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はてなキーワード: 伝統とは

2017-04-25

このよしこは嫌いだ

櫻井よしこの講演料は150万! 講演で稼ぐ安倍応援団実態

 しかし、辛坊竹田はまるで冗談かのように茶化していたが、これは本当の話だ。ある在京テレビ局関係者が言う。

「いまのテレビ政権というか官邸の顔色ばかり伺っている。企画だって政府批判につながりそうなもの露骨に上の受けがよくないし、だいたい弾かれますよ。

スタジオでも言葉遣いひとつひとつに、偏向だとか言われないように細心の注意を払う。その意味では、やっぱり安倍政権好意的コメンテーターは使いやすいんです」

 しかも、こうして一度“安倍礼賛”の陣営はいれば、いみじくも『委員会』で辛抱が暴露したように、講演会によってガッポガッポと稼ぐことができる。

もちろん、そういう「講演会」というのは、書店トークショーなどでのこじんまりしたものではない。

JC青年会議所)やライオンズクラブ、有力企業保守系政治団体などが主催し、ホテルなどの大箱で催されるもので、目当ての“顧客”は、一般人ではなく企業経営者地元の実力者。

いきおい、講演料は大学市民団体などでの講演とはくらべものにならない高額になる。

 たとえば、講演会での講師派遣などを手がける株式会社エスエンタープライズHPによれば、“保守女神”こと櫻井よしこの講演料の「目安」は実に100万〜150万円と記載されている。

大阪市長橋下徹の講演料が「90分200万円」であることも有名な話だ。人によってピンキリではあるが、相場は50万〜200万円と言ってもいいだろう。

 ようするに、こうした文化人にとって数時間でこんな大金を得られる講演会ほどオイシイものはないのである。付け加えると、「『委員会』に出て、講演で稼ぐ」という構造も本当だ。

 その典型が、東京新聞長谷川幸洋長谷川はある時期から急速に安倍応援団色を強め、

いまではネトウヨ番組ニュース女子』(TOKYO MX)の司会者として沖縄ヘイトを垂れ流すまでになったが、その長谷川が夢中になっているのが「講演ビジネス」らしい。

長谷川テレビで共演したことのある評論家が苦笑しながらこう語る。

長谷川さんの方から、『あなた、何で稼いでるの?』と言ってきて、『講演やった方がいいよ、講演は儲かるよ』と力説していましたね。

なんでも、土日は講演で地方にいて、ほとんど東京にいない、と自慢していました。うれしくてしようがない様子でしたよ」

 しかも、講師派遣サイト「講演依頼.COM」の紹介ページを見てみると、長谷川は「実績」として堂々と『そこまで言って委員会NP』や『ニュース女子』 “売り”として記載している。

 そんな長谷川がどんな講演を行なっているのかといえば、昨年6月には新潟県内のホテルで、「安倍政権と今後の日本」と題した講演会を行なっている。

主催は、新潟県異業種交流センター県央支部で、後援は燕三条青年会議所燕三条JCの告知ページではこのように宣伝されていた。

読売テレビそこまで言って委員会NP」など、多数のメディアにご出演されている長谷川幸洋氏より、参院選前の官邸の様子、永田町の様子などホット話題提供していただきます

普段テレビでは言えないような発言も飛び出すかもしれません。お聞き逃しなく!〉

 こうした安倍政権応援団の“講演会ビジネス”の実態をまざまざと見せつけられると、ひょっとして、こうした小遣い稼ぎ(といっても大金だが)のために、

テレビ安倍首相を礼賛して沖縄米軍基地に関するヘイトデマを垂れ流しているのでは、という疑念が頭をもたげてくる。

 だが、こうしたビジネス長谷川だけの話ではないだろう。

毎日新聞伊藤智永氏は「サンデー毎日」(毎日新聞社4月2月号に寄せた「安倍首相を担いだ『保守ビジネス』」のなかで、近年の日本社会のなかで〈「保守」が思想ではなくビジネスになっている実態〉を指摘している。

 伊藤氏はそのなかで、東条英機元首相のひ孫である東條英利氏のエピソードを紹介している。

東條英利氏は現在一般社団法人国際教養振興協会」の創設理事長を務め、神社ライターとしての執筆活動や各地での講演会を行なっている。

伊藤氏の取材に対し東條氏は、竹田恒泰代表を務める「竹田研究会」に出入りしてノウハウを学んだという。

竹田研究会といえば、〈日本研究し、日本の文化芸術を振興し、かつ、青少年健全な育成をすることで、日本人が輝きを取り戻し〉などという触れ込みで全国に支部をおき、各地で竹田講演会を開催している団体

事実上竹田資金め組織のような役割を担っているが、昨年10月竹田の片腕としてその竹田研究会幹事長をしていた前山亜杜武氏が、詐欺容疑で逮捕されたことも記憶に新しい。

 伊藤氏は、東条氏のように、この竹田研究会で学んだノウハウ独立し「保守ビジネス」を起業した男性2人に取材。彼らの話を総合すると、その実態はこういうことだという。

セミナー屋だね。会費3000円で1回25人も集まれば成り立つ。あとはネット塾。私は月1000円で約1400人に歴史時事問題面白い言論配信している。

毎月定期的に140万円。売れっ子Kさんは月5000円、Mさんは月3000円で常時1000人以上。やめられないよ。運動なんかしない、商売もの

自己啓発とか異業種交流とか似たモデルは他にもあった。1990年代から保守が売り物として成立するようになった」

 この複合証言なかに出てくるK氏とM氏は〈ウィキペディアにも載っている業界の中堅どころ〉だという。

いずれにせよ、「日本研究し、歴史伝統継承する」などと大上段に構え、「保守」を自認する安倍政権を讃えることが、彼らにとって格好の金稼ぎの手立てとなる。

委員会』で辛坊治郎暴露した“講演会ビジネス”もそうだが、そうしたビジネス蔓延しているということなのだ。

 結局、彼らの言う「保守」というのは、金儲けのための“看板”みたいなものなのだろう。つくづくため息が止まらないが、

安倍政権がこうした“ビジネス保守”の連中を活用することで、世論をつくりあげていることも事実だ。圧力に屈して政権忖度するマスコミと、

その流れをフルに活用してマネタイズするカッコつきの保守人士たち、そして、それを養分政治体制を盤石にする安倍政権――。そのサイクルは、わたしたちが思っているよりもはるか構造化しているのかもしれない。

http://lite-ra.com/2017/04/post-3100_4.html

K=小池塾? 5000円

「機会」に限定すれば有利なのでは

http://anond.hatelabo.jp/20170425172706

扶養範囲で働きたい主婦と、人件費ケチりたい企業とがうまくマッチングしてて、低賃金非正規職のニーズはあるから「機会」に限定すれば女性のほうが有利だよね。

あと、伝統的に女性担当してきた職に対する男性の参入はその逆より厳しいし。(ex.男性保育士とか)

2017-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20170421215211

科学資本主義宗教ですよ。1+1=2とか、お金とか、信じてるんじゃないですか?日本人は周りの空気も信じてますよ。オウム地下鉄サリン事件で、実行犯だった広瀬さんの手記が参考になります。長く続いている伝統的な宗教には、世間と折り合っていく知恵があります。禅では、悟りを開いた後に里に戻る、という教えもあるそうです。新興宗教には、その知恵が欠けているんです。

2017-04-21

結局世代で入るコミュニティが区切られちゃうんだよね

ネット上で世代を超えて価値観コンテンツが伝播して伝統になるということがない

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170419131231

それは由緒正しき伝統の姫騎士だけで最近の姫騎士ちょっとちんぽ突っ込んだだけですぐ堕ちるだろ

2017-04-15

不条理を教える異常(全部嘘)

 社会の苦しみというものを教える機会と言うもの実在するらしい。

 数少ないこのような機会を持つために、「伝統」「校風」を掲げることがある。某沿岸高校は長期の航海を通じて人格を育てたり、某県の多くの高校は新入生にバンカラ応援歌練習伝統に根ざした自己確立させたり、はたまた某都市進学校は新入生の合宿でその高校校風に染め上げるというように、「伝統」「校風」を盾にグレーゾーンを突っ走っていたりする。このようなある種の人間教育は、世界不条理さを伝える有用手段として存在するとは思うのだが、一方で宗教的性格自我崩壊危険性といった世間批判を浴びてもいる。それぞれの学校も、校風によって執り行われる祭事時代に合わせて少しづつ変化させているようだ。

 一方で、正式教育、すなわち行政機関が決定した教育方法では、人を教育する上で不条理さ・不便さを生徒に感じさせることを拒んでいる気がする。無駄が多い割に必要なことが省かれている「理系科目の教科書」や、出版社意志がそのまま内容を歪めかねない「文系科目の教科書」、著者の都合や時代の移り変わりによって無駄改定される「語学参考書」などの教育という観点から見たらあまり合理性に欠ける教材という不便さはある。しかしそういうものではなく、人間関係においてしばしば生ずる特定個人に対する「人格の完全否定」など精神的な問題出会うことはめったにない(ただしいじめを除く)。

 精神的な不条理さを解決して総て人間尊重できる社会を目指す礎を築かせるという点において、苦しみを体験することによる不条理世界理解というものは、地球規模化する社会リーダーとしての素質を育てるためには必要だ。ところが、その体験が、グローバルとはかけ離れた、「伝統」「校風」という宗教的性格を持ちかねないきわめて異常な手段しかなされない、という奇妙な問題があるように感じるのは、たぶん私だけだろう。

なんちゃって

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170409111220

だいたいはてなでの伝統芸的な自分語りに絡めて語られる地方東京ってのは

地方まれで周囲にロクな文化もなく土人しかいなかったから才覚があって感性豊かな自分は辛い日々を過ごしていたけど

東京に出たら一転して多様な文化に触れられて超幸せ!だからお前らも頑張って東京に出ろよな!みたいな感じがテンプレになっているか

東京というのは東京都心のことでそれ以外は全て地方というのがはてなにおいては一つのステレオタイプとしてあると思う

みんな気づいてくれ、ネットカウンターカルチャーから

 世間話をしよう。

 今日では、男性嫌悪なおばちゃんが何かと槍玉に挙げられる。こんなの↓(見なくてよい)

https://twitter.com/kobayashigiriko/status/826378866646081537

これは「女性嫌悪ネットにもいっぱいあるから、男が嫌いにもなる」と読める。なるほどワシも男じゃ。正直、スマンカッタ

しかネット上の伝統的な女性嫌悪は弁護することもできる。

ちょっと昔の、2000年代的なネットの負の側面は加藤智大象徴されると思われる。(※加藤智大2008年秋葉原通り魔事件犯人。この事件加藤17人を負傷させ、うち7名が死亡した)

彼の名言(?)とされるもの

最初からなにもしない奴なんていない

結果が出ないからなにもしなくなる

負け組は生まれながらにして負け組なのです

まずそれに気付きましょう

そして受け入れましょう

お前らには当たり前のように彼女いるからわからないだろうね

顔だよ顔

全て顔

とにかく顔

顔、顔、顔、顔、顔

……00年代ネットでは「非リア(友達が一人もいない人々)」がまだ目立っていて「リア充(話し相手が一人はいる恵まれたヤツラ)」への、どす黒い感情が渦巻いていた(※アンサイクロペディアの該当ページぐらいにしか名残がないけど本来、非リアは完全に孤立した人間の意)

ちょっと昔のネットの中には、こんなへんないきものが、どうもいたらしいのです。ブサイクで、ハゲで、チビで、デブで、ガリガリで、友達が一人もいなくて、家族からも疎まれている。おっさん? おっさんかも。

まり、みんな非リアのことを忘れちまったのです。

どうしてネット女性が「マンコ」「ま〜ん(笑)」と呼ばれたか友達が一人もいない男にとって、女性は全く接点がなくて人間ではなかった。人間以上のもの人間未満のもの幸福社会や抑圧や差別象徴だった。

ちょっと前までネット女性蔑視弱者の声だった。素直な感情だった。

今となってはネット人口が急増したことも気づかない。「リア充爆発しろ」「他人の不幸でメシがうまい」は死語で、非リアの原義も忘れ去られた。普通の人がネットをするようになった。

そうすると素直な感情論でおばちゃんが「女性蔑視はひどい! 男性嫌悪にもなるわ」と言う。男性保育士にザワザワして少年漫画にザワザワして巨乳とか童顔のオタクアートにザワザワしたりする。

言わせてくれ。2ちゃんねるが始まってから我々は全く進歩していない!

男性嫌悪女性嫌悪否定されるものじゃない。どれも弱者の声、どれも素直な感情かもしれない。

でもこれ、結局はカウンターカルチャーですよね? 正義ではないよね?

別に男女の話だけじゃなく。政治にしても。北方領土どうにもならないから反露親米になったり沖縄基地どうにもならないか反米親中親韓になったり。左翼にしても右翼にしても。ただの反発なのではなかろうか?

ネットやってると「四月入社の新社員アドバイス」とかいう、どうでもいい内容がアクセス数を稼ぐわけですよ。あたか会社絶対悪みたいな。みんなはヒラ社員から長時間労働ヤバいとか会社はキツいしか感想がないんだろうけど、経営陣もツラいからね? アレな社員いるからね?

育児話題になったら親を叩いとけば無難みたいな。毒親とか言ってる割にみんなみんな毒子じゃろ。きいつけや。「育児は大変」と「子供は最高」は両立できるんやで。子供テストで0点取ってきた時の正解なんてないからの。


最初の三行だけ読んで脊髄反射レスくれるんだろうなって分かってます。つまりそれなんだよ、ネット性格ってさ。

(※ネトウヨ2ちゃんねる発祥とか、アメリカトランプフランスルペンネット的な風潮から誕生したんではなかろうかとかは、あまりにも安直なのでカットしました)

(※昔のネットには負の側面ばかりじゃなくてアスキーアートのような、創造的な、人生楽しくなかろうがどんちゃん騒ぎで祭りじゃワショーイ的なムーブメントがあった。ヌクモリティガイドラインを読め。ネット出身漫画家作品死ぬほどアニメ化されてんだろ! ネットが好きだ! 俺の想いよネットへ届け!! ハルギニアネットへ届け)

2017-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20170407132706

沖縄問題等を考えればわかるように「日本人」の代表が成立しなくなっているのが問題なわけで、職人の手仕事見てニッポン凄いみたいなのも、オレ=ニッポンみたいな意識なんでしょ。自分は何にも作らないクセに。ニッポン代表たる職人さんのビンボー臭さに比べて世界で戦えないIT企業キラキラぶりって笑える。ニッポン凄くない。

いっそ幕藩制度の復活がいいんじゃねーの?それぞれが別の「くに」として独立してさ。幕府軍事政権から自民の血の気の多い伝統大好きな連中も望むところでしょ。

2017-04-03

ジャンルがかぶらないエロ

看護婦が無表情で性欲処理する → AVにある、同人にない。

着衣モノ → 同人に多い、AVはやたら脱がす。

ブルマJK → 両方ある。

乳内射精 → AVには少ない、同人に多い。

ニプルファック → 和モノにはない。海外にはあるのか? 同人エロ絵には存在

バレリーナものレオタード:何故かAVに多い。同人はともかくエロ漫画界にも少ない。看護婦同様伝統化してるので系統の違いか

競泳水着スク水 → 両方ある



傾向はわからんなこれ。もっと系統立てないと見えてこないかも。

10年も一緒に暮らしている

大学2年生の4月からAと一緒に暮らし始めて、気がついたら10年が経っていた。



1年生の時に北陸地方都市からやってきた私は、

親の負担を考えて、安い学生寮へ入った。

それが間違いだった。



とにかく「先輩」が嫌だった。それに迎合する同級生も嫌だった。

入寮してすぐのコンパでは、風呂につかりながら、お酒を飲まされる「伝統行事」を強いられた。

「これはイニシエーションなんだよ」と先輩からはきつく言われ、私は大人になった。



私はここをすぐにでも出て行きたかったが、

お金問題と親が心配するといけないので躊躇していた。

そんなある日、それほど仲良くなかったけど、友達の友達つながりで知り合ったAと

たまたま学食で一緒にご飯を食べている時に、愚痴っていたら、

「ほんじゃ、うちへこない?」と誘われた。



それほど仲がよかったわけではなかったので驚いたところ、

ルームシェアしていた子が、大学を辞めるので困っていたところ」

増田なら真面目だし、知らない人じゃないか安心

ということだった。

私には渡りに船で、正月実家に戻った時に親にも説明し、春から引っ越すことにOKをもらえた。



二人暮らしは快適だった。

休みの日にはよく遊びにもでかけたし、課題も一緒に片付けた。

みんなからも二人暮らしを羨ましがられ、共通友達もよく遊びに来てたまり場のようになっていた。



大学卒業する時に、わたしはAとこの生活をどうするか相談したが、

Aは当たり前のように、「え?出ていくつもりだったの?」と言っただけで、私の心配杞憂に終わった。

私は広告代理店デザイン室に入り、Aは有名な建築事務所就職することになったが、

二人ともここから出ていかなかった。



そして10年が経っていた。

私達はこれからどうなるのかなーとぼんやりと思う時もある。

私もAもそれなりに仕事の実績と経験を積んで、大きな仕事担当するようになった。



Aには彼氏がいるような話は聞かないが、男友達がいないわけでも無い。

ただ、ここに連れてくることはない。このあたりの距離感が居心地良い。



昨日、

「居心地が良すぎるのも問題かなー」とふとつぶやいたら、

「そうでもないよ?」とAがおどけて抱きついてきた。

http://anond.hatelabo.jp/20170403103617

しろ元々欧米で女の色=ピンクだったのが日本に輸入されただけ



日本の伝統的な女の色は赤(紅)

から紅白とか紅一点という言葉があるわけだ

女児伝統的なランドセルの色が赤なのもここからだが

最近の子供は赤=男児の色と考える(戦隊ヒーロー的なイメージ)ので

ランドセルを欲しがる男児がいたりする

2017-04-02

左翼にとって「左翼嫌い=右翼」なのか

はてなでもtwitterでも、ただ左翼嫌いを公言しているだけで、自民党を支持しているわけでもないのに

左翼の連中に右翼認定されて粘着される哀れな人が結構いる。

大学時代キャンパス全学連中核派などの左翼活動家をよく見掛けたが、あいつらは日本共産党

革マル派JR総連極右政府の狗だと罵っていた。

それと同じだろうな。嫌いな連中は右翼政府の味方。左翼伝統

2017-04-01

2013年朝日新聞「種目は学校ごとに柔道剣道相撲のほか、(略)銃剣道から選ぶ。」

改正教育基本法に「伝統文化尊重」が盛り込まれたことを受け、

昨年度から中学1、2年の保健体育で男女とも必修に。

種目は学校ごとに柔道剣道相撲のほか、地域の実情に応じて、

なぎなた空手少林寺拳泡合気道弓道銃剣道から選ぶ。

(2013-06-24 朝日新聞 朝刊 大阪市内地方)

少林寺拳泡は原文ママ

https://kotobank.jp/word/%E6%AD%A6%E9%81%93%E5%BF%85%E4%BF%AE%E5%8C%96-883713

2017-03-31

善が悪玉扱いされ、ゴミでカネが稼げる話

3月だからというのは関係ないが、本当のことを話すと狩られるのがジャップクオリティなので、増田なのである

さて、栄養の塊なのにきょうびなかなか食われていないものに、豆腐というものがある。豆腐の味は大豆でほぼ決まるが、食感は凝固剤の種別、消泡剤(乳化剤、界面活性剤)の有無に左右される。近年は、人日を削るために、凝固剤を花王かどっかから買おうとしたり買ったりしているようだし(乳化剤を混ぜたにがりだと高温で固まるので早いため)、消泡剤を入れたり(待たないでも泡抜ける)、凝固剤を大量に入れて輸送中に固まるようにした相模屋とかが得意げな充填豆腐というエセ絹ごし豆腐もある。(ちなみに、ヨーグルトにしても同様で、輸送中に発酵させるものほとんどで、出荷前に真面目に発酵させたもののほうがプレミアムである。)

それで、にがり海水産の塩化マグネシウム)で固めたものが、元来普通であるのにもかかわらず、プレミアム価格である。ちなみに、人間が手寄せした豆腐人件費が掛かるのに売れないから、豆腐屋の多くは潰れた。

しかし、この「にがり」というやつも、どうせ棄てるゴミであった。つまり、製塩で出るゴミ

塩というのはそもそも、ミネラルのことだ。だが、海水から塩をつくったときに、塩化マグネシウムは食味が酷い。だから塩化マグネシウム殆どを採って棄てる。

から豆腐というのは、このゴミ活用して少しばかりは食べ、必要ミネラルを多少は摂れるようにした、アイデア商品である。この豆腐はなにせ、江戸時代なんて最近からのものではなく、古代からある。和人は、昔はいくばくかまともであったのだろう。

である。きょうびの日本人と称するファッキンジャップは、塩の摂り過ぎが健康を害すると妄信している。

しかし、塩というのは本当はミネラルのことである。ヒトは、ナトリウムカリウムマグネシウムカルシウムなどのミネラル(塩)が生きていくために必須だ。

しかし、霞ヶ関か誰か、おかみが、立釜と称するプラントで精製し乾燥させた工業製品の、いわば無水塩化ナトリウムを「食塩」と定義してしまった。そうしてながきに亘って、無水塩化ナトリウム食塩マジョリティとして君臨し続けた。「国産塩」はこの無水塩化ナトリウムでなければならぬ年月がずっと続いていたから、御存じのとおり、「伯方の塩」は輸入塩からつくられているし、(平釜でつくった普通の塩である)「沖縄の塩シママース」(青い海)でさえも今でも輸入塩が原料の大半を占める。和人が無水塩化ナトリウムを信奉するようになったのに対して、沖縄人は、味が変わるのをきらったのか、民族伝統からか、平釜焚きの塩にこだわりつづけた。そしてその沖縄人が「日本人」の平均寿命を押し上げている。(たぶん普段から「ヨネマース」でも摂っている。ヨネマースは「内地(笑)ではなかなか手に入らない。)

さて、未だに、塩化ナトリウムを「食塩」として、外食産業であれ、加工食品であれ、そして多くの「家庭」の料理でさえも、用いられているだろう。

身体を害して当然であるナトリウムばかり摂るから身体が壊れる。

同様のことが、例えばコレステロールバランスとかでもいえるだろう。善玉悪玉とかいうのがあるわけではなく、バランスおかしあんたらが悪いのである

みなさんは、「塩の摂り過ぎは身体に悪い」とデマにつられて洗脳されて妄信して、減塩だのなんだのといってみたりもするが、実際に減塩なんかしたらきっと、カリウムマグネシウム摂取不足になる。つまりどうすればいいかというと、単に、「毎日使うからシンプルがいい」をやめて、「沖縄の塩シママース」でも「石垣の塩」でも摂る。とにかく、無水塩化ナトリウムをやめればよいのである

日本自称するものは、どうせ棄てるものがむしろ価値もつような、顛倒した国家である。実に実に不可解で滑稽だ(笑)

塩化マグネシウムが高く市販されていたりするし、おから市販されている。同じように、どうせ棄てるものであった米ぬかが、いまどきは漬物が漬かる米ぬかのほうがレアで、高価で売られている。ちなみに、漬物用の塩は、「まいにちつか(略)では勿論いけない、うまく漬からない。

天かすがなぜか、市販されているのも不可解だ(笑)。どうせ棄てるものである。何故か江戸では天かすを入れると「きつね」とかいうらしいが、天かすはどうせ棄てるゴミなんで、それでカネを取るほうがおかしい。天かすというのは、具を天ぷらにしたときに出る、ゴミである

日本人というのは、フツーではないね

和人である私は、みなさんのことが恥ずかしくてしかたないのである

http://anond.hatelabo.jp/20170331132451

増田の言うとおりで、そもそも同格婚は本来は家の格の階級差のことであって、男と女個人的収入差のことじゃない。

エリート同士が結びつきを強めるために良く育てた娘をやり取りするのが同格婚であって、

その意味では、優秀な部下に上役が自分の娘と見合いをさせたがる文化とか、

自営業が成り立ってた頃に女が商業高校に通ったりしたのが中流階級の同格婚なんだろう。

それが男女平等に育てられて個人資質だけ見て(個人資質だけとは言ってない)結婚する世の中になったなら間違いなく発展してる。

それでも家の金で教養教育など子の資質が決まりやすい以上は、パワーカップル伝統的同格婚の継続と言えるのかもしれない。

子供の養育環境を充実させるための経済的階級闘争を論じなければならない。

から元増田よ、リベラルよりマルクス信じろ

[]呉陳比武

呉式太極拳の呉公儀さんと香港白鶴拳の陳克夫さんが1954年に行った試合のこと。

伝統武術の達人同士の対決ということで注目が集まった。

素人目には子供喧嘩のように見えるが、武術家が見ればいろいろ技を繰り出していることが分かるらしい。

2017-03-29

東京電◯大学だけはやめておけ。

高校以下の授業と、微分も出来ない学生たち。

授業は微積分やベクトルなどの数学基礎、高校でもやらないような物理の授業など。クソみたいなレベル教養学習をまずは受けさせられる。

さらに酷いのが、そのレベル教養から教育スタートしているクセに、急に教授講義バトンタッチし一丁前な指導をやり始め、無駄に厳しい評価基準によって学生の何割かが留年してしまう。

受験に数3が必要なかったり、センター利用なら落ちるほうが珍しいと思えるほどボーダーラインが低くく、「本当に義務教育受けた?」といった人間キャンパスは溢れている。

何か話を振っても、「なにそれ?」「ちょっと分かんない」。ものを知らなさすぎて話がまるで通じない。まともな学習もできず、まともな人間もいない。

ふざけるな。

大学独自設計したポータルサイトがある。要は自作moodle

理工系単科大学として、格好つけて技術自慢をしようと企んだのだろうけど、まるで駄目。

理工系特有デザイン軽視による地獄的なUIや、いちいち書式が違ったり、いちいち新しいウィンドウで開いたり(Macで全画面で広げているとページを開くことも出来ない)で、とんでもない完成度の低さ。

普通に使いたいだけなのに、その普通基準すら超えられない欠陥品。そしてこれにGOサインを出した大学

素晴らしすぎて涙が出そう。

なめてんのか。

伝統にしがみつき、今時、手書きレポートを何十枚も書かされる授業。

実学尊重」を謳っている割には、効率の悪い仕様をやめない。考える時間よりも、作業する時間のほうが長い。

大学側は学生を信用していないようで(無理もないが)、未だにレポート手書きで書かせている。勿論、グラフ・図・表もすべて手書きだ。

目に見える一番分かりやす成果物、つまり『苦労した証』として、手書きレポートが受け継がれていく。

なるほど、実学尊重というのは、学習の実力を伸ばすという意味ではなく、いかにも苦労したように見せかける技術の実力を尊重する姿勢というワケだ。

バカにしているのか。

2017-03-25

http://www.asahi.com/articles/ASK3P7KX3K3PULZU00T.html

道徳教科書検定で「パン屋」を「和菓子屋」に変えたという話が割と身に覚えのあることだった。

弊社では人事評価とき企業理念に沿った行動をした」ことを述べた作文をする必要がある。

そのときには企業理念に含まれ単語ベース自分業務との関係を無理やりひねり出して、それを上司に提出する。

検定の話も似たようなもので、学習指導要領に「伝統文化尊重、国や郷土を愛する態度」という項目が含まれいるから、何かしら「国」に関わるもの教科書に含めなければならない。

そのとき和菓子屋」を持ち出せば、「和菓子屋が出るので国や郷土を愛する態度の項目はOKです」と偉い人に説明がしやすくなる。一瞬で説明できる分かりやすさが大事

単語が網羅されなくても、道徳の大切さは伝えられる」とはいものの、誰にでも分かる明確さ・透明性で言えば単語基準にするのは有効だと思われる。

出版社既存の話の「パン屋」を「和菓子屋」に変えただけで検定に通ったことから、実際に単語が重視されていることは間違いない。

出版社としては「国」の項目を埋めるために新しい話を加えるのはコスト的・教科書文字数的に厳しいので、既存の話の語を差し替えるという手段をとったのだと思われる。

教科書とは限られた文字数の中で学習指導要領の22項目に関係する単語を盛り込めるかを競うパズルのようなものだ。その制約下では、パン屋よりも和菓子屋の方が空間効率が良い。

内実よりも形式大事です。

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323022501

現在中国留学中。

「心の奥にある日本人は他の国より勝っているという意識」、ちょっとわかる。

こういう意識って、少なくとも日中韓三国では結構共通してるんじゃないかな?とも思う。

中国人は、俺が日本人だとわかると「日本人礼儀正しいよね」とか、「中国にはなくなった伝統が残ってる」とか、お世辞でも褒めてくれる人が結構いる。

けど、少なくない確率で、その後ろに、「そのへん韓国とは違うよね」的なセリフがつく。

なんでそこに韓国が出てくるねん、って感じなんだけども、心の底ではなんとなくそれに同調ちゃうんだよね。

自身韓国差別的感情は全く抱いてないつもりなんだけども。

中国のことば(ネット用語?)で、「中日友好靠韩国」ってのがある。

「靠」は「頼る」の意で、「中日友好は韓国頼み」みたいな意味

で、これの別バージョン

「中韩友好靠日本

「日韩友好靠中国

要するにまあ敵の敵は味方ってことかもしれんけど、こういう言説が受け入れられるのって、日中韓三国の中でそれぞれランク付けみたいなのが暗黙的に成立してるからかな?と思う。

それに、こういう言い方って、結局差別感情から抜け出せてないやん、とも。

ただ、歴史的に(特に近代以降)日本が他のアジア諸国を圧倒してきたことは事実なんで、元増田の抱いてるもやもや感に対する答えにはなってないかもしれん。

でも、そういう歴史理解してるつもりでも、中国人歴史問題とかで突っ込まれると「お前に言われたくねえわ」みたいな感情が起こるのも事実なんだよなあ。

ごめん、いますげえ酔ってるからまた思いついたら書くわ。

2017-03-18

日本には滅びの美学がある

まーたどっかの伝統産業がただ働きで炎上してるみたいだけど

いっそ滅んでみては?

誰も継承する気のない伝統というのもそれはそれで味があるもんだ

2017-03-17

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである


しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。




1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。



村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。



ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。



しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!



これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。




2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。




3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。




4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。




5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。




さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから





……


………


…………



……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。






6.特殊性


それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-13

[]ジョン・フラム

バヌアツで少数ながら信仰される「カーゴカルト」の一種

元は「伝統的な生活に立ち戻ることで白人がいなくなり島に豊かさがもたらされる」という教えだったが、

第二次世界大戦アメリカ軍バヌアツ駐留し大量の物資供給されると、それが予言の「豊かさ」の成就とみなされ、

戦後は「ジョン・フラムというアメリカ人が財宝を持ってやってくる」という信仰となって今も続いている。

文士の愛した伝統西洋料理 南蛮銀圓亭の秘密はこの後すぐ!

こんな感じでテレビコマーシャルを数分流すこと、よくあるよね。

テレビ放送等、特に民放で、頻繁に使われる言い回し

視聴者をつなぎとめるため、本当に「すぐ」ではない場合に使われることが多い。

本当に「すぐ」の場合は使われないことが多い。

このあとすぐとは - はてなキーワード

あるよね、あるよね、イェーーーーーーイ!ジャスティス

地方文化陰謀扱いするな。

平安時代から伝統とまでは行かなくても、

そこそこ長い年数、県や地方が違っても交流してきた地域文化を、

県や地方が違うのに此処まで関係が深いのは政治家陰謀みたいに言われて

郷土歴史否定されるのは、非常に納得が行かん。

たかだか数年前就任した首長がどうこうした程度と、少なくとも戦前から続く関係の深さと

分けて語ることは出来ないのか。

そもそも県境など人為的抽象的な線である

技術が発展した現代、昔は一部の旅人けが交流をしていたのが、

トンネルなどによって一般的に広がっても、なにも不思議ではないはずだ。

だいたい、国境を超えて人が関わり合うグローバル社会で、たかだか県境ときを超えるのに、

然るべき理由がないと思われただけで陰謀などと言われなければならないというのは、理不尽だ。

一般県境の流動は、県内流動よりは少ないというのは正しいだろうが、それとコレとは別問題だろう。

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