「表現」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 表現とは

2016-05-31

キモくて金のないオッサン」は冗長表現

金がないことがキモいのであって、金があるならキモい扱いされない。

ホリエモン客観的にタダの男として見れば既にキモいオッサンデブ

しかし、彼は金があるし、金を稼ぐ力がある。だからキモくないと扱われる。

宮台真司はどう見てもキモいオッサン。だが、彼は論壇で稼げる。

ようは金をがっつり稼げれば、それだけでキモさはどうでもよくなる。

そんな昭和価値観はいまだ健在なのです。

というか資本主義である限りは未来永劫正しい。

2016-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20160529191400

>こんな狭い場所遺伝子の話を2日連続で、しかも他の心理学否定までつけるやつなんかお前しかいないよ。

すべて同一人物に見えるキチガイだったか

認知療法ではキチガイが治らない証明おつ

じゃあ別人ですって名乗ってくれないかな。馬鹿さ加減がそっくりなんで誰も見抜けないと思う。

それにレッテル貼りだとしても、お前の方がキチガイだのマヌケだのとレッテルを貼りまくってる。

これもブーメラン過ぎてどういったらいいのか。「ド近眼」として形容した方がいいのかな。






えっ同一人物だと決めつけてくるキチガイぶってると思ってたら本気だったの?

同一人物認定が通じると信じてるなら精神病院入院した方がいいんじゃないの?笑

煽るだけしかできない脳みその腐ったザコだとしてもその方がいいと思うけど笑

少なくとも煽るばかりなのはお前のほうだぞ。

俺は文言最中矛盾点を発見した以外は普通に受け答えしてるし、

馬鹿にするときもお前が本当に馬鹿な受け答えした時だけだよ。

実際お前が馬鹿なんでしかたがないけど。あと後述の文章だけどさ、ネット常識として2ch以外の二重引用は>>だろ?

読みにく言ったら無いよ。リテラシーがなさすぎる。






>もう一つ言っておいてやるとお前のやってるのは心理学じゃなく遺伝子決定論

オレのやってるのは心理学だといつダレが言ったのか唐突過ぎていみふめい

Wikipedia見てるとそこの項目に「藁人形論法とあるからお馬鹿さんなりにそっから勉強したのかな?

藁人形論法なんてウィキ見なくても普通は知ってるだろうにマヌケ晒しつつマウント取ろうとして恥晒すとかミジメにも程があるだろ笑

マヌケって。お前以前誤謬起こしまくりだったじゃん。今でも変わってないし十分マヌケだと思うよ。

もちろん自称でしょ? 






それオレじゃないんだが笑

トラバという概念を想定できないのかそれとも発狂しすぎていて同一人物認定が止まらないのだろうか笑

まずまじめに返した場合、この文言と同じく論が破綻しまくってるお前を判別しろという方が無理。

そうなるとエスパーだし、お前はそれを見抜ける同種のエスパーなのかと言いたい。






科学手法物資的な証拠提示しなければならない、という理屈なら心理学全般科学的ではないだろうね。

しか科学的な態度とは一般に言って

証明されないものは保留にする態度。

ある程度の証明がなされたもの過程として認める。

事実あるいは原因を究明する態度。

だろう。少なくとも認知療法はこの三つには全て該当している。

ちなみに科学的態度でググるとこのような見解に遭遇した。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/anti/ruru.htm

もっともな意見だ。そしてこれを守りながら心理学研究を薦めることも十分に可能だろうし、先人はそれを行ってきている。

論点がズレ過ぎててウケる

心理学科学かどうかなんて話は一切していません笑

得意の藁人形論法

いや藁人形論法じゃなくてお前がフロイト認知療法否定してることに対して解説したただけなんだが。

お前は実体から藁人形に変身できるの? 過去リーでは、

しか科学的というのはなにをもって科学と呼んでいるのかさっぱり

といってるし、そこから心理学科学か否かに関心があるのかと普通は推測される。

というより「科学か否かという話をしたか」の是非で言えば是であって、また矛盾したこと言ってるんだが。

なぜそんなにブレまくるの?

まさかリーふたつ目の増田も別人でした、とかそういう三流創作みたいなオチじゃないよね。






認知療法が「科学手法ではない」というよりも科学的「姿勢」によって突き詰められた情報群と表現するのが正しいとは思うね。

と述べたのはお前自身だぞ自分発言も忘れたのかマヌケ

これと科学的態度は補完関係矛盾しないことは誰の目にもわかるはずなんだが、どうしてその程度が分からないの。

本当に馬鹿だね。上のURLがまさに科学的態度に関する話なのに。






あれ、効果データにより証明されてるって書いてある! びっくりだね!

うつ病に対する臨床例じゃん

認知療法は”うつ病に“効果がないなんてオレは一度も述べてないんだが笑

オレの主張はなんと書いてあるか百回音読してから意見を言ってくれな笑

藁人形論法いつまでやれば気が済むんだキチガイ

うつ病に対する治療効果が認められている、ということは認知療法の一部が少なくとも証明されてるということなんだが。

お前は確かこういったな。

認知療法なんてフロイト並のトンデモからな 先天性で遅れがひどすぎれば何の効果もない

なるほど、ということは先天性ではない後天性の鬱に関して、認知療法効果を認めてるという仮説が成り立つわけだが。

まあお前なんかに大仰な仮説なんていらない気もするけど。

うつ病効果があったからと言って先天性に効くという証明はどこにもない

後天性の鬱に関して、認知療法効果を認めてるという仮説が成り立つわけだが。

は?だから先天性で遅れがひどすぎれば効果がないトンデモって話だろ

うつのような軽度のものしか効かないと書いてあるのに都合よくガン無視っすか笑

うつ病認知療法効果的という証明がなぜ先天性の証明である必要性があるんだ?

俺は幾度か言ってるように別段遺伝子による先天的問題はありえるだろうと肯定的評価している。

但しお前や元増田(あきれるが同一人物じゃないらしい)みたいな極端な決め付けは馬鹿の極みだと言ってるだけで。

そしてお前はまたしても遺伝子が先天性に関わる(ここもぼんやりしている。能力性格限定して欲しいところだ)から

後天的要因である心理学及び他の治療否定されるべきであると推測される見解をなしている。

仮に心理学のみの否定場合であっても、先天性のみを真として後天性の条件を排除している。

遺伝子決定論が仮に真実だとしても、5%でも真実なら遺伝子による先天的要因は5%中においては100%という論法だ。

ならば心理学の中で認められた臨床の結果が数%でもあれば心理学の中では認められた、という論法になるが、

こんなもの無意味だし馬鹿の言うことだろう。お前は馬鹿を超えた愚者だ。救いがたい。






それと遺伝子学って直接大脳生理学関係ないはずだけど、大脳大丈夫

それと元増田には大脳生理学ことなんてこれっぽっちも書いてないけど、ソースはどこかな。

元増田に完全同意したといつどこで誰が言ったんだキチガイ

オレは先天性について同意してるだけだぞマヌケ

生理学脳科学による遺伝について述べてるのに藁人形論法しかできない脳みそ腐ったクソマヌケなのかな?笑

いや、別に俺も先天的影響があることについて肯定的意見を述べてるけど。

ただ翻って心理学が使えない的な下らない論法に終止してるので馬鹿な人なのかな、と思っただけで。

でもあれでしょ、上の話をまとめると心理学全部を否定していないようにしか見えないんだけど。

遺伝子決定論に基づいて心理学わず後天的要素を攻撃したいのがお前じゃなかったの。

藁人形論法文字論破できるわ

いつどこにそんなことを書いていたのか科学的な立場からぜひ証明してほしいものだ笑

じゃあ先天的遺伝子の影響がなにやらよくわからないモヤッとしたものに効力を発揮してて?

そんでもってそれが証明されるから先天性以外の要因については「否定はしないけど攻撃する」という意味不明立場なのかな。

何がしたいんだろうか。

それとこんな定義あやふや議論をふっかけておいて論破とか、それ自体矛盾してることに気づかないのか?

論の破綻定義が決まっていてそのほころびに対して破綻を指摘するものだ。

この話のモヤッとしたものから定義をひろうと、お前の先天性100%説という矛盾した前提しか見えてこない。

前提が破綻してるのだから本当は続けられないはずだ。もちろんお前は先天性が100%なんて一言も言っていない、

などと詭弁を弄するだろう。ではなぜ遺伝子決定論以外の他方を攻撃するのかという内情の開示も行われない。

何もかも包み隠してこちらのアクションに応じて攻撃してるだけ。こんなもの最初から論が破綻していて、

まさに自動的論破されているんだよ。






↓面倒なんで全部引用はしない。意味もないし。

そもそもなんで読みにくいお前の引用文の編集を俺がやんなきゃならないのか。

ちゃんと編集して欲しい。基本チキンであるお前が削除して逃亡しなけりゃいいだけだし。

知的な本を読まずトンデモ本にだけ反応して自分の心地いい結論を導き出すクズだという証明ありがとうございます

藁人形論法いつまでやってんだマヌケ

俺はソース示せと言ってるだけなんだが。示せないんなら負けだよ。

別に橘の話だってその時ホッテントリ入りしたからどうせ馬鹿バイラルの申し子であるお前は飛びついたんだろうなという印象。

ごめんねレッテルはって。

でも現状お前は数々の馬鹿やらかしてるんだよ。

この文中にもあるけど、知的な本ってなに?

まず知的が何を示すかを提示してくれ。またモヤッとした雰囲気で続けられるのは嫌だからな。

上の遺伝子効果についても性格能力性格ならトラウマを除外した明確なデータ

能力なら教育を除外した明確なデータが欲しいが、全然触れようともしていない。

正直こんなことをお前に言わなきゃいけないくらいお前はがっかりさんなんだよ。

まさにマヌケというかブーメランというか。詭弁の端々が矛盾していってるじゃん。






バカ論点逸らしと発言ごまかししかできない証明のために置いておくね^^

言ってもないことを藁人形として叩くキチガイであり続けているとかもうね笑

おっとカマかけに乗ってくれるなんて随分素直だな。いいぞ。俺の土俵で戦え。

まあそもそもお前の論理力の訓練にもなるし、一石二鳥だろ。せいぜい矛盾しないよう頑張ってくれ。






権威主義になったという意味不明脳内判断理解不能すぎてあーキチガイ論理飛躍だなぁという感じしかないが笑

お偉いさんが言ったから信じてるってレベルの話をお前は延々としてるだけだぞ。

自分のやってる間違いに気づいたら負けは認めなきゃだめじゃん。






権威主義になったという意味不明脳内判断キチガイ論理飛躍」

論理飛躍はAという定義からBといういう結論に至るまでの中間論理がすっぽぬけていることを言うはずなんだが。

俺の言ってることは別に論理の飛躍でもなんでもなく、事実として牽強付会していることに対して釘を差している。

事実に釘を差す時点ですでに証明されたことで、飛躍という指摘自体的外れ

もうちょっと頑張ったほうがいいかな。

人生30年以上生きてきたなかで身近に新発見があると嬉しい

すでに知っていると思っている中にも実は知らなかったことってあったりするよね。

そういうのを見つけた時って、ほんの些細なことでもすごく嬉しくなる。世の中には、まだ知らないことのほうが多いんだって

そんなわたし出会った新発見は昨日のテレビから流れてきた一言

「うせやろ」

あー!芸人さん噛んだ!って思ったのに誰も突っ込まないか検索してみたら関西ではよく使われている言葉なんだって

しかも使い方は、「うそやろ」よりももっと信じられない時に使うんだって

これ、今まで絶対聞き流してきた自信ある!

関西の友人から絶対に言われたことある自信ある!

それを言い間違いだなんて気づきもせず、今の今までこんな言葉なんて存在しないと思って生きてきたなんて不思議

何が不思議って、例えばこれが昨日作られたルールだとして、わたし以外の人間全員がそれをあったことにしてるだけかもしれないのにそれを否定出来ないってことが不思議

この言い表しがたい気持ち一言表現できる言葉とかあればいいのに!チョベリバ

2016-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20160524000511

どう表現するのかと言われれば「感覚過敏」だと思う。

膣口入口、小陰唇、大陰唇は粘膜で、生理時は免疫力が落ちるのでその部分に軽い炎症が起きていることは考えられる。

婦人科相談するのはアリかと(by看護師

http://anond.hatelabo.jp/20160410190047

どうでもいいのに粘着www|そこの論点と全体の論点をすりかえる負け犬www|~など的外れをとちゃんと引用しなかったのはおまえだろwww「~など的外れを」が主語じゃないとか国語の授業受けてこいよ笑|俺の書き込みじゃなくて別ツリーの話だよね^^|ジョジョ引用としての使用ちょっとなに言ってるかもはや意味不明^^| A=B=Cであると書いてないと認めるんだね^^|おまえの発言論理性がないという話に答えてないぞ^^|文脈の話だぞ忘れたのかマヌケ^^|その文を指してるだけと何度言っても理解できない腐れ脳みそ^^http://anond.hatelabo.jp/20160410114004

お返事が無くなったから消したら発狂したバカがあれは勝ってた!とか言い出したので笑った

以下、ここまでの流れ

比喩は紛れも無く芸の一種だよ。わざの一種なわけだし。
そういう自酔が透けて見える比喩ってキモがられるよ^^覚えとこうね^^

から言わせれば粘着しているお前こそがキモい

そもそもお前は俺が言った芸がない、頭が硬い、「粘着キモいといったことに何も返さず、こっちの芸のことばかりぐちゃぐちゃ言ってる。
残念ながら横なんだ^^

ネタ一種をマジとしか受け止められない硬直脳みそ
俺のユーモアはいいかなるときも受け入れてもらえるに違いないという硬直脳みそマンがなにを言ってるんだ^^


じとうってなに? 自己陶酔のことかな。ちょっとこくご大丈夫なのかなこの人。
自分に酔ってるの略だよ笑 おまえの比喩とおなじひとりよがりレベルに合わせて使ってみたんだ笑

自己陶酔一般認識を履き違えるとかほんとちょっと気持ち悪いです。
一般認識がそうだという話と使ってるおまえが自分に酔ってるのが透けて見えてキモいレベルが低い比喩だって話が別だって分かってなにより^^

それと俺の言っているユーモアがだれにでも受け入れられるとか別に思ってないし、そう要求してもいないけど。
じゃあキモがられても発狂せずに受け入れようか^^

ユーモアと思わしきものストレートしか解釈できない哀れな人なんだなあ、とは思ったよね。
オナニーユーモアキモがられても仕方ないのにストレートに受け取れないなんてアワレだ!とか一段上の文章を忘れてるマヌケなのかな笑 ちなみにこれより下のトラバはすべて別人の煽りから笑 それともバカありがちな自演トラバかな笑


「じすい」であれ「じとう」であれ、他の人は分かっていたというのはちょっとおかしいじゃないだろうか。だって俺意訳してるし。あ、もしかして他の人って俺も含んでる?
読み方の話なんて誰もしてないよ^^おまえにトラバつけてる別人もわかってるよね^^

ちょっと何言ってるかわかんないです。日本語というか文法というか不自由な方なんですかね。
おまえのキモい比喩が芸だと思ってるの?→比喩は芸だ!!!!→一般論とおまえのキモい比喩を同列にすんなよ

この程度も読めないこくごの能力の持ち主が比喩ドヤ顔www

分かるところだけ拾うと、自分に酔ってる文言元増田に一切含ませていないし、含んでると思わしき箇所もないのだけど。
自分に酔ってる文言元増田に一切含ませていないし

キモい比喩を使ったあとにキモいと指摘されたら比喩は芸!とか言い逃れようとするバカ自覚できないって話??笑

芸云々の箇所を指してるとしたら芸の話が自己陶酔に該当するとは多分客観判断でもなされないんじゃ……?脳に雑菌が湧いてるからそう判断するんだよね
芸の話が自己陶酔に該当するとは多分客観判断でもなされないんじ

ちょっとなに言ってるのかわかんないおそらく自分キモいと指摘された部分を自覚できてないんじゃないか

発狂してないし終始冷静に受け答えしてるけど?むしろ草生やして決め付けを多発させているお前のほうが発狂してるし。
バカトラバに延々と返事しまくってるキチガイじみた振る舞いをしておいて発狂してない!!とかもうね。草生やしてると発狂してるの論理性のなさにレッテル貼りとかもうね。

Tウィルス感染してんのかなあ、って思っちゃうくらい。
あーこれも比喩っすかwwwレベルたけぇwwwこれが芸www

ストレートに受け取れないなんて……? 俺そんなこと言ったっけ。ストレートに「しか」受け取れないのは脳筋だよね、と言った覚えはあるかなあ。あとお前が別人だとか、どうだっていいよ。雑菌がたくさん湧いてるんだなあ、と思ってるだけで。
こくごの授業受けてればその二文字は省略だと理解できると思うよ^^ それとも神様義務教育受けてないとそうなるのかな^^ 同一人物ではないという想像すらできないほど発狂してるバカがいるなぁと実感しただけだよ^^

それよりもお前が出した単語について


うん? 俺も読み方の話を主軸にしてないけど。意訳してるって文章に盛り込んでるじゃん。やっぱ日本語不自由なんだなあ。可哀想に。

「じすい」であれ「じとう」であれ、

主軸でもないならこの文は必要なかったね^^こくごの授業で論点ボケる文は書かないようにと学ばなかったんだねわかるわかる^^

>意訳してるって文章に盛り込んでるじゃん。

うん、で?理由がなく文章を並べても相手には伝わらないよ??^^こくごの授業で(ry

すごく丁寧に解説すると、一般論として比喩は芸の一種か、と考えた場合、芸とは「人前で演じる特別のわざ」とあるわけだからまあ、芸の一種と考えられるわけ。
俺「おまえのキモい比喩が芸だと思ってるの?」→おまえ「比喩は芸だ!!!!」→おれ「一般論とおまえのキモい比喩を同列にすんなよ、おまえのキモい比喩は芸でもなんでもない」→おまえ「比喩は芸だ!!」

主張の繰り返しとかもう白旗?つまんなーい頭が悪すぎてキチガイ煽りマンを演じるにも格が低すぎだよ~^^

自分に酔ってることとキモいという第三者の指摘、比喩が芸であるというこちらの言い分がごっちゃになっていて、Tウィルス威力を実感できる内容だね。自分に酔っていることにしたいお前、ってことならまあそうだろうけど、それでどうしたのだろう。
ごっちゃにしてるのはおまえじゃん。流れの説明理解できない脳みそってすごいな~^^

ほらまたやってる。キモイと思った主観一般認識である比喩区別がついていない。自分他人区別がつかない病気ってあったよね。
比喩が芸ではないとは俺は一度も言ってないからな^^主観一般認識区別がついてないマヌケ発達障害だという自己紹介乙でーす。神様義務教育受けてきてないのかな?^^

トラバに延々と返事をしているお前も発狂してるという範疇に入ってしまうけどいいのか?
バカトラバに延々と返事しまくってるキチガイじみた振る舞い

都合よくバカの部分を抜かしてるけどおまえがバカだということでいいのか?^^

草生やしてることを論拠としていないことは自明なんだけど、どうしてそこで論理性という言葉が出てくるのだろう。
過不足のない文章を書くを学ばない証明乙でーす^^

国語の授業を受けていれば必要接続詞を省くことはちょっと考えられないんだけど。お前のいった意味だと「ストレート自分の言っていることを元増田が受け入れない」

しか場合の話をしてると分かってるだろ 文脈という概念を学ばなかったのかマヌケ^^


こちら側が誤って表記したものを「教えてくれてありがとさん」という意図と共に一度応えているし、
俺は応えてないんだが。証拠は?^^脳内空想で補完でもしてるのか?^^

主軸でもない代わりに前置きとして不適切ではないと思うけどね。まさに主軸でもないところを叩いて得意がる無意味な行動だと思うよ。
分かってる云々の主軸の方へは反論してない自己紹介かな^^?

そして過不足がない文章ということなら、そのへんな顔文字も消さなくちゃいけないのでは。
なぜ過不足が問題かというと誤解を招いたりするからね^^

「お前のキモい比喩」を一つの文言と捉えた場合、それを一般化するなという理由ならわからんでもないが、そもそも俺は最初から俺のルール押し付けないことを宣言してるし、俺の比喩一般化してお前に押し付けたいとはつゆとも思っていないわけだが。
じゃあキモがられても発狂すんなマヌケ^^

その上で俺はそもそも「比喩」とは「芸」の一種であるとみなされる、と述べているのに、お前は「俺の述べた発言」=「芸」というすり替えを行っている。
お前は「俺の述べた発言」=「芸」というすり替えを行っている。

「おまえのキモい比喩レベルが低すぎて芸でもなんでもない」に対して「比喩は芸だ」という反論が成立するのはおまえの比喩が芸であるときしかないぞ^^

おまえの比喩が芸ではないなら「おまえのキモい比喩は芸でもなんでもない」に対して「比喩は芸だ」というのはまさに個別例と一般認識を取り違えたただの的外れだ^^

馬鹿理屈説明しても馬鹿意味理解せずに馬鹿にする。無知であることは恐ろしい。
「Aが起こりBが起こりCだと行動するバカってこうだよね~」と言ったら「AとBとCをごっちゃにするな!」と叫ぶバカ正当化はすごいな~^^

自分馬鹿自覚できない醜さについて考えこんでしまった。
そうか、バカも大変なんだな。

比喩が芸ではないと言っていない、ということは、即ち比喩は芸かもしれないという多少の可能性は考慮するわけだよね。
いや?比喩は芸だと思ってるよ?^^日本語能力がないとよくわかるな^^

じゃあ逆にそれをメタ的に返すけど、お前は自分定義するところの馬鹿のままでいいの?
別ツリーでさんざんやってる馬鹿がなにを言ってるんだ?^^あんなに長く続いてないぞ^^

なんだこりゃ……。「過不足ない文章を書く技術を学ばなかったという証明が、今ここでなされた」ではないの。やば。この人本物かもしれない。
先に出た主題主語化しただけでしょ^^まさに主軸でもないところを叩いて得意がる無意味な行動だと思うよ。

文脈……? ここに至って文脈化するほど筋書きが通った話の流れなんてあったか
先におまえがしかをつけて話した流れを踏まえて書かれた文章だぞ、それとも自分文章も忘れるほどの痴呆だったのか^^


すまん、俺はお前を雑菌脳だといったが、むしろ最近良く見る不出来なTwitterAI、それもボットレベルに思えてきたわ。「俺が」、「誤字脱字の修正わざわざありがとう」と「応えた」んだが、これなんか問題でもあんのか?
いつどこで「俺が」、「誤字脱字の修正わざわざありがとう」と「応えた」んだ??^^

主軸については先だって俺が「ちゃんと意訳してる」部分に対して言ってることだったはずで、それ以前のお前のツッコミは「造語」に対する誤字指摘だったはず。
>意訳してるって文章に盛り込んでるじゃん。うん、で?理由がなく文章を並べても相手には伝わらないよ??^^こくごの授業で(ry
と両方指摘し続ける俺に対して

こちら側が誤って表記したものを「教えてくれてありがとさん」という意図と共に一度応えているし、主軸でもない代わりに前置きとして不適切ではないと思うけどね。まさに主軸でもないところを叩いて得意がる無意味な行動だと思うよ。そして過不足がない文章ということなら、そのへんな顔文字も消さなくちゃいけないのでは。
先に答えなくなったのはおまえだよ^^

そもそもまで立ち返れば、お前の指摘は「(増田破綻した造語を)他の人はわかってたぞ」という事実無根の話でしかない。
他のツリーでも理解してる人がいたし他のツリーでもおまえは推測可能だったなと指摘されたもの事実無根笑やはり痴呆だな笑

実際お前の性格に関してさっきまったく別のやつが顔文字に対するディスを入れてエントリをすぐに消していた。なんだかいまどき顔文字で冷静さを装うとか恥ずかしい、みたいな内容だったはず。お前の大好きな他人勘違いされるから消したらどうだろう。
ちょっとなに言ってるかわからないです^^文章をきちんと論理立ててつなげて話そうか^^

最初から発狂せずに淡々と受け答えしてるじゃありませんか。割と面白がりながら。それと「マヌケ」ってジョジョ台詞からかな。もうちょっと自分で考えたほうがいいような。
キモいって指摘されて発狂しながら比喩は芸だ!とか的外れを繰り返すけど発狂してないのかじゃあ相当脳みそが腐ってらっしゃるんですね^^

すぐ漫画が思いつくとかよほど現実世界から離れてるんだろうな^^

俺のキモい比喩、という話はお前から見た場合そのように受け止められる、程度の話で一般化はできないかな。あと芸でも何でもない、という話に関して言えば、「芸」を調べると以下のように記されている。学問武術伝統芸能などの、修練によって身につけた特別技能技術技芸。「―は一生」人前で演じる特別のわざ。演芸曲芸など。とあり範疇としては2番に該当する。したがって俺が用いる比喩は一応芸の一種として考えられることになる。

比喩が芸だと俺は言い続けているんだが^^おまえの初潮だのTウィルスだのキモい比喩は芸にも当たらないと言ってるだけだぞ^^

ごめん日本語で。Aを起点としてBが派生し、それを承けてCという行動を取ると(意訳)。つまりお前の言いたいことはA=CであるからBもCであると言うのは暴論であると言いたいのだろうか。いや、普通にABCは分離して考えないと駄目でしょ。

A=Cってどういうこと?^^BもCってどういうこと?^^ABCが流れなのに分離していないと考えちゃう理由は?^^

そうだね、たいへんそうだね。

馬鹿自分二重人格なのかな?

別ツリーって知ってる?^^に対して

それじゃお前も別ツリー話題を持ち出しちゃ駄目でしょ。

それじゃの論理性がないぞやりなおし^^

過不足ない文章を書くことがこれらの引用主題でしょ。じゃあ「文章を『書くを』学ばない」って完全に過不足を感じる文章に対して指摘するのは何ら問題がない、という話になるけど。こちらとしては首を傾げるばかり。

ちゃんと伝達は成功してるとおり文脈理解しているヤツには理解出来てるからな^^

先におまえがしかをつけて話した流れを踏まえて書かれた文章だぞ、それとも自分文章も忘れるほどの痴呆だったのか^^
ストレートしか解釈できないほどお前の脳みそが雑菌に侵されている、という話でしょ。「しか」の解釈ならそうだけど。
だけどお前の言っていることはこうだよ。
オナニーユーモアキモがられても仕方ないのにストレートに受け取れないなんてアワレだ!とか一段上の文章を忘れてるマヌケなのかな笑
ストレートに受け取れないなんて哀れだ……? 何いってんのこいつ気持ち悪い。勝手台詞創作して文句いってきてるし。
実際問題として皮肉皮肉で返すという技がないんだから、そりゃストレートすぎて脳筋馬鹿だと言われてもしょうがないじゃん。

ストレートに「しか」受け取れないのは脳筋だよね、と言った覚えはあるかな

おまえがしかをつけた文章を指すために省略して指摘しただけだろ。 それをスルーするために、しかがついてないから元通りじゃない、些末な嘲笑言葉が違うからセリフ改ざんされた!!かよwww


えっ……お前ホントやばいわ。「俺が」「誤字った単語しかもてめえの造語)に」「お前の指摘が入って」「わざわざ指摘してくれてどうも」つっただけで何も問題ないじゃんか。むしろお前の有利に働くことだぞ。まして変な造語を作ったことに俺は寛大だっただろ。

質問に答えろよ^^いつどこで”「俺が」、「誤字脱字の修正わざわざありがとう」と「応えた」”んだ??^^

主軸の話とは→造語の話→造語に対して誤字ってしまうこちら側&こちら側が造語意訳→そちらの、「単語に対する意訳が相手に伝わらないよ」、という頓珍漢な答え→先に答えなくなったのはお前(こちら)だよ、という意味の分からないトラバレス

2つ論点があって主軸の方を先に答えなくなったのはおまえって話だよ^^ おまえの流れの説明意味不明すぎるからリー見返して来い^^

ちょっと悪いんだけど、どこの誰こと?それと後半意味からないんだけど。俺が推測可能だったって何?なんじゃそりゃ。おれは意訳したんだからそりゃ推測はできてたよね。だいぶ頭がおかしい。というかこいつが馬鹿すぎて俺の頭も混乱しそう。

他のツリーって言葉理解できないのかな^^推測できてたなら俺の言うとおりじゃん^^

ちょっとなに言ってるかわからないです^^文章をきちんと論理立ててつなげて話そうか^^

に対して

いやこれ論理じゃなくて事実。お前の顔文字気持ち悪いって単発で書き込まれてたし。すぐ消えたけど。

って説明にもなってないぞ。↓やり直し。

実際お前の性格に関してさっきまったく別のやつが顔文字に対するディスを入れてエントリをすぐに消していた。なんだかいまどき顔文字で冷静さを装うとか恥ずかしい、みたいな内容だったはず。お前の大好きな他人勘違いされるから消したらどうだろう。

的外れを繰り返すけど」なにこれ。ほらまた破綻文章馬鹿晒してるし。「的はずれな言動を繰り返しているけど」でしょ。また相手馬鹿から意訳・翻訳しちゃったよ。

~など的外れを、だから捏造するなよゴミ^^

それとジョジョ一般的作品として周知されつつあるから、指摘としては別に間違ってないと思うよ。

認知度は関係いから^^すぐ漫画が浮かぶ現実世界乖離したキモオタ臭がひどい。

お前にオリジナリティがないことだけは確かだし。

うんそう。比喩は芸。キモい表現かどうかはお前の勝手に決めたこと。

あの場合初潮が芸として比喩になると思ってるオジサンwww

しかいわば加齢なる初潮

ダジャレwww これでわたしには文芸があると主張してるの?www

スベりまくってるのに「俺はクラスムードメーカー!」と勘違いしてるイタい同級生思い出すわwww 周りから失笑されてるのに本人は芸があると思ってたのかなwww

流れってなんですか。ABCって流れの事だったんですかw 何のために記号解説したんですかw

「Aが起こりBが起こりCだと行動するバカってこうだよね~」と
と書いてあるのに流れじゃないと思ってたんだ^^煽るだけのゴミでも知性がバレるぞ^^

夏目漱石の「私の個人主義」について

読書会夏目漱石の「私の個人主義」を紹介するための、原稿です。

<コ:ミ <コ:ミ <コ:ミ

夏目漱石の「私の個人主義」という本を持ってきました。

漱石といえば、「吾輩は猫である」や「こころ」が特に有名な小説家です。

彼は日本代表する小説家というわけで、

書簡集。つまり手紙文語本になっていたりします。

私の個人主義」は講演をまとめた本です。

169ページなんですが、5つの講演が収録されています

1つの講演は30P~40Pですので、ページ数から考えると、

比較的読みやすい部類に入るかと思います

タイトルの「私の個人主義」というのは、大正3(1914)年11月25日学習院で行われた講演のタイトルです。

漱石1916年12月に亡くなったので、亡くなる2年前程前の講演です。

5つのから、「私の個人主義」について、内容をご紹介します。

学習院で行われた講演ということで、若い学生対象にしていたようです。

彼の反省と学びについて、紹介しています

漱石学生だった頃、卒業する直前までどんな職業につくのか決められなかったそうです。

たまたま学習院教師に推薦してもらえる事になるのですが、

結局、他の人が採用されます

漱石は「今と違って就職は大変楽でした」と語っているのですが、

高等学校と高等師範から、同時に声がかかります

彼はどちらにも半分承諾するような事を言いました。

いい加減な事をしたわけです。

呼びつけられて、怒られるのですが、結果高等師範に行く事になりました、

行ったはいものの、「自分の不向きである」という思いがあり

一年松山にある中学校に赴任します。

が、松山にも一年しかいませんでした。

以降、熊本に落ち着く事になります

熊本教師を続ける中、文部省からイギリスへの留学を勧められます

彼は断ろうと思いました。

なんの目的も持たずにイギリスに行ってもしょうがいないと思ったわけです。

結局、教頭先生に勧められ反対する理由がないということで、イギリスに行くことになりました。

「そんなあやふやな態度で世の中へ出て、教師になったというより教師にされてしまったのです」と言っています

彼の心境は非常に苦しいものでした。

「腹の中は常に空虚でした」とか

「この世に生まれた以上何かしなければならん。といって少しも見当がつかない」

色々な言葉を使って繰り返し苦しさを訴えています

彼はイギリスに行った以上は!と努力しました。

そして、今までは他人本位で、そこいらをでたらめに漂っていたから、駄目であったという事に気が付きます

彼は自己本位という言葉を手に入れました。

この喜びを

「そのとき私の不安は全く消えました」や

「ようやく自分鶴橋をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです、」など

色々な言葉で繰り返し嬉しい気持ち表現します。

そして、学生に対して、同じような悩みがあるのでは?と強く訴えます

貴方がた自身幸福のために、それが絶対必要じゃないかと思うから申し上げるのです。」などと言うのです。

自己本位必要なのでは!?という漱石の熱い語りは、もしかしたら彼のイメージと異なるかもしれません。

彼が人に流されて生きてきた。

その腹の煮え切らない不愉快気持ちと、そこから解放された実感は私にはよく理解でき、感動すらしました。

ここまでが第一部の内容です。

個人主義自己本位というと、自分勝手にふるまうような事をイメージされるかもしれません。

漱石はその事を否定します。

自分自我尊重するのであれば、他人自我も認めなければならないといいます

講演を聞いている学習院学生というのは、今よりも強い意味を持っていました。

お金権力を持つ事になる人たちでしたから、

気に食わない相手を懲らしめるために人を買収したり、妨害する事が可能なわけです。

彼は所属する団体立場に基づき判断せず、理に適っているかどうかで判断する事が必要だといいます

彼の考えは、自分存在尊敬し、他も同じように尊敬する。

団体を作って、権力お金のために盲動しない。というものでした。

素晴らしい考えだと思いますが、漱石は淋しい気持ちがある事を吐露します。

理に適っているのかで行動を決める事、そして他を尊重する事から

ある時は、人がばらばらになってしまうと言います

漱石の中期~後期の作品個人主義の目覚めとこの淋しさを書いたと理解しています

特に、後期の作品にあたる「こころ」は淋しさががよく出ていると思います

淋しいというしこりが残る形ではありますが、個人主義という考え方を

論理だけでなく、感情をまじえて教えてくれるというのが私の個人主義漱石の魅力だと思います

以上

演劇を観てきた

劇団俳優座の「反応工程」というお芝居を観た。

終戦間近の軍需化学工場学徒動員されていた若者たちの話である

SEALDs代表やT―nsSOWLや山田洋次が共同代表をつとめる反戦劇とあって、会場の白髪率は異常に高く、アベ許さないと書かれたカードカバンにつけた人もちらほら。

けれどわたしは何も知らずただなんとなく観劇した。面白かった。映画小説アニメ漫画やいろいろ見るけどその中でも特別素晴らしいと思った。


反戦ビジネスの都合だろうと思った。

ファンタジーのふりをした戦争物やSFもののふりをした恋愛ものはよくある。宣伝文句と実際のテーマが違うのはむしろデフォだ。

イラク戦争の時もミュージシャンが曲を作ってテレビに取り上げられてたし、「反戦」というわかりやすお題目で客を寄せつつ好きなことを表現するんだろうと思っていた。

演劇の内容自体はそんな偏りがなく、そもそもエンタメとして完成度が高かったからだ。


ところが実際は違った。完全に左翼による左翼のための芸術だったのだ。

役者も裏方も一致団結して反戦という表現に取り組んでいたのだ。

役者自ら戦争法案反対デモ等に参加し、劇のビラを配った。そういう左翼的表現活動を真面目にやる世界があると初めて知った。

違和感を持ったのは芸術の扱われ方だ。わたしは今まで芸術には受け取り手自由があるもんだと無意識に思っていた。作者の意図を一応汲んだ上で好きに解釈する自由

だがあの劇は作る側も反戦、中身も反戦、受け取る側も反戦でそれ以外はなかった。

そんな芸術があるということも初めて知った。


T―nsSOWLの高校生役者と同じ壇上に上げられて、ちやほやされて、利用される光景も直に見るとなかなか辛かった。

さっきまで体育祭をやってたとかい赤ん坊みたいな顔した子供が、報道陣を呼び集客までやったという。

学徒動員あんたらのやってることと何が違うんだよ…


いろいろとショックだった。わたしはもう反戦劇を観ないかもしれないが、日本左翼のある限り客足が途絶えはしないだろう。

「あの日」を読んだけど。

だいぶ前に読んだ。読み返すほどの価値を感じないので、初読の印象のみで感想を書く。読み込んではいないので誤解や誤認もあると思う。

自分理系ではないけど、物理生物化学の本が理路整然と書かれていれば、難しい定理公式はともかく、内容はわかる。でも小保方さんがこの本の中で、自分研究内容を度々紹介しているんだけど、なんと言えばいいのかな、「同じ分野を研究している人にはわかるけど部外者にはよくわからない」感じの説明になっていたように感じた。一般の人に向けて出版するつもりの本に書くような親切な説明ではなかった。彼女なりに平易な表現で書こうという努力をしていたのはわかった。でも「教科書通り」でもなく「彼女なりの理解」でもなく、どこかから借りてきた、上っ面だけの内容に見えた。それだと部外者だって何が言いたいのかさっぱりわからないのだ。

さりとて専門書に書くとすると説明足らずで稚拙な書き方だった。まだあんまりちゃんと研究してない学部生が、同じゼミの子たちと「ねーねー今度のレポート課題ってこんなんだよねー?」なんてランチタイムに喋っているような感じかな。あくまでも私個人が受けた印象ですが。

そして、小保方さんご自身の、研究に対する姿勢も、その印象のままなのではないかなと感じた。一般の人にはわかりにくいような高度な内容を研究している割に、専門家としての認識自覚があまり足りていないような。

繰り返しになって申し訳ないけど私は理系ではない。でも自分の興味の範囲学術論文を数十本読んだりしてきた。研究者の知人も数名いる。

彼らの仕事ぶりも知っているし、書いた論文を見せてもらったこともある。みんなすごく真剣データとってそれをまとめて精密な論文を仕上げていた。

翻って小保方さんはどうかというと、自分が書いた論文瑕疵があったら後から言い訳をするだけで、書き直す機会を与えられてもそれを生かすでもない。

私のような素人でも、論文に使う図表や画像を他から持ってきてしれっと使うのはどうなの?と疑問に思う。

その程度の人が飲み会の席上で、酔った勢いで「ハーバード留学したいですぅ〜」と口走ったらそれが実現しちゃう

アカデミアってそれでいいのか。

彼女自身無自覚に加えて、周りの環境がそれを是正できるほどシビアではなかったことが、一連の騒動の背景にあるんじゃないかなと思いつつ読了した。

ナントカ細胞真相とかそんなんはもはやどうでもいい。行く必要のなかった人、行っちゃいけなかった人がハーバードに行っちゃった。それだけの物語だったんだと思った。

婦人公論もちら読みしたけど、寂聴が小保方さんを擁護して励まして、それに小保方さんが「わかってくれる人がいてよかったですぅ〜」と同調しているだけの中身のない記事だった。

外に出るのも怖いとか言いながら、髪をぐるんぐるんに巻いて、膝上ミニワンピースを着て、首をかしげカメラ目線写真におさまる小保方さんを見ていると、なんつーか、本当に、なんであん研究者とか目指しちゃったん、としか思えなかった。

研究者はおしゃれしちゃいけないとかじゃないですよ。

でもねえ、論文体裁を整えるよりも自分体裁を整える方に興味がある人は、そんな仕事やる必要ないし、そのことを売りにする資格はないでしょう。

2016-05-28

ヒロアカ世界に「X-MEN」とか「スパイダーマン」とかあるんだろか

「ヒロアカ」とは、現在少年ジャンプで連載中の「僕のヒーローアカデミア」という作品

内容を平たく言えば、タイトルにあるような「X-MEN」や「スパイダーマン」のような、あたか少年漫画に登場するような超能力(作中では「個性」と表現)の持ち主が人類の大半を占める架空現代日本舞台

主人公はその「個性」を全く持たない落ちこぼれ少年で、ふとしたことから人類最強の「個性」を手に入れる

そして「個性」を悪用する悪人(作中では「ヴィラン」と呼ばれる)を警察に代わって退治する「ヒーロー」になるべく「ヒーロー」育成学校入学する…という話

この「個性」というのがかなりぶっ飛んでて、物理法則とかガン無視した能力が敵味方問わずポンポン登場する

触れた物を無重力にしてしまうとか瞬間移動とか一瞬で相手催眠術で操ったりとか念じるだけで自由自在物質を体からいくらでも生み出せる(しかもある程度シンプルなら機械類もOK)とか

主人公に「個性」を与えた「オールマイト」という名のヒーローの外見(筋肉ムキムキ全身タイツ金髪アメコミヒーロー風の男)などからアメコミの設定を拝借して日本風にしたものだというのは分かるんだけど、ここで疑問に思ったことが一つ

あの世界って「X-MEN」とか「スパイダーマン」って作品自体存在すんのかな?

ちなみにこの「個性」を持つ人類が増え始めたのが数十年前という設定なので、それ以前なら作品自体存在はしていたんだろうけど、人類の大半がそういう能力を獲得している世界で、ああい作品って存続できてるんだろうか

要するに人類のほぼ全員が「かめはめ波」を撃てて空も自在に飛べる(舞空術が使える)世界で「ドラゴンボール」って売れるんだろうか?

あるいは人類のほぼ全員がメラやヒャドルーラを使える世界で「ドラクエ」って人気あるんだろうか?みたいな感じを想像してもらえればいいか

あと「バットマン」と「アイアンマン」に関しては元々が「すげー体を鍛えてるだけのただの人間」なんだけど、下手をすれば身体障害者みたいな扱いをされる「無個性者」が世界クラス大企業トップになっているという設定にあの世界の人間リアリティを感じるのだろうか

http://anond.hatelabo.jp/20160528230659

遺伝子によって50%性格(先日の資料)が決定されるから認知療法否定されるべきである、という結論に達する方が馬鹿だと思うんだけど。

藁人形論法

誰の話をしてるのかさっぱりわからないがそいつに言ってこいよマヌケ

認知療法が「科学手法ではない」というよりも科学的「姿勢」によって突き詰められた情報群と表現するのが正しいとは思うね。

科学的な解法つまり解く手法だと最初に主張したマヌケが訂正し始めたようでなにより

>そもそも科学的に心理を突き詰めるなら遺伝子ではなく大脳生理学のほうが証拠を残しやすいと思うし、そうであるかもしれないレベル遺伝子話を丸呑みするのはどうなんかと。

藁人形論法

オレはとっくのとうに生理学についても触れてる

生理学脳科学によって証明されてる遺伝の悪影響を受けた人間にとっては認知療法なんて大した影響を持たない

http://anond.hatelabo.jp/20160528230049

遺伝子によって50%性格(先日の資料)が決定されるから認知療法否定されるべきである、という結論に達する方が馬鹿だと思うんだけど。

認知療法が「科学手法ではない」というよりも科学的「姿勢」によって突き詰められた情報群と表現するのが正しいとは思うね。

そもそも科学的に心理を突き詰めるなら遺伝子ではなく大脳生理学のほうが証拠を残しやすいと思うし、

そうであるかもしれないレベル遺伝子話を丸呑みするのはどうなんかと。

正当化」って言葉への違和感

オバマ大統領広島訪問で、メディアで何度も繰り返されたのが「アメリカには戦争の終結を早めたと原爆投下正当化する意見が根強い」だった。

正当化」という言葉は、良くない文脈で使う言葉だ。というか、良い意味で使うことなんて絶対ない気がする。

事実アメリカには「原爆戦争の終結を早めた」という意見があるわけで、それはそれとして、否定せずに、きちんと直視すべきだと思う。

それを、「正当化」って表現するのって、「自分はその考え方が嫌いです」って表明するようなものじゃん。全然フェアじゃないよね。

共感してくださる方はいませんか。

おかま系統進化

唯登詩樹エロ漫画をめくったら「おかま」という表現があり、おっさんながら頭がこんがらがる思いだった。

今ごろはなんて言ったっけ、とやや混濁しながらも、ニューハーフホモバイゲイと浮かんできてやっと「男の娘」にたどり着いた。

おかまは三変化位を経ながら男の娘として可愛らしく綺麗な印象で萌として昇華していたのだ。

そのうえ男の娘男性にも許容可能性癖としてマイルド進化し、オカママスコミの力でお笑いゲテモノ化した。

ニューハーフは深夜のバーの特権になり、ゲイ政治舞台で度々注目を浴びて日の当たる場所へと踊りだした。

そんな中で男の娘エロスだけを抽出されてファンタジーとして存在している(AV男優もいるけど)。

三世代の時代を経ていることを想起できたことも面白かったが、二次元三次元で受け取られ方が枝分かれしてるのは面白かった。

ちなみに目に見える男の娘初出はストッひばりくんだそう。男の娘は洗練されオカマ分化する、という話。



おっさん速報でした。

http://anond.hatelabo.jp/20160527222315

この場合をより実際に近いパターンで考えるとむしろからの方が有利になるような。



つの封筒があり、片方にはもう一方の2倍の金額が入っている。たとえば片方が1000円ならもう片方は2000円。

これは告白にOKをもらうった方が2倍の幸福を得ると仮定してクジで表現したもの



1人目が封筒を選ぶ。このとき封筒の中身をX円とおく。

2人目の封筒には最初封筒の2倍もしくは半分の金額が入っているので平均すると1.25X円になる。

まりから封筒を選ぶ方が1.25倍だけ有利になる。

オバマ広島来訪に思うこと

 オバマ広島に来てくれた。謝罪は明確に示さなかったけど核兵器使用したことを過ちと表現した。

 

 多分今後アメリカ国内ではこの発言、行動に対し、だったら安倍首相パールハーバーに連れて来いだの、核なき世界を作ろうとすることは賞賛に値するだの賛否両論出ると思う。

 アジア特に中韓)はなぜ加害者側の日本だけいい思いをするのかと批判殺到すると思う。

 一方今のところ日本人は大半がこの訪問を歓迎してる。自分もそう。中学校で学んだ原爆悲惨さは想像を絶していた。だからその悲惨事実を現職のアメリカ大統領が認め、そして「今後」同じ過ちを繰り返さないと言ってくれたことは嬉しかった。

 謝罪なんていらない。過去のことを悔いたって世界は今も未来に向かって動き続けてる。未来を語らなきゃ。

 

 オバマ大統領の掲げる核なき世界は具体的な方法がない夢物語かもしれない。でも夢を見るのは別にいいじゃない。現実ドライに見据えていたら革命的な進歩はない。夢を強く願えばそこからいつか具体的な方法が零れ落ちてくるはず。だから残り僅かの任期はいえこんな子どもじみた、だけどあまりに尊い夢を大衆の前で語ってくれたオバマ大統領応援したい。


 とある大学生の所感。

http://anond.hatelabo.jp/20160528023949

俺やさしいから、日本語で読めて信頼のおけるサイト日本心理学会)のリンクも探しておいたぞ。

http://www.psych.or.jp/interest/ff-07.html


こうした遺伝子の違いがどのくらい一人ひとりの性格の違いを説明するかをふたごのデータから算出すると,だいたい50%前後になります。これは残り50%が環境によることを意味します。しかし親の影響や家庭の影響(これを共有環境といいます)は先にも述べたようにほとんどみられません。むしろ一卵性のふたごですら違う一人ひとりに独自な非共有環境重要なのです。これは状況により時間とともに変わる影響です。要するに性格は,自分のもともとの素質のうえに,そのとき環境の影響が加わってあらわれ出たものといえます。そこにあなた努力が加われば,環境によってあなたの素質をより美しく表現することができるでしょう。

彼女が欲しい。

クライアント先で、とある新作映画チケットを2枚貰った。これが普通の男なら、“お誘い”をかける女性の一人や二人を思い浮かべることだろう。僕もチケットを「ありがとうございます」と言いつつ受け取りながら、誰とこの映画を観に行こうか頭の中で考えていた。

まりにも思い浮かばず、思考を諦めた。諦めたというより、逃げたという表現が正しいかもしれない。そりゃあ、この数年女性デートなんてことをしていないので、当たり前といえば当たり前かもしれない。とはいえ、誰か一人くらいはいるだろう。そう思いもう一度改めて考えてみたが、やはり一人も浮かばなかった。

中学生でも出来る「映画に誘う」というデート方法しかも、「チケット貰ったんだけどさぁ、余らせちゃうの勿体無いから……一緒に行かない?」という、“誘える理由”も僕にはある。過去自分がもしこの状況だったら、あの娘を誘っただろうな。そんな思いを巡らせながら、いつものようにインスタグラムを惰性でチェックしていると、3年前に恋人だった女性写真を見つけた。紫色の髪の毛、ボロボロTシャツ、派手なメイク。僕の恋人だった頃の面影はそこにはなかったが、すぐに「あの娘だ」と理解した。

家に帰って、自分の姿を鏡で見てみた。少し髪が薄くなったかもしれないが、ほとんど変わっていないだろう自分がそこに写っていた。僕は、瞬時に理解した。今日までの僕は、新しいことも昔のことも、どちらも考えないように、そして逃げていたんだ、と。

ちょっと新しい道を歩いてみようかな。3年前から、1歩進んでみよう」と、前向きに生きられる気がした。まぁでも、とりあえず溜まっている仕事を片付けてからかな。

そんなことを思った、初夏の金曜日の夜。

2016-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20160526213005

職場の人の性格の傾向や興味・関心に注意を向けている必要がありそうですね。

その点では、あなた心理学に興味があるということは、わかるよ。

幾つかのスキルを組み合わせて、複数の人にに一つの目標に向かって動いてもらうというようなことだろう。

(言い換えると、戦略的に考えるということ)

その中の一つには、心理学を基にした観察力。

そして、必要な時には、オーバー表現(嘘)を交えて、人が動きやすくなるキッカケを話すスキルとか、が求められそうだね。

職場であれば、本人が増田の想定する目標理解するしないに関わらず、まず、動いてもらう必要があると思う。

当人たちが、しっくりくるならば、スムーズに動くよ。

  

増田の目指しているところが人と人とをマッチングさせる、ということであるならば、次のエピソード面白いと思うよ。

ーー

鳥山明氏を発掘した伝説編集者鳥嶋和彦氏が「ドラゴンボール」「ドラゴンクエスト誕生秘話を明かす

http://blog.livedoor.jp/thethedragoon-asahigani/archives/39070487.html

番組では「ドラゴンクエスト」のクリエイター堀井雄二氏のインタビューも紹介され、その中で堀井氏は「鳥嶋さんは、僕が『ゲーム作るよ』って言った時に、鳥山くんがゲーム作りたがってる!って言ったんです。『じゃあ描いてもらおう』って言って。で、あとで鳥山さんに聞いたら、いや僕そんなこと言ってません。て言うんで。鳥嶋さんが作家に刺激を与えようとゲーム仕事をやってみようよってことだったんだと思うんですよ。』

http://anond.hatelabo.jp/20160526183523

迷惑内面」って表現ものすごいな。

相手のことは「物事を表面的にしか見れていない」と断定しつつ自分相手内面まで把握できてる前提。

この文章自体も仕組みの話でも何でもなく、特定の誰かに対する人格批判じゃん。

迷惑で嫌な奴だな。

2016-05-26

パチプロという仕事がわりと本気で地獄だった

パチンコ仕事にしていたことがある。本来負けるものであるはずのパチンコ仕事にしているなど知らない人が聞けば信じられないだろうがわりといる。そのうちの一人だった。

パチンコでは釘を見たりスロットでは店の癖を探したりまぁ方法はこんなとこに書いてもしょうがないので省くが月に100万近く勝っていた。日当で一日2万~10万で平均すると4万を月に25日稼動して20日は11時間打ち切る。

ひどい月だと一ヶ月で300時間パチンコを打ったこともある。

そして得た答えは一般人が持つ印象と何一つ変わらない。パチンコ屋は地獄である。ただの印象論ではなく数多の実例を見てきたすえの答えである

まずテレビCMメディアで放映されるようなパチンコで大当たりして笑っている人間などほとんど皆無だ。大当たりするとだいたいエンドルフィンがでまくっている状態になるので喜ぶ、というよりも落ち着く人間が多い。助かったと安堵するのだろう。目を血走らせて台を殴って興奮する人間がいるのがギャンブル場であり、パチンコ屋だと認識している人もいるだろうが実際はそんな人間はもうほとんど見ない。みな黙々と打つ、当たってもあたらなくてもただただ打つ。虚無というか無機的というかともかくパチンコ屋がうるさいというのは台の音だけだ。

人間に関して言えばパチンコ屋ほど静かな場所はない。

からこそやばいのだ。みな置物みたいになって液晶画面を見つめているかスマホをいじっているかいずれにせよそこに人間が介入しているような積極的ものはなくただ大当たりという偶然が降ってくるのを待つ。実際は真面目に打てばパチンコはやることが多いのだが、ただギャンブルしてきている人間はただただ大当たりを祈っている。

そして自分はそんな環境で働いていた。働いていたというのはおかし表現ではあるがとにかくそんな場所に棲んでいたことがある。

ブラック企業問題になっているのだがパチプロという仕事に比べればいくばくかましに見える。仕事をするうえで何が一番やばいかっていうと社会性を失うことが最もやばいんですよ。ブラック企業問題は過剰な労働で疲れきって自律できなくなることだったりしますがパチプロ関係性すらない。ただ孤独で台の前では時間を薄めてうるさい環境に順応するために神経を殺し自分を殺していく。

そうした時にふと気づいたんですよ。これはやばいと。

けっきょくどんなひどい暴言をはくような上司でもリアル人間関係の中ではそれがどんなものであれ物語存在します。人に話す時にそれが喜劇であれば笑ってくれるだろうし悲劇であれば同情してないてくれるかもしれない。パチプロはなぜ地獄なのか、いやパチンコがなぜ地獄なのか。それは人に話す物語がないのです。今日こんな演出で大当たりしたよなんて糞みたいな話しか存在しない。

爆音タバコの煙に貧乏ゆすりの隣人、そんな世界でも最悪の環境にいるにもかかわらず誰も同情しないのがおそらくパチンコ屋が地獄たるゆえんなのだ

米津玄師歌詞が前向きになって寂しい

音楽知識もないし歌詞解釈とか思い込みが入り過ぎて見当違いなことを言ってるかもしれない申し訳ないと最初予防線を張っておく。

米津玄師最初アルバム「diorama」は一口で言えば「後ろ向き」な作品が多いように感じる。例えば「blacksheep」の「素晴らしい一日始まる頃には夜に暮れる 過ぎ行く毎日 手を振ることすら忘れたまま 」や「何となく不安でさ 日に日に毎日は老いていく」といった歌詞ダウナーな曲調も相まって1日に対する諦観を感じさせる。他にも「恋と病熱」の「誰も嫌いたくないから ひたすら嫌いでいただけだ」「好きなことが少なくなり 嫌いなことが沢山増えた」という歌詞、「vivi」の男女の恋愛の別れを歌い、「さよならけが僕らの愛だ」と締める歌詞(pvだと異形の男と女の子だったが便宜的に)も対人関係に対しての諦めや遣る瀬無さを読み取れる様に思うし、「ディスコバルーン」の「何も知らない夢のまま 死んでいけたら幸せだ」という歌詞は激しい曲調も相まって破滅的な曲であるという印象を受ける。まあ主観だろ!といえばそれまでになってしまうのだが、これらの曲を聴いて「めっちゃ元気の出る曲!」となる人はあまりいないと思う。

因みに米津玄師以前の名義、「ハチ」として活動していた時の曲は後ろ向きな曲もなくは無かったが、ここまででは無かったという印象だ。「クオリア」という曲は孤独少女他者に認めてもらえる、自分認識して貰えるという幸せな結末が描かれているし、暗い中にも明るい希望が描かれた曲が多いイメージだ。多分初音ミクイメージに寄せているのもあるのだろう。

では最近米津玄師はどうなんだという話に移る。最新アルバムbremen」を聞くと大分「前向き」な曲が多くなったと思う。といっても完全に明るい訳ではなく、「絶望もあるけど前を向いていこう」といったようなことを描いているのが多い…と思う…。アルバムは数十曲入っているのに全ての曲をこの一言で当てはめることは余りにもあんまり表現ではあるが。多分当てはまらない曲もある。

例えば「アンビリーバーズ(あ、これ初出はシングルだった)」は「今は信じない 残酷未来なんて」「終わりにしようよ 後悔の歌は」「だから手をとって 僕らと行こうぜ ここではない遠くの方へ」と言ったように絶望認知しつつ、それでも諦めず未来へ行こうという前向きな歌詞で描かれている。また「ホープランド」では「謂れのない嘘や 穢れきったあの言葉に 惑わされないでおくれ それが世界の全てじゃない」「ソングフォーユー 僕らは初めましてじゃない 同じものを持って 遠く繋がってる」といった「聞き手希望を伝えようとする」姿勢が示されているように思える。

「diorama」と聴き比べると随分作風に変化が生じたように思う。最近米津玄師の曲は、辛い時に聞くと励まされる…そんな風に変化している。ある意味健康的になったとも言えるのかもしれない。

個人的に今の方面の曲もすこぶる好きではある。のだが、「blacksheep」「恋と病熱」の気怠い感じや「ディスコバルーン」の破滅的な曲がとても好きだったので、最近その方面の曲が聴けないというのが少しばかり残念なのである

寂しい…なんて随分自分勝手表現を使ってしまったが…まあ1ファンの見当違いな戯言である

例のホモ差別bot

送られてきたというDMは一々表現屁理屈こねて喜んでる中学生みたいで気色悪いし、堅い頭をミキサーで粉末にしてゼラチンで固めろみたいな上手いこといってやろうみたいな意図が透けて見える表現も一々スベってて笑うしかない

なにより怖いもの見たさで覗いてみたそのTwitterbotがもうつまんなすぎてな

差別的発言をして喜ぶ下品な行動が理解できないのを抜きにしても全然面白くねえ

そもそもまっとうな大人ネットだろうと差別発言なんて絶対しないんだけど、運営してる人は中学生とかなのかな?DM文章子供っぽいし。

ズートピアはなぜ肉食を排除したのか

努力すれば夢はかなう、誰でも何にでもなれる、

差別偏見と戦いマイノリティだって自由自分表現していいんだ

こんなにそれらに配慮した内容が盛り込まれている!いった旨のRTを連日沢山見るようになりました

主人公の隣人は同性愛カップルかもしれないとか

ポップスターのツノはオスのものでは?とか

小さくてかわいいウサギ警察官になれないのか?いやそんな事はない!

決めつけてはいけない!差別はよくない!だって努力すれば夢は叶うのだから

といった主旨をどうこう言うつもりはまったくない

実際映像もすごかったしすごくいい映画だと思う

だがなぜそんな中で、なぜ『肉を食べること』は悪としこれを排除したのだろうか

そこがずっとひっかかっていて、素直に良い映画だった!と言えなくなっている

世界観の設定上やストーリーの進行上そうせざるを得ないのは理解できるのだけれど)

だって望んだものになれる!と謳っておいて肉食獣のそれは奪うのか…と思ってしまって

わりと冒頭からモヤモヤしたままでした

肉食獣だってただ趣味で殺すのが目的ではなく生きるために肉が必要でそれを食らうのであって

それ自体は悪ではないはずだ

野生に戻ったら凶暴になったと本編で言われていたが

何かを襲う時はそれを食べる必要がある時か自分の身を守る必要がある時だ

むやみやたらと目の前のものを殺すものイコール肉食獣ではないわけで

差別なんかダメッて言ってるんだ!!ともてはやされている映画

肉食のこと思いっき差別してんじゃん、と思ってしまって

素晴らしい!と言われていれば言われているほど複雑な心境になる

あんまりここに触れられたツイート等を見かけないので

こんなところを気にしてしまう私の感覚がズレているのかもしれないけど

そりゃあいつ食われるかわからない恐怖と戦っていた草食動物から見たら

捕食者である肉食獣は天敵になるわけだけれども

『狩りをする必要が無くなる』のを仮に利点とするとして

かわりに与えられるものが肉でなく虫などで代用されたものでそれで本当にWin-Winなのか

小さくて可愛いうさぎ警察官になれるのに

肉を食べる事はこの先(この理想郷に居を構える限り)永遠に諦めないといけないのか

肉食獣にとってそれは本当に理想郷なのだろうか

(昔は食べていたという肉を食べてみたくなった、という理由

 殺獣罪(?)を犯す住民はいそう)

狩りをするために牙が鋭くなったもの

足がはやくなったもの 顎が強くなったもの

またそれらから身を守るために角が発達したもの

皮膚が硬くなったもの 耳や目といった器官が発達したもの

動物の特徴になる部分はおおよそ『狩るため/狩られるのを防ぐため』、

『生きるため』に進化してきた部分が大部分だと思っています

今後この理想郷においてその必要が無くなるという事は

それらの器官ももしかしたらどんどん退化してしまうのではないだろうか

服を着て脳が発達し、特徴のある器官が退化していったらどうなるんだろう

みんな人間になるのかもしれないですね

愚者の国

愚者の国に言語はない。

音節叫び声、述部のない主語主語のない述語、目的語のない主語と述語、主語も述語も目的語もない補語が繰り返される。

強調は声の大きさと単語の繰り返しの回数によって表現される。

すなわち声が大きく、繰り返しの回数が多いものほど強調度が高い。

しかし構文ではなく1単語叫び声の繰り返しでしかないので、なぜ、何を、どう強調したいのかはまったく不明である

政治的正しさと「正しさ」と欲望について

最近、多少揶揄的なニュアンス予防線を込めて政治的正しさ、あるいはPCについて言及されるケースをいくつか目にした。

なるほど、確かに過度な政治的正しさへの配慮自由闊達表現を陰に陽に萎縮させるものであろうし、形骸化された政治的正しさは単にナンセンスだ。

しかし他方で、「それとは全く別の問題として」、多くのことがらがある種の正しさをめぐって回っているように僕には見える。

たとえば(誇張した表現になるが)経済原理主義者は最適化・あるいは効率化こそが正しさを担保すると考えているフシがあるように思えるし、

過度にアニメ制作者サイドに寄り添い「楽しんでる!」と必死タイプ消費者はあたかも楽しむことこそが正しさを調達するとでもいいたげなように感じられる。



(注意:僕はここで経済原理主義者や全肯定的アニメ消費者批判したいわけではない。正しさの調達パターンをいささか戯画的に書き出してみたいのだ。

また、前者であれば最適化後者であれば肯定的スタンス無意味であると断じたいわけでもない。

むろんそれぞれの立場から有益な結果・知見が引き出せることはあるだろう。

ただ僕は、あるタイプの信念・行動からある正しさへの意志ピックアップすることは「権利上」可能であるだろうという前提の上で思考実験してみたいのだ。)



さて、人がある物事に大して価値判断を下す際、無数の観点をとることができるように思えるが、ここでは大きく「正しさ」「効率性」「面白さ」の三つに分けられるとしよう。

たとえば学問では正しさが重視されるし、通常の社会では効率性が重視されるし、共同体では面白さが重視されるだろう。



(注意:学問的な「正しさ」と政治的「正しさ」とでは「正しさ」の意味するものが異なるのでは?というのは正当な指摘だ。

ここでは政治的正しさというフレーズに引きずられてこう命名したが、「真理」とラベルを貼れば言語ゲーム癒着は多少解消されると僕は考えている。

はいえ、これでもまだ混同が起きているという疑問はあるだろう。しかしここはこれで議論を進めるのでご容赦いただきたい。)




しかし、学問で正しさを追求することが「楽しさ」を帯びることは多くの人が多かれ少なかれ知っていることであるし、

ある種の「面白さ」が正しさを担うことも趣味に熱中したことがある人なら知っていることだろう。

このように、しばしば三つの領域は混合する。

この視点から、先ほどあげた例を捉え返してみる。

するとつまり経済原理主義者」は「効率性」を追求することによって「正しさ」を調達するように見えるし、

「全肯定的アニメ消費者」は「楽しさ」を追求することによって「正しさ」を調達しているように思える。



(注意:ここで「そんな深いこと考えていないよ」というのは一旦はそうだ。

はいえ、現に「そう見える」しこれはある種の無意識考察だと考えてもらって差し支えない。)



ここで僕が言いたいのは「なぜ素直になれない!」ということだ。(もちろん僕がこの指摘をまぬがれているというつもりはない)

正しさを追求したいのであれば正しさを追求すればよいし、それ以外の効率性や面白さがウエイトを占めるケースであれば全力でそれに没入すればよいではないか

いそいで付け加えておくと、僕はこのような「正しさ」の追求が悪であると言いたいわけではない。

しかしながらそこに、ある種のねじ曲がった欲望を見て取ってしまうのだ。

なぜ、ストレートに正しさや効率性や面白さを追い求めることができないのだろうか?

程よく住み分けることはできないのだろうか?

これは裏を返していえば、あらゆる価値判断メタレベルには正しさをめぐる判断があり、結局全て(これはレトリックです)は政治であるということなのだろうか?

しかし、全てが政治であるとして、その裏側には欲望が張り付いているのだとしたら、それを上手く調節したり整流することも可能ではないのだろうか?

僕が思うに、今必要なのは欲望論だ。