた死ぬことを望みます」って意味だし、憎しみのこもった強い言葉に見えてしまう。

でも「保育園落ちた日本死ね」の「死ね」はそういう用法の「死ね」じゃなくて、もっとカジュアルものなんだよね。

例えば「毎日混みすぎだろ埼京線死ね」という投稿があったとして、ここに埼京線への憎しみや埼京線廃線になってほしいという願望を読み取ったら間違いで、当然この投稿から読み取るべきは埼京線が混雑しているせいで私は極めて不快な思いをしていますというメッセージ

まり不快感や怒りの感情を表明する際にカジュアルに使われる表現に「死ね」がある。もちろん品のいい言葉遣いではないけど、言葉遣いが悪いのが当たり前の匿名インターネット世界では頻繁に使われる。

これを古市氏は比喩表現と言っていたけれど、比喩表現という言い方はちょっとわかりにくくて、用法が違うと言ったほうが伝わりやすかったかなーと思う。

憎しみの表明としての強い「死ね」と、不快感の表明としてのカジュアルな「死ね」という2つの異なる用法の「死ね」があって、「保育園落ちた日本死ね」は後者。ここを混同すると議論がアサッテの方向にいっちゃう

別に対象が非生物だと比喩表現になるとかそういう話でもなく、カジュアル用法の「死ね」の場合対象人間でも本当に死んでほしいというわけではない。



以上を踏まえたうえで一連の議論で出てた意見への反論


・「死ね」がいいなら「殺す」もいいのか。

→そこに殺意憎悪が認められなければ当然問題はない。例えば仲の良い者同士のじゃれ合うようなコミュニケーションで「殺す」が使われる場合があるがそれは脅迫ではない。しかカジュアルな怒りの表現として「死ね」が使われることは一般的だが、「殺す」は「死ね」よりも主体性が高く“ガチっぽい”表現になってしまうためそのような用法で使われることは一般的でなく、にも関わらずわざわざ「殺す」が選ばれる場合は背後に憎悪がある場合が多いのではないかと思う。

日本に「死ね」と言わなければならないほど投稿者は追い詰められていたのだ。

→実際に投稿者保育園に落ちたために仕事を辞めなければならない瀬戸際に立たされており追い詰められた状況にあったが、別に追い詰められてなくても「死ね」くらいカジュアルに使う。匿名インターネットは追い詰められなければ汚い言葉を使わないほど品のいい場所ではない。

・強い言葉を使うことで問題提起たかったのだ。

→そもそもあれは社会に向けて問題提起しようという意図で書かれたものではなく、ただ愚痴感情に任せて叩きつけたものに過ぎない。感情的に書かれたからこそ独特の小気味のいい文章になったし多くの共感を呼んだ。誰かに読ませるために書かれたものでないか言葉遣いが悪いというだけで、戦略的に強い言葉を選んだわけではないだろう。(参考:http://www.huffingtonpost.jp/2016/03/14/hoikuenochita-blog-_n_9457648.html

・そんな子供に見せられないような汚い言葉を選ぶべきではない。

クレヨンしんちゃん下品有害から子供に見せたくないみたいな意見ネット馬鹿にされるのに今回はこういう意見正論みたく振りかざされるのは不思議だよねー。

連れを「君の名は。」に連れて行った。

連れを「君の名は。」に連れて行った。



ワイドショーなどを通じて、ヒット作であることは知っていた。

しかし、如何せんアニメが苦手である萌え絵は嫌いである。



11月4日金曜ロードSHOW!で「となりのトトロ」を見せたが、

前半は「話が進まない、眠い」とこぼしていた。

後半はそれなりに見てはいたが……。



ただ、RADWINPSの曲は好きだという。

そして、映画を見ないままオーケストラ編曲を聞いたこともきっかけになり、

なんとか「君の名は。」に連れて行った。



映画が終わり、自分は満足して余韻にひたっていた。

だが、連れの方を見ると、表情がよろしくない。



「絵は確かにきれいだったし、曲も場面にあっていた。

 でも、途中で意味が分からなくなった。

 ストーリーがまったく把握できなくなって、場面場面の連続になった。

 あれは何?どちらかが空想?だったら私には無理。疲れた。1000円損した。」



そんなことを言った。



不満をなだめていたときに、引っかかったポイントがいくつかあったので、書き留めてみる。



・あの場所実在するの?

 →飛騨地方までははっきり表現しているが、その後は知らない、おそらく架空と思う、と答えた。



・瀧、三葉はどうやって連絡をとっていたのか?メールしていたのか?

 →お互いがアプリ日記、顔を使って記録を残していたことを説明すると、一応納得したようだった。



・どちらかは空想なの?空想ならちゃんと「ここは空想」のように表現してほしい。

 →これに答えるのは難しかった。



 初見の私の一応の理解として、以下のようなことを話した。

 「どちらかが“空想”というわけではないんだ」



 「2016年東京を生きる瀧の世界では、2013年に糸守村は壊滅したことになっていたが、

 実は以前の上京した三葉と瀧の間につながりができていて(※)、

 その後、2013年の糸守・三葉と2016年東京・瀧が入れ替わるようになったが、

 瀧が真実を知った瞬間、いったん二人を繋ぐものはなくなった」



 「それでも、違う時間を生きる人間同士が出会える、一瞬の黄昏に二人は再会し、

 2013年に三葉達が死なない世界が生まれた」



 「1つしかない世界歴史が変わったのか、

 三葉が死んでしま世界と生き残る世界の2つがあるのかは映画からはわからない」



 実際にはもっとつっかえつっかえ話したこともあり、納得はしていないようだった。

 (※)どの時点の三葉がどの時点の瀧に会ったのか、あえて検索せずにずっと考えているが、私にも分からない。



 そもそも「体の入れ替わり」という表現自体を受け入れない、というほど頑なではないようだが、

 時間軸と視点シャッフル表現に慣れてなかったり、

 「時空を超えた平行世界」的なお話、考え方に一度も触れたことがなかったりすると、

 「君の名は。」は理解できないのだろうか。



 逆に、観客の多くはそれなりに理解できたのだろうか。

 雰囲気で感動しているのだろうか。

 理解できた人の共通素養は何だろうか。


 

 たとえば、マンガを読むときルールに「吹き出しの形で台詞モノローグ区別するし、背景に稲妻が走っても本当に天候が悪いわけではない」というのがある。

 http://ddnavi.com/news/215595/a/

 「君の名は。」を鑑賞するには、どういったルール理解必要だったのだろうか。


 

 今連れは「中国でもヒット?信じられん。ホントに分かって見てるの?」と言っている。



 「この世界の片隅に」を待つべきだったかとも思うが、おそらく劇場に行くきっかけがまれなかっただろう。



 今後アニメを一緒に見ることは、難しいかもしれない。

日本死ね」なんて書いちゃ駄目。じゃあ「アイヌ殺す」は?

今年の流行語に選ばれたことにより「日本死ね」という表現について、再びちょっとした話題になっています

保育園落ちた日本死ね」の死ね比喩なの?【追記あり】

http://anond.hatelabo.jp/20161203154215

流行語大賞で「日本死ね」を表彰したユーキャン炎上Wikipediaページを書き換えられてしま

http://www.buzznews.jp/?p=2104428

つるの剛士が「日本死ね」の流行語TOP10入りに嘆き「汚い言葉

http://news.livedoor.com/article/detail/12361463/

ネットでの論調は主に「日本死ね」という表現不適切だったという風に傾いているようです。

ところで今年はネットでこんな騒動があったことを覚えていますか?

ナコルルが強すぎてムカつく人たちによるアイヌヘイトスピーチ

http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/07/145618

アイヌ民族尊重の呼びかけに関する嘆願書 株式会社SNKプレイモア ならびにナコルル声優 生駒治美さん、中原麻衣さんへ

http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/14/005509

このときネット論調は主に「そんな深い意味で言っているわけでない」「ポリコレの押しつけだ」「言葉狩り」だと、こちらは逆に批判するがに対して否定的論調が多かった記憶があります

日本死ね」を批判している人は「アイヌ殺す」という表現についてどう思っているんでしょうか

あるいは「日本死ね」を擁護している人は「アイヌ殺す」という表現についてはどう思うんでしょうか

この二つは全く別ものなんでしょうか

たいていの日本人は考えて喋っていない

http://anond.hatelabo.jp/20161202221629

社会に出て一番の驚きは「たいていの人は考えて喋っていない」ってことだった。「考えている人」が喋るまでは次のプロセスを踏んでいる。

・その話題意図するところを捉える

・その意図への適切な答えを探す

・その答えの適切な表現を考える

から答えるまでに考える時間がある。それに対して「考えていない人」っていうのはペチャクチャと喋れる。なぜなら考えていないから。思ったことをそのまま声に出して伝えている。その話題がなぜあがっているのか、その適切な答えは何か、とは考えない。最初にパッと思いついたことをそのまま口にする。

日本会社会議がなぜ生産性が低いのか、それはこういう人が何人も会議に出席しているからだ。何も考えちゃいない。思ったことをすぐに口にする。だから、「考えていない人」が会議の場を支配することになり、熟議にならないし、考えも深まらないし、答えも見つからない。それぞれが思いつきを喋って時間が過ぎていく。「考えていない人」はみんなそうだと思っているから、思考する時間を勘案していない。すぐ喋る人が良いと思っている。そして、そういう人が「喋っているから」とだけで評価される。ますます「考えていない人」が幅を利かすようになっていく。ここが日本会社ダメなところだ。

それに対してアメリカが強いのは──2年ほど働いた経験上だけど──人には「考える時間」があるとわかっていることだ。向こうにはディベート文化があるし、PCが叩き込まれいるから、「どう答えるか」についてちゃんと考えている。だからちょっとした雑談でも「黙る瞬間」っていうのが何度もある。でも、そういうとき日本人みたいに焦って喋ったりしない。だって、考えているんだから。お互いそれがわかっているので相手が口にするまでちゃんと待つ。そして、それが普通だ。

会議でも日本みたいに「喋らないやつはダメだ」みたいなことは言わない。だって、喋っていないやつは考えているんだからね。だから、喋っていないやつがいたら誰かが「きみはどう思う?」と聞く。そして、考えているやつの意見を傾聴する。それに対してみんなまた考える。だから議論が深まっていく。日本はこれがまったくない。考えていない人が思いつきを喋ってそれで時間が浪費していく。

教育が変わらない限り、この差は埋まらないと思う。日本は「考えていない人」が幅を利かせて、そういう人が「すぐ喋る考えていない人」をコミュニケーション能力があるとか、自己主張ができているとか、そういう理屈を付けて評価するからね。でも、本当の自己主張って思いつきを喋ることじゃなくて、考えたことを喋ることなんだけどね。それがわかっていない。「考える時間」をまったく考慮していないし、それをスケジュールに組み込んでいない。この差はとてつもなく大きい。

http://anond.hatelabo.jp/20161203154215

「滅びちまえ」って表現最近いいなと思う。

察してくんの夫に疲れた

私が犬の散歩から帰ってくると、夫が起きて犬の餌の準備をしていた

これはもうずっと決めていること。朝は私が散歩に行き、夫は餌の準備をして食べさせる

その間に私は朝食をかきこみ、あらかじめ分担を決めた家事をする。

いつも通りのはずだった。夫が「なんでご飯食べてんの?」というまでは

「俺は疲れてるのに休日なのに無理やり起きてきたんだぞ。」

「あ、そうだったの、じゃあ餌やっとくし(夫がやる予定の)洗濯もやっとくから寝てなよ」

「もういい!(持っていた餌の容器をもぎ取り犬に優しく話しかける)」

なんとなく朝食を食べているとサボっていると思われる気分になり、先に担当分の家事をした。

すると夫は「怒られたときだけそんなことしても無駄なんだよ」

私はなるほどと思った。夫は疲れている。疲れているから眠っていたかった

けど「疲れてるから朝の家事やっておいて」とは言わず「すべて察して俺に気を使え」と伝えたかったんだ

これはいわゆる察してくんではないかなあ、と思ってモヤモヤして書いた

このひと、もし部下をもったら仕事のできない上司になりそうだとも思った

家事など雑務なのだから、終わらせればなんでもいいのに。今日休みいから代わりにやってと言えばいいのに

家事を終わらせるという話のはずなのに、俺の機嫌を損ねるなという文脈にすり替わっている

から怒られた、とかい表現が出てくる

なぜこんなことで対立せねばならないのか

ああ、モヤモヤする

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.京アニアニメって、なんであんなに「京アニっぽい」のですか。

言いたいことは何となく分かるぞ。要は作られたアニメ作風に、ある種の一貫性があるってことだろ。とりあえずテキトー検索して調べた範囲のことを咀嚼したのでお答えしよう。




基本的現在日本アニメの多くは、出来を語る際にスタジオ体系で語ることに、さして意味はない状態だ。アニメ構成する様々なものは、フリーランスの人たちを一時的に雇ったり依頼したり、他の所から外注しているのが主で、制作に関わる人たちはガラリと変わりやすい。

独自作風で知られているシャフトも、近年の代表作品の背景美術は「竜美堂」という美術・背景専門スタジオと手を組んで制作していることが多い。竜美堂が潰れてもシャフトはなくならないが、“シャフトっぽさ”はかなり減るか、ぎこちないものになるかもしれないな。

だが、京アニは体系がちょっと特別なためスタジオ規模で語られやすい。他のスタジオ外注でやっている多くの工程を、自社のスタッフほとんどやっているからだ。元請制作でほぼ出来ているので、作風にも一貫性が色濃く出やすいのだろう。




例えば特定の人にやって欲しいとき、その人がフリーランスだと他にも仕事があったり逐一の連携もとりにくい。スケジュールの遅れが余儀なくされたり、方針の変更を強いられるといった状況になることもある。そのダメージをもろに受けやすいのは特に作画方面だろう。

だが、スタッフの確保が自社内で十分に可能ならばスケジュール管理が楽であるということで、作画の安定にも繋がる。1話放送する前からスケジュール調整の賜物か全話のほとんどは出来ているケースもあるらしく、手直しする余裕もあることでより完成度は一定を保っている点も、スタイル一貫性に一役かっているのだろう。

また、例えば担当美術スタッフなどが表現に苦戦していたとき、社内の別の美術スタッフ相談するなんて連携もしやすいだろうから、より作風統一感が生まれやすい。

あと、京アニアニメーターのための学校もあり人材育成もしているので、このあたりも関係しているだろう。「境界の彼方」の作画とかは卒業生が多く参加しているらしく、その成果が出ているようだ。

ここ数年だと、原作すら自社出版なんてケースもある。元請け作品がなくて上から企画を貰えないせいで、何も始まらない(アニメを作れない)ということは往々にしてあるので、それを自社で賄うってのは何気に重要だ。そうしてコンスタント提供できるというのは、京アニスタイルなどのイメージ受け手に根強くする要因にもなる。

あと、給料が歩合制ではなくて固定給らしい。これは、どんなに頑張って早く仕上げても給料が同じということで一概にいいことではないが、逆に考えれば時間をかけて一枚ずつ描いてもよいということで、これも間接的にクオリティの安定に繋がっているかもしれない。




まり質問の答えは、京アニ制作においてスタジオ内での“自己完結度”が非常に高いので、そのスタイル作品にも色濃く出やすいということだ。もちろん100%自己完結というわけではないが、ほとんどの制作は社内のスタッフでやり、人材育成もやっているので一貫性が生まれやすく、京アニアニメは多くが「京アニっぽく」なるんだな。

もちろんそんなことが出来るのは、とどのつまりお金時間をかけたかなのだが、まあそれをコンスタント可能にすることが並大抵のことではないのは、私みたいな素人でも分かることだ。

私は京アニ作品は全体的に好みではないのだが、今回調べてみて分かったクレバーさには少し感心した。

単なるカジュアル罵倒表現としての「◯×死ね!」みたいのは、いや、今更俺がこんなとこでしたり顔で指摘するまでもないとは思うんだけど、20年以上も前から使われてたよね。んで時間を経るにつれて目的語が拡大していって、まあ若干の「大げさなオモシロ表現」みたいな感じで「日本死ね!」みたいのは普通に存在したよね。

「◯◯死ね」のオリジナルたむけんだの誰それだのどこそこのブログエントリで使われてただのって虚しい話だよね。

公立学校教員について考えること

効率学校先生になって数年経ったので思ったことを思うつくままに書く。少し悪意がある。

私自身は他業種を経験してきた中途臨時任用講師である雇い止め構造のために正規雇用に比べれば、ボーナスなどで手取りが劣るが、

最近正規採用されることに魅力を感じなくなって来ている。



学校先生別に知的エリートではない。

殆ど教員大学卒だというのが信じられないくらい、科学リテラシーというものがない。

採用選考基準知的に優れているというのを考慮してないのだろう。そりゃEM江戸しぐさ蔓延するだろうし、かけ算の順序を自分で考えられない人間多数派になってしまうだろう。

子供のあしらいは上手い。だが、お勉強の教え方が上手いかどうかは、個人資質によっているようだ。体育会系の奴は本当にバカだ。

ただ、小中学生は体力と学力はそこそこ相関するので、体力を伸ばすアプローチ有効なのだと思う。向いてない人を辞めさせる構造がないのが問題なのだと思う。



学校先生は美しい日本語というのに興味がない。

会議で一人の人間が五分話したら、10回は「させていただく」を使う。「します」でいいだろ。五人が喋れば50回聞く。

電話の応対もガチャガチャである。ただし、地域によっては身内の教員に「先生」と付けなければ保護者が図に乗ってしまうので、身内に敬称を付けざるを得ないという構造もあるようだ。それでも醜い表現だと思うが。



学校先生時間がない。

忙しい上に残業という概念がある世界経験したことがないので、ほとんどの仕事気合いでやっている。効率化の仕方をしらない。

ほとんどの人が大学卒業したあと、先輩の仕事ぶりをあまり間近で見ないままにOJTで仕事を覚えていく。

その為、仮に大学で覚えそびれたとしても、先輩や同僚から学んで、或いは仕事をサボってブラウジングしてる間に身につけるようなPCの使い方を身につけていない。

コピーペーストを知っているのはましな方で、ショートカットキー、気の利いた検索方法を知らない。コマンドバッチを書いてデータバックアップを取ったりしない。

忙しさのせいで、自分磨き時間を作れていない。他業種の人と交流する時間を取れていない。同業種の人とくっつく奴ばっかりだ。バカなのだと思う。

残業をもらうということを若いうちに経験しそこなったために、自分の1時間価値というもの考慮していない。

そこそこ偉いということになってる管理職人間教育委員会プリントアウトでよこした元がHTMLベースであろう資料に書いてある数値をエクセル入力して、

円グラフを作っていたりする。ものは、全国学力テスト結果の細目だったようだ。どうだ泣けてこないか校長という人種もっと酷い。

あなたはこんな人々に導かれている大人集団にまかせて、子供がITを使いこなすビジョンを持てるか。

時間がないといえば、地域格差もあるのだろうが、平気で給食費を踏み倒そうとするPも居て、余分に手紙を書いて渡して、

電話を掛けて無視され、家庭訪問をして無視されるという対応をしている例などもある。子ども手当減らして国庫から給食費を出せばいいのに。



学校先生別に大して人間的魅力があるわけではない。

子供といえば、あらゆる書類子供と書いた表現を「子ども」と頑なに直してくる。バカなのだと思う。

文科省が省内の書類表記統一する通達を出したことも知らないのだろう。矢玉四郎サイトも知らないのだろうし、本を読まないか矢玉四郎も知らないのだろう。

そうだ。本を読む人間は少数だ。ほとんどはバカなのだ

殆ど人間一社経験しかしていないので世間知らずである

ほとんど唯一と言って良い、よそでできる経験というのが、教育委員会への出向である

こちらは、地方行政機関なのだから残業代という概念経験しても良さそうなものだが、現役教員との格差を産まないためか、こちらも二級市民的に

慢性的サービス残業を行っている。採用試験に落ちた人間来年度の講師やらないかという連絡を日曜日に掛けて来たりする。

お前が落としておいてその言い草はなんだ? 来年の働き手が足りないということが今わかっているなら、採用枠を広げればいいのじゃないかバカ死ね

そういう非効率的な働き方を経験してきた人間現場に戻ってきたら管理職様なのらしい。バカバカ言ってきたが、気の毒である

教頭という立場の人々の働き方は非人間的である。おそらく90%以上の教頭という立場人間過労死ラインの向こう側で仕事をしている。

労働組合地方格差があるようだが、有名無実化しているようだ。

仕事に追われた、余暇の使いみちをしらない人間的魅力に乏しい人を生み出す構造しかない。



学校先生はわりとちょくちょく心を病む。

自分自由になる時間を作らずに、非効率的仕事と向き合って会社の外に付き合いを広げていかないのであれば、調子を悪くするのも当然だ。

気の毒だがバカなのだと思う。



学校先生別にイノベーティブではない。

悪い意味保守的である冒険心がない。気の毒に50代になっても自分がなにかを変えたという体験をしてこなかったのだろう。

学校先生研究をしているということになっているがその準備に大わらわになる一方でその研究とやらを積み重ねている様子が感じられない。

刹那的というか、近視眼的というか、一年こっきりの思いつきを繰り返しているように見えてしかたがない。

その研究とやらの成果が仕事教育)に活かしにくい構造もあるのだと思うが、こんだけ毎年研究を繰り返しているのならば、教育技法というのが、どんどん洗練化されても良さそうなものだが、十年一日な進歩しかしてないように見受けられる。

都道府県別の学力格差というのがあるのなら、愚直に先進的な地方のやり方を丸パクリしてみればいいのだ。



学校先生は社内/省内キャリアアップというビジョンを持たない。

しかしたら、正社員であらせられる人々の中ではあるのかもしれないが、自分過去の実績と現職ポストを振り返って、ゆくゆくのビジョンというのを持ってない。

少数の士官以外が全員現場一兵卒という構造もあるのだろうが、自分の将来展望についての話をしない。そもそも、同僚ととりとめのない話をする時間をそれほど持たないようなのだが……。そして、人事の内示がでるのが遅い。



女性発言力はそこそこある。

ここは評価していいところだと思うが、地方格差もあるのか管理職の登用というところでは、グッと下がるようだ。

管理職になれば今まで以上に奴隷のようにこき使われるのだ。旨味を感じられなくてもしかたがないのだと思う。

これは言っておきたいが、子供の美醜について口にするのは圧倒的に女性教員だ。イケメンという言葉カジュアルで使いやすいというのも

あるだろうが、これが男性教員子供の顔貌についてあれほど口にだしてたらと思うとゾッとすると思うのだが、どうだろうか。



◯親はもっとバカ

もちろん、全ての親がということはないが、公教育の失敗例というのをまざまざと目撃してしまう。

そこそこ都会でさえこの程度なのだから地方については考えたくもない。



お前はどうなんだと言われると思うがそこそこのクズだよ。

http://www.tm2501.com/entry/2016/12/01/200250

そう思いたい気持ち否定する権利なんて誰にもない。

でも、もう読んでてほんとつらい。

このつらい気持ちをどう表現していいのかわからんけど、とにかくつらい

2016-12-03

http://anond.hatelabo.jp/20161203120714

事実著作権がない以上、ネット上で得た情報であっても、独自表現で書き換わっていればそれは法的には立派な著作物になります

まりブログを書くのは人生のムダだということだし、ネットでマジメに発信しようとする人ほどバカをみるんだよね。

ゲームとは、創作とは、根本的にそういうものです。そもそもマリオだってディズニーパクリじゃないですか。

おまえがなにを言ってるんだ。得た情報引用元や参照先を明示せずに書いてるゴミムシと概念を真似して独自のものを作り上げる行為がまったくおなじとかどれだけイカれてるのか。

素直さ、謙虚

何をどうしたらそのように感じるのか?

突き詰めればこれらはいずれも主観的ものしかなく、発信者側の言動いかんではなく受信者側の受け取り方次第で決まるのではなかろうか。

すなわち、素直さ、謙虚さという単語を使ってはいるが、要は「この俺にヨイショしろ」と言っているだけなのではないか、と思えてしかたがない…。

これをそのままいうと傲慢と受け取られかねず、保身のためにわざわざもっともらしい表現に置き換えただけ…。

自分理解が歪んでいるだけなのか、本当に相手の器が小さいだけなのか、どうやったら判断できるだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20161203204629

親への感謝気持ちというのは、包丁を親の腹に突き刺すことで表現するに限る。

記念すべき増田初の流行語大賞ノミネート

保育園落ちた日本死ね」みたいな、

社会問題を鋭く抉る切迫感のある表現ではあっても

ユーモアのかけらもないただの汚言になってしまったことは

永久に恨み続けてやるからな。

 

ユーキャンめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!

キャン!!!キャントォォォォぉ!!!!!

おじさま上司の使う言葉自分より若くて驚いた

20は上の上司とりま、とかさらっと使ってた

子どもから伝染ったとかなんだろうか

けど報告書では「当座の方針としては」と堅いオッサン的な表現になっていた

使い分けがすごい

保育園落ちた日本死ね」の死ね比喩なの?【追記あり】

【追記】タイトル引用記事に対してふと思っただけで、本筋じゃないです。文中の戯れ言と相まって過剰反応されたので、戯れ言は末尾におく構成に変えてみた。【追記終わり】

2016年流行語トップ10に入ってしまいましたね、この言葉。そして、予定通りの賛否両論が再燃。

例えば、こんな感じで。

http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12363503/

【以下、末尾の戯れ言へ移動。】

でもこれって結局、件の言葉への賛否に基づいてポジショントークしてるだけじゃないかと。もっというと、その言葉を支持してきた人が必死に援護してるだけの構図にみえしまった。。

しかし、日本死ねに賛成してた人でも、流行語大賞には「えっ!?」ていう人も多いのが、今回は少し違うのかなと。

もちろん受賞者選定への賛否の話とかもあるけど、まずは、言葉のものへの賛否から【追記】今回の流行語大賞トップ10に対する賛否両論までの状況を【追記終わり】整理してみたくなったので、勝手にしてみた。

日本死ね」への賛否

保育園落ちた日本死ねという言葉に対して、賛成反対の理由を考えると、思いついただけでも本当に様々。

〈賛成〉

以下、子供の有無関係なしで

〈反対〉

以下、子供の有無関係なしで

これだけ色々な理由賛否両論一言で物知り顔コメントするのはいくらなんでも乱暴でしょうと。

特に、賛成している人の中にも、問題提起としてありだから賛成、でも、表現として不適切だという人がいるということは重要。例えば、上でいう、表現は別の人、支持派評論家の一部なんかが、それ。

まとめると、日本死ねに賛成する人も一枚岩ではないということ。

なお、斜めから見ると、その提起した内容が反対し難いために、過激で汚い言葉も受け入れさせた一方、その表現からしっかり反対派も焚き付けて、政治利用までつなげた、非常に優れた炎上マーケティングなんじゃないかなと。受賞者がどこから関わったかは知らんけど。

流行語大賞に選ばれたことへの賛否

そういう背景を踏まえると、問題提起として日本死ねに賛成してた人でも、流行語大賞トップ10入りです、おめでとうございます!とか言われると、「えっ!?」てなる人出てきますよ、そりゃ。

一方、支持派評論家としては、今まで散々、賛成意見を論じてたわけで、今更、「流行語大賞は別」とは言い出しづらいんじゃないかと。

かといって、「死ねとか子供に聞かせたくない」という親の意見を無下にはできないと。

そうなると、評論家の腕の見せどころですよね。いやいや解釈が違うんだと。あれは比喩表現なんだと。て、ならねーわ!

個人的には、表現が汚いことを真正から認めちゃって、「ゲス不倫」なんて汚い言葉選ぶような賞なんだし、そんな権威づいたもんじゃないんだと、単に、話題になったワード選んで世相を表してるだけなんだと言っちゃえと思うけど、メリットもなく選考委員喧嘩売るわけないか

受賞者選定への賛否

で、ここからさらに、日本死ね賛成派から造反者がでます。それが、受賞者の話。

匿名ブログなのに、「何で受賞者なしじゃダメなんですか?」と党首伝家の宝刀ブーメランだったのかと。

例えば、表現は悪いけど世相を表してるし、しょーがないんじゃないと思ってた穏健派だって政治色打ち出されたら違和感抱くの無理ないでしょ。あくまで世相を反映した言葉であって、それにかこつけて国会にもちこんだあんたはお門違いだろ!と。

まぁ、単にアンチの多い政党であるため向かい風参考レベルの逆風というのも否めないし、ネトウヨなら‥、おや、誰か来たようだ

戯れ言

いやぁ、まさか死ね」が比喩表現とは知りませんでした。

そもそも死を望むことや死を命じる言葉比喩として成り立つとは思いもよらなかったわー【追記】←はただの勘違いだったかタイトル変えよ【追記終わり】。何なら、某元アナウンサーにも、「泣くなら殺せ」も比喩にすぎないんだと、援護してほしかったのにー。

【追記】こちらも本当に殺せという意味でないとの発言者意図からすれば比喩になるけど、擬人法使ってないかダメとか怒られるの?【追記終わり】

おしまい

http://anond.hatelabo.jp/20161203120714

はい論破

ニュース記事には、著作権が働いています毎日新聞社 http://www.mainichi.co.jp/toiawase/chosakuken204.html

念のため指摘しておきますが、東大准教授が軽くチェックしたら露呈するようなコピペリライトは単なる剽窃であって、独自表現による「事実」の再構成でもなんでもないと思いますよ。

東大薬学部五十嵐准教授DeNAのウェルク(Welq)をさくっと検証した結果(シリーズ第3弾) | More Access! More Fun! https://www.landerblue.co.jp/blog/?p=30231

各社はAMNとの取引見直したほうがいいのでは? 明後日の方向に噛み付く"ブロガー"徳力さんに思うこと

DeNA炎上騒動は任天堂が協業を見直してもおかしくない深刻な問題のはず(徳力基彦) - 個人 - Yahoo!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/tokurikimotohiko/20161203-00065085/


言ってることがもうムチャクチャです。

水に落ちた犬は叩けとばかりに、言いたい放題言ってますが、この人、メディア生業としているのにメディアの作り方を根本的に理解していません。


Welqの何が問題なのかというと、基本的には、「他人記事剽窃したこと」と「根拠のない医療情報(と思える情報)を粗製乱造したこと」だけです。


守安さんは大企業トップとしてはかなり潔く、顔を出して襟を正しています。この姿勢はとても立派なものです。


ただ、徳力さんの指摘はとても的が外れていると思います

 これただの組織的な大量記事盗用メディアですよね。

 お金を払う前提でライターを集めて、記事テーマキーワードで決めて、仕事アサインして、公開権限DeNA側が持っていて。

 これ明らかにキュレーションじゃなくて、DeNAが書かせてる編集メディアですよね。

 個人書き手勝手にやってるとか、個人書き手知識不足問題なんじゃなくて、これ明らかに全部DeNA意思で書かせてますよね。


徳力さんはメディアで働いた経験がないんじゃないですか?

メディア」というのは、編集者がいて、編集者企画を立てて、ライターが書くものです。

独自取材がなく、一次情報としてネット上の情報をもとに書いてるのがキュレーションメディアと呼ばれる一連のモノです。


DeNAWelq運営のやり方はたしか杜撰でしたけど、意図的誤情報を広めることを目的としていたわけではないでしょう。評価関数が「PV数>>>正確性」だったことが問題なのです。



 

 しかも、わざわざご丁寧にマニュアルで、参考サイトを明示した上で、文章コピペでは無く「リライト」することでコピペであることを分からなくするノウハウを教えてるわけですよね。

 「参考サイト文章を、事実必要情報を残して独自表現で書き換えるコツ」や「参考サイト類似しない本文作成のコツ」とか、参考サイトを元にコピペをしたとばれない記事の書き方を、ライターとしての小遣い稼ぎをしたい人たちに教え込んでるわけですよね?

 これ今のDeNAの方々がどう思っているか知りませんが、どうみてもこれ明らかに悪質な組織犯罪ですよ。

これを「組織犯罪」とまで言ってしまうと、たいがいのメディアが成り立たなくなります

まず、メディア世界には大前提として、「ニュース著作権はない」というものがあります

言い方を変えれば、「事実には著作権がない」ということです。


事実著作権がない以上、ネット上で得た情報であっても、独自表現で書き換わっていればそれは法的には立派な著作物になります

これが認められないと、例えば過去の文献を研究した批評や、レポートなどは全て剽窃ということになってしまます


DeNAパレットメディアは、極端に質が低いことが問題なのであって法を犯してはいません。


法を侵さなければなんでもアリか、という話でもないですが、これを「犯罪」と断定することは悪質なデマです。


DeNAが、クラウドソーシング海外の安いエンジニアを低コストで大量に採用して。

任天堂流行ってるゲームリスト渡して、これと同じようなゲームをそれと分からないようにリライトして作ってくれ、と指示してたとしたらどうですか?

DeNAが、マニュアルで、マリオとかクッパキャラクターの顔を少しだけかえたり、アイテムの種類を変えてコピーだと言われないようにするためのノウハウを指示していたらどうですか?

盗作行為として、速攻任天堂から訴えられる行為ですよね。

協業なんか速攻ご破算ですよね。 


もう完全に「おまえはなにを言ってるんだ」状態です。

ゲームとは、創作とは、根本的にそういうものです。

そもそもマリオだってディズニーパクリじゃないですか。

大半のシューティングゲームは、STARWARSパクリと言われています


徳力さんはロクに自分ものを作ったりしたことがないから、こんな無責任なことが言えるんでしょう。

そんな徳力さんにはこの動画お勧めします。

https://www.youtube.com/watch?v=Q1Gioq87_iM

任天堂の名作ゲームはこちらです

https://www.youtube.com/watch?v=QRpIUPJD4Hs

任天堂が、タイトースペースインベーダーをパクって、グラフィックスタイトルだけ変えた作品です。

これがアメリカコケたのでマリオが生まれました。


そんなことも知らないでよく人とを攻撃できますね。徳力さん

冷める、という感覚不思議

温度が下がるというよりは、変質する感じだと思う

違うものになってしまった感じ

愛情を熱で例え、温める・燃える・冷めるとした表現は上手いと思う

しかし冷めた後に加熱して同じ状態に戻るものはどれだけあるのだろうか

戻らない場合の「愛情が冷める」に適した表現はないものだろうか

メンのヘルが健常な人が本当にうらやましい。

俺は上司が怖い。無能な俺を叱責する言葉が全部怖い。逆らうとか、言葉を返すとか絶対出来ない。

分かってるんだよ、これはある種の洗脳だって。恐怖を植え付けて反抗心を奪われてるんだなーって思う。

でも、怖いものは怖いんだよ。どうしようもない。

これ、そうじゃない人に言っても伝わらないっつうか全然分かってもらえないんだ。

いや反抗すればいいだろって。

理不尽には堂々と文句言えばいいって。

逆らえばいいって。

それができれば苦労しねーんだよ。

怖いんだ。

怖いって言葉じゃ表現しきれないぐらいの感じ。

条件付けが刷り込まれてる感じ。

もうサボって、電話は着拒にして、首になるのを待つしかないって思ってる。

2016-12-02

実は極左には評判が悪い「この世界の片隅に

一般的には悲惨戦争体験の新しい表現として評判のこの映画だがガチ左翼、とくに朝鮮シンパにはすこぶる評判が悪い

そもそもこうの史代の「夕凪の街 桜の国」が日本人被害者ぶって戦争体験だけ美化されてるニダとかなんとかで受けが悪く、

こうのが「この国に生まれながらこの国のことが嫌いな人たちがいるようです」みたいなことを口走ったおかげでド極左に敵視されてたようだ

「この世界の〜」原作では例の太極旗のくだりでこうの自身批判落とし前をつけたようだが、今回の映画版ではそのへんをわりとサラッとやってしまったのがいたく朝鮮シンパの気に食わないらしい  片渕須直監督の「あの場面ではすずさんに唐突国家を背負わせる必要もなかったのでは〜」的な発言も心象が悪いらしい

そもそも呉みたいな軍都に住んでて無垢にひたむきに生活を営み、彼らの産業植民地三国人どもを抑圧してることを見ないようにしてるようなほんわかした生活描写朝鮮シンパ的にはありえないみたいだ

まあそんなこんなで日本人としての加害性を無視した本作も戦後民主主義左翼に言わせれば大政翼賛映画になってしまうようだよ

最近増田でなんか見る気がしない的なネガキャンがさかんに行われてるのもその辺の事情もあるのではないか

単にインターネット接続料以外はビタ一文コンテンツに金を落とせないというクソネット貧民ニートであるだけという可能性も大きいけど

http://anond.hatelabo.jp/20161202144703

あの表現政府関係者に対する明確な殺意があります

許される表現ではない。

繰り返す。

許される表現ではない。

http://anond.hatelabo.jp/20161202141604

日本死ねと言う言葉には明確な殺意がある。

許される表現ではない。

これが許されるなら明確な殺意がないにも関わらずアイヌ殺すと表現することもまた許されなければならない。

意図的に表層だけを論うことを卑劣だと思わない奴って本当に日本人なの?

日本死ね」が悪い言葉だなんて当たり前の話。

でも、そういう表現を使わなければ子供保育園に入れられない母親叫びが注目されることはなかった。

問題本質待機児童であって、日本死ねという言葉なんかこの件においてはどうだっていい。

普通に日本で生まれ育った日本人ならそれぐらいのこと理解できるはずなんだけど。